「営業アウトソーシング」に関する裁判例(80)平成23年 1月27日 東京地裁 平21(ワ)13841号 損害賠償請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(80)平成23年 1月27日 東京地裁 平21(ワ)13841号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成23年 1月27日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)13841号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2011WLJPCA01278028
要旨
◆被告代表者C(芸名)のディナーショー(福岡、名古屋及び東京の各公演)を主催した原告が、福岡公演が終了した後に、被告との間でこれらの公演によって赤字が生じた場合には原告と被告が折半して負担する旨を合意したと主張し、かかる損害補填合意に基づき、原告に生じた赤字額の2分の1の金員の支払を求めた事案において、原告と被告との間の本件イベント合意によれば、本件イベントに関する費用負担はその主催者である原告が負担すべきものと明確に合意がされており、本件イベントによって原告に生じた赤字部分の半分を被告が負担するとの本件損失補填合意がされたものとは認めがたいとして請求を棄却した事例
◆福岡公演が終了した時点で、被告は、原告に対して信義則上の義務(情報提供義務、説明義務、損害拡大防止義務)を負い、同日以降に本件イベントを継続したことによって生じた原告の損失について損害賠償義務を負うとの原告の主張については、本件イベント合意によれば、本件イベントのチケット売上が予定枚数に達しないために、本件イベントを継続することによる損害の拡大が予想されたからといって、原告は、こうした事由に基づいて本件イベント合意を解除することは認められていないものと解されるから、原告が主張するような信義則上の付随義務(情報提供義務及び説明義務)を被告が負っていたとは直ちに認めがたいなどとして、かかる原告の請求を棄却した事例
参照条文
民法415条
裁判年月日 平成23年 1月27日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)13841号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2011WLJPCA01278028
東京都渋谷区〈以下省略〉
原告 株式会社ヒューストンコーポレーション
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 並木政一
同 笹川麻利恵
同訴訟復代理人弁護士 大瀧靖峰
埼玉県所沢市〈以下省略〉
被告 株式会社鳳映希獲
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 堀口昌孝
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,593万4658円及びこれに対する平成20年12月27日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,C(被告代表者)のディナーショー(福岡,名古屋及び東京の各公演)を主催した原告が,福岡公演が終了した後である平成20年12月16日に,被告との間でこれらの公演によって赤字が生じた場合には原告と被告が折半して負担する旨を合意したと主張し,そうでないとしても被告は,同日時点において原告に対して信義則上の義務(情報提供義務,説明義務,損害拡大防止義務)を負ったもので,これを怠ったことによって原告に生じた損害を賠償すべき義務があると主張して,主位的には,前記損害補填合意に基づき,原告に生じた赤字額の2分の1である593万4658円及びこれに対する平成20年12月27日から支払済みに至るまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的には前記信義則上の義務違反の債務不履行ないしは不法行為による損害賠償請求権に基づき,同月16日に公演を中止していれば生じなかった損害535万3571円及びこれに対する同月27日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(証拠の記載のない事実は,当事者間に争いのない事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は,各種イベントなどの人材アウトソーシングや人材派遣,イベント施工管理などを行う株式会社である。
イ 被告は,主にCの芸名で芸能活動を行っている被告代表者の芸能活動について,企画・運営を行うプロダクション会社である。
(2) 原告は,平成20年6月ころ,被告との間で,被告代表者の芸能生活30周年記念前夜祭としてのディナーショー(以下「本件イベント」という。)を,250人規模で行うことを合意した。
(3) 原告と被告は,平成20年11月13日,本件イベントに関し,契約書(甲1。以下「本件契約書」という。)に基づいて,次の内容の合意をした(以下,「本件イベント合意」という。)。
ア 原告は,「C芸能生活30周年記念前夜祭ディナーショー」(本件イベント)を製作・主催する。
イ 本件イベントの公演日時・場所は次のとおりである。
(ア) 平成20年12月16日 福岡(西鉄グランドホテル)
(イ) 平成20年12月18日 名古屋(ヒルトンホテル)
(ウ) 平成20年12月24日 東京(浅草ビューホテル)
(以下では,これらの公演を単に「福岡公演」などと記載する。)
ウ 原告は,本件イベントを製作・主催するにあたり,会場費,設営費,機材費,宿泊費,音楽著作権費,交通費,食費,印刷費,撮影費,スタジオ使用料,宣伝費,運送費,編集費,稽古場使用料,人件費,その他の本件イベントの製作・主催にかかわる一切の費用を負担する。
エ 原告は,被告に対し,出演料として合計882万円の支払義務を負い,これを平成20年12月26日までに7回に分割して支払う。
オ 原告は,本件イベントのチケットを販売する。また,被告も本件イベントのチケットを販売することができる。なお,被告がチケットを販売した場合においては,その売上げを原告の指定する銀行口座に送金する。
原告は,被告に対し,前記エの出演料とは別に,チケット販売協力の対価として,被告が販売したチケットの売上げの10%相当額を平成20年12月26日までに支払う。
カ(ア) 原告が,この合意の各条項に違反したとき,又は原告の責めに帰すべき事由により本件ディナーショーの製作・主催することが困難になったときは,被告は,催告の上でこの合意を解除することができ,この場合,被告は原告に対して被告が被った損害について賠償請求をすることができる。
(イ) 被告が,この合意の各条項に違反したとき,又は被告の責めに帰すべき事由により本件ディナーショーの製作・主催することが困難になったときは,原告は,催告の上でこの合意を解除することができ,この場合,原告は被告に対して原告が被った損害について賠償請求をすることができる。
(ウ) 不可抗力により本件ディナーショーが中止された場合においては,双方協議の上で精算内容を決定する。
(甲1)
(4) 原告は,平成20年10月28日に本件イベントのチケット750枚が刷り上がったことから,販売目的で,被告に対し,そのうちの720枚を交付した。
(5) 原告は,平成20年12月16日,福岡公演を開催し,被告は同公演に被告代表者らを出演させたが,同公演のチケットの売上げは,予定した枚数の28%に相当する70枚(1枚3万円)に過ぎなかった。
(6) 原告は,平成20年12月18日,名古屋公演を開催し,被告は同公演に被告代表者らを出演させたが,同公演のチケットの販売は58枚分(1枚3万円)であった。
また,原告は,同月24日,東京公演を開催し,被告は同公演に被告代表者らを出演させたが,同公演のチケットの販売は,101枚分(1枚3万円)であった。(甲2)
3 争点
(1)ア 原告と被告は,福岡公演が終了した後である平成20年12月16日,本件イベントによる赤字部分を原告と被告が折半して負担する旨の合意をしたか(以下,「本件損失補填合意」という。)。
イ 原告に生じた赤字額
(原告の主張)
(ア) 福岡公演終了後,本件イベントのチケット売上げが,被告が説明していた売上げの見込みを大きく割り込む見通しとなり,その結果,大きな赤字が生ずることが確実となったこと,被告が同公演のチケット代金を原告に交付しないという背信的な態度に出たことから,原告は,これ以上の損失の拡大を恐れ,被告に対し,名古屋公演及び浅草公演の中止を申し出た。
(イ) これに対して被告代表者は,「ここで辞めたら信用問題となる。中止だけは避けたい。」と懇願し,「興行は続行するが,その代わり,損失は双方で折半する」と述べて本件損失補填合意をしたので,原告は,名古屋公演及び東京公演を続行することにした。
(被告の主張)
(ア) 否認する。この点の原告の主張は,原告が被告に対して送付した書面(乙11号証)の記載内容とも矛盾する。
(イ) 原告が被告に対し,名古屋公演及び東京公演の中止を申し入れたことは事実であるが,その後被告からチケット代金63万円を受領したことで,納得してこれらの公演を中止するとの申し入れを撤回したものである。
(2) 信義則上の義務違反(不法行為又は債務不履行)
被告は,福岡公演終了直後である平成20年12月16日の時点で,原告に対し,信義則上,次のような義務を負っていたか。
ア 情報提供義務違反
被告は,原告に対し,チケットの売上・入金状況や今後の販売見込み等について正確な情報を提供すべき義務を負ったか。
イ 説明義務違反
被告は,原告に対し,招待客の有無やその数を説明すべき義務を負ったか。
ウ 損害拡大防止義務違反
被告は,原告に対し,原告が本件イベントの続行の可否及び当否を判断できるようにすることを含め,損害が拡大することを防止すべき義務を負ったか。
(原告の主張)
(ア) 本件イベントは,ファン層が極めて限定された大衆演劇であることから,被告代表者の後援会や一部の熱心なファン,各地の興行師やタニマチなどの伝手を頼ってチケットを販売しなければならない特殊性があった。このため,こうした販売ルートを有しない原告には,本件チケットを独自に販売する経験も能力もなかった。一方で,幼少のころから大衆演劇の世界で育ち,大衆演劇のノウハウを知り尽くした被告は,大衆演劇での販売ルート及び自分のファンにチケットを買ってもらうルートを有していた。だからこそ,原告は,平成20年10月29日,インターネットを通じて試行的に販売する各開場のチケット各10枚分(合計30枚)を除いて,その余のチケット720枚をすべて被告に交付して,その販売を委ねたものである。
(イ) 原告は,福岡公演の開催前である平成20年10月末ころ,チケットの売れ行きが想定外に少なかったことから,本件イベントの続行に疑問と危機感を抱き,被告に対して名古屋公演及び東京公演の中止を申し出た。これに対して,被告は,「大衆演劇の場合,チケットは公演直前に伸びる」,「チケットの入金は当日が一番多い」「いっぱい売れるから大丈夫」などと保証的な言辞を使って説明し,この言葉を信じた原告をして前記申し出を撤回させた。
(ウ) ところが,被告の前記(イ)の説明に反し,福岡公演のチケットは予定枚数250枚に対して70枚しか売れなかった。こうした状況において,今後の見通しを立てる能力と情報を有していたのは被告だけであったのだから,被告は,こうした情報を原告に提供すべきであった。
また,被告は,原告の求めにも係わらず,招待客の有無やその数を説明することもせず,当時の状況からすれば,名古屋公演及び東京公演を中止すべきであったのに,これらの公演の続行を求めて原告の損害を拡大させたものである。
(エ) 本件イベントは,出演者と興行主の信頼関係や協調関係を前提としてはじめて成り立つものであり,出演者と興行主は相互の興行の成功を目指して最後まで情報を交換し,協調・共同していくべき関係にあるもので,このことからしても,出演者である被告は,興行主である原告に対し,信義則上,福岡公演終了直後である平成20年12月16日の時点で,チケットの売上・入金状況や今後の販売見込み等について正確な情報を提供し,招待客の有無やその数を説明し,かつ,原告が本件イベントの続行の可否及び当否を判断できるようにすることを含め,損害が拡大することを防止すべき義務を負ったものであって,被告は,こうした義務の履行を怠って原告に損害を生じさせたものである。
(被告の主張)
否認ないし争う。
(3) 被告の付随義務違反によって原告に生じた損害の有無及び数額
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 証拠(認定事実末尾に記載する。)によれば,次の事実が認められ,これらの認定を覆すに足る証拠はない。
ア 原告は,平成10年ころに公演の設営の手伝いをすることで,被告と初めての取引をした。また,平成11年ころからは,当時原告の社員であったD(以下「D」という。)において,被告代表者の九州巡業の仕事に関与するなどしていた。(甲42,D証言)
イ 被告は,被告代表者(芸名・C)の公演等を自主公演として開催していたが,平成20年は同人の芸能活動30周年の前年にあたる年であったため,これに関するイベントを検討中であった。(乙12)
そうしたところ,被告代表者は,平成20年6月ころ,原告社員のDが三越劇場における「松竹特別公演」における被告代表者の楽屋を訪れた同人との間で,被告代表者の芸能生活30周年の前夜祭として東京でディナーショーを行うという話となり,来場者が250人でチケット代を1人3万円とすれば,被告の出演料やホテル代等の経費を考慮しても100万円程度の利益は残るということで,原告において協力できるかどうかを検討することになった。(甲42,乙12,D証言)
これを受けて,同年7月15日,原告代表者A(以下「原告代表者」という。)とDは,当時の被告の事務所に赴き,被告代表者らと本件イベントに関する協議をした。その際,原告代表者が,このようなイベントは特定のファン層がチケットを買うという特殊なものであるから不特定多数に対して広告等による宣伝をしても,それによってチケットを売り上げるのは難しいということを指摘したところ,被告代表者は,チケットの販売については被告の方に経験や実績があるので心配はない旨を説明したうえ,被告が主体となって興行を行いたいのだが資金繰りが厳しいので,原告が主催者として経費を負担する前提でお願いしたいとの趣旨を説明した。(甲42,D証言,被告代表者供述)
最終的に,原告代表者は,本件イベントのような公演を手掛けてみたいと思っていたことや,被告代表者の芸能生活30周年のイベントの仕事に発展する可能性もあると考えたこと,原告の社員に戻ってきたDが持ってきた仕事であったことや,被告代表者の説明を受けて,チケット販売は,被告がその経験や実績を踏まえて販売をすることで大丈夫であると判断したことから,原告が会場使用料や制作費等の経費を負担することで,被告に対して本件イベントの開催を承諾した。(甲42,原告代表者供述)
ウ その後,原告と被告の間で,本件イベントの公演規模や会場等に関して交渉が重ねられ,東京(浅草)のほかに福岡・名古屋でもディナーショーを開催することになり,同年8月中には,その内容が決定された。(乙12)
エ その後,被告は,E弁護士に本件イベント契約の文案修正等の作業を依頼し,その文案を原告側の要望を踏まえてその都度修正して検討した結果,最終的に,被告との間で,平成20年11月13日,本件イベント合意の内容(本件イベントは原告が製作・主催すること,原告は被告に対して出演料を分割で支払うこと,それ以外の製作・主催にかかわる一切の費用は原告が負担し,被告に負担させないこと,原告において本件イベントのチケットを販売するが,被告もこれを販売することができ,その場合には販売協力の対価として販売額の10%を支払うことなどの内容)で合意をし,その旨の本件契約書を作成した。(甲1,2,乙3ないし9,12。なお,原告は,本件イベント合意について,実際は原告と被告の共催であるものを,形式上,原告の主催として合意しただけのもので,この合意内容に従う意思はなかったかのような主張をするが,前記のような本件イベント合意に至るまでの原告と被告とのやり取りや経過に照らせば採用できない。)
オ 平成20年10月28日に本件イベントのチケット750枚が刷り上がったことから,原告は,被告に対し,同社の販売用として720枚を交付した。(前記第2の2(4))
カ ところが,平成20年12月に入っても福岡公演を含む本件イベントのチケット売上げが想定したほどには上がらなかったため,原告は,本件イベントによって利益を確保することが難しいのではないかと危惧するようになった。しかし,被告から予約はとれているとの説明もあり,被告を信用するほかはないとして,本件イベントの準備を継続した。(甲42,D証言,原告代表者供述)
キ 原告は,平成20年12月16日,福岡公演を開催し,被告は同公演に被告代表者らを出演させたが,同公演のチケットの売上げは,予定した枚数の28%に過ぎない70枚(1枚3万円)にとどまった。(前記第2の2(5))
ク 原告代表者は,平成20年12月16日,福岡公演が終了した後,被告が販売した同公演のチケット代のうち,その時点で原告に入金されていなかった138万円(46人分)を集金するため,被告代表者の控室に赴き,同人に対して支払を求めたところ,同人から,既に今後の公演に関するチケット代として支払った分を含めれば福岡公演のチケット代全額に足りていることを理由にその支払を拒絶され,本件イベント合意に反するとする原告代表者との間で対立を生じた。
このため,原告代表者は,被告代表者に対し,この請求に応じられないというのであれば,今後の名古屋・東京公演を中止する旨を申し渡したところ,同人が「ここで辞めたらうちの信用問題になるから金以上の事になる,賠償問題になる」と言うので,「このまま続けても1千万の赤字だからキャンセル料がかかっても賠償になっても赤字は一緒なのでどうぞ訴訟でも何でもしてください」と述べて今後の公演を中止した場合の資料(甲9)を提示した。これに対して,被告代表者は,「わかりました。名古屋はちゃんときっちり耳をそろえて払うし,浅草もきちんと払う。楽しみにチケットを買ったお客に対して責任があるじゃないですか」と公演の続行を懇願してきたので,原告代表者において「公演を続けてもだめだったときには赤字は鳳映(被告)にも折半してもらいたい」と述べたところ,被告代表者は何も言わなかったが,その場に同席していた被告の会長であるFにおいて「後で考えましょう」と述べたので,今後の公演を続行することにした。
(甲41,乙12,原告代表者供述。なお,原告代表者は,同人の陳述書《甲41》において,このとき,被告代表者に対して「(公演を)続けるのであれば,以前から話していたとおり,赤字は鳳映にも折半してもらいたい。具体的な金額はすべてが終了した時に精算したい」と述べたところ,同人は「わかった。すべて終わったら赤字の話をしよう」と述べた旨を記載している。しかし,原告代表者は,その尋問において,「C(被告代表者)さん本人は何も言わず,会長(F)のほうが,後で考えましょうと言っていただきました」ので,「このままやっていっても赤字が出た場合でも,双方協議の上っていうんですか,相談して折半できると信じ,やろうということに進みました」と供述しており,結局,原告代表者と被告代表者との間で前記陳述書《甲41》に記載されたようなやり取りがあったとは認められない。)
ケ 原告は,名古屋公演を平成20年12月18日に,東京公演を同月24日にそれぞれ開催し,被告はこれらの公演に被告代表者らを出演させた。なお,被告は,原告に対し,名古屋公演の終了後,販売したチケット代105万円を支払った。(乙10,前記第2の2(6))
(2) 前記(1)で認定した事実関係,特に前記(2)クで認定した平成20年12月16日の福岡公演が終了した後における原告代表者と被告代表者のやり取りを前提にしても,被告代表者において,本件イベントによって原告に生じた赤字部分のうち半分を被告が負担する趣旨の発言をした経過は認められないし,その当時の情況を考慮しても,このときに,原告代表者と被告代表者との間で,本件イベントによって原告に生じた赤字部分の半分を被告が負担するとの本件損失補填合意がされたものとは認め難い。
実際のところ,原告と被告との間の本件イベント合意によれば,本件イベントに関する費用負担はその主催者である原告が負担すべきものと明確に合意がされており,原告は,たとえ福岡公演において多額の赤字を抱えることになり,今後の公演においても赤字を生ずることが見込まれる事態に立ち至ったとしても,このことを理由に前記合意を解除することは許されないもので(11条),仮に,原告が一方的に名古屋公演及び東京公演を中止した場合には,これによって被告に生じた損害(出演料相当額を含む。)を原告が賠償すべき責任を負うことになると解される。そして,福岡公演が終了した時点で,原告には相当程度の損失を被ることが既に予想されていた状況からすれば,被告において本件イベントによって生じた損失を原告と被告とが折半して負担するとの本件損失補填合意をすることは,資金繰りの厳しい状態にあった被告にとって,その後の公演を中止すること以上に重大な負担を背負うことになるものであったと推認できる。さらに,原告が主張するとおり,もし,被告代表者が本件イベントによって生ずる赤字部分の半分を負担することを承諾した(本件損失補填合意)のであれば,本件イベント合意が書面によってされていることや,被告代表者において名古屋公演及び東京公演を強く希望していたことに鑑みると,原告代表者の求めに応じて,これに関する書面の作成に応ずるのが被告代表者が採るべき合理的な態度であると考えられるところ,原告代表者がこのような書面の作成を求めた形跡も,これに関する合意書面が作成された事実も認められない。このことは,原告と被告との間で,原告が主張するような合意が成立したことを疑わしめる重要な事情である。そうすると,この当時,たとえ,前記(2)クで認定した被告代表者及びFの言動から,原告において本件イベントの赤字部分のうち半分を被告が負担してくれるものと信じてその後の公演の続行を決意した経過が認められたとしても,このことから直ちに,原告代表者と被告代表者との間で前記陳述書(甲41)に記載されたようなやり取りがされたことや,被告が本件イベント合意の内容を変更することになる本件損失補填合意を了承したとの事実を認めることはできないものである。そして,以上の認定は,原告代表者の認識を記載して被告に送付した内容証明郵便(乙11)の内容にも沿うものである。
その他,本件において,原告と被告との間で本件損失補填合意がされた事実を認めるに足る証拠はない。
(3) 以上のとおりであるから,本件損失補填合意の存在を前提とする原告の請求は理由がない。
2 争点(2)及び(3)について
(1) 原告は,平成20年12月16日の福岡公演が終了した時点で,被告には信義則上の義務違反(情報提供義務違反,説明義務違反及び損害拡大防止義務違反)があるとした上で,同日以降に本件イベントを継続したことによって生じた原告の損失について損害賠償義務を負うものと主張している。そして,原告は,本件弁論準備手続期日において,平成20年12月16日より前の付随義務違反の主張はしないものとして被告の責任を特定しているから,このような原告の主張を合理的に解釈すれば,原告は,被告が適切な情報提供義務及び説明義務を履行していれば名古屋公演及び東京公演を中止し,その後に原告に生ずる損害の発生を防止できたこと,被告は損害拡大防止義務の履行として,名古屋公演及び東京公演の中止に協力すべき義務があることを主張しているものと解される。
(2)ア しかし,本件イベント合意によれば,本件イベントのチケット売上げが予定枚数に達しないために,本件イベントを継続することによる損害の拡大が予想されたからといって,原告は,こうした事由に基づいて本件イベント合意を解除することは認められていないものと解されるから,原告が主張するような信義則上の付随義務(情報提供義務及び説明義務)を被告が負っていたとは直ちに認め難い。また,仮に,こうした付随義務が被告に認められたとしても,原告は,こうした義務違反がなければ本件イベント合意を解除できたわけではないのであるから,被告に対し,名古屋公演及び東京公演を中止すれば生じなかったであろう損害をこれらの義務違反を理由に請求することはできないというべきである(そもそも,説明義務違反については,原告が被告の招待客のチケット代を負担した事実も認めるに足りないから,損害の発生自体も認め難いものである。)。
イ さらに,前記アと同様の理由により,被告が名古屋公演及び東京公演の中止を了承すべき義務を負うことを内容とする損害拡大防止義務(被告において,これらの公演が中止されたことによって生じた損害を原告に請求することもできないとの趣旨を含む義務)を原告に対して負うべきものとも認められない。
(なお,たとえ,原告が主張する損害拡大防止義務違反が,平成20年12月16日の時点におけるものだけではなく,その前後の期間における原告の経費負担を増加させる被告の行為をも問題とするものであったとしても,原告は同義務違反にかかる被告の行為を具体的に特定して主張しておらず,そもそも,本件イベントにおける被告の出演料以外の原告に生じた経費は,被告の紹介等に基づくものも含めて,原告の意思に基づく取引によって生じたものと認められるから,結局,原告が主張する損害が,被告の損害拡大防止義務違反に基づいて生じたものであるとは認められないし,これを認めるに足る証拠もない。)
(3) 以上によれば,結局,被告の付随義務違反を理由とする原告の債務不履行ないしは不法行為に基づく損害賠償の請求は理由がない。
3 そうすると,原告の本訴請求はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判官 木納敏和)
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