判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(260)平成22年 1月26日 東京地裁 平20(ワ)13766号 報酬金請求本訴事件、不当利得返還請求反訴事件、損害賠償請求反訴事件
判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(260)平成22年 1月26日 東京地裁 平20(ワ)13766号 報酬金請求本訴事件、不当利得返還請求反訴事件、損害賠償請求反訴事件
裁判年月日 平成22年 1月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)13766号・平20(ワ)23454号・平20(ワ)28353号
事件名 報酬金請求本訴事件、不当利得返還請求反訴事件、損害賠償請求反訴事件
裁判結果 本訴認容、反訴請求棄却 文献番号 2010WLJPCA01268021
要旨
◆原告が、被告に対し、被告との間の企業の合併及び買収(いわゆるM&A)に関するアドバイザリー契約を締結し、その契約による債務を履行したなどと主張して、上記アドバイザリー契約及びその報酬に関する合意に基づいて報酬の残金を請求した事案において、本件契約に基づいて原告が行ったのは、被告と訴外甲社との間の本件M&A契約及び覚書の締結に向けての交渉であり、これらが「その他一般の法律事件」(弁護士法72条)に該当するとは認められず弁護士法違反はないし、証券取引法違反にあたるとも言えないなどとして、原告の請求を認容した事例
参照条文
民法415条
弁護士法72条
証券取引法2条
裁判年月日 平成22年 1月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)13766号・平20(ワ)23454号・平20(ワ)28353号
事件名 報酬金請求本訴事件、不当利得返還請求反訴事件、損害賠償請求反訴事件
裁判結果 本訴認容、反訴請求棄却 文献番号 2010WLJPCA01268021
平成20年(ワ)第13766号 報酬金請求本訴事件
平成20年(ワ)第23454号 不当利得返還請求反訴事件
平成20年(ワ)第28353号 損害賠償請求反訴事件
東京都品川区〈以下省略〉
本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。) X
同訴訟代理人弁護士 川野碩也
東京都新宿区〈以下省略〉
本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。) Y
同訴訟代理人弁護士 村田雅夫
同訴訟復代理人弁護士 足立高志
主文
1 被告は,原告に対し,6750万円及びこれに対する平成19年5月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告の反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,本訴及び反訴を通じ,被告の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
主文第1項と同旨
2 反訴請求
(1) 主位的反訴請求
原告は,被告に対し,4億6750万円及びこれに対する平成21年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 予備的反訴請求
原告は,被告に対し,6750万円及びこれに対する平成20年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件本訴請求事件は,原告が,被告に対し,被告との間で企業の合併及び買収(いわゆるM&A。以下「M&A」という。)に関するアドバイザリー契約を締結し,その契約による債務を履行したなどと主張して,上記のアドバイザリー契約及びその報酬に関する合意に基づいて,その報酬1億3500万円の残金6750万円及びこれに対する弁済期の後の日である平成19年5月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
本件反訴請求事件(2件)は,被告が,原告に対し,①主位的請求として,原告は,被告に対し,上記アドバイザリー契約に基づいて,助言,説明,情報提供等をする義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,被告に対し,株式交換により被告が取得した株式の時価相当額等16億1594万4000円の損害を与えたと主張して,債務不履行による損害賠償請求権に基づいて,上記損害金の一部である4億6750万円(株式交換に伴う損失額3億8000万円,慰謝料2000万円及び既払報酬相当額6750万円)及びこれに対する反訴請求の拡張申立書の送達の日の翌日である平成21年2月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,②予備的請求として,上記アドバイザリー契約は弁護士法及び証券取引法(平成18年法律第65号により法律の題名が「金融商品取引法」と改められた。)に違反するものであって無効であると主張して,不当利得返還請求権に基づいて,既払報酬金6750万円及び請求の日の翌日である平成20年8月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による同法704条所定の利息の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに末尾に掲記する証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
原告は,個人でM&Aのアドバイザリー業務に従事している者である。
被告は,マンションの開発及び販売を業とするグローバル・ファンデックス株式会社(以下「グローバル社」という。)の100パーセント株主であり,同社の代表取締役を務めていた者である。
株式会社アポロ・インベストメント(株式会社アポロ・インベストメントは,その後,商号変更によりステラ・グループ株式会社となった。以下「アポロ社」という。)は,大阪証券取引所二部上場の投資会社である。
(2) 原告と被告の間の契約締結等
ア 原告と被告は,平成18年8月ころ,被告が所有するグローバル社の株式の譲渡に関し,被告を委託者,原告を受託者として,M&Aアドバイザリー契約を締結した(以下「本件契約」という。)。
イ 原告が本件契約に基づいてM&Aのアドバイザリー業務を遂行した結果として,被告とアポロ社は,平成19年3月12日,被告がアポロ社に対して被告所有のグローバル社の株式全部を次の方法で譲渡する契約(以下「本件M&A契約」という。)を締結し,本件M&A契約に基づく各債務は遅くとも同年4月26日までに履行された(以下「本件M&A」という。甲3,4)。
(ア) 被告は,アポロ社に対し,被告が所有するグローバル社の全株式420株のうち211株を,1株当たり650万円で,すなわち合計13億7150万円で,売却する。その株券の引渡し及び代金支払の期日は,平成19年3月22日とする(以下「本件株式売却」という。)。
(イ) 被告とアポロ社は,被告が所有するグローバル社の全株式420株のうち残りの209株を,アポロ社の株式1561万4808株と交換する。その株式交換の効力発生日は,平成19年4月24日とする(以下「本件株式交換」という。)。
ウ 被告とアポロ社は,平成19年3月12日,本件M&Aの終了後,アポロ社がグローバル社に代表取締役社長を派遣し,被告はグローバル社の専務取締役営業本部長に就任する旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を締結した(乙1)。
(3) 原告と被告は,本件契約の成功報酬について,平成19年3月12日付け合意書により,被告は,原告に対し,本件株式売却に関する報酬6750万円を代金支払の日に支払い,本件株式交換に関する報酬6750万円を株券交付の日から3営業日以内に支払う旨の合意をした(甲5。ただし,合意の時期については争いがある)。
被告は,原告に対し,上記の合意に基づいて,本件株式売却に関する報酬6750万円の支払をした。
(4) ところが,被告は,原告に対し,平成20年8月11日付け請求書により,本件契約は無効であるから支払済みの上記の報酬6750万円は不当利得であると主張して,上記のとおり支払済みの本件株式売却に関する報酬6750万円を返還するよう求め,上記の請求書は,同月12日に原告代理人に到達した(乙10の1及び2)。
(5) アポロ社の株式は,大阪証券取引所に上場していたところ,本件M&Aによりアポロ社が平成19年3月22日付けでグローバル社の株式を取得し子会社化したことに伴い,アポロ社が実質的な存続会社でないと認められ,上記株式取得は,大阪証券取引所が定める上場廃止基準における「不適当な合併等」に該当するとの認定を受け,平成19年3月22日から平成23年2月末日までの上場廃止の猶予期間に入った(乙8)。
(6) 被告は,平成20年3月18日,有限会社フクジュコーポレーション及び株式会社オーキタに対し,アポロ社株式780万7000株ずつを1株11円56銭でそれぞれ売却した(乙14の1及び2)。
3 争点
(1) 本件契約は弁護士法及び証券取引法に違反して無効であるか。
(2) 原告に債務不履行があったか。債務不履行があった場合は,被告に生じた損害はいくらか。
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件契約は弁護士法及び証券取引法に違反して無効であるか)について
ア 被告の主張
(ア) 原告は,本件契約に基づき,被告とアポロ社との間の株式譲渡契約書,株式交換契約書及び本件覚書の内容に関する一切の交渉を行っていたほか,株式交換登記手続においても,アポロ社との交渉に当たり,グローバル社の株主総会議事録等も作成したが,これらの原告の活動は,いわゆる非弁活動に当たるから,本件契約は,弁護士法72条本文に違反して無効である。
(イ) また,本件契約は,原告が有価証券の売買の媒介,取次ぎ又は代理を行うことを内容とするものであり,その内容は,証券取引法に定める証券業にほかならない。証券業は,内閣総理大臣の登録を受けた者でなければこれを営むことができないところ,原告は,その登録を受けておらず,本件契約は,証券取引法に違反して無効である。
イ 原告の主張
(ア) 本件のようなM&Aのアドバイザリー業務は非弁活動には当たらない。弁護士法72条は,法律に関係する他人の権利義務について代理したり,アドバイスをすることを無制限に禁止するものではなく,同条にいう法律事件とは,事件というのにふさわしい程度に争いが成熟している場合,民事訴訟になり得る蓋然性が具体的事情から認定できる場合及び当事者間に紛争が生じて争訟性を帯びる場合などに限定される。
本件契約の主たる目的は,グローバル社の株式の譲渡であり,グローバル社の株式の譲渡を望む被告からの依頼を受け,被告のために購入希望者を探し,売買契約締結のための交渉をするのが原告の業務であって,本件契約の締結当時,法律上の争いがあったわけではないから,弁護士法72条が規定する法律事件に関して法律事務を取り扱うことには当たらない。
(イ) M&Aには株式の譲渡を伴うのが通常であり,M&Aに伴って買収の対象となる企業の株式に関して関係者の間で行われる取引について,指導や助言をすることが,証券取引法の規定する業として証券取引を行うことに該当するものではない。
(2) 争点(2)(原告に債務不履行があったか。債務不履行があった場合は,被告に生じた損害はいくらか)について
ア 被告の主張
(ア) アポロ社の上場廃止のおそれに関する原告の助言義務等違反
a 原告は,被告に対し,本件契約の債務の本旨として,被告とアポロ社の間の本件M&A契約の締結に当たって,アポロ社の株価が本件M&Aに起因して下落し,本件株式交換の等価関係が崩れ被告に経済的損害を与えることがないよう,本件M&Aによりアポロ社の株式に上場廃止のおそれが生じ得ることについて,情報提供,説明及び助言する義務を負っていたにもかかわらず,これを怠った。
b 被告は,本件M&Aが上場廃止基準に抵触し,アポロ社の株価に影響が生じることを知っていれば,アポロ社との間で株式交換契約を締結することはなかったから,株式交換契約を締結したこと自体,すなわちアポロ社株式の取得価額である14億9894万4000円の損害が被告に生じた。ただし,被告は,アポロ社の株式を売却しているから,損益相殺により,被告が被った損害は13億1844万4000円となる。
仮に,株式交換契約を締結したこと自体が損害であるということができなくても,アポロ社株式の上場廃止のおそれに起因してアポロ社の株価が下落し,被告がアポロ社の株式を売却することによって確定した原告の債務不履行に起因する損害は13億1844万4000円である。
(イ) 代表取締役の交代及び連帯保証債務の免除に関する原告の助言義務等違反
a 被告がグローバル社の株式を第三者に譲り渡すことにしたのは,グローバル社の代表取締役という重い職責から解放されることが動機であったから,グローバル社の代表取締役の交代及びグローバル社の借入債務について代表取締役として負担してきた連帯保証債務の免除を受けることは譲ることのできない条件であり,これを原告も認識していた。
b しかし,原告が十分な対応をしなかったため,被告は,平成19年3月12日から平成20年1月24日までの間,グローバル社の代表取締役の職責を不本意ながら引き受けざるを得なかったのであり,そのために被った精神的苦痛は少なくとも1000万円を下らない。
また,被告は,連帯保証債務を免除されることになると信じて本件M&A契約を締結したものであり,原告が十分な対応をしなかったためにそれを裏切られた精神的苦痛は甚大である。被告が免責される予定であった連帯保証債務の金額は,少なくとも合計で23億円であり,被告が被った精神的損害は,その1割に相当する2億3000万円を下らない。
(ウ) 被告が原告に対して支払済みの報酬代金相当額6750万円も,原告の上記債務不履行より生じた損害である。
イ 原告の主張
(ア) アポロ社の上場廃止のおそれについて
本件M&A契約の締結の日である平成19年3月12日から被告がアポロ社の株式を売却した平成20年3月18日にかけて,アポロ社の株価が下落したことは,上記のとおり上場廃止の猶予期間に入ったことが原因でなく,不動産業界全体が資金難と業績悪化に陥り,アポロ社も子会社となったグローバル社の業績悪化の影響を受けた結果である。
原告は,本件契約の受託者として,本件M&Aに伴ってアポロ社に上場廃止基準に抵触するおそれが生じないかを配慮する義務を負っていたことは認めるが,当然この点に配慮して,事前にアポロ社に確認をした。原告は,アポロ社から,大阪証券取引所に本件M&Aについて相談をしているが,上場廃止基準について問題視する指摘を受けておらず,問題はない旨の回答を受け,これを被告に報告し,被告の了解を得た上で本件M&A契約の締結を進めたのである。
また,上記の猶予期間入りの措置がされても,当該株式が必ず上場廃止となるわけではなく,3年間の猶予期間内に当該企業が審査を申請し,証券取引所が基準に適合すると判断した場合には,猶予期間入りの措置が解除される。本件においては,子会社となったグローバル社が今後2年間黒字決算を継続すれば,アポロ社の猶予期間入りの措置が解除される見込みであった。
(イ) 代表取締役の交代及び連帯保証債務の免除について
a 被告は,マンション開発業者としての自己の経営手腕に自信を持ち,本件M&Aの後もグローバル社の営業部門に参画することに強い意欲を持っていたのであり,アポロ社からの後任の代表取締役の派遣が遅れるのであれば,自らが代表取締役として当分の間グローバル社の経営に当たることにしたのは被告自身の判断である。
b また,被告がグローバル社の借入金の連帯保証人から外れたいと希望していたことは認めるが,原告は,アポロ社との交渉の結果,被告に対し,連帯保証債務の免除をアポロ社に約束させることはできないと伝えた。被告は,連帯保証債務が免除されないことを承知の上で,被告自身の判断により,連帯保証債務を負ったまま本件M&Aに応じたのである。
(ウ) 損害についての被告の主張は争う。
第3 争点に対する判断
1 前記の前提事実のほか,後記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,被告との間の本件契約に基づいて,被告とアポロ社との間の株式譲渡契約書,株式交換契約書等の内容についてアポロ社と交渉をした(甲2,乙2から4まで(枝番のあるものはそれを含む。以下同じとする。))。
被告は,平成19年3月12日,アポロ社との間で,本件M&A契約(本件株式売却及び本件株式交換に関する契約)を締結するとともに,本件M&Aの後,アポロ社がグローバル社に代表取締役社長を派遣し,被告はグローバル社の専務取締役営業本部長に就任する旨の覚書を締結した。
アポロ社は,平成19年4月24日,グローバル社の全株式を取得し,グローバル社は,アポロ社の完全子会社となった。
(2) アポロ社株式の上場廃止猶予期間入り
ア 大阪証券取引所においては,上場会社が非上場会社の吸収合併又はこれに類する非上場会社を完全子会社とする株式交換などの行為をし,当該上場会社が実質的な存続会社でないと認められる場合,3年間の上場廃止の猶予期間以内に株券上場審査基準に準じる基準に適合しないときは,実質的存続性の喪失(不適当な合併等)として上場を廃止するとの基準(株券上場廃止基準)があり,上場廃止の猶予期間中に,当該上場会社の申請により,上場審査基準に適合すると認められれば,上場廃止の猶予期間は解除され,当該期間中に基準に適合しなければ,上場を廃止される(乙9,21,22)。
イ 大阪証券取引所は,アポロ社が本件M&Aによりグローバル社の株式を取得して子会社化したことについて,アポロ社は実質的な存続会社ではなく,株券上場廃止基準2条1項9号aの規定する「不適当な合併等」に該当することを理由として,アポロ社の株式を平成19年3月22日から平成23年2月末日まで上場廃止の猶予期間入りとし,これを平成19年4月13日に発表した(乙8)。
ウ アポロ社は,平成19年4月25日,アポロ社の株式が上場廃止の猶予期間に入ったことを公表した。
(3) アポロ社の株価の推移
平成19年4月25日を基準として,直前1か月間のアポロ社の平均株価は83.2円であったのに対し直後1か月間の平均株価は70.4円となり,直前3か月間の平均株価は83.3円であったのに対し直後3か月間の平均株価は64.5円となった(乙12,13)。
2 争点(1)(本件契約は弁護士法及び証券取引法に違反して無効であるか)について
(1) 前記第2の2(2)及び(3)の各前提事実によれば,原告の被告に対する本件契約に基づく報酬請求権の発生原因事実は認められるところ,被告は,本件契約は弁護士法72条及び証券取引法に違反して無効である旨の抗弁を主張するので,以下検討する。
なお,被告は,平成18年8月16日付け専任アドバイザリー契約書(甲1)について,原告と被告個人の間の契約書であるにもかかわらず,被告個人の名義ではなく被告が代表取締役を務めていたグローバル社名義の記名押印があることを指摘した上,原告がグローバル社の印章を勝手に用いて偽造したものである旨を主張するが,前記前提事実のとおり,原告と被告が本件契約を締結したことについては当事者間に争いがなく,被告の上記の主張は,原告の被告に対する報酬請求権の発生には何らの影響を及ぼすものではないから,その当否について判断する必要はない。
(2) 弁護士法違反について
前記のとおり,原告は,本件契約に基づき,被告とアポロ社との間の本件M&A契約(本件株式売却及び本件株式交換に関する契約)及び本件覚書の内容について,アポロ社と交渉をしたことが認められる。
ところで,弁護士法72条は,「弁護士又は弁護士法人でない者は,報酬を得る目的で訴訟事件,非訟事件及び審査請求,異議申立て,再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定,代理,仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い,又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。」と規定している。この「その他一般の法律事件」については,同条が「訴訟事件,非訟事件及び審査請求,異議申立て,再審査請求等行政庁に対する不服申立事件」を例示した上で「その他一般の法律事件」と表現していることにかんがみると,その訴訟事件等の具体的例示に準ずる程度の法律事件であることを要することは明らかであるところ,前記のとおり,本件契約に基づいて原告がしたのは,被告とアポロ社との間の本件M&A契約及び本件覚書の締結に向けての交渉であり,本件M&A契約及び本件覚書の締結が上記の訴訟事件等の具体的例示に準ずる程度の法律事件に当たるものと認めることは困難である。したがって,本件契約が弁護士法72条に違反して無効であると認めることはできないというべきである。
(3) 証券取引法違反について
また,被告は,本件契約は,原告が,有価証券の売買の媒介,取次ぎ又は代理を行うものであり,証券取引法に定める証券業にほかならないところ,証券業は,内閣総理大臣の登録を受けた者でなければこれを営むことができないにもかかわらず,原告は登録を受けておらず,本件契約は,証券取引法に違反して無効であると主張する。
証券取引法上,有価証券の売買の媒介,取次ぎ又は代理を営業として行うことは証券業に含まれる(同法2条8項2号)が,ここにいう「営業」とは,営利目的があり,反復継続性のある行為で,対公衆性の認められる行為であると解されているところ,本件株式売却は,被告を売主とし,アポロ社を買主とする特定の当事者間の有価証券の売買であり,対公衆性があるものと認めることはできず,他に本件契約に基づく原告の業務が証券取引法の規定する証券業に当たるものと認めるに足りる証拠は存在しないから,本件契約における原告の業務は,証券取引法の規定する証券業には当たるものと認めることはできない。
(4) 以上のとおり,本件契約が弁護士法及び証券取引法に違反して無効であると認めることはできず,被告の上記主張を採用することはできないから,被告は,原告に対し,本件契約及びその報酬に関する合意に基づいて,その報酬1億3500万円の残金6750万円の支払義務を負うものといわなければならない。
そして,証拠(甲4)及び弁論の趣旨によれば,被告は,上記の報酬の残金の支払について遅くとも平成19年5月1日には履行遅滞に陥っていたものと認められる。
3 争点(2)(原告に債務不履行があったか。債務不履行があった場合は,被告に生じた損害はいくらか)について
(1) アポロ社の上場廃止のおそれに関する原告の助言義務等違反
被告は,本件契約に基づいて,原告は,本件M&A契約の締結に当たり,被告に対し,アポロ社の株式に上場廃止のおそれが生じ得ることについて情報提供,説明及び助言をする義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったと主張し,原告も,本件契約の受託者として,本件M&Aに伴ってアポロ社に上場廃止基準に抵触するおそれが生じないかを配慮する義務があったことは認めるところである。
しかし,証拠(甲11,原告本人[2,21,22])及び弁論の全趣旨によると,原告は,アポロ社のA(以下「A」という。)に対し,本件M&Aに伴い,アポロ社が上場廃止の猶予期間に入るおそれがあるかどうかについて確認し,Aから,大阪証券取引所に事前相談をしたけれども,格別の指示又は問題の指摘はなかった旨の報告を受けたこと,原告は,アポロ社から上記のとおりの報告を受けた以上,本件M&Aに伴い,アポロ社が上場廃止の猶予期間に入るおそれがないものとして本件M&A契約に関する交渉を進めたことが認められる。したがって,原告が,本件M&Aに伴い,アポロ社が上場廃止の猶予期間に入るおそれがあるとの判断をすることができたものと認めることはできないから,原告が被告に対してアポロ社が上場廃止の猶予期間に入るおそれがある旨を助言等することは困難であったといわざるを得ず,原告に被告の主張するような助言義務違反があったものと認めることはできないというべきである。
(2) 代表取締役の交代及び連帯保証債務の免除について
ア 被告は,グローバル社の株式を第三者に譲り渡すことにした動機は,グローバル社の代表取締役という重い職責から解かれることにあったから,グローバル社の代表取締役の交代及びグローバル社の借入債務について代表取締役として負担してきた連帯保証債務の免除を受けることは譲ることのできない条件であり,原告は,それを認識していたにもかかわらず,十分な対応をしなかったと主張する。
イ しかし,代表取締役の交代については,被告自身が,本件覚書締結の時点で本件M&Aの後すぐにグローバル社を辞めると同社の経営に支障が生じるとの認識から少なくとも3年間は専務取締役営業本部長の役職に留まる意思を有していたと供述し,平成19年4月18日の時点では代表取締役留任についても了承していた旨を供述していること(被告本人[10,14]),被告は,平成19年4月18日付け電子メールで,アポロ社のAに対し,グローバル社の代表取締役にとどまる意思を表明していたこと(甲9)などからすると,どの程度積極的な意思を有していたかはともかくとして,被告は,グローバル社の株式の譲渡後も代表取締役にとどまることについて了承していたことが認められるから,この点について原告に債務不履行があったと認めることは困難である。
ウ また,連帯保証債務の免除については,原告本人の供述によれば,被告は本件M&Aの交渉の当初から,グローバル社の債務の連帯保証人から外れたい旨の希望を原告及びアポロ社に対して伝えていたことは認められるものの,そもそも連帯保証債務の免除は,債権者である金融機関が被告に対する意思表示によりするものであるから,アポロ社が被告に対して約束することができる性質のものではないこと,代表取締役の交代とは異なり,被告とアポロ社との間で交わされた本件覚書中に連帯保証債務の免除について何らの記載がなく(乙1),被告自身が,この点につき直接アポロ社と交渉したこと及びアポロ社との間で連帯保証から外す旨の合意があったわけではないことを認めていること(被告本人[17,18])などからすると,被告が本件M&Aの後もグローバル社の金融機関からの借入債務につき連帯保証人から外れることができなかったことについて,原告に債務不履行があったと認めることもできないというべきである。
(3) 以上のとおり,被告の主位的反訴請求(債務不履行に基づく損害賠償請求)は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないものといわなければならない。
4 また,前記のとおり,本件契約が弁護士法又は証券取引法に違反して無効であると認めることはできないから,被告の予備的反訴請求(不当利得返還請求)も理由がないというべきである。
5 よって,原告の本訴請求は,理由があるからこれを認容し,被告の反訴請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林昭彦 裁判官 石橋俊一 裁判官 北村久美)
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