「成果報酬 営業」に関する裁判例(8)平成30年 1月30日 東京地裁 平29(ワ)23097号 損害賠償請求事件
「成果報酬 営業」に関する裁判例(8)平成30年 1月30日 東京地裁 平29(ワ)23097号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成30年 1月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平29(ワ)23097号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却 文献番号 2018WLJPCA01308016
要旨
◆被告をアルバイトとして雇用してa社から受託したビル計画(本件計画)に関する建築設計業務の補助をさせていた原告が、アルバイト雇用契約解消の際、被告と退職後の競業避止義務に関する合意(本件合意)をしたのに、被告は事実無根の内容を記載した本件手紙をa社に送付して原告の名誉及び信用を毀損した(本件名誉毀損行為)ほか、本件合意に反してa社と本件計画に係る設計契約を締結する本件競業行為をしたとして、損害賠償を求めた事案において、本件手紙の内容により原告の名誉又は信用が毀損されたとはいえないとする一方、本件合意は被告が原告の顧客を違法に奪取することを禁じたものと限定的に解釈するのが相当であるところ、被告の本件競合行為はその手段・態様に照らすと自由競争の範囲を逸脱して原告の顧客を違法に奪取したものといえるから本件合意に反する債務不履行に当たるとして、請求を一部認容した事例
参照条文
民法415条
民法709条
民法710条
裁判年月日 平成30年 1月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平29(ワ)23097号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却 文献番号 2018WLJPCA01308016
東京都新宿区〈以下省略〉
原告 株式会社X
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 桝井眞二
同 山中聡将
同 加藤聡
東京都墨田区〈以下省略〉
被告 Y
主文
1 被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成29年8月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを6分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,6600万円及びこれに対する平成29年8月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者等
ア 原告は,建築設計,工事監理等を目的とする株式会社である。
イ 原告は,被告との間で,平成27年7月,3か月の試用期間を設けて被告を雇用した。
ウ 被告が3か月の試用期間中,一度も定時に出勤できないなど勤務態度に問題があったため,原告は,被告に対し,平成27年9月30日,試用期間をもって雇用契約を解消し被告もこれを承諾したが,同日,原告は,被告をアルバイトとして雇用し原告の業務に従事させることとした。
エ 被告は,原告の業務に従事中,原告がa株式会社(以下「a社」という。)から受託していた(仮称)bビル計画(以下「本件計画」という。)に関する建築設計業務の補助をしていた。
(2) 本件合意
原告と被告は,平成28年4月1日,アルバイトとしての雇用契約を解消した。その際,原告と被告は,「機密情報・個人情報に関する誓約」と題する書面を作成し,下記のとおり,被告が原告を退職した後の,被告の競業避止義務に関する合意(以下「本件合意」という。)をした。
記
被告は,原告退職後,次の行為を行わないことを約束する。
① 原告と競合関係に立つ事業者に就職したり役員に就任すること
② 原告と競合関係に立つ事業者の提携先企業に就職したり役員に就任すること
③ 原告と競合関係に立つ事業を自ら開業または設立すること
ただし,原告と競合関係に立つ事業者に就職及び役員に就任又は事業を開業した場合,競合と認められる事業者又は事業を通じて原告に不利益や名誉を害する影響を及ぼす事実又はその事実が発覚した場合には,原告の定める損害賠償に争いなく応じることを約束する。
(3) 被告による原告の名誉及び信用毀損
被告は,平成29年4月20日,a社に対し,「私は去年の8月から西新宿の設計料を頂いて全くおりません。」等と,事実無根の内容を記載した手紙を送付し,原告の名誉及び信用を毀損した(以下「本件名誉毀損行為」という。)。
(4) 被告による競業避止義務違反行為
被告は,平成29年6月15日,本件合意に反し,a社と本件計画に係る設計契約を締結し,原告と競合関係に立つ事業を行った(以下「本件競業行為」という。)。
(5) 損害
ア 被告の本件名誉毀損行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は500万円を下ることはない。
イ a社は,原告に対し,本件計画の設計料として1億円,本件計画に係る設計・顧問契約(以下「本件契約」という。)に基づく報酬として1億5000万円(顧問料5000万円,成果報酬1億円)の合計2億5000万円を支払う約束をしていた。しかし,被告の本件競業行為により,a社は,原告に対する設計料を支払わず,原告と本件契約を締結することもなくなり,その結果,原告に2億5000万円もの損害が生じた。
ウ 原告は,被告に対し,上記ア及びイの損害のうち,その一部として6000万円の支払を求める。
エ 被告の上記行為と相当因果関係ある弁護士費用の損害は,本訴請求額の1割の金額である600万円を下らない。
(6) よって,原告は,被告に対し,債務不履行に基づく損害賠償として6600万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成29年8月11日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による金員の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
被告は,請求原因を争う旨の答弁書を提出しながら,体調不良を理由に本件口頭弁論期日に出席しなかったが,弁論の全趣旨により,請求原因をいずれも否認し争っているものと認められる。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(1~3,8,9)及び弁論の全趣旨によれば,請求原因(1)及び(2)の事実をいずれも認めることができる。
2 請求原因(3)について検討するに,証拠(枝番を含む甲4,5,8)によれば,被告が,a社のB会長(以下「B会長」という。)に宛てて,平成29年4月20日付けで,「Aさんの件ですが,私は去年の8月から西新宿の設計料を頂いて全くおりません。昨年11月に作業指示をすると言いながら,連絡を頂くことが出来ませんでした。再三,請求書を送っているにも拘わらず8ヶ月間入金が全くありません。大変恐縮ですが,会長から設計料を支払うよう言って頂けませんか。」という内容の手紙(以下「本件手紙」という。)を送付した事実が認められる。
原告は,本件手紙の内容が原告の名誉又は信用を害するもので本件合意に違反すると主張するが,本件手紙の内容は,被告が繰り返し請求したにもかかわらず原告から設計料の支払を受けていないとの事実を単純に記載したものであり,かつ,a社のB会長に原告に対し被告への設計料の支払について口添えを依頼するものに過ぎず,これにより原告の名誉又は信用が毀損されたと認めることはできない。
よって,請求原因(3)については,被告の上記行為は,原告の名誉又は信用を毀損するものではなく,原告の主張については理由がない。
3(1) 請求原因(4)について検討するに,証拠(枝番を含む甲1,2,4,5~10)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア(ア) 原告の代表者Aは,平成23年に一級建築士の資格を取得し,平成25年2月に原告を設立したところ,a社から,平成26年8月頃,西新宿に建築が予定されている複合ビル施設の建築計画である本件計画に関し,①建築設計業務,②建物建築に関する行政手続の遂行,③建物テナントの斡旋等の業務を請け負う旨の本件契約を締結した。
(イ) 原告は,a社からの受注した本件契約に基づき,本件計画に係る基本設計を完了させた後,実施設計を相当程度実施し,これに伴う監理業務も行っていた。
(ウ) a社が支払う原告の本件契約に基づく報酬は2億5000万円とされていたが,a社のB会長の要望により,原告とa社との契約書の作成及び報酬の支払を,工事の施工業者とa社との建築請負契約の締結予定日である平成29年6月15日に,同時に行うこととされた。このため,原告は,a社から報酬を受け取っていない。
なお,a社の原告に対する本件契約に基づく報酬2億5000万円については,B会長の要望により節税のため,設計料1億円,顧問料1億5000万円との名目に振り分けられた。
イ(ア) 他方で,一級建築士の資格を有する被告は,本件契約締結後の平成27年7月に原告との間で雇用契約を締結し,本件契約に基づく業務の補助作業などに従事していたが勤務態度が不良であったため,アルバイトとしての雇用契約を経て,平成28年4月1日限りで原告を退職した。
(イ) 退職に際し,原告は,被告が原告が受託している本件計画を含む建築物に関する予備的知識を有し設計方針も知っていることから,原告の顧客に対し安価な報酬を提示して顧客を奪うことがないようにするために,被告との間で本件合意をした。
ウ(ア) 被告は,原告に対し,未払の報酬があるとして請求書を送るなどしていたが,原告が対応しなかったため,平成29年4月20日にB会長に本件手紙を送付した。
本件手紙を受けてB会長は,原告に対し,被告に500万円程度の報酬を支払うよう提案したが,原告は,被告に支払うべきものはないと説明し同会長の提案を拒絶した。
(イ) その後,被告は,B会長に対し,本件契約に基づく補助業務に関与しており,原告より安価な報酬で,本件計画の設計監理業務を行うことができると働きかけた。B会長は,原告に対し,平成29年6月初旬頃,「Aさんに頼んだら(報酬が)こんなにかかる。Yさんは,設計を全部やって1000万円でやるといっているよ。」と発言したり,報酬の大幅な減額を求めたりした。
(ウ) a社は,原告に対し,工事の施工業者との建築請負契約締結日の2日前である平成29年6月13日に,原告との契約関係を一方的に解消し,同年7月3日付けで「当社は,貴社との関係(事実上・法律上のいかんを問わず全ての代理・委任行為等)は全て終了する」ことを通知した。
(エ) 被告は,同年6月15日,B会長と打合せをし本件計画の設計について依頼を受けた。
(2) 前記認定事実を踏まえて検討する,本件合意は,被告が「原告と競合関係に立つ事業を自ら開業または設立すること」を禁ずるものであり,その文言上は無限定なものであるが,前記認定した本件合意を締結した際の事情に照らせば,本件合意は,被告が原告の顧客を違法に奪取することを禁じたものと限定的に解釈するのが相当である。
しかるに,被告は,原告が約2年10月にわたり携わってきた本件計画に係る業務について,原告の下でその補助作業に従事していた知識経験があることを奇貨として,本来2億5000万円の報酬が相当な本件契約に基づく業務を,1000万円で受託できるとB会長に対し甘言を弄して,原告とa社との本件契約を報酬支払予定日の2日前である平成29年6月13日に解消させ,原告がa社から報酬を受けることを困難にさせるとともに,被告が原告に代わり本件計画の設計を受託したものであると認められる(本件競合行為)。
被告の本件競合行為は,その手段・態様に照らすと,自由競争の範囲を逸脱して原告の顧客を違法に奪取したものというべきであるから,本件合意に反するものとであると認められる。
(3) したがって,請求原因(4)についても認めることができる。
4(1) 請求原因(5)のうち,本件手紙が原告の名誉又は信用を毀損するものではないことは前記認定説示のとおりであるから,原告の被告に対する慰謝料500万円の請求については理由がない。
(2) 次に,被告は,本件合意に反し本件競合行為を行ったものであるから,原告に対し,債務不履行による損害賠償責任を負うところ,原告は,本件競合行為によりa社との本件契約を解消され,2億5000万円の報酬の支払を受けることを困難にしたと認められる。もっとも,原告は,平成26年8月から契約解消まで本件契約に基づき相当程度の業務を行ってきたものであり,報酬の大部分についてはa社に対し請求をすべきものと考えられるし,契約を解消された平成29年6月以降の業務内容及びこれに相当する報酬がどの程度のものであったか不明瞭な部分があることをも考慮すると,その損害額は,少なくとも被告がB会長に提案した1000万円を下ることはないと認められる。
そうすると,被告は,原告に対し,本件合意の債務不履行による損害賠償として1000万円を支払う義務を負う。
(3) 原告の被告に対する本訴請求は,債務不履行責任に基づくものであるところ,これと原告に生じた弁護士費用の損害が相当因果関係あるものとは認められない。
(4) 以上によれば,被告は,原告に対し,債務不履行に基づく損害賠償として1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成29年8月11日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による金員を支払う義務がある。
5 結論
以上によれば,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるから,その限度で認容することとし,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。なお,仮執行宣言については,相当でないからこれを付さないこととする。
東京地方裁判所民事第25部
(裁判官 小西圭一)
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