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「成果報酬 営業」に関する裁判例(67)平成22年 3月17日 東京地裁 平21(ワ)9132号 賃金請求事件

「成果報酬 営業」に関する裁判例(67)平成22年 3月17日 東京地裁 平21(ワ)9132号 賃金請求事件

裁判年月日  平成22年 3月17日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平21(ワ)9132号
事件名  賃金請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2010WLJPCA03178012

要旨
◆被告が経営するフィットネススタジオの運営業務に従事していた原告が勤務期間中の成果報酬を求めると共に、原告との間に成立していた一定期間までの雇用契約又は店舗運営管理契約を被告が一方的に終了させた不法行為による損害賠償を請求した事案において、成果報酬については合意が成立していないこと、契約の終了については原告主張の一定期間までの合意が成立しておらず被告に不法行為を構成する行為もなかったことを認定判示して原告の請求を棄却した事例

参照条文
民法709条

裁判年月日  平成22年 3月17日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平21(ワ)9132号
事件名  賃金請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2010WLJPCA03178012

東京都足立区〈以下省略〉
原告 X
東京都港区〈以下省略〉
被告 株式会社ザ・サンクチュアリ・オペレーションズ
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 岡村勲
同 北尾哲郎
同 長﨑俊樹
同 加藤公司
同 内田清人
同 森川紀代
同 三好貴子
同 副田純子
同 稲生奈実
同 中村竜一
同 米田龍玄
同 笹野司
同 川本瑞紀

 

 

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。
2  訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1  請求
被告は,原告に対し,287万8301円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2  事案の概要
本件は,被告が経営するフィットネススタジオ(以下「本件スタジオ」という。)の運営業務に従事していた原告が,原告と被告とは,被告が原告に対し,成果報酬として,毎月,本件スタジオの売上額の22.5パーセントを支払う旨合意したとして,平成20年2月から同年9月までの本件スタジオの売上額の20パーセントに相当する137万8301円及びこれに対する各支払日の後である本裁判確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,被告は,原告との間に,平成21年3月31日までの雇用契約又は店舗運営管理契約が成立していたにもかかわらず,不法行為により,平成20年9月30日をもって,前記契約を終了させたとして,不法行為に基づく損害賠償として,逸失利益150万円(同年10月から平成21年3月までの賃金相当額)及びこれに対する不法行為の日の後である本裁判確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1  前提事実(証拠を掲記していないものは,当事者間に争いがない。)
(1)  当事者
ア 原告
原告は,本件スタジオの運営業務等を行っていた者である。
イ 被告(乙19,弁論の全趣旨)
(ア) 被告は,フィットネスクラブ及びスポーツクラブの経営等を目的とする株式会社であり,平成21年2月23日,有限会社シュウサンクチュアリを商号変更し,移行したことにより設立された(以下,同日より前の出来事について「被告」とあるのは,「有限会社シュウサンクチュアリ」を示す。)。
(イ) 被告の取締役であったB(以下「B」という。)は,平成19年12月29日に死亡し,平成20年1月22日,被告代表者が取締役に就任した。
(ウ) 被告のグループ企業である株式会社シュウウエムラの総務部長C(以下「C」という。)は,被告の総務業務を行っていた。
(2)  雇用契約の締結
ア 原告は,被告との間で,平成19年11月,本件スタジオの運営を主たる業務とする雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し,同月5日から,前記業務を開始した。
イ 本件雇用契約に関する原告と被告との間の同日付け「契約社員雇用契約書」(甲1。以下「本件雇用契約書」という。)の概要は以下のとおりである。
(ア) 雇用期間 同日~平成20年4月30日
雇用期間の更新 雇用期間満了1か月前までに原告及び被告ともに協議を行い,双方に異存なき場合は,当該雇用期間満了日の翌日を次期雇用期間の第1日目とする。
(イ) 賃金
a 賃金額 月額25万円
ただし,出勤日数が就業基準日数に満たない場合は,次の算出方法により算出した金額を差し引いて支払う。
月額賃金×欠勤日数/21日 ※10円未満切上げ
b 賃金計算期間 当月1日から当月末日まで
c 賃金支払日 当月25日
d 成果報酬は別途取り決めるものとする。
e 通勤交通費については,当社規程により別途支払うものとする。
(3)  成果報酬に関する話合い
原告は,被告代表者に対し,平成20年2月上旬,「運営計画に基づく報酬立案書」(甲7。以下「本件立案書」という。)を示し,以下の報酬の支払を要望した。
ア 最低保証賃金
25万円
イ 成果報酬
(ア) 現状(100万円の赤字)よりも赤字の場合
0円
(イ) 現状よりも改善だが利益がマイナスの場合
改善部分の50パーセント
(ウ) 利益がプラスになった場合
50万円及び利益の20パーセント
(4)  雇用期間の延長
原告と被告は,平成20年5月1日付け覚書(乙2)を締結した。前記覚書の概要は以下のとおりである。
ア 雇用期間延長 同年6月30日まで雇用期間を延長する。
イ 雇用契約内容 本件雇用契約を準拠する。
(5)  店舗運営管理業務委託契約書の交付
被告は,原告に対し,被告が原告に本件スタジオの運営管理を行うことを依頼する旨の店舗運営管理業務委託契約書(甲2。以下「本件業務委託契約書」という。)を交付した。その概要は以下のとおりである。
ア 契約期間 平成20年7月1日~平成21年3月31日
イ 報酬 月額10万円及び売上額の15パーセント
ウ 諸経費 ①スタジオ運営に必要な備品等の購入が必要な場合,事前に目的・見積書等を記載した申請書を提出し,被告が承認した場合のみ実行できる。
②スタジオ運営の実費を除き,レッスン企画,講師手配に関わる諸経費は原告の負担とする。
③原告と被告の費用負担が明確でない場合は,協議の上,決定する。
(6)  店舗運営管理契約の締結
ア 被告は,原告に対し,平成20年7月,本件スタジオの運営管理を行うことを依頼する旨の店舗運営管理契約書(甲3,乙1。以下「本件店舗運営管理契約書」という。)を交付した。その概要は以下のとおりである。
(ア) 契約期間 同年7月1日~同年9月30日
契約期間の延長及び再委託については期間終了の1か月以前に原告及び被告が協議し,合意の上決定する。
(イ) 報酬 被告は,原告による業務の履行に対する月額対価として,月額25万円(税別)及び通勤交通費(月額定期代)を原告に支給する。
(ウ) 支払方法 業務の対価の支払方法は,当該月分を月末末日に原告の指定する銀行口座に振り込み,支払うものとする。
イ 原告は,有限会社レジーナエンターテインメントの代表取締役として,本件店舗運営管理契約書に署名押印して被告に送付し,被告は,同年8月25日,これを受領した。(乙1,17)
2  争点
(1)  成果報酬請求権について
成果報酬の支払に関する合意の有無
(2)  不法行為に基づく損害賠償請求権について
ア 契約期間を平成21年3月までとする雇用契約又は店舗運営管理契約が締結されたが,被告は,不法行為により,平成20年9月をもって当該契約を終了させたか
イ 損害額
3  争点に関する当事者の主張
(1)  争点(1)(成果報酬の支払に関する合意の有無)について
(原告の主張)
原告及び被告代表者は,平成20年2月上旬及び同年3月,被告が原告に対し支払う成果報酬について話し合い,その際,固定給25万円に加え,被告代表者は,本件スタジオの売上額の15パーセントを,原告は,同売上額の30パーセントを成果報酬とすることを提案した。そして,被告代表者は,互いに歩み寄ることを約束した。
したがって,原告と被告との間には,同年2月以降,被告が,原告に対し,本件スタジオの売上額の22.5パーセント(前記被告提案の15パーセントと原告提案の30パーセントの中間値)に相当する成果報酬を支払う旨の合意が成立したといえる。
よって,原告は,被告に対し,同月から同年9月までの本件スタジオの売上額合計689万1506円の20パーセントに相当する137万8301円の支払を請求する。
(被告の主張)
原告は,被告代表者に対し,平成20年2月上旬,本件立案書に従った成果報酬の支払を提案した。これによると,売上額が本件スタジオの家賃額を下回っても成果報酬が発生することになっており,かつ,計算方法が複雑であったため,被告代表者は,原告に対し,前記提案を受け入れることができないことを伝えるとともに,売上額の15パーセントを報酬とし,固定給は無しとすることを提案した。しかし,原告はこの提案に応じなかった。
同年3月,原告は,被告代表者に対し,固定給の25万円に加え,売上額の30パーセントを成果報酬とすることを提案した。しかし,同提案は,売上額が本件スタジオの家賃額を上回るか否かを考慮しないものであったため,被告代表者は,原告の前記提案には応じず,再度,同年2月と同じ提案をしたが,原告はこれに応じなかった。この際,被告代表者が互いに歩み寄ることを約束したことはない。
以上によると,原告と被告との間には,成果報酬の支払について,原告が主張する合意は成立していない。
(2)  争点(2)ア(契約期間を平成21年3月までとする契約が締結されたが,被告は,不法行為により,平成20年9月をもって当該契約を終了させたか)について
(原告の主張)
ア 原告,原告の代理人であったD弁護士(以下「D弁護士」という。),被告代表者及びCは,平成20年6月末に協議し(以下「本件協議」という。),原告と被告との間の雇用契約又は店舗運営管理契約の契約期間を平成21年3月までとすることを合意した。
イ 被告は,原告に対し,本件協議の結果を受け,平成20年7月7日,契約期間を平成21年3月末までとする本件業務委託契約書を交付したが,経費に関する記載がなかったため,修正することとなった。ところが,Cは,平成20年7月10日又は同月11日,契約期間を同年9月までとする本件店舗運営管理契約書を持参した上,これに同意しないと以後の賃金を支払わないと脅した。原告は,これに抗議したが,受け入れられなかったため,同月までの賃金を確保するために署名押印せざるを得なかった。
ウ 以上によると,被告には不法行為が成立する。
(被告の主張)
ア 本件協議において,被告は,①報酬はコンサルタント料10万円及び売上額の15パーセントとすること,②契約期間は平成21年3月末までとすること,③経費は原則として原告負担とすることを提案し,原告との間で,主に成果報酬の有無及び算出方法について話し合ったが,合意に至らなかった。
イ 被告は,原告に対し,平成20年6月中旬ころ,本件協議において提案した契約条件を再度提案した。原告は,報酬の定め方,契約期間については了解したが,経費は被告の負担とすることを求め,同年7月以降の契約条件について合意に至らないまま,本件雇用契約の終了日である同年6月30日を迎えた。そこで,被告は,同日,原告に対し,とりあえず従前の契約内容で同年9月末まで契約期間を延長することを提案し,原告が,同年7月9日,これに同意したため,被告は,本件店舗運営管理契約書を作成し,原告は,同月15日以降,これを受領した。そして,同年8月20日,原告と被告との間で,同年9月30日の契約の終了に伴い,被告が原告に対し,恩典として50万円を支払うこと等の合意が成立したため,原告は,署名押印した本件店舗運営管理契約書を被告に送付した。
Cが,原告に対し,本件店舗運営管理契約書に署名して提出しなければ同年7月分以降の賃金を支払わないと言ったことはなく,実際にも,被告は,原告が本件店舗運営管理契約書に署名して被告に送付する前に,同月分の賃金を支払っている。
本件事実経過は以上のとおりであり,また,本件業務委託契約書は,同年5月28日に原告に交付したものであって,原告が主張する経過は事実と異なる。
ウ 以上によると,被告に不法行為は成立しない。
(3)  争点(2)イ(損害額)について
(原告の主張)
逸失利益 150万円
(計算式)最低保証金額25万円×6か月(平成20年10月~平成21年3月)
(被告の主張)
争う。
第3  争点に対する判断
1  認定事実
争いのない事実,前記第2の1の前提事実(以下「前提事実」という。),後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の各事実が認められる。
(1)  本件雇用契約書作成に至る経緯
ア 原告と被告は,平成19年11月,本件雇用契約を締結し,賃金は月額25万円,成果報酬は別途定める旨合意した。(前提事実(2))
イ 原告は,平成19年11月5日,本件スタジオに関する業務を開始したが,雇用契約書が作成されていなかったため,Cは,Bの指示に従って本件雇用契約書を作成し,同月中旬ころ,原告に対し,これを手交し,署名押印をした上で,被告に持参又は郵送するよう求めた。(乙19,証人C)
ウ 原告は,本件雇用契約書について,雇用期間が短いとして,雇用期間を延長するか,正社員とすることを求め,署名押印を拒否した。(原告本人)
エ Bは,同月下旬から入院し,同年12月29日死亡したため,Bの業務を引き継いだ被告代表者は,Cに対し,平成20年1月,雇用契約書を作成するよう指示し,Cは,原告に対し,再度,本件雇用契約書への署名押印を求めた。
オ 原告は,弁護士と相談した上で,同年1月末又は同年2月ころ,Cに対し,署名押印をした本件雇用契約書を交付した。(乙19,証人C,原告本人)
(2)  本件スタジオの収益状況
ア 本件スタジオは,平成20年1月に開店した。同年2月以降の本件スタジオの売上額は以下のとおりであった。(甲6)
同年2月 28万0132円
同年3月 98万9583円
同年4月 126万5257円
同年5月 130万9806円
同年6月 97万0700円
同年7月 89万7970円
同年8月 70万0504円
同年9月 47万7554円
イ 本件スタジオの家賃額は,月額約100万円であった。
(3)  成果報酬に関する話し合い
ア 原告は,被告代表者に対し,平成20年2月上旬,本件立案書を示し,報酬について,本件立案書記載のとおりとすることを提案した。しかし,同案は,売上額が家賃額を下回っても成果報酬が発生し,かつ,計算方法が複雑であったことから,被告代表者はこれに応じなかった。(乙18)
イ 原告は,被告代表者に対し,同年3月,最低保証額25万円に加え,売上額の30パーセントを成果報酬とすることを提案した。しかし,同案は,売上額が家賃額を上回るか否かを考慮しないものであったことから,被告代表者はこれに応じなかった。(乙18)
ウ 被告は,遅くとも同年4月14日には,売上額が家賃額(約100万円)を超えた場合に,原告の報酬が従前の賃金月額25万円を超える報酬体系が望ましいと考え,固定給10万円に加え,売上額の15パーセントを報酬とすることを検討するようになった。(乙9の1,9の2,被告代表者)
(4)  雇用期間の延長及びその後の交渉の経緯
ア 原告と被告は,報酬の定め方について合意することができず,平成20年5月1日以降の契約を締結することができなかったため,従前の雇用条件で雇用期間を同年6月30日まで延長することを合意した。(前提事実(4),乙18,19)
イ Cは,原告に対し,同年5月28日,本件業務委託契約書を交付した。(前提事実(5),乙8の1,証人C,被告代表者)
ウ 原告は,被告代表者に対し,同月29日,以下の内容の有限会社橋本企画と被告との間の業務委託契約書案(乙8の2)を送付した。(乙8の1)
(ア) 有効期限 平成20年7月1日~平成21年6月末日
(イ) 業務委託料
① コンサルタント委託料 月25万円
② 出来高(売上)委託料 売上の30パーセント
エ 原告,D弁護士,被告代表者及びCは,平成20年6月6日,報酬の定め方について,本件協議をした。被告は,原告に対し,①固定給10万円に加え,売上額の15パーセントを報酬とすること,②契約期間は平成21年3月までとすること等を提案した。前記4名が揃って協議をしたのは,本件協議の1回だけであった。(乙6,18,原告本人,被告代表者)
オ D弁護士は,被告に対し,平成20年6月13日,報酬の定め方等について,以下の提案を記載した文書(乙7の2。以下「D文書」という。)をメールで送信した。D文書には,「お話を直接お聞きすることができまして、双方の考え方に、実際にはさほどの違いがないことがわかり、ややほっとしているところです。とはいえ、ミッドタウン事業の前途の厳しさを考えると、双方にとって満足できる案を探すのも容易ではないと感じております。」と記載されていた。(乙7の1)
(ア) 現在,契約書の形態が雇用契約となっているところ,原告が負担している諸経費を損金として税務することができず不利益を被っているため,契約当事者を原告が代表を務める法人名とすること。
(イ) 報酬について
a 第1案
(a) コンサルタント料 月額10万円(定額)
(b) 成果報酬 売上額の20パーセント
(c) ただし,原告の負担は,コンサルタント業務及び従業員への指導業務に特化し,個別顧客への営業活動などの義務は負わず,他社の事業(競業事業を除く。)に参画することに制限はない。
b 第2案
(a) 固定支給額 月額25万円
(b) 成果報酬 売上額から50万円及びインストラクターその他従業員への給与総額を控除した額の60パーセント
(c) ただし,原告は,第1案の業務に加え,個別顧客への営業活動を含む売上増大に必要な業務を行い,本件スタジオの営業時間内は当該業務を行う。
c 第3案
(a) 固定支給額 月額25万円
(b) 成果報酬 売上額から家賃額及びインストラクターその他従業員への給与総額の半額を控除した額
(c) ただし,業務内容等は第2案と同じ。
カ 被告は,原告に対し,同月中旬ころ,再度,本件協議の際の提案と同様の提案をした。(乙18)
キ 原告は,被告代表者に対し,同月23日,被告代表者の提案どおり,コンサルタント料と売上額の15パーセントで,平成21年3月末まで運営したい旨記載したメールを送信した。(乙10)
ク 原告は,被告代表者に対し,平成20年6月25日,①モバイル端末使用料,②交際接待費,③携帯電話使用料を被告負担とすることを求める旨記載したメールを送信した。(乙10)
ケ 被告代表者は,原告に対し,同月26日,①モバイル端末使用料については,実態を把握した上で負担者を判断したいこと,②原告が個人的なつながりで招へいした講師に関する交際接待費は,原告の負担とすること,③原告個人の携帯電話の使用料は原告の負担であること等を記載したメールを送信した。(乙10)
(5)  本件店舗運営管理契約書作成の経緯
ア 原告と被告は,経費の負担者について合意に至らず,平成20年7月1日以降の契約を締結することができなかったため,Cは,原告に対し,同年6月30日,「7月1日からの契約がされていない状況ですので,とりあえず,今までの条件を9月まで延長することでは,どうでしょうか?」と記載したメールを送信した。(乙3)
イ 原告とCは,同年7月9日,契約期間の延長について話し合い,その後,原告は,Cに対し,「本日の話で9月末までの雇用確認書を明日,午後5時までにボートルまでお願い致します。本日すでに7月9日です。」と記載したメールを送信した。(乙5)
ウ Cは,同日,本件店舗運営管理契約書を作成し,本件スタジオと同じ施設内の店舗にこれを預け,原告は,同月15日以降,これを受領した。(乙4の1,4の2,11,19,証人C)
エ 被告は,同月25日,同月分の賃金(報酬)25万円を原告の口座に振り込んで支払い,原告は,同日,入金を確認した。(乙13,19,証人C)
オ 原告と被告は,本件雇用契約の終了の条件について交渉を重ね,同年8月20日,被告代表者及びD弁護士は,電話で協議をした。そして,Cは,同日,前記協議の内容について以下のとおり確認する旨の確認書(甲5)を作成して原告に送付し,原告は,これに署名押印し,同年9月1日ころ被告に返送した。(甲5,乙12の1,12の2,14,15,18,19)
(ア) 原告と被告との間で合意されている同月30日まで延長された現業務委託契約に準じ,業務委託料は毎月末日に原告に支払われるが,原告の出勤日時に関して,被告は便宜を図ることとする。
(イ) 被告は原告に対し,原告のこれまでの業務に対して,恩典として,業務委託費用の月額対価の2か月分(50万円)を支給する。
(ウ) 前記(イ)の支払日は,通常,当該業務委託(前記確認書では「雇用」)契約終了時に支払われるべきものではあるが,原告が同年8月中を希望したので,被告は,これを承諾した。
(エ) 本確認書を原告及び被告が確認することにおいて,原告と被告が取り交わした業務委託契約が履行されることを前提とする。
カ 原告は,本件店舗運営管理契約書に署名押印して被告に送付し,被告は,同月25日,これを受領した。(前提事実(6)イ)
2  争点(1)(成果報酬の支払に関する合意の有無)について
原告は,平成20年2月上旬及び同年3月,被告代表者と成果報酬について話し合い,その際,固定給25万円に加え,被告代表者は,本件スタジオの売上額の15パーセントを,原告は同売上額の30パーセントを成果報酬とすることを提案し,被告代表者は互いに歩み寄る約束をしたから,原告は,被告に対し,同年2月以降,前記売上額の22.5パーセント(15パーセントと30パーセントの中間値)の成果報酬支払請求権を有する旨主張する。
(1)  しかし,原告の前記主張によっても,同月及び同年3月当時,原告と被告は,成果報酬の支払について,依然として交渉の過程にあったものであるから,固定給25万円に加え,成果報酬として売上額の22.5パーセントを支払う旨の合意が成立したとは認められない。
(2)  加えて検討するに,前記1の認定事実(以下「前記認定事実」という。)の(3),(4)イ,エ,カによると,被告は,本件スタジオの収益状況を考慮し,原告に対し,従前の賃金月額25万円を超えて報酬を支払うためには,本件スタジオの売上額が家賃額を上回ることが必要であると一貫して考えていたことが認められる。この点,前記認定事実(2)によると,同年2月及び同年3月当時,売上額は家賃額にも及んでおらず,また,その後も売上額が特段伸びていないことからすると,当時,近日中に売上額が大幅に伸びる要因があったとは認められない。そのような段階において,被告代表者が,固定給25万円に加え,売上額の15パーセントを成果報酬として支払う旨提案するとは考え難く(同案によると,約147万円売り上げても収益は0であり(売上147万円-原告の報酬47万円(25万円+147万円×15パーセント)-家賃100万円≒0円),本件スタジオで勤務するインストラクターに対する賃金等を控除すると赤字となる。),被告代表者がこのような提案をしたとの原告の供述は信用できない。そして,他に被告代表者が前記提案をしたことを認めるに足りる証拠もない。
(3)  以上によると,原告が主張する前記合意の成立は認められないから,原告の本件成果報酬支払請求は理由がない。
3  争点(2)ア(契約期間を平成21年3月までとする契約が締結されたが,被告は,不法行為により,平成20年9月をもって当該契約を終了させたか)について
原告は,本件協議において,原告と被告との間で,契約期間を平成21年3月までとする合意が成立したにもかかわらず,被告は,原告に対し,契約期間を平成20年9月までとする本件店舗運営管理契約書を交付し,署名しないと賃金を支払わないと脅して署名させ,同月をもって契約を終了させたのであって,不法行為が成立する旨主張し,概ねこれに沿う供述をする。
(1)  契約期間を平成20年3月までとする契約の締結の有無について
ア 前記認定事実(4)オによると,本件協議の7日後に被告に送信されたD文書には,「双方にとって満足できる案を探すのも容易ではないと感じております。」旨の記載があるとともに,報酬の定め方について複数の案が提示されていることが認められることからすると,本件協議において,原告と被告は,報酬の定め方について合意に至っていないと認められる。よって,本件協議において,契約期間を平成21年3月までとする雇用契約又は店舗運営管理契約が締結されたとは認められない。
なお,前記認定事実(4)エによると,被告は,本件協議の際,契約期間を同月までとすることを提案したことが認められるところ,原告がこの点につき異を唱えず,了承していたとしても,報酬の定め方について合意に至っていない以上,契約の一要素に過ぎない契約期間についてのみ合意の効力を認めることはできない。
イ この点,原告は,本件業務委託契約書は,本件協議の結果を踏まえたものであり,平成20年7月7日に原告に交付された旨供述する。しかし,前記認定事実(5)ア,イによると,Cは,同年6月30日,原告に対し,本件雇用契約と同じ条件で同年9月末まで契約期間を延長することを提案し,同年7月9日にも,同年9月まで契約期間を延長することを提案していることが認められることからすると,その間の同年7月7日に,被告が原告に対し,契約期間を平成21年3月までとする本件業務委託契約書を交付することは不自然であって,原告の前記供述はにわかに信用できない。
他方,証拠(乙8の1)によると,被告は,原告に対し,平成20年5月28日,契約書案を交付したことが認められることや,前記認定に係る経過からすると,本件業務委託契約書を原告に交付したのは同月である旨の被告代表者の供述及び証人Cの証言は信用できるといえる。
以上によると,本件業務委託契約書は,前記認定事実(4)イにおいて認定したとおり,原告と被告との交渉過程において,同月28日に被告から原告に送信されたものであると認められ,前記アの結論は覆らない。
(2)  本件店舗運営管理契約書への署名押印に至る経緯について
さらに,前記認定事実(4),(5)によると,①本件協議後も,原告と被告との間で契約条件について協議がされ,報酬の定め方,契約期間については合意に至ったが,経費の負担者について合意に至らないままに本件雇用契約の終了日を迎えたため,平成20年7月9日,原告と被告は,従前どおりの条件で契約を締結することを合意し,同日,Cが本件店舗運営管理契約書を作成し,原告はこれを同月15日以降に受領したこと,②その後,契約終了の条件について,原告と被告との間で,D弁護士も交えて協議がされ,原告と被告は,同年8月20日,被告が原告に対し,恩典として50万円を支払うことなどを条件として,同年9月30日をもって契約関係を終了させることを合意したこと,③原告は,その後,署名押印をした本件店舗運営管理契約書を被告に送付したこと,④同年7月1日から同年8月25日までの間,原告と被告との間の契約書は存在しなかったが,被告は,原告に対し,同年7月25日,同月分の賃金(報酬)25万円を支払ったことが認められる。
以上の各事実によると,原告は,D弁護士も交えた交渉を経て,被告との間で契約の終了条件について合意した上で,署名押印をした本件店舗運営管理契約書を被告に送付したことが認められるのであって,その過程において,被告が,原告の主張する違法な行為に及んだとは認められない。
(3)  以上によると,そもそも原告と被告との間で,契約期間を平成21年3月までとする契約は締結されておらず,加えて,契約関係の終了に至る過程において,被告が,原告の主張する違法な行為に及んだとは認められないから,被告に不法行為は成立しないといえる。
よって,原告の不法行為に基づく本件損害賠償請求は,その余について判断するまでもなく理由がない。
第4  結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し,訴訟費用の負担について民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 武智舞子)

 

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