「営業支援」に関する裁判例(95)平成22年 7月14日 東京地裁 平21(ワ)9048号 損害賠償等請求事件
「営業支援」に関する裁判例(95)平成22年 7月14日 東京地裁 平21(ワ)9048号 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成22年 7月14日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)9048号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2010WLJPCA07148008
要旨
◆原告が、原告の取締役であった被告らに対し、被告らは、AH社から業務委託契約等について減額等の要請を受け、原告とCD社との委託契約締結の際にCD社に指示してAH社に対してシステム購入名目で金員を支払わせたなどと主張して、会社法423条1項に基づく損害賠償等を請求した事案において、人材育成のための研修を行うためにシステムをCD社にAH社から購入させることにより、原告の人材採用の必要性とAH社との問題を解決できると判断したことなどを総合すると、CD社との間で委託契約を締結してシステムの売買代金を上乗せして契約金額を定めた判断内容が著しく不合理であったとはいえないなどとして、請求を棄却した事例
参照条文
会社法120条1項
会社法120条4項
会社法330条
会社法423条1項
民法644条
裁判年月日 平成22年 7月14日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)9048号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2010WLJPCA07148008
東京都目黒区〈以下省略〉
原告 株式会社BBH
代表者監査役 A
訴訟代理人弁護士 水野靖史
東京都中央区〈以下省略〉
原告補助参加人 エヌ・エス・アール株式会社
代表者代表取締役 B
訴訟代理人弁護士 大本康志
同 桝實秀幸
同 梅山隆弘
東京都中央区〈以下省略〉
原告補助参加人 株式会社ニナファームジャポン
代表者代表取締役 C
訴訟代理人弁護士 染井法雄
東京都中野区〈以下省略〉
被告 Y1
訴訟代理人弁護士 堀内節郎
同 鈴木悠平
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告 Y2
訴訟代理人弁護士 芳賀淳
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とし,補助参加によって生じた費用は原告補助参加人らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
被告らは,原告に対し,連帯して1億3000万円及びこれに対する平成21年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
被告らは,原告に対し,連帯して1億2750万円及びこれに対する平成21年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が株式会社アーティストハウスホールディングス(以下「AH社」という。)との間で締結したeラーニングシステム(以下「本件システム」という。)に関する業務委託契約及びプロジェクト管理ソフトウェア(以下「本件ソフト」という。)の売買契約につき,AH社からの報酬及び売買代金の減額要請を受け,株式会社コミュニケーション・デザイン(以下「CD社」という。)との間で締結した人材の採用等の委託契約を締結した際に,被告らが本件システムの転売代金を上乗せして契約金額を設定し,CD社に指示してAH社に対し,本件システムの購入代金名目で7500万円を支払わせ,また,被告らが原告をしてAH社が5250万円で売却した本件ソフトの一部を株式会社ナレッジディストリビューション(以下「ND社」という。)から原告をして5500万円で買い受けさせた等と主張し,主位的に,被告らの上記行為が原告の取締役としての善管注意義務に違反し,又は任務懈怠であるとして,被告らに対し,会社法423条1項,430条に基づき,連帯して損害金1億3000万円及びこれに対する請求の日の翌日である平成21年4月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,被告らの上記行為が原告の株式を保有していたAH社又はその子会社の利益を図るために行われたとして,会社法120条4項に基づき,被告らに対し,連帯して上記行為によってAH社に供与した利益相当額1億2750万円及びこれに対する請求の日の翌日である平成21年4月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告(平成19年7月1日の変更前の商号は株式会社ビジネスバンクコンサルティング)は,経営コンサルティング等を目的とする株式会社である。
イ 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は,平成7年から平成19年3月28日まで原告の代表取締役であった者である。
ウ 被告Y2(以下「被告Y2」という。)は,平成17年3月29日に原告の取締役に就任し,平成18年2月以降は事業統轄本部長に就任し,平成19年3月28日から平成21年3月23日までは原告の代表取締役の地位にあり,その後は代表権のない取締役となった。
(2) AH社との契約締結
被告Y1は,平成17年,原告を代表して,AH社との間で次の契約(以下「本件契約」という。)を締結し,契約金額合計4億1417万2500円(下記金額の合計3億9445万円に消費税相当額を加算した金額)の支払を受けた。
ア 平成17年6月30日締結の契約
株式会社FouとのM&Aに関するアドバイザリー業務委託契約
報酬3500万円
イ 平成17年6月30日締結の契約
株式会社ジーワンとのM&Aに関するアドバイザリー業務委託契約
報酬5000万円
ウ 平成17年8月1日締結の契約(以下「A契約」という。)
本件システムに関する業務委託契約
報酬4925万円
エ 平成17年10月18日締結の契約(以下「B契約」という。)
バリューコンサルティング株式会社(以下「VC社」という。)は,AH社に対し,平成17年10月18日,本件ソフトを代金2億4000万円で売却し,原告がVC社に対し,同月21日,本件ソフトを代金2億3520万円で売却した(甲5及び6,乙1の3,乙29,30及び50)。
オ 平成17年11月1日締結の契約(以下「C契約」という。)
本件システムの追加開発に関する業務委託契約
報酬2500万円
(3) 新株発行等
ア 原告は,平成17年12月9日開催の取締役会決議に基づき,AH社が全株を保有する子会社であるArtist House Investment Asia Limited(以下「AHAL社」という。)に対し,普通株式12万8500株を発行し,同月26日,同社から発行価額4億9986万5000円の払込みを受けた。
イ AHAL社の保有する原告の株式は,平成18年7月1日,株式分割により25万7000株となった(原告と被告Y1との間では争いがなく,原告と被告Y2との間では甲65により認められる。)。
ウ AHAL社は,平成19年4月27日,AH社に原告の株式25万7000株を譲渡した(甲66)。
(4) AH社からの減額要請
AH社の代表取締役D(以下「D」という。)は,平成18年9月27日付け書面により,原告に対し,本件契約に基づく報酬及び売買代金を減額するよう要請した。
(5) 減額要請に対する原告の対応
ア 被告Y1は,AH社に対し,A契約,B契約及びC契約に関し,平成18年12月8日付け書面により,次の提案をした。
(ア) 本件ソフトの一部買戻し
B契約に関し,本件ソフトのライセンス数を,当初の1000ユーザー分から500ユーザー分に限定し,残りの500ユーザー分については,原告が7500万円で買い戻す。
(イ) 本件ソフトの転売支援
B契約に関し,上記(ア)によりAH社に使用権が留保された500ユーザー分の本件ソフトのうち,350ユーザー分を5250万円で第三者との売買が成立するよう支援する。
(ウ) 本件システムの転売支援
A契約及びC契約に関し,AH社が納品を受けた本件システムにつき,7500万円で第三者との売買が成立するよう支援を行う。
イ Dは,平成18年12月18日付け書面により,次のとおり提案した。
(ア) 本件ソフトの一部買戻し
原告は,平成18年12月末日までに一部買戻代金7500万円をAH社に支払う。
(イ) 本件ソフトの転売支援
原告は,代金5250万円での350ユーザー分の販売について,AH社が合理的に満足する条件で平成19年2月末日までに実行されることを保証する。
(ウ) 本件システムの転売支援
原告は,代金7500万円での本件システムの販売について,AH社が合理的に満足する条件にて平成19年1月末日までに実行されることを保証する。
ウ 被告Y1は,Dに対し,平成18年12月25日付けの書面により,原告が,①本件ソフトの一部ライセンスの買戻し,②本件システムの転売についての営業協力,③上記①の実行後のAH社が保有する本件ソフトのライセンスの一部転売についての営業協力という対応方法をとることを確認した。
エ 被告Y1は,Dに対し,平成18年12月27日,「ビジネスバンクコンサルティング/営業協力の件」と題して,「貴社の平成19年5月期の予算達成への目論み金額(2億円)程度を目標として,営業協力を行います。」,「具体案として,1.貴社の商材の販売支援協力 2.弊社への顧客紹介における手数料のお支払などを検討しております。」,「つきましては,弊社常務取締役Y2を専任窓口とさせていただきますので,よろしくお願い致します。」とのメールを送信した。
オ 原告は,平成18年12月28日に開催された取締役会(以下「本件取締役会」という。)において,「ライセンスの買い戻し」の処理として,「第1号議案 ライセンス料の減額契約及び前期損益修正損(特別損失)の発生の件」が決議され,同決議に基づき,原告は,AH社からB契約に基づきAH社に売却したB契約に係る本件ソフトのライセンス数1000ユーザー分のうち500ユーザー分を7500万円で買い戻した。
カ 本件取締役会の議事録には,人材採用・教育代行に関する契約の締結の件として,「第2号議案 議長の指名により常務取締役 Y2は,株式会社コミュニケーション・デザインに人材の採用及び教育代行の委託契約を締結したい旨を説明し,各出席者による質疑・意見がなされた。その上で議長がこの賛否を議場に諮ったところ,全員異議なく承認可決した。」との記載がある。
キ 原告は,平成18年12月28日,上記カの第2号議案に基づきCD社との間で,原告がCD社に対して人材の募集,採用,教育代行業務を,契約金額,着手金及びその支払条件を次のとおりとして委託する旨の契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した。
(ア) 契約金額
募集代行料 1500万円
採用代行料 6000万円
転籍料 2700万円
特別教育料 8460万円
派遣料 1155万円
出精値引き △1260万円
合計金額(税抜) 1億8555万円
(イ) 着手金の支払条件
1回目 1億0500万円(平成18年12月28日入金)
2回目 4500万円(平成19年1月9日入金)
(ウ) 原告は,CD社に対し,本件委託契約に基づき,平成18年12月28日に1億0500万円を,平成19年1月9日に4500万円を支払った。
2 争点
(1) 主位的請求について
ア 被告らが本件委託契約に基づきCD社に支払った着手金1億5000万円のうち7500万円をCD社をしてAH社に支払わせた行為が原告に対する善管注意義務違反又は上記行為を行うにつき原告の取締役会決議を経ていない任務懈怠となるか
イ 原告がND社から,AH社が売却したB契約に係る本件ソフトのうち350ユーザー分をND社から5500万円で買い受けた行為が原告に対する善管注意義務違反又は上記行為を行うにつき原告の取締役会決議を経ていない任務懈怠となるか
(2) 予備的請求について
ア 上記(1)アの行為は,被告らがAH社が全株を保有する子会社であり,原告の株式を保有していたAHAL社の利益を図るため行われたものであるか
イ 上記(1)イの行為は,被告らが原告の株式を保有していたAH社の利益を図るため行われたものであるか
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)アについて
(原告の主張―請求原因)
ア 被告らは,AH社がCD社にA契約及びC契約に係る本件システムを売却する契約(以下「甲契約」という。)を締結させるとともに,甲契約に基づく売買代金7500万円を原告において負担すべく,原告をしてCD社との間で本件システムの転売代金7500万円を契約金額に上乗せし,契約金額を合計1億8555万円に設定した本件委託契約を締結させ,平成19年1月9日ころ,CD社に指示し,CD社をして本件システムの購入代金名目で7500万円を支払わせ,AH社から本件システムの納品を受けさせた(以下「甲取引」という。)。
イ(ア) 原告は,甲契約につき,AH社に対して何らの法的義務を負うものではなく,また,AH社に対して金銭的便宜を図ってまでAH社との協力体制を構築すべき必要もないのに,被告らは,原告に対する善管注意義務に違反し,AH社の金銭的便宜を図る目的で原告をして本件委託契約を締結させ,本件委託契約に基づきCD社に支払った着手金1億5000万円のうち7500万円をAH社に支払わせ,これによって,原告に対し,同額の損害を与えた。
(イ) 甲取引において原告が支出した7500万円は,平成18年12月31日当時の原告の総資産47億1697万8000円の約1.59パーセントになるから,被告らの行った甲取引は,原告にとって会社法362条4項1号の重要な財産の処分又は譲受けに該当する。しかも,原告の職務権限規程では,5000万円以上の「固定資産(リースも含む)の購入」ないし1000万円以上の「固定資産の除却(売却)」等が取締役会決議事項とされている。しかるに,被告らは,取締役会決議を経ずに甲取引を行い,原告をして7500万円をAH社に支払わせ,これによって,原告に対し,同額の損害を与えた。
(被告らの主張等)
ア 被告Y1の認否
(ア) 原告の主張アのうち,平成19年1月9日ころ,CD社がAH社に対し,本件システムの購入代金7500万円を支払い,AH社から本件システムの納品を受けたことは認める。CD社のAH社に対する本件システムの購入代金の支払が被告らの指示に基づくことは否認する。
上記代金の支払は,CD社とAH社との間の売買契約に基づくものであって,原告の立場はあくまで営業協力に過ぎない。
(イ) 原告の主張イ(ア)は争う。同(イ)のうち,本件委託契約の締結につき,原告の取締役会決議がなかったことは否認し,その余は争う。
本件委託契約の締結については,本件取締役会において,出席者全員の賛成により承認可決されている。
イ 被告Y2の認否
(ア) 原告の主張アのうち,AH社とCD社が甲契約を締結したこと,原告がCD社との間で本件システムの転売代金7500万円を契約金額に上乗せし,契約金額を合計1億8555万円に設定した本件委託契約を締結したこと,平成19年1月9日ころ,CD社が被告らの指示に基づきAH社に対し,本件システムの購入代金名目で7500万円を支払い,AH社から本件システムの納品を受けたことは認める。その余は争う。
CD社は,実体のある会社であり,当時の原告の置かれている状況からすれば,CD社からAH社への支払に回るべき7500万円を含めて本件委託契約の契約金額を定めたことには合理性がある。
(イ) 原告の主張イのうち本件委託契約の締結につき,原告の取締役会決議がなかったことは否認する。その余は争う。
本件委託契約の締結については,本件取締役会で全取締役の賛成により承認可決されている。
ウ 被告らの主張
次の事実関係からすれば,被告らが本件委託契約を締結し,その締結に当たり,AH社のCD社に対する本件システムを売却する甲契約の締結を支援したことは,経営判断として不適切なものではなく,合理的な経営判断に基づくものである。
(ア) AH社は,当初,原告に対し報酬の減額を要請していたから,本件システムの転売支援とすることにより,原告に支出が発生することを防いだことになり,その結果は,原告にとって合理的なものである。
(イ) 原告では,平成18年10月ころ,従業員の離職率が高まっており,従業員の減少は,そのまま原告の売上減少につながることから,人材の確保が緊急の課題となっていたが,当時の内部統制ビジネス拡大の影響で,監査法人が公認会計士の採用を増やした結果,原告が公認会計士を新規採用することが非常に困難になっていた。そのため,原告は,会計や簿記の知識が薄くても,ある程度の素行のよい人を採用し,教育するとの判断をなし,「偉材塾」という採用・教育代行業務を行っていたCD社との間で,採用・教育支援契約である本件委託契約を締結することになったが,本件委託契約の締結に当たり,会計知識を有する社員の採用を希望し,社員教育において会計知識を研修させるとの原告の要望に対し,会計知識に関する教育を実施した経験がなかったCD社では,他社の製品とも比較・検討した上で,最終的に本件システムを導入することを決定し,その結果,本件システムをAH社からCD社に転売することになった。
(ウ) 本件委託契約の内容は,1億8550万円のうち着手金1億5000万円を分割で前払するというものであり,契約金額は高額ではあるが,①CD社において1か月間の本件システムによる会計に関する特別研修を実施すること,②採用後の給与は安く設定されていること,③面接・採用に当たり原告に最優先順位が付与されていること,④原告に社員採否の決定権が与えられていること,⑤原告において優秀な社員の確保が緊急の課題であったこと,⑥前払とすることにより1200万円の減額を受けることができたこと,⑦CD社が採用・教育代行を実施する取引では,一般的に代金が前払とされていることを考慮すれば,本件委託契約における対価及び支払条件は,経済的に不合理なものとはいえない。
(エ) 原告は,本件委託契約に基づき,10名の社員を採用し,結局,当初予定していた30名の採用には至らなかったが,これは,①CD社から一名採用すると600万円の費用が発生するが,当時は原告の売上げが減少しており,この費用負担に耐えられなくなったこと,②10名を採用した段階で,新人社員を教育する余裕がなくなったので,当初採用した10名をシニアコンサルタントとして育てる期間を設けるべく,CD社からの採用を断ったという原告側の事情によるものであるから,当初の契約人数30人が過大であったということもない。
(原告の反論)
被告らが,本件システムの転売代金として原告からCD社に7500万円を支出させた行為は,次のとおりの事情があることから,いずれも経営判断として著しく不合理であり,善管注意義務に違反する。
ア 本件委託契約においては,CD社が本件システムの使用権を取得する一方で,その売買代金である7500万円は原告が支出するという関係にあり,原告は,他社の売買代金を支出していることになるから,本件システムの転売支援は,原告の収益を目的としたものではなく,あくまでAH社に対する金銭的便宜を図る目的でなされたものである。
イ 本件システムは,原告が開発し,AH社に納品したものであるから,CD社による社員教育に本件システムが必要というのであれば,原告自ら開発(複製)すれば足りる。それにもかかわらず,敢えてAH社に納品した本件システムを買い戻すことは,経済的・効率的であるはずがない。
ウ 本件システムの導入については,その内容,効率性,費用等を吟味し,さらに他社のシステムと比較するなどして,これを導入すべき必要性・合理性につき十分な検討が行われていないから,本件システムを導入する必要性・合理性があったとは解し得ない。
エ 本件システムの性質上,陳腐化による価値減少が著しいのに,CD社への本件システムの転売代金は,原告が本件システムをAH社に納品した際の販売価格とほぼ同額の7500万円である。
(2) 争点(1)イについて
(原告の主張)
ア 原告は,平成19年5月31日,ND社から,AH社が同年1月ころに5250万円で売却したB契約に係る本件ソフトのライセンスのうち350ユーザー分を5500万円で買い受け,ND社に対し5500万円を支払った(以下「乙取引」という。)。
イ(ア) 原告は,B契約につき,AH社に対して何らの法的義務を負うものではなく,また,AH社に対して金銭的便宜を図ってまでAH社との協力体制を構築すべき必要もないのに,被告らは,原告に対する善管注意義務に違反し,AH社の金銭的便宜を図る目的で,AH社から経済的価値の伴わない本件ソフトを買い戻すためにAH社の本件ソフトの売買,ND社の原告に対する本件ソフトの売買という架空の売買契約を装って,原告をしてND社に5500万円を支払わせ,原告に対し同額の損害を与えた。
(イ) 乙取引において原告が支出した5500万円は,無価値の本件ソフトに支払われたという実質を考慮すれば,財産の「処分」にほかならず,本件ソフトの売買代金という形式を考慮すれば,財産の「譲受け」ということができ,この金額は,平成19年5月31日における原告の総資産が39億0423万2117円の約1.4パーセントとなるから,被告の行った乙取引は,原告にとって会社法362条4項1号の重要な財産の処分又は譲受けに該当する。しかも,原告の職務権限規程では,5000万円以上の「固定資産の除却(売却)」及び1000万円以上の「固定資産(リースも含む)の購入」は取締役会決議事項とされている。しかるに,被告らは,取締役会決議を経ずに乙取引を行い,原告をして5500円をND社に支払わせ,原告に対し,同額の損害を与えた。
(被告らの主張等)
ア 被告Y1の認否
原告の主張アは不知。同イ(ア)は争う。同イ(イ)のうち,原告がND社に対し,平成19年5月31日,5500万円を支払ったことにつき,原告の取締役会決議がなかったことは否認する。
上記支払については,同月30日の取締役会において出席者全員の賛成により承認可決されている。
イ 被告Y2の認否
原告の主張アは争う。同イのうち,原告がND社に対し,平成19年5月31日,5500万円を支払ったことにつき,原告の取締役会決議がなかったことは否認する。上記支払については,同月30日の取締役会において出席者全員の賛成により承認可決されている。
ウ 被告らの主張
次の事実関係からすれば,被告らが本件ソフトをND社から購入するとの判断をしたことは,経営判断として不適切なものではなく,合理的な経営判断に基づくものである。
(ア) 原告は,AH社との間で,平成18年12月28日,B契約に基づいてAH社に与えた本件ソフトのライセンスのうち350ユーザー分を一人当たり15万円を基準に算出した5250万円にて第三者に転売することを支援し,保証する旨の合意(以下「乙合意」という。)をしたが,AH社は,当初,原告に対し,売買代金の減額を要請していたから,乙合意により原告に支出が発生することを防ぎ原告の売上げが減少することを防止できた。
(イ) 原告では,販売管理の一元化のため,原告において,ERP(統合基幹業務システム)パッケージを導入する計画が,高いコストのため頓挫していた。そこで,原告は,ND社に対し,本件ソフトの改良を委託し,原告の転売支援に基づき,AH社から平成19年1月30日に本件ソフトのライセンスのうち350ユーザー分を5250万円で買い受けた株式会社T・ZONEストラテジィ(以下「T・ZONE」という。)から,ND社をしてこれを5302万5000円で仕入れさせ,ND社は,独自のCRM機能等を組み込んで改良し,本件ソフトに原告では実現できない価値が付加されたソフト(以下「本件改良ソフト」という。)を作成した。
(ウ) 本件改良ソフトは,販売管理の一元化のための代替システムとなり得るものであり,原告において本件改良ソフトを導入する必要性があったことから,原告は,平成19年5月31日,ND社から本件改良ソフトを5500万円で購入した。
(原告の反論)
被告らが,原告からND社に5500万円を支出させた行為は,次のとおりの事情があることから,いずれも経営判断として著しく不合理であり,善管注意義務に違反する。
ア 本件ソフトの転売支援は,原告の収益を目的としたものではなく,あくまでAH社に対する金銭的便宜を図る目的でなされたのであり,本件ソフトの導入も,原告にとって適切な時期であるか否かを考慮せず,AH社の予算達成のために絶妙な時期に実行されている。
イ 本件ソフトは,原告が開発・納品したものであるから,原告自ら開発(複製)すれば足りるのであり,敢えてAH社が転売した本件ソフトを買い戻すことが経済的・効率的であるはずがない。
ウ 本件ソフトの導入については,その内容,効率性,費用等を吟味し,さらに他社のソフトと比較するなどして,これらを導入すべき必要性・合理性につき十分な検討が行われていないから,本件ソフトを導入する必要性・合理性があったとは解し得ない。
エ AH社の内部資料(甲62)によると,「③ファイルメーカープロジェクト管理ソフトウェア…」(本件ソフト)に関して,本件ソフトのベースとなっている「ファイルメーカー」は「最も安価なデータベースソフトであり,上位のものでも数万円で購入できる。」と記載されている。このことに加え,陳腐化による価値減少が著しいことにかんがみれば,原告が5500万円を支出した当時,本件ソフトの経済的価値は皆無であった。
オ 被告らは,本件ソフトを巡る違法なスキームが発覚するのを防ぐべく,ND社を経営するE(以下「E」という。)の協力を得てND社を介入させ,架空の売買契約を装っていた。
(3) 争点2について
(原告の主張―請求原因)
ア 被告らは,原告の株式を保有していたAH社が全株を保有する子会社であるAHAL社の利益を図るために,甲取引を行い,AH社に対し無償で7500万円の利益を供与した。
イ 被告らは,原告の株式を保有していたAH社の利益を図るために,乙取引を行い,AH社に対し無償で5250万円の利益を供与した。
(被告らの主張等)
ア 被告Y1
争う。
イ 被告Y2
争う。
本件システム及び本件ソフトに関する取引は,いずれも有効かつ適法であり,会社法120条4項の株主の権利の行使に関する財産上の利益の供与には該当しない。
第3 当裁判所の判断
1 事実関係について
平成19年1月9日ころ,CD社がAH社に対し,本件システムの購入代金7500万円を支払い,AH社から本件システムの納品を受けたことは,原告と被告Y1との間で争いがなく,AH社とCD社が甲契約を締結したこと,原告がCD社との間で本件システムの転売代金7500万円を契約金額に上乗せし,契約金額を合計1億8555万円に設定した本件委託契約を締結したこと,平成19年1月9日ころ,CD社が被告らの指示に基づきAH社に対し,本件システムの購入代金名目で7500万円を支払い,AH社から本件システムの納品を受けたことは原告と被告Y2との間で争いがない。これらの争いのない事実に加え,前提事実及び各項末尾に掲記した証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) AH社は,平成17年当時,立て続けにM&Aを行い,経営を拡大していたが,グループ内の管理体制を整えるシステムや社員教育をするためのシステムの導入が必要であった。そのため,プロジェクト管理ソフトを用いたグループ内の採算管理を行い,上場会社として適切な知識と能力を従業員に持たせるために,AH社は,原告から本件ソフト及び本件システムを導入することとなり,原告との資本提携の一環として同年12月9日にはAHAL社が原告の普通株式12万8500株を引き受けた。
(前提事実(3)ア,乙1の3,乙4の1,乙5の1,乙7及び50)
(2) 原告は,AH社との間で,平成17年8月1日,本件システムに関する業務委託契約を締結し,同契約に基づく個別契約であるA契約を同日,C契約を同年11月1日にそれぞれ締結した。原告は,本件システムの開発業務として,A契約に基づきパラメータ設定及びコンピテンシーディクショナリーのデザイン設計・構築等の本件システムの開発・導入作業を行い,同作業は同年9月22日に完了し,AH社から同月30日に作業完了確認書の提出を受け,平成18年2月28日に約定の報酬に消費税相当額を加えた5171万2500円の支払を受けた。また,原告は,C契約に基づきAH社向け新規コンテンツの作成等の作業を行い,同作業は平成17年12月28日に完了し,AH社から同日,作業完了確認書の提出を受け,平成18年4月28日に約定の報酬に消費税相当額を加えた2625万円の支払を受けた。
(前提事実(2),甲3,4,7,14及び15,乙1の3,乙4の1,乙7,乙12の1及び2,乙17~19,乙20,乙21の各1及び2,乙50)。
(3) 本件システムは,サイトにアクセスすると対面型教育(主としてビジネス上の社内教育)を受けられるコンテンツを持つサービスである。本件システムは汎用性があり,各コンテンツ等の説明文書(乙13の1~6)は原告が作成しており,原告がリースコ株式会社及び協同リース株式会社との間でSabaソフトウェアシステムのライセンスリースを受け,有料コンテンツのライセンスを株式会社ライトワークスや日本ユニシスより受けている。
(乙1の3,乙4の1,乙8,乙11の1及び2,乙13の1~6,乙14~16及び50)。
(4) VC社は,AH社に対し,平成17年10月18日,本件ソフトを代金2億4000万円で売却し,原告がVC社に対し,同月21日,本件ソフトを代金2億3520万円で売却し,VC社は,同年12月10日,原告から本件ソフトの納品を受け,AH社は,同月15日,VC社から本件ソフトの納品を受けた。そして,原告は,平成18年6月1日,VC社から本件ソフトの消費税相当額を含む代金2億4696万円の支払を受けた
(前提事実(2)エ,甲5及び6,乙1の3,乙5の1,乙7,29,30,34~37及び50)
(5) 本件ソフトは,基本情報を入力することによってプロジェクト管理(プロジェクトごとの収益予測),取引先管理(顧客データベース等),財務管理(売掛金・買掛金管理)等を行い,情報の一元化,導入企業の作業効率の向上を図るソフトである。本件ソフトは,汎用性のある製品であり,原告は,本件ソフトの説明文書(乙31及び32)を作成しており,原告には,平成18年6月,本件ソフトを株式会社第一コンピュータリソースに販売するなどの販売実績がある。AH社は,本件ソフトの購入に先立ち,原告から本件ソフトの機能及び導入効果の説明を受け,原告以外の2社から相見積を取って検討している。 (乙1の3,乙31~33及び50)
(6) AH社では,平成18年5月9日,会計監査人であるあずさ監査法人の担当者から,本件システムについては,稼働状況,使用目的が不明確であるため会計処理を検討できない,本件ソフトについては取引の経緯が不明であり,納品状況等が確認できないといった会計上,内部統制上の問題点があるとの指摘を受けた。そして,同年6月27日,あずさ監査法人が会計監査人を辞任し,アスカ監査法人が会計監査人に就任した。そして,AH社監査役は,AH社の社内調査を実施し,その結果,原告とAH社との取引が架空取引等の疑いがあると指摘した。
(甲16及び62,乙1の3,乙4の2,乙7,23,24及び50)。
(7) AH社では,平成18年8月30日開催の株主総会において,経営不振の責任をとって当時の取締役専務であったFが退任し,代表取締役社長であったGも代表権を失い,Dを代表取締役社長とする新経営陣が誕生した。新経営陣は,AH社の拡大路線を転換し,AH社本来の業務であるアンーティーク時計のオークション販売を主な業務とすることになり,この方針転換に伴い,AH社は,業務拡大を前提とする本件システムや本件ソフトに係る契約を見直し,同年9月27日付け書面(甲17~20)により,原告に対し,本件契約に基づく報酬及び売買代金の減額を要請するとともに,本件契約が錯誤によるものであり,訴訟提起も辞さないと主張した。同書面には,本件システム及び本件ソフトの減額要請の理由として,契約当時はAH社の将来における急速な事業拡大を見込み,ライセンスフリー等を前提とした契約を締結したが,その後,本件システム及び本件ソフトの導入については限定的であり,機能的にも一部に限られることが判明した旨の記載がある。
(前提事実(4),甲17~20及び77,乙1の3,乙4の1及び2・乙5の1,乙7,24,25及び50)
(8) 原告では,AH社からの要請を受け,原告が契約どおりの債務を履行している以上はAH社と徹底的に争うべきであるとの意見もあったが,原告は,当時,複数の訴訟を抱えており,社内の訴訟対応能力,弁護士費用の負担等の面において,新たにAH社と訴訟をする体力がなかったこと,監査法人から適正意見付き監査証明を受けているにもかかわらず,決算が粉飾であるとの風評が流れ,それによる退職社員の増加,新入社員の募集難等の被害を受けており,これ以上会社のイメージが低下することを避けなければならなかったこと,平成18年8月29日開催の株主総会において原告の取締役に就任したH(以下「H」という。)が,その就任前にAH社に対し原告に営業協力させ,資金協力もさせる旨の発言をしていたことなどの事情があったことから,被告らは,原告がAH社からの減額,返品要請に可能な限り応じていく方針を採るべきであると判断した。
(甲22,乙1の3,乙2の1,乙4の1及び2,乙5の1及び2,乙6の1,乙7及び50,乙51の1,弁論の全趣旨)
(9) 原告は,AH社からの減額要請につき検討した結果,本件契約のうち2件のM&Aに係る契約については,役務提供が終了しており,M&Aも成功して終了しているため,これらの契約に係る報酬の減額には応じる余地はないと判断したが,本件ソフトに係るB契約については,当初フリーライセンスで販売したが,ライセンス数を500ユーザー分に限定し,フリーライセンスを1000ユーザー分と想定した上で500ユーザー分を7500万円(1ユーザー当たり15万円)で買い戻し,更にAH社に留保された500ユーザー分のうち,350ユーザー分のライセンス(使用権)を5250万円でAH社が第三者に売却できるよう支援する,本件システムに係るA契約及びC契約については,納品は完了しており,減額に応じることはできないが,AH社が本件システムを7500万円で第三者に転売できるよう支援するとの提案を行うこととし,平成18年12月8日付け書面により,AH社に対し,その旨の提案を行った。
(前提事実(5)ア,甲22~27,乙1の3,乙4の2,乙5の1,乙50)。
(10) Dは,平成18年12月18日付け書面(甲28)により,原告の提案に対し,本件ソフトの一部買戻しを同月末日までに行うこと,本件ソフトの転売支援については平成19年2月末日までに,本件システムの転売支援については同年1月末日までにAH社が合理的に満足する条件で実行されることを原告が保証するとの条件を提示するとともに,なお,本件契約に係る金額から上記処理によって填補された金員を差し引いた金員の返還を求めた。
(前提事実(5)イ,甲28)
(11) 被告Y2は,本件取締役会に先立ち,原告がAH社に行った提案のうち,B契約に係る7500万円の減額につき,その算出根拠と減額理由を記載した「プロジェクト管理ソフトウェア減額要望書」と題する平成18年12月20日付けH宛の書面(甲30)を作成し,これを用いるなどして,内部打合せや経営会議等において本件ソフトの減額要請に対する対応につき原告の他の役員に説明した。同書面には減額理由として,①AH社の社内環境がAH社及び子会社を含め利用想定ユーザー数が1000を超えると想定していた本件ソフトを販売した当時と大幅に変わり,同年10月現在では,実利用数は数名程度となっており,拡大する計画がない,②AH社が何らかの法的根拠をもって減額依頼を強硬に主張してきた場合,原告が風評被害を被る可能性がある,③原告では,本件ソフトを他社に販売しており,今後も積極的に販売活動を行い,返品を受けるライセンスも他社に販売することは可能である旨の記載がある。 (甲30,甲77,乙1の3,乙6の1)
(12) 被告Y1は,Dに対し,平成18年12月25日付けの書面(甲32)により,本件契約に係る取引は正当な取引であり,AH社が指摘するような認識は原告にはないが,AH社の事情の変化により原告が提供したソフトウェア等が利用しきれていないことは理解したとして,再度,原告が①本件ソフトの一部ライセンスの買戻し,②本件システムの転売についての営業協力,③上記①の実行後のAH社が保有する本件ソフトのライセンスの一部転売についての営業協力という対応方法をとることを提案した。
(前提事実(5)ウ,甲32~34,甲77,乙38の1及び2)
(13) 原告は,平成18年12月28日に開催された本件取締役会において,本件ソフトの一部ライセンスの買戻しを承認する決議をした。そして,原告は,AH社との間で,原告がAH社に対し,AH社が本件ソフトを使用できるライセンス数を500ユーザー分に限定し,これに伴いB契約に基づくライセンス料7500万円を減額するとの内容の本件ソフトの一部ライセンスの買戻し,買戻し後のAH社が保有する本件ソフトのライセンス数350ユーザー分の5250万円での第三者への転売支援,本件システムの転売支援をする旨合意し,同日,AH社からB契約に基づきAH社に売却した本件ソフトのライセンス数500ユーザー分を7500万円で買い戻した。なお,上記合意に係る書面(甲38)には,前文において,B契約に基づき原告がAH社に許諾した本件ソフトのユーザー数は限定のないものであったが,AH社のユーザー数が当初の見積りを大幅に下回ることになったため,AH社は,使用できるユーザー数を限定し,ライセンス料を縮減されたライセンスに相当する金額に縮減することを要請し,原告は,AH社の置かれた状況を理解し,この要請に応じることにした旨の記載がある。
(前提事実(5)オ,甲37~39及び77,乙1の3,乙6の1,乙10及び50,乙51の1及び2,丙1)
(14) 原告では,平成18年10月ころ,複数の訴訟を抱え,粉飾決算を行っているとの風評が流布されていたこともあって社員の離職率が高まっていたが,当時,内部統制ビジネス拡大の影響で,監査法人が会計知識を持つ人材を大量に採用したため,公認会計士試験に不合格ながら,相応の会計知識を有している人材をターゲットとしてきた原告の採用活動に支障を来たし,人材の確保が緊急の課題となっていた。そこで,被告らは,会計や簿記の知識が薄くても,ある程度の素養の見込まれる人材を採用し,教育していく方針を立て,採用・教育代行業務を行っているCD社との間で人材採用・教育代行に関する契約を締結することを検討し,CD社に対し,原告が採用を希望する会計知識を有する人材育成のための研修を行うことを求めた。ところが,CD社では会計及び簿記の知識に関する教育を実施した経験がなかったことから,被告らは,原告の人材採用の必要性とAH社との合意に基づく本件システムの転売の問題を一挙に解決できると判断し,CD社に対し,AH社から本件システムを導入するよう提案し,CD社は,他社の製品とも比較,検討した上で本件システムの導入を決定した。被告Y2は,本件取締役会に先立ち,CD社との取引内容に関する書面(乙28)を作成するなどしてCD社との取引内容を原告の他の役員に説明し,本件取締役会では,原告がCD社との間で人材採用・教育代行に関する契約を締結するとの議案が可決され,これに基づき,原告は,同年12月28日,CD社との間で,原告がCD社に人材の募集,採用,教育代行業務を委託する旨の本件委託契約(甲40及び41)を締結した。そして,AH社は,CD社に対し,同日,本件システムを代金7500万円で売却するとの甲契約(甲50)を締結した。
(前提事実(5)カ及びキ,甲37,40,41,50,71及び79,乙1の3,乙4の1,乙5の1,乙6の1,乙8,9,26,28及び50,乙51の2,丙1)。
(15) 本件委託契約は,原告の従業員についての募集,採用,教育をCD社が代行して行うというもので,契約期間を平成19年1月1日から同年12月31日まで,採用人数を30人,CD社が3か月間の研修による社員教育のうち,1か月間は本件システムを使用した会計及び簿記に関する特別研修を実施する旨定めているほか,本件委託契約では,CD社が社員教育を行った者の中から原告が2回の面接を行って優秀な人材を優先的に採用することができ,原告に採否の決定権が与えられている。本件委託契約の契約金額には,AH社からの甲契約に基づく本件システムの購入代金7500万円が加算されているが,原告が着手金1億5000万円を平成18年12月28日に1億0500万円,平成19年1月9日に4500万円前払することにより,1260万円の減額を受け,本件委託契約の契約金額の総額は1億8555万円と設定された。そして,原告は,CD社に対し,本件委託契約に基づき,平成18年12月28日に1億0500万円を,平成19年1月9日に4500万円を支払い,同日ころ,CD社は,AH社に対し,7500万円を支払い,AH社から本件システムの納品を受けた。
(前提事実(5)キ,甲40~42,51,71及び79,乙1の3,乙4の2,乙6の2,乙8,9,27,28及び50,乙51の2,弁論の全趣旨)
(16) CD社は,本件委託契約に基づき,毎月募集のあった数百人の中から数十人を採用し,本件システム等を使用した社員研修を行い,その中から半数程度に絞り込んで人材を確保した。原告の当時の営業部長であるI(以下「I部長」という。)は,CD社が社員教育を行った者に個別に面接し,その中から10名の社員を採用した。原告は,当初予定していた30名の採用には至らなかったが,これは,原告の売上げが減少し,CD社から1名採用することによって発生する費用負担に耐えられなくなったこと,10名を採用した段階で,新人社員を教育する余裕がなくなったことから当初採用した10名を一人前に育てる期間を設けるために採用を一時中断したからであった。もっとも,本件委託契約については,平成19年7月2日に原告から新設分割によって設立された株式会社ジェクシードコンサルティング(以下「GC社」という。)が承継し,GC社は,CD社との間で,同月13日には契約期間を平成20年12月31日まで延長し,同年8月11日には契約期間を平成23年12月31日まで延長した(甲43及び44)。
(甲43,44,71及び79,乙1の3,乙2の1及び2,乙4の1及び2,乙6の2,乙8,9及び50,乙51の2)
(17) 原告の転売支援に基づき,AH社は,平成19年1月30日,T・ZONEに対し,本件ソフトのライセンス数350ユーザー分を5250万円で転売した(乙39)。そして,ND社は,T・ZONEから本件ソフトを5302万5000円で仕入れ,本件ソフトに改良を加えて本件改良ソフトとした上で原告に転売し,原告はND社に対し,同年5月31日,転売代金5500万円を支払った。本件改良ソフトは,本件ソフトにND社が独自のCRM機能等を組み込み,営業支援システムに改変しており,これにより原告単独では実現できない価値が付加されている。
(甲54,55及び80,甲81の1~3,乙1の3,乙4の1及び2,乙8,乙11の1及び2,乙39及び50)。
(18) ND社は,原告の元社員であったEが従前の休眠会社を利用して,事業活動を開始した実在の会社である。原告がND社から本件改良ソフトを購入することとしたのは,原告としても販売管理一元化システムの必要性を認識しており,原告の元社員が経営するND社に,本件ソフトの改良を依頼することが原告のニーズを十分に反映でき,かつ,開発の作業効率もよいと考えたからである。Eは,必要なカスタマイズ内容につき,I部長と綿密に打合せを行い,ND社で作成した仕様書,操作マニュアル,説明文書等の資料(乙44~乙47)を原告に交付し,平成19年5月25日,本件改良ソフトを作成し,納品した。本件改良ソフトの導入により,原告では,それまでローカル端末で行っていた案件管理とエクセルで行っていた請求書管理を個別に行えるようになり,本件改良ソフトを利用して帳票も作成できるようになったため,作業効率が上がっている。
(乙1の3,乙4の1,乙8,乙11の1,乙40~乙48)。
(19) 原告では,平成19年5月30日開催の取締役会において,被告Y2により,本件改良ソフトの導入の必要性及び本件改良ソフトにおける付加価値にかんがみ,5500万円とする本件改良ソフトの購入金額は適切である旨の説明がされ,本件改良ソフトの購入及び導入につき,これを承認する旨の決議がなされた。 (乙1の3,乙4の2,乙10,49及び50)
2 争点(1)についての判断
(1) 上記1(14)及び(15)で認定したとおり,被告らは,原告の人材採用の必要性とAH社との合意に基づく本件システムの転売の問題を一挙に解決できると判断し,CD社に対し,AH社から本件システムを導入するよう提案したこと,CD社は,本件システムの導入を決定し,平成18年12月28日,AH社との間で甲契約を締結したこと,本件委託契約の契約金額1億8555万円には,AH社からの甲契約に基づく本件システムの購入代金7500万円が加算されていること,CD社は,AH社に対し,平成19年1月9日ころ,7500万円を支払い,AH社から本件システムの納品を受けた甲取引が行われたことが認められる。そうすると,被告らは,CD社をして本件システムの導入を決定させてAH社との間で甲契約を締結させ,甲契約に基づく本件システムの購入代金7500万円を加算するなどして定められた本件委託契約の契約金として支払った金員の中から,CD社をしてAH社に7500万円を支払わせたということができる。
また,上記1(17)で認定したとおり,原告は,平成19年5月31日,ND社から,AH社がT・ZONEに対して5250万円で売却し,ND社がT・ZONEから仕入れた本件ソフトに改良を加えた本件改良ソフトを5500万円で買い受け,ND社に対し5500万円を支払った乙取引が行われたことが認められる。
(2) 甲取引及び乙取引につき被告らに善管注意義務違反があるか
被告らの行為(以下甲取引に係る行為を「本件甲行為」といい,乙取引に係る行為を「本件乙行為」という。)が,原告に対する善管注意義務に違反するといえるのかについては,いわゆる経営判断の原則が適用される。そして,取締役の判断は,意思決定が行われた当時の具体的な状況下において,前提とした事実の認識の過程(情報収集とその分析・検討)に不注意な誤りがなく,その事実認識に基づく判断の推論過程及び内容に著しく不合理な点がない限り,尊重されるべきものと解される。そうだとすれば,被告らが本件甲行為及び本件乙行為を行うと判断したことに善管注意義務違反が認められるためには,被告らが本件甲行為及び本件乙行為を行うとの判断の前提とした事実の認識の過程に不注意な誤りがあるか,事実認識の過程に不注意な誤りがなかったとしても,その事実認識に基づく判断の推論過程及び内容に著しく不合理な点があったことが立証されなければならない。そこで,本件甲行為及び本件乙行為が原告に対する善管注意義務に違反するか否かを順次検討する。
ア 上記1で認定したとおり,①平成17年当時,立て続けにM&Aを行い,経営を拡大していたAH社は,グループ内の管理体制を整えるシステムや社員教育をするためのシステムの導入を必要とし,原告との間で,同年8月1日,本件システムに関する業務委託契約を締結し,同契約に基づく個別契約であるA契約及びC契約を締結し,原告から,A契約に基づく本件システムの開発業務,C契約に基づくAH社向け新規コンテンツの作成等の履行の提供を受け,他方,VC社から,同年10月18日,VC社が原告から買い受ける本件ソフトを買い受けたこと(上記1の(1),(2)及び(4)),②ところが,AH社は,平成18年5月9日,会計監査人であるあずさ監査法人の担当者から,本件システムについては,稼働状況,使用目的が不明確であるため会計処理を検討できない,本件ソフトについては取引の経緯が不明であり,納品状況等が確認できないといった旨の会計上,内部統制上の問題点があるとの指摘を受け,その後,AH社監査役も,AH社の社内調査を実施した結果,原告とAH社との取引が架空取引等の疑いがあると指摘したこと(上記1の(6)),③AH社では,同年8月30日開催の株主総会において,Dを代表取締役社長とする新経営陣が誕生し,新経営陣は,AH社の拡大路線を転換し,業務拡大を前提とする本件システムや本件ソフトに係る契約を見直し,同年9月27日付け書面により,原告に対し,本件契約に基づく報酬及び売買代金の減額を要請するとともに,本件契約が錯誤によるものであり,訴訟提起も辞さないと主張したこと(上記1の(7)),④AH社からの要請を受けた原告は,当時,複数の訴訟を抱えており,社内の訴訟対応能力,弁護士費用の負担等の面において,新たにAH社と訴訟をする体力がなく,決算が粉飾であるとの風評が流れ,それによる退職社員の増加,新入社員の募集難等の被害を受けており,これ以上会社のイメージが低下することを避けなければならなかったこと,同年8月29日開催の株主総会において原告の取締役に就任したHが,その就任前にAH社に対し原告に営業協力させ,資金協力もさせる旨の発言をしていたことなどの事情があったことから,被告らは,AH社からの減額,返品要請に可能な限り応じていく方針を採るべきであると判断し,その上で本件契約のうち2件のM&Aに係る契約については,役務提供が終了しており,M&Aも成功して終了しているため,これらの契約に係る報酬の減額には応じる余地はないが,当初フリーライセンスで販売した本件ソフトに係るB契約については,ライセンス数を500ユーザー分に限定し,フリーライセンスを1000ユーザー分と想定した上で500ユーザー分を7500万円で買い戻し,更にAH社に留保された500ユーザー分のうち,350ユーザー分のライセンスを5250万円でAH社が第三者に売却できるよう支援する,本件システムに係るA契約及びC契約については,納品は完了しており,減額に応じることはできないが,AH社が本件システムを7500万円で第三者に転売できるよう支援するとの提案を行うことにしたこと(上記1の(8)及び(9)),⑤被告らは,上記判断に基づきAH社と交渉した結果,原告とAH社は,原告がAH社に対し,AH社が本件ソフトを使用できるライセンス数を500ユーザー分に限定し,これに伴いB契約に基づくライセンス料7500万円を減額するとの内容の本件ソフトの一部ライセンスの買戻し,買戻し後のAH社が保有する本件ソフトのライセンス数350ユーザー分の5250万円での第三者への転売支援,本件システムの転売支援をする旨の合意をしたことが認められる(上記1の(10)~(13))。
イ 上記認定事実によれば,被告らが原告の取締役として,AH社との間で本件ソフトのライセンス数350ユーザー分の第三者への転売支援及び本件システムの転売支援をする旨の合意をするとの意思決定が行われた当時の具体的な状況下における事実の認識の過程には不注意な誤りはなかったものと認めるのが相当である。そして,上記認定のとおり,被告らが上記判断をした当時,原告が複数の訴訟を抱え,社内の訴訟対応能力,弁護士費用の負担等の面において,新たにAH社と訴訟をする体力がなく,決算が粉飾であるとの風評が流れ,それによる退職社員の増加,新入社員の募集難等の被害を受け,これ以上会社のイメージが低下することを避けなければならなかったとの事実が認められることからすれば,原告の取締役としては,拡大路線を転換し,本件システムや本件ソフトに係る契約を見直し,本件契約が錯誤によるものであり,訴訟提起も辞さないと主張し,本件契約に基づく報酬及び売買代金の減額を要請していたAH社に対する対応として,被告らが2件のM&Aの契約に係る報酬の減額を拒否し,これらの契約に係る利益を保持しつつ,AH社が使用できるライセンス数を500ユーザー分に限定し,これに伴いB契約に基づくライセンス料7500万円を減額するとの内容の本件ソフトの一部ライセンスの買戻し,買戻し後のAH社が保有する本件ソフトのライセンス数350ユーザー分の5250万円での第三者への転売支援を行い,本件システムに係るA契約及びC契約を維持したまま,本件システムの転売支援をするとの合意をAH社との間で行うと判断したことには,著しく不合理な点がないと認めるのが相当である。
ウ 甲取引について被告らに善管注意義務違反があるか否かについて
(ア) 被告らが,本件システムの転売支援をするとの合意をAH社との間で行うと判断したことに著しく不合理な点がないとしても,被告らの本件甲行為が,経営判断の原則に照らしても原告に対する善管注意義務に違反するといえるのか否かについては,原告の主張に沿って更に検討する必要がある。
(イ) 原告は,①本件委託契約においては,CD社が本件システムの使用権を取得する一方で,その売買代金である7500万円は原告が支出するという関係にあり,原告は,他社の売買代金を支出していることになるから,本件システムの転売支援は,原告の収益を目的としたものではなく,あくまでAH社に対する金銭的便宜を図る目的でなされた,②本件システムは,原告が開発し,AH社に納品したものであるから,CD社による社員教育に本件システムが必要というのであれば,原告自ら開発(複製)すれば足りる旨主張する。
確かに,上記1(2)で認定したとおり,本件システムは,原告において開発したものであるから,原告がCD社のAH社からの本件システムの購入代金7500万円を本件委託契約に基づく代金に上乗せし,本件システムの購入代金を実質的に負担しなくても,CD社が本件システムを使用する必要があるとすれば,原告がCD社に本件システムを提供すれば足りるということもできる。しかし,上記アのとおり,訴訟提起も辞さないと主張するAH社からの本件契約に基づく報酬及び売買代金の減額要請を受けた原告が,当時,複数の訴訟を抱え,社内の訴訟対応能力,弁護士費用の負担等の面において,新たにAH社と訴訟をする体力がなく,決算が粉飾であるとの風評が流れ,それによる退職社員の増加,新入社員の募集難等の被害を受けており,これ以上会社のイメージが低下することを避けなければならなかったこと等の理由から,被告らは,AH社からの減額,返品要請に可能な限り応じていく方針を採るべきであると判断し,その結果,本件契約のうち2件のM&Aに係る契約に係る報酬の減額を拒絶し,本件ソフトについての買戻し及び買戻し後にAH社に留保されたライセンス数500ユーザー分のうち,350ユーザー分のライセンスの5250万円での転売支援を行うとともに,本件システムの転売支援を行うことを決定したということができる。そして,このような被告らが本件システムの転売支援を行うことを決定した理由に加え,上記1(14)で認定したとおり,原告では,平成18年10月ころに離職率が高まり,公認会計士試験に不合格ながら,相応の会計知識を有している人材をターゲットとしてきた採用活動に支障を来たし,人材の確保が緊急の課題となっていたことから,被告らは,会計知識を有する人材育成のための研修を行うために本件システムをCD社をしてAH社から購入させ,これにより,原告の人材採用の必要性とAH社との合意に基づく本件システムの転売の問題を一挙に解決できると判断した結果,CD社との間で本件委託契約を締結したこと,上記1(15)及び(16)で認定したとおり,本件委託契約では,CD社が3か月間の研修による社員教育のうち,1か月間は本件システムを使用した会計及び簿記に関する特別研修を実施する旨定められているほか,CD社が社員教育を行った者の中から原告が2回の面接を行って優秀な人材を優先的に採用することができ,原告に採否の決定権が与えられていること,本件委託契約の契約金額には,AH社からの甲契約に基づく本件システムの購入代金7500万円が加算されているが,1260万円の減額も受けていること,原告は,CD社が本件委託契約に基づき,本件システム等を使用して社員研修を行った者から10名の社員を採用したことなどの事実をも総合すれば,被告らが,CD社との間で本件委託契約を締結し,本件システムの売買代金を上乗せして契約金額を定めたとの判断の内容が著しく不合理であったということはできない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
(ウ) また,原告は,①本件システムの導入については,その内容,効率性,費用等を吟味し,さらに他社のシステムと比較するなどして,これを導入すべき必要性・合理性につき十分な検討が行われていないから,本件システムを導入する必要性・合理性があったとは解し得ない,②本件システムの性質上,陳腐化による価値減少が著しいのに,CD社への本件システムの転売代金は,原告が本件システムをAH社に納品した際の販売価格とほぼ同額の7500万円である旨主張する。
しかし,上記1(14)及び(16)で認定したとおり,CD社は,原告が採用を希望する会計知識を有する人材育成のための研修を行うため,他社の製品とも比較,検討した上で本件システムの導入を決定したこと,原告は,CD社が本件委託契約に基づき,本件システム等を使用して社員研修を行った者から10名の社員を採用したこと,AH社のCD社に対する転売代金が7500万円とされたのは,原告の人材採用の必要性とAH社との合意に基づく本件システムの転売支援の問題を一挙に解決できるとの判断に基づくものであることが認められ,これらの事実関係に照らせば,本件システムを導入すべき必要性・合理性につき十分な検討が行われていなかったということはできないし,本件システムの転売代金を7500万円としたことが著しく不合理であったということはできない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
(エ) 以上によれば,甲取引について被告らに善管注意義務違反があるということはできない。
エ 乙取引について被告らに善管注意義務違反があるか否かについて
(ア) 被告らが,買戻し後のAH社が保有する本件ソフトのライセンス数350ユーザー分の5250万円での第三者への転売支援を行うと判断したことに著しく不合理な点がないとしても,被告らの本件乙行為が,経営判断の原則に照らしても原告に対する善管注意義務に違反するといえるのか否かについては,原告の主張に沿って更に検討する必要がある。
(イ) 原告は,①本件ソフトの転売支援は,原告の収益を目的としたものではなく,あくまでAH社に対する金銭的便宜を図る目的でなされたのであり,本件ソフトの導入も,原告にとって適切な時期であるか否かを考慮せず,AH社の予算達成のために絶妙な時期に実行されている,②本件ソフトは,原告が開発・納品したものであるから,原告自ら開発(複製)すれば足りるのであり,敢えてAH社に転売した本件ソフトを買い戻すことが経済的・効率的であるはずがない,③本件ソフトの導入については,その内容,効率性,費用等を吟味し,さらに他社のソフトと比較するなどして,これらを導入すべき必要性・合理性につき十分な検討が行われていないから,本件ソフトを導入する必要性・合理性があったとは解し得ない,④本件ソフトは,陳腐化による価値減少が著しいことにかんがみれば,原告が5500万円を支出した当時,本件ソフトの経済的価値は皆無であった旨主張する。
確かに,上記1(5)で認定した事実に加え,弁論の全趣旨によれば,本件ソフトは,原告において開発したものと認められるから,本件ソフトの転売支援のために,原告がAH社が転売した本件ソフトを買い戻す必要性はないということもできる。しかし,上記アのとおり,訴訟提起も辞さないと主張するAH社からの本件契約に基づく報酬及び売買代金の減額要請を受けた原告が,当時,複数の訴訟を抱え,社内の訴訟対応能力,弁護士費用の負担等の面において,新たにAH社と訴訟をする体力がなく,決算が粉飾であるとの風評が流れ,それによる退職社員の増加,新入社員の募集難等の被害を受けており,これ以上会社のイメージが低下することを避けなければならなかったこと等の理由から,被告らは,AH社からの減額,返品要請に可能な限り応じていく方針を採るべきであると判断し,その結果,本件契約のうち2件のM&Aに係る契約に係る報酬の減額を拒絶し,本件ソフトについての買戻し及び買戻し後にAH社に留保されたライセンス数500ユーザー分のうち,350ユーザー分のライセンスの5250万円での転売支援を行うことを決定したということができる。そして,このような被告らが本件ソフトの転売支援を行うことを決定した理由に加え,上記1(17)及び(18)で認定したとおり,原告が,ND社から買い受けたソフトは,本件ソフトそのものではなく,本件ソフトに改良を加えた本件改良ソフトであり,本件改良ソフトは,本件ソフトにND社が独自のCRM機能等を組み込み,営業支援システムに改変しており,これにより原告単独では実現できない価値が付加されていること,原告がND社から本件改良ソフトを購入することとしたのは,原告としても販売管理一元化システムの必要性を認識しており,原告の元社員が経営するND社に,本件ソフトの改良を依頼することが原告のニーズを十分に反映でき,かつ,開発の作業効率もよいと考えたからであること,原告では,本件改良ソフトの導入により,それまでローカル端末で行っていた案件管理とエクセルで行っていた請求書管理を個別に行うことができるようになり,本件改良ソフトを利用して帳票も作成できるようになったため,作業効率が上がっていることが認められ,これらの事実に照らせば,原告の主張する①ないし④の主張には理由がなく,被告らが,本件ソフトの転売支援に基づき,AH社が転売した本件ソフトに改良を加えた本件改良ソフトをND社から原告が購入するとした判断の内容が著しく不合理であったということはできない。
(ウ) また,原告は,被告らは,本件ソフトを巡る違法なスキームが発覚するのを防ぐべく,ND社を経営するEの協力を得てND社を介入させ,架空の売買契約を装っていた旨主張する。しかし,上記1(18)で認定したとおり,ND社は,原告の元社員であったEが従前の休眠会社を利用して,事業活動を開始した実在の会社であること,原告がND社から本件改良ソフトを購入することとしたのは,原告としても販売管理一元化システムの必要性を認識しており,原告の元社員が経営するND社に,本件ソフトの改良を依頼することが原告のニーズを十分に反映でき,かつ,開発の作業効率もよいと考えたからであること,Eは,必要なカスタマイズ内容につき,I部長と綿密に打合せを行い,ND社で作成した仕様書,操作マニュアル,説明文書等の資料を原告に交付し,本件改良ソフトを作成したことが認められ,これらの事実に照らせば,原告の上記主張には理由がないというべきである。
(エ) 以上によれば,乙取引について被告らに善管注意義務違反があるということはできない。
(3) 被告らに原告の取締役会決議を経ないで甲取引及び乙取引を行った任務懈怠があるか
上記1(14)で認定したとおり,被告らは,甲取引を行うことによって原告の人材採用の必要性とAH社との合意に基づく本件システムの転売の問題を一挙に解決できると判断したこと,被告Y2は,本件取締役会に先立ち,CD社との取引内容に関する書面を作成するなどしてCD社との取引内容を原告の他の役員に説明したこと,本件取締役会において,原告がCD社との間で人材採用・教育代行に関する契約を締結するとの議案が可決されたことが認められるから,被告らは,甲取引を行うにつき,原告の取締役会決議を経ていたというべきである。
また,上記1(19)で認定したとおり,原告では,平成19年5月30日開催の取締役会において,被告Y2により,本件改良ソフトの導入の必要性及び本件改良ソフトにおける付加価値にかんがみ,5500万円とする本件改良ソフトの購入金額は適切である旨の説明がされ,本件改良ソフトの購入及び導入を承認する旨の決議がなされたことが認められるから,被告らは,乙取引を行うにつき,原告の取締役会決議を経たというべきである。
以上によれば,被告らが原告の取締役会決議を経ないで甲取引及び乙取引を行った任務懈怠がある旨の原告の主張はいずれも採用することができない。
3 争点(2)についての判断
前提事実(3)によれば,甲取引が行われた当時,AH社が全株を保有する子会社であるAHAL社が原告の株主であったこと,乙取引が行われた当時,AH社が原告の株主であったことが認められる。
ところで,会社法120条1項が禁止する利益供与は,株主の権利の行使に関するものに限られる。これを本件についてみると,確かに,甲取引及び乙取引は,原告が株主の親会社(甲取引の場合)及び株主(乙取引の場合)であるAH社の利益を図るために行ったものであるということができる。しかし,上記1(7)ないし(18)で認定した事実によれば,これらの取引は,いずれも,それ以前に行われた本件契約に基づく各取引についてのAH社からの減額要請に対し,AH社の置かれた状況を理解して,この要請に応じるために行われた取引であって,原告が取引先であるAH社との交渉の結果行われた取引であると認めるのが相当である。そうだとすれば,甲取引及び乙取引を行うことによって得られた原告の株主又は株主の親会社であるAH社の利益は,原告の株主としての権利の行使又は権利の行使に密接に関連して供与されたものであるということはできない。
したがって,被告らがAH社が全株を保有する子会社であり,原告の株式を保有していたAHAL社の利益を図るために甲取引を行い,また,原告の株式を保有していたAH社の利益を図るために乙取引を行ったとの主張はいずれもその前提において失当である。
4 結論
よって,原告の請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 小濱浩庸)
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