【営業代行から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「営業ノルマ」に関する裁判例(7)平成28年 4月22日 東京地裁 平26(行ウ)511号 遺族補償給付不支給処分取消請求事件

「営業ノルマ」に関する裁判例(7)平成28年 4月22日 東京地裁 平26(行ウ)511号 遺族補償給付不支給処分取消請求事件

裁判年月日  平成28年 4月22日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平26(行ウ)511号
事件名  遺族補償給付不支給処分取消請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2016WLJPCA04228009

要旨
◆訴外会社のリフォーム営業に従事していた亡Bの妻である原告が、亡Bは業務上の事由により精神障害を発症して自殺し、その死亡は業務災害に当たるとして、遺族補償給付請求をしたところ、不支給決定の本件処分を受けたことから、同処分の取消しを求めた事案において、精神障害の業務起因性を判断するに当たっては、厚生労働省労働基準局長が定めた認定基準の趣旨・内容を十分に斟酌するのが相当であるとした上で、亡Bの生前の行動や様子の変化、症状に関する原告の主張を前提としても、亡Bのうつ病の発症には医学的根拠が乏しい一方、覚悟の自殺であるとしても不自然、不合理ではないことなどから、亡Bのうつ病の発症を認めるには足りないとして、原告の請求を棄却した事例

参照条文
労働者災害補償保険法7条1項
労働者災害補償保険法12条の8
行政事件訴訟法3条2項

裁判年月日  平成28年 4月22日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平26(行ウ)511号
事件名  遺族補償給付不支給処分取消請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2016WLJPCA04228009

埼玉県吉川市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 松丸正
住所〈省略〉
被告 国
同代表者法務大臣 A
処分行政庁 船橋労働基準監督署長
同訴訟代理人弁護士 大西達夫
同指定代理人 W1
W2
W3
W4
W5

 

 

主文

1  原告の請求を棄却する。
2  訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1  請求
船橋労働基準監督署長が原告に対して平成25年2月8日付けでした遺族補償給付を支給しないとの処分を取り消す。
第2  事案の概要
1  事案の要旨
本件は,原告が,原告の夫であり,株式会社a(以下「訴外会社」という。)の従業員であった亡B(以下「亡B」という。)は,業務上の事由により精神障害を発症して自殺したものであり,その死亡は業務災害に当たるとして,船橋労働基準監督署長(以下「処分庁」という。)に対する遺族補償給付支給請求をしたところ,処分庁において,亡Bの死亡は業務災害に当たらないとして不支給決定(以下「本件処分」という。)をしたことから,本件処分の取消しを求める事案である。
2  前提事実(争いのない事実及び後掲の証拠等により容易に認定できる事実)
(1)  当事者等
ア 亡B(昭和37年○月○日生)は,平成21年4月2日に訴外会社に入社した労働者であり,訴外会社に在職中である平成23年1月13日に死亡した(当時48歳)。
【争いのない事実,乙8,10】
イ 原告は,亡Bと昭和63年11月19日に婚姻した同人の妻である。
原告と亡Bの間には,亡Bの死亡当時,私立大学の学生であった長男C(以下「C」という。)と私立高等学校の学生であった長女がいた(以下,C及び長女を併せて「Cら」という。)。
【争いのない事実,乙8,10】
ウ 訴外会社は,都市型マンション企画分譲業務,土地活用事業,土地活用アパート建築請負事業,注文住宅・分譲住宅事業等を業とする株式会社である。
【争いのない事実,乙11】
(2)  亡Bが訴外会社に入職するまでの経過
ア 亡Bは,昭和58年4月に当時のb1株式会社(後にb株式会社に社名を変更)に入職したが,早期退職制度に応募して平成19年12月25日付けで同社を退職し,c保険株式会社を経て,平成20年4月に株式会社d(以下「d社」という。)に入社したが,同年10月に株式会社eに転籍し,d社の倒産に伴い,平成21年3月に同社を退職した。
【甲1(96頁,146頁から153頁まで〔頁数は5枚目以降の下部中央に付された頁数である。〕),乙6,7】
イ 亡Bに精神障害の既往歴はなく,心療内科などへの通院歴もない。
原告は,亡Bがd社の倒産によって失業し,収入を喪失したことから,子供達の学費の心配が嵩じ,平成21年1月ころから,心療内科に通院し,同年3月ころに不安症と診断されたが,症状は亡Bが訴外会社に就職が決まったことにより,約3か月で改善した。
【争いのない事実,甲1(96頁,133頁から153頁まで)】
(3)  亡Bの死亡に至る経緯
ア 訴外会社への入職
(ア) 亡Bは,訴外会社に対し,d社の退職理由について,「主な取引先であるゼネコン,デベロッパーからの受注が減少しており,これからは新築ではなく,拡大しているリフォーム市場で残りの人生を賭けて勝負し」たいと記載した職務経歴書を提出し,平成21年4月2日,訴外会社と雇用期間のない労働契約を締結した。
訴外会社に採用された亡Bは,千葉支店のリフォーム部門に配属され,訴外会社が新築した築7年以上の顧客宅の点検,メンテナンス等を主な業務とするリフォーム営業に従事していた。
亡Bの採用時の職位はスタッフであり,基本給は月額21万円であったが,平成22年5月から基本給として21万1750円が支給され,同年10月1日にはアシスタントリーダーに昇格して,同月の基本給は22万1750円,翌11月以降の基本給は23万1750円となった。成果給の支給もあり,平成22年には給与額が月額40万円を越える月が数か月存在していた。
(イ) 訴外会社千葉支店リフォーム部門の構成は,リーダーであるD(以下「D」という。),アシスタントリーダー代理であるE,主任である亡B,F(以下「F」という。)及びG(以下「G」という。)ら3名の営業社員の合計6名であるが,営業社員3名のうち1名は,亡Bが死亡する数か月前に退職している。
【争いのない事実,甲1(154頁から158頁まで,193頁から195頁まで,343頁から354頁まで),甲13,乙7,9】
イ 訴外会社における所定労働時間
(ア) 亡Bの労働条件通知書において,就業時間,休日については次のとおり定められている。
a 始業午前9時30分,終業午後6時30分とされているが,詳細は就業規則24条及び同規則巻末の「【別添:始終業時間】」に記載するものとされている。
b 休憩時間90分
c 休日については,毎週水曜日,その他(夏季休暇,年末年始)を定例日,火曜日を非定例日とし,詳細は就業規則25条により会社カレンダーに依拠するものとされている。
【甲13,乙9】
(イ) 訴外会社の就業規則は,平成22年4月1日及び平成23年9月1日に改定されているところ,その就業時間に関する定めは,平成22年4月1日改定後の就業規則(甲2。以下「旧就業規則」という。)については別紙1「旧就業規則(抜粋)」に,平成23年9月1日改定後の就業規則(乙13。以下「新就業規則」という)については別紙2「新就業規則(抜粋)」にそれぞれ記載のとおりである。
【甲2,乙13】
(ウ) 訴外会社は,平成23年8月25日,船橋労働基準監督署(以下「本件労基署」という。)に千葉支店について次の内容の労働基準法36条に基づく時間外労働,休日労働に関する協定届を提出している。
a 時間外労働
営業の所定労働時間は7時間30分であるが,平成23年4月1日から平成24年3月31日まで顧客都合で臨時業務の必要がある場合には1日4時間,毎月1日を起算日として1か月当たり45時間,平成23年4月1日を起算日として1年当たり360時間の時間外労働に従事させることができる。
b 休日労働
注文・リフォーム営業の所定休日は毎週水曜日及び指定火曜日であるが,平成23年4月1日から平成24年3月31日まで顧客の都合で臨時業務の必要のある場合,注文の集中等の場合に法定休日のうち月4日,午前10時00分から午後7時まで(ただし,休憩90分)休日労働に従事させることができる。
【乙14】
ウ 平成22年10月ころの新たな担当業務の追加
亡Bは,遅くとも平成22年10月ころには,それまで千葉県北西部から茨城県南部にかけての北関東全域を営業エリアとする営業に加え,新たに家具販売大手であるf社のシステムキッチン等の営業活動を担当するようになり,f社のシステムキッチン等の取付けに当たって顧客方の取引前の現地調査や見積作成,契約書の作成,取付け後の不具合調査等の業務が加わった(以下「本件業務追加」という。)。
【争いのない事実】
エ 平成22年12月25日ころの担当業務に係る事故の発生
亡Bは,上記ウのとおり,f社のシステムキッチン等の営業活動を担当していたところ,平成22年12月25日ころ,f社のキッチンの取付けが悪かったことから,顧客が棚を開けようとした際に棚が傾き,踏み台に乗っていた顧客が落下して足等に打ち身程度のけがをする事故が起こった(以下「本件事故」という。)。
なお,詳細は判然としないが,同時期に亡Bの担当物件で本件事故以外に1件事故が発生している。
【争いのない事実,甲1(163頁から164頁まで,314頁)】
オ 平成22年12月16日からの連続勤務
亡Bは,平成22年12月16日から同月28日まで13日間連続して勤務した(以下「本件連続勤務」という。)。
【争いのない事実】
カ 訴外会社による顧客営業の目標設定
(ア) 訴外会社は,「顧客営業の目標設定」と題する文書を作成しており,「顧客営業の目標設定」である「顧客営業基準」として,「月契約 単価1,400千円×契約6件≒8,000千円」,「顧客を担当する営業は,月間8,000千円,平均単価1,400千円以上の契約を行う」などとする記載をしている(以下,この営業目標の内容を「本件契約目標」という。)。
【甲14】
(イ) 亡Bの平成22年の亡Bの契約件数及び契約金額は次のとおりであり,同年10月以降の括弧内の数字は,そのうちのf社に関する契約件数である。なお,同年7月及び10月については,甲1号証197頁及び202頁の集計が原資料である同号証200頁,201頁,203頁の集計結果と齟齬していることから,原資料に基づき再度集計した金額である。
(ア) 1月 6件 238万9527円
(イ) 2月 3件 857万1430円
(ウ) 3月 5件 460万9526円
(エ) 4月 2件 46万4763円
(オ) 5月 4件 585万7145円
(カ) 6月 4件 942万8573円
(キ) 7月 4件 504万6668円
(ク) 8月 3件 1521万9049円
(ケ) 9月 7件 819万9051円
(コ) 10月 9件(3件) 243万5363円
(サ) 11月 15件(13件) 456万4322円
(シ) 12月 7件(2件) 697万4920円
【争いのない事実,甲1(197頁から212頁まで)】
(4)  亡Bの死亡
ア 亡Bは,平成22年12月22日,インターネットを通じ,ヘリウムガス(400リットル)を代金6300円で購入する注文し,配送日時を同月29日午前中に指定した。
この配送指定日は,原告やCらはアルバイトで自宅を不在にし,亡Bだけが年末休暇で在宅している日であった。
【争いのない事実,甲1(76頁,77頁),20の1】
イ 亡Bは,肩書住所地にある自宅の寝室において,頭からビニール袋を被り,首のところでガスが漏れないように措置したうえ,ホースでヘリウムガスを吸って自殺を図り,平成23年1月13日午前4時ころ,窒息死により死亡した。亡Bは,自殺するに当たって原告に宛てた遺書を残している(以下,この遺書を「本件遺書」という。)。
本件遺書の記載内容は,別紙3「本件遺書」記載のとおりである。
【争いのない事実,甲1(94頁,97頁,127頁,146頁から153頁まで,166頁から169頁まで)】
ウ 亡Bには,死亡当時(正確には平成23年1月12日現在),合計799万0466円の負債が存在した。この内訳は,577万0205円がクレジットカードのキャッシングによる負債,122万0261円がクレジットカードのショッピング利用による負債であり,100万円は実父からの借入れであった。
【争いのない事実,甲1(192頁),乙8】
(5)  本件訴訟に至る経緯
ア 原告は,処分庁に対して,平成24年3月23日,遺族補償給付の支給を請求したが(以下「本件労災請求」という。),処分庁は,平成25年2月8日付けで「本請求にかかる『窒息死』は労働基準法施行規則別表第一の二第九号に定める業務に起因することの明らかな疾病とは認められないので不支給と決定したものであります。」として前記遺族補償給付を不支給とする本件処分をし(以下,不支給決定に係る船橋労基署の調査を「本件調査」という。),原告は,同月10日,本件処分を知った。
【甲1(1枚目,83頁から87頁まで)】
イ 原告は,千葉労働者災害補償保険審査官に対して,平成25年3月29日,審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。千葉労働者災害補償保険審査官は,同年9月26日付けで審査請求の棄却裁決をし,原告は,同月30日,決定書の謄本の送付を受けた。
【甲1(1枚目,385頁から436頁まで)】
ウ 原告は,労働保険審査会に対して,平成25年10月21日,再審査請求をした。労働保険審査会は,平成26年9月5日付けで再審査請求の棄却裁決をし,原告は,そのころに決定書の謄本の送付を受けた。
【甲1(1枚目,1頁),5】
エ 原告は,平成26年10月15日,東京地方裁判所に対し,本件訴えを提起した。
【当裁判所に顕著な事実】
3  国際疾病分類第10回修正版(以下「ICD-10」という。)の「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」(以下「診断ガイドライン」という。)によるうつ病の診断基準等
ア  うつ病エピソード(F32)
(ア) うつ病は,ICD-10の第Ⅴ章「精神および行動の障害」において,F3(気分〔感情〕障害)の中に分類されるものであり,その重症度により軽症(F32.0),中等症(F32.1),重症(F32.2,F32.3)の3つの抑うつのエピソードに区分されるが,いずれにおいても通常,患者が悩まされる典型的な症状は,抑うつ気分,興味と喜びの喪失及び活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少の3つであり,わずかに頑張ったあとでもひどく疲労を感じるのが通常である。
(イ) 他の一般的症状は,(a)集中力と注意力の減退,(b)自己評価と自信の低下,(c)罪責感と無価値観(軽症エピソードにも見られる。),(d)将来に対する希望のない悲観的な見方,(e)自傷あるいは自殺の観念や行為,(f)睡眠障害,(g)食欲不振である。
(ウ) 軽症,中等症,重症のエピソード区分は,現在の症状の数とタイプ及び重症度を含む複合的な臨床判断に基づく。日常の社会的,職業的活動の幅は,しばしばエピソードがどのくらいの重症度であるかを知るために有用な一般的指標となるが,個人的,社会的,文化的な影響により症状の重症度と社会的活動とは必ずしも並行せず,そのような影響はふつうにみられ,かつ強力なので,社会的活動を重症度の必須条件に含めることは賢明ではない。
(エ) うつ病エピソードは,重症度の如何に関係なく,ふつう少なくとも2週間の持続が診断に必要とされるが,もし症状がきわめて重症で急激な発症であれば,より短い期間であってもかまわない。
イ  軽症うつ病エピソード(F32.0)の診断ガイドライン
軽症うつ病エピソードとの診断を確定するためには,前記ア(ア)の最も典型的な症状のうち少なくとも2つ,さらに前記ア(イ)の他の一般的症状のうち少なくとも2つが存在しなければならず,いずれの症状も著しい程度であってはならない。エピソード全体の最短の持続期間は約2週間である。
軽症うつ病エピソードの患者の場合,通常,症状に悩まされて日常の仕事や社会的活動を続けるのにいくぶん困難を感じるが,完全に機能できなくなるまでのことはない。
ウ  中等症うつ病エピソード(F32.1)の診断ガイドライン
中等症うつ病エピソードとの診断を確定するためには,前記ア(ア)の最も典型的な症状のうち少なくとも2つ,さらに前記ア(イ)の他の一般的な症状のうち4つが望ましいが,少なくとも3つが存在しなければならない。そのうちの一部の症状は著しい程度にまでなることがあるが,もし全般的で広汎な症状が存在するならば,このことは必須ではない。エピソード全体の最短の持続期間は約2週間である。
中等症うつ病エピソードの患者は,通常社会的,職業的あるいは家庭的活動を続けていくのがかなり困難になるであろうとされる。
エ  精神病症状を伴わない重症うつ病エピソード(F32.2)の診断ガイドライン等
軽症及び中等症エピソードについて述べた典型的な症状のすべて,さらに少なくとも他の症状の内の4つ,そのうちのいくつかが重症でなければならない。もし激越や精神運動抑制などの重要な症状が顕著であれば,患者は多くの症状を詳細に述べることを進んでしようとしないか,あるいはできないかもしれないが,このような場合でも一般的には,重症エピソードとするのが妥当であろう。うつ病エピソードは通常,少なくとも約2週間未満でもこの診断をつけてよい。
なお,重症うつ病エピソードでは,抑制が顕著でなければ,患者は通常かなりの苦悩と激越を示す。自尊心の喪失や無価値感や罪悪感をもちやすく,とくに重症な症例では際立って自殺の危険が大きい。重症うつ病エピソーでは身体症状はほとんど常に存在すると推定される。
【乙19】
4  関係法令等の定め
(1)  労働者災害補償保険法等
労働者災害補償保険法(亡Bの自殺に関して適用があるのは,平成26年6月13日法律第69号による改正前のものであり,以下これを挙示することとし,「労災保険法」という。)に基づく労働者災害補償保険は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,障害,死亡に対して迅速かつ公正な保護をするため,必要な保険給付を行うことなどを定め(同法1条),労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付(同法7条1項1号)のうち労働者の死亡に関する保険給付としては,遺族補償年金又は遺族補償一時金からなる遺族補償給付(同法12条の8第1項4号,16条),葬祭料(同法12条の8第1項5号)があり,労働基準法(以下「労基法」という。)79条及び80条に規定する災害補償の事由が生じた場合に,補償を受けるべき遺族又は葬祭を行う者に対して,その請求に基づき行われる(労災保険法12条の8第1項,2項)。
もっとも,労働者が,故意に負傷,疾病,障害若しくは死亡又はその原因となった事故を生じさせたときは,政府は,保険給付を行わない(労災保険法12条の2の2第1項)
労基法75条2項は,業務上の疾病及び療養の範囲は厚生労働省令で定めるとし,これを受けた労基法施行規則35条は,労基法75条2項の規定による業務上の疾病は,別表第1の2に掲げる疾病とするとし,別表第1の2第9号は「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」を業務上の疾病として掲げている。
(2)  精神障害の業務起因性に関する行政通達等
厚生労働省は,平成22年5月,業務による心理的負荷を原因とする精神障害が労基法施行規則35条別表第1の2第9号に掲げる疾病として追加され,精神障害を理由とする労災請求事件が増大したことから,審査の迅速化や効率化を図るための労災認定のあり方に関する検討するため,法学及び医学の専門家からなる「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」を設置し,同検討会は,同年10月15日から10回にわたって検討会を開催して,その検討結果を平成23年11月8日に「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(甲6)としてとりまとめた。厚生労働省労働基準局長は,同報告書の内容を踏まえて別紙4の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(甲8。以下「認定基準」という。)を定め,同年12月26日付けで,厚労省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発1226第1号)を都道府県労働基準局長宛てに発出した。
(3)  認定基準の概要
認定基準は,対象疾病をICD-10の第Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって,器質性のもの及び有害物質に起因するものを除くものとし,認定要件については,①対象疾病を発病していること,②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないことの3要件を掲げ,そのいずれをも満たした場合に,当該対象疾病に該当する精神障害につき,労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うとする。
認定要件①の対象疾病の発病の有無,発病時期及び疾患名については,診断ガイドラインに基づき,主治医の意見書や診療録等の関係資料,請求人や関係者からの聴取内容,その他の情報から得られた認定事実により,医学的に判断される。
認定要件②は,認定基準が,対象疾病の発病に至る原因の考え方につき,「ストレス―脆弱性理論」(環境由来の心理的負荷(ストレス)と,個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり,心理的負荷が非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし,逆に脆弱性が大きければ,心理的負荷が小さくても破綻が生じるとする考え方)に依拠していることから設けられている。この認定要件②に関しては,業務による出来事及びその後の状況を具体的に把握し,それらによる心理的負荷の強度を判断する際に用いる「別表1 業務による心理的負荷評価表」(以下「認定基準別表1」という。)が定められ,これを指標として,出来事の心理的負荷を「強」(業務による強い心理的負荷が認められるもの)「中」及び「弱」の三段階に区分する。
具体的には,発病前おおむね6か月の間に,認定基準別表1の「特別な出来事」が認められた場合は,心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。「特別な出来事」に該当する出来事がない場合には,業務による個々の具体的な出来事について,心理的負荷の程度が「強」,「中」,「弱」のいずれであるかを評価し,いずれかの出来事が「強」の評価となる場合には,業務による心理的負荷を「強」と総合評価し,いずれの出来事も単独では「強」の評価にならない場合には,出来事が関連して生じているときは,全体を一つの出来事として評価し,原則として,最初の出来事を認定基準別表1に当てはめ,関連して生じた出来事については出来事後の状況とみなす方法により全体評価を行い,出来事に関連性がないときは,出来事の数,各出来事の内容(心理的負荷の強弱),各出来事の時間的な近接の程度を基に,全体的な心理的負荷を評価する。
ここで,時間外労働時間数の評価として,発病日から起算した直前の1か月間におおむね160時間を超える時間外労働(週40時間を超える労働時間数をいう。)を行った場合等には,当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を「強」とする。長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合には,長時間労働それ自体を出来事とし,認定基準別表1にいう「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」という具体的出来事に当てはめて心理的負荷を評価する。また,発病日から起算した直前の2か月間に1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合等には,心理的負荷の総合評価を「強」とする。
また,認定基準は,出来事に対処するために生じた長時間労働は,心身の疲労を増加させ,ストレス対応能力を低下させる要因となることや,長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから,出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間が労働)を関連させて総合評価を行うものとし,労働時間を加味せずに心理的負荷の強度が「中」程度と評価される具体的な出来事について,その後に恒常的な時間外労働が認められる場合,出来事の前(発病の前おおむね6か月の間)に恒常的長時間労働が認められ,出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合,又は,出来事後すぐには発病に至っていないが事後対応に多大な労力を要しその後発病した場合については,心理的負荷の総合評価を「強」とする。そして,厚生労働省労働基準局労災補償部補償課職業病認定対策室は,平成24年3月,認定基準に基づく認定実務において参考となる事項をまとめた「精神障害の労災認定実務要領」(甲10,15。以下「実務要領」という。)を作成し,その中で「恒常的長時間労働がある」との評価に関して「『出来事前』,『出来事後』のそれぞれの期間について,時間外労働が100時間程度となる月(30日)が1回でもあれば,当該期間について『恒常的長時間労働があった』と評価する。」としている。
なお,認定基準第8の1において,業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発症したと認められる者の自殺ではなく,その他の精神障害による自殺の取扱いについては,従前の例(平成11年9月14日付け労働基準局長発出の基発545号)によることを定めており,平成11年9月14日付け基発545号は「精神障害による自殺の取扱いについて」として,「業務上の精神障害によって,正常の認識,行動選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には,結果に発生を意図した故意には該当しない。」と定めている。
5  本件の争点及びこれについての当事者の主張
本件争点は亡Bの死亡が「業務上の死亡」に当たるか否かであり,原告は,亡Bはうつ病を発症して自殺したものであり(争点1),このうつ病は業務に起因するものであること(争点2)を主張し,被告は,うつ病の発症自体を否認し,仮に発症があったとしても業務に起因するものではないとし,この点も否認する。これらについての当事者の主張は以下のとおりである。
(1)  争点1(亡Bはうつ病を発症して自殺したのか)について
(原告の主張)
亡Bは,次のとおり,平成22年12月末ころにうつ病を発症した。
ア 亡Bには,死亡前,次のような行動や様子の変化,症状が存在した。
(ア) 睡眠障害
亡Bは,訴外会社での勤務を開始後,特に平成22年12月末の数か月前から勤務により帰宅時間が遅いため,午前1時に就寝して午前6時に起床する生活であり,短い睡眠しかとることができていなかった。自殺の二,三か月前ころからは午前1時30分から2時ころに就寝し,朝は午前3時から5時までに起床するようになり,また,夜中に寝付けない様子でボーっとしている様子も見かけられた。
(イ) テレビや新聞への興味の喪失
亡Bは,若いころからテレビで深夜に放送されるF1グランプリを欠かさず視聴し,録画もしていたが,平成22年11月ころからは,これを見ることがなくなり,年末には毎年楽しみにしていた総集編さえも視聴せず,録画もしなかった。また,同じ頃から朝食時に必ず目を通していた新聞も読まなくなった。
(ウ) 服装,身なりへの気遣いの喪失
亡Bは,背広やワイシャツ,ネクタイのコーディネートに気をつけ,ズボンのプレスにもこだわり自分でしていたが,平成22年12月に入ったころからは,背広やネクタイを毎日同じものを着用するようになり,ズボンのプレスもしなくなった。また,気にして染めていた白髪が目立っていてもそのままにしていた。
(エ) 平成22年12月中旬に車で自損事故を起こしたこと
亡Bは,これまで車で事故を起こすことはなかったが,平成22年12月中旬,仕事中に昼食を食べるため立ち寄った食堂の駐車場で車のバンパーをへこませる自損事故を起こした。
(オ) 平成22年12月中旬に叔父が来訪した時の対応
亡Bは,叔父が自宅に来訪した際,普段であれば一緒に夕食を食べた後に叔父や原告とカラオケを楽しんでいたが,平成22年12月中旬の際には叔父からのカラオケの誘いを断り,叔父や原告との関わりを避けるように直ぐに自室に入ってしまった。
(カ) 入浴時の様子
亡Bは,平成22年12月末ころ,帰宅後の入浴中に居間にいても聞こえるような叫び声に近い大きく苦しげなため息をつくようになり,浴室から出てきた際,原告がどうしたのかと尋ねたのに対しては何でもないと答えた。
(キ) 希死念慮
亡Bは,平成22年の年末,仕事上のカタログ等を置くスペースを作るためと原告に説明して小説などの書籍やこれまで録画したF1のビデオなどを段ボール箱2箱に入れて処分したが,その後,同スペースは空いたままであった。
平成22年12月には亡Bが自殺に使用したヘリウムガスをインターネットで購入していることからみて,亡Bの書籍やビデオの整理は死に向けての整理であった。
(ク) 自殺直前の行動
a 亡Bは,自殺の前々日である平成23年1月11日,実母に電話をした際,「仕事が辛い。」,「一生こんなことし続けなくてはいけないのかな」と泣き声で訴え,実母が「泣いているの」と心配したのに対し,「泣いてはいないけど…」と答えて電話を切った。
b また,自殺前日の同月12日の夜,初めて亡Bの呼びかけで家族全員でスーパー銭湯に出掛けた際には,Cに対し,湯船で「最近仕事が大変で,眠くて運転の事故を起こしそうになるので,もし運転事故を起こして死んでしまったら家族のことをお願いね」と突然疲れ切った思い詰めた表情で話しかけ,Cは,仕事が大変なんだなと思いながらも返答もしにくい状況であり,それ以上の会話は続かなかった。
(ケ) 本件遺書の内容
本件遺書の書き出しは,別紙3記載のとおり,「幸せに出来なくてごめんなさい」との原告に対する自責の言葉であり,その末尾も「ゴメンネ!」で終えている。
本件遺書の内容の多くは家族に対する経済的な配慮が占めているが,借入金はカードのキャッシングによる700万円と実父からの100万円の合計800万円であり,滞納やいわゆるサラ金からの借入れはない。亡Bは歩合給による変動はあるものの給与所得者として平均的な月30万円から50万円程度の収入を得ており,原告もパートにより収入を得ていて生活苦は感じていなかったことなどからすれば,正常な認識の下でこの負債額で自殺に至ることは考えられず,本件遺書における家族に対する経済的配慮の記載は,うつ病によって正常な認識が欠如したなかで,自殺後に残された家族に対する配慮と自責感が突出して生じた結果である。
イ 前記アの亡Bの死亡直前の行動,様子,症状に照らせば,亡Bは平成22年12月末日ころにうつ病を発症していたというべきである。
(ア) 認定基準は,過労により自殺に至る者の多くは,精神科医への受診歴がなく,その症状も顕在化していないことも多いことを踏まえ,精神障害の治療歴のない事案を「うつ病エピソードのように症状に周囲が気付きにくい精神障害もあることに留意しつつ関係者からの聴取内容等を医学的に慎重に検討し,診断ガイドラインに示されている診断基準を満たす事実が認められる場合,又は種々の状況から診断基準を満たすと医学的に推定される場合には,当該疾患名の精神障害が発病したものとして取り扱う。」とし,精神障害の発症時期については「強い心理的負荷と認められる出来事の前と後の両方に発病の兆候と理解しうる言動があるものの,どの段階で診断基準を満たしたのか特定が困難な場合には出来事の後に発症したものと取り扱う。」としている。
亡Bは,精神科医への受診歴がなく,既に自殺によって死亡していて,その発病の有無及び時期を特定することは困難であるから,うつ病の診断ガイドラインを踏まえて,亡Bの自殺前の症状等を検討し,経験則に基づく高度の蓋然性の有無によって判断されるべきであり,その発症時期が強い心理的負荷と認められる出来事の前後いずれか特定できない場合には,出来事の後に発病したものと取り扱うべきである。
(イ) 前記アの亡Bの死亡前の行動や様子の変化,症状のうち,(イ)及び(ウ)は興味と喜びの喪失に,(オ),(カ)及び(ク)aは抑うつ気分に該当し,うつ病エピソードの最も典型的な症状のうち2つを満たしている。また,(エ)は集中力や注意力の減退に,(ケ)の本件遺書の内容は罪責感や無価値感に,(キ),(ク)b,(ケ)及び前提事実(4)イの自殺は自傷あるいは自殺の観念や行為に,(ア)は睡眠障害に該当し,うつ病エピソードの他の一般的症状のうち4つを満たしていることから,うつ病の診断ガイドラインに照らせば,亡Bがうつ病を発症していた高度の蓋然性が認められる。
そして,亡Bのうつ病の発症時期の特定は困難であり,後記(2)のとおり,本件においては強い心理的負荷となる出来事が認められることから,その発症時期はこれら出来事があった後の平成22年12月末日ころであったというべきである。
(ウ) 被告は,Dほか亡Bの同僚が,亡Bの自殺前に症状や様子の変化を認めなかったとして,亡Bのうつ病の発症を争うが,亡Bは家庭にあってもまじめで特に本当に大事なことは自ら抱えて原告にも話さないような自己開示をしない性格であり,また,過労自殺は家族,職場も気付かないうつ病である点に特徴があり,裁判例においても社内では精神障害の兆候や様子の変化が外見的に明らかでない例も多く見られ,認定基準でもうつ病は症状に周囲が気付きにくい精神障害であると指摘されている。それゆえ,亡Bの上司や同僚が亡Bの自殺前に症状や様子の変化に気付かなかったことは,亡Bにおいて自己開示が少なく,自己統制によって外見上問題のない勤務態度を取っていた結果であって,亡Bがうつ病を発症していたとの判断を左右しない。
亡Bが自殺に先立ち前提事実(4)アのヘリウムガスの購入など自殺のための準備をしていることについては,精神障害の発症によって自殺を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害され,自殺に向けた精神的視野狭窄のもとで自殺の手段をインターネットで検索したり,自殺を確実にするための手続,方法を一見周到に準備したりすることは通常見られることであり,むしろ希死念慮の強さを示すものにほかならず,亡Bのうつ病の発症を否定する事情とはならない。
(被告の主張)
(1)  亡Bの自殺は覚悟の自殺であり,亡Bにうつ病の発症は認められない。
ア 亡Bの自殺は,次の事実により,覚悟の自殺であることが裏付けられる。
(ア) 亡Bは,前提事実(4)のとおり,自殺をするに当たり,亡Bが年末休みであり,原告及びCらが不在のため家族に気付かれず受け取れる日を指定して自殺に使用したヘリウムガスを購入しており,また,原告の供述等によれば,亡Bは,平成22年末ころに所有していた単行本やビデオ等を段ボール箱に入れて,ゴミの回収日に処分している。
本件遺書は,亡Bの死亡が自殺と判明した場合には,保険金が支払われなくなる可能性もあるため,亡Bの死体周辺のものを速やかに処分して突然死であることとするよう指示した上で,負債及びその返済が困難となった経緯や亡Bの死後,負債の返済請求が原告に及ばないようにするため原告が執るべき対応の指示や留意点,法的整理を断念するに至った理由や会社への連絡の指示などが原告に対する謝罪や原告の将来の幸福を願う率直な心情とともに簡潔かつ明瞭に理解しやすい言葉で表現されており,その作成時期は,前提事実(4)の自殺の具体的手段,方法や自殺発見後の状況を想定した内容からすれば,その時期はヘリウムガスの注文を行った平成22年12月22日ころから自殺した平成23年1月13日ころまでの間と推認される。
以上の自殺の準備や本件遺書の作成時期や作成状況,本件遺書の内容や表現からは,亡Bに客観的な状況の認識に異常があった形跡は何ら存在せず,自殺の覚悟を決め,まず身辺整理を行い,自殺の手段として,ガスを吸い込むことで急性酸欠状態を作り出し,瞬時に窒息することができ,なおかつ,突然死を装うことが可能なヘリウムガスの吸引を思い立ち,インターネットでヘリウムガスの購入等の念入りな準備をしていたことが窺われる。それゆえ,亡Bが正常な判断能力の下に自殺の準備を進めていたことが推認され,後記(イ)のとおり,亡Bがうつ病を発症していたことを窺わせる事情もないから,自殺に至るまで亡Bの行為選択能力ないし精神的な抑制力が阻害されていたとは認められず,覚悟の自殺を図ったとみるべきである。
(イ) 亡Bの実父からの借入を除く約700万円の負債は,比較的短期のうちに返済しなければならないカードキャッシングによるものであり,この返済の負担が債務者である亡Bに及ぼした精神的負荷は軽視することができない。原告によれば,亡Bは家では特に大事な事を自ら抱え込んで原告に話さないにもかかわらず,原告に初めて負債の存在を明らかにし,原告に相談できないまま返済に行き詰まった経過を打ち明けて負債の清算処理を託しており,その内容に特段不合理な点はない。仮に仕事上の悩みが大きく影響したのであれば,原告主張の亡Bの性格を考慮しても,仕事上の悩みを自らの内心に抱え込み,本件遺書においてさえこれを伝えなかった合理的理由は考えられず,むしろ自殺は仕事上の悩みが原因であると残された家族のために書き残すのが通常といえる。
イ 原告の主張(1)アの亡Bの行動や様子の変化,症状には客観的な裏付けがなく,これが主張されるに至った経過に照らしても信用性が低い。また,本件の事実経過を個別具体的に検討した上で亡Bが自殺に至る機序においてうつ病を発病していたとの医学的知見による裏付けもなく,うつ病の診断基準を満たさないから,亡Bのうつ病の発症は認められない。
(ア) 原告は,本件調査において,当初,亡Bの生前の行動や様子の変化,症状のうち,テレビや新聞への教務の喪失,服装や身なりへの気遣いの喪失及び希死念慮以外の事情を主張しておらず,むしろ死亡直前の亡Bの様子に関して「『自殺』直前の行動についてですが,普段どおりであり,特に変わった様子はありませんでした。」と供述している。職場でもDや同僚の供述から,服装の乱れや言動,仕事の様子などに全く変わった様子はなく,普段どおりであったことが窺われる。
原告は,亡Bが職場の過重労働によってうつ状態となったことを理由に本件労災請求を行っており,本件調査の目的が亡Bの死亡の業務起因性を判断するため客観的事実関係を明らかにすることにあることを誤解していたことを窺わせる事情もなく,亡Bの生前の様子の変化を詳述することを差し控えることは通常考えられないから,亡Bにうつ病を疑わせる様子や兆候がなかったと考えるのが自然である。
(イ) 亡Bにうつ病の典型的な症状はいずれも認められない。
a 原告が抑うつ気分に当たると主張する入浴時の様子や平成22年12月に叔父が来訪した際の様子,平成23年1月11日の亡Bの実母との電話での会話は,前記(ア)の本件調査の経過等に照らして認められず,原告の主張によっても他に亡Bが生前,家庭で塞ぎ込んでいたなどの抑うつ気分を窺わせる事情はない。職場では普段と変わらず職務に従事していたことが認められ,亡Bに抑うつ気分が生じていたことを客観的に認めるに足りる証拠はない。
b 原告が興味と喜びの喪失として主張する亡Bに服装等やテレビ番組に対する関心が失われていったことについては,職場では普段どおり勤務しており,同僚から服装等の乱れの指摘もない。亡Bは,平成23年1月4日に風邪による発熱のため欠勤したが,その後,声が出ない状態ではあったものの出社してデスクでDM作成や事務所での仕事に従事しており,同月7日付けの日報には「営業は声が出ないと商売にならず困りました。」と記載して風邪で体調を崩したことを反省し,積極的に仕事をしたいのにままならず,残念な心境であったことが窺われるから,仕事に興味や意欲を失うことなく取り組んでいたといえ,仮に服装等やテレビへの関心を失っていた様子があったとしても,これをもって興味と喜びの喪失ということはできない。
平成22年12月中旬の自損事故に係る修理業者の手配,保険関係の処理,支払等の一切は,亡Bが行っており,自殺の前日には自ら提案して家族でスーパー銭湯に出掛け,その際,亡B自ら運転して普段と違う様子は特に窺われなかったことなどは,社会人あるいは家族を持つ一家の大黒柱としてごく常識的な行動であって,うつ病の典型的症状である抑うつ気分や興味と喜びの喪失,活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少の兆候は全く窺われない。
c Cが数回見たと供述する平成22年12月末ころからの亡Bがリビングに電気をつけたまま,ボーッとした感じで天井を見つめている様子は,うつ病を発病していない者であっても自殺を考えている期間にしばしばそのような気分に陥ることは通常あり得ることであり,原告も含め亡Bに様子の変化を直接指摘し,あるいは心療内科の受診を勧めるなどの対応をしていないことから,うつ病の診断基準に当たるような深刻な変化はないというべきである。
(ウ) うつ病の一般的な症状のうち,睡眠障害について,原告は,「今思えばもしかしたら,夜,寝られなかったのかとも思う」として推測を述べるにとどまり,睡眠障害の事実は認められない。その他一般的症状を窺わせる亡Bの行動や様子の変化その他具体的なエピソードをDや亡Bの同僚は何ら述べておらず,原告主張の行動や様子の変化,症状はいずれも主体的かつ自由な意思の下に,自ら死亡の結果を意図して覚悟の自殺に至る人間の行動としても充分に説明できる,うつ病の診断基準を満たさない。
(2)  争点2(亡Bのうつ病は業務により発症したものか)について
(原告の主張)
ア 亡Bの労働時間の時間数
(ア) 亡Bの労働時間は,次の方法によって把握すべきであり,これによる亡Bの労働時間は,別紙5「労働時間集計表・原告の主張」記載のとおりである(ただし,平成23年1月6日から同月12日までについては次の原告主張に従い,裁判所において補充した。)。
a 始業時刻は,出勤簿(甲1(323頁から328頁まで))の出社時刻とシステムログ(甲1(25頁から35頁まで))の開始時刻のいずれか早い時刻により,いずれにも記録がない場合には,同僚であるF及びGの出勤照会簿(甲3)の記載に合わせて午前9時とすべきである。
b 終業時刻は,システムログの停止時刻により,これがない場合には日報(甲1(213頁から322頁まで))の登録時刻により,いずれにも記載がない場合には,同僚であるF及びGの出勤照会簿の記載に合わせて午後9時とすべきである。
c 休憩時間は,60分とすべきである。
旧就業規則24条2項は原則的な休憩時間を60分と定めた上で,「業務の都合その他やむを得ない事情により始業・終業時刻を繰り上げ又は繰り下げる事がある。」として,リフォーム事業部について巻末の別添において休憩時間を90分としているが,「業務の都合その他やむを得ない事情」が生じたことはなく,亡Bは60分に満たない短時間の休憩時間しか取ることができなかった。亡Bは,生前,昼の休憩時間は外回り営業の途中にコンビニの弁当等で昼食を摂るだけの短時間しか取れていなかった。
亡Bが従事する業務は,予め決められたスケジュールに従って顧客に対して営業活動であって多くの営業業務に見られる一般的な営業形態であり,休憩時間帯は定められていない。営業活動の途中に昼食を摂るための時間を取ることはあっても,それ以外に休憩時間を取ることは怠業と評価され,訴外会社の営業社員はもとより業種を問わず同様の営業活動に従事する営業社員では通常考えられない。
加えて,亡Bを含む訴外会社千葉支店のリフォーム事業部の営業社員は,恒常的に旧就業規則の定める始業時間よりも1時間早く出勤するなど訴外会社千葉支店リフォーム事業部では就業規則が規範性を有しておらず,営業社員は後記イ(ア)の自らに課せられたノルマを達成するため充分な休憩時間をとることもないまま業務に従事していた。
(イ) 労働時間を把握する上でのシステムログの信用性
亡Bの業務は日常的にパソコンを用いるものであり,少なくともパソコンのログインからログアウトまでの時間は在社して業務に従事していた。システムログの開始時刻は出勤簿の始業時刻後間もなくの時間であり,停止時刻は日報の登録後ある程度経過後の場合もあるが,日報登録後にパソコンを用いた残務作業を行うこともパソコンを使用しない作業や顧客等への電話連絡,社員間の打合せを行うこともある。亡Bは平日や休日に自宅でパソコン等による持ち帰り作業をすることもあり,その時間の特定は困難だが,労働時間の評価に当たって少なくとも付加的要因として考慮されるべきである。
特に本件では,亡Bの出勤簿には「出勤のみ必要」との記載があり,退勤時刻は登録されていない。同僚には出勤簿照会が存在するが,出退勤時刻が登録されているものと出勤時刻のみが登録され,退勤時刻の登録はないものの2種類が存在する上,亡Bの出勤簿照会は記録が2週間で消えるという不自然な説明により提出されておらず,終業時刻の記録が存在しない。
業務上パソコンを使用する者について,タイムカード,ICカード等の出退勤の客観的記録が存在しない場合,特段の事情のない限り,パソコンのログイン,ログアウトの記録が出退勤の客観的記録に代替するというべきであり,この間に業務外の私的行為が行われた等の事情は相手方において反証すべきである。
イ 心理的負荷となった業務上の出来事及びこれによる心理的負荷の程度
(ア) 本件契約目標の存在による心理的負荷
訴外会社においては達成困難な本件契約目標が存在し,その未達は強い心理的負荷となっていたのであり,これは,認定基準別表1の出来事の類型②(仕事の失敗,過重な責任の発生等)の具体的な出来事8(達成困難なノルマが課された)に当たり,その心理的な負荷の程度は「中」に当たる。
すなわち,訴外会社は,その内部文書で「顧客営業基準」を定め顧客営業を担当する営業社員に月間800万円の契約締結や平均単価140万円以上とすることをノルマとして与えていた上,亡Bは,日報で掲げる月の目標額について,平成22年8月6日以降,当初の800万円から940万円に増額し,同年10月以降は1000万円を掲げるなど本件契約ノルマの金額よりも高額であり,本件契約ノルマ以上の目標設定が求められていた。
しかしながら,亡Bは,平成22年10月以降,この目標金額を大きく下回る契約金額しか成約できておらず,平成20年10月以降,たびたび日報において,北関東支店,千葉エリアの予算に多大な迷惑を掛け,あるいは目標をクリアすることができないことについて「申し訳ありません」などと報告しており,達成困難な本件契約目標とその大幅な未達が強い心理的負荷となっていたことは明らかである。
(イ) 本件業務追加による心理的負荷
平成22年10月ころに本件業務追加があり,これは,出来事の類型③(仕事の量・質)の具体的な出来事15(仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった)に当たり,その心理的負荷の程度は「中」程度である。
すなわち,亡Bは,前提事実(3)ウのとおり,平成22年10月ころから新たにf社のシステムキッチン等の営業活動を担当するようになった。この担当になって以降,前提事実(3)カのとおり,従前と比べて契約件数は明らかに増加したが,契約ごとの単価は数十万円と低額であり,f社等との打合せによる手間や遠隔地への移動による効率の悪さから亡Bの営業成績は低迷した。
そして,亡Bは,前記アのとおり,当時月100時間前後の時間外労働に従事しており,また担当業務の増加によって時間外労働も増加していることから,認定基準において,仕事内容の変化による心理的負荷が「中」に位置付けられる目安とされる「担当業務内容の変更,取引量の増加等により,仕事内容,仕事量の大きな変化(時間外労働時間数としてはおおむね20時間以上増加し1か月当たりおおむね45時間以上となるなど)が生じた」場合に当たっている。
(ウ) 本件連続勤務による心理的負荷
亡Bの平成22年12月16日から同月28日までに及ぶ13日間の本件連続勤務があり,これは,出来事の類型③(仕事の量・質)の具体的な出来事17(2週間以上にわたって連続勤務を行った)に当たり,その心理的負荷の程度は「中」程度である。
すなわち,その労働時間は前記ア(ア)のとおりであるところ,本件連続勤務における業務の内容を見ても,同月22日の業務は我孫子市南新木の10年点検であり,本件事業場へ出勤後,現場に向かい,午前9時30分から午前12時50分まで業務を行い,その終了後も本件事業場に戻ってその日の業務に関する業務を行ったと考えられ,帰社後の業務がなかったとしても事業場から現場へは車で片道57分を要するため,業務の遂行に5時間を要し,同月23日は被告の算定によっても午前10時から午後8時47分まで業務を行っており,いずれも「1日当たりの労働時間が特に短い場合」に該当しない。
また,亡Bは同月16日から同月28日までの13日間に130時間22分の長時間労働に従事して,休日においても業務に従事しなければ業務を処理できない状況にあり,これによる心理的負荷は「中」程度と評価するのが相当である。
(エ) 本件事故による心理的負荷
亡Bは,本件事故による担当顧客の負傷のみならず,これにより亡Bが担当する重要取引先であるf社との取引関係が今後悪化し,f社の亡Bに対する信頼が失われることも懸念しており,その心理的負荷は強いものであったのであり,事故後の処理は上司のDが担当し,亡B自身が直接携わることはなかったものではあるが,これは,出来事の類型②(仕事の失敗,過重な責任の発生等)の具体的な出来事12(顧客や取引先からクレームを受けた)に当たり,その心理的負荷の程度は「中」程度である。
すなわち,特に本件事故は,日報で「歳末となりf社キッチンの現調依頼が低迷しております。」,f社案件が「今月情報件数3件と危機的状況です。」と報告している状況で発生し,亡Bは本件事故によりf社との関係が非常に心配であるとDに強い懸念を報告していたのであるから,認定基準における「心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例」,「心理的負荷の総合評価の視点」,「総合評価における共通事項」の内容を踏まえて評価すると,心理的負荷の程度は「中」程度であると評価するのが相当である。
(オ) 月80時間以上の時間外労働による心理的負荷
亡Bの労働時間は,前記ア(ア)のとおりであり,これは,他の項目で評価されない場合,出来事の類型③(仕事の量・質)の具体的な出来事16(1か月に80時間以上の時間外労働を行った)に当たり,その心理的負荷の程度は「中」程度となるべきものである。
ウ 亡Bの業務による心理的負荷の程度
(ア) 認定基準第4の2(4)ウにより,出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価が行われるところ,恒常的長時間労働は,「出来事前」,「出来事後」のそれぞれの期間について時間外労働が100時間程度となる月(30日)が1回でもあれば足り,これが認められる場合の業務による心理的負荷は,労働時間を加味せずに心理的負荷の強度が「中」程度と評価される具体的出来事があり,出来事の前に恒常的長時間労働が認められ,出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合,又は,出来事後すぐには発病に至っていないが事後対応に多大な労力を要しその後発病した場合であれば,認定基準によれば総合して「強」となる。
亡Bには平成22年9月から同年12月にかけて月100時間を超える恒常的長時間労働が認められ,仮に被告主張の労働時間を前提としても,なお平成22年11月23日から遡及した30日間に恒常的長時間労働が認められるから,出来事前の恒常的長時間労働の要件を満たしている。
(イ) 亡Bのうつ病発症は,前記(1)のとおり,平成22年12月末ころであるところ,前記アのとおり,この直前6か月間に恒常的長時間労働に従事しており,この間に生じた出来事の心理的負荷は前記イのとおり労働時間を加味せずに心理的負荷の強度が「中」と評価すべきものであるから,総合的な評価は「強」となり,亡Bの精神障害には業務起因性が認められる。
また,認定基準は「一つの出来事のほかに,それとは関連しない他の出来事が生じている場合には,主としてそれらの出来事の数,各出来事の内容(心理的負荷の強弱),各出来事の時間的な近接の程度を元に,その全体的な心理的負荷を評価する」と定め,具体的には「単独の出来事の心理的負荷が『中』である出来事が複数生じている場合には,全体評価は『中』又は『強』となる。」としており,前記イ(ア)ないし(エ)の出来事の心理的負荷は,いずれも「中」に該当し,それぞれの出来事は関連せず,かつ時間的に近接しており,被告においても心理的負荷を「中」とする本件事故を含むこれら複数の出来事を評価すれば「強」に相当する心理的負荷が生じていた。
エ 業務外の事情との関係
(ア) 被告は,仮に亡Bにうつ病が認められるとしても,亡Bには,前提事実(4)ウのとおり,799万0466円の負債が存在し,また,亡BはCらの学費の負担に大きな不安を抱いており,これによる心理的負荷がうつ病発症の原因になったと主張する。
(イ) しかしながら,亡Bの月収は総支給額で30万円から40万円程度であり,平成22年11月には基本給が約2万円増額され,同月の総支給額は43万0282円,同年12月の総支給額は42万5456円であったことに加え,妻である原告もパート勤務により毎月7万円程度の収入を得ている。負債のうち100万円は実父からの借入であるから,これらの負債は亡Bの収入からすれば返済困難な額とはいえず,返済を遅滞していた事情もなく,原告も生活は楽ではなかったが,困っていると感じたことはない。本件遺書に負債について記載があるのは,前記ア(ケ)のとおり,本件遺書がうつ病発症後に負債を残したまま自殺することへの自責感から書かれたからである。
亡Bには,前提事実(1)イのとおり,大学生のCと高校生の長女がおり,Cの学費は年100万円程度であったが,奨学金が年50万円程度支給されているし,Cもアルバイトをして学費の一部を自ら稼いでいる。長女の学費は年30万円程度であるが,このうち15万円は県から助成金が支給され,家計における学費の負担は年15万円程度である。
以上の負債の返済やCらの学費負担にかかわらず,家計は苦しいながらも支障なくやりくりできており,うつ病を発症するほど強度の心理的負荷は認められない。また,Cらに持病等はなく,夫婦関係も特に問題なかったことから家族等の業務以外の心理的負荷が生じる要因はなかった。
(ウ) 業務による強い心理的負荷が認められる場合,強度Ⅲに該当する業務以外の出来事が複数ある場合等,業務以外の心理的負荷によって発病したことが医学的に明らかであると判断できる場合に限って,業務起因性を否定するのが適当であり,前記負債の存在やCらの学費,原告が過去に不安定になったことはいずれも強度Ⅲに該当する出来事には当たらず,亡B自身の個体側要因は認められない。
オ まとめ
以上のとおり,亡Bは,平成22年12月末日ころにうつ病を発症し,その要因として,総合的に判断すれば心理的負荷の程度が「強」であるというべき達成困難なノルマの未達や新たな担当業務の追加,本件事故の発生,2週間以上の連続勤務があり,また,この頃,亡Bが恒常的時間外労働に従事していたことからすれば,前記各出来事を総合評価した心理的負荷が「中」であるとしても業務による心理的負荷は「強」というべきである。亡Bに心理的負荷となる業務外の事情は認められず,亡Bがうつ病を発症して死亡したことには業務起因性が認められる。
(被告の主張)
仮に亡Bにうつ病の発症が認められるとしても業務により発症したものではなく,亡Bの自殺による死亡に業務起因性は認められない。
ア 亡Bの労働時間の時間数について
(ア) 亡Bの労働時間の把握方法については次のとおりであり,これによる亡Bの労働時間は,別紙6「労働時間集計表・被告の主張」のとおりである(原告が,訴外会社に対する亡Bの時間外労働に係る割増賃金を請求した事件の判決では,より少ない時間外労働の時間数しか認定されていない。)。原告は労働時間を把握するに当たり,システムログを重視すべきであると主張するが,後記(イ)のとおり,システムログは労働時間を反映したものではない。
a 始業時刻については,出勤簿が始業時刻を把握する客観的資料となるほか,訴外会社作成の勤務時間一覧表(甲1(329頁から340頁まで))記載のポータル登録時間が重要な資料といえ,また,手帳(甲1(68頁から75頁まで))を参考資料とすべきである。
b 終業時刻については,日報が終業時刻を推計する客観的な資料となるほか,業務メール送信時間履歴(甲1(60頁から67頁まで)),ファイルの更新記録(甲1(36頁から59頁まで))及び訴外会社作成の勤務時間一覧表記載のポータル登録時間が重要な資料といえ,また手帳を参考資料とすべきである。
c 休憩時間は90分とすべきである。
訴外会社の旧就業規則ではリフォーム事業部について休憩時間は90分であり,平成23年9月1日改定の新就業規則では120分とされているものの同年7月26日成立,同年8月25日届出の協定届では同年4月1日から平成24年3月31日までの期間を対象に所定労働時間に係る休憩時間を90分として届け出ていることから,訴外会社における亡Bの休憩時間は90分である。
亡Bの業務は顧客先を訪問しての営業活動であり,顧客を訪問する合間に休憩を取得することは可能であって拘束性は認められず,訪問先の決定,訪問日時の調整等のスケジュール管理も自身で行っていたことから,突発的な業務に備え,あるいは次の業務に向けて待機する手待時間や待機時間は存在しない。
(イ) システムログの信用性
亡Bを含む訴外会社の労働者は自ら購入したパソコンで業務を行っており,亡Bは,このパソコンを自宅に持ち帰ったり,訴外会社の事業所に置いて帰ったりといろいろであったことから,業務以外の私的な用途に使用していた可能性も考慮する必要があり,必ずしもシステムログの開始から停止までの時間帯の全てにおいて業務に従事していたと客観的に認めることができない。
それゆえ,亡Bが従事した労働時間の証拠として信用性を認めることはできない。実際,自殺に使用されたヘリウムガスは亡Bが業務に使用するパソコンによってインターネットを通じて購入されており,亡Bが業務に使用していたUSBメモリーからは業務に関するデータ,情報等とともに亡Bの負債に係るファイルが残されており,業務以外の目的でもパソコンを起動させて使用している。
また,システムログは,開始と停止が交互に連続するはずであるが,開始を示すログが連続する日が複数存在するなど不自然である。
イ 心理的負荷となった業務上の出来事及びその負荷の程度について
(ア) 本件契約目標による心理的負荷
達成困難な本件契約目標が存在し,その未達が強い心理的負荷になっていたことについては否認し,かつ,争う。
もっとも,亡Bが平成22年10月以降の各月末の日報で「北関東支店,千葉エリアの予算に多大なご迷惑をお掛けして申し訳ありません」,「目標をクリアすることが出来ませんでした。申し訳ありません。」などと報告して自己の営業成績を気にしていたことは窺われ,原告は,亡Bが死亡の一,二か月前に成績が伸びず,困っていたと主張することから,このことは認定基準別表1の具体的出来事9の「ノルマが達成できなかった」に該当するとはいえる。
しかしながら,亡Bは職務経験や能力に照らして一般社員より高い数値目標の達成が見込まれて主任の役職にあり,千葉支店在籍のリフォーム営業担当者10名のうち過半数は目標に近い数値を達成しているから,月間目標800万は同種の経験等を有する労働者にとって達成困難とはいえない。また,訴外会社ではノルマというわけではなく,Dも「Bさんが気にしていたのであれば,それはBさんのプライドだと思います。」と述べている。日報にも目標を達成した際に祝意や期待のフィードバックコメントはあるが,目標未達を追及するようなコメントはなく,目標の達成が強く求められていたとはいえず,ペナルティを受けるなど心理的負荷を「強」又は「中」とすべき事情もないから,その心理的負荷の強度は「弱」と評価するのが相当である。
(イ) 本件業務追加による心理的負荷
本件業務追加後,亡Bは,日報で遠隔地でのf社案件の現調の効率が悪い状況や帰社時間が遅くなり,顧客の点検を入れられず,契約活動ができていないことなどを報告しており,新たな業務による営業エリア拡大に伴う移動時間による効率の悪さから営業成績が低迷していた状況が窺われるから,本件業務追加が,原告の主張のとおり,具体的出来事15の「仕事の内容・仕事の量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」に該当することは認める。
しかしながら,本件業務追加による心理的負荷が「中」であることは否認する。この業務は初めて増えたわけではなく,たまたまその数か月,亡Bが担当していただけで,特に業務に負担というものではなく,営業にとっても顧客が決まればやりやすいなど亡Bの仕事内容に大きな変化はない。亡Bは,遠隔地でリフォーム営業の効率が悪い場合には,現調のみならず,f社の顧客に対しても追加提案を行い,ダイレクトメール(DM)による顧客の反響や10年点検という手法とのバランスを考慮しながら業務効率の改善を適切に進めており,この前後の時間外労働の実績から見ても亡Bの仕事量が大きく変化したとはいえない。そして,その心理的負荷を「強」又は「中」と評価すべき事情は認められず,心理的負荷の強度は「弱」というべきである。
(ウ) 本件連続勤務による心理的負荷
本件連続勤務は,原告の主張のとおり,具体的出来事17の「2週間以上にわたって連続勤務を行った」に該当することは認める。
しかしながら,その心理的負荷の程度が「中」であることは否認する。同月22日は午前9時30分から午前12時まで10年点検を,同月23日は午前10時から午前12時まで現地調査を行い,その労働時間は2時間ないし2時間30分であって「1日当たりの労働時間が特に短い場合」に該当する労働日が含まれている。また,休日労働の理由は,顧客の都合上他の日に実施することが困難な事情があったことにあるといえ,必ずしも休日も対応しなければならない業務量のため実施したともいえず,その心理的負荷の強度は「弱」が相当である。
(エ) 本件事故による心理的負担
亡Bは,日報で本件事故について「この1週間で2件の事故が担当物件で発生し,f社様との関係を失墜させてしまい誠に申し訳ありません。」,「f社様との関係が非常に心配です。」と報告しており,亡Bが本件事故を含む2件の事故の発生によって特にf社との関係が悪化することを危惧していたことが窺われ,本件事故が具体的出来事12の「顧客や取引先からクレームを受けた」に該当し,その心理的負荷の程度が「中」であることは認める。
本件事故の処理はDが全て行っており,亡Bにおいては,平成22年12月25日の本件事故のあった顧客宅の訪問,同月26日のf社沼南店への謝罪訪問以外に,本件事故に関して顧客や取引先に対する謝罪その他の対応を行ったことは窺われない。訴外会社としても大きな出来事ではなく,会社としての損失,慰謝料,賠償等は発生しておらず,亡Bは妥当な内容の「納品物の不適合の指摘等を受けた」というべきものであり,その心理的負荷の強度は「中」と評価するのが相当である。
(オ) 月80時間以上の時間外労働による心理的負荷
亡Bは,平成22年9月16日から同年10月15日までの1か月間に80時間56分の時間外労働をしており,これは,具体的出来事16(1か月に80時間以上の時間外労働を行った)に当たるが,これによる業務による心理的負荷の程度を「中」又は「弱」と評価するのは,他の項目で評価されない場合に限られることから,単独の出来事として評価するのは失当である。
ウ 亡Bの業務による心理的負荷の程度
(ア) 本件は恒常的長時間労働と相まって業務による心理的負荷が「強」とされる場合ではない。
仮に亡Bの精神障害の発病が認められるとしても,うつ病の発症を窺わせるような明らかな症状は確認できないため,その発症時期は判然とせず,遅くとも自殺した平成23年1月13日までに発病したとしかいえないというべきである。前記アのとおり,亡Bは平成22年10月25日から同年11月23日までの1か月間に月100時間4分程度の時間外労働である恒常的長時間労働に従事し,前記イ(エ)のとおり,その後の平成22年12月18日から同月25日にかけて心理的負荷が「中」程度の業務上の出来事である本件事故に遭遇しているが,前記うつ病が発症したと仮定される時期からすれば,発症までに19日間が経過しており,業務上の出来事後すぐに発病したとはいえない。また,前記イ(エ)のとおり,亡Bが本件事故の事後対応に多大な労力を要したとも認められず,本件事故による心理的負荷は恒常的長時間労働と相まって業務による心理的負荷が「強」とされる場合に当たらない。加えて,亡Bは,平成22年12月29日から平成23年1月5日までの間,休日ないし有給休暇を取得しており,本件事故の対応に伴う疲労は回復しているというべきである。
(イ) 前記イ(ア)ないし(エ)の亡Bの心理的負荷となった業務上の出来事による心理的負荷の程度は,本件事故が「中」であるのを除き,いずれも「弱」であり,本件業務追加と本件契約目標の存在及びその未達を関連づけ,あるいは,各出来事が相互に関連なく生じているとしても,いずれであっても業務による出来事の全体評価は「中」にとどまる。
エ 業務外の事情との関係
(ア) 前記アないしウのとおり,亡Bに業務による強い心理的負荷は認められず,その発症は業務外の出来事が関与しているといわざるを得ず,本件において業務外の出来事を無視することは相当ではない。
(イ) 亡Bは,キャッシングをしながら一人で家計費のやり繰りをしていたが,借金の返済ができない状態に陥ってしまったうえ,Cらの学費の支出も家計を圧迫していた。亡Bの負債は同人の生命保険金により完済しており,生前の返済は容易でなかったことが窺われ,前記(1)アのとおり,本件遺書の内容は,負債に関する内容が多くを占め,業務の負担に関する記載がないことからすれば,負債による心理的負荷は軽視できない。原告は,生活に困っていると感じていたことはなかったとするが,家計や負債の一切は亡Bが管理し,原告の関与はなかったのであるから,亡Bの日常の家計のやりくりや負債の返済による経済的,精神的負担を原告が正確に認識していたとみることには甚だ疑問がある。なお,Cは,学費に充てるためではなく,自身の食事等に使う私費を賄うためアルバイトをしており,アルバイト代は学費には充てられていない。
本件遺書には「民事再生等も考えましたが,Xに相談するとうつが再発して自殺の恐れがあるので出来ませんでした。」との記載があるところ,原告の不安症の既往歴は,亡Bの以前の勤務先が倒産した際に収入やCらの学費を心配しすぎたことによるものであり,亡Bは,原告に負債の法的整理を相談した場合の原告の精神障害の再発を強く懸念して,これを避けたいという気持ちから負債の存在を家族に秘匿して1人で抱え込んだと強く疑われ,原告の精神障害の既往歴は亡Bにとって大きな心理的負荷の要因となったと推認される。
(ウ) そして,上記(イ)の事情については,認定基準「別表2 業務以外の心理的負荷評価表」(以下「認定基準別表2」という。)に照らしてみると,借金の返済ができない状況に陥ったことは,認定基準別表2の出来事の類型③(金銭関係)の具体的出来事の「借金の返済の遅れ,困難があった」に当たり,心理的負荷の強度は「Ⅱ」となる。原告に精神疾患の既往があり,Bが症状の悪化等を心配していたことは,出来事の類型②(自分以外の家族・親族の出来事)の具体的出来事の「配偶者や子供が重い病気やケガをした」に当たり,心理的負荷の強度は「Ⅲ」となる。Cらの学費の捻出に苦労していたことは,出来事の類型②のの具体的出来事の「子供の入試・進学があった又は子供が受験勉強を始めた」に当たるが,心理的負荷の強度は「Ⅰ」ではなく,亡BがCらの学費を心配しながら一人で家計費の遣り繰りをしていたことにかんがみ,「Ⅱ」となる。しかしながら,心理的負荷の強度が「Ⅲ」となるものはなく,亡Bには,業務以外の心理的負荷によりうつ病を発症するような事態もなかったといわなければならない。
以上によれば,亡Bの自殺には,業務外の出来事である多額の負債や原告の精神障害の既往歴による心理的負荷が強く影響しているが,うつ病の発症はないというべきである。してみると,亡Bの自殺は,借金やCらの学費に関する悩みを一人で抱え,家庭内で誰にも相談できずにいるという業務以外の心理的負荷を受けていた亡Bが,原告に心配をかけずに借金を清算し,Cらの学費も生命保険金で確保するという動機を形成するに至り,この動機を実現する方法として主体的に自死を選択した「覚悟の自殺」であると理解するのが相当である。
オ まとめ
以上のとおり,亡Bの自殺は多額の負債の存在などを背景とした覚悟の自殺でありうつ病の発症は認められず,仮にうつ病が発症していたとしても業務上の出来事による心理的負荷は,いずれも「弱」ないし「中」であって,労働時間を踏まえ総合的に評価しても「中」にとどまるから,うつ病の発症が業務による強い心理的負荷によるとはいえず,しかも,業務外の出来事である原告の既往歴のため多額の負債を1人で抱え込まなければならなかったことの心理的負荷が強く影響しており,亡Bの死亡に業務起因性は認められない。
第3  当裁判所の判断
1  業務起因性の判断枠組みについて
(1)  「労働者が業務上死亡した場合」とは,労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,当該負傷又は疾病と業務との間には相当因果関係があることが必要であり,その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならない(最高裁判所昭和50年(行ツ)第111号同51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。
労基法施行規則35条別表第1は,労基法75条2項の規定の委任を受けて,補償の対象となる疾病として一定のいわゆる職業性疾病を列挙しているところ,これは,業務に伴う有害因子によって発症しうることが医学的知見において一般的に認められている疾病を具体的に列挙したものであって,当該疾病を発症させるに足りる条件のもとで業務に従事してきた労働者が当該疾病に罹患した場合には,業務上の災害の認定上,特段の反証がない限り,これを業務に起因する疾病として取り扱うこととしたものであり,この意味において労基法施行規則35条の規定は職業性疾病について,業務起因性の立証の負担を軽減する機能をもつものであるが,労働者が罹患した疾病が同条各号所定の疾病であること自体の立証まで不要とするものではない(最高裁判所昭和59年(行ツ)第227号同63年3月15日第三小法廷判決・労働省労働基準局監修「体系労災保険判例総覧」(労働法令協会,平成3年)357頁参照)。
そして,労基法施行規則35条別表1の2第9号は「人の生命に関わる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」を掲げていることから,労働者の精神障害の発症を前提に,労働者の従事する業務がその内容,性質及び勤務態様その他労働者の具体的な勤務状況に照らして心理的に過度の負担を与えるものであって労働者の精神障害発症の原因といえ,他に労働者に精神障害の発症となる有力な原因が認められない場合には,労働者の業務と労働者に生じた精神障害との間に相当因果関係があるというべきである(最高裁判所平成3年(行ツ)第31号同6年5月16日第二小法廷判決・裁判集民事172号509頁,最高裁判所平成6年(行ツ)第200号同9年4月25日第三小法廷判決・裁判集民事183号293頁,最高裁判所平成7年(行ツ)第156号同12年7月17日第一小法廷判決・裁判集民事198号461頁,最高裁判所平成14年(行ヒ)第96号同18年3月3日第二小法廷判決・裁判集民事219号657頁参照)。
(2)  この点,第2の4(3)のとおり,精神障害の業務起因性について認定基準が定められているところ,その作成経緯及び内容に照らして,十分な根拠を有する医学的知見に基づくとともに,前記(1)の業務起因性の判断枠組みとも整合的であると解されるから,精神障害の業務起因性を判断するに当たっては,認定基準の趣旨,内容を十分に斟酌して判断するのが相当である。
2  争点1(亡Bはうつ病を発症して自殺したのか)について
(1)  後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
ア 亡Bの訴外会社入職前の事情について
亡Bは,d社の倒産により同社を退職したため,失業し,b社やd社に勤務していた時期には月額約35万円程度あった収入も失った。原告は,亡Bの仕事と収入がなくなったことと,Cらの学校にお金がかかることを考えすぎてしまって,不安症を発症し,心療内科に通院した。もっとも,原告の不安症は,亡Bの訴外会社への入社が決まったことによって,症状が改善した。
【前提事実(2),甲1(146頁から153頁まで),原告本人】
イ 亡Bの負債について
亡Bは,その死亡当時(正確には平成23年1月12日現在),実父からの借入を除いて考慮しても,699万0466円のクレジットカードによるキャッシングやショッピングによる負債を抱え,その利率は少なく見積もったとしても10パーセント程度はあり,その返済は利息の支払だけで月6万円程度であったと推認される。
【前提事実(4)ウ,甲1(192頁),乙20から23まで】
ウ 亡B世帯の家計管理について
亡Bは,少なくとも訴外会社の勤務となってからは,亡Bの世帯の家計を全て管理し,原告には,生活費として毎月12万円を手渡すだけで,給与明細を交付することもなかった。原告は,原告の訴外会社からの給与が月額21万円程度と認識し,亡Bから手渡される月12万円の家計費で家計を維持していた。また,原告は,亡Bから家計が苦しいなどと言われたこともなく,亡Bの死後になって,上記イの亡Bの負債の存在を知った状況であった。
【甲1(146頁から158頁まで),原告本人】
エ 本件遺書の内容
本件遺書は,別紙3記載のとおり,冒頭で「幸せに出来なくてごめんなさい。」という原告への謝罪から始まり,自殺の場合には保険金が支払われない可能性があることを注記し,発見後には亡Bの遺体の周囲の物を速やかに処分して突然死であるとすべきこと,家計の不足を補うための借入による返済が存在すること,この負債については家計費に使ったことを説明せずに損金処理を依頼すべきこと,民事再生手続等の法的整理も考えたが,原告のうつ病再発による自殺を危惧して原告に相談することができず,Cらの学費なども考えて自殺を選択したことを内容とする。
【前提事実(4)イ】
オ 亡Bの生前の行動や様子などについての亡Bの同僚の認識
職場の上司であるDは,亡Bの自殺する前の行動や様子について,「正直,まったく変わった様子はありませんでした。服装の乱れ,言動,仕事,特に何もありませんでした。」と認識し,同僚であるFも,同様に「特に変わった様子もありませんでした。」と認識していた。
【甲1(154頁から162頁まで)】
カ 亡BがD宛てに提出した平成22年10月以降の日報記載(抜粋)
(ア) 平成22年10月16日
「今週,f社案件で九十九里町や大網白里町の現調を行いましたが,自宅からは100kmあり,事務所からも60km近くあり効率が悪い状況です。帰社に4時間かかります」。
(イ) 同月22日
「目標大幅未達の件について」として「Hリーダーの引継やf社を新たに担当となり,且つ大型リフォーム工事が始まり定期的に顔を出して問題を未然に防止するようにしたりで,帰社時間が遅く顧客の点検を入れられていない状況です。契約活動が出来ていない状況で申し訳ございません。この1週間f社現調で頑張ります」。
(ウ) 同月30日
「目標未達の件について」として「北関東支店,千葉エリアの予算に多大なご迷惑をお掛けして申し訳ございません。」,「目標未達の焦りから数字を取りにいって,お客様目線での提案や会話が不足しているのが,契約に繋がらない要因かと考えます。月前半~中旬までに目標達成が出来るような組立に改善していきます」。
(エ) 同年11月13日
「現在,数字が悪くf社キッチン現調を最優先して行動して,帰社時間も連日21時で見積作成時間が取れていません。日々累積されており焦っていますが時間がありません。早急に体制を立て直します」。
(オ) 同月14日
「見積依頼が溜まってきましたので,きちんと見積作成し,商談日時を決めれば8,000千円以上の達成は見えてきました。あとは見積作成時間をいかに作るかです」。
(カ) 同月22日
「現在,労働時間が長く効率の良くない環境にあります。振り返ると反響営業は水モノでいつ連絡があるかわかりませんので,事前にスケジュールを組めません。しかしながら,アクション~クローズまでが早ければ契約確率が高いので魅力的です。顧客点検は計画を組んで進められますので効率は良いのですが,契約率が悪い状況にあります。f社+顧客反響+10年点検のバランス良くやっていくには,どうするのが良いのか?意識して進めて改善サイクルを廻していきます」。
(キ) 同年12月2日
「目標達成に向けて」として「まずはスタートを切るべく,この土曜日の2件のf社現調と日曜日の外装メンテナンス工事の商談を契約して勢いを付けたいと考えています。今週の目標3,000千円達成を目指します」。
(ク) 同月9日
「本日研修会に出席して感じた事は,営業の原点であるお客様へきちんと伝え理解し記憶して頂く事の大切さです。一方通行にならないよう確認しながら空気を読み,後日トラブルとならないよう今後とも進めて参ります。自責で考えて改善する習慣・素直さが大切であると感じた日でした」。
(ケ) 同月10日
「DMの件」として「本日550パックDM100通の発送準備を致しました。」,「この案内も折らずに封入できますので,見て興味を持たれる方が多くなるのではと期待しております。今月中に2件の反響がある事を目標としています」。
(コ) 同月11日
「感じた事は,ライバルのg社のように発想を変えルート営業として定期訪問し人間関係を維持する事が大切だと感じました。皆担当がコロコロ変わって困っていると言われました。」,「取引の薄くなった店舗へは定期訪問のルート営業活動を最初に行わないといけないと感じました。依頼の来ていた担当者は,知らず知らずのうちに,この3点が出来ていたのではないでしょうか?」
(サ) 同月23日
「相見積勝負となると弱いので,克服するために弱点強化とネック事項の想像と対応方法を考えていきます。リーダーのアドバイスを一つ一つ活かしてものにしていきます」。
(シ) 同月26日
「一般飛び込み実施の件」として「久しぶりに実施致しましたが,やはり現実は歳末で厳しい状況でした。顧客のありがたさを身に染みて感じました。今後は顧客を大切に契約に繋げていきます」。
(ス) 同月28日
「目標未達の件」として「目標10,000千円を達成出来なく誠に申し訳ございません。本日最後に外装メンテナンス工事を1件契約を頂きました。昨年も最終日に2件契約を頂きました。支店長が朝礼で言われたように,節目節目でテンションを上げて実績を出せるよう来年から心機一転頑張ります」。
(セ) 平成23年1月9日
「f社現調の件」として「本日現調したお客様は築28年で殆どノーメンテナンスで,傷みが酷い状態でした。建替えか迷っているようです。何とかf社で契約を頂くと追加がドンドンと出てきそうです」。
(ソ) 同月10日
「f社現調未決の件」として「本日現調したお客様は,築15年と比較的新しい方でL型キッチンでした。f社キッチンにL型はないので,納まりがI型でガラッと変わってしまう事から,即決とはなりませんでした。今後このような場合でも契約を頂けるよう雰囲気作りから改善していきます」。
【甲1(213頁から322頁まで)】
キ 本件労災請求に係る審理経過について
(ア) 平成23年5月18日付け申立書(ただし,処分庁の受理日は平成24年5月25日)の記載
a 原告は,本件労災請求をした経緯について,亡Bが死亡した当初,負債の返済のため弁護士事務所に相談に行ったところ,借金だけの問題での自殺には疑問があるとの話になり,亡Bの業務の状況等について説明したところ,訴外会社の働かせ方にいろいろ問題があるとわかったため本件労災請求をしたと記載した。
b 原告は,本件申立書の「発症前の心身の状態,症状について(言動等での具体的変化を記載して下さい。)」との欄に「服装等にあまり気を使わなくなっていた。興味のあったテレビ番組に関心がなくなっていた。」とのみ記載した。
c 原告は,本件申立書において訴外会社の働かせ方の問題として,業務による深夜の帰宅や自宅において早朝から業務をしていることにより3時間程度の睡眠時間の日々が続いていたこと以外については時間外手当,休日残業,営業経費の支給がないことを指摘した。
d 原告は,亡Bの自殺の原因について,訴外会社入社後,「生活パターンが一転して深夜残業,休日出勤が連日続いても契約がとれなければ叱責され,残業代も休出代はなく,賞与もほとんど出ず,営業経費等持ち出しが多くなり,借金がふくらむ要因になっていた」,f社の業務が追加となって以降,担当エリア以外の仕事のための移動時間,手間が増え,それまでのリフォーム営業が思うようにできず,「営業成績が低下,夜もほとんど寝ずに働いても報酬は減る一方,借金が更にふくらむということで将来に絶望してしまったのではないか」と説明した。
【甲1(133頁から145頁まで)】
(イ) 原告の平成24年6月20日の本件調査における供述内容
a 亡Bの死亡前の行動や様子の変化,症状について,平成22年末の単行本などの整理のほか,訴外会社入社後,時間外手当などの不支給を含む仕事の愚痴が増えたこと,就寝は午前1時から2時くらいで,午前4時から5時くらいに起床して仕事をしており,「今,思えばもしかしたら,夜,寝られなかったのかとも思います。」,訴外会社に入社後「忙しくて夜も眠れなくなっていたのではないかと思いました。」と供述している以外に指摘はなく,「『自殺』直前の行動についてですが,普段どおりであり,特に変わった様子はありませんでした。今,思えば先に述べたとおり,本の整理をしていたことくらいです。」と供述した。
b 亡Bの死亡の理由について,「自殺した理由は,借金なのか,仕事なのかと言われると困りますが,仕事が忙しくなくて,せめて残業代や交通費等が支払われていれば少し給料を(原文ママ)上がり,自殺にいたるまでにはならなかったのでは」と説明し,さらに「借金の件もあるのですが,これからの将来的な不安と絶望感が大きくなってしまったのではないかと思います。不安とは金銭的な不安が一番大きかったと思います。子供が学校に行けなくなる事を一番気にしていました。」と追加して供述した。
c 本件労災請求の理由として,原告は,訴外会社に亡Bの時間外手当の支払を求めたところ,訴外会社から「残業代は払えないと言われました。監督署に相談したら,調査してくれると思い今回の請求に及びました」としたうえ,上記のとおり,「仕事が忙しくなくて,せめて残業代や交通費等が支払われていれば少し給料を(原文ママ)上がり,自殺にいたるまでにはならなかったのではと思い労災請求をすることにしました。」と供述した。
d 亡Bの死亡後,弁護士に依頼していろいろと相談に乗ってもらっているとも供述した。
【甲1(146頁から153頁まで)】
(ウ) 原告は,本件処分に対する審査請求に係る平成25年7月12日付け意見書によって,原告のうつ病発症を基礎付ける事情として上記(ア)及び(イ)以外の原告の主張(1)アの事情を追加した。
【甲1(2頁から24頁まで)】
(2)  前記2(1)の認定事実を踏まえ,原告の主張(1)アの亡Bの生前の様子や行動の変化の有無等について検討する。
ア 原告は,前記第2の5(1)アにおいて,亡Bの生前の様子や行動の変化,症状に関する主張をするところ,そのうち,亡Bがヘリウムガスを購入した事実,本件遺書の記載内容,亡Bの自殺の事実については争いがなく,それ以外の事情についても,原告において同(ア)ないし(ク)の主張に沿う供述(甲20の1,原告本人)をし,Cおいても同(ア)及び(ク)bの主張に沿う供述(甲20の1,証人C)をしている(この点,亡Bと同居していた子であるCの供述を見ても,亡Bの帰宅時間など亡Bの睡眠時間について整合する部分はあるものの,亡Bのテレビや新聞への興味の喪失,服装,身なりへの気遣いの喪失といった日常生活における変化はもとより,平成22年12月中旬に叔父が来訪した時の様子や亡Bの特異な行動を示す入浴時の様子については指摘をしていない。)。
しかしながら,少なくとも本件で争いのない被告主張の限度での労働時間数があれば,亡Bの睡眠時間が原告主張のとおりであっても不合理ではないといえるにとどまり,原告及びCの供述ないし陳述のほかには原告の主張を裏付ける確たる証拠は存在しない。
そこで,原告及びCの供述ないし陳述の信用性について検討する。
イ 原告は,前記2(1)キにおいて認定したとおり,原告の主張(1)ア(ア)ないし(ウ),(キ)及び(ケ)以外の事情については審査請求に至るまで主張しておらず,審査請求において初めて主張している。このような主張の時期からみて,原告の供述ないし陳述の信用性が肯定されるかが問題となる。
確かに,亡Bは,前提事実(4)イのとおり,自宅において頭からビニール袋を被り,ヘリウムガスを吸引して自殺を図って死亡したものであり,その死亡の原因,態様は,家族をはじめとする周囲の者にとって直ちには受け入れがたく,耐え難い衝撃的なものであったことは想像に難くない。
しかしながら,このような耐え難い衝撃的ものであった場合にも,周囲の者が,自殺を防止できなかったことへの後悔の念なども相まって,自殺者にとっての心理的負荷の要因その他自殺の原因について思索するのは自然なことといえ,亡Bの家族にあっても,亡Bの自殺の原因を話題にすることは当然にあり得るし,また,原告に精神的な疾病歴があるとしても,亡Bの妻である原告が,妻として,亡Bの両親やCらに対し,亡Bの自殺の原因について何らかの説明の必要に迫られる場面があったとしても不自然,不合理ではない。
そして,特に原告の主張(1)ア(ク)の自殺の前々日の亡Bと母親の電話による会話の内容や自殺前日のスーパー銭湯におけるCとの会話の内容は,亡Bが直裁にあるいは暗に仕事の苦痛や大変さを訴えるものであって,原告及びCらの家族を責め,その不利益となる内容は全く含まれていないものであり,亡Bの自殺の原因が業務過重による心理的負荷にあると推知させるものである。このような自殺の前々日の亡Bと母親の電話による会話の内容や自殺前日のスーパー銭湯におけるCとの会話の内容は,家族内で話題にすることが憚れるものであったとは考えられないものであって,原家族の自殺に直面した者の心境に鑑みれば,亡Bの自殺後間もなく,亡Bの母親やCからこうした事情が家族に提示され,家族の間で話題となっても何ら不自然ではない。
この点,原告及びCが直ちに主張しなかった理由として,家族内では話しにくい雰囲気があったとしたり,原告において失念したり,自己保身の気持ちがあったりしたと主張するところは,上記説示で指摘したところに照らして不自然であることを否めないうえ,亡Bの自殺が業務による心理的負荷に起因して発症したうつ病にあるとして本件労災請求を行っていたのであって,それでいて亡Bのうつ病の発症やその業務起因性を基礎付ける事情の主張を控えていたという対応には何ら合理性が見出せないこと,原告が本件労災請求に及んだ経緯やその後も専門家である弁護士から助言を得ることのできる状況にあったことに照らして,たやすく採用することができない。
また,原告は,亡Bの自殺前前日の母親との電話については前記(1)キ(イ)の本件調査における聴取後の平成24年10月ころに,亡Bの自殺前日のCとのスーパー銭湯での会話については平成25年2月の本件処分後に知ったと主張するところでもあるが,その時期はいずれも平成23年1月の亡Bの自殺からかなりの期間を経過している上,原告が亡Bの自殺が業務上の心理的負荷に起因するものであるとして本件労災請求に及んだ後であることや,これらの事情は,亡Bの自殺に容易に結び付く重要なものであることは明らかであるところ,原告において亡Bの残した借金について弁護士に相談した際に借金のみによる自殺の不自然さや訴外会社における亡Bの就労に関する問題点を指摘されて本件労災請求に至ったという経緯,その後も依頼した弁護士に相談して専門家から助言を得ることができる状況にあったことも踏まえれば,原告主張の時期は不自然,不合理というべきであって信用できない。特に亡Bの母親との電話については,その電話の時期は仮に原告の主張の時期を前提としても本件処分前であるうえ,その本件労災請求における重要性は原告が専門家からの助言を得られる状況にあったことを考慮せずとも容易に理解できるといえ,本件処分がされる前に改めて労働基準監督署に伝えることは可能であり,その障害があったことも窺われないところである。
ウ 次に,原告らの主張に沿う客観的状況が認められるかを検討するに,原告の作成した本件遺書をみると,そこには仕事それ自体の苦痛や大変さを訴える記載はなく,その内容を字義どおりに理解すれば,亡Bの自殺の原因は負債の返済に窮したことにあると解するのが自然であり,原告の主張(1)ア(ク)の事情は本件遺書から理解される自殺の原因と整合しない。
この点,原告は,本件遺書に仕事の苦痛,大変さを訴える記載がないのは亡Bのプライド,仕事に負けてしまったと認めたくないとの思いからであるとするが,仮に原告の主張ア(ク)に係る経緯が存在したとすれば,亡Bが自身の母親やCには直裁にあるいは暗に仕事の苦痛や大変さを訴えながら,唯一遺書を宛てた原告には伝えないという不自然,不合理な状況になることを指摘せざるを得ないし,前記(1)キ(ア)によれば,原告は,当初,亡Bの自殺の原因が負債の返済に窮したことにあると認識していたと推認され,家族に対して,亡Bの自殺の原因の説明の必要に迫られれば,その認識に沿って説明すると思われるところ,その説明に対しては,原告の主張ア(ク)に係る経緯を直接体験した亡Bの母親やCから疑問が呈されるのが自然であると解される。加えて,亡Bの両親も,原告と同様,亡Bの自殺の原因に高い関心をもつものと推認され,原告主張の母親との電話の内容に照らせば,少なくとも両親は亡Bからの電話の内容を共有しているのが自然と解されるが,平成24年9月1日付けの亡Bの実父作成の申立書(甲1(165頁))に,これを窺わせる記載は一切ない。そうすると,亡Bのプライドや仕事に負けてしまったと認めたくないとの思いがあったとする原告の上記説明を採用することはできない。
エ その他原告の主張(1)ア(エ)ないし(カ)の事情などについても検討するに,原告の供述する亡Bが帰宅後に図面等を広げて仕事をしている様子(なお,これについてCの供述はない。)やCの供述する亡Bがリビングで天井を見てぼうっとしていたり,何か考え事をしていたりする様子(なお,これについて原告の供述はない。)は,亡Bが量的に過重な業務に従事し,これにより疲弊し,あるいは思い悩んでいることに沿う事情であり,また,原告の主張(1)ア(カ)の入浴時の様子や叔父が来訪した際に普段と異なる様子であったことも,原因はともかく亡Bが精神的に疲弊していることなどを推知させ,うつ病の発症に沿い,また,前記原告の主張(1)ア(ク)と併せ考えれば,うつ病発症の原因が業務過重による心理的負荷にあったことを窺わせる事情であると位置付けることが可能なものである。
しかしながら,既に前記イにおいて述べているとおり,原告は,亡Bの自殺が業務による心理的負荷に起因して発症したうつ病にあるとして本件労災請求を行っていたのであって,それでいて亡Bのうつ病の発症やその業務起因性を基礎付ける事情の主張を控えていたという対応には何ら合理性が見出せない上,原告が本件労災請求に及んだ経緯やその後も専門家である弁護士から助言を得ることのできる状況にあったことを併せ考慮すると,知識不足や自己保身の念などから,必要な事実の指摘を差し控えていたとする原告の主張は,にわかに採用することができない。
オ しかも,前記(1)クで認定したように,原告が本件労災請求に及んだ理由として述べるところは,亡Bが業務自体の過重性による心理的負荷によるうつ病を発症したというものではなく,本件遺書に記載されたとおり,亡Bの経済的理由による自殺であることの背景事情として時間外手当や営業経費が支給されないことにより借金が更に増加したことによる心理的負荷がうつ病の原因であると主張するものと解され,必ずしも亡Bの行動や様子の変化を前提とするものとは解されない。
カ 以上のとおり,原告の主張する亡Bの生前の行動や様子の変化,症状の主張については,原告の主張(1)ア(ア)ないし(ウ),(キ)及び(ケ)を除くその多くがこれを認めるに足りる裏付けを欠き,原告の主張する内容を踏まえれば,その主張の時期や経過は不自然,不合理というべきであり,ヘリウムガスの購入,本件遺書の記載,亡Bの自殺,睡眠障害の前提となる睡眠不足を除き,その存在を認めることができない。
(3)  亡Bのうつ病発症の医学的知見に基づく裏付けについて
ア 亡Bには精神障害の既往歴も心療内科などへの通院歴もなく,原告は,医学文献その他の一般的な医学的知見に基づく事後的な推測として亡Bの生前の行動や様子の変化,症状がうつ病の症状であると主張するにとどまり,例えば,睡眠障害であれば,これが繁忙による睡眠不足であるのか,うつ病に起因する睡眠障害であるのかは判然としないなど,亡Bの生前の行動や様子の変化,症状がうつ病に起因し,これを徴表するものであることについて具体的な裏付けは存在しない。また,原告は,亡Bが服装や身なりへの気遣いを喪失したとするが,Dや同僚は,服装の乱れ,言動,仕事いずれも特に変わった様子はなかったと述べており,これがうつ病を基礎付けるに足りるだけの変化といえるかは判然としない。
かえって,千葉労働局地方労災委員会は,原告主張の事情のうち当時原告が主張していたテレビや新聞への興味の喪失,服装,身なりへの気遣いの喪失,平成22年の年末の荷物の整理という出来事の存在のみを前提としながらも,本件事実関係を前提する限り,医学的知見に基づいて判断すると,亡Bのうつ病発症については不明であると結論づけている(甲1(113頁から120頁まで))。
イ 他方,前記(1)アないしエによれば,本件遺書の内容は,概ね亡Bが自殺直前に置かれていた客観的状況に符合しており,前提事実(4)の亡Bの自殺の準備状況や自殺の態様も考慮すれば,亡Bは,負債の返済に窮して,ヘリウムガスの吸引によって突然死を装う自殺に及ぶことを覚悟し,その実現に向けて合目的的に準備の上,自殺に及んだと解することができ,そのように解しても不自然,不合理な点は認められない。
原告の主張する亡Bの生前の行動や様子の変化,症状のうち希死念慮や自殺,原告に宛てた本件遺書の内容はもとより,その他の行動や様子の変化,症状についても,原告の主張(1)ア(ク)aのうち,仕事が辛いとする架電内容を除いて,亡Bが自殺に至るまで,打開策,残された家族の行く末などを思い悩み,自殺の選択について逡巡し,Cに対し抽象的な一般論として家族のことを依頼しようとすることも想像に難くないことから,これらの事情が存在すると仮定しても,亡Bの自殺が覚悟の自殺であることと何ら矛盾せず,亡Bが正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺に及んだとは認めるに足りないというべきである。
ウ なお,前記(1)クの日報の記載では,確かに,契約金額の目標未達などについての謝罪もみられるものの,これ自体は目標が未達に終わっていることから営業を担当する社員の作成する日報として不自然な記載ではなく,うつ病の症状としての罪責感や無価値感を基礎付けるとみるのは疑問である。
かえって,日報には契約の未成約や目標の未達についての要因分析や改善案などが併せて記載され,平成22年12月9日から同月11日までの記載はDMの送付や店舗訪問について契約成立に向けた前向きな記載となっており,原告が亡Bのうつ病発症時期として主張する平成22年12月末ころ以降の記載を見ても死亡直前の平成23年1月9日,同月10日の記載は悲観的な内容とはいえず,平成22年12月26日にはそれまでしばらく実施していなかった一般飛び込み営業を実施したことが窺われるなど,少なくとも日報の記載上は亡Bが精力的に営業活動に取り組んでいることが窺われるのであって,その内容はうつ病の典型的症状の一つである興味と喜びの喪失や活動性の減退や減少と相容れないものである。
エ 以上によれば,仮に亡Bの生前の行動や様子の変化,症状に関する原告の主張(ただし,原告の主張(1)ア(ク)aのうち,仕事が辛いとする架電内容を除く。)を前提としても亡Bのうつ病の発症には医学的根拠に基づく裏付けが乏しく,他方で,亡Bの自殺は覚悟の自殺であるとしても不自然,不合理ではないことから,亡Bのうつ病の発症を認めるには足りないといわざるを得ない。
(4)  なお,原告は,平成22年10月ころに本件業務追加及び本件営業ノルマと営業実績の乖離という「中」程度の心理的負荷がある2つの出来事が生じ,被告の主張(別紙6)を前提としても同月25日から同年11月23日までの間に100時間を超える恒常的長時間労働が行われ,「中」程度の心理的負荷がある同年12月16日から同月28日までの2週間を超える連続勤務が行われている最中である同月25日ころにさらに「中」程度の心理的負荷がある本件事故が発生し,これらの出来事の心理的負荷の程度は総合してうつ病について業務起因性を認めるに足りる「強」の程度に達していたのであり,そのために平成22年12月末ころに亡Bにうつ病が発症したと主張しており,ここで亡Bについて認められる業務上の出来事として心理的負荷をもたらす事情の存在から亡Bにうつ病が発症していることを推認することができるかについて念のために付言する。
認定基準は,認定要件①において対象疾病を発症していることを掲げており,発病の有無及び時期の判断については,診断ガイドラインに基づき,主治医の意見書や診療録等の関係資料,請求人や関係者からの聴取内容,その他の情報から得られた認定事実により,医学的に判断されるべきものとしている。このような被災した請求人のうつ病発症の存在を前提としてその原因を判別するための認定基準によって,逆にうつ病発症の存在を推認することは,業務上及び業務外の強度の心理的負荷が存在し,他に被災者の自殺の原因と思料される事情が存在しないことが明白であるなどの特段の事情がない限り,合理性を欠いた手法であるといわざるを得ないところ,既に述べたとおり,本件においては,本件遺書の内容と亡Bの置かれた状況の整合性や前記(1)クの日報の記載内容等に照らし,亡Bのうつ病の発症自体に疑念が残るものであり,同時に,保険金による負債の清算等を意図しての自殺であった解しても不自然,不合理とはいえない事情があるといえるから,認定基準の掲げる出来事及び心理的負荷に該当する事実をもって,うつ病の発生を推認することはできないものである(なお,仮に亡Bがうつ病を発症していたとするならば,亡Bは平成22年12月22日に自殺に用いたヘリウムガスを購入しており,このヘリウムガスの購入は希死念慮によるものと解されるべきこととなり,その場合,亡Bは少なくとも同日ころまでにはうつ病を発症していたと認めるべきことになるから,その後の同年12月25日ころに生じた本件事故や1週間程度にしかなっていない本件連続勤務をうつ病発症の原因と捉えることが不適切でもある。)。
3  以上によれば,その余の争点を判断するまでもなく,原告の請求には理由がない。
第4  結論
以上のとおり,原告の請求には理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用については行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐々木宗啓 裁判官 湯川克彦 裁判官 杉山文洋)

 

別紙4
基発1226第1号
平成23年12月26日
都道府県労働局長殿
厚生労働省労働基準局長(公印省略)
心理的負荷による精神障害の認定基準について
心理的負荷による精神障害の労災請求事案については、平成11年9月14日付け基発第544号「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(以下「判断指針」という。)に基づき業務上外の判断を行ってきたところであるが、今般、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(平成23年11月)」の内容を踏まえ、別添の認定基準を新たに定めたので、今後は本認定基準に基づき業務上外を判断されたい。
なお、本通達の施行に伴い、判断指針は廃止する。
別添
心理的負荷による精神障害の認定基準
第1 対象疾病
本認定基準で対象とする疾病(以下「対象疾病」という。)は、国際疾病分類第10回修正版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するものを除く。
対象疾病のうち業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、主としてICD-10のF2からF4に分類される精神障害である。
なお、器質性の精神障害及び有害物質に起因する精神障害(ICD-10のF0及びF1に分類されるもの)については、頭部外傷、脳血管障害、中枢神経変性疾患等の器質性脳疾患に付随する疾病や化学物質による疾病等として認められるか否かを個別に判断する。
また、いわゆる心身症は、本認定基準における精神障害には含まれない。
第2 認定要件
次の1、2及び3のいずれの要件も満たす対象疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
1 対象疾病を発病していること。
2 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
3 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。
また、要件を満たす対象疾病に併発した疾病については、対象疾病に付随する疾病として認められるか否かを個別に判断し、これが認められる場合には当該対象疾病と一体のものとして、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
第3 認定要件に関する基本的な考え方
対象疾病の発病に至る原因の考え方は、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、心理的負荷が非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さくても破綻が生ずるとする「ストレス―脆弱性理論」に依拠している。
このため、心理的負荷による精神障害の業務起因性を判断する要件としては、対象疾病の発病の有無、発病の時期及び疾患名について明確な医学的判断があることに加え、当該対象疾病の発病の前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められることを掲げている。
この場合の強い心理的負荷とは、精神障害を発病した労働者がその出来事及び出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものであり、「同種の労働者」とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいう。
さらに、これらの要件が認められた場合であっても、明らかに業務以外の心理的負荷や個体側要因によって発病したと認められる場合には、業務起因性が否定されるため、認定要件を上記第2のとおり定めた。
第4 認定要件の具体的判断
1 発病の有無等の判断
対象疾病の発病の有無、発病時期及び疾患名は、「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」(以下「診断ガイドライン」という。)に基づき、主治医の意見書や診療録等の関係資料、請求人や関係者からの聴取内容、その他の情報から得られた認定事実により、医学的に判断される。特に発病時期については特定が難しい場合があるが、そのような場合にもできる限り時期の範囲を絞り込んだ医学意見を求め判断する。
なお、強い心理的負荷と認められる出来事の前と後の両方に発病の兆候と理解し得る言動があるものの、どの段階で診断基準を満たしたのかの特定が困難な場合には、出来事の後に発病したものと取り扱う。
精神障害の治療歴のない事案については、主治医意見や診療録等が得られず発病の有無の判断も困難となるが、この場合にはうつ病エピソードのように症状に周囲が気づきにくい精神障害もあることに留意しつつ関係者からの聴取内容等を医学的に慎重に検討し、診断ガイドラインに示されている診断基準を満たす事実が認められる場合又は種々の状況から診断基準を満たすと医学的に推定される場合には、当該疾患名の精神障害が発病したものとして取り扱う。
2 業務による心理的負荷の強度の判断
上記第2の認定要件のうち、2の「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」とは、対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による出来事があり、当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められることをいう。
このため、業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては、精神障害発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し、それらによる心理的負荷の強度はどの程度であるかについて、別表1「業務による心理的負荷評価表」(以下「別表1」という。)を指標として「強」、「中」、「弱」の三段階に区分する。
なお、別表1においては、業務による強い心理的負荷が認められるものを心理的負荷の総合評価が「強」と表記し、業務による強い心理的負荷が認められないものを「中」又は「弱」と表記している。「弱」は日常的に経験するものであって一般的に弱い心理的負荷しか認められないもの、「中」は経験の頻度は様々であって「弱」よりは心理的負荷があるものの強い心理的負荷とは認められないものをいう。
具体的には次のとおり判断し、総合評価が「強」と判断される場合には、上記第2の2の認定要件を満たすものとする。
(1)「特別な出来事」に該当する出来事がある場合
発病前おおむね6か月の間に、別表1の「特別な出来事」に該当する業務による出来事が認められた場合には、心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。
(2)「特別な出来事」に該当する出来事がない場合
「特別な出来事」に該当する出来事がない場合は、以下の手順により心理的負荷の総合評価を行い、「強」、「中」又は「弱」に評価する。
ア 「具体的出来事」への当てはめ
発病前おおむね6か月の間に認められた業務による出来事が、別表1の「具体的出来事」のどれに該当するかを判断する。ただし、実際の出来事が別表1の「具体的出来事」に合致しない場合には、どの「具体的出来事」に近いかを類推して評価する。
なお、別表1では、「具体的出来事」ごとにその平均的な心理的負荷の強度を、強い方から「Ⅲ」、「Ⅱ」、「Ⅰ」として示している。
イ 出来事ごとの心理的負荷の総合評価
(ア)該当する「具体的出来事」に示された具体例の内容に、認定した「出来事」や「出来事後の状況」についての事実関係が合致する場合には、その強度で評価する。
(イ)事実関係が具体例に合致しない場合には、「具体的出来事」ごとに示している「心理的負荷の総合評価の視点」及び「総合評価における共通事項」に基づき、具体例も参考としつつ個々の事案ごとに評価する。
なお、「心理的負荷の総合評価の視点」及び具体例は、次の考え方に基づいて示しており、この考え方は個々の事案の判断においても適用すべきものである。また、具体例はあくまでも例示であるので、具体例の「強」の欄で示したもの以外は「強」と判断しないというものではない。
a 類型①「事故や災害の体験」は、出来事自体の心理的負荷の強弱を特に重視した評価としている。
b 類型①以外の出来事については、「出来事」と「出来事後の状況」の両者を軽重の別なく評価しており、総合評価を「強」と判断するのは次のような場合である。
(a)出来事自体の心理的負荷が強く、その後に当該出来事に関する本人の対応を伴っている場合
(b)出来事自体の心理的負荷としては「中」程度であっても、その後に当該出来事に関する本人の特に困難な対応を伴っている場合
c 上記bのほか、いじめやセクシュアルハラスメントのように出来事が繰り返されるものについては、繰り返される出来事を一体のものとして評価し、また、「その継続する状況」は、心理的負荷が強まるものとしている。
(3)出来事が複数ある場合の全体評価
対象疾病の発病に関与する業務による出来事が複数ある場合の心理的負荷の程度は、次のように全体的に評価する。
ア 上記(1)及び(2)によりそれぞれの出来事について総合評価を行い、いずれかの出来事が「強」の評価となる場合は、業務による心理的負荷を「強」と判断する。
イ いずれの出来事でも単独では「強」の評価とならない場合には、それらの複数の出来事について、関連して生じているのか、関連なく生じているのかを判断した上で、
① 出来事が関連して生じている場合には、その全体を一つの出来事として評価することとし、原則として最初の出来事を「具体的出来事」として別表1に当てはめ、関連して生じた各出来事は出来事後の状況とみなす方法により、その全体評価を行う。
具体的には、「中」である出来事があり、それに関連する別の出来事(それ単独では「中」の評価)が生じた場合には、後発の出来事は先発の出来事の出来事後の状況とみなし、当該後発の出来事の内容、程度により「強」又は「中」として全体を評価する。
② 一つの出来事のほかに、それとは関連しない他の出来事が生じている場合には、主としてそれらの出来事の数、各出来事の内容(心理的負荷の強弱)、各出来事の時間的な近接の程度を元に、その全体的な心理的負荷を評価する。
具体的には、単独の出来事の心理的負荷が「中」である出来事が複数生じている場合には、全体評価は「中」又は「強」となる。また、「中」の出来事が一つあるほかには「弱」の出来事しかない場合には原則として全体評価も「中」であり、「弱」の出来事が複数生じている場合には原則として全体評価も「弱」となる。
(4)時間外労働時間数の評価
別表1には、時間外労働時間数(週40時間を超える労働時間数をいう。以下同じ。)を指標とする基準を次のとおり示しているので、長時間労働が認められる場合にはこれにより判断する。
なお、業務による強い心理的負荷は、長時間労働だけでなく、仕事の失敗、役割・地位の変化や対人関係等、様々な出来事及びその後の状況によっても生じることから、この時間外労働時間数の基準に至らない場合にも、時間数のみにとらわれることなく、上記(1)から(3)により心理的負荷の強度を適切に判断する。
ア 極度の長時間労働による評価
極度の長時間労働は、心身の極度の疲弊、消耗を来し、うつ病等の原因となることから、発病日から起算した直前の1か月間におおむね160時間を超える時間外労働を行った場合等には、当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を「強」とする。
イ 長時間労働の「出来事」としての評価
長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合には、長時間労働それ自体を「出来事」とし、新たに設けた「1か月に80時間以上の時間外労働を行った(項目16)」という「具体的出来事」に当てはめて心理的負荷を評価する。
項目16の平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」であるが、発病日から起算した直前の2か月間に1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とする。項目16では、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった(項目15)」と異なり、労働時間数がそれ以前と比べて増加していることは必要な条件ではない。
なお、他の出来事がある場合には、時間外労働の状況は下記ウによる総合評価において評価されることから、原則として項目16では評価しない。ただし、項目16で「強」と判断できる場合には、他に出来事が存在しても、この項目でも評価し、全体評価を「強」とする。
ウ 恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価
出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。
具体的には、「中」程度と判断される出来事の後に恒常的な長時間労働が認められる場合等には、心理的負荷の総合評価を「強」とする。
なお、出来事の前の恒常的な長時間労働の評価期間は、発病前おおむね6か月の間とする。
(5)出来事の評価の留意事項
業務による心理的負荷の評価に当たっては、次の点に留意する。
① 業務上の傷病により6か月を超えて療養中の者が、その傷病によって生じた強い苦痛や社会復帰が困難な状況を原因として対象疾病を発病したと判断される場合には、当該苦痛等の原因となった傷病が生じた時期は発病の6か月よりも前であったとしても、発病前おおむね6か月の間に生じた苦痛等が、ときに強い心理的負荷となることにかんがみ、特に当該苦痛等を出来事(「(重度の)病気やケガをした(項目1)」)とみなすこと。
② いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるものについては、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病前6か月以内の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を評価の対象とすること。
③ 生死にかかわる業務上のケガをした、強姦に遭った等の特に強い心理的負荷となる出来事を体験した者は、その直後に無感覚等の心的まひや解離等の心理的反応が生じる場合があり、このため、医療機関への受診時期が当該出来事から6か月よりも後になることもある。その場合には、当該解離性の反応が生じた時期が発病時期となるため、当該発病時期の前おおむね6か月の間の出来事を評価すること。
④ 本人が主張する出来事の発生時期は発病の6か月より前である場合であっても、発病前おおむね6か月の間における出来事の有無等についても調査し、例えば当該期間における業務内容の変化や新たな業務指示等が認められるときは、これを出来事として発病前おおむね6か月の間の心理的負荷を評価すること。
3 業務以外の心理的負荷及び個体側要因の判断
上記第2の認定要件のうち、3の「業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと」とは、次の①又は②の場合をいう。
① 業務以外の心理的負荷及び個体側要因が認められない場合
② 業務以外の心理的負荷又は個体側要因は認められるものの、業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できない場合
(1)業務以外の心理的負荷の判断
ア 業務以外の心理的負荷の強度については、対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務以外の出来事の有無を確認し、出来事が一つ以上確認できた場合は、それらの出来事の心理的負荷の強度について、別表2「業務以外の心理的負荷評価表」を指標として、心理的負荷の強度を「Ⅲ」、「Ⅱ」又は「Ⅰ」に区分する。
イ 出来事が確認できなかった場合には、上記①に該当するものと取り扱う。
ウ 強度が「Ⅱ」又は「Ⅰ」の出来事しか認められない場合は、原則として上記②に該当するものと取り扱う。
エ 「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事のうち心理的負荷が特に強いものがある場合や、「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事が複数ある場合等については、それらの内容等を詳細に調査の上、それが発病の原因であると判断することの医学的な妥当性を慎重に検討して、上記②に該当するか否かを判断する。
(2)個体側要因の評価
本人の個体側要因については、その有無とその内容について確認し、個体側要因の存在が確認できた場合には、それが発病の原因であると判断することの医学的な妥当性を慎重に検討して、上記②に該当するか否かを判断する。業務による強い心理的負荷が認められる事案であって個体側要因によって発病したことが医学的に見て明らかな場合としては、例えば、就業年齢前の若年期から精神障害の発病と寛解を繰り返しており、請求に係る精神障害がその一連の病態である場合や、重度のアルコール依存状況がある場合等がある。
第5 精神障害の悪化の業務起因性
業務以外の原因や業務による弱い(「強」と評価できない)心理的負荷により発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合、悪化の前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められることをもって直ちにそれが当該悪化の原因であるとまで判断することはできず、原則としてその悪化について業務起因性は認められない。
ただし、別表1の「特別な出来事」に該当する出来事があり、その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合については、その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因であると推認し、悪化した部分について、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
上記の「治療が必要な状態」とは、実際に治療が行われているものに限らず、医学的にその状態にあると判断されるものを含む。
第6 専門家意見と認定要件の判断
認定要件を満たすか否かを判断するに当たっては、医師の意見と認定した事実に基づき次のとおり行う。
1 主治医意見による判断
すべての事案(対象疾病の治療歴がない自殺に係る事案を除く。)について、主治医から、疾患名、発病時期、主治医の考える発病原因及びそれらの判断の根拠についての意見を求める。
その結果、労働基準監督署長(以下「署長」という。)が認定した事実と主治医の診断の前提となっている事実が対象疾病の発病時期やその原因に関して矛盾なく合致し、その事実を別表1に当てはめた場合に「強」に該当することが明らかで、下記2又は3に該当しない場合には、認定要件を満たすものと判断する。
2 専門医意見による判断
次の事案については、主治医の意見に加え、地方労災医員等の専門医に対して意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する。
① 主治医が発病時期やその原因を特定できない又はその根拠等があいまいな事案等、主治医の医学的判断の補足が必要な事案
② 疾患名が、ICD-10のF3(気分(感情)障害)及びF4(神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害)以外に該当する事案
③ 署長が認定した事実関係を別表1に当てはめた場合に、「強」に該当しない(「中」又は「弱」である)ことが明らかな事案
④ 署長が認定した事実関係を別表1に当てはめた場合に、明確に「強」に該当するが、業務以外の心理的負荷又は個体側要因が認められる事案(下記3③に該当する事案を除く。)
3 専門部会意見による判断
次の事案については、主治医の意見に加え、地方労災医員協議会精神障害等専門部会に協議して合議による意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する。
① 自殺に係る事案
② 署長が認定した事実関係を別表1に当てはめた場合に、「強」に該当するかどうかも含め判断しがたい事案
③ 署長が認定した事実関係を別表1に当てはめた場合に、明確に「強」に該当するが、顕著な業務以外の心理的負荷又は個体側要因が認められる事案
④ その他、専門医又は署長が、発病の有無、疾患名、発病時期、心理的負荷の強度の判断について高度な医学的検討が必要と判断した事案
4 法律専門家の助言
関係者が相反する主張をする場合の事実認定の方法や関係する法律の内容等について、法律専門家の助言が必要な場合には、医学専門家の意見とは別に、法務専門員等の法律専門家の意見を求める。
第7 療養及び治ゆ
心理的負荷による精神障害は、その原因を取り除き、適切な療養を行えば全治し、再度の就労が可能となる場合が多いが、就労が可能な状態でなくとも治ゆ(症状固定)の状態にある場合もある。
例えば、医学的なリハビリテーション療法が実施された場合には、それが行われている間は療養期間となるが、それが終了した時点が通常は治ゆ(症状固定)となる。また、通常の就労が可能な状態で、精神障害の症状が現れなくなった又は安定した状態を示す「寛解」との診断がなされている場合には、投薬等を継続している場合であっても、通常は治ゆ(症状固定)の状態にあると考えられる。
療養期間の目安を一概に示すことは困難であるが、例えば薬物が奏功するうつ病について、9割近くが治療開始から6か月以内にリハビリ勤務を含めた職場復帰が可能となり、また、8割近くが治療開始から1年以内、9割以上が治療開始から2年以内に治ゆ(症状固定)となるとする報告がある。
なお、対象疾病がいったん治ゆ(症状固定)した後において再びその治療が必要な状態が生じた場合は、新たな発病と取り扱い、改めて上記第2の認定要件に基づき業務上外を判断する。
治ゆ後、症状の動揺防止のため長期間にわたり投薬等が必要とされる場合にはアフターケア(平成19年4月23日付け基発第0423002号)を、一定の障害を残した場合には障害補償給付(労働者災害補償保険法第15条)を、それぞれ適切に実施する。
第8 その他
1 自殺について
業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。
その他、精神障害による自殺の取扱いについては、従前の例(平成11年9月14日付け基発第545号)による。
2 セクシュアルハラスメント事案の留意事項
セクシュアルハラスメントが原因で対象疾病を発病したとして労災請求がなされた事案の心理的負荷の評価に際しては、特に次の事項に留意する。
① セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という。)は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という。)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならないこと。
② 被害者は、被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが、この事実が心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
③ 被害者は、医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないこともあるが、初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことが心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
④ 行為者が上司であり被害者が部下である場合、行為者が正規職員であり被害者が非正規労働者である場合等、行為者が雇用関係上被害者に対して優越的な立場にある事実は心理的負荷を強める要素となり得ること。
3 本省協議
ICD-10のF5からF9に分類される対象疾病に係る事案及び本認定基準により判断することが適当ではない事案については、本省に協議すること。

〈以下省略〉

 

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