「営業ノルマ」に関する裁判例(19)平成21年 4月21日 東京地裁 平19(ワ)21213号 貸金請求事件
「営業ノルマ」に関する裁判例(19)平成21年 4月21日 東京地裁 平19(ワ)21213号 貸金請求事件
裁判年月日 平成21年 4月21日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平19(ワ)21213号
事件名 貸金請求事件
裁判結果 全部認容 文献番号 2009WLJPCA04218011
要旨
◆Yが訴外A社のタイムシェア式のコンドミニアムの権利を購入し、XがA社に対してその代金を立替払したこと、又は、XがYに売買代金相当額を貸し付けたことに基づき立替払残金又は貸金残金の支払を求めた事案において、XとYは、本件契約締結に際し、Xが直接A社に対してYの負担する本件利用権の売買代金の支払を行うことを合意したことが認められるから、本件契約は、XがYに代わりA社に対して本件利用権の売買代金の立替払を行い、YがXに立替金を返還する旨の立替払契約と解されるとし、原告が立替払を行うに当たってA社と相殺の合意をしているが、かかる相殺の合意に弁済としての効力を認めて妨げないなどとして、請求を認容した事例
参照条文
民法1条3項
民法505条
民法541条
裁判年月日 平成21年 4月21日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平19(ワ)21213号
事件名 貸金請求事件
裁判結果 全部認容 文献番号 2009WLJPCA04218011
東京都目黒区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 桃谷惠
東京都国分寺市〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 竹田邦彦
主文
1 被告は,原告に対し,235万円及びこれに対する平成19年6月1日から支払済みまで年21パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は,被告が訴外I・M・C株式会社(以下「I・M・C」という。)からタイムシェア方式のコンドミニアムの権利を購入し,原告がI・M・Cに対してその代金を立替払したこと又は原告が被告に売買代金相当額を貸し付けたことに基づき,立替払残金又は貸金残金235万円及びこれに対する期限の利益を喪失した日の後の日である平成19年6月1日から支払済みまで年21パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
1 前提事実(証拠等で認定した事実については,各項の末尾に証拠等を摘示した。)
(1) 当事者について
ア 原告は,不動産仲介を業とする訴外マリンエステート株式会社(以下「マリンエステート」という。)の代表取締役であり,被告は,マリンエステートの従業員であった者である。
イ 訴外A(以下「A」という。)は,タイムシェア方式のコンドミニアムの権利の販売を業とするI・M・Cの代表取締役である。
(2) 売買契約の締結について
I・M・Cと被告は,平成18年3月5日,被告がI・M・Cから,アメリカ合衆国ハワイ州ハワイ島所在のコンドミニアム「コナコーストリゾート」の冬季・1ベッドルームのタイムシェア方式の権利(以下「本件利用権」という。)を代金総額293万円(売買代金280万円,登記諸費用13万円)で買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
(乙5)
(3) 原告被告間の契約について
原告は,平成18年3月3日,被告との間で,原告が被告に対し本件利用権の売買代金として293万円を次の約定で貸し渡す旨記載された契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
ア 利息
無利息とする。
イ 弁済期
平成18年3月末日限り,3万円
平成18年4月から平成23年1月まで毎月末日限り,5万円
ウ 期限の利益の喪失
被告が前項の支払を1回でも怠ったときには当然に期限の利益を失い,293万円から既払金を控除した残金及びこれに対する期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年21パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
(甲1の2)
(4) 原告とI・M・Cとの間の処理について
原告は,平成18年2月14日から同年3月9日までの間に,I・M・Cに対して,運転資金として1080万円を貸し付けた。
原告とI・M・Cは,同月28日,I・M・Cの被告に対する売買代金債権と,原告のI・M・Cに対する貸付金を相殺処理することを合意した。
(甲8,9,11,12)
(5) 被告の弁済について
被告は,平成18年3月末に3万円,同年4月から平成19年2月まで毎月5万円を弁済したが,平成19年3月末以降の支払をしない。
(6) 解除の意思表示について
被告は,平成19年3月22日付通知書により,I・M・Cに対し,I・M・Cが本件利用権の移転登記手続を行わないことを理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
2 争点
(1) 本件契約の法的性質は,立替払契約か又は貸金契約か。
(2) 原告とI・M・Cとの間の相殺処理の合意は有効か。
(3) I・M・Cは,本件持分権の移転登記手続について履行遅滞の責任を負うか。
(4) 原告の本訴請求は,権利を濫用するものか。
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(本件契約の法的性質)について
(原告の主張)
原告は,本件契約の法的性質について,原告が被告に対して本件利用権の売買代金を貸し付ける旨の金銭消費貸借契約であるという主張,又は,原告が被告に代わりI・M・Cに対して本件利用権の売買代金の立替払を行い,被告が原告に立替金を返還する旨の立替払契約であるという主張を選択的に行う。
(被告の主張)
本件契約の契約書1条には「貸し渡す」と記載があり,文言上は,原告から被告に対する現金の交付を前提としており,原告が,被告に対してではなく,直接I・M・Cに弁済する旨の明示の記載はないから,原告と被告との間に立替払の合意はない。
(2) 争点2(相殺合意の有効性)について
(被告の主張)
原告は,被告とI・M・Cとの間の本件売買契約については,何ら利害関係を有しておらず,したがって,利害関係のない第三者として,債務者である被告の意思に反しない限り,弁済をなし得るのであり,本件においては,被告の黙示による承諾があったと考えられる。
しかし,本件においては,原告は,被告とI・M・Cとの間の本件売買契約に関して,I・M・Cに対し何ら責任を負っていないのであるから,原告は相殺の意思表示又は相殺契約をすることは許されない。なぜなら,原告とI・M・Cとの間の相殺契約により,I・M・Cは,被告が購入するはずの本件利用権を購入する資金を得られず,しかも,相殺契約の前後に同社が原告から多額の借入を行っている財務状況を考慮するなら,その影響は重大であり,被告の意思を無視してかかる相殺契約の締結を肯定することは,対立する両債権の当事者間の公平を図るという相殺制度の趣旨を没却するものであり,到底認められない。
したがって,原告から被告又はI・M・Cに対する現金の交付と同視し得る事実は何ら認められず,原告と被告との間の金銭消費貸借契約は,要物性を欠くから,成立したものとは認められない。
このことは,本件契約の法的性質を立替払契約と解した場合も同様である。
(原告の主張)
原告は,被告との約束に従って,I・M・Cに本件利用権の売買代金を支払った。この支払の処理を,原告とI・M・C間の相殺の合意により行ったもので,被告の意思はこの合意の成否に関係ない。
また,被告は,原告とI・M・Cに対する売買代金の支払を受ける趣旨で金銭消費貸借契約又は立替払契約を合意し,他方,立替払先であるI・M・Cと売買契約を締結しているのであるから,原告とI・M・Cの相殺処理が被告の意思に反しないことは明白である。
(3) 争点3(I・M・Cの履行遅滞)について
(被告の主張)
I・M・Cは,本件売買契約に基づく本件利用権の移転登記手続を採らなかったから,被告は,本件売買契約を解除した。本件契約と本件売買契約は,密接不可分であり,一体の契約と解すべきであるから,本件契約は効力を失った。
(原告の主張)
Aは,本件売買契約締結後すぐに本件利用権の登記移転手続に必要な情報の提供や書類を準備し,移転手続をするよう求めた。これに対し,被告は,Aに対し,登記移転により被告には施設管理費の支払義務が発生すること,一方,当面は忙しく本件利用権を利用する暇がないことから,登記手続をしばらく待ってほしいと要請したので,Aはしばらく登記移転手続を待ったものである。その後,被告は,平成19年3月まで返済を続け,返済を怠った後,突然,債務不履行を理由に売買契約を解除した。この間,被告からAに履行を催告したり,被告が原告に相談を持ちかけたことはない。
被告が買い受けた本件利用権は,I・M・Cがたまたま売却希望のあった国内のタイムシェアのオーナーに買付約束をし,確保していたもので,決済を希望する売主を不当に待たせることはできない状況にあった。そのため,被告に移転登記されるまでI・M・Cは本来被告が支払うべき毎年の管理費を売主に補助しており,I・M・Cにとって登記移転する必要は高く,I・M・Cが引渡義務を履行しないとする合理的な理由はない。
(4) 争点4(権利濫用)について
(被告の主張)
被告は,原告から,金を貸してやるから本件利用権を買えとの指示を受け,これを断り切れず本件売買契約を締結したものである。
本件契約当時,マリンエステートとI・M・Cとは,従業員も事務所も同一で,現行が実質的に経営していたものであり,原告は本件売買契約の内容及びその経緯を知悉していたことからすると,原告が本件契約に関する権利主張は,権利濫用に該当する。
(原告の主張)
原告の被告に対する貸付けは,無利息で,かつI・M・Cに対する貸金との相殺合意により貸付けが行われているのであるから,I・M・Cにとっても被告に本件利用権を売却することに特別な利益はない。したがって,原告が被告に営業ノルマを課し,業績不振を理由に原告やAが契約を強制したことはない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件契約の法的性質)について
被告本人尋問の結果によれば,原告と被告は,本件契約締結に際し,原告が直接I・M・Cに対して被告の負担する本件利用権の売買代金の支払を行うことを合意したことが認められ,この事実によれば,本件契約は,原告が被告に代わりI・M・Cに対して本件利用権の売買代金の立替払を行い,被告が原告に立替金を返還する旨の立替払契約と解するのが相当である。
2 争点2(相殺合意の有効性)について
原告は,本件契約に基づきI・M・Cに対して本件利用権の売買代金の立替払を行うに当たって,I・M・Cとの間において,原告のI・M・Cに対する貸付金と相殺処理することを合意したことは,前記第2の1(4)認定のとおりである。
そして,原告がI・M・Cとの間で当該合意を行ったのは,原告と被告との間の立替払契約に基づくものであり,被告の意思に沿うとともに,原告にとっては立替払を行うべき債務の履行に当たるといえること,当該合意により,被告はI・M・Cに対する売買代金の支払義務を免れることになり,被告は何らの不利益も受けないこと,当該合意の効力を認めることによりI・M・Cの他の債権者を害するおそれがあると解すべき事情は何ら認められないことを考慮すると,本件においては,原告とI・M・Cとの間の相殺の合意に,弁済としての効力を認めて妨げないというべきである。
被告は,原告とI・M・Cとの間の相殺契約により,I・M・Cは,被告が購入するはずの本件利用権を購入する資金を得られず,しかも,相殺契約の前後に同社が原告から多額の借入を行っている財務状況を考慮するなら,その影響は重大であり,相殺契約の締結を肯定することは,対立する両債権の当事者間の公平を図るという相殺制度の趣旨を没却すると主張する。しかしながら,証人Aの証言によれば,I・M・Cは,同社の顧客から本件利用権を取得し,被告の協力があれば,被告に対する移転登記手続を行い得る準備を整えていたことが認められ,この認定に反する証拠はないから,本件において,原告とI・M・Cとの間の相殺の合意に弁済としての効力を認めたとしても,被告に影響が生ずるということはできず,被告の主張は採用できない。
3 争点3(I・M・Cの履行遅滞)について
被告は,平成19年3月22日付通知書により,I・M・Cに対し,I・M・Cが本件利用権の移転登記手続を行わないことを理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは,第2の1(6)認定のとおりであり,被告に対する本件利用権の移転登記手続が現在まで行われていないことは,当事者間に争いがない。
しかしながら,甲12,乙8,証人Aの証言によれば,本件利用権の移転登記手続を行うためには,旅券番号及び旅券有効期限の情報,旅券の顔写真ページの写し,移転登記手続に関する委任状等が必要であること,Aは,平成18年3月28日,被告に対し,本件利用権の移転登記手続に必要な事項を記載する書面を交付し,その記載を求めたが,被告は当該書面を提出しなかったこと,Aは,同年5月末ころ,被告に対し,移転登記手続を進めたいと述べたところ,被告は,手続をしばらく待ってほしい旨回答したことが認められ,乙1及び被告本人尋問の結果中上記認定に反する部分は採用できない。これらの事実によれば,被告に対する本件利用権の移転登記手続が現在まで行われていないことについて,I・M・Cが履行遅滞の責任を負うということはできない。
そうであれば,その余について判断するまでもなく,被告の主張は採用できない。
4 争点4(権利濫用)について
被告は,原告から,金を貸してやるから本件利用権を買えとの指示を受け,これを断り切れず本件売買契約を締結したものであると主張し,乙1及び被告本人尋問の結果中には,これに沿う部分がある。
しかしながら,証人Aは,これを否定する証言をするところ,甲3,被告本人尋問の結果によれば,被告は,平成18年6月初めにマリンエステートを退職した後も,平成19年2月まで毎月5万円の弁済を継続しており,その間,本件売買契約が被告の意に反するものである旨の主張はしていないこと,被告は,I・M・Cに対して平成19年3月22日付けで本件売買契約を解除する旨の通知書を送付しているところ,通知書には,登記を受けていないことのみが記載され,本件売買契約の締結を強制された旨の記載はないことが認められ,これらの事実及び証人Aの上記証言に照らし,被告の主張に沿う証拠は採用することができず,他に本件売買契約が被告の意に反するものであることを認めるに足りる証拠はない。
そして,本件全証拠によっても,原告の本訴請求を権利の濫用と評価すべき事情を認めることはできないから,被告の主張は採用できない。
その他の被告の主張は,本件各証拠に照らし,いずれも採用できない。
第4 結論
よって,原告の請求は,理由があるので認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿子木康)
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