判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(50)平成29年 3月23日 東京地裁 平25(ワ)34525号 株主代表訴訟事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(50)平成29年 3月23日 東京地裁 平25(ワ)34525号 株主代表訴訟事件
裁判年月日 平成29年 3月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)34525号
事件名 株主代表訴訟事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2017WLJPCA03238018
要旨
◆本件会社の株主である原告が、本件会社の代表取締役であった被告Y1及び取締役であった被告Y2には、本件会社と証券会社との間のファイナンシャル・アドバイザリー契約(本件FA契約)の締結、本件会社の顧問である法律事務所に対する意見書の依頼等、平成25年9月17日付けの本件会社の臨時株主総会(本件臨時株主総会)の開催等に関する善管注意義務、忠実義務違反等があり、これにより本件会社に損害を被らせたと主張して、被告らに対し、本件会社に対する損害賠償を求めた株主代表訴訟の事案において、本件FA契約の締結等及び顧問法律事務所に対する依頼等に関する善管注意義務違反並びに忠実義務違反を否定し、また、取締役会の決議を経ないまま本件臨時株主総会の招集手続を遂行した被告らに過失があることは否定し難いものの、被告らの違法な招集手続と原告主張の損害との間に相当因果関係があるとは認められないと判断して、請求を棄却した事例
参照条文
民法644条
会社法298条
会社法330条
会社法355条
会社法356条
会社法365条
会社法423条
会社法847条
裁判年月日 平成29年 3月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)34525号
事件名 株主代表訴訟事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2017WLJPCA03238018
オランダ王国ロッテルダム〈以下省略〉
原告 キャヴェンディッシュ・スクエア・ホールディングス・ビー・ヴィー
同代表者マネージング・ディレクター A
同訴訟代理人弁護士 中島徹
同 塩崎彰久
同 森大樹
同 平津慎副
同 森奏太郎
同 子安智博
同訴訟復代理人弁護士 岡野辰也
東京都豊島区〈以下省略〉
被告 Y1
東京都練馬区〈以下省略〉
被告 Y2
上記両名訴訟代理人弁護士 鯉沼希朱
川崎市〈以下省略〉
被告両名補助参加人 Z1
川崎市〈以下省略〉
被告両名補助参加人 Z2
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告両名補助参加人 Z3
上記3名訴訟代理人弁護士 今村誠
同 笠野さち子
同訴訟復代理人弁護士 蓜島啓介
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告Y2は,株式会社プラップジャパンに対し,7175万0743円,及びうち5000万円に対する平成26年1月16日から,うち2175万0743円に対する平成28年2月10日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,7175万0743円,及びうち5000万円にする平成26年1月19日から,うち2175万0743円に対する平成28年2月10日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による金員の限度で,被告Y1と連帯して)を支払え。
2 被告Y1は,株式会社プラップジャパンに対し,被告Y2と連帯して7175万0743円,及びうち5000万円に対する平成26年1月19日から,うち2175万0743円に対する平成28年2月10日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,株式会社プラップジャパン(以下「本件会社」という。)の株主である原告が,本件会社の代表取締役であった被告Y1(以下「被告Y1」という。)及び取締役であった被告Y2(以下「被告Y2」という。)は,本件会社と証券会社との間のファイナンシャル・アドバイザリー契約(以下「本件FA契約」という。)の締結,本件会社の顧問である法律事務所に対する意見書の依頼等,平成25年9月17日付けの臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会」という。)の開催等に関する善管注意義務,忠実義務違反等があり,これにより本件会社に損害を被らせたと主張して,会社法330条,民法644条,会社法355条に基づき,被告らに対し,連帯して本件会社に7175万0743円,及びうち5000万円に対する訴状送達の日の翌日(被告Y1について平成26年1月19日。被告Y2について同月16日。)から,うち2175万0743円に対する平成28年2月8日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成28年2月10日から,いずれも支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める株主代表訴訟の事案である。
2 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は,末尾に証拠等を掲げた。その余は当事者間に争いがない。)
(1) 本件会社は,昭和45年9月9日に設立された,ピーアール活動全般の代行業務,企業戦略のコンサルタント業務等を目的とする株式会社である。本件会社は,株式会社東京証券取引所が運営するJASDAQスタンダード市場に株式を上場しており,発行済株式の総数は467万9010株である。
本件会社は取締役会設置会社,監査役会設置会社及び会計監査人設置会社である。
本件会社の定款には,本件会社の株主総会は,法令に別段の定めがある場合を除き,取締役会の決議によって社長である代表取締役が招集すること(13条1項前段),取締役会の決議は,取締役の過半数が出席し,出席した取締役の過半数をもって行うこと(26条),取締役の全員が取締役会の決議事項について書面又は電磁的記録により同意した場合には,監査役が異議を述べたときを除き,当該決議事項を可決する旨の取締役会決議があったものとみなすこと(27条)が定められている。
本件会社の取締役会規程(以下「本件取締役会規程」という。)には,取締役会の決議方法について上記定款と同旨の定めがある外,決議に特別の利害関係を有する取締役は議決に加わることができず,その場合,当該取締役は定足数及び決議要件の計算に当たっては取締役会の数に算入しない旨の定め(8条2項)や,取締役と会社間の取引及び利益相反取引の承認(9条12号),1000万円以上の財産の処分及び譲受(同条14号),その他業務執行に関する重要な事項(同条22号)は取締役会の決議を経なければならない旨の定めがある。
(甲1,4,5,18,42)
(2) 亡B(以下「B」という。)は,被告Y2と共に本件会社を設立し,長年本件会社の代表取締役を務めてきたが,平成24年12月29日死亡した。Bは,死亡直前の時点で,本件会社の株式(以下「本件株式」という。)140万9000株(発行済株式総数に対する所有株式数の割合(以下単に「所有割合」という。)約30.1%,総議決権数に占める議決権の割合(以下単に「議決権割合」という。)約35.3%)を保有していた。
補助参加人Z1はBの妻,同Z2及び同Z3(以下「補助参加人Z3」という。)はBの子である。Bの死亡直前の時点で,同Z1は本件株式9万株(所有割合約1.9%,議決権割合約2.3%),補助参加人Z3は本件株式7万株(所有割合約1.5%,議決権割合約1.8%)をそれぞれ保有していたが,Bの死亡により,その地位及び同人の保有に係る本件株式を相続した。
(甲1,2,32,乙32)
(3) 被告Y1は,平成2年10月本件会社の取締役,平成19年11月同代表取締役にそれぞれ就任したが,平成27年11月26日をもって取締役を退任した。被告Y1は,平成24年当時,本件株式14万株(所有割合約3.0%,議決権割合約3.5%)を保有していた。(甲1,4,32,乙17,18)
(4) 被告Y2は,本件会社の設立時からの取締役であり,平成14年11月専務取締役に就任したが,平成27年11月26日をもって取締役を退任した。被告Y2は,平成24年当時,本件株式23万株(所有割合約4.9%,議決権割合約5.8%)を保有していた。(甲1,4,32,乙17,18)
(5) 原告は,コミュニケーションサービス・グループであるWPPグループ(以下「WPP」という。)に属し,オランダ王国に所在する法人で,本件会社に対し被告らを相手方とする訴訟提起を求めた平成25年10月10日の6か月前から,本件株式93万5800株(所有割合約20.0%,議決権割合約23.4%)を引き続き保有する株主である。
WPPの基幹企業グループであるオグルヴィ・グループの日本法人であるオグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン合同会社は,原告の常任代理人(外国人投資家に代わって,配当金及び諸通知の受領や,名義書換請求権及び増資・新株引受権等の権利行使等を行う日本国内における代理人)である。C(以下「C取締役」という。)は,オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン合同会社の相談役であり,平成14年8月から本件会社の非常勤取締役であったが,平成25年11月28日をもって退任した。
(甲1,4,32,50,83)
●●●
(7) c社は,以前から本件株式の取得の可否につき打診してきていたところ,平成24年5月25日,本件会社のファイナンシャル・アドバイザー(以下「FA」という。)であるとする三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社(以下「MUMSS」という。)とc社のFAである大和証券株式会社(以下「大和証券」という。)との間で,FA間キックオフ会議が開催された(甲6,51)。
(8) 本件会社(代表取締役被告Y1)とMUMSSは,平成24年9月25日,契約期間を同月30日までとし,MUMSSが本件会社の中期経営計画の策定支援を含む資本政策の検討に関するファイナンシャル・アドバイスを提供し,本件会社がアドバイザリー料として,同年5月1日から1か月当たり500万円,中期経営計画提出時に500万円を支払うとの内容のFA契約を締結する旨の記載のある同年5月1日付け契約書を取り交わした(甲9)。
その後,本件会社は,MUMSSに対し,同社のFA業務に対する対価として,平成24年10月10日2000万円,平成25年3月29日1000万円(合計3000万円)を支払った。
(9) 本件会社は,法律顧問であるa法律事務所(以下「本件顧問法律事務所」という。)に対して意見照会を行い,同事務所から平成24年12月20日付け「アドバイザリー契約の締結の件」と題する意見書(甲25)及び平成25年6月5日付け「アドバイザリー契約の締結の件(2)」と題する意見書(甲27)の提出を受けた(甲25,27)。
(10) 本件会社の監査役会は,外部の4名の弁護士(以下「本件外部弁護士」という。)に対し,本件FA契約が会社法356条1項3号の利益相反取引に該当するか,同契約の締結につき本件会社の取締役会決議を要するかにつき意見照会を行い,本件外部弁護士から,平成25年9月9日付け「株式会社プラップジャパンと三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社との間のファイナンシャル・アドバイザリー契約締結の件」と題する書面(甲15。以下「本件外部弁護士意見書」という。)の提出を受けた。本件会社は,本件外部弁護士に対し,上記の意見照会に対する弁護士手数料として,合計420万円(税込み)を支払った。(甲15,乙13の1・3・5・7)
さらに,本件会社の監査役会は,本件外部弁護士に対し,監査報告書の作成や本件会社の株主からの提訴請求への対応等に関する助言等を求め,これに対する弁護士手数料として,合計84万円(税込み)を支払った(乙13の2・4・6・8)。
(11) 被告Y1は,平成25年9月2日付けで,本件会社の株主に対し,同月17日開催予定の本件臨時株主総会を招集する旨の招集通知(以下「本件招集通知」という。)を発送した。本件会社は,同日,本件臨時株主総会を開催した。(甲28)
(12) 原告は,その保有する本件株式93万5800株について平成25年9月18日付けで個別株主通知の申出を行い,同月25日付けで同通知がされた後,同年10月10日,本件会社に対し,被告らを相手方として損害賠償請求訴訟を提起するよう請求したが,本件会社がこれに応じなかったため,同年12月27日,本件訴訟を提起した(原告が同日本件訴訟を提起したことは顕著な事実。その余は甲3の1・2,31)。
3 争点及び当事者の主張の要旨
(1) 本件FA契約の締結又はFA業務の依頼に関する善管注意義務違反及び忠実義務違反並びに法令違反に基づく損害賠償責任の有無
(原告の主張)
ア 本件FA契約は,本件会社の業務に必要がなく,又は本件会社が締結すべきものではなかったこと(任務懈怠・その1)
(ア) 被告らは,平成24年5月頃,本件会社をして,その費用負担の下に,MUMSSとの間で,本件会社の業務に必要がなく又は本件会社が締結するべきではない本件FA契約を締結せしめた。
その後,本件FA契約は,平成24年9月25日,MUMSSが本件会社に提供するサービスの内容を「貴社の中期経営計画の策定支援を含む貴社の資本政策の検討」と,本件会社がMUMSSに対して支う払報酬を,1か月当たり500万円のアドバイザリー料(平成24年5月から同年9月までの5か月分合計2500万円)及び中期経営計画が提出された時点で支払う500万円(合計3000万円)と,それぞれ変更した上で,その旨の記載のあるFA契約書が取り交わされた(ただし,契約日付は同年5月1日とされた。)。
(イ)a 本件FA契約が,本件会社の業務に必要がなく又は本件会社が締結するべきではないものであることは,①被告ら及びBは本件株式の売却を企図しており,本件FA契約は被告ら及びBといった大株主兼取締役の利益のために(すなわち,これらの者と買主候補者との間で株式譲渡の交渉を円滑に進めるために)締結されたものであって,本件会社がこれを締結する必要がなかったこと,②本件株式の処分を伴う本件会社のM&A取引(以下「本件M&A取引」という。)は,大株主兼取締役であった被告ら及びBと一般株主との間における利益相反を生じさせるものであること,③本件FA契約には,被告ら及びBが自らの費用負担によってサポートを受けるべき事項が多数含まれていたことから,明らかである。
b このうち,上記②の利益相反とは,大株主兼取締役である者が,善管注意義務・忠実義務の観点から,自らの利益と一般株主(会社)の利益が相反する立場に身を置いてはならないという問題である。すなわち,株式の売却を企図する大株主兼取締役は,売却価格の観点よりも売却可能性を優先する可能性が高いこと,スクイーズアウトを伴うM&Aであれば,一般株主はその意思にかかわらず株式を手放すことを強いられること,スクイーズアウトを伴わないM&Aであれば,大株主兼取締役は株式を処分して株主でなくなるのに対し,一般株主は株主として会社に残らざるを得ないことからすると,取締役が当該M&Aを主導する多数派株主の立場にある場合には,多数派にとって望ましいM&A取引であっても一般株主にとって望ましくないことも十分あり得るところであり,他の少数株主との間で利益相反関係が生じ得る。
c また,上記③については,MUMSSが平成24年4月~5月にスコープ(業務の範囲)を定めた本件FA契約に基づくサービスの内容は,別紙(本件FA契約におけるスコープ。本件外部弁護士意見書に基づいて作成したもの)に記載のとおりであり,これらが,本件会社のみが行うべき事項に関するサポート(以下「提供項目①」という。),本件会社と株式の譲渡を企図する株主のいずれもが行うべき事項に関するサポート(以下「提供項目②」という。),譲渡を企図する株主のみが行うべき事項に関するサポート(以下「提供項目③」という。)のいずれに該当するかについても,同別紙に記載のとおりである。
本件FA契約に基づき提供されるサービスの中に提供項目②及び同③が含まれることから明らかなように,本件FA契約に基づき提供されるサービスは,本来,被告ら及びBが個人として自ら費用負担すべきサービスを含むにもかかわらず,MUMSSへのアドバイザリー料等という名目の下,本件会社がその費用を負担していたものである。
(ウ) それにもかかわらず,被告らは,自らの保有する本件株式の売却を企図しつつ,本件会社をして本件FA契約を締結せしめたものであり,その際,本件FA契約締結に関する交渉内容を知らず,Bのみが実質的に決定を下す立場にあったとは考えられないから,被告らの行為は善管注意義務(会社法330条,民法644条)及び忠実義務(会社法355条)に違反する。
仮に,被告らが本件FA契約締結に関する交渉内容を知らなかったとしても,被告らは,違法な本件FA契約締結を中止するように進言できたにもかかわらずこれを行っていないから,実質的決定権の有無にかかわらず,監視監督義務に違反したといえるので,善管注意義務及び忠実義務にも違反したことになる。
イ 本件FA契約の締結は間接取引(会社法356条1項3号,365条1項)に該当すること(任務懈怠・その2)
(ア) 被告Y1は,前記のとおり,本件会社にとって必要のない本件FA契約を締結し,MUMSSへのアドバイザリー料等の名目の下,本件会社をして支払う必要のない費用を負担させていたのであり,外形的・客観的に本件会社の犠牲において自らの利益になる契約をしたものであるから,本件FA契約の締結は「株式会社が(中略)取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき」(会社法356条1項3号,365条1項)に該当する。
それにもかかわらず,本件会社の代表取締役であった被告Y1は,本件会社の取締役会の承認を受けることなく本件FA契約を締結し,また,被告Y2は,被告Y1及びBと共に本件会社が本件FA契約を締結することを決定したのであるから,いずれも会社法356条1項3号,365条に違反する。
したがって,被告らは,法令違反行為をしたものとして,善管注意義務(会社法330条,民法644条)及び忠実義務(会社法355条)に違反するから,本件会社に対して会社法423条1項の責任を負う(本件会社に必要のない本件FA契約を締結した被告Y1は,同条3項1号により任務懈怠が推定され,同契約の締結を決定した被告Y2も同項2号により任務懈怠が推定される。)。
(イ) 利益相反取引に関して事後承認がされたとしても,これによって取締役の会社に対する任務懈怠責任が阻却されることにはならない。
また,平成25年10月21日開催された取締役会における利益相反取引の承認決議については,被告ら及び補助参加人Z3は特別利害関係取締役に該当するから,同人らの議決権行使は無効であり,当該決議は過半数の賛成を得たことにならないから無効である。
さらに,本件FA契約については,取締役会において「取引につき重要な事実の開示」(会社法356条1項柱書,365条1項)が行われていないから,利益相反取引の承認としての取締役会決議は無効である。
ウ 本件FA契約の締結又はFA業務の依頼は重要な業務執行の決定(会社法362条4項)に該当すること(任務懈怠・その3)
(ア) 本件FA契約の締結又はFA業務の依頼は,「重要な業務執行の決定」(会社法362条4項)に該当するにもかかわらず,被告らは,本件会社の取締役会決議を得ないまま,本件会社をして本件FA契約を締結させ,又はFA業務を依頼させたのであり,同項に違反するのみならず,取締役と会社間の取引及び利益相反取引の承認については取締役会の決議を経なければならないと定める本件取締役会規程9条12号にも違反する。
(イ) 本件FA契約は平成24年5月頃に締結されたものであるから,被告らは,その頃までに取締役会の承認を得るべきであった。
仮に,被告らが平成24年5月頃までの間にMUMSSとの間で報酬金額について明確な合意に達していなかったとしても,被告らは,MUMSSに対してFA業務の依頼をすることにより,本件会社を相当な報酬(商法512条)が請求され得る立場に置いたものであり,当該依頼は「重要な業務執行の決定」に当たるから,当該依頼を行う平成24年5月頃までに取締役会の承認決議を得るべきであった。また,被告らは,遅くとも本件FA契約の契約書が取り交わされた同年9月25日までには,取締役会の承認決議を得るべきであった。
(ウ) 平成24年10月11日開催された取締役会においては,第42期(平成23年9月1日から平成24年8月31日までの事業年度)の決算短信につき承認決議がされたにすぎず,本件FA契約の締結につき取締役会の承認決議がされたわけではない。仮に,上記取締役会において,本件FA契約の締結が独立の議題になっていたとしても,その承認決議に参加したC取締役は反対し,取締役1名は棄権し,被告ら及びBは特別利害関係取締役に該当するのであるから,当該決議は過半数の賛成を得たことにならず,無効である。
平成25年10月21日開催された取締役会の決議が無効であることは,前記イ(イ)で述べたとおりである。
エ 損害
(ア) 本件FA契約に基づく報酬合計3000万円
本件会社が本件FA契約に基づき支出した報酬合計3000万円は,被告らの前記アないしウの各任務懈怠といずれも相当因果関係のある損害であるから,被告らはこれを賠償する責任を負う。
(イ) 検証に要した費用合計504万円
a 本件外部弁護士意見書作成費用420万円
被告らが前記アないしウの各任務懈怠により善管注意義務及び忠実義務並びに法令に違反し,本件会社をして,本件FA契約を締結させてその費用を負担させたことから,本件会社の監査役会は,この問題に関して調査を行う必要があると判断し,本件外部弁護士に対して意見書の作成を依頼した。したがって,本件会社が本件外部弁護士に対して支出した本件外部弁護士意見書に係る弁護士手数料420万円は,被告らの上記各任務懈怠といずれも相当因果関係のある損害であるから,被告らはこれを賠償する責任を負う。
b 本件外部弁護士に対して助言を求めた費用合計84万円
被告らが前記アないしウの各任務懈怠により本件会社をして本件FA契約を締結させてその費用を負担させたことから,本件会社の監査役会は,本件外部弁護士に対し,平成25年10月31日付け監査報告書の記載方法に関する助言や,原告の提訴請求への対応に関する助言を依頼した。したがって,本件会社が上記依頼の対価として本件外部弁護士に対して支出した弁護士手数料合計84万円は,被告らの上記各任務懈怠といずれも相当因果関係のある損害であるから,被告らはこれを賠償する責任を負う。
(被告らの主張)
ア 原告の主張ア(本件FA契約の必要性等)について
(ア) 本件FA契約が平成24年5月頃の時点で締結されていたことは否認する。
仮に,上記時点で本件FA契約が締結されていたとすれば,その締結者は被告らのいずれでもない(被告Y2は,同契約の締結権限さえも有しない。)。当時,代表取締役会長であり実質的に決定を下す立場にあったBは,FAの成功報酬が高すぎるとしてMUMSSとの間の交渉を継続しており,被告らはその交渉内容を知らない。
本件FA契約が締結されたのは平成24年9月25日頃であるが,その際の契約締結者は被告Y1であり,被告Y2は取締役としての行為をしていない。
(イ) 本件FA契約については,本件会社の将来的な資本政策や経営戦略に関わるものであることから,経営判断の原則が妥当し,取締役は,FAの起用の時期,条件等について幅広い裁量を有するものと考えられる。本件に関する経緯及びMUMSSが実施した業務に照らし,本件会社がFAを選任する必要があったことは明らかである。会社にとって,支配株主の移動が,会社の経営戦略や資本政策(株主価値の最大化及び少数株主保護と言い換えることもできる。)の観点から極めて重要な関心事となることは当然である。
イ 原告の主張イ(本件FA契約が間接取引に該当すること)について
(ア) 会社法356条1項3号の利益相反取引(間接取引)とは,外形的・客観的に会社の犠牲において取締役に利益が生ずる形の行為とされている。本件FA契約は,本件会社がMUMSSをFAとして起用してそのFAサービスの提供を受けることを内容とするものであり,外形的・客観的(あるいは一般的・抽象的あるいは類型的)に見て,何ら会社の利益の犠牲において被告らに利益が生ずる行為とはいえず,取締役との間で利益が衝突する取引でもないことは明らかであるから,本件FA契約が利益相反取引(間接取引)に当たることはあり得ない。
なお,本件FA契約が本件会社及びB双方の利益になるものであったとしても,これが本件会社とBとの利益が相反する取引になるものでないことは当然である。
(イ) 仮に,本件FA契約が平成24年5月締結されたとすれば,その交渉主体はBであり,被告らはいずれも交渉内容を知らず,契約締結をしていないから,利益相反取引によって責任を負うことは考えられない。同年9月25日の本件FA契約の締結について,その契約締結者は被告Y1であり,被告Y2は取締役としての行為をしていない。
(ウ) 仮に,本件FA契約が利益相反取引に当たるとしても,平成25年10月21日の取締役会において,賛成5,反対3で承認決議を得ている。
なお,仮に,当該承認決議に特別利害関係人が参加したとしても,それを除外してもなお決議の成立に必要な多数が存するときはその効力は否定されるものではないと解される(最高裁判所平成28年1月22日第二小法廷判決・民集70巻1号84頁)ところ,本件においては取締役1名が除外されても,定足数7名,賛成4,反対3となり決議の効力に影響はない。
ウ 原告の主張ウ(本件FA契約の締結等が重要な業務執行の決定に該当すること)について
(ア) 「その他の重要な業務執行の決定」(会社法362条4項柱書)とは個別具体的な総合考慮により判断すべきものと解されるところ,本件会社の従前の取扱いからすれば,一定期間における業務発注について総額が3000万円程度であるとしても,取締役会の承認決議の対象とはされていなかった。一定の期間継続する業務に関し一定期間ごとに積算される対価については,その期間の間に業務執行における収支が生じることからすれば,対価の総額をもって,一時的な財産処分等の場合の対価と同様に考えるのは適当でない。
(イ) 仮に,本件FA契約が平成24年5月締結されたとすれば,被告らはいずれも契約締結をしていない(被告Y2は,同契約の締結権限さえも有していない。)。同月頃本件FA業務の依頼があったとすれば,その依頼者は被告らのいずれでもない。同年9月25日本件FA契約を締結したのは被告Y1である(被告Y2は取締役としての行為をしていない。)。
(ウ) 本件FA契約の締結については,まず,平成24年10月11日開催された取締役会において,取締役全員による承認決議があり,平成25年10月21日開催された取締役会においても承認決議があった。
なお,仮に,特別利害関係人がこれらの決議に参加したとしても,その決議の効力に影響がないことは,前記イ(ウ)で述べたとおりである。
エ 原告の主張エ(損害)について
(ア) 前記のとおり,本件FA契約は本件会社にとって必要なものであったから,同契約に基づく報酬合計3000万円を本件会社の損害と見ることはできない。仮に,取締役会の承認が事後にされたとしても,そのことにより,本件会社が損害を被ったことになるわけではない。
(イ) 検証に要した費用合計504万円は,本件会社のとるべき行為のアドバイスないしあるべき手続の確定等のための費用であり,コーポレートガバナンスに係る費用であるから,これを取締役が賠償する謂われはなく,取締役の任務懈怠と相当因果関係のある損害とは認められない。
(2) 本件顧問法律事務所に対する法律事務の依頼等に関する善管注意義務違反及び忠実義務違反に基づく損害賠償責任の有無
(原告の主張)
ア 被告らは,他の取締役及び監査役から本件FA契約の締結に関する善管注意義務及び忠実義務並びに法令違反に関する責任追及を受けた際,当該追及が明らかに合理性を有するものであったにもかかわらず,本件会社の費用負担において,本件顧問法律事務所に対し,被告らの行為を無理に弁明するための法律事務の依頼を行ったが,これは善管注意義務及び忠実義務に違反する行為である。
イ 本件会社は,平成24年9月2日から平成25年11月28日までの間,本件顧問法律事務所に対し,法律事務を依頼し,その対価として合計2614万7511円(税込み)を支払った。この支払に係る弁護士報酬請求書には,法律事務明細として「貴社資本政策に関する件」と記載されているが,この「資本政策」とは名目上のものである。したがって,上記依頼に係る法律事務は,被告ら及びBの保有する本件株式の処分に関する依頼に関するものであり,かつ,被告らが自らの保身を図るために依頼した,自己の行為を正当化するための意見の提出(意見書の作成)を含むものである(原告は,当初,本件会社が本件顧問法律事務所に法律事務を依頼して支払った費用が少なくとも439万6768円を下らないと算定し,これを含めて5000万円の請求をしたが,その後,被告らから資料が開示されたことを受けて,請求金額を,上記を含む2614万7511円とし,差額である2175万0743円につき請求の拡張をした。)。
ウ したがって,本件会社が本件顧問法律事務所に対して支出した2614万7511円(甲69(枝番号を含む。))は,被告らの上記行為と相当因果関係のある損害であり,被告らはこれを賠償する責任を負う。
また,本件会社が本件外部弁護士に対して支出した弁護士手数料84万円((1)(原告の主張)エ(イ)b参照)のうち,提訴請求への対応に関する助言のために必要な費用も,上記行為と相当因果関係のある損害である。
(被告らの主張)
ア 原告は,本件顧問法律事務所がした平成24年9月2日から平成25年11月28日までの1年以上の間の法律事務につき,その全てがまとめて被告らの行為を無理に弁明するための法律事務に当たるとするが,被告らのどのような行為がどのような態様で取締役としての善管注意義務及び忠実義務の違反になるのかは明らかでない。いずれにしても,被告らが,経営判断の原則の適用の下で,取締役としての裁量の幅を逸脱して法律事務の依頼をしたことはない。
イ 本件顧問法律事務所に対する依頼により支出した費用については,これが,「資本政策に関する件」に係る依頼に対する費用であれば本件会社が払うべきものであることは当然である。
本件会社が本件外部弁護士に対して支出した弁護士手数料84万円のうち,提訴請求への対応に関する助言のために必要な費用は,コーポレートガバナンスに係る費用であるから,相当因果関係のある損害とはいえない。
(3) 本件臨時株主総会の開催に関する法令違反に基づく損害賠償責任の有無
(原告の主張)
ア 被告らは,違法な招集手続に基づき本件臨時株主総会を開催したものであり,これは,会社法298条1,4項,定款13条1項前段,会社法298条1項5号,同法施行規則63条3号イ,ニに違反する。
イ 被告らが行った招集手続の違法は,株主総会の日時や場所等の法定事項つき取締役会の決議を得ないなど,いずれも会社法に明示的に手続要件として規定されたことの不履践であり,このような手続違背について勘違いや誤りはあり得ないから,被告らは招集手続に法令違反があることを認識していたものである。それにもかかわらず,被告らは,違法な招集手続に基づき本件臨時株主総会を強行開催し,本件会社をして,本来であれば負担する必要のない弁護士費用等を負担させたものであって,善管注意義務及び忠実義務に違反して本件会社に損害を生じさせたものといえるから,会社法423条1項に基づく損害賠償責任を負う。
ウ 被告らが株主総会の開催を強行すれば,株主が差止めの仮処分を申し立てることは必然的な流れであることからすると,本件会社が本件臨時株主総会開催禁止の仮処分命令申立事件に対する対応のために本件顧問法律事務所に対して支出した1056万3232円(乙14(枝番号を含む))は,上記善管注意義務違反等の行為と相当因果関係ある損害である。
また,本件会社が本件外部弁護士に対して支出した弁護士手数料84万円((1)(原告の主張)エ(イ)b参照)のうち,提訴請求への対応に関する助言のために必要な費用も,上記行為と相当因果関係のある損害である。
(被告らの主張)
ア 本件臨時株主総会の招集手続は違法ではない。また,実際に招集手続を行ったのは被告Y1であり,被告Y2は取締役としての行為をしていない。
イ 仮に,本件臨時株主総会の招集手続に違法があったとしても,平成25年7月16日の取締役会は,C取締役が本件臨時株主総会を招集する旨の決議を求めて臨時取締役会の招集を請求したために開催され,同取締役会において全会一致でその旨の決議がされたなど,本件顧問法律事務所所属の弁護士作成の意見書(乙29)が指摘する事情が存在しており,法律の専門家であっても,招集手続に違法があったか否かの判断は難しいものであったことからすれば,被告らが,同招集手続には法令上の瑕疵はないという同意見書の見解に従って本件臨時株主総会の招集手続を行ったことには過失がない。
ウ 株主が本件臨時株主総会の開催の差止めを求めて申し立てた株主総会開催禁止の仮処分命令申立事件について,東京地裁は同申立てを却下し,東京高裁も抗告を棄却しているのであって,本件臨時株主総会はそもそも差し止めるべきものではなかったという結論が確定しているのであり,本件会社が保全事件に関してした支出は本件会社の利益にかなうものであるから,損害とはならない。
また,上記の仮処分命令申立てがされた場合に,これに対してどのような対応をするかは,その時点で本件会社が判断することであるから,本件臨時株主総会の招集手続の法令違反と上記の仮処分命令申立てへの対応に要した費用との間には相当因果関係がない。
本件会社が本件外部弁護士に対して支出した弁護士手数料84万円のうち,提訴請求への対応に関する助言のために必要な費用については,前記(2)(被告らの主張)イ記載のとおりである。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提事実,証拠(後記認定事実末尾に記載のもののほか,甲83,乙31~33,証人D,証人C,被告Y1,被告Y2)及び弁論の全趣旨によれば,本件FA契約締結に係る経過等につき,次の事実が認められる。
(1) 本件会社は,平成20年から平成21年にかけて,大手広告代理店であるd社ほか1社から資本提携の打診を受け,平成23年12月頃,改めてd社からTOBによる過半数以上の株式取得を考えたい旨の申入れを受けた(甲6,32)。
他方,Bは,平成24年2月10日,C取締役を介して,c社がBの株式を買い取る意向がある旨を聞き,同月27日c社に対し,上記意向に応じる意思がある旨を伝えた。そして,本件会社は,同年3月27日c社から,本件会社の株式についてTOBにより過半数以上,できれば100%取得したいとの意向を表明されるとともに,爾後の協議はFAを立てて行いたいとの要請を受けたため,同年4月13日,被告Y2とMUMSSの担当者との間で,FA契約の締結に向けて打合せを行った。(甲6)
(2) 本件会社(B及び被告ら)は,平成24年4月25日,MUMSSの担当者との間で,FA業務の内容について打合せを行い,MUMSSから次の内容の記載のある同日付け討議資料(甲32。以下「4月討議資料」という。)の交付を受けた(甲32)。
ア 本件に関するMUMSSの理解
(ア) 本件会社の主要経営陣兼大株主(B及び被告ら)は,従前から経営の方向性を模索してきたが,約1年前からBに対して広告大手や放送局から本件株式の取得の打診があり,本件会社はこれらの買受候補者との間で独自に交渉を進めてきた(なお,同資料中,「本件における主要な当事者の整理」と題するペーパーにも,主要経営陣兼大株主としてB及び被告らの名前が記載されている。)。
(イ) Bは,保有する本件株式を売却する意向を有している一方で,本件会社の経営の方向性を見定めたいとの考えである。
イ 本件推進上の主な留意点
①本件株主間契約の精査及びWPPの意向確認,②買受候補者の整理,③売却プロセス・スキームの検討及び④適切な売却価格の検討の項目ごとに留意点が記載され,本件を円滑に進めるためには,本件株主間契約の精査及び買受候補者の確認・整理を行った上で,早急に大株主及び本件会社としての方針を固めることが重要であるなどと記載されている。
ウ FAの役割
「貴社【・大株主様】ファイナンシャル・アドバイザーとしての役割・機能」は,(ア)本件会社の戦略・目標設定の社内意思決定のサポート,(イ)取引プロセス実施のためのサポート(①全体コーディネーションの実施,②WPPとの協議に関する支援(本件会社の法務アドバイザーと共同して,本件株主間契約を精査し,本件M&A取引への影響等に関してアドバイス。WPPとの協議を支援),③バリュエーション(価値評価分析)関連手続の支援,④オークション・プロセスの管理の支援,⑤デュー・ディリジェンス(以下「DD」という。)実施のサポート,⑥契約書作成/条件交渉サポート,⑦プレスリリース/IR対応サポート(必要に応じて)),(ウ)公開買付けに関するサポートである。MUMSSは,本件会社及び大株主の意向を最大限実現するために,最善の方法を検討し,本件M&A取引のプロセスを推進していく。
(3) 本件会社(B及び被告Y2)は,平成24年5月10日,MUMSSの担当者との間で打合せを行い,MUMSSから,次の内容の記載のある同日付け「弊社アドバイザリー・サービスのご提案」と題する書面(甲7,乙2。以下「5月サービス提案資料」という。)の交付を受けた。同打合せにおいては,Bが同資料のうち1.5億円の取引手数料については高額であるとして難色を示したため,全体の報酬額の確定は持ち越しとなったが,月額500万円のアドバイザリー料を支払うこと,MUMSSが本件会社のFAとしての活動を行うこと及びMUMSSが提供するサービスの内容については,異論が出なかった(甲7,乙2)。
ア ファイナンシャル・アドバイザリー・サービスの提案
(ア) 想定スケジュール(案)
①平成24年5月から,売却プロセス・スケジュールの策定を開始し,②同月からWPPとの協議を開始し,同年8月下旬にはWPPとの最終条件協議を行い,同年10月中旬にはWPPとの最終合意に至り,③同年5月から売却プロセスの検討を開始し,同年6月には売却プロセスの準備(事業計画策定,開示資料の準備を含む。)に着手し,同年7月からは売却プロセス(1次入札,DDプロセス,最終条件交渉)を行って同年10月中旬には契約締結,案件公表をした上,同年11月末までの間にTOBを実施して,その後,スクイーズアウトに至る(ただし,WPPや買受候補者との協議状況等により大幅に変更される可能性がある。)。
(イ) FAの役割
表題が「貴社ファイナンシャル・アドバイザーとしての役割・機能」と変更され,「2 取引プロセス実施のためのサポート」のうちの「2-2 WPPとの協議に関する支援」に,WPPが買受候補者と締結する公開買付け応募契約若しくは株主間契約のレビューが付加され,さらに,「4 その他」として,スクイーズアウト実施のサポートが付加されている。
(ウ) 本件会社に対するサポート体制
MUMSSのチーム体制を紹介するとともに,MUMSSが本件会社の要望に沿ったアドバイザリー・サービスの提供を行うべく,プロジェクト・チームを組成し,本件会社経営陣を始めとするプロジェクト関係者や本件会社の株主にとって最も望ましい内容の取引を実行すべく全力で支援に当たる旨が記載されている。
(エ) 本件における報酬体系についての提案
MUMSSのM&A案件におけるアドバイザリー・サービスの報酬体系は,①アドバイザリー契約の期間中のMUMSSのプロジェクト・チームの実働に応じたアドバイザリー料,及び②取引の成約をもって支払を受ける取引手数料から成る。①のアドバイザリー料としては,実働起算日から月額500万円(なお,アドバイザリー料の累積支払額は②の取引手数料の内数となる。),②の本件の売却プロセス(WPPとの交渉サポートを含む。)に関する取引手数料として1.5億円(なお,支払時期は,契約締結時に半額,本件の完了時に残額とする。)を提案する。
これとは別に,本件においては,インセンティブボーナスとして,本件契約日時点の時価総額に対してプレミアムが40%以上付された場合,40%を超過した部分の10%相当額の支払を提案する。
イ WPPの意向確認の準備
WPPに対して本件株式のうちB持分を売却する意向である旨を伝え,これに同意(上記B持分の他社への売却を合意)する場合には,本件株式のうちWPP持分を引き続き保有するのか否かを確認し,これに同意しない場合には,WPPとの売却交渉を行う(WPPが他社への売却に応じないときは,本件M&A取引は成立しない。)。
ウ 売却プロセスの予備的検討
一次売却プロセスの準備をするとともに,二次売却プロセスとして,本件会社の3~5か年事業計画を策定し,買受候補者に開示するかを検討する。
(4) 本件会社(B及び被告Y2)は,平成24年5月24日,MUMSSの担当者との間で打合せを行い,MUMSSから同日付けの討議資料(甲33。以下「5月討議資料」という。)の交付を受けた。同資料には,c社の意向表明書の概要とこれに対する検討事項が記載されており,その中で,次回FA間ミーティングにおいてc社の提案内容を確認するとともに本件会社の意向を明確に伝達する必要があること,DDについては,法務,財務,税務,ビジネス等のフルDDを想定するとして,事業計画(将来計画)を策定する必要性があることについても言及されている。
上記打合せにおいて,MUMSSとc社のFAである大和証券との打合せを早急に設定すること,本件会社の経営企画室と経理部を含めてチームを組成し,経営企画室に3か年程度の事業計画を作成させることが確認され,これに基づき,平成24年5月25日にはMUMSSと大和証券との間のFA間ミーティングが開かれるとともに,同年6月4日には,被告Y2及び事業計画やマネジメント・プレゼンテーション資料作成の実務を担当する本件会社の経営企画室長とMUMSSの担当者との顔合わせが行われた(甲6,33,乙19,23の2)。
その後,事業計画案の作成のため,本件会社(被告Y2,経営企画室長)とMUMSSの担当者は,平成24年6月12日,同月27日,同年7月3日及び同月20日,打合せを行った(甲6,乙21の2(枝番号を含む),21の3,23の6)。
(5) 本件会社(被告Y2)は,平成24年5月31日,d社に対し,正式にFAを立てて案件を進める旨を説明し,同年6月5日のd社との打合せにおいて,MUMSSを本件会社のFAとして紹介するとともに今後の進め方について協議した。しかし,d社は,同年7月5日,本件会社に対し,d社の社名をWPPに開示した上で協議の可能性について検討するというWPPの提案に応じることはできないなどとして,本件M&A取引を断念する旨を伝えてきた。(甲6,乙23の4)
(6) この間,本件会社(B及び被告ら)は,平成24年6月12日,MUMSSの担当者も同席の上でWPPと電話会議を行い,現在,本件会社を買収したいという複数の買受候補者が現れ,同候補者はTOBにより全ての株式の取得を含めて検討していること,本件会社がFAとしてMUMSSを選任したことなどを説明したところ,WPPから,WPPと相談することなくFAを雇用したのはなぜか,Bではなく本件会社がFAを雇用したのはなぜか,本件会社がFAを雇用したのであれば役員会の決議を経ているのかなどの疑問が示されたため,本件会社として必要性があると判断してFAを雇用したこと,そのスコープ(業務の範囲)は本件会社のDD対応,取締役の意向表明のサポート等であって,大株主としてのBや被告らに対するアドバイスではないといった説明をした。さらに,WPPは,●●●とともに,基本的には引き続き本件株式を保有し続ける予定であると述べた。(甲6,乙23の3)
(7) 本件会社(B及び被告ら)は,平成24年7月12日,WPPの役員らと面談して,再度理解を求めたが,WPPから,Bが本件株式を売却するのであればBがFA契約を締結すべきであるとの申入れを受けたほか,買受候補者として他社を紹介してもよいなどといった話があり,本件会社としては本件株式の売却についてどう考えているのかといった質問があった。
被告Y2は,平成24年7月13日,電子メールでWPPの担当者に対し,本件株式の売却については,B及び被告Y1とも話し合った結果,B個人の保有株式の買取りだけではなく,被告Y1及び被告Y2の株式を含めていわゆるM&Aを行いたい(会社を売りたい)との結論に至ったこと,現在の買受候補者としてはc社だけが残っているが,他社の紹介が可能であればお願いしたいことなどを伝えた。被告Y2は,回答に当たって,被告Y1の意思は確認しなかった。(甲17)
(8) 本件会社(B及び被告Y1)は,平成24年7月25日,WPPとの間で打合せを行ったが,WPPが本件FA契約の費用は株主が負担すべきであるとの主張に終始したため,交渉は進展しなかった(甲6)。
(9) 本件会社(B及び被告らの全部又は一部)及びMUMSSの担当者は,WPPの対応から,本件株式の売却を進めることは困難であると見込まれ,5月サービス提案資料で示したFA業務も途中で遂行できなくなることが予想されたことから,平成24年8月中に数回にわたり打合せを行い,今後の進め方について協議するとともに,それまでMUMSSが行ってきたFA活動に対する報酬の確定について協議した。その結果,本件会社とMUMSSとは,同年9月25日頃,同年5月以降MUMSSが行ってきたFAとしての活動につき,1か月500万円の割合による金員(同年9月までで合計2500万円)を支払うとともに,MUMSSがその策定を支援した中期事業計画を成果物として提出することを勘案して,合計3000万円を本件FA契約に係る報酬とすることとし,その旨の記載のある本件FA契約書を作成して取り交わした(ただし,同契約書の日付は同年5月1日付けとした。)。(甲6)
(10) MUMSSは,平成24年10月4日付けで本件会社の3か年分の中期経営計画を作成するとともに,同月17日付けで本件会社の事業内容,事業特性及び中期経営計画を含むマネジメント・プレゼンテーション資料を作成し,いずれも本件会社に提出した。本件会社は,同月10日,MUMSSに対し,アドバイザリー料として2000万円を支払った。(甲10,11)
(11) この間,C取締役は,平成24年9月20日開催された取締役会において,本件会社の今後の投資戦略の中で具体的な投資施策がないのであれば,株主への還元として1株当たり200円の配当をすることを提案し,本件会社から納得できる対案が示されなければ,WPPグループとして上記議案を株主提案することを説明したが,急な提案であることもあって継続審議とされた。このこともあって,c社は,平成24年10月末,本件会社に対し,本件M&A取引を中止したい旨の申入れをしてきた。(甲6,乙23の5)
(12) 被告Y2は,平成24年10月11日開催された取締役会において,第42期(平成23年9月1日から平成24年8月31日までの事業年度)に係る決算短信の承認を求めた際,本件FA契約に基づき,第42期に月額500万円で4か月分2000万円のアドバイザリー料支払が発生していること,第43期(平成24年9月1日から平成25年8月31日までの事業年度)にも数か月分のアドバイザリー料の支払が発生することを説明したのに対し,E監査役(以下「E監査役」という。)から,後日,本件FA契約について説明がされる際には,詳細な内容を説明するとともに契約書等を開示してほしいとの要請があったため,これを了承した。そして,第42期決算短信については,他の項目も含め,賛成取締役4名,反対取締役1名,棄権した取締役1名で,取締役の過半数によって承認された。(甲21)
(13) 本件会社は,平成25年10月21日,取締役8名(被告ら,F,G,H,C取締役,補助参加人Z3,I)出席の下に取締役会を開催し,本件FA契約の承認についての決議を採ったところ,賛成5,反対3で承認された(甲35)。
2 争点(1)(本件FA契約の締結又はFA業務の依頼に関する善管注意義務違反及び忠実義務違反に基づく損害賠償責任の有無)について
(1) 本件FA契約の成立時期等
ア 前記前提事実及び前記1の認定事実によれば,たしかに,本件FA契約に係る契約書が取り交わされたのは平成24年9月25日であって,それ以前は契約書自体作成されていないこと,MUMSSは,同年5月10日本件会社に対して5月サービス提案資料を提出し,FAサービスの内容,報酬等を提案したところ,Bが,成功報酬である取引手数料1億5000万円について高額であるとして難色を示したため,全体の報酬額の確定に至らなかったことが認められる。
しかしながら,他方,前記前提事実及び前記1の認定事実によれば,本件会社とMUMSSが平成24年9月25日に取り交わした本件FA契約に係る契約書の日付は同年5月1日とされたこと,本件会社(B及び被告Y2が出席した。)とMUMSSの担当者との間の同月10日の打合せにおいては,(全体の報酬額の確定は持ち越しとなったものの)MUMSSが本件会社のFAとしての活動を行い,5月サービス提案資料記載のサービスを提供すること,本件会社がMUMSSに対し月額500万円のアドバイザリー料を支払うことについては異論が出なかったこと,同じくB及び被告Y2が出席した同月24日の打合せにおいても,今後の手順が確認され,MUMSSとc社のFAとの間のFA間ミーティングを早急に開催することなどが確認されていること,MUMSSは,これに基づき,翌25日には本件会社のFAとしてc社のFAである大和証券との間で行われたFA間ミーティングに出席し,同年6月5日には同じく本件会社のFAとしてd社との打合せに出席し,複数回にわたり本件会社との打合せを行うなど,本件会社のFAとしての業務を遂行したこと,しかるに,同月12日WPPから,Bではなく本件会社がFAを雇用した理由等を質問され,これについてのWPPの理解・賛同が得られないまま,本件M&A取引に係る交渉は(WPPの意向確認に入ることもできないまま)事実上中断し,同年7月にはd社から本件M&A取引を断念する旨の申入れを受け,c社との交渉も膠着状態に至ったこと,Bら及びMUMSSの担当者は,WPPの対応から,これ以上本件株式の売却を進めることは困難であり,FA業務の履行も途中で中止せざるを得なくなると考え,同年8月中に数回にわたり打合せを行い,それまでMUMSSが行ってきたFA活動に対する報酬の確定について協議した結果,同年5月以降MUMSSが行ってきたFAとしての活動につき1か月500万円の割合による金員(同年9月までの間につき合計2500万円)を支払うとともに,MUMSSがその策定を支援した中期事業計画(本件M&A取引を遂行するため,このような事業計画の準備が必須であることは,繰り返し確認されていた。)を提出することを勘案して,合計3000万円を本件FA契約に係る全体の報酬とすることとし,その旨の記載のある本件FA契約書を作成して取り交わしたことが認められる。
これらの事情を総合すれば,本件FA契約については,平成24年5月10日ないし遅くとも同月24日までには,本件会社の代表取締役であるBとMUMSSとの間で,MUMSSが本件会社に対しFAとしてのサービスを提供し,これに対して本件会社が報酬を支払う(ただし,報酬のうちのアドバイザリー料については,MUMSSの担当者がFAとして実働を開始する平成24年5月から月額500万円とするが,本件M&A取引が成約した場合の成功報酬である取引手数料については明確な合意ができなかった。)との内容の口頭の合意が成立したと認定するのが相当である。
イ このように,本件FA契約が平成24年5月10日ないし遅くとも同月24日までには成立したとすると,これについて本件会社の取締役会の承認決議が必要であるとすれば,その承認決議を得るべき時期は,同契約成立時点又はそれより前でこれに接着した時点ということになる。
(2) 本件FA契約が,本件会社の業務に必要がなく又は本件会社が締結すべきものでもなかった(任務懈怠・その1)といえるかについて
ア 本件会社が本件FA契約を締結する必要性の有無について
前記前提事実及び前記1の認定事実によれば,本件会社は,平成23年12月頃d社から,TOBによる過半数以上の株式取得を考えたいとの申入れを受け,平成24年3月にはc社から,TOBにより本件株式の過半数以上,可能であれば100%を取得したいとの意向表明を受けるとともに,爾後の協議はFAを立てて行いたいとの要請を受けたこと,Bは所有割合で約30.1%,議決権割合で約35.3%の本件株式を保有していたから,Bが本件株式を売却する場合,買付けの結果次第では買付者の株券等所有割合が3分の1を超えることになり,金融商品取引法上,公開買付け(TOB)によらなければならず(同法27条の2第1項),その場合には,本件会社は公開買付けについて買付価格の妥当性の検討等を踏まえ意見表明を行う必要がある(同法27条の10)ことが認められ,証拠(乙3の1)によれば,その場合に本件会社がFAを起用して意見表明の検討に当たらせることが一般的であることも認められるから,これらの事情によれば,本件会社としてFA契約を締結する必要性がおよそなかったとか,本件会社がFA契約を締結すべきではなかったなどということはできない。
イ 本件FA契約は本件株式の売却を企図する大株主兼取締役である被告らの利益のために締結されたものであるといえるかについて
(ア) 原告は,被告ら及びBが本件株式の売却を企図しており,本件FA契約は被告ら及びBといった大株主兼取締役の利益のために(すなわち,これらの者と買受候補者との間で株式譲渡の交渉を円滑に進めるために)締結されたものであるなどと主張し,証人Cの証言及び同人の陳述書(甲83)中には,C取締役がBから,被告らも本件株式を売却したいと言っている旨聞いていたとの証言及び陳述記載がある。
しかしながら,他方,証拠(証人C)によれば,C取締役自身,被告らに直接その意思を確認したわけではないことが認められる上,被告ら自身が本人尋問において,Bに対しそのような話をしたことを否定する旨の供述をしていることに徴し,証人Cの上記証言及び陳述記載を直ちに採用することはできない。
(イ) 前記前提事実及び前記1の認定事実によれば,たしかに,①Bは,少なくとも平成24年2月にc社からBの保有する本件株式を買い取る意向があることを聞いた時点では,本件株式を売却する意向を有していた一方,本件会社の経営の方向性を見定めたいとの考えを有していたこと,②本件会社が同年4月25日MUMSSから交付を受けた4月討議資料においては,本件におけるMUMSSの理解として,主要経営陣兼大株主としてB及び被告らの名前が記載されており,「FAの役割」欄の見出し部分に「貴社【・大株主様】ファイナンシャル・アドバイザーとしての役割・機能」との記載があり,MUMSSは本件会社及び大株主の意向を最大限実現するために本件M&A取引のプロセスを推進するなどの記載があること,③被告Y2が同年7月13日WPPの担当者に送付した電子メールには,被告らが,B個人の保有株式の買取りだけでなく,被告らの保有する本件株式を含めていわゆるM&Aを行いたい(会社を売りたい)との意向である旨の記載があることが認められる。
しかし,他方,前記前提事実,前記1の認定事実及び証拠(証人D,被告Y1,被告Y2)によれば,④4月討議資料は,依頼者が本件会社になるかBになるかが確定しておらず,また,被告らが本件株式を売却する意向を有する可能性があることも考えて作成されたものであること,⑤平成24年4月25日の打合せの際,被告らには本件株式の売却の意向がないことが判明したため,本件会社が同年5月10日交付を受けた5月サービス提案資料においては,「FAの役割」欄の見出し部分の記載が「貴社ファイナンシャル・アドバイザーとしての役割・機能」と変更されたこと,⑥被告Y2は,同年7月12日WPPの役員と面談した際,本件会社としては本件株式の売却についてどう考えているのかといった質問を受けたため,翌13日WPPの担当者に対して電子メールを送付したものであり,その内容も本件株式の売却については,B及び被告らで話し合った結果,被告らの株式を含めていわゆるM&Aを行いたい(会社を売りたい)との結論に至った旨の記載であって,電子メールの目的は,WPPに対し,前日の質問を受けて協議した結果,本件会社としては本件株式の売却を含む本件会社の譲渡(本件M&A取引)を希望するとの結論に達した旨を回答することにあったこと(もっとも,実際には,回答に当たって,被告Y1の意思は確認されていないこと)が認められる。
これらの事情を総合すれば,4月討議資料(甲32)及び平成24年7月13日付け電子メール(甲17)の各記載をもって,被告らが,平成24年5月10日ないし遅くとも同月24日までの時点において,本件株式を売却する意思を有していたことを推認することはできず,むしろ,同時点における被告らの認識は,仮に本件会社のM&Aということになれば各自の株を手放すことになる可能性があるといった程度のものであったというべきである。
そうすると,原告の上記イ(ア)の主張は,被告らが本件株式の売却を企図していたというその前提となる事実を欠くこととなるばかりか,本件FA契約が大株主兼取締役である被告らの利益のために締結されたものであるということもできないから,結局,上記主張をもって,本件FA契約が,本件会社の業務に必要がなく又は本件会社が締結するべきではないものであることの根拠とすることはできない。
ウ 本件M&A取引は大株主兼取締役である被告らと一般株主との間の利益相反を生じさせるものであるといえるかについて
(ア) 原告は,本件株式の処分を伴う本件M&A取引が,大株主兼取締役であった被告ら及びBと一般株主との間における利益相反を生じさせるものであることを主張し,株式の売却を企図する大株主兼取締役と一般株主(会社)の利益が相反する理由を敷衍して,①株式の売却を企図する(大株主たる)取締役は,売却価格の観点よりも売却可能性を優先する可能性が高いこと,②スクイーズアウトを伴うM&Aであれば,一般株主はその意思にかかわらず株式を手放すことを強いられること,③スクイーズアウトを伴わない場合であれば,(大株主たる)取締役は株式を処分して株主ではなくなるのに対し,一般株主は(大株主たる)取締役がエグジットした会社に株主として残らざるを得ないことなどからすると,それを主導する多数派株主にとって望ましいM&A取引の条件であっても一般株主にとっては望ましくないことも十分あり得ることを主張する。
(イ) たしかに,M&A取引に対する利益状況や評価は,会社,取締役,多数派株主,少数派株主等といった立場によって異なり得るものである。
しかしながら,他方,原告は株式の売却を企図する大株主兼取締役と一般株主とを対置するが,被告らに本件株式の売却の意思がなかったことは前記認定・説示のとおりであって,被告らは「株式の売却を企図する」者ではない上,本件株式の所有割合は被告Y1が約3.0%,被告Y2が約4.9%であることは前記前提事実記載のとおりであり,被告らが「大株主」に当たるといえるのかも疑問である。加えて,主として株主の利益を勘案しつつ様々なステークホルダーの利益をも考慮すべき会社の利益と一般株主の利益とが常に一致するということはできず,大株主にとって望ましいM&A取引が絶えず一般株主にとって望ましくない取引であると断ずることもできないことからすれば,本件株式の処分を伴う本件M&A取引が,被告らと一般株主との間における利益相反を生じさせるものであるということはできない。
したがって,上記ウ(ア)の主張をもって,本件FA契約が,本件会社の業務に必要がなく又は本件会社が締結するべきではないものであることの根拠とすることもできない。
エ 本件FA契約は本来被告らが費用負担すべきサービス(提供項目②及び③に該当するサポート)が多数含まれていたといえるかについて
(ア) 原告は,本件FA契約には被告ら及びBが自らの費用負担によってサポートを受けるべき事項が多数含まれていたことを主張し,具体的には,本件FA契約に基づくサービスの内容は別紙に記載のとおりであることを前提として,その中には,提供項目②及び同③があって,本件FA契約に基づき提供されるサービスは,本来,被告ら及びBが個人として費用負担すべきサービスを含むにもかかわらず,MUMSSのアドバイザリー料等という名目の下,本件会社がその費用を負担していたなどと主張する。
(イ) 本件FA契約について本件会社の取締役会の承認決議を得るべき時期が平成24年5月10日ないし遅くとも同月24日の時点又はそれより前でこれに接着した時点であることは,前記認定・説示のとおりであるから,本件FA契約につき本件会社の取締役会の承認決議を要するか否かを判断するため,本件FA契約の内容を確定する必要がある場合には,同時点における契約内容を基礎とすべきことになる。
これを前提とすると,前記1の認定事実によれば,本件会社が本件FA契約に基づいてMUMSSから提供を受けるサポート業務は,4月討議資料及び5月サービス提案資料によって定まるものであり,概ね別紙記載のとおりであって,具体的には,原告が提供項目②及び同③に含まれると主張するサポート業務を含むものであることが認められる。もっとも,別紙記載の原告主張に係る提供項目の分類については,本件外部弁護士意見書における分類と一致しない点もあり,そもそも当該分類自体困難なサービスもある上,いずれにせよ,本件における事実関係の下で検討すべきものである(なお,「フィナンシャルアドバイザリーサービスのスコープ」と題する資料(甲8)は,MUMSSが平成25年2月頃,本件会社の取締役会に対する説明資料として作成したものであり,これをもって,本件会社が本件FA契約に基づいてMUMSSから提供を受けるサービスの内容を確定したり,提供項目①ないし③の区分けの根拠としたりすることはできない。)。
(ウ) そして,前記前提事実及び前記1の認定事実によれば,d社やc社といった買受候補者は本件株式の少なくとも過半数,可能であれば100%の取得を要望していたこと,この要望をかなえるためには,実際上,B及びその家族の保有する本件株式を上記買受候補者に売却することが必要であると考えられ,本件M&A取引が成功するか否かは上記売却ができるか否かに依拠する面が大きいこと,●●●から,このような事情がある本件においては,原告が提供項目③に該当すると主張する,①全体コーディネーションの実施(買受候補者,WPP及びそのアドバイザー(FA,弁護士・会計士等)とのコミュニケーション),②WPPとの協議に関する支援,③バリュエーション(価値評価分析)関連手続の支援(適切な売却価格の検討),④売却プロセス(オークションプロセス)の管理の支援(買受候補者の選定に関するアドバイス,売却プロセス・スキームの検討,買受候補別の交渉戦略の立案及び交渉の実施,策定されたスケジュールに基づいた売却プロセス遂行)の各サポート業務は,(これらが提供項目③に該当するか否かはともかく)いずれも本件M&A取引が成功するために不可欠のものというべきである。また,同じく原告が提供項目③に当たると主張する,⑤契約書作成/条件交渉サポート(契約書作成等のサポート(応募契約,株主間契約))や,⑥公開買付けに関するサポート(株主応募契約作成のサポート)の各サポート業務は,本件における上記事情の下では,買受候補者との交渉,協議ないし契約の締結に必然的に付随する業務であり,上記と同様,本件M&A取引に不可欠のものというべきである。
さらに,原告は,提供項目②に該当すると主張するサービスについても,本来,被告ら及びBが個人として費用負担すべき部分を含むなどと主張する。しかしながら,本件における上記事情に加え,前記認定・説示のとおり,本件会社として本件FA契約を締結する必要性がおよそなかったとか,本件会社が本件FA契約を締結すべきではなかったなどということはできないこと,証拠(乙3の1)によれば,本件FA契約におけるアドバイザリー料(月額500万円)が,本件会社が提供を受けるサポートの対価として高額であると認めることはできず,他に本件において,これを認めるに足りる証拠はないことからすると,原告が提供項目②に該当すると主張するサービスは,(これが提供項目②に該当するか否かはともかく)被告ら及びBが個人としてその対価を負担すべきであったと断じることもできない。
(エ) 以上の認定・説示によれば,本件における事情の下では,原告の主張する提供項目②又は同③については,これが提供項目のいずれに該当するかを確定するまでもなく,本件会社が本件FA契約に基づいて提供されるサービスの中に,被告ら及びBが個人として費用負担すべきサービスが含まれていたということはできず,Bが本件会社を代表して本件FA契約を締結したことをもって違法であるということはできない。
これに対し,本件外部弁護士意見書は,スコープ見直し前の業務につき,本件会社がその対価をすべて負担する場合は,少なくともBについて利益相反取引に該当する可能性が強く疑われるなどとするが,証拠(甲15)によれば,同意見書は本件株主間契約の詳細な内容を把握しないまま作成されたものであることが認められ,本件とは前提とした事実経過を異にするというべきであるから,直ちにこれに依拠することはできない。
(オ) したがって,上記エ(ア)の主張をもって,本件FA契約が,本件会社の業務に必要がなく又は本件会社が締結するべきではないものであることの根拠とすることもできない。
オ 以上より,原告の上記(2)の主張(任務懈怠・その1)は理由がない。
(3) 本件FA契約の締結は間接取引(会社法356条1項3号,365条)に該当する(任務懈怠・その2)といえるかについて
会社法356条1項3号の利益相反取引(間接取引)とは,外形的,客観的に会社の犠牲において取締役に利益が生ずる形の行為をいい,取引の構造上,会社と取締役双方の利益が相反するような関係にある場合をいうものと解されるところ,前記認定・説示のとおり,本件FA契約はBが本件会社を代表してMUMSSとの間で締結したものであること,本件会社が本件FA契約に基づいて提供されるサービスの中には,被告ら及びBが個人として費用負担すべきサービスが含まれていたということはできないことからすれば,被告らと本件会社,さらにはBと本件会社との間において,本件FA契約の締結に上記のような構造は認められない。
また,原告は,前記(2)ウ(ア)記載のとおり,本件株式の処分を伴う本件M&A取引が,大株主兼取締役であった被告ら及びBと一般株主との間における利益相反を生じさせるものであることを主張するが,当該主張自体理由がないことは前記(2)ウ(イ)において認定・説示のとおりであるのみならず,仮にそのような主張が認められるとしても,そのことをもって,本件FA契約が外形的,客観的に会社の犠牲において取締役に利益が生じる形の行為に当たるということはできない。
したがって,本件FA契約の締結をもって利益相反取引(間接取引)ということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,この点に係る原告の主張は理由がない。
(4) 本件FA契約の締結又はFA業務の依頼は重要な業務執行の決定(会社法362条4項)に該当する(任務懈怠・その3)といえるかについて
ア 会社法362条4項にいう「重要な業務執行の決定」に当たるか否かについては,問題となっている行為の態様や対価,会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきものと解される。
これを本件についてみるに,本件FA契約が,平成24年5月10日ないし遅くとも同月24日までに締結されたことは,前記認定・説示のとおりであるところ,本件FA契約は,本件M&A取引を想定したものであり,本件会社の営業のために通常行われる取引等とは質的に異なるものであること,上記時点における本件FA契約においては,実働起算日から月額500万円のアドバイザリー料を支払うものとされ,WPPとの最終協議やTOBの実施が平成24年10月ないし11月頃となることが想定されていたこと,本件取締役会規程によれば,1000万円以上の財産の処分及び譲受について,取締役会決議が必要とされていることは前記前提事実及び前記1の認定事実記載のとおりであり,証拠(甲15,83)によれば,本件会社においては,プラップチャイナに対するお祝い金の支払等の比較的低額な支出についても,取締役会の承認を得た例があったことが認められ,これらの事情によれば,本件FA契約の締結は重要な業務執行の決定(会社法362条4項)に当たると解するのが相当である。したがって,被告らは,本件FA契約について,上記契約時点又はそれより前でこれに接着した時点までには取締役会の承認を得るべきであったものというべきである。
これに対し,被告らは,一定の期間継続する業務に関し一定期間ごとに積算される対価については,対価の総額をもって,一時的な財産処分等の場合の対価と同様に考えるのは適当でない旨主張する。しかしながら,本件においては,前記1の認定事実記載のとおり,本件FA契約が締結された平成24年5月10日ないし遅くとも同月24日の時点において,少なくとも半年程度の契約期間が見込まれており,月々のアドバイザリー料の合計だけでも3000万円程度の支出が想定されていたことからすれば,上記契約時点又はそれより前でこれに接着した時点において,取締役会の承認を得ることが必要であったというべきである。
イ(ア) もっとも,前記1及び後記3(1)の認定事実によれば,本件FA契約の締結については,平成25年10月21日開催された取締役会において,同契約に係る重要な事実が開示された上で承認決議がされていることが認められるから,この時点で追認されたものというべきである。
(イ) その際,取締役会決議について特別の利害関係を有する取締役は議決に加わることができない(会社法369条2項)ものとされているところ,ここにいう特別の利害関係とは,当該決議について会社に対する忠実義務を誠実に履行することが定型的に困難と認められる個人的利害関係ないしは会社外の利害関係を意味すると解するのが相当である。
これを本件についてみるに,本件FA契約の締結が被告らにとって利益相反取引(間接取引)に当たらないことは,前記認定・説示のとおりであり,被告らが特別の利害関係を有する取締役に当たるということはできない。また,補助参加人Z3がBの死亡によりその地位及びその保有に係る本件株式を相続したことは,前記前提事実記載のとおりであるが,本件FA契約の締結が違法であるとはいえない以上,本件FA契約の締結がBにとって利益相反取引(間接取引)に当たるということもできないから,結局,補助参加人Z3も特別の利害関係を有する取締役に当たるということはできない。
ウ したがって,被告らが,本件FA契約の締結という重要な業務執行の決定について事前に取締役会決議を得なかったことにより責任を負うことはない。
(5) 原告は,仮に被告らが本件FA契約締結に関する交渉内容を知らなかったとしても,被告らはBに対し,違法な本件FA契約締結を中止するように進言できたにもかかわらずこれを行っていないから,監視監督義務に違反したといえ,善管注意義務及び忠実義務にも違反したことになる旨主張するが,本件FA契約の締結が違法であるとはいえない以上,被告らに監視監督義務の違反があるとはいえないから,この点に係る原告の主張も理由がない。
(6) 以上より,争点(1)に係る原告の上記主張は,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
3 争点(2)(本件顧問法律事務所に対する依頼等に関する善管注意義務違反及び忠実義務違反に基づく損害賠償責任の有無)について
(1) 前記前提事実,前記1の認定事実,証拠(後記認定事実末尾に記載のもののほか,甲83,乙31~33,証人C,被告Y1,被告Y2)及び弁論の全趣旨によれば,本件顧問法律事務所に対する法律事務の依頼の経緯等につき,次の事実が認められる。
ア 被告Y2は,平成24年11月20日開催された取締役会において,本件FA契約について,同年5月1日付け契約書,成果物とされた事業計画及びプレゼンテーション資料を配付するなどして,5か月間の進捗状況等を説明し,発注額が月額500万円以上でないことから社長決裁で対応したと説明したところ,E監査役から,契約書上3000万円である以上,本件取締役会規程に従って取締役会の承認をとるべきであるとの指摘があったのみならず,C取締役から本件FA契約は利益相反取引に当たる疑義があるとの指摘があり,E監査役から弁護士からリーガル・オピニオンを徴求した上で再度決議に付すべきであるとの提案があったため,弁護士に相談した上,改めて取締役会において本件FA契約の承認を求める旨を回答した(甲22)。
イ 本件顧問法律事務所所属の弁護士は,本件会社から照会を受け,平成24年11月23日,被告Y2宛ての電子メールにより,①本件FA契約においては,MUMSSが本件会社に対し,同社の中期経営計画の策定支援を含む資本政策の検討に関するファイナンシャル・アドバイスを提供することが目的とされており,これを前提とすれば,本件FA契約に係る契約書の記載内容のみをもって本件FA契約の締結が会社法356条1項3号に定める利益相反取引に該当するとはいえないと思料する,②もっとも,本件FA契約に定められたアドバイザリー料の総額からすると,取締役会への付議基準を定める本件取締役会規程により,本件FA契約の締結については取締役会の承認を得る必要があるものと理解していると回答した(甲23)。
ウ 被告Y2は,平成24年11月29日開催された取締役会において,上記電子メールを提出して理解を求めたが,E監査役からこれでは不十分であるなどとの意見が出された(甲24)。
エ 本件顧問法律事務所所属の弁護士は,再度,本件会社から照会を受け,平成24年12月20日付け「アドバイザリー契約の締結の件」と題する意見書(甲25)を提出し,①本件FA契約締結の承認について本件会社の取締役会が決議を行う場合,本件会社の株式の売却を検討しているBと本件会社と資本・業務提携を行っているWPPの関連事業体の役員を兼任するC取締役は特別利害関係を有すると認められる可能性を否定できない,②被告らについては保有株式の売却の検討を行っておらず,利害関係を有しないと認められるなどと回答した(甲25)。
オ 上記意見書は,平成24年12月20日開催された取締役会において提出されたが,特別利害関係人の問題と利益相反があるか否かの問題とは違うなどとの意見が出され,さらに継続審議となった(甲26)。
カ この間,MUMSSは,平成24年10月以降,なお本件株式を売却する意向を有しているB個人のFAとなることを想定して活動を続けてきたが,その後Bが死亡し,Bとの間でFA契約を締結するに至らなかった。
MUMSSは,そうした経過を説明するため,「ファィナンシャルアドバイザリーサービスのスコープ」と題する資料(甲8)を作成し,平成25年2月13日,これを本件会社に提出するとともに,同月18日,本件会社の取締役や監査役等に対し本件FA契約についての説明を行った(甲8)。
キ 本件顧問法律事務所所属の弁護士は,さらに本件会社から照会を受け,平成25年6月5日付け「アドバイザリー契約の締結の件(2)」と題する意見書(甲27)を本件会社に提出し,①本件FA契約は本件会社の取締役会規程第9条14号の取締役会決議が必要とされる「1000万円以上の財産の処分」には該当しない,②「財産の処分」には業務発注の対価としての金銭の支払は含まれないものと思料する(本件会社においても従来これに反するような取扱いはされていないものと理解している。)などと回答した(甲27)。
ク 原告代理人を含むb法律事務所所属の弁護士らは,C取締役宛てに,平成25年7月19日付け「株式会社プラップジャパンと三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社との間のファイナンシャル・アドバイスに関する契約の締結に関する件」と題する意見書(甲13)を提出し,①本件会社は,本件FA契約の下で,本来Bら経営陣兼大株主が費用負担すべきサービスについても,MUMSSに対するアドバイザリー・フィーの中で実質的に負担していたものと認められるから,本件FA契約を締結したことは利益相反取引に該当する可能性が高いにもかかわらず,同締結に当たって取締役会の承認決議を得ていないこと,②本件FA契約の締結は,「重要な業務執行」(会社法362条4項)及び「その他業務執行に関する重要な事項」(本件取締役会規程9条22号)に当たるものとして取締役会の承認決議を要すると考えられるにもかかわらず,これを怠っていることなどにおいて,法令又は本件会社の社内規則に違反している重大な疑いがある旨の意見を述べた(甲13)。
ケ C取締役は,平成25年7月22日開催された取締役会において,上記意見書を提出し,本件FA契約について監査役に適正な調査を依頼する旨の取締役会決議を求める提案を行ったところ,激しい意見の応酬となり,結局,監査役会で審議,検討することとなった(甲13,14)。
コ 本件会社の監査役会は,本件外部弁護士にこの問題についての調査を委託することとした。同委託を受けた本件外部弁護士は,同監査役会に対し,本件外部弁護士意見書を提出し,①本件FA契約には,売主たる取締役兼株主と本件会社との利益が相反するスコープ見直し前の業務が含まれており,利益相反取引に該当する可能性が強く疑われるが,被告らにとって本件FA契約が利益相反取引に該当するかについては明確に判断できない,②本件FA契約は,「重要な業務執行」(会社法362条4項)として取締役会決議が必要と考えられるとの意見を述べた。(甲15)
そこで,本件会社の監査役会は,本件外部弁護士意見書を受けて,取締役会に対し,平成25年9月20日付け「当社とMUMSSとのFA契約締結について」と題する意見書(甲16)を提出し,本件FA契約には実質的に売主たる取締役兼株主と本件会社との利益が相反するスコープ見直し前の業務が含まれている疑いがあり,本件FA契約を締結することは利益相反取引に該当する可能性が強く疑われること,本件FA契約の締結は「重要な業務執行」(会社法362条4項)として取締役会決議が必要と考えられることなどを報告した。(甲16,証人E)
サ 他方,本件顧問法律事務所所属の弁護士は,本件会社の監査役会に対し,本件外部弁護士意見書について,平成25年9月20日付け「弁護士作成報告書に関する疑問点」と題する意見書(甲63)を提出した。
(2) 原告は,被告らが,他の取締役及び監査役から責任追及を受けた際,当該追及が明らかに合理性を有するものであったにもかかわらず,本件会社の費用負担において,本件顧問法律事務所に対し,被告らの行為を無理に弁明するための法律事務の依頼を行ったなどと主張する。
しかし,上記(1)の認定事実によれば,①被告らは,取締役会において本件FA契約の締結について承認決議を求めたところ,C取締役やE監査役から疑義があるとの指摘を受けたため,本件顧問法律事務所に照会して電子メールによる回答を受け,これを取締役会に提出し,②被告らは,なおもE監査役から不十分であるとの指摘を受けたため,本件顧問法律事務所から,平成24年12月20日付け意見書(甲25)の提出を受け,これを取締役会に提出し,③被告らは,その後,MUMSSが本件会社の取締役や監査役等に対し,本件FA契約の内容等につき説明するなどしたものの,なお納得が得られなかったため,本件顧問法律事務所から,平成25年6月5日付け意見書(甲27)の提出を受けたものの,④C取締役は,取締役会の席上,本件FA契約の法律上の問題点を指摘する別の法律事務所所属の弁護士作成の同年7月19日付け意見書(甲13)を提出し,激しい意見の応酬となったが,⑤本件会社の監査役会は,本件外部弁護士にこの問題についての調査を委託し,本件外部弁護士意見書(甲15)の提出を受けたが,これに対し,本件顧問法律事務所から平成25年9月20日付け意見書(甲63)の提出を受けたことが認められ,これらの事情を総合すれば,被告らは,本件FA契約締結の必要性・相当性や同契約締結のための手続について,C取締役や監査役会から繰り返し疑念が表明されたため,その都度,本件顧問法律事務所に対して意見照会し,その回答を取締役会に提出して,取締役会や監査役会の理解と納得を得ようと努めたものというべきであり,その目的は,被告らのコーポレート・ガバナンス(企業統治)の在り方の検証,並びに取締役会及び監査役会に対する判断材料の提供にあったというべきである。そして,前記認定・説示のとおり,被告らが本件FA契約の締結について善管注意義務又は忠実義務に違反したことを認めることはできないことをも併せ考慮すると,被告らが本件顧問法律事務所に対し,本件会社の費用負担において,被告らの行為を無理に弁明するための法律事務の依頼を行ったと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(3) したがって,争点(2)に係る原告の上記主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
4 争点(3)(本件臨時株主総会の開催に関する法令違反に基づく損害賠償責任の有無)について
(1) 前記前提事実,証拠(後記認定事実末尾に記載のもののほか,甲83,乙31,32,証人C,被告Y1,被告Y2)及び弁論の全趣旨によれば,本件臨時株主総会の開催に至る経緯について,次の事実が認められる。
ア 被告Y1は,平成25年5月20日開催された取締役会において,Bへの退職慰労金の贈呈や,2名(補助参加人Z3,I)の取締役の選任等を付議議案とする臨時株主総会の開催を提案したが,C取締役らが早期の同総会の開催に反対し,結局,同総会の招集については可決されなかった(甲36)。
イ Bの遺族である補助参加人らは,平成25年6月10日,本件会社に対し,Bに対する退職慰労金の支給や,取締役2名(候補者は補助参加人Z3,Iである。)の選任を目的とする臨時株主総会の招集を請求したが,同月17日に開催された取締役会において,同開催につき可決されるに至らなかったため,さらに,東京地方裁判所に対し,株主総会の招集許可の申立てを行い,同年7月2日本件会社に対して同申立書の送達がされた(甲37ないし40,57)。
これを受けて,C取締役は,平成25年7月5日,被告Y1に対し,Bに対する退職慰労金の支給を付議議案とする臨時株主総会の開催を決議することを求めて臨時取締役会の招集を請求し,同月16日開催された取締役会において,Bに対する退職慰労金支給を付議議案とする臨時株主総会(本件臨時株主総会)の招集が取締役全員の一致により決議され,公告日は同月23日,基準日は同年8月8日とし,実施日は同年9月中旬を予定することとされたが,本件臨時株主総会の日時場所等については決議されなかった(甲41,43,56,乙26)。
ウ 補助参加人らは,平成25年7月17日,本件会社に対し,本件臨時株主総会において取締役2名の選任を目的事項とし,補助参加人Z3及びIを取締役として選任することを議案とする株主提案を行った。これに対し,原告は,同月19日,本件臨時株主総会において取締役2名の解任を議題とし,被告らの解任を議案とする株主提案を行った。(甲44,乙8)
エ 被告らは,平成25年8月20日開催された取締役会において,開催日時を同年9月17日年前10時,開催場所を東京都港区〈以下省略〉などと記載された株主総会招集通知の案文(甲45)を示したところ,C取締役から,同年8月20日付け「臨時株主総会の招集手続きについて」と題する書面(甲46)が示され,本件臨時株主総会について,同年7月16日開催された取締役会においては基準日は決議したが,その他の条件(日時,場所等)については取締役会の正式な決議を経ていないことから,招集通知の発送に先立ってこれらの点について決議を行うべきであること,本件会社の監査役会は,現在,本件FA契約の委託料の支払の当否等につき調査をしているところであり,その結論が出るまでは本件臨時株主総会を開催するべきではないことなどの意見が述べられたため,被告らと激しい意見の応酬となり,結局,何らの決議もされないまま取締役会は終了した(甲45,46,54)。
その後も,C取締役は,監査役に対しては,平成25年8月26日及び同年9月2日の2回にわたり,取締役の違法行為を阻止するため,監査役の権限と責任に則った適切な監視・監督をすることなどを依頼するとともに,被告Y1に対しても,同日,招集決議のないまま招集通知を発送するといった重大な違法行為に及ぶことのないよう依頼した(甲47~49)。
オ 本件顧問法律事務所所属の弁護士は,平成25年8月29日付けで本件会社に対し,「臨時株主総会招集の件」と題する意見書(乙29)を提出し,本件臨時株主総会の招集手続について,取締役会において会社法298条1項各号に規定する事項を定めていたと認められ,法令上の瑕疵はないと思料する旨の意見を述べた。本件顧問法律事務所は,上記判断の根拠として,同年7月16日開催された取締役会において,Bに対する役員退職慰労金の贈呈を付議議案とする臨時株主総会を招集すること,証券代行機関に最終確認し決定するものの,公告日を同月23日,基準日を同年8月8日,実施日を同年9月中旬とすることが全会一致で承認されていること,同取締役会終了後,開催予定場所を本社の会議室とすることを含めて本件臨時株主総会のための基準日設定及び付議議案について取締役会で決議を行った旨のプレスリリースのドラフトが全取締役に対してEメールで送信されており,これを確認した旨の返信メールを受領していることから,全取締役による内容の確認を経ているものと認められること,証券代行機関に最終確認の上で本件臨時株主総会の開催日時を同月17日午前10時とすることは,本件臨時株主総会の開催予定日を同月中旬とする同年7月16日の取締役会の決議に沿ったものであるといえること,開催時刻を午前10時,開催場所を本社会議室とし,書面による議決権行使ができるものとすることなどは本件会社において従前開催されてきた株主総会の取扱いと同一であり,同日の取締役会においても決議の内容となっていたと考えられることを挙げた(乙29)。
カ 本件会社(代表取締役被告Y1)は,上記意見書(乙29)を踏まえ,平成25年9月2日,開催日を同月17日午前10時,開催場所を東京都港区〈以下省略〉の本件会社の会議室とする本件招集通知(甲28)及び参考書類を発送した。本件招集通知には,会議の目的事項(決議事項)及び議案として,①Bに対する役員退職慰労金贈呈の件(会社提案。以下「第1号議案」という。),②取締役2名(補助参加人Z3及びI)選任の件(株主提案。以下「第2号議案」という。),③取締役2名(被告ら)解任の件(株主提案。以下「第3号議案」という。)が記載されており,また,議決権行使書面に賛否の表示がないときには,第1号議案については賛成,第2号議案及び第3号議案については棄権の意思表示をしたものとして取り扱う旨(以下「本件取扱い」という。)が記載されている。(甲28,乙29,弁論の全趣旨)
キ 原告は,その後,本件臨時株主総会について,被告Y1を債務者とする株主総会開催禁止の仮処分命令の申立てをした(当庁平成25年(ヨ)第20089号株主総会開催禁止仮処分命令申立事件)ところ,裁判所は,平成25年9月13日,本件臨時株主総会については,開催の日時,場所,本件取扱い等についての取締役会決議を経ておらず,これらの点に関する決議を経ずに本件臨時株主総会の招集を行った点について会社法298条1項に違反し,被告Y1が法令に違反する行為をし又は当該行為をするおそれがある場合(同法360条1項)に該当するが,本件臨時株主総会が開催されることによって本件会社に回復することができない損害(同条1項,3項)が生じることについては疎明がないとして,原告の申立てを却下した。これに対し,原告は抗告した(東京高等裁判所平成25年(ラ)第1787号株主総会開催禁止仮処分命令申立て却下決定に対する抗告事件)が,裁判所は,平成25年9月17日,本件会社に回復することができない損害が生じるおそれがあることについては疎明がないとして,原告の抗告を棄却した。(甲29,30)
(2)ア 原告は,被告らが,違法な招集手続に基づき本件臨時株主総会を強行開催し,本件会社をして,本来であれば負担する必要のない弁護士費用等を負担させたものであって,善管注意義務及び忠実義務に違反するなどと主張する。
イ たしかに,前記(1)の認定事実によれば,本件臨時株主総会の招集手続は,日時,場所,本件取扱い等について取締役会の決議を経ないままでされたたものであるから,会社法298条1項に違反するものと認められる。そして,被告らは,当該決議がないことが明らかであるにもかかわらず,本件臨時株主総会の招集手続を遂行したのであるから,前記(1)の認定事実記載のとおり,平成25年7月16日の取締役会において,本件臨時株主総会の開催時期につき同年9月中旬までに開催すること自体は決定されていたことや,C取締役の指摘を受けて弁護士から意見(乙29)を徴求した上で招集通知を発していることを踏まえても,被告らに過失があることは否定し難いというほかはない。
ウ しかしながら,株主総会の招集手続が違法である場合において,これに対して株主がいかなる行動をとるか,当該株主の行動に対して会社がいかなる対応をするべきであるかは,上記違法の事由の内容や違法の程度,これによって侵害される株主の権利の内容等によって異なり得るものであって,本件会社が,本件臨時株主総会開催禁止の仮処分命令申立事件に対する対応のために本件顧問法律事務所に対して支出した費用や,本件外部弁護士に対して支出した弁護士手数料84万円のうち提訴請求への対応に関する助言のために必要な費用が,上記の違法な招集手続から通常生ずべき損害であるということはできない。
さらに,本件会社が支出した上記各費用が「特別の事情によって生じた損害」に当たるかを検討するに,前記(1)の認定事実によれば,①C取締役は,当初,本件臨時株主総会の早期開催に反対したものの,補助参加人らが株主総会の招集許可の申立てをするや方針を変更して,臨時株主総会の開催を決議することを求めて臨時取締役会の招集を請求し,②これを受けて平成25年7月開催された取締役会では,臨時株主総会の実施日は同年9月中旬を予定することとされ(ただし,日時場所等は決議されなかった。),③その後,原告が本件臨時株主総会における株主提案権を行使したにもかかわらず,④C取締役は,同年8月開催された取締役会において,再度,本件臨時株主総会の日時,場所等について取締役会の決議を行うべきであるなどと主張して被告らと激しい意見の応酬となり,その後も,本件会社の監査役に対して適切な監視・監督権の行使を依頼したというのであるから,このように原告及びC取締役の対応方針が著しく変遷したことに徴すると,被告らが,C取締役の指摘を受けながら本件臨時株主総会の招集通知を発した場合,原告及びC取締役がいかなる対応をとるか,本件会社の監査役がいかなる対応をとるかは予測不可能であり(少なくとも,原告及びC取締役が自ら株主総会開催禁止の仮処分の申立てをすることに言及したことを認めるに足りる証拠はない。),さらには,これに応じて本件会社がいかなる対応をするべきかも明確に定まっていなかったというほかはない。そうすると,本件会社が支出した上記各費用が特別の事情により生じた損害であるとしても,被告らが当該特別の事情を予見することができたということはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告らの違法な招集手続と原告主張の損害との間に,相当因果関係があると認めることはできない。
(3) 以上より,争点(3)に係る原告の上記主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第4 結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第8部
(裁判長裁判官 大竹昭彦 裁判官 目代真理 裁判官 琴岡佳美)
〈以下省略〉
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