「営業支援」に関する裁判例(24)平成29年 7月28日 東京地裁 平28(ワ)3580号 不当利得返還等請求事件
「営業支援」に関する裁判例(24)平成29年 7月28日 東京地裁 平28(ワ)3580号 不当利得返還等請求事件
裁判年月日 平成29年 7月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)3580号
事件名 不当利得返還等請求事件
裁判結果 認容 文献番号 2017WLJPCA07288011
要旨
◆被告会社との間でiPad用営業支援アプリの開発業務について業務委託契約(本件契約)を締結して同社に前金を支払った原告会社が、被告会社に対し、主位的に、本件契約は合意により解除されたため被告会社は前金の利得について法律上の原因がないと主張して、不当利得返還請求権に基づき、予備的に、被告会社が提出した中間成果物が検収条件を満たさない場合には前金を全額返還する旨の本件契約の定めに基づき、又は、本件契約は被告会社の履行遅滞若しくは履行不能により解除されたと主張して、原状回復請求権に基づき、又は、本件契約が準委任契約であることを前提に、本件契約は被告会社の履行遅滞若しくは履行不能により解除されたと主張して、損害賠償請求権に基づき、同前金相当額の支払を求めた事案において、本件契約の合意解除を認めた上で、同合意解除により本件契約の効力は遡及的に失われたと認定して、主位的請求を認容した事例
参照条文
民法415条
民法545条
民法703条
裁判年月日 平成29年 7月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)3580号
事件名 不当利得返還等請求事件
裁判結果 認容 文献番号 2017WLJPCA07288011
東京都台東区〈以下省略〉
原告 株式会社ネクストマジック
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 合田信一
東京都新宿区〈以下省略〉
被告 株式会社ファーストネット
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 松本昌之
主文
1 被告は,原告に対し,540万円及びこれに対する平成28年2月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 原告と被告は,平成27年9月18日,iPad用営業支援アプリの開発業務について業務委託契約(以下「本件契約」という。)を締結し,同年11月4日,原告は,被告に対し,本件契約に基づき前金として540万円(うち64万8000円については,原告が被告に対し有していた別件の業務委託契約(以下「別件業務委託契約」という。)に基づく代金請求権と相殺処理)を支払った。
本件は,原告が,被告に対し,主位的に①本件契約は原告と被告との合意により解除されたため被告は前金の利得について法律上の原因がないと主張して不当利得返還請求権に基づき,予備的に②被告が提出した中間成果物が検収条件を満たさない場合には前金を全額返還する旨の本件契約の定めに基づき,③本件契約が被告の履行遅滞又は履行不能により解除されたと主張して原状回復請求権に基づき,④本件契約が準委任契約であることを前提に,本件契約が被告の履行遅滞又は履行不能により解除されたと主張して損害賠償請求権に基づき,前金475万2000円及び別件業務委託契約に基づく代金64万8000円並びにこれらに対する本訴状送達の日の翌日である平成28年2月16日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実。なお,証拠を挙げていない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は,情報通信分野のソフトウェア受託開発等を業とする株式会社である。
イ 被告は,コンピュータシステムの開発等を業とする株式会社である。
ウ 富士ネットシステムズ株式会社(以下「富士ネット社」という。)は,コンピュータ並びに情報通信ネットワークシステムの開発,設計,構築,施工,保守,運用管理及びコンサルティング等を業とする株式会社である。
(2) 本件契約に至る経緯
ア 原告は,平成27年4月頃,ジャパン建材株式会社(以下「ジャパン建材」という。)のiPad用営業支援アプリの開発業務(以下「本件業務」という。)につき,富士ネット社との間で業務委託契約を締結した。
イ 原告は,本件業務を被告に再委託することを前提として,平成27年4月頃から,被告との間で本件業務に関し協議を重ねてきた。
(3) 本件契約
原告は,被告との間で,平成27年9月18日,本件業務について,概ね以下の約定で本件契約を締結した。
記
①代金(開発予算) 1000万円(税別)
②平成27年10月1日開発業務開始
③平成28年5月1日カットオーバー予定
④設計期間 平成27年10月1日から同年12月末日まで
⑤設計に関する取り決め
Ⅰ 画面設計を優先すること
Ⅱ 平成27年10月末日までに設計に関する一定の稼働が必要であること
(4) 本件契約に基づく前金540万円の支払と覚書の締結
ア 原告と被告は,平成27年10月30日,「開発業務委託における覚書」(甲2。以下「本件覚書」という。)を取り交わした。本件覚書の内容は,被告が同月末までに本件業務に関して具体的な成果をあげることができなかったにもかかわらず,原告が被告に対し開発費用として540万円(税込み。以下同じ。)を支払うとともに,被告が原告に対し下記の内容を遵守することとされていた。
① 被告は,平成27年11月末日までに本件業務の中間成果物を作成し,原告と平成27年12月以降の開発継続の可否について協議する。
② 被告は,①の開発期間にかかる中間成果物及び検収条件については平成27年11月6日までに原告と協議の上決定する。
③ ①の協議の結果,被告による開発継続が不可であった場合,前金540万円のうち未実施に当たる金員を精算し,原告に遅滞なく返金する。
④ ②の中間成果物が検収条件に満たなかった場合は,前金540万円全額を原告に遅滞なく返金する(以下「本件返金条項」という。)。
イ 原告は,平成27年11月4日,本件覚書に基づき,本件契約の代金のうち前金540万円の支払として,被告に対し,475万2000円を振込送金し,残金64万8000円については,原告が被告に対して有する別件業務委託契約の代金請求権と相殺処理(以下「本件相殺」という。)した。(甲3~5)
(5) 別件業務委託契約
ア 原告は,被告との間で,原告を受託者,被告を委託者として,下記の内容の別件業務委託契約を締結した。
記
①委託業務内容 サーバーエンド開発の技術支援
②業務期間 平成27年2月2日から同年2月27日まで
ただし,当月末までに一方からの中断の意思表示がない場合は,契約を1か月間自動更新するものとし,以後も同様とする。
③業務委託代金 月額64万8000円(税込み。以下同じ)
④支払条件 毎月末日締め翌月末日支払
イ 別件業務委託契約は,随時自動更新されてきたところ,原告は,平成27年9月1日から同月30日までの間,別件業務委託契約に基づく業務を行った。
ウ 本件相殺の時点で,原告が被告に対し平成27年9月末締分の業務委託代金として64万8000円の債権を有していたことについては当事者間に争いがない。
エ なお,原告は,平成27年12月1日から同月31日までの間,別件業務委託契約に基づく業務を行い同月末締分の業務委託料として7万2211円の債権を有していたが,被告は,原告に対し,平成28年1月29日,上記金額を支払った。
3 争点及び争点に関する当事者双方の主張
(1) 本件契約は平成27年12月4日に合意解除され,遡及的に効力を失ったか否か。
(原告の主張)
被告は,本件業務につき本件覚書に記載されたとおり業務を遂行することを誓約し,それを条件に前金として540万円の支払を受けたにもかかわらず,原告からの中間成果物及び検収条件の協議に関するメールに返信せず,中間成果物の納品期限である平成27年11月末日になっても要件定義資料,基本設計資料,Webに関しても何も資料を作成しておらず体制図すら作成していなかった。このような中で,平成27年12月4日,被告代表者であるB(以下「B」という。)が,富士ネット社で作業をしていた原告代表者のA(以下「A」という。)を事前連絡なく訪れたため,両者は面談をした。その際,Bは,Aに対し,本件業務の遂行を断念したいと申し入れ,Aも従前の経緯に照らし被告には本件業務の遂行は困難であると考え,Bの上記申入れを承諾し,もって,同日,本件契約は合意解除(以下「本件合意解除」という。)された。
そして,被告は,本件業務について何らの成果物を挙げることなく業務の遂行を断念し本件合意解除に至ったものであるから,本件合意解除は本件契約の効力を遡及的に失わせる趣旨であったというべきであり,被告は,原告に対し,実際に支払を受けた475万2000円及び本件合意解除により無効となった本件相殺に係る別件業務委託契約に基づく代金64万8000円の支払義務がある。
(被告の主張)
否認又は争う。
平成27年12月4日にBがAと富士ネット社で面談したことは認めるが,本件契約は原告と被告との間で合意解除されたものではなく,原告が被告の意思に反し一方的に解除したものである。また,原告被告間においては,共同で本件作業を行う中で,徐々に中間検収に関する検収条件を定め,被告は,原告との間で合意した検収条件を満たす中間成果物を提出しているのであり,原告が被告に対し540万円の返還を求める理由はない。
(2) 被告が原告に対し本件覚書に基づき定められた中間成果物及び検収条件に関する協議を行わず,本件業務に関し検収条件を満たす中間成果物を作成しなかったことにより,本件覚書による全額返金義務又は債務不履行責任を負うか。
(原告の主張)
ア 本件契約において被告は,平成27年10月末日までに設計に関する一定の稼働が必要であると取り決められていたところ,平成27年10月30日の時点で何らの成果をあげられておらず,被告の本件業務の開発メンバーには,Web担当者及びデータベース担当者もいない状態であった。
被告は,原告代表者Aからメールで度々問い合わせがあったにもかかわらず,本件覚書において定められた平成27年11月6日までに中間成果物及び検収条件に関する原告との協議を行わなかった。
その結果,被告は,提出期限である同年11月末日までに,検収条件を満たす要件定義資料,基本設計資料,Web,インフラ,クラウド選定に関わる資料及びAWS想定での構成資料等の中間成果物を提出しなかった。
イ このためAが作成したものが検収条件とみなされたが,被告が前記のとおり中間成果物を提出しなかったため,「中間成果物が検収条件に満たなかった場合」に該当し,被告は,原告に対し,本件全額返金条項に基づき,原告が被告に対し送金又は相殺により支払った前金540万円を返還する義務がある。なお,被告は,原告との間で検収条件について合意しておらず本件全額返金条項に基づく請求は前提を欠くかのような主張をするが,上記経過からすると被告の主張は信義則に反し許されない。
ウ また,上記の被告の行為は,本件契約の履行遅滞又は履行不能に該当するところ,原告は,被告に対し,平成27年12月4日の面談の席上,本件契約を解除する旨の意思表示をした。したがって,被告は,原告に対し,本件契約の債務不履行解除による原状回復請求権又は債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき前金540万円を支払う義務がある。
(被告の主張)
否認又は争う。
ア 本件覚書においては,平成27年11月6日までに検収条件について原告・被告間において協議のもと決定するとされているのみで,本件覚書にいう検収条件が定められた事実はなく,被告が作成した中間成果物が検収条件に満たなかった場合にも該当しないため,本件全額返金条項に基づく請求には理由がない。
イ 原告・被告間においては,共同で本件業務を行う中で,徐々に中間検収に関する検収条件を定めっていったが,そもそもソフトウェア開発においては,未確定事項が存在することは避けられないため,すべてを完了することは不可能である。そして,被告は,原告に対し,平成27年11月20日,同月27日にも本件業務に関する進捗を報告しており,これに対して原告から何も指摘を受けていない。
これを踏まえて,被告は,検収条件を満たす中間成果物として要件定義書,基本設計資料,プロジェクトファイル,画面遷移資料,API呼出し連携図,検証用仮想マシンを作成し原告に提出したのであり,被告に債務不履行はない。
第3 判断
1 認定事実
前提事実,証拠(後掲証拠のほか甲26,27,乙10,原告代表者,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。なお,この認定に反する証拠は,その限度で採用することができない。
(1) 原告と被告との関係性
ア 原告代表者のAと被告代表者のBは,旧知の間柄であったところ,平成22年頃から,原告は被告から種々の業務を受託するようになった。平成27年頃においては,原告は,被告を元請として兼松エレクトロニクスにおい2名体制で常駐作業をしており,そのうちの1名はAであり週3回程度の割合で作業していた。
イ また,原告に仕事の紹介がくることが増えたことに伴い,原告が受注した業務を被告に再委託する案件も出てくるようになった。そのような中で,原告は,被告に対し,本件契約のほかにもフードプラネット株式会社(以下「FP社」という。)のソフトウェアの開発業務を依頼した(以下「FP社の案件」という。)。FP社の案件は,本件業務と同様に富士ネット社が元請,原告が一事下請,被告が二次下請であり,その期限は平成27年6月末とされていた。
(2) 本件契約に至る経緯
ア 原告は,平成27年4月頃,元請である富士ネット社から本件業務を受注する内諾を得た。これを受けて,原告は,被告に対し,同年4月23日,本件業務の再委託を依頼し被告も了承した。
イ 平成27年5月頃,本件業務に関するキックオフミーティングを開催し,富士ネット社のC,原告のA,D,被告のB,E,F,富士ネット社が開発に関与するように指定したグミベトナム社のGが参加した。
席上,Bが被告のEとFが本件業務と同種システムの開発を受注した実績があると話したことから,被告が中心となって本件業務を行うこととなった。なお,実際には,同種システムの開発を受注したのは被告ではなく他社であり,その作業にEがヘルプとして多少作業した程度の経験しかなかった。
ウ 本件業務については,FP社の案件が平成27年6月末までに終了することを前提として,同月から開始する予定となっていたが,FP社の案件についてトラブルが頻発し,富士ネット社,原告及び被告も同案件にかかり切りの状態となった。
このため,本件業務については一旦作業を中止することとなっていたが,平成27年9月ころから,ジャパン建材との協議も再開され本件業務を進めることとなった。
エ 平成27年9月18日,富士ネット社のC,原告のA,被告のBが被告の事務所に集まって協議をし,同年10月から本件業務を本格的に始動することとして原告と被告は本件契約を締結した。
その際,Bが,代金の支払について2回払いで前金として500万円を支払うことを強く要請したため,C及びAもやむなくこれに応じることとし,同年10月末日に前金540万円を被告に支払うこととされた。
また,本件業務のスケジュール,作業内容,担当者については,Aが事前に作成した資料をもとに,C,A及びBで協議をし,協議結果を踏まえで適宜修正した。(甲14,15,乙3)
(3) 被告による本件業務の進捗状況と本件覚書の作成
ア 平成27年10月当時,Aは,開発が遅れていたFP社の案件のサポートのため富士ネット社に半常駐状態で作業をするなど多忙であったことから,本件業務については被告に任されていた。
イ しかし,Aが,業務の合間を縫って本件業務のリスクを洗い出し,原告及び被告共有のメーリングリストにメールを送信しても,被告の担当者からは何ら応答がなかった。このことに不安をもったAが,FP社の案件で同道した被告のEに,本件業務の進捗状況を尋ねたところ,被告も他業務のトラブルの対応をしていたため,本件業務を実施できていない状況であることが判明した。このような中で,Bは,Aに対し,同年10月下旬頃,Eのスキル不足のため本件業務の要件定義の担当者にHを追加したいと申し出た。
ウ Aは,本件業務について情報を共有するため,平成27年10月30日に被告の事務所で協議することとし,原告のA,D,被告のB,E,H,I,Jが参加した。
協議の結果,被告から,本件業務についてはこの1か月間何ら進捗がなかった旨の回答がされたため,Aは,Bに対し,同年11月以降の被告内部の体制と役割分担を明確にするよう求めた。併せて,Aは,被告に対し,富士ネット社内にある本件業務のためのセキュリティルームで作業すること,毎週金曜日に本件業務の進捗状況を報告すること,毎週木曜日の午前中に行っている定例会に参加することを要望した。
エ 同日の協議終了後,AはBと二人きりで話し合い,前金540万円を支払う代わりに,事前に作成した本件覚書と同趣旨の念書案(甲25)を渡し,Bに対し,文案の内容に異存がなければ押印するよう求めた。内容を確認したBは,Aに対し,①文書のタイトルを「念書」ではなく「覚書」にすること,②「当社は1ヶ月間,何ら開発に関わる作業を遂行しませんでした」とあるのを「当社は1ヶ月間,開発に関わる作業の成果を具体的にあげられませんでした」としてほしいと要望した。Aが上記修正に応じたため,Bは,本件覚書に被告の代表者として押印した。(甲2,被告代表者・13頁)
オ 原告から被告に対する本件契約に基づく前金540万円の支払は,平成27年10月末日となっていたが,元請である富士ネット社からの原告に対する送金が遅れた影響で,原告が,被告に対し,本件業務の前金を支払ったのは,同年11月4日となった。
その際,被告が原告に対し別件業務契約に基づく代金64万8000円を支払っていなかったことから,原告は,上記64万8000円と前記540万円と対当額で相殺(本件相殺)した後の残額である475万2000円を被告に振込送金した。(甲3,4)
(4) 平成27年11月中の本件業務の進捗状況
ア 被告は,同年11月6日までに,本件業務の中間成果物の検収条件について原告と協議することとされていた(本件覚書)ところ,被告は,原告に対し,同日まで何らの連絡もしなかった。
そこで,Aが,Bに対し,同日,「本日中に11月末日までの中間成果物のとりまとめをしたいと思う」旨のメールを送信し,その後さらに,Aが想定する中間成果物の検収条件を下記のとおり記載してメールで送信したが,Bからは同年11月9日になっても何らの返信もしなかった。(甲6)
記
① 要件定義資料
完了。機能要件,非機能要件を明示したもの。フォーマットは自由。
② 基本設計資料
完了。ただしモックのデバックに関する未決定箇所は,選択事項としてよい。フォーマットは自由。12月に詳細設計に入れること。
③ iPad
モック(デバッグ中であっても動作はすること。ジャパン建材と内容を確認したもの。)
プロジェクトファイル,バイナリ
④ 画面遷移の資料
フォーマットは自由。11月末時点での内容
⑤ Web
フォーマットは自由。11月末時点での内容
⑥ インフラ(ただしアプリ側で必要とされる箇所)
⑦ 検証用仮想マシンの配置と設計(11月末時点のもの)
⑧ クラウド選定に関わる資料(アプリ側で必要とされるクラウド側要件)
⑨ AWS想定での構成資料
イ Aは,Bから回答がなかったことから,同年11月9日,Aが想定した検収条件に被告が同意したものとみなす旨のメールを送信し,取り急ぎ基本設計書の見出しを作成するように依頼した。しかし,これに対し,Bを含む被告の担当者から異論が述べられたことはなかった。(甲6)
ウ Aは,被告の担当者のIの意見を踏まえて,本件業務の作業スケジュールを作成し進行の管理を図ったが,被告が本件業務に必要なエンジニアを十分にそろえることができず開発体制が整っていないこともあって,本件業務は予定通り進捗しなかった。
また,被告の担当者らは,平成27年10月30日の協議の際にAから要請があったにもかかわらず,富士ネット社内のセキュリティルームに常駐して作業をすることはなく,毎週金曜日の進捗状況の報告も怠るなど芳しくない業務状況であった。
富士ネット社のCは,Bに対し,同年11月16日,本件業務ついては「8割がた要件は定義されている認識」であり,これを元に設計に進むことに問題がないのではないかと指摘して被告の作業を促し,その上で,詳細設計が完了するなど開発作業が軌道に乗るまで富士ネット社のセキュリティルームに足を運び,Aと打ち合わせをしながら本件業務を進めるよう求める内容のメールを送信した。(乙2)
エ 平成27年11月19日,Aは,B及び被告担当者に対し,今週の進捗資料の提出を求めると共に,本件業務について何ら進捗状況が見えないことに対する苦言を呈する内容のメールを送付した。
その頃,被告の担当者のIは,Aに対し,基本設計書の項目について打ち合わせをしたいこと,作成途中のインフラ設計の見出(項目)を参考資料として送付する旨のメールを送信した。
これに対し,Aは,B及び被告担当者に対し,本件業務に関する中間成果物が同年11月6日の内容どおりに進捗しているか確認すると共に,基本設計書の項目は設計のスタートラインに立つための準備に過ぎず,現時点で項目ができていないということは基本設計自体をしていないとみなさざるを得ないこと,原告にメール等で進捗状況を報告できないのであれば,富士ネット社内のセキュリティルームに頻繁に足を運ぶように促すことを内容とするメールを送信した。(甲17,23)
オ 被告の担当者のEは,Aに対し,同月20日,今週の進捗状況として①各画面のレイアウトたたき台の作成(80%),画面遷移図の作成(90%),モック作成(90%),基本設計書作成と記載したメールを送信した。(乙7)
同様にEは,Aに対し,同月27日,今週の進捗状況として①各画面のレイアウトたたき台の作成(80%),画面遷移図の作成(90%),モック作成(60%),基本設計書作成(70%)と記載したメールを送信した。(乙8)
カ 被告は,平成27年11月末までに本件業務に係る成果物として,①要件定義書(乙3),②基本設計資料(乙4),③画面遷移書(甲13),④iPadに関するプロジェクトファイル,⑤API呼出し連携図(乙5),⑥インフラ設計の見出し(乙6)を作成し,⑧検証用仮想マシンの配置(以下,これらを「本件成果物」という。)を行った(乙10)。
しかし,①はAが作成したものであり(甲14,15,原告代表者・10頁),②及び③は被告の担当者のEが同月27日に作成途中のものとして,⑥についても被告の担当者のIが同月19日に作成途中のものとして,それぞれ原告に提出したものであった。また,⑧の検証用仮想マシンの設置は行われていたが,検証用仮想マシンとネットワークの設計は行われていなかった(甲27,乙8)。AがBに再三提出を求めた体制図も結局提出されなかった(被告代表者・19頁)。
(5) 平成27年12月1日の原告と被告との面談
ア 被告による本件業務の進捗状況は上記のとおり芳しくない状態であったところ,FP社の案件についてもシステムエラーが頻発しており,被告は,10月末の納期を守ることができなかった。同案件の納期については,同年11月末に延期されたが,被告のエンジニアに欠員が生じた関係で,本件業務の担当者であったEが急遽穴埋めをすることとなった。
イ このためBは,Aに対し,同年11月30日,FP社の案件について開発方針の転換を申し出た。これに対し,Aは,Bに対し,納期当日の開発方針の変更に不服を述べたものの,翌12月1日,富士ネット社の会議室において,富士ネット社のC,原告のA,被告のB,Iが協議を行った。その際,Bが行った提案には,前提状況や技術的な面で誤っている部分がある上,開発スケジュールも現実的ではなかったことから,C及びAは,Bの提案を受け入れることができなかった。
ウ 他方で,本件業務については,同日が中間成果物の納期であったことから,Aは,Bに対し,被告が本件業務を継続できるのであれば,直ちに中間成果物を納品するとともに開発体制について原告と協議するように求めた。(甲24)
(6) 平成27年12月4日の原告と被告との面談
ア Aが,同年12月4日,富士ネット社内において作業をしていたところ,事前の連絡なくBが富士ネット社を訪れAとの面談を申し入れた。そのため,原告のA,被告のB,E,Iで面談することとなった。なお,富士ネット社のCは,Bのこれまでの言動に不満を持ち,面談に同席しなかった。
イ 面談の冒頭,Bは,Aに対し,本件業務とFP社の案件について伝えたいことがあると切り出し,両案件について「やりきれない」と述べ,技術的な面でも追いつかず原告に迷惑をかけてしまいそうであり,「今回は違うところで線を引いて,終わりにしたい」,「Aさんに対しできないことをできると言ってしまったところがある」,「ほんとにこのまま突き進めてやったとして,ほんとにやりきれるっていうふうに思えない」と申し述べ,その場に居合わせたEもBの発言に同調した。
これに加えて,Bは,Aに対し,被告会社の経営状況が厳しいことを述べるとともに,「会社の限界」であり「いったんここで区切り」又は「ケリ」をつける旨申し述べて,被告自身の事業を整理することを示唆する発言をした。(甲29)
ウ Aは,Bの上記発言を富士ネット社のCに報告するために会議室を出た。Aから報告を受けたCは,被告が抜けた分を原告がリカバリーするように伝えた。
エ 会議室に戻ったAは,Bに対し,本件契約とFP社の案件について契約を終了させることは了解した旨伝えた。そして,Aは,被告から提出された本件成果物を確認した上で検収不合格と判定し,被告に対し前金540万円の返還を求める請求書を送る旨伝えた。(原告代表者・29頁,被告代表者・10頁)
(7) その後の経緯
ア 原告は,被告に対し,平成27年12月12日付けで,同月4日の打合時に本件業務について検収不合格としたこと,本件全額返金条項に基づき540万円を同月28日午後5時までに入金するよう求める書面(以下「本件請求書」という。)を送付した。(枝番を含む甲7)
イ 本件請求書の送付を受けたBは,Aに対し,同月30日,本件請求書の件について現在検討していること,支払期限が今月末であったが被告の財務状況は瀕死の状態で会社を存続するか否かを検討しており,直ちに支払ができない旨記載したメールを送付した。これに対しAは,振込金額が0円では被告の支払意思が確認できないので,同月31日までに何円でもいいので振込実績を作るように求めることなどを内容とするメールをBに返信した。しかし,被告からは,上記期限までに何らの支払もなかった。(甲8,弁論の全趣旨)
2 争点(1)(本件契約は平成27年12月4日に合意解除され,遡及的に効力を失ったか否か。)について
(1)ア 前記認定事実をふまえて,平成27年12月4日に本件契約が本件合意解除されたかという点について検討するに,これに先立つ前提状況としては,被告は,平成27年9月18日に本件契約を締結して同年10月から本件業務を開始し,同月末までに設計に関し一定の稼働を行うこととされていたにもかかわらず具体的な成果を挙げることができておらず,本来,原告から前金540万円の支払を拒まれてもしかたがない状況にあったと認められる(甲2,25)。
このような中で,被告は,原告に対し,本件契約の前金として540万円の支払を受ける代わりに,同年11月6日までに,原告と中間成果物の検収条件について協議して決定し,同月末日までに検収条件を満たす中間成果物の作成を厳守する旨約束したものである。
イ しかし,被告は,協議期限である11月6日までに原告に対し何らの連絡もしなかったものであるし,Aが作成した中間成果物の検収条件の想定(前記認定事実(4)ア①ないし⑨)に対しても,何らの返信もしなかったものである。そして,中間成果物の検収条件については,AがBに対し,同年11月9日に上記検収条件の想定に被告が同意したものとみなす旨を記載したメールを送信し,これに対しB及び被告の担当者等が異論を述べなかったことをもって,Aの上記想定を中間成果物の検収条件とすることに被告も黙示的に合意したと認めるのが相当である。しかるに,被告は,同年11月に至っても,本件業務に必要なエンジニアを十分にそろえるなど開発体制を整えることができず,Aから再三求められた富士ネット社内のセキュリティルームでの作業や本件業務の進捗状況の報告を怠るなど芳しくない業務状況にあり,同年11月末までに提出された本件成果物についても,基本設計資料,画面遷移及びインフラ設計の見出しは作成途中のものを提出し,要件定義書に至ってはAが作成したものを被告の中間成果物と称していたものであって,いずれも検収条件を満たさない不十分なものしか作成できていなかった。
ウ このような中で,同年12月4日の面談で,BがAに対し,作業が著しく滞っていたFP社の案件に加えて,本件業務ついて「やりきれない」と述べ,技術的な面でも追いつかず原告に迷惑をかけてしまいそうであり,「今回は違うところで線を引いて,終わりにしたい」と述べたことは前記認定のとおりである。そして,同日の時点で,被告がおかれた状況を踏まえ,Bの上記発言の趣旨を解釈すると,被告は,人的・物的にも本件業務を遂行しうる状況になく,実際に本件覚書に定められた条件を遵守できていなかったものであり,さらに経営状態も厳しく存続が危ぶまれていたものであって,Bは,被告の能力に照らし本件業務の遂行を断念する趣旨で上記発言をしたと認めることができる。そうすると,Bの上記発言は,被告からの原告に対する本件契約の解除の申出と認めるのが相当であり,これを受けたAが,元請である富士ネット社のCに状況を報告した上で,Bに対し本件契約を終了させることを了解した旨伝えた時点で,本件契約は原告と被告との合意により解除された(本件合意解除)と認めることができる。
(2) これに対し,被告は,本件合意解除の成立を否認し,Bもこれに沿うように同年12月4日のAとの面談の際に,本件契約の解除を申し出た事実はなく逆に本件事業の継続を申し出た旨の供述をするが,Bの供述内容は,曖昧な上に同日に録音された面談での発言内容と異なるものであるし(甲29),被告において同年12月4日以降に本件業務について稼働したことをうかがわせる事情がないこと(弁論の全趣旨)やAがBに対し被告が保持している本件業務の秘密情報について削除を求める旨のメールを送信し,これに対しBが異議を述べていないこと(甲8)とも符合せず採用することができない。
(3) 次に,本件解除により本件契約の効力が遡及的に失われたか検討するに,本件契約の目的は,1000万円の対価をもって所定の期間内にiPad用営業支援アプリを開発することを内容とするものであることは前記認定事実のとおりであり,同契約が準委任契約の性質をもつものではなく,仕事の完成を目的とする請負契約であることは明白である。
そして,原告は,被告に対し,平成27年10月末に本件契約について覚書を取り交わし,前金540万円を支払うこととした際,中間成果物が検収不合格となった場合には前金540万円全額を返金する旨の取り決めを(本件全額返金条項)をしていたものであり,このことは原告と被告との間では当然の前提となっていたというべきである。被告が原告に提出した本件成果物は,上記合意解除の際に検収不合格とされたものであることは前記認定のとおりであるが,これを前提に原告は被告に対し,上記合意解除後の同年12月12日付けで前金540万円の支払を求める本件請求書を送付し,これに対し,被告も同月末の支払期限の徒過を認めてその支払義務を否定せず,財務状況の悪化を理由に直ちに支払ができない旨回答しているものである(甲8)。
これらの事情からすると,原告と被告との間では本件合意解除により本件契約の効力を遡及的に失わせることを予定したと認められ,その結果,被告は原告から本件契約に基づき利得した金員を返還する義務を負うというべきである。
(4) これに対し,被告は,原告が主張するような内容で中間成果物の検収条件は定まっておらず,原告と被告が本件業務を共同して作業する中で検収条件が定まったのであり,被告が提出した本件成果物を検収不合格としたことが不当であるかのような主張をする。しかし,本件業務の中間成果物の検収条件は,AがBに対し平成27年11月6日付けで送付した想定をもって検収条件とすることに被告も黙示的に合意したことは前記認定のとおりであり,被告の前記主張は採用することができない。
このほか,被告は,本件成果物が検収条件に合致するものであることを縷々主張するが,上記のとおり定められた検収条件においては,同年11月末日の時点で要件定義資料及び基本設計については,完了していることが条件になっていたと認められるが(甲6,27,原告代表者),前記認定のとおり基本設計資料については作成途中のものであり,要件定義書に至ってはAが作成したものを中間成果物と称していたものであって,いずれにしても検収条件を満たすものではなく,前記認定判断を何ら左右しないというべきである。
(5) 以上によれば,本件合意解除により本件契約の効力が遡及的に失われたというべきであり,被告は,原告に対し,実際に支払を受けた475万2000円及び本件合意解除により当然に無効となった本件相殺に係る別件業務委託契約に基づく代金64万8000円の合計540万円及びこれに対する平成28年2月16日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。
3 結論
よって,原告の請求は理由があるから全部認容することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第25部
(裁判官 小西圭一)
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