「営業支援」に関する裁判例(66)平成25年 9月10日 知財高裁 平24(ネ)10044号 損害賠償請求等控訴事件
「営業支援」に関する裁判例(66)平成25年 9月10日 知財高裁 平24(ネ)10044号 損害賠償請求等控訴事件
裁判年月日 平成25年 9月10日 裁判所名 知財高裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ネ)10044号
事件名 損害賠償請求等控訴事件
裁判結果 原判決変更 上訴等 上告、上告受理申立て 文献番号 2013WLJPCA09109005
要旨
◆控訴人の営業上の信用を害する虚偽事実の告知を否定した上で、被控訴人らの不正競争防止法2条1項14号、4条に基づく損害賠償を否定した原判決を変更し、虚偽事実の告知を認めた上で、控訴人の主張する損害額の一部に関して同法の責任を肯定した事例
裁判経過
第一審 平成24年 4月18日 東京地裁 判決 平21(ワ)25324号・平22(ワ)30940号 損害賠償請求、業務委託料等請求事件
出典
裁判所ウェブサイト
判時 2207号76頁
評釈
IP研究会・特許ニュース 13647号1頁
参照条文
不正競争防止法2条1項14号
不正競争防止法4条
裁判年月日 平成25年 9月10日 裁判所名 知財高裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ネ)10044号
事件名 損害賠償請求等控訴事件
裁判結果 原判決変更 上訴等 上告、上告受理申立て 文献番号 2013WLJPCA09109005
控訴人 株式会社ヒューマントラスト
(第1事件原告・第2事件被告)
訴訟代理人弁護士 村井智顕
長谷川慧
梅本麻衣
宮岡邦生
山崎良太
市川直介
的場徹
山田庸一
服部真尚
大塚裕介
川口綾子
小杉健太郎
被控訴人 株式会社マーキュリー
(第1事件被告・第2事件原告)
被控訴人 Y1
(第1事件被告)
被控訴人 Y2
(第1事件被告)
被控訴人 Y3
(第1事件被告)
被控訴人 Y4
(第1事件被告)
被控訴人 Y5
(第1事件被告)
被控訴人 Y6
(第1事件被告)
上記7名訴訟代理人弁護士 田島正広
森居秀彰
和泉玲子
中村章吾
訴訟復代理人弁護士 進藤亮
大石瑠依
主文
1 本件控訴及び控訴人の当審における請求の拡張に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して6009万4874円及びうち1288万9874円に対する平成21年8月27日から,うち4720万5000円に対する平成24年8月2日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の第1事件請求を棄却する。
(3) 被控訴会社の第2事件請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審とも,3分の2を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの連帯負担とする。
3 この判決の1項(1)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 本件控訴及び控訴人の当審における請求拡張に伴う控訴の趣旨原判決を次のとおり変更する。
被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,1億8555万7410円及びうち4887万3690円に対する平成21年8月27日(被控訴人らに対する訴状送達日のうち最も遅い日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員,うち1億3668万3720円に対する平成24年8月2日(被控訴人らに対する訴え変更申立書の送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
被控訴会社の第2事件請求を棄却する。
仮執行宣言。
第2 事案の概要等
1 控訴人は,労働者派遣事業を営み,兼松コミュニケーションズ株式会社,株式会社新通エスピー,日本エイサー株式会社,株式会社第一エージェンシー,株式会社エヌ・ティ・ティ・アド及びKDDI株式会社(本件取引先6社)を取引先としていた。被控訴会社も同じく労働者派遣事業を営むが,控訴人は,被控訴人らが,控訴人の取引先を奪うことを企図し,本件取引先6社ないし控訴人の派遣労働者(スタッフ)に,控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知したと主張して,不正競争防止法(不競法)2条1項14号,4条に基づき,4800万円余りの損害賠償を原審で請求した(第1事件)。
これに対し,被控訴会社は,控訴人との業務委託契約に基づき,業務委託料1900万円余りと商事法定利率,下請代金支払遅延等防止法(下請法)所定の率による遅延損害金を控訴人に請求した(第2事件)。
なお,原審では,控訴人の代表取締役とその夫も第2事件の被告となっていたが,当審では当事者になっていない。
2 原判決は,控訴人の請求を棄却し,被控訴会社の控訴人に対する請求を認容した。
控訴人は,当審において,上記第1のとおり請求を拡張したほか,民法719条による共同不法行為に基づく損害賠償及び雇用契約上の誠実義務・注意義務違反等の債務不履行に基づく損害賠償を請求原因として追加し,これらの訴訟物は選択的な関係にあると主張した。
3 前提となる事実
次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の3に記載のとおりである。
(原判決の補正)
5頁20行目の「平成19年9月頃」を「平成19年4月ころ」に改め,同21行目の「同月1日」を「同年5月1日」に改め,最終行の括弧内の「弁論の全趣旨」の前に「甲78,」を加える。
6頁11行目の冒頭に,「控訴人は,平成7年に設立された会社であり,」を加える。
7頁21行目の冒頭に,「Aは,平成18年9月15日にアックスを退社し(乙100),同年11月21日に被控訴会社を設立した。」を加える。
8頁7行目及び9頁9行目の各「個別契約の期間満了によって」を,それぞれ「個別契約の満了期間である平成21年6月30日に先だって」と改める。
4 争点
当審での請求原因の追加に伴う争点が加わったほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4に記載のとおりである。
5 争点に関する当事者の主張
次のとおり原判決を補正し,当審の追加請求原因に関する主張があるほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の5に記載のとおりである。
(原判決の補正)
(1) 13頁15行目の末尾に「被控訴人らの共謀の事実は,被控訴人らの述べた虚偽の事実の内容が類似し,時期が近接していること,被控訴会社が控訴人に代わって本件取引主要6社との契約を締結しており,被控訴人Y1,同Y2,同Y3,同Y4及び同Y5は被控訴会社に入社しており,被控訴会社らは利益を享受していること,被控訴人らがお互いに携帯電話で連絡を取り合っていることといった事実からうかがわれる。」を加える。
(2) 請求の拡張に伴い,次のとおり原判決中損害に関する控訴人の主張を補正する。
24頁25行目から25頁6行目までを次のとおり改める。
「控訴人と本件主要取引先6社との取引は,すべて数年間以上継続することを前提とした継続的取引であり,本件不正競争等がなければ,実際には更に取引は係属していたはずであり,平成21年7月から現在まで,少なくとも本件主要取引先6社ごとの平成21年1月から6月までの利益額の月平均相当額を合計した569万5155円の3年分に相当する2億0502万5580円の損害が発生している。
(イ) 控訴人は,平成21年8月11日,被控訴会社に対し,本件損害賠償請求権をもって,本件業務委託料の支払債務と対当額で相殺する旨の意思表示をした。よって,上記2億0502万5580円から1946万8170円を差し引いた1億8555万7410円が損害額となる。」
26頁8行目から11行目までを次のとおり改める。
「円)×36=2億0502万5580円である。
よって,不競法5条2項により,上記被告らが本件不正競争等によって受けた利益の額である2億0502万5580円が控訴人の損害額と推定される。」
(3) 損害に関する被控訴人らの主張を次のとおり改める。
原判決の26頁18行目の次に改行して次のとおり加える。
「そもそも被控訴会社と兼松,NTTアド及びKDDIとは控訴人の主張する不正競争等以前から取引関係があり,今回新たに取引を開始したわけではない。
すなわち,控訴人と兼松との契約締結日は平成21年2月1日であるが,控訴人の主張するとおり,控訴人と兼松との取引終了が同年5月末日とすれば,同月19日と同月29日に虚偽告知があったとして,それを受けて兼松が会社としてそれほど短期間の間に経営判断をできたとは考えられず,因果関係はない。控訴人の主張する虚偽告知が平成21年6月1日及び同月2日であり,新通エスピーと原告との契約が同年5月末日で終了したとしても因果関係がない。日本エイサーとの契約が終了したのは,同社が要望していた事務局受注を控訴人が断ったからであって,業務効率改善及び被控訴会社に対する信頼のために自主的に行ったものであって,控訴人の主張する虚偽告知との因果関係はない。第一エージェンシーについても,取引終了日が平成21年5月末日であるとすれば,控訴人の主張する虚偽告知が同月下旬であることをふまえると,経営判断として数日中に判断を下すとは考えにくく,因果関係がない。NTTアドと被控訴会社が契約を締結したのは平成19年3月で控訴人よりも早く,NTTアドとの契約終了を決断したのは控訴人自身である。仮に控訴人とNTTアドとの取引終了日が平成21年6月末日とすれば,控訴人の主張する虚偽告知が同月19日であることをふまえると,事実確認及び経営判断を数日で行うことは考えにくく,因果関係がない。KDDIと被控訴会社との契約締結日は平成20年12月1日であるし,KDDIと控訴人との取引終了日が平成21年6月末日であるとすれば,控訴人の主張する虚偽告知が同月8日であることをふまえると,短期間で会社として経営判断をすることは考えにくく,因果関係はない。
控訴人主張の得べかりし利益額は到底信用できない。まず,売上原価が黒塗りされており,控訴人の平均粗利率の計算根拠が不明であるし,支店別の粗利率をアックス当時は把握していたから,経営統合後把握できなかった点は無理がある。イー・モバイルについては粗利率が予算案と大きくかい離しており,控訴人の主張は信用性に乏しい。純利益の算出に当たっては,売上高から売上原価だけでなく営業経費も控除されるべきであるが,控訴人の計算方法では,スタッフ賃金,社会保険料等のほか,スタッフの有給休暇費用,スタッフの募集広告費用,社員人件費,事務所賃借料,通信費等の営業経費が差し引かれていない。
損害の発生期間が3年分とされるはずがない。多くの契約期間は1か月程度にすぎないし,労働者派遣法上,派遣可能期間が原則として1年とされているところ,控訴人の主張は派遣可能期間の問題を意図的に無視しているといわざるを得ない。しかも,被控訴会社とKDDIの契約は平成21年9月末で終了したが,全国の派遣受入終了方針の結果であり,それ以降は控訴人に損害は生じない。被控訴会社と日本エイサーの契約も,日本エイサーの経営方針変更に伴う予算削減の結果,平成22年1月をもって契約期間は終了したが,控訴人が契約をしていても同様の結果のはずであり,それ以降は控訴人に損害は生じない。被控訴会社とNTTアドから業務委託を受けた新通エスピーの派遣期間制限抵触日は平成22年3月1日であり,それ以降は控訴人に損害は生じない。」
(追加請求原因に関する主張)
(1) 共同不法行為(組織的かつ計画的な業務奪取行為)に関する控訴人の主張以下において,「当年」とあるのは,平成21年を指す。
ア(ア) 控訴人において,家電量販店セールスサポート事業(SS事業)の分離・撤退(他社への事業譲渡や事業部門の閉鎖)や,家電量販店SS事業の個別の取引先との取引を終了または他社へ承継させることなど,機関決定・意思決定はおろか検討したことも一切なかったが,控訴人大阪支店の家電量販店SS業務の売上高上位11社のうち6社(本件主要取引先6社)との取引が,当年5月から同年6月に一斉に終了した(とりわけ,少なくとも兼松及び第一エージェンシーについては,個別労働者派遣契約の契約期間満了前に取引が終了した)。
そして,この直後から,控訴人の売上高の100分の1程度の売上高しかない中小人材派遣会社であり,大阪において目立った取引・業務を行っていなかった被控訴会社が,本件主要取引先6社との取引を開始した。また,家電量販店SS業務に従事する派遣スタッフを競業他社である被控訴会社に移籍させることも,決定はおろか検討したことも一切なかったが,本件主要取引先6社の業務に従事する控訴人の派遣スタッフのうち,100名以上もの派遣スタッフが,控訴人の主要取引先6社との取引終了・被控訴会社との取引開始と同時に,被控訴会社に移籍した。
(イ) 被控訴人Y4,同Y1,同Y2ら出社拒否従業員12名は,当年6月23日から同月24日,一斉に,突如として控訴人大阪支店への出社を拒否して,控訴人との一切の連絡を絶つとともに,何ら業務の引継ぎを行わないままほぼ同一文の退職届をFAXで送付し,そのうち少なくとも11名が被控訴会社に移籍した(被控訴人Y6も,同月25日に出社を拒否した)。これらの者は,控訴人からスタッフの個人情報漏えい問題や昇給・割増賃金・人事考課改善要求書(乙1)の提出の経緯等について事情聴取を求められても,何ら説明をせず,業務の引継を行うことも一切なかった。
それどころか,出社拒否従業員12名は,こともあろうか控訴人大阪支店以外の場所で,派遣スタッフのシフト管理・勤怠管理や取引先対応等の業務を行っていた。
(ウ) 他方,被控訴会社は,当年3月ころから同年6月にかけて,被控訴人Y6やBらの全面的な協力を得て,新オフィスの賃借・内装工事やインフラ・ネットワークの設定,派遣管理システム等の導入などを行い,大阪支店の立上げ・拡充を行っており,年間約5000万円もの固定費を負担する状況を先行して準備するに至った。
これらの事実のみからしても,被控訴人らは,共謀の上,控訴人に損害を与え被控訴会社を利するという確定的故意に基づき,控訴人と本件主要取引先6社との取引を終了させ,これを競業他社である被控訴会社に承継させるという,組織的かつ計画的な業務奪取行為を行ったことは明らかであり,被控訴人らの共同不法行為が認められる。
イ 虚偽事実の告知に加え,NTTアド等3社の取引奪取に向けた一連の実行行為を行っており,共同不法行為に該当する
被控訴人らが,業務奪取行為の中心的な実行行為として,本件主要取引先6社に対する虚偽事実の告知(本件告知1から6)を行ったことは,証拠上明らかであるが,そのことをおくとしても,被控訴人Y4,同Y1及び同Y2(被控訴人Y4ら3名)並びにその他の転籍した造反従業員が以下①~③の一連の行為(作為及び不作為)を行ったこと自体,本件主要取引先6社のうち(当年6月23日時点で控訴人の取引が継続していた)日本エイサー,NTTアド及びKDDIとの取引奪取に向けられた許されざる実行行為であるというべきであり,これだけをもっても被控訴人Y4ら3名の共同不法行為に該当することが明らかである。なお,当時,被控訴人Y4はKDDI及び日本エイサー,被控訴人Y1及び同Y2はNTTアドの業務を直接担当していた。
① 当年6月23日以降,被控訴人らが控訴人への出社を拒否し,連絡を拒絶したこと
② 出社拒否期間及び退職表明後において,上記3社の業務に関する控訴人役職員への引継ぎを一切行わなかったこと(不作為)
③ 出社拒否後,引継ぎは一切行わなかったにもかかわらず,控訴人以外の場所において,上記3社の業務を継続・維持していたこと。ところが,控訴人とこれら3社との取引・契約関係が維持されるような努力を一切しなかったこと(不作為)。それどころか,当年7月1日以降,これら3社の業務を被控訴会社が承継することへ向けた努力をしていたこと
言い換えると,当年6月29日まで「控訴人従業員Y4」らであった者が,当年7月1日には「被控訴会社従業員Y4」らとして勤務を開始しているところ,被控訴人Y4ら3名並びにその他の造反従業員は,同じ取引先(上記3社)に関する同一の業務(取引先との連絡や派遣スタッフのシフト・勤怠管理等)を,転籍の前後を問わず,また,当年6月23日の出社拒否の前後を問わず,全く同様に行っていた。
被控訴人Y4ら3名が,当年6月23日の出社拒否後,誰のためにNTTアド等3社の業務を行っていたかといえば,被控訴会社のために他ならない。このことは,被控訴人Y4ら3名が,控訴人については控訴人の役職員に業務の引継はおろか連絡すら一切せず,その結果,控訴人は上記3社との取引を継続することができなかった一方,当年7月1日から被控訴会社についてはいとも簡単かつスムーズに,控訴人が行っていた取引を承継・開始していることから自明というべきである。
以上のとおり,被控訴人らが,共謀の上,遅くとも当年6月23日の出社拒否以降,控訴人と上記3社との取引・契約関係が維持・継続されるような努力を一切せず,それどころか,これら3社の業務を被控訴会社が承継することへ向けて同社のために業務を行っていたという一連の行為は,被控訴人らの共同不法行為に該当する。
ウ 被控訴会社以外の被控訴人らは,控訴人在籍中にもかかわらず,被控訴会社のために,上記3社以外の業務を行っていた
控訴人と兼松,新通エスピー及び第一エージェンシーとの取引については当年5月31日をもって終了し,翌6月1日より被控訴会社が兼松等3社との取引を開始した事実に争いはない。
被控訴人Y2は兼松等3社,被控訴人Y5は兼松の業務を直接担当していたが,同人らは,被控訴会社への転籍に先立って,当年6月1日以降,控訴人在籍中であるにもかかわらず,被控訴会社のために,これら3社に関する業務を行っていた。このことは,当年6月1日当時,被控訴会社大阪支店は実質的には活動実態を有しておらず,家電量販店SS業務における派遣スタッフのシフト管理・勤怠管理等を直接行う従業員は存在しなかった(同日付で被控訴人Y3は転籍していたが,同人は家電量販店SS業務の統括的立場であり,直接,派遣スタッフとの連絡を取ってシフト管理等を行うことはしていなかった)ことから明らかである。
また,先行して被控訴会社に転籍していた被控訴人Y3は,同Y2及び同Y5が上記の不法行為を行っていることを当然に認識しつつ,被控訴会社側にてこれら業務の受入れ・承継に向けた準備をしていた。被控訴人Y6,同Y4及び同Y1は,被控訴人Y2及び同Y5や被控訴人Y3らと連絡・連携をとりながら,上記3社の業務を被控訴会社が円滑に承継できるよう支援していた。また,被控訴人Y6らは,これら3社の業務が当年6月1日以降被控訴会社に承継されており,控訴人との取引が終了し,これにより,控訴人は売上・利益が減少し損失を被る事実を認識していたにもかかわらず,被控訴人Y2及び同Y5とともに,この事実を隠ぺいしていた。
以上のとおり,被控訴人らが,共謀の上,当年6月1日以降,控訴人に在籍しつつも,被控訴会社のために上記3社の業務を行っていた行為及びこれを支援し隠ぺいしていた行為は,被控訴人らの共同不法行為に該当する。
(2) 債務不履行責任の成否に関する控訴人の主張
ア 雇用契約上の誠実義務・注意義務違反(被控訴会社のための業務遂行)被控訴人Y6,同Y1,同Y4,同Y2及び同Y5は,控訴人の従業員として,控訴人との雇用契約上,控訴人の業務に専念し控訴人に損害を与えないよう注意すべき義務(誠実義務・注意義務)を負っているところ,本件取引先6社への虚偽事実の告知(本件告知1から6)についてはもちろんのこと,前記の一連の行為は,控訴人に対し致命的な損害を生じさせる最も背信的かつ悪質な行為であり,雇用契約上の誠実義務・注意義務に対する最大の違反行為である。
したがって,被控訴人Y6,同Y1,同Y4,同Y2及び同Y5は,雇用契約上の誠実義務・注意義務違反に基づく責任を負う。
イ 雇用契約上の誠実義務・注意義務違反(出社拒否による職務放棄)
被控訴人Y4,同Y1,同Y2ら出社拒否従業員12名は,当年6月23日から同月24日,一斉に,突如として控訴人大阪支店への出社を拒否して,控訴人との一切の連絡を絶つとともに,何ら業務の引継ぎを行わないままほぼ同一文の退職届をFAXで送付し,そのうち少なくとも11名が被控訴会社に移籍した。これらの者は,控訴人からスタッフの個人情報漏えい問題や昇給・割増賃金・人事考課改善要求書(乙1)の書面提出の経緯等について事情聴取を求められても,何ら説明をせず,業務の引継ぎを行うことも一切なかった。
また,被控訴人Y6は,控訴人大阪支店支店長代理でありながら,かかる事態に何ら対処することなく,当年6月25日以降,控訴人大阪支店への出社を拒否した。
被控訴人Y4,同Y1,同Y2ら出社拒否従業員12名及び被控訴人Y6の上記行為により,控訴人は取引先との業務を継続することが不可能となり,当年7月1日以降,NTTアド等3社との取引による売上げ・利益を完全に喪失した。すなわち,被控訴人Y4,同Y1,同Y2及び同Y6は,取引先及びスタッフとの連絡拒否・業務の引継の不実施により控訴人に損害が生じることを認識しつつ,一斉に職務を放棄して控訴人に損害を生じさせたものであり,このこと自体,雇用契約上の誠実義務・注意義務違反行為に該当する。
したがって,被控訴人Y6,同Y1,同Y4及び同Y2は,雇用契約上の誠実義務・注意義務違反に基づく責任を負う。
(3) 被控訴人らの反論
控訴人が当事者間で概ね争いのない事実と称するものは,まさに当事者間に争いのある事実であって,不法行為責任は認められない。また,被控訴人Y4,同Y1及び同Y2は,控訴人の不当労働行為によって控訴人を退職せざるを得なかったのであり,何ら不法行為など行っていない。また,不法行為など存在しないのであるから,被控訴人Y3及び同Y5がそれを認識することなどあろうはずもない。さらに,被控訴人Y6は,当年6月24日,控訴人の指示により,午後2時から深夜1時まで被控訴人Y1宅の張り込みを実施していることに加え,控訴人に執務スペースに入るセキュリティカードを取り上げられていたこと,C及びDに自宅療養を命じられていたことから,同月25日以降出社したくてもできなかった。被控訴人Y2及び同Y5が,当年6月1日以降,控訴人に在籍したまま,被控訴会社のために業務を行っていた事実などおよそ存在しない。また,不法行為など存在しないのであるから,被控訴人Y3がそれを認識していたはずがない。
被控訴人Y4,同Y1及び同Y2ら控訴人の元従業員らは,控訴人の不当労働行為によって控訴人を退職せざるを得なかったのであり,何ら義務違反など行っていない。また,被控訴人Y6は,上述したとおり,当年6月25日以降出社したくてもできず,控訴人にも連絡もできなかったのであって,何ら義務違反など行っていない。引継ぎをすべき作為義務の前提となるべき業務命令は存在しないし,引継ぎを行う対象者を指定されていない状況下で引継ぎの義務は発生しない。被控訴会社を除く被控訴人らは,労使間のトラブルによって顧客やスタッフに迷惑をかけることを回避するために各自の業務を遂行しただけであり,これをもって被控訴会社が取引を承継するための努力とは評価できない。
被控訴会社を除く被控訴人らが退職するまで控訴人の従業員として業務遂行したことは当事者間に争いがなく,同人らの業務遂行は控訴人との雇用契約に基づくものであるから,雇用契約上の義務違反が生じる余地はない。同人らの業務遂行を被控訴会社のためという評価は控訴人の曲解であるし,出社拒否は控訴人の言動によるものであって,被控訴人らに責任はない。
6 原判決認定判断についての控訴人の主張
(1) 原審の事実誤認
ア 被控訴人らによる虚偽事実の告知
被控訴人らが本件主要取引先6社に対して虚偽事実の告知を行ったことは,告知を受けた当該取引先自身が認めている,およそ動かしがたい客観的事実である。その結果,当年5月末日または同年6月末日に控訴人と本件主要取引先6社との間の取引が終了し,控訴人は6社との取引による売上げ・利益を完全に喪失するという甚大な損害が発生し,他方,被控訴会社は控訴人が取引を終了した翌日である同年6月1日または同年7月1日から6社との取引を開始し売上げ・利益を獲得した。
しかし,原判決は,被控訴人らから虚偽事実の告知を受けた取引先の担当者等による書面やメール等の直接かつ客観的で証拠価値の極めて高い証拠が存するにもかかわらず,これらの証拠の信用性を不合理に否定し,また,これらの証拠から一義的に導かれる事実と明らかに矛盾する誤った事実認定を行った上で,他方,何ら客観的証拠に基づかない上に,主張自体が経験則及び社会通念に著しく反する被控訴人らの弁解を認めて,被控訴人らによる本件主要取引先6社への虚偽事実の告知があったことを否定し,控訴人の請求を棄却した。
控訴人大阪支店の家電量販店SS業務において数年間にわたり継続されてきた本件主要取引先6社との取引(月間売上高約3600万円,年間売上高約4億円)は,当年5月末日または同年6月末日にすべて終了し,その翌日の同年6月1日または同年7月1日から,被控訴会社がこれらの取引先と一斉に取引を開始した。加えて,上記取引先の業務に従事していた控訴人の派遣スタッフの多くが,同日,被控訴会社に一斉に移籍し,同様の業務への従事を開始した事実は,被控訴会社らまたは取引先が認めており,当事者間に概ね争いはない。
上記控訴人の取引終了及び被控訴会社の取引開始に関しては,①上記取引先6社は売上高も大きく控訴人にとって極めて重要な主要取引先であること,②控訴人と一部の取引先との間では,契約期間が未了であったにもかかわらず取引関係が終了していること,③上記控訴人の取引終了に際して,被控訴会社ら又は弁護士法23条の2に基づく照会に対する回答にて取引先が認めているだけでも約50名もの派遣スタッフが被控訴会社に一斉に移籍していることが明らかである。派遣スタッフは,同じ店舗への派遣を継続することが通常であること,被控訴会社は,大阪では当年6月以前はほとんど業務実態がなく,その他の取引先の業務に対応できるだけの派遣スタッフを有していなかったと考えられること,及び,派遣スタッフの募集・採用・研修等には相当な費用を要することからすると,その他の取引先に派遣されていた派遣スタッフも被控訴会社に移籍したと考えられる。これにより,被控訴会社に移籍した派遣スタッフの人数は,100名を優に超えることになる。
これらの事実は,それ自体,偶然によって同時期に生じたなどということはあり得ず,人為的かつ組織的・計画的な働きかけがあったことにより生じたものであることは自明である。
イ 造反従業員による突然の出社拒否,連絡拒絶及び被控訴会社への集団移籍
被控訴人Y4,同Y1,同Y2ら出社拒否従業員12名が,一斉に,突如として控訴人大阪支店への出社を拒否して,控訴人との一切の連絡を絶つとともに,何ら業務の引き継ぎを行わないままほぼ同一文の退職届をFAXで送付し,そのうち少なくとも11名が被控訴会社に移籍した事実は,当事者間に概ね争いはない。また,これらの者は,控訴人からスタッフの個人情報漏えい問題や昇給・割増賃金・人事考課改善要求書(乙1)の書面提出の経緯等について事情聴取を求められても,何ら説明をせず,業務の引継ぎを行うことも一切なかった。加えて,被控訴人Y6も,控訴人大阪支店長代理の職にありながら,出社拒否従業員12名による出社拒否及び一切の連絡拒絶等に何ら対処することなく,当年6月25日以降控訴人大阪支店への出社を拒否した。
このように,造反従業員13名が,突如として控訴人の職務を放棄する一方,出社拒否従業員12名は,こともあろうか控訴人大阪支店以外の場所で,派遣スタッフのシフト管理・勤怠管理や取引先対応等の業務を行っていた。
これらの造反従業員13名の行動は,職場放棄・離脱から集団移籍に至る経緯のみをもっても,共同の意思の下,確定的故意に基づき,控訴人の業務を放棄して業務継続を不可能ならしめ,控訴人に損害を与える行為である。一方,取引先に対する関係では通常通りの業務を継続することで,当年7月1日以降,出社拒否従業員12名の就職先である被控訴会社がSS業務を承継・開始することを可能にして,被控訴会社を利する行為であるといえる。
ウ 被控訴会社が取引切替え前から,被控訴会社の元従業員の協力を得て業務の受入れ準備を進めていた事実
被控訴会社は当年6月以前,大阪では目立った取引を行っていなかったが(東京本社,大阪事務所をあわせて,イーモバイル関連取引以外の年間売上高は8000万円にすぎなかった。),それにもかかわらず,同年3月に派遣管理システムを導入することによって控訴人と全く同一の派遣業務を直ちに行える状況となり,遅くとも同年6月には,座席及びPCが約20設置され,半個室の面接ルームが3室,6人以上入ることが可能な研修ルームまで設けられた新事務所に移転した。
現在の被控訴会社大阪支店と同じ建物で,同程度の面積の事務所を賃借する場合,少なくとも賃料月額65万8000円,敷金789万6000円(賃料の12か月分)程度の費用を要する。また,被控訴会社は当年6月から7月にかけて少なくとも造反従業員13名を雇用しているが,給料月額合計約300万円(年額約3600万円)であることからすれば,賃料も併せた被控訴会社大阪支店の費用は少なくとも月額400万円弱,年額にして5000万円程度急激に増加したことになる。
このように,被控訴会社は大阪においてほぼ収入がなく,年間約5000万円もの固定費を負担する経済的基盤は全く有していなかったが,いずれも当年6月から7月にかけて,上記のとおり大阪支店を立上げ・拡充するとともに13名もの控訴人元従業員を雇用して,年間約5000万円もの固定費を負担する状況に至った。言うまでもなく,年商2億8000万円の中小企業が,何ら収入のあてもなく,年商の約2割にものぼる固定費負担を先行させることなどあり得ない。被控訴会社が大阪においてこれほどまでに急激に支店の立上げ・拡充を行ったのは,控訴人の取引先の業務を奪取して売上げを計上することを前提としていたというほかなく,前記のとおり,被控訴会社は大阪支店立上げ・拡充直後の当年6月1日または同年7月1日から,控訴人の取引先との取引を開始し,上記固定費負担を賄って余りある売上げ(控訴人の当時の取引においては年商約10億円)を計上することを可能とした。
また,当年6月15日の時点で,何者かが,造反従業員らが被控訴会社のシステムにログインするための認証データを控訴人の認証サーバーに追加していることからも,造反従業員らが控訴人を離脱・退職する以前から,造反従業員が被控訴会社に移籍することが予定されており,これらの造反従業員が,控訴人から奪取した取引先の業務を行うことを前提として被控訴会社大阪支店の拡大が行われたことは明らかである。なお,造反従業員らが被控訴会社のシステムにログインするための認証データを登録した人物は,本件派遣管理システムの無償での被控訴会社導入やシステム・ネットワークの設定等により,被控訴会社大阪支店の立上げに全面的に協力していたB以外には存在せず,Bは被控訴会社より委託を受けて,被控訴会社が発行権限を持っていた専用アカウントの設定を行ったものと考えられる。
このように,控訴人と本件主要取引先6社との取引終了及びかかる取引先と被控訴会社との取引開始,並びに,控訴人の派遣スタッフ及び従業員の職場放棄及び被控訴会社への移籍が,控訴人の意思に反してほぼ同時に起きているのは,被控訴会社ら及び控訴人の造反従業員が,確定的故意及び共謀に基づき,控訴人と本件主要取引先6社との取引を終了させ,これを競業他社である被控訴会社に承継させるという,組織的かつ計画的な業務奪取行為に向けて,本件主要取引先6社及び派遣スタッフに対して人為的な働きかけを行うとともに,造反従業員が一斉に控訴人を離脱・退職し,被控訴会社に移籍したからにほかならない。
かかる取引先及びスタッフへの働きかけの具体的な内容が,原審で争点となった被控訴人らによる虚偽事実の告知である。虚偽事実の告知の内容は,「控訴人は家電量販店SS業務から撤退する。そのため,被控訴会社に業務を承継する」等,取引先との関係では,取引先と控訴人との継続的な取引を終了させ,同取引を被控訴会社に承継させることに向けられたものであり,控訴人の派遣スタッフとの関係では,派遣スタッフを被控訴会社に引き抜くことに向けられたものである。したがって,以上説明した,被控訴会社らが控訴人と本件主要取引先6社との取引を終了させ,これを競業他社である被控訴会社に承継させるという,組織的かつ計画的な業務奪取行為を行ったものというほかないこと自体,被控訴人らが本件主要取引先6社に対して虚偽事実の告知を行った事実を裏付けるものであるが,さらに,かかる事実が第三者的立場にある告知を受けた当該取引先自身が認めている,およそ動かしがたい客観的事実であり,特に,複数の取引先の担当者等による書面やメール等の直接かつ客観的で証拠価値の極めて高い証拠によって一義的に認定されるものである。
(2) 第2事件における下請法適用について
下請法では,製造委託等の内容(製品仕様,下請事業者の選定,下請代金の額の決定等)に全く関与せず,事務手続の代行(注文書の取次,下請代金の請求,支払等)を行っているにすぎないような会社については,下請法上の親事業者とはならず,発注者が親事業者,外注社が下請事業者となる。控訴人と被控訴会社との間の取引は,被控訴会社とイーモバイルとの取引のため,アックスが商流に入ることにより,被控訴会社による取引が可能となるように支援したという経緯で開始した取引であり,控訴人からイーモバイルに対する請求単価と控訴人から被控訴会社に対する支払単価が同額で,控訴人には損失すら生じていた取引である。派遣スタッフの派遣や業務内容の決定等は全て被控訴会社が行っており,控訴人は業務委託の内容に全く関与していない。したがって,控訴人は下請法2条7項3号の親事業者には該当せず,下請法4条の2の適用はない以上,遅延損害金に適用されるべき利率は商事法定利率の年6分となる。
7 被控訴人らの反論
(1) 控訴人が当事者間に概ね争いがないと主張するものは,まさに当事者間に争いがある事実である。被控訴人Y1,同Y2,同Y4ら控訴人従業員が労働紛争により控訴人を退職せざるを得なくなったことは事実である。控訴人の不当労働行為によって控訴人を退職に追い込まれた従業員らの一部が,人的関係を頼って被控訴人Y3に救済を求めた結果,被控訴会社は予期せず採用することに至ったにすぎず,従業員の奪取などなかった。また,被控訴会社が控訴人元従業員の協力を得て業務の受入れの準備を進めていた事実など存在しない。控訴人において終了した取引と被控訴会社において開始した取引が全く同一であるかについては,兼松やKDDIからの回答には記載がない。
(2) 取引先に対する虚偽事実の告知など存在しないことは原審が認定したとおりである。また,被控訴人らに共謀の事実はない。
ア 兼松
(ア) 控訴人の元従業員であるEの報告書(甲148の2)及び兼松のFが控訴人従業員Gに宛てたメール(甲149)は信用できない
① 客観的証拠との不整合
Eの報告書(甲148の2)には被控訴会社代表取締役のAが兼松を訪問した日が当年5月19日であるとの記載があるが,訪問の記録は存在しない。また,Aは同日の午前中は,胃の内視鏡検査を受けており,兼松を訪問することはできない。なお,内視鏡検査が終了した時間は早くとも午前11時ころであり(乙59の時間参照),病院を出るのは午前12時ころになる。
さらに,Eの報告書(甲148の2)にはAと被控訴会社従業員H’が一緒に兼松を訪問したとの記載があるが,被控訴会社従業員H(上記従業員「H’」を指す。)は,被控訴会社従業員Iと共に,同日午後,KDDIコンシューマ北関東支社(埼玉県さいたま市大宮区桜木町所在)を訪問し,そのまま直帰している(乙60,61,62)。
加えて,Eの報告書(甲148の2)には,当年5月29日,被控訴人Y3がJに対し被控訴会社大阪支店長の名刺で挨拶をしたとの記載があるが,被控訴人Y3の上記名刺が初めて納品されたのは同年6月5日であり,被控訴人Y3が上記名刺をJに示せるはずがない。なお,被控訴人Y3は当年6月1日から被控訴会社大阪支店長に就任しているが,被控訴人Y3の同年6月分の領収証申請書によれば,同月1日以前に名刺を注文したという事実はなく,同月5日の納品によって初めて名刺を手に入れたのである。
② Eの報告書(甲148の2)の内容が真実であると仮定した場合の著しい不合理性
Eの報告書(甲148の2)の内容が真実であると仮定すると,兼松の営業担当にすぎないFが,被控訴会社代表取締役A,被控訴会社の名刺を持った被控訴人Y3を一方的に信用し,控訴人に確認する等の調査を一切行わず,控訴人との取引を終了し,被控訴会社との取引を開始したことになる。なお,被控訴人Y5は当時控訴人の平従業員にすぎず,兼松との取引について控訴人側の権限を有する人物とは到底いえない。
この点,Eの報告書(甲148の2)には,「F様が,K社長は知っているのか確認すると,営業担当者らはK社長へも話してあると回答した。F様は,K社長まで話が通っているのであれば間違いないと思い,その後移籍に向けて契約手続きを取ったとのこと。」との記載があるが,アックスの代表取締役であったKに何らかの確認を取った事実はない。それにもかかわらず,控訴人との取引を終了し,被控訴会社との取引を開始するというのは,売込みにやって来た営業の言葉を信用し,現在の取引先に何らの確認を取ることなく取引を終了することと同じであり,一般常識に照らし極めて不自然不合理である。
また,Eの報告書(甲148の2)の内容を前提にすると,当年5月29日に被控訴人Y3及び同Y5が兼松大阪支社のJを訪問し,兼松は,控訴人との取引を終了し,同年6月1日から被控訴会社と取引を開始したことになる。しかし,当年5月30日は土曜日,同月31日は日曜日であり,兼松は,休日を挟む非常に短期間の間に内部で控訴人との取引を終了し,被控訴会社との取引を開始するとの判断をしたことになるが,これは極めて不自然不合理である。
さらに,Eの報告書(甲148の2)の内容を前提にすると,社会通念上,不正競争を行うような会社と取引を継続する会社は存在しないのであるから,控訴人はその事実を兼松に説明し,取引を再開してもらえばよいはずである。しかし,控訴人の主張によれば,兼松との取引は再開できていないようであり,この点でも極めて不自然不合理である。
③ 内容の不自然性
Eの報告書(甲148の2)の内容を見ると,1頁目に「5月中旬くらいに,兼松コミュニケーションズ東京本社へマーキュリーのA社長と営業担当のHさんが来た。」との記載があるが,Aらが発言した内容については全く記載がない。これに対し,同じ1頁目に「兼松コミュニケーションズ大阪支社にマーキュリーとヒューマントラストのそれぞれの営業が来た。」との記載があり,その記載に続いて発言内容についての記載がある。
しかし,2頁目においては,被控訴会社代表取締役Aらの発言内容について詳細な記載がなされているのに対し,兼松コミュニケーションズ大阪支社の方については発言内容が削除されている。これは,控訴人が被控訴会社に対して訴訟提起を行うため,どのような手段を採っても被控訴会社関与を証拠化しようとしていたとしか考えられない。
また,「兼松コミュニケーションズ大阪支社にマーキュリーとヒューマントラストのそれぞれの営業が来た。」(1頁目)にもかかわらず,大阪支社のJではなく,東京本社のFが「ヒューマントラストの社内ではこの話は承認されている話なのかと質問した」(1頁目)とされており,主体が大阪支社のJではなく,東京本社のFに入れ替わり,極めて不自然な内容となっている。
(イ) 弁護士会照会に対する兼松の回答書(甲87の3)は信用できない。
兼松の回答書(甲87の3)の作成者は兼松リスク管理部のLであり,本件で問題となっているFやJではなく,Lの回答は明らかに伝聞である。しかも,兼松内部でどのような調査が行われ,Lが兼松の回答書(甲87の3)を作成したかは一切不明であり,原判決において信用性が否定されたEの陳述書(甲18)等以上の伝聞過程を経ている可能性すらある。さらに,上述したとおり,Eの報告書(甲148の2)及びFのメール(甲149)は,客観的証拠と矛盾し,またそれが真実であると仮定すると著しく不自然不合理な内容であり到底信用できないことから,これと同内容の兼松の回答書(甲87の3)も信用できない。
イ 新通エスピー
(ア) Mの証人尋問調書及びM陳述書(甲157,158)は信用できない
Mは,陳述書作成及び尋問当時,控訴人の従業員であり,控訴人と極めて強い利害関係を有することからすると,控訴人のために虚偽供述をする動機が十分に認められる。
また,控訴人は,Mに命じて,被控訴会社のシステム・サーバーに不正アクセスし,被控訴会社の情報を不正に盗み出させるなどした。事実,Mは,控訴人の実質的代表者であるNに対し,「M社(注:被控訴会社を指す。)の社内システムの設定条件を調査し,違法ではありますがデータベースに侵入しました。」と記載し,盗み出したデータを添付してメールで報告をしている。言うまでもなく控訴人の当該不正アクセス行為は,不正アクセス行為の禁止等に関する法律において刑事罰をもって禁じられている違法行為である(同法3条,2条4項)。なお,Mは,上記不正アクセス行為を行った直後の当年7月上旬,情報システム部のグループ長から部長代理へと昇進しており(別件訴訟(東京地裁平成21年(ワ)第45043号・第45262号地位確認等請求事件)の証人尋問で自らが認めている。),控訴人のいかなる指示にも従った人物を昇進させる控訴人の姿勢がうかがわれる。
さらに,Mは,上記別件訴訟の証人尋問において,「あなた自身,陳述書の中にも,不正アクセス行為というのは一切行ったことがないんだというふうに書いてありますけれども,この場であなたは宣誓もされましたけれども,一切されていないということでよろしいんですか。」との質問に対し,「はい。一切していません。」と証言している。これは,上記事実と反するものである。
また,当年7月16日,MはKに「しばらくは我慢するしかないです。」とのメールを送っており,控訴人の指示に我慢して従っていたことがうかがわれる。
(イ) 振込明細一覧表(甲155の1),交通費精算(甲155の2)及び立替経費(甲155の3)について
交通費精算(甲155の2)の当年6月2日の備考欄には「新通SP」との記載があるが,これは被控訴人Y6が打刻したものではなく,改ざんされたものである。
振込明細一覧表(甲155の1)によって,被控訴人Y6に12万9215円が振り込まれたとしても,2日の金額「400円」をそのままにして,備考欄のみを改ざんすることは可能である。
ウ NTTアド
(ア) G作成の経緯報告書(甲190の2)
G作成の経緯報告書(甲190の2)は,被控訴人らが原審で証拠提出したG作成の別の経緯報告書(乙37)と基本的に同内容である。G作成の経緯報告書(甲190の2)には,「アド(注:NTTアドを指す。)・P様よりEにHT社(注:控訴人を指す。)に労働問題が持ち上がっていると聞いたが本当か?との入電」とあるが,Gが控訴人の従業員であることに加え,上記記載は伝聞であることから,上記記載は信用できず,同様に,上記記載に関するGの陳述書(甲100)及び証人尋問調書(甲69)も信用できない。
(イ) 川口綾子弁護士作成の聴取結果報告書(甲193)
川口弁護士作成の聴取結果報告書(甲193)には,本件告知5に関する記載があるが,伝聞であることに加え,同書面の作成時期に照らすと同書面は本件訴訟に証拠として提出する意図をもって控訴人の決め打ちしたストーリーに基づいて作成されたものであることから,信用できない。
エ KDDI
(ア) 控訴人従業員Q及びRの報告書(甲195)は信用できないこと
Qらの報告書(甲195)に記載されている本件告知6-2はQ及びRの伝聞であること,本件告知6-1に関する記載はないこと,Qらの報告書(甲195)の作成者が控訴人従業員であることからすれば,Qらの報告書(甲195)に信用性は全くないばかりか,Q及びRがKDDIを実際に訪問したのか自体も甚だ疑わしい。
(イ) 弁護士会照会に対する回答書(甲93の3)は信用できない
まず,回答書(甲93の3)の作成者はKDDI情報管理センターセンター長であるSであり,本件で問題となっているT及びUではなく,Sの回答は明らかに伝聞である。しかも,KDDI内部でどのような調査が行われ,Sが回答書を作成したかは一切不明であり,原判決において信用性が否定されたKDDIの報告書(甲12の3)以上の伝聞過程を経ている可能性すらある。
また,KDDIのS,V,T及びUについてはいずれも一切の反対尋問を経ていない。加えて,回答書(甲93の3)はKDDIがKDDI作成の報告書(甲12の3)と同内容のことを認めるものにすぎず,報告書(甲12の3)と同内容を繰り返し認めたからといって,原判決が報告書(甲12の3)の信用性を否定した理由付けを覆すものではない。
この点,KDDI大阪ビル( )の入退館記録又は受付記録に,当年6月2日,被控訴人Y3が,T及びUを訪問した記録は存在せず,また,同月8日,被控訴人Y6がT及びUを訪問した記録も存在しない(乙66の1ないし66の4)。KDDI大阪ビル1階の受付には,午後6時まで女性2名の受付担当者が応対しているところ(午後6時以降は警備員),受付を通じてT及びUを呼び出してもらうという一連の流れなくして同人らを訪問することは常識的におよそ考え難く,上記事実は,被控訴人Y3及び同Y6が,控訴人主張の日時にKDDIを訪問していない事実を根拠付ける事実である。また,仮にKDDI従業員Uのメールを転送した被控訴人Y4のメール(甲196)の記載内容が事実であると仮定すると(ただし,同メールの内容の信用性は争う。),当年6月8日より5日も前に訪問の予約を入れておきながら,受付で同人らを呼び出すことなく面談するのは著しく不自然不合理であり,訪問の記録が残らないというのは,被控訴人Y6が,控訴人主張の日時にKDDIを訪問していない事実を根拠付けるものである。
(ウ) 上記M供述は信用できない
上記M供述が信用できないことは,上記イ(ア)で述べたとおりである。
(エ) Wの陳述書(乙67)
当年6月当時控訴人に対して業務を依頼していたHCA株式会社代表取締役Wは,当年6月8日午後1時から午後2時過ぎころまで,控訴人大阪支店において,被控訴人Y6と会議を行っていたことを認めている。
Wは,正確に記載していた手帳に基づいて上記事実を認めているのであって,Wの供述は客観的証拠に裏付けられている。また,Wの陳述書には,「平成21年7月2日にY6さんの業務用PHSに連絡をした際,Y6さんではなく,a様という人物が電話に出て,Y6さんが急にお辞めになったとお聞きしました。」(2頁)との記載があるが,Wの手帳の当年7月2日の欄には,「※Y6さん連絡(西神の件 内容再確認)→退職 担当a様」との記載があり,これは上記陳述書の記載と一致する。さらに,Wは控訴人とも被控訴会社らとも関係のない第三者であって虚偽供述をする動機は全くない。そうであるとすれば,Wの陳述書が信用できることは明らかである。
したがって,被控訴人Y6が当年6月8日午後2時にKDDIを訪問できるはずがなく,被控訴人Y6のスケジュール表(甲23)は改ざんされたものである。
(オ) bの陳述書(乙69)
当年6月当時控訴人から人材募集広告掲載の発注を受けていた元株式会社メディアハウスのbは,当年6月8日午後4時から午後5時ころまで,控訴人大阪支店において,被控訴人Y6と会議を行っていたことを認めている。
bは,正確に記載していたスケジュールを確認したことに基づいて上記事実を認めていること,裁判への協力を求められるという非日常の体験をしたことから当時のやり取りをよく記憶していること,bは控訴人とも被控訴会社らとも関係のない第三者であって虚偽供述をする動機は全くないことからすれば,bの陳述書が信用できることは明らかである。
そして,被控訴人Y6が当年6月8日午後1時から午後2時過ぎまで控訴人大阪支店においてWと会議をしていたことは上記のとおりであり,午後4時から午後5時ころまでbと会議をしていた事実,控訴人大阪支店からKDDIへの往復時間をも考慮すれば,被控訴人Y6が同日午後2時にKDDIを訪問できるはずがなく,被控訴人Y6のスケジュール表(甲23)は改ざんされたものであることは明白というべきである。
(カ) KDDI従業員Uのメールを転送した被控訴人Y4のメール(甲196)について
被控訴人Y4のメール(甲196)は当年6月8日より5日も前の同月3日に被控訴人Y4よりUに送られたメールであり,その後日程が変更される余地も十分にある。また,KDDI従業員Uのメールを転送した被控訴人Y4のメール(甲196)の内容は,被控訴人Y4が同Y6を伴って訪問するとの内容であるが,KDDIの報告書(甲12の3)に6月8日に被控訴人Y4が来訪した旨の記載は一切なく,被控訴人Y4のメール(甲196)とKDDIの報告書(甲12の3)の内容には矛盾がある。
したがって,被控訴人Y4のメール(甲196)をもって,被控訴人Y6が当年6月8日午後2時にKDDIのT及びUを訪問したとはいえないし,ましてや本件告知6-2を行ったとは到底いえない。
オ 共謀について
控訴人元従業員らが取引先奪取を計画していたというのであれば,それに見合うだけの多大な利益を受けるのが自然である。しかし,控訴人と被控訴会社の労働条件を比較してみても,休日や福利厚生の点では控訴人の方が充実していることに加え,賃金の点でも控訴人の方が優遇されている。このように控訴人元従業員らは被控訴会社に入社することにより多大な利益など全く受けていない。控訴人元従業員らは労働問題により控訴人を退職に追い込まれ,やむを得ず人的関係を頼って被控訴会社に入社したのであって,取引先奪取の動機など全くなく,取引先奪取の計画など一切立てていないのである。
また,被控訴会社の総売上高の多くは控訴人との取引に関する売上げであり,被控訴会社は控訴人と協力関係にあった。それにもかかわらず,被控訴会社が不正競争を行えば,被控訴会社と控訴人との取引関係は消滅し,被控訴会社は多くの売上げを失うことになる。したがって,被控訴会社が上記リスクを冒してまで不正競争を行うはずがない。
被控訴人らの連絡等は業務上必要なものであり何ら共謀を基礎付けるものではない。
(3) 第2事件における下請法適用について
控訴人は,原審において,4期日(約半年)という長期にわたって下請法の適用の有無を検討した上,最終的に下請法の適用があることを自認し,下請法が適用されることについて争いは一切なかった。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提となる事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によれば,後記2以下で認定する本件各告知及びその評価の前提となる事実として,次のとおり認めることができる(各認定事実の末尾に主な証拠を列挙するが,認定事実に反する部分は採用しない。)。
(1) 控訴人と被控訴会社との関係等
ア ヒューマントラストグループは,平成19年5月,アックスを経営統合し,アックス所属従業員は平成20年8月アックスから控訴人に転籍したが(乙43),その際,アックス時の職務手当が廃止になったものの,控訴人において1か月25時間残業すれば給与を維持することができ(甲62,乙39・2頁),被控訴人Y1の場合は給料がむしろアップしていた(甲208の2,213)。また,アックス出身者の給与は1年後に見直されることになっていた(甲211)。
イ 当年当時,被控訴会社の控訴人に対する売上げは,平均して毎月2000万円程度であり,前年9月の決算期における総売上高約2億8000万円のうち2億円弱を控訴人との取引に関する売上げが占めていた(被控訴会社代表取締役A尋問調書1,2頁)。
ウ 控訴人において,当年6月や7月の段階で,SS事業を縮小する予定や被控訴会社に業務を引き継ぐ予定はなかった(証人c尋問調書15頁,被控訴人Y3本人尋問調書26頁,被控訴人Y6本人尋問調書18頁,甲219)。
(2) 控訴人の労務管理,人事
ア 控訴人において,平成20年5月に総務部から各所属長に宛てられた通知文書では,時間外勤務の上限を設け,管理の徹底を促しつつも,管理枠を超過した場合には時間外手当が支給されることが付記されていた(甲205)。その後も,平成20年12月の時間外勤務の管理に関してサービス残業の禁止が通知された(甲206)。
イ 平成20年12月期のボーナスについては,アックス出身者が他部門の社員と比較して冷遇されていたわけではなかった(甲212)。
ウ 控訴人において,業績悪化に伴い,当年1月以降残業時間を15時間とすること,3月は残業代なしとすることが目標として設定されるとともに(被控訴人Y3本人尋問調書1,2頁,甲62),管理職及び月俸者の3月の月額給与5%カットが実施されることになった(被控訴人Y3本人尋問調書1頁,乙40。被控訴人Y6は同意しなかったために月額100万円の給与をそのまま受け取った〔甲220の1ないし220の3〕。)。ただし,その間もサービス残業は禁止されていた(甲207)。被控訴人Y3は,当年3月,控訴人の人事部のΩマネージャーから,セールスサポート事業部の残業時間をゼロにする目標を達成するよう命じられたところ,被控訴人Y3はこれを残業があったとしてもサービス残業とするようにという指示と誤解した(乙12)。そして,被控訴人Y6は,アパレルチームの社員の残業代の申請を承認しながら,セールスサポート事業部の社員の残業代の申請をすべて却下した(甲62,97・6,7頁,209の1ないし209の19,210,221)。
エ 被控訴人Y1は,アックス出身者であるが,当年4月以降,シニアスーパーアドバイザーという役職の管理監督者の地位となり(甲62,69),昇給した(甲208の2)。
オ 被控訴人Y6は,アックス出身者であるが,当年4月,西日本支店統括部大阪支店支店長から,同支店長代理に降格した(乙14)。
カ Eは,アックス出身者であるが,当年4月(当時29歳),マネージャーに昇格し(甲214),同年7月からはファーストプロモーションの通信事業部部長を務めた(甲18)。
キ 控訴人は,名古屋支店拡大のために,被控訴人Y3を,当年5月1日付けで名古屋へ転勤させることにしたが(甲215),被控訴人Y3はこれを拒絶し,4月30日に5月31日付け退職届を提出した(乙12,被控訴人Y3本人尋問調書1頁)。
ク アックス出身のd,e,f,gの4名は当年5月に昇給した(甲208の5,208の10,208の13,208の14)。
(3) 控訴人従業員の動き
ア アックスの取締役でヒューマントラストグループの役員だったBは,当年3月1日,アックスで利用していた派遣管理システムを被控訴会社に安価で導入・設定し,その後数か月間サポート・メンテナンスを行った(甲129・12,13,32,43ないし46頁,131,132。アックスの代表取締役であるKの陳述書〔乙114〕は実質的に安価であることを認めたものと評価できる。)。
イ 被控訴人Y6が株式会社オフィス企画を被控訴会社代表取締役Aに紹介したところ,オフィス企画は,当年5月13日,被控訴人Y6に対して,電気コンセントの図面を送付し,被控訴人Y6は,同日,これを被控訴会社代表取締役のAに転送し,Aは翌14日にBに転送した(甲70,乙55)。
ウ Bは,当年5月13日の時点で被控訴会社の電話移設の見積もり,購入を依頼し,同月14日の時点で同事実を被控訴会社代表取締役Aにメールで報告するなどの準備行為を行ったほか,6月4日にパソコン10台を発注し,同月12日から13日にかけて,新システムの立上げ作業を行った(甲120ないし128,129・18,30,35,37,38頁,130〔枝番のあるものは各枝番含む。〕)。
エ 被控訴人Y3は,当年5月11日から同月29日まで有給休暇を取得した(乙12)。他方,被控訴人Y5は,5月20日から同月31日まで有給休暇を取得した(甲32,33)。しかしながら,二人は,互いに,5月21日午後5時35分ころ1度,22日午後10時27分から午後10時33分にかけて4度,25日午後2時9分から午後4時57分ころまで3度電話をかけあった(甲21,22)。なお,このうち,21日及び22日午後10時33分の通話は被控訴人Y5に対するものであったが,着信地は神戸となっており,被控訴人Y5が自宅にいた際にわざわざかけられたものであった(甲21)。
オ 被控訴人Y3は,当年5月31日,控訴人を退職し,翌6月1日に直ちに被控訴会社に就職した(乙12)。
カ 被控訴人Y6は,当年5月31日,控訴人のhから取引先との個別契約書や派遣社員や派遣先をまとめたエクセルのデータベース等を添付したメールを受け取った(甲113の1,113の2,114の1,114の2)。
キ 平成20年7月24日に被控訴会社が大阪支店を立ち上げたときの事務所面積は23.10㎡であり(甲116),当年5月時点でも変わっていなかったが,当年6月1日には,座席,パソコンが約20設置され,半個室の面接ルームが3室,6人以上入ることができる,研修ルーム付きの面積155.37㎡の近くにある新事務所を敷金470万円,月額47万円の賃料で賃借した(被控訴会社代表取締役A尋問調書10,11頁,甲117の3,乙111。なお,旧事務所も平成22年8月31日まで使用し続けた〔乙112〕。)。
ク 被控訴人Y5は,当年6月15日,控訴人を退職した(甲96,100,弁論の全趣旨)。
ケ 被控訴人Y1,同Y2,同Y4及び同Y5らは,当年6月20日ころ,「団体交渉窓口について」と題する書面を送付し,同月22日,「昇給・割増賃金・人事考課改善要求書」と題する書面及び「不当労働行為の禁止要求」と題する書面を控訴人に送付した。なお,同Y5,gはその時点で既に控訴人の従業員ではなかった。(甲69,96,100,乙1ないし3,弁論の全趣旨)
コ そこで,控訴人のi総務部長及びj人事部長らは,当年6月22日,翌23日に控訴人大阪支店で上記要求書に名前を連ねた従業員との面談を計画し,控訴人大阪支店にいるよう指示していたにもかかわらず,23日に実際に控訴人大阪支店を訪問したところ,被控訴人Y1ら従業員の大半は控訴人大阪支店にはおらず,唯一面談に応じたhも,要求書の説明や労働条件等に対する申入れをすることはなかった(甲99,218)。
控訴人は,6月23日,出社しなくなった被控訴人Y1ら従業員の業務用携帯電話に電話をかけ,24日は現場に直行することを禁止し,控訴人大阪支店に出勤する旨命じたが,翌日控訴人大阪支店に出社したのは被控訴人Y6だけであり,被控訴人Y6も翌25日から出社しなくなった(被控訴人Y4本人尋問調書10頁,被控訴人Y6本人尋問調書7,8頁,甲97,98,99・7頁,101の6)。
サ Eは,当年6月22日,NTTアドのPから,控訴人が労働問題を抱えていると聞いたが本当かという電話連絡を受け,かつ,メールで被控訴人Y6が来社して主要メンバーが同月末で退社して代替要員がいない状態でファーストプロモーション(控訴人の子会社)が今までどおりの運営を行っていくことが難しいとの報告を受けたので,同旨の文書をもらいたい,引継ぎはきちんと行っていただきたい旨の連絡を受けた。そこで,ファーストプロモーションのGとEは,翌23日大阪を訪問し,NTTアドに対して,労働争議の不存在や行政指導を受けていないことなどを説明したが,他方被控訴人Y1を含む控訴人従業員が,同日以降,控訴人からの連絡に応じなくなり,出社もしなくなっており,NTTアドに派遣された社員との間の連絡も取れなくなったため,事実確認ができなかった。
翌24日,NTTアドにおいて,NTTアド,控訴人及びファーストプロモーションによる話し合いが行われ,NTTアドから,被控訴人Y1から退職の話と控訴人における残業代の未払の問題があるという話を聞いていることに関して事実確認があり,控訴人及びファーストプロモーションはこれらの事実を否定するとともに,採算を度外視してでも今後の現場の仕事を保証する旨述べたが,NTTアドは,クライアントからスタッフの変更は困ると言われていたことから,7月以降の運営体制を控訴人に対して具体的に示すように求めた。
その後,6月25日に被控訴会社の被控訴人Y3とGが連絡を取って,同月26日に被控訴会社代表取締役のAとC,Gの間で協議を持った。しかしながら,控訴人と被控訴会社との間で控訴人従業員の被控訴会社への転籍の撤回は合意できず,また,被控訴会社代表取締役のAが,ファーストプロモーションの下での派遣を被控訴会社で継続する意向を示したものの,詳細は被控訴人Y3に聞かないとわからないとの発言に終始し,結局,協議は物別れに終わった。
(以上につき,被控訴人Y4本人尋問調書10頁,被控訴人Y3本人尋問調書3,4,16ないし19頁,被控訴人Y6本人尋問調書7,8頁,甲9の2,18,69,乙37)
なお,6月8日の時点で,控訴人において,秋葉原事業所全体で正社員31名,契約社員7名,名古屋事業所全体で正社員15名,契約社員5名,福岡事業所全体で正社員14名,契約社員5名がいたとはいえ,控訴人大阪事業所SS大阪支店に正社員24名,契約社員3名の人員が配備されていたことを考えると(甲29の6,30),被控訴人Y3,被控訴人Y5らの退職に加え,ヨドバシカメラ梅田店のNTT業務のスタッフ管理の中心人物である被控訴人Y1が退職した場合には,残りの人員で対応して控訴人が7月以降これまでの契約をそのまま維持することは容易ではなかった(フレッツ光の担当者は,大阪支店だけでも被控訴人Y2やkがおり,札幌のl,名古屋のm,東京のnなど被控訴人Y1と同じ立場を担当した実績のある者がおり,通信系情報系の担当者が全国で70名程度いたから問題なかったという控訴人の主張は,控訴人が大量退職を知った時期から7月1日までわずかな時間しかなかったことを考えると,控訴人がいうほど容易とは認められないというべきである。)。
シ また,控訴人は,6月23日,出社を拒否した被控訴人Y1ら従業員全員を人事部付に移動する人事発令をして家電量販店SS業務担当から外し(甲97・14,32頁,105),24日に内容証明郵便で上記と同旨の内容及びスタッフの個人情報漏えいについて知っている場合の連絡を求めたが(甲106の1,106の2),被控訴人Y4,同Y1らは控訴人に連絡をせずに現場で従前どおりの担当業務に就いていた(被控訴人Y4本人尋問調書10頁,甲101の1,101の2,101の4,101の5,101の6,101の10,101の11,101の12)。
ス 6月25日,控訴人が「社内情報漏えいに関する調査事項」と称するアンケートを社員に対して実施したところ,一部から被控訴人Y3が変な動き,引き抜き行為をしているという情報が寄せられた(甲103の1ないし103の7)。
セ 6月18日には控訴人のoが,同月25日には被控訴人Y4が,それぞれ労働基準監督署を訪問して当年1月から同年3月までの残業代の未払につき相談したところ(乙83,96),6月26日か27日ころ,労働基準監督署の職員が控訴人の大阪支店を訪問し,7月1日に調査があり,未払の残業代について支払うように是正勧告が控訴人に対してあり,控訴人から支払があった(甲97・30頁,99・4,27頁,乙84の1,84の2,85)。
ソ 6月28日,被控訴人Y3とファーストプロモーションのEの間で協議が持たれ,ヨドバシカメラ梅田店におけるNTTスタッフについて,全16名いるスタッフのうち,11名が被控訴会社から,5名が控訴人からファーストプロモーションへ派遣することで調整すること,翌日午後5時に予定している被控訴人Y1との面談により所属会社の意向を確認して最終決定すること,被控訴人Y1が控訴人を退職した際の再就職先には介入せず,当年6月度と同様の運営を同年7月度も行うこと等が話し合われた(乙11,37)。
タ 控訴人は,6月28日,被控訴人Y1の復職やスタッフの確保の見込みがたたなかったため,NTTアドに対し,契約の継続を断念する旨伝えた(被控訴人Y3本人尋問調書4,5頁,乙37)。
チ ファーストプロモーションのEとGは,6月29日,被控訴人Y1と面談を持ったところ,被控訴人Y1から待遇面での不満が蓄積していることや退職を考えていることを聞き,引継ぎをする業務命令に従った上での退職を促したが,被控訴人Y1はこれを拒否した(乙37)。
ツ 控訴人から被控訴会社に転職したのは,被控訴人Y4,同Y1,同Y2,d,f,pが7月1日,q,e,r,o,hが同月16日である(甲66)。そして,被控訴会社を除く被控訴人らは,被控訴会社で今までと同じ仕事に従事していた(弁論の全趣旨。被控訴人らは,被控訴会社と取引先の取引内容や派遣スタッフの同一性についての証拠はないと主張するが,派遣先や業務内容が変わったことについての具体的な主張が被控訴人らからない以上,同一であったと考えるのが自然である。)。
テ 控訴人は,被控訴人Y1,同Y2及び同Y4らを,当年7月13日付で懲戒解雇処分とした(甲74,乙4ないし6)。
ト その後,控訴人は,被控訴人Y1,同Y2及び同Y4らに対し,別件訴訟(大阪地方裁判所平成21年(ワ)第16767号事件)において上記是正勧告に従って支払ったものに追加して残業代を支払った(弁論の全趣旨)。
(4) 被控訴会社の取引開始
ア 兼松
被控訴会社は,当年2月1日,兼松との間で労働者派遣基本契約を締結し,同年3月12日,ヨドバシカメラ梅田店におけるOCNのスタッフについて一度協議を持った(乙34,88の1)。
イ 新通エスピー
被控訴会社大阪支店の従業員であったsは,当年4月2日ころ,NTTアドのtからNTTアドの委託会社である新通エスピーの紹介を受け(乙90,98の1ないし98の4),2週間に一度新通エスピーの空き具合の確認を取り(乙91),同年5月7日,新規案件を獲得した(乙91,92)。
ウ 日本エイサー
被控訴会社は,当年3月5日ころ,日本エイサーに対して営業支援の提案を行った(乙93)。
エ 第一エージェンシー
sは,当年4月2日ころ,tからNTTアドの委託会社である第一エージェンシーの紹介を受け(乙90,98の1ないし98の4),同年5月16日ころ,第一エージェンシーと打合せの日程調整を行った(乙94)。
オ NTTアド
被控訴会社は,平成19年9月20日,NTTアドと「NTTドコモ渋谷支店キャンペーン」の実施に伴う販売支援業務の請負契約を締結した(乙36)。
カ KDDI
被控訴会社は,当年1月1日,KDDIとコンシューマ営業業務委託契約を締結した(乙35)。
2 本件各告知の有無
以上の認定事実をふまえつつ,控訴人主張の本件各告知(原判決13頁以下)の有無及び内容につき検討する。
(1) 兼松
ア 控訴人は,当年5月19日に被控訴会社の代表取締役であるAが本件告知1-1を,同月29日に被控訴人Y3及び同Y5が本件告知1-2をそれぞれ行ったと主張する。
イ 控訴人の元従業員E作成の平成21年9月29日付け陳述書(甲18)には,当年6月30日に兼松の営業担当者であるFから電話で聴取した内容及び同年7月2日に兼松を訪問してFから聴取した内容として,それぞれ本件告知1-1,1-2があった旨記載されている。そして,Eが作成した報告書(甲65,144の2)にも同様の記載がある。これについては,弁護士会照会の結果,兼松から内容の正確性についての回答を取得しているところであり(甲87の3),兼松の認識とEの聞き取りの内容が一致している。また,兼松からの確認の際に同席していた控訴人従業員であったGも同内容の陳述書を提出しているところである(甲219)。また,弁護士とのやりとりの中で陳述書等の作成経過が明らかにされており(甲26ないし28,142ないし149〔枝番のあるものは各枝番含む。〕),Eが自ら聞き取った内容を真しに陳述書に反映している様子もうかがわれ,作成経過にも問題はうかがわれない。本件告知1もないのに,当年6月30日までという契約期間前である同年5月末日に突然契約が解消されるとは考えにくいことからも,かかる発言があったというEの陳述書(甲18)の内容と整合的である。
ウ 以上によれば,上記Eの陳述書及び報告書は信用できるというべきである。
エ この点,被控訴人らは,Eが甲18の陳述書を強要して作成された旨のE名義の陳述書(乙10)を提出しているが,同陳述書には,甲18の陳述書の内容のどの点が虚偽であったのか具体的な指摘が全くない。その上,EとNとの会話(甲34の1,34の2)からすると,例えばEがNの「今までやってきたこと,言ってきたことを翻すようなことは,事実であればそれは避けてもらいたいし,それをしないでいてくれると信じたい」との発言に対し,Eが「そこはドライにやってますので。そこだけは信じていただいて大丈夫かなと。」と発言していることからも明らかなように,二人はある程度親しく対等な関係であった様子がうかがわれ,少なくとも,控訴人の実質的代表者であるNがEに何らかの強要ができるような間柄にあったとか,従前にE自身の意思に反するような言動を余儀なくされてきたとは認められない。また,甲18の陳述書を書く前提となる事情聴取に当たって消極的であった様子はうかがわれないこと(甲141)からしても,甲18の陳述書と同様の内容の甲27の2や甲65の報告書は明らかに控訴人の社内報告書として自主的に記載したものと考えられ,自らの聞き取り調査や記憶に反する内容を意思に反して作成したとは考え難い。Eと一緒に同様の作業をしていたGもEの調査の自主性を肯定する発言をしているところである(甲69・21,22頁)。しかも,被控訴人らが主張するようにE一人の行動が今後のアックス出身者を不利益に扱うおそれがあったから,Eが甲18の陳述書の作成に応じなければならなかったというのはあまりにも論理の飛躍が認められるし,アックス出身者を特に不利に扱っていた様子がうかがわれないことは上記認定事実(1(1)ア,(2)イ,エ,カ,ク)のとおりである。証人cの証言(証人c尋問調書4頁)によれば,甲18の陳述書はEが控訴人を退職する直前に署名,押印をしたということであり,Eが署名,押印を拒否する意図があれば拒否できたとも考えられるのであって,それでも甲18の陳述書に署名していることからしても,乙10の陳述書の信用性には疑義が残り,上記推認を覆すに足りない。
また,原審は,双方申請の証人尋問手続に出頭せず,反対尋問による検証を経られなかった点も甲18の陳述書の内容の信ぴょう性を疑わせる事情と評価していたようであるが,双方にとって自ら提出した陳述書の信ぴょう性に疑義を生じせしめる事情とはなっても,上記のとおり弁護士会照会の回答書が出ている(甲87の3)事情の下においては,上記推認を覆すものではない。なお,同回答書に矛盾する証拠として,甲18には被控訴人Y3が名刺を兼松のJに渡したとあるところ,被控訴人らは,当年6月5日以前に被控訴人Y3の名刺を注文した事実はないとして納品書や領収書等(乙63の1ないし63の3)を提出するが,被控訴人Y3は同月1日から被控訴会社の下で働くことはあらかじめ決まっていたのであるから,それ以前から名刺を保有していたとしても不自然ではなく,納品書の記載等から同日以前に被控訴人Y3が被控訴会社名義の名刺を持っていなかったことを直ちに意味しない。
さらに,被控訴人らは,被控訴会社代表取締役Aが当年5月19日に兼松を訪問した事実がない証拠として,弁護士会照会書,回答書等(乙57の1ないし57の4)を提出する。しかしながら,照会の内容は,野村不動産西新宿共同ビルの入退館記録又は受付記録に被控訴会社代表取締役Aの名前があるかどうかであって,ロビーで会うのであれば記名等は不要であるか,実際に記名しなければ入館できないのかといった点が不明である上,Fに告知するためには同ビル内で会う以外の方法がなかったとは必ずしもいえない。そして,本件告知1-1の有無について再度弁護士会照会をかけた際には,告知に関して回答を得られておらず(乙131の1,131の2),少なくとも告知を否定する積極的証拠はないから,いずれにせよ,上記推認を覆すものではない。また,被控訴人らは被控訴会社代表取締役Aが当年5月19日当日に胃の内視鏡検査を受けた証拠を提出するが(乙58,59),午前10時50分ころには検査は終了したというのであるから,本件告知1-1をした事実と矛盾するものではないし,少なくとも終日社内にいたかのような被控訴会社代表者Aの供述(被控訴会社代表取締役A尋問調書3頁)は採用できない。なお,被控訴人らは,その際,甲148の2のE作成報告書に,被控訴会社従業員のHが被控訴会社代表取締役Aと一緒にいたかどうかを問題にしているところ,Hは当日KDDI北関東を訪問して直帰したことになっているものの(乙60の1,60の2,61の1,61の2,62),被控訴会社代表取締役Aが同行していたことまでは証拠上不明である上に,被控訴人らの責任の有無とは直接関係しない事実である。
被控訴人らは,被控訴人Y5が当年5月29日に兼松を訪問した事実も否認しているが(乙16),被控訴人Y5は当日休暇を取得しており(甲32,33。控訴人が休暇について後日入力を無断で訂正したことを認めるに足りる証拠はない〔証人c尋問調書7,8頁〕。),客観的には訪問が可能であったと認められる。
以上によれば,本件告知1-1,1-2のいずれの事実も認めることができる。
(2) 新通エスピー
控訴人は,当年6月1日に被控訴人Y3が本件告知2-1を,同月2日に被控訴人Y3及び同Y6が本件告知2-2をそれぞれ行ったと主張する。
これに関する証拠としてEの陳述書(甲18)には裏付けがあり,作成手続経過に特段の問題は認められないことは,上記(1)で既に述べたとおりであり,新通エスピーに関しても裏付けがあり(甲150ないし152),本件告知2-1,2-2の各事実が推認される。
この点,被控訴人Y6及び被控訴人Y3はかかる告知の事実を否定しているが,被控訴人Y6は,新通エスピーを訪問した事実をそもそも否定しているところ(甲62),スケジュール管理画面の写し(甲23),交通費精算一覧表(甲155の2)と明らかに矛盾するものであり,採用できるものではない。被控訴人らはスケジュール管理画面の写し(甲23),交通費精算一覧表(155の2)の信用性に疑義を呈しているが,Mの証人尋問の結果(甲157・3ないし8頁)や陳述書(甲158)によれば,事後的なスケジュールの追加変更はできない設定になっていると認められる上に,わざわざ控訴人が被控訴人Y6の外出記録を偽造するのであれば被控訴人Y3のスケジュール(甲24)についても当年6月1日に新通エスピーを訪問した事実と内容を整合的にすることができたはずであるにもかかわらず,被控訴人Y3のスケジュールに関してそのようなことがなされていないことを考えると,具体的に偽造を疑わせるような事情はうかがわれず,両書証の信用性を否定できていないというほかない。
また,被控訴人Y3の名刺が当年6月5日に被控訴会社に納入された事実(乙63の1ないし63の3)についても,それ以前に被控訴会社の名刺を持っていなかったことにはつながらず,その従業員として何らの行動もできないということには直ちに結びつかない。
以上によれば,本件告知2-1,2-2のいずれの事実も認めることができる。
(3) 日本エイサー
控訴人は,当年5月13日に被控訴人Y4が本件告知3-1を,同年6月18日に被控訴人Y3が本件告知3-2をそれぞれ行ったと主張する。
ア まず,本件告知3-2から見ていくと,当年6月18日に被控訴人Y3がuと面談した事実そのものを被控訴人らは争っておらず,これを認めることができる。そして,控訴人は,本件告知3-2を裏付ける証拠としてメールの写し(甲11の1ないし7)を提出している。これは,当年6月15日から同月17日にかけて,当時既に被控訴会社に転職していた被控訴人Y3と日本エイサーのvないしuマネージャーが次回の商談のスケジュールを調整する内容であるが,このうち,同月17日付けでvが被控訴人Y3に対して送信したメールの写し(甲11の1)には,同月18日に決まった商談に関し,「HT(注:控訴人を指す。)さんから,マーキュリーさんへスライドしていく流れを,業務効果向上と言う点とその背景にある御社(注:被控訴会社を指す。)代表以下,皆様の熱い想い!的な感じでお話いただけれ(注:「いただければ」の誤記と認める。)良いと思います。」との記載があり,その末尾には「※このメールはY3さんY4さんのみに送っておりますので,ご理解の程よろしくお願いします。」と記載され,ヘッダー部分の「CC:」欄に控訴人における被控訴人Y4のアドレスが記載されていることからすれば,同メールは被控訴人Y3のみならず,当時控訴人に在籍していた被控訴人Y4にも送信していたことが認められる。そうすると,少なくとも控訴人に対して秘匿しておかなければならないような不都合な内容の情報伝達であることを予定されていたと認められるというべきである。
そして,メール自体に控訴人から被控訴会社に業務内容がスライドすることが既に所与のものとして記載されているが,これはほぼ本件告知3-2の内容と同一のものといってもよく,翌日の話し合いの際にも当然話題提供された,すなわち本件告知3-2があったと推認するのが相当である。
イ 本件告知3-1に関しては,被控訴人Y4が当年5月13日に控訴人福岡支店に出張したこと,被控訴人Y4がvと面談したことは被控訴会社らは争っておらず,かかる事実を認めることができる。そして,本件告知3-1は本件告知3-2から1か月程度前のことであるが,本件告知3-2と同趣旨の内容の発言があっても不自然でないところ,控訴人従業員のcの報告書(甲10)及び証人cの証言と内容は矛盾なく,伝聞証拠とはいえ,内容にとりたてての不自然さは認められない上に,作成経過については,甲159ないし161,165ないし167,169ないし172(各枝番含む。)で正当性が担保されているといえ,信用できるというべきである(後述するように第一エージェンシーの関係では伝聞部分につき相手方からの裏付けも取れている。)。したがって,本件告知3-1についてもあったと推認できる。
vから聞き取った内容を直接裏付けるものはないが,vは被控訴人Y4と懇意にしていたこと(甲168)もあってか,当初から控訴人に対しては非協力的であった様子がうかがわれ(甲159の1),控訴人として協力を求めたが,紛争に巻き込まれることを嫌って,本件訴訟への協力を外資系である日本エイサーが拒絶した(証人c尋問調書21頁)としても不自然ではなく,上記推認を覆すものではない。
(4) 第一エージェンシー
控訴人は,当年4月27日に被控訴人Y3及び同Y2が本件告知4-1を,同年5月25日ころに被控訴人Y2が本件告知4-2を行ったと主張する。
これについても,cの報告書(甲10)があるところ,それ自体は伝聞証拠であるが,第一エージェンシーのwの陳述書(甲19),控訴人の元派遣労働者であるOの陳述書(甲20)と内容において合致しており,各陳述書の作成過程にも問題はうかがわれず(甲19については甲173ないし181,甲20については甲182ないし186〔枝番のあるものは枝番を含む。〕),信用できる。wは,第一エージェンシーの派遣窓口担当者にすぎないが,派遣契約の切替えという重要な事項とはいえ,控訴人との間で話が付いていて,委託元のNTTアドの了承も取っていると聞いていれば,単なる事務手続の問題であると評価して控訴人やNTTアドにわざわざ確認しなかったとしてもやむを得ない側面があり,直ちにwの行動が不自然であるとして同人の陳述書の内容に疑問を差し挟むことはできない。また,現時点で被控訴会社と第一エージェンシーの関係が続いている以上,第一エージェンシーの従業員が真実に反する記載がなされた陳述書の作成に協力したとはにわかに考え難く,この点において中立的で信用できる証拠と評価できる。そして,w作成の陳述書(甲19)には,当時Oから相談を受けた旨の記載があるところ,その中には,被控訴人Y2から本件告知4-2を受けたという記載がないが,そうだからといって,両者の記載が整合しないと評価することも相当ではない。さらに,Oの陳述書(甲20)には被控訴人Y2に不信感を抱いていた旨の記載があるが,何の事情もないのに不信感を抱くはずがないのであって,不信感を抱かせる契機があったと推認するのが相当であって,それがまさに本件告知4-2と考えればつじつまが合う。しかも,外出先が違うものの被控訴人Y3が当年4月27日の午後3時以降に外出した記録も残っており(甲24),実際には新通エスピーではなく第一エージェンシーで会った,あるいは新通エスピーと合わせて第一エージェンシーにも行ったと考えて矛盾がない。他方,被控訴人Y2については同月の外出記録の記載がないが(甲25),だからといって全く外出がなかったことにはならないから,かかる記載と当年4月27日に第一エージェンシーに外出したことは少なくとも矛盾しない。ちなみに,兼松に関して上記(1)のイでも説示したとおり,何らの事情もないのに契約期間の途中で契約が終了するということは一般的には生じないはずである。
以上によれば,本件告知4-1,4-2のいずれの事実も認めることができる。なお,被控訴人Y3については,当年4月には名古屋営業所への降格人事の話があったというのであるから,既に被控訴人Y3が控訴人を退職するかどうかが問題になった時期に当たり,控訴人における残業代の支払の問題が顕在化する前に行われたことになる。
(5) NTTアド
控訴人は,当年6月19日に被控訴人Y1が本件告知5-1を,同月22日に被控訴人Y6が本件告知5-2をそれぞれ行ったと主張する。
被控訴人Y1が,当年6月20日前後に,被控訴人Y6とともにNTTアドのP課長を訪問し,控訴人を退職する旨告げた事実は被控訴人らは争っておらず,かかる事実を認めることができる。そして,Eの陳述書(甲18)が信用できることは上記(1)のとおりであるし,Eと一緒にNTTアドに行ったGも同様の内容を陳述書や報告書で述べているところでもあり(甲100,190の2,219),その作成過程に問題はうかがわれず(甲190の1,190の2,193),被控訴人Y1が本件告知5-1をした事実を認めることができる。
また,被控訴人Y6がNTTアドのPを訪問した事実はそれぞれが認めているところ(甲62・10頁,乙14),メール(甲9の1,9の2)によると,当年6月22日に被控訴人Y6が訪問した際,Pに「現状の主要メンバーが6末(注:当年6月末を指す)で(注:控訴人を)退社するに当たり,代要員が今現在いない状態である。」「代要員を手配しても今まで通りのクオリティを担保することは難しく,ファーストプロモーションで今まで通りの運営を行うことは難しい。」と説明した事実を認めることができる。
以上によれば,本件告知5-1,5-2のいずれの事実も認めることができる。
(6) KDDI
控訴人は,当年6月2日に被控訴人Y3が本件告知6-1を,同月8日に被控訴人Y6が本件告知6-2をそれぞれ行ったと主張する。
KDDIソリューション第1営業本部第4営業部部長Vが控訴人従業員αに宛てて送信した平成21年7月29日付けメール(甲12の2)の添付文書とされる甲12の3には,社内調査で確認できた事実として,同年6月2日に被控訴人Y3がKDDIコンシューマー関西本社を訪問し,応対したKDDIのT及びUに対し,本件告知6-1を行ったこと,同月8日に被控訴人Y6が同所を訪問し,応対したKDDIのT及びUに対し,本件告知6-2を行ったこと等が記載されている。この点に関し,甲12の2自体の本文に「別添のとおり取りまとめました」という記載があり,添付ファイルがZIPファイル形式で添付されていることは明らかであるし,甲12の3が甲12の2の当該添付ファイルであることはパソコンの画面上で検証され(甲194),添付内容を確認したという証人cの証言(証人c尋問調書24頁)とも合致する。また,改めてKDDIに対して弁護士会照会をした結果,本件告知6-1,6-2のいずれの事実もあった趣旨で間違いない旨の回答を得ているし(甲93の1,93の3),当年8月3日に作成された報告書にも同様の記載がある(甲195)。
以上によれば,本件告知6-1,6-2のいずれの事実も認めることができる。
この点,被控訴人らは被控訴人Y3が当年6月2日に,被控訴人Y6が同月8日にそれぞれKDDIを訪問した事実はない証拠として,弁護士会照会書及び回答書等(乙66の1ないし66の4)を提出するが,照会内容は,KDDIビルに被控訴人Y6の入退館記録が残っているか否かであり,その他の場所でKDDIのTやUに会って告知した可能性を排斥するものではないし,回答書によれば,KDDI大阪ビル1階の打合せコーナーで面談や打合せを行った場合には,入館記録は残らないというから,入退館記録が残っていないことと上記面会の有無が結びつくものでもない。被控訴人Y6については,交通費精算一覧表(甲155の2)の記載と明らかに矛盾するものであるし,被控訴人Y4とKDDIのUの打合せの結果,被控訴人Y6も同席する前提で訪問日時が当年6月8日午後2時に設定されたことは明らかというべきであるところ(甲196),控訴人の社内システムにおけるスケジュール管理画面の写し(甲23)にはかかる記録が残されており,かかる記載を偽造したことを疑うに足りる具体的な事情は存在しない。Wの陳述書(乙67)には,当年6月8日午後1時から午後2時ころまで被控訴人Y6と会議をしていたとの記載があるが,同人の手帳には開始時刻が記載されているだけで終了時刻までは記載されておらず,同陳述書の記載はKDDI訪問と矛盾しない。また,ディップ株式会社に対する弁護士会照会書及び回答書等(乙95の1ないし4)によると,当年6月8日午後2時に被控訴人Y6に会ったとの記載があり,これを疑うに足りる事情は存在せず,また,メディアハウスのbは同日午後4時ころから控訴人において被控訴人Y6と会ったとも述べているところでもあるが(乙133),その時刻自体分単位のものではないうえ,控訴人大阪支店の最寄駅である大阪駅からKDDI大阪ビルの最寄駅である京橋駅まで環状線の電車で6分しかかからないことからすれば(甲230,弁論の全趣旨),KDDIを訪問する時間がなかったことには直ちにならない。よって,いずれにしても被控訴人らの主張は採用できない。
3 被控訴人らの責任の成否
(1) 不競法2条1項14号の該当性
ア 上記で認定された本件各告知を見ると,まず,本件告知1-1,1-2は「控訴人の大阪支店でセールスプロモーション部門を切り離し,ないし縮小し,・・・現在勤務中のスタッフを被控訴会社に転籍させ,被控訴会社が営業活動していくことで控訴人と調整が済んでいる」という趣旨の発言であって,いずれも事業の切離し,縮小という点において虚偽の事実を含むものであり,かつ,人材派遣という業務内容の性質上,事業規模の縮小自体から,会社資産の散逸を余儀なくされるような良好でない事業運営状況に陥っている可能性を示唆するものというべきで,控訴人の信用をおとしめるものというべきである。
次に,本件告知2-1は,「控訴人から派遣しているスタッフが被控訴会社に転籍する。」というもので,控訴人を退職する者がいてそれらの者が被控訴会社に就職することを「転籍」と表現した点自体において適切さを欠くもので虚偽と評価せざるを得ないし,また,本件告知2-2において,「控訴人の大阪支店のSS業務が縮小する」という内容を含むもので,虚偽であることは明白である。そして,転籍を応諾する状況にある,SS業務を縮小しなければならないということは,事業規模の縮小を意味するものであって,日を置かずしてされた本件告知2-1,2-2を通じてみれば,本件告知1-1,1-2において述べたとおり,控訴人の信用をおとしめるものというべきである。
また,本件告知3-1,3-2は,「控訴人が日本エイサーとの業務をスライドする」という点において虚偽であり,かつ,業務スライドを応諾するということは事業縮小を意味するものであり,しかも,本件告知3-1における「日本エイサーの業務ボリュームに対応できない」という点は,控訴人の業務遂行能力の不十分さを示唆するものでもあり,いずれにしても控訴人の信用をおとしめるものというべきである。
本件告知4-1,4-2は,いずれも「控訴人のスタッフが被控訴会社へ円満な転籍をすることで話がついている」という趣旨の発言で,実質的に控訴人がスタッフの退社及び被控訴会社への入社を了承していることを含んでいて虚偽であり,会社の規模の縮小を了解していること自体,控訴人の信用をおとしめるものである。
本件告知5-1,5-2は,その後の退職の状況をみる限り,客観的には当年6月中旬の時点においては,被控訴人Y1が控訴人を退職する予定であったこと,被控訴人Y1以外にも控訴人を退職する予定であった者がいたこと自体は否定し難く,これをもって虚偽ということはできないが,本件告知5-2における「代要員がいない」というのは控訴人の会社規模からすれば表現において適切さを欠き,虚偽と評価せざるを得ないし,人材の不足という意味において控訴人の信用をおとしめるものといわざるを得ない。そして,被控訴人Y6の本件告知5-2は,被控訴人Y1と訪問した際の本件告知5-1をふまえてなされたものであるから,被控訴人Y1と意思を通じてなされたものと評価できる。
さらに,本件告知6-1,6-2について,「KDDIへ派遣している社員を控訴人から被控訴会社に移籍させることについて控訴人と調整が進んでいる」,「移籍について控訴人と被控訴会社との間で合意できた」という部分は明らかに虚偽であるし,人材の移転に応諾することが控訴人の信用をおとしめるものというべきであることは既に述べたところと同一である。
したがって,本件各告知はいずれも不競法2条1項14号に該当するというべきである。
イ 確かに,上記認定事実(1(2)ウ,(3)ケ,セ,ト)によれば,被控訴人らが主張するように,本件の背景には控訴人において残業代の未払の問題が存在していたことは事実である。すなわち,残業代の申請を却下したのは,当時控訴人の従業員だった被控訴人Y6であったとはいえ,残業代の未払が控訴人にあったということであり,このこと自体控訴人の問題であることに変わりはない。さりとて,控訴人の従業員らがこの点を明確に問題にし始めたのは,本件各告知より後である当年6月下旬のことであるし,残業代の未払の問題があることと,実質的な引き抜き行為ともいえる各虚偽告知に加担することは別の問題であって,被控訴人らの責任の成否を左右するものではない。
(2) 共謀について
ア まず,本件各告知の内容は,控訴人の従業員が控訴人を退職して被控訴会社が控訴人の業務を引き継ぐことを前提にするものであることからすると,被控訴会社がこの点を了解していなければ実現不可能であることから,各告知に先立って被控訴会社代表取締役Aがこの点を了解していたことは明らかである。それ以外の被控訴人らが不正競争行為者として全体の責任を負うためには共謀が認定されなければならないところ,共謀の事実は以下の事実から認めることができる。
① 本件各告知の内容が概ね共通する内容であり,時期も当年4月下旬から同年6月下旬までの短期間の間の行為であること(上記2)。
これらの事実は,被控訴会社代表取締役Aを含めて被控訴人らが当初から相互に意思を通じていたことを強く推認させる事実である。
② 被控訴会社を除く被控訴人らが控訴人を辞めて被控訴会社に入社した経緯及び時期の近接性が認められるだけでなく,退職直前の未払賃料の問題への対応においても共同歩調行動を取っていたこと(上記1(3)ケ,ツ)。また,被控訴人Y4と被控訴人Y1が同一文言の原告に対する退職届を控訴人に出し(甲67,68),他の退職者である被控訴人Y2らについても同様のことがいえること(甲104の1ないし104の12)。
これらの事実は,控訴人を退職した被控訴人らの間で相互に意思を通じていたことを強く推認させる事実である。
③ 被控訴会社の事務所規模拡大等の準備行為(被控訴人Y3尋問調書24,25頁,被控訴会社代表者A尋問調書9ないし13頁)は,上記認定事実(1(3)キ)のとおりであるが,平成20年7月24日に被控訴会社が大阪支店を立ち上げたときの事務所面積は23.10㎡であったのに(甲116),当年6月までには,座席,パソコンが約20設置され,半個室の面接ルームが3室,6人以上入ることができる研修ルームがある新事務所に移転した(甲117の3,乙111)というかなり大規模なものであり,ある程度の社員の人数の移転が確実でないと不可能であること。まして,それまでの被控訴会社の大阪進出は,当年2月の時点では必ずしも順調にはいっていなかったこと(上記1(4),甲117の2)。
また,当年5月13日の時点で被控訴会社の電話移設の見積もり,購入の依頼があり,同月14日の時点で同事実を被控訴会社代表取締役Aにメールで報告するなどの準備行為があり,同年6月4日にパソコン10台の発注,同月12日から13日に新システムの立上げ作業がされたこと(上記1(3)ウ。甲120ないし128,129・18,30,35,37,38頁,130〔枝番のあるものは各枝番含む。〕)。
以上の事実は,被控訴会社代表取締役Aが,被控訴人Y1や被控訴人Y4らが労働問題を持ち出す当年6月下旬の時点ではなく,かなり前から控訴人から大量の従業員が退職して被控訴会社に移ってくることを承知していたことをうかがわせるものである。
④ 当年3月4日,被控訴人Y3から被控訴会社代表取締役A宛てに今後も情報共有することをうたったメールが送信され,通話等がなされたこと(甲107,109の1)。
これにより,当年3月以降は,被控訴会社代表取締役Aと被控訴人Y3との間で情報共有をしていたことがうかがわれる。
⑤ 控訴人の従業員であったβが,当年4月下旬に,被控訴人Y3から,控訴人から被控訴会社が独立するという話を聞いたこと(甲92)。
βの聞いた発言は,被控訴会社代表取締役Aの意向に反してなされたものとは考えにくく,この時点で被控訴会社代表取締役Aがこの点を了解していたと考えるのが自然である。
⑥ 被控訴人Y6は,当年4月から控訴人の従業員が被控訴会社に帰属するようになったと認識しながら,被控訴会社代表取締役Aに抗議せず,かえって,同年5月13日,被控訴会社の大阪事務所の図面を被控訴会社代表者のA宛てにメールで送ったこと(上記1(3)イ。甲70,91・25,26,32頁,119の1ないし119の3,被控訴人Y6本人尋問調書18,19頁)。
これは,被控訴人Y6が被控訴会社の行動に同調する行動といえる。
⑦ 被控訴人Y3,同Y5,同Y6らが,当年5月の時点で他の被控訴人らや退職者と頻繁に連絡を取り合っていた事実(上記1(3)エ。甲21,22,109の1,109の2)。
連絡内容は確定できないが,被控訴人Y3,同Y5,同Y6らは,互いの関係が密接なものであったことをうかがわせる事実といえる。
⑧ 被控訴人Y6は,当年5月31日,控訴人のhに,西日本エリアの個別契約書,大阪のヤマダ電機の個別契約書,大阪支店の常勤雇用契約書一覧,派遣先通知・派遣先管理台帳・個別契約,労働条件通知書兼就業条件明示書,派遣元管理台帳をメールで送らせたこと(上記1(3)カ。甲113の1,113の2)。
かかる事実は,被控訴人Y6が被控訴会社と懇意にしていたからこその行為と考えて矛盾しない。
⑨ 被控訴会社の代表取締役Aの意向に関して当年6月17日に被控訴人Y3と被控訴人Y4にメールがあったこと(甲11の1)。
かかる事実から,被控訴人Y3と被控訴人Y4は親密な関係にあったと認められ,互いの内情を知っていたと推認される(被控訴人Y4本人尋問調書14頁)。
⑩ 被控訴人Y5は,被控訴会社への人材移転に積極的であり,当年6月22日夕方,γほか2名に勧誘しており,その際わざわざ引き抜きではないと述べていたこと(甲201,202,乙77)。
被控訴人Y5が単独で引き抜きについて配慮しなければならないことを思いつくとは考えられず,第三者と共同歩調を取っていたことを強くうかがわせる事実である。
⑪ 昇給・割増賃金・人事考課改善要求書(乙1)に名前を連ねた被控訴人らや他のメンバーは,当年6月23日以降の控訴人のi部長,j部長の事情聴取の希望の事実について情報共有し,事情聴取に積極的に応じなかったこと(上記1(3)サ,シ)。甲96・4頁以下,97・10頁以下,98・2頁以下,99・1,2頁,101の1,101の3,101の6,101の8,101の10,218)。
かかる事実は,控訴人の従業員であった被控訴人ら間で相互に意思疎通が取れていたことと整合的である。
イ 被控訴人らの共謀を否定する方向の証拠も存在しないわけではなく,端的に被控訴会社独自で会社の拡大を図っていた事情も,上記認定事実1(4)のほか,次の(ⅰ)~(ⅺ)のとおり認められるが,特に当年4月以降の事実は事業拡大をすることにつき具体的に採算のめどが立っていたことを意味するものであり,かえって,被控訴会社が控訴人の多数の従業員が移転してくることを承知していた事実,すなわち移転してくる従業員との間で共謀があった事実と沿う事実とも評価できる。したがって,いずれの事実も,また各事実を総合しても,共謀の事実と矛盾するには至らない。
結局,被控訴会社及び被控訴人らは本件各告知の不正競争行為について裏を通じていたものであり,共同してこれをしていたというべきであり,控訴人がこれによって生じた損害を連帯して賠償すべきである。
(ⅰ)被控訴会社の給与所得は平成20年以降毎年増加していた(乙47の1ないし47の4)。
(ⅱ)被控訴会社は,当年1月当時から支店長候補15人の求人をし(乙45),それ以外にも求人広告会社であるエン・ジャパン株式会社を通じてアルバイトを募集していた(乙46)。
(ⅲ)被控訴会社は,当年2月ころ,不動産仲介業者に大阪支店の物件探しを依頼し(乙109の1ないし109の5),被控訴会社が,同年4月24日に大阪支店旧事務所の解約予告を行い(乙110),同年6月1日から新事務所を賃借した(上記1(3)キ。乙111)。なお,旧事務所も平成22年8月31日まで使用し続けた(上記1(3)キ。乙112)。
(ⅳ)被控訴会社は,当年2月ころ,ニフティーに対しては全国20人規模,アパレルメーカーであるサンエーインターナショナル,アルコバレノに対しては50人規模の販売支援業務を受注できるように営業しており,従業員規模の拡大の可能性があった(乙101,102)。
(ⅴ)被控訴会社は,当年3月12日ころ,ヨドバシカメラ梅田店におけるスタッフの発注を受けていた(乙88の1,88の2)。
(ⅵ)被控訴会社の大阪支店の従業員であったsは,当年4月2日ころ,NTTアドのtから新通エスピー及び第一エージェンシーの紹介を受け,同月16日,新通エスピーに空き状況の確認のメールを送った(乙90,91,98の4)。その結果,被控訴会社は,当年5月7日,新通エスピーから新規案件を獲得した(上記1(4)イ,エ。乙92)。
(ⅶ)被控訴会社は,当年5月12日には信用審査を経た上で信用保証委託書に署名押印し,同年6月25日には三菱東京UFJ銀行から2000万円の融資を受け,同じく同年5月20日に個人情報の取扱いに関する同意書に署名押印し,東日本銀行から2000万円の融資を受けた(乙51ないし54)。
(ⅷ)sは,当年5月16日ころ,第一エージェンシーと打合せの日程調整を行った(上記1(4)エ。乙94)。
(ⅸ)被控訴会社は,当年5月28日,ヨドバシカメラ梅田店における兼松との取引でスタッフ5名の発注を受けていた(乙89)。他にも当年6,7月の同時期に入社した者が5名いた(乙48ないし50〔枝番のあるものは各枝番含む。〕)。
(ⅹ)被控訴会社は,賃貸していた建物の定期建物賃借の終期に近い当年6月18日に東京本店を74.67㎡から126.08㎡に拡張した(乙104,105)。
(ⅺ)被控訴会社は,当年7月1日に10.4㎡の名古屋支店及び15.50㎡の福岡支店を開設した(乙106,107)。
4 事実の告知と,控訴人と取引先の契約終了との因果関係
上記1(4)の認定事実によれば,被控訴会社と本件取引先の関係は当年5月,6月当時は希薄であったと認められ,控訴人との取引を打ち切って被控訴会社との契約に移行したのは事実の告知のためであると認めるのが相当である。そして,控訴人が取引を打ち切られた後に契約が再度締結されたものはないが(証人c尋問調書30頁以下),控訴人の取り扱っていた業務内容やこれまでの契約の継続状況に照らせば,本件各事実の告知がなければ契約が継続していたものと推認される。事実の告知から取引終了までの期間が短いものの,告知を受けた取引先が控訴人との調整が済んでいると信じていれば,単なる事務手続として迅速,円滑に遂行されることは十分あり得ることであって,この点は因果関係の有無の判断を左右しない。
もっとも,新通エスピーに関しては,控訴人の主張する被控訴人Y3及び同Y6の発言があったのは当年6月1日と2日であるところ,本件で認められる事実関係からみる限りは,同社との契約はそれに先立つ当年5月31日に打ち切られているので,告知と契約終了との間に事実としての条件関係はなく,たとえ契約終了による損害が発生したとしても相当因果関係は認められないというべきである。
なお,NTTアドについては,業務委託先がファーストプロモーションから新通エスピーに移っており(被控訴人Y3尋問調書6,7頁,被控訴会社代表者尋問調書6頁),これは,控訴人が労働問題を抱えていることをも問題視していたようであり(乙37),今回の件がなければ控訴人との関係が継続していたとは直ちにいえない事情かもしれない。もっとも,控訴人の抱えていた労働問題というのは,被控訴人Y6が控訴人の意向を曲解して主体的に起こした残業代未払の問題であるといってもよいから,この点さえ誠実に対処していれば取引が継続していた可能性は十分あったとみてよい。
5 損害
(1) 損害の範囲
兼松と被控訴会社との契約は当年6月から平成23年1月まで継続したものと認められる(甲225の1ないし225の4。ただし,当年9月30日,同年12月31日,平成22年4月15日に終了したものもある〔乙146の1ないし146の4〕)。
日本エイサーと被控訴会社との契約は当年7月から平成23年6月まで継続したものと認められる(甲227の1ないし227の4)が,日本エイサーは資金繰りが苦しくなり,平成22年1月には大阪での業務遂行を辞めたと認められるから(被控訴人Y4本人尋問調書22,23頁,乙140),かかる事情は控訴人が契約の相手方であっても変わりないと考えられ,大阪支店における損害は平成22年1月までとなる。被控訴人らは弁護士会照会書及び回答書等(乙148の1ないし148の4)においてヨドバシカメラ梅田店に限定して照会をかけた結果,当年10月には契約が終了したと主張しているが,契約自体はその後も継続し,ただ仕事の現場が変わったにすぎないと解される。
第一エージェンシーと被控訴会社との契約は当年6月から平成24年11月の時点でなお継続中であると認められる(甲233の1ないし233の4)。
NTTアドと被控訴会社との契約は,当年7月から平成24年11月の時点でなお継続中であると認められる(甲228の1ないし228の5。当年7月の時点でファーストプロモーションから新通エスピーに下請会社が変更されたが,被控訴会社がその後被控訴人Y1ら現場の人間を変えずに派遣しているので〔被控訴人Y3本人尋問調書6,7,21,22,26,27頁〕,実質的に上記のとおり評価してよい。)。
KDDIと被控訴会社との契約は,当年7月から同年9月まで継続したが,その後もKDDIの子会社である株式会社KDDIエボルバとの契約として平成23年3月まで継続したものと認められる(被控訴人Y3本人尋問調書9頁,甲229の1ないし229の4,234の1ないし234の3,240の1,240の2,241の1ないし241の3。乙149の1ないし149の4もこれと矛盾しない。)。
この点,被控訴人らの告知がなければ,どの程度の期間契約が継続するかについて,一般論として,証人cが1年程度と述べているが(証人c尋問調書11頁),被控訴会社との契約に変わった後も,長期間契約が継続しているものが存在する。控訴人と被控訴会社の規模やこれまでの契約の経緯等を比較すると,少なくとも被控訴会社との契約が継続している期間は控訴人が契約当事者であり続けていた場合であっても取引が続いていたと考えられるし,不競法5条2項適用の見地からも,被控訴会社との取引期間につき損害が発生すると認めるべきである(もっとも,控訴人の請求は3年分の損害の限度である。)。被控訴人らは労働者派遣法上の抵触日を問題視するが,被控訴会社自身にも当てはまる問題であるし,その点をおくとしても,弁論の全趣旨によれば,控訴人とNTTアド,日本エイサーとの契約は請負契約であって抵触日自体は存在しない。また,KDDIについてはKDDIエボルバとの間での契約を締結して引き続きスタッフの派遣が可能であったと認められる(甲240の1,241の1,241の2,241の3,244)。兼松,第一エージェンシーについても,請負契約への切替え等が考えられ,抵触日が到来すれば当然に取引が終了したとは当然にはいえない。したがって,上記判断は何ら左右されない。
(2) 単価
控訴人は,平成24年11月5日付け控訴人準備書面(1)各別表及び控訴人執行役員経営企画室長σの報告書(甲222)を提出し,兼松については月額46万9233円,日本エイサーについては月額49万8737円,第一エージェンシーについては月額49万7316円,ファーストプロモーションについては月額266万7775円,KDDIについては月額94万8659円と主張する。
確かに,σの報告書(甲222)には売上原価欄は各社ごとのスタッフ賃金等の内訳が記載されていないが,少なくともその合計額は記載されているし,同業他社と比較して高すぎるともいえず(甲242の2),平成20年10月当時の議事録で記載された相当高い利益率(乙132)に基づく数値を下回っている。また,粗利率が予算と食い違っていても(乙132,137),結果的に予算を上回る利益を上げたのであれば,それは売上げが当初の予定よりも大きかったないし経費を削減できたということを意味するだけで,σの報告書自体が直ちに不自然ということにはならないともいえる。
しかしながら,売上原価が黒塗りされており,控訴人の平均粗利率の計算根拠が必ずしも明確でない部分が多々あるといわざるを得ない。また,控訴人が15~17%程度の利益率を前提に予算を組んでいたという事情(乙137)自体は,取引先ごとに多少のばらつきがあるとしても,控訴人が利益を確保できる最低限のものと評価できる合理的な内容であったと推認するのが相当である。加えて,控訴人が原価から差し引いているのはスタッフ賃金,交通費,社会保険料,諸経費等のみであるところ,諸経費の内訳は不明であり,少なくとも営業経費が差し引かれている記載とはうかがわれないし,さらに通信費等の営業経費は差し引いた上で損害を算定するのが相当であるから,利益率は控訴人の主張を更に下回ると認めるのが相当である。
このようにしてみると,取引先各社について平均利益率を15%とみるのが相当であり,かつ,各社の売上げについては,甲222における各月の売上げの平均や推移等を参考にすると,兼松については月額の売上げが180万円程度,日本エイサーは200万円程度,第一エージェンシーは180万円程度,NTTアドは1000万円程度,KDDIは350万円程度と認めるのが相当であり,各社の月額の利益は,兼松27万円,日本エイサー30万円,第一エージェンシー27万円,NTTアド150万円,KDDI52万5000円となる。
(3) 損害の算定
兼松については,月額の利益27万円に,契約継続期間がそれぞれ4か月,7か月,10か月半,20か月と異なるから,月額の利益の4分の1ずつを乗ずることとし,日本エイサーについては,月額の利益30万円に契約継続期間7か月を乗じ,第一エージェンシーについては,月額の利益27万円に契約継続期間36か月を乗じ,NTTアドについては,月額の利益150万円に契約継続期間36か月を乗じ,KDDIについては,月額の利益52万5000円に契約継続期間21か月を乗ずると,合計額は7964万6250円となる。うち,原審での請求に当たる1年分の合計は3244万1250円である。
控訴人は,平成21年8月11日,被控訴会社に対し,本件不正競争に基づく損害賠償請求権を自働債権とし,本件業務委託料の支払債務を受働債権として対当額で相殺するとの意思表示をしたが,被控訴会社の控訴人に対する債権額の元本額が1946万8170円であることに当事者間で争いがない。本件損害賠償請求権の弁済期が平成21年8月26日,本件業務委託料債権の弁済期が同年7月31日であり,相殺適状時期は遅い方の同年8月26日となる。まず,同日をもって,充当の順序として不利益を被る控訴人が指定したように双方の債権元本を対当額で充当すると,元本対当額は消滅し,それ以降の対応遅延損害金の発生はない。それまでの遅延損害金については,1946万8170円に対し,相殺適状の時点で,控訴人の本件業務委託料債務の遅延損害金として発生していた平成21年8月1日から同月26日までの商事法定利率年6分の8万3206円(1946万8170円×0.06×26/365≒8万3206円〔一円未満四捨五入〕)が発生しているが,これも相殺により消滅したことになる。
したがって,第1事件の請求が認められるのは,本件業務委託料1946万8170円及び8万3206円を控除した額であり,全体の合計額は6009万4874円となり,原審での請求分は1288万9874円となる。
6 第2事件について
本件相殺により本件業務委託料の支払債務は消滅したことは上記5(3)のとおりである。したがって,被控訴会社の第2事件請求は理由がない。
第4 結語
以上の次第であって,控訴人の請求を全部棄却した原判決は一部不当であり,被控訴会社の請求を認容した原判決は不当である。第1事件については,控訴人が被控訴人らに対して連帯して6009万4874円及びうち1288万9874円に対する平成21年8月27日から年5分の割合による遅延損害金,うち4720万5000円に対する平成24年8月2日から年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから請求を棄却し,第2事件については請求を棄却することとして,原判決を変更する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 新谷貴昭)
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