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「営業支援」に関する裁判例(142)平成18年 6月 9日 大阪高裁 平17(ネ)568号 損害賠償請求控訴事件 〔ダスキン株主代表訴訟事件・控訴審〕

「営業支援」に関する裁判例(142)平成18年 6月 9日 大阪高裁 平17(ネ)568号 損害賠償請求控訴事件 〔ダスキン株主代表訴訟事件・控訴審〕

裁判年月日  平成18年 6月 9日  裁判所名  大阪高裁  裁判区分  判決
事件番号  平17(ネ)568号
事件名  損害賠償請求控訴事件 〔ダスキン株主代表訴訟事件・控訴審〕
裁判結果  一部認容  上訴等  上告、上告受理申立(上告不受理、上告棄却)  文献番号  2006WLJPCA06090001

要旨
◆食品販売会社において、食品衛生法上使用が認められていない添加物を使用した商品が販売されていたことを後から認識した取締役らに、その事実を公表すべき義務に違反したとして、損害賠償責任が認められた事例

新判例体系
民事法編 > 商法 > 商法〔明治三二年法律… > 旧第二編 会社〔平成… > 第四章 株式会社 > 第三節 会社ノ機関 > 第二款 取締役及取締… > 第二六六条 > ○取締役の会社に対す… > (二)法令、定款違反の行為
◆会社が法令違反を犯していることを認識した取締役は、会社の損害及び信用失墜を最小限度にとどめるための適切な措置をとる義務があり、これを怠ったときは、善管注意義務に違反する。

 

裁判経過
第一審 平成16年12月22日 大阪地裁 判決 平15(ワ)3262号・平15(ワ)4262号 損害賠償請求事件 〔ダスキン株主代表訴訟事件・第一審〕

出典
判タ 1214号115頁
判時 1979号115頁
資料版商事法務 268号74頁

評釈
松嶋隆弘・判タ臨増 1245号158頁(平18主判解)
畠田公明・ジュリ臨増 1332号102頁(平18重判解)
山下徹哉・旬刊商事法務 1898号101頁
髙島志郎・旬刊商事法務 1876号20頁
山口拓郎・旬刊商事法務 1838号38頁
松井秀征・旬刊商事法務 1836号4頁(下)
松井秀征・旬刊商事法務 1835号20頁(中)
松井秀征・旬刊商事法務 1834号4頁(上)
竹内朗・NBL 860号30頁
小川直樹・月刊監査役 687号52頁
上野真二・日本経大論集 42巻2号197頁
大杉謙一・法教 360号80頁
宮島司=大島忠尚・ビジネス法務 12巻5号132頁
高岸直樹・日本法学 75巻3号57頁
野口葉子・月刊監査役 547号40頁
宮本航平・法学新報(中央大学) 115巻5・6号37頁
藤原俊雄・民事法情報 266号27頁
石山卓磨・法学研究(愛知学院大学) 48巻3号23頁
松嶋隆弘・税理 50巻6号82頁
松嶋隆弘・税理 50巻4号131頁
中村信男・月刊監査役 523号10頁
大塚和成・銀行法務21 668号60頁
中村信男・月刊監査役 524号31頁
大塚和成・銀行法務21 672号98頁
石川貴教・JICPAジャーナル 18巻11号82頁
後藤啓二・ビジネス法務 6巻11号106頁
松嶋隆弘・月刊税務事例 40巻2号58頁
菊田秀雄・早稲田法学 84巻1号221頁
加賀譲治・創価法学 38巻1号29頁(上)
加賀譲治・創価法学 38巻2号31頁(下)
武久征治・龍谷法学 42巻1号105頁
松嶋隆弘・日本法学 76巻2号307頁
山中修・ジュリ増刊(実務に効くコーポレート・ガバナンス判例精選) 114頁
清水毅・ジュリ増刊(実務に効くコーポレート・ガバナンス判例精選) 134頁

参照条文
会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律60条
商法267条
商法267条2項
民法416条1項

裁判年月日  平成18年 6月 9日  裁判所名  大阪高裁  裁判区分  判決
事件番号  平17(ネ)568号
事件名  損害賠償請求控訴事件 〔ダスキン株主代表訴訟事件・控訴審〕
裁判結果  一部認容  上訴等  上告、上告受理申立(上告不受理、上告棄却)  文献番号  2006WLJPCA06090001

控訴人兼被控訴人(以下「一審原告」という。) X
訴訟代理人弁護士 中山嚴雄
金子武嗣
松原弘幸
坂野真一
小谷眞一郎
加藤真朗
壇俊光
細見孝次
松浦由加子
中村昌樹
東忠宏
中島康之
被控訴人(以下「一審被告Y1」という。) Y1
訴訟代理人弁護士 今中道信
同 吉永透
同 山﨑末記
控訴人兼被控訴人(以下「一審被告Y2」という。) Y2
被控訴人(以下「一審被告Y3」という。) Y3
被控訴人 外7名
一審被告Y2,一審被告Y3,一審被告Y4,一審被告Y5,一審被告Y6,一審被告Y7
一審被告Y8,一審被告Y9,一審被告Y10訴訟代理人弁護士 玉生靖人
同 植村公彦
同 武智順子
被控訴人(以下「一審被告Y11」という。) Y11
訴訟代理人弁護士 宮原民人

 

主文
1  一審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1)  株式会社ダスキン(本店所在地・大阪府吹田市豊津町〈番地略〉)に対し,連帯して,一審被告Y1は金5億2805万円及びこれに対する平成16年2月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を,一審被告Y2は金5億5805万円(ただし,連帯部分は内金5億2805万円)及びこれに対する平成16年2月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を,一審被告Y3,一審被告Y4,一審被告Y5,一審被告Y6,一審被告Y7,一審被告Y8,一審被告Y9,一審被告Yl0,及び一審被告Y11は各金2億1122万円及びこれに対する平成16年2月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を,支払え。
(2)  一審原告の一審被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
2  一審被告Y2の控訴を棄却する。
3  一審被告Y2の控訴費用は,同一審被告の負担とし,その余の訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を一審被告らの負担とし,その余を一審原告の負担とする。
4  この判決の主文1項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由
第1  当事者の求める裁判
1  一審原告
(1)  原判決を次のとおり変更する。
(2)  一審被告らは,株式会社ダスキン(本店所在地・大阪府吹田市豊津町〈番地略〉)に対し,連帯して,金106億2400万円及びこれに対する平成16年2月24日(ただし,一審被告Y1は同月21日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)  訴訟費用は,第1審,2審とも一審被告らの負担とする。
(4)  (2),(3)について仮執行宣言
2  一審被告Y2
(1)  原判決中,一審被告Y2敗訴部分を取り消す。
(2)  同取消部分にかかる一審原告の請求を棄却する。
(3)  一審原告の一審被告Y2に対する控訴を棄却する。
(4)  訴訟費用は,第1審,2審とも一審原告の負担とする。
3  一審被告Y1,一審被告Y3,一審被告Y4,一審被告Y5,一審被告Y6,一審被告Y7,一審被告Y8,一審被告Y9,一審被告Yl0及び一審被告Y11(各自)
(1)  一審原告の控訴を棄却する。
(2)  控訴費用は一審原告の負担とする。
第2  事案の概要
1  本件は,株式会社ダスキン(以下「ダスキン」という。)の株主である一審原告が,ダスキンの経営する「ミスタードーナツ」において,人の健康を損なうおそれのない場合として厚生大臣が定めたもの以外の添加物であるターシャリーブチルヒドロキノン(以下「TBHQ」という。)を含んだ「大肉まん」(商品名)が販売されたこと等に関し,ダスキンの代表取締役,取締役ないし監査役であった一審被告らが善管注意義務違反によりダスキンに損害を与えたとして,平成17年法律第87号による改正前の商法267条1項,280条に基づきダスキンへの損害賠償を請求した株主代表訴訟である。
2  原審における一審原告の主張の骨子は次のとおりである。
(1)  一審被告らの善管注意義務違反
① 食品衛生法(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下特に断らない限り,同様)6条に基づき,人の健康を損なうおそれのない場合として厚生大臣が食品衛生調査会の意見を聴いて定めるもの以外の添加物(以下「未認可添加物」という。)を含む食品は販売等が禁止されているのであるから,このような添加物がダスキンの販売する食品に混入することがないように,リスク管理体制を構築する善管注意義務があったのに,一審被告らはこれを怠った。
② 食品衛生法上販売が許されていない添加物の使用ないし混入を発見した場合に取締役等がどのように報告し行動しなければならないのか等についてマニュアルを作成し周知徹底させ,違法行為等があれば即座にコンプライアンス部門等を通して取締役会に報告される体制を構築するなどの善管注意義務があったのに,一審被告らはこれを怠った。
③ ダスキンに対して「大肉まん」へのTBHQ混入の事実を指摘したZ(以下「Z」という。)に対して,6300万円を支払ったことに関して,取締役等が恐喝等違法行為の疑いがある事実を認識した場合には,直ちにコンプライアンス部門に報告し,同部門が必要な調査をした上,取締役会に報告するような体制を構築し,自らもそうするべき善管注意義務があったのに,一審被告らはこれを怠った。
④ 一審被告らは,TBHQが混入した「大肉まん」が販売された事実を認識した後,直ちにこれを公表し,「大肉まん」を回収し,謝罪等の被害回復措置をとるなどしてダスキンの損害を回避し最小限にすべき善管注意義務があったのに,一審被告らはこれを怠った。
⑤ 仮に,一審被告Y1がM(以下「M」という。)から未認可添加物混入のうわさのみを聞いたのであったとしても,それを十分調査し,取締役会に上程するべき善管注意義務があったのに,同一審被告はこれを怠った。
(2)  損害及び請求
ア 損害の内訳
ダスキンは,前記の善管注意義務違反により,
① ミスタードーナツ加盟店に対する営業補償,信用回復のためのキャンペーン関連費用等の出捐を余儀なくされ(以下,これを「本件出捐」という。),合計105億6100万円の損害を被った。
② また,Zに対して前記6300万円を支払い,これにより同額の損害を被った。
イ 請求
一審原告は一審被告らに対して,連帯して,ダスキンに対しア①及び②の合計106億2400万円の損害賠償金及びこれに対する請求の趣旨拡張申立書送達の日の翌日である平成16年2月24日(ただし,一審被告Y1については同月21日)から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
3  原判決は,大略以下のように判断して,一審被告Y2に,ダスキンに対する前記2(2)ア①及び同②の内3000万円の合計105億9100万円の5パーセントに当たる5億2955万円とこれに対する遅延損害金の支払いを命じたが,同被告に対するその余の請求及びその余の一審被告らに対する請求全部を棄却した。そこで,一審原告及び一審被告Y2が控訴した。
(原判決の判断)
(1) 未認可添加物が混入した食品を販売しないためのリスク管理体制構築等に関しては,ダスキンが品質確保のために必要な措置を講じていなかったとまではいえないから,直接の担当者でなかった一審被告ら(監査役であった一審被告Y7を含む。以下,特に断らない限り同様)に善管注意義務懈怠は認められない。
(2) 未認可添加物混入が判明した時点で,そのことが取締役会に報告されなかったことなどに関して,経営上の重要な事項が生じた場合に取締役会に報告するという法令遵守体制が,当時ダスキンに構築されていなかったとはいえないから,一審被告らに善管注意義務違反は認められない。
(3) 一審被告らが未認可添加物が混入した「大肉まん」の販売(以下「本件販売」という。)の事実を認識した時期は次のとおりである。
① 一審被告Y1
代表取締役,取締役辞任までにこれを認識したとは認められない。うわさを知ったにとどまる。
② 一審被告Y2
平成12年12月29日ころ,取引先のMから指摘を受けて,一審被告Y2は当時取締役兼ミスタードーナツフランチャイズ事業本部長であった原審分離前相被告B(以下「B」という。)に電話をかけて事実関係を確認し,未認可添加物混入を知った。
③ 一審被告Y3,同Y4,同Y11,同Y5,同Y6,同Y7,同Y8,同Y9,同Y10
一審被告Y7及び一審被告Y4が,平成13年7月20日に,Bから事情聴取をした結果,「大肉まん」に未認可添加物であるTBHQが混入していたこと及び本件販売の事実を認識した。
同事実は直ちに当時社長に就任していた一審被告Y2,副社長であった一審被告Y3に報告され,取締役であった他の一審被告らもその頃これを認識した。
(4) 前記認識後の対応及び損害と一審被告らの責任について
① 一審被告Y1については本件販売について認識がないので善管注意義務違反は認められない。混入のうわさについて積極的に調査確認し,あるいは取締役会に上程する等しなかった点に関しても,善管注意義務違反は認められない。
② 一審被告Y2は,未認可添加物混入を認識した以上,これを代表取締役であった一審被告Y1に報告すべき義務があり,報告していれば,既に販売が終了していた当該未認可添加物混入「大肉まん」の回収も多少はあり得るし,また,Zに対する当時未払分の3000万円の支払い等も防ぐことができ,マスコミによる批判もより小さくなり,結果として売上げ減少によりダスキンが加盟店補償等のために支払う費用も少なくなった蓋然性がある。しかし,未認可添加物混入を認識しながら販売するという重大な法令違反行為自体は,一審被告Y2の認識以前になされていることなどからすると,一審被告Y2が責任を負うべき金額は,本件出捐額105億6100万円とその時点で未払であったZに対する3000万円との合計額105億9100万円の5%に当たる5億2955万円の限度で責任を負う。
③ 一審被告Y1及び同Y2を除くその他の一審被告らが本件販売を認識した平成13年7月以降の時点において積極的に公表の措置を取らなかったこととダスキンの出捐との間に因果関係は認められないから,同人らの善管注意義務違反の成否について判断するまでもなく責任は認められない。
4  前提事実(各項末尾に証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(以下,原判決「第2 事実及び理由」中の1以下の部分と同様であるから,以下にこれを補正しつつ引用した上で,当審における主張等にかんがみ当審で内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体で記載し,それ以外の字句,表現の訂正,部分的加除等については,特に指摘しない。)
(1)  当事者等
ア ダスキンは,昭和38年2月4日設立された,環境衛生及び清掃用資器材等の製造及び販売,料理飲食店等の経営並びにこれらの事業を経営するフランチャイズ店に対する経営指導及び業務委託等を目的とする株式会社であり,平成13年6月27日現在の発行済株式の総数は1399万2472株,資本の額は113億5294万6000円である(甲1)。
イ 一審原告は,一審原告がダスキンに対して訴え提起の請求をした平成15年1月14日の6か月以上前から引き続きダスキンの株式を有する株主である(甲2)。
ウ 一審被告らは,ダスキンの取締役兼代表取締役,取締役又は監査役であった者であり,その在任期間等は別紙「在任期間・役職等」のとおりである。なお,一審被告Y1の辞任時期には争いがあるが,遅くとも平成13年6月13日までには取締役を辞任した(甲3の1)。
エ 原審で分離前相被告であったA(以下「A」という。)及びBは,ダスキンの取締役であった者であり,その主な経歴は次のとおりである。なお,Aは,ダスキンとの間で顧問契約を締結し,平成13年7月1日から顧問に就任し,月額320万円の報酬を受領していたが,同年12月末をもって顧問契約を解除された。そのため,Aは,平成13年12月26日,ダスキンに対して,解除は無効であるとして報酬の支払を求める訴訟を提起した。(乙ア5の1,2)
(ア) A
平成6年6月 取締役生産本部長就任
平成9年4月 常務取締役事業本部運営担当就任
平成11年4月 専務取締役フードサービス事業グループ担当
平成13年6月 退任
(イ) B
平成12年6月 取締役ミスタードーナツフランチャイズ事業本部長就任
平成13年12月 退任
(2)  TBHQ
ア TBHQは,化学式(CH3)3CC6H3(OH)2の化学物質で,油脂類の酸化防止剤,ポリマー類,潤滑油などの安定剤として用いられる。抗酸化性は他の抗酸化剤よりもすぐれ,特に他の抗酸化剤が植物油脂に対して効果が少ないのに比べ,TBHQは添加効果が大きいことから,パーム油などの植物性油脂への抗酸化剤として諸外国では広く使用されている。
イ 本件販売当時の食品衛生法は,その6条において,「人の健康を損なうおそれのない場合として厚生大臣が食品衛生調査会の意見を聴いて定める場合を除いては,添加物(天然香料及び一般に食品として飲食に供されている物であって添加物として使用されるものを除く)並びにこれを含む食品は,これを販売し,又は販売のように供するために,製造し,輸入し,加工し,使用し,貯蔵し,若しくは陳列してはならない。」と定めていたが,TBHQは,厚生大臣によって前記の健康を損なうおそれのない場合としての指定を受けていない。
ウ  TBHQは過剰に摂取すると体重減少や腎機能障害が発生するという動物実験があるが,通常の使用量では問題はなく,国連食糧農業機関(FAO)及び世界保健機関(WHO)によって設立された合同食品添加物専門家委員会(JECFA)が定めたTBHQの1日摂取許容量(ADI)は,0.7mg/kg(体重50kgの人の1日摂取許容量は35mg)であり,アメリカ合衆国,中華人民共和国(以下「中国」という。)を始め,十数か国で使われている。(乙ウ59ないし67)
(3)  TBHQが含まれた「大肉まん」の販売
ア ダスキンは,平成4年にミスタードーナツの飲茶事業に進出以来,小肉まんを販売していたが,その売れ行きは芳しくなかった。そこで,平成11年11月に,平成4年11月からダスキンとの間に飲茶事業に関し技術提携契約を締結していた株式会社皇宮(ファンコン,以下「皇宮」という。)並びに従来からダスキンと取引のあった食品メーカーである株式会社ハチバン(以下「ハチバン」という。)及び伊藤ハム株式会社(以下「伊藤ハム」という。)の3社とダスキンとで「大肉まん」開発プロジェクトを設け,「大肉まん」の試作を開始した(甲4の1)。
イ 肉まんの皮には,色つやを良くし,食感を高めるために油脂を練り込むが,当初はラードを使用する予定であった。しかし,実際に肉まんの製造を行う中国ではラードが品薄であったため,平成12年1月頃にラードの代わりにショートニングを使用することを決定した。ショートニングは天然パーム油に化学合成品である酸化防止剤が添加物として入っているものである。伊藤ハムはショートニングについて日本で認可されている抗酸化剤BHTを使用していた。ハチバンが平成12年3月15日に試作した製品には,ハチバンの中国での製造委託工場である山東仁木食品有限公司(以下「仁木食品」という。)の親会社である株式会社ニッキーフーズ(以下「ニッキーフーズ」という。)が入手した中国の不二製油製造のショートニングが使用されていて,これにTBHQが含まれていた(甲4の1)。
ウ 平成12年3月に5店で試作品の販売が行われ,その後同年5月からテスト販売が行われたが,テスト販売の「大肉まん」販売個数は月間40万個までであった。その後,同年10月6日から全国の店舗で販売が開始されたため,販売量は月間約500万個に上った。この販売された「大肉まん」は,製造能力がハチバンが月間400万個,伊藤ハムが同200万個であったため,販売された量もこの割合と考えられるが,そのうち,ハチバン製造の「大肉まん」には,TBHQが混入していた。平成12年5月から同年12月20日ころまでの間に,TBHQが混入した「大肉まん」の販売量は1314万個(同年12月1日以降に限ると約300万個)である旨を,ダスキンは大阪府知事宛に報告している(これが「本件販売」である。甲4の1,5,乙ウ54)。
(4)  Zへの合計6300万円の支払
ア ダスキンは,株式会社○○(以下「○○社」という。)の代表取締役であるZに対し,平成12年12月13日に800万円,同月15日に2500万円をそれぞれ支払った。
イ Bは,平成13年1月18日,三和紙器株式会社(以下「三和紙器」という。)代表者のN社長から3000万円を借り入れ,同日,Zまたはその代理人である○○社のO専務に対して同額を支払った(以下,この2回の支払を併せて「本件支払」という。)。
ウ ダスキンは,平成14年2月20日,三和紙器に対して3000万円を支払った(甲4の1)。
(5)  本件販売の発覚,行政処分及び略式命令
ア 平成14年5月になって,厚生労働省に匿名で「大肉まん」への未認可添加物混入の通報があり,同月15日,保健所が大阪府下のミスタードーナツ8店舗に立入調査を行った(甲4の3)。
イ 同月21日,本件販売等の事実や隠ぺい疑惑が,大々的に新聞報道された(甲9の1,2)。
ウ 大阪府は,平成14年5月31日,ダスキンに対し,食品衛生法23条に基づき,本件販売を理由に,中国で製造された「大肉まん」について,次の処分解除の要件が確認できるまでの間,仕入れ及び販売を禁止することを命じた(甲63の1,2)。
(ア) 安全性チェック機能の強化について
ダスキンが,品質管理体制の強化,品質管理に関する方針や目標を明記した文書等を提出することにより,大阪府が確認できること。
(イ) 違反品・不良品確認時の対応策策定について
ダスキンが,事故発生時の初期対応体制,事故拡大防止の対策,再発防止の対策,情報の公開等についてのマニュアルを作成し,大阪府が確認できること。
(ウ) 輸入品については,常に安全性をチェックし,適正に管理すること。
エ ダスキンは,平成15年9月4日,本件販売を理由に,A,Bと共に食品衛生法違反の罪で罰金20万円に処するとの略式命令を受けた(乙エ1)。
(6)  食品衛生法違反問題に関する出捐
ダスキンは,食品衛生法に違反して「大肉まん」を販売したことに関して,第41期(平成14年4月1日から平成15年3月31日)決算において,次のとおり合計105億6100万円の出捐(これが「本件出捐」である。)を計上した。
ア ミスタードーナツ加盟店営業補償
57億5200万円
イ キャンペーン関連費用 20億1600万円
ウ CS組織員さん優待券及びSM・MM等特別対策費用ほか 17億6300万円
(CSとはクリーンサービス事業,SMはサービスマスター事業,MMはメリーメイド事業を指す。)
エ 新聞掲載・信頼回復費用 6億8400万円
オ 飲茶メニュー変更関連費用 3億4600万円
(甲68,乙ウ70,弁論の全趣旨)
(7)  提訴請求等
ア 一審原告は,ダスキン(監査役C,同D,同E及び同F)に対し,平成15年1月14日に到達した書面で,一審被告Y1,同Y2,同Y3,同Y4,同Y5,同Y6,同Y7,同Y11並びにA及びBの責任を追及する訴えを提起するよう請求したが,ダスキンは,上記請求の日から60日を経過しても,訴えを提起しなかった(甲7の1,2)。
イ 一審原告は,ダスキン(監査役C,同D,同E及び同F)に対し,平成15年2月17日に到達した書面で,一審被告Y8,同Y9,同Y10の責任を追及する訴えを提起するよう請求したが,ダスキンは,上記請求の日から60日を経過しても,訴えを提起しなかった(甲7の3,4)。
ウ 一審原告は,平成15年4月4日,前記アの請求にかかる訴え(大阪地方裁判所平成15年(ワ)第3262号)を提起した。
エ 一審原告は,ダスキン(代表取締役一審被告Y9)に対し,平成15年5月15日に到達した書面で,一審被告Y7の責任を追及する訴えを提起するよう請求したが,ダスキンは,上記請求の日から60日を経過しても,訴えを提起しなかった(甲51の1,2)。
5  争点
(1)  一審被告Y7に対する訴えの適法性
(2) 「大肉まん」にTBHQが混入したこと(以下「本件混入」ということがある。)について,一審被告らに善管注意義務違反が認められるか。
(3)  本件販売について,一審被告らに善管注意義務違反が認められるか。
(4)  本件支払について,一審被告らに善管注意義務違反が認められるか。
(5)  一審被告らが本件混入及び本件販売を知った時期とその内容
(6)  一審被告らの本件販売等を認識した後の対応,当該事実を公表するなどしなかったことなどについて,一審被告らに善管注意義務違反が認められるか。
(7)  一審被告らの本件販売等を認識した後の対応,当該事実を公表するなどしなかったことなどと本件出捐及び本件支払との因果関係
(8)  一審被告Y1が未認可添加物混入のうわさがあったという事実しか認識していなかったとした場合に,同被告に善管注意義務・忠実義務違反が認められるか。
(9)  本件混入に関して皇宮に責任追及をしていないことについて一審被告らに善管注意義務違反が認められるか。
6  争点に対する当事者の主張
(1)  争点(1)(一審被告Y7に対する訴えの適法性)について
① 一審被告Y7の主張
平成15年1月14日に到達した書面による提訴請求は,監査役についての提訴請求を受領する代表権のない監査役に対するものであり,同年5月15日に到達した書面による提訴請求は,原告が一審被告Y7に対して本件訴訟を提起した後の提訴請求であるから,ダスキンに対して真に訴えを提起する機会を与えたことにはならず,提訴請求としての効力が認められないものである。
なお,一審原告のした同年5月15日の提訴請求が無効であるのは次の理由による。取締役・監査役に対する責任追及の訴えについて,本来原告として訴訟を行う資格を有するのは会社であるから,会社の訴訟提起の権利は疑義なく保障されていなければならない。ところが,既に一審原告によって一審被告Y7に対する訴訟が提起されているのであるから,ダスキンが訴訟を提起したとしても,二重起訴に当たるとして却下されるおそれがある(東京地裁平成4年2月13日判決・判時1427号137頁参照)。そうすると,前記の訴訟提起後の提訴請求は,会社に対して真に訴え提起の機会を与えたものとはいえない。また,会社が事後的に訴えを起こすか否かで既に提起した株主代表訴訟が適法になったり,不適法になったりするというのも,便宜主義かつ法的安定性を欠く解釈として許されない。
したがって,一審被告Y7に対する本件訴訟は不適法なものといわざるを得ないから,却下を免れない。
② 一審原告の主張
争う。
(2)  争点(2)(「大肉まん」へのTBHQ混入についての善管注意義務違反)について
① 一審原告の主張
ア リスク管理体制の構築
(ア) あるべきリスク管理体制(総論)
取締役は,自ら法令を遵守するだけでなく,従業員が会社の業務を遂行する際に違法な行為に及ばないよう,会社全体として法令遵守経営を実現しなければならない。そのために,取締役は次のような法令遵守体制(コンプライアンス体制)を構築していなければならなかった。
a 行動規範の内容
法令遵守体制を構築・機能させるためには,役員及び従業員の全体(以下「従業員等」という。)について,(a)違法行為に及ばないよう具体的場面に応じていかに行動すべきかという具体的な行動規範,及び,(b)違法行為を発見した場合にいかに行動すべきかという具体的な行動規範を示さなければならない。
b マニュアルの作成
取締役ないし取締役会が,常時,従業員等全体の行動を監督し,逐一具体的行動を指示することは,従業員が少人数の会社であれば格別,現実的に不可能である。そこで,行動規範を文書化したマニュアルを作成することが必要不可欠である。マニュアルは,企業の活動領域における最も重要な法令(食品会社であれば,食品衛生法)に焦点をあて,法律のみならず政令,ガイドライン及び判例等を詳細に検討し,平易で分かりやすいものでなければならない。
c 行動規範教育の必要性(マニュアルの周知徹底)
取締役は,上記マニュアルが,従業員等の日常業務において行動規範として機能するように,これを周知徹底する必要がある。具体的には,マニュアルを従業員等すべてに配布し,常時確認が可能なように閲覧に供しておかなければならない。そして,研修会,講習会,勉強会等を開催し,法令遵守の必要性を深く理解させるとともに,具体的場面に即した具体的な行動を理解させる必要がある。さらに,従業員等がどの程度マニュアルを理解しているかを定期的に確認し,テストする作業も必要である。
d 組織の整備
さらに,上記のような個別の教育だけでは不十分で,自らが違法行為を行えば,それを他人に認識され得る組織体制を構築しなければならない。
(a) 専門部門の設置
経営効率,利潤追求だけを考えれば,法令を無視する事態が発生してもおかしくないから,法令遵守を徹底するためには,経営効率等を考える部門とは別個に,専門性と独立性を有し,法令遵守に関する調査権限を持ち,法令を遵守していないことが判明した場合には強制的に是正する権限を付与された部門を構築しなければならない。そして,同部門は,マニュアルの対象となっている法令の動向等に常に注意を払い対応しなければならない。
ⅰ コンプライアンス部門及び品質管理機関の設置
食品会社の場合,上記専門分野としては,法令全般に関するコンプライアンス部門のほか,これとは別個独立の機関として,食品衛生法遵守及び正当な品質の食品の提供のための専門部門(品質管理機関)を設置しなければならない。ここにいう品質管理機関は,①食品衛生法厳守のため,専門性と独立性を有し,調査権限を持ち,法令を遵守していないことが判明した場合には製造販売を中止させる等の強力な権限を有し,かつ,②違法の場合以外について,企画・製造・販売の過程において,正当な品質の食品が提供されているか否かを調査・監督する機関であり,輸入食品をも含めて,各商品の品質管理をしなければならない。
ⅱ コンプライアンス部門及び品質管理機関の位置付け
コンプライアンス部門及び品質管理機関は,取締役直轄の部門でなければならない。また,食品の企画・製造・販売部門の担当取締役が品質管理機関を一括管理していたのでは実効性が期待できないから,品質管理機関については食品の企画・製造・販売以外の部門の担当取締役(又は代表取締役)が直轄すべきである。
そして,役員及び従業員は,業務に関し,何らかの違法行為又はその疑いのある事実を発見した場合には,コンプライアンス部門又は品質管理機関に報告しなければならず,同部門若しくは同機関又はその担当取締役は,違法行為等を発見した場合には,即座に取締役会に報告しなければならない。
ⅲ 苦情等の受理及び秘密保持
コンプライアンス部門及び品質管理機関は,違法行為等の存否を自ら調査するのみならず,それに関する情報提供を広く受け得る体制を整えておくことが必要である。この情報提供には消費者からの情報提供のみならず会社内部からの情報提供も含まれ,内部告発者が告発によって不利益を被ることがないように,コンプライアンス部門及び品質管理機関は,取締役に対して,氏名等内部告発者を特定し得る情報を伝達してはならない。
(b) 社外専門家による検査
会社外の食品専門家や食品関係の法律に詳しい専門家が,前記マニュアルの内容,従業者への周知徹底の程度,組織体制について,全般的に調査検討等のチェックをすることができる体制をとるべきである。
e 法令違反認識後の行動規範
役員及び従業員が違法な企業活動の存在やその可能性に気付いた場合に,コンプライアンス部門又は品質管理機関にこれを報告する制度や手続が整備されていなければならない。
また,違法行為を行った場合の懲戒処分について適正な手続を定めなければならない。
さらに,違法行為が確認された場合に,それによって生じた被害を救済するために講じる措置もコンプライアンス体制の一環として定めなければならない。
f コンプライアンスプログラムの作成,実施,修正
さらに,上記のようなマニュアルの設定,体制の整備等を,外部からチェックする体制も具備する必要がある。これらを総称してコンプライアンスプログラムといい,取締役会は,これを実施するため,自ら率先してこれを理解し,従業者に対する関連情報の伝達,研修,監視を実施すべく,マニュアルを作成し,コンプライアンス部門及び品質管理機関の設置とその適正な運営を尽くさなければならない。
監査役は,上記体制が構築されていなければ,これを構築するよう指示しなければならない。
(イ) あるべきリスク管理体制(各論)
ダスキンは,例えば,①当時構築しておくべきであった品質管理機関から「大肉まん」の試作品製造過程に人材を派遣する,②試作品を品質管理機関において検査する,③第三者の学識者に「大肉まん」の試作品の検査を依頼する,④原材料及び使用添加物も含め,「大肉まん」の製造に使用した材料の詳細を報告させ,それを品質管理機関がチェックする等の措置を講ずべきであった。
イ リスク管理体制の不備
ダスキンには,前記アのようなリスク管理体制がなく,皇宮等の製造委託業者を盲目的に信用するのみで,「大肉まん」の品質を自ら全くチェックしなかった。そのため,「大肉まん」にTBHQが混入したものである。
なお,外部業者が農林水産省食肉加工食品認定工場であるとか,ISO9002認証を取得しているとか,中華点心等の製造及び販売実績があるなどという理由で,取引先を過度に信頼し,自社による管理体制を構築しないことは許されない。このようなことを許すことは,食品販売業者による外部業者への丸投げによって,食品販売業者は食品の安全管理責任を免れることになり,不当である。
外部業者へ製造を委託した場合においても,納入された製品に対する抜き取り調査を行うなどして品質管理を自ら行うことは可能であり,必ずしも膨大なコストを要するものではない。
更に,製造委託先として信頼し得る業者を選択したとしても,その後,当該業者に品質管理を任せきりにすることが容認できるものでもない。食品販売業者は,販売する食品を自ら製造せず,他に製造委託した場合であっても,当該受託業者が適切な食品の安全管理を行っているか,定期的に品質管理や工場視察を行うなどして適切な指導管理をすべき義務を負うのである。
また,TBHQの毒性の大小は,食品衛生法違反行為の違法性にさほど影響するものではない。TBHQがどのようなものであれ,未認可添加物が混入した食品を販売することは,国民の食品安全に対する信頼を失わせ,国の食品安全施策を無にするものであり,その違法性は著しい。
ウ 一審被告らの責任原因
(ア) 一審被告Y7を除くその余の一審被告ら(以下,「一審被告取締役ら」ともいう。)は,ダスキンの取締役として,前記アのようなリスク管理体制を構築すべき義務があったのに,これを怠った。
(イ) 一審被告Y7は,ダスキンの監査役として,前記アのようなリスク管理体制を構築するよう指摘すべき善管注意義務があったのに,これを怠った。
② 一審被告らの主張
ア 一審原告の主張ア(ア)(あるべきリスク管理体制(総論))について
(ア) 一審原告はあるべきリスク管理体制として縷々主張するが,取締役・監査役の善管注意義務の前提としての,あるべきリスク管理体制とは,あらゆる不祥事の発生を未然に防止できる完璧なシステムを意味するものではない。また,同業他社に比して卓越したシステムや,事件発生後において,当該事件の具体的内容,原因等を分析検討することにより導き出される防止システムを意味するものでもなく,当該事件発生当時において,同業他社が導入済みの一般的普遍的システムを意味する。
(イ) 行動規範の内容について
現代社会が複雑化すればするほど,そして法令が多岐にわたればわたるほど,従業員等が直面するあらゆる場面を想定して,その行動規範を具体的に一つ一つすべて示すことなど不可能といわざるを得ないのであって,一審原告の上記主張は理想論ではあっても,役員の善管注意義務を画する基準とはなり得ない。
(ウ) マニュアルの作成,周知徹底について
コンプライアンス部門の設置にしても,コンプライアンスマニュアルの作成にしても,日本の各企業は,まさに今その取組をしている状況であって,本件混入が発覚した平成12年11月時点においてコンプライアンスマニュアルが策定されていなかったからといって,その一事をもって一審被告らに善管注意義務違反があるということはできない。
(エ) 組織の整備について
a 平成12年11月時点で,わが国の企業は,法令遵守体制の構築に向けた取組みが緒につき始めた状況であって,いまだコンプライアンス部門が設置されていなかったからといって,それ自体が取締役等の善管注意義務違反を基礎づけることにはなり得ない。
b コンプライアンス部門を設置しておかなければならなかったかどうかはさておくとして,わざわざ別組織の専門機関としての「品質管理機関」をもう一つ設けなければ食品衛生法の遵守が困難になるとは考えられない。
c わが国において,各企業が内部告発制度を導入し始めたのは,まさにここ1,2年のことにすぎず,したがって,ダスキンにおいて,平成12年11月当時内部告発制度がなかったとしても無理からぬ話であって,取締役等の義務違反を構成するとは到底考えられない。
d 当時,一審原告主張のような社外専門家による外部からのチェック体制が敷かれていなかったからといって,不備があるとはいえない。
(オ) 法令違反認識後の行動規範について
本件は,ダスキンの一般従業員が不祥事を働いたという事案ではなく,認識後の本件販売を指示したのも,本件支払を行ったのも,取締役であったA及びBであるから,懲戒処分制度の是非が問われるべき事案ではない。
イ ダスキンのミスタードーナツフランチャイズ事業本部(以下「MDFC本部」という。)の平成12年11月当時の品質管理体制
(ア) MDFC本部における品質管理部門
MDFC本部には,商品開発部門から独立した品質管理部門として品質管理室が設置されていた。
品質管理室は,①消費者からのクレーム対応,②衛生管理ガイドに基づく衛生検査,③すべての仕入先から提出を受ける原材料規格書の管理,原価構成表及び商品成分データの管理,商品成分一覧表の作成,消費者からの商品成分に関する問い合わせに対する対応,④営業通信(加盟店への情報伝達文書)への品質管理ワンポイントセミナーの掲載等の業務を行っていた。
(イ) 商品の企画・開発段階での品質確保のためのシステム
MDFC本部においては,「大肉まん」等のようにその製造を業者に委託する商品の場合,製造業者のほかに技術指導業者を加えて,ダブルチェックが働く体制の下で商品の企画・開発が行われるようにしていた。
MDFC本部(商品開発本部)は,品質保持のため,取引先選定基準に準拠して製造業者等を選定し,製造業者の生産工場については,HACCP導入工場又はISO9001認証工場に準ずる工場であること等を条件としていた。そして,海外工場の生産立ち上げ時には,商品開発本部の担当者が,必ず実際に現地工場に赴いて,上記条件を満たす工場であるかどうかを確認していた。
そのほか,品質管理室は,製造業者から当該商品の原材料規格書を提出させ,保管していた。
(ウ) 品質管理マニュアルの策定
MDFC本部においては,「ミスタードーナツ品質管理職務内容」及び「ミスタードーナツ衛生管理ガイド」がマニュアルとして作成され,品質管理室がこれに基づいて品質管理及び衛生管理に関する運用を行っていた。
(エ) その他の品質管理体制
a 食品衛生専門家の招聘
ダスキンは,大阪府の食品衛生監視員等の経験者を渉外対策本部に招聘し,クレーム等の対処法等の指導,再発防止のための改善指導,予防指導に当たらせたほか,フードサービス事業部門の店長や加盟店を担当する支部長に対して,食品衛生に関する基本的な講義を行わせていた。
b 取引先選定基準の設定
ダスキンは,厳格に取引先を選定するための取引先選定基準を設定していた。これは,各事業本部が取引先候補とする会社について,法務部が帝国データバンクの調査結果に基づいて,当該会社の財務内容,収益力,事業内容,評判信用等を勘案してコメントを付し,原則として信用度がC以上の企業のみが候補として認められるというものである。そして,当該候補企業は,稟議規定に基づき,経理担当役員によって新規取引先として承認されて初めて,正式な取引業者として取引が許されることとなっていた。
ウ 本件混入について,一審被告らに善管注意義務違反が認められないこと。
(ア) ダスキン(MDFC本部)は,「大肉まん」について,信頼の置ける実績のある業者にその製造を委託した上,更に,当該製造業者とは別の信頼の置ける実績のある業者に技術指導という形でその製造をチェックさせるという体制の下に,その開発・製造を行った。したがって,「大肉まん」の品質等について疑義を差し挟むべき特段の事情がない限り,食品衛生法その他の法令に従った適法かつ品質的に問題のない製品が製造されていると信頼することが許される。
具体的には,ダスキンは,「大肉まん」の製造を伊藤ハムとハチバンに委託し,皇宮に技術指導をさせていた。そして,伊藤ハムは,その中国工場において「大肉まん」を製造し,ハチバンは,ニッキーフーズにその製造を再委託し,同社は,中国の子会社である仁木食品の中国工場で「大肉まん」を製造していた。
伊藤ハムは,東京証券取引所第1部等に上場している日本有数の食品メーカーであって,ダスキンは昭和57年から伊藤ハムと取引をしていた。ハチバンは,昭和46年に設立された食品製造加工・販売及びラーメン店等の飲食店経営等を事業目的とする会社であって,ジャスダックに店頭登録しており,ダスキンは,平成10年からハチバンとワンタンの取引を開始していた。ニッキーフーズは,昭和40年に設立された飲茶,点心,餃子,肉まん,シュウマイ等の製造販売を主たる事業目的とする会社である。仁木食品は,ニッキーフーズの子会社として平成9年に中国山東省に設立され,同年からJAS認定工場としてその稼働を開始し,平成10年には品質の世界基準であるISO9002認証を当該工場で取得していたものである。当該工場で生産した商品は全量ニッキーフーズを経由して日本に輸出しており,ダスキンは平成11年から仁木食品の当該工場で生産されたシュウマイをニッキーフーズ及びハチバンを経由して購入していた。これに加え,仁木食品は,ニッキーフーズ経由で日本のスーパー,生協等に肉まんを含む中華惣菜等を広く供給していた上,ハチバンが平成11年8月から店舗展開を始めた中華料理店「チャイナパン」で扱っていた肉まんは,仁木食品の当該工場で生産されたものがニッキーフーズ経由で輸入されたものであった。したがって,仁木食品の当該中国工場で製造された肉まんは,当時既に日本における販売実績を有していた。更に,皇宮は,日本有数の飲料メーカーであるサントリー株式会社の子会社であって,点心料理のテイクアウトショップ,手作り餃子店等を経営していた。
ダスキンは,MDFC本部が飲茶事業に進出したことから,皇宮との間において,平成4年11月13日,「ダスキン・皇宮技術提携覚書」を締結し,多くの飲茶点心商品の開発に関し,皇宮からしかるべき技術指導を受けていたものであって,「大肉まん」の開発に関しても,皇宮の担当者が,開発期間中,このプロジェクトにほぼ専念していた。
したがって,ダスキンとしては,「大肉まん」の品質等について疑義を差し挟むべき特段の事情のない限り,食品衛生法その他の法令に従った適法で品質的に問題のない製品が製造されていると信頼することが許されるのである。
なお,皇宮の担当者のみならず,ダスキン(商品開発本部)の担当者も,中国での生産立ち上げに先立って現地工場に赴き,衛生品質面で問題がないかどうかをあらかじめ検証していた。
(イ) ダスキンによる自社検査が必要とまではいえない。
食品に関わる専門業者である以上,メーカー,商社,卸売業者,小売業者の別にかかわらず,自らが扱う当該食品に食品衛生法上使用が許されていない添加物が含まれていないかどうかを,他人任せにせずに自らの品質管理部門で検査し,あるいは学識者に検査依頼する等の体制をとらなければならないとは必ずしもいえない。食品販売業者が,実績があって信頼の置ける食品メーカーからその食品を仕入れたとすれば,当該食品メーカーが適法かつ品質上問題のない食品を製造していると信頼することが許されるはずであり,そうでなければ,製造・販売過程に関わる各業者はすべて,幾重にも同じ検査を実施することを強いられてしまうからである。
しかも,食品において,自社管理を行う場合には,検査機器や専門的な検査員の導入等に多額の費用を要することはいうまでもなく,特にダスキンのフード部門の商品は多岐に亘り,頻繁に新商品が発売されている状況にあるから,それら全てに対応するための管理体制を構築,維持することは,同部門の採算にも大きく影響する。更に,食品の安全性については,コストの問題もさることながら,いかにして安全性を確保するのが適切妥当かということであって,専門的な知識,経験,技術,ノウハウなどを有さない者が自ら安全管理するよりも,これらを兼ね備えた複数の業者に食品の製造及び指導監督の両面で行わせる方が勝っていることは既に述べたとおりである。
(ウ) 平成12年11月当時,各企業とも,食品衛生法上使用が許されていない添加物が自社商品に含まれていないかどうかのチェック体制について,一審原告が主張するほど厳重なシステムを構築していたわけではない。
TBHQは,FAO及びWHOがその安全性を確認し,アメリカ,中国,韓国,オーストラリア,ニュージーランド,マレーシア,シンガポール等十数か国において広く使用されていたものである。すなわち,TBHQは,海外ではまさに食品添加物として取り扱われており,そのため,本件において原材料に含まれていた結果,「大肉まん」にも誤って混入したものであり,他に4つの混入例が存在していた事実が判明している。
(エ) 以上のとおり,一審被告取締役らに善管注意義務違反が認められない以上,一審被告Y7には何らの責任も認められない。
(3)  争点(3)(本件販売についての善管注意義務違反)について
① 一審原告の主張
ア 違法行為予防体制の構築
(ア) 前記争点(2)に関する①ア(ア)と同じ。
(イ) あるべきリスク管理体制(各論)
ダスキンは,a販売する食品に未認可添加物が使用されていることを発見した際の行動方針について従業員等に対し,マニュアルを作成し,また,b違法行為があれば即座にコンプライアンス部門または品質管理機関を通じて取締役会に報告される体制を構築すると共に,それらを従業員等に周知徹底しておくべきであったが,いずれも行っていなかった。
イ ダスキンがこのように違法行為予防体制の構築を怠り,リスク管理体制が不備であったため,A及びBによって,本件販売という故意による違法行為が行われるに至ったものである。
ウ 一審被告らの主張を前提としても,ダスキンに適正な体制が存したとはいえない。
(ア) 一審被告らは,本件販売当時,ダスキンではカンパニー制を採用し,各部門の独立性を高くしていたと主張する。しかし,このように,権限と責任を個別事業部に委譲した場合には,一部の役員に情報が集中し,会社全体を統括する経営者に情報が上がってこなくなる危険が伴う。これを防止するためには,カンパニー制施行と同時に,現場からの情報が複数のルートを通って経営者に到達し得るシステムを構築しておくことが不可欠である。
(イ) 実際にも,本件混入を知った商品本部プロダクトマネージャー統括部長のG(以下「G」という。)が,直属上司であるBやAだけでなく,他の役員に報告していたならば,問題認識後の本件販売のうち,かなりの部分が抑止可能であったと考えられ,内部統制システムが有効であったとは認められない。本件混入の事実を知ったフード部門の担当取締役が自己の担当する部門の不祥事発覚を恐れて,問題を握りつぶし,在庫商品の継続販売を決定できたこと自体が問題なのである。
(ウ) 更に,一審被告らは,本件販売が行われた当時,及びその後も,この事実自体を知らなかった旨主張する。しかし,知らなかったことにより,一審被告らが免責されるものではない。「知らなかったら責任がない」とすれば,取締役は下手に調査して責任を問われるよりは,何もせずにいて知らなかった方がいいということになり,職務に不熱心な取締役の存在を認めることにつながる。知らなかったということは,知ることができる体制を構築していなかったことになり,この点からも,一審被告らの善管注意義務違反・忠実義務違反は明らかである。
エ 一審被告らの責任原因
(ア) 一審被告取締役らは,ダスキンの取締役として,本件販売のような重大な違法行為がなされないようにする法令遵守体制を構築することを怠り,また,事業部内での違法行為について,複数のルートで経営者が把握することができる体制の構築を怠った結果,本件販売が実行されたものである。
(イ) 一審被告Y7は,監査役として,前項記載のような体制を構築するよう取締役会に対し指摘すべき善管注意義務があったのにこれを怠った。
② 一審被告らの主張
ア 前記争点(2)に対する②アと同じ。
イ 一審原告の主張イについて
(ア) A及びBは,TBHQ混入の事実を知りながら,そして未認可添加物が混入した食品を販売することが食品衛生法に違反するということも承知の上で,あえて販売を継続したものであるから,まさに確信犯的行動であったといえる。そのようなA及びBに対しては,たとえどのようなマニュアルを用意しておいたとしても,すべて無意味である。
(イ) 本件において,MDFC本部内の商品本部プロダクトマネージャー統括部長であったGは,「大肉まん」にTBHQが使用されている事実を聞かされると直ちにこれをMDFC本部の担当取締役であったBに伝えてその指示を仰いでいる。このことは,たとえコンプライアンス部門が存在していたとしても許される選択であり,まさに当を得たものであった。ところが,事実関係を調査した結果「大肉まん」にTBHQが混入していた事実が確認され,AがBから当該事実をすぐに伝え聞いたにもかかわらず,前記両名は,TBHQを含んだ「大肉まん」の国内在庫分をそのまま販売したものである。
しかも,ダスキンの稟議規定によれば,経営上の重要な情報は,取締役会に報告しなければならないとされていたにもかかわらず,前記両名は,これを無視して取締役会に報告せず,本件販売の事実を隠ぺいし続けた。
このように,複数の取締役が意を通じて法令及び社内の稟議規定を無視して秘密裏に「大肉まん」の販売を進め,平成12年12月20日ころにはTBHQを含んだ「大肉まん」の国内在庫分を売り切ってしまったものであって,一審被告らにはこれを防ぐ手立てはなかった。
(ウ) 一審原告は,ダスキンがカンパニー制を敷く場合には経営者に情報が伝わりにくくなるから,現場からの情報が複数のルートを通って経営者に到達し得るシステムを構築すべきであった旨主張する。
しかし,このような主張は結果論以外の何物でもなく,事後的な結果を見て,善管注意義務違反を論じているのに過ぎない。カンパニー制であるからといって情報の伝達が不十分ということはなく,本件は,MDFC本部の責任者であった取締役のB及びその上司でフードサービス事業グループの最高責任者であったAまでもが,稟議規定に違反して,「大肉まん」へのTBHQ混入という事実を取締役会に報告せず,秘密裏に処理し,更に本件支払にまで至るというおよそ想起し難い事案なのであり,このような事態の下ではその組織・体制如何にかかわらず,これを防止することは不可能であった。このような事態までも予想して,通常の指揮命令系統とは別の内部統制システムを特別に構築しておかなければ,善管注意義務を果たしていないとは到底いえない。
ウ ダスキンの本件販売当時の違法行為抑止等のリスク管理体制
(ア) 社員研修
ダスキンは,すべての新入社員に対し,ダスキンの従業員として遵守すべき内容を記載したテキストを配布するとともに,新人研修において,その内容をすべて説明し周知徹底を図っていた。
(イ) 稟議規定
ダスキンは,稟議規定において,「経営上の重要な情報」を取締役会への報告事項と定め,これを全役員間で確認しており,社内で法令違反の事実が認められた場合には,取締役会に報告するという手続を踏むことが周知徹底されていた。
(ウ) 法務相談
ダスキンは,「法務相談」制度を設け,顧問弁護士が,毎週2日間,午後1時から午後5時までの間,本社において相談を受け付ける体制をとっていた。
(エ) コールセンター
ダスキンは,その取扱商品及びサービスに対するクレームを消費者から直接受け付ける窓口としてコールセンターを設置していた。
(オ) 就業規則
ダスキンは,就業規則において,会社の名誉を汚し,業務上の機密事項を漏らし,会社に不利益をもたらした場合や,同規則,職務上の指揮命令等にしばしば違反し,会社内の風紀,秩序を乱した場合には,懲戒又は解雇処分とすることを定め,従業員が故意又は重大な過失によって会社に損害を与えたときは,その損害を賠償すべき旨を定めるなど,違法行為を行った場合の懲戒処分について適切な手続を定めていた。
(カ) 危機管理セミナーの実施
ダスキンは,平成12年6月に雪印乳業株式会社の集団食中毒事件が発生したことを受けて,同年7月13日,取締役会開催後に全取締役及び監査役出席のもとで,保険会社の顧問を招いてセミナーを開催し,危機原因の分析,危機への対応方法についての講義を通じて,全取締役に危機管理の重要性を周知徹底した。
エ 以上のとおり,一審被告取締役らに善管注意義務違反は認められないし,そうである以上,一審被告Y7にも何らの責任も認められない。
(4)  争点(4)(本件支払についての善管注意義務違反)について
① 一審原告の主張
ア 違法行為予防体制の構築
(ア) 前記争点(2)に関する①ア(ア)と同じ
(イ) あるべきリスク管理体制(各論)
ダスキンは,違法行為がなされないように従業員を指導監督すると共に,従業員が当違法行為の疑いがある事実を認識した場合には,直ちにコンプライアンス部門に報告し,同部門は必要な調査をした上,取締役会に報告するという体制を整えておかなければならなかった。
(ウ) カンパニー制について
a 監視義務
取締役は取締役会の構成員として代表取締役及び他の取締役の業務執行全般について監視義務を負っている。このことは,会社が事業分野ごとの独立性を認めた場合においても同様であって,カンパニー制を敷いた会社の他のカンパニーの業務であるからといって,法的義務である監視義務が免ぜられるものではない。
b コンプライアンス体制
したがって,取締役が直接監視することができない場合には,これに代わるものとして監視できる体制を構築しておく必要がある。これがコンプライアンス体制・リスク管理体制である。
イ コンプライアンス体制・リスク管理体制の不備
ダスキンは前記のような直接の監視体制若しくはこれに代わる有効な監視体制を取っていなかったため,A及びBの本件支払が看過された。
ウ 一審被告らの責任原因
(ア) 一審被告Y5について
a 一審被告Y5は,本件支払い当時,経理本部担当取締役として,会社の支払いが正当か否かを確認すべき善管注意義務を負っていた。
しかるに,一審被告Y5は,本件支払については,次のような不自然,不可解な点があったにもかかわらず,漫然とこれを見逃した。
ⅰ Bの個人口座あてにいったん振り込まれていること
ⅱ Bが個人的に取引先から3000万円を借り入れて支払っていること
ⅲ 前記ⅱの3000万円について,2万円と2998万円に分けて支払われていること
ⅳ Bの個人口座あてに,「異物混入調査費用」として300万円が,「異物混入」という名目で2500万円がそれぞれ振り込まれていること
b 伝票の数が多いからチェックできないというのであれば,「人海戦術」によらなくても違法・不当な支出を事前に防止できる体制を構築しておかなければならなかったところ,一審被告Y5はそのような体制を構築することを怠った。
(イ) また,一審被告取締役らは,一審被告Y5を含め,ダスキンの取締役として,前記アのようなリスク管理体制を構築すべき義務があったのに,これを怠った。
(ウ) 一審被告Y7は,ダスキンの監査役として,前記アのようなリスク管理体制を構築するよう指摘すべき善管注意義務があったのに,これを怠った。
② 一審被告Y5の主張
ア ダスキンの平成12年度(平成12年4月1日から平成13年3月31日まで)における仕訳レコード件数は,借方と貸方を別々に数えると422万8026件であるから,本社経理本部の担当取締役が,自ら又は部下をしてその支払に関する帳票をいちいちチェックするなどということは事実上ほとんど不可能であった。
イ そこで,ダスキンにおいては,稟議規定に定められた決裁権限の範囲内で各事業部門に権限が委ねられ,各事業部門の統括責任者及び担当役員の責任の下に,伝票入力から証票等のチェック,伝票の承認行為に至るまでの処理が,複数者間で牽制が働くようにしながら各事業部門で完結されるシステムが採用されていたものである。したがって,仕訳データの処理及び銀行振込手続等も,上記承認行為をもって自動処理され,本社経理本部には伝票が回ってこないシステムとなっていた。
ウ よって,ダスキンにおいては,各事業部門で発生したすべての経理伝票を本社の経理部門が事前にチェックするということは事実上不可能であり,したがって,そのようなシステムにはなっていなかったものであって,そうである以上,一審被告Y5には何らの善管注意義務違反も認められない。
③ 一審被告Y5を含む一審被告らの主張
ア 前記争点(2)に関する②アと同じ。
イ 取締役の監視義務は必ずしも事前のチェックを必要とするものではなく,ダスキンにおいては,履歴付きの経理データをいつでも検索,照会することができるという形で,役員の相互監視が可能な体制を確保していたものであり,その経理体制は経営判断に基づく裁量の範囲内で適切なものであった。内部告発制度等が本件支払当時には存在しなかったことは,監視体制の不備を意味するものではなく,取締役の善管注意義務違反になるものではない。
ウ A及びBは,その気さえあれば簡単に取締役会に報告できたはずであって,コンプライアンス部門がなかったから金銭を支払ったなどという因果の流れにあるわけでは決してなく,TBHQの混入した「大肉まん」の販売を継続する一方,実態のない業務委託契約書を作成してまで,何ら支払ういわれがない金銭を,そうと知りながらあえて支払ったということにすぎず,コンプライアンス部門の有無は本件支払と一切関係がないことが明らかである。
エ 以上のとおり,一審被告取締役らに善管注意義務違反が認められない以上,一審被告Y7には何らの責任も認められない。
(5)  争点(5)(一審被告らが本件混入及び本件販売を知った時期とその内容)について
①  一審原告の主張
ア 一審被告Y1について
(ア) 一審被告Y1は,平成13年2月頃,Mから「大肉まん」に未認可添加物であるTBHQが混入していた事実を聞き,直ちにミスタードーナツ部門及びそれを含むフードサービス事業グループの責任者であったA及びBを呼んで,事実関係を確認した。その結果,「大肉まん」への未認可添加物混入及び認識後の販売継続の事実を確認したが,一審被告Y1はA及びBに対して,他の取締役等に伝えず,自分たちだけの秘密にするよう指示した。
(イ) 原判決は,上記主張に沿う証拠(証人Aの証言及びAの司法警察員に対する供述調書及び陳述書)の証明力を全面的に否定し,またMの供述調書及び陳述書も採用しなかった。しかし,これは以下述べるとおり,明らかな事実誤認である。
a 原審は,Aと共に一審被告Y1から直接口止めの指示をされたと指摘されているBの証人申請を採用しなかった。同証人の尋問は本件の事実解明に不可欠であって,原審が不採用としたのは不当である。そして,当審において,Bは,平成13年2月に一審被告Y1に対し,未認可添加物であるTBHQが混入されていたが,それを販売したこと,現時点では在庫はないことをAが報告したと明言している。
b また,原判決が信用性を否定したMは,利害関係の薄い第三者であり,また陳述書と司法警察員に対する供述調書はほぼ同内容であるが,警察における供述調書は,ダスキン側の圧力のない状況で,Mの経営する××株式会社(以下「××社」という。)において自由な雰囲気で調べられており,誘導の可能性は低く,更にその供述内容も臨場感に溢れ,かつ「墓場まで持っていけ」との部分を除けば,一審被告Y1の陳述書の記載内容とも一致するのであって十分信用できるものである。
c 更に,Aの供述(原審での証言並びに甲71の司法警察員に対する供述調書,甲81及び乙イ5の陳述書の記載を含む。以下「A供述」という。)の内容は,同人が食品衛生法違反被疑事件で取調を受けた当初から一貫しており,前記のとおりBやMの供述とも一致し,かつその内容が合理的なものであり,同人は自己の不利益な事実についても素直に認めており,十分に信用し得るものである。
d 他方,一審被告Y1の陳述書等の記載には信用性がない。
(a) 一審被告Y1は,昭和53年にフードインダストリー事業本部の責任者となり,ミスタードーナツを立ち上げ,食品事業に深く関わってきたものである。そして,平成13年2月当時,ダスキンは社長である一審被告Y1の意向を中心に業務を執行していた。したがって,ダスキンやミスタードーナツの命運に関わりかねない重要商品に問題が生じた場合には,一審被告Y1自身が指示して解決を行ったはずである。
(b) そして,「大肉まん」は販売開始後11日間で5000万円以上の売上げを上げたミスタードーナツにとって重要な商品であった。
しかも,消費者の食品の安全に対する反応は極めて敏感であり,未認可添加物混入が判明すればミスタードーナツの売上げが大幅に減少することは明らかであった。
さらに平成13年10月には,マクドナルドの平日半額キャンペーン実施により,ファーストフード業界が軒並み売り上げ不振の状況であったもので,この時期に不祥事が判明すれば倒産する加盟店が続出することが必至であった。
(c) このように極めて重大な事実であるのに,一審被告Y1の供述(乙ア1の陳述書の記載を含む。以下同様。以下「Y1供述」という。)によれば,A及びBから簡単な報告を受けたのみで,TBHQがどのような物質であるかの確認もせず,また,うわさの対象となっているのがどのような事件でどう調査したのかも全く確認していないというのである。これは極めて不自然な内容というべきである。
(d) また,Y1供述によれば,MはAらがMの話について単なるうわさ話に過ぎないとその信憑性を否定したのに何も言わなかったというのであって,これも不自然極まりない。
(e) Y1供述を前提としても,少なくとも「大肉まん」に未認可添加物混入の疑いが生じたことは事実であるのに,担当取締役であるAらは,社長であった一審被告Y1に2か月以上もの間報告していなかったことになるから,食品販売会社における未認可添加物混入の重大性を考慮すれば,何らかの処分がされてしかるべきであった。しかし,実際には何ら処分をされていないことは,混入の事実を報告していたからと考えられる。
イ 一審被告Y2について
(ア) 一審被告Y2は,平成12年12月下旬頃,Mから「大肉まん」へのTBHQ混入の事実を知らされ,Bに電話して,その情報が間違いないことを確認した。原審が証拠に基づき,この認定をしたのは当然である。
(イ) 一審被告Y2はこれについて縷々主張するが,失当である。
a Mは当初L取締役(以下「L」という。)を訪ね,そのMの話を聞いて,Lが一審被告Y2を呼んだのである。一審被告Y2は当時専務取締役であって,ダスキンの重要幹部で,しかも年末の多忙な時期に,肉まんに何かが混入していたらしい程度の情報で,Lが一審被告Y2を呼び,これに応じて一審被告Y2が駆けつけることなどあり得ない。
b また,一審被告Y2は,Mが信用できない人物であると強調するが,現にMの経営する××社はダスキンと取引を行っていて,Mは一審被告らのもとに出入りしていたのであるから,Mが信用できない人物であるというのは誇張であることが明らかである。また,話し相手の弱点を突くなどして交渉するという点も,いつも事実に反することばかり言っていては弱点にならないのであるから,重要な話をして話し相手の気を引こうとするのが当然で,その意味でも,単なる異物ではなく未認可添加物混入の話が出たとみるのが当然である。
c 一審被告Y2はBの証言についても,Bが電話で一審被告Y2に報告した内容を具体的に説明できないことを挙げて,信用できないとしているが,TBHQ混入について説明したとの限度では明白に証言しているのであって,一審被告Y2の主張は失当である。
d 一審被告Y2は,別件訴訟(Aがダスキンに対し,顧問料の支払いを求める訴訟)におけるダスキンの準備書面に,未認可添加物混入を聞いたとの記載があることについて,異物混入の趣旨であるが,異物が毒物などでないことを示す意味で未認可添加物という表現をしたものである旨主張する。しかし,別件訴訟では,Aの責任が問題になっており,その関係で,他の取締役ことに当時専務で後に社長となった一審被告Y2がいつ未認可添加物混入を知ったのかが争点の一つとなっていたのであるから,そのような事実について訴訟代理人が誤記することは考え難い。
ウ 一審被告Y9及び同Y8について
(ア) Mは,平成12年12月中旬頃,ダスキン役員室を訪ねて一審被告Y9に対し,「TBHQが(「大肉まん」に)入っていますよ,大変なことですよ」と告げた。
(イ) Mは,ダスキンの関連会社であるダスキンジョイエキスプレスの顧問をしていたところ,同社がダスキン本社の1階にあることから,Mは一審被告Y8に会うことが多く,その際に,Mは同被告に対し,一審被告Y1に伝えてくれと言って,TBHQ混入の事実を伝えた。
(ウ) これらの事実はMの司法警察員に対する供述調書に記載されていないが,供述調書は警察が必要だと考えた情報のみを文書化するものであって,会社の代表者であった一審被告Y2の責任が明らかになっている以上,他の取締役の認識時期までも調書に記載しなくても不自然ではない。
エ 一審被告Y4
Aは平成13年2月8日に一審被告Y1に呼ばれて説明した後,この種事件の対応部署の責任者である一審被告Y4に対して,一審被告Y1に説明した内容を報告している。したがって,一審被告Y4はこの時点で本件販売を認識していた。
② 一審被告Y1の主張
ア 一審被告Y1は平成13年4月27日(仮に商業登記簿の記載が正しいとした場合,同年6月13日)に取締役を辞任するまでの間,本件販売及び本件支払のいずれについても知らなかった。
イ 一審被告Y1は,平成13年2月22日頃,Mから「大肉まん」に「食品衛生法上使用が許されていない添加物が入っているうわさがある」旨を聞かされ,A及びBに事実確認をしたことがある。Aらは,そのようなうわさはあったが,実際には混入の事実はないと説明し,厚生労働省の指定検査機関の証明書も示したので,本件販売の事実自体認識していない。
また,一審被告Y1は,上記2月22日又は23日ころ,一審被告Y4に対し上記の経緯を説明したところ,同人はそのような話は初耳だと明言したことからも,混入の事実はないものと判断した。そして,一審被告Y1は,平成13年4月27日に取締役兼代表取締役を辞任した。その後,同年5月18日取引先の三和紙器の社長から,Bが同社から3000万円を借り入れてZに支払った旨を聞いたところから,同月21日から同年6月11日ころにかけて,一審被告Y2及び同Y4らダスキンの他の取締役に対し,上記金員の支払いに関して真相解明を促したが,その進捗ははかばかしくなかった。また,一審被告Y1は,Bに対してことの顛末を知らせるように求めたが,同人は,同年7月終わりか8月初めころになってようやく事情を明らかにした。
ウ 以上に対して,A供述,Bの当審での証言及びMの供述(当審での証言並びに乙ウ87の司法警察員に対する供述調書及び甲70の陳述書の記載を含む。以下「M供述」という。)は,それぞれニュアンスを異にするが,平成13年2月頃に,Mが一審被告Y1に「大肉まん」へのTBHQ混入を告げ,確認を求められたA及びBがTBHQ混入が事実であると報告したとの内容である。しかし,これらはいずれも事実に反する。
(ア) A及びBは,本件の代表訴訟において,一審被告らと弁論が分離され,一審原告の請求を全部認容するとの判決を受けた。Aらにすれば,認識後の本件販売及び本件支払について判断の誤りはあったとしても,全てダスキンのためを思ってしたことで,何ら利得をしているわけでもないのに一切の責任を負わされたとして,不満であることは明らかである。このことは,A及びBに,一審被告Y1を初めとする一審被告らに対し責任を認めさせる内容の虚偽の供述をする動機になりうるものである。したがって,同人らの供述は容易に信用し難い。
(イ) Bは別件の刑事事件での証言では,一審被告Y1に対して,「大肉まん」に未認可添加物が混入していたという報告をしていないと証言している(乙ア4の90頁)のであって,当審でのB証言がこれと異なる内容となったのは明らかに前記(ア)の事情が影響している。また,B証言は,何の話で呼ばれたか分からなかったというのにTBHQ不検出の証明書や○○社との間の業務委託契約書は持参したという点や認識後の本件販売等を公表すべきだと主張したなどという明らかに矛盾する点を含んでいる。したがって,同証言は信用できない。
(ウ) M供述については,Mが以前からダスキンの問題点をとかくあげつらい,それを自己の有利に利用しようとする人物であることは,ダスキンの関係者が異口同音に述べるところであり,そのような人物の面前で社長が会社幹部に対して極秘事項について指示するなどということがあり得ないことは明らかである。また,Mは,ZをAに紹介したほか,○○社がダスキンに入り込むに際して,当事者同様に深く関与していた人物であって,○○社との取引が終了したことに関し,ダスキン及びその取締役に対し強く敵意を持っていることは想像に難くない。
(エ) Aは,平成13年5月29日,ダスキンとの間ですこぶる高額の報酬の顧問契約を締結していたが,同年11月末にこれを解除されたところ,同解除について,一審被告Y1が一審被告Y2に要求して実施したとして一審被告Y1を恨んでいる。したがって,前記代表訴訟とは別個にAが故意に一審被告Y1に不利益な証言等をする可能性は大きい。
③ 一審被告Y2の主張
原判決は,一審被告Y2が平成12年12月29日に「大肉まん」への未認可添加物混入を知ったと認定したが,これは明らかな事実誤認である。
ア 原判決の事実認定は,M供述(ただし,司法警察員に対する供述調書及び陳述書の記載)を基礎とするが,M供述は当審における証言を含め,信用性に乏しい。
(ア) Mの人物自体が信用性の乏しいものと評価されていたことは,一審被告Y1も主張するところで,一審被告Y2も上司や部下などから注意を受けていた。更に,Mは,その経営するクリーニング業の××社が,ダスキンの生産本部関係の協力工場(協栄工場という)であったことから,一審被告Y2のいた生産本部に出入りしていたが,最終的に××社が協栄工場契約を平成13年7月31日付けで解約されたことから,一審被告Y2に対し,強い悪意を抱いていた。
(イ) Mは生産本部長であった一審被告Y2のところにしばしば出入りしていたが,色々と思わせぶりなことを言って人を引きつけておいて,他の依頼ごとなどをすることが多かった。
(ウ) 平成12年12月29日は,××社が今後もダスキンの生産本部の協力工場として稼働する前提となる総合工場化の最終判断が間近という時期であった。その時期に来訪したMが,「ミスタードーナツの「大肉まん」に何かが混入していたらしい,大変なことみたいですよ」と言ってきたので,一審被告Y2は,Mが何か圧力でもかけようとしているのかと考え,「異物でも混入していたのですか。それが本当なら,M社長は私よりAさんの方が親しいんだから,Aさんに言って下さい」と言って話をかわし,Mもそれ以上何も言わなかったのである。この時点で未認可添加物混入という話は出ていない。
(エ) しかし,話を無視したというだけであれば,後で問題にされる危険があったことから,話の内容についてミスタードーナツ事業の担当者であるBに電話を入れて,「大肉まん」に何か問題があったのかと聞いたのである。これに対してBはこともなげに,「その件はもう処理が済んで解決しているので問題ありません」と答え,一審被告はやはりMの話は実態がないと安心した次第である。
(オ) これと異なり,一審原告が主張するように,Mが未認可添加物混入を告げ,Bもこれを肯定したのであれば,それは重大な事件であって,当時フードサービス本部とは別個の生産本部担当であった一審被告Y2がその時点でそのような重大な情報を握りつぶさなければならない事情は全くない。
(カ) M供述は,この問題を一審被告Y9や一審被告Y8に話したが,それが取り上げられないので,一審被告Y2のところに来たというのであるが,一審被告Y9や一審被告Y8はこのような事実を否定しており,原判決もこれを認めているわけではない。それにもかかわらず,このような明らかに不自然な内容を含むM供述を基に,一審被告Y2が平成12年12月29日時点でTBHQ混入を認識していたなどと認定するのは経験則違背というべきである。
(キ) 原判決は,Mが一審被告Y2を注目させるために話をするのであれば,何かが混入といった話ではなく,未認可添加物混入の方がインパクトが大きく,そのような話をした可能性が大きいとする。しかし,Mは,Aが生産本部長に就任した平成5年4月以降,同人と昵懇であったことは周知の事実であり,Zがダスキンの取引相手に入り込めたのも,MがAに紹介したからであり,M・Z・Aの親密度はかなり深かったと認められる。そして,本件混入や本件販売の継続について,これが公になれば一番打撃を受けるのは,これを指示したA及び6300万円もの大金を実質的に口止め料として受領したZであり,また,この問題に口を塞ぐことを条件に「大肉まん」取引に正式に参入を認められたのにそれが水泡に帰するのは○○社である。Mがこのような行動を取ることがあり得ないのは明らかである。Mは,Zから6300万円の件について聞かされていないなどと述べているが,これが事実に反することは誰の目にも明らかである。
(ク) 更に,Mの当審における証言と同人の陳述書(甲70)の記載とは全く違うのであって,どうしてこのように違うのかについては納得のいく説明はなく,そのような事実はいずれもなかったからであるからとしか考え難い。
イ 原判決は,Bの陳述書(乙エ3)について,「大肉まん」についての確認の電話があったとの限度で一審被告Y2の陳述書(乙ウ70)と一致するが,一審被告Y2の陳述書の記載内容は不自然であるとして,一審被告Y2の主張を認めず,前記のとおり,この時点で一審被告Y2がTBHQ混入を認識したと認定した。ところが,当審において,Bを調べた結果,Bは,一審被告Y2との間でどのようなやり取りがあったのかについて明確な供述ができない状況であって,少なくとも一審被告Y2の代理人の質問に関する限り,曖昧な応答に終始している。しかし,この電話は認識後の本件販売が行われて間がない時点でなされているのであって,一審被告Y2から突然電話があれば,Bについては印象深い出来事であったことは明らかであり,記憶がないというのは信用し難い。したがって,B供述及び前記の陳述書から,Bが一審被告Y2からの電話での問い合わせに対して,「大肉まん」への未認可添加物混入及び本件販売を報告したと認めることは到底できないといわざるを得ない。そして,AらがZに口止め料を支払ってまで,混入の事実を秘匿しようとしていたことを考慮すれば,他の部門に属する一審被告Y2に秘匿した内容を報告することは考え難いというべきである。
ウ 原判決は,更に別件の訴訟におけるダスキン提出の準備書面に一審被告Y2が「平成12年12月末日頃,Mから「大肉まん」に未認可添加物が混入されていた問題があったことを教えられた。」と記載されていたことを,前記認定の根拠の一つとして挙げる。しかし,同記載は,Mから何かが混入していたと聞いたとの一審被告Y2からの聞き取りを担当弁護士が整理して認否する際に,毒物ではない添加物を意味するものとして使っていた未認可添加物という表現をしたのに過ぎず,これによって,一審被告Y2の聞いた内容を判断することはできない。
④ 一審被告Y4,一審被告Y9,一審被告Y8の主張
M供述が信用し難いものであることは前記一審被告Y2の主張に記載のとおりであり,一審被告Y4が認識後のそれを含む本件販売を知ったのは一審被告Y7からの報告を受けた平成13年7月18日頃である。また,一審被告Y9及び一審被告Y8が知ったのは同年11月中旬頃である。
⑤ 一審被告Y10,一審被告Y7,一審被告Y3,一審被告Y6,一審被告Y5の主張
一審被告Y10が本件販売の事実を知ったのは,平成13年7月12日頃である。一審被告Y7は,同月20日にBに対する事情聴取をして,本件販売等の事実を認識し,一審被告Y2及び一審被告Y3に報告している。
一審被告Y6は同月26日頃にこの事実を知り,一審被告Y5が知ったのは同年10月頃である。
⑥ 一審被告Y11の主張
一審被告Y11が本件販売等を認識したのは平成13年9月下旬である。
(6)  争点(6)(本件販売等を認識した後の対応についての善管注意義務違反)について
① 一審原告の主張
ア 被害回復措置をとるべき善管注意義務
(ア) 食品衛生法の趣旨にかんがみた善管注意義務
指定制度の範囲を原則として添加物全体に拡大した平成7年の食品衛生法改正の趣旨からすれば,安全性の判断は国家の専権事項であり,TBHQは食品衛生法において使用が禁じられている以上,それの混入した商品を販売することなど取締役としてあり得ない判断であり,取締役の権限外の事項である。したがって,安全性がどうであれ,商品を販売したダスキンとしては,「大肉まん」を回収するなど被害回復措置を執るべき善管注意義務を負っていた。
そして,本件のように,商品が不特定多数の者の手に渡っている場合,これを回収するためにはマスコミ等を通じて公表するしかないから,被告取締役らは,TBHQを含んだ「大肉まん」を販売した事実を公表し,謝罪し,購入した消費者に対して被害回復の措置を取るべき善管注意義務を負っていた。
(イ) 消費者の信用を構築,維持,発展させる点についての善管注意義務
a 消費者の信用
商売は,単純化すれば,売り手と買い手によって成り立ち,売り手が利益を上げるためには,多数存在する売り手の中で,買い手に自己を選んでもらう必要がある。本件についていえば,ファーストフード業界における競争相手の中から,消費者にミスタードーナツを選んでもらう必要がある。
そして,商品を見ただけで違法添加物が含まれているか否かを判別することは不可能であるから,消費者は安全な食品を購入したいと考えれば,結局は,信用できる売り手を選択するしかない。
したがって,消費者に選択して貰うためには,安全な食品を提供しているという消費者の信頼を勝ち取ることが肝要である。
b 客観的安全性と消費者の信頼は別物である。
上記のように商品を見ただけでそれが安全であるか否かを判別することは不可能なことが多いから,いくら客観的に安全な商品を供給していても,消費者に「この売り手は信頼できない」と思われてしまえば,商品は売れない。したがって,客観的な安全性を確保すべきことは言うまでもないが,さらに消費者の信頼を構築・維持・発展させなければならない。仮に,TBHQに危険性はないとしても,未認可添加物である以上,安全ではないと考えるのが当然であり,また,消費者は,「大肉まん」が客観的に危険であったか否かよりも,食品衛生法を無視・軽視しているというダスキンの姿勢を疑問視し,あるいはこれに怒りを覚え,ダスキンの商品を買わなくなったのである。
c 公表しないことによる損害発生の予見可能性
(a) 一審被告取締役らが本件販売の事実を認識した時点において,Zが本件販売の事実を公表することが予見されたのであり,上記事実を非公式に処理することは不可能であった。
(b) 前記b記載のとおり,本件販売の事実が露見すれば,TBHQが実際に人体に有害であるか否かにかかわらず,ミスタードーナツを利用している一般消費者に不安感を与え,その信頼感を損なう結果,ダスキンの売上げに深刻な悪影響が生じるであろうことが予見可能であった。
(c) 一審被告取締役らが本件販売の事実を認識した時点の前にも後にも,違法添加物の含まれた商品を販売した他の食品会社は,一般的対応として,積極的に事実を公表し,被害回復措置をとっていた。
d 以上により,一審被告取締役らは,TBHQを含んだ「大肉まん」を販売した事実を,同事実認識後速やかに公表し,上記「大肉まん」の回収のための努力をし,謝罪,被害弁償等の被害回復措置をとるべき善管注意義務を負っていた。
(ウ) リスク管理体制を構築する善管注意義務
ダスキンは,違法行為を認識したら,直ちに違法添加物を食べさせた消費者に被害回復を申し出る体制を構築しなければならなかった。
イ 一審被告取締役らの責任原因①―隠ぺい工作等
(ア) 一審被告Y1は,前記のとおり,平成13年2月頃,当時ダスキンの顧問であったMからTBHQ混入を知らされ,A及びBから同事実を確認し本件販売等の報告を受けながら,前記の公表等の措置を指示することなく,却って,同事実が他の一審被告らに対して発覚しないように指示した。
(イ) 一審被告Y2は,前記のとおり,平成12年12月末頃,Mから「大肉まん」への未認可添加物混入を聞き,更にBに確認した結果,同事実を認識したにもかかわらず,直ちに一審被告Y1及び取締役会に報告し上程するなどの措置を取らなかった。
(ウ) 一審被告Y9は,前記のとおり,平成12年12月中旬頃,Mから「大肉まん」への未認可添加物混入の事実を聞きながら,これを一審被告Y1に報告したり取締役会に上程するなどしなかった。
(エ) 一審被告Y8は,平成12年12月中旬頃から平成13年1月中旬頃までの間に,Mから「大肉まん」への未認可添加物混入の事実を聞きながら,これを一審被告Y1に報告したり取締役会に上程するなどしなかった。
(オ) 一審被告Y4は前記のとおり平成13年2月頃,Aから「大肉まん」へのTBHQ混入の事実の報告を受けながら,取締役会に上程して対策等を検討する措置を取らなかった。
ウ 一審被告らの責任原因②―被害回復措置をとるべき善管注意義務違反
(ア) 一審被告らは,前記ア(ア),(イ)の義務に違反して,TBHQの混入した「大肉まん」を販売した事実を公表せず,販売した「大肉まん」のうち未消費分の回収もせず,購入した消費者等に対する謝罪,被害弁償等の被害回復措置も取らなかった。また,一般消費者に対し,混入及び販売等に関し謝罪することもしなかった。
(イ) 経営判断の原則
一審被告Y1及び同Y7を除くその余の一審被告らが,いわゆる経営判断の原則によって免責されることはない。
a 本件において,上記取締役らが,経営判断として,本件販売を積極的に公表しないなどと判断をしたということはない。
b 経営判断の手続的瑕疵
経営判断の原則の適用を受けるためには,判断時点で合理的に利用可能な情報を十分に収集した上で,かつ,時間の許す限り慎重な検討を経たものであることを要する。
本件についていえば,「大肉まん」に未認可添加物が含まれていたという事態に対応した善後策を検討することは,食品を販売するダスキンにとって生命線ともいうべき食品衛生法に関する事項であり,対応を誤れば莫大な損害が発生する事項であるから,違法添加物使用に関する他社の事例及び適切な法律専門家の意見等の情報を収集すべきであるとともに,取締役会においてこれを決定しなければならなかった(ダスキンの稟議規定によっても,取締役会において決定しなければならなかった。)。
しかるに,上記一審被告らは,TBHQの人体への影響についての情報以外の情報を収集せず,一審被告Y2,同Y3及び同Y4の3名(及び監査役一審被告Y7)のみで,本件販売の事実を積極的に公表しないことを決定した。この手続は,重要事項の判断を取締役会の稟議に付すべきことを定めたダスキンの稟議規定に違反し,善管注意義務違反が推認される。
エ 一審被告取締役らの責任原因③―リスク管理体制構築義務違反
一審被告取締役らは,ダスキンの取締役として,前記ア(ウ)のとおり,本件販売のような事件が起こった場合には,直ちにその事実を公表して,当該商品を購入した消費者に対する被害回復の措置を取るような体制を構築する義務があったのに,これを怠った。
オ 一審被告Y7の責任原因
一審被告Y7は,ダスキンの監査役として,被告取締役らが前記ア(ア),(イ)の義務を履行するよう指摘し,ア(ウ)のようなリスク管理体制を構築するよう指摘すべき善管注意義務があったのに,これらを怠った。
② 一審被告Y1の主張
仮に一審被告Y1が平成13年2月頃に本件販売の事実を認識していたとした場合の予備的主張
ア TBHQは,アメリカ,中国等においては安全性において問題がないものとして使用が許されており,我が国では食品衛生法上の指定手続がとられていなかったために許されていないにすぎない。もし指定手続がとられていればおそらく使用が許されていたと思料されるものであって,顕著に人の健康に影響を及ぼし被害をもたらすものでは決してなかった。しかも,ミスタードーナツで販売された「大肉まん」からはTBHQが検出されておらず,当時,その販売により国民に健康被害が発生し,又はその被害が発生する危惧が顕著に認められたものではなかった。
したがって,仮に,一審被告Y1が,取締役在任中にダスキンがTBHQを含んだ「大肉まん」を販売したことを了知していたとしても,同人が上記事実を外部(国民)に提供すべき義務を負っていたとはいえない。
イ 仮に,一審被告Y1が,ダスキンの取締役としてダスキンがTBHQを含んだ「大肉まん」を販売したという情報を外部(国民)に提供すべき義務を負っていたとしても,未消化のままの情報を直ちに外部に漏らすと,かえって真相が的確に伝わらず無用な混乱をきたし,ダスキンの不当なイメージダウンをもたらすことが大いに憂慮され,これを回避することはダスキンの企業経営をあずかる取締役としての当然の責務でもある。したがって,情報を的確に把握して,情報を外部(国民)に提供する時期,方法等は慎重に配慮して決定すべきであり,これは,取締役の裁量に委ねられた経営判断に属するものである。
③ 一審被告Y1を除くその余の一審被告らの主張
ア 食品衛生法の趣旨について
(ア) 厚生大臣によって人の健康を損なうおそれのない場合として定められていない添加物が使用された食品を,当該使用の事実を知って販売する行為が食品衛生法6条に違反するとしても,当該販売がされた後になって,その事実の公表,商品の回収,謝罪等の措置をとるべきであるかどうかは,同法とは別の問題であり,同法が上記措置をとるよう求めているわけではない。
(イ) 食品衛生法6条が,所定の手続を経た厚生大臣による指定がされていない添加物の使用を一律に禁止していたのは,食品の安全確保を図るという目的達成のための手段であって,世界中で作り出される添加物のすべてについて事前にその安全性を確認するなどということが事実上不可能であるから,そのように取り扱われていたに過ぎず,一律に禁止すること自体が目的であるわけではなく,安全な添加物の使用は認めるという考えが根底にある。そうすると,客観的見地からその安全性に問題のないことが確かであって,申請さえあれば使用が許される筈の添加物についてまで,その公表や回収をさせることを食品衛生法が求めているとは解されない。
そして,TBHQは,FAO及びWHOによって設立された,添加物の国際的安全性評価を行っている機関であるFAO/WHO合同添加物専門家委員会(JECFA)においてその安全性が確認され,アメリカ,中国,韓国,オーストラリア,ニュージーランド,マレーシア,シンガポール等十数か国において広く使用されていたものである。
したがって,本件において,食品衛生法6条の趣旨から,本件販売の事実の公表及び「大肉まん」の回収等をするべき義務が導かれることはない。
(ウ) 前記のとおり,一審被告Y2らが本件販売の事実を知ったのは,平成13年7月のBに対する調査開始以降であって,本件販売終了後既に半年以上が経過していたものであり,もはやそのすべてが消費されて回収等の応急措置を講じ得る状況ではなかった。
イ 消費者の信用を構築・維持・発展させるべき義務について
(ア) 商品の安全性を確保することが消費者の信用に結びつくのであるから,消費者の信用云々ということも商品の安全性を確保すべき義務の中で論ずれば足りるし,仮に同義務に包摂されない事象が生じた場合には,各事案の実情を踏まえて個別に取締役の善管注意義務の内容を検討すれば事足りる。
(イ) ダスキンの信用が平成14年5月の事件発覚によって大きく失墜したとすれば,それはまさに,食品衛生法上使用が許されていないTBHQが「大肉まん」に含まれている事実を平成12年11月末日時点で一部役員が知っていたにもかかわらず,国内在庫分の販売を中止せずに販売を継続させたためであって,食品衛生法にあえて違反する当該販売行為そのもの,さらには,それに関して一部役員が6300万円もの不明朗な金員を支払っていたことが悪質であるとの不評,ひんしゅくを買ったからにほかならず,決してダスキンが当該事実を積極的に公表しなかったなど当該事実が世間に知れるプロセスが問題視されたわけではない。
(ウ) 商品の問題を公表するかどうかについては,商品がなお消費者の手元にあることが予想されそれを回収する必要があり,あるいは,商品が健康や安全に関わることから飲食に供されることを回避し,飲食に供された場合に治療行為等をする必要があり,そのため速やかな情報開示が要請されるというような場合は,公表しないことが善管注意義務違反になることは当然である。しかし,そうでない場合には,それを公表しないという判断が企業経営者として特に不合理,不適切なものでない限り,善管注意義務違反の問題は生じない。
前記ア(ア)のとおり,TBHQを使用することは形式的には食品衛生法に違反するものの,アメリカ,中国等においてはその安全性に問題がないものとして使用が許されていたこと,及びBらがTBHQ使用の事実を知って「大肉まん」を検査したところ,TBHQは検出されず,したがって「大肉まん」のショートニングに使用されていたTBHQは極めて微量であったと認められたことから,TBHQを含んだ「大肉まん」によって消費者に被害が生じていたとはおよそ考えられず,現にそのような被害発生の状況は何らうかがわれなかった。したがって,一審被告Y2らが被害回復措置をとる必要はなかったし,TBHQ使用の事実を積極的に公表しなければならなかったわけではない。
ウ リスク管理体制の構築について
一審原告の主張するリスク管理体制とは具体的にどのような体制であるのか,およそ不明である。
エ 一審被告らの責任原因①(隠ぺい工作等)について
一審原告主張の事実は否認する。一審被告らが本件販売について隠ぺい行為等をした事実は全くない。
オ 一審被告らの責任原因②(被害回復措置等の懈怠)について
(ア) 公表の当否については,一審被告Y1を除く取締役らは十分検討した上で,経営判断として,積極的に公表しないと決定したものである。経営判断については,その前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったかどうか,また,その事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかどうかという観点から審査を行って判断すべきである。本件においては,事実の認識に不注意な誤りがあったとは認められないし,意思決定の過程が著しく不合理であったとも認められないから,一審被告Y1を除く一審被告取締役らについて善管注意義務違反は認められない。
(イ) 一審被告Y2らが本件販売の事実を認識した後,ダスキンとしてこれを自ら積極的に公表することはしないという経営判断をするに至った過程は,次のとおりである。
a 一審被告Y4及び一審被告Y7は平成13年7月20日にBに対して事情聴取を行った。その結果,本件混入及び本件販売が明らかになった。TBHQは未認可添加物であるから,一審被告Y4及び一審被告Y7らは,TBHQの安全性を確認することが先決と考え,Gに対し,安全性の確認内容の報告を求めた。Gは,平成13年7月下旬頃,TBHQは,アメリカではポテトチップスを揚げるのによく使用されているほか,中国でも使用されている酸化防止剤であり,厚生労働省指定検査機関である社団法人日本油料検査協会による検査の結果「大肉まん」からはTBHQは検出されなかった経緯にあるとの報告がなされ資料の提出を受けた。そこで,Gに指示して更に資料を収集し,多くの国で使用が認められている事実や,量的な面においても「大肉まん」の安全性には全く問題がないことが明らかとなった。
b 平成13年10月1日頃,一審被告Y2,同Y3,同Y4及び同Y7は,本件販売の事実を厚生労働省又は保健所に届け出ることができるかどうかを非公式に検討した。しかし,Gから,TBHQが混入した「大肉まん」の販売が中止されてから既に1年近くが経過していて現物も存在せず,厚生労働省指定検査機関の検査でもTBHQが検出されなかったことからいって,届け出ても受け付けられないとの報告がされたため,一審被告Y2は届出をすることを断念した。
c 一審被告Y2,同Y3,同Y4及び同Y8は,前記の状況を踏まえ,平成13年11月28日,ダスキンの最高経営顧問らの意見を仰いだが,万一,指摘を受けた際にきちんとした説明ができるように準備しておくべきであるとの意見はあったものの,直ちに積極的に公表すべきであるとの意見は出されなかった。
d 以上のとおり,TBHQ混入の「大肉まん」の摂取によって消費者に健康被害が生ずる危険性は無いものと考えられ,実際に被害発生の状況は何らうかがわれなかったこと,公表によって商品を回収できる状況にもなかったことに加え,厚生労働省又は保健所に届け出る術もないということであったことから,一審被告Y2は,同Y3,同Y4及び同Y7の意見を徴し,前記最高経営顧問らの意見も参考にして,平成13年11月末ころまでに,ダスキンとして本件販売の事実を自ら積極的に公表することはしないという経営判断を行うに至った。
この経営判断は,当時の一審被告Y1及び一審被告Y7を除く一審被告らの立場に立てば,適切にして合理的な判断の一つであったから,善管注意義務違反に当たることはない。
e 一審原告は,公表しないという判断について取締役会の議決を経ていないのは,稟議規定に反し,善管注意義務違反が推認される旨主張する。しかし,積極的に公表しないとの判断自体は,稟議規定に定められた役員協議会(取締役会)の稟議事項には直接該当しない。
カ 一審被告Y7の責任について
以上のとおり,一審被告取締役らに善管注意義務違反が認められない以上,一審被告Y7には何らの責任も認められない。
(7)  争点(7)(公表しなかったことと本件出捐等との因果関係)について
① 一審原告の主張
ア ダスキンに対する社会的非難は,一審被告らがいつ違法添加物の使用を知り,いつ「大肉まん」の販売が終了したかに関係なく,仮に「大肉まん」の販売が終了していたとしても,一審被告らが違法添加物使用の事実を公表するシステムを欠いたまま隠ぺいし続けたという点に集中している。したがって,一審被告らが本件販売の事実を早期に公表しなかったことによって損害が拡大したものであるから,因果関係が認められる。
イ 仮に,一審被告らが本件販売の事実を隠ぺいしたのではなく積極的に公表しなかったにとどまるとしても,一審被告らが本件販売の事実を早期に公表しなかったことによって損害が拡大したものであるから,因果関係が認められる。
ウ 原判決は,自ら公表した場合においても同様に信用が損なわれ,売上げ減少が生じると推認されるとして,因果関係を否定した。しかし,これは非常識極まりない判断である。
(ア) 原判決の判断を前提とすれば,不祥事があった場合に,公表等の被害回復措置の有無に関わらず,発覚によって全く同額の損害が発生することになるから,公表・謝罪は一切無意味であることになる。却って,公表しない方が,最終的に発覚しない可能性もあるから,公表・謝罪はマイナスにしかならないことになる。しかし,現実には,多くの企業は,積極的に謝罪広告をしているのであり,原判決の判断は,現実社会と遊離した判断であることが明らかである。
(イ) 原判決が,積極的に公表したとしても,消費者の当該会社に対する信用低下は同じように生じるとの判断は,結局,我が国の消費者は,会社の事後対応に誠実性があり信頼できる会社とそうでない会社とを区別できないといっているのと同様であって,消費者を見下した判断と言うべきである。
エ 公表の意義
公表には次のような意義がある。
(ア) 会社ぐるみではないと示せること
不祥事が起こった際に,消費者が一部の従業員等の暴走行為と認識するか,会社ぐるみと認識するかで信用低下の程度は著しく異なる。前者であれば,腐敗部分を切り捨てれば信用が回復すると考えられるが,後者であれば根本的な会社建て直しが必要となる。
(イ) 迅速・正確な情報提供
違法行為は千差万別であり,未認可添加物といってもその種類・内容は多数である。不正確な情報が出回れば,無用な風評被害を生むことになる。消費者に対して混入した未認可添加物の種類とその性質等について正確な情報を速やかに提供することが,風評被害を防止することになる。
(ウ) 自浄能力の存在のアピール
公表には,身内の違法行為を隠したりせず,適正に処分する会社であることをアピールすることになり,そのことは,問題があれば公表する会社であって,公表していない場合には問題がないという信頼にもつながる。
オ 公表の成功例と失敗例
参天製薬は,平成12年6月に,目薬に毒薬を混入したという脅迫状を受け,直ちにこの事実を公表すると共に,当該目薬250万個を店頭から回収した。この結果,参天製薬の責任ある態度は高く評価された。
他方,同時期に発生した雪印乳業事件は失敗例の典型である。雪印乳業は平成12年6月に汚染された原料を使用した結果毒性を有する乳製品を販売し,被害者からの苦情が入っていることが同月28日に役員の下に届いたが,当日株主総会であったため役員は聞き流し,製品回収は翌29日となり,被害が拡大し,同年7月2日に大阪工場は無期限の営業停止処分を受けるに至った。
カ 実際の批判の分析
(ア) マスコミからの批判は,ダスキンの行った4回の記者会見で,速やかに公表しなかったことについて集中している。
(イ) また,ダスキンにおける消費者の苦情相談窓口に寄せる本件発覚後の苦情も,なぜ隠していたのか,なぜもっと早く発表しなかったのかとの苦情が多かった。
(ウ) 平成14年6月2日のダスキンの加盟店に対する緊急説明の席上でも,加盟店から,事件の公表が遅れたことについて経営者を非難する発言がなされている。
キ 割合的認定の不当性
(ア) 原判決は,一審被告Y2の善管注意義務違反を認めながら,損害の発生はA及びBの行為が圧倒的に寄与しているとして全損害の5%の限度で責任を負う
と判断した。
(イ) しかし,ダスキンが本件出捐をせざるを得なくなったのは前記のとおり,A及びBの行為のみならず,その後の一審被告らの善管注意義務・忠実義務違反が重なって,105億円という他の事件にみられない膨大な金額に上ったもので,寄与度で考慮すれば,A・Bよりも一審被告らの方が大きい。
② 一審被告らの主張
ア 本件出捐は,①ミスタードーナツ加盟店に対する営業補償金,②営業活動及び販売活動の自粛後の売上げ向上のためのキャンペーン費用等,③顧客に対する謝罪の意思を表すなどのために発行した優待券の回収費用等,④新聞掲載費用等,⑤「大肉まん」の在庫品,仕掛品等の廃棄に伴う損失からなるが,ダスキンが本件販売を行った以上,たとえ平成13年7月以降において早期に本件を公表していたとしても,前記(第2の4(5)ウ)大阪府の「大肉まん」販売等禁止処分,「大肉まん」の販売中止,顧客の離反(売上げの減少)を免れることはできず,したがって,信頼回復及び売上向上のための諸活動をする必要があるのは明らかであり,本件出捐は不可避的に発生していたものであるから,一審被告Y2らの本件販売認識後の対応と本件出捐との間には因果関係がない。
イ 一審原告は,原判決の判断について曲解した上で論難するが,失当である。原判決は,平成13年7月以降の時点では,既に販売が終了して期間が経過し,「大肉まん」回収の余地がなく,他方,口止め料支払いも完了していた以上,その時点で公表しても,実際に生じたように平成14年5月に公表していても,売上げ減少の蓋然性に違いが生じるとは認められないとしたもので,この判断は正当である。
ウ 一審原告はしきりに被害回復の措置と主張するが,本件においては商品の回収の余地がなく,また,TBHQの性質及び使用量の双方からして,明らかな健康被害の可能性がないことからいって,治療等の余地もなかったことは明白であって,一審原告が多数例示する公表の事例の多くが現品の回収の可能性がある場合あるいは放置すると危険な場合であるのとは全く異なる。
エ 一審原告は公表の意義について主張するが,それらは本件事案には該当しない。
(ア) 会社ぐるみでないことを示せるとの点については,不祥事の内容によるのであって,会社ぐるみの行為について自ら公表したところで会社ぐるみでないと評価されるものではない。
(イ) 風評被害の防止については,本件については,平成14年5月の記者会見以前に何らかの風評が立っていたという事実はなく,風評被害防止のために公表すべき事案とはいえない。
(ウ) その余の主張についても,本件のようにA・Bによる認識後の本件販売強行という暴挙がある以上,公表によって信用が回復するといった関係にないことは明白である。
オ 一審原告は,公表が遅れたこと自体についての批判が多かったと主張するが根拠がない。
(ア) マスコミの記事や加盟店に対する説明における加盟店からの批判において問題とされているのは,平成12年12月の混入認識後直ちに公表されているべきであったということで,一審被告らの認識が平成13年7月以降である以上,その時点で直ちに公表すべきであったということが問題とされたものとはいえない。
(イ) ダスキンに対する苦情についても,平成13年7月ないし11月の時点で公表しなかったことを問題にする苦情が多かったとする主張には根拠がない。一審原告がその根拠とするRの陳述書は,Rが個人的事情から一審被告らダスキン経営陣に悪意を抱いていることからいって証拠価値が乏しい。証拠として提出されている問い合わせ一覧表(甲79)からは,早く公表しなかったことを問題にしているとは到底読みとれない。
カ 割合的認定について
一審被告Y2について損害賠償を認めた原判決は誤りであるが,この点に関する一審原告の主張もまた根拠がない。一審原告は,本件出捐についてA・Bより一審被告Y2を含む一審被告らの寄与度(有責性)の方が高いと主張するが,その根拠とする新聞報道等において,公表が遅れたことの方が批判されているとするのは事実に反する。
③ 一審被告Y1の主張
本件出捐の中には,ダスキンが政策的配慮から又は社会的儀礼上任意に支出したと見られるものが多く含まれており,そのすべてが一審被告Y1の善管注意義務違反行為と法律上の因果関係を有するものではない。本件販売や本件支払の事実が公表されダスキンの信用が失墜させられたとしても,これはA及びBの行為から生じた不可避の結果であってその他の取締役の行為に起因する結果ではなく,他の取締役においてこの結果を阻止,防止する余地はなかった。仮に,ダスキンの取締役会が設置した調査委員会の活動が多少手間取り,対策の樹立,非違事実の公表,謝罪等が遅れたとしても,本件出捐がA及びBを除く他の取締役の行為と相当因果関係を有するということはできない。
④  一審被告Y2の予備的主張
a 仮に,原判決が認定したように一審被告Y2が平成12年12月29日の時点で「大肉まん」へのTBHQ若しくは未認可添加物混入の事実を認識し,これについて直ちに一審被告Y1に報告せず,また取締役会にも報告しなかったことが取締役としての善管注意義務に反するとしても,なお,一審被告Y2には原判決が認定したような損害賠償責任を負担すべき理由はない。
b すなわち,仮に当時一審被告Y2が前記のような事実を一審被告Y1に報告したとしても,それは,平成13年2月頃のMの話によって一審被告Y1が行ったA・Bに対する確認の時期が早くなるにすぎない。その確認の際と同様に,一審被告Y1から呼ばれたA・Bは,自らの責任を隠そうとして,TBHQ不検出との記載のある検査機関の証明書を提出する等して,混入の事実を否定した筈であり,一審被告Y1はこれを信頼して,終了したと考えられるのである。
c また,平成13年2月頃に,一審被告Y1が一審原告の主張するように事件の隠蔽を指示したとすれば,平成12年12月29日に報告があったとしても同様であったと考えられる。
d 更に,一審被告Y2が平成12年12月29日に一審被告Y1に報告して,一審被告Y1が調査を命じたとしても,本件の経過に照らせば,AやBが積極的に調査に協力することは考えられず,調査には相当の日数を要したと推認される。そうすると,結局のところ,こうした状況で販売される「大肉まん」の回収が実効を挙げたとは考え難いし,口止め料のうち3000万円については支払いが止められたとしても,そのことによって事実が発覚した場合のダスキン及びミスタードーナツに対する消費者の不信感が小さくなったとは考えられない。そうすると,いかなる想定をしても,一審被告Y2の善管注意義務違反と本件出捐等との間に相当因果関係は認められないといわざるを得ない。
(8)  争点(8)(一審被告Y1がうわさがあったという事実を取締役会に報告するなどしなかったことについての善管注意義務違反・忠実義務違反)について
① 一審原告の主張
ア 仮に,一審被告Y1が,平成13年2月当時,何らかの食品衛生法上使用が許されていない添加物が「大肉まん」に含まれていたとのうわさがあった旨の事実しか認識していなかったとしても,同被告は,上記うわさの出所,検査機関の適正性,検査事項及び検査方法の適正性並びに問題となっている添加物の種類及び人体への影響等について,自ら又は部下に指示して積極的に調査,確認するとともに,上記うわさがあったことを取締役会に報告し,上記調査結果を取締役会に上程し,その結果いかんによっては,一般消費者に事実を公表しなければならない善管注意義務・忠実義務を負っていた。しかるに,一審被告Y1は,上記義務を怠った。
イ 一審被告Y1の主張を前提としても,同人は,平成13年5月にBが取引先から個人名義で多額の金員を借り入れたこと及びその金員を平成13年2月時点で名前を聞いた○○社に支払ったことを知ったのであるから,前記の「大肉まん」への未認可添加物混入が単なるうわさではないことを疑い,より詳細な調査を部下に命じるべきであったのに,これを怠った。
ウ したがって,一審被告Y1は善管注意義務違反に基づく責任を免れない。
② 一審被告Y1の主張
ア 一審被告Y1は,会社の職制上責任者とされているA及びBから,裏付け証拠を示しつつ「大肉まん」に食品衛生法上使用が許されていない添加物が使用されていたという事実がなかった旨弁明を受け,その説明を信用してそれ以上特段の調査を要しないと考えたものであり,同被告の判断や措置は,誠にやむを得ないところであった。
イ 一審原告は,平成13年5月に一審被告Y1がBの三和紙器からの借り入れを知ったことから調査報告をさせるべき義務を怠ったと主張するが,一審被告Y1は同年4月27日に,取締役・代表取締役会長を辞任しているから,この時点でBの行為が不審であると感じても,その時点では取締役としての善管注意義務等を負うものではない。
(9)  争点(9)(皇宮に対する責任追及を怠ったことについての善管注意義務違反・新主張)
①  一審原告の主張(当審における新主張)
一審被告らの主張を前提とすれば,「大肉まん」への未認可添加物であるTBHQ混入を見逃したのは,ダスキンから品質管理を委託されていた皇宮の責任だということになる。
しかし,一審被告らは皇宮に対する責任追及を行っていないし,皇宮から損害の賠償もなされていない。
一審被告らが皇宮に対して責任追及を怠ったことは善管注意義務違反にあたる。
②  一審被告Y2らの主張
ア ダスキンにおいて本件出捐による損失が発生したのは,「大肉まん」にTBHQが混入していることを知ったにもかかわらず,担当取締役であったA及びBが食品衛生法に違反して,当該「大肉まん」の販売を強行するとともに,Zに対して口止め料を支払い,もって違法行為の隠蔽をはかろうとしたころが消費者の多大なるひんしゅくを買い,これによりダスキンが信用を喪失して消費者のダスキン離れを招来したという点にあるといわざるを得ない。したがって,この点に頬かぶりして皇宮に対して損害賠償請求することは困難であり,責任追及を怠ったことが善管注意義務違反や忠実義務に反することはあり得ない。
イ また,一審原告自身が新たな請求と述べていることからも明らかなように,本件株主代表訴訟でこれまで審理されてきた請求原因と皇宮に対する請求に関する請求原因は,請求の基礎を異にし,請求原因の変更自体が民訴法143条により許されない。
ウ 更に株主代表訴訟が,事前に提訴請求を行い,会社に訴えを起こすか否かの判断をする機会を保障していることにかんがみれば,提訴請求を欠く新たな請求は旧商法267条3項により許されない。
第3  当裁判所の判断
1  判断の大要
当裁判所は,各争点について以下のように判断し(なお,当審における主要な争点は,その内(5)ないし(7)の点である。),一審原告の請求は,ダスキンに対して連帯して,一審被告Y1は金5億2805万円,一審被告Y2は金5億5805万円,その余の一審被告は各金2億1122万円,及び,これらに対する遅延損害金を支払うよう求める限度で理由があるが,その余の請求は理由がないものと判断する。
(1)  一審被告Y7に対する本件代表訴訟の訴えは適法である。
(2)  本件混入について,一審被告らに善管注意義務違反は認められない。
(3)  本件販売についても,一審被告らに善管注意義務違反は認められない。
(4)  Zへの本件支払についても,一審被告らに善管注意義務違反は認められない(ただし,一審被告Y2の後記善管注意義務違反と本件支払の一部には因果関係がある。)。
(5)  一審被告らが本件混入の事実及び本件販売の事実を知ったのは,一審被告Y1は平成13年2月8日ころ,一審被告Y2は平成12年12月末ころである。一審被告Y10及び一審被告Y4については,一審被告Y10が平成12年12月ころ,一審被告Y4が平成13年2月ころには一部の事実を知ったことがうかがえなくはないが,その内容等は判然としない。その余の一審被告らについては,平成13年7月ころ以降のことであり,一審被告Y10及び一審被告Y4も同様に認めるしかない。
(6)  一審被告らが,それぞれ本件混入及び販売等の事実を知った後,速やかに,ダスキンの損害及び信用失墜を最小限度に留めるための適切な対応を講じなかった点などについて,それぞれ善管注意義務違反が認められる。
(7)  一審被告らの上記善管注意義務違反と本件出捐(及び一審Y2については本件支払中3000万円)とには一定程度の因果関係が認められ,一審被告Y1については本件出捐額の5パーセント,一審被告Y2については本件出捐額の5パーセントとZへの本件支払中3000万円の合計額,その他の一審被告らについては本件出捐額の2パーセントを,連帯してダスキンに賠償する義務がある。
(8)  皇宮に対する損害賠償請求をしないことに関する善管注意義務違反の主張(当審新主張)は,許されない。
2  争点(1)(一審被告Y7に対する訴えの適法性)について
当裁判所も,監査役であった一審被告Y7に対する本件訴えは適法なものと解する。その理由は,原判決の争点(1)に対する説示と同様であるから,以下にこれを補正しつつ引用する(なお,当審における主張等にかんがみ当審で内容的に付加訂正を加えた主要な箇所をゴシック体で記載し,それ以外の字句,表現の訂正,部分的加除等については,あらためて指摘しない。次項以下の説示で原判決を引用する場合も同様である。)。
一審被告Y7は,平成15年1月14日に到達した書面による提訴請求は,監査役についての提訴請求を受領する代表権のない監査役に対してなされたものであり,同年5月15日に到達した書面による提訴請求は,本件訴訟を提起した後の提訴請求であるから,いずれもダスキンに対して真に訴えを提起する機会を与えたことにはならず,提訴請求としての効力が認められないものであるから,同被告に対する訴えは却下を免れない旨主張する。
しかし,平成17年法律第87号による改正前の商法267条が提訴請求を株主代表訴訟の訴訟要件とした趣旨は,会社に対して,被告に対する責任追及の訴えを提起することの要否及び当否について検討する機会を与えることにあるところ,本件では,株主代表訴訟の提起後であるとはいえ,提訴請求がされたのであるから,ダスキンに責任追及の訴えを提起することの要否及び当否について検討する機会は与えられたものである。そして,本件においては,ダスキンが,上記のとおり責任追及の訴えを提起することの要否及び当否について検討する機会を与えられたにもかかわらず,60日間,訴えを提起し,訴訟に参加し,又は何らかの意思を表明しなかったのであるから,提訴請求の制度趣旨に照らして,このような場合にまであえて訴えを却下する必要はなく,瑕疵は治癒されたものというべきものと解される。一審被告Y7は,事後的な会社の態度により,既に提起された訴訟の適法性が左右されることが便宜主義的で法的安定性を欠くなどと主張するが,上記の趣旨に照らして採用できない。
ちなみに,会社が請求に応じて訴えを提起したとしても,その訴えは二重起訴に当たるものとして却下されるおそれがあるとの考え方もあり得るが,この場合,むしろ株主代表訴訟の方が瑕疵が治癒されずに不適法な訴えとして却下されるものと解するのが相当である。従って,この場合にも,会社自身が訴えを提起する機会は保障されていることになる。
したがって,一審被告Y7に対する本件訴えは適法であり,同人の前記主張は理由がない。
3  事実経過について
争点(2)以下についての検討の前提となる事実経過については,前提事実記載の事実に加えて証拠(甲4の1〜3,5,6,9の1〜3,10の1〜6,11の1〜8,71,75の1〜5,8〜10,81,115,120〜122,乙ア2,乙イ5,乙ウ1,3ないし11,14,17,24の1・2,30,32の1〜4,33の1・2,34の1・2,35〜37,38の1,2,39の1・2,40の1・2,41ないし44,46,50〜55,58,68〜78,87,乙エ2,3)及び弁論の全趣旨を総合すると,当審における当事者の補充主張や立証にかんがみ,その一部について付加訂正を加えるほかは,原判決が,事実及び理由第3の2の(1)から(10)までで認定するとおりであるから,以下にこれを補正しつつ引用する(ちなみに,ゴシック体の使用等については前示のとおりである。)。
(1)  ダスキンの組織,決裁権限の分配等
ア ダスキンの平成12年11月から平成13年1月当時の本社組織は,大別して五つの事業部門(生産本部,訪販事業グループ,ケアサービス事業グループ,フードサービス事業グループ,レントサービス事業)と管理部門(人事本部,総務本部,経理本部等)とから成り立っていた(これを以下「カンパニー制」という。乙ウ1)。
イ ダスキンは,平成12年7月10日,全事業部門を「完全資金独算会社」とし,権限と責任を各事業部門の責任者に委譲する旨の稟議規定の改定を行った(乙ウ3)。
稟議規定には,各事業部門(本社スタッフ部門を含む。)ごとに,金額による決裁範囲が定められていた。この金額による決裁範囲は,部門内スタッフ,スタッフ責任者,部門責任者,担当役員,総括責任者の順に大きくなり,総括責任者の決裁範囲(1億円以下とされる部門と5億円以下とされる部門があった。)を超える案件については,経営情報担当専務取締役一審被告Y3又は役員協議会(取締役会)が決裁権限を有することとされていた。また,部門内スタッフの決裁枠については,各部門内で定めることとされていた(乙ウ3)。ただし,業務委託契約の締結に関する件は,関係部門(人事,総務,経理,監査)の役員及び一審被告Y3の決裁・確認の上,役員協議会(取締役会)による最終決裁が必要であった(乙ウ3)。
ウ ダスキンのフードサービス事業グループ(担当専務取締役A)は,フードサービス事業本部(本部長取締役一審被告Y11)とMDFC本部(本部長取締役B)とから成り立っていた(乙ウ1)。
ダスキンは,本件支払当時,稟議規定において,MDFC本部の3000万円以下の案件についてはBの単独決裁とし,3000万円超1億円以下の案件についてはAとBの共同決裁と定めていた(乙ウ3)。
(2)  皇宮との間の技術提携覚書
ダスキンは,ミスタードーナツ事業本部(MDFC本部の当時の名称。以下「MD本部」という。)が展開するミスタードーナツ事業に飲茶点心類を導入するに当たり,平成4年11月13日,サントリー株式会社の子会社であり,餃子専門店等を経営している皇宮との間で,次のような内容を含む技術提携覚書を締結した(乙ウ17,36)。
① MD本部は,ミスタードーナツ事業の新商品として飲茶点心類を取り扱い,皇宮は,MD本部が希望する飲茶点心類の開発・提案をMD本部に対して行うとともに,皇宮がその権利を有するレシピを開示しかつ技術指導をして,飲茶点心類の生産・供給体制を支援するものとする。
② 飲茶点心類は,MD本部と皇宮が協議し決定した製造業者にMD本部が製造を委託するものとし,MD本部が指定する流通業者を通じて,MD本部が主宰統括する加盟店の店舗に直接納品させるものとする。
③ 皇宮は,②の製造業者に対し,自己の権利に属するレシピを開示しかつ技術指導を行いMD本部の指示する品質の商品開発と製造を行わしめるものとする。
④ⅰ MD本部は,皇宮に対し,飲茶点心類の商品開発委託金として1億円を支払うものとする。
ⅱ MD本部は,皇宮に対し,皇宮の商品の開発提案,レシピの開示・技術指導の対価として,年間2億円を上限として,MD本部が主宰統括する加盟店に対する飲茶点心類全類の納品価格の2パーセント相当の生産技術協力費を支払うものとする。
ただし,この上限額については,正式導入開始後6年を経過したときに双方協議の上見直しをするものとする。
ⅲ ⅰ,ⅱの支払方法等については,MD本部と皇宮の間で別途協議の上決定するものとする。
(3)  ハチバンとの間の製造委託契約締結の経緯等
ア ハチバンを含むハチバングループは,当時,ラーメンのフランチャイズチェーン(昭和40年代以降),中華ファミリーレストラン(平成9年以降)等を経営していた。また,ハチバングループは,生ラーメン,蒸し餃子及び冷凍ワンタン等を自社工場で製造し,販売していた。そして,ハチバンの子会社である株式会社ハチバントレーディングは,食品及び食材の輸入及び販売事業等を行っていた(乙ウ39の1)。
ハチバンは,平成5年にその株式を店頭登録していた(乙ウ39の2)。
イ ダスキンは,平成10年当時,「新規仕入先選定マニュアル」(乙ウ46)を策定していた。同マニュアルでは,新規仕入先を選定するに当たっては,①情報の収集分析(現地調査,信用調査会社による信用調査等による必要な情報の収集,書類審議(信用調査の結果がCランク以上を対象とする等),工場調査(生産体制・品質管理体制の調査)),②購買条件の交渉,③仕入先決定,④契約というステップを経ることとされていた(乙ウ46,弁論の全趣旨)。
ダスキンは,平成10年以降,ハチバンからワンタン麺及びワンタンスープの具材として冷凍ワンタンを仕入れていたが,ダスキンは,上記仕入れを開始するに当たり,上記「新規仕入先選定マニュアル」に従って,「新規仕入先評価表」(乙ウ42)及び「新規仕入先提案書」(乙ウ41)を作成していた。新規仕入先評価表においては,「品質管理能力」という項目(着眼点として,「品質管理が組織的かつ機能的に実施されているか」「過去に発生したクレームに対して適切な処理を行ったか」等が挙げられる。)が設けられ,評価者の所見・コメントとして,「品質管理センターを置き,原材料と製品の検査実施を徹底している。」(ハチバンは,工場製品を始め社外と取引している商品,原材料について,成分,味,細菌数,その他の品質が決められた基準の範囲内にあるか検査し,基準外のものについては入出荷停止等の指示を行う部署として品質管理センターを設けていた(乙ウ39の1)。)と記載され,10点満点中7点の評点が付けられていた。また,新規仕入先提案書には,ハチバンの主な仕入先及び主な販売先が記載されていたほか,「品質管理」という項目が設けられ,ハチバンが材料受入検査部門及び出荷検査部門を有していることが記載され,また,下請工場を利用していないことなどが記載されていた。(乙ウ41,42)
ダスキンは,上記新規仕入先評価表及び新規仕入先提案書等を資料として,稟議の上,平成10年7月22日,ハチバンとの取引を決定した(乙ウ40の1,2)。
ウ ダスキンは,平成12年7月13日現在で,ハチバンが製造する「大肉まん」について,「原材料規格書」(乙ウ50)を徴求していた。同規格書には,「製品概要」(供給責任を負う販売会社がハチバンであること,品質責任を負う生産工場が仁木食品であり,HACCPを導入済みであること,輸入者が株式会社ニッキートレーディング(以下「ニッキートレーディング」という。)であること等の記載がある。),「配合表」(原材料名,重量(百分率),原産国・生産地等の記載があるほか,アレルギー成分等特記の必要な成分として,動物性油脂(豚脂)及び肉系成分(豚肉)の記載がある。),「衛生規格」(一般生菌数10の4乗以下,大腸菌群陰性,黄色ブドウ球菌陰性,サルモネラ陰性,カビ・酵母陰性との記載がある。)等の記載がある。(乙ウ50)
なお,上記原材料規格書の配合表には,ショートニングについて,パーム油100パーセント,中国・不二製油製との規格・指定が記載されている。
エ 仁木食品は,麺類,中華点心の製造及び販売を事業内容とするニッキーフーズが中国に設立した会社であり,その工場は,平成9年に農林水産省食肉加工食品認定工場として稼働し,平成10年にISO9002認証を取得しており,平成14年にはHACCP認証を取得した(乙ウ43,44)。
ニッキーフーズは,昭和40年5月に株式会社大阪ワンタン本舗として設立された株式会社であり,中国所在の工場として仁木食品を擁していたほか,国内においても2か所の工場を有していた。ニッキートレーディングはニッキーフーズの関連会社である(乙ウ43)。
オ ダスキンは,平成12年10月1日,ハチバンとの間で,次のような内容の「大肉まん」の製造委託契約を締結した(乙ウ24の2)。
① 製造供給量は月産400万個を目処とし,店舗数,売上げの増減により変動する。
② 製造供給日は平成12年10月とする。
③ 「大肉まん」の仕様は開発したレシピ・原材料規格書に基づく。
④ 価格は別途協議の上決定する。
⑤ 品質管理・衛生管理は万全を期し,ミスタードーナツの基準を満たすこと。
⑥ 生産工場はHACCP又はISO9001の基準に準ずる工場であること。
⑦ 発注期間は平成12年10月から平成13年9月までとし,双方話し合いにより1年ごとに更新する。
⑧ その他の事項については,双方話し合いによって決定する。
(4)  ダスキンの違法行為防止に関する取組等
ア 危機管理行動チェックリスト
ダスキンは,本件販売及び本件支払当時,「危機管理行動チェックリスト」において,ダスキンで考えられる危機の種類として「企業の過失・犯罪」を掲げ,違法行為について,内部摘発があれば総務本部及び監査役が対応し,関係機関からの摘発があれば「法務奉行」という担当者を中心に特別対応チームを編成して対応し,社会問題化したり企業責任が追及されたり社内から逮捕者が出た場合には全社緊急対策本部を設置して対応する旨を定めていた。また,ダスキンは,上記チェックリストにおいて,「欠陥商品」を掲げ,健康障害について,顧客からのクレームや消費者協会等の改善指摘があれば該当事業本部が対応し,訴訟になった場合には「PL奉行」という担当者を中心に特別対応チームを編成して対応し,顧客への被害が多数発生したり製品を回収する事態になる等の場合には全社緊急対策本部を設置して対応する旨を定めていた。(乙ウ30)
イ 稟議規定
ダスキンは,本件販売及び本件支払当時,稟議規定において,経営上の重要な事項,特に「お客様,加盟店,支店,店,工場,取引先等の問題・課題」について,担当取締役は役員協議会(取締役会)に報告するように定めていた(乙ウ3)。
ウ 社員研修
ダスキンは,すべての新入社員に対し,ダスキンの社員として遵守すべき内容を記載した「〈教育マニュアル〉新人働きさん教育テキストⅠ,Ⅱ,Ⅲ」を配布するとともに,新人研修において,このテキストの内容をすべて説明し,周知徹底を図っていた。「〈教育マニュアル〉新人働きさん教育テキストⅢ」の中には,ミスや突発的な問題は素早い対応が望まれるため,最優先で報告すること,連絡が遅れた分だけ事態が悪化すること等が記載されている。(乙ウ32の1ないし4,33の1,2,弁論の全趣旨)
エ 危機管理セミナー
ダスキンは,平成12年7月13日,富士火災海上保険株式会社顧問を招いて,「雪印乳業集団食中毒事件の問題点と反省点〜「危機管理」の欠如で被害拡大〜」と題するセミナーを開催した。同セミナーでは,(1)事件の概要(雪印乳業の大阪工場が製造し出荷した製品による集団食中毒事件が発生したこと,前後して発生した参天製薬の目薬への異物混入事件で同社が損失を覚悟で短時間で250万個の製品の回収を決定し完了させたことと比較され,社会的に批判を受けていること等),(2)問題点((ア)社内のルール違反(①事実の確認の欠如,②報告,連絡の欠如,③現場と管理部門との連携の欠如,④製品の回収指示が遅れたこと,⑤製造工程に問題があったこと,⑥工場に保管されるべき洗浄記録の欠落,⑦責任体制の欠如),(イ)マスコミ対策の不十分さ(①マスコミ(危機広報)対策が不十分であったこと,②マスコミに対して隠ぺい(ミスリード)した事実があったこと,③窓口一本化対策が推進されていなかったこと)),(3)反省点(対応策)(①事実確認と実態調査,②経営トップの認識,③プロジェクトチームの編成,④事件,事案への基本方針の決定,⑤監督官庁への報告,連絡,⑥関係部門の連携,協力,⑦製品回収の決定と指示,⑧広報対策の推進,⑨被害(消費者,量販店,関係業者等)補償対策の推進,⑩訟務対策の推進)といった点が説明された。(乙ウ35)
(5)  ダスキンの本件支払当時の経理に関する規定等
ア ダスキンの経理本部(当時本部長取締役一審被告Y5)は,同社の単独及び連結の各予算業務及び各決算業務(具体的には,月次決算報告,経営資料作成,営業報告書作成,株主総会資料作成,予算対比管理,予算実績進捗把握,国際会計基準経営基盤作成,連結決算処理統一基準策定等)を業務内容としていた。
イ ダスキンにおいては,前記(1)イのとおり,稟議規定に定められた決裁権限の範囲内で,各事業部門に権限が委譲され,各事業部門の統括責任者及び担当役員の責任の下に,伝票入力から証票等のチェック及び伝票の承認行為に至るまでの処理が各事業部門内で完結するシステムが採用されていた。したがって,上記承認行為をもって,仕訳データの処理及び銀行振込手続等も自動的に行われ,本社経理本部には伝票が回ってこないシステムとなっていた。(乙ウ55,弁論の全趣旨)
ウ ダスキンにおいては,随時更新される最新の経理データを,いつでも誰でも検索,照会,ダウンロードすることが可能な経理システムが採用されていた。そして,すべてのデータについて履歴が保持され,入力,変更及び承認のいずれについても,いつ,誰が,何をしたのかが時系列で記録される仕組みとなっていた。(乙ウ55,弁論の全趣旨)
エ ダスキンにおける平成12年4月1日から平成13年3月31日までの仕訳レコード件数は,借方と貸方を別々に数えると,422万8026件(1か月平均35万2336件(小数点以下四捨五入。以下同じ。),1日平均1万7617件(1か月の稼働日数を20日として計算))であった(乙ウ55)。
(6)  「大肉まん」へのTBHQの混入及び本件販売
ア 仁木食品が「大肉まん」の皮の原材料として使用したショートニングの中に,TBHQが含まれていた(TBHQ(g)/肉まん重量(kg)=0.00012g/0.12kg=0.001g/kg 甲4の1,2)。
イ Zは,後記(8)のとおり,平成12年8月頃から○○社として「大肉まん」の試作を行っていたが,レシピの開示を受けたにもかかわらず,ダスキン側の要求水準に到達せず,ハチバンの使用している材料等を取り寄せて調査している間に,ハチバンが製造している「大肉まん」に日本では認可されていないが中国では使用が認められているTBHQが含まれたショートニングが使用されていることを発見した。Zは,平成12年11月30日,ダスキンで行われた○○社の「大肉まん」の試食の会合の席上で,これを発表した。この席には,ダスキン側では商品本部プロダクトマネージャー統括部長のG,皇宮のPとQ,○○社側としてZと同社のO専務のほか,Mも参加していた。
Gは,直ちにBにこのことを報告し,同人は,事実関係を至急調査するように指示した(乙ウ14,乙エ3)。
仁木食品は,同年12月2日,ショートニングの仕入先に確認して,「大肉まん」に使用しているショートニングには日本で使用が許されていない添加物が含まれていることが判明したため,自主的に操業を停止した。ダスキンから出張した品質管理担当者は,同日,Gに対し,日本では使用が許されていないTBHQが「大肉まん」に混入していることと,午後からの工場の操業停止を報告した。(甲4の2)
Bは,同日ころ,Aに対し,ハチバンが製造した「大肉まん」に日本では使用が許されていない添加物であるTBHQが混入していた旨を連絡するとともに,国内の公的機関に「大肉まん」の食品分析を依頼しており,同月6日に結果が出るので,在庫品の廃棄等は待って欲しい旨要望し,Aはこれを了解した(甲71,81,乙イ5,乙エ3)。
Gは,12月6日に,日本油料検定協会が「大肉まん」2個の皮部分についてTBHQの検査を行ったが,定量下限が0.01g/kgの検査で検出しなかったとの結果の報告を受け,これをBに伝え,BはAにこの検査結果を伝えた(甲4の2,乙ウ14,58)。
ウ A及びBは,平成12年12月8日ころ,ハチバンが製造した「大肉まん」について,加盟店や国内外の倉庫等に当該「大肉まん」の在庫がある限度で販売を継続すること(以下「本件販売継続」という。)を決定した(甲5,81,乙ウ14)。
ダスキンは,「大肉まん」について,平成12年5月にテスト販売を開始し,同年10月6日に本格販売を開始していた。そして,同年12月20日ころまでの間に,テスト販売期間中に販売したものも含め,TBHQが含まれた「大肉まん」を1314万個(同年12月1日以降で約300万個。この中には,同月7,8日に通関した68万4000個,同月10日船積み,同月15日通関した65万6560個が含まれる。)販売した。(甲5,乙ウ14)
(7)  本件支払に関する経理処理
ア 平成12年12月11日,「異物混入調査費用」という名目で,Bに対する300万円の小切手による仮払いが,MDFC本部から経理本部あてに依頼され,同月12日,B名義の預金口座に振り込まれた(乙ウ4)。Bは,同月13日,Zに対して上記300万円を支払った。
イ 平成12年12月12日,○○社に対する500万円の小切手による仮払いが,MDFC本部から経理本部あてに依頼され,同月13日,Z名義の預金口座に振り込まれた(乙ウ5)。
ウ ダスキン(MDFC本部)は,平成12年12月15日,Zに対し,2500万円を支払った。○○社(代表取締役Z)は,これを受けて,ダスキン(MDFC本部)あてに業務委託料(手付金分)800万円及び業務委託料(残金)2500万円をそれぞれ受領した旨の同日付の領収書2通を交付した(乙ウ9,10)。
エ 平成12年12月19日,「異物混入」という名目で,Bに対する2500万円の振込みによる仮払いがMDFC本部から経理本部あてに依頼され,同日,支払が実行された(乙ウ8)。
オ Bは,平成13年1月18日,三和紙器から3000万円を借り入れ,同日,Zに対してこれを支払った。
(8)  ダスキンと○○社の交渉経過
ア Aは,平成12年5月にZを紹介されたものであるが,同年7月には,Zから「大肉まん」の製造をしたい旨の申入れを受けた(甲4の2,乙ウ14)。
イ ○○社は,平成12年8月ころから「大肉まん」のテスト製造を始めたが,同年9月に至っても予定の水準に達せず合格品を製造することができなかった(甲4の2,乙ウ14,弁論の全趣旨)。
ウ Gは,平成12年10月,Aに対し,同年9月に訪中し,○○社が「大肉まん」を実際に製造させるとしていた工場を視察したが,特に設備面,衛生管理面に問題があり,現状では同工場での生産は難しい(何らかの投資をする必要がある上,日本サイドでの品質管理をどうするかという問題もある。),また,既に伊藤ハムの2工場及びハチバンの1工場が立ち上がっており,現状ではこの3工場でも供給が間に合う旨を報告した(乙ウ14)。
エ ダスキン(MDFC本部(B))は,平成12年12月5日,○○社に対し,次のような前提条件を含む「MD肉まん製造依頼書」を交付した(乙ウ14の添付資料③)。
① 製造供給量は全量の3分の1(月産200万個)を目処とする。
② 製造供給日は平成13年2月を目処とする。
③ 現行肉まんと同品質(味・外観・大きさ・使用原材料)であること。
④ 価格は工場出し価格29.53円とする。
⑤ 品質管理・衛生管理には万全を期し,ミスタードーナツの基準を満たすこと。
⑥ 生産工場はHACCP又はISO9001の基準に準ずる工場であること。
⑦ 発注期間は平成13年1月から同年12月までとする。
オ Zは,平成12年12月7日,皇宮に対し,商品開発の指導を怠ったとして7000万円の損害賠償を要求した。同月8日,Zに対する対応は,Aの了解の下,Bがすることとなった。(乙ウ14)
カ ダスキン(MDFC本部(B))と○○社は,平成12年12月13日付けで,平成13年1月1日から同年12月31日までを契約期間とし,○○社がダスキンの品質基準に基づいたミスタードーナツオリジナル肉まんを安定供給し(供給量は月産200万個),ダスキンが委託料年額3300万円を支払う旨の業務委託契約を締結した(乙ウ6)。
なお,上記業務委託契約締結に際して,一審被告Y10(当時MDFC本部内の管理本部長)が平成12年12月15日に起案した「稟議決裁書」(乙ウ7)は,次のような内容であった。すなわち,「大肉まん」については,発売当初よりすべて中国本土において生産し冷凍加工後に輸入して対応しているが,昨今,異物混入が相次いだことから,危機対策室が再度中国本土に赴いて製造工程の再々チェックや現地での再発防止の協議をしている。それと並行して,ハチバンと伊藤ハムの工場だけでは不安定要素が払拭できないとの判断から,急きょ,Aの決断により,○○社と業務委託契約(契約期間平成13年1月1日から同年12月31日までの1年間,委託料年3300万円)を締結する形としたい。(乙ウ7)
Bは平成12年12月15日,Aは同月19日,それぞれ上記の稟議を承認する旨の決裁をした。しかしながら,役員協議会(取締役会)の最終決裁はもちろん,関係部門の役員や一審被告Y3の決裁・確認もされていなかった。(乙ウ7)
キ 皇宮は,平成12年12月15日,ダスキン(MDFC本部)に対し,「一連の管理責任不徹底のお詫びと今後の事業発展に向けての弊社開発体制の再提案」と題する書面を提出し,皇宮がダスキンから受領していたロイヤルティを,平成13年1月1日納品分より,ダスキン購入価格の1パーセントに変更したい旨提案した(乙ウ14,乙エ2)。ただし,皇宮は,平成12年10月1日にも,「大肉まん」の生産技術協力費を,同年12月31日までの納品分については納品価格の1.6パーセントとし,平成13年1月1日以降の納品分については納品価格の1パーセントとする旨を提案していた(乙ウ68)。
また,皇宮は,平成12年12月15日,ハチバンに対し,「ダスキン様「大肉まん」技術協力のお詫びと今後にむけての協力のお願い」と題する書面を提出し,ハチバンの「大肉まん」廃棄損の一部として500万円を負担したい旨提案したが,同社はこれを受領しなかった(乙ウ14)。
ク ダスキンMDFC本部内の品質管理室室長Hは,平成13年4月20日,○○社が「大肉まん」を実際に製造させるとしていた工場(なお,同年3月に製造工場が変更された。)を調査し,Gに対し,次のように報告した。すなわち,設備が完成状態ではなく,最終判断できる段階に至っていないが,今のままでは不適格である。同年5月7日に設備が完成した段階で,75点(適格とは認められないが,要注意の取引先としては取引を開始することが可能である点数)となるだろうと想定している。同日に設備は最低限整うことになるが,品質管理体制は未熟である。少なくとも,不備を自主的に発見し,改善できるまでには至っていない。(乙ウ14)
Hは,同月11日に再度上記工場を調査し,Gに対し,次のように報告した。すなわち,前回の指摘項目は,施設及び設備についてすべて改善されている。ダスキンの指摘とは別に行政からの改善指導があり大規模な改修工事をしている。その工事がまだ終わっていない段階で,工事現場のようにセメントは乾いておらず,ペンキ塗り立ての状態である。総合評価は,適格取引先ではなく要注意取引先である。(乙ウ14)
ケ ダスキンは,平成13年9月10日,○○社に対し,①中国当局の輸出許可,国内輸入許可の目処等の輸出入許認可状況,②現在までに生産し備蓄している「大肉まん」の数量,③現在の生産数量(日産)及び生産計画等の報告を求めた。これに対し,○○社は,同月13日,①中国当局の輸出許可は取得済みであり,国内輸入許可についても,同月末ころに手続が完了する見込みである,②同月12日現在で「大肉まん」約72万個を備蓄している,③現在の生産数量は日産5万5000個で,10月又は11月を目処に日産8万個という生産計画を立てているといった内容を報告した(乙ウ14)。
コ ダスキンは,平成13年10月30日付け通知書をもって,○○社に対し,同社との間の業務委託契約及び同社に対するMD肉まん製造依頼を同年12月末日をもって解約する旨の意思表示をした(甲4の3,乙ウ85)。
なお,○○社から,ダスキンに対し,上記業務委託契約に基づき納品された「大肉まん」は,同年10月31日から同年12月27日までで,合計262万2640個であった(乙ウ84の3)。
サ ○○社は,平成14年3月9日,ダスキンを被告として,契約上の地位確認請求訴訟を大阪地方裁判所に提起した(甲4の3)。
(9)  ダスキンの本件販売後の対応等
ア ダスキンは,平成13年9月18日に,社外取締役の一審被告Y6が代表取締役社長の一審被告Y2に対し,調査委員会の設置を提言したことに基づき,本件販売及び本件支払について調査するために,「MD調査委員会」を発足させた。同委員会は,取締役の一審被告Y11(フードサービス事業本部長)を委員長とし,同Y10(ミスタードーナツカンパニー社長),同Y5(経理本部長),監査役の一審被告Y7のほか,社内からG,I(監査部部長),J(ミスタードーナツカンパニー総務部法務管理主任),ミスタードーナツ加盟店の社長Kの合計8名で構成された。その目的は,主として担当者の処分と今後の方針等について検討することにあり,同年10月1日から同年11月5日までの間に合計5回,委員会が開催された。同委員会は,社内関係者からの事情聴取に基づき,ダスキンと○○社の交渉経過等について調査し,同月6日付けで,一審被告Y2あてに調査報告書を提出した。上記調査報告書には,同委員会の所見として,本件販売及び本件支払について,A及びBに善管注意義務違反が認められる旨等が記載され,担当者の処分その他今後の方針等について,Zについては速やかに取引関係を解消しなければならないこと,同委員会の調査にかかる情報の開示については,性質上,慎重を期する必要があるので,内容の開示に際しては,その時期,方法,内容等について十分留意されたいこと等が記載されている。しかし,消費者への対応のあり方や今後ダスキンが被る恐れのある信用失墜への対策,マスコミへの公表の要否等については触れられていない(乙ウ14,72)。
イ ダスキンは,前記MD調査委員会の調査報告書の提出を受けて,平成13年11月29日開催の取締役会において,本件販売及び本件支払に関し,Bの取締役辞任を受理すること,Aとの間の顧問契約を解約すること,一審被告Y10を1か月間100分の10の減給とすること等の処分を決定した(甲75の1)。
ウ 一審被告Y2,同Y3,同Y4及び同Y8は,そのころまでに,ダスキンの最高経営顧問らの意見も聴取した上,直ちに自ら積極的に公表することはしないことを決定し,同月29日に行われた上記取締役会でも,自ら積極的に公表しないことについて明示の議決はされていないが,そのことを前提として,他の議案が可決された(乙ウ72,弁論の全趣旨)。
エ ダスキンの本件販売については,厚生労働省への匿名による通報があり,平成14年5月15日,保健所が大阪府下のミスタードーナツ店8店舗に立入検査をしたことをきっかけとして,同月20日,共同通信社からダスキンに対し取材がされた。そこで,ダスキンは,同日,記者会見をして,本件販売の事実を公表した。翌21日以降,新聞等のマスコミで本件販売及び本件支払等について,大きく報道された。特に,ダスキンが食品衛生法上使用が許されていない添加物を含んだ「大肉まん」の販売を故意で継続するという食品衛生法違反行為を行ったこと,当該事実を指摘した業者に「口止め料」を支払ったこと,更に一審被告Y1により隠ぺいがされたこと等の疑惑が大きく報道された。(甲4の3,9ないし21及び87ないし101・各枝番を含む,乙ウ71,72)
オ 大阪府は,平成14年5月31日,ダスキンに対し,前記(第2の4(5)ウ)「大肉まん」の仕入・販売禁止の処分をした。
ダスキンは,同日,上記処分を受けて,一審被告Y2の報酬を3か月間全額カットすること,同Y3を代表取締役副社長から代表取締役専務に降格し,その報酬を3か月間30パーセントカットすること,同Y4を常務取締役から取締役に降格し,その報酬を3か月間20パーセントカットすること並びに同Y11,同Y10,同Y8及び同Y9の報酬をそれぞれ3か月間20パーセントカットすること等の処分を決定した(甲75の3)。
カ ダスキンは,平成14年6月20日開催の取締役会において,「ダスキン再生委員会」の発足を決定した(甲75の4)。
ダスキン再生委員会は,本件販売及び本件支払等の事実関係を調査し,同年9月25日,一審被告Y2に対し,報告書を提出した(甲4の1ないし3,75の10)。
キ ダスキンは,平成15年9月4日,本件販売を理由に,食品衛生法違反の罪で,罰金20万円の略式命令(第2の4(5)エ)を受けた。
(10)  本件出捐の内訳
ア 本件出捐のうち,「ミスタードーナツ加盟店営業補償」57億5200万円は,本件販売の発覚によりミスタードーナツ事業の加盟店の売上げが減少したことを受けて,ダスキンが,上記加盟店に対し,各加盟店ごとの平成14年5月21日から同年9月30日までの減収額(同一期間における過去3年の平均売上高と比較した場合の減収額)に,過去3年の平均限界利益率を乗じた利益相当額を補償したものである(甲75の8,弁論の全趣旨)。
イ 本件出捐のうち,「キャンペーン関連費用」20億1600万円は,ダスキンが,本件販売の発覚を受けてミスタードーナツ事業について営業活動及び販売活動を自粛した後,その売上げを向上させるために行ったキャンペーンの費用並びに上記自粛によって不要となった販促ツール(景品類)の回収費用及び本件販売の発覚を受けて実施前に中止されたキャンペーンの中止までに要した費用である(弁論の全趣旨)。
ウ 本件出捐のうち,「CS組織員さん優待券及びSM・MM等特別対策費用ほか」17億6300万円は,ダスキンがミスタードーナツ事業の顧客向けに発行し,顧客が加盟店で使用した優待券を加盟店から引き取った費用並びにダスキンのクリーンサービス事業対策費用,サービスマスター事業及びメリーメード事業の加盟店等への営業支援費用等である(甲75の5,弁論の全趣旨)。
エ 本件出捐のうち,「新聞掲載・信頼回復費用」6億8400万円は,ダスキンが,本件販売の発覚を受けて,新聞広告を掲載した費用,信頼回復及び売上回復のためにセールチラシの折込み等を実施した費用並びに店頭でのお知らせポスター等の製作費等である(弁論の全趣旨)。
オ 本件出捐のうち,「飲茶メニュー変更関連費用」3億4600万円は,本件販売の発覚を受けて,ダスキンが「大肉まん」等の販売を中止したことによる「大肉まん」等の在庫品及び仕掛品の廃棄損並びにミスタードーナツ事業の売上げ低下によって生じた賞味期限切れ商品の廃棄損である(甲75の5,8,弁論の全趣旨)。
4  争点(2)(本件混入についての善管注意義務違反)について
当裁判所も,一審原告の当審主張・立証等を考慮しても,本件混入自体については,一審被告らに品質管理等に関しての善管注意義務の違反は認められないものと判断する。その理由は,当審における補充主張・立証にかんがみ,その一部について付加訂正を加えるほかは,原判決が事実及び理由第3の3として説示するとおりであるから,以下にこれを補正しつつ引用する(引用及びゴシック体の使用等については前同様)。
(1)  前記3(3)の事実関係によれば,ダスキンは,平成10年,社内規定に従って,ハチバンが品質管理を組織的かつ機能的に実施しているか等について検討し,同社が品質管理センターを置いて原材料と製品の検査実施を徹底していると認定した上で同社と冷凍ワンタンの取引を開始したものであり,平成12年に「大肉まん」の製造を委託するまでの間,ハチバンから供給を受けた冷凍ワンタンについて品質上の問題が発生したという事実は認められない。ダスキンとしては,ハチバンが,国内において,「大肉まん」と類似の蒸し餃子及び冷凍ワンタン等を自ら製造販売してきた実績を有し,かつ,上記のとおり原材料と製品の検査実施を徹底していることを確認した上で同社に製造を依頼するのであるから,ハチバンが自ら製品を製造しない場合であっても,同社は,国内において適法に販売することのできる食品を製造することのできる品質管理体制を有する事業者を選定してこれに「大肉まん」を製造させると通常予測するところである。そして,ダスキンは,実際に「大肉まん」を製造する事業者が仁木食品(前記のとおり,当時農林水産省食肉加工食品認定工場であるのみならずISO9002認証を取得していた。)であることを確認しているから,仁木食品が国内における中華点心等の製造及び販売実績を有するニッキーフーズによって設立された会社であり,上記認証を取得するなどしている以上,具体的に原材料に食品衛生法において指定されていない添加物の一つ一つについてそれが含まれていないかを検査しているか否かを確認しなくとも,食品衛生法に関する一定の知識(個別に指定を受けない限り,添加物を使用することはできないこと等)を有することを前提に,一定の品質管理体制を有していると信頼したとしてもこれを非難することはできない。さらに,ダスキンは,ハチバンに「大肉まん」の製造を委託するに先立って,原材料の原産国・生産地等の記載のある原材料規格書を徴求し,品質面に問題がないことを確認し,原材料の品質に疑いが生じた場合の追跡可能性を確保している(製造された「大肉まん」の一部に品質上の問題が生じた場合,原材料の生産者までたどることで原因を究明し,問題の拡大を防止し解決を図ることができる。)。
また,ダスキンは飲茶事業全般の技術指導契約を皇宮の間に締結していたところ,皇宮は飲茶事業に関連した飲食店を自ら経営するもので「大肉まん」製造についても専門的知識を有すると認められるから,その皇宮の技術指導及び生産に対する監督によって,自ら品質管理を行うのと同等以上の監督が期待できた。
以上の諸事情を総合すると,ダスキンとしては,平成12年当時,ハチバンから「大肉まん」の供給を受けるについて品質確保のために必要な措置を講じていなかったとまでは認めることができない。
(2)  これに対して,一審原告は,一審被告取締役らが,「大肉まん」に食品衛生法上許されていない添加物が使用されないように,社内に品質管理機関を設置し,①同機関から「大肉まん」の試作品製造過程に人材を派遣する,②試作品を品質管理機関において検査する,③第三者の学識者に大肉まんの試作品の検査を依頼する,④原材料及び使用添加物も含め,大肉まんの製造に使用した材料の詳細を報告させ,それを品質管理機関がチェックする等の措置を講じるべきであった旨主張する。
しかしながら,食品を販売する会社であるからといって,他の食品製造業者から食品の供給を受ける際,当然にかつ一律に,自社においても独自に検査等をしなければならないとか,試作品製造過程に自社の人材を派遣しなければならないということはできず,前判示のとおり,ダスキンとしては,平成12年当時,ハチバンから「大肉まん」の供給を受けるについて品質確保のために必要な措置を講じていなかったとまでは認めることができないから,一審原告の上記主張は採用することができない。
また,一審原告は,総論的にマニュアルの作成及び周知徹底等のリスク管理体制構築義務の懈怠を主張するが,本件において,ダスキンとしては,自社において独自に検査等をしなくとも,ハチバンから「大肉まん」の供給を受けるについて品質確保のために必要な措置を講じていなかったとまでは認めることができないから,マニュアルの作成及び周知徹底等の有無が善管注意義務違反の有無に関する判断を左右しないことは明らかである。
本件においては,皇宮の指導監督,ハチバンの品質管理体制がありながら,結果として未認可添加物混入が見過ごされたことになるが,そのことから直ちに品質管理体制等が整備されていなかったということになるものではない。本件「大肉まん」については,日本油料検定協会の検査によってTBHQが検出されなかったことからも明らかなように,仮に製品の抜き取り調査等が行なわれておれば本件混入が判明していた可能性があったとはいえない。
(3)  以上のとおり,ダスキンは,平成12年当時,ハチバンから「大肉まん」の供給を受けるについて品質確保のために必要な措置を講じていなかったとまではいえないから,この点に関する限り,当時フードサービス事業グループ担当専務取締役であったA及びMDFC本部長取締役であったBについて,業務担当取締役又は使用人兼務取締役としての善管注意義務違反は認められない。
したがって,当時代表取締役会長兼社長であった一審被告Y1について,監督義務の懈怠は認められず,同一審被告を除くその余の一審被告取締役らについても,監視義務の懈怠は認められない。また,一審被告Y7について,監査役としての善管注意義務違反も認められない。
5  争点(3)(本件販売についての善管注意義務違反)について
当裁判所も,本件混入が発覚し,製造過程の調査により,原材料にTBHQが使用されていたことを確認した後に,店頭及び倉庫等の在庫品を販売したことについては,フードサービス部門の最高責任者であるA及びMDFC本部長であったBが他の取締役に諮ることなく,独断で決定したものであって,一審被告らにおいて,これを防げなかったとしても,それが直ちに善管注意義務の懈怠にあたるとはいえないと解する。その理由は,当審における補充主張にかんがみ,一部を付加訂正するほかは,原判決が事実及び理由第3の4として説示するとおりであるから,以下に補正しつつこれを引用する(引用及びゴシック体の使用等については前同様)。
(1)  リスク管理
健全な会社経営を行うためには,目的とする事業の種類,性質等に応じて生じる各種のリスク,例えば,信用リスク,市場リスク,流動性リスク,事務リスク,システムリスク等の状況を正確に把握し,適切に制御すること,すなわちリスク管理が欠かせず,会社が営む事業の規模,特性等に応じたリスク管理体制(いわゆる内部統制システム)を整備することを要する。
もっとも,整備すべきリスク管理体制の内容は,リスクが現実化して惹起する様々な事件事故の経験の蓄積とリスク管理に関する研究の進展により充実していくものである。したがって,現時点で求められているリスク管理体制の水準をもって,本件の判断基準とすることは相当でないというべきである。また,どのような内容のリスク管理体制を整備すべきかは基本的には経営判断の問題であり,会社経営の専門家である取締役に,広い裁量が与えられているというべきである。
(2)  本件は,食品販売に関する事業部門の業務担当取締役及び使用人兼務取締役が,自社が販売していた食品に食品衛生法上使用が許されていない添加物が含まれていることを知ったにもかかわらず,その販売を継続するという違法行為に出たという事案である。そこで,ダスキンの本件販売当時におけるリスク管理体制のうち,違法行為を未然に防止するための法令遵守体制(具体的な取組みを含む。)について検討するに,前記3(4)のとおり,ダスキンは,当時,担当取締役は経営上の重要な事項(販売していた食品に食品衛生法上使用が許されていない添加物が混入していたことは,食品を販売する会社にとっては経営上極めて重要な問題であるのは明らかである。)を取締役会に報告するよう定め,従業員に対しても,ミスや突発的な問題は速やかに報告するよう周知徹底しており,違法行為が発覚した場合の対応体制についても定めていた(「内部摘発」による違法行為の発覚も想定されている。)。また,その上で,実際に起こった食中毒に関する企業不祥事の事案を取り上げて注意を促すセミナーも開催していたものである。これらを総合してみると,ダスキンにおける違法行為を未然に防止するための法令遵守体制は,本件販売当時,整備されていなかったとまではいえないものというべきである。
(3)  これに対して,一審原告は,違法行為等があれば即座に「コンプライアンス部門」又は「品質管理機関」を通して取締役会に報告される体制を構築し周知徹底しておかなければならなかった旨主張する。
しかしながら,株式会社であれば当然にかつ一律に「コンプライアンス部門」を設置しなければならないとか,食品を販売する会社であれば当然にかつ一律に,違法行為等の情報を収集し取締役会に報告する,食品の企画・製造・販売の部門から独立した機関としての「品質管理機関」を設置しなければならないとまではいうことができず,前判示のとおり,ダスキンにおける違法行為を未然に防止するための法令遵守体制は,本件販売当時,整備されていなかったとまではいえないから,一審原告の上記主張は採用することができない。
なお,確かに,本件の場合,Zからハチバンが製造した「大肉まん」にTBHQが混入していることを知らされたGが,自己の上司に当たるBに対してのみならず,フードサービス事業グループの外の機関(取締役会を含む。)に対しても上記事実を報告していれば,本件販売継続が決定されなかった可能性があることは結果論としては否定できない。しかしながら,フードサービス事業グループは,前記3(1)のとおり,ダスキンにおいて,他の事業部門と並んでそれ自体あたかも一つの企業のように独立して一定の権限と責任を与えられた一つの事業部門であるところ,Gは,そのような事業部門における指揮命令系統に従ってBに上記事実を報告して指示を仰いだものであり,その事実はBを通じて当該事業部門の最高責任者であるAにも報告されたものであるから,フードサービス事業グループの指揮命令系統は正常に機能していたといえる。本件は,そうであるにもかかわらず,事業部門の最高責任者であったA及びこれに次ぐ地位にあったBが,稟議規定に違反して上記事実を取締役会に報告せず秘密裏にあえて違法行為を行うという意思決定をしたという事案であり,本件販売当時,そのような場合をも想定して,従業員に対し,自己の属する事業部門の指揮命令系統に従って情報を伝達するのみならず,当該事業部門の外にある機関にも同じ情報を伝達することを義務づける体制を構築しておかなければならなかったとまではいうことができない。
同様に,違法行為についての内部告発を促進し保護する制度について,この当時においてそれを整備しておくべき義務があったともいえない。
(4)  また,一審原告は,取締役会は,違法添加物の使用を発見した際,どのように報告し行動しなければならないのか等について,マニュアルを作成し,それを従業者に周知徹底させなければならなかった旨主張する。
しかしながら,A及びBは,「大肉まん」に食品衛生法上使用が許されていないTBHQが含まれていることを知りながら,あえてその販売継続を決定したのであって(当事者間に争いがない。),食品衛生法上使用が許されていない添加物の使用を発見した際にどのように報告し行動しなければならないのか等について無知であったがゆえに販売を継続したものではないから,一審原告の上記主張は理由がない。
(5)  一審原告らは,カンパニー制度を設けて事業部門の独立性を認める場合にも取締役の監視義務は全社に及ぶのであるから,当該事業部門限りで情報がとどまることがないように,現場からの情報が複数のルートを通って伝達されるように体制づくりをする必要があると主張する。しかしながら,事業部門の独立性を高めるのは,当該会社が多岐に亘る事業経営をしているため,一定の基準を設けて,その範囲内では当該部門内部で処理が可能なこととして経営効率の向上を目指すものであるから,情報の全てを他の部門に伝達することを要求するのはその趣旨に反する。取締役の監視義務が部門ごとの限定なく,全社に及ぶことは当然であるが,その監視の方法は,各事案についての個別の事前チェックに限られるものではない。ダスキンは,経営上の重要な情報を取締役会への報告事項と定めていたから,各取締役が定められた義務を果たせば,各事業部門に生じる問題を全社的に議論することが可能になっていたものである。
(6)  以上のとおり,ダスキンにおける違法行為を未然に防止するための法令遵守体制は,本件販売当時,整備されていなかったとまではいえないから,一審被告取締役らについて善管注意義務違反は認められない。また,一審被告Y7について,監査役としての善管注意義務違反も認められない。
6  争点(4)(本件支払についての善管注意義務違反)について
当裁判所も,Z若しくは○○社に対して6300万円が支払われたのは,実質的には口止めを意図したものであって,口止め料としての本件支払自体が違法であるが,一審被告ら(ただし,一審被告Y2を除く)が,その違法な支払いを止めることができなかったことについて,これが一審被告らの善管注意義務違反に当たるとまではいえないと判断する。その理由は,当審における補充主張にかんがみ,一部を付加するほかは,原判決が事実及び理由第3の5として説示するとおりであるから,以下に補正しつつこれを引用する(引用及びゴシック体の使用等は,前示のとおり)。
(1)  ダスキンは,前記3(1)のとおり,本件支払当時,全事業部門を「完全資金独算会社」とし,権限と責任を各事業部門の責任者に委譲する旨の稟議規定の改定を行っており,フードサービス事業グループの場合,3000万円以下の案件についてはBの単独決裁によって,3000万円超1億円以下の案件についてはA及びBの共同決裁によって,原則として一審被告Y3や取締役会の決裁を要することなく処理することが認められていた。ダスキンのように全く種類の異なる分野にまたがって事業を展開する会社において,事業分野ごとに当該事業を取り巻く環境等様々な考慮要素を的確に把握して総合的に評価し,時機を失することなく経営判断をすることを可能にする,本社部門が全社戦略に専念することを可能にする等の観点から,各事業分野ごとに自律性・独立性の高い組織(事業部,事業部門,カンパニー等)を設け,当該事業部門に権限と責任を委譲することは,会社の組織のあり方として一定の合理性を有する。そして,そのような組織体制を構築する以上,事業部門がその権限の範囲内で支出をする場合に,本社部門が常にその支出の必要性,相当性等を審査しなければならないとまではいうことができず,本社部門にどのような内容の経理体制を整備すべきかは,基本的には経営判断の問題であり,会社経営の専門家である取締役に,広い裁量が与えられているというべきである。
そして,前記3(5)イのとおり,ダスキンは,稟議規定に定められた決裁権限の範囲内で,各事業部門の統括責任者及び担当役員の責任の下に,伝票入力から証票等のチェック及び伝票の承認行為に至るまでの処理が各事業部門内で完結され,経理本部がその支出の必要性,相当性等を審査しないシステムを採用していたものであるが,同時に,履歴付きの経理データをいつでも検索,照会等することができるシステムを採用しており,一度特定の事業部門の支出について疑義が生じれば,当該支出を含む当該事業部門の支出についてさかのぼって調査することができる追跡可能性が確保されていたこと(前記3(5)ウ),ダスキンの平成12年4月1日から平成13年3月31日までの仕訳レコード件数は,借方と貸方を別々に数えると1日平均1万7617件と多数に及んでおり(同エ),経理本部においてこれらの経理処理を事前に審査する体制を構築するためには相当の人員と費用を投じなければならないものと推認されることに加え,そもそも経理本部の業務内容は予算業務及び決算業務であったこと(同ア)等をも併せ考慮すれば,経理本部が事業部門の支出の必要性,相当性等を審査する体制を構築しなかったからといって,当時経理担当取締役であった一審被告Y5について,使用人兼務取締役としての善管注意義務違反は認められない。
また,他の一審被告取締役らは,支出について直接その当否を判断すべき立場になかったが,前記の点からみて,これが監督義務・監視義務を怠ったものということはできず,他にも善管注意義務違反は認められない。また,一審被告Y7についても,監査役としての善管注意義務も認められない。
(2)  一審原告は,以上に対して,本件支払についての経理処理は,B個人の口座に対する仮払いが行われ,その支払い理由も「異物混入」などという不自然なものであったにもかかわらず,一審被告Y5がこれを漫然と見逃したのは,善管注意義務違反に当たる旨主張する。しかし,前記のとおり,所定の決裁権限の範囲内では,各事業部門の経理処理についての責任を当該部門に委ね,経理本部はその出捐の必要性,相当性を審査しないというシステムである以上,仮払いや支払い名目などを検討しないのは当然であり,一審被告Y5に上記一審原告主張のような点について善管注意義務違反は認められない。
なお,乙ウ14及び弁論の全趣旨によれば,ダスキンは,MD調査委員会の報告を受けて,平成13年10月1日から,取締役,従業員等の個人口座への振込額に100万円という限度額を設定し,同額を超える金額の振込みが必要な場合には,経理本部長に直接連絡することを要するシステムに変更したことが認められ,本件支払当時,同様のシステムが存在すれば,一度は経理本部長の審査を経たであろうとうかがわれる。しかしながら,前判示((1))の事実関係に照らせば,本件支払当時,上記システムを採用しなければ善管注意義務違反になるとまではいえないのであって,上記システム変更は前記結論を左右しない。
(3)  ただし,一審被告Y2が本件混入等の事実を知ったときに適切に行動していたら,本件支払の内3000万円の支払いを阻止できたと推認され,その点について善管注意義務違反が認められることは,後記のとおりである。
7  争点(5)(一審被告らが「大肉まん」へのTBHQ混入及び本件販売の継続等を知った時期及びその内容)について
(1)  認定事実
前提事実(第2 事案の概要の4)及び事実経過(第3 当裁判所の判断の3)記載の事実並びに証拠(甲4の2,4の3,70,71,81,85,115,120〜122,乙ア1,2,3の1〜5,4,7,8の1〜3,9,14,乙イ5,乙ウ14,70,72,74,87,89,91,92,乙エ3,乙オ1,A証人,Y1本人,原審及び当審Y4本人,B証人,Y2本人,M証人)を総合検討すると,本件混入や販売継続等の事実が一審被告らに明らかになった経緯について,以下のとおり認定判断することができる(一部の事実は再掲する。)。
ア 平成12年11月30日,ダスキンで行われた○○社の「大肉まん」の試食の会合の場で,Zがハチバンが製造している「大肉まん」の材料であるショートニングに未認可添加物であるTBHQが使用されていることを具体的に指摘し,このことが世間に知れたら社会問題に発展し大変なことになるぞなどと指摘した際には,Mも同席していた。
イ Mは,同年12月29日(金曜日)ころ,ダスキンの取締役であり生産本部運営本部長をしていたLのもとを訪れ,「大肉まん」に未認可添加物が混入していたことを話した。Lは,直ちに,専務取締役で生産本部担当の一審被告Y2をその場に呼び,1時間ほどして来た一審被告Y2に対し,Mは改めてダスキンが販売してきた「大肉まん」に日本では許可されていない未認可添加物が混入していたことを説明した。一審被告Y2は,Mが帰った後で,Bに電話をして事実関係を確認した。Bは,「大肉まん」に未認可添加物であるTBHQが混入していた事実はあったが,害のないものであることが判明したので販売した,在庫は残っておらず,その件の処理は既に済んでいる旨を一審被告Y2に説明した。一審被告Y2は,Bの説明で了解し,それ以上の措置を具体的に講ずるようなこともせず,また,そのことを一審被告Y1や取締役会に報告することもしなかった。
ウ Mは,平成13年2月8日ころ(ただし,一審被告Y1は同月22日であると述べる。)ダスキンの社長室に一審被告Y1を訪ね,ダスキンが販売してきた「大肉まん」に未認可添加物が混入していたことを話した。一審被告Y1は,その場にMを待たせた上で,フードサービス事業グループ担当の最高責任者で専務取締役であったAとMDFC本部長であるBを呼んで,事情を説明させることにした。A及びBは,Mが同席している社長室に呼び出され,一審被告Y1にまでことが知れていることに慌てたが,その場を取り繕いながらも経過を説明し,本件混入及び本件販売継続,並びに,①(TBHQが混入していた)「大肉まん」の中国における在庫処分及び国内における在庫ゼロの状況,②国内の第三者機関による検査では(TBHQが)検出できなかった事実,③既に専門家であるZと新たに業務委託契約を締結し,3300万円を払っていることなどを報告した。
エ 一審被告Y1は,A及びBの上記報告に対し,別段の指示をすることはなく,事実上その措置を了承した。一審被告Y1は,総務本部担当の常務取締役であった一審被告Y4に対しては,同日あるいは翌日ころ,以上のような経過を話したが,取締役会に報告するなどそれ以上の措置を取ることはなかった。他方,Aも,一審被告Y1から事情報告を求められたことから,それを総務担当の一審被告Y4には話しておく必要があると考え,社長室からの帰りに一審被告Y4に経緯を伝えた。
オ 一審被告Y1は,平成13年5月18日ころ,たまたま,三和紙器のN社長からBに3000万円を貸しているが返して貰っていないという話を聞き,Bに質して上記3300万円以外にBが取引先から金を工面して3000万円をZに渡していることを知った。不審に思った一審被告Y1は,そのころ一審被告Y4に調査を依頼し,また,Aに資金が一部流れているのではないかとも疑い,6月ころAから弁明書(甲115添付の分)の提出を受けた。
カ 一審被告Y7は,平成13年7月18日ころ,一審被告Y10からBがZから金を脅し取られているようだ,その背景には「大肉まん」に未許可添加物が混入したことがあるようだとの相談を受けた。一審被告Y7は,このことを一審被告Y4に話し,一審被告Y4は,一審被告Y2,一審被告Y3にも報告し,4人でまず事実関係を確認することにした。そして一審被告Y7と一審被告Y4が,同月20日Bから急遽事情を聴き,23日にはGにも確認した。その後さらに関係者らに確認するなどして,それらの説明で,詳細な経緯が判明した。
キ 同年9月18日に至って,社外取締役の提案でMD調査委員会が組織され,主に関係者の処分と方針の策定を目的にさらに事実関係の調査がなされ,その最終的な結果は,同年11月6日までに前記「MDに関する調査報告書」にまとめられ,同月29日の取締役会に報告された。
(2)  一審被告Y1について
ア 一審被告Y1は,以上の認定に対して,取締役を辞任するまで,TBHQが混入した「大肉まん」を販売した事実を知らなかったと主張し,平成13年2月22日にMから聞かされたのは肉まんに未認可添加物が入っているとのうわさがあるという話にとどまる,そこで,A及びBに確認したところそのようなうわさはあったが,実際には混入した事実はないとして証明書等を見せられて納得したものであり,本件混入や販売の事実を認識していないと主張し,陳述する。
イ しかし,一審被告Y1の陳述(乙ア1)からしても,Mは当日は一審被告Y1にダスキンからの下請けの仕事量を増やすように話しに行ったのであり,添加物混入の件はそのいわば取引材料として持ち出されたものと考えられる。そうだとすると,TBHQ混入の事実を詳細に知っており,Zに対する本件支払にも同行するなどしてきているMが,単なるうわさ話としてしか話を持ち出さないというのはかえって不自然である。また,単なるうわさがあるという程度のことで,一審被告Y1が,直ちに,フードサービス事業グループ及びミスタードーナツ部門の各最高責任者であるA及びBの二人を共に呼びだして,M同席の場で事実を報告させたというのも不自然である。さらに,その場で事情を報告させられたAやBにおいて,TBHQ混入の詳細を具体的に知っているMの前で,混入の事実自体を否定するような報告をすることはできないものと考えられるし,特にそれを隠さなければならない事情があったとも認められない(なお,混入は微量で検査では検出されていないことは前記のとおりである)。
ウ Bは当審証言で,一審被告Y1から入ってはいけないものが入った「大肉まん」が販売されたのは事実かと確かめられ,事実ですと答えた旨を証言しており,その証言は同人の従来の陳述や後掲の乙ア3号証の1ないし3とも一致しており,率直で,措信できる。
ちなみに,A及びMも同様に陳述あるいは証言し,一審被告Y1から,このことは3人の秘密として墓場まで持って行くように隠ぺいを指示されたというのであるが,A,Mの陳述や証言が信頼性に乏しいことは後述のとおりである。しかし,Bについては,MD調査委員会の報告書(乙ウ14)でも,「当委員会の事情聴取に対しても誠実に対応し,事実関係を明確に説明しており,事実をありのまま陳述していると思われ」と記載されているところであり,同じ報告書中に,Aについては,「当委員会の事情聴取に対する対応についても,不誠実と言わざるを得ず,本件の重大性に対する認識,反省に欠ける。」と記載されているのとは全く異なり,その後の捜査段階における同人の供述も,それなりに信用できると考えられるのである。しかも,Bは,入社時から企業人として一審被告Y1に育てられたとの感謝の思いを持っており(乙ア4),あえて事実に反してまで一審被告Y1に不利なことを述べるような動機はない。
エ さらに,Bは,本件が新聞報道された後,一審被告Y1から,平成12年2月にAとBが報告した際の内容について確かめられ,平成14年5月24日付けで乙ア3号証の1ないし3の各報告書をY1にファックスしている。それによると,各通で一部異なる(Y1の指摘により記憶が補足されたものである)が「1 中国における在庫処分及び国内における在庫がゼロの状況,処理が終了している。2 国内の第三者機関による検査では検出出来なかった事実。3 Z氏に対しての業務委託契約と3300万円についての報告。4 これらを踏まえ処置終わる。これに対し「よし」とのご返答をいただく。「地獄まで……」との返答ではない。」と記載されている。なお,この「地獄まで……」というのは墓場までの間違いであったと同年6月9日付けの乙ア3号証の4で訂正されている。そして,これらの文書については,一審被告Y1自身も,このころまではBは本当のことを述べていたと評価しているところである(乙ア14)。
ところで,上記ファックスで中国や国内の在庫が問題とされ,検査では検出できなかったとされているのは,「大肉まん」に未認可添加物が混入しており,その販売に問題があったということが当然の前提となっているものと解される。そうすると,そのTBHQ混入の経緯や対処について具体的な説明が求められていないはずはないのであり,「中国における在庫処分や,国内在庫がゼロの状況」や「処理が終了した」こと,さらには「Z氏に対する業務委託契約及び3300万円の支払い」について具体的な説明が,平成13年2月の時点で一審被告Y1になされたものと推認される。そして,国内在庫がゼロというのはその報告の時点のことで,混入が判明した時点では存在したはずの国内在庫について,廃棄したなどと虚偽の説明がなされたとの話はないのであるから,結局は,(検査機関の検査では検出されず,健康に被害があるものとは考えられなかったため,あるいは,混乱を回避するなどのため)販売が継続されてゼロになったことや,対応策としてのZとの業務委託契約締結のことなどが,具体的に説明されたものと推認される。当時,BやAにおいては,本件販売の継続やZを事業に巻き込み問題が表に出るのを防ぐという処理は,企業としてその時点で最善の措置を取ったものと考えていたのであるから,尋ねられた以上,特にこれを一審被告Y1に対して隠さなければならないというような動機はない(仮にAには何らかの後ろめたい事情が考えられたとしても,少なくともBにはない。)。Bは,別件のY1の刑事事件で証人として,この時の報告は報告というよりは取り繕いというもので,これによってY1が全容を把握できたというレベルではない旨を証言する(乙ア4)が,「全容」というのがなにを意味するのかはともかく,同証言はむしろY1をかばおうとするものであって,少なくとも上記推認のような限度での具体的な報告がなされたことを否定するものとはいえない。また,同証言では,未認可添加物のことをY1には全然知らせていなかったのかと聞かれて,「発見された当時」は報告していないと答えているが(乙ア4の90頁),逆にいえば,後では報告したことが前提となっていると解されるのであって,この点で当審証言との間に矛盾変遷があるようにいう一審被告Y1の主張は採用できない。その他,上記の推認を妨げるような事情は,本件証拠上認められない。
オ もっとも,この時点で,Zに対する3300万円(実際は6300万円)が実質的には口止め料の趣旨であることまでが報告され,一審被告Y1がそれを隠ぺい策として認識したとまで認めることは出来ない。一審被告Y1の陳述書(乙ア1)によると,この時一審被告Y1はZとの間の業務委託契約書について稟議の有無を尋ね稟議決裁書まで確認しているというが,それが3300万円支払いの適法性について疑念ないし不安を感じたために処理の完璧さを確認したものとみるのはうがちすぎである。むしろ,Zが中国の事情に詳しい専門家であり,今後は心配ない旨のBらの説明を信じて,特に事後の対策の必要性はないものと判断して特に指示をしなかったものと考えられる。
なお,M供述及びA供述では,この時,Y1は,このことは3人(すなわち,Y1,A,B)で墓場まで持っていこうと述べ,隠ぺいを指示したとされている。しかし,後に一括して検討するように,M供述及びA供述はにわかに措信出来ないものであり,他に,一審被告Y1が積極的に隠ぺいまでを指示したとの事実を認めるに足る的確な証拠はない。
(3)  一審被告Y2について
ア 一審被告Y2は,(1)の認定に対し,平成12年12月29日ころにMが言ってきたのは「「大肉まん」に何かが混入していたらしい,大変なことみたいですよ」ということであり,何か圧力でもかけようとしているのかと考え「異物でも混入していたのですか。それが本当ならAさんに言ってください。」とかわした,後でBに確認したところ,その件は既に処理が済んで解決している,何も問題ないと言われて,安心したと主張し,当審供述やその陳述書(乙ウ70)等もこれに沿っており,Lの陳述書(乙ウ74)も同旨である。
イ しかし,一審被告Y2もいうとおり,当時は,××社が今後ともダスキンの協力工場として稼働していくための前提となる総合工場化の最終判断が間近いという時期であったというのであり,証拠(乙ウ70,74,一審被告Y2)によると,当時,Mがダスキンに働きかけをしていたことがうかがわれるのであり,Mとしては,TBHQ混入の話をその取引材料あるいは忠誠のあかしにしようと意図していたと考えられる。そうだとすると,TBHQ混入の事実を詳細に知っており,また,それに関わってもきていたMが,あえて話をぼかして,局外者のようによそおって持ち込んだというのは不自然である。わざわざLを介して一審被告Y2に話しに行き,1時間ほども待っていたというのに,異物でも混入していたのかなどと言われたとすれば,そんな問題ではなく重大なことなのだと具体的に説明することになるのが成り行きとして自然であり,それを妨げるような事情があったとは認められない。また,異物混入のようなクレームは以前から多数あったことであり(乙ウ88,同69によると「大肉まん」発売後の56日間で主として異物混入を理由とする合計142件ものクレームがあったという),その程度の話で,Lが年末の多忙な時期にわざわざ専務取締役生産本部長の一審被告Y2を呼び出して話の場を作り,一審被告Y2がその内容をMDFC本部長のBに確認したというのも,不自然である。
さらに,何かが混入していたという程度の抽象的な内容でBに事実確認をして,その件は処理が済んでいる,問題ないとだけ回答を受け,そのことの具体的内容も聞かないまま納得したという禅問答のような話も不自然である。
また,一審被告Y2は,別件の訴訟の準備書面では,Mから「大肉まん」に未認可添加物が混入されていた問題があったことを教えられたことを認めている(このことの評価については,原判決が詳細に論じているところであり,一審被告Y2の当審での主張や乙ウ90号証などを斟酌しても,その判断は変わらないから,原判決の説示(原判決69頁17行目から72頁15行目まで)を引用する。)。
以上に対し,一審被告Y2は,MがTBHQ混入の話を具体的に一審被告Y2に告げ,本件混入が公になれば,もっとも打撃を受けることになるのは,ZやAや口止めを条件に取引に参入した○○社なのであるから,その仲間であるMがその時点でそのような行動を取ることはあり得ないと主張する。しかし,Mは,TBHQ混入の話を具体的に告げても,ダスキンがそれを公にすることはないと読んで(事実その読みは当たっていたのである。),それを取引材料などにして自らも利を得ようとしたと推認されるのであるから,一審被告Y2の上記主張は,前提を異にしており採用できない。
ウ Bは,当審証言では,一審被告Y2からの電話に対し,TBHQという名前は別として日本では許可されていないものが入っていたと答えた,在庫は完全に消えたと報告したと思うが,販売をしたことまで報告したかどうかは分からない,単なる異物混入程度で一審被告Y2がわざわざ電話してくることはないと証言しており,その証言は自然で措信するに足る。また,その陳述書(乙エ3)には,外部者を通じて本件についての情報を得ていた当時専務の一審被告Y2から,「大肉まん」へのTBHQ混入に関する事実確認の電話があり,「国内在庫分は販売しました。」と回答したところ,一審被告Y2からは「そうか。」と一言返事があったのみである旨の記述があり,上記証言に沿っており,時間の経過などをも考えると,その間に矛盾はない。
また,平成12年12月末の時点では,検査の結果ではTBHQは検出されないことが判明し,既に在庫分の「大肉まん」は混乱なく売却済みであり,Bとしては最善の対処をなしえたと信じていたと思われる時期であるから,専務であり元の上司でもある一審被告Y2からの問い合わせに事実を隠す必要はなかったはずであり,本件混入及び本件販売継続の事実を率直に答えたものと考えられ,それを妨げる事情はない。一審被告Y2がそうかと返事をするに止めそれ以上調査したり,社長のY1に報告したりすることがなかったというのも,Bのその当時の説明が十分納得のいくもので,将来に問題を残してはいないと判断されたからであると考えられる。なお,BはZに対する口止めをしているが,それは社外に対する関係でのことである。また,Aから社内的にも隠せといわれていたことを認めているが,それは結局は社外に漏れることや社内の反対派に利用されることを恐れてのことであり,ミスタードーナツ事業の先輩で専務取締役でもある一審被告Y2にその心配は無用であったのである(証人B)。これに対し,一審被告らは,Y2が本件混入のことを知らされたとすれば電話程度で済ますはずがないかのようにも主張するが,その後の行動などからみても,A,Bのみならず一審Y2を含むその他の取締役らの未認可添加物混入についての問題意識も,当時は,健康上の実害のおそれがなく表に出るおそれもなければそれでいいという程度のものであったことがうかがわれるので,同主張は採用できない。
もっとも,Bにおいて,当時事業部を異にする一審被告Y2の電話での問い合わせに対して,Zとの業務委託契約や3300万円支払いの事情などについてまで具体的に説明する必要があったとは考えられず,そこまで説明したとの証拠もないから,一審被告Y2が,この時点で,そこまでの事実やそれが実質的な隠ぺいを意図したものであることを知ったとは認められない。
(4)  一審被告Y9及び同Y8について
ア Mの陳述書(甲70)には,TBHQ混入のことを聞き不安に思って,平成12年12月中ころ,役員室に一審被告Y9を訪ね,20分ほどハチバン社製の「大肉まん」に日本で禁止されている添加剤TBHQが入っている,表に出たら全店営業停止になるなどと伝えたが,Y9は,この話は聞かなかったことにしてくれと言って対応しなかった,また,そのころから平成13年1月中旬までの間,一審被告Y8に対しても,昼食の席で4回ほど同様のことを述べたが,一審被告Y8も自分は関係ないから聞かなかったことにしてくれという態度だったとの具体的な記載がある。また,Mは,当審でも証人として同様の趣旨を証言する。
イ そして,Mは,以上の点のみならず,一審被告Y2及び一審被告Y1にTBHQ混入の事実を話したことなどについても詳細かつ具体的に陳述ないし証言しており,これらのMの陳述書や証言(合わせて「M供述」という。)は,本件事案の事実認定の上では重要な証拠である。
しかし,その内容は,虚実入り混じりたやすく措信できないものであることが明らかであり,他の証拠と符合する範囲でしか採用できないものといわざるを得ない。そこで,以下において,M供述の信用性について,まとめて検討しておくことにする。
ウ Mは,もともとクリーニング業者である××社の代表者として以前からダスキンと取引があり,その関係で一審被告Y1やクリーニングに関係する生産本部等の担当者のもとに出入りしていた者である。一審被告Y2の陳述書(乙ウ70)によれば,××社は昭和42年からダスキンの協力工場(後に協栄工場というようになった。)であったが,ダスキンが平成5年から行っていた工場の再編・集約の過程で,十分な能力がないとして協栄工場契約は平成13年7月31日に解約され,その他の業務委託契約も平成16年3月に終了したことから,Mはダスキンの経営陣に対して反感を抱いていることがうかがわれる。
他方,証拠(甲4の2,甲120,122,乙ウ14)によると,○○社とダスキンの取引及び本件支払などにMが関与した経緯は次のようなものであったことが認められる。すなわち,Mは,平成12年5月ころZをAに紹介し,同年7月以降のZとダスキンの「大肉まん」試作の経過にもしばしば立ち会い,同年10月19日には発注書を出すよう強く要求した。そして,11月30日の試食会で,Zが,ハチバンが製造している「大肉まん」には日本では使用できない添加物のTBHQが入っている,このショートニングをハチバンに紹介したのは皇宮だろう,これが世間に知れたら社会問題に発展する,どうするつもりや等と凄んだ場にも同席していた。また,平成13年1月18日,Bが○○社のO専務に3000万円を交付した際にも同行していた。また,Mは,○○社に出資をし,同社の取締役でもあった。このように,M自身が本件の取引について深い利害関係を有している。
エ Mは,司法警察員に対する供述調書(乙ウ87)で平成12年12月30日になって生産本部のL取締役のところへ話しに行ったと供述しているが,同調書には,その前に一審被告Y9及び一審被告Y8にも同様の話をしたなどの記載はない。これについて,一審原告は,捜査段階の供述調書は,捜査官が必要な限度で記載するのであるから,Mが述べていても記載しないことがある旨主張し,Mも当審の証言で,警察にはそのことも話し,読み聞けの時や署名の時には書いてあったと思うのになぜか抜けているなどと強弁する。しかし,同調書はダスキン等の食品衛生法違反容疑に関して作成されているのであるから,ダスキンの経営者らがいつ事実を知ったのかは重要な事実であって,これに関する供述がなされたのに,供述調書に記載されないなどとは考え難い。
さらに,同調書及び陳述書(甲70)では,MからTBHQの話を聞いた一審被告Y2は,そんな難しい話は直接一審被告Y1にしてくれと言って責任を回避したというのに,当審証言ではこれを否定し,一審被告Y2は,おとなしく話を聞いて確認すると言ったと証言する。これでは一審被告Y2の対応が全く異なることになり,単なる記憶違い等とは考えられない。
その他,M供述は,上記陳述書と供述調書及び当審証言との間に看過しがたい差異が認められ,その点に関する当審証言も場当たり的で不合理である。また,そのような供述間の食い違いは別にしても,内容的にもM供述には不自然な点が多い。
まず,各供述に共通するのは,一審被告Y1に早く報告したいと考えて各取締役らに話をしに行ったというのであるが,Mは一審被告Y1とは面識があり,直接会いに行くこともできる立場であったのであるから,同人に会おうとする目的が何であれ,同人に伝えるためには直接話をすれば足りるのであって,直接ミスタードーナツを担当しているわけでもない一審被告Y9,同Y8を通して,同Y1に話を伝えようと意図したなどということ自体が不自然である。
さらに,供述調書では,一審被告Y1が,Mの話を受けてA及びBに確認したところ,Aらが事実関係を認めたので,Mが廃棄処分をしないと駄目ですねと言ったところ,一審被告Y1が,このまま続けて売る,この話は墓場まで持って行けと述べたというのである。しかし,Mが一審被告Y1に話をしに行った平成13年2月の時点では,既にTBHQが混入した「大肉まん」の販売が終了していたことは前提事実として示したとおりであるから,廃棄処分をしなければだめだとか,いや続けて売るというような話が出たというのは,明らかに事実経過に反するものである。一審被告Y1が墓場まで持って行けという指示をしたとの点は,当審証言及び陳述書でも同様であるが,明らかに社外の人物であり,さほど信頼できる関係にもないMの面前で,一審被告Y1とA・Bが3人だけの秘密にして墓場まで持っていこうと話すということ自体,著しく不自然であることは明らかである。なお,Y1が3人で墓場まで持っていこうと話したという点は後に検討するA供述でも同様であるが,Aは,Y1からそう言われた帰路には,一審被告Y2と一審被告Y4に話をしに行ったというのであるから,矛盾しており,同様に措信できないのである。
オ 以上の次第で,M供述は,信頼性が低く,他の証拠と一致している限りでしか採用できないものといわざるを得ず,他に,一審被告Y9及び一審被告Y8が平成12年12月中旬ころMから事実を知らされたことを裏付ける証拠は全くない。したがって,同事実は認められない。
(5)  一審被告Y10について
一審被告Y10は,本件混入や本件支払の事実を知ったのは,平成13年7月12日ころであると主張する。
しかし,一審被告Y10は,Bに依頼されて,平成12年12月13日付のZとの間の業務委託契約に関する稟議決裁書(乙ウ7)を起案している。同業務委託契約は,Zに対する口止めの趣旨をも含めて3300万円を支払う根拠となっているのであるから,一審被告Y10もこの時点でBからある程度の事情を聞かされていることが考えられる。また,平成13年6月ころY1に提出されたAの弁明書(甲115の添付文書)には,Aが本件混入が判明した当時それをY1に報告することを控えた理由の1つとして,役員会に報告すると他に知られるので,私,B,Y10,Gに止めた旨の記載がある。これらからすると,一審被告Y10は,かなり早くに本件混入や本件販売継続の事実を知ったことがうかがわれなくはない。しかし,他に,このことや,一審被告Y10が実際にどこまでの事実を知ったのかを証するに足る的確な証拠はない。
そうすると,一審被告Y10が本件混入や本件販売継続等の事情を具体的に知ったのは,同人が自認する平成13年7月中旬以降のことであると認めるしかない。
(6)  一審被告Y4について
一審被告Y4は,本件混入や本件支払の事実を知ったのは,平成13年7月18日ころ,一審被告Y7からBが本件混入の件で金を脅されているらしいと一審被告Y10から相談されたと知らされてからであると主張し,その旨証言する。
しかし,一審被告Y4は,平成12年6月からは総務本部担当の常務取締役であり,同人に対しては,Aが,平成13年2月8日に一審被告Y1に呼ばれて説明をした帰りに,Y1に話した内容を報告したと証言し,Bも,Aが総務担当のY4に報告しに行くと言っていた旨を証言する。また,一審被告Y1も,その陳述書(乙ア1)で,平成13年2月22日にAらから説明を受けた後,当日か翌日に,一審被告Y4に対して,Mが来て「大肉まん」に未認可添加物が混入していたとの話があってA・Bを呼んで確認したことを告げたが,一審被告Y4は初耳のようだった,また,平成13年5月21日ころ,三和紙器のN社長から聞いたことを伝えて調査するように言い,同月末ころ,一審被告Y4から,N社長からBが借りた金はZに渡っていることを確認したと報告を受けたと陳述している。一審被告Y11の陳述書(乙オ1)も,そのころ一審被告Y1から調査をするように言ってあると聞いたという。
もっとも,A供述は,同人が,平成13年11月29日の取締役会の決議により月額報酬320万円の顧問契約を解約され,ダスキン相手に訴訟(乙ア5の1)を提起しており,また本件について自分たちだけが責任をとらされ賠償責任を負わされたことから,ダスキン及びダスキン経営陣に悪感情をもち,一審被告Y1を恨んでいることを明言しているところであり,その供述の信憑性については慎重な検討を要する。そしてA供述のうち,例えば,平成13年2月8日に呼ばれた時点で,ハチバンにペナルティを課したいと述べたところ一審被告Y1から必要な金はダスキンで持てと指示されたとか,最後にY1からこのことは3人で墓場まで持って行こうと言われたなどという点は,時期的,内容的にも不自然で,B供述とも相違,矛盾している。また,乙イ5の陳述書の,年も明けダスキンに対する公正取引委員会の調査も一段落したので自分の方からY1に経過報告に行ったかのような記載などは,自らの証言とも矛盾している。その他,その内容等をみると,A供述も,先のM供述同様,他の証拠と一致する限度でしか採用できないものというしかない。
他方,一審被告Y1の前掲の陳述については,内容も具体的であり特にこれを疑わせる事情もなく,社長である一審被告Y1がその知り得た内容を総務担当常務の一審被告Y4に伝えたり調査を託すということは,むしろ自然の流れであるといえる。
そうすると,一審被告Y4は,平成13年2月ころには,一審被告Y1の話から,本件混入などの事実を一応知ったとは考えられる。しかし,具体的にどの様な内容の事実までを知らされたかを証するに足る的確な証拠はない。また,同人は,社長である一審被告Y1が処理している,あるいは既に処理した案件について知らされるなどしたに過ぎないのであって,取締役として自ら善管注意義務を負わなければならないような事実関係としてどの程度の事実を認識し,また認識し得たのかは,本件証拠上明らかでないといわざるを得ない。
したがって,一審被告Y4が本件混入や本件販売継続,さらには本件支払等の事実を具体的に知ったのは,次に検討するその他の一審被告らと同様,平成13年7月中旬以降のことであると認めるのが相当である。
(7)  その他の取締役について
一審被告Y3,一審被告Y5,一審被告Y6,一審被告Y7,一審被告Y11は,本件混入や本件販売継続あるいは本件支払等の事実を知ったのは,平成13年7月中旬以降から10月ころのことであると主張する。そして,同一審被告らがその自認する時期以前に,上記事実を知ったことを証する的確な証拠はない。そうすると,同一審被告らが上記事実を具体的に知ったのは,平成13年7月中旬以降のことであると認めるしかない。そして,先に論じた一審被告Y8,一審被告Y9,一審被告Y10,及び一審被告Y4についても,上記他の一審被告らと同じく,平成13年7月中旬以降にこれを知ったとみるほかはない。
8  争点(6)(一審被告らが本件販売等を認識した後の対応,当該事実を公表するなどしなかったことなどについて,一審被告らに善管注意義務違反等が認められるか)について
(1)  食品の安全性の確保は,食品会社に課せられた最も重要で基本的な社会的な責任である。したがって,食品会社は,安全性に問題のある食品が製造,販売されないように予め万全の体制を整えると共に,万一安全性に疑問のある食品を販売したことが判明した場合には,直ちにこれを回収するなどの措置を講じて,消費者の健康に障害が生じないようにあらゆる手だてを尽くす責任があることはいうまでもない。また,食品の安全性についての判断は,科学的な知見に基づいて的確になされることはもとより,食品衛生法及びその他の法令通達等の基準に従ってなされるべきであることも当然のことである。そして,第2の4の前提事実の項で認定判断したとおり,TBHQは未認可食品添加物であり,これが混入した「大肉まん」の製造,販売は食品衛生法に違反し,人の健康を損なうおそれのある違法行為に該当する。したがって,これの混入が判明した時点で,ダスキンは直ちにその販売を中止し在庫を廃棄すると共に,その事実を消費者に公表するなどして販売済みの商品の回収に努めるべき社会的な責任があったことも明らかである。これを怠るならば,厳しい社会的な非難を受けると共に消費者の信用を失い,経営上の困難を招来する結果となるおそれが強い。
(2)  もっとも,「大肉まん」はミスタードーナツでは元来は蒸した状態で販売される商品であり,販売後長期間消費者の手元で保管される可能性は少ないと考えられる。そして,Bによると,本件販売継続により平成12年12月20日ころまでにはTBHQが混入した「大肉まん」の販売は完了していたというのであるから,その限りでは,一審被告Y2が本件混入や本件販売継続の事実を知った同月29日の時点では,もはやその回収の可能性は少なかったとも考えられる。
しかし,一審被告Y2は,その時点で,実際にTBHQ混入の「大肉まん」がいつ販売され在庫が残っていないかどうかなどを正確に調査した上で販売中止や回収等の対応策の要否を検討した訳ではない。Bらは混入を知った後にも販売店の混乱等を回避するため違法に販売を継続させていたというもので,事柄の重大性の認識に全く欠けていることが明らかなのであるから,ダスキンとしてはその報告だけで販売中止の必要性や回収の可能性がないなどと速断することは許されない。また,仮に同月20日ころまでにTBHQ混入「大肉まん」の販売が完了していたとしても,回収の可能性が全くなかったとまではいえない。
そうすると,一審被告Y2が本件混入や本件販売継続の事実を知りながら,事実関係をさらに確認すると共に,これを直ちに社長である一審被告Y1に報告し,事実調査の上で販売中止等の措置や消費者に公表するなどして回収の手だてを尽くすことの要否などを検討しなかったことについて,取締役としての善管注意義務の懈怠があったことは明らかである。なお,一審被告Y2は当時ダスキンのクリーニング事業部門を担当する専務取締役であり,本件問題はフードサービス事業グループにかかわる問題ではあったが,食品販売事業がダスキンの事業の重要な一環であることや,本件問題の重大性にもかかわらずフードサービス事業部門の最高責任者自身が違法行為にかかわっている事案であることなどを考慮すると,事業部門を異にすることや前記のようなカンパニー制の存在等により,一審被告Y2が上記のような善管注意義務を免れるものではない。また,一審被告Y2は,仮に同被告がこれを一審被告Y1に報告したとしても,一審被告Y1はAらから事情を聞くだけで十分な調査をしないか隠ぺいを指示するだけで公表等には至らなかったであろうとも主張するが,仮にそのような事態が予想されたとしても,一審被告Y2自身の上記のような善管注意義務自体が免除されるわけではないことはいうまでもない。
(3)  次に,一審被告Y1について検討する。一審被告Y1が本件混入及び販売継続及びZへの業務委託契約等を知ったのは平成13年2月8日(同人によると2月22日)であり,その時点では既にTBHQ混入「大肉まん」の販売中止や回収は現実的には問題にならなかったといえる。しかし,一審被告Y1は食品販売事業をその事業の一環とするダスキンの代表取締役社長である。前年末に本件混入や,混入を知りながらあえてその販売を継続するという食品販売事業者としては極めて重大な法令違反行為が行われていた事実が判明した以上は,その実態と全貌を調査して原因を究明し再発防止のために必要な措置を講ずることはもとより,直ちに,担当者によって取られた対応策の内容を再点検して,食品衛生法違反の重大な違法行為により食品販売事業者が受けるおそれのある致命的な信用失墜と損失を回避するための措置を講じなければならない。その中で,マスコミ等への公表や,監督官庁への事後的な届出の要否等も当然検討されるべきである。
しかし,前記認定のとおり,一審被告Y1は,違法な販売継続行為をあえて行った当の責任者であるAやBから,社外の人間であるMが同席している場で事情説明を受けただけで,特段の指示をすることもなく,AやBが取った対応策を事実上了承し,そのことを一審被告Y4に伝えただけで,それ以上何らの措置を講じていない。説明を行ったB自身が,このときの説明は不十分なもので,これにより一審被告Y1が全容を把握できたというレベルのものではないと証言していることは前示のとおりである。しかも,一審被告Y1は,Zとの間で業務委託契約が締結され3300万円が支払われていることを把握しながら,それが口封じのためにZを事業に巻き込む方策であり,実際には6300万円を脅し取られたというに近い実態にあることを,同年5月にBが取引先から3000万円を個人的に借りてZに支払っていることを知らされて気づくまで,知ろうとしていない。そして,このときも,3000万円はBが個人的に負担するものではなくダスキンが負担するのが相当だとして措置したにとどまる。
仮に平成13年2月の段階で,一審被告Y1が,未承認添加物であるTBHQ混入を知りながら「大肉まん」の販売を継続したということの持つ対消費者との関係における重大性を看過せずに,ダスキンのコンプライアンス部門をして事実関係を徹底的に調査し,早期に適切な対応を取っていたとしたら,その後,ダスキンが消費者やフランチャイジーからの信頼を決定的に失うという最悪の事態は,相当程度回避できたものと考えられる。そのような措置を怠り,AやBが取った措置を,その違法性を知りながら了承し,隠ぺいを事実上黙認したこと,及び,公表の要否等を含め損害回避に向けた対応策を積極的に検討することを怠ったことにおいて,一審被告Y1の代表取締役社長としての善管注意義務の違反は明らかである。
以上に対し,一審被告Y1は,当時同人が知らされたのはTBHQ混入のうわさがあるということだけで,TBHQが検出されなかった旨の公的機関の証明書や業務委託契約書及びその稟議書などを示され,今後は心配ない旨の説明を信じたもので善管注意義務違反はないと主張する。しかし,一審被告Y1が本件混入及び販売継続の事実を認識したと認められることは先に認定したとおりである。3人で墓場まで持っていこうと積極的に隠ぺい工作を指示したとまでは認められないにしても,TBHQ混入を知りながら販売を継続した当の責任者であるA及びBの責任を問うこともなく,その措置を了承し,事実調査を避けたものであり,それが客観的には隠ぺいを事実上黙認したことに当たると評価されるのは,やむを得ないところである。そして,この時点で,公表の要否等を含め企業としての損害回避ないし軽減に向けた事後措置を積極的に検討しておく必要があったことも明らかであるから,一審被告Y1の上記主張は採用できない。
(4)  その他の取締役の責任について検討する。
一審被告Y2及び一審被告Y1以外の一審被告ら(本項において「その他の取締役ら」という。)が本件混入及び販売継続及びZとの業務委託契約の実態やそれが隠ぺい工作に当たることなどを具体的に知ったのは,その時期や内容等に差はあるが,結局のところは,一審被告Y7らによるBやGらからの事情聴取がなされた平成13年7月中旬以降のことというべきであることは,先に認定判断したとおりである。そして,その後,「3 事実経過について」で認定したとおり,同年9月18日に一審被告Y11を委員長としてMD調査委員会が設けられて事実関係の調査がなされ,同年11月6日までに調査報告書がまとめられた。この調査の目的は,主として担当者の処分と今後の方針についての検討にあり,委員会の所見は,本件販売及び本件支払についてA及びBに善管注意義務違反があり処分を要する,Zについても速やかに取引関係の解消を目指すこと,情報の開示については,性質上慎重を期する必要があり,その時期,方法,内容について十分な留意を要することなどであった。これを受けて,一審被告Y1退陣後代表取締役社長に就任していた一審被告Y2らを含む主要な役員の間で今後の方針の協議がなされ,本件混入及び本件販売継続や本件支払の経緯等については自ら積極的には公表しない旨の方針決定がなされ,同年11月29日の取締役会においては,そのことを前提として,Bの取締役辞任の受理,Aとの顧問契約の解約,Zとの契約解消等の方針決定がなされた。この自ら積極的には公表しないとの方針については,同取締役会において明示的な決議がなされたわけではないが,当然の前提として了解されていたのであるから,取締役会に出席した上記その他の取締役らもこの点について取締役としての善管注意義務違反の責任を免れない。
(5)  そこで,以下,取締役の善管注意義務との関係で,この自ら積極的には公表しないとの方針の当否について検討する。
ア ダスキンが上記のような方針をとるに至った経緯やその理由は,概ね「6 争点に対する当事者の主張」の「(6) 争点(6)について」の「③ 一審被告Y1を除くその余の一審被告らの主張」のオ(イ)で主張されたとおりであると認められる。要するに,TBHQ混入の「大肉まん」による実際の健康被害は考えられず,商品回収や官庁届出も今となっては不可能であり,他方,公表すれば消費者からの非難は免れず,食品販売事業を営む企業としての信頼を損ねることが明らかであるところから,最高経営顧問の意見も参考にした上で,経営判断として,自ら積極的には公表しないとの方針を決定したというものである。そして,一審被告らの立場に立てば,当時それは適切にして合理的な判断の1つであったから,いわゆる経営判断の原則に照らし,善管注意義務違反には当たらないと主張するのである。
イ しかし,それは,本件混入や本件販売継続等の事実が最後まで社会に知られないで済んだ場合の話である。いわば知られないで済む可能性に賭けたともいえる。
ところが,そのような決定がなされた当時,本件混入や本件販売継続等の事実が,いずれは,公になるであろうことは十分予想されていた。現に,一審被告Y2,一審被告Y4及び一審被告Y7は,いずれも,当審本人尋問において,Zとの取引を切ることによって,Zあるいは○○社から,本件混入や本件販売継続の話がマスコミに流される危険があることを認識していたことを認めている。その上で,仮にそうなったとしても,予めきちんと説明できるように準備しておいて丁寧に説明すれば分かってもらえる話であると考えた,事前に公表してもマスコミから取材を受けた段階で説明しても結果は一緒であるというのである(当審での一審被告Y4)。一審被告Y7も,混入を知った後の販売継続や6300万円の口止め料支払いといった事実関係なので,騒ぎになるのは分かっており,それを自分らで引き金を引くのはリスクが高いと判断して,公表しないのもやむを得ないと考えたというのである(一審被告Y7)。
ウ 一方,Bは,○○社との契約を切るとなるとZは必ず本件混入等の事実をマスコミに流し,それによってダスキンが大きな打撃を受けることになる,その対策をどう考えているのかと進言し,公表された場合の危険性を伝えていたが,一審被告Y4は,それは何とでもなる,大した問題ではないといって相手にしなかった(甲123,証人B)。そして,MD調査委員会及び一審被告らは,Bらの進言を採用せず,Zとの契約が違法になされたものであることを強調してこれを早急に解消する方針を採用した。それ自体は企業として正しい選択であるとしても,同時に,Z側からマスコミへ情報が提供された場合にダスキンが受けるおそれのある打撃の重大さや,それへの積極的な対応策の可能性の検討を併せて行っておく必要があったのに,一審被告Y2らは,その必要性を軽視したまま「自ら積極的には公表しない」というあいまいな決定で,事態を成り行きに任せることにしたものである。
ちなみに,この関係で注目されるのは,MD調査委員会の中間報告をみた社外取締役の青柳紀(株式会社ヨコハマフーズ社長)が,平成13年10月28日付けで,当時ダスキン代表取締役社長であった一審被告Y2宛に提出した詳細な提言書(乙ア13)である。同提言書で,青柳紀は,これはミスタードーナツ最大の危機である,Z某及びMの行動はヤクザの恐喝である,ヤクザの常套手段で,一度金を出したらとことん食らいついてくると考えるのが妥当である,ミスタードーナツに禁止されている不純添加物という文章がマスコミまたは怪文書として巷に流れたら,その影響は計り知れない,まずやらなくてはならないことは彼らの先手を打ってマスコミに不安のないこと(厚生労働省の検査結果等)を公表しなくてはいけない,彼らに先に流布されたら,こちらの説明の前にお客さんは逃げる,大部分の客は言い訳と理解してしまう,何はともあれ,ミスタードーナツのブランドに傷が付かないように最大の防御をすることが第一だ,速やかに方針を決めなければならず,社長の力強いリーダーシップを切望するなどと,詳細に記載して書面により緊急提言をした(乙ア13,同8の2)。同緊急提言は社長辞任後もダスキンの実力者であり続けた一審被告Y1のもとにも届けられた。
しかし,この提言等が取り上げられることはないままに,前記のとおり「自ら積極的には公表しない」というあいまいな方針が採用されたのである。このような経緯と状況をもあわせて考えると,「自ら積極的には公表しない」ということは「消極的に隠ぺいする」という方針と言い換えることもできるのである。現に,前記のとおり,一審被告Y4は自ら公表することはリスクが高すぎると供述しているのであって,つまりは,公表した後に予想される社会的な非難の大きさにかんがみ,隠せる限りは隠そうということにしたもので,現に予想されたマスコミ等への漏洩や,その場合に受けるであろうより重大で致命的な損害の可能性や,それを回避し最小限度に止める方策等についてはきちんと検討しないままに,事態を成り行きに任せることにしたのである。それは,経営者としての自らの責任を回避して問題を先送りしたに過ぎないというしかない。
エ  以上のとおり,一審被告らは,本件混入や本件販売継続の事実がZ側からマスコミに流される危険を十分認識しながら,それには目をつぶって,あえて,「自ら積極的には公表しない」というあいまいな対応を決めたのである。そして,これを経営判断の問題であると主張する。
しかしながら,それは,本件混入や販売継続及び隠ぺいのような重大な問題を起こしてしまった食品販売会社の消費者及びマスコミへの危機対応として,到底合理的なものとはいえない。
すなわち,現代の風潮として,消費者は食品の安全性については極めて敏感であり,企業に対して厳しい安全性確保の措置を求めている。未認可添加物が混入した違法な食品を,それと知りながら継続して販売したなどということになると,その食品添加物が実際に健康被害をもたらすおそれがあるのかどうかにかかわらず,違法性を知りながら販売を継続したという事実だけで,当該食品販売会社の信頼性は大きく損なわれることになる。ましてや,その事実を隠ぺいしたなどということになると,その点について更に厳しい非難を受けることになるのは目に見えている。それに対応するには,過去になされた隠ぺいとはまさに正反対に,自ら進んで事実を公表して,既に安全対策が取られ問題が解消していることを明らかにすると共に,隠ぺいが既に過去の問題であり克服されていることを印象づけることによって,積極的に消費者の信頼を取り戻すために行動し,新たな信頼関係を構築していく途をとるしかないと考えられる。また,マスコミの姿勢や世論が,企業の不祥事や隠ぺい体質について敏感であり,少しでも不祥事を隠ぺいするとみられるようなことがあると,しばしばそのこと自体が大々的に取り上げられ,追及がエスカレートし,それにより企業の信頼が大きく傷つく結果になることが過去の事例に照らしても明らかである。ましてや,本件のように6300万円もの不明朗な資金の提供があり,それが積極的な隠ぺい工作であると疑われているのに,さらに消極的な隠ぺいとみられる方策を重ねることは,ことが食品の安全性にかかわるだけに,企業にとっては存亡の危機をもたらす結果につながる危険性があることが,十分に予測可能であったといわなければならない。
したがって,そのような事態を回避するために,そして,現に行われてしまった重大な違法行為によってダスキンが受ける企業としての信頼喪失の損害を最小限度に止める方策を積極的に検討することこそが,このとき経営者に求められていたことは明らかである。ところが,前記のように,一審被告らはそのための方策を取締役会で明示的に議論することもなく,「自ら積極的には公表しない」などというあいまいで,成り行き任せの方針を,手続き的にもあいまいなままに黙示的に事実上承認したのである。それは,到底,「経営判断」というに値しないものというしかない。
なお,この点について,一審被告Y2らは,上記取締役会の前日に最高経営顧問らの意見を求めたことを強調する。そして,最高経営顧問の一人は,ダスキンに大きな打撃を与える「大肉まん」事件の公表に敢えて踏み切るよう積極意見を述べることは当時とてもできなかった旨を述懐する(乙ウ93)。しかし,最高経営顧問らの意見を聴するにあたって,本件混入や販売継続の事実がいずれ公になるであろうと予測されている事情や,その場合の損害を最小限にするための方策の利害得失等が,どの程度伝えられ,判断の基礎資料として提供され,検討されたかは明らかでない(そもそも,経営陣自身においてもその点のきちんとした検討が怠られていたことは前示のとおりであるから,十分な基礎資料の提供自体が期待できない。)。もちろん前記のMD調査委員会の報告書は提供されているが,同報告書は,前記のように担当者の処分と今後の取引関係維持等についての方針の検討を主な目的とするもので(乙ウ14),消費者への対応策等の検討はなされておらず,後に,ダスキン再生委員会小委員会の報告で,食品衛生法違反の解明や責任の追及には及ばず関係者の処分に終始したと批判されているものである(甲4の3)。そして,最高経営顧問らの意見聴取の主眼自体が,この担当者の処分の点にあり,今後予想される事態を乗り切り,現に行われてしまった違法行為によってダスキンが受ける恐れのある重大な損害を最小限度に止めるための方策を積極的に検討するという点にあったとは認めらない。むしろ最高経営顧問の方から,雪印乳業事件等を念頭に,2年前のこととはいえニュース性があるので準備しておくようにとか,現在の企業においては安全でない商品を販売しただけでNOであるなどとの注意が経営陣に対してなされているのである(甲4の3,乙ウ14)。そうすると,むしろ,事柄の重大性に照らし一審被告Y2ら経営陣がマスコミや対消費者の反応をも念頭に置いて一層慎重にことに当たり善管注意義務を尽くすよう促されているともいえるのであって,その場で最高経営顧問の方から積極的な公表の意見が具体的に出されなかったからといって,一審被告Y2らが取締役として負っている前記のような具体的な善管注意義務が軽減されることにはならないといわざるを得ない。また,それにより「自ら積極的には公表しない」という方針が是認されるというわけでもない。
オ したがって,一審被告Y7を除く取締役であった一審被告らに「自ら積極的には公表しない」という方針を採用し,消費者やマスコミの反応をも視野に入れた上での積極的な損害回避の方策の検討を怠った点において,善管注意義務違反のあることは明らかである。また,監査役であった一審被告Y7も,自ら上記方策の検討に参加しながら,以上のような取締役らの明らかな任務懈怠に対する監査を怠った点において,善管注意義務違反があることは明らかである。
(6)  まとめ
以上の次第で,一審被告Y7を除く一審被告らには,取締役としての善管注意義務の違反が認められ,一審Y7についても監査役としての善管注意義務違反が認められる。
9  争点(9)(一審被告らが本件販売等を認識した後,当該事実を公表するなどしなかったことと本件出捐等の因果関係)について
(1)  平成14年5月に本件混入等について厚生労働省に通報があり,同月15日,保健所の立ち入り調査がなされ,行政処分がなされたこと,同月21日,本件販売等の事実やダスキンが事実を知りながら隠ぺいしてきた疑いがあることなどが大きく新聞報道されたこと,ダスキンが第41期決算において合計105億6100万円の本件出捐を計上していることやその内訳及び6300万円の本件支払等の事実は,「第2 事案の概要」の「4 前提事実」及び「第3 当裁判所の判断」の「3 事実経過について」で認定判断してきたとおりである。
(2)  そこで,本件支払及び本件出捐と一審被告らの善管注意義務違反との間の相当因果関係について検討する。
ア 本件支払は,平成12年12月15日までに合計3300万円が支払われ,翌平成13年1月18日残り3000万円が支払われている。したがって,一審被告Y2が本件混入等の事実を知った平成12年12月29日の時点では既に3300万円の支払いが済んでいたが,仮に,同一審被告が直ちに問題を一審被告Y1に伝えて速やかに適切な措置が執られていたとすれば,口止め料としての後の3000万円の支払はなされなかったものと推認される。この点について,一審被告Y2は,前述のように,仮に一審被告Y1に事実を伝えたとしても,同じように不十分な調査と隠ぺい工作の承認がされるだけであったと主張するが,一審被告Y2は当時一審被告Y1に次ぐ重要幹部であり,同人から口止め料の支払いに疑義が呈され,食品販売事業者としての社会的な責務に沿った適切な対処方策が提案された場合に,一審被告Y1が安易にAやBの方針を了承し,口止め料としての3000万円の追加支出を承認するとはにわかに考えがたい。一審被告Y2の上記主張は採用できず,一審被告Y2の善管注意義務違反と本件支払中3000万円の支払いとの間には因果関係が認められる。
もっとも,一審被告Y2以外の一審被告らに関しては,その知情の時期等に照らして,それぞれの善管注意義務違反と本件支払との間に因果関係は認められない。
イ 次に,本件出捐105億6100万円は,決算書や取締役会議事録に計上された種々の内訳の支出(詳細は第3の3(10))の合計額であって,①ミスタードーナツ加盟店営業補償57億5200万円,②キャンペーン関連費用20億1600万円,③優待券回収及びクリーンサービス事業対策費用,サービスマスター事業及びメリーメイド事業営業支援費用等17億6300万円,④新聞掲載・信頼回復費用6億8400万円及び飲茶メニュー変更関連費用3億4600万円等というだけで,その個々の支出について個別にその支出の具体的な必要性や相当性について検討するに足る的確な証拠はない。
他方,ダスキン再生委員会小委員会の報告書(甲4の3)によれば,ダスキンは,平成12年7月に大手フランチャイジーのダイオーズがダスキンから離れたのに対し,対抗して取った営業政策が,同年8月に公正取引委員会から不公正な取引方法であるとして警告を受け,継続的に問題となっていたこと,その後,平成13年になってダスキンの取り扱っていた浄水器の異臭(回収6万個),ダスキン消火器の液漏れ(対象17万5000台),掃除機のコードのショート(対象14万3817台)などの不良品によるクレームが相次いで発生し,大規模な交換等の対策を余儀なくされていたこと,また,平成13年5月30日には全国ダスキンFC加盟店協議会がダスキン全国フランチャイズチェーン会から脱退するなど,それまでダスキンの実力者として君臨してきた一審被告Y1に対する反発が強まった結果,一審被告Y1は同年6月までに取締役等を辞任するなど,フランチャイズ事業全体について問題が噴出し,「ダスキンの崩壊」なる書籍が出版されたりしていた。加盟店に対する上記のような極めて多額の費用の支出や損失補填が,これらの状況と無関係であったとは到底考えられない。一審被告Y1も,106億円という出捐は,ダスキンが営業政策上もしくは社会儀礼上任意に支払った金員も含まれており,出捐自体から損害との関係での相当性が認められるというものではないと主張しているところである。
また,後記のマスコミの報道においては,企業トップのY1元社長が墓場まで持って行けと積極的な隠ぺいを指示したという点が大きく取り上げられており,その点がダスキンの信用失墜を更に決定的なものにしたと推認される。しかし,前記のように,本件証拠上一審被告Y1がそのような積極的な隠ぺい指示をしたとは認められず,また,そのような誤った報道がされると予測できたとも認められないから,この点の報道による信用失墜が,一審被告らの前記のような善管注意義務違反と相当因果関係にあるとは直ちにいい難く,この点についてまで一審被告らが賠償責任を負うとするのは相当でない。
ウ さらに,仮に一審被告らの善管注意義務の懈怠がなく,隠ぺい疑惑等による消費者からの信頼喪失を回避するために積極的に事実の公表が早期になされていた場合に,一体どれほどの損害が回避され最小限度のものに止められていたかを判断することも,容易ではない。
平成14年5月,6月当時の新聞報道(甲9ないし25,87ないし101・枝番を含む。)などでは,本件混入自体よりも販売の継続や本件支払の事実及び公表が遅れ隠ぺいされたことなどがダスキンへの批判の中心になっている。また,製品回収にからむものではあるが,国民生活センターの実態調査(甲69)によると,早期の製品回収によりその企業やブランドに対する信頼がかえって高まるという回答が半数近くある。その他,いわゆるクライシスマネージメントにおいて,公表を回避することによる不利益が強調され,早期公表・説明の重要性が説かれていることや,それを実証するような具体的なケースが多数存在することは明らかである。
そうすると,仮に積極的な事実の公表が周到な準備のもとになされた場合には,現実に生じた損害のうち相当程度のものが回避し得た可能性があったものと推認することができる。
具体的に本件についていえば,仮に代表取締役社長である一審被告Y1が本件混入等の事実を確認し得た平成13年2月ころあるいはそれに近い時期に,ダスキンが再発防止対策を講じた上で本件を自ら公表する場合であれば,①TBHQが「大肉まん」に混入していたこと,②それが分かった後にも担当役員の判断で数週間在庫品の販売を継続したこと,③混入量は微量なため公的機関の検査の結果では検出されなかったこと,④諸外国では安全性が認められ広く認可されている食品添加物であり,健康被害の心配はないこと,⑤対策は混入判明当時直ちに取られ,その後の商品にはTBHQ混入のおそれは全くないこと,⑥ただし,社内体制の不備により取引業者から指摘されるまで会社として事柄を把握できず公表が遅れたこと,⑦そのことにつき関係者の厳重な処分を行うなど遅ればせながら再発防止の体制を整えたこと程度の事実の発表で済む可能性があり,その当否はともかく,一部役員が6300万円もの巨額の口止め料を払って隠ぺいを図ったことには(直接消費者の利害に関わらないこととして)触れないままで済んだ可能性も考えられる。そして,その6300万円は,一応は,TBHQの混入のない商品を速やかに供給するための事業経費という形で支払われているのであるから,それをZやMの側で,自ら,口止め料として受領したものであるとか,世間に知れたら大変なことになるぞとダスキンを脅して受け取った金であるなどと,マスコミに進んで公表することなど常識的には考えられないことである。もともとダスキン自身もこの6300万円を取り戻すことまでは考えていなかったのであるから,問題はそのまま収束に向かう可能性があったものと考えられるのである。そうだとすると,ダスキンが巨額の口止め料を払って会社ぐるみで隠ぺいを図ったとして社会の信頼を決定的に失うことだけは,なお回避できた可能性があったというべきである。
また,仮に,平成13年11月の時点,すなわち関係者の処分等の検討を主眼として6300万円が口止め料として違法に支払われたことを自ら強調しているMD調査委員会の報告書が提出された時点で公表をするとすれば,既にそのような報告書がある以上,6300万円の支払いによる隠ぺい工作の点の公表を避けて通ることはできないとしても,未だ一事業部ないし役員個人の暴走にとどまると弁明して,ダスキン全体が消費者の信頼を決定的に失うことだけは回避できた余地がなかったとはいえない。
そして,周到な再発防止体制が予め構築され,自浄能力が認められたならば,販売等禁止の行政処分などは回避された余地がある。
このようにみると,一審被告Y2及び一審被告Y1の善管注意義務違反,さらには,その後の「自ら積極的には公表しない」というあいまいで消極的な方針が,保健所の立ち入り検査後にマスコミ各社の取材を受ける形で急遽公表を迫られ,それにより上記のような大々的な疑惑報道がなされるという最悪の事態を招く結果につながったことは否定できない。したがって,一審被告Y1及び一審被告Y2と,その他の一審被告らは,事実を知った時期及び地位などに照らしその割合を異にするとはいえ,いずれもその善管注意義務違反により損害が拡大したことに責任を負うべきである。
エ もっとも,本件混入を知りながらそれを隠して「大肉まん」の販売を継続し,Zに対して6300万円を口止め料の趣旨を含めて支払い,尋ねられるまで本件混入や販売継続の事実を一審被告Y1に報告しなかったのはA及びBである。その誤りが本件損害をもたらした根本的で最大の要因である。仮に如何に早期に事実を公表したとしても,このような食品衛生法を無視した重大な違法行為と悪質な隠ぺい工作が,フードサービス事業グループ及びMDFC事業本部の各最高責任者たる取締役らによって行われたという事実がある以上,そのこと自体によって消費者のダスキン全体に対する信頼は著しく失墜してしまうことは避けられない。一審被告らにできたことは,その損害の拡大を防止し信頼を回復するという2次的な対応にとどまる。(なお,この点についてRの陳述書(甲77,84)や「大肉まん事件アンケート,聞き取り調査」についての分析(甲116)等の証拠があり,事実関係の速やかなる公表がなされなかったことがむしろ損害発生の主要な原因であるかのような指摘がなされている。しかし,社長である一審被告Y1自身が墓場まで持って行けと隠ぺいを指示したなど,前記のように本件証拠によっては認められない事実関係を前提としたマスコミによる大々的な報道や加盟店経営者らの経営陣に対する不信がそれらの反応の背景になっているものと推認されるから,上記のような判断を直ちに左右するに足るものではない。)
さらに,イで検討したように,上記105億6100万円のうちには,飲茶メニュー変更関連費用中の「大肉まん」在庫品廃棄費用のように本件販売継続や公表遅滞による販売等の禁止処分との因果関係が明確なものもあるが,その多くは,費目により因果関係の濃淡は様々であり,イでみたように主には他の要因によって出捐の必要性が生じたのではないかと疑われるものも少なくない。個別的な検討は不可能であるが,総額105億余円全体にならして因果関係の程度をいうとすれば,その割合はかなり低いとの心証を禁じがたい。また,前記のとおり本件証拠上認められない事実に関する報道による影響も大きく,これについてまで一審被告らに責任を負わせることは相当でない。
以上のような諸点及び本件証拠上認められる諸般の事情を総合して検討するならば,本件証拠上,一審被告らの善管注意義務違反と相当因果関係にある損害は,上記出捐額との関係ではかなり控えめにこれを算定するのが相当である。
(3)  以上の次第で,一審被告らの善管注意義務違反と因果関係が認められる損害は,次のとおりであると認めるのが相当である。
ア 一審被告Y1  本件出捐105億6100万円の5パーセントにあたる5億2805万円
イ 一審被告Y2  本件出捐105億6100万円の5パーセントにあたる5億2805万円と本件支払中3000万円の合計額5億5805万円
ウ その他の一審被告ら  本件出捐105億6100万円の2パーセントにあたる2億1122万円
10  争点8(一審被告Y1に関する仮定的な主張)について
一審被告Y1については主たる主張に基づく責任が認められるから,争点8については判断の要がない。
11  争点9(皇宮への責任追及を怠ったことについての善管注意義務違反)について
一審原告は当審における新たな主張として,一審被告らが主張するように皇宮等に商品の安全性確保についての調査・検査義務等を委ねることが許されるとすれば,「大肉まん」への未認可添加物混入が看過されて本件販売が行われたのは,皇宮の指導・監督義務の違反に基づくものであるから,ダスキンは皇宮に対し損害賠償請求等の責任追及をすべきであり,これを怠ったことは一審被告らの善管注意義務違反に当たる旨を主張する(訴訟物の追加的変更とはみない。)。
しかし,この主張は,一審原告も認めるとおり,当審において初めて主張されたものであって,株主代表訴訟における提訴請求前置の意義及び民事訴訟法の時機に後れた攻撃防御方法の提出の禁止のいずれの趣旨からしても,到底許されないものというべきである。
したがって,同主張については判断しない。
12  結論
以上の次第で,一審原告の本件請求は,次の範囲で理由があり認容すべきであるが,その余の請求は理由がないから棄却すべきである。
ア  一審被告Y1について,5億2805万円(他の一審被告らと連帯)及びこれに対する平成16年2月21日(請求の趣旨拡張申立書送達の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
イ  一審被告Y2について,5億5805万円(内金5億2805万円は他の一審被告らと連帯)及びこれに対する平成16年2月24日(前同)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
ウ  一審被告Y1及び一審被告Y2を除くその余の各一審被告らについて,2億1122万円(他の一審被告らと連帯)及び各金員に対する平成16年2月24日(前同)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
したがって,以上と異なる原判決を変更し,一審被告Y2の控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・小田耕治,裁判官・富川照雄裁判官・横山巌は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官・小田耕治)

別紙  在任期間・役職等〈省略〉
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