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「成果報酬 営業」に関する裁判例(63)平成23年 3月17日 東京地裁 平21(ワ)20155号 地位確認等請求事件 〔コナミデジタルエンタテイメント事件・第一審〕

「成果報酬 営業」に関する裁判例(63)平成23年 3月17日 東京地裁 平21(ワ)20155号 地位確認等請求事件 〔コナミデジタルエンタテイメント事件・第一審〕

裁判年月日  平成23年 3月17日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平21(ワ)20155号
事件名  地位確認等請求事件 〔コナミデジタルエンタテイメント事件・第一審〕
裁判結果  一部認容、一部棄却  上訴等  控訴  文献番号  2011WLJPCA03178007

要旨
◆被告の従業員であった原告が、育児休業後に復職した原告を降格・減給した人事措置の無効を主張して、差額賃金請求、慰謝料請求、謝罪請求、就業規則の改訂請求をした事案について、復職後の担務変更は配置転換に準じるが、原告の担務変更には業務上の必要性があり、人事権の濫用はなく、役割グレード引下措置、役割報酬減額、裁量労働制適用排除措置のいずれについても人事権の濫用はないが、原告の産休取得前の成果等に照らし、成果報酬ゼロ査定には裁量権の濫用があるとした上、成果報酬は被告の査定行為で発生する以上差額賃金請求はできず、これを不法行為に係る請求の中で斟酌して、ゼロ査定に対する慰謝料請求30万円を認容した事例

裁判経過
控訴審 平成23年12月27日 東京高裁 判決 平23(ネ)2946号 地位確認等請求控訴事件 〔コナミデジタルエンタテイメント事件・控訴審〕

評釈
神吉知郁子・ジュリ 1441号131頁
実務家のための労働判例・労政時報 3800号148頁
山本圭子・労働法学研究会報 2517号20頁
所浩代・法セ増(新判例解説Watch) 11号247頁
光前幸一・ビジネスガイド 783号155頁

参照条文
日本国憲法13条
日本国憲法14条
労働基準法3条
労働基準法4条
労働基準法39条7項
労働基準法65条
労働基準法67条
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律5条
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律22条
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律23条1項
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律9条
民法90条

裁判年月日  平成23年 3月17日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平21(ワ)20155号
事件名  地位確認等請求事件 〔コナミデジタルエンタテイメント事件・第一審〕
裁判結果  一部認容、一部棄却  上訴等  控訴  文献番号  2011WLJPCA03178007

東京都渋谷区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 林陽子
同 金塚彩乃
東京都港区〈以下省略〉
被告 株式会社Y
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 安西愈
同 渡邊岳
同 松原健一
同 倉重公太朗
同 荻谷聡史

 

 

主文

1  被告は,原告に対し,35万円及びこれに対する平成21年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3  訴訟費用はこれを100分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
4  この判決は,1項につき,仮に執行することができる。

 

事実及び理由

第1  請求
1  被告は,原告に対し,158万6844円及びうち10万3925円に対する平成21年5月26日から,うち11万0808円に対する同年6月26日から,うち17万3821円に対する同年7月26日から,うち19万0039円に対する同年8月26日から,うち18万1091円に対する同年9月26日から,うち17万6058円に対する同年10月26日から,うち16万9347円に対する同年11月26日から,うち19万7868円に対する同年12月26日から,うち13万4114円に対する平成22年1月26日から,うち14万9773円に対する同年2月26日から各支払い済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2  被告は,原告に対し,3300万円及びこれに対する平成21年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3  被告は,原告に対し,本判決確定の日から7日以内に別紙1に記載の内容の謝罪文を交付し,かつ,同内容の謝罪文を被告のホームページ(http://〈省略〉)に,同別紙に記載した掲載条件で1か月間掲載せよ。
4  被告は,被告の就業規則の一部を別紙2に記載の内容に変更せよ。
5  1項,2項につき仮執行宣言
第2  事案の概要等
1  事案の概要
本件は,被告の従業員であった原告が,育児休業後に復職した原告を降格し,その年俸を減給した被告の人事措置について,妊娠・出産をして育児休業等を取得した女性に対する差別ないし偏見に基づくものであって人事権の濫用に当たるほか,女性差別撤廃条約2条(e),(f),4条1項,5条(a),11条1項及び同条2項(b),憲法13条及び14条,労働基準法(以下「労基法」という。)3条,4条,39条7項,65条及び67条,育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児・介護休業法」という。)5条,10条,22条,23条1項,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「雇用機会均等法」という。)9条,民法90条(公序良俗)にも違反する無効なものであるとして,被告に対し,①被告との間の雇用契約に基づき,降格・減給後の給与額と降格・減給前の給与額との差額及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(上記第1の1の請求。以下「本件請求1」という。),②不法行為に基づく損害(慰謝料,弁護士費用)の賠償として3300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(上記第1の2の請求。以下「本件請求2」という。),③原告の人格権侵害等を理由として,被告の謝罪(上記第1の3の請求。以下「本件請求3」という。)及び④被告の就業規則の改訂(上記第1の4の請求。以下「本件請求4」という。)を求める事案である。
2  前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)  当事者
ア 被告
被告は,平成18年3月31日,a株式会社からその営業部門の事業全て(同部門における従業員の雇用関係を含む。)を譲り受けて設立された,電子応用機器関連のソフトウェア,ハードウェア及び電子部品の研究,制作,製造並びに販売等を目的とする株式会社である。
イ 原告[甲24,弁論の全趣旨]
原告は,平成7年3月に大学を卒業して都内ベンチャー企業に勤務した後,平成8年10月,a株式会社に入社し,平成18年3月31日,上記アの営業譲渡により設立された被告との間で,a社員という雇用区分の従業員として期間の定めのない雇用契約を締結した(以下「本件雇用契約」という。)。
原告は,平成19年10月,社内公募に応じて,被告の法務知的財産本部ライセンス部(以下「ライセンス部」という。)に配置換えとなり,ゲームに関する海外のライセンサーを対象とするライセンス取得等の業務(以下「海外ライセンス業務」という。)に従事した。
原告は,平成20年7月16日から産前休業に入り,同年○月○日に長女を出産し,同年9月30日まで産後休業を取得した後(以下,この産前休業及び産後休業を併せて「本件産休」という。),同年10月1日から育児休業(以下「本件育休」といい,本件産休と一括して「本件育休等」という。)を取得し,平成21年4月16日に復職し,ライセンス部においてゲームに関する国内のライセンサーを対象とするライセンス取得等の業務(以下「国内ライセンス業務」という。)に従事した。
原告は,平成22年2月,被告を退職した。
(2)  被告の人事制度及び報酬体系
ア 被告の人事制度
(ア) 被告の雇用区分[乙3,10の1・2]
a 被告は,その従業員について,社員,a社員,嘱託社員,準社員・アルバイトの雇用区分を設けている
a社員とは,いわゆる年功序列型の制度が適用される従業員である社員とは異なり,自律的な働き方を追求しつつ,役割と成果による処遇を基本として被告の中核となるべき類型の従業員をいう。
b 被告は,a社員に適用する就業規則(平成18年5月16日全面改正後のもの。以下「a社員就業規則」という。)において,a社員の人事及び勤務形態につき,概略,以下のとおり定めている。
(a) 人事
被告は,業務上必要があるときは,a社員の職位を任命又は解任することができる(11条)。
被告は,業務上必要があるときは,a社員に対し,職場転換,職種・職位の変更,勤務場所の変更,他社への出向,a社のグループ会社への転籍等の人事異動を命じる(12条1項)。この場合,a社員は,正当な理由がなければこの命令を拒むことができない(同条2項)。
(b) 勤務形態
ⅰ a社員の所定労働時間は1日につき7時間45分とし(14条1項),その始業時刻(所定の場所で業務を開始する時刻)は午前9時,終業時刻(業務の終了する時刻)は午後5時45分,休憩時間は正午から午後1時までとする(同条2項,3項)。ただし,被告の都合によりやむを得ない場合には,一部又は全部のa社員に対し,1日の所定労働時間,始業・終業時刻,休憩時間を変更することがある(同条1項ただし書)。
ⅱ a社員は,従事する業務の種類に応じて,①管理監督者(労働基準法上の監督又は管理の地位にある従業員。部下の時間管理等を行う責任を担っており,同時に自身の時間管理についても裁量権を持つ従業員。別表1の1),②専門業務型裁量労働制従事者(新商品・新技術の研究開発,情報のシステムの分析・設計,デザイナー,記事の取材・編集等の業務に従事する従業員。別表1の2),③企画業務型裁量労働制従事者(業務の遂行のために必要とされる企画,立案,調査及び分析を行い,業務の遂行方法,勤務時間等について裁量幅のある従業員。また,法律上裁量労働を適用できる業務に従事する従業員。別表1の3),④事業場外みなし労働制従事者(基本的に事業所の外で勤務し,被告からの具体的な指揮・監督が及ばず,就業時間を算定することが困難な業務に従事する従業員。別表1の4),⑤機密事務取扱者(秘書その他業務が経営者又は管理監督の地位にある者と一体不可分であって,厳格な時間管理になじまない業務に従事する従業員。別表1の5),⑥時間外手当支給対象者(受付業務,製造組立業務,運転業務,施設管理業務,その他法律上裁量労働とならない業務に従事する従業員。別表1の6),⑦その他(以上の区分に該当しない従業員。別表1の0)の時間管理区分に区分される(14条4項)。
c 被告は,平成19年4月23日,三田労働基準監督署長に対し,労基準法38条の3所定の専門業務型裁量労働制に関する協定届及び同法38条の4所定の企画業務型裁量労働制に関する決議届を提出した。
(イ) 人事制度の内容[甲25,乙1,乙2の1~3]
被告は,平成18年5月16日,新たな人事制度(以下「本件人事制度」という。)の適用を開始した。
a 本件人事制度は,公平・公正で納得感の高い評価により,適切な人材の育成及びキャリアの開発につなげること及び役割・成果に応じた適切な報酬水準を実現することを目的として作成したものであり,1年間を通じて,役割の設定→目標の設定→評価→役割の再設定というサイクルで運用される。
b 役割の設定
上記運用サイクルのうち主として役割の設定に使用されるツールが役割グレードであり,これは,a社員だけを適用対象とするものである。役割グレードとは,組織の中で各a社員に与えられた基本的な業務内容・職責を示す役割について,その大きさを一定の基準で役割クラスとグレードに区分したものをいう。
(a) 役割クラスとは,役割の大きさを一定の目安を基準に, 育成が重視されるAクラス, マネジメントによる貢献が求められるBクラスないしEクラス, 専門スキルによる貢献が求められるB(E)クラス及びEクラスの七つのグループに区分したものをいう。このうち,Aクラス及びBクラスの区分の目安は,以下のとおりである。
ⅰ Aクラスは,個人の業務遂行能力を高め,成長(育成)を重視するステージであり,業務グループ等の構成員の一員として,一定範囲の担当職務をグループ等のために責任をもって確実に遂行する役割を担うクラスをいう。
ⅱ Bクラスは,個人の成長(育成)とともに組織の目標に対する貢献(成果)が求められるステージであり,業務グループ等のグループリーダー相当職として,業務リーダー的な立場から,Cクラスを補佐し,Aクラスを指導,リードする役割を担うクラスをいう。
(b) グレードとは,役割クラス内における役割の重さの差異をいい,a社員の経験や過去の実績等から導き出される業務遂行能力に応じて決定され,Aクラスには1~10の,BないしE及びB(E)の各クラスには1~3の,Eクラスには1~7の各グレードが設定されている。従業員の役割グレードは,役割クラスとグレードを一括して「A-9」,「B-1」のように示される。
本件との関連でいうと,「A-8」は,担当業務を任せ,確実に遂行することができる知識,経験が備わっていると判断され,求められた期間・水準により完結させていくことができるレベルをいい,「A-9」ないし「A-10」は,「A-8」に求められることに加え,知識,経験,業務状況等から判断してスタッフへの指導も十分にでき,更に上位のクラスが狙えるレベルをいう。
c 目標の設定
a社員の目標設定は,各a社員ごとに,それぞれの役割グレードに基づいて,原則として年俸査定期間の期初に行われ,①役割に応じた目標であること,②役割の目標達成に貢献できるものであること,③常に現状よりも一歩チャレンジングなものであること,④上司(一次評価者又は最終評価者)と合意の上で決定されたものであることの4点が求められる。
d 評価
a社員に対する評価は,設定された目標に対する評価と行動評価の二つの側面から行われる。評価ウェイトは,前者が70%,後者が30%である。いずれの評価においても,「1」~「5」の5段階(「1」は目標を大きく下回った,「2」はやや下回った,「3」はほぼ達成/平均,「4」はやや上回った,「5」は大きく上回ったである。)からなる評価点が用いられる。
実際の評価は,コミットメントシートと題する評価シートが用いられ,設定目標に対する評価(コミットメント評価)と行動評価の二つの観点から行われる。
コミットメント評価は,評価シートに設定された目標(なお,これには順位とウェイトが付される。)が記入され,それぞれにつき「達成ゴール」と「プロセス」が明記される。そして,これを基に,期末評価時において上記目標の達成度等につき被評価者本人の自己評価,一次評価者又は最終評価者の評価が行われ,総合評価としての評価点が評価シートの所定欄に記入される。
行動評価は,行動の価値基準と評価項目が数項目設定されており,期末評価時において被評価者本人の自己評価,一次評価者又は最終評価者の評価が行われ,総合評価としての評価点が評価シートの所定欄に記入される。
最後に,以上の評価結果を踏まえ,上長との面談が実施される。
(ウ) 産前産後休業,育児休業,短時間勤務に関する定め[乙3,4]
a 出産するa社員は,産前休業を6週間(多胎妊娠の場合は14週間),産後休業を8週間(ただし,産後6週間を経過した女子従業員が復職を請求した場合で,その者が就業しても支障がないと医師が認めた業務に就かせるときは,その時点で復職を許可することがある。)の休業をすることができる(a社員就業規則34条)。
b 1歳6か月に満たない子を養育するa社員は,育児のための休業及び勤務時間の短縮を請求することができる(a社員就業規則35条1項)。これに関する具体的取扱い等は,育児休業等に関する規程(以下「育休規程」という。)に定める(同条5項)。
c 育児休業期間が終了した従業員が復帰した後は,原則として休業開始日の前日に配置されていた部署に配置することとするが,育児休業期間中に組織の変更があった場合,業務量の変化によりその部署の人員が削減された場合,その他人事上の都合がある場合には,他の部署に配置換えすることがある(育休規程10条2項)。また,復職後は,業務内容及びa社員就業規則14条に定める時間管理区分の見直しを行うことがある(育休規程10条3項)。
d 小学校就学の始期に達するまでの子と同居し養育する従業員は,当該子を養育するために,会社に申し出ることにより,労働時間の短縮又は始業時刻の繰り下げ若しくは終業時刻の繰り上げのいずれかの育児短時間勤務の措置を利用することができる(育休規程13条1項)。
上記の措置を受ける間は,業務内容及びa社員就業規則14条に定める時間管理区分の見直しを行うことがある(育休規程13条4項)。
イ 被告の報酬体系
(ア) 被告は,平成18年5月から現行の報酬体系(以下「本件報酬体系」という。)の適用を開始した。
本件報酬体系におけるa社員の給与は年俸制であり,その詳細は年俸規程に定めるものとしている(a社員就業規則45条)。年俸査定期間は,前年4月1日から本年3月31日までの1年間とされている(年俸規程19条)。
a社員の年俸は,基本的には役割報酬及び成果報酬の総和であるが,別に調整報酬が付けられる場合には,同報酬も含めたものである。年俸額は,年俸査定期間中の実績等及び次年度の年俸査定期間中に従業員が従事する職務内容等を勘案して決定する(年俸規程18条2項)。年俸改訂時期は,平成21年5月15日までは毎年5月16日であり,平成21年5月16日以降は毎年6月16日である(年俸規程20条1項)。
[甲25,乙3,6の1・2,9]
(イ) 役割報酬,成果報酬及び調整報酬の内容並びに金額決定の仕組みは,以下のとおりである。
a 役割報酬[甲25,乙1,8]
(a) 役割報酬の具体的な金額は,報酬グレードに応じて決定される(年俸規程18条4項)。この報酬グレードは,上記役割グレードに連動しており,役割報酬の額は,役割グレードが定まることにより自動的に決定される。
(b) 役割グレードは,年俸査定期間中にa社員が担当する職務の業務レベルと業務遂行能力に応じて決定され,年齢や経験年数が直接反映されることはない。
なお,年俸査定期間中に役割グレードが見直され,変更された場合には,役割報酬も見直される。見直された役割報酬の改訂は,その直後の年俸改訂時から行われる。
(c) 役割報酬の額は,役割グレード「B-1」は550万円,同「A-10」は525万円,同「A-9」は500万円,同「A-8」は475万円と定められている(年俸規程別紙1)。
b 成果報酬[甲25,乙8,証人Bの証言]
(a) 成果報酬は,年俸査定期間中の実績に応じて支給される成果給であり,その具体的な額は,前年度の成果評価に基づく査定によって決定される。
(b) 成果報酬の査定は,「組織の実績」と「個人の成果の評価」により行われる。その評価方法は,役割クラスによって異なり,本件で問題とされるAクラスとBクラスの評価方法は以下のとおりである。
ⅰ Aクラスの評価は,基本的に個人の成長やプロセスが重視される。Aクラスのa社員は,育成の段階にあり,着実な成長が期待されることから,会社全体に共通する成果報酬テーブルを設定し,成果報酬額の決定要素として,プロセス面を重視した個人の成果評価のほかに,会社業績が考慮される。
ⅱ Bクラスの評価は,基本的にAクラスとは異なり,個人の成長(プロセス)よりも,個人の成果が重視される。Bクラスのa社員は,育成という側面があるものの,部門の業績に貢献・影響を与える立場にあることから,会社全体に共通するだけでなく,部門の業績に応じた成果報酬テーブルを設定し,成果報酬の決定要素として,個人の成果評価のほかに,部門業績及び会社業績の双方が考慮される。その標準(平均)支給額は60万円である。
c 調整報酬[甲25,乙8]
調整報酬は,年俸の激変緩和,移行措置,中途入社その他個人の状況に応じて柔軟に支給される調整給である。
(ウ) a社員の年俸額には,月30時間相当の時間外勤務手当及び月10時間相当の深夜勤務手当が含まれている(年俸規程18条1項)。
年俸の支払方法は2種類あり(年俸規程7条1項),原告は,年俸額を12等分し,その12分の1の額(以下「支給月額」という。)が毎月支払われる方法を選択した。なお,支給月額の支払期日は毎月25日である。
[乙6の1・2]
ウ 本件人事制度及び本件報酬体系は,被告が作成した「人事制度の手引き」と題する書面により,a社員に周知されている。
[甲25,乙8]
(3)  原告の業務内容及び報酬額の変遷
ア 原告は,平成19年10月以降,企画業務型裁量労働制の適用を受けるa社員として,ライセンス部において海外ライセンス業務を担当した。
平成20年度(平成20年5月16日から平成21年5月15日まで)の原告の役割グレードは「B-1」であり,同年度の年俸額(以下「従前年俸額」という。)は,役割報酬が550万円,成果報酬が90万円,調整報酬が0円,以上の合計640万円であった。
従前年俸額に基づく支給月額は,初回(平成20年6月分)が53万3337円,2回目から12回目(同年7月分~平成21年5月分)が各53万3333円であった。
[甲3]
イ 原告は,平成20年7月16日から産前休業を取得し,その後,出産,産後休業及び育児休業を経て,平成21年4月16日,ライセンス部に復職した(以下「本件復職」という。)。
被告は,復職した原告の担当業務(職務内容)を従前の海外ライセンス業務ではなく国内ランセンス業務とし(以下「本件担務変更」という。),これに伴って,原告の役割グレードを従前の「B-1」から「A-9」に引き下げた(以下「本件役割グレード引下措置」という。)。被告は,原告の年俸額について,本件担務変更及び本件役割グレード引下措置により,役割報酬を平成21年度(平成21年6月16日から平成22年6月15日まで)の役割グレード「B-1」に対する550万円から同「A-9」に対する500万円とし(以下「本件役割報酬減額」という。),成果報酬をゼロと査定する一方(以下「本件成果報酬ゼロ査定」という。),年俸の激減緩和の観点から,調整報酬を20万円とした。その結果,平成21年度の原告の年俸額(以下「新年俸額」という。)は,前年度の640万円から520万円になり(以下「本件年俸減額措置」という。),新年俸額は,同年6月16日から適用された。
新年俸額に基づく支給月額は,初回(同年7月分)が43万3337円,2回目から12回目(同年8月分~平成22年6月分)が各43万3333円である。
[甲13]
ウ 原告は,本件復職に際し,育休規程13条1項に基づき,平成21年12月末までの間について,育児短時間勤務の措置を申し出た(以下「本件時短申出」という。)。被告は,本件時短申出を受けて,原告に対する企画業務型裁量労働制の適用を排除し(以下「本件裁量労働制適用排除措置」といい,これと本件担務変更,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置とを併せて「本件各措置」という。),原告の時間管理区分をa社員就業規則14条4項(6)の時間外手当支給対象者に変更した。その結果,原告は,平成21年5月分の給与以降,上記支給月額から勤務時間短縮分の時給相当額が控除された額が支払われた(年俸規程14条1項。以下「本件時短適用に伴う給与減額」という。)。
[乙4]
3  争点
(1)  本件請求1に関する争点(以下「争点(1)」という。)
ア 本件各措置の効力の有無
イ 従前年俸額と新年俸額との差額の支払請求権の有無
(2)  本件請求2に関する争点(以下「争点(2)」という。)
ア 本件各措置の不法行為性
イ 損害額
(3)  本件請求3及び4に関する争点(以下「争点(3)」という。)
ア 本件各措置の人格権等の侵害性
イ 人格権侵害等を理由とする謝罪及びa社員就業規則の改訂請求の可否
4  争点に関する当事者の主張
(1)  争点(1)(本件各措置の効力の有無及び差額給与の支払請求権の有無)について
【原告の主張】
ア 本件各措置の内容及びその法的性質
(ア) 本件担務変更
本件担務変更は,本件育休等が終了して復職した原告を,本件育休等に入る前に就いていた海外ランセンス業務から外して国内ライセンス業務に就かせるというものであって,職務内容を変更するものであるから,配置転換に当たる。
(イ) 本件役割グレード引下措置
役割グレードの決定は,a社員の能力や資質を重視して行われるものであり,その時々で任される業務の属性によって機械的に定まるものではない。したがって,Bクラスの能力があると判断されていたa社員について,たまたま担当可能な業務がAクラスのものであったからといって,その能力評価をBクラスからAクラスに下げることは許されない。そして,本件報酬体系は,職務価値に応じて等級を分類し,これに給与額が連動する制度であるから,職務等級制に該当するものであるところ,職務等級制における資格・等級は,企業組織内における技能・経験の積み重ねによる職務遂行能力の到達レベルを表象するものであり,これを引き下げる措置は,降格に該当する。
本件役割グレード引下措置は,本件担務変更に伴い,原告の役割を,難易度の高い業務に主体性を持って取り組み,成果を上げる能力が要求される役割クラスであるBクラスから,難易度の低い定型又は事務処理的な業務を行う役割クラスであるAクラスに変更するというものであり,これは,被告が原告に求める期待値や能力が低下した結果,原告が従前のBクラスを担うことができなくなったと被告が評価したことを意味するものである。したがって,本件役割グレード引下措置は,原告を降格したものである。
(ウ) 本件年俸減額措置
本件年俸減額措置は,本件役割報酬減額及び本件成果報酬ゼロ査定の二つから成っており,本件担務変更及び本件役割グレード引下措置に連動するものである。
(エ) 本件裁量労働制適用排除措置
本件裁量労働制適用排除措置は,原告の本件復職に伴って行われたものであり,原告の労働条件を変更するものである。
イ 本件各措置の効力について
(ア) 本件各措置は,原告が本件育休等による休業から復職する際に行われたものであり,本件担務変更を前提とし又はこれと連動して本件役割グレード引下措置,本件年俸減額措置及び本件裁量労働制適用排除措置が行われたという関係にある。
(イ) 本件担務変更の無効(人事権の濫用)について
a 本件担務変更は,原告の職務内容を変更するものであり,配置転換に該当するから,その効力の有無は,配転命令の限界に関する判断枠組み(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決)に従って判断されるべきものであり,①配転命令に業務上の必要性がない場合,②業務上の必要性があっても,他の不当な動機・目的を持ってされたときや,労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるときは,当該配転命令は,人事権を濫用したものとして無効となる。また,配置転換に伴って給与が減額されるような場合には,給与が労働条件中最も重要な要素であり,給与の減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることからすると,当該給与の減少を相当とする客観的合理性がない限り,当該配転命令は無効であるというべきである。
本件担務変更が行われた事情は下記b~dのとおりであり,その実質は下記eの内容の行為であるから,本件担務変更は,配置転換としての限界を超えるものであり,人事権を濫用したものとして無効である。
b 以下の事情に照らすと,被告には原告につき本件担務変更を行う業務上の必要性が全くなかった。
(a) 海外ライセンス業務は,非常に多忙であって深夜に及ぶ就労が続く業務負荷の高い業務であり,従業員の定着率も悪いことから,人員の余剰はなく,むしろ人員の補充を必要としていた。
(b) 海外ライセンス業務部門には,原告の職場復帰予定時期において,空席にしておくことが可能なポストが存在していた。
(c) 海外ライセンス業務部門が扱っているライセンサーからは,業務担当者の変更に対するクレームが出された事実は全くなかったから,当該クレームの存在は,原告を海外ライセンス業務部門から転出させる理由にはならない。
(d) 被告は,復職を希望する原告の処遇に窮し,他の部署に転出させなければならない理由のなかった国内ライセンス業務担当のC氏をライセンス部から異動させ,原告をその後任としたものであり,原告の復職が決定した時点ではいまだC氏のポストは空席の状態ではなかった。
(e) C氏が担当していた業務は,役割クラスがAクラスのものであるから,その後任には同格の従業員を充てるべきところ,原告はBクラスの役割を付与されていた者であるから,C氏の後任に原告を充てる人選には合理性がない。
c 原告は,本件復職に先立って,ライセンス部のDマネージャー(以下「Dマネージャー」という。)を介して,被告に対し,従前どおり海外ライセンス業務(特に残業)に従事できるようにフルタイムのベビーシッターを雇用するなど万全の態勢を整えていることを明確に伝えていた。そうであるにもかかわらず,被告は,原告には子がいるので残業など無理であると決め付け,原告の上記伝達事項を一顧だにしなかったばかりか,原告の原職への復帰時期が不確実であるなどと決めてかかり,取引先のライセンサーに対しても原告の復帰可能性を全く説明しようとしなかったほか,復帰後の担当業務に関する原告の希望を全く考慮せず,検討もしていない。これらは,被告が強固な性別役割分担観を持ち,子育てをする女性従業員の業務遂行能力は一律に低下するという偏見を有していることをうかがわせるものであり,本件担務変更は,こうした偏見に基づく不当な動機,目的に基づくものである。
d 本件担務変更は,本件役割グレード引下措置を伴うものであるにもかかわらず,被告は,原告に対し,事前に意向聴取をしなかったばかりか,本件復職直前の面談において,担当業務変更の必要性についても説明することなく,「決定事項」であるとか「交渉事ではありません」などと述べて,一方的に本件担務変更を通告した。このように,被告は,本件担務変更を行うに当たって必要な手続,手順を全く踏んでいない。
e 以上によれば,本件担務変更は,何ら合理的理由のないものであり,原告の能力,才能を一切顧みることなく,原告が育児休業等を取得して復職する女性である,あるいは原告が子を持つ女性であることのみを理由として,定型的な性別役割分担の観念に基づいて原告を差別的に取り扱った行為である。そして,本件役割グレード引下措置は,本件担務変更を前提とし又はそれと連動したものであり,本件年俸減額措置及び本件裁量労働制適用排除措置は,本件担務変更ないし本件役割グレード引下措置に連動して行われたものであるから,これらも,上記の定型的な性別役割分担の観念に基づいて原告を差別的に取り扱った行為である。
(ウ) 本件役割グレード引下措置の無効(人事権の濫用)について
a 本件役割グレード引下措置は,上記(イ)eのとおり,本件担務変更を前提とし又はこれに連動するものであって,本件担務変更と同様に,定型的な性別役割分担の観念に基づいて原告を差別的に取り扱った行為であるから,人事権を濫用したものとして無効である。
b 本件役割グレード引下措置は,上記ア(イ)のとおり降格に当たるものであるから,このような降格を行うには,原則として就業規則や労働契約上の明確な根拠があることが必要であると解されるところ,a社員就業規則にはa社員の職能資格や等級といった役割グレードの降格を定めた規定は存在しない。そうすると,本件役割グレード引下措置は,就業規則等に基づかないで,原告の職能資格や等級を引き下げる降格を行ったものであるから,人事権を濫用したものとして無効である。
(エ) 本件年俸減額措置の無効(人事権の濫用)について
a 本件年俸減額措置は,上記(イ)eのとおり,本件担務変更を前提とし又はこれに連動するものであって,本件担務変更と同様に,定型的な性別役割分担の観念に基づいて原告を差別的に取り扱った行為であるから,人事権を濫用したものとして無効である。
b 労働契約法(以下「労契法」という。)8条は,「その合意により,労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と規定し,労働者の労働条件を変更するには,使用者と労働者との間に合意が成立することを必要としている。本件年俸減額措置は,原告の同意なく,一方的に労働条件の一つである給与を変更(減額)するものであるから,人事権を濫用したものとして無効である。
c 年俸規程20条2項は,「第21条で規定している同一年俸適用期間の途中で昇職・降職等処遇条件に変更があった場合でも原則として年俸の改定は行いません。ただし,会社と従業員はその処遇条件の変更について新たに合意をしなければなりません。」と規定している。本件年俸減額措置は,同一年俸期間の途中に行われたものであるが,これについて原告の同意がないから,人事権を濫用したものとして無効である。
d 本件年俸減額措置は,本件役割報酬減額及び本件成果報酬ゼロ査定の二つから成っており,本件役割グレード引下措置に連動するものであるところ,いずれについても,以下に述べるとおり,人事権を濫用したものとして無効である。
(a) 本件役割報酬減額は,上記(ウ)で本件役割グレード引下措置について述べたことと同じ理由により,就業規則等に基づかない措置であり,人事権を濫用したものとして無効である。
(b) 本件成果報酬ゼロ査定は,以下のとおり,本件産休に入る前の原告の業績について,偏見に基づく不適切かつ不公平な評価をし,かかる評価に基づいて原告の成果がないものとして行ったものであるから,人事権を濫用したものとして無効である。
ⅰ 被告が行った本件成果報酬ゼロ査定は,原告が年俸査定期間(平成20年4月1日から平成21年3月31日まで)の全てを休職したわけではなく,原告にはその年俸査定期間のうちの平成20年4月1日から産前休暇を取得した同年7月16日の前日までの間の就労実績があるにもかかわらず,評価すべき業績をゼロと査定したものである。このような査定は,産休等の権利行使をした女性従業員について休業期間を超えて不利益に取り扱うものとして違法である。
ⅱ 雇用機会均等法に関して発出された平成18年10月11日厚生労働省告示614号「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し,事業主が適切に対処するための指針」(以下「均等指針」という。)は,同法9条3項にいう「婚姻・妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止」に関して,「賃金について妊娠・出産等に係る就労をしなかった又は出来なかった期間分を超えて不支給とすること」を不利益取扱いに当たるものとしており,本件成果報酬ゼロ査定は,この不利益取扱いに当たる。
ⅲ 育児・介護休業法に関して発出された平成16年12月28日告示平成16年度厚生労働省令第25号(以下「育介指針」という。)も,「休日の日数を超えて働かなかったものとして取り扱うことは,給与の不利益な算定に該当する」としており,本件成果報酬ゼロ査定は,この不利益算定に当たる。
ⅳ 被告は,出産を控えた妊婦には業務をこなせるはずがないという偏見ないし差別意識を有しており,このことが本件成果報酬ゼロ査定をした背景にある。以上は,被告が, 執務姿勢に問題のあるDマネージャーの証言等を鵜呑みにしていること, 本来,原告の業績を評価できる立場にないDマネージャーの情報等を資料としていること, 評価の対象となる原告の海外ライセンス業務のうちサッカーに関する業務(以下「海外サッカーライセンス業務」という。)の遂行状況等につき虚偽の主張を行っていること, 極めて恣意的に原告の担当業務を一方的に限定し,ランク付けを行っていることなどから明らかである。
(オ) 本件裁量労働制適用排除措置の無効(人事権の濫用)について
本件裁量労働制適用除外措置は,以下のとおり,育児のために本件時短申出を行った原告に対し,一方的に重大な不利益を強いるものであり,労契法8条に反し,また,女性差別の意図又は効果を有する措置であるから,人事権を濫用したものとして無効である。
a 労契法8条によれば,労働条件を裁量労働制から時間外手当支給対象者に変更するためには,使用者(被告)と労働者(原告)との個別の合意が必要である。他方,a社員就業規則及び年俸規程には,育児短時間勤務の措置の申出が自動的に労働時間以外の労働条件の変更,特に裁量労働制の適用の排除を来すことを定める規定はない。原告は,本件時短申出を行っただけであり,裁量労働制の適用除外(時間管理区分を時間外手当支給対象者に変更されること)につき同意していないから,本件裁量労働制適用排除措置は同条に違反する。
b また,被告の裁量労働制は,その適用がある労働者に対し,自由で主体的な時間管理を通じて労働に対する従業員の主体的な関与を可能にするものであるところ,被告は,短時間勤務を申し出るような女性従業員について業務の質を重視した労働評価をすることは不可能であるとする一種の差別意識に基づき,原告から上記のような裁量労働制のメリットを奪い,労働の評価を「質」から「時間」へ変質させたばかりか,厳格な時間管理(年俸規程14条1項)を通じて所定労働時間に満たない勤務時間短縮分の給与の控除を可能にする一方,原告の年俸は月30時間の時間外労働手当及び10時間の深夜労働手当を含むものであるから(年俸規程24条本文),以上の各時間を超える時間外労働又は深夜労働を行わない限り上記各手当を支払わなくてもよい状態を作出した。
(カ) 本件各措置の無効(法律違反・公序良俗違反)について
本件各措置は,以下に挙げる各規定に違反するものであり,違法,無効である。
a 憲法13条,14条違反
本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であるから,すべて国民は個人として尊重されることを保障する憲法13条,すべて国民は法の下に平等であって人種,信条,性別,社会的身分又は門地により政治的,経済的又は社会的関係において差別されないことを保障する憲法14条に違反する。
b 女性差別撤廃条約違反
本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であり,これにより,原告は,労働の権利を害されているほか,本件各措置の前提となる被告の育児休業制度は,慣行上,従前の雇用関係や先任の利益を喪失させるものであり,また,その取得条件は男女等しいものとなっているが,その取得の結果をみると,女性従業員にとって不利益なもの(間接差別)となっており,原告に受忍し難い不利益を課すものである。したがって,本件各措置は,女性差別撤廃条約2条(e)(私企業による女性差別の撤廃),同条(f)(女性に対する差別となる慣習及び慣行の撤廃),4条1項(母性保護),5条(a)(性別役割分業の撤廃),第11条1項,同条2項(b)に違反する。
c 労基法違反
(a) 労基法3条違反
同条にいう「社会的身分」は「女性であること」あるいは「母性であること」を当然に含むものであり,同条は,労働者が子を持ったことを理由に労働条件について差別的に取り扱うことを禁止しているものと解される。本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であり,原告が子を持ったが故に原告を不利益に取り扱うものであるから,同条に違反する。
(b) 労基法4条違反
同条は,いわゆる男女同一賃金の原則を定めるものである。本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であり,原告が子を持つ女性であるが故に減給を行ったものであるから,同条に違反する。
(c) 労基法65条,39条7項,19条1項本文違反
上記各規定は,産前産後休業を労働者の権利として規定するだけではなく,その権利を行使した結果,女性労働者が不利益を被らないように規制している。本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であり,原告が産前産後休業を取得したことをもってその責めに帰する不就労とみなして,降格・減給を行ったものであるから,上記各規定に違反する。
(d) 労基法67条違反
同条は,生後1年に満たない子を育てる女性は,1日2回,少なくとも30分,その子を育てるための時間を請求する権利を定めている。本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であり,育児休業を取得し,育児短時間勤務の措置の申出を行った原告についてはもはやリーダー扱いができないなどの理由で降格・減給を行ったものであるから,同条に違反する。
d 育児・介護休業法違反
(a) 育児・介護休業法5条1項,23条1項違反
同法5条1項は,男女を問わず,1歳未満の子を養育するために育児休業を申し出ることができる旨規定し,同法23条1項は,育児休業を取得しない者については,労働者の申出に基づく勤務時間の短縮その他の措置を講じなければならないと規定している。本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であり,育児休業を取得し,育児短時間勤務の措置の申出を行った原告についてはもはやリーダー扱いができないなどの理由で降格・減給を行ったものであるから,上記各規定に違反する。
(b) 育児・介護休業法10条違反
同条は,事業主に対し,労働者が育児休業の申出をしたこと,育児休業をしたことを理由として,当該労働者に対して解雇その他の不利益な取扱いを行うことを禁じている。同法に関して発出されている育介指針第2の3によると,同条にいう「不利益な取扱い」とは,労働者が育児休業等を取得したこととの間に因果関係がある解雇,降格,不利益な配置転換等をいうものとされている。
本件各措置は,原告が育児休業を取得し,育児休業制度に基づく育児短時間勤務の措置の申出を行ったため,原告の期待値が下がったものとして降格・減給を行ったものであり,原告個人の能力と業績とは全く関係なく行わたものであって,通常の人事異動のルールからは到底説明され得ないものである。しかも,本件各措置は,原告が担当する業務内容について,被告における花形の仕事である海外ライセンス業務から専ら雑務に従事することになる国内ライセンス業務へと著しく変化させ,それに伴い原告に大きな経済的不利益を被らせたばかりか,それまでの経験や能力を活かすことができないという多大な精神的苦痛を与えたものである。したがって,本件各措置は,上記の「不利益な取扱い」に当たり,育児・介護休業法10条に違反する。
(c) 育児・介護休業法22条違反
同条は,育児休業取得後の復職が円滑に行われるように必要な措置を講じることを使用者に義務付けており,これに関して発出されている育介指針第2の7は,「育児休業及び介護休業においては,原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われているものであることを配慮すること」と定め,平成16年12月28日付け各都道府県労働局長宛て厚生労働省職業安定局長・厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知「育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行い,又は行うこととなる労働者の福祉に関する法律の施行について」(職発第1228001号,雇児発第1228002号。以下「育休通知」という。)の第7の3(5)は,原職相当職と評価されるためには,①休業後の職制上の地位が休業前のそれより下回らないこと,②休業の前後で職務内容が異なっていないこと,③休業の前後で勤務する事業所が同一であることのいずれにも該当することが必要であるとしている。
本件各措置(特に本件役割グレード引下措置)は,上記(イ)eの内容の行為であり,これにより原告の役割グレードは「B-1」から「A-9」に引き下げられ,業務内容は海外ライセンス業務から国内ライセンス業務という補助的な業務に変更されているばかりか,被告においては原告を原職相当職に復帰させる努力が全くされていない。したがって,本件各措置は,育児・介護休業法22条に違反する。
e 雇用機会均等法違反
(a) 雇用機会均等法9条1項,3項違反
上記各規定は,女性労働者が妊娠し,出産したこと又は産前産後休業をしたことを不利益に取り扱うことを禁止している。これを受けて発出された均等指針は,同条3項にいう「不利益な取扱い」について,解雇のほか,降格させることや減給すること,不利益な配置の変更を行うことなどであると定め,より具体的には,減給等について,「実際に労務の提供や労働能率の低下が生じていないにもかかわらず,女性労働者が,妊娠し,出産し,又は労働基準法に基づく産前休業の請求等をしたことのみをもって,賃金又は賞与若しくは退職金を減額すること」(第4の3(3)ニ),配転の変更の不利益取扱い性について,「配置の変更の必要性,配置の変更前後の賃金その他の労働条件,通勤事情,労働者の将来に及ぼす影響等諸般の事情について総合的に比較考慮の上,判断すべきものであるが,例えば,通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより,当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせること」をもって「不利益な配置の変更」に当たるものとし(第4の3(3)ヘ③),産前産後休業からの復帰に当たって原職又は原職相当職に就けないことを,不利益変更取扱いの例として挙げている。
本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であり,原告が本件産休を取得したことをもってその責めに帰する不就労とみなし,降格・減給を行ったものであるから,上記各規定に違反する。
(b) 雇用機会均等法6条1号,3号違反
上記各規定は,事業主に対し,労働者の配置,昇進,降格及び教育訓練,労働者の職種及び雇用形態の変更に関し,労働者の性別を理由とする差別的取扱いを禁止している。
原告は,職場復帰に備え,万全の準備を整えており,実質的に労務の提供や労働能率が低下するということはあり得なかったにもかかわらず,本件各措置は,上記(イ)eのとおり,原告が妊娠,出産をした女性であることを理由に降格・減給という不利益な取扱いをしたものであるから,上記各規定に違反する。
f 民法90条(公序良俗)違反
本件各措置は,上記a~eのとおり,上掲各規定に違反するほか,これらの規定は強行法規であり,公序良俗をも構成する。また,本件各措置は,上記(イ)eの内容の行為であり,原告が本件育休等を取得したことによる著しい不利益を女性労働者である原告に課すものであり,これにより,女性労働者の権利行使を著しく抑制し,ひいては労働者の諸権利を保障する労基法等の規定(労基法39条7項,65条,67条,雇用機会均等法9条3項,育児休業法10条)の趣旨を実質的に失わせるものである。したがって,本件各措置は,民法90条(公序良俗)に反し,無効である。
ウ 従前年俸額と新年俸額との差額の支払請求権について
(ア) 上記イで検討したおり,本件各措置は無効である。したがって,被告は,原告に対し,本件雇用契約に基づき,従前年俸額と新年俸額との差額を支払うべき義務を負う。各月の差額は,以下のとおりである。
(イ) 平成21年5月分及び同年6月分
a 原告は,従前,役割グレード「B-1」に基づく役割報酬が支給されていたから,育児短時間勤務の措置に伴う控除時給分が差額給与となる。そして,従前年俸額に基づく原告の時給単価は2753円である。
(時短時間分控除前の支給月額53万3333円-支給額42万9408円)÷時短時間である37.75時間=2753円
b 同年5月分及び同年6月分の各差額
(a) 同年5月分
2753円×37.75時間=10万3925円
(b) 同年6月分
2753円×40.25時間=11万0808円
(ウ) 平成21年7月分から原告が被告を退職した平成22年2月分まで
a 育児短時間勤務の措置に伴う控除時給額に加え,本件年俸減額措置に伴う役割報酬の減額分と成果報酬の不支給分も請求額に加算される。なお,平成21年7月分以降の給与は,年俸の減額に伴い給与控除の計算に用いられる時給単価も変化しているため,新しい時給単価に応じて,控除時給額を算定すべきである。
(a) 本件年俸減額措置に伴う1か月当たりの差額は10万円である。
(640万円-520万円)÷12月=10万円
(b) 本件年俸減額措置後の新年俸額に基づく原告の時給単価は2237円である。
(支給月額43万3333円-支給額35万9516円)÷時短時間である33時間=2237円
b 平成21年7月分から平成22年2月分までの各差額
(a) 平成21年7月分
10万円+2237円×33時間=17万3821円
(b) 同年8月分
10万円+2237円×40.25時間=19万0039円
(c) 同年9月分
10万円+2237円×36.25時間=18万1091円
(d) 同年10月分
10万円+2237円×34時間=17万6058円
(e) 同年11月分
10万円+2237円×31時間=16万9347円
(f) 同年12月分
10万円+2237円×43.75時間=19万7868円
(g) 平成22年1月分
10万円+2237円×15.25時間=13万4114円
(h) 同年2月分
10万円+2237円×22.25時間=14万9773円
(エ) よって,原告は,被告に対し,本件雇用契約に基づく未払賃金として,上記第1の1に記載の金員の支払を求める。
【被告の主張】
ア 上記【原告の主張】中,掲記されている各規定,各指針,通知の内容及び平成21年5月分から平成22年2月分までの具体的な時短時間は認めるが,その余は争う。
イ 本件各措置の効力について
以下に述べるとおり,被告は,いずれも合理的な理由に基づく人事権の行使として本件各措置を行ったものであり,原告主張のような女性差別意識に基づく不利益取扱い等として本件各措置を行ったものではない。
(ア) 本件担務変更及び本件役割グレード引下措置について
本件担務変更及び本件役割グレード引下措置は,以下のとおり,被告の人事権に基づく有効な措置である。
a 被告は,海外ライセンス業務における被告側担当者の変更について複数の重要なライセンサーからクレームを受けていたこと,原告が復職するまでの間,原告が担当していた海外ライセンス業務の担当者を空けることができなかったこと,原告が休業中,海外ライセンス業務は他の者が担当し,問題なく遂行されていたこと,本件復職時の海外ライセンス業務は,ライセンサーとライセンス契約の交渉や監修業務(ゲーム制作部門が制作したゲームデータ,販売部門が作成したパッケージやポスター等の販促資材などをライセンサーに送付し,アイテムごとに素材どおりに表現されているかをチェックしてもらい,不一致が生じた場合には,その都度,ライセンサーとゲーム制作部門等との間の調整を行う業務であり,ライセンス業務の中で最も負荷の掛かる業務である。)を行っていた段階であり,この時期に担当者を変更することは当該業務の停滞を招くおそれがあったこと,他方,本件復職時に国内ライセンス業務の担当者1人が異動予定であり,同業務に担当者を割り当てる必要があったこと,原告が被告に対し,本件復職に先立って,海外ライセンス業務への復帰を求めた事実がないことなどを考慮し,被告の本件人事制度に則って原告について本件担務変更を行ったのであり,本件担務変更は合理的な営業上の判断に基づくものである。
b 原告は,本件復職後,本件担務変更により国内ライセンス業務を担当し,業務用麻雀ゲームやゲームに使用するフォント(PC用新書体)の使用に係るライセンスを取得する業務(ライセンスイン業務)を行うことになったほか,ライセンスアウト業務も担当するようになった。これらの業務は,いずれも海外ライセンス業務と比較して業務の難易度が低いものである上,その売上規模においても,海外ライセンス業務に遠く及ばず,その重要性は,海外ライセンス業務に比べて圧倒的に低いものであった。このように,原告が従事する国内ライセンス業務は,定型的ないしは反復的な業務を安定して行うという役割が期待され,裁量性をさほど要しないものに当たるから,その役割クラスはAクラスが相当な業務である。
c 本件復職当時,被告の国内ライセンス業務を担当していた者の中に役割グレードが「A-10」の者(E氏)がいたが,同人は,家庭用野球ゲームシリーズを担当しており,これは難易度や重要度が海外ライセンス業務に近く,原告が担当する業務用麻雀ゲーム等のライセンス業務のそれと明らかに違うものであった。他方,原告の従事した国内ライセンス業務の前任者(C氏)の役割グレードは「A-8」であったところ,これは同人のライセンス業務の遂行能力等に問題があったことによる。そうすると,本件復職後の原告の担当業務の役割はAクラスであり,そのグレードは,E氏の「10」よりも低く評価されるべきであるが,C氏の「8」より高く評価するのが相当であることから,被告は,原告のグレードを「9」と決定した。
d 以上の次第であるから,本件担務変更に伴って原告の役割グレードを「A-9」と決定することとした被告の判断は合理的なものであり,これを内容とした本件役割グレード引下措置は,被告の人事権の行使として有効なものであり,何ら人事権に係る裁量権限を濫用するものではない。
(イ) 本件年俸減額措置について
被告の本件人事制度及び本件報酬体系は,上記2の前提事実(以下「上記前提事実」という。)(2)のとおりのものであり,本件復職後の原告の年俸の減額は,以下のとおり,本件報酬体系におけるルールを適用した結果によるものであって,原告が本件育休等を取得したことを理由とするものでも,女性差別の意思に基づくものでもない。
a 本件役割報酬減額は,本件役割グレード引下措置を前提としたものであり,本件復職後の原告の役割グレード「A-9」における役割報酬額が500万円であることから,当然に同額が原告の役割報酬額になる。本件役割報酬減額の前提となる本件役割グレード引下措置は,上記(ア)のとおり有効なものであるから,これに連動して定まる役割報酬額を決定した本件役割報酬減額も同様に有効なものであり,何ら人事権に係る裁量権限を濫用するものではない。
b 本件成果報酬ゼロ査定は,以下のとおり,人事権に基づく当然の措置である。
(a) 成果報酬とは,年俸査定期間(前年4月1日から本年3月31日までの1年間)の実績に応じて支給される成果給であって,役割クラスがBクラスのa社員については,成果が重視される。
(b) 本件産休前に原告が担当していた主たる業務は海外ライセンス業務であったところ,原告は,平成20年7月16日から本件産休に入っており,それ以降の年俸査定期間中は,海外ライセンス業務に従事していないばかりか,本件産休に入る以前も結婚に伴う慶弔休暇や夏季休暇を取得していたほか,年俸査定期間の早い段階から担当業務の引継ぎが始められていた。このように,年俸査定期間中に原告が実際に業務に従事した期間は短く,原告は海外ライセンス業務の繁忙期に業務を行っていなかった。その結果,年俸査定期間中,原告が一通り遂行し終えたライセンス業務は,トルコ代表(国代表チーム)及びチェコ代表(国代表チーム)など被告に対する貢献度の低いものばかりであり,国際プロフットボール選手協会(以下「FIFPRO」という。)やフランスリーグのような被告に対する貢献度の高いものについては殆ど遂行されていなかった。
(c) 以上のとおり,被告は,年俸査定期間において,原告が担当し,遂行した業務は殆ど成果が上がっておらず,原告について成果報酬を配分するに足りる実績を認めることができなかったため,原告の成果報酬を「0」と査定したのであり,この査定は合理的なものである。本件成果報酬ゼロ査定は,被告の人事権の行使として有効なものであり,何ら人事権に係る裁量権限を濫用するものではない。
なお,被告は,前年度は90万円であった原告の成果報酬が0円になったことに対する激変緩和として,原告に対し,調整報酬として20万円を支給している。
(ウ) 本件裁量労働制適用排除措置について
a 原告に適用されていた企画業務型裁量労働制は,労基法38条の4第1項1号において,業務遂行及び時間配分に関する裁量性があることを適用要件としている。他方,被告が採用している育児短時間勤務の措置においては,始業及び終業の各時刻が明確に定められ,同措置に基づく時短時間分や遅刻・早退の時間相当分につき給与控除が予定されている(a社員就業規則14条1項2号,6号)。そうすると,育児短時間勤務を行うことは,時間配分に関する裁量性が失われ,企画業務型裁量労働制の適用要件を欠くことになるから,育児短時間勤務の措置が行われる原告に対しては,労基法上,企画業務型裁量労働制を適用することは容認されない。
b なお,原告は,本件裁量労働制適用排除措置について,原告の同意がないことが問題であると主張するが,そもそも労働者は,その希望により裁量労働制の適用を受けることができる権利ないし法的地位を有しておらず,裁量労働制の適用の有無は,使用者の裁量により決定することが可能であって,労基法上も企画業務型裁量労働制の適用については,労働者の同意を必要とするものの(労基法38条の4第1項6号),その適用を除外するに当たっては,労働者の同意を必要としていない。したがって,原告の上記主張は失当である。
ちなみに,原告は,本件復職に先立つ平成21年3月11日,被告に対し,育児短時間勤務の措置を受けた場合の取扱いについて質問し,被告から「所定就労時間(7:45)に満たなかった時間分について給与控除となります。」,「月に30時間を超えて勤務することがあった場合は残業手当代の支給対象となります。」との回答を受けており,以上のやり取りの経過に照らすと,原告は,育児短時間勤務の措置により裁量労働制の適用が受けられない者となることを認識した上,育児短時間勤務の措置を求めたものであるというべきである。したがって,本件裁量労働制適用排除措置は,原告自身の意思に反するものではないというべきである。
c 以上のとおり,本件裁量労働制適用排除措置は,被告の人事権に基づく合理的な措置として有効であり,何ら人事権に係る裁量権限を濫用するものではない。
なお,原告は,本件裁量労働制適用排除措置は,出産して育児を行う原告への差別的意識に基づくものである旨主張するが,被告にそのような意識は毛頭無く,上記のとおり,育児短時間勤務の措置により,原告が労基法上の裁量労働制の適用要件を満たさない者となったことから,その適用を外したにすぎない。
ウ 本件各措置は,上記イで述べたとおり,被告の人事権に係る裁量権限を濫用するものでも,原告が挙げる女性差別撤廃条約を含む諸法律に違反するものでもなく,適法かつ有効である。したがって,本件各措置が無効であることを前提とする原告の上記差額給与の支払請求は理由がない。
(2)  争点(2)(本件各措置の不法行為性と損害額)について
【原告の主張】
ア 本件各措置は,妊娠・出産して産休,育児休業を取得し,その休業期間終了後に復職して育児を続ける女性従業員である原告に対して,定型的な固定観念に由来する偏見ないし差別意識に基づき不利益な取扱いをしたものである。このような被告の原告に対する差別的取扱いは,上記(1)【原告の主張】イ(カ)に掲記した各強行法規に違反し,かつ,公序良俗にも違反するものであるから,民法709条,710条の不法行為を構成する。
また,ライセンス部の従業員(B,N,D及びF)は,本件復職前の平成21年4月6日,同月10日及び同月15日に行われた原告との面談において,原告に対し,本件担務変更,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置を告知するに当たり,原告は被告にとり不要な人物になったとの差別的発言を行い,原告の尊厳を傷つけ,その人格権を侵害した。以上の従業員の差別的発言等は,民法709条,710条の不法行為を構成し,被告は,民法715条1項に基づき,当該不法行為について使用者責任を負う。
イ 原告は,被告の上記差別的な取扱い及びその従業員による差別的発言等によって著しい精神的苦痛を被った。かかる精神的苦痛に対する慰謝料は,3000万円を下らない。そして,被告の原告に対する上記不法行為と相当因果関係がある弁護士費用相当損害金は,300万円が相当である。
ウ よって,原告は,被告に対し,不法行為又は使用者責任に基づく損害賠償として,3300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告の主張】
上記【原告の主張】は,否認ないし争う。
被告の従業員が,本件復職前に行われた原告との面談において,原告に対して差別的発言等を行った事実はない。
(3)  争点(3)(本件各措置の人格権等の侵害性及び人格権侵害等を理由とする謝罪及びa社員就業規則の改訂請求の可否)について
【原告の主張】
原告は,被告による差別的取扱いである本件各措置により補助的・雑務的な業務をあてがわれ,あたかも原告の能力,業績が低下したためにそれまでのポストを外されたかのような外形が作出され,その人格権を侵害されたばかりか,職業人としての社会的評価を著しく低下させられた。また,被告においては,こうした女性従業員に対する差別取扱いが慣行化しており,これを根絶し,問題の根本的解決を図るためには,就業規則の改訂が不可欠である。
よって,原告は,上記の侵害された名誉及び人格的利益を回復するため,民法723条及び人格権に基づく原状回復請求として,被告に対し,別紙1及び2に記載の謝罪及び就業規則の改訂を求める。
【被告の主張】
上記【原告の主張】は,否認ないし争う。
原告の本件担務変更後の担当業務は,補助的・雑務的な業務ではなく,本件各措置は,原告の人格的利益を侵害したり,職業人としての社会的評価(名誉)を低下させるものではない。
第3  当裁判所の判断
1  本件請求1(争点(1))について
(1)  認定事実
上記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア ライセンス部の業務等
(ア) ライセンス部の業務
被告は,ゲームソフトの制作・販売等を業とする会社であり,数多くのゲームソフトを取り扱っている。その中でも,サッカーゲーム「○○」(以下「○○サッカーゲーム」という。)は,シリーズ販売累計が6200万本に至るゲームソフト売上の相当部分を占める人気商品である。○○サッカーゲームの人気の原因は,選手やチーム名が実名で用いられ,また,選手の肖像,ユニフォーム,各チームのロゴ等も実物に近い状態で用いられている点にある。このような選手の氏名,肖像やユニフォーム等を○○サッカーゲームの中で使用するには,選手の氏名・肖像を許諾する権限を有するライセンサーとの間でライセンス契約を締結する必要があり,こうしたライセンス契約の締結業務は,ライセンス部が担当している。なお,サッカーゲーム一つ当たりのライセンス数は100個を超える。
ライセンス部には,ライセンスを獲得し,監修業務等を行うライセンスグループとライセンス料の支払関連業務を行うロイヤリティグループの2グループがある。ライセンスグループは,海外のライセンサーを対象とする海外ライセンス業務と国内のライセンサーを対象とする国内ライセンス業務に分かれている。海外ライセンス業務のうち海外サッカーライセンス業務は,ライセンサーごとに担当者が指定されていた。
[乙11,12,証人D及び証人Bの各証言]
(イ) 海外サッカーライセンス業務
a 海外サッカーライセンス業務を大別すると,作業工程の順に,①契約交渉,②ライセンサーからの素材入手,③制作部門への素材供給・制作物の受取,④監修業務の四つがある。海外サッカーライセンス業務に関する上記の各業務の内容は,次のとおりである。
(a) 契約交渉の業務は,ライセンサーとの間でライセンス契約を締結ないし更新するための交渉を行う業務である。
選手の氏名・肖像のライセンスについては通常FIFPROが,チーム名やユニフォームのデザインのライセンスについては各クラブチームや各国サッカー協会が,それぞれ交渉相手となる。選手の氏名等のライセンスの許諾が得られなければそれらをゲーム中で使用することができず,ゲームの本当らしさが失われ,商品価値そのものに多大な影響が生じることになるところ,ライセンサーの中でもFIFPROは,ライセンス料も高額で,被告にとって大変重要なライセンサーである。
新規契約の場合の交渉内容は,ライセンス対象物,ライセンス料(ロイヤルティ),その支払方法,ライセンス期間などについて一から交渉を行う必要があるため,交渉の難易度は高い。他方,既にライセンス契約を締結しているライセンサーとの間の契約更新に係る交渉内容は,特段の交渉事項がないのが通常であり,例えばFIFPROのようにライセンス料金につき厳しい値上げ要求がされるような場合でないときは,交渉の難易度は高くない。なお,ライセンス契約の中には複数年契約のものもあり,この場合には,年度によっては契約交渉そのものが行われない。
(b) ライセンサーからの素材入手の業務は,ライセンサーに対してユニフォームやエンブレムのロゴ等の素材の提供を依頼し,データ等の形でこれを入手する業務である。
(c) 制作部門への素材供給・制作物の受取の業務は,ライセンサーから受け取った素材を被告の制作部門へ引き渡すとともに,同部門が制作したゲームデータを受け取ったり,同部門からの新たな依頼があった場合に,ライセンサーに対して素材の提供を追加依頼し,入手する作業である。
(d) 監修業務とは,制作部門が制作したゲームデータや販売部門が作成した販促資材(パッケージ,ポスター等)などをライセンサーに送付し,ユニフォームの色やデザイン,ユニフォーム上のスポンサー表示の位置,エンブレム,選手の顔デザイン,スタジアムの看板,選手リスト等について契約条件や素材どおりに表現されているかどうかをライセンサーにチェックしてもらい,承認を得る業務である。
監修業務は,ライセンサーごとに行う必要があり,制作部門とライセンサーの意向に不一致が生じた場合,その都度,海外サッカーライセンス業務の担当者が調整を行わなければならないことから,煩雑かつ高度な交渉力を必要とする業務である。
[乙11,12,証人D及び証人Bの各証言]
b 実際の業務内容
被告は,○○サッカーゲームを発売するに先立ち,ゲームのハードウエアの制作会社に対して○○サッカーゲームのマスターデータを納品する必要がある。○○サッカーゲームの発売日は,通常,毎年10月中旬から下旬であるため,マスターデータの納品期限は毎年8月の中旬又は下旬である。海外サッカーの主要地域である欧州リーグの終了時期は毎年5月ころであるため,欧州リーグ関係の素材の入手が可能となるのは同月以降になるという事情があり,ライセンサーからの素材入手,制作部門への供給,制作されたゲームデータ等を内容とする監修業務は,毎年概ね7月上旬から8月上旬までの短期間に集中して行われ,他の工程で遅れが出ると,そのしわ寄せが監修業務に回されることになる。
○○サッカーゲームにおける主要なライセンサーである欧州のライセンサーとの間で行う監修業務は,現地時間の日中(日本時間の深夜から未明の時間帯)にメール等により行われ,制作部門が終業している場合には翌朝の始業時間までに交渉等の経過や結果の報告が求められる。そのため,毎年7月上旬から8月上旬にかけての約1か月間は,海外サッカーライセンス業務を担当する者にとって最も忙しく,かつ,負荷の掛かる繁忙期である。
[乙11,証人D及び証人Bの各証言]
c 業務の担当者
以上のように,海外サッカーライセンス業務は業務負荷の高い仕事であることなどから,担当者が目まぐるしく変動した。被告が設立された平成18年以降の担当者の異動状況は,以下のとおりであった。
(a) 平成18年10月まではG(以下「G」という。),H(以下「H」という。)及びI(以下「I」という。)が海外サッカーライセンス業務を担当していた。
(b) 同年11月,Gが担当から外れ,Jが新たに担当者となった。
(c) 平成19年7月,Jが担当から外れた。
(d) 同年10月,原告がライセンス部に異動し,新たに担当者となった一方で,Iが担当を外れた。
(e) 同年12月,K(以下「K」という。)が新たに担当者となった。
(f) 平成20年1月,Hが退職により担当を外れる予定となったことに伴い,DマネージャーとL(以下「L」という。)がライセンス部に異動し,新たに担当者となった。
(g) 同年3月,Hが退職した。
(h) 同年7月,原告が本件産休に入った。
(i) 同年11月,Lが担当から外れた。
(j) 平成21年1月,M(以下「M」という。)が新たに担当者となった。
[乙12,証人Bの証言,弁論の全趣旨]
d 業務遂行の状況
(a) 海外サッカーライセンス業務の担当者が上記cのように変更していた状況の下で,被告は,以下のとおり,複数のライセンサーからクレームを受けた。
ⅰ FIFPROは,被告にとって極めて重要なライセンサーである。ライセンス部のFIFPRO担当者は,平成18年にGからHに変更となり,平成20年3月にHの退職に伴い,Hから原告に変更となり,原告が同年7月から本件産休に入ったことから,原告からDマネージャーに変更になった。このように,被告では,平成20年に入ってから5か月間に2度もFIFPRO担当者が変更したところ,Dマネージャーは,同年5月に出張してFIFPROを訪問した際,FIFPRO側担当者から,「FIFPRO側はしばらく担当を変えていないのに,a社は担当者が替わりすぎで仕事がやりづらい」というクレームを受けた。
ⅱ フランスサッカーリーグは,サッカー強豪国であるフランスのサッカーリーグであって人気が高く,被告にとって重要なライセンサーである。ライセンス部のフランスサッカーリーグ担当者は,平成19年10月にIから原告に変更になり,平成20年7月に原告からDマネージャーに変更になった。このように,被告では,フランスサッカーリーグ担当者が1年間のうちに2度変更したところ,同年11月ころに行われた電話会議による契約交渉の場において,Dマネージャーは,フランスサッカーリーグ側担当者から,「担当者が替わりすぎて,契約更新に当たり誰と話をしたらよいか分からない。a社側の組織が見えにくい。」などのクレームを受けた。
ⅲ フランス代表チームは,ワールドカップの常連の出場チームであり,被告にとって重要なライセンサーの一つである。原告が本件産休に入った平成20年7月ころ,原告の業務を引き継いだDマネージャーは,フランス代表チームのライセンサーであるフランスサッカー協会の代理店から,電話により,「誰と何を話したらよいのか分からない。」,「どういう組織で動いているのか分からない。」などのクレームを受けた。
[乙11,12,証人B及び証人Dの各証言]
(b) 海外サッカーライセンス業務は,平成20年7月に原告が本件産休に入って以降,Dマネージャー,L及びKの3人が担当した。ところが,同年11月,Lが体調不良を理由に他部署へ異動したため,同業務はDマネージャーとKの2人体制となった上,新年度の交渉開始時期が迫っており,ライセンス部としては,直ぐにでもLの後任を必要とする状況にあった。そこで,ライセンス部は,被告に対し,人員を補充するように要請し,Mが異動してくることになったが,異動元での引継ぎ等に手間取り,Mがライセンス部に異動してきたのは平成21年1月であった。
[乙11,12,証人Bの証言]
(c) 上記(b)の期間中,海外サッカーライセンス業務は一応支障なく遂行されていた上,原告が本件復職をした平成21年4月16日の時点では,既に新年度のライセンス取得業務が開始されており,Dマネージャーら海外サッカーライセンス業務の担当者は,既にライセンス契約が締結されているライセンサーとの関係では監修業務に,ライセンス契約未締結のライセンサーとの関係では契約締結交渉に,それぞれ着手していた。
[乙11,証人Bの証言]
(ウ) 国内ライセンス業務の状況等
a 国内ライセンス業務
国内ライセンス業務の内容は,①ライセンサーからライセンスを受ける「ライセンスイン業務」と,②自社の商標や著作物等の使用を第三者に許諾する「ライセンスアウト業務」に分かれている。
[乙11,12,証人Bの証言]
b 国内ライセンス業務の担当者の状況
(a) C氏は,国内ライセンス業務を担当していた者であり,ライセンスイン業務として,①「麻雀格闘倶楽部」と称する業務用麻雀ゲームに使用するする日本プロ麻雀連盟の名称,所属雀士の名称等のライセンスを取得する業務,②ゲーム用フォントの使用に関するライセンス取得業務,③小学館・講談社の漫画に関するライセンス契約締結業務を担当し,ライセンスアウト業務として,被告の商標・著作物等の使用を第三者に許諾する業務を担当していた。しかし,①~③の業務は,海外ライセンス業務と比較して難易度が低い上,ライセンスアウト業務については,許諾をするかしないかの選択権が被告にあり,業務負荷の程度は格段に低いものであり,C氏の役割グレードは「A-8」であった。
C氏は,ライセンスアウトの申込みがあった案件を長期間放置したり,その他の業務にもミスが目立ったほか,業務の進捗状況も全く報告しなかったため,担当する多くの業務が停滞する事態を招いた。B部長は,C氏に対し,業務量を減らすなど一定の配慮を示したが,その仕事ぶりは一向に改善されなかった。その結果,B部長は,平成21年2月ころから,C氏の国内ライセンス業務に対する適性に重大な疑念が生じたとして,C氏を他部署へ転出させる方向で検討を開始した。
[乙11,12,証人Bの証言]
(b) 原告が本件復職をした当時,国内ライセンス業務としては,上記(a)の業務ほかに,家庭用野球ゲームシリーズに関するライセンスイン業務があった。同業務は,難易度や重要度の点において海外サッカーライセンス業務に近い評価がされれており,これを担当していたE氏の役割グレードは「A-10」であった。
[乙11,証人Bの証言]
イ 本件産休前における原告の担当業務とその業務遂行状況等
(ア) 原告の担当業務
a 原告は,平成19年10月4日,社内公募により,被告のグローバルコンテンツ推進部北米グループからライセンス部に配置換えとなり,海外ライセンス業務,とりわけ海外サッカーライセンス業務の担当を命じられた。
原告は,担当したライセンサーに係る海外サッカーライセンス業務の全工程を担当し,その時々において自らの裁量的な判断で,一定の成果を上げることを期待された。
原告が担当したライセンサーには,○○サッカーゲームの商品価値を高める上で重要なFIFPRO,フランスリーグ,フランス代表チーム等がある一方,チェコやトルコの代表チーム等の人気の劣るものも含まれていた。上記の重要なライセンサーは,傘下のクラブチーム数が多く,料金交渉は難航が予想される交渉相手であった。
原告が担当していた上記業務の負荷比率について,Dマネージャーは,①契約交渉の業務は10パーセント程度,②ライセンサーからの素材入手の業務は20パーセント程度,③制作部門への素材供給・制作物の受取の業務は30パーセント程度であり,④監修業務については,契約交渉が行われる場合にはおおよそ40パーセント程度,複数年契約により契約交渉がない場合にはおおよそ50パーセント程度であるという認識である。
[甲24,乙12,証人Dの証言]
b 原告は,海外サッカーライセンス業務のほかに自動車ゲームに係る海外自動車メーカー等をライセンサーとするライセンス業務も担当していた。このライセンサーは,いずれも従来からライセンス契約を締結していたライセンサーであり,その業務の重要度,難易度等は,海外サッカーライセンス業務と比較してかなり低いものであった。
[乙12,証人Dの証言,原告本人尋問の結果]
(イ) 担当業務の遂行状況
a 原告は,平成19年12月に妊娠が判明したが,妊娠35週目までは通常どおりの勤務をし,平成20年2月には海外出張をしてフランス,ドイツ,オランダに赴き,ライセンサーとライセンス取得のための交渉を行った。
原告は,同年7月から本件産休を取得し,長期の休暇に入ることが予定されていたため,被告は,原告の担当業務をDマネージャーに引き継がせることにした。
他方,原告は,担当業務の遂行とその引継作業を行う一方,同年5月27日から同年6月2日までの間,結婚に伴う慶弔休暇を取得した。また,原告は,同年7月9日から夏季休暇を取得し,同月16日から本件産休に入った。以上の間の原告の出勤状況は,平成20年6月度(同年5月16日から同年6月15日)が休暇取得日数8日,出勤日数13日,同年7月度(同年6月16日から同年7月15日)が休暇取得日数6日,出勤日数16日であった。
[甲24,乙12,証人Dの証言,原告本人尋問の結果]
b 平成20年度における原告の各ライセンサーに対する担当業務である①契約交渉の業務(以下「業務①」という。),②ライセンサーからの素材入手の業務(以下「業務②」という。),③制作部門への素材供給・制作物の受取の業務(以下「業務③」という。),④監修業務(以下「業務④」という。)の遂行状況は,以下のとおりである。
[甲18,20,22,乙12,証人Dの証言,原告本人尋問の結果]
(a) FIFPRO
業務① 原告は,Dマネージャーと分担して対応したが,販売分析資料を作成したにすぎない。
業務② 原告の対応なし。Dマネージャーが担当した。
業務③ 同上
業務④ 同上
(b) フランスリーグ
業務① 原告の対応なし。
業務② 原告は,Dマネージャーと分担して対応し,7割程度完了した。
業務③ 原告の対応なし。Dマネージャーが担当した。
業務④ 同上
(c) フランス代表(業務②及び業務③につき国代表チーム)
業務① 原告は,一人で対応し,完了させた。
業務② 原告は,Dマネージャーと分担して対応し,7割程度完了した。
業務③ 同上
業務④ 原告の対応なし。Dマネージャーが担当した。
(d) UEFA(欧州サッカー連盟)
業務① 原告は,一部を対応したが,契約書の最初のドラフトをチェックしたにすぎず,残りはDマネージャーが対応した。
業務② 平成20年度は同業務の対応は不要であった。
業務③ 同上
業務④ 同上
(e) スラビアプラハ(チェコサッカーリーグに所属するクラブチーム)
業務① 原告は,一人で対応し,完了させた。
業務② 原告は,同僚のLと分担して対応し,7割程度完了した。
業務③ 原告の対応なし。Lが担当した。
業務④ 同上
(f) チェコ代表(国代表チーム)
業務① 前年度中に完了しており,平成20年度は同業務の対応は不要であった。
業務② 原告は,一人で対応し,完了させた。
業務③ 同上
業務④ 同上
(g) スタッド・ルイ2(モナコのサッカースタジアム)
業務① 原告は,一人で対応し,完了させた。
業務② 同上
業務③ 同上
業務④ 原告の対応なし。
(h) トルコ代表(国代表チーム)
業務① 平成20年度は契約期間内にあるため同業務の対応不要。
業務② 原告は,一人で対応し,完了させた。
業務③ 同上
業務④ 同上
(i) Fenerbahce(トルコサッカーリーグに所属するクラブチーム)
業務① 前年度中に完了しており,平成20年度は同業務の対応は不要であった。
業務② 原告の対応なし。Kが引き継いで担当した。
業務③ 同上
業務④ 同上
(j) Galatasaray(トルコサッカーリーグに所属するクラブチーム)
業務① 前年度中に完了しており,平成20年度は同業務の対応は不要であった。
業務② 原告の対応なし。Kが引き継いで担当した。
業務③ 同上
業務④ 同上
(k) Besiktas(トルコサッカーリーグに所属するクラブチーム)
業務① 原告は,一部を対応したが,前年度中に別のライセンス部の従業員が基本合意を取り付けていた。
業務② 原告は,一部を対応したが,ライセンサーに対して素材送付の依頼をしたにすぎない。
業務③ 原告の対応なし。Kが引き継いで担当した。
業務④ 同上
c 平成19年4月1日から平成20年3月31日までの査定対象期間における原告の勤務評価(最終評価)の点数(平均値は3)は,上記配置換え前のグローバルコンテンツ推進部北米グループにおけるものは2.7,配置換え後のライセンス部におけるものは3.1であった。ライセンス部におけるコミットメント評価の「一次評価者又は最終評価者」欄には,「ライセンス業務のだいたいのところを理解できていると思われる。繁忙期の監修は未体験であるために,その時期までにより一層の理解を深めていただきたい。」とのコメントが付されている。
[乙2の2・3]
ウ 本件育休開始後から本件復職までの事実関係
(ア) 原告は,本件育休開始当時(平成20年10月1日),平成21年2月15日まで育児休業を取得することを予定していた。
原告は,平成20年12月,復職の時期について相談するため,Dマネージャーと面談した。同面談において,原告が,子どもを平成21年4月に保育園に入園させるに当たって1,2週間の慣らし保育期間があることや入園前に済ませておくべく予防接種があることなどを伝え,これに対し,育休期間を2か月延長することができることを知っていたDマネージャーが,休まなくてはならない日が何日かあることが既に分かっているのであれば,無理して同年2月に復帰するのではなく,子どもが入園した後の同年4月以降に復職してはどうか,まずは子どものことを考えてみてはどうかなどの趣旨の話をしたところ,原告は,これを受け入れ,同月に復職することを決定した。なお,その際,原告は,Dマネージャーに対し,フルタイムのベビーシッターを確保したので,なるべく業務に支障が出ないよう最大限努力したいと考えていることを伝えた。
[甲24,乙12,証人Dの証言]
(イ) 原告は,平成21年3月10日,被告の人事部から,復職後に育児短時間勤務を希望するかどうかを問い合わせるメールを受け取り,同月11日,育児短時間勤務に関する質問をまとめたメールを被告の人事部へ送信した。
被告の人事部は,同月12日,原告に対し,同メールに対する返答として,①育児短時間勤務は途中で変更可能である,②育児短時間勤務が認められる期間は子が小学校に入学する年の3月31日までである,③所定労働時間(7時間45分)に満たなかった時間分については給与から控除されることになる,④育児短時間勤務の場合であってもみなし残業時間(時間外労働30時間,深夜労働10時間)の適用があり,月に30時間を超えて勤務することがあった場合には残業手当の支給対象となる,⑤勤務を短縮する時間は15分から1時間45分までの15分単位で認められ,1日5時間以上の勤務が原則である旨のメールを送った。
原告は,同月19日,被告に対し,メールにより,同年4月16日から復職した後は授乳の関係で午前10時30分から午後5時までの育児短時間勤務をしたいこと,その期間は年内12月までを希望するとして,本件時短申出をした。これにより,原告の復職日が同年4月16日であること,復職後は午前10時30分から午後5時までの育児短時間勤務となることが決定した。
[甲24,乙5の1~4,12]
(ウ) B部長は,原告の復職日が決定したことから,原告の復職後の担当業務について検討を開始したが,そのころ,ライセンス部においては,国内ライセンス業務を担当していたC氏の同業務に対する適性及び能力に問題があって業務が停滞しており,C氏を他部署に異動させる検討が進んでいた。そのため,B部長は,C氏の後任に間違いない者を割り当て,国内ライセンス業務を完遂させることを優先させることを考えた。また,同時期には,海外サッカーライセンス業務の被告側担当者が頻繁に変更することについて,FIFPRO等の重要なライセンサーからクレームを受けており,海外サッカーライセンス業務の被告側担当者を固定させる必要があった。
B部長は,以上の事情を踏まえて,他部署に異動させる予定のC氏の後任に原告を配置し,国内ライセンス業務を担当させることを決定した。
[乙11,証人Bの証言]
(エ) 平成21年4月6日,被告の人事部のN(以下「N」という。)とDマネージャーは,原告と面談し,原告に対し,復職後の勤務条件として,①育児短時間勤務により実労働時間が変動し,1日の勤務時間が7時間45分に満たない部分は給与から控除されること,②国内ライセンス業務の担当者1名がライセンス部から異動することが見込まれることから,原告は異動予定者が担当していた業務を担当することになること,③この業務の変更に伴って原告の役割グレードが「B-1」から「A-9」に変更となり,これにより年俸額も,役割報酬500万円,成果報酬0円,調整報酬20万円の合計520万円となることを伝えた。
[甲24,乙12]
(オ) 原告は,上記の伝達内容に納得がいかず,同月7日,労働基準監督署に電話をかけ,育児休業後に業務内容が変更され,年俸も大幅に減額されたことは法律上違法ではないかと相談したところ,職員から,違法である可能性を示唆された。同月9日,原告は,被告に対し,メールを送り,役割グレードを本件産休前の「B-1」から「A-9」に引き下げたことにつき,雇用機会均等法が産休・育児による不利益取扱いを禁止していることに違反するものと見られる可能性があるとして,再考を求めた。
[甲7の2]
(カ) Dマネージャーは,同月10日,被告の人事部のFマネージャー(以下「Fマネージャー」という。)及びNとともに,原告と面談を行い,再度,原告の復職後の業務内容と役割グレードについて説明するとともに,役割グレードの変更はあくまで担当業務の変更に伴うものであることを説明した。これに対し,原告は,年俸の減額について不満があるとして,本件時短申出を取り下げるならば役割グレードについての決定は変更されるのかと尋ねた。Dマネージャーは,そのような質問に答える立場にないことから明言を避けたが,海外サッカーライセンス業務の繁忙期の大変さを踏まえ,原告に対し,「正直,遅くまで仕事をするということは難しいのではないか。」などと述べた。原告は,納得せず,ライセンス部のB部長からの説明を求めた。Dマネージャーは,原告に対し,あくまで復職日は同年4月16日であることを確認の上,一旦会社に持ち帰ることを告げ,席を立った。
[甲24,乙11,乙12,証人Dの証言,原告本人尋問の結果]
(キ) 原告は,同月13日夕刻,被告に対し,弁護士に相談したところ,本件担務変更,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置は雇用機会均等法9条に違反しているとのことであり,また,東京労働局からも育児・介護休業法10条に違反している可能性があると言われたとして,「今回の決定は受け入れられないので,役割グレードに関して再度検討願いたい」とのメールを送付した。その1時間余り後,Fマネージャーは,原告に対し,役割グレードの変更は復職後の役割・責務の変更に基づき決定したものであり,これは会社の決定であって交渉事ではないとして,このことを理解し,業務に就くようにとのメールを返信した。
[甲7の3]
(ク) B部長は,同月15日,Fマネージャーとともに原告と面談し,原告に対し,再度,同月10日の面談でDマネージャーらがしたのと同旨の説明を行った上,「何も仕事がないという訳には行かないので,何とか見つけ出したのが国内ライセンス業務であった。事務処理の仕事にB-1のグレードの値段を払えない。」,「原告が早く帰ってしまった分,他の社員にしわ寄せが来る。」などの発言をした。Fマネージャーは,原告に対し,「会社からいわれた仕事をやりたくないとかいうわがままは通用しない。」,「明日から復職するんですか。」などと聞き返した。原告は,以上の説明では納得がいかなかったが,とりあえずB部長らに対し,「明日から予定通り会社に行きます。」と述べ,面談を終えた。
[甲8の1・2,24,乙11,証人Bの証言,原告本人尋問の結果]
エ 本件復職後から退職するまでの事実関係
(ア) 原告は,平成21年4月16日,ライセンス部に復職したが,担当業務は海外ライセンス業務から国内ライセンス業務に変更され(本件担務変更),これに伴って,被告は,原告の役割グレードを「B-1」から「A-9」に変更する本件役割グレード引下措置を行った。また,被告は,原告の平成21年度の成果報酬について,原告が平成20年4月1日から本件産休に入るまでの間に見るべき成果を上げていないことや本件産休後に迎えた繁忙期を経験していないことなど,前年度における原告の業務の遂行状況等を考慮して,これをゼロと査定する本件成果報酬ゼロ査定を行った。他方,被告は,激減緩和措置として,平成21年度の原告の調整報酬として20万円を支給することとした。これにより,原告の年俸額は,役割報酬がそれまでの550万円から500万円に,成果報酬がそれまでの90万円から0円に,調整報酬がそれまでの0円から20万円になり,その合計額は,それまでの640万円より120万円減少した520万円(新年俸額)となった。新年俸額は,平成21年6月15日から適用された。
[甲3,13,24,乙11,証人Bの証言]
(イ) 原告は,本件復職以降,C氏の後任として国内ライセンス業務を担当し,業務用麻雀ゲームやゲームに使用するフォント(PC用新書体)の使用に係るライセンスを取得する業務(ライセンスイン業務)を行うことになったほか,ライセンスアウト業務も担当するようになった。さらに,原告は,以上の業務に加え,前任者のC氏によってもたらされた業務の停滞等への対応を任された。これらの業務は,いずれも海外サッカーライセンス業務と比較して難易度が低く,裁量性にも欠けるものであった。
[甲24,乙11,証人Bの証言,弁論の全趣旨]
(ウ) 原告の代理人弁護士は,同年6月4日,内容証明郵便により,被告に対し,同年4月15日の面談の際,Fマネージャーが本件役割グレード引下措置は会社からの期待値が変更されたことによる降格であるとの説明があったとして,本件各措置について,「原告が出産し本件育休等法律によって保障された権利を行使したためにされた不利益な処分に当たり,育児・介護休業法10条,雇用機会均等法6条1号,3号,9条3項に違反する違法な行為であって,民事上不法行為(民法709条)を構成し,かつ,日本政府が批准した女性差別撤廃条約にも違反し,原告の人権を著しく侵害するものである」ことなどを理由として,その撤回等を求めた。
他方,被告の代理人弁護士は,同年6月11日,内容証明郵便により,本件役割グレード引下措置はあくまで担当業務の変更に伴うものであり,決して被告の原告に対する期待値が変更されたことによる降格ではなく,また,Fマネージャーが原告の代理人弁護士が取り上げたような説明を行った事実もないと反論した上,被告としては,原告が本件育休等から復帰したばかりで,その健康等に配慮する必要があること,原告本人からも年末までの育児短時間勤務の措置の申出がされている状況下で,復帰直後から海外ライセンサーとの深夜にわたる折衝を行う業務に従事させることは困難であると判断した結果,海外ライセンス業務より時間の都合がつきやすく,また,比較的負担の少ない国内ライセンス業務への配置転換を行ったものである旨述べ,本件各措置の撤回等には応じられない旨の回答をした。
[甲8の1・2,11]
(エ) 原告は,同年6月16日,当庁に本件訴訟を提起した。
(オ) 被告は,同年9月中旬ころ,ライセンス部で海外サッカーライセンス業務を担当していたKが退職することになったことから,原告に対し,海外サッカーライセンス業務への異動を提案した。しかし,原告は,同年10月19日,原告の訴訟代理人弁護士を通じて,役割グレードだけを「B-1」に戻すが,年俸額はそのままというのは被告の従来の主張と矛盾するなどとして,同提案を拒絶した。被告は,同月28日,被告の訴訟代理人弁護士を通じて,原告に対し,同提案を撤回する旨を伝えるとともに,年俸額の改定を行わないものとしたのは年俸規程20条2項によるものであることを申し添えた。
[甲30,31]
(カ) 原告は,平成22年2月,被告を退職した。
オ 被告会社において平成18年5月(本件人事制度適用開始日)以降に産前産後休業,育児休業を取得したa社員27名の休業前年俸・役職グレード,復職時年俸・役職グレード,育児短時間勤務の措置の適用の有無等の内訳は,別紙3のとおりである。このうち,番号25が原告である。
[弁論の全趣旨]
(2)  以上(1)の認定事実(以下「上記認定事実」という。)によると,被告は,原告が本件育休等を終えて本件復職をした際,原告をライセンス部における海外ライセンス業務から国内ライセンス業務へ担当業務を変更するという本件担務変更を行い,これに伴い,当該業務変更により原告が新たに就く国内ライセンス業務についての役割グレードを決定する本件役割グレード引下措置を行い,原告の年俸のうち役割報酬についてはこの決定された役割グレードに対応する役割報酬額となったことが認められ,これらは一連の関係にあるといえる。他方,原告の年俸のうち成果報酬については,年俸査定期間中の原告の成果を査定して決められたものであり,上記の措置等とは連動した関係にあるものということはできない。また,本件裁量労働制適用排除措置も,原告からの本件時短申出に基づき育児短時間勤務の措置を行うことが決定され,被告は,これに伴って,時間管理区分の見直しとして,本件裁量労働制適用排除措置を行ったことが認められるから,上記の措置等とは連動した関係にあるものということはできない。
本件各措置を構成する以上の措置等がこのような関係にあることを前提として,以下検討する。
(3)  本件担務変更の無効(人事権の濫用)について
ア 本件担務変更は,原告の担当業務を所属するライセンス部内において海外ライセンス業務から国内ライセンス業務に変更するものではあるが,上記認定事実アによれば,上記両業務の業務内容は実質的に異なるものと認められるから,配置転換そのものではないとしても,それに準ずるものと解するのが相当である。
上記前提事実(2)アの(ア)b(a),(ウ)cによると,a社員就業規則及びこれに根拠を置くものであってその一部を成す育休規程には,被告は,業務上必要があるときは,a社員に対し,職場転換,職種・職位の変更,勤務場所の変更等を命じることができ,これに対して,a社員は,正当な理由がなければこの命令を拒むことはできない旨の定め(a社員就業規則12条),及び,被告は,育児休業期間が終了した従業員が復帰した後は,原則として休業開始日の前日に配置されていた部署に配置することとするが,育児休業期間中に組織の変更があった場合,業務量の変化によりその部署の人員が削減された場合,その他人事上の都合がある場合には,他の部署に配置換えすることがある旨の定め(育休規程10条2項)がある。したがって,被告は,上記各規定に基づき,その人事権の行使として,業務上必要がある場合には,配置転換ないしそれに準ずる担当業務の変更を行う権限を有するものと解される。
そうすると,被告は,業務上の必要に応じて,人事権の行使としてその裁量によりa社員の勤務場所(本件では担当業務)を決定することができるというべきであるが,これを濫用することは許されないことはいうまでもないことであり,本件担務変更について,業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,それが他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるなどの事由がある場合には,人事権の濫用として無効となると解するのが相当である(最高裁昭和59年(オ)第1318号同61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。
イ 上記認定事実によれば,本件担務変更に関わる事実関係の概要は,以下のとおりである。
(ア) 原告は,本件産休以前はライセンス部の海外ライセンス業務に就いており,そのうちの主たる業務は海外サッカーライセンス業務であった。原告が海外サッカーライセンス業務において担当したライセンサーには,FIFPRO,フランスリーグ,フランス代表チーム等の重要なライセンサーを含んでいた。
(イ) 原告は,妊娠が判明した平成19年12月以降も妊娠35週目までは通常どおりの勤務をし,平成20年2月にはフランス,ドイツ,オランダに海外出張をしてライセンス取得のための交渉を行ったが,その後は,同年7月から本件産休を取得して育児休業明けまで長期間の休業に入ることを予定して,業務の引継ぎを行いながら通常業務を行い,同月16日から本件産休に入った。原告が担当していた海外サッカーライセンス業務は,主としてDマネージャーが引き継いだ。
(ウ) 海外サッカーライセンス業務は,上記認定事実ア(イ)のとおり,①契約交渉の業務,②ライセンサーからの素材入手の業務,③制作部門への素材供給・制作物の受取の業務及び④監修業務からなり,このうち④の業務の負担が全体の40ないし50%の割合を占めるものである。原告が担当していた海外サッカーライセンス業務については,原告が担当した上記の重要なライセンサーが欧州のライセンサーであり,欧州のサッカーリーグが5月ころに終了することから,それ以降でないと②の業務に取り掛かることができず,通常10月中旬から下旬に設定されるサッカーゲームの発売日に合わせるために④の業務は概ね7月上旬から8月上旬に集中して行われ,そのため,この約1か月間が最も忙しく,かつ,負荷の掛かる繁忙期に当たる。原告が本件産休に入った同年7月16日は,この繁忙期に差し掛かっていた時期であり,同日以降に行うべき原告が担当していた海外サッカーライセンス業務で未了のもののうち,重要なライセンサーに関するものはDマネージャーが引き継いで行い,その他のライセンサーに関するものはK及びLが引き継いで(ただし,Lについては元々原告と分担していた業務を含む。)行った。
(エ) 原告は,当初,平成21年2月15日まで本件育休を取得することを考えていたが,平成20年12月に行われた原告とDマネージャーとの間の面談において,復職時期を平成21年4月とすることになった。また,原告は,同年3月中に被告の人事部職員との間で育児のための時間短縮勤務に関する問い合わせ及び応答に関するやりとりを行い,同月19日,復職日を同年4月16日とし,同日から同年12月までの間,午前10時30分から午後5時までの短時間勤務をすることを内容とする本件時短申出を行い,その内容による育児短時間勤務の措置を受けることが決まった。
(オ) B部長は,原告の復職日が決定したことから,原告の復職後の担当業務の検討を開始した。B部長は, 海外サッカーライセンス業務において,重要な海外のライセンサーであるFIFPRO,フランスサッカーリーグ及びフランス代表チーム側の各担当者又は代理店から,被告側担当者が頻繁に変更することについてクレームを受け,これに対して被告側担当者を固定させる必要があったこと, ライセンス部において,国内ライセンス業務を担当していた者で適性及び能力に問題があったC氏を異動させ,その後任として間違いのない者を割り当て,国内ライセンス業務の完遂を優先させる必要があったことを考慮して,原告をC氏の後任に配置し,原告にC氏が行っていた国内ライセンス業務を担当させることを決定した。
なお,平成18年以降のライセンス部における海外ライセンス業務担当者の入れ替わりの状況は,上記認定事実ア(イ)cの(a)~(j)のとおりである。このうち,原告が本件産休に入った以降の原告が担当していた海外サッカーライセンス業務に係る担当者は,当初はDマネージャー,L及びKの3人体制であったところ,平成20年11月にLが体調不良を理由に他部署に異動したため,DマネージャーとKの2人体制となった上,新年度の契約交渉の業務を開始する時期が迫っていて早急な人員補充が必要であったことから,ライセンス部からその旨の要請を行い,MがLの後任として異動してくることになったが,異動元での引継ぎ等に手間取り,平成21年1月になってようやくMがライセンス部に異動して3人体制に戻ったという経過がある。
ウ(ア) 上記イの事実関係に照らすと,原告が本件育休等を取得する前に担当していた海外サッカーライセンス業務を主とする業務は,原告が本件育休等を取得して長期間(当初の予定では7か月間,実際は9か月間)休業することから,Dマネージャーらにより引き継がれ,それ以後,これらの者により当該業務が遂行されていたものであることが認められるところ,その業務遂行に特段の支障等があったことをうかがわせる事実関係を認め得る証拠はない。以上に加えて,被告は,海外サッカーライセンス業務に係る重要なライセンサーから被告側担当者の頻繁な交替についてクレームを受けていて,被告側担当者を固定化する必要があったことが認められることからすると,本件復職時に改めて原告を本件育休等を取得する前に従事していた海外サッカーライセンス業務に就けることについては,その必要性は認め難く,ライセンサーとの関係維持の観点からは,困難な状況にあったものということができる。
また,原告は,本件復職に際して平成21年12月まで上記イ(エ)の内容の育児短時間勤務の措置を求める本件時短申出をしていたことからすると,原告が本件育休等を終了して本件復職をする際に,原告を業務内容の実際が上記認定事実ア(イ)bのようなものである海外サッカーライセンス業務に戻すことは,業務遂行の観点からも,困難な状況にあったものということができる。
他方,原告が本件復職後に充てられた業務は,本件産休前に所属していたライセンス部内の国内ライセンス業務であり,所属部署自体の変更を伴うものではなく,また,同業務の前任者がその適性及び能力に問題があって同業務の停滞を招いていたため,同人を異動させ,その後任者として間違いのない者を置いて同業務を完遂させる必要があったものであるところ,原告は同業務の適任者と判断される者であったのに対し,同業務以外に原告を充てるのがより適当であった業務が他に存在していたことをうかがわせる証拠はない。
(イ) 本件担務変更は,産前産後休業及び育児休業を取得して業務を離れた原告が復職するに当たってされたものであることからすると,使用者の育児・介護休業法10条に定める不利益取扱いの禁止,同法22条に定める育児休業後における就業が円滑に行われるようにするために使用者において必要な措置を講じるように努める義務,雇用機会均等法9条3項に定める不利益取扱いの禁止との抵触の有無も考慮しなければならない。
このうち育児・介護休業法10条に定める不利益取扱いの禁止に関してみると,同法の解釈運用指針として発出されている育介指針において,労働者が育児休業等を取得したこととの間に因果関係がある解雇,降格,不利益な配置転換等は同条にいう不利益取扱いに当たるとしている。しかしながら,本件担務変更の背景,内容等については上記(ア)で説示したものであることに照らすと,本件担務変更が原告において本件育休等を取得したことを理由としてされたものと解することはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
次に,同法22条に定める育児休業後における就業が円滑に行われるようにするために使用者において必要な措置を講じるように努める義務に関してみると,育介指針では,原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われているものであることを配慮することとし,育休通知では,原職相当職と評価されるためには,①休業後の職制上の地位が休業前のそれより下回らないこと,②休業の前後で職務内容が異なっていないこと,③休業の前後で勤務する事業所が同一であることのいずれにも該当することが必要であるとしている。しかしながら,同条は努力義務を定める規定であると解されるものであり,上記の育介指針及び育休通知がいうところも,努力義務の内容を具体的に示したものであって,原職又は原職相当職に復帰させなければ直ちに同条違反になるものとは解されない。そして,上記(ア)で説示したとおり,本件復職に当たり原告を就かせることができる最善の業務が国内ライセンス業務であったという事情の下では,本件担務変更が同条に抵触する違法なものと断ずることはできない。
最後に,雇用機会均等法9条3項に定める不利益取扱いの禁止に関してみると,同法の運用解釈指針として発出されている均等指針では,女性労働者が妊娠し,出産したこと又は産前産後休業をしたことを理由として,解雇,降格,減給,不利益な配置の変更を行うことは同条にいう不利益取扱いに当たるとしている。しかしながら,本件担務変更の背景,内容等については上記(ア)で説示したものであることに照らすと,本件担務変更が原告において本件育休等を取得したことを理由としてされたものと解することはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
以上のことからすると,本件担務変更は上記各法律の規定に抵触するものということはできない。
(ウ) 以上によれば,本件担務変更は,業務上の必要性に基づいて,上記アで説示した被告の配置転換に係る人事上の権限の行使として行われたものということができ,本件復職に際して原告に充てる業務の選択の観点からみても,不合理な点は見いだせない。
エ 本件担務変更に関する原告の主張の検討
(ア) 原告は,上記第2の4(1)【原告の主張】イ(イ)bの(a)~(e)で述べる事情から,本件担務変更を行う業務上の必要性が全くなかった旨主張する。
しかし,同(a)の主張(海外ライセンス業務は人員の補充を必要としていたこと)については,上記イの(ウ),(オ)の事実関係のとおり,原告が担当していた海外サッカーライセンス業務等のうちDマネージャーらに引き継いだものは,一時期2人体制になった時期があったものの,3人体制で遂行されたこと,海外サッカーライセンス業務の被告側担当者の固定化という必要があったことからすると,海外ライセンス業務が多忙であり,人員補充の必要性があったとしても,原告を海外ライセンス業務に復職させないことが直ちに不合理であるとはいえない。したがって,同主張は採用するには至らない。
同(b)の主張(海外ライセンス業務部門には原告の復職時に空席にしておくことが可能なポストがあったこと)については,同主張がいう「空席にしておくことが可能なポスト」とは,平成20年11月に異動したLのポストをいうものと解されるが,上記イ(オ)の事実関係のとおり,ライセンス部では,Lの異動に対して直ちに人員の補充を要請し,MがLの後任として異動することになったのであり,原告が復職するまでLのポストを原告のために空けておく余裕はなかったものと認めるのが相当である。なお,Mは,異動元での引継ぎ等に手間取ったという事情により,異動時期が平成21年1月まで遅れたという結果になったが,このことは,上記判断を左右するものではない。したがって,同主張は採用することができない。
同(c)の主張(海外ライセンス業務に係るライセンサーからクレームが出された事実がないこと)については,上記認定事実と異なる事実関係を前提とするものであり,採用することができない。なお,原告の陳述(甲24)及び原告本人尋問における供述の中には,原告の主張に沿う部分があるが,本件産休に入るまでのライセンス部における短期間の業務体験を基にした推測を述べるにすぎないというべきものであり,にわかに信用することができず,他に原告の主張事実を認め得る証拠はない。
同(d)の主張(原告の復職が決定した時点においてC氏のポストが空席の状態ではなかったこと)及び同(e)の主張(C氏の後任に原告を充てる人選は合理性がないこと)については,本件担務変更がC氏の異動を前提としたものであるといえるところ,上記認定事実ウ(ウ)のとおり,C氏には担当していた国内ライセンス業務の適性及び能力がなく,担当業務を変更する必要性があったことが認められ,他方,原告は,C氏の後任者として適性,能力を欠く者でなく,原告をC氏の後任者とする判断に不合理な点は認められないことは,上記説示のとおりである。したがって,これらの主張も採用することができない。
(イ) 次に,原告は,上記第2の4(1)【原告の主張】イ(イ)cで述べる事情から,本件担務変更について,被告が有している強固な性別役割分担観や子育てをする女性従業員の業務遂行能力は一律に低下するという偏見に基づく不当な動機,目的によるものである旨主張する。
上記認定事実ウ,エによれば,本件復職前に原告がDマネージャー,B部長と面談した際に,Dマネージャーが「正直,遅くまで仕事をするということは難しいのではないか」などと発言したこと(平成21年4月10日の面談),B部長が「原告が早く帰ってしまった分,他の社員にしわ寄せが来る。」などと発言したことが認められるほか,被告の代理人弁護士が同年6月11日に原告に送付した内容証明郵便中では,被告としては,原告が育児休業から復帰して間がなく,原告の健康や育児への配慮が必要であること,原告本人からも年末までの育児短時間勤務の希望申出がされている状況下で,復帰直後から海外との深夜にわたる折衝を行う必要性がある業務に従事させることは困難であると判断した結果,海外ライセンス業務より,より時間の都合がつきやすく,また比較的負担の少ない国内ライセンス業務への配置転換を行った旨の説明をした事実が認められる。
しかし,これらの発言等の内容は,育児休業直後の乳児を持つ原告が本件産休以前と同じ態様で働くことが現実的に困難であることを慮った発言等であると解されるものであり,これらの発言等をもって,被告及び原告の上司が強固な性別役割分担観や子育てをする女性従業員の業務遂行能力は一律に低下するという偏見を有していることの根拠となるものとはいい難く,他にこの点を的確に認め得る証拠はない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,被告に対し,Dマネージャーを介して,原告が復職後に従前どおり海外ライセンス業務(特に残業)に従事できるようにベビーシッターを雇用するなどの万全の態勢を整えていることを伝えたのに,これを一顧だにしなかったことを,上記主張の根拠の一つとして挙げている。
しかし,上記認定事実ウ(イ)のとおり,原告は,本件復職に当たり本件時短申出を行い,育児短時間勤務の措置を受ける者となったのであるから,そもそも残業を予定しない勤務を行う意向を示していたものということができる。また,原告が育児短時間勤務の措置を求める本件時短申出をしたのは,a社員就業規則及び育休規程に基づく原告の権利として行ったものであって,育児短時間勤務の措置を認めた被告が原告に残業を命ずることは,原告の当該権利を実質的に侵害することになるから,原告がその業務に支障が出ないようにフルタイムのベビーシッターを雇用したことを被告に伝えていたとしても,それによって,被告が原告を無条件に本件産休前の業務態様と同じ態様による業務遂行を命ずることができることにはならないというべきである。原告が挙げる上記事情も,原告の上記主張の根拠となり得るものではない。
(ウ) さらに,原告は,本件担務変更について,被告において原告から事前に意向聴取及びその必要性についての説明もせずに,決定事項である,交渉事ではありませんなどと述べて,一方的に通告したものであり,本件担務変更を行うに当たり必要な手続,手順を全く踏んでいない旨主張する。
被告が,a社員に対し,業務上必要がある場合には,a社員就業規則等に基づく人事権の行使としての配置転換を行う権限を有することは,上記アで説示したとおりであり,被告において,従業員の配置転換をするにつき事前の意向聴取や説明を必要とすることを定める労働契約,就業規則等の規定があることを認めるに足りる証拠はない。そして,被告と原告との間において原告が海外ライセンス業務のみを行う旨の合意が存在することがうかがえない事情の下においては,被告は,原告の個別的同意なしに配置転換をすることができるものというべきであり,また,本件においては,上記認定事実ウの(エ),(カ),(ク)のとおり,本件復職前の平成21年4月6日,同月10日及び同月15日の3回にわたり,Dマネージャー,B部長,被告の人事部のN又は同Fマネージャーから原告に対し,本件復職後の原告の勤務内容等について説明がされている。したがって,上記主張は採用することができない。
(エ) 最後に,原告は,上記(ア)~(ウ)の各主張を踏まえて,本件担務変更は,何ら合理的理由のないものであり,原告の能力,才能を一切顧みることなく,原告が育児休業等を取得して復職した女性である,あるいは原告が子を持つ女性であることのみを理由として,定型的な性別役割分担の観念に基づいて原告を差別的に取り扱った行為である旨主張するが,同主張の前提とする上記(ア)~(ウ)の主張がいずれも採用することのできないものであることは上記説示のとおりであり,本件担務変更について,他に子を持つ女性であることのみを理由として原告を差別的に取り扱った行為であると認めるに足りる根拠となる事実関係を認め得る証拠はない。
オ 以上説示したこと及び他に本件担務変更が被告の人事権を濫用したものと評価し得る特段の事情は認められないことからすると,本件担務変更自体をもって被告の人事権を濫用したものということはできない。
(4)  本件役割グレード引下措置の無効(人事権の濫用)について
ア 被告のa社員に係る本件人事制度の内容は,上記前提事実(2)アのとおりであり,被告の本件報酬体系の内容は,上記前提事実(2)イのとおりである。これによると,被告では,会社内の職務をそれぞれの職務価値に応じて等級(被告においては役割クラス)を分類し,各等級ごとに一定数の段階(被告においてはグレード)を設定し,従業員ごとに決定される職務の等級及び各等級内の段階(被告においては役割グレード)により年俸を構成する役割報酬の額が自動的に定まる仕組みになっている。そして,a社員の役割グレードは,年俸査定期間中にa社員が担当する職務の業務レベルと業務遂行能力に応じて決定され,年齢や経験年数が直接反映されるものではない。以上によると,a社員に係る本件人事制度及び本件報酬体系は,いわゆる職務等級制に分類される人事・報酬制度であると解される。この制度は,年功序列制や職能資格制度とは異なる成果主義の考え方を取り入れた制度であって,一般的に認められている人事・報酬制度であり,被告における上記のa社員に係る本件人事制度及び本件報酬体系について不合理とする特段の事情は認められない。
イ 上記前提事実(3)のア,イ及び上記認定事実アによれば,原告の役割グレードの変遷に関する事実関係の概要は,以下のとおりである。
(ア) 原告は,本件育休等を取得する以前は,ライセンス部に所属して海外ライセンス業務を担当しており,そのときの役割グレードは「B-1」であったが,本件復職後にされた本件担務変更により,所属部の変更はなかったが,部内の別の業務である国内ライセンス業務を担当することになり,その役割グレードを「A-9」とされた(本件役割グレード引下措置)。本件担務変更は,C氏が停滞させていた国内ライセンス業務を原告に完遂させることを企図したものであった。
(イ) 海外ライセンス業務のうち原告が主として行っていた海外サッカーライセンス業務の具体的内容は,上記認定事実ア(イ)のとおりであり,業務負荷の高い仕事であった。他方,国内ライセンス業務の具体的内容は,上記認定事実ア(ウ)のとおりであり,海外ライセンス業務と比較して,一般的に定型的で裁量性に欠ける業務であった。そして,原告が本件担務変更により引き継ぐことになったC氏が担当していた国内ライセンス業務の内容は,上記認定事実ア(ウ)b(a)のとおりであり,C氏の役割グレードは「A-8」であった。
(ウ) C氏と同時期に国内ライセンス業務を担当していたE氏の具体的な担当業務の内容は,上記認定事実ア(ウ)b(b)のとおりであり,同業務は,難易度や重要度の点において海外サッカーライセンス業務に近い評価がされていたものであった。E氏の役割グレードは「A-10」であった。
ウ 上記前提事実(2)ア(イ)によると,被告が採っている役割クラスの区分の目安は,Aクラスについては,個人の業務遂行能力を高め,成長(育成)を重視するステージであり,業務グループ等の構成員の一員として,一定範囲の担当職務をグループ等のために責任をもって確実に遂行する役割を担えるかどうかであり,Bクラスについては,個人の成長(育成)とともに組織の目標に対する貢献(成果)が求められるステージであり,業務グループ等のグループリーダー相当職として,業務リーダー的な立場から,Cクラスを補佐し,Aクラスを指導,リードする役割を担えるかどうかというものである。
上記イのとおり,原告は,海外ライセンス業務を担当していたときの役割グレードは「B-1」であって,Bクラスの中で最も低い位置付けであり,本件担務変更後に担当することとなった国内ライセンス業務の役割グレードは「A-9」であって,Aクラスの中で上から2番目の位置付けであるところ,上記前提事実(2)ア(イ)b(b)によれば,「A-9」という役割グレードは「A-10」と並ぶレベルであって,担当業務を任せ,確実に遂行することができる知識,経験が備わっていると判断され,求められた期間・水準により完結させていくことができる「A-8」より上のレベルであり,以上のことに加えて,知識,経験,業務状況等から判断してスタッフへの指導も十分にでき,更に上位のクラスが狙えるレベルであることが認められる。そうすると,「B-1」と「A-9」ないし「A-10」とは,隣接するレベルの役割グレードであり,その間にはそれほど大きな隔たりがあるものではないと解される。
そして,上記認定事実イ(イ)cによると,平成19年4月1日から平成20年3月31日までの年俸査定期間内における原告の勤務評価(最終評価)の点数は,ライセンス部に移る前のグローバルコンテンツ推進部北米グループにおけるもの(平成19年9月までのもの)は2.7,ライセンス部におけるもの(同年10月以降のもの)は3.1であり,ライセンス部における評価点は,平均値である3を若干上回る程度のものであったことが認められることからすると,原告は,海外ライセンス業務に従事する者として「B-1」の役割グレードが付されていたが,その業務遂行は平均的なレベルにあったものであり,これと平成20年4月以降の原告の業務遂行状況が上記認定事実イ(イ)のようなものであったことを併せ考えると,同月から本件産休に入るまでの間の原告の勤務評価は,上記評価点を超えるものではないと推認される。以上のことからすると,原告の海外ライセンス業務におけるグループリーダー相当職としての実績は,「B-1」という役割グレードの中で優等なものであったとはにわかに認め難い。
エ 以上ウで述べたことからすると,本件担務変更により原告が就くことになった国内ライセンス業務の役割クラス(職務価値)はAクラスに相当するものと認めることができ,そこでの原告のグレードが,C氏の「8」より1グレード上の「9」とされたことについても,原告が前任者であったC氏が停滞させていた業務を完遂する役目を担う者としてC氏よりも上のレベルの能力評価がされたことによるものと解される一方,原告が担当する業務がE氏の業務よりも難易度等が低いものであったことを考慮した合理的理由のあるものであって,不合理なものということはできない。そして,上記(3)で説示したとおり,本件担務変更は業務上の必要性に基づくものであることを踏まえると,本件担務変更に伴う上記の内容の本件役割グレード引下措置は,被告において採用している上記アで説示した本件人事制度に適応した措置であるということができ,その内容自体も不合理なものであるといえないことは,上記説示のとおりである。
オ 本件役割グレード引下措置に関する原告の主張の検討
(ア) 原告は,本件担務変更は,原告が育児休業等を取得して復職した女性である,あるいは原告が子を持つ女性であることのみを理由として,定型的な性別役割分担の観念に基づいて原告を差別的に取り扱ったものであり,人事権を濫用したものとして無効なものであるから,これを前提とし又はこれに連動する本件役割グレード引下措置も,人事権を濫用したものとして無効である旨主張する。
しかし,本件担務変更が原告が主張するような人事権を濫用したものと認められないことは,上記(3)で説示したとおりである。したがって,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして採用することができない。
(イ) 原告は,本件役割グレード引下措置は,就業規則や労働契約上の根拠に基づかない降格を行ったものとして無効である旨主張する。
しかし,使用者が有する従業員の配置,異動等の人事権の行使は,雇用契約に根拠を有し,従業員を被告の会社組織の中でどのように活用,統制していくかという使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事項であると解されるところ,上記前提事実(2)ア(イ)のとおり,役割グレードを内容とする本件人事制度は,被告が設立されて間もないころから実施されていたものであり,被告が作成した「人事制度の手引」と題する書面によりa社員に周知されているものである。また,本件では,上記前提事実(2)ア(ア)のとおり,被告は,a社員就業規則12条1項において,業務上必要があるときはa社員の職種・職位の変更を行うことができるとしている。そうすると,本件役割グレード引下措置は,本件担務変更に伴う職種・職位の変更として行われたものと解することができるから,就業規則上にも根拠を有するものということができる。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
カ 以上説示したこと及び他に本件役割グレード引下措置について権利濫用と評価し得る特段の事情は認められないことからすると,本件役割グレード引下措置自体をもって被告の人事権を濫用したものということも,就業規則等に基づかないものということもできない。
(5)  本件年俸減額措置の無効(人事権の濫用)について
ア 本件年俸減額措置に係る事実関係
(ア) a社員の年俸を構成する役割報酬,成果報酬及び調整報酬の内容並びにそれらの金額決定の仕組みは,上記前提事実(2)イのとおりであり,これを要約すると,以下のとおりである。
役割報酬は,役割グレードに連動した報酬グレードに応じて決定されるものであり,役割報酬の額は,役割グレードが定まることによって自動的に決定されるものである。
成果報酬は,年俸査定期間中の実績に応じて支給される成果給であり,その具体的な額は,前年度の成果評価に基づく査定によって決定される。
調整報酬は,年俸の激変緩和,移行措置,中途入社その他個人の状況に応じて柔軟に支給される調整給である。
(イ) 本件年俸減額措置の内容は,上記前提事実(3)のア,イ及び上記認定事実エ(ア)のとおりであり,これを要約すると,以下のとおりである。
原告の従前年俸額は,平成20年度(平成20年5月16日から平成21年5月15日まで)の役割グレード「B-1」に対応する役割報酬550万円,成果報酬90万円,調整報酬0円,以上の合計640万円であり,平成22年6月15日まで適用された。
原告は,本件復職後,役割グレードが「A-9」となり,平成21年度(平成21年6月16日から平成22年6月15日まで)の役割報酬は,同役割グレードに対応する500万円になった(本件役割報酬減額)。成果報酬は,その年俸査定期間(平成20年4月1日から平成21年3月31日まで)中における原告の業務遂行状況において,特に原告が本件産休に入るまでの間は見るべき成果を上げていないこと及び本件産休後に迎えた繁忙期を経験していないことなどを考慮した結果,ゼロと査定され,0円となった(本件成果報酬ゼロ査定)。調整報酬は,年俸の激減緩和措置として,20万円とされた。その結果,新年俸額は,520万円となり,平成22年6月16日から適用された。
イ 上記アのとおり,a社員の年俸のうち役割報酬は,職位に当たる役割グレードと報酬額とが連動していて,役割グレードに対応して決められている一定額となるものであるから,職位が変更されれば当該変更後の職位に対応する役割報酬が支給されることになるのは,本件人事制度及び本件報酬体系上,当然の前提とされているものである。しかし,労働の対価たる賃金は,労働条件における最も重要な労働条件であり,それが減額されることは,労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えるものであるところ,本件は,勤務状況,勤務成績,能力の低下等を理由として通常行われる担務変更(配置転換)及び役割グレードの変更(引下)の事案ではなく,上記(3)ウ(イ)で述べたように,原告の勤務状況,勤務成績,能力の低下等を理由に関わらない,妊娠,出産,産前産後休業及び育児休業を取得して業務を離れた原告が復職するに当たってされた担務変更及び役割グレードの変更(引下)という原告に何ら帰責事由のない事態の下でされた人事措置により給与が減額するという不利益が生じるものである。このような不利益については,雇用機会均等法が女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の就労の確保を図ることなどを目的とし,育児・介護休業法が育児休業に関する制度を設けるとともに子の養育を行う労働者等の雇用の継続を図ることなどを目的として,原告のような立場の労働者に対する不利益取扱いを特別に禁止している趣旨にかんがみると,本件担務変更が本件復職時におけるライセンス部の業務状況等の下では合理的なものであるということができ,役割報酬については本件人事制度及び本件報酬体系に則って定まることになっているとしても,その緩和のための配慮,考慮をするのが相当であるというべきであり,このような場合に対応することを可能とするべく調整報酬が用意されていると解される。
また,成果報酬は,年俸査定期間中の実績に応じて支給される成果給という性格のものであるが,これについても,上述したことにかんがみると,年俸査定期間に産前産後休業期間及び育児休業期間が含まれる場合には,上記の趣旨を考慮した成果の査定をするのが相当であると解される。
ウ 本件年俸減額措置全体が無効であるとする原告の主張について
(ア) 原告は,本件担務変更が人事権を濫用したものとして無効であるから,本件担務変更を前提とし又はこれに連動する本件年俸減額措置も,人事権を濫用したものとして無効である旨主張する。
しかし,本件担務変更が原告が主張するような人事権を濫用したものと認められないことは,上記(3)で説示したとおりである。したがって,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして採用することができない。
(イ) 原告は,本件役割報酬減額は労働条件を変更するものであるから,労契法8条により原告の同意を必要とするところ,原告は同意をしていないから,本件役割報酬減額は同条に違反する旨主張する。
しかし,被告の本件人事制度及び本件報酬体系は,就業規則等に定められたものであって,原告を含むa社員との間の労働条件を規律するものであり,役割報酬については役割グレードの決定と連動して一義的に定まる仕組みのものであるから,本件人事制度及び本件報酬体系の下で役割グレードの決定によって当然に定まることになる役割報酬額については,a社員の個別の同意を要するものとは解されない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告は,年俸規程20条2項は,「第21条で規定している同一年俸適用期間の途中で昇職・降職等処遇条件に変更があった場合でも原則として年俸の改定は行いません。ただし,会社と従業員はその処遇条件の変更について新たに合意をしなければなりません。」と規定しているところ,本件年俸減額措置は,原告の同意なく同一年俸期間の途中に行われたものであるから,無効である旨主張する。
しかし,上記前提事実(3)イのとおり,原告の新年俸額は平成21年6月16日の年俸改訂時から適用されたことが認められるから,同一年俸適用期間の途中に役割報酬が減額され,減額された役割報酬の額による年俸が支給されたことをいう上記主張は,失当というべきである(なお,証拠(乙6の1・2)によれば,原告の上記主張で指摘する年報規程20条2項は,平成20年5月16日に改正された規定であるが,同規定は,平成21年5月16日にただし書部分が削除される改正がされていることが認められる。)。
エ 本件役割報酬減額の無効について
(ア) 上記イで述べたとおり,a社員の年俸のうち役割報酬は職位に当たる役割グレードと報酬額が連動したものであるから,職位が変更されれば当該変更後の職位に対応する報酬額が支給される仕組みのものであるところ,原告の本件復職後の職位を定める本件担務変更及び本件役割グレード引下措置は,上記(3)及び(4)の内容のものであり,いずれも被告に委ねられた人事権の範囲内で行使されたものと認めることができるから,本件役割報酬減額自体は,被告の本件人事制度及び本件報酬体系に適合したものということができる。
加えて,従前年俸額中の役割報酬550万円と新年俸額中の役割報酬500万円との差額は50万円であり,これは役割報酬の額を基準とすると約9%の,従前年俸額を基準とすると約7.8%の減俸率であり,支給月額では毎月4万円強の減収となるものの,他方で新年俸額には調整報酬として20万円の支給が決定されている。この調整給については,被告は成果報酬に関するものである旨主張しているが,同主張事実を認め得る証拠はないので,役割報酬と成果報酬のいずれを調整するものであるのかは明らかでないが,これを役割報酬の減額を緩和するものとして扱うと,役割報酬の減額は30万円となり,これは,役割グレード「A-10」の役割報酬との差額(25万円)を埋めるまでには及ばないが,役割報酬の額を基準とすると約5.4%の,従前年俸額を基準とすると約4.7%の減俸率となり,支給月額では毎月2万5000円の減収にとどまることになり,相応の減額緩和措置になっていると評価し得るものである。
以上のことからすると,本件役割報酬減額について被告による人事権の濫用があるとまではいえない。
(イ) 本件役割報酬減額が無効であるとする原告の主張について
原告は,本件年俸減額措置を構成する本件役割報酬減額は,就業規則に基づかない措置であり,無効である旨主張する。
上記前提事実(2)イによると,被告が採用している本件人事制度に適用される本件報酬体系は,a社員就業規則に根拠を置くものであってその一部を成す年俸規程に規定されているものである。そして,本件報酬体系は,役割報酬の額は役割グレードが定まることによって自動的に決定される仕組みを採っており,このような仕組みが合理性に欠けるものでなく,かつ,役割グレードの設定が違法でない限り,この仕組みによって定まる役割報酬の額も違法とはいえないというべきである。被告が採用している本件人事制度及び本件報酬体系が合理性に欠けるものではないこと,原告が本件復職後に役割グレードを「A-9」とされたことが不合理であるとはいえないことは,上記(3)及び(4)で説示したとおりであり,役割グレード「A-9」の役割報酬の額は500万円であるから(上記前提事実(2)イ(イ)a(c)),本件役割報酬減額は,就業規則に根拠を置く本件報酬体系に基づく措置であるということができる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
オ 本件成果報酬ゼロ査定の無効について
(ア) 上記前提事実(1)イ,(2)イの(ア),(イ)b及び上記認定事実イ(イ),エ(ア)によれば,本件成果報酬ゼロ査定に関する事実関係の概要は,以下のとおりである。
a 新年俸額中の成果報酬は,平成20年4月1日から平成21年3月31日までの1年間を査定の対象としたものである(以下,この1年間を「本件査定対象期間」という。)。
b 原告は,本件査定対象期間のうち平成20年7月16日以降の期間は本件育休等を取っているため,その間の業務実績はなかった。また,原告は,本件査定対象期間のうち本件育休等を取得する前の期間において,通常の休日以外に,同年5月27日から1週間の慶弔休暇,同年7月9日から夏期休暇を取っており,本件産休取得前の2か月間の出勤状況は,同年6月度(同年5月16日から同年6月15日)が休暇取得日数8日,出勤日数13日,同年7月度(同年6月16日から同年7月15日)が休暇取得日数6日,出勤日数16日であった。
c 他方,原告は,本件査定対象期間のうち本件育休等の前の期間において,契約締結の業務(同年2月には,フランス,ドイツ,オランダへ海外出張をしている。)並びにライセンサーからの素材入手の業務及び制作部門への素材供給・制作物の受取の業務の各一部に従事し,その具体的な業務遂行内容は上記認定事実イ(イ)bの(a)~(k)のとおりである。
d 本件査定対象期間の前年度の年俸査定期間における原告の海外ライセンス業務に係る勤務評価の点数は,平均値が3のところ3.1というものであり,「ライセンス業務のだいたいのところを理解できていると思われる。繁忙期の監修は未体験であるために,その時期までにより一層の理解を深めていただきたい。」という評価者のコメントが付されていた。
e 本件成果報酬ゼロ査定の理由は,原告の平成21年度の成果報酬について,原告が平成20年4月1日から本件産休に入るまでの間に見るべき成果を上げていないことや本件産休後に迎えた繁忙期を経験していないことなど,前年度における原告の業務の遂行状況等を考慮した結果であるというものである。
(イ) 上記(ア)の事実関係によると,原告は,1年間の本件査定対象期間のうち約9か月は主に本件育休等により休業しており,この間は業務実績がないことが認められるが,本件産休を取得するまでの約3か月間は,上記認定事実イ(イ)bの内容,程度の業務実績を上げている。これらの実績は,海外ライセンス業務が繁忙期に入る前のものであり,年間の海外ライセンス業務の中では大きいものとはいえないが,少なくとも当該実績を上げている点は看過されるべきではない。また,原告の業務を引き継いだDマネージャーらは,原告の当該実績を利用し又は踏まえて残りの業務を行ったということができる。これらのことからすると,原告が上げた実績に係る成果及び引継者の実績のうち原告の実績を利用し又は踏まえたと評価できる成果部分は,原告の成果報酬の金額を決する際に考慮すべき事項であるというべきである。しかし,上記(ア)eの本件成果報酬ゼロ査定の理由をみると,この点の考慮はされていないとみざるを得ない。また,成果報酬は,原告個人の成果に対する評価のみによるものではなく,部門業績及び会社業績も考慮して決定されるものであるが(上記前提事実(2)イ(イ)b(b)ⅱ),被告が後者の各業績をどの程度考慮したかを明らかにし得る証拠はない。以上の点と上記イで説示したことを併せ考えると,原告の本件査定対象期間における実績をゼロとした査定は,査定上考慮すべき事項を考慮していないものというべきであり,本件成果報酬ゼロ査定は,成果報酬の査定に係る裁量権を濫用したものと認めるのが相当である。
(ウ) 本件成果報酬ゼロ査定が無効であるとする原告の主張について
a 本件成果報酬ゼロ査定が無効であるとする上記第2の4(1)【原告の主張】イ(エ)d(b)ⅰの主張は,上記(イ)で説示した点に関するものであり,これについての判断は,上記(イ)のとおりである。
b その余の本件成果報酬ゼロ査定が無効であるとする上記第2の4(1)【原告の主張】イ(エ)d(b)の主張のうち,同ⅱ及び同ⅲにおいて指摘している均等指針及び育介指針は,本件成果報酬ゼロ査定について当てはまるものではないから,これらの主張は失当というべきである。
同ⅳの主張は,本件成果報酬ゼロ査定が本件産休に入る前の原告の業績に対する偏見に基づく不適切かつ不公平な評価に依拠したものであるというものであるが,上記(イ)の理由により本件成果報酬ゼロ査定が裁量権を濫用したものということができるが,それが本件産休に入る前の原告の業績に対する偏見に基づいて行われたことを認めるに足りる証拠はないから,採用することができない。
カ 以上によれば,本件年俸減額措置のうち本件成果報酬ゼロ査定は人事権を濫用したものとして無効であると認められるが,その余の本件年俸減額措置の無効をいう原告の主張は,採用することができない。
(6)  本件裁量労働制適用排除措置の無効(人事権の濫用)について
ア 本件裁量労働制適用排除の経緯は,上記前提事実(3)ウのとおりである。
本件裁量労働制適用排除措置により排除された原告の裁量労働制は,企画型業務裁量労働制であり,この企画型裁量労働制は,労基法38条の4第1項柱書き所定の手続を執った使用者が同項2号所定の労働者を事業場における同項1号所定の業務に就かせたときは,当該労働者は同項3号所定の時間を労働したものとみなす制度である。そして,同項1号所定の業務とは,その性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者に委ねる必要がある業務であることのほかに,業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関して使用者が具体的指示をしないこととする業務をいう。これに対し,被告における育児短時間勤務の措置は,小学校就学の始期に達するまでの子を養育するために,所定労働時間を短縮した一定の時間だけ勤務するというものであり(上記前提事実(2)ア(ウ)d),原告については午前10時30分から午後5時までの6時間30分を労働時間とするものである(上記認定事実ウ(イ))。そうすると,育児短時間勤務の措置を受ける者については,業務遂行の時間配分に関する裁量性がないものといわざるを得ず,また,労働時間が短縮されるのであるから,短縮された一定の労働時間しか労働しない者に上記のみなし労働時間分の労働をしたものと扱うのは不合理であり,このことと,育児短時間勤務の措置を定める育休規定13条4項において,同措置を受ける間は,a社員就業規則14条に定める時間管理区分の見直しを行うことがあると定めていること(上記前提事実(2)ア(ウ)d)を併せ考えると,育児短時間勤務の措置を受ける者は企画型裁量労働制の対象者とすることを予定していないものと解するのが相当である。
以上によれば,本件裁量労働制適用排除措置は,a社員就業規則及び育休規定に基づいて行われたものということができ,これが人事権を濫用したものと認めるに足りる根拠となる事実関係を認め得る証拠はない。
イ 本件裁量労働制適用排除措置が無効であるとする原告の主張について
(ア) 原告は,本件裁量労働制適用排除措置は労働条件を変更するものであるから,労契法8条により原告の同意を必要とするところ,原告は同意をしていないから,本件裁量労働制適用排除措置は同条に違反する旨主張する。
育児短時間勤務の措置は,従業員からの申出に基づいて行われるものであり,従業員自ら労働時間に関する変更の申入れをしているとみるべきものである。原告についても,上記前提事実(3)ウ及び上記認定事実ウ(イ)によると,原告からの本件時短申出に基づき育児短時間勤務を行うことが決定され,被告は,これに伴って,時間管理区分の見直しとして,本件裁量労働制排除措置を行ったことが認められる。そして,上述のとおり,a社員が育児短時間勤務措置を受ける間は,被告において,a社員就業規則14条に定める時間管理区分の見直しを行うことができるとされていることからすると(育休規定13条4項),被告は,従業員から育児短時間勤務の申出を受けてそれが適用される場合において,改めて時間管理区分の見直しを行うにつき,当該従業員の同意を求める必要はないと解するのが相当である。
また,原告の上記主張は,原告が育児短時間勤務を申し出てその措置を受けながら裁量労働制の適用を受け得る労働者であることを前提とするものであるが,上記アで説示したところに照らし,失当というべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,本件裁量労働制適用排除措置について,短時間勤務を申し出るような女性従業員は業務の質を重視した労働評価は不可能であるとする一種の差別意識に基づくものであり,原告から裁量労働制におけるメリットを奪い,労働の評価を「質」から「時間」へ変質させるものである旨主張する。
しかし,被告が上記差別意識に基づいて本件裁量労働制適用排除措置を行ったことを認めるに足りる根拠となる事実関係を認め得る証拠はない。また,上記アで説示したとおり,育児短時間勤務と裁量労働制勤務とは両立しないものというべきであるところ,原告は,自ら本件時短申出をして労働時間を限定する措置を求めたのであるから,被告が裁量労働制におけるメリットを奪ったものと評価することはできず,この点の主張は採用することができない。さらに,労働の評価を「質」から「時間」へ変質させるとの主張は,その趣旨が必ずしも明らかではないが,本件裁量労働制適用排除措置の前後において違う点は,みなし労働時間の適用の有無にすぎず,労働の評価が質を基準とするものから時間を基準とするものに変質するというのは独自の見解というべきである。
なお,原告は,原告の年俸にはみなし時間外労働手当等が含まれていることに関連して,本件裁量労働制適用排除措置により,原告はみなし時間外労働及びみなし深夜労働の時間を超える労働を行わない限り,時間外労働手当等を支払わなくてもよい状態を作出した旨主張する。しかし,裁量労働制の適用を受けるa社員においても,裁量労働制の適用を受けないa社員においても,それぞれの年俸には同内容のみなし時間外労働手当等が含まれているのであるから,みなし時間外労働及びみなし深夜労働の時間を超える労働をしない場合には,時間外労働手当等の支払がされないことに変わりはない。したがって,上記主張は,本件裁量労働制適用排除措置に係る裁量権の濫用を基礎付ける事由には当たらない。
ウ 以上によれば,原告が主張する事由によっては,本件裁量労働制適用排除措置が人事権を濫用したものということはできず,また,その効力を否定する根拠となるものではない。
(7)  本件各措置の無効(法律違反・公序良俗違反)について
ア 憲法13条,14条違反の主張について
原告は,本件各措置が何ら合理的理由のないものであり,原告の能力,才能を一切顧みることなく,原告が育児休業等を取得して復職した女性である,あるいは原告が子を持つ女性であることのみを理由として,定型的な性別役割分担の観念に基づいて原告を差別的に取り扱った行為(以下「原告指摘の差別的行為」という。)であるから,上記規定に反する旨主張する。
しかし,本件各措置が上記主張のような行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりであるから,原告の上記主張は採用することができない。
イ 女性差別撤廃条約2条(e),同条(f),4条1項,5条(a)及び11条1項,同条2項(b)違反の主張について
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,また,本件各措置の前提となる被告の育児休業制度は,慣行上,従前の雇用関係や先任の利益を喪失させるものであって,原告に受任し難い不利益を課すものであるから,上記女性差別撤廃条約の各規定に違反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりであり,また,本件各措置の女性差別撤廃条約の各規定違反をいう主張部分は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であることを前提としているものであるから,前提を欠く失当なものである。
また,原告は,被告の育児休業制度の取得条件は男女等しいものとなっているが,その取得の結果をみると,女性従業員にとって不利益なもの(間接差別)となっている旨主張するが,上記認定事実(特に上記認定事実オの被告会社における平成18年5月以降に育児休業等を取得したa社員壇上合計27名の休業前年俸・役職グレード,復職時年俸・役職グレード,育児短時間勤務の措置の適用の有無等の内訳)によっても,上記主張事実を認めるには至らず,他に同主張事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 労基法等違反の主張について
(ア) 労基法3条違反の主張について
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,原告が子を持ったが故に原告を不利益に取り扱うものであるから,同条に違反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりであり,この点を前提とする原告の上記主張は,前提を欠くものである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 労基法4条違反の主張について
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,原告が子を持ったが故に行われた減給措置であるから,同条に違反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりであり,原告の上記主張はその前提を欠くものである。また,上記認定事実によっては,本件年俸減額措置が原告において子を持ったことを理由としてされたものと認めることはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 労基法65条,39条7項,19条1項本文違反の主張について
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,原告が産前産後休業を取得したことをもってその責めに帰する不就労とみなして,降格・減給を行ったものであるから,上記各規定に違反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりである。そして,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置は,上記(4)及び(5)で説示のとおりのものであり,上記認定事実によっては,上記各措置が,原告において産前産後休業を取得したことをその責めに帰する不就労とみなして行われたものと認めることはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(エ) 労基法67条違反の主張について
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,育児休業を取得して育児短時間勤務の申出を行った原告についてはもはやリーダー扱いができないなどの理由で降格・減給を行ったものであるから,同条に違反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりである。そして,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置は,上記(4)及び(5)で説示のとおりのものであり,上記認定事実によっては,上記各措置が,原告において育児休業を取得し,育児短時間勤務の申出を行ったことで原告をもはやリーダー扱いができなくなったことなどを理由として行われたものと認めることはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
エ 育児・介護休業法違反の主張について
(ア) 育児・介護休業法5条1項,23条1項違反の主張について
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,育児休業を取得して育児短時間勤務の申出を行った原告についてはもはやリーダー扱いができないなどの理由で降格・減給を行ったものであるから,上記各規定に違反する旨主張する。
しかし,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置は,上記(4)及び(5)で説示したとおりのものであり,上記認定事実によっては,上記各措置が,原告において育児休業を取得し,育児短時間勤務の申出を行ったことで原告をもはやリーダー扱いができなくなったことなどを理由として行われたものと認めることはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 育児・介護休業法10条違反の主張について
原告は,本件各措置が,①原告が育児休業を取得し,育児休業制度に基づく育児短時間勤務申出を行ったため,原告の期待値が下がったものとして降格・減給を行ったものであって,原告個人の能力と業績とは全く関係なく行わたものであり,②原告の業務を著しく変化させ,それに伴い原告に大きな経済的不利益を被らせたばかりか,それまでの経験や能力を活かすことができないという多大な精神的苦痛を与えたものであるから,労働者が育児休業等を取得したこととの間に因果関係がある降格,不利益な配置転換等に当たるものとして,同条の解釈指針である育介指針第2の3で示している「不利益な取扱い」に当たる旨主張する。
しかし,本件担務変更,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置は,上記(3)~(5)で説示したとおりのものであり,原告において本件育休等を取得したこと自体を理由とするものではないから,原告の上記主張は前提を欠く。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 育児・介護休業法22条違反
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,育介指針に反して,原告の役割グレードが引き下げられ,業務内容が補助的なものに変更したばかりか,被告においては原告を原職相当職に復帰させる努力が全くされていないから,同条に違反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりである。そして,本件担務変更は上記(3)で説示のとおりのものであり,担務変更(配置転換)の前提となる事実関係に照らして,その理由(本件ではB部長の判断)及び措置内容には合理性が認められるものである。
なお,同条は,育児休業取得後の復職が円滑に行われるよう必要な措置を講じることを使用者に義務付けているが,これは一種の配慮義務を定めるものであって,合理的理由のある復職後の業務変更を直ちに違法・無効なものとは解されず,また,原告が指摘する育介指針は,同条の運用指針として,「育児休業及び介護休業においては,原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われているものであることを配慮すること」と定めているが,その内容に照らすと,原職又は原職相当職に復帰させないと直ちに同条違反になるとの運用指針及び解釈を示しているものとは解されない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
オ 雇用機会均等法違反の主張について
(ア) 雇用機会均等法9条1項及び同条3項違反の主張について
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,原告が本件産休を取得したことをもってその責めに帰する不就労とみなし,降格・減給を行ったものであるから,上記各規定に違反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりである。そして,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置は,上記(4)及び(5)で説示したとおりのものであり,原告が指摘する同条3項の運用指針を示す均等指針が不利益な取扱いとなるものとして挙げている 降格や減給すること(具体的には,実際に労務の提供や労働能率の低下が生じていないにもかかわらず,女性労働者が,妊娠し,出産し,又は労基法に基づく産前休業の請求等をしたことのみをもって,賃金又は賞与若しくは退職金を減額すること), 不利益な配置の変更を行うこと(具体的には,通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより,当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせること)に当たるものではないということができ,また,上記認定事実によっては,上記各措置が,原告において産前産後休業を取得したことをその責めに帰する不就労とみなして行われたものと認めることはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 雇用機会均等法6条1号及び同条3号違反の主張について
原告は,本件各措置が原告指摘の差別的行為であり,原告が職場復帰に備えて万全の準備を整えており,実質的に労務の提供や労働能率が低下するということはあり得なかったにもかかわらず,原告が妊娠,出産をした女性であることを理由に降格・減給という不利益な取扱いをしたものであるから,上記各規定に違反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記(3)~(6)で説示したとおりである。そして,本件役割グレード引下措置及び本件年俸減額措置は,上記(4)及び(5)で説示したとおりのものであり,上記認定事実によっては,上記各措置が,原告が妊娠,出産をした女性であることを理由に降格・減給という不利益な取扱いをしたものと認めることはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
カ 民法90条(公序良俗)違反の主張について
原告は,本件各措置が,原告指摘の差別的行為であって,原告が本件育休等を取得したことによる著しい不利益を女性労働者である原告に課すものであり,また,強行法規として公序良俗を構成する上記ア~オに掲げた各規定に違反する本件各措置は公序良俗に反する旨主張する。
しかし,本件各措置が原告指摘の差別的行為であると認めることができないことは,上記説示のとおりである。そして,本件各措置が上記ア~オに掲げる各規定に違反するものと認めることができないことは,上記説示のとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
キ 以上の次第であるから,本件各措置が上記ア~カに掲げる各規定に反する無効なものであるとの原告の主張は,採用することができない。
(8)  従前年俸額と新年俸額との差額の支払請求権について
以上(1)~(7)で説示したとおり,本件各措置のうち本件成果報酬ゼロ査定は人事権の濫用に当たり,無効である。
ところで,上記前提事実(2)イ(イ)bによると,成果報酬は,年俸査定期間中の実績に応じて支給される成果給であり,その具体的な額は,前年度の成果評価に基づく査定によって決定されるものであることからすると,具体的な成果報酬支払請求権は,被告が上記の決定をして初めて発生するものと解される。そうすると,本件成果報酬ゼロ査定しかされていないという本件事実関係の下においては,原告は未だ成果報酬が定まっていない状態にあり,これに関して損害が発生する余地はないというべきである。
以上によると,原告の従前年俸額と新年俸額との差額の支払請求は理由がない。
なお,上記(5)オ(イ)の説示からすると,本件査定対象期間における原告の実績に係る成果報酬は,0円と査定,決定されるようなものではなく,しかるべき金額が査定の上決定されなければならものであるということができるが,これが決定されていないことについては,後記不法行為に係る請求において斟酌するのが相当である。
2  本件請求2(争点(2))についての判断
(1)  不法行為の存否について
ア 上記1の(1)~(7)で説示したとおり,被告が行った本件各措置のうち裁量権を濫用したものと認められるのは,本件成果報酬ゼロ査定だけである。これを公序良俗に反する差別的取扱いとして不法行為に当たるとする原告の主張は,本件査定対象期間における原告の実績に係る成果報酬が支給されるべきであるのにその支給がなかったことを違法とする主張を含むものと解され,この不支給は被告の裁量権濫用行為によるものとして違法な行為に当たり,上記1(5)オ(イ)で説示した本件成果報酬ゼロ査定の内容に照らすと,少なくとも被告には当該行為につき過失があるものと認められる。したがって,被告は,上記不支給により原告が被った精神的損害について賠償義務があるというべきである。
イ 原告が本件復職前に被告のライセンス部の従業員等と3回にわたって面談をした際の事実関係は,上記認定事実ウのとおりであることが認められる。この事実関係からは,原告が主張する趣旨の差別的発言があったことは認められず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
(2)  損害額
上記1(5)オ(イ)で説示したことからすると,成果報酬不支給に係る原告の精神的損害は,成果報酬支払に係る期待が侵害されたことを主とするものと認められるところ,本件査定対象期間中の原告の成果は,従前年俸額における成果報酬が90万円と査定された査定対象期間における成果と同じ程度のものとみることはできず,それより評価の低いものであるといえることに加えて,本件成果報酬ゼロ査定における裁量権濫用の内容,新年俸額が適用されてから原告が被告を退職するまでの期間における一切の事情に照らすと,上記(1)アの不法行為に対する慰謝料としては30万円,これと相当因果関係のある弁護士費用相当損害金としては5万円を相当とする。
3  本件請求3及び4(争点(3))についての判断
上記1で説示したとおり,本件各措置は,原告が主張するような差別的取扱いに当たるものではなく,したがって,このような差別的取扱いに基づき原告の職業人としての社会的評価を著しく低下させた事実は認められず,また,被告が女性従業員に対する差別的取扱いを慣行化していることを認めるに足りる証拠もない。
したがって,本件請求3及び4は,いずれもその前提を欠くものであり,その余の点を判断するまでもなく,理由がない。
第4  結語
以上の次第であるから,原告の本件各請求は,不法行為に基づく慰謝料等35万円及びこれに対する不法行為の後であって訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成21年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青野洋士 裁判官 伊良原恵吾 裁判官武智舞子は,差し支えにつき署名押印することができない。裁判長裁判官 青野洋士)

 

〈以下省略〉

 

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