「成果報酬 営業」に関する裁判例(32)平成27年 2月25日 東京地裁 平25(ワ)34577号 不当利得返還請求事件
「成果報酬 営業」に関する裁判例(32)平成27年 2月25日 東京地裁 平25(ワ)34577号 不当利得返還請求事件
裁判年月日 平成27年 2月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)34577号
事件名 不当利得返還請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2015WLJPCA02258009
要旨
◆被告との間でWEBサイト開発業務委託契約(本件開発契約)及びSEOサービス契約(本件SEO契約)を締結した原告が、被告に対し、本件各契約には錯誤無効又は詐欺取消しがあったとして、また、同各契約は債務不履行により解除したとして、既払金200万円の返還を求めたほか、本件開発契約の代金を騙取されたとして、また、同契約の代金は報酬減額約定により全額減額されたとして、同契約の既払金相当額185万円の支払又は返還を求めるとともに、本件SEO契約の債務不履行を理由に同契約の既払金相当額15万円の返還を求めた事案において、原告主張に係る錯誤及び詐欺は認められないとした上、納期の遅延を理由とした解除等の債務不履行に係る主張も認められないとし、また、報酬減額の根拠となる契約条項の要件を欠くから、報酬減額も認められないとして、請求を棄却した事例
参照条文
民法95条
民法96条
民法541条
民法542条
民法703条
民法709条
裁判年月日 平成27年 2月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)34577号
事件名 不当利得返還請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2015WLJPCA02258009
東京都荒川区〈以下省略〉
原告 株式会社上
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 吉成安友
同 森山弘茂
東京都港区〈以下省略〉
被告 株式会社ジオコード
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 鈴木周
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成24年8月30日から支払済みに至るまで,年5%の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要等
1 本件は,被告との間でWEBサイト開発業務委託契約及びSEOサービス契約を締結した原告が,①WEBサイト開発業務委託契約及びSEOサービス契約が動機の錯誤により無効であること又は詐欺による取消があったことを前提に不当利得返還請求として既払金200万円の返還を,②各契約を債務不履行を理由に解除したことを前提に原状回復請求として既払金200万円の返還を,③欺罔行為によりWEBサイト開発業務委託契約の代金名下に185万円を騙取されたことを前提に不法行為に基づく損害賠償請求として185万円の支払を,④報酬減額約定に基づく報酬減額がなされたことを前提にWEBサイト開発業務委託契約上の代金が全額減額されたとして,不当利得返還請求として既払金相当額185万円の返還を,⑤被告側にSEOサービス契約上の債務不履行がある以上は代金を受け取る権利もないことを前提として,不当利得返還請求として既払金相当額15万円の返還を求めた事案である。
2 前提事実
当事者間に争いのない事実,かっこ内に摘示した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が容易に認められる。
(1)原告
インターネット上で,アニメーション作品のキャラクター等の外見を模倣するコスチュームプレイをするためのウィッグを販売している株式会社である。
(2)被告
ホームページ制作,SEOサービス提供等を行っている株式会社である。
(3)WEBサイト開発業務委託基本契約締結(甲1)
原告と被告は,平成24年8月30日,原告を委託者,被告を受託者として,WEBサイト開発業務委託基本契約を締結した(以下「本件開発基本契約」という。)。これには,以下の定めがあった。
ア 本契約は,原告が運営するWEBサイトの開発(WEBページの作成のみならず,システム構築等全般を含む)を被告に対して委託し,被告がこれを受託することにつき,その基本項目を定めたものである(1条前段)。
イ 個別業務の報酬及び支払条件は発注書にて定めるものとする(3条1項)。
ウ 本業務の内容に変更があったとき,又は経済事情等の変動等により,イの報酬が不相応となったときは,報酬と支払方法について,原告と被告で協議の上,変更できるものとする(3条4項)。
エ 以下のいずれかの条件に該当するときは,被告は原告に対して成果物の納入期限につき合理的な期間の延長を求めることができる。
(ア)原告の都合により個別契約内容に変更が生じたとき(9条2項2号)。
(イ)原告の都合により個別業務の仕様に変更が生じたとき(9条2項3号)。
オ 被告の故意もしくは過失に基づく行為により,原告に損害が発生した場合,被告は現実に発生した通常かつ直接の損害について,賠償義務を負う。但し,当該損害の発生した各個別契約の報酬額を上限とする(13条)。
(4)WEBサイト開発業務委託契約締結(甲3,甲5,証人C(以下「C」という。))
原告と被告は,平成24年8月30日,原告を注文者,被告を受託者として,以下の定めのあるWEBサイト開発業務委託契約を締結し(以下「本件開発契約」という。),原告は被告にその代金の前金185万円を支払った。
代金 223万6080円(消費税込み)
受託内容 別紙WEBサイト開発内訳記載のとおり
特約事項
1 制作段階で変更点があった際は,上記金額が変更することがあり,その際は納品時に差額を精算する。
2 デザインの修正は,原則として各ページ2回までとする。
3 SEO対策,PPC,アフィリエイト等広告関連,またサイト運営時の保守サービスに関しては,別途,見積を提示する。
4 発注後のキャンセルは,企画,情報構成,打ち合せ費用は満額請求し,実制作部分においては,その進行度合いに応じて双方協議する。
5 保証期間は納品後6か月とする。
(5)SEOサービス契約締結(甲2,甲7)
原告と被告は,平成24年8月30日,原告を依頼者,被告をサービス提供者として,SEOサービス契約を締結した(以下「本件SEO契約」という。)。これには,以下の定めがあった。
原告は,下記オの各プランのうち,対策対象のキーワードを「コスプレ ウィッグ」とした上,日額固定プランを選択して契約した。
ア SEOサービスとは,本契約外グーグル株式会社,ヤフー株式会社及びマイクロソフト株式会社がそれぞれ運営するロボット型検索エンジンGOOGLE・YAHOO・bing(MSN)(GOOGLE提携サイトを含む・YAHOOディレクトリを除く)の3種の内,別紙SEOサービス契約申込書(以下「申込書」という。同別紙は省略。)で定めた検索エンジン(以下「対象検索エンジン」という)において,原告指定のキーワードで検索した結果,原告が指定し申込んだホームページ(以下「SEO契約ページ」という)を,申込書で定めた順位内に表示させる事(SEO契約ページの同一のドメイン内の他のページが表示された場合を含む。以下,「ランクイン」という。)を言う(前文)。
イ 被告は原告の選定キーワードを対象検索エンジンにランクインさせる為,原告指定のホームページをカスタマイズし最適化すると共に,ページランクの向上,リンク等によるリンクポピュラリティの向上作業を定期的に実施する(1条1項)。
ウ 原告は,SEO対策を施す上での必要となるキーワード,及び順位,その他の上位表示のプランを剪定する事ができる。キーワード及びプランの選定は被告に対する申込書にて指定するものとし,被告と原告はキーワードの選定数・内容及びプランの選定等を勘案し,SEOサービス保守費用を決定する(2条1項)。
エ SEOサービス料金は「前納金」・「SEOサービス初期導入費用」・「SEOサービス保守費用」があり,いずれもキーワードの選定数・内容及びプランの選定等を勘案して決定し,申込書に記載する(3条1項)。
オ 「SEOサービス保守費用」は,申込み書に記載された下記の各プランの内容にしたがって発生するものとする(3条2項)。
(ア)日割り(3条2項1号)
当該月においてGOOGLE・YAHOOのいずれか一つにランクイン(SEO契約ページの同一のドメイン内の他のページが表示された場合を含む)することで課金条件が満たされ,被告が,申込書記載「SEOサービス保守費用」をランクインした日数で乗じた金額を原告に請求し,原告は翌月末日までに被告指定の銀行口座へ振込む方法。なお,GOOGLE・YAHOOいずれもランクインした場合にはあわせて一日とする。
(イ)月極め(3条2項2号)
当該月において,GOOGLE・YAHOOのうちいずれか一つに1度でもランクイン(SEO契約ページの同一のドメイン内の他のページが表示された場合を含む)したことにより課金条件が満たされ,申込み書記載の「SEOサービス保守費用」が発生し,被告が原告に対し同金額を請求し,原告が翌月末日までに被告指定の銀行口座に振込む方法。
(ウ)日額固定(3条2項3号)
当該月のランクインの有無に関わらず,固定日額×日数(大の月と小の月で多少異なる)で「SEOサービス保守費用」が発生し,被告が原告に対し同金額を請求し,原告が翌月末日までに被告指定の銀行口座に振込む方法。日額固定の場合には,本契約書中,ランクインを条件とする条項は適用されないものとする。
(エ)日額固定+成果報酬(3条2項4号)
当該月のランクインの有無にかかわらず発生する日額固定部分と,ランクインによって発生する本項(ア)記載日割りもしくは(イ)記載月極めによる成果報酬部分とに分かれ,被告が原告に対しその合計額を請求し,原告が翌月末日までに被告指定の銀行口座へ振込む方法。本プランの日額固定部分には,本契約書中,ランクインを条件とする条項は適用されないものとする。
カ 「SEOサービス初期導入費用保証」(4条3項)
前項記載のSEOサービス導入後,申込書所定のSEOサービス保証期間中(初日算入)に,対象検索エンジンのいずれかに原告の選定するいずれかのキーワードで一度もランクインせず,一度も課金条件が満たされない場合,もしくは被告と原告が 申込書で特に定めた保証条件が満たされない場合は,被告は原告に対し,「SEOサービス初期導入費用」を保証期間(初日算入)経過後1ヶ月以内に全額返金するものとする。
キ オ(ウ)にかかわらず,日額固定プランを選択した場合で,保証期間中に一度もキーワードで10位以内にランクインしない場合,被告は原告に対し,保証期間経過後1ヶ月以内にSEOサービス初期導入費用を全額返金するものとする。
但し,保証期間内に発生したSEOサービス保守費用は返金されないものとする。
ク 被告の実施するSEOサービスの実施に伴い,被告の責に帰すべき事由によって原告又は第三者に損害を及ぼしたときは,当該時点から6ヶ月以内に被告が原告から受領した金額の範囲内で賠償する(中略)。また次項の原因に帰するものについては,被告は損害賠償責任を負わない。
(ア)対象検索エンジン運営各社に帰する動作上あるいは業務進行過程における不具合
(イ)対象検索エンジン運営各社によるSEO契約ページのランク低下もしくは削除
(6)解除の意思表示
ア 原告は,平成26年1月10日に被告に送達された本件訴状を以て,本件開発契約及び本件SEO契約をいずれも被告の債務不履行を理由に解除する旨の意思表示をした。
イ 原告は,平成26年6月20日に到達した同月19日付け原告第2準備書面を以て,本件開発契約を被告の説明義務違反を理由に解除する旨の意思表示をした。
(7)本件開発契約についての取消の意思表示
原告は,平成26年6月25日に実施された第4回口頭弁論期日において,同月19日付け原告第2準備書面を陳述することにより,本件開発契約の締結が詐欺によるものであったとして,これを取り消す旨の意思表示をした。
第3 争点
1 本件の争点は,①錯誤無効の成否,②原告の重過失の有無,③本件開発契約の詐欺取消の可否及び不法行為の成否,④債務不履行解除の可否等,⑤報酬減額の可否である。
2 錯誤無効の成否
(1)原告の主張
原告は,被告の説明を受け,従前,十数位であった原告のサイトの検索順位が少なくとも向上すると認識し,また,被告にサイトを作成させて1か月以上も検索順位が50位より下位となる状況に陥ることがあり得るとは全く認識せず,本件開発契約及び本件SEO契約を締結した。被告も原告がかかる認識であることは当然に了解していた。すなわち,これら各契約締結の際,原告には表示された動機を含む法律行為の要素に錯誤があったというべきである。
また,原告は,被告において,SEO対策に関する高い技術力があるものと説明を受け,これを信じて本件開発契約及び本件SEO契約を締結したものであるところ,実際の被告の技術力は高いものではなかった。そうすると,これら各契約締結の際,原告には表示された動機を含む法律行為の要素に錯誤があったというべきである。
さらに,本件開発契約について,被告は,検索順位の向上対策,すなわちSEO対策の上で有効である旨説明していたところ,実際は特段の意味がないというのであるから,本件開発契約の際,原告には表示された動機を含む法律行為の要素の錯誤があったというべきである。
したがって,本件開発契約及び本件SEO契約における原告の各意思表示には,いずれも要素の錯誤があるから無効である。
(2)被告の主張
被告が平成25年5月21日に納品したパーソナルコンピューター用サイト(以下「PCサイト」という。)については,同月31日に検索順位10位にランクインし,同年6月12日から同年9月11日まで概ね5位前後の高順位を維持していた。同年9月終わりころから順位低下が始まっているが,これは検索エンジン側の順位決定方式(「アルゴリズム」とも呼ばれる。)が変更されたためで,被告の所為によるものではない。被告は十分に結果を出している。
被告の行うSEO対策は,順位の保証をするものではなく,上昇や低下も含めて変動があることを前提とするもので,契約時に説明を徹底していることから,錯誤に陥るはずもない。
本件開発契約について,被告がSEO対策を実施するには本件開発契約の締結が必要であるという条件を提示したこともないし,原告において被告にSEO対策を依頼するために必要であるから本件開発契約を締結する旨の動機の表示もなかった。
原告自身,本件開発契約のみでは検索順位の大きな向上にはつながらないこと,他方で既存のサイトでもSEO対策を施せば検索順位の向上を見込めることは容易に理解可能であったので,この点に錯誤があったはずがない。
よって,動機の錯誤があったとは認められない。
3 原告の重過失の有無
(1)被告の主張
被告の行うSEO対策は,順位の保証をするものではなく,上昇や低下も含めて変動があることを前提とするものであるところ,原告は,自身でサイト制作及びSEO対策を実施していたというのでるから,仮に原告に検索順位が向上するという動機が存したとしても,これについて重過失がある。
(2)原告の主張
原告は,プロフェッショナルである被告から,SEO対策について高い技術と実績があり,原告のサイトを「コスプレ ウィッグ」をキーワードとする検索においで3位以内に表示することが可能であると説明され,少なくとも従前,自身でSEO対策を行っていたときよりは高順位となると信じて本件開発契約を締結したのであり,1か月間以上の間,50位以下という著しい低い順位に落ち込むことがないと原告が認識したことについて重過失はない。
4 本件開発契約の詐欺取消の可否及び不法行為の成否
(1)原告の主張
被告は,検索順位向上対策,すなわちSEO対策としては無意味であるにもかかわらず,本件開発契約がSEO対策として有効であるかのように原告を欺罔し,その旨原告を誤信させて本件開発契約を締結させた。従って,本件開発契約は詐欺による意思表示であり,原告は,これを取り消す。
上記被告の詐欺により,原告は,本件開発契約上の代金のうち前金185万円を支払い同額の損害を被ったので,被告はこれにつき不法行為に基づく損害賠償をすべきである。
(2)被告の主張
否認ないし争う。
被告は,SEO対策も行っているので,被告の制作するWEBサイトがSEO対策を施しやすいレイアウトを持つのは事実であるが,それは全件そうなのであって,仮に原告にSEO対策のサービスを提供しない場合も,同じWEBサイトを制作していた。したがって,本件開発契約そのものは,検索順位を上げるという上では特段の意味はない。
しかし,錯誤無効についての被告の主張(2(2))記載のとおり,被告は欺罔行為を行っていないし,原告が錯誤に陥った事実もない。現に当初は検索順位が向上している。
被告が不法行為責任を負うことはない。
5 債務不履行解除の可否等
(1)原告の主張
被告は,本件開発契約及び本件SEO契約により,「コスプレ ウィッグ」のキーワードで検索を行った場合3位以内に表示されるようにできる旨約束したのに,これを怠った。
また,本件開発契約において,納期は平成24年11月末と約束していたのに,被告は,平成25年10月19日に至ってようやく納品するに至っており,さらに1か月以上の間,検索順位が50位以下の商売にならない状態を生じさせたもので,被告には著しい債務不履行がある。
よって,原告は,本件訴状を以て本件開発契約及び本件SEO契約を解除する。
被告は,本件開発契約がSEO対策として特段の意味がないことを原告に説明する義務があったのにこれを怠ったので,説明義務違反があるので,本件開発契約を解除する。
また,本件SEO契約については,解除の可否にかかわらず,被告は,本件SEO契約に基づくSEO対策の実施を怠ったのであるから,被告に対価を受け取る権利はなく,既に受領した代金を原告に返還すべきである。
(2)被告の主張
被告が検索順位の保証を行ったことはない。
被告が制作した原告のWEBサイトは,平成25年5月に公開して以降,長く5位以内の検索順位を維持し,同年7月には2位になっており,被告のSEO対策は大きな成果を上げている。
同年10月からは一時的に50位以下に順位が下落しているが,これは検索エンジンを運営するグーグルが検索表示順位決定の仕組みを変えるペンギンアップデートを実施し,原告が過去に自ら設置していたリンクが不正なものとみなされ,ペナルティを課せられたことによるもので,被告の責によるものではない。順位低下が始まって約1か月の間は,グーグルからの警告も来ず,原因の特定ができなかった。そこで,被告としては通常の順位上昇対策を行い,その効果が確認できるまでの約1か月間,様子見をせざるを得なかったが,これも被告の責によるものではない。よって,検索順位の低下に係る債務不履行解除は無効である。
被告は,PCサイトについては,平成25年5月21日に納品したが,その後,原告の要望を全て反映し終えたのが同年10月19日であった。PCサイトの納品後,携帯電話で閲覧するWEBサイト(以下「携帯サイト」という。フィーチャーフォン(「ガラケー」と呼ばれる。)で閲覧するWEBサイト(以下「ガラケーサイト」という。)及びスマートフォンで閲覧するWEBサイト(以下「スマフォサイト」という。)の2種類がある。)の制作に着手し,ガラケーサイトについては,平成25年8月30日,納品した。スマフォサイトについては,原告が制作の中止を申し出たため,未完未納のまま終わっている。
これら納期の点については,原告の要望の反映等に応じて変動するものであり,平成24年11月末は「予定日」に過ぎず,確約されていなかった。そのため,①原告が当初の交渉の中で明示していなかった具体的指示ないし具体的要望を述べるようになり,当初,被告において把握していた工数を上回るようになったこと,②原告のデザインに対するこだわりが強く,一般の顧客に比して美的感覚に基づく修正が格段に多かったこと,③原告の要望により,平成24年12月から平成25年3月までの間,原告が優先すべきとした別途運営する香港法人設立サイトの制作を行っており,PCサイト及び携帯サイトの作成はその後に順次行ったこと,④携帯サイトの当初の受注内容はPCサイトの基本機能のみの実装であったところ,平成25年7月1日に至り,ガラケーサイトについては,既存サイトの全機能の実装に応じることになったという経緯があり,被告の責に帰すべき事由により遅延したということもない。
原告は,解除に先だち相当期間を定めた催告もしていないし,PCサイトとガラケーサイトは納品され,原告において利用しているのであるから,納期遅延に係る債務不履行解除の主張は失当である。
また,被告は,順位低下の可能性については契約に先だって説明しているし,原告も種々の要因により順位低下が起こることは理解していたのであるから,説明義務違反を理由とした解除も認められない。
6 報酬減額の可否
(1)原告の主張
仮に本件契約が有効で,取消や解除が認められないとしても,納期の遅延状況,検索順位の低下状況,被告が納品したWEBサイトが当初,欠陥だらけで,原告が検証や細かな指示に追われ,公開後もシステム上のトラブルが生じたこと,本件開発契約が検索順位の上昇に特段の意味がなかったことに照らすと,本件開発基本契約3条4項に基づき,本件開発契約の代金債務については,全額ないしはそれに近く額を減額すべきである。
(2)被告の主張
本件開発基本契約3条4項は,サービス内容が変更されたり,インフレーションの昂進等により報酬額が見合わなくなったりした場合に適用すべき条項であり,納入遅延に適用されるべきものではない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
当事者間に争いのない事実,かっこ内に摘示した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)検索結果における表示順位は,検索エンジンを提供するグーグル等が決めるものである。検索順位を向上させる確実な方法は知られておらず,SEO対策サービスを提供する業者は,推測や過去の経験を元に対策を編み出している。
検索順位決定の仕組み(アルゴリズム)は変更されることがあるが,これが事前に予告されたり,変更と同時に告知されたりするとは限らず,変更実施後に実施された旨が告知されることもある。また,英語のWEBサイトについて導入されたものが同時に日本語のWEBサイトに導入されるとも限らず,時間差がある場合もある。また,変更がなされても,全ての語句の検索結果における表示順位が同時に変更されるわけではなく,表示順位の変更には一定の時間を要する。
SEO対策には,大別して内部対策と外部対策がある。
内部対策は,当該語句で検索した場合に上位に表示されたい語句をWEBページの文章内でどのくらいの比率で用いるか,当該語句のWEBページ内の位置,文字数,WEBサイト自体のページ数,フォントの大きさ,WEBページの表示の仕方,タグ打ち等WEBサイトそのものに,検索エンジンが好む,つまり検索結果の表示においてより高い順位を付けるような構造にする対策を行うことである。
外部対策は,検索結果の表示順位の決定において,外部のWEBサイトから張られたリンクの数が重視されることを利用して,外部リンクを張って検索順位の向上を目指す対策である(証人D(以下「D」という。),証人C,証人E(以下「E」という。))。
SEO対策を実施しても,直ちに効果が現れることはなく,1か月程度,様子を見ることが必要な場合もしばしばあり,場合によっては半年程度を要することもある(乙9,証人C)。
(2)被告の自社WEBサイトには,多数のホームページが存在する現在,ホームページは作っただけでは意味がない,数多い競合サイトに引けを取らない,SEOやSEMにも注視したサイト構築を心がけている旨の記載がある(甲11)。また,「SEO適正の高い制作が「得意」です」との記載もある(甲13の2)。
(3)被告にあっては,SEO対策のみの発注も受け付けているが,被告が自社で制作したWEBサイトの方が対策は実施し易い。また,SEO対策の成果がより早期に現れやすい傾向にある(証人C)。
(4)原告は,その前代表者が平成21年に始めたコスチュームプレイ用のウィッグ販売の個人事業に端を発するもので,平成23年に事業を法人化して設立したものである。
ウィッグの販売は,インターネット上のWEBサイトでの販売と店舗での販売の2つの方法をとっていた。その売り上げは,概ね半々であった。
原告は,被告に依頼する以前から,その前代表者が制作したWEBサイトを有していた。
もっとも,髪型や色から選択して購入できるサイト(「コンシェルジェ」という名称であった。)と,模倣したい作品やそのキャラクターから選択して購入できる「系列店」である「コスウィッグ」とが並存している状態であった。
これら2つのWEBサイトは,ショッピングカートを共有していたので,双方のWEBサイトでショッピングカートに入れたものを一括して精算できる状態であり,コンシェルジェからコスウィッグへ遷移するためのリンクも設定されていた。
従前の原告のWEBサイトについても,原告の前代表者自身でSEO対策を研究し,対策も実施していた。「コスプレ ウィッグ」で検索した場合の表示順位が10位以内に入っていた時期もあった。
もっとも,本件開発契約や本件SEO契約を締結したころには,十数位程度で推移していた。原告としては,検索結果の2ページ目以降に表示される11位以下だと閲覧者が極めて少なくなるので,10位以内に入ることは必須であると考えていた。また,1ページ目に表示される10位以内の場合でも,3位までと4位以下とでは閲覧数が大きく異なるので,1ページ目の上位に表示されることは重要であると考えていた(甲14,甲23の1ないし甲23の12,証人D)。
原告の当時の代表者は,自身が制作した原告のWEBサイトのSEO対策の内部対策が時代遅れになっており,WEBサイトそのものを作り替えないと検索順位の向上が望めないであろうと考えていた(証人D)。
原告の当時の代表者が被告と取引をしようと思った契機は,「ホームページ制作」のキーワードで検索を行ったところ,一番上位に表示されたためであった(証人D)。
(5)原告は,平成24年5月29日,被告に初めて電話で連絡をしたが,その際,自社のWEBサイトをリニューアルしたい,SEO対策を行って検索結果において上位に表示することにも興味がある旨述べていた。平成24年9月11日,WEBサイトの制作を担当する者との最初の面談をした際も同様のことを述べた(乙9,乙10)。
(6)原告の当時の代表者は,本件開発契約を締結するに当たり,被告の契約担当者に対し,基本的には既存の自社のWEBサイトと同じものを制作してほしいが,部分的には改めたい部分もあるという形で,制作してほしいWEBサイトを説明した。もっとも,改めたい部分について,事前に全部具体的に説明したわけではなく,実際のWEB制作の担当者とコミュニケーションをとる中で煮詰めていけばよいと考えていた。また,2つに分かれているWEBサイトを統合した1つのWEBサイトにしたいという要望も述べていた(証人D,証人C,証人E)。
(7)被告の営業担当者は,本件開発契約及び本件SEO契約に先立ち,原告の従前のWEBサイトを確認した。原告の従前のWEBサイトは,SEO対策の観点からは,コンテンツを充実させたり,タグを打ったりする等の内部対策の余地があるものであった(証人C)。
(8)被告は,平成24年8月23日,原告に対し,本件SEO契約の見積書(甲4)を提示した。これには,プラン案内として,以下のものが記載されていた。
ア 固定+成果報酬プラン
固定費用と指定検索エンジンのいずれかにランクインした日数分のみ請求する。
「コスプレ ウィッグ」をターゲットとするメインワードに指定した場合の見積料金は,以下のとおりであった。
固定日額 日額800円
1位ないし3位の場合 日額1100円
3位ないし7位の場合 日額900円
8位ないし10位の場合 日額500円
最大月額 5万7000円
イ 固定プラン
1日あたりの費用を固定とし,ランクインにかかわらず当該月の日数を乗じた費用を算出して請求する。
「コスプレ ウィッグ」をターゲットとするメインワードに指定した場合の見積料金は,固定日額1000円,最大月額3万円であった。
(9)被告が本件開発契約締結時に原告に交付した平成24年8月27日付け見積書(甲3)には,納期として平成24年の「11月末頃予定」との記載があった。
この見積において,ECキューブのカスタマイズは,通信販売のWEBページの編集機能を高度化するカスタマイズを想定したもので,画像データの圧縮や,画像の低解像度化の抑止や,カテゴリー別に画像も表示するようなカスタマイズは想定していなかった(証人E)。
(10)被告は,平成24年8月30日,原告に対し,本件開発契約に係る見積について「【最終お見積書送付】ジオコード・C」と題する電子メールを送信した。これに添付された見積書のファイル名は「【HP制作御見積書】株式会社上様0830(SEO向けコンテンツ初回制作).pdf」であった(甲16の1)。
(11)被告は,通常,通信販売のためのWEBサイト構築の依頼については,「ECキューブ」という無料のソフトウェアを利用して制作していた。原告の依頼についても,ECキューブで制作することを前提に見積を行った(乙10)。
ECキューブは,その仕様上,高解像度の画像を多数含むWEBサイトを作ると,表示速度が相当に遅くなるものであった。そのため,表示速度を適切なものに保ためには,画像の解像度を下げるか,特別なカスタマイズを施す等の工夫が必要であった(甲3,乙9,乙10,証人E)。
ECキューブは,その仕様上,PCサイトの仕様やデータを先ず確定し,そのPCサイトの仕様やデータを反映させながら携帯電話で閲覧するWEBサイトの仕様を確定し,PCサイトのデータを反映させる仕組みとなっていた(証人C,証人E)。
(12)被告が平成24年8月30日に送信した電子メールに添付していた「株式会社上様リニューアル構成案0830.pdf」と題する電子ファイルには,見積段階での本件開発契約に係るWEBサイトの構成案が記載されていた。
これには,「その他+ワンレン」からカラー選択表示テンプレートに画面が遷移する構成が記載されていた。
また,SEO対策向けにユーザー教育系ページ,例えばかぶり方等を毎月1ページずつ追加していく旨の記載もあった。
(13)被告が本件開発契約の見積時に想定していた作業予定と,実際の作業日程は,別紙作業予定及び実作業日程記載のとおりである(乙8)。
(14)原告は,本件開発契約や本件SEO開発契約の際,検索結果の表示における順位が種々の要因で変動することを理解していた(甲14)。
(15)原告の当時の代表者は,平成25年3月5日,別件の打合せのために原告代理人事務所を訪問した際,被告に自社WEBサイトの制作を依頼したが,当初の予定の倍の期間がかかっても完成しないので,損害賠償ないし減額を請求したいと相談した。原告代理人は,詳しい事情が分からないのではっきりしたことは言えない旨回答した。
原告の当時の代表者は,同月5月24日,同年16月5日及び同月20日,原告代理人の事務所を訪問した。その際,原告代表者は,PCサイトについて一応の納品がされたものの,そのまま使えるような代物ではなく,結局,自身が対応に追われており,ガラケーサイトの完成がいつになるのか分からない旨述べた。原告代理人は,契約の解除を提案したが,原告代表者は,ガラケーサイトまで完成した時点で損害賠償請求や減額請求をする旨の意向を表明した(甲22)。
(16)原告は,平成25年3月11日,被告に対し,「3月末は調整も含めて三月末でお願い致します。」と平成25年3月末までにPCサイトを完成させるよう依頼した(乙4)。しかし,被告側が平成25年3月末までの完成を約束した電子メールが送信された形跡はない。むしろ,平成25年3月25日の段階で,既存のWEBサイトから引用してくる方法でメニューに出てくるアニメーションの作品タイトルの概要を追加するよう要望したり(乙4),各商品を検索した際に使用されるキーワードを設定するよう要望したりしており(乙4),一定の作業量のある要望を同月末が近づいても追加していた。
(17)原告は,平成25年4月8日,被告の担当者に対し,制作中のWEBサイトを確認した結果,以下の問題がある旨を指摘し,納期が遅れる懸念を有しているので,原告の当時の代表者が自ら制作現場において確認と修正の指示を行う意向を有している旨の電子メールを送信した(甲12)。
ア スタンダード系6種類の商品詳細画像が入っていない。
イ ワンレンの髪色は事前にブラックのみと伝えたのに,200色が表示される。
ウ ファッションウィッグのページ一覧が同じ画像ばかりで,詳細ページも全くできていない。
エ カラーで選ぼうとすると,ブラックしかないはずのワンレンが他の色でも出てくる。
オ 「ご利用規約」の中に「ご注文方法」が入っているが,これは分ける必要がある。
カ あるべきキャラクターのタイトルがない。
(18)被告が本件開発契約に基づき制作した原告のPCサイトは,髪型,色,模倣したい作品のキャラクターからウィッグを選択できるようになっていた(乙2)。
(19)原告は,平成24年5月22日に被告からPCサイトを納品されて以降,これを利用してインターネット通信販売を行った。その後,別の業者に依頼して変更を加えながら,現在もPCサイトを利用している(証人D)。ガラケーサイトについても同様であることがうかがわれる。
(20)被告は,平成24年5月22日に原告のPCサイトを納品して公開して以降,外部リンクを張ることを中心としたSEO対策を実施した(乙9)。
被告が原告にPCサイトを納品した平成25年5月22日の翌日(同月23日)のグーグルにおける検索順位は13位であった。その後,同月の間は16位から10位前後の順位であったが,同年6月2日以降は,9位ないし4位を維持し,同年7月12日には2位まで順位を上げた。
しかし,同年9月12日に6位に下落してから緩やかな下降傾向を示すようになり,同年10月17日には18位となった。
同月20日に突然,50位以下に下落し,同月21日には15位に持ち直したものの,同月22日,再び50位以下に下落し,この状況は同年11月27日まで続いた。
同日は22位となり,その後,徐々に順位を上げて,同年12月31日には11位となった。平成26年1月23日には7位となり,その後,9位から6位を上下していた(甲7,乙1の1ないし乙1の9)。
(21)グーグルは,平成25年9月20日ころ,ハミングバードと呼ばれる検索順位決定の仕組み(アルゴリズム)の変更を行ったことを発表した。これは,入力された検索対象の語句のみでなく,関連する語句まで検索対象に含めるというものであった。もっとも,アルゴリズムの変更により,全ての語句の検索結果の順位が同時に変更されるものではなく,検索結果の順位の変更には一定の時間を要した(乙7,乙9,証人C)。
(22)グーグルは,平成25年10月4日,ペンギンアップデート2.1と呼ばれる検索順位決定の仕組み(アルゴリズム)の変更を行った。これには,従前,検索順位決定の際,外部のWEBサイトからリンクがいくつ張られているかを参照していることに着目した外部リンクを多数張る手法による検索順位向上対策(SEO対策)のうち,グーグル側で「不正な外部リンク」とみなしたものについて,ペナルティとして殊更に順位を低下させる措置が含まれていた。これは,従来,どのような外部リンクを張ろうとも,最悪でも無益的であるに留まったのに,「不正な外部リンク」とみなされると有害的になるという変更であった。もっとも,アルゴリズムの変更により,全ての語句の検索結果の順位が同時に変更されるわけではなく,変更の反映には一定の時間を要した。
グーグルは,「不正な外部リンク」とみなしてペナルティを課した場合に,これを当該WEBサイトの管理者に通知する仕組みを用意していたが,グーグルの職員が目視で確認して通知するものであったため,検索表示順位を決めるプログラムがアルゴリズムに従って自動的にペナルティを課した場合,必ず警告が届くというものではなかった。
また,グーグルは,「不正な外部リンク」とみなしたリンクについて,WEBサイトの管理者側からグーグル側に対し,否認申請を行う仕組みも用意していた(甲14,乙7,乙9,証人C)。
(23)被告は,平成25年10月21日,被告がSEO対策を施している他のWEBサイトについて,グーグルから「不正な外部リンク」とみなされるリンクがある旨の警告が増えていたため,警告がなかった原告のサイトについても,既設の200個の外部リンクを解除し,被告の考えでは「不正な外部リンク」とみなされないはずの外部リンクを100個設置し,その後,同月22日から5個ずつ合計150個外部リンクを設置した(乙7,証人C)。
(24)被告は,平成25年11月18日,原告のWEBサイトの外部リンクのうち,被告がSEO対策を施すようになる以前に原告が自ら設置した外部リンクを全て目視で確認した。その結果,49個の外部リンクについて,グーグルから「不正な外部リンク」とみなされている可能性があると考え,グーグルにこれを否認申請した。その後,原告のWEBサイトの検索結果における表示順位が向上したことからすると,順位の低下は,ペンギンアップデートに伴い,原告が以前に自ら設置していた外部リンクが「不正な外部リンク」とみなされたためであると判明した(乙7,乙9)。
(25)被告は,平成25年11月29日,SEO対策のために原告のWEBサイトの内容の修正に関する指示書を原告に提示した。この修正を実施するためには,原告と被告が一定の情報を共有する必要があったが,原告は訴訟を予定している関係でこれが困難であるとして断った。そのため,被告は,外部リンクを張る方法でSEO対策を実施することにした。被告は,同月7日以降,外部リンクを毎日4個ずつ追加し,合計150個の外部リンクを設置した(乙7)。
(26)原告は,平成25年12月9日,被告に対し,SEO対策のサービスをいったん,停止してほしい旨申し入れた。被告は,同月1日付けで課金を停止することとした。もっとも,平成25年12月7日から開始した1日4個の外部リンクの設置は,平成26年1月13日まで続いた。
2 錯誤無効の成否
原告の主張する錯誤のうちの1つは,原告の新たなWEBサイトの検索結果の表示における順位が実際には50位以下に低下することが続いたところ,原告はそのような認識は抱いていなかったというものである。しかし,検索結果の表示順位は,検索エンジンを抱えるグーグルやヤフー等が決定するもので,確実な順位向上策は知られておらず,SEO対策業者の努力の及ばない事情である検索順位決定の仕組みが変更されることもあり得る上,SEO対策の効果が現れるのに約1か月から半年要することもあるところ(認定事実(1)),原告の本件開発契約及び本件SEO契約締結時の代表者も種々の要因により順位が低下し得ることは認識していたというのであるから(甲14),この点について錯誤があったと認めることは困難である。金銭の支出が伴う以上,順位向上や少なくとも順位の大幅な低下がないであろうという期待を持つことはあり得るが,誰も確実な成果の保証ができない事項を目的とする契約において,かかる期待を表示すれば,これが法律行為の要素となって結果が異なると錯誤無効となるものではない。かかる期待に絶対確実に応えることができないのは,そういった期待を抱く者も認識していることが通常だからである。例えば弁護士に訴訟委任をする者は,概ね勝訴の期待を抱いているし,これを当該弁護士に表明するものであろうが,敗訴の結果に至ったからといって直ちに訴訟委任契約が錯誤無効となるものではないのと同様である。誰も確実な成果の保証ができない事項を目的とする契約にあって,期待した成果が実現しないと代金を支払いたくない者は,成果報酬の料金体系を選択することにより自身の利益を守る。
この点,原告の当時の代表者は,被告が3位以内に表示されるようにする旨を約束した旨証言するが,原告に提示された見積書(甲4)に成果報酬を組み込んだ料金体系と,固定額の料金体系の双方が提示されているところ,原告は敢えて固定額の料金体系である日額固定プランを選択したというのであるから,採用できない。原告は,敢えて成果報酬としないことをよしとし,3位以内に表示されるといった成果の保証を求めなかったというべきである。
いま1つの原告の錯誤の主張は,要するに被告のSEO対策に関する能力が実際は低かったのに,高いものと誤信したことをいうものである。
しかし,被告にあっては,本件開発契約に基づき原告のPCサイトを制作し,これを納品してSEO対策を実施したところ,一時は検索結果の表示順位が2位にまで向上していたもので(認定事実(20)),順位の低下は検索順位決定の仕組みの変更によるところがうかがわれることからすると(認定事実(21)ないし(23)),被告のSEO対策能力が原告の期待に反して低かったということは困難である。
加えて原告は,本件開発契約について,SEO対策の上で有効ではないのに,有効であると誤信したことが錯誤である旨も主張する。
しかし,原告の従前のWEBサイトには,内部対策を実施する余地があり,被告においてWEBサイトを制作すれば,被告が内部対策を実施しやすい構造にして,成果がより早期に現れやすい傾向にあることからすると(認定事実(3)),本件開発契約はSEO対策の上で一定の有用性があったというべきで,原告において錯誤があったと認めることはできない。
以上によれば,原告の錯誤無効の主張は採用できない。
3 原告の重過失の有無
上記2で検討したところによれば,検討するまでもない。
4 本件開発契約の詐欺取消の可否及び不法行為の成否
上記2で述べたように,本件開発契約はSEO対策として一定の有用性を有しているので,被告が真実と異なる事実を告げて原告を欺罔したということはできない。
原告は,被告自身が「本件ホームページの開発契約そのものは,検索順位を上げるという上では特段の意味はなく」と主張している点を指摘する。
確かに,平成26年5月14日付け準備書面(被告第1)にはその旨の記載がある。しかし,これは,原告の「本件開発契約が原告サイトの検索順位を上げる上で意味があるものだったのか」という求釈明(平成26年3月31日付け原告第1準備書面)に対する応答であるところ,被告は,「原告の釈明の意図が不明確ではあるが」と留保している上,被告が制作するWEBサイトがSEO対策を施しやすいレイアウトを有する旨も主張していることからすると,原告が摘示する被告の主張は,本件SEO契約を締結しなくとも同様のWEBサイトを制作していたという点でSEO対策の観点からは違いがなかったと述べているに過ぎず,本件開発契約そのものがSEO対策の観点から全く無意味であると主張する趣旨ではないというべきである。現に,証人として出廷した被告従業員は,いずれも本件開発契約に基づき制作されたWEBサイトがSEO対策を実施しやすい旨を証言している。
そうすると,本件開発契約の締結に当たり詐欺があり取消の対象になる旨,及び被告が同詐欺に係る不法行為に基づく損害賠償義務を負う旨の原告の主張はいずれも採用できない。
5 債務不履行解除の可否等
被告が3位以内に表示されることを約束したとの原告の主張が採用できないことは前記2記載のとおりである。
次に,納期の遅延を理由とした解除について検討する。
原告が元々,通信販売用のWEBサイトを有しており,これで営業を行っていたことからすると,本件開発契約において,一定の時期までに被告が本件開発契約に基づくWEBサイトを制作しないと契約をした目的を達することができないということはできないから,本件開発契約における被告の債務は定期行為(民法542条)とは言えず,相当期間を定めた催告の上,当該期間内に履行がない場合にのみ解除ができるというべきである(民法541条)。
しかるに原告は,相当期間を定めた催告をしておらず,被告からPCサイトの納品を受け,以後も他の業者による変更を加えながらもこれを利用しているというのであり(認定事実(19)),弁護士から解除の提案を受けながらも敢えてこれをしないという選択をしていることからして(認定事実(15)),最早,履行遅滞に基づく解除はできない。原告が平成24年3月末を納期とすることを求めた経緯はあるにして(認定事実(16)),同月末が近づく中で,その後も原告が被告に一定の作業量のある要望を出していることからすると,平成24年3月末までに完成されたいとの電子メールは,催告ではなく原告の要望を述べたに留まるというべきである。
また,本件開発契約がSEO対策として特段の意味がないという原告の主張が採用できないことも前記4記載のとおりであるから,これを前提とした説明義務違反の主張も採用できない。
さらに,被告は,原告のために制作したWEBサイトを,検索結果の表示において2位にまで向上させており(認定事実(20)),その後,検索順位決定の仕組み(アルゴリズム)の変更により順位が大きく低下したとはいえ,所定のSEO対策を実施したものと認められる。順位が大きく下落した期間が続いたことについても,SEO対策が即時効果を現すことがなく,1か月から半年程度の期間を要することもあることや,順位低下の原因究明も必ずしも容易ではない一方(認定事実(1)),「不正な外部リンク」とみなされた外部リンクを外したり,外部リンクの否認申請を行った被告(認定事実(23),(24))は本件SEO契約所定の対策を実施したというべきである。原告が成果保証のない日額固定プランによる本件SEO契約を締結したのは前提事実(5)記載のとおりである。そうすると,SEO対策の実施の懈怠を理由とする原告の返金の主張も採用できない。
以上によれば,被告に債務不履行がある旨の原告の主張はいずれも採用できない。
6 報酬減額の可否
原告が報酬減額の根拠とする本件開発基本契約3条4項(前提事実(3)ウ)は,報酬の変更を契約当事者双方の協議の上で行うことができるとしているところ,これは,契約当事者双方が合意した場合に報酬を減額することができるとする趣旨と認められる。
しかるところ,被告は,報酬の減額について何ら同意をしていない。
そうすると,本件開発基本契約3条4項適用の要件を欠くので,原告の主張は採用できない。
7 結論
以上で検討したところによれば,原告の請求は理由がないので,これを棄却することとして主文のとおり判決する。
(裁判官 足立堅太)
〈以下省略〉
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