
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(91)平成28年 3月18日 東京地裁 平25(ワ)29353号 立替金償還等請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(91)平成28年 3月18日 東京地裁 平25(ワ)29353号 立替金償還等請求事件
裁判年月日 平成28年 3月18日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)29353号
事件名 立替金償還等請求事件
文献番号 2016WLJPCA03189003
事案の概要
◇被告Bとの間で賃料減額事業に関する「ビジネスノウハウ」を購入する本件契約を締結した原告が、本件契約は債務不履行により解除されたと主張して、〈1〉被告Bに対し、本件契約の代金等合計150万円の支払を求めるとともに、〈2〉被告総合鑑定に対し、被告B又は被告総合鑑定に対する貸付金のうち返済されていない貸金残額40万円の支払、〈3〉被告リアルエステートに対し、登録免許税6万円及び本件宅建費用のうち未充当分の68万3000円(計74万3000円)の支払、〈4〉被告総合鑑定及び被告リアルエステートに対し、本件著作物の使用の差止め並びに同被告らウェブページからの消去、印刷物の廃棄を求めた事案
出典
裁判所ウェブサイト
裁判年月日 平成28年 3月18日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)29353号
事件名 立替金償還等請求事件
文献番号 2016WLJPCA03189003
原告 A
同訴訟代理人弁護士 森本紘章
同 松戸大介
同 山岸哲平
被告 B
(以下「被告B」という。)
被告 第一総合鑑定株式会社
(以下「被告総合鑑定」という。)
被告 グローバルジャパンリアルエステート合同会社
(以下「被告リアルエステート」という。)
被告ら訴訟代理人弁護士 松島遊吉
主文
1 被告Bは,原告に対し,90万円及びうち50万円に対する平成24年2月22日から,うち40万円に対する同年6月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告総合鑑定及び被告リアルエステートは,別紙著作物目録記載の著作物を複製,公衆送信,送信可能化,展示,譲渡,頒布してはならない。
3 被告総合鑑定及び被告リアルエステートは,前項の著作物を同被告らのウェブページ上から消去し,印刷した物は廃棄せよ。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余は被告らの負担とする。
6 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告Bは,原告に対し,150万円及びうち50万円に対する平成24年2月22日から,うち10万円に対する同年3月8日から,うち50万円に対する同月14日から,うち40万円に対する同年6月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告総合鑑定は,原告に対し,40万円及びこれに対する平成24年6月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告リアルエステートは,原告に対し,74万3000円及びこれに対する平成25年4月17日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 主文第2項と同旨
5 主文第3項と同旨
6 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 前提事実(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は,平成24年2月当時,会計事務所に勤務していた者である。
イ 被告Bは,不動産鑑定士であり,その当時,「甲不動産鑑定事務所」の商号で営業していたものである。
被告総合鑑定(設立当初の商号は「グローバルジャパン総合鑑定株式会社」)は不動産の鑑定評価等を業とする会社であり,被告リアルエステートは不動産取引等を業とする会社であって,いずれも現在は被告Bが代表者を務めている(設立の経緯等は後述する。)。
(2) 本件契約
原告は,会計事務所を辞職して賃料減額事業(不動産の賃借人から依頼を受けて,賃貸人との賃料減額交渉に関与し,報酬を得る事業をいう。)を起業したいと考えていたところ,被告Bによる同事業の提携業者の募集告知をウェブサイト上で見つけ,平成24年2月10日,被告Bと面談した。(甲54)
原告は,同月21日,被告Bとの間で,被告Bの賃料減額事業に関する「ビジネスノウハウ」を代金50万円で購入する旨の契約を締結し(以下「本件契約」という。),同月22日,被告Bの銀行預金口座に50万円を振り込んだ(以下「本件2月振込み」という。)。
(3) 3月の振込み
原告は,平成24年3月8日に10万円,同月14日に50万円を被告Bの銀行預金口座に振り込んだ(以下,これら合計60万円の振込みを「本件3月振込み」という。)。
(4) 被告総合鑑定の設立
被告Bは,平成24年3月14日,被告総合鑑定を設立した。
(5) 賃料減額事業の開始
原告は,平成24年3月中頃から被告Bとの賃料減額事業の営業を開始した(ただし,原告が被告Bから独立した地位にあったのか,それとも被告Bないし被告総合鑑定に雇用されていたのかにつき,当事者間に争いがある。)。(甲54)
(6) 4月の振込み
原告は,平成24年4月6日,被告総合鑑定の銀行預金口座に「カシツケ」として60万円を振り込んだ(以下「本件4月振込み」という。)。(甲6の1,2)
(7) 被告リアルエステートの設立
ア 原告は,平成24年4月17日,被告リアルエステートを設立した。
設立に際し,原告は,同日,被告リアルエステートの設立登記に必要な登録免許税6万円を支払った。
イ 被告リアルエステートについては,同年5月7日,宅地建物取引業免許申請費用3万3000円が東京都都市整備局に支払われ,同月25日,宅地建物取引業協会等入会時費用165万円が公益社団法人東京都宅地建物取引業協会に支払われている(以下,併せて「本件宅建費用」という。)。(甲11,12)
(8) 本件持分売買契約
原告は,平成24年7月27日,被告Bに対し,被告リアルエステートの持分を80万円で売却した(以下「本件持分売買契約」という。)。
(9) 賃料減額事業の終了
原告は,平成24年9月中頃,被告Bとの賃料減額事業を終了した。(甲54)
(10) 本件著作物の利用
ア 原告は,別紙著作物目録記載の著作物(以下「本件著作物」という。)の著作権を有している。(弁論の全趣旨)
イ 被告総合鑑定及び被告リアルエステートは,本件著作物を自社のウェブページ上に掲載し,又は名刺等の事業用品に印刷して利用するなど,複製,公衆送信ないし送信可能化,展示,譲渡,頒布している。
2 本件は,原告が,次のとおり被告らに請求する事案である。
(1) 本件契約は錯誤又は原始的不能により無効であるか,詐欺により取り消されるべきものであるか,債務不履行により解除されたと主張して,被告Bに対し,不当利得返還請求権又は解除による原状回復請求権に基づき,本件契約の代金50万円(本件2月振込み)及びこれに対する代金支払の日である平成24年2月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息の支払を求める(請求の趣旨第1項のうち50万円に関する部分)。
(2) 本件3月振込みの60万円は顧問料として支払ったものであるが,これには法律上の原因がなく,仮に顧問契約が成立していたとしても錯誤により無効であるか,詐欺又は強迫により取り消されるべきものであるか,被告Bが顧問契約の本旨に従った履行をしていないか,顧問料の受領が正当性を欠くと主張して,被告Bに対し,不当利得返還請求権に基づき,上記60万円及びうち10万円に対するその支払日である平成24年3月8日から,うち50万円に対するその支払日である同月14日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息の支払を求める(請求の趣旨第1項のうち10万円及び50万円に関する部分)。
(3) 本件4月振込みの60万円は被告B又は被告総合鑑定に対する貸付金であり,このうち20万円しか返済されていないと主張して,①被告Bに対し,金銭消費貸借契約に基づき,貸金残額40万円及びこれに対する返済請求から相当期間経過後の日である平成24年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に基づく遅延損害金の支払を求め(請求の趣旨第1項のうち40万円に関する部分),②選択的に,被告総合鑑定に対し,金銭消費貸借契約に基づき,貸金残額40万円及びこれに対する返済請求の後の日である同日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める(請求の趣旨第2項)。
(4) 原告は被告リアルエステートの登録免許税を支払い,また本件宅建費用を被告リアルエステートに代わって支払ったと主張して,被告リアルエステートに対し,上記登録免許税6万円及び本件宅建費用のうち未充当分の68万3000円(計74万3000円)並びにこれに対する被告リアルエステートへの支払請求日の翌日である平成25年4月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める(請求の趣旨第3項)。
(5) 被告総合鑑定及び被告リアルエステートは,本件著作物につき,ウェブページ上に掲載し,複製,公衆送信ないし送信可能化していると主張して,本件著作物の著作権に基づき,複製,公衆送信,送信可能化,展示,譲渡,頒布の差止め並びにウェブページからの消去及び印刷物の廃棄を求める(請求の趣旨第4項及び第5項)。
3 争点
(1) 本件契約の代金50万円の返還請求権の成否
(2) 顧問料60万円の返還請求権の成否
(3) 貸金残額40万円の返還請求権の成否
(4) 設立費用及び本件宅建費用残額74万3000円の支払請求権の成否
ア 原告による本件宅建費用の立替払の有無
イ 原告による請求権の放棄の有無
(5) 本件著作物の差止請求権の成否-利用許諾の有無
(6) 相殺の抗弁
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件契約の代金50万円の返還請求権の成否)について
〔原告の主張〕
本件契約において被告Bが提供すべき「ビジネスノウハウ」とは,貸主との交渉を含む被告Bの経験に基づく実践的な体系的知識で,秘密性があって公然と知られておらず,内容が競業他者に差を付けることができるようなもので,50万円以上の経済的価値があるものを指していた。しかし,被告Bが原告に示した情報は,他者が作成し,又は公表されている情報にすぎず,体系性もなく,50万円の価値もなかった。そもそも,被告Bには自ら賃料減額事業を行った経験などなく,その技術指導の能力もなかった。よって,本件契約は錯誤により無効であるか,原始的不能である。
また,被告Bは,自分が賃料減額事業を行った経験とノウハウを有しているかのように装い,原告をそのように信じさせ,本件契約を締結した。よって,本件契約は詐欺によって締結されたものであり,原告はこれを取り消す。
さらに,被告Bは,債務の本旨に従った履行をしておらず,履行は社会通念上不能といえるか又は催告を行う意味はないから,原告は本件契約を無催告解除する。
〔被告Bの主張〕
本件契約にいう「ビジネスノウハウ」とは,原告の主張するような秘密性・非公知性を有するものではなく,賃料減額事業における営業方法等にすぎなかった。そして,被告Bは賃料減額事業に必要な書類で被告Bが保持しているもの全てを原告に交付した。被告Bには賃料減額事業の経験も技術指導の能力もあったし,現に自身の知識・経験に基づき成功例・失敗例を実践とともに伝えるなどして,債務の本旨に従った履行をしていた。
2 争点(2)(顧問料60万円の返還請求権の成否)について
〔原告の主張〕
本件3月振込みの60万円は,原告の設立する会社の顧問料であり,賃料減額事業や会社の経営・法務等に対する指導・助言を行う対価であった。
しかるに,上記振込時には既に,原告が会社を設立するのではなく,被告Bの事務所ないし法人に所属することが決まっていたから,原告の設立する会社のために顧問契約を締結する理由はなくなっていた。また,そもそも被告Bには,賃料減額事業の経験や技術指導力,会社の経営や法務の指導・助言を行う能力はなかった。したがって,顧問料を給付する目的は客観的に存在しておらず,法律上の原因がない。仮に顧問契約が成立していたとしても,錯誤により無効であり,又は詐欺によるものであって,原告はこれを取り消す。
また,原告が顧問料を支払ったのは,被告Bから「顧問料を支払わなければ情報を供給せず,原告の事業に協力しない」旨言われたからであって,仮に顧問契約が成立していたとしても強迫によるものであり,原告はこれを取り消す。
さらに,被告Bは,顧問契約の本来の趣旨に反し,原告を労働者として使用するつもりがあったのであり,原告にはこれを秘して顧問契約を締結したのであるから,この点にも錯誤又は詐欺がある。
そして,被告Bは当初より顧問契約の本旨に従った履行をしていないから,仮に顧問契約が瑕疵なく成立していたとしても,原告には報酬を支払う義務がない。
加えて,原告は被告Bの指揮命令を受けて働いていたから,被告Bの指導・助言はいわば従業員教育であって,これに対する顧問料の支払は正義公平の観念上正当性を欠き,不当利得である。
〔被告Bの主張〕
本件3月振込みの60万円は顧問料ではない。また,契約を締結したが給付目的を欠くからといって,なにゆえ顧問料の支払が法律上の原因を欠くことになるのか,原告の主張は明らかではない。仮に原告主張の顧問契約があったとしても,被告Bは本件契約に基づいて賃料減額事業に関する指導・助言を行っており,原告もそのことを理解していた。被告Bは原告主張のような発言はしていないし,被告Bは原告に対して適切な指導・助言を行っていた。加えて,原告と被告Bとは指揮命令関係になく,あくまでビジネスパートナーであった。
3 争点(3)(貸金残額40万円の返還請求権の成否)について
〔原告の主張〕
本件4月振込みの60万円は,被告B又は被告総合鑑定に対する貸付金である。原告は,平成24年5月15日に返済を請求し,これに対して同月18日に20万円の返済を受けたが,まだ残額の返済がなく,遅くとも同月末日までには返済に相当な期間が経過している。
〔被告B及び被告総合鑑定の主張〕
本件4月振込みの60万円は貸付金ではなく,原告が一方的に貸付名目としたものであるし,同年5月18日の20万円の送金も貸付金の返済ではない。
4 争点(4)(設立費用及び本件宅建費用残額74万3000円の支払請求権の成否)について
(1) 争点(4)ア(原告による本件宅建費用の立替払の有無)について
〔原告の主張〕
本件宅建費用合計168万3000円は,原告が被告リアルエステートに代わって支払ったものである。
〔被告リアルエステートの主張〕
上記費用は被告リアルエステートが支払ったものであって,原告が支払ったものではない。
(2) 争点(4)イ(原告による請求権の放棄の有無)について
〔被告リアルエステートの主張〕
原告は,平成24年7月27日,本件持分売買契約に際し,被告リアルエステートに対する請求権の全てを放棄する旨の意思表示をした。
〔原告の主張〕
否認する。本件持分売買契約は,被告リアルエステートに対する請求権を放棄したものではない。
5 争点(5)(本件著作物の差止請求の成否-利用許諾の有無)について
〔被告総合鑑定及び被告リアルエステートの主張〕
被告総合鑑定及び被告リアルエステートは,原告から本件著作物の利用許諾を得ていた。すなわち,被告Bは,原告の申入れに応じて,不動産鑑定事務所を法人化して被告総合鑑定を設立したものであるが,その際,原告から,本件著作物を使ってほしいと言われた。また,原告は,被告リアルエステートを設立する際,被告リアルエステートと被告総合鑑定がグループ会社であるかのように見せて相乗効果を発生させるため,被告リアルエステートにおいても本件著作物を利用することとした。
〔原告の主張〕
原告は被告総合鑑定に本件著作物の利用を許諾したが,それは,原告が被告Bと一緒に事業を行っている間という期限付きである。原告と被告Bとの共同事業関係は平成24年7月中には破綻していたから,本件著作物の利用許諾契約も終了している。
また,被告総合鑑定と被告リアルエステートをグループ会社としたことは認めるが,その余は否認する。被告リアルエステートのロゴを決めたことはない。
6 争点(6)(相殺の抗弁)について
〔被告Bの主張〕
仮に本件持分売買契約の内容に原告の被告リアルエステートに対する本件宅建費用168万3000円の請求権の放棄又は譲渡が含まれていないのであれば,被告Bは,この点につき錯誤が存在する。
したがって,本件持分売買契約は錯誤により無効であり,被告Bは代金80万円の返還請求権を有するから,原告の被告Bに対する本訴請求債権と対当額で相殺する。
〔原告の主張〕
否認ないし争う。被告Bは,原告が被告リアルエステートの費用を支払ったことを知っていた。仮に知らなかったとしても,持分を買い取る際に会社の資産と負債を当然に調査すべきであり,その方法も原告に聞くだけで容易に知ることができたから,被告Bには錯誤につき重大な過失がある。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件契約の代金50万円の返還請求権の成否)について
(1) 本件契約に係る契約書(甲3)には,被告Bが代金50万円で提供する「ビジネスノウハウ」の内容として,「賃料適正化ビジネスに関するすべてのノウハウ,書式,技術指導,情報の提供,知的財産等」と記載されている(第1条。なお,「賃料適正化ビジネス」とは,本判決にいう賃料減額事業を指す。)。
そして,本件契約締結前においても,被告Bは,賃料減額事業の起業を考えている原告に対し,自らが賃料減額事業を行った経験とノウハウを有している旨を告げ(当事者間に争いがない。),さらに「〔本件契約締結の〕後でなければ,話せないこと…の方が,多い」,「持っているすべてを提供します。」,「入金後に私のプランを具体的にお話ししようと思ってます。」,「私のプランで中小レベルはすぐこせると思ってます。」などとメールで告知している(甲21〔6,13,14頁〕)。
さらに,原告は,本人尋問において,上記50万円は賃料減額ビジネスに関する知識,実務経験等の全てを教えてもらう代金である旨供述している(原告本人〔本人調書2頁。以下,同様に本人調書の該当頁を併記〕)。また,被告Bも,本人尋問において,本件契約の対象は自分が持っている知識及び経験である旨供述している(被告B本人〔3頁〕)。
以上を総合すると,本件契約において被告Bが提供する義務を負う「ビジネスノウハウ」とは,被告Bが,自ら賃料減額事業を行ったことにより得た知識及び経験であって,代金50万円で提供されるべき経済的価値があるものを指すというべきである。
(2) しかしながら,本件証拠上,被告Bが上記のような意味における「ビジネスノウハウ」を原告に提供したものとはにわかに認め難い。すなわち,被告Bが本件契約に基づいて原告に提供したものは,甲第18号証の資料(以下「甲18資料」という。)のほかは若干の助言程度にすぎない上,これらはおよそ本件契約における「ビジネスノウハウ」というに足りない。以下,詳述する。
ア 被告Bが原告に対し,本件契約に基づいて甲18資料をメールで送信した事実は,当事者間に争いがない。なお,被告Bは紙面でも交付したと主張し,これに沿う供述をするが(被告B本人〔5頁〕),これを裏付けるに足りる証拠はなく,当時の原告と被告Bとのメールのやりとりの中にもこれを示唆するものはない(甲21参照)。
そこで甲18資料を検討すると,甲18資料は様々な資料のコピーが種々雑多なまま集められたものにすぎず,何らの体系性もないばかりか,目次やインデックス等すらない。しかも,全体の分量のうちの約6割以上は判例タイムズ誌に掲載された裁判例や座談会等の記事のコピーにすぎず(資料14ないし19),その内容をみても,どの裁判例や記事が賃料減額事業に関連するのか,仮に関連するとしてもどのような意味で関連するのかなど,その位置付け及び重要性は一見して明らかとはいえない。また,他にも,全体の分量のうち1割程度は立退料に関する書籍のコピーにすぎず(資料7及び8),これも,どのように賃料減額事業と関連するのか,やはり一見して明らかではないし,このうち一部はB自身も関連性がないことを自認している(被告B本人〔25頁〕)。さらに,日本経済新聞のコピーも相当程度含まれているが(資料22及び23),これも,にわかに賃料減額事業と関連するといえるのか,明らかとはいい難い。そうすると,甲18資料のうちかなり多くの部分は,果たして賃料減額事業に関する知識又は経験といえるのか,疑問を差し挟まざるを得ない。
他方,甲18資料の中には賃料減額事業に関する資料といい得るものも含まれているが(資料1ないし6等),いずれも他社のパンフレットやレポート等のコピーにすぎないし,分量もそれぞれ数枚程度しかなく,内容をみても,弁護士法72条の解釈や,賃料「増額」請求の根拠条文等を簡潔に示すものでしかない。中には賃料減額の交渉方法等を示したレポートもあるが(資料10等),わずか2枚分しかない上,これも他社の作成したレポートのコピーにすぎない。そもそも,甲18資料の中に,被告B自らが作成した文書は3点しかない上(資料9,12,13),いずれも,個別事案において具体的な物件を不動産鑑定士として査定した際の査定書にすぎず,賃料減額事業に関する「ビジネスノウハウ」とはいい難い。
以上によれば,被告Bの交付した甲18資料の大部分は,そもそも賃料減額事業との関連性が明らかでない雑誌及び書籍のコピーや,単なる他社のパンフレット等のコピーその他の書類で占められているのであって,これをもって,被告Bが自ら賃料減額事業を行ったことにより得た知識及び経験とはおよそいえないばかりか,そもそも代金50万円で提供されるべき経済的価値があるようにもうかがえない。
イ この点につき被告Bは,甲18資料を渡した際に原告からは何の抗議もなかった旨指摘するところ,確かに,当時のメールのやりとりの中に原告が抗議した形跡はないし(甲21参照),原告自身もこのことを自認している(原告本人〔17頁〕)。
しかし,上記のとおり,甲18資料は様々な資料のコピーが種々雑多なまま集められたものにすぎず,その分量は大量であって,体系的な法的知識を有しない者にとってはにわかに一読できるものではないばかりか,それが果たして賃料減額事業に関連するのかを直ちに判別することができるものとすらいい難い。
また,被告Bは,甲18資料の送付前に「私には,同時進行でほかのプランもある」(甲21〔4頁〕),「中小レベルはすぐ超せる」(同〔14頁〕),「第一人者になる」(同〔19頁〕)などとして,自らが深い見識を有しているかのように誇示し,これに対して原告は「〔被告Bの話が〕100万ドルの価値がございました。」(同〔3頁〕)などとして,被告Bに心酔していたことがうかがえる。このような状況からすれば,被告Bは,原告の法的知識が十分とはいえず,かつ被告Bに心酔していることに乗じて,関連性も経済的価値も乏しい資料をあえて大量に送付したのではないかとの疑いすら生じ得るところである。このことは,被告Bが,本人尋問において,自らが送付したはずの甲18資料と賃料減額事業の関連性を原告代理人から繰り返し問われながらも,「今言われても分かりません。」として回答を拒否するかのような態度に終始していることとも符合する(被告B本人〔15,16頁〕)。
ウ なお,被告Bは,甲18資料以外にも多くの資料を交付していると主張し,本人尋問においてもこれに沿う供述をする(被告B本人〔5頁〕)。
しかし,本件ではこの点が主要な争点の一つとなっているにもかかわらず,被告Bは甲18資料以外に交付したという資料を何ら提出しないばかりか,そのおおまかな構成すら明らかにしない。そして,この点について本人尋問で問われるも,「パソコンが壊れた」,「一つしかなかった」,「わざわざ出す必要性はない」などという弁明に終始している(被告B本人〔25頁〕)。
エ また,被告Bは,甲18資料の交付以外にも,原告に対し,自らの知識・経験に基づいて賃料の落ちやすい物件の見分け方や営業手法について原告に教授したり,賃借人からの質問への対応方法や助言の方法等を教授したり,実地にて技術指導をしたなどと主張し,これに沿う供述をする(被告B本人〔6頁〕)。
しかし,被告Bはこのような抽象的な主張・供述をするものの,具体的にどのような情報を提供したのかについては,被告B自身,弁論終結に至るまでほとんど明らかにしていない。すなわち,提供した情報の具体的内容というのは,被告Bの主張等によっても,せいぜい「賃料が落ちやすい物件はオフィスである」とか「賃貸人と直接交渉すると弁護士法に抵触するため避ける」などというものにすぎないし,このような情報をもって50万円で提供されるべき経済的価値があるといい切ることは困難である。
かえって,被告Bは,原告から委託契約書の文面のチェックを本件契約に基づいて依頼されたのに対し,「まだ,癖がありますな」,「ひっかからず,すーと読める文章にしたほうが無難でしょう。」などと極めて抽象的な印象論のみを答えており(甲21〔36頁〕),具体的にどこを修正すればよいか質問されても「ん~文章全体に癖を感じます。」としか回答していない(甲25〔1頁〕)。このような被告Bの対応は,いずれも真摯かつ具体的な回答・指導というのにはほど遠いといわざるを得ない。
オ そもそも,被告Bは,原告に会う前から賃料減額事業を行っていたと主張するのであるが,この事実自体,疑いを差し挟まざるを得ない。
すなわち,被告Bは,株式会社エフティヒア(以下「エフティヒア」という。)と「共同して賃料減額事業を行っていた」と主張したり(被告ら準備書面(3)),エフティヒアに「50万円でノウハウを売却」したと陳述したりしているが(乙10。被告B本人〔3頁〕も同旨),いずれにしても,エフティヒアと共同して賃料減額事業を行っていたことの客観的証拠も提出せず,またノウハウを売却したことを裏付ける売買契約書その他の証拠も提出しない。このような状況からすると,単に上記主張の裏付けがないというにとどまらず,実際には,賃料減額事業を業として行っていたのはエフティヒアのみであり(甲18〔資料10〕参照),被告Bは同社からの依頼を受けて賃料の査定をしたことがあるという程度にすぎないのではないかとの疑いすら出てくるところである。
むしろ,原告は「被告Bの指示どおり賃料減額事業を開始したところ,失敗した。そこで,被告Bに対し,本当に賃料減額交渉の経験があるのか尋ねたところ,実は実務経験のないことを認めた。被告Bは,賃料減額業者の株式会社ジャパンビジネスリンク(以下「ジャパンビジネスリンク」という。)に事業の進め方の教えを請い,その教えを受けた。」旨主張し,これに沿う供述をしている(原告本人〔11頁〕)。この原告の主張及び供述に特段不自然なところは見当たらないばかりか,被告B自身のメールにも,ジャパンビジネスリンクに教えを請い,その教えを受けた旨の記載があるのであって(甲33〔4,5頁〕。同メールにいう「jbl」とはジャパンビジネスリンクを指す。),原告の上記主張に裏付けがないというわけでもない。なお,この点につき被告Bは,ジャパンビジネスリンクとは知識を更に深めるために情報交換したにすぎないと主張するが,被告Bの上記メールには,単なる情報交換ではなく「完敗です。全て教えてもらえました。」,「現時点では完敗です。」などと記載されているのであって,被告Bの上記主張はこれに整合しない。
カ また,被告Bは,原告が後に賃料減額事業の専門家を名乗って開業している事実(乙1参照)を指摘し,これは,被告Bが本件契約を履行したからこそであると主張する。
しかし,これも,原告が自習したり(甲21〔31頁〕,甲25〔4頁〕),他社のセミナーを受講したり(甲21〔15頁〕),賃料減額事業の専門家に直接会いに行って話を聞いたりし(原告本人〔11~13頁〕),実務を通じて上記オに記載したような失敗も経験しつつ,賃料減額事業の知識及び経験を自ら身に付けていったようにうかがわれるところである。したがって,原告が後に賃料減額事業を行っているとの一事をもって,被告Bが本件契約の本旨に沿った履行をしていたものと断ずるのは困難である。
(3) そして,被告Bは,本件契約からわずか3週間あまり後の平成24年3月15日,原告に「コンテンツはすでに全て提供済み,授業も終了です。」とのメールを送信して(甲28〔1頁〕),本件契約に基づく「ビジネスノウハウ」の提供の終了を一方的に告知したものである(上記「コンテンツ」が本件契約にいう「ビジネスノウハウ」を指すことについては,原告及び被告Bの双方が認めている。原告本人〔16頁〕,被告B本人〔3頁〕)。そして,以後,被告Bは本件契約に基づく情報提供をしていない(被告B本人〔24頁〕も参照)。
そうすると,前同日までに被告Bが本件契約に基づいて提供したのは甲18資料及び若干の助言程度しかなく,同日以後には何ら情報提供をしていないのであるから,結局,被告Bは,本件契約の本旨に沿った履行を果たしていないものといわざるを得ない。
そして,原告は,平成26年11月25日の本件弁論準備手続期日において,本件契約を解除する旨の意思表示をしている(当裁判所に顕著な事実)。
したがって,原告は,被告Bに対し,解除による原状回復請求権に基づき,本件契約に基づいて支払った50万円の返還を求めることができるとともに,これに対する法定利息(民法545条2項)の支払を求めることができるというべきである。
2 争点(2)(顧問料60万円の返還請求権の成否)について
(1)ア 原告は,本件3月振込みの60万円とは顧問料であり,月額5万円の12か月分として前払したものであると主張し,これに沿う供述をする(原告本人〔4,5頁〕)。
これに対し,被告Bは,本件3月振込みの60万円は顧問料ではなく定額制の不動産鑑定士報酬であり,月額20万円の3か月分として前払されたものであると主張し,これに沿う供述をする(被告B本人〔7頁〕)。
イ そこで検討するに,確かに原告の主張に沿うかのように,被告Bは平成24年2月20日の時点で「顧問契約は月5万」と原告に告知しており(甲21〔14頁〕),その後も「顧問契約」を同年3月から開始することを繰り返し伝え(同〔30,31,34頁〕),「顧問料」の支払をたびたび求めている(甲25〔2,3頁〕)。
そして,被告Bは,同年3月3日のメールで「顧問料」のうち「2か月分」(10万円相当)を翌週までに振り込むよう伝えているところ(甲25〔6頁〕),原告もこれに応じて翌週の同月8日に10万円を振り込んでいる。また,被告Bは,上記メールで「顧問料」の残り「10か月分」(50万円相当)を融資が下り次第振り込むよう伝えるとともに(甲25〔6頁〕),同月9日のメールでは翌週水曜日までに振り込むよう伝えているところ(同〔16頁〕),原告もこれに応じて翌週水曜日の同月14日に50万円を振り込んでいるのである。
他方で,本件3月振込みが顧問料ではなく不動産鑑定士報酬であったとの被告Bの主張についてみても,被告B自身,同年3月3日には60万円とは別個に報告書作成を1件当たり1万円で請け負うとし(甲25〔6頁〕),本件3月振込みのうち10万円の振込みがされた翌日の同月9日には,報告書作成費用は前払ではなく「減額成功後の入金により支払う」ものとし(同〔16頁〕),本件3月振込みが完了した翌日の同月15日にも,報告書作成を今回に限り1万円で請け負う旨伝えているのであって(甲28〔1頁〕),本件3月振込みが定額制・前払制の不動産鑑定士報酬であったとの被告Bの主張は,これらのやりとりと整合しないようにもみえる。
以上のことからすれば,本件3月振込は顧問料として支払われたもののようにみえなくもない。
ウ しかし,本件証拠上,本件3月振込みが顧問料として支払われたことを端的に示す領収書等もなければ,これを裏付ける顧問契約書その他の契約書もない。
のみならず,原告自身も,本件3月振込みをした直後の平成24年3月15日,被告Bに対して「前払いになっている2回分40万円」の返金を求めているのであって(甲28〔2頁〕),このことは本件3月振込みが月額5万円(2回分では10万円)の顧問料の支払であることと整合せず,かえって,月額20万円(2回分では40万円)の不動産鑑定士報酬であるとの被告Bの主張と整合する。この点につき原告は,なぜ「2回分40万円」と説明したのか記憶が定かでないと主張し,また「前納した10万円と後期半年分に当たる30万円とを合わせて2回分40万円と述べたものと考えられる」とも主張するが,いずれもにわかに合理的な説明とはいい難い。
そして,被告Bは,「顧問料」や「顧問契約」という言葉は原告とのビジネスパートナーの形態を検討するに際して出ていた一つの案にすぎず,最終的に確定したものではない旨主張するところ,この主張自体,不自然,不合理として排斥することも困難である。
エ 以上からすると,本件3月振込みが顧問料として支払われた可能性は相当程度あるものの,原告自身がこれに整合しない「2日分40万円」との説明をしていることなどにも照らすと,これが顧問料として支払われたものと断言するには,なお躊躇を覚えるものといわざるを得ない。
したがって,顧問料60万円の返還を求める原告の請求は,その前提を欠き,理由がない。
(2) さらに,仮に本件3月振込みが顧問料として支払われていたとしても,本件において原告による返還請求を認容するには,なお困難な面があるものといわざるを得ない。
すなわち,原告はその返還請求権の根拠についてるる主張するが,要するに,当時の原告にとって顧問契約を締結する理由はなく,また被告Bにも顧問契約に沿って指導・助言を行う能力もなく,現に履行もしなかったなどとして,顧問契約の不成立,錯誤無効,詐欺取消し,不履行による報酬不発生,正当性の欠如等をいうものである。しかるに,原告自身,本人尋問において,被告Bからは顧問契約に基づいて査定書の作成及びトラブル対応を行うと言われており,このうち少なくとも査定書の作成は現に行われていて,その数も1,2通という数ではなかった旨供述しているのであって(原告本人〔19,29頁〕),原告にとって顧問契約を締結する理由はなかったとか,被告Bが顧問契約の履行をしなかったとの原告の上記主張とにわかに整合しない。
また,原告は,返還請求権の根拠として,実質的には被告Bないし被告総合鑑定の従業員であったから顧問契約を締結する理由はなかったなどとも主張する。確かに,原告は被告Bから「Aさん〔原告〕の立場は社員です。…競業避止の書類を交わします。最低2年は縛る書類を交わします。年収1000万円を獲得できる報酬体系を作ります。」と断言され,名刺には被告総合鑑定の「営業部長」と印刷され(甲19,甲25〔17頁〕,甲28〔1頁〕),ノルマが設定されるとともに未達の場合の罰金も設定されていた(当事者間に争いがない。)ことなどがうかがえるものの,他方で,原告自身,認識としては「自営業」であり,被告Bの事務所の家賃等の経費も一部負担していたと供述しているのであって(原告本人〔20,21頁〕),これも,原告の上記主張とにわかに整合しない。
さらに,原告は,顧問契約を締結するに当たって被告Bから強迫されたとも主張するが,この事実を裏付けるに足りる客観的証拠はにわかに見当たらない。
以上からすると,確かに,被告Bが原告の法的知識不足に乗じて顧問料名目で金員を受領した可能性は全く否定することもできないようにも思われるものの,これを超えて,本件3月振込みが法律上の原因なく行われたものであるなどと断じて,その返還を命ずることはできないといわざるを得ない。
(3) したがって,顧問料60万円の返還を求める原告の請求は,いずれにせよ理由がないというべきである。
3 争点(3)(貸金残額40万円の返還請求権の成否)について
(1) 原告は,本件4月振込みの60万円は貸付金であり,このうち20万円については平成24年5月18日に返済を受けたと主張する。そして,本人尋問においてこれに沿う供述をするほか(原告本人〔8,9,15頁〕),現に本件4月振込みは「カシツケ」名目でされており(前記第2,1(6)),さらに,同月15日の被告Bへのメール(甲34〔23,24頁〕)に添付したとする「ご請求書」(甲37)にも,被告Bに「貸付金」の返金を求める旨の記載がある。
(2) この点につき被告B及び被告総合鑑定(以下,争点(3)に限り「被告ら」という。)は,本件4月振込みの60万円は貸付金ではなく「指導料」であり,原告が本件契約の内容を超えて鑑定理論や不動産鑑定士試験,行政書士試験の合格指導を求めてきたため,追加の指導料として60万円を受領したものであると主張する。
しかし,被告ら自身,当初は本件4月振込みではなく本件3月振込みが「指導料」であると主張していたのであって(答弁書),被告らの主張には変遷がみられる。また,この点を措くとしても,原告との間で資格試験の合格指導が話題に上ったのは振込みから4か月も後の同年8月のことであって(甲43〔3~5頁〕),少なくとも,同年4月の時点で鑑定理論や資格試験の合格指導を求められていた形跡は本件証拠上見当たらない(甲29~35参照)。
(3) また,同年5月18日の20万円の支払が何なのかについても,被告らの主張は「賃料減額事業の成功報酬の支払」と「本件3月振込みの60万円のうち20万円分の返金」との間で何度も変遷している。
すなわち,被告らはまず,上記20万円を「賃料減額事業における原告の〔成功〕報酬の取り分」として送金したものと主張していた(答弁書)。
次に,被告らは,上記20万円は「不動産鑑定士報酬…の3カ月分を原告が前払したもの〔本件3月振込みの60万円〕」のうち「5月分の20万円を原告へと返金した」ものに主張を訂正するとした(被告ら準備書面(1))。
さらに,原告から上記訂正は主張の変遷であって真実味がない旨批判されると,被告らは再び「答弁書にて主張しているように,この20万円は賃料減額事業の成功報酬として支払ったもの」へと主張を戻した(被告ら準備書面(3))。
そして,原告から賃料減額事業の成功報酬なるものの発生原因すら不明である旨批判されると,今度は陳述書において「月額20万円の固定報酬について…5月分の20万円を返金した」へと主張をさらに訂正したのである(乙10。被告B本人〔9頁〕も同旨)。
このように,被告らの主張ないし陳述は再三にわたり変遷しているものであるし,しかも被告らはいずれの主張についてもその裏付けとなる客観証拠を提出していないのであって,結局のところ,被告らの上記主張は,いずれにせよおよそ採用することができない。
(4) さらに,被告らは,同年4月当時,被告Bや被告総合鑑定が経済的に不自由をしていたことはなく,原告から借入れをする理由はないと主張し,その裏付けとして被告Bの銀行預金口座の通帳(乙7。ただし,同年4月当時の部分は欠落している。)及び被告総合鑑定の銀行預金口座の通帳(乙8)を提示する。
しかし,このうち被告総合鑑定の通帳をみると,本件4月振込み当時,被告総合鑑定の銀行預金口座の預金残高はわずか100円でしかない。また,被告Bの通帳をみると,確かに被告Bの銀行預金口座には同年3月14日時点で500万円の預金残高があるものの,これは同日に設立した被告総合鑑定の資本金(甲1によると500万円)のようであるし,その上,この500万円もわずか5か月程度で半減している。
そもそも,原告は,当時は被告Bに不動産鑑定の仕事も入っておらず,お金に困っているのかなという印象を受けていた旨供述するところ(原告本人〔9頁〕),確かに被告Bの通帳をみると,同年1月から3月までに顧客と思われる者からのまとまった入金は数えるほどしかない。また,原告は,被告Bが「MBAの大学院に行っているので,学費が結構必要なんだ」と言っていた旨供述するところ(原告本人〔10頁〕),被告Bの当時のメールの中にもこれに沿う記載がある(甲28〔3頁〕)。
したがって,被告らの上記主張はにわかに採用することができないばかりか,かえって,当時の被告の資産状況等は,本件4月振込みが貸付けであったことと親和的である。
(5) 被告らは,本件4月振込みが「カシツケ」名目でされていることに気付き,原告に抗議した旨主張する(被告B本人〔8頁〕も同旨)。
しかし,このような事実を裏付けるに足りる証拠はないし,当時のメールでのやりとりを見ても抗議したことをうかがわせるような記載はない。かえって,本件4月振込みがされた同年4月6日には,原告が「もう先生〔被告B〕の結婚式は主賓であいさつですよ」と恩を着せるかのような記載があり(甲30),被告Bもこれに異を唱えることなく応じているのであって(甲31),これらのやりとりは,むしろ原告が被告Bに貸付けをしたとの原告主張に沿う。
(6) また,被告らは,本件では借用書が存在しないから貸付けではない旨主張する。
しかし,原告は,被告Bが「そんなことをしなくても必ず返す」と言っていたと主張し,これに沿う供述をするのであって(原告本人〔15頁〕),これに,原告は被告Bのことを当時は常に「B先生」と呼び,他方で被告Bは原告に対して次々と指示を出していたという両者の関係(甲21,25,28,29)にも照らすと,被告Bが原告から借入れをするに際して借用書を作成しなかったとしても,必ずしも不自然なものとはいい難い。
なお,被告らは,被告Bが「そんなことをしなくても必ず返す」旨の発言をした時期につき,原告の陳述書(甲54)では「振込前」であったのに,原告の本人尋問における供述では「振込後」へと不自然に変遷した旨主張する。しかし,原告の本人尋問における供述は,要するに「振込前」にも「振込後」にも発言したというものであって(原告本人〔21,22頁〕。「振り込む前にも言ってます」と供述),被告らの上記主張は必ずしも当を得たものではない。
(7) おって,原告が被告Bに「貸付金」と記載された「ご請求書」(甲37)を送付したとの事実につき,被告Bは本人尋問においてこれを否定する(被告本人尋問〔9頁〕。乙10も同旨)。
しかし,被告らは,上記「ご請求書」が送付されたことについて,当審の審理の終盤近くになるまでこれを積極的には否認していなかったものである。むしろ,審理の当初は「原告は甲37号証を以て,原告が被告総合鑑定に60万円を貸し付けたことの裏付けとするようであるが,一方的に貸金返還の請求書を送るだけで,消費貸借契約の成立が認められることなどあり得ない。甲37号証の一方的な送付は,…返還合意を裏付けるものにはならない。」(被告ら準備書面(3))などとして,あたかも送付された事実を当然の前提としていたところである。
(8) 以上によれば,本件4月振込みの60万円が貸付金であるとの事実については,これを認めるのが相当である。被告らは他にもるる主張するが,いずれもこの認定を覆すに足りない。
そこで貸付けの相手方についてみると,上記60万円は被告総合鑑定の銀行預金口座に振り込まれているものの,原告によれば,これは被告Bから上記口座に振り込むよう指示を受けたとのことであって,上記(7)の「ご請求書」は被告B個人の商号である「甲不動産鑑定士事務所」宛で作成され,20万円の返済金も被告B個人の銀行預金口座から支出されていること(乙7)などにも照らすと,被告Bに対する貸付けであると認定するのが相当である。
したがって,原告の貸金残額40万円の返還請求は,被告Bに対する関係で理由がある。
4 争点(4)(設立費用及び本件宅建費用残額74万3000円の支払請求権の成否)について
(1) 争点(4)ア(原告による本件宅建費用の立替払の有無)について
被告リアルエステートの登録免許税6万円を原告が支出した事実については,当事者間に争いがない。
また,被告リアルエステートの本件宅建費用168万3000円については,原告自身の供述(原告本人〔13,14,29~31頁〕)に加え,原告の預金通帳(甲20)にも照らすと,同様に原告が支出したものと認めるのが相当である。この点は被告リアルエステートも単に否認するのみで,その理由を積極的に主張するものではない上,代表者の被告Bも,本人尋問において,原告のポケットマネーから支出されたことは事実だと思う旨供述するところである(被告B本人〔26頁〕)。
(2) 争点(4)イ(原告による請求権の放棄の有無)について
被告リアルエステートは,原告が,被告リアルエステートに対する請求権の全てを本件持分売買契約の合意書(乙2。以下「乙2合意書」という。)作成時に放棄した旨主張する。
そこで検討するに,乙2合意書には,原告が被告リアルエステートの持分全部及び「宅建免許」を80万円で被告Bに「売却」するとともに,「今後一切追加費用の請求はしないこと」を約束する旨の記載がある。そして,原告は,この乙2合意書を作成してから平成25年4月15日に至るまでの約9か月もの間,被告リアルエステートに対して登録免許税及び本件宅建費用の支払を請求していない(原告本人〔28頁〕も同旨)。そもそも原告は,登録免許税及び本件宅建費用を被告リアルエステートのために支出した際,後で返還を求めようとは思っていなかったと供述しているのであるし(原告本人〔28頁〕),現に,乙2合意書を作成するに当たっても,これらの立替金請求権を有している旨を被告Bに告知した形跡はなく,その旨の帳簿その他の会計書類を作成したり,これを被告Bに引き継いだりしたような形跡も見当たらない。被告リアルエステートは,本件宅建費用を被告Bないし被告リアルエステートに今後請求しないことにしたからこそ,乙2合意書に「宅建免許」も「売却」したと記載した旨主張するところ,上記のような事情に照らすと,この主張もあながち不合理として排斥することはできない。
なお,被告リアルエステートの登録免許税及び本件宅建費用の合計額174万3000円は,本件持分売買契約の代金額(80万円)を上回る。しかし,原告は,被告リアルエステートのために出資した100万円をもって本件宅建費用に充当した旨主張しており,そうすると,主張の当否はともかく,充当後の登録免許税及び本件宅建費用の合計額は74万3000円となって,本件持分売買契約の代金額を下回ることになる。そもそも,上記のとおり,原告は当初から被告リアルエステートに返還を求めようとは思っていなかったというのであるし,また,乙2合意書の作成当時,被告リアルエステートが何らかの実体的活動をしていたようにもうかがわれないのであって,これらのことも併せ考慮すると,上記代金額が請求権の放棄も含めた対価として不自然に低すぎるということはできない。
以上によれば,原告は,乙2合意書を作成した際,被告リアルエステートに対する請求権の全てを放棄したものと認めるのが相当である。
この点に関して原告は,乙2合意書の直接の当事者に被告リアルエステートは含まれていないことなどを指摘するが,上記認定を覆すに足りない。
5 争点(5)(本件著作物の差止請求の成否-利用許諾の有無)について
被告総合鑑定は,原告から本件著作物の利用許諾を受けた旨主張する。
しかし,原告は「原告が被告Bと一緒に事業を行っている間」という期限付きでのみ許諾したにすぎないと主張しているし,本件証拠上も,被告総合鑑定の主張するような許諾がされた事実をうかがわせる証拠は何ら存しない。
また,被告リアルエステートも,原告から本件著作物の利用許諾を受けた旨主張する。
しかし,原告は許諾を与えた事実自体を全面的に否認しているのであって,本件証拠上も,被告リアルエステートの主張するような許諾がされた事実をうかがわせる証拠は何ら存しない。
そうすると,少なくとも現在において,被告総合鑑定及び被告リアルエステートが本件著作物を適法に利用し得る権原を有しないことは明らかである。
したがって,原告の被告総合鑑定及び被告リアルエステートに対する本件著作物の差止請求は,理由がある。
6 争点(6)(相殺の抗弁)について
前記4(2)のとおり,登録免許税及び本件宅建費用については請求権を放棄したものと認められるのであるから,被告Bの主張する相殺の抗弁はその前提を欠き,判断を要しない。
7 結論
よって,原告の請求は,①被告Bに対し,解除による原状回復請求権に基づき,本件契約により支払った50万円及びこれに対する本件2月振込みの日である平成24年2月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息(争点(1)),②被告Bに対し,金銭消費貸借契約に基づき,貸金残額40万円及びこれに対する返済請求(甲37)から相当期間経過後の日の後の日である同年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(争点(3)),③被告総合鑑定及び被告リアルエステートに対し,本件著作物の著作権に基づき,複製,公衆送信,送信可能化,展示,譲渡,頒布の差止め並びに同被告らのウェブページからの消去及び印刷物の廃棄(争点(5))をそれぞれ求める限度で理由があるから,これを認容することとし,原告の被告らに対するその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 東海林保 裁判官 今井弘晃 裁判官 廣瀬孝)
別紙
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