「営業支援」に関する裁判例(18)平成29年11月22日 東京地裁 平27(ワ)26940号 損害賠償請求事件
「営業支援」に関する裁判例(18)平成29年11月22日 東京地裁 平27(ワ)26940号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成29年11月22日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)26940号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2017WLJPCA11228024
要旨
◆被告との間で業務委託契約を締結した原告が、被告に対し、被告の紹介によりフランスの取引先との間で締結された商品購入契約に関して分割して商品の代金を支払うにあたり、3回目までのフランスの振込先口座とは異なり、4回目の払込先口座としてポーランドの銀行預金口座を指定されたことにつき、専ら取引先との連絡を担当していた被告に本当に同口座でよいのかどうかを取引先に確認するよう求め、被告から間違いないと言われたため同口座に代金を振り込んだところ、実際には同口座は取引先の銀行預金口座ではなかったことが判明したことから、取引先に対して再度の振込みを余儀なくされたため、振込金相当額の損害を被ったとして、債務不履行に基づき、また、被告が原告の保管していた商品を無断で持ち出したことから、同商品の代金相当額の損害を被ったとして、不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案において、被告の債務不履行を認めたが、原告に3割の過失割合を認め、また、被告の持出行為は違法であり、不法行為責任を免れないとして、請求を一部認容した事例
参照条文
民法415条
民法418条
民法709条
裁判年月日 平成29年11月22日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)26940号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2017WLJPCA11228024
東京都墨田区〈以下省略〉
原告 株式会社アネックスKB
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 秋山慎太郎
東京都文京区〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 鈴木健三
主文
1 被告は,原告に対し,1915万8381円及び内金4万5000円に対する平成27年2月10日から支払済みまで年5分の割合による金員,内金1911万3381円に対する平成27年11月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その3を原告の,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,2734万9831円及び内金4万5000円に対する平成27年2月10日から支払済みまで年5分の割合による金員,内金2730万4831円に対する平成27年11月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 請求の要旨
本件は,被告との間で業務委託契約を締結した原告が,①被告の紹介により,フランスの取引先との間で締結された商品購入契約に関し,5回に分割して商品の代金を支払うにあたり,3回目までの振込先口座(フランスの銀行預金口座)とは異なり,4回目の払込先口座としてポーランドの銀行預金口座を指定されたことにつき,専ら取引先との連絡を担当していた被告に対し,本当にポーランドの銀行預金口座でよいのかどうかを取引先に確認するよう求め,被告から同口座で間違いないと言われたため同口座に商品の代金を振り込んだところ,実際には同口座は取引先の銀行預金口座ではなかったことが判明したことから,取引先に対して再度同額の振込みを余儀なくされたため,振込金相当額の損害を被ったこと,②被告が原告の保管していた商品を無断で持ち出したことから,同商品の代金相当額の損害を被ったことを理由として,被告に対し,①については,債務不履行に基づく損害賠償として,日本円にして2730万4831円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年11月2日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,②については,不法行為に基づく損害賠償として,4万5000円及びこれに対する不法行為の日である平成27年2月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
2 前提事実(争いのない事実又は各項掲記の証拠により容易に認定できる事実)
(1) 原告は,平成24年4月11日に設立された,輸出入貿易業,輸入商品の販売等を業とする株式会社である。
(2) 被告は,平成2年頃から平成16年頃まで並行輸入業務を行っていたことのある人物である。
(3) 原告と被告との間には,原告を委託者,被告を受託者として平成27年2月20日に作成された,概要次のような内容の業務委託契約書が存在する(甲1。以下「本件契約書」という。)。なお,本件契約書には,「平成24年10月に業務契約を致しましたが,見当たらず,再契約書を作成しました。」との記載がある(甲1。以下「本件記載」という。)。
ア 業務内容 委託業務の内容は,次のとおりとする。
① 原告の事業に対する専門的なアドバイス
② 原告の依頼による調査及び営業支援
③ その他事業に係わる業務全般に関するサポート
イ 注意義務 原告の指示に基づき善良なる管理者の注意をもって受託業務を遂行する。
ウ 報告義務 被告は,原告の請求があるときは,口頭または書面にて,遅滞なく本件業務の進捗状況を報告しなければならない。
エ 委託報酬 月額30万円(本件業務に係わる被告の交通費,出張旅費等の経費は原告の負担とし,当月分の報酬を,被告の発行する請求書に基づき,翌月5日までに被告の指定する銀行口座に振り込む。)
オ 有効期間 平成24年10月1日から平成27年9月30日まで(ただし,契約から3か月経過後に契約内容の見直しをし,原告被告に特段の異議がなければ期間満了まで契約を継続する。)
(4) 原告は,被告から,フランスの靴メーカーであり,ブランド品の卸売業も営むSHPデザイン社(以下「SHP社」という。)の紹介を受け,平成26年11月27日,同社との間で,次のとおり,フェラガモ社製の商品を原告が購入した上,原告の取引先の1つであるISA社(香港のブティック店)に対してSHP社から5回に分けて直接商品を発送することを内容とする契約を締結した(以下「本件取引」といい,また,各取引につき,以下「取引①」というように略称する。)。
ア 取引① 商品数1286 代金 205,141.20 (甲3,42)
イ 取引② 商品数 945 代金 155,610.00 (甲7,44)
ウ 取引③ 商品数 6359 代金 1,005,911.40 (甲12,46)
エ 取引④ 商品数 1780 代金 205,037.40 (甲16,48)
オ 取引⑤ 商品数 277 代金 32,913.00 (甲21,50)
(5) 原告が取引④に関して振込送金をした平成27年1月26日時点におけるユーロの為替相場は,1ユーロ133.17円である(甲30)。
(6) 被告は,平成27年2月10日,原告本社店舗内から,原告の商品である販売価格4万5000円相当のブランド品のバッグを,中の詰め物を取り出した上,被告の私物のバッグに入れて持ち出した(甲54,55。以下「本件持出行為」という。)。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 取引④に関する代金の振込先口座の真偽を確認する義務の有無(業務委託契約の内容として,営業活動のほか,原告の事業に関する専門的なアドバイスや事業に係わる業務全般をサポートする業務が含まれていたか)(争点1)
【原告の主張】
原告と被告との間で締結した業務委託契約の内容は,本件契約書と同じ内容のものであり,本件契約書は,その当時,原告と被告との間で取り交わされた契約書のデータを再度印刷して被告に署名を求めたものである。なお,報酬についても本件契約書どおり定められていたが,実際には,被告から要求される都度,原告代表者において手持ちの現金を渡すことが多かった。
原告が,被告に対して,本件契約書に被告の署名を求めたのみならず,本件記載をするよう求めたのは,原告が当初の契約書を紛失したことから,再度同一の内容で作成したことを被告に確認してもらうためであった。よって,被告は,本件契約書のとおり,善良なる管理者の注意をもって,営業活動を行う義務のほか,原告の事業に関する専門的なアドバイスや,事業に係わる業務全般をサポートする義務を負っていた。
そして,本件取引は高額の取引なのであるから,被告が,原告からSHP社との間の全ての取引業務について委託を受けている者として,取引④に関する代金の振込先口座だけが,これまでのソシエテ・ジェネラル銀行の預金口座(以下「フランスの口座」という。)と違って,ミレニアム銀行の預金口座(以下「ポーランドの口座」という。)となっていたことにつき,その真偽を確認する義務を負うのは当然のことである。
【被告の主張】
原告と被告との間で業務委託契約が締結されたのは事実であるが,その内容は,被告が原告の営業活動を行うというものであり,本件契約書のような内容の業務を行うというものではなかった。なお,報酬額も,月額30万円などと定められてはいなかった。
本件契約書は,取引④に関する送金トラブル(以下「本件誤送金問題」という。)が発覚した後に原告が被告に対して署名を求めたものであり,本件記載も,事後的に本件契約書を作成したことを取り繕うために,原告が被告に対して記載することを要求した結果,やむを得ず記載したものである。被告は,本件契約書の作成当時,本件誤送金問題について原告から責められる中で,本件記載をすることにつき断ることができなかったのであり,被告は,そもそも取引④に関する代金の振込先口座に関するメールの真偽を調査する義務など負っていない。
なお,このメールは,内容的に見て何ら疑う余地のないメールだったのであるから,いかなる注意義務をもってしてもその信憑性を疑うことは不可能であったのであり,被告に善管注意義務違反はない。
(2) 過失相殺の成否及びその額(争点2)
【被告の主張】
仮に,被告において,本件誤送金問題につき善管注意義務違反があったとしても,原告が,被告に対して,ポーランドの口座で間違いないかと確認を求めたり,SHP社のB氏への確認を求めたりした事実はなく,また,原告代表者自身が振込先口座についてSHP社に問い合わせをすれば,ポーランドの口座がSHP社のものでないことは容易に判明したはずであるから,原告側にも相当の落ち度があったというべきであり,相応の過失相殺がなされて然るべきである。なお,被告が原告代表者とSHP社側の人物とを面談させるのを拒否したのは,既にそれまでの間に信用を失っていた原告代表者をSHP社側の人物と面談させると取引が頓挫することが明らかであったので,直接の面談を回避し取引の継続を確保しようとしたためである。
【原告の主張】
原告が,被告に対して,4回目の送金先がこれまでのフランスの口座とは異なり,ポーランドの口座であったことから,それで間違いないのか,B氏にも確認したのかと念を押したのに対し,被告は,ポーランドの口座で間違いないと回答したのであり,それにもかかわらず原告が直接SHP社と連絡を取ると被告の存在意義がなくなること,被告自身,ヨーロッパの企業とのやり取りにおいてアジアの企業は信用されていないからヨーロッパの企業のことをよく知っている被告を通してSHP社とやり取りをすべきであり,原告側において直接SHP社とやりとりをすべきでないと主張し,原告が直接SHP社とやり取りをすることを禁じていたため,原告側において,ポーランドの口座がSHP社の銀行預金口座であるかどうかを問い合わせることはできなかったのであるから,過失相殺されるべき事情はない。
(3) 被告によるバッグの持ち出し行為の違法性の有無につき,被告にサンプルの持ち出しが許容されていたか否か(争点3)
【原告の主張】
原告は,被告に対し,無断で商品をサンプルとして持ち出すことを了解していないから,本件持出行為は違法行為である。
【被告の主張】
被告は,原告から,商品をサンプルとして持ち出して営業活動をすることを認められていたのであり,本件持出行為には何の違法性もない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
証拠(甲64,乙1ないし3,11,証人C,原告代表者本人,被告本人)及び次の各項記載の証拠並びに弁論の全趣旨によれば,前提事実のほか,以下の事実を認定することができる。
(1) 原告代表者の夫であった亡D(以下「D」という。)は,株式会社アネックスの名で韓国製LEDの輸入事業を展開していたが,原告代表者は,平成24年1月ないし2月頃,特に知識や経験が豊富ではなかったものの,ブランド品の輸入事業を立ち上げたいと考え,会社設立時の書類作成業務に関する知識のあったC(以下「C」という。)に声をかけ,同人の協力の下,原告を設立した。
(2) 被告は,平成24年8月頃以降,原告代表者と何度か面談した上,海外のブランド品を輸入し,国内外のブティック店にこれを販売する事業を行っている原告との間で,業務委託契約を締結するに至った(以下「本件業務委託契約」という。)。なお,原告代表者や原告の従業員は,被告を「会長」という肩書きで呼ぶことがあった(甲4,8,13,22,24,40)。
(3) 原告は,被告に対し,平成25年3月25日に45万円を,同年4月30日に30万円を,同年6月5日に30万円を,同年7月29日に10万円を,同年9月13日に30万円を,平成26年1月27日に25万円を,同年10月1日に20万円を,同年12月4日に30万円を,同月24日に15万円を,同月25日に15万円を,平成27年2月9日に30万円及び100万円を,被告の預金口座に振り込む方法により支払った(甲56,57)。
(4) 原告は,海外とのやりとりをする際のメールを英語に翻訳する業務を被告から引き受けていたE(以下「E」という。)に対し,平成26年10月1日に20万円を,同年12月4日に20万円を,同月24日に30万円を,平成27年2月9日に30万円を,Eの預金口座に振り込む方法により支払った(甲57,乙12)。
(5) 原告は,本件取引に関し,「〈省略〉@wanadoo.fr」というアドレス(以下「wanadooアドレス」という。)から被告又はE宛に送信されたインボイスのデータが添付されたメールの転送を,平成26年12月2日,同月16日及び同月25日,それぞれ被告経由で受領し,これに従い,取引①につき平成26年12月10日,取引②につき同月19日,取引③につき平成27年1月13日,それぞれSHP社のフランスの口座宛てに,205,141.20ユーロ,155,610.00ユーロ,1,005,911.40ユーロを振込送金する手続をし,また,被告に対して各送金依頼書のデータを送信して確認を求めた(甲4,5,8,9,13,14,43,45,47)。
(6) 原告は,本件取引に関し,wanadooアドレスから被告及びE宛に送信された,フランスの口座を振込先とする取引④に係るインボイスのデータが添付された「New shipment」と題するメールの転送を,平成27年1月15日,被告経由で受領した(甲15,16,36,48)。
(7) 原告は,本件取引に関し,「〈省略〉@outlook.fr」という,これまでと別のドメインのアドレス(以下「outlookアドレス」という。)から被告及びE宛に送信された,インボイスの改訂版と称する文書(ポーランドの口座を振込先とするもの)のデータが添付された「New shipment and revised invovice」と題するメールを,平成27年1月16日,被告経由で受領した(甲17,18,37,49)。なお,メール本文におけるインボイスの綴りは,「invoice」と正しいものであった。
(8) 原告は,本件取引に関し,さらに,outlookアドレスから被告及びE宛に送信された上記と同じタイトルのメールを,平成27年1月19日,E経由で受領した(甲19,38)。Eは,同メールを,「銀行の変更に、注意する事も申し込まれています。」とのメッセージを加えて被告に転送し,また,被告に対して転送したメールを原告に対してさらに転送するに当たり,「銀行の、変更*Poland ご注意下さい。」とのメッセージを加えて転送した。
(9) 原告は,取引⑤につき,平成27年1月23日,フランスの口座宛に,32,913.00ユーロを振込送金する手続をし,また,被告に対して送金依頼書のデータを送信して確認を求めた(甲22,23,51)。
(10) 原告は,取引④につき,平成27年1月26日,ポーランドの口座宛に,205,037.40ユーロを振込送金する手続をし,また,被告に対して送金依頼書のデータを送信した(甲24、25,40、52)。
(11) Eが,平成27年2月11日,SHP社に対し,受領していたインボイスの支払に関するデータについて被告から同月7日に転送を受けていたメールを転送する形で送信したところ,同月11日の深夜,SHP社からEに対し,そのインボイスはSHP社の銀行情報のところに虚偽の銀行情報が入力されている偽物である旨のメールが届いたことから,Eは,被告に対してそのメールを転送した。これを受け,被告も,日付の変わった同月12日,原告に対し「信じられない事が起きています/ポランドの銀行はshpの口座ではない/商品は引き上げる/送金したお金は?/つつきをやつています」とのメールを送信した(甲26,41)。
(12) 被告は,平成27年2月13日,本件誤送金問題につきSHP社側と面会するため渡仏したが,原告代表者は,後から追いかけても面会時刻に間に合わないことが判明したため,原告のイタリアスタッフであるFや,当時原告と協力関係にあったフランスのPARIS LOOK社の従業員であるG(乙4)を被告に同行させようとしたものの,被告はこれを拒み,結局,その日は被告1人がSHP社側と面会した。
(13) 原告代表者は,平成27年2月14日,渡仏して被告からSHP社との面談結果についての報告を受けたが,被告,F,Gとともに改めてSHP社を訪問し,同社のH社長及び同社のスタッフと面会した。面会の席で,SHP社はポーランドに銀行預金口座を作っていないこと,被告が,H社長に対して,取引④に関する代金の振込送金先としてポーランドの口座が指定されているが間違いがないかという確認をしていなかったことが判明した。
(14) 原告は,その後,取引④に係る送金手続を行った朝日信用金庫を通じて,ポーランドの口座への送金をキャンセルし,払い戻してくれるよう求めたものの,結局,そのような扱いを受け入れてもらうことはできなかった(甲25,52,53)。
(15) 被告は,平成26年11月27日,本件取引につき,Eを通じて,オリジナルの提供価格に対して単価を20%アップさせた金額で原告とSHP社との間で取引を行うこととし,そのうち15%をSHP社の,5%を被告側のマージンとすることを求めるメールをSHP社に対して送信し,同日,SHP社側の了解を得て,原告からSHP社に対してなされた送金に関し,同社からその額の5%のマージンを受け取っていたが,そのことにつき,原告代表者に知らせることはなく,本件誤送金問題の発覚後,被告の使用していたパソコンを調べたことにより発覚した(甲58,59)。
2 取引④に関する代金の振込先口座の真偽を確認する義務の有無(業務委託契約の内容として,営業活動のほか,原告の事業に関する専門的なアドバイスや事業に係わる業務全般をサポートする業務が含まれていたか)(争点1)
(1) 前提事実及び以上の認定事実によれば,被告は,並行輸入業務の経験が長く,海外のブランド品取扱業者とのやりとりに長けていたこと,原告は,被告と面談をするようになった平成24年8月当時,未だ会社を立ち上げてから4か月程度の会社であり,海外のブランド品の輸入に関する知識も経験も豊富ではなかったため,被告のような人材を欲していたこと,被告は,原告代表者や原告の従業員から「会長」との肩書きをつけて呼ばれることがあり,通常のいわゆる営業マンとは異なる扱いを受けていたこと,実際に,被告は,本件業務委託契約に基づき,平成24年10月頃から約2年半にわたって業務を続けており,その間,新規の取引先の獲得や既存の取引先との間における取引の維持・継続や拡充といった狭義の営業活動のみならず,個々の取引における原告と取引先との間の商品発送・代金請求や送金報告等の事務連絡に関する取り次ぎも行っていたことを認めることができる。
そうすると,本件業務委託契約における被告の業務内容は,単なる営業活動にとどまらず,被告の業務経験を生かして,原告の事業に対する専門的なアドバイスや,事業に係わる業務全般をサポートする業務が含まれていたものと解するのが自然であり,その契約内容は,本件契約書に記載されたような内容のものであったと合理的に推認することができる。
(2) これに対し,被告は,本件契約書と同様の契約書は当初存在しなかったのであり,本件契約書の署名や本件記載については,本件誤送金問題があったことから断ることができず,原告代表者の要請に応じてやむなく記載したものであるし,現に,報酬も約束どおりに支払われていなかったと主張しており,これに沿うCの証言や被告本人の供述も存する。また,原告代表者自身,本件契約書のような文書をパソコンで作成することは不得手であり,原告を立ち上げた当初の文書の作成はCに委ねていたことを認めている。
しかし,原告代表者によれば,本件契約書のもととなったデータは,本件業務委託契約の締結当時,Dが作成してあったものであるとのことであって,当時,株式会社アネックスと原告とが1つの事務所をシェアしていたことも併せ考えると,そのようなことはあり得ないではない。また,本件業務委託契約に関する原告代表者と被告との面談の際,原告の事務所にいて様子を見ていたというCとしても,両名がどのような話をしていたのか聞こえていたわけではなく,本件契約書のような書面を取り交わしていたかどうか見えていたわけでもなかったようであることから,自分が作成していない以上本件契約書と同様の契約書は当初存在しなかったはずであるとするCの証言は,結局,推測の域を出るものではない。さらに,仮に,このような契約書が当初は存在せず,本件誤送金問題後に原告代表者が被告に対して記入を強要して作成したものであったとすれば,報酬につき被告から指摘を受ける可能性のあるような金額を被告自身に記載させたり,本件誤送金問題後も半年あまり継続するような契約期間を被告自身に記載させたり,逆に,業務遂行上,原告に損害を被らせた場合の損害賠償に関する条項を入れていなかったりするのは,かえって不自然であるとの見方もできるところである。
そして,原告のような,本件業務委託契約の締結当時,ブランド品の輸入に関するノウハウも人材もなく,設立後間もない小規模な会社と,被告のようなブランド品の輸入に関する経験豊富な人材とが,営業活動に関する業務委託契約を締結する場合,原告が被告に対して求める業務内容を,新規の取引先の獲得や既存の取引先との間における取引の維持・継続や拡充といった狭義の営業活動に限定することの方が,本件業務委託契約の締結に至る過程に照らして考えにくいところである。契約の形式が,労働契約ではなく業務委託契約という形式であることからしても,被告が原告に対して提供する業務内容として,単なる狭義の営業活動のみならず,原告の事業に関する専門的なアドバイスや業務全般に関するサポートという業務が含まれていたものと解するのが自然であり,本件業務委託契約は,その締結当初から,本件契約書に記載されているような内容の業務を委託するものであったと推認するのが合理的である。
なお,報酬の点については,確かに,前記認定事実のとおり,振込送金自体は不定期かつ定額ではなかったことが認められるものの,一方で,原告がEに対する業務報酬まで負担していた期間もあること,30万円より多い金額が送金されていたこともあったこと,平成24年10月頃から約2年半もの間,途中で受託を打ち切ることなく,原告との間で本件業務委託契約を継続していたことも認めることができる。そうすると,被告が銀行預金口座を利用することができなかった時期もあり,要求される都度,原告代表者の手持ち現金を手渡ししたことも数多くあったとする原告代表者の供述が不自然不合理なものであるということはできないのであり,結局,この点は,本件業務委託契約の内容が本件契約書どおりの内容のものであったとする前記認定判断を左右するものではない。
(3) そして,前提事実及び前記認定事実によれば,取引④の振込送金額は日本円にして2730万4831円と多額であったこと,取引④の振込送金先だけがポーランドの口座であったこと,取引④のインボイスだけ,改訂版の送付があったこと,その際のメールアドレスだけが他のアドレスとは異なるものであり,メールのタイトルにも基本的な単語の綴りミスがあったことを認めることができる。
そうすると,被告は,本件業務委託契約の内容として,善良なる管理者の注意をもって,原告の取引先との間で誤送金が生じることのないよう,取引④に関する代金の振込先口座の変更の真偽をSHP社に対して確認する義務を負っていたものというべきであり,その確認は被告において容易になしえたはずであるにもかかわらず,被告がこれを怠った結果,本件誤送金問題が発生したことは明らかであるから,被告は,原告に対し,本件業務委託契約の債務不履行に基づく損害賠償義務を負うことになるというほかない。
また,その損害額は,原告が二重払を余儀なくされた取引④に関する代金相当額を日本円に換算した金額である2730万4831円となる。
3 過失相殺の成否及びその額(争点2)
(1) 前提事実及び前記認定事実によれば,確かに,本件誤送金問題が発覚するまでのSHP社とのやりとりは,専ら被告又はEが担当しており,本件全証拠によっても,原告代表者がSHP社とやりとりしていた節は窺われないこと,本件誤送金問題の発覚後も,被告がSHP社と面会する際,原告側関係者の同道を拒否するなど,原告側がSHP社と直接連絡を取り合って接触することを快く思っていなかったことを認めることができ,これらの事実からすると,被告は,従前,原告が直接SHP社とやり取りをすることを禁じていたものと合理的に推認することができる。
(2) しかし,これまで原告側がSHP社と直接連絡を取り合って接触することがなかったとしても,また,被告において,原告が直接SHP社とやり取りをすることを禁じていたとしても,自己の負担と危険の下,多額の送金を行うのは原告自身であること,SHP社からのメールは被告やEから転送されているのであって,先に2で指摘したようなメールのタイトルやアドレス,添付ファイルの内容等は,原告代表者も把握していたこと,メールアドレス等の連絡先も把握していたのであって,物理的に連絡を取ることができないわけではないことを認めることができる。
(3) そうすると,原告が,被告に対して,ポーランドの口座で間違いないかと確認を求めたり,SHP社のB氏への確認を求めたりしたことがあったとしても(被告はそのような確認を求められたこと自体を否定しているが,極めて不自然であり,到底採用することができない。なお,被告は,業務内容としてそのような確認をする義務は自分にはないと主張する一方で,原告代表者からそのような確認を求められていたのであれば確認していたはずであるとも主張しているのであって,論旨一貫しない。),原告側にも落ち度があったというべきであり,相応の過失相殺がなされて然るべきである。
そして,前記に指摘した事実のほか,前提事実及び前記認定事実において現れた一切の事情を勘案すると,過失相殺割合は3割をもって相当と認める。
よって,被告が本件業務委託契約の債務不履行によって原告に対して賠償すべき損害金元本は,1911万3381円となる。
(式)2730万4831円-(2730万4831円×0.3)=1911万3381円(円未満切捨)
4 被告によるバッグの持ち出し行為の違法性の有無につき,被告にサンプルの持ち出しが許容されていたか否か(争点3)
(1) この点,被告は,原告代表者から,原告において扱う商品をサンプルとして持ち出して営業活動をすることを認められていたと主張する。
(2) しかし,仮に,サンプルを持ち出すためであったとすれば,原告代表者又は原告の従業員に一言ことわった上で堂々と持ち出せばよいのであり,型崩れ等による商品価値の低下を防ぐためにバッグ内に入っている詰め物をわざわざ取り出した上,私物のバッグに入れて隠すようにして持ち出す必要はないはずであるから,被告の所論は到底採用することができない。
(3) よって,被告主張のような事前の許可はなかったと認められるのであり,本件持出行為は違法であるから,被告は不法行為責任を免れない。
そして,その損害額は,商品代金相当額である4万5000円となる。
5 結論
以上によれば,原告の請求は主文の限度で一部理由があるから,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第49部
(裁判官 吉川昌寛)
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