「成果報酬 営業」に関する裁判例(27)平成28年 2月19日 東京地裁 平27(ワ)5288号 残業代等請求事件、解雇無効確認等請求事件
「成果報酬 営業」に関する裁判例(27)平成28年 2月19日 東京地裁 平27(ワ)5288号 残業代等請求事件、解雇無効確認等請求事件
裁判年月日 平成28年 2月19日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)5288号・平27(ワ)5299号
事件名 残業代等請求事件、解雇無効確認等請求事件
文献番号 2016WLJPCA02198014
裁判年月日 平成28年 2月19日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)5288号・平27(ワ)5299号
事件名 残業代等請求事件、解雇無効確認等請求事件
文献番号 2016WLJPCA02198014
平成27年(ワ)第5288号残業代等請求事件(以下「第1事件」という。)
平成27年(ワ)第5299号解雇無効確認等請求事件(以下「第2事件」という。)
千葉県松戸市〈以下省略〉
前記各事件原告(以下,単に「原告」という。) X
同訴訟代理人弁護士 山本隆夫
東京都葛飾区〈以下省略〉
前記各事件被告(以下,単に「被告」という。) 株式会社Y
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 小林哲也
同 今泉真昭
主文
1 被告は,原告に対し,金506万5865円及びこのうち金473万8203円に対する平成26年10月26日から支払済みまでは年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,金358万9821円を支払え。
3 被告は,原告に対し,金6万9648円及びこれに対する平成26年9月26日から同年10月10日までは年6パーセント,同月11日から支払済みまでは年14.6パーセントの各割合による金員を支払え。
4 被告は,原告に対し,金26万9428円及びこれに対する平成26年10月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
5 被告は,原告に対し,金54万9167円を支払え。
6 被告は,原告に対し,金194万4000円及びこれに対する平成27年4月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
7 被告は,原告に対し,金120万円及びこれに対する平成26年9月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
8 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
9 訴訟費用はこれを10分し,その4を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
10 この判決は,第1項,第3項ないし第7項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
(1) 被告は,原告に対し,金506万5878円[平成24年7月11日から平成26年9月10日までの法定時間外,深夜,休日及び所定時間外の労働に係る残業代(法定時間外,深夜及び休日の労働に係る割増賃金に加え,所定労働時間外だが,法定労働時間内の法内残業に係る残業代をいう。早出による時間外労働に係るものを含む。以下,同じ。)の未払分473万8204円及びその各支払日である平成24年8月から平成26年9月までの毎月25日の翌日から平成26年10月25日まで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金32万7674円の合計額]及びこのうち上記残業代未払分473万8204円に対する平成26年10月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員(遅延損害金)を支払え。
(2) 被告は,原告に対し,金220万2892円(不法行為に基づく平成23年7月11日から平成24年7月10日までの残業に係る残業代未払分に代わる損害金)及びこれに対する平成24年7月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員(遅延損害金)を支払え。
(3) 被告は,原告に対し,金358万9821円(平成24年10月11日から平成26年9月10日までの残業に係る割増賃金未払分に係る付加金)を支払え。
2 第2事件
(1) 被告は,原告に対し,金6万9648円(平成26年9月4日から同月10日までの源泉徴収等控除後の賃金未払分)及びこれに対する平成26年9月26日から同年10月10日までは年6パーセント,同月11日から支払済みまで年14.6パーセントの各割合による金員(遅延損害金)を支払え。
(2) 被告は,原告に対し,金26万9428円(平成26年9月11日から同年10月10日までの源泉徴収等控除後の賃金未払分)及びこれに対する同月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員(遅延損害金)を支払え。
(3) 被告は,原告に対し,金55万7750円(退職金)を支払え。
(4) 被告は,原告に対し,金194万4000円(解雇による不法行為に基づく賃金相当損害金)及びこれに対する平成27年4月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
(5) 被告は,原告に対し,金200万円(解雇による不法行為に基づく慰謝料)及びこれに対する平成26年8月29日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 第1事件は,原告が,被告に対し,残業代及びこれに代わる損害金の支払を求める事案である。
第2事件は,合意退職に先立つ解雇の違法・無効を主張して,解雇から合意退職までの間の賃金,合意退職による退職金及び不法行為に基づく損害賠償金(賃金相当損害金及び慰謝料)の支払を求める事案である。
2 争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨によって認定した事実は,括弧内に証拠番号等を示す。争いがない事実であっても,参照の便宜のために括弧内に証拠番号を示した。)
(1) 被告は,建築材料の製造,学習塾の運営等を目的とする株式会社であり,役員として代表取締役1名,取締役2名及び監査役1名がいる。学習塾は東京都内に1校舎,千葉県内に2校舎を有している(甲A1,B1)。
(2) 原告は,昭和59年○月○日生まれの女性であり,平成18年6月21日,被告との関連を有する会社である株式会社a(以下「a社」という。)との間で「専任講師」として労働契約を締結して,千葉県松戸市内所在の「b校」(以下「b校」という。)での勤務を開始した。同年7月20日,a社との間で次の内容で正社員としての労働契約を締結し直した(甲A3,4,B2,13,26)。
ア 期間の定め なし
イ 就業場所 b校
ウ 業務の内容 教育・マネジメント業務
エ 始業・終業時間 始業13時00分,終業22時00分
オ 所定時間外労働 有
カ 賃金 毎月10日締め,当月25日払い
基本給月23万円,賃金規程による諸手当
キ 自己都合退職 退職する30日前に届け出ること
(3) 原告は,当初,b校の専任講師として勤務していたが,平成20年5月からはb校の教室長として勤務してきた。
(4) a社の学習塾経営事業は,平成20年10月,a社から被告に事業譲渡された。これに伴い,原告に対して「労働条件,身分等はa社と同等として出向を命じる」旨の辞令(甲B17)が発せられ,被告は,原告とa社との前記(2)の労働契約を承継し,原告は,そのままb校での教室長としての勤務を継続した。b校は,被告の運営する3つの教室では最も生徒の人数が多かった。
(5) 被告は,平成20年10月1日から次の要旨の定めを含む賃金規定(甲A7)を施行している。
ア 計算期間及び支払日(4条)
前月11日より当月10日までとし当月25日に支払う。
イ 役付手当(12条)
役職者たる教室長に対して月2万円の役付手当を支給する。欠勤した月については,出勤日数に応じて日割計算とする。
(6) 被告は,原告に対して,平成22年11月から家族手当,食事手当等を除き,毎月必ず支給する給与として月31万円を支給し,その内訳を「基本給」26万円及び「役付手当」5万円と表示していた(甲A9の37,38,40ないし48)。
(7) 被告は,次の要旨の定めを含む就業規則(甲A6,B3。以下「被告就業規則」という。)を定め,平成23年9月1日から施行していた。ただし,勤務時間の定め(後記ア)に関しては,同月11日以降,実際の始業時間は午後1時30分とされて,所定労働時間は30分短縮されて7時間30分となった。変形労働時間制は,単位期間内の各週・各日の所定労働時間が定められておらず,実際には施行されていなかった(甲A6,8,A11の1,B3,弁論の全趣旨)。
ア 勤務時間(33条)
毎年4月1日を起算日とする1年単位の変形労働時間制
始業 午後1時,終業 午後10時,休憩 60分
イ 時間外労働(35条)
所定労働時間を超えて労働させた場合は賃金規程に基づき時間外手当を支払う。業務が始業時刻前30分以上若しくは終業時間後30分以上の時間にわたる場合に,時間外勤務を命ずるものとする。
ウ 女子の時間外勤務の制限(37条2項)
満18歳以上の女子は,従業員代表との協定による場合でも1週間6時間,1年150時間を超えて時間外勤務をさせることはない。
エ 休日(41条)
(ア) 従業員の休日は原則として次のとおりとする。
a 隔週休2日制
b 本部の作成するカレンダーによる
(イ) 業務の都合により必要やむを得ない場合は,前記(ア)の休日を他の日と振り替えることがある。休日振替によって勤務する日は休日勤務とはせずに通常の勤務日の取扱いをする。
オ 管理監督者の適用除外(43条)
次の従業員は労働基準法41条による適用除外者として,被告就業規則の勤務時間,休憩時間及び休日の規定を適用しない。
(ア) 塾長相当職以上の者
(イ) 前記(ア)該当者の不在の部における店長及び塾長代理相当職のうち必要と認めるもの
(ウ) 労働基準法適用事業場の長に当たる者(出張所等)
(エ) 経営上の機密事務を取り扱う者
(オ) 監視又は断続的労働に従事する者で,行政官庁の許可を受けた者
カ 休日実施手続(49条)
年次有給休暇等の休暇を請求する場合には所定の様式により前もって所属長に休暇届を提出して,その承諾を得なければならない。ただし,予め届け出をする時間がない場合は速やかに電話などの適切な手段をもってその旨を所属長に連絡し,出社後直ちに所定の手続をとらなければならない。
キ 賃金(62条)
従業員の賃金は別に定める賃金規定により支給する。
ク 退職金(63条)
従業員の退職金は別に定める退職金規定により支給する。
ケ 退職(67条)
退職を希望するものは1か月以前に(主任以上の職にある者又は勤続5年以上の者は3か月以前),その理由を付して所属長を経て申し出て会社の承認を受けなければならない。退職届を提出したものは会社の承認があるまでは従前の業務に服さなければならない。ただし,退職届提出後1か月(主任以上の職にある者又は勤続5年以上の者は3か月)を経過した場合は,この限りでない。退職届を提出した者は,退職までの間に必要な事務の引継ぎを完了しなければならない。
コ 懲戒(75条)
懲戒は譴責,減給,降格,出勤停止,諭旨解雇及び懲戒解雇とし,その行為の軽重又は情状によって裁定する。懲戒解雇は,予告期間を設けることなく即時解雇し,予告手当(平均賃金の30日分)及び退職金は支給しない。
サ 懲戒事由(77条)
(ア) 勤務を著しく怠った者
(イ) 諸規定及び命令等に故意に違反した者
(ウ) 会社の信用,体面を汚した者
(エ) 会社に重大な不利益を及ぼした者
(オ) 素行不良で他の従業員に悪影響を及ぼす者
(カ) 正当な理由なく,しばしば遅刻,早退又は欠勤する者
(キ) その他,前各号に準じる程度の不都合な行為をした者
シ 即時解雇(78条)
従業員が,次の各号の一に該当するときは,67条(前記ケ)によらず,労働基準監督署長の認定を受けた上で即時解雇する。
(ア) 「76条」各号の行為にして特に情状の重い者(ただし,76条は,故意又は過失で会社に損害を与えた者にその賠償をさせる旨の規定であり,「76条」とは前記サの懲戒事由を定める77条の誤記と考えられる。)。
(イ) 重要文書の廃棄,改ざん,偽造を謀った者
(ウ) 犯罪行為のあった者
(エ) 会社の承認を受けずに他に雇い入れられた者
(オ) 数回懲戒を受けたにもかかわらず,なお悔悛の見込みがない者
(カ) 経歴を偽り又は不正な方法で従業員となった者
(キ) その他前各号に準ずる行為のあった者
(8) 被告は,平成23年9月5日,従業員らに対して,固定残業代を導入し,その分基本給を切り下げる賃金変更を提示し(ただし,被告の従業員らに対する説明が十分なものであったかは争いがある。),同年10月25日支払の給与から実施した(以下,被告が導入した固定残業代制度を「本件固定残業代制度」という。)。原告の同日支払分の給与明細(甲A9の49)では,家族手当等を除き,毎月必ず支給する給与31万円の内訳が「基本給」14万6000円,「固定残業」11万4000円及び「役付手当」5万円と記載されるようになった(甲A8,A9の49ないし51,53ないし64,66ないし77,79ないし86,甲B27,乙A2)。
(9) 被告は,原告に対し,季節的な繁忙期には,所定労働時間外の労働に対し,「季節講習手当」ないし「季節残業」代(以下「季節残業代」という。)として,通常の賃金とは別の臨時の賃金を支払うことがあり,その支払状況は次のとおりであった(甲A9の53,61,66,74,79,弁論の全趣旨)。
ア 平成24年1月25日支払 金4万1000円
イ 平成24年9月25日支払 金6万円
ウ 平成25年1月25日支払 金4万1000円
エ 平成25年9月25日支払 金4万2000円
オ 平成26年1月25日支払 金3万1000円
カ 平成26年9月25日支払 金2万2500円
(10) 原告は,平成26年7月5日,被告の取締役で,エリア長である甲山Bに対して,同日付け退職届(甲B25。以下「本件退職届」という。)を提出して,一身上の都合で同年10月10日をもって退職し,退職までの間,同年8月に5日,同年9月に勤務日全日(24日),同年10月に8日間の有給休暇を取得することを届け出た(甲A1,B1)。
(11) 被告は,退職金規定(甲B23)において,正社員が円滑な手続により退職し,又は解雇され完全に所管の業務の引継を完了した者には,勤続年数に応じて定める金額を退職金として支給すること(勤続年数8年は金53万2000円,9年は金63万5000円),被告就業規則76条により懲戒解雇された場合,退職金は減額又は不支給とされることがあることを定めている(甲B23,弁論の全趣旨)。
(12) 原告は,弁護士に依頼して,被告に対し,平成26年8月21日,平成23年7月11日から平成26年7月10日までの残業に係る残業代及びその遅延損害金として金765万2324円の支払を催告する通知書(甲A12,B4)を発送した(以下「本件催告」という。)。被告は,後日回答する旨の同月28日付け通知書(甲A13,B5)を返送した。
(13) 被告は,原告に対し,平成26年8月25日,基本給14万6000円,固定残業代11万4000円,役付手当5万円,家族手当2万円,食事手当1万2000円として合計34万2000円を支給し,公租公課を控除した手取りとして金26万9428円を支払った(甲A9の86,甲B27)。
(14) 被告は,平成26年8月30日,原告代理人弁護士に対し,同月29日付け通知書(甲A15,B6)を発送し(同年9月2日到達),本件催告における残業代の計算根拠を争い,労働基準法115条による2年の消滅時効を援用した(この消滅時効援用によって,本件催告までに毎月25日の支払日から2年の消滅時効時間が経過していた平成23年7月11日から平成24年7月10日までの残業に係る残業代支払請求権は時効消滅した。)。また,被告は,原告を懲戒解雇し(以下「本件解雇」という。),上記通知書の到達をもって雇用関係を終了させ,退職金の支給も行わない旨を通知した。被告は,上記通知書内で,本件解雇の理由として,原告が教室長の職務として生徒に対する月謝支払の督促等の回収業務が行う義務があるところ,被告が何度注意をしても全く滞納月謝の回収行為をせず,そのまま滞納のある生徒も教室で教えており,b校の平成24年度決算で,金91万7970円の未収金が生じ,やむなくそのうち金19万3860円を雑損処理し,現在も金48万6710円の未収金が残存し,原告と滞納のある生徒の父母との間に何か特別な関係があるではないかとの疑念もあり,また,これ以外にも調査中の信頼関係を破壊する多くの事由があり,被告就業規則の定める懲戒事由(前記(7)サ(ア),(エ),(キ))の「勤務を著しく怠った者」「会社に重大な不利益を及ぼした者」「前各号に準じる程度の不都合な行為をした者」に該当する旨を記載し,未収金68万0570円(上記の金19万3860円と48万6710円の合計額)の支払を催告した。
(15) 被告は,平成26年8月30日,同月29日付け通知書(甲A14,B7)を発送して(同年9月2日到達),原告に対して,本件解雇及び未収金の支払催告を通知した。被告は,同年9月1日にも電子メールで本件解雇の旨を原告に発信した(甲B13)。
(16) 原告は,弁護士に依頼して,平成26年9月9日,被告の主張に反論し,本件解雇の撤回などを求める回答書(甲A16,B8)を発送した。その後も,原告と被告間では通知書等(甲A17ないし21,甲B9ないし11,15,16)が交換されたが,交渉の妥結には至らなかった。
(17) 被告は,平成26年9月25日,原告に対し,平成26年8月11日から同年9月3日までの賃金として金19万9780円を送金の方法で支払った。うち金2万2500円は季節残業代である(前記(9)カ)。
(18) 被告は,離職年月日を平成26年9月3日として原告の雇用保険被保険者離職票(甲B24。以下「離職票」という。)を発行し,離職理由を「重責解雇」と記載した。
(19) 原告は,平成26年10月7日,本件解雇の無効確認並びに未払賃金及び慰謝料の支払を求める労働審判事件を申し立てた(東京地方裁判所平成26年(労)第726号)。東京地方裁判所労働審判委員会は,平成27年2月16日,本件解雇が撤回され,原告が被告都合で退職したことを確認し,被告が解決金200万円を支払う旨の労働審判を告知したが,被告は,同月27日,異議を申し立て,第2事件に訴訟移行した。
(20) 原告は,平成26年11月10日,残業代,残業代に代わる損害金,慰謝料100万円及び付加金473万8204円の支払を求める労働審判事件を申し立てた(東京地方裁判所平成26年(労)第820号)。東京地方裁判所労働審判委員会は,平成27年2月16日,被告が解決金330万円を支払う旨の労働審判を告知したが,被告は,同月27日,異議を申し立て,第1事件に訴訟移行した。
3 争点
(1) 残業代,同相当損害金
ア 原告の管理監督者性
イ 残業代の基礎賃金
(ア) 役付手当の算入
(イ) 本件固定残業代制度導入の有効性
(ウ) 時間単価の計算
ウ 労働時間
エ 残業代不払による不法行為
(2) 本件解雇の有効性
(3) 本件解雇の不法行為性
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)ア(原告の管理監督者性)について
ア 被告の主張
次の事情に照らして,原告は,労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という。)に当たる。
(ア) 原告は,教室長であり,授業の内容や日程の決定,授業料の出納など,教室運営に関する広範な裁量と権限を有する経営側の立場にある。被告は,教育事業として教育者や教室長の自主性を尊重して,原告の作成するシフト表(乙A1)をそのまま受け入れ,できるだけ教室の運営には干渉していなかった。
(イ) 教室長のもとで働く講師の採用,雇用条件の決定及び昇給は教室長の権限であり,被告は事後報告を受けるのみで,一切干渉できない。
(ウ) タイムカードや出勤簿は,後日,まとめて送付されるものに過ぎず,欠勤の有無を確認する程度の意味しかなく,これらで出退勤を管理していたわけではない。欠勤や遅刻,早退があっても原告の給与からの控除もされていない。
(エ) 教室長は月5万円の役付手当に加え,売上げの貢献に報いる成果報酬を支給していた。その結果,原告の年収は少なくとも約470万円,多いときには約511万円に達し,20歳代の女性としては相当に高額で,被告の中でも3番目に高いものとなっていた。
(オ) 各教室は独立採算制に類似する制度をとっており,各教室長にはそれに対応する権限がある。原告は,教室長として,被告の経営会議に相当する事業部会議,教室長会議に出席もしていた。
イ 原告の主張
被告は,甲山家に属する者が常務兼教育事業部長,取締役兼総務課長兼エリア長等を務めるなどして実権を握っている会社であり,被告の教育事業部では,教育事業部長及びエリア長を除くと,正社員は教室長,副教室長各3名に過ぎない。教室長に過ぎない原告に経営に関する権限はなく,b校での業務も授業カリキュラム,アルバイト等の時間割作成など以外は全て上司であるエリア長及び常務兼教育事業部長の承認を要し,毎日のようにその日の出来事の報告を義務付けられていた。被告は問題があれば原告のシフト表作成にも異議を述べる権限を留保しており,異議を述べることがなかったのは,原告のシフト表作成に問題がなかったからに過ぎない。被告は,月例の会議で教室長に生徒数,活動内容等の現状を報告させ,生徒の獲得について意見を述べ,季節講習毎の収益目標金額やこれを達成するための売上単価の設定等の指示をしていた。人事権は,あらかじめ定められた規定に従ったb校におけるアルバイト講師の採用及び給与決定しか有していない。原告もアルバイト同様,授業の講師を担当し,タイムカードや出勤簿で労働時間の管理を受けていた。
(2) 争点(1)イ(ア)(役付手当の算入)について
ア 被告の主張
役付手当を残業代算定の基礎賃金に含めるのは不当である。
イ 原告の主張
役付手当は,労働基準法37条5項,労働基準法施行規則21条所定の除外賃金(以下,単に「除外賃金」という。)に当たらないから,残業代算定の基礎賃金に含めるべきである。
(3) 争点(1)イ(イ)(本件固定残業代制度導入の有効性)について
ア 被告の主張
被告は,平成23年9月5日,1時間をかけて「Y社教育事業部勤務体制改善案」(乙A2)を示して本件固定残業代制度の趣旨,目的,内容に加え,基本給の減額を伴うことを説明して,本件固定残業代制度導入につき,原告の同意を得た。他の教室長らも全員本件固定残業代制度の導入に同意している。原告は,その後,給与明細で本件固定残業代制度に基づく内訳が示された給与を何の異議も述べずに受領してきた。
本件固定残業代制度では,固定残業代が想定している時間外,深夜及び休日の労働時間数が明示されていないが,金額で明確に区分されており,被告は,労働基準監督署から金額の明示で構わないとの回答も得ている。
イ 原告の主張
原告は,被告から本件固定残業代制度につき給与明細の記載方法が変更されるだけで給与には変更はないとしか説明されておらず,原告には,その内容が全く理解できなかった。本件固定残業代制度は,総額は変更せず,基本給を大幅に減額する明細の変更を行うだけで,新たな支払を伴わないから,残業代支給の実体がなく,原告が容易に同意するはずがない。
原告は,被告から,平成26年8月4日,基本給14万6000円及び役付手当5万円,固定残業代11万4000円を支給する旨の記載がある平成23年8月31日付け労働契約書案(甲A5)を交付されて,署名押印を求められたが,原告は,これに署名押印せず持ち帰った。被告は,原告が本件固定残業代制度導入を同意していないからこそ,上記労働契約書案に署名押印を得ようとした。
被告就業規則,被告の賃金規定その他の規則に本件固定残業代制度を定めたものはなく,本件固定残業代制度は無効である。
(4) 争点(1)イ(ウ)(時間単価の計算)について
ア 原告の主張
残業代の基礎賃金とすべき原告の毎月の賃金額は,基本給14万6000円,無効な固定残業代11万4000円及び役付手当5万円の合計である金31万円である。これを1年間における1月平均所定労働時間数で除した金額(時間単価)は,次のとおりである。
(ア) 平成23年7月11日から同年9月10日まで(1日の所定労働時間が8時間であった期間)
a 月平均所定労働時間(ただし,法定労働時間の範囲内に限る)
173.80時間
b 時間単価
金1784円
(イ) 平成23年9月11日から同年12月31日まで及び平成25年1月1日から平成26年9月10日(1日の所定労働時間が7時間30分で閏年ではない期間)
a 月平均所定労働時間
171.87時間
b 時間単価
金1804円
(ウ) 平成24年1月1日から同年12月31日まで(1日の所定労働時間が7時間30分で閏年である期間)
a 月平均所定労働時間
172.50時間
b 時間単価
金1797円
イ 被告の主張
争う。
(5) 争点(1)ウ(労働時間)について
ア 原告の主張
(ア) b校では午後9時50分ないし午後10時10分に授業が終了するため,所定の終業時刻(午後10時)を過ぎることが多く,授業終了後も,生徒に対する個別指導を行う,生徒を見送る,講師からの報告を受け,指導内容を助言する,被告に対する報告書を作成する,電子メールでの日次報告や後片付け,戸締りを行うといった業務が残っていた。授業準備,清掃,配布物の作成,授業時間割の作成等の事務作業,保護者面談,月2回の会議(午前11時又は午後0時開催)や季節講習,生徒に対する個別指導のため,始業時刻前の早出出勤を余儀なくされる日もあった。定期テスト対策や季節講習(7月下旬から8月まで,12月下旬から翌年1月上旬まで)のための特別授業の必要から休日に出勤することもあった。このように被告では長時間労働が常態化し,退職者が出るほどであり,原告もエリア長に過重労働を理由に辞職を相談したことがある。
被告は,電子メールによる日次報告,1か月ごとにタイムカードや出勤簿で労働時間が報告されており,その内容は正確であり,原告から訂正を求められたり,異常又は不要な時間をかけているとの指摘を受けたりしたこともなく,被告は,残業を容認し,明示又は黙示にこれを指示していた。b校は,他の教室(生徒数は最大でも約60人)に比べて生徒数(八十数名)が多く,他の教室との比較はできない。原告は,休日出勤の事前又は事後に報告しており,被告もその内容を把握しており,原告の本件退職届提出後には「休日の取得状況調査」(甲B20の1,2)もまとめられている。
(イ) タイムカード及び出勤簿に基づくと,平成23年7月11日から平成26年9月10日までの時間外,深夜及び休日の労働の時間数は,別紙1「時間・賃金計算書」記載の労働時間を下らない。このうち,消滅時効が未完成の平成24年7月11日から平成26年9月10日までの残業に係る残業代から既払金である季節残業代19万6500円(前記第2の2争いのない事実等(9)イないしカ)を控除した未払分は,別紙2「請求金額計算書」記載の「1 平成24年7月11日から平成26年9月10日までの未払残業代」のとおり,金473万8204円である。その各支払日(毎月25日)から平成26年10月25日までの商事法定利率年6パーセントによる遅延損害金額は金32万7674円であり,残業代残金473万8204円との合計額は金506万5878円となる。
イ 被告の主張
(ア) 授業終了後も原告が残っていても,生徒との私的な会話,従業員間の雑談など,業務外のことに時間を費やしていることが多かった。被告は,授業は全て午後9時50分で終了するよう,教室長に授業の日程を組ませていた。休日出勤を命じたことはなく,仮に休日出勤を要したとすれば,原告の日程の組み方に問題があったためである。休日出勤の後は代休をとるようにも指示していた。被告は,休日出勤を要するときは,事前にその理由や日を報告するよう指示し,原告以外の教室長は現にその報告を行っていたが,原告からは,平成24年,25年とも全く報告がなく,平成26年の報告もほとんど事後報告であった。原告からの日次報告は,問い合わせ,面談等の件数及び簡単なコメントのみで,勤務状況を知りうるものではない。
(イ) 原告主張の労働時間は,原告自らが作成したシフト表や他の教室長の勤務状態に照らすと,連日のように数時間の早出や数時間の授業後の残業を行っており,極めて異常である。原告は自らシフトを作成していたから,長時間労働を避けることができたし,被告や同僚に対し,長時間労働の苦労を訴えたことはない。生徒数が多くとも,その分,スタッフも増えるから労働時間が長くなるとは限らず,被告は,b校に特別に複数の副教室長,事務補助員を配置していた。b校の面談件数は他の教室に比べ少なかった。
(6) 争点(1)エ(残業代不払による不法行為)について
ア 原告の主張
(ア) 原告は,被告によって,約8年間,年間1000時間,月によっては「過労死ライン」とされる月80時間を超える月100時間超のサービス残業を強いられた。被告は,原告からの電子メールによる日次報告,1か月ごとに送付されるタイムカードや出勤簿で残業の実態を知り,かつ,労働基準法上の割増賃金支払義務を明確に認識しつつ,原告の給与明細(甲A9の1ないし86)に正確な時間外労働を記載せず,原告の実際の労働日に合わせて,給与明細上の「要勤務日数」を記載することで労働時間の把握を妨げており,殊更に残業代の支払を怠り,労働者の犠牲で人件費削減の利益を図ってきた。被告は,本件固定残業代制度の導入でも残業代支払を不当に免れようとし,原告からの残業代支払請求に対しては,その報復として本件解雇で臨んで,原告の生活の途である収入を奪うとともに再就職も妨害しており,悪質である。
(イ) このように被告は,残業代請求権を故意又は過失によって侵害してきたから,消滅時効が完成した残業代につき,不法行為に基づき損害賠償を求める。その金額は,別紙2「請求金額計算書」記載の「2 平成23年7月11日から平成24年7月10日までの未払残業代相当損害金」のとおり,既払金である季節残業代4万1000円(前記第2の2争いのない事実等(9)ア)を控除して,金220万2892円である。
イ 被告の主張
(ア) タイムカードも出勤簿もまとめて提出されるため,被告が日ごとに内容を把握できたわけではない。教室内にいても業務に従事していないこともあるから,その内容が労働時間をそのまま反映しているわけでもなく,被告は,タイムカードや出勤簿を労働時間管理に用いていたわけではない。原告の実際の労働日に合わせて,給与明細上の「要勤務日数」を記載していたのは,原告の事前報告がなく,休日出勤に代わる代休をいつ取得したか,不明瞭であったため,やむを得ず出勤簿上の出勤日数の転記したに過ぎない。
原告は,被告に対する報告の業務を後回しにする傾向があり,電子メール等による問い合わせにも返答がないことがしばしばあり,被告は,業務過多の可能性を考え,パート勤務の業務補助事務員の雇用を何度か提案したが,原告は「事務員を雇っても手伝わせる仕事量がない」とこれを拒否した。
(イ) 原告の不法行為に基づく損害賠償請求の実質は,既に消滅時効が完成した残業代の請求にほかならず,消滅時効制度の趣旨に反するもので失当である。
(7) 争点(2)(本件解雇の有効性)について
ア 被告の主張
本件解雇は,次の理由によるもので,正当なものである。
(ア) 被告は,未収金が目立つようになっており,支払を適切に確認する必要もあったことから,平成26年4月,原告を含む各教室長に対して,授業料支払を口座引落又は振込の方法に移行させるよう指示し,原告以外の教室長は,その指示を実行した。ところが,原告は,生徒から悪く思われたくないという個人的な体面を重視して,この指示に従わず,持参払の方法を維持し,そのため,未収金は回収されず,未収金を拡大させた。また,被告から何度注意され,反省を促され,他の従業員からも勧められ,他の教室長から方法の教示も受けながら,他の教室長は実践している保護者を訪問して面談する方法を全くとらず,未収金の督促・回収を全く行おうとせず,その態度は頑なで改善の可能性はなかった。その過程で,原告には弁明の機会も十分に与えられている。
その結果,b校の未収金は,平成24年度に金91万7970円に達し,そのうち回収が事実上難しいと考えられる金19万3860円を雑損として経理処理した。被告は,原告に対し,授業料支払を確認できない生徒の授業出席,模擬試験,検定等に応じてはならず,絶対に滞納を発生させないように指示し,原告もこれに従うと明言しながら,その後,更に金48万6710円の未収金を生じさせた。
このような原告の言動は,業務命令及び服務に違反して,被告に重大な不利益を与え,被告との信頼関係を破壊するもので,被告就業規則77条所定の懲戒事由である「勤務を著しく怠った者」「会社に重大な不利益を及ぼした者」「前各号に準ずる程度の不都合な行為をした者」に該当する。
(イ) 原告は,次のとおり協調性や配慮の欠如があった。
a 被告運営の学習塾では毎年1月,2月の入学試験対策が重要な課題となっているため,生徒に迷惑をかけないよう,生徒の進学結果が判明する3月ころに退職時期を設定することが通例である。ところが,原告は,教育事業の特質を慮らず,受験生にとって重要な夏期講習中に退職を申し出て授業を放棄して,その責務を果たさず,著しい混乱を招き,社員,講師及び生徒から不満が出て,退塾者が続出した。被告は,本件退職届による退職を承認していない。
b 原告は,b校の運営に関し,周囲に諮ることなく,全て自分の中で決め,周囲から質問されても回答せず,他の従業員から原告が何をしているか分からないというクレームが上司に寄せられた。
(ウ) 以上の通り,原告には懲戒事由があり,社内でも不満も高まっていたため,やむなく本件解雇に踏み切った。原告は,自らの言動のため,いずれ厳しい処分が科される可能性を十分に認識することができた。
本件解雇は,残業代の請求に対抗したものではない。労働基準監督署の除外認定がないのは手続の問題であり,懲戒事由とは関係とない技術的問題に過ぎない。
イ 原告の主張
(ア) 原告は,主たる業務である生徒への個別指導などで長時間労働を強いられる中,未収金の回収に努力し,滞納者に対し,その都度「授業料等御振込・ご持参のお願い」の文書を送付するなどして,滞納月謝の回収に努力して未収金を減少させてきた。被告が授業料の受領方法を口座振替や振込に変更したのは,防犯上,各教室に現金を置かないことが目的であり,未収金の発生防止とは関係ないし,原告も未収金回収のための文書を「授業料等お振込のお願い」(甲B21の32ないし36,90ないし93)に変更している。現存する未収金の回収も十分可能である。被告は,平成26年2月までは未収金の回収を具体的に指示したことはなく,被告から原告に特に注意や指示もなかった。原告は,在職中,懲戒処分を受けたことはなく,むしろ,無遅刻・無欠勤で残業も進んで行い,b校は最も生徒数や収益が多く,被告の営業に多いに貢献してきた。
(イ) 原告は,生徒に慕われ,アルバイト講師や保護者にも信頼されて,b校は生徒数及び収益が最も多く,被告は,b校を模範にするようといっていた。教室長の退職が3月でなければならない通例はなく,原告は,本件退職届の提出後,1か月半にわたって引継業務を行い,被告から退職時期や引継ぎに異議を受けることもなかった。
原告が本件退職届を提出したところ,被告の常務兼教育事業部長である甲山Cは,平成26年7月9日,原告との話し合いを求めて,「できることなら引き留めたいと思っていた」「業績も非常に良くて,まだまだ続けてもらえると思っていた」などと言った後,同月10月10日の退職を前提に退職までの有給休暇の取得の話をして,退職金も規程通り支払うと言って,原告の退職を承認しており,原告にとって,本件解雇は全くの予想外であった。
(ウ) 本件解雇では,原告の弁明聴取が一切行われていない。解雇予告手当の支給がない即時解雇にも関わらず,労働基準監督署の除外認定も受けておらず,その手続は著しく相当性に欠ける。
(8) 争点(3)(本件解雇の不法行為性)について
ア 原告の主張
被告は,原告に懲戒解雇事由がないことを知りながら,本件催告を受けて,その報復として本件解雇を行い,離職票に解雇理由を「重責解雇」と記載して,原告の再就職を妨げた。また,必要がないのに,本件解雇の事実を被告のアルバイト講師にまで公表し,原告の名誉やプライバシーを侵害した。
原告は,これによって平成26年8月分の賃金32万4000円の6か月分に相当する金194万4000円を下らない経済的損害を受け,慰謝料200万円に相当する精神的苦痛も受けた。また,賃金相当損害金は本件退職届による合意退職(平成26年10月10日)の6か月後の賃金支払日である平成27年4月26日を,慰謝料は本件解雇の意思表示発信の日である平成26年8月29日をそれぞれ遅延損害金の起算日とすべきである。
イ 被告の主張
原告の主張は争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)ア(原告の管理監督者性)について
(1) 前記第2の2争いのない事実等(1)ないし(7)に加え,証拠(甲A8,A10の1ないし4,A11の1ないし3,A22,25,B13,18,B20の1,2,乙A1,2,A6の1の1ないし18,A6の2の1ないし10,A6の3の1ないし17,A6の4の1ないし27,A6の5の1ないし25,A6の6の1ないし26,A6の7の1ないし25,A6の8の1ないし24,A6の9の1ないし22,A6の10の1ないし26,A6の11の1ないし27,A6の12の1ないし9,A7の1ないし3,A8,9,B1ないし15,原告本人尋問,証人甲山Bの証言)及び弁論の全趣旨によれば,①被告は,建築材料の製造を営む一方,教育事業部を設けて,3か所で学習塾を経営しており,各教室には,教室長1名,副教室長1名,アルバイト講師10名ないし20名が配置されていること,②各教室長の直接の上司は,3教室を統括するエリア長であり,被告の総務課長が兼任しており,その上位には,常務が兼任する教育事業部長が置かれていること,③教育事業部長及びエリア長を除くと,教育事業部所属の正社員は,教室長,副教室長(又はその候補)各3名程度にとどまること,④被告では,教育事業部会又は教室長会議と称される会議が月2回程度(多いときには週2回)開催され,教育事業部長及びエリア長が出席して,各教室長から報告を受けていること,⑤教室長は,その教室において,授業(学習指導や講習)のほか,その準備,アルバイト講師の授業日誌の確認,自らの授業日誌の作成,保護者面談,各種検定や模擬試験の実施,教室内の清掃,電話・来客対応,生徒や保護者との連絡,アルバイト講師の募集,面接,採用決定,研修及び昇給の決定,アルバイト講師のシフトの決定,配布物や掲示物の作成,説明会の参加,季節講習の立案及び申込用紙の作成,授業料の請求額やアルバイト講師の賃金の算定・入力,授業料の出納管理・未収金の督促,備品・教材の発注,教室の損益計算,販売促進活動など多岐にわたる業務を担当していること,⑥教室長には部下の正社員として副教室長又はその候補がいるが,教室長は副教室長又はその候補の人事決定には関与せず,せいぜい要望を出すにとどまること,⑦被告では,上司の部下との面談や指導の状況を「部下指導記録」(乙B1ないし14)という書面で記録に残し,指導者の上司が決裁することがあったが,原告には,そのような書面が作成されていることも知らされておらず,教室長である原告が,部下である副教室長に関し,類似の書面を作成するようなこともなかったこと,⑧被告は,原告によるシフトの決定に異議を述べることはなかったが,正社員(教室長である原告及び副教室長)をできるだけ多く組み込むことで,アルバイト講師の時給制による賃金を節約し,利益率を高めるよう指示していたこと,⑨原告は,本件固定残業代制度の立案,検討及び決定には関与していないこと,⑩被告は平成26年4月から授業料は口座振替又は口座振込の方法で受領し,各教室では現金を扱わない方針を採用したが,その方針の検討は教室事業部長及び総務課長が中心となって行われて,原告は関与せず,原告は決定後の指示を受けたにとどまること,⑪被告では,平成23年ころ,教室長の労働時間が過重となる事態が生じており,本件固定残業代制度は,その対策として導入されたものであるが,教室長の業務量の軽減に関しては,長時間労働を避ける旨の一般的な注意を与え,午後11時30分を超える深夜労働や休日勤務には申請書の提出を求める,休日勤務は振替休日を取るか,振替休日をとれないときは月1回を限度とすることを従業員らに指示するのみで,特に対策は講じられておらず,実際,長時間労働解消の実は上がらず,時間外や休日の労働が少なくなかったこと,⑫本件固定残業代制度で,固定残業代とされた月11万4000円につき,明確な計算を経たわけではないが,被告は少なくとも月60時間以上の時間外労働に相当するものと考えていること,⑬被告はタイムカードないし月ごとに提出させる出勤簿で原告の出退勤時刻を把握しており,この方法は被告も管理監督者と扱っていない副教室長も同様であったことが認められる。
(2) 前記(1)の認定事実を総合すると,b校を含む教室には,正社員はわずかしか配置されず,労務条件の決定その他の労務管理,被告全体の経営方針のみならず,各教室の運営の基本的事項,副教室長の人事その他の重要な決定は教育事業部で行われて,各教室に決定内容が伝えられるにとどまっているから,各教室が被告にとって重要な組織単位になっているとは言い難く,重要な決定における原告の関与はかなり限定的又は皆無で,これに実質的に参画していたとはいえない。原告は,教室長として,アルバイト講師の人事を含むb校の運営に相応の裁量権を有していたが,その裁量権は,b校内部の事項にとどまり,上司である教育事業部長及びエリア長の指揮監督を受ける従属的な要素も強く,経営者と一体的な立場にあったとは認め難い。原告は,管理業務だけでなく,授業,その準備,保護者面談,電話・来客対応,生徒や保護者との連絡,配布物や掲示物の作成なども自ら担当しており,副教室長やアルバイト講師と同様の業務を相当に担当しており,被告も長時間労働を厭わないことを教室長に求めていたから,労働時間に関する自由裁量もかなり制約されており,その地位の管理者としての性質が特に強いとはいえない。労働時間の管理は,被告も管理監督者と扱っていない副教室長と同様にタイムカードないし月ごとに提出させる出勤簿で実施されており,教室長に関して,その労働時間の自由裁量性が特に強調されていたような事情もうかがわれない。
(3) 前記第2の2争いのない事実等(6),(8)に加え,証拠(甲A5,7,A9の1ないし86,証人甲山Bの証言)及び弁論の全趣旨によると,原告は本件固定残業代や役付手当等の諸手当を含めて,毎月三十数万円程度の給与を受領しており,毎年12月10日,各校の経常利益の一定割合を各校の教室長,副教室長等に分配する成果報酬として,平成22年に約183万円,平成23年には約107万円,平成24年には約100万円,平成25年12月に約66万円も受領しており,その年収はかなり高く,被告の役員に次いでいたことは認められるが,単に賃金が優遇を受け,高額であるというだけでは管理監督者には当たらない。
また,成果報酬は業績によっては支給されないこともありうること,副教室長等も支給対象とされていること,原告ら教室長は,かなり長時間の時間外労働を余儀なくされ,被告もそれを期待する実態があり(前記(1)の⑧,⑪,⑫),長時間の労働時間数で除すれば賃金の時間単価がそれほど高額になるとは見込まれないことに照らせば,原告の賃金が管理監督者としての職責や高い地位に着目して優遇し,労働時間等の規制から除外する代償措置を講じようとする性質を十分に有するか,疑問である。
(4) 以上によれば,原告が管理監督者に当たるとは認められない。
被告就業規則は「塾長」すなわち教室長を管理監督者と扱う旨を定めているが(前記第2の2争いのない事実等(7)オ),この部分は,労働基準法に反し,無効である。
2 争点(1)イ(ア)(役付手当の算入)について
前記第2の2争いのない事実等(5)イに加え,証拠(甲A5,7)及び弁論の全趣旨によると,①役付手当は,賃金規定(甲A7)で教室長たる役職者に毎月支給することを定められており,一定の役職にある者に対して,その職責に応じて,一定額の手当を給付する趣旨で毎月支給されるものと推察されること,②本件固定残業代制度における固定残業代とも区別されるものであること,③被告賃金規定や労働契約書案(甲A5)には,役付手当の趣旨が残業代に代わる手当,残業や労働時間に応じた手当又は除外賃金(家族手当,通勤手当等)であることをうかがわせる記載はないことが認められる。
以上によれば,役付手当は除外賃金に当たらず,残業代又はこれに代わる賃金でもないから,残業代算定の基礎賃金に当たるというべきである。
3 争点(1)イ(イ)(本件固定残業代制度導入の有効性)について
(1) 前記第2の2争いのない事実等(2),(7)ウの事実に加え,証拠(甲A5,A10の1ないし4,A11の1ないし32,A22,23,25,乙A2,8,9,A7の1ないし3,原告本人尋問,証人甲山Bの証言)及び弁論の全趣旨によれば,①本件固定残業代制度を導入した当時,被告の教育事業部では,正社員,特に教室長の長時間労働に依存し,それが原因の一つとなって正社員の退職者を招き,被告も残業に対する賃金を支払っておらず,「サービス残業を黙認」していたと自認せざるを得ない状況であったこと(ただし,過去の「サービス残業」に対する残業代の支払は行われていない。),②被告は,「サービス残業対策」を標榜して本件固定残業代制度を導入したが,賃金の増額はなく,むしろ,所定労働時間に対応する基本給が減額され,仮に本件固定残業代制度が有効であれば時間外労働による残業代の発生が制限されるため,従前の「サービス残業」の状態を実質的に追認して,残業代を含む賃金に関する労働条件を不利益に変更するものとなっていたこと(その不利益の代償として,労働者に有利な労働条件の変更が図られたような事情はうかがわれない。),③労使間において,本件固定残業代制度の導入前の基本給には残業代の趣旨は含まれていないことが共通の認識となっていたこと,④被告は,従業員らに「Y社教育事業部勤務体制改善案」(乙A2)を提示して,本件固定残業代制度の説明を行ったが,その前後に労使対等の立場で本件固定残業代制度導入の当否,内容の適否等を協議したり,従業員らの意見を募ったりする機会は設けられていないこと,⑤「Y社教育事業部勤務体制改善案」(乙A2)では,本件固定残業代制度について「固定残業代制度の導入(給与の明細変更)」という文言を用いて説明しており,「メリット」として「労働時間の減少」「法令遵守に近い制度構築」等を列挙する一方,賃金の減額であることは明示されず,デメリットの記載もなく,被告の側でも基本給の減額を伴う労働条件の不利益変更という意識に乏しかったこと(甲山証言23頁),⑥本件固定残業代制度で,固定残業代とされた月11万4000円につき,明確な計算を経たわけではないが,被告は少なくとも月60時間以上の時間外労働に相当するものと考えていたが,この時間数は,被告就業規則における女子の年間150時間の時間外勤務制限(前記第2の2争いのない事実等(7)ウ)に反すること,⑦被告は,本件固定残業代制度の導入に際して,従業員らに対し,長時間労働の防止のため,長時間労働を避ける旨の一般的な注意を与え,午後11時30分を超える深夜労働や休日勤務には申請書を提出すること,休日勤務は振替休日を取るか,振替休日をとれないときは月1回を限度とすることを指示したが,教室長の業務量の軽減に関しては,具体的な対策を講じていないこと,⑧被告は本件固定残業代制度とほぼ同時に労働時間の管理方法を出退勤時刻の機械的把握が可能なタイムカードの利用から従業員の自己申告による出勤簿に変更したこと,⑨被告は,本件退職届の提出後,基本給14万6000円及び役付手当5万円,固定残業代11万4000円を支給する旨の記載がある平成23年8月31日付け労働契約書案(甲A5)に原告の署名押印を得ようとしたが,原告は,これに応じなかったこと,⑩原告は,本件催告までは,本件固定残業代制度につき,明確に異議は述べておらず,本件固定残業代制度を前提に内訳を記載した給与明細(甲A9の49ないし51,53ないし64,66ないし77,79ないし86)も受領していたことが認められる。
(2) ところで,使用者と労働者の合意によれば,強行法規等に反しない限り,既存の労働条件を労働者の不利益に変更することはできるが(労働契約法8条),個々の労働者と使用者との間では事実上の交渉力や情報力の格差が大きく,特に在職中は労務指揮権を有する使用者の事実上の優位,勢威のため,労働者の自主的な交渉及び使用者との対等な立場(同法1条,3条1項)を確保できないことがしばしばあるから,労働条件の不利益な変更,特に労働の対価たる賃金の減額は労働者が変更内容を十分に理解した上で自由な意思に基づいて同意したものと認められるか,慎重に認定すべきであり,合意を成立させる同意が労働者の自由意思においてなされたと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在することを要するというべきである。ことに,労働条件の不利益な変更が合理的なものとはいえず,書面等による明確な意思表示がなく,労働者から異議は出なかったというにとどまるときには,労働者が不満や反対の意思を持ちつつも,個別にそのような意思を表明することが期待できない状況であることもしばしばあるから,労働者の同意を軽々に認定すべきではない。
(3) そして,前記(1)の認定事実によれば,原告から本件固定残業代制度の導入に同意する旨の明示の意思表示がされていないことは明らかである上,本件固定残業代制度は,基本給を減額し,その分を固定残業代に振り替えることで,それまでのサービス残業の実態を温存し,残業代の発生を制限する重大な不利益変更を内容とし,合理的なものともいえないにもかかわらず,従業員らに対しては,この不利益性や不合理性が明確にされず,むしろ,「サービス残業対策」と,あたかも労働条件の改善を図る,又は単に「給与の明細変更」に過ぎないように説明されており,協議や意見交換の機会も設けられていない。「労働時間の減少」が図れるような説明もされているが,本件固定残業代導入の際に,長時間労働を抑制するための実効的な措置が講じられたことはうかがわれず,本件固定残業代自体,かなりの長時間労働で,女子の時間外勤務制限にも反する月60時間以上の時間外労働を予定しており,かえって,労働時間の把握方法をわざわざ正確性に劣る方法に切り替えており,長時間労働抑制の意図は疑わしく,むしろ,長時間労働の事実が明確になる証拠を残すことを避けて,長時間労働の現状を温存しようとしていたように推測できる。
このような事情にかんがみれば,原告が明確に異議は述べておらず,本件固定残業代制度を前提に内訳を記載した給与明細(甲A9の49)も受領しているのみでは,たやすく黙示の同意を認定できるものではなく,他に黙示の同意と見ることができる積極的な行為も見当たらない。また,本件固定残業代制度導入に関する同意が原告の自由意思においてなされたと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するともいえない。
(4) 被告は,本件固定残業代制度の説明を受け,了承した旨の教室長らの陳述書(乙A3ないし5,9)を提出するが,他の者が同意しているというだけでは,直ちに原告も同意していたとたやすく推認できるものではない。また,上記教室長らの受けたとされる説明が前記(2),(3)とは異なる的確なものであったとは認めるに足りず,被告が原告から残業代の請求を受けた直後に本件解雇を強行し,残業代請求に加え,いったんは容認していた原告の退職や有給休暇取得まで強く非難している経緯(後記7)に照らすと,在職中の教室長らが被告に有利な陳述書の作成を拒むことは容易でないと推認されるから,他の教室長らの同意が十分な理解に基づく真意によるものとたやすく認めることもできない。
4 争点(1)イ(ウ)(時間単価の計算)について
(1) 前記第2の2争いのない事実等(7)に加え,証拠(甲A6,8,A11の1ないし32)及び弁論の全趣旨によれば,①被告における年間所定労働日数は,閏年でない平年は275日,閏年は276日であること,②1日の所定労働時間は平成23年9月10日以前が8時間,同月11日以後が7時間30分であったと認められる。
(2) 前記(1)の認定によると,閏年でない平年で,1日の所定労働時間が8時間であった平成23年7月11日から同年9月10日までの年間所定労働時間は2200時間,1月平均所定労働時間は183.33時間となるが,これでは週40時間の法定労働時間の制限を超えるので,法定労働時間の範囲内で1月平均労働時間は173.80時間となる。役付手当及び固定残業代を含む月31万円の賃金(前記第2の2争いのない事実等(6),(8))を1月平均所定労働時間173.80で除して,時間単価は1784円となる。
8×275=2200
365÷7×40÷12=173.80…≒173.80
310,000÷173.80=1783.65…≒1,784
(3) 前記(1)の認定によると,閏年でない平年で,1日の所定労働時間が7時間30分であった平成23年9月11日から同年12月31日まで及び平成25年1月1日から平成26年9月10日までの年間所定労働時間は2062.5時間,1月平均所定労働時間は171.875時間で,役付手当及び固定残業代を含む月31万円の賃金を1月平均所定労働時間171.875時間で除して,時間単価は1804円となる。
7.50×275=2062.5
2062.5÷12=171.875
310,000÷171.875=1,803.63…≒1,804
(4) 前記(1)の認定によると,閏年で,1日の所定労働時間が7時間30分であった平成24年1月1日から同年12月31日までの年間所定労働時間は2070時間,1月平均所定労働時間は172.5時間で,役付手当及び固定残業代を含む月31万円の賃金を1月平均所定労働時間172.5時間で除して,時間単価は1797円となる。
7.50×276=2070
2070÷12=172.5
310,000÷172.5=1797.10…≒1797
(5) なお,前記第2の2争いのない事実等(7)イのとおり,被告就業規則は,所定労働時間を超えて労働させた場合は賃金規程に基づき時間外手当を支払う旨を定めており,これは,法定労働時間を超えない場合であっても,所定労働時間を超えて勤務させる法内残業があった以上,残業代を支払うことを定めたものと解される。ただ,労動基準法による割増しの対象ではなく,被告就業規則や賃金規定にも割増しの定めは見当たらないから,法内残業は,前記(2)ないし(4)の時間単価を割増しせずに,そのまま時間単価になると解するのが相当である。
5 争点(1)ウ(労働時間)について
(1) 前記第2の2争いのない事実等(2)ないし(4),(7)に加え,証拠(甲A10の1ないし4,A11の1ないし32,A22,23,25,乙A1,乙A6の1の1ないし18,A6の2の1ないし10,A6の3の1ないし17,A6の4の1ないし27,A6の5の1ないし25,A6の6の1ないし26,A6の7の1ないし25,A6の8の1ないし24,A6の9の1ないし22,A6の10の1ないし26,A6の11の1ないし27,A6の12の1ないし9,A7の1ないし3,A8,9,原告本人尋問,証人甲山Bの証言)及び弁論の全趣旨によれば,①被告は,平成23年9月9日までは原告を含む従業員にタイムカード(甲A10の1ないし4)を始業時及び終業時に打刻させ,同月11日からは出勤簿に出勤の有無や残業時間を記入させた上,それぞれ毎月提出を受ける方法で労働時間を把握し,賃金計算の資料に用いていたこと(証人甲山Bの証言22頁),②原告の出勤簿(甲A11の1ないし32)は,勤務日ごとに原告が記入して押印する方式となっており,原告は,被告から残業を行うように明示の個別的な指示を受けていたわけではなかったが,業務上の必要に基づいて残業を行ったときは勤務日ごとに30分単位(被告の指示で30分未満は切り捨てとされていた。)で上記出勤簿にその労働時間を記入していたこと,③原告は,これまでタイムカードや出勤簿の内容につき,数回,記載間違いを指摘されたほかは,被告から疑念を呈されたり,今後は労働時間を縮減するよう指示を受けたりしたことはないこと,④被告は,本件固定残業代制度導入時に深夜及び休日の労働につき,申請書を提出するよう指示したが,その指示は徹底されていなかったこと,⑤原告は,授業日程表で示される授業以外にも多岐にわたる業務を担当していたこと,⑥アルバイト講師のシフト作成は生徒の都合,要望,アルバイト講師の都合,指導可能教科等を調整する必要があるため,かなり手間と時間を要し,原告の裁量による調整の幅はそれほど広くなかったこと,⑦被告の教育事業部に所属する正社員には,所定労働時間外の労働が常態化し,長時間労働となりがちな実態があり,原告も長時間労働の実態を被告に申し出て,一時,原告のため事務補助者が配置されたこともあることが認められる。
また,被告からタイムカード(甲A10の1ないし4)及び出勤簿(甲A11の1ないし32,乙A7の1ないし3)とその他の記録の不整合を具体的に指摘する主張は出ていない。
(2) 前記(1)の認定事実を総合すると,原告のタイムカード(甲A10の1ないし4)及び出勤簿(甲A11の1ないし32,乙A7の1ないし3)は,原告が被告による黙示の指揮命令下に置かれていた労働時間を示すものとして信用に足りるものということができる。
被告は,原告と同様に教室長の地位にある者で,原告のような長時間労働の実態はなく,原告主張の労働時間は過大であると主張するが,同じ教室長の地位にある者でも,その労働時間は,生徒数,その属性(学年等),教室長以外の職員数,アルバイトで短時間勤務となる職員の実働状況,業務実施の具体的方法(例えば生徒や保護者との面談を実施する場合,どのくらいの時間をかけるかなど)など,教室個別の事情に影響を受けるから必ずしも単純な比較ができるものではない。Dの陳述書(乙A9)には,被告は勤務時間中にラジオや音楽を聞きながら仕事をしていたとの記載があるが,その記載を裏付ける客観的な証拠はないし,仮にそのような事実が認められるとしても,仕事をしていた以上,職場規律上の問題はともかく,労働時間に当たらないとはいえない。
(3) 前記(1),(2)の認定判断に加え,タイムカード(甲A10の1ないし4)及び出勤簿(甲A11の1ないし32,乙A7の1ないし3)及び弁論の全趣旨によると,平成23年7月11日から平成26年9月10日までの残業に係る労働時間数は,①平成24年12月11日から平成25年1月10日まで及び平成25年3月11日から同年5月10日までの各期間が別紙3「時間・賃金計算書(訂正版)」のとおりであること,②その余の期間が別紙1「時間・賃金計算書」の該当部分のとおりであることが認められる。
(4) 前記(3)で認定した労働時間に加え,前記4で認定判断した時間単価を計算の基礎として,法内残業は時間単価をそのまま用いて,法定時間外,深夜及び休日の労働には労働基準法所定の割増率を乗じて計算した残業代は,平成24年12月11日から平成25年1月10日まで及び平成25年3月11日から同年5月10日までの各期間が別紙3「時間・賃金計算書(訂正版)」,その余の期間が別紙1「時間・賃金計算書」の該当部分のとおりである。
ただし,別紙3「時間・賃金計算書(訂正版)」における残業代合計額である「総合計」欄と付加金の対象となる「付加金対象合計」欄(「総合計」欄の金額から法内残業に係る残業代である「付加金外合計」欄の金額を除いた金額)の各金額は,別紙1「時間・賃金計算書」における当該月の各金額を超えるが,処分権主義の制約上,毎月の締日及び支払日ごとの賃金及び付加金の金額を超えて請求を認容することはできないので,別紙1「時間・賃金計算書」における金額が認容の上限額となる。
(5) 以上によれば,平成24年7月11日から平成26年9月10日までの残業代から既払金である季節残業代19万6500円を控除した未払額は,別紙2「請求金額計算書」記載の「1 平成24年7月11日から平成26年9月10日までの未払残業代」のとおりとなる。ただし,「(2)平成24年12月11日~平成26年9月10日」における表の平成25年11月11日から同年12月10日までの間に「発生した賃金」19万9806円は,別紙1「時間・賃金計算書」の該当部分における「総合計」19万9805円より1円多いので(転記の際の誤りと推測される),この分1円を減じ,平成24年7月11日から平成26年9月10日までの残業代から既払金である季節残業代19万6500円を控除した未払額は金473万8203円となる。
6 争点(1)エ(残業代不払による不法行為)について
(1) 原告は,不法行為に基づいて既に消滅時効が完成した平成23年7月11日から平成24年7月10日までの残業代相当の損害賠償を求めるところ,使用者が残業代を支払わなくとも,それだけでは単なる債務不履行に過ぎないというべきで,その態様が単なる不払を超えて,残業代の支払義務を容易に認識できるにもかかわらず,労働者の意思を強く制圧して時間外労働を強制する,労働者の残業代の支払請求を積極的に妨害するといった悪質な態様を伴わなければ,不法行為成立の要件としての違法性又は故意若しくは過失を認めがたいというべきである。
(2) そして,原告の時間外労働は被告の黙示的な指示のもと行われたものではあるが,その指示が原告の意思を強く制圧するような強い態様のものであったとは認めるに足りる証拠はない。被告は,本件固定残業代制度で,あたかも労働条件の改善を図るかのように標榜しつつ,実質的には残業代の不払を継続して,月60時間以上で,被告就業規則における年間150時間の女子の時間外勤務制限(前記第2の2争いのない事実等(7)ウ)にも反する長時間のサービス残業の実態を温存しようとしており,労働時間の把握方法もわざわざ正確性に劣る方法に切り替えており,「Y社教育事業部勤務体制改善案」(乙A2)でも「法令遵守に近い制度構築」とされているに過ぎず,これらの点は軽視できないが,原告も本件固定残業代の導入に明示的に異議を述べておらず,同意に欠けることが明確になっていたわけでない(前記3(1)⑩)。そのほか,被告に原告の残業代請求を妨害し,消滅時効の完成を余儀なくさせるような具体的な行為があったとの主張立証はない。
(3) 以上によれば,不法行為の成立を認めるに足りないから,既に消滅時効が完成した平成23年7月11日から平成24年7月10日までの残業代相当の損害賠償の請求には理由はない。
7 争点(2)(本件解雇の有効性)について
(1) 前記第2の2争いのない事実等(4),(7),(11)ないし(18)に加え,証拠(甲A9の21ないし86,A11の32,A22,A24の1,2,A25,26,A27の1,2,B6ないし8,B12の1ないし7,B13,B19の1ないし3,B20の1,2,B21の1ないし93,B22,25,乙A8,9,B1ないし15,原告本人尋問,証人甲山Bの証言)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア 被告は,遅くとも平成24年11月から,未収金の発生防止及びその回収を重視し,b校の未収金が多かったことを問題視して,未収金に関して,b校に常務,エリア長等を「指導者」として派遣して,教室長である原告や副教室長との面談指導の機会を度々とっていた。この面談で,被告は,原告に対し,未収金の発生防止及び早期回収を強く指示していたが,原告は,未収金回収のため,積極的な措置を講じることには消極的で,滞納者の自宅訪問の指示にも難色を示し,被告の指導者は,結局「妥協」(乙B1)として再度の請求書の送付にとどめることを了解した。
イ 原告は,その後も未収金の回収に積極的ではなく,被告は,平成26年4月11日,原告を含む各教室長及び各副教室長を呼び出して社長からb校の未収金回収を積極的に行うよう強く指示し,同月23日には,他の教室長によるb校に係る滞納者の自宅訪問を実施したが,原告はこれに同行せず,滞納者から徴した債務弁済誓約書に自己の氏名を記載することにも応じなかった。原告は,その後も面談で被告から度々未収金の回収に関する具体的な指示を受け,平成26年6月13日には本社に単独で呼び出されて社長と面談し,未収金回収を強く指示され,これまでの消極的な姿勢を弁解する機会を与えられたが,特に弁解を述べなかった。
ウ 原告は,未収金の回収のため,全く手を尽くさなかったわけではなく,生徒又はその保護者の預金口座から被告の預金口座に対する口座振替が残高不足,振替手続未了等の理由でうまく行かないなどの理由で授業料の滞納が生じると,生徒の保護者に対して「授業料等お振込・ご持参のお願い」又は「授業料等お振込のお願い」と題する請求書(甲B12の1ないし7,B21の1ないし93)を送付して,預金口座振込又は持参による支払を督促していた。電話による督促も行っており,滞納の解消が得られた事例も少なくない。ただ,その督促は必ずしも徹底されておらず,被告からの面談指導で請求書が送付されていないことが判明して,指導を受けたことも2回ある。
エ 被告は,平成26年2月15日,授業料の収受は同年4月から口座振替又は口座振込の方法により,各教室では現金を扱わないことを原告に指示し,原告もほとんどの生徒に対し口座振替の方法をとらせたが,b校に現金を持参させる方法をとることもあった(甲B21の89)。平成26年の夏期講習の募集では,被告の方針に反して,授業料の支払方法として生徒に対し口座振込と現金持参の方法を提示し,被告から夏期講習申込書から現金持参の部分を削除するよう指示を受けた。結局,b校では,多くの生徒が現金持参の方法で授業料を支払う結果となり,同年8月,原告に対し,電子メールで状況報告を求める事態になった(乙A8の別紙4)。
オ 被告は,原告が未収金の回収に消極的なことなどをそれなりに問題視はしていたが,平成24年11月,未収金の雑損処理を行うことを決定した際も原告に対する懲戒,降格その他の不利益を課する措置は講じていない。被告は,前記ア,ウの面談結果を「部下指導記録」(乙B1ないし15)という書面にまとめていたが,これを原告に閲覧させることはなかった。その後も,原告は,平成26年8月の本件解雇までの約1年9か月の間,懲戒,降格,基本給及び役付手当の減額(本件固定残業代制度の導入及び被告の経営状態悪化による平成21年11月ころから平成22年4月ころまでの賃金減額を除く。)その他の処分を受けたことはなく,これらの警告又は示唆も受けたことがなく,懲戒処分の手続として弁明の聴取を受けたこともない。
カ 被告が教室長を務めるb校の生徒数(約80名)は,3つの教室で最も多く,売上げも上がっていた。被告は,毎月12月10日,各校の経常利益の一定割合を各校の教室長,副教室長等に分配する成果報酬制度を採用しており,原告に対しても平成22年に約183万円,平成23年には約107万円,平成24年には約100万円,平成25年12月に約66万円がそれぞれ支払われていた。
キ 本件退職届は,平成26年7月5日に提出されたもので,退職予定の同年10月10日まで被告就業規則で定める最大3か月の予告期間を十分に満たすもので,同時に申し出られた有給休暇取得も同月中は取得せず,同年8月に8日間の休暇を取得し,同年9月1日以降,退職まで継続して有給休暇を取得するというもので,引継や人員配置の見直しのために同年7月,8月の2か月弱の期間を確保できるものであった。
ク 被告は,原告から本件退職届が提出されるまでの間,普通解雇又は懲戒解雇の検討を行っていない(被告の平成27年8月4日付け準備書面(2)1頁)。
ケ 被告は,平成26年7月28日ころ,原告に対し,原告の平成24年10月10日からの休日出勤の状況を調査して,原告に対して,その日数分の賃金を平成26年10月分の給与に上乗せして支給することを約した。
コ 原告と被告の総務担当者との間では,平成26年8月6日から同月9日にかけて,被告が平成26年10月10日で退職し,同年9月1日から休暇に入り,同日から副教室長が後任の教室長に就任することを前提として,生徒の保護者に対して,同年8月中に発送する予定の挨拶文の検討がされており,被告の常務もこれを了承していた。原告は,同月22日から同年10月10日まで継続した有給休暇を取得するため,出勤しなくなった。被告は,これに異議を述べることはなく,また,それまでの原告の引継ぎに関して,原告と被告との間で何らかの紛議が起きることもなかった。
サ 本件催告は,平成26年8月21日に発送されて,間もなく被告は,これを受領し,その約1週間後である同月29日,本件解雇の通知を発送した。
シ 本件解雇の通知に先立って,懲戒手続として原告から弁明を聴取する機会は設けられていない。被告就業規則は,本件解雇のように解雇予告手当を支払わない即時解雇は労働基準監督署長の認定を受けた上で行う旨を定めているが,被告は,本件解雇に先立って労働基準監督署長の認定を受けておらず,その後も認定の申請をしていない。
ス 被告は,本件解雇が通知されるまでの間,原告に対し,慰留は除いて,原告の退職承認を拒む,有給休暇の取得を拒否する,又は退職を責めるような態度を示すことはなかった。
セ 被告は,本件解雇後,平成26年9月13日,従業員らに対し,原告からの残業代の請求及び本件解雇の事実とこれに対する被告の原告に対する批判的な見解を説明する機会をとった。
ソ 被告は,本件訴訟で,原告が平成26年7月5日に本件退職届を提出して,同年10月10日での退職を申し出たことを「3月ころに退職時期を設定することが通例である」と主張して論難している。ただ,被告は,被告就業規則で退職の時期に関して3か月の予告期間のみを定めているに過ぎず(前記第2の2争いのない事実等(7)ケ),「通例」の根拠となるような文書等も提出していない(なお,労働者の辞職の自由を保障した片面的強行規定と解される民法627条1項によれば,労働者は2週間の予告期間を置けば自由に辞職できるから,就業規則等で辞職の要件を定めても,2週間の予告期間を置いた辞職を禁止する法的効力はなく,従業員に対する協力の要請という意味にとどまる。)。
(2) ところで,前記第2の2争いのない事実等(7)サ,シによれば,被告就業規則は懲戒事由として「勤務を著しく怠った者」「諸規定及び命令等に故意に違反した者」「会社に重大な不利益を及ぼした者」「前各号に準じる程度の不都合な行為をした者」などを掲げるが,懲戒解雇である即時解雇の事由は,その中でも「特に情状の重い者」に限定している。最も重い懲戒処分で,労働者を雇用関係から排除し,その名誉にも重大な悪影響を及ぼし,再就職の重大な障害にもなる懲戒解雇の性質に照らしても,懲戒解雇に値する懲戒事由は相当に重大なものでなければならず,懲戒解雇に値する懲戒事由は,行為の性質及び態様その他の事情に照らして,その悪質性が著しく,雇用関係における信頼関係を根本的に破壊する,又は労働者を制裁として雇用関係から排除しなければ企業秩序の回復は望めない程度のものであることを要すると解すべきである。しかし,被告は,本件解雇の通知(甲A14,15,B6,7)で懲戒事由一般を定めるにとどまる被告就業規則77条のみを指摘し,即時解雇事由を定める78条には言及せず(前記第2の2争いのない事実等(7)サ,シ,(14)),第2事件答弁書(5頁)でも77条は懲戒解雇事由を定めていると主張しているのであって,被告就業規則の文理として即時解雇に値する懲戒事由が限定されていることを考慮していたか,疑問がある。
そして,前記(1)の認定事実を総合すれば,原告は,授業料の出納管理に関する意識が十分でなく,授業料受領の方法に関して,被告の方針に反して,現金持参の方法を生徒に提示したことがあり,原告は未収金の回収にも積極的ではなく,被告からの指示を度々受けながらも,その姿勢に十分な改善はなかったことは認められる。ただ,未収金回収に関する被告からの指導は,ある程度原告の言い分を受け入れて「妥協」することもあるもので,懲戒又は解雇,降格その他の人事権の発動を示唆するなどして,原告の危機感を十分に喚起するものではなかった。原告はかなりの長時間労働を余儀なくされていた実態があることも考慮すれば(前記5),原告が未収金の回収に十分に労力や時間を割かなかったことを強く非難することはできない。
また,授業料の出納管理の点を除くと,原告の勤務態度には見るべき問題点があったとはうかがわれず,むしろ,原告が教室長を務めるb校は相当の利益を上げて,被告の収益に貢献しており,全体としての勤務の態度や成績が劣っていたとはいえない。被告も,原告の勤務態度をそれなりに問題視はしていたものの,その実績は評価しており,原告の貢献に報奨金で報い,平成24年11月に未収金の雑損処理を決定した後も懲戒又は解雇の検討を行わず,本件退職届提出後は,原告の退職を容認する態度を示し,平成26年8月22日からの有給休暇取得開始も容認しており,原告の退職に向けて,さしたる問題はなく引継ぎが進んでいたと推認される
このような事情に照らせば,授業料の出納管理に不十分な点があり,未収金を解消しないまま退職することになったことを総合しても,「勤務を著しく怠った者」「諸規定及び命令等に故意に違反した者」「会社に重大な不利益を及ぼした者」又は「前各号に準じる程度の不都合な行為をした者」で,かつ「特に情状が悪質な者」に当たるとはいえない。
(3) むしろ,前記(1)の認定事実に照らせば,被告は,本件催告を不快に感じて,原告に対抗・報復する意図のもと,性急に本件解雇を行ったと推認できる。すなわち,被告は,平成26年8月21日発送の本件催告を受領するや,原告の退職を容認するそれまでの態度を覆して,原告を強く非難して,被告自ら定めた被告就業規則に定める労働基準監督署長の認定を得る手続を踏まず,原告から弁明を聴取することもなく(なお,前記(1)アないしウの面談は一般的な指導・監督の一環としての面談であって,懲戒や解雇のためのものとはいえない。),不意打ちのように本件解雇を行い,法的効力が認められないばかりか,根拠も不明な「通例」を主張して,被告も容認していた原告の退職や有給休暇取得を非難し,本件催告を問題視する姿勢を示している。労働基準監督署長の解雇予告除外事由の認定(労働基準法20条3項,19条1項但書)は,一般には即時解雇の意思表示の後でもよく,その性質は行政庁による事実の確認手続に過ぎず,即時解雇の効力に直ちに影響を及ぼすものではないが,被告就業規則では「労働基準監督署長の認定を受けた上で即時解雇する」ことが明記されており(前記第2の2争いのない事実等(7)シ),これは不適切な即時解雇の防止に万全を期すため,労働基準法による最低基準を超えて,中立性と専門性を有する労働基準監督署の認定を経ることを即時解雇の手続的要件として定めたものと解され,その手続を履践しなければ,即時解雇の要件欠如にほかならず,労働契約上定められた懲戒権の範囲を逸脱するから,労働基準監督署長の認定を得られることが確実に予測されるような場合はともかく,一般に軽微な瑕疵に過ぎないとはいえない。
本件催告での残業代請求はその相当部分が正当なもので,正当な権利の行使に当たり(前記5),その余の部分も権利関係の存否を巡る紛争の解決のための行為として社会通念上相当な範囲の行為ということができるから,使用者である被告が,これを不利益に取り扱うことは当然許されない。
(4) 以上によれば,本件解雇は,即時解雇に値する重大な懲戒事由が存しないにもかかわらず,本件催告に対抗・報復する意図のもと,原告からの弁明聴取を経ず,自ら定めた労働基準監督署長の除外認定の事前取得を求める被告就業規則も無視して,退職を容認する態度を突如翻して強行されたものである。したがって,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上も相当とはいえず,懲戒権を濫用したものとして無効である(労働契約法15条,16条)。
したがって,原告は,平成26年9月の本件解雇の後も,本件退職届による退職予定日である同年10月10日までは在職し,有給休暇を取得中であったから,被告は,その間の賃金支払義務を免れない。前記第2の2争いのない事実等(13),(17)によれば,同年9月ころ以降の原告の毎月の賃金は,公租公課控除後で金26万9428円であったと認められるところ,同年8月11日から同年9月10日までの公租公課控除後の賃金は,金19万9780円しか支払われていないから,未払6万9648円の請求を認容すべきである。同月11日から同年10月10日までの賃金26万9428円も認容すべきである(主文第3項,第4項)。
また,本件解雇は無効である以上,退職金を減額又は不支給とする事由には当たらず,原告が本件退職届に基づいて円滑な手続により退職した者とみることは妨げられない。前記第2の2争いのない事実等(2)ないし(4),(11)に加え,証拠(甲A1,2,8,B14,23)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,当初は契約社員で,退職金の対象外である専任講師であったが,平成18年7月20日,a社の正社員となり,平成20年10月,共通する役員がいるなど密接な関連のある会社同士であるa社と被告との間の事業譲渡に伴い,被告に出向となり,被告は原告の労働契約を承継し,その雇用関係は原告が本件退職届に基づいて平成26年10月10日をもって退職となるまで継続したことが認められ,被告の退職金規定(甲B23)の合理的な解釈として退職金の算定期間となる勤続年数は,a社又は被告の正社員であった平成18年7月20日から平成26年10月10日までの8年2月(退職金規程の定めに基づき,1年未満の端数は月割となり,1月未満の端数は切り捨てとなる。)と認められる。勤続年数に応じた退職金の金額は,8年で金53万2000円,9年で金63万5000円となるから,勤続年数8年2月に対応する退職金の金額は,次の計算式によって,金54万9167円となるから,この限度で退職金の請求を認容すべきである(主文第5項)。
532,000+(635,000-532,000)×2÷12=549,166.6…≒549,167
(5) 甲山Bは,その陳述書(乙A8)及び証言において,原告が引継ぎを行わなかったため,滞納者に関する具体的な情報が分からず,被告の業務に多大な支障が生じている,いったんは原告の退職を受け入れることはしたが,その後,未収金を残したまま原告が退職することに非難の声があがって本件解雇に至ったかのようにも供述するが,被告は,原告の退職を容認する態度を継続し,その態度が変化したのは残業代の請求を受けた後の本件解雇が初めてであり(前記(1)クないしス),本件解雇の前に未収金の回収を努力するよう特に指示したようなこともうかがわれないことに照らすと,引継ぎ状況や未収金を残したままの退職を問題視したという供述内容をたやすく採用することはできない。また,いったん退職を容認する態度を示しながら,退職の撤回や未収金回収の努力を促したり,弁明聴取等の手続を経たりすることなく,突如,本件解雇でその態度を覆すことは,被告は退職を承認したとの原告の信頼を裏切る不意打ちであって,信義誠実の原則に反し,手続上の相当性に欠ける。
甲山Bは,証言及び陳述書(乙A8)において,原告は,被告から「7つの習慣」という書籍や「3C(3つの力)」という資格を利用した教育を行うよう繰り返し指示,説得されながら,これを頑なに拒否したとも供述するが,この点は,本件解雇から上記陳述書の提出(平成27年9月)まで訴訟外を含めて被告から主張がなかった事実であり(弁論の全趣旨),被告がこの点を重視して本件解雇を行ったとは到底考えられないし,仮に原告がそのような教育の導入に消極的であったとしても,被告がその態度をかねてから強く問題視していたわけではなく(未収金の回収と異なり,指導記録も残されていない。),被告からの働きかけがあったとしても業務命令権を発動した命令的なものではなく,緩やかな訓示的なものにとどまっていたと推認され,原告の本人尋問における供述(15頁)でも同様の状況がうかがえるから,本件解雇を正当化するには足りないというべきである。
Dの陳述書(乙A9)には,原告の勤務態度は独善的であるなど,良好なものではなかったとの記載があるが,客観的な裏付けを伴う内容とは言えないから採用できない。
被告は,本件固定残業代制度が有効であれば,被告が原告に支払うべき残業代は原告主張の労働時間を前提としても金14万1288円に過ぎないから,その請求に対抗して本件解雇を行うはずがないとも主張するが,例え十数万円でも金銭の請求を受ければ不快感を抱くことは十分にあり得ることであり,原告の請求額は約765万円にも上っていたのであるから(前記第2の2争いのない事実等(12)),被告の役員が残業代の請求を不快に思い,それが本件解雇の動機になることは容易に推認できる。
8 争点(3)(本件解雇の不法行為性)について
(1) 前記7の認定判断によれば,本件解雇は,懲戒権を濫用したもので無効である上,本件催告に対抗・報復する意図のもと,原告からの弁明聴取を経ず,自ら定めた労働基準監督署長の除外認定の事前取得を求める被告就業規則も無視して,退職を容認する態度を突如翻して強行されたものであり,懲戒事由の評価も恣意的なものといえる。
(2) さらに,前記第2の2争いのない事実等(14)ないし(20)に加え,証拠(甲A25,B8,13,原告本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば,①原告は,本件解雇の通知の際,被告が月謝を滞納している父母との何らかの特別な関係があるのではないかかとの疑念がある旨を記載したことで,あたかも不正に便宜を図っているかのような主張を受け,その名誉を著しく毀損されたと感じたこと,②被告は,平成26年6月19日,アルバイト講師を含む従業員らに対し,原告からの残業代の請求及び本件解雇の事実を伝えるとともに,原告を非難する被告の見解を示したこと,③上記②の従業員には,原告がかつてb校で指導した元教え子も含まれていること,④原告は,被告が退職を承認していたと思っていたところ,本件解雇を受けて,退職予定日である平成27年10月10日までの賃金及び退職金の支払を拒否されて,予定していた収入を得られなくなったこと,⑤原告は,本件解雇が懲戒解雇で離職票にも「重責解雇」と記載されたことで再就職に悪影響を受けることを懸念して,再就職活動を控え,収入も途絶えたため,生活に不安が生じていること,⑥本件解雇は撤回されることを定める労働審判が告知されたが,被告が異議を申し立てたため,第2事件に移行し,本件解雇の効力に関する争いが,上記労働審判から本判決まで約1年にわたって継続したことが認められる。
(3) 前記(1),(2)の認定判断を総合すれば,本件解雇は,著しく相当性を欠く態様であり,単なる賃金や退職金の不払にとどまらず,原告の名誉や社会的信用,再就職にも多大な悪影響を与え,その経済的生活も危うくするものであったから,不法行為法上の違法性も備え,また,被告は,無効な本件解雇を強行したことに少なくとも重大な過失があるというべきである。
本件解雇以外に原告が再就職に困難を来すような事情はうかがえないから,原告は本件解雇で再就職を妨げられたと推認され,再就職で得られたはずの賃金は相当な範囲内で本件解雇の相当因果関係の範囲内にある損害(逸失利益)に当たるというべきである。その損害額を厳密に算定することは容易でないが,本件解雇から1年以上にわたって紛争が継続していることに照らすと,その損害額は,被告における平成26年8月分の賃金32万4000円の6か月分である金194万4000円を下らないと推認される。また,原告は,精神的にも相当な苦痛を受けているものと推認され,本判決の理由において本件解雇が無効であるとの判断が示されることがその名誉回復を図る端緒となり,その精神的苦痛を多少なりとも慰謝するであろうこと,未払賃金,退職金及び経済的損害の賠償が認容されることを考慮しても,なお,精神的苦痛を慰謝するための慰謝料として金120万円の支払を要するというべきである。
9 付加金及び遅延損害金について
(1) 付加金について
ア 訴訟提起とみなされる労働審判申立ての日である平成26年11月10日(前記第2の2争いのない事実等(20))から除斥期間2年を遡って,付加金は,平成24年11月10日以降に支払期を迎えた平成24年10月11日から平成26年9月10日まで(支払日は平成24年11月から平成26年10月の毎月25日)の割増賃金の未払分が対象となる。上記期間内の割増賃金の未払分は,上記期間に対応する別紙1「時間・賃金計算書」の「付加金対象合計」欄の合計額378万6321円から季節残業代として支払済みの金19万6500円(前記第2の2争いのない事実等(9)イないしカ)を控除した残金358万9821円である。
イ 付加金は,使用者の労働基準法違反による割増賃金等の不払につき,労働基準法違反の程度,態様,労働者の不利益の性質,内容等の諸般の事情を考慮した裁判所の裁量的判断で支払の要否や金額を定めるべきものであり,不法行為の成立まで要するものではない。
前記1ないし6の認定判断によれば,被告の割増賃金不払は,不法行為を成立させるものとまでは言えないが,労務管理の適正を期し,労働基準法を誠実に遵守しようとする姿勢に強い疑問を呈せざるを得ない。割増賃金不払の状態は,一定額の請求を認容する労働審判を経た後も含めて,かなり長期化している(前記第2の2争いのない事実等(20))。被告は,割増賃金を請求する本件催告に報復・対抗するため,本件解雇を強行しており(前記7,8),自社の姿勢を顧みる姿勢は極めて乏しい。
以上によれば,被告に対しては,割増賃金未払分と同額の金358万9821円の付加金の支払を命じることが相当である(主文第2項)。
(2) 遅延損害金について
ア 平成24年7月11日から平成26年9月10日までの残業代(主文第1項)
その遅延損害金は,支払日である平成24年7月から平成26年9月までの毎月25日の翌日26日から商事法定利率年6パーセントの割合で起算することが相当であり,退職の後で,最後の賃金支払日である平成26年10月25日までの確定遅延損害金は,別紙4「遅延損害金計算書」のとおり,金32万7662円であり,残業代の未払分473万8203円との合計額は,金506万5865円である。
原告は,平成26年10月26日から支払済みまでの遅延損害金につき,賃金の支払の確保等に関する法律(以下「賃確法」という。)6条1項,同法施行令1条に基づき年14.6パーセントの利率の適用を主張するところ,この適用を免れるためには,賃確法6条2項,同法施行規則6条4号,5号の定める「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争つている」場合又はこれに準ずる事由に当たることを要するが,前記1ないし6の認定判断に照らすと,被告には,全体として残業代の支払義務を認識しつつ,これを免れる方策を講じようとする脱法的な姿勢がうかがえ,その反論も合理性に乏しいというべきであるから,賃確法の適用を免れることはできないというべきである。
イ 平成26年10月10日までの有給休暇取得中の賃金
平成26年8月11日から同年9月10日までの賃金残金6万9648円に対してはその支払日の翌日である平成26年9月26日から退職日である同年10月10日までは商事法定利率年6パーセントを適用する。退職の翌日である同月11日以降は,本件解雇に不法行為が成立することにかんがみ,賃確法6条2項,同法施行規則6条4号,5号による「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争つている」場合及びこれに準ずる事由がある場合に当たるとはいえないから,賃確法6条1項,同法施行令1条に基づき年14.6パーセントの利率を適用する(主文第3項)。
平成26年9月11日から同年10月10日までの源泉徴収等控除後の賃金残金26万9428円に対しても,退職後で,その支払日の翌日である同月26日から支払済みまでは,同様の理由で年14.6パーセントの利率を適用すべきである(主文第4項)。
ウ 本件解雇による損害賠償
本件解雇による不法行為は,本件解雇の通知が最も早く到達した平成26年9月1日に成立したというべきであるから(前記第2の2争いのない事実等(15)),経済的損害194万4000円に係る損害賠償金には,同日の後で,原告が起算日と主張する平成27年4月26日から,慰謝料120万円には平成26年9月1日から,それぞれ民事法定利率年5パーセントの割合の遅延損害金を起算する(主文第6項,第7項)。
10 結論
よって,主文第1ないし第7項掲記の限度で原告の請求を認容し,その余をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を適用し,同法259条1項を適用して付加金及び訴訟費用負担を除く原告勝訴部分に仮執行宣言を付して,主文のとおり判決する。
(裁判官 若松光晴)
〈以下省略〉
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