「営業支援」に関する裁判例(101)平成21年 9月29日 東京地裁 平18(ワ)29941号 損害賠償請求事件
「営業支援」に関する裁判例(101)平成21年 9月29日 東京地裁 平18(ワ)29941号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成21年 9月29日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平18(ワ)29941号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2009WLJPCA09298013
要旨
◆株式を購入した原告らが、売り主又は当該株式に係る取引対象会社の代表者であった被告らに対して、被告らが取引対象会社の事業計画の達成可能性や顧客とのトラブルなど株式の客観的価値に関する事実を偽って株式を購入させたとして、詐欺又は錯誤を理由とする不当利得返還請求をするとともに、表明保証条項違反、説明義務違反又は詐欺による損害賠償を求めた事案において、事業計画や顧客とのトラブルなどに関する欺罔行為及び原告らの錯誤のいずれも否定し、表明保証条項違反等を理由とする損害賠償請求も棄却した事例
参照条文
民法95条
民法96条
民法415条
民法418条
民法703条
民法704条
民法709条
民法719条
民法722条
裁判年月日 平成21年 9月29日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平18(ワ)29941号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2009WLJPCA09298013
東京都千代田区〈以下省略〉
原告 株式会社ジャパン・ヘルスケア・システム
同代表者代表取締役 A
〈前略〉香港,中華人民共和国
原告 トライアンフ・センチュリー・インベストメント・リミテッド
同代表者 ビリオントレード・インターナショナル・リミテッド
同代表者 B
上記両名訴訟代理人弁護士 津田雄己
同 墳崎隆之
東京都新宿区〈以下省略〉
被告 株式会社BBH
同代表者代表取締役 C
東京都中野区〈以下省略〉
被告 Y1
上記両名訴訟代理人弁護士 押切謙德
同 鶴田六郎
同 浦勝則
同 三浦純
東京都中央区〈以下省略〉
被告 Y2
同訴訟代理人弁護士 飯塚俊則
同 莊美奈子
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 原告トライアンフ・センチュリー・インベストメント・リミテッドによる請求
(1) 主位的請求
ア 被告株式会社BBHは,原告トライアンフ・センチュリー・インベストメント・リミテッドに対し,2億7093万円及びこれに対する平成19年2月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 被告Y1は,原告トライアンフ・センチュリー・インベストメント・リミテッドに対し,7997万円及びこれに対する平成19年2月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
ウ 被告らは,原告トライアンフ・センチュリー・インベストメント・リミテッドに対し,連帯して6996万円及びこれに対する平成18年4月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 予備的請求
被告らは,原告トライアンフ・センチュリー・インベストメント・リミテッドに対し,連帯して4億2086万円及びこれに対する平成18年4月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告株式会社ジャパン・ヘルスケア・システムによる請求
被告らは,原告株式会社ジャパン・ヘルスケア・システムに対し,連帯して7205万1825円及びこれに対する,1948万円については平成18年4月21日から,100万円については同月28日から,197万6400円については同年6月23日から,525万円については同年6月30日から,34万5425円については同年11月13日から,4400万円については同年2月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
原告トライアンフ・センチュリー・インベストメント・リミテッド(以下「原告TRIUMPH」という。)は,被告株式会社BBH(従前の商号は株式会社ビジネスバンクコンサルティング(略称はBBC)であったが,平成19年7月1日に株式会社BBHと商号変更した。以下「被告BBH」という。)及び被告Y1(以下「被告Y1」という。)から,原告株式会社メディカルネットバンク(以下「MNB」という。)の株式を購入して,株式会社ジャパン・ヘルスケア・システム(以下「原告JHS」といい,原告TRIUMPHと併せて「原告ら」という。)に対して,同株式を売却し,その後,原告JHSは,MNB株式を保有する他の株主らから,発行されていたMNB株式をすべて購入した。
本件は,被告BBH,被告Y1及びMNBの代表取締役であった被告Y2(以下「被告Y2」といい,被告BBH及び被告Y1と併せて「被告ら」という。)が,MNB株式の売買価格に重大な影響を与える重要事実の存在を偽って原告TRIUMPHに同株式を購入させたなどとして,原告TRIUMPHが,被告BBH及び被告Y1に対して,詐欺又は錯誤を理由とする不当利得返還請求権に基づき,当該株式売買代金相当額及び遅延損害金の支払いを求める(前記「請求」1(1))とともに,原告らが,被告らに対して,被告BBHの表明保証条項違反又は被告らの説明義務違反若しくは詐欺を理由として,不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金及び遅延損害金の支払いを求めている(同1(2),(3),2)事案である。
1 争いのない事実等(証拠を掲記した事実以外の事実は,争いのない事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告ら
(ア) 原告JHSは,日本国内及び国外の会社,医療機関,福祉機関及び法人の株式又は持分の取得又は所有による当該会社等の事業活動の支援,支配及び管理等を目的とする株式会社であり,同社の代表取締役は,同社の設立以来,A(以下「A」という。)である。
(イ) 原告TRIUMPHは,有価証券投資・システム開発を目的とする香港の法人であり,その実質的な代表者は,Aである。
イ 被告ら
(ア) 被告BBHは,会計業務コンサルティング,株式公開コンサルティング等を目的とする株式会社であり,ジャスダック証券取引所に上場している。
(イ) 被告Y1は,平成13年3月30日以降,被告BBHの代表取締役であり,公認会計士であるとともに,平成16年11月29日から平成18年3月31日までの間,MNBの取締役であった。
(ウ) MNBは,平成17年1月17日に,テック情報株式会社(以下「テック情報」という。)より吸収分割され,テック情報の電子カルテ等の医療分野事業を承継した会社であり(当時の名称はテック情報メディカルソリューションズ株式会社であった。以下,当該名称を有していた時期も含めて「MNB」という。),コンピュータを用いたシステムの分析,設計,開発,保守及び販売等を目的とし,医療機関を中心的な顧客としていた。
被告Y2(以下「被告Y2」という。)は,平成17年1月17日から平成19年ころまでMNBの代表取締役であった。
(2) 被告BBH及び被告Y1から原告TRIUMPHに対するMNB株式の譲渡等
ア 原告TRIUMPHは,平成18年3月31日,被告BBHとの間でMNB株式2463株,被告Y1との間で同株式727株,D(以下「D」という。)との間で同株式636株を,いずれも1株当たり11万円で購入する旨をそれぞれ合意した(以下,原告TRIUMPHと被告BBHとの間の売買契約を「被告BBH株式譲渡契約」,原告TRIUMPHと被告Y1との間の売買契約を「被告Y1株式譲渡契約」といい,被告BBH株式譲渡契約と被告Y1株式譲渡契約を併せて「本件両契約」という。また,原告TRIUMPHとDとの間の売買契約を「D株式譲渡契約」という。)。
イ 被告BBH株式譲渡契約の契約書には,以下の内容の規定がある。
(ア) 表明保証(3条1項7号)
被告BBHは,原告TRIUMPHに対し,本契約締結日現在からクロージング日(平成18年4月17日)現在に至るまで,被告BBHの知り得る限り,MNBに関する,投資判断に影響を与えるような原告TRIUMPHに伝達していない情報を有していないことを表明し保証する(以下「本件表明保証条項」という。)。
(イ) 免責及び補償(第6条)
被告BBHは,原告TRIUMPH及び関連会社,及びそれらの役職員,並びにそれらの代理人,承継人又は譲受人に対して,本契約に規定された被告BBHの表明及び保証の違背,又は被告BBHによる本契約中の義務の違反若しくは不履行により又はこれに関連して生じるすべての損害,損失及び費用(合理的な弁護士報酬及び費用を含む。)を補償する(以下「本件補償条項」という。)。
ウ 原告TRIUMPHは,原告JHSとの間で,平成18年3月31日,本件両契約及びD株式譲渡契約により取得したMNB株式3826株を,売買代金4億2086万円で売却するとの合意をした。(以下「原告間株式譲渡契約」という。)。
エ 原告TRIUMPHは,平成18年4月14日,本件両契約及びD株式譲渡契約の対価として,被告BBHに対し2億7093万円,被告Y1に対し7997万円,Dに対し6996万円を支払った。
オ 原告JHSは,平成18年4月17日,Eとの間でMNB株式63株を1株当たり11万円で,Fとの間で同株式13株を1株当たり11万円で,Gとの間で同株式13株を1株当たり11万円で,Hとの間で同株式18株を1株当たり11万円で,Iとの間で同株式15株を1株当たり15万円で,Jとの間で同株式18株を1株当たり11万円で,Kとの間で同株式9株を1株当たり11万円で,Lとの間で同株式10株を1株当たり15万円で,Mとの間で同株式9株を1株当たり11万円で,それぞれ購入するとの合意をし,同月21日,各譲渡人に対して譲渡代金を支払った(以下「本件残余株式買収」という。)。
原告JHSは,本件両契約,D株式譲渡契約及び本件残余株式買収により,MNBの発行済み株式をすべて取得した。
カ 原告JHSは,平成18年5月15日,MNBとの間で,MNBを原告JHSの完全子会社とする株式交換契約を締結して,同年6月8日,株式交換を実施した(甲29,以下「本件株式交換」という。)。
2 争点
(原告TRIUMPHの請求)
(1) 原告TRIUMPHの不当利得返還請求について
ア 本件両契約の締結は,被告らの詐欺又は原告TRIUMPHの錯誤に基づくものか否か(争点(1))。
イ 原告TRIUMPHの不当利得返還請求に係る損失の有無(争点(2))
(2) 被告BBHは原告TRIUMPHに対し,本件表明保証条項に基づく責任を負うか否か(争点(3))。
(3) 被告らは原告TRIUMPHに対し,説明義務違反による債務不履行責任若しくは不法行為責任又は欺罔行為による不法行為責任を負うか否か(争点(4))。
(4) 原告TRIUMPHの被告BBHに対する表明保証条項に基づく補償請求及び被告らに対する不法行為等に基づく損害賠償請求に係る損害の有無(争点(5))
(原告JHSの請求)
(5) 被告BBHは原告JHSに対し,本件表明保証条項に基づく責任を負うか否か(争点(6))。
(6) 被告らは原告JHSに対し,説明義務違反又は欺罔行為による不法行為責任を負うか否か(争点(7))。
(7) 原告JHSの被告BBHに対する表明保証条項に基づく補償請求及び被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求に係る損害の有無(争点(8))
3 争点に関する当事者双方の主張
(原告TRIUMPHの請求について)
(1) 争点(1)(本件両契約の締結は,被告らの詐欺又は原告TRIUMPHの錯誤に基づくものか否か。)について
(原告TRIUMPHの主張)
以下のとおり,被告BBH及び被告Y1は,被告Y2との共謀に基づき,MNB株式の売買価格に重大な影響を与える重要事実が存在していたにもかかわらず,原告TRIUMPHの実質的な代表者であるAに対して,当該事実を開示せず又は当該事実について虚偽の事実を伝えたことにより,原告TRIUMPHは,MNBの客観的価値について誤信し,本件両契約を締結したものであるから,本件両契約は,被告らの詐欺又は原告TRIUMPHの錯誤に基づいて締結されたものである。
ア MNB株式の客観的価値に係る重要事実について
以下のとおり,MNBには,①MNBの事業計画の達成可能性,②MNBとその顧客との間のトラブル,③MNBの資金ショート,④日興アントファクトリーへの未払報酬という点について,MNB株式の客観的価値に係る重要事実が存在していた。
(ア) ①MNBの事業計画の達成可能性
a Aは,平成18年3月3日ころ,本件両契約の締結に先立って行ったMNBに対するデューディリジェンス(買収監査)において,被告Y2より,平成18年4月から平成23年3月までのMNBの事業計画(甲13,以下「本件事業計画」という。)の開示を受けたところ,本件事業計画においては,MNBの平成18年度(平成18年4月1日から平成19年3月31日まで)における売上高の見込みは,11億2671万6000円,売上原価及び販売管理費の見込みは,合計8億9203万9000円,営業利益の見込みは1億0147万8000円とされていた。
しかし,本件事業計画における売上見込みは,MNBが営業活動すら行っていなかった病院やMNBに対して発注がなされる可能性はなかった病院などについても,売上見込みとして計上するものであり,根拠のないものであった。
b また,後記(イ)のとおり,MNBにおいては,MNBとその顧客との間で生じていたトラブルに対応するため多額の費用が発生する見込みであったにもかかわらず,本件事業計画は,当該費用を計上していなかった。
そして,MNBは,平成18年度に,本件事業計画においては予定されていなかった1億4400万円(平成18年4月から同年7月にかけて原告JHSから9400万円,同年11月には株式会社ハルク(以下「ハルク」という。)から5000万円)を借り入れたにもかかわらず,MNBの同年度の業績は,本件事業計画における見込みを大きく下回り,売上高は4億6780万4000円,売上原価及び販売管理費は合計7億8302万5000円,営業損失は3億1522万1000円となったものである。
c 以上によれば,本件事業計画は,根拠なく作成された虚偽の事業計画であったというべきである。
(イ) ②MNBとその顧客との間のトラブル
本件両契約締結当時,MNBと同社の顧客である静岡赤十字病院,日本赤十字社和歌山医療センター及び済生会和歌山病院との間では,トラブルが発生しており,それらのトラブルに対応するための人件費が大幅に増加してMNBの財務を圧迫するという重要事実が存在していた。
a 静岡赤十字病院とのトラブル
テック情報は,静岡赤十字病院との間で,平成15年7月14日に,テック情報を売主,静岡赤十字病院を買主として,電子カルテシステム一式の売買契約を締結した。その後,MNBは,テック情報との間で平成17年1月17日付け業務委託契約を締結し,テック情報より,静岡赤十字病院の上記電子カルテシステムの導入に係る残作業の委託を受けた。
しかしながら,いずれの契約においても,代金額が一定額に定められていた一方で,電子カルテシステムに係る具体的な作業内容は決まっていなかったことから,静岡赤十字病院は,MNBに対して,同システムについての追加開発を行うよう要求し,MNBはこれに対応せざるを得なかった。そして,MNBは,平成18年2月初旬,静岡赤十字病院から電子カルテシステムの要件定義書に押印することを拒否された。これにより,MNBは,同病院からの追加要求に対応するために人員を増員せざるを得なくなったことから,同病院の電子カルテシステム開発の費用が増大し,どれだけの費用が発生するのか予測することができないというトラブルが発生していた。
このトラブルが,本件両契約締結当時に存在していたことは,被告Y2が作成した文書(甲53)において,「発行体の代表取締役としてJHSに対して,2005年9月頃より静岡日赤病院とトラブルが発生しており,赤字拡大が見込まれ,追加コストが見えない状況を私,Y2及びBBCのY1社長ともに認識しており,BBCのY1社長よりBBCの連結対象から発行体をはずしたいので,損をしないで売却して欲しいとの依頼を受けておりました。しかしながら,結果として,発行体の代表者として開示すべき情報を伝えることを怠りました。」と記載されていることからも明らかである。
b 日本赤十字社和歌山医療センターとのトラブル
テック情報は,日本赤十字社和歌山医療センターとの間で,テック情報を売主,日本赤十字社和歌山医療センターを買主として,電子カルテシステム一式の売買契約を締結した。その後,MNBは,テック情報との間で平成17年1月17日付け業務委託契約を締結し,日本赤十字社和歌山医療センターの上記電子カルテシステムの導入に係る残作業の委託を受けた。
しかしながら,日本赤十字社和歌山医療センターが,MNBに対し,追加作業を無償で行うよう要求を増加させていたことにより,MNBは,上記業務委託契約の時点では想定・認識していなかった追加作業を行わざるをえず,これにより,予定外の多額の費用が生じるとともに,多くのシステムの納入が遅れることになるというトラブルが発生していた。
c 済生会和歌山病院とのトラブル
テック情報は,済生会和歌山病院との間で,平成15年10月に,テック情報を売主,済生会和歌山病院を買主として,電子カルテシステム一式の売買契約を締結し,平成16年3月31日までに全システムを納入することで合意した。その後,MNBは,テック情報との間で平成17年1月17日付け業務委託契約を締結し,済生会和歌山病院の上記電子カルテシステムの導入に係る残作業の委託を受けた。
しかし,本件両契約締結時点においても,MNBから,同病院に対する細菌検査オーダ,輸血オーダ及びリスクマネジメントシステムについての納品が完了しておらず,MNBにおいてその対応のための追加費用が発生していたというトラブルが存在していた。
(ウ) ③MNBの資金ショート
MNBは,本件両契約締結時において,本件事業計画を達成するために,パッケージソフトの改善及び営業体制の整備という抜本的な改革のための資金や上記(イ)で主張したとおり顧客との間のトラブルに対応するための極めて多額の資金が必要であった。そして,MNBは,結果的には,原告JHS及びハルクから少なくとも1億4400万円を借り入れたにもかかわらず,MNBの資金ショートは解消されなかった。
原告JHSは,MNBの発行済み全株式を取得した後はMNBの完全親会社として資金を供給する必要があるのであるから,そのような多額の資金ショートが生じる可能性があったことは,MNB株式の客観的価値に重大な影響を与える重要事実であった。
なお,被告BBH及び被告Y1は,本件両契約締結後の平成18年5月末以降,テック情報による請負代金6300万円の不払いがあり,同額の資金ショートが生じたことについて,本件両契約締結時には予測できなかった旨を主張するが,テック情報による当該不払いは,上記のMNBと静岡赤十字病院との間のトラブルにより,MNBがテック情報との業務委託契約に基づく債務を履行しなかったことが原因であるから,本件両契約締結前に当然に予測できたものである。
(エ) ④日興アントファクトリーへの未払報酬
MNBは,株式会社日興アントファクトリー(以下「日興アントファクトリー」という。)との間で,平成18年2月1日,MNB株式の売却に係るアドバイザリー業務委託契約(以下「本件アドバイザリー契約」という。)を締結し,MNB株式の譲渡についての助言を受けていたところ,MNBが日興アントファクトリーに対して支払うべき同契約に基づく報酬1365万円は,支払日が同年4月28日であり,本件両契約締結時にはいまだ支払われていなかった(以下「本件未払報酬」という。)。当該事実は,運転資金難であったMNBの客観的価値に重大な影響を与える重要事実であった。
イ 被告Y2による重要事実についての欺罔行為
(ア) ①MNBの事業計画の達成可能性
上記アのとおり,本件事業計画は,根拠なく作成された虚偽の事業計画であるという重要事実が存在していた。
しかしながら,被告Y2は,MNBの買収を検討するデューディリジェンスを行う過程でAよりインタビューを受けた際,Aに対し,平成18年度の売上見込みは11億円程度である旨を述べ,既存客及び見込客からの売上が積み重なれば本件事業計画は達成可能である旨の虚偽の説明を行なった。
これにより,Aは,MNBと見込客との間で何らかの確約があるのではないかと判断するとともに,その他に特に本件事業計画の達成について問題となる事項も検出されなかっため,本件事業計画は達成可能であると考え,本件両契約を締結した。
(イ) ②MNBとその顧客との間のトラブル
上記アのとおり,MNBとその顧客である静岡赤十字病院,日本赤十字社和歌山医療センター及び済生会和歌山病院との間では,トラブルが発生しているという重要事実が存在していた。
しかしながら,Aは,MNBの買収を検討するデューディリジェンスを行う過程で,被告Y2に対してインタビューを行った際,被告Y2に対し,MNBと顧客との間のトラブルの有無を質問したところ,被告Y2は,大した問題ではなく,すぐに解決できる旨の虚偽の説明を行った。
そして,被告Y2からその他にMNBが顧客との間でトラブルを起こしていることを伺わせる資料等が開示されなかったことにより,Aは,MNBには顧客との間で大きなトラブルは存在しないと誤信して,本件両契約を締結した。
(ウ) ③MNBの資金ショート
上記アのとおり,MNBには1億4400万円以上の資金ショートが生じる可能性があったという重要事実が存在していた。
しかしながら,Aは,MNBの買収を検討するデューディリジェンスを行う過程で,被告Y2に対してインタビューを行った際,被告Y2に対し,MNBの運転資金として1年間でどれくらい資金がショートするのか質問したところ,被告Y2は,資金のショート額は,3000万から4000万円である旨の虚偽の説明を行った。
そして,被告Y2からその他にMNBが多額の資金を必要とする根拠となる資料等が開示されなかったため,Aは,MNBの資金ショートについて3000万から4000万円程度であると誤信して,本件両契約を締結したものである。
(エ) ④日興アントファクトリーへの未払報酬
上記アのとおり,MNBには本件未払報酬があったという重要事実が存在した。
被告Y2は,Aに対し,本件未払報酬を開示しなかったことにより,Aは,当該報酬の支払の必要性を認識することなく,本件両契約を締結した。
被告BBH及び被告Y1は,本件未払報酬が平成17年度の決算に計上されていることから,同報酬についての開示があったと主張するが,運転資金難であったMNBにとっては,決算上平成17年度に計上されたとしても,実際の支払が平成18年度に行われるのであれば,平成18年度の事業計画に影響を及ぼす事実として,開示されるべきである。
ウ 被告堀らによる欺罔行為についての共謀
被告Y1及び被告BBHは,自らの保有するMNB株式を売却するため,被告Y2及び日興アントファクトリーのN(以下「N」という。)を利用して交渉を行わせていたものであり,MNBの支配株主として,上記アで主張したとおりの重要事実を把握した上で,本件両契約締結に至る交渉内容についても,逐次報告を受けていたにもかかわらず,上記の重要事実をAに対して開示するように,被告Y2及びNに対して指示しなかったものである。
以上によれば,被告らの間で,Aを欺罔し,錯誤に陥らせてMNB株式を買い取らせるという明示又は黙示の共謀があったというべきである。
エ したがって,本件両契約は,いずれも被告らの詐欺により締結されたものであり,原告TRIUMPHは,被告BBHと被告Y1に対し,平成19年2月1日到達の本件訴状をもって本件両契約を取り消すとの意思表示をしたのであるから,本件両契約はいずれも無効である。
オ 原告TRIUMPHによるMNB株式の客観的価値についての錯誤
仮に本件両契約について詐欺による取消が認められない場合でも,原告TRIUMPHは,MNB株式の客観的価値についての錯誤に基づき本件両契約を締結したものであるから,本件両契約はいずれも無効である。
カ 重過失の抗弁に対する反論
(ア) 被告らは,仮に本件両契約について原告TRIUMPHの錯誤があったとしても,原告TRIUMPHには重過失があるから,民法95条ただし書により,本件両契約は錯誤無効とならない旨主張する。
しかしながら,デューディリジェンスは権利であって義務ではないから,それを実施するかどうか,実施した場合の内容,手続及び範囲等は,買収者が,取引の性質,当該発行会社の協力を得られる範囲や時間的制約等を考慮して自らの裁量で決めるものであるところ,Aは,被告BBH及び被告Y1から,実質的に2週間という極めて短期間しかデューディリジェンスの時間を与えられなかった中で,MNBの有する法的リスクやMNBの財務状況等を監査するため,MNBの計算書類,取引先との取引条件,その他の資料の開示を要求した上で検討し,また,上記のとおり,本件事業計画の達成の可否,顧客とのトラブルの有無,資金ショートの額などを含むMNBの法的リスク,財務状況等についてY2に対するインタビューの中で質問するなどして,問題がないことを確認したものである。
以上によれば,原告TRIUMPHは,できる限りの資料の検討及びインタビュー等を行ったものであるから,原告TRIUMPHが錯誤に陥ったことにつき重過失は存在しない。
(イ) また,被告らは,原告らに対して虚偽の情報を開示し,又は重要事実をあえて秘匿したものであり,原告TRIUMPHの錯誤について悪意であったから,仮に原告TRIUMPHに錯誤について重過失が認められるとしても,民法95条ただし書の適用はない。
キ したがって,本件両契約は,被告らの詐欺を理由とする取消し又は錯誤により,いずれも無効であるから,原告TRIUMPHは,被告BBHと被告Y1に対し,不当利得返還請求権を有するものである。
(被告BBH及び被告Y1の主張)
以下のとおり,原告が主張するようなMNB株式の客観的価値に係る重要事実は存在しなかったものである。また,仮にそれらの重要事実が存在したとしても,被告BBH及び被告Y1は,当該事実を認識しておらず,かつ,被告Y2がAに対してどのような説明を行っていたか認識していなかったから,被告Y2との間で欺罔行為についての共謀は存在しない。
ア 原告の主張する重要事実について
(ア) ①本件事業計画について
a 原告TRIUMPHは,本件事業計画について,根拠なく売上見込みが計上され,平成18年度の実際の業績は同計画の見込みを大きく下回ったことから,虚偽の事業計画であった旨主張する。
しかしながら,本件事業計画は,MNBの営業人員がそれぞれ受注の可能性を見極めて作成した翌期の受注売上見通しに基づくものであり,個別の受注予測の積み上げをもとに作成されたものであるから,十分な根拠を持って作成されたものである。
そして,本件事業計画における見込みと平成18年度の実際の実績が異なったことは確かであるが,本件事業計画における受注売上見通しはあくまで見通しにすぎず,同計画において売上が見込まれた各病院に実際に営業活動を行ったとしても,それが受注に結びつかなかった場合には,1案件あたり1億円から2億円もの売上が発生しないのであるから,結果として本件事業計画における見込みと実際の実績が異なったとしても,本件事業計画が虚偽であるということにはならない。
むしろ,MNBは,第3期(平成18年3月期)には,2億3131万1264円の当期損失を計上しており,従来の経営を続ければ,平成19年3月期の決算において利益を出すことは不可能であった。そうすると,MNBが本件事業計画を達成するためには,売上を伸ばすとともに,外注費を圧縮し,一般管理費を削減することが必要であった。しかしながら,原告JHSがMNBの経営を把握した後,テック情報が,平成18年5月に突如として,MNBに対する6300万円の請負代金の支払を停止し,かつ,原告JHSが,同年7月ころ,MNBに対する資金提供を拒絶してMNBの経営を放棄した。
したがって,原告JHS自らの経営の結果及び本件両契約締結後の事情により,本件事業計画が達成できなかったものであるから,同計画が虚偽であるとはいえない。
したがって,本件事業計画は,具体的根拠に基づかない虚偽のものではなかった。
b また,原告TRIUMPHは,本件事業計画において,静岡赤十字病院,和歌山医療センター及び済生会和歌山病院とのトラブルに対応するための多額の費用が計上されていないとも主張する。
しかしながら,静岡赤十字病院の案件に関する工数増加は,本件事業計画が作成された平成18年2月以降に明らかになったものである。そして,静岡赤十字病院,和歌山医療センター及び済生会和歌山病院との取引に係る平成18年4月から7月までの損失額は,それぞれ2391万9241円,1048万0247円,279万3638円の合計3719万3126円にすぎないのに対し,被告Y2は,Aに対して,静岡赤十字病院との取引に係る資金ショート額として3000万円から5000万円という金額を告知しているのであるから,当該トラブルの発生は,本件事業計画の未達成との関係において,開示すべき重要事実には該当しない。
(イ) ②MNBとその顧客との間のトラブルについて
原告TRIUMPHは,MNBとその顧客との間でトラブルが発生しており,それらに対応するための人件費が大幅に増加し,MNBの財務を圧迫するという重要事実が存在していたと主張するが,以下のとおり,当該重要事実は存在しなかったものである。
a 静岡赤十字病院との契約について
MNBは,静岡赤十字病院との間で,電子カルテシステムについて直接契約しておらず,同病院と契約したテック情報が,MNBに対して,同病院のシステムについての作業を業務委託しているにすぎないが,同病院におけるシステムは,平成18年4月には,トラブルもなく稼動している。したがって,本件両契約締結時に,MNBと同病院との間でトラブルが存在したことはない。
MNBが,その後,静岡赤十字病院からの追加開発要求に対応したため,開発費用が増大したことは確かであるが,MNBが同病院からの追加開発要求に従ったことによる作業については,同病院に対して費やした費用を請求すれば足りるのであるから,同病院のシステム開発案件に関して,MNBの財務が圧迫されるという事実は存在しなかった。
b 日本赤十字社和歌山医療センターとの契約について
MNBは,日本赤十字社和歌山医療センターとの間で,電子カルテシステムについて直接契約しておらず,同医療センターと契約したテック情報が,MNBに対して,同医療センターのシステムについての作業を業務委託しているにすぎないが,テック情報,被告BBH及びMNBとの間で,平成17年1月14日,テック情報と日本赤十字社和歌山医療センターとの間の電子カルテシステムの納入遅滞に係るトラブルについては,テック情報が責任をもって解決にあたり,MNBには一切迷惑をかけないものとする旨の合意を成立させた上で,MNBは,同年3月31日,テック情報から請け負った請負業務をすべて完了した。したがって,本件両契約締結時に,MNBと同医療センターとの間でトラブルが存在したことはない。
MNBは,その後に,日本赤十字社和歌山医療センターの関係で作業を行っていたことは確かであるが,当該作業は同医療センターとの間で新たに保守契約を締結した上で,有償で保守業務を行っていたものであるから,MNBと日本赤十字社和歌山医療センターとの間には,MNBが無償作業を継続しなければならないようなトラブルなど存在しなかった。
c 済生会和歌山病院との契約について
MNBは,済生会和歌山病院との間で,電子カルテシステムについて直接契約しておらず,同病院と契約したテック情報が,MNBに対して,同病院のシステムについての作業を業務委託しているにすぎないが,MNBは,平成17年3月31日,テック情報から請け負った請負業務をすべて完了した。したがって,本件両契約締結時に,MNBと同病院との間でトラブルが存在したことはない。
なお,原告TRIUMPHは本件両契約締結時に未納のシステムがあった旨主張するが,テック情報と済生会和歌山病院との間で明確な納品時期を合意していたわけではないので,未納のシステムがあったからといって,納品遅滞のトラブルがあったわけではない。
また,MNBは,その後,同病院との間で新たに保守契約を締結した上で,保守業務を有償で行っていたのであるから,MNBと済生会和歌山病院との間には,MNBが無償で作業を継続しなければならないようなトラブルは存在しなかった。
(ウ) ③MNBの資金ショートについて
原告TRIUMPHは,MNBには,本件両契約締結当時,少なくとも1億4400万円を借り入れても解消されない程,きわめて多額の資金ショートが生ずる可能性があったという重要事実が存在した旨主張する。
MNBにおいては,本件両契約が締結された後,結果的に9400万円の資金ショートが生じ,原告JHSから同額を借り入れたことは認める。
しかしながら,9400万円のうちの6300万円については,本件両契約締結後の平成18年5月末以降にテック情報がMNBに対する請負代金の支払を停止したことに起因するのであるから,本件両契約締結後の事情によるものである。
したがって,本件両契約締結当時に判明していた資金ショートの金額は多額でなく,原告の主張するような重要事実は存在しなかったものである。
(エ) ④日興アントファクトリーに対する本件未払報酬について
原告TRIUMPHは,本件両契約締結時に,本件未払報酬が存在したという重要事実が存在していた旨主張する。
本件未払報酬が存在したことは認める。
しかしながら,本件両契約は,被告BBH及び被告Y1がMNB株式を売却するという目的だけではなく,被告Y2がMNBの経営者としてMNBの事業を継続するための新たなスポンサーを探すという目的のため締結されたものであるから,MNBが,自らの経営戦略上の必要上,M&Aのアドバイザリー報酬を負担することは何ら不自然なことではなく,かつ,その報酬額も比較的低廉であったから,アドバイザリー報酬1365万円が未払いであったことは,MNBに対する投資判断に影響を与えるような重要な事実に該当するものではない。
また,被告Y2は,Aに対し,デューディリジェンスにおいて,本件未払費用が未払金として計上された平成17年度の賃借対照表を開示していた。
したがって,本件未払報酬は適切に開示されており,被告Y2による欺罔行為は存在しなかった。
イ 被告BBH及び被告Y1の共謀について
原告らは,被告BBH及び被告Y1が,上記重要事実を認識した上で,その保有するMNB株式を売却するために被告Y2及びNを利用し,同人らに対し,重要事実について開示を行わずに売却するよう明示又は黙示に指示していた旨主張する。
しかしながら,以下のとおり,被告BBH及び被告Y1は,当該重要事実を認識しておらず,かつ,被告Y2がAに対してどのような説明を行っていたかを知らなかったから,被告Y2との共謀は存在しない。
(ア) 被告BBH及び被告Y1の重要事実の認識の不存在
a ①本件事業計画について
被告BBH及び被告Y1は,本件両契約締結時には,被告BBHの連結予算策定のために提出を受けた事業計画を見たことがあるのみで,本件事業計画を見たことがなく,同事業計画を達成できないとは何ら認識していなかった。
b ②MNBとその顧客との間のトラブルについて
被告Y1は,被告BBHの代表取締役としてもっぱら被告BBHの経営を行っており,MNBの経営に実質的に関与したことはなかったことから,MNBとその顧客とのトラブル等の実務的な処理について詳細を知り得る状況にはなかった。
そして,被告BBH及び被告Y1は,MNBとテック情報との間で締結された平成17年11月1日付け業務委託契約書により,MNBがテック情報から請け負った業務の内容,代金の額及び支払日等が定められていたことから,その締結によって,顧客とのすべてのトラブルが解決したものと認識していた。
したがって,仮に原告の主張するような顧客とのトラブルが存在していたとしても,被告BBH及び被告Y1は,それらを認識していなかった。
c ③MNBの資金ショートについて
上記のとおり,9400万円の資金ショートのうち,6300万円については,本件両契約締結後である平成18年5月にテックが請負代金の支払を停止してきたことが原因であるから,被告BBH及び被告Y1は,本件両契約を締結した時点で,これを認識し得なかった。
d ④日興アントファクトリーに対する本件未払報酬について
本件アドバイザリー契約については,MNBが,新たにそのスポンサーを探求すること等を目的として契約したものであり,被告BBH及び被告Y1は,当該契約締結に何ら関与していなかったことから,当該契約の存在自体を認識していなかった。
したがって,被告BBH及び被告Y1は,日興アントファクトリーに対する報酬について何ら知らなかった。
(イ) 被告Y2との共謀の不存在
被告BBH及び被告Y1は,被告Y2及びNに対し,できる限り平成18年3月31日までにMNB株式の売却をして欲しいとの要請を行ったのみであって,被告Y2とNがAと直接交渉を行っており,被告BBH及び被告Y1は,当該交渉の間,被告Y2及びNから交渉内容について報告を受けたことはほとんどなかった。
また,被告BBH及び被告Y1は,被告Y2から,MNB株式の売却先がハルクであると当初は知らされており,被告BBHは,同月23日,MNB及びハルクとの間でMNB株式譲渡についての覚書を締結した。被告Y1は,同月29日に,MNB株式の売却先候補がモイス研究所株式会社(以下「モイス研究所」という。)に変わった旨を聞き,さらに同月31日には,原告TRIUMHPHが売却先となることを告げられるとともに,本件両契約の契約書案の開示を初めて受けた。
以上の経緯によれば,被告BBH及び被告Y1は,被告Y2が誰を相手にどのような交渉を行っていたのかについてほとんど知らず,MNB株式の譲渡先候補者に具体的にどのような資料や事実を開示し,又は開示していないといったことも知らなかった。
以上によれば,被告Y2と被告BBH及び被告Y1との間で原告に対する欺罔行為についての共謀は存在しない。
ウ 原告TRIUMPHの錯誤について
(ア) 原告TRIUMPHは,本件両契約は,原告TRIUMPHによるMNBの株式の客観的価値について錯誤があったから無効である旨主張する。
(イ) しかしながら,原告らが主張するMNB株式の客観的価値に係る重要事実は,MNB株式の売買についての動機に該当するところ,原告TRIUMPHは,被告らに対し,これらの動機について表示したことはないから,仮に原告TRIUMPHにこれらの事項について認識の誤りがあるとしても,当該誤りは,要素の錯誤に該当しない。
また,原告らは,最適化コンサルビジネスの医療分野への拡大を図っていた株式会社デュオシステムズ(以下「デュオシステムズ」という。)との統合を目的として,医療関係の顧客を持ち,大規模病院向けのソフトウェアを構築しているMNB株式を取得したが,原告らは,豊富な資金力を背景としていたことから,被告Y2との交渉において,MNBの資金繰り表の提供すら求めなかった。
そうすると,原告の主張するような事実が仮に存在したとしても,原告に要素の錯誤があったとはいえないというべきである。
エ 錯誤無効の主張に対する重過失の抗弁
Aが実質的な代表者を務める原告TRIUMPHは,本件両契約の締結に際し,本件事業計画の内容について検証しなかったことに加え,MNBが締結していた契約関係の書類の提出を求めないなど極めて杜撰かつ表層的な調査を行ったにすぎない。また,MNBの資金繰りに関し,被告Y2からの「3000万円から4000万円の資金ショートが出る。」との説明について,どのような理由で資金ショートが生ずるのか,どのように当該金額が算出されたかなどについて何ら質問せず,追加資料の提出も求めていない。次に,Aは,MNBとその顧客とのトラブルについて,被告Y2から顧客とのトラブルがあるとの回答を得ても,それ以上詳細に質問することなく,追加資料の提出も求めていない。さらに,Aは,交渉の場にいた日興アントファクトリーのNが何者かという確認すら行っておらず,本件アドバイザリー契約の開示要求も行っていない。
以上によれば,原告TRIUMPHは,社会上要求される調査義務を尽くせば容易に重要事実の存否を確認できたにもかかわらず,十分な調査を行うことなく,極めて安易に本件両契約を締結したものである。
したがって,仮に原告TRIUMPHの本件両契約締結に係る意思表示に要素の錯誤があったとしても,原告TRIUMPHには錯誤に陥ったことにつき重大な過失があるというべきであるから,民法95条ただし書により,原告TRIUMPHは,錯誤の主張をすることができない。
(2) 争点(2)(原告TRIUMPHの不当利得返還請求に係る損失の有無)について
(原告TRIUMPHの主張)
ア 原告らは,被告らの欺罔行為により,MNB株式の客観的価値に係る錯誤に陥り,本件両契約とともに,両契約と一連の取引である原告間株式譲渡契約を締結したものであるから,原告間株式譲渡契約は錯誤により締結されたものであり,無効である。
そうすると,原告TRIUMPHは,原告JHSに対して,原告間株式譲渡契約の売買代金である4億2086万円について不当利得返還債務を負っている。そして,原告TRIUMPHは,原告JHSから同額を支払うよう請求されているから,原告TRIUMPHには同額の損失が発生しているといえる。
イ 一方で,被告BBHは,被告BBH株式譲渡契約の売買代金として2億7093万円,被告Y1は,被告Y1株式譲渡契約の売買代金として7997万円を利得しており,これらはいずれも法律上の原因のない利得というべきである。
ウ したがって,原告TRIUMPHは,不当利得返還請求として,被告BBHに対し,2億7093万円及びこれに対する訴状送達日である平成19年2月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を,被告Y1に対し,7997万円及びこれに対する前同様の平成19年2月1日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める。
(被告BBH及び被告Y1の主張)
ア 原告TRIUMPHは,本件両契約により取得したMNB株式を,本件両契約の売買代金と同額で,原告JHSに売却した。
したがって,原告TRIUMPHには何ら損失が発生していない。
イ また,仮に原告らにMNBの株式の客観的価値についての錯誤があったとしても,MNBは,株主である原告JHSの株主総会の決議を経て,株式会社データプレイスに対し,本件訴訟の開始後である平成20年1月4日,その主力事業を譲渡している。
当該事業譲渡は,原告JHSが原告間株式譲渡契約につき錯誤事由があることを知った後に,実質的にはMNB株式の譲渡を行うものであるから,原告間株式譲渡契約について追認したものというべきである。したがって,原告間株式譲渡契約は錯誤無効とはならず,原告TRIUMPHは,原告JHSからMNB株式の売買代金を確定的に取得したということができるから,原告TRIUMPHには何ら損失が発生していない。
(3) 争点(3)(被告BBHは原告TRIUMPHに対し,本件表明保証条項に基づく責任を負うか否か。)について
(原告TRIUMPHの主張)
ア 被告BBHは,上記(1)の「原告TRIUMPHの主張」のとおり,MNB株式の客観的価値に係る重要事実について認識していながら,原告TRIUMPHにこれを開示していなかったのであるから,本件表明保証条項に違反しており,本件補償条項に基づく責任を負う。
イ 仮に被告BBHが,原告の主張する重要事実を認識していなかったとしても,被告BBHの代表取締役である被告Y1が,平成16年11月29日から本件両契約締結時である平成18年3月31日までの間,MNBの取締役であったこと,被告BBH及び被告Y1は,非公開の閉鎖会社であるMNBの議決権の3分の2超を保有する大株主であったこと,被告Y1は,当該重要事実を認識していた被告Y2及びNに対して,本件両契約の交渉に関する指示を出し,両者と連絡を取り合っていたことなどにかんがみれば,被告BBHは,当該重要事実を容易に知り得たから,本件表明保証条項に違反しているというべきである。
(被告BBHの主張)
ア 本件表明保証条項について
上記(1)の「被告BBH及び被告Y1の主張」において主張したとおり,被告BBHは,MNB株式の売却先が原告TRIUMPHである旨を,本件両契約締結当日の平成18年3月31日になって初めて聞くとともに,本件両契約の契約書案の開示を受けて,本件表明保証条項の存在を知った。
したがって,被告BBHは,MNBが,原告TRIUMPHに対して,その財務内容等に関し,どのような情報を提供したかを知ることなく,また,原告TRIUMPHにおいても,被告BBHが交渉経過について知らないことを承知した上で,本件両契約を締結した。
このような経緯や,本件表明保証条項において「売主はその知り得る限り,」と規定されていることに照らせば,原告TRIUMPHと被告BBHは,売投資判断に影響を与えるような情報が原告TRIUMPHに開示されなかったとしても,被告BBHにおいて,当該情報を知らなかった場合はもとより,当該情報が原告TRIUMPHに伝達されていないことを知らなかった場合にも,本件表明保証条項には違反せず,本件補償条項の責任を負わないと合意したものと解すべきである。
イ そして,上記(1)の「被告BBH及び被告Y1の主張」において主張したとおり,原告の主張する重要事実は存在しなかったのであるから,被告BBHは,本件表明保証条項に違反していない。
また,仮に原告の主張する重要事実が存在していたとしても,被告BBHは,上記(1)の「被告BBH及び被告Y1の主張」で主張したとおり,MNBの経営に実質的に関与したことはなかったから,当該事実を認識しておらず,かつ,原告TRIUMPHとの交渉に関与しておらず,MNBに関するどの程度の情報が原告TRIUMPHに対して伝達されたかを知らなかったのであるから,本件表明保証条項に違反しないというべきである。
ウ 原告TRIUMPHの重過失について
仮に被告BBHに本件表明保証条項違反があるとしても,買主に重過失があり,信義則上表明保証を行った売主に表明保証責任を負わせることができない場合には,当事者間の公平を実現するために,表明保証条項の効力が否定されると解すべきである。
そして,本件では,上記(1)の「被告BBH及び被告Y1の主張」において主張したとおり,原告TRIUMPHは通常のデューディリジェンスであれば当然行うべき調査を行っておらず,原告TRIUMPHに重過失があることは明らかなので,被告BBHによる本件表明保証条項違反の事実があったとしても,同条項は適用されないというべきである。
(4) 争点(4)(被告らは原告TRIUMPHに対し,説明義務違反による債務不履行責任若しくは不法行為責任又は欺罔行為による不法行為責任を負うか否か。)について
(原告TRIUMPHの主張)
ア 被告らによる説明義務違反
情報格差がある当事者間の売買においては,売主は,買主による売買を行うか否かの判断又は売買代金について影響を与える重要な情報を積極的に提供するとともに,できる限り適正な情報を開示すべき説明義務を信義則上当然に負うというべきである。したがって,本件でも,被告らは,原告TRIUMPHに対して,上記(1)の「原告TRIUMPHの主張」アのとおりの重要事実について説明義務を負っていたものである。
しかしながら,被告らは,原告TRIUMPHに対し,上記(1)で主張したとおり,MNBについて適正な情報を開示せず,故意に虚偽の説明を行ったものであるから,被告らは,原告TRIUMPHに対して,説明義務違反による債務不履行責任又は不法行為責任を連帯して負うというべきである。
イ 被告らによる詐欺
また,上記(1)の「原告TRIUMPHの主張」のとおり,被告らは共謀の上,原告TRIUMPHに対し,欺罔行為を行ったものであるから,被告らは,原告TRIUMPHに対して,詐欺による不法行為責任を連帯して負うというべきである。
(被告BBH及び被告Y1の主張)
ア 被告BBH及び被告Y1の説明義務違反について
(ア) 企業間の買収については,私的自治の原則が適用され,買収に関する契約を締結するに当たっての情報収集や分析は,契約当事者の責任において各自が行うべきものであり,情報の収集や分析が不十分であったことなどにより,契約当事者の一方が不利益を被ったとしても,当該不利益は当該当事者が自ら負担するのが原則であると解するのが相当である。したがって,企業買収において資本・業務提携等の契約が締結される場合,企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから,上記の原則が適用され,特段の事情がない限り,上記の原則を修正して相手方当事者に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないと解するのが相当である。
したがって,被告BBH及び被告Y1は,原告TRIUMPHに対し,MNB株式の売買に関し,MNBの財務内容その他の情報を提供する義務を負わないというべきである。
(イ) また,被告BBH及び被告Y1が仮に何らかの説明義務を負うとしても,上記(1)の「被告BBH及び被告Y1の主張」のとおり,原告の主張する重要事実は存在せず,被告BBH及び被告Y1は,当該重要事実の認識がなかったことに加え,本件両契約の締結に際し,被告Y2からAに対しどのような事項が説明されたかを知らなかったから,被告BBH及び被告Y1には,本件両契約の締結に当たり説明義務違反は存在しなかったというべきである。
イ 被告BBH及び被告Y1の詐欺について
上記(1)の「被告BBH及び被告Y1の主張」のとおり,原告の主張する重要事実は存在せず,被告BBH及び被告Y1は,当該重要事実の認識がなかったことに加え,被告Y2との共謀は存在しないから,原告の主張は理由がない。
(被告Y2の主張)
ア 説明義務違反について
被告Y2は,原告らによる買収対象企業であるMNBの代表取締役社長の立場にあったにすぎないのであるから,本件両契約の当事者であった原告TRIUMPH,被告BBH及び被告Y1から,何ら要請されていないにもかかわらず,MNBに関するすべての情報について,積極的に情報を開示して説明すべき義務を当然に負担するものではない。
そして,被告Y2は,被告Y1から,被告BBH及び被告Y1が保有するMNB株式の譲渡先を見付けるよう要請されて以降,被告Y1に対して随時その経緯を報告していた。そして,MNB株式の譲渡先候補となったAに対して,Aの要求するとおり,MNBに係る資料をすべて開示した。その結果,最終的に,原告TRIUMPHと被告BBH及び被告Y1との間で本件両契約が締結されたものである。
以上によれば,被告Y2には,原告TRIUMPHに対する説明義務の違反はない。
イ 原告の主張する重要事実について
仮に被告Y2が原告TRIUMPHに対して何らかの説明義務を負うとしても,以下のとおり,原告TRIUMPHの主張する重要事実は存在しなかったものである。
(ア) ①本件事業計画について
a 原告TRIUMPHは,本件事業計画は,根拠なく作成された虚偽の事業計画であったと主張する。
しかしながら,本件事業計画は,MNBの平成17年4月1日から平成18年3月31日までの期間における実績,MNBの営業担当者からの受注売上見通しに関する報告等の詳細な資料に基づくものであり,明確な根拠を有するものである。そして,被告Y2の営業努力により,現に,守口生野病院,萱嶋生野病院,共立湊病院等の各案件の受注売上実績があった。
そもそも,事業計画は,契約締結済み又は受注が確実であることを前提として作成されるものではなく,あくまで事業の目標を立てる目的で作成される予測であり,事業が計画どおりに行くか否かについて不確定要素があることは当然であるから,結果的に,本件事業計画が達成されなかったからといって,事業計画が虚偽であったということにはならない。
そして,本件事業計画は,Aが被告Y2に対して約束したMNBに対する資金援助や営業支援が約束どおりに実行され,被告Y2による営業が十分に行われていれば,達成可能であったにもかかわらず,原告JHSが,MNBに対する資金援助を平成18年7月以降中止し,被告Y2による十分なセールスができなかったことによって,同計画が達成できなくなったものである。
b また,原告TRIUMPHは,MNBとその顧客とのトラブルに係る費用が本件事業計画に反映されていない旨を主張する。
しかしながら,本件事業計画は,平成18年2月の時点で作成されたものであり,静岡赤十字病院との案件における赤字は,その時点ではいまだ判明しておらず,本件事業計画において考慮されていないのは当然である。
c したがって,本件事業計画は,根拠なく作成された虚偽のものではない。
(イ) ②MNBとその顧客との間のトラブルについて
原告TRIUMPHは,MNBとその顧客との間でトラブルが発生しており,これに対応するための人件費が大幅に増加し,MNBの財務を圧迫するという重要事実が存在していたと主張する。
MNBは,テック情報が静岡赤十字病院,日本赤十字社和歌山医療センター及び済生会和歌山病院との間で契約した電子カルテシステムに係る作業を下請けしていたが,MNBは,テック情報から請負った業務はすべて完了していた。したがって,本件両契約締結時に,MNBとこれらの病院との間で直接トラブルが存在したことはない。
なお,MNBとこれらの病院との間で,一時,作業内容についての見解の相違があり,MNBが,静岡赤十字病院,日本赤十字社和歌山医療センターに対して無償で業務を行っていたことは認める。
しかしながら,ソフト開発においては,発注した顧客とソフト開発を受注した者との間で,ソフト開発に関する作業内容に対する顧客の認識不足から,発注者と受注者との間で相互に認識の相違が生じることがしばしばあり,それ自体はトラブルではない。そして,MNBは,静岡赤十字病院に対しては,将来の営業政策上の観点からサービスとして業務を行い,日本赤十字社和歌山医療センターに対しては,保守サービスに付随したサービスとして業務を行っていたにすぎない。
そして,これらの病院との間では,平成18年9月末日までに作業は完了しており,それ以降,何らのトラブルも発生していない。
(ウ) ③MNBの資金ショートについて
原告TRIUMPHは,MNBには,本件両契約締結当時,少なくとも1億4400万円を借り入れても解消されない程,極めて多額の資金ショートが生じる可能性があったという重要事実が存在した旨主張する。
MNBは,本件両契約締結後に,原告JHSから6000万円,ハルクから5000万円の合計1億1000万円を借り入れたところ,そのうち6300万円については,本件両契約締結後にテック情報が請負代金の支払を停止したことに起因しているから,本件両契約締結当時予測し得た資金ショートは多額でない。
したがって,原告が主張するような重要事実は存在しなかった。
(エ) ④日興アントファクトリーへの本件未払報酬について
MNBに,本件両契約締結当時,本件未払報酬が存在したことは認める。
ウ 説明義務違反又は欺罔行為について
(ア) ①本件事業計画について
原告TRIUMPHは,被告Y2は,MNBの買収を検討するデューディリジェンスを行う過程でAよりインタビューを受けた際,Aに対し,平成18年度の売上見込みは11億円程度である旨を述べ,既存客及び見込客からの売上が積み重なれば本件事業計画は達成可能である旨の虚偽の説明を行なったと主張する。
被告Y2が,Aに対し,平成18年度の売上見込みは11億円程度である旨述べたことは認める。
しかしながら,Aは,本件事業計画の根拠となる書類等について何ら説明を求めたことはないことから,本件両契約締結に際して,本件事業計画の内容を重視しておらず,当該計画の内容を信用したことにより,本件両契約を締結したとはいえない。
(イ) ②MNBとその顧客とのトラブルについて
原告TRIUMPHは,Aは,MNBの買収を検討するデューディリジェンスを行う過程で,被告Y2に対してインタビューを行った際,被告Y2に対し,MNBと顧客との間のトラブルの有無を質問したところ,被告Y2は,大した問題ではなく,すぐに解決できる旨の虚偽の説明を行ったと主張する。
被告Y2は,デューディリジェンスの一環として,Aから正式なインタビューを受けたことはない。また,被告Y2がAに対し,MNBとその顧客との間のトラブルについて,大した問題ではなく,すぐに解決すると説明したことについて否認する。
Aは,Nから,MNBには顧客の病院とのトラブルがあることを聞いており,病院とのトラブルについて,被告Y2に確認したのに対し,被告Y2は,Aに対し,MNBは,静岡赤十字病院の案件で3000万円ないし5000万円の赤字になる可能性がある旨説明したものであり,被告Y2の説明により,Aは,静岡赤十字病院の案件が赤字になる可能性について認識していた。
したがって,被告Y2による説明義務違反及び欺罔行為は存在しなかったというべきである。
(ウ) ③MNBの資金ショートについて
原告TRIUMPHは,Aが,MNBの買収を検討するデューディリジェンスを行う過程で,被告Y2に対してインタビューを行った際,被告Y2に対し,MNBの運転資金として1年間でどれくらい資金がショートするのか質問したところ,被告Y2は,資金のショート額は,3000万から4000万円である旨の虚偽の説明を行ったと主張する。
被告Y2は,デューディリジェンスの一環としてAからの正式なインタビューを受けたことはない。また,平成18年度の資金ショートの額が3000万円ないし4000万円であると説明したことは否認する。
Aが,被告Y2との交渉に際して,MNBに対し,同社についての資料の開示をメールによって要求した際,同メールには,「資金調達の予定,使途」の記載の横に「(要らないです)」との記載があることからすれば,Aは,MNBに対し,MNBの資金調達の予定についての資料を要求しておらず,MNBの資金繰りについて関心を有していなかったものである。そして,被告Y2は,Aとの交渉において,Aが要求した資料をすべて提供した上で,Aとの個人的話合いの中で,Aに対し,MNBは,静岡赤十字病院の案件で3000万円ないし5000万円の赤字になる可能性がある旨説明した。
そうすると,被告Y2は,Aに対し,本件両契約締結に至る過程において,当時判明していた資金ショートの金額については,適切な事実を開示したものであり,Aは,専門家による本件デューディリジェンスを実施の上,3期分の決算報告書等を検討し,MNBの財務状況を十分認識した上で,法務上も財務上も問題がないと考え,本件両契約を締結したものである。
以上によれば,MNBの資金ショートについて,被告Y2による説明義務違反及び欺罔行為は存在しなかったというべきである。
(エ) ④日興アントファクトリーへの本件未払報酬
原告TRIUMPHは,被告Y2は,Aに対し,本件未払報酬の存在を,開示しなかったと主張するところ,被告Y2が,Aに対し,本件両契約締結前に,本件未払報酬の具体的金額の説明をしなかったことは認める。
しかしながら,原告TRIUMPHは,日興アントファクトリーがMNBに対するアドバイザリー業務を行っていたことを十分に認識していたうえ,本件未払報酬は平成17年度の債務として計上されていたのに,原告TRIUMPHは,被告Y2に対し,その報酬について何ら説明を求めることがなかったから,被告Y2はあえて説明することをしなかったものである。
そうすると,原告TRIUMPHは,本件未払報酬について承認した上で,本件両契約を締結しており,被告Y2による説明義務違反及び欺罔行為は存在しなかった。
(オ) なお,原告らは,被告Y2作成の文書(甲53)を,被告Y2が原告らに対して欺罔行為を行ったことの根拠として提出する。
しかしながら,同文書は,被告Y2がAから呼び出され,威圧的な雰囲気の中で作成を強要されたことから,被告Y2において,静岡赤十字病院の案件での赤字に伴う道義的な結果責任に対する謝罪の意味で,署名し,拇印を押したにすぎないものであり,被告Y2が,任意に作成したものではない。
(5) 争点(5)(原告TRIUMPHの被告BBHに対する表明保証条項に基づく補償請求及び被告らに対する不法行為等に基づく損害賠償請求に係る損害の有無)について
(原告TRIUMPHの主張)
ア D株式譲渡契約に関する損害賠償請求
被告BBHは,原告TRIUMPHに対して,被告BBH株式譲渡契約における本件補償条項に基づき,本件表明保証条項違反により又はこれに関連して生じる原告TRIUMPHが被ったすべての損害,損失及び費用(合理的な弁護士報酬及び費用を含む)を補償する義務を負っている。また,被告らは,説明義務違反ないし欺罔行為による債務不履行又は不法行為に基づき,原告TRIUMPHが被った損害を賠償する義務を負っている。
そして,原告TRIUMPHは,上記(2)の「原告TRIUMPHの主張」のとおり,被告らの行為によってMNBの客観的価値について誤信したことにより,MNBを買収して完全子会社にすることを決定し,本件両契約と同時に,前記「争いのない事実等」(2)のとおり,DからMNB株式636株を合計6996万円で買い受けたのであるから,D株式譲渡契約の売買代金額は,被告BBHによる表明保証条項違反又は被告らの説明義務違反若しくは欺罔行為の債務不履行又は不法行為によって生じた損害というべきである。
イ 被告BBH及び被告Y1に対する予備的請求
仮に,上記(1)及び(2)の「原告TRIUMPHの主張」の原告TRIUMPHの被告BBH及び被告Y1に対する不当利得返還請求及び上記アのD株式譲渡契約に関する損害賠償請求が認められないとしても,被告らは,原告TRIUMPHに対し,被告BBHの表明保証条項違反又は被告らの説明義務違反若しくは欺罔行為の債務不履行又は不法行為に基づき,原告間株式譲渡契約の売買代金である4億2086万円の損害賠償義務を負っている。
ウ よって,原告TRIUMPHは,被告らに対し,6996万円,これに対する平成18年4月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求めるとともに,被告らに対する予備的請求として,4億2086万円及びこれに対する前同様の遅延損害金を連帯して支払うよう求める。
(被告BBH及び被告Y1の主張)
ア 上記(2)の「被告BBH及び被告Y1の主張」のとおり,原告TRIUMPHは,D株式譲渡契約により取得したMNB株式を同契約における売買代金と同額で,原告JHSに売却したのであるから,原告TRIUMPHには何ら損害が発生していない。
また,上記(2)の「被告BBH及び被告Y1の主張」のとおり,原告JHSが原告間株式譲渡契約を追認したことにより,原告TRIUMPHは,D株式譲渡契約により取得したMNB株式を含む原告間株式譲渡契約の売買代金相当額を確定的に取得したものであるから,原告TRIUMPHには,何ら損害が発生していない。
イ 仮に原告TRIUMPHにD株式譲渡契約の売買代金相当額の損害が発生していたとしても,原告TRIUMPHとDは,自らの意思に基づき同契約を締結したのであり,被告BBHと被告Y1が当該契約を締結するように働きかけたことなど一切ないから,被告BBH及び被告Y1の行為とD株式譲渡契約との間に因果関係は認められない。
(被告Y2の主張)
ア 原告TRIUMPHは,本件両契約により取得したMNB株式を,本件両契約の売買代金と同額で,原告JHSに売却しており,Dから購入したMNB株式についても,その売買代金と同額で,原告JHSに対して売却しているのであるから,原告TRIUMPHには,何らの損害も発生していない。
イ また,原告間株式譲渡契約は,原告TRIUMPHと原告JHSとの間の自由な意思による合意に基づくものであり,被告Y2が当該契約に関与したことはない。したがって,仮に,原告TRIUMPHに損害が認められたとしても,被告Y2は,原告TRIUMPHの当該損害について予見しておらず,かつ予見することもできなかったことから,被告Y2の行為と当該損害との間に相当因果関係は認められない。
ウ 過失相殺について
仮に,被告Y2に不法行為に基づく損害賠償責任が認められるとしても,AによるMNB株式買収の際のデューディリジェンスは著しく不十分なものであり,Aから被告Y2に対し,原告TRIUMPHの主張する上記重要事項について何ら説明を求めていないのであるから,被告Y2の責任の免除又は過失相殺がされるべきである。
(原告JHSの請求について)
(6) 争点(6)(被告BBHは原告JHSに対し,本件表明保証条項に基づく責任を負うか否か。)について
(原告JHSの主張)
上記(3)の「原告TRIUMPHの主張」のとおり。
(被告BBHの主張)
上記(3)の「被告BBH及び被告Y1の主張」のとおり。
(7) 争点(7)(被告らは原告JHSに対し,説明義務違反又は欺罔行為による不法行為責任を負うか否か。)について
(原告JHSの主張)
上記(4)の「原告TRIUMPHの主張」のとおり。
(被告BBH及び被告Y1の主張)
上記(4)の「被告BBH及び被告Y1の主張」のとおり。
(被告Y2の主張)
上記(4)の「被告Y2の主張」のとおり。
(8) 争点(8)(原告JHSの被告BBHに対する表明保証条項に基づく補償請求及び被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求に係る損害の有無)について
(原告JHSの主張)
ア 本件残余株式買収における売買代金相当額1948万円
原告JHSは,上記(1)の「原告TRIUMPHの主張」のとおりの被告らの欺罔行為等により,MNBについて,成長の見込みが高く,MNBの買収によって,原告JHSの顧客が拡大し,原告JHSとデュオシステムズとの統合に多大なシナジーをもたらすことが見込まれると信じた。これにより,原告JHSは,MNBを原告JHSの完全子会社にするため,原告間株式譲渡契約後に,前記「争いのない事実等」(2)オのとおり,平成18年4月17日,本件残余株式買収により残りの発行済みMNB株式をすべて買い受け,同月21日,売買代金として合計1948万円を支払った。
そうすると,同売買代金相当額は,被告らの欺罔行為等により原告JHSが被った損害というべきである。
イ MNBの買収に要した費用合計362万5000円
原告JHSは,上記アで主張したとおり,被告らの欺罔行為等により,MNB株式を購入したところ,原告JHSは,MNBを買収するために,平成18年4月28日にO(以下「O」という。)に対し,紹介料100万円,同年6月30日に株式会社パートナーズ・コンサルティングに対し,本件株式交換に係る株式交換比率算定費用の262万5000円をそれぞれ支払った。
原告JHSによるこれらの支出は,いずれも被告らの欺罔行為等により原告JHSが被った損害というべきである。
ウ デュオシステムズとの統合のためのデット・エクイティ・スワップを行うために要した費用合計494万6825円
原告JHSは,MNBの買収費用とするために他から借入れを行ったところ,原告JHSがデュオシステムズと統合するに当たって,当該借入債務を消滅させる必要があったことから,その貸主が当該貸金債権を原告JHSに現物出資し,これに対し,原告JHSがその貸主に対して株式を発行するデット・エクイティ・スワップ(以下「DES」という。)を行うこととした。そこで,原告JHSは,募集株式発行等に係る費用として,司法書士法人池袋法務事務所に対して,平成18年6月23日に197万6400円,同年11月13日に34万5425円をそれぞれ支払い,株式会社パートナーズ・コンサルティングに対し,DESの際に原告JHSが発行すべき株式数の算定に係る費用として,同年6月30日に262万5000円を支払った。しかし,原告JHSがMNBを買収した後,MNBについての問題点が発覚したことから,デュオシステムズは,原告JHSとの統合を撤回した。
したがって,原告JHSは,被告らの欺罔行為等がなければ,そもそもMNBの買収を行い,DESなどのデュオシステムズとの統合に向けた準備行為を行うことはなかったのであるから,原告JHSのこれらの支出はいずれも被告らの欺罔行為等により被った損害というべきである。
エ 本件訴訟の弁護士費用4400万円
原告JHSは,原告TRIUMPHの本件訴訟に係る弁護士費用も負担した。そして,原告らの本件訴訟に係る弁護士費用は,4400万円を下らない。
オ 以上より,原告JHSは,被告らに対して,連帯して7205万1825円及びこれに対する,1948万円については平成18年4月21日から,100万円については同月28日から,197万6400円については同年6月23日から,525万円については同月30日から,34万5425円については同年11月13日から,4400万円については訴状送達日である平成19年2月1日から,それぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
(被告BBH及び被告Y1の主張)
ア 本件残余株式買収における売買代金相当額1948万円について
被告BBH及び被告Y1は,本件両契約締結当時に,原告JHSが,他のMNB株式を保有する者から同株式を取得する予定であったことを聞いたことはないから,原告JHSが他の株主からMNB株式を取得することを予見できなかった。
したがって,被告BBH及び被告Y1の行為と本件残余株式買収における売買代金相当額との間には因果関係が認められない。
イ MNBの買収に要した費用合計362万5000円について
原告JHSが損害として主張する,原告JHSからOに対して支払われた紹介料については,Oからの請求書上,「経営指導料」と記載されており,そもそもMNBの紹介料であるかも不明確である。また,原告JHSとOとの間の経営指導料支払に関する合意の成立時期も不明確であるところ,被告BBH及び被告Y1が当該合意をするよう働きかけたこともない。さらに,被告BBH及び被告Y1は,本件両契約締結当時,原告JHSがOに対してかかる指導料を支払うこととなっていたことなど聞いたことはなく,予見することはできなかった。
また,被告BBH及び被告Y1は,本件両契約締結当時,原告JHSが本件株式交換を実施する予定であったことを聞いたことはなく,これを予見することはできなかった。
したがって,被告BBH及び被告Y1の行為と原告JHSがMNBの買収に要した費用との間には因果関係が認められない。
ウ デュオシステムズとの統合のためのDESを行うために要した費用合計494万6825円について
ある会社の議決権の3分の2以上を取得して当該会社を子会社化した会社が,当該会社を完全子会社化すべき株式を買い進めることは極めて例外的な行為である。また,被告BBH及び被告Y1は,本件株式譲渡当時,原告JHSが将来デュオシステムズと統合予定であったことやDESを実施する予定であったことを聞いたことはなく,それらを予見することは不可能であった。
したがって,被告BBH及び被告Y1の行為と原告JHSが行ったデュオシステムズとの統合のためのDESを行うために要した費用との間に因果関係は認められない。
エ 弁護士費用について
原告JHSに係る弁護士費用は自らが負担すべきものであり,原告JHSが原告TRIUMPHに係る弁護士費用を負担したとしても,当該費用を被告らに請求するのは失当である。
(被告Y2の主張)
ア(ア) 仮に原告JHSに損害が発生したとしても,被告Y2は,本件両契約締結当時に,Aから,MNBを完全子会社化する予定であることを聞いたことはないから,原告JHSがその他の株主からMNB株式を取得することを予見できなかった。
したがって,被告Y2の行為と本件残余株式買収における売買代金相当額との間には因果関係が認められない。
(イ) また,被告Y2は,本件両契約締結当時に,原告JHSがOからMNBの紹介を受けて100万円を支払ったことや,株式会社パートナーズ・コンサルティングに対して株式交換比率算定を依頼すること,更にはデュオシステムズとの統合について何ら認識しておらず,したがって,これらの損害を予見していなかったし,かつ,予見することはできなかったから,被告Y2の行為とこれらに関する原告JHSの損害との間に因果関係は認められない。
(ウ) 弁護士費用については争う。
イ 過失相殺
上記(5)の「被告Y2の主張」のとおり。
第3 争点に対する判断
1 事実認定
前記「争いのない事実等」,後掲する証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実を認めることができ,同認定を左右する証拠はない。
(1)ア 被告BBHは,平成16年11月29日,テック情報との間で,MNBの株式2463株を一株当たり11万円で平成17年1月17日付けで譲り受ける旨の株式譲渡契約を締結した。
イ 被告Y1は,平成16年11月29日,MNBの取締役に就任した(乙イ11)。
また,被告Y2は,被告Y1からの招聘を受けて,同日,MNBの代表取締役に就任するとともに(乙ロ23),MNB株式を取得した。
ウ 被告Y1は,MNBの取締役に就任後,毎月一度,MNBの営業会議に出席し,重要な報告事項,月次売上及び翌月以降の営業予定の報告を受けた(乙イ11)。
被告BBHからMNBに対して,被告BBHの従業員であるP(以下「P」という。)及びQ(以下「Q」という。)が出向し,Pは,MNBの管理部マネージャーとして契約内容の確認等を行い,Qは,MNBにおける総務,経理の業務を行っていた(乙イ11,乙ロ23)。
(2) 被告Y1は,被告BBHとMNBの業務内容の質的相違から業務の相乗効果が期待できなくなったなどと考えて,被告Y2に対し,平成17年8月ころ,被告BBH及び被告Y1が保有するMNB株式の売却先を見付けることや,他の法人と資本提携するなど,MNBの事業を譲渡するためにあらゆる可能性を検討するよう要請した(乙イ11,乙ロ23,被告Y2本人)。
被告Y2は,これを受けて,医療系システムベンダー及びベンチャーキャピタルを中心にMNB株式の売却先を探したが,平成17年のうちには,売却先が見付からなかった(甲52)。
(3)ア 被告Y1は,被告Y2に対し,平成18年1月初めころ,被告BBH及び被告Y1が保有するMNB株式について,同被告らの取得価格である一株当たり11万円以上で売却することのできる売却先を見付けるよう強く要請した(甲52)。
被告BBHは,そのころ,MNBに派遣していたP及びQをMNBの業務から引き上げさせるとともに,MNBに対して行っていた資金の供給を停止した(甲52)。
イ 被告Y2は,被告Y1から上記要請を受けたことから,日興アントファクトリーのNに対し,MNB株式の売却先を見付けるよう依頼したところ,Nが同株式売却先の候補企業を実際に見付けてきたことから,MNBは,日興アントファクトリーとの間で,平成18年2月1日,本件アドバイザリー契約を締結した(甲51,乙ロ23)。
なお,本件アドバイザリー契約においては,株式売却等の対象会社として,モイス研究所,ハルク,三菱商事株式会社あるいはその他MNBとM&Aを前提に交渉する会社又は団体等と規定されていた(甲51)。
ウ Nは,被告Y2に対し,本件アドバイザリー契約の締結に際して,MNBに係るトラブル等の重要な事実は買主に報告し,買主からヒアリングがあった場合には,それらを開示するよう助言をした(甲52,被告Y2本人)。
(4) 原告JHSは,デュオシステムズから,医療ビジネス分野に対する投資を検討している旨の申入れを受けて,平成17年12月8日,同社からの出資を受けた。その後,デュオシステムズは,原告JHSに対し,平成18年1月ころ,デュオシステムズの本業である最適化コンサルビジネスを医療分野の領域に拡大させるため,医療系システム会社であるモイス研究所及び原告JHSとの統合を検討したい旨を申し入れた上で,原告JHSとデュオシステムズが統合するための条件として,原告JHSが医療系システムビジネスに関連する会社に投資して,統合の相乗効果を高めることを条件としたことから,原告JHSは,医療系システムビジネスへの投資を行うこととした(甲91)。
Aは,Oに対し,平成18年1月ころ,このような事情を説明したところ,OからMNBを買収する話がAの下に持ち込まれた(甲91)。そして,デュオシステムズから,原告JHSがMNBを買収するのであれば,デュオシステムズが原告JHSと統合することが可能であるとの内諾を得たことから,Aは,被告Y2にMNBの買収を打診し,MNB株式の購入について検討を始めた(甲91)。
(5)ア Aと,被告BBH及び被告Y1からMNB株式の売却についての交渉をゆだねられた被告Y2及びNは,その交渉を開始した。両者の交渉においては,被告Y2から被告Y1に対して,重要な事項のみが報告され,逐一Aとの交渉経過が報告されることはなかった(被告Y2本人)。
イ Aは,被告Y2に対し,平成18年2月28日,以下のとおりMNBに係る資料の開示を要求する旨のメールを送信した(甲12)。Aは,そのメールにおいて,開示を求める「営業の仕組及び流れに関する説明書」との文言の横に「(会社概要でかまいません)」,「資金調達の予定,使途」との文言の横に「(要らないです)」との記載を加えた(原告JHS代表者)。なお,その後,Aが被告Y2に対し,MNBに関する資料について開示を求めたことはない(原告JHS代表者)。
(ア) 決算書類
年次財務諸表(過去5年分)
月次財務諸表(今期,前期)
事業形態別の売上,粗利益,営業利益等の実績,計画
ビジネスプラン
事業計画(予想BS,PL,売上,利益の推移)
(イ) 事業
営業状況,市場状況等
営業の仕組及び流れに関する説明書(会社概要でかまいません)
競合他社比のMNBの強み,弱み
(ウ) 他の必要書類
定款
謄本
株式名簿
過去の増資の概要(株価,株数,割当先)
資本政策
株価算定書
上場計画・スケジュール(要らないです)
経営陣経歴
組織図,部署部門別社員数
会社沿革
取引先一覧,取引条件
銀行取引状況(借入先残高,期限,金利条件,担保設定状況等)
資金調達の予定,使途(要らないです)
ウ Aは,平成18年3月3日,Nから,本件事業計画,年次財務諸表,月次財務諸表,セグメント別損益状況,会社説明資料,定款,平成18年2月22日付けの現在事項全部証明書,株主名簿,増資の概要,役員経歴書,組織図,部門別役員・従業員推移,会社沿革,取引先一覧及び借入金明細の開示を受けた(甲91,原告JHS代表者)。
Aや原告JHSの従業員であるR(以下「R」という。)ら及び原告JHSが依頼した公認会計士は,これらのMNBから開示を受けた資料を検討したが,MNBに関して特段の問題点は見付からなかった(甲91,原告JHS代表者)。
エ Aは,Nから,「MNBに顧客とのトラブル案件があるようなので,これについてMNBに対し直接ヒアリングをするのがよい。」旨を助言をされた(甲52,原告JHS代表者)ことから,平成18年3月,被告Y2に対し,MNBには顧客とのトラブルが存在するか否かを質問したところ,被告Y2は,「大きな問題ではない,すぐに解決する。」旨の説明をした(甲91,原告JHS代表者)。
また,Aが被告Y2に対し,MNBにおいて平成18年度にどの程度の資金ショートが発生するのかを質問したところ,被告Y2は,「3000万円ないし4000万円だろう。」などと答え(甲91,原告JHS代表者),また,本件事業計画は,「既存の顧客からの売上と新たな顧客に対する売上見込みが達成できれば,平成18年度の11億円の売上は実現できるだろう。」との趣旨の説明をした(争いのない事実,甲91,原告JHS代表者)。
オ なお,平成18年3月中旬ころ,被告Y1が,被告Y2に対し,MNB株式の売買価格が安いとの意向を示したことにより,被告Y2からAに対する連絡が途絶え,両者間の交渉が中断していた(甲91)。
(6) 一方,被告Y2及びNは,平成18年3月初旬ころ,ハルクとの間においても,被告BBH及び被告Y1の有するMNB株式の売却についての交渉を行っていた(乙イ11)。そして,同月23日,ハルク,MNB及び被告BBHとの間で,ハルクがMNBに対しデューディリジェンスを行うことなどに関して覚書が締結された(乙イ3)。同覚書においては,ハルクがMNBに対してデューディリジェンスを行えること,デューディリジェンスを実施するための十分な時間的余裕がないことから,MNBはハルクが求める財務,法務,組織及び営業状況等について速やかに提出すること,ハルクは被告BBH及びその他の大株主からMNB株式合計3826株を株式譲渡契約により1株当たり11万円で取得することなどが定められていた(乙イ3,乙イ11)。
ハルクは,被告Y2から,MNBについての資料の開示を受けてその検討を行い(被告Y2本人),被告Y1は,被告Y2又はNから,ハルクとの間での株式売買契約書案の送付を受け,その文言等について検討を行った(乙イ11)。
しかし,被告Y2が,被告Y1に対し,「原告JHSが90数社の医療グループを有しているためMNBの営業にとって利点があること,Aが数十億円の資金を有していると言っていることから,ハルクと比較して原告JHSの方がMNB株式の売却先として望ましい。」旨を述べた(被告Y2本人)ことから,被告Y1は,被告Y2に対し,Aとの交渉を再開するよう指示した(被告Y2本人)。
(7) そこで,被告Y2及びNは,Aに対し,平成18年3月下旬ころ,交渉再開の申入れを行い(甲91),その際,MNB株式の譲渡金額として,1株当たり11万円の希望を伝えたところ,Aは,異議を述べることなく同意した(乙ロ23,被告Y1本人)。
Aは,被告BBHや被告Y1との取引関係等の関係が一切なく,原告JHSが直接MNB株式を購入することがためらわれたことから,原告TRIUMPHにおいてMNB株式を購入することとした(甲91)。
その後,被告Y2から,被告Y1に対し,同月29日ころ,MNB株式の売却先がハルクからモイス研究所に変更された旨が伝えられ,株式売買契約書案が送られた(乙イ11,12,被告Y1)。同契約書案における買主は,原告TRIUMPHとなっていたが,被告Y1は,被告Y2より,原告TRIUMPHの完全親会社がモイス研究所である旨の説明を受けていた(乙イ11)。
被告Y1は,被告Y2から,同月31日に,原告TRIUMPHはモイス研究所と資本関係のない会社である旨を告げられるとともに,上記契約書案と異なる原告TRIUMPHと被告BBHとの間の株式売買契約書案を受領した(甲14,乙イ11)。同契約書案には本件表明保証条項が存在したことから,被告Y1は,Nを介して,Aに対し,本件表明保証条項を削除するよう要請したが,Aは拒否し,同日,本件両契約が締結された(乙イ11)。
(8) 原告JHSは,原告間株式譲渡契約と本件残余株式買収により,発行済みMNB株式のすべてを取得した後,平成18年5月1日には,原告JHSの従業員であるRをMNBの代表取締役社長に,S,T,UをMNBの取締役にそれぞれ就任させ(甲11),被告Y2は,MNBの代表取締役会長に就任した。
MNBは,原告JHSより,同年4月28日に2500万円(甲41),同年6月23日に2500万円(甲42),同月28日に400万円(甲44),同月29日に3700万円(甲43),同年7月26日に300万円(甲45)の合計9400円を借り入れた。
テック情報は,MNBに対し,平成18年3月末日に支払うべき請負代金4200万円は支払ったが,同年5月末日に支払うべき2100万円及び同年7月末日に支払うべき2100万円を支払わなかった(甲49,80,弁論の全趣旨)。
(9) デュオシステムズから,原告JHSに対し,平成18年7月14日ころ,原告JHSの全株式取得を検討してきたが中止した旨の報告書が送付されたが,その理由として,①MNBが製造・販売する製品が陳腐化しており,今後の保守,改修,改善するためのコスト見積が不明であること,②MNBの進行中の複数プロジェクトでトラブルの発生が報告されており,その解決の見通しに関して不明であるため,MNBが保有する顧客アカウントとの関係継続性に関して疑義がもたれること,③以上により,MNBの収益計画の信頼性に疑義があることが挙げられていた(甲58)。
原告JHSは,同年7月ころ,MNBに対する資金援助を停止し,同年8月25日までに,MNBの取締役ないし代表取締役に就任させていた上記(8)の原告JHSの従業員をすべて辞任させた(甲11)。
2 争点(1)(本件両契約の締結は,被告らの詐欺又は原告TRIUMPHの錯誤に基づくものか否か。)について
原告TRIUMPHは,MNBには,①MNBの事業計画の達成可能性,②MNBとその顧客との間のトラブル,③MNBの資金ショート,④日興アントファクトリーへの未払報酬の点についてMNB株式の客観的価値に係る重要事実が存在していたにもかかわらず,被告Y2は,被告BBH及び被告Y1との共謀の上,Aに対し,これらの事実を開示せず又は虚偽の事実を伝えたとして,本件両契約は,被告らの詐欺又は原告TRIUMPHの錯誤によるものである旨主張するので,まず,被告Y2が原告TRIUMPHの主張する重要事実について欺罔行為を行った否かについて以下検討する。
(1) ①MNBの事業計画について
原告TRIUMPHは,本件事業計画について,根拠なく売上見込みが計上された虚偽の事業計画であり,被告Y2は,Aに対し,平成18年度の売上見込みは11億円程度である旨を述べ,既存客及び見込客からの売上が積み重なれば本件事業計画は達成可能である旨の虚偽の説明を行なった旨主張する。
ア(ア) 本件事業計画は,予想損益計算書(乙ロ2)や,受注売上見通し(乙ロ10の1・2,以下「本件受注売上見通し」という。)に基づいて作成されたものであるが,上記予想損益計算書や本件受注売上見通しは,MNBの従業員が,受注の可能性等を考慮して作成したものであった(乙ロ23,被告Y2本人)。
ところで,事業計画における業績を見込むためには,営業等それぞれの業務を担当する現場の従業員からの報告を基礎とするほかないものといえることからすると,本件事業計画は,相当の根拠を有するものであったというべきである。
(イ) この点について,原告TRIUMPHは,本件事業計画において売上が予定された病院について,本件両契約締結時点で営業活動が全く行われていなかった病院等があることや,営業活動が行われてはいたが,受注の可能性がなかった病院等があることをもって,本件事業計画には根拠がなかったと主張する。
しかしながら,本件受注売上見通しにおいて平成18年度の売上が見込まれていた病院等のうち,財団法人いわてリハビリテーションセンター,今泉西病院及び浜松赤十字病院に対しては,平成18年3月31日の時点で営業活動が行なわれており(甲96ないし98,乙ロ26),共立湊病院については,同日時点でMNBによる営業活動が行われ,その結果,同年10月以降,実際に1億数千万円の発注があったことが認められる(甲99)。
そして,事業計画とは,あくまで企業の将来の業績に対する予測であり,営業を行った病院から発注があるかどうかは事前には明らかでないことからすれば,MNBが現に営業活動を行っていた病院について,将来の受注が不明確な段階において将来の売上を見込んだとしても,そのことをもって根拠がないということはできないというべきである。
また,平成18年3月31日の時点では,MNBから,仙塩総合病院,柏原赤十字病院,牟田病院に対して,営業活動が行われていなかったことが認められる(甲93ないし95)が,同日時点で営業活動が行われていなかったとしても,同日以降に営業活動を行い,その結果発注がされる可能性もあることからすれば,営業活動を行っていない病院について売上を見込むことをもって,直ちに本件事業計画を根拠のないものということはできない。
イ また,原告TRIUMPHは,本件事業計画とMNBの平成18年度における現実の実績が大きく異なったことから,本件事業計画は虚偽であったにもかかわらず,被告Y2は,Aに対し,平成18年度の売上見込みは11億円程度である旨を述べ,既存客及び見込客からの売上が積み重なれば本件事業計画は達成可能である旨の虚偽の説明を行なった旨主張する。
しかしながら,事業計画とは,あくまで企業の将来の業績に対する予測にとどまるものであり,事業計画における業績見込みが達成されるか否かは,企業の経営の適否や経営環境によって左右されるものというべきことからすれば,事業計画を達成できなかったことをもって,事業計画そのものが虚偽であるとは直ちに解し得ないところである。
そして,MNBの平成17年度の決算は,売上高が5億6347万1982円,当期純損失が2億3131万1264円であった(乙ロ11の3)ところ,上記1で認定したとおり,Aは,平成18年3月ころの被告Y2やNとの交渉の際に,年次財務諸表,月次財務諸表等の開示を受け,公認会計士らと共にこれらを検討していることからすれば,AはMNBの決算状況を把握の上,本件両契約を締結したことが認められる。
その後,上記1で認定したとおり,原告JHSは,平成18年5月からMNBに従業員を派遣するなどしてその経営を把握したものの,同年5月末及び7月末,テック情報から支払われる予定であった合計4200万円の請負代金が支払われず,原告JHSは,同月ころには,MNBへの資金援助を停止して,同月8月までにMNBに派遣していた従業員を引き上げ,MNBの経営を事実上放棄している。
その結果,本件事業計画における平成18年4月1日から同年9月30日までの業績見込みは,売上高が4億0479万8000円,売上原価及び販売管理費が合計5億1689万2000円,営業損失が1億1209万4000円と見込まれていた(甲13)のに対し,MNBの同年4月1日から同年10月31日までの業績は,売上高が,3億1000万3386円,売上原価及び販売管理費が合計4億6239万6496円,営業損失が1億5239万3110円となった(甲47)。
以上の事情に加え,MNBの電子カルテシステム等については,売上見込みが達成できない場合には,1案件当たり1億円から2億円の売上が発生しないことになること(被告Y2本人)を考え併せると,被告Y2が,本件事業計画の開示とともに,既存客及び見込客からの売上が積み重なれば本件事業計画は達成可能である旨を述べたとしても,被告Y2が,本件事業計画に関し,MNB株式の客観的価値に係る重要事実について欺罔行為を行ったとは認められない。
ウ さらに,原告TRIUMPHは,本件事業計画は,顧客とのトラブルから必要となる費用が計上されていないから虚偽である旨も主張する。
しかしながら,本件事業計画は,平成18年2月に作成されたものであるところ(弁論の全趣旨),後記のとおり,同月ころの時点では,静岡赤十字病院等との案件についてどれだけの追加費用が生じるか明らかでなかったことに照らせば,上記費用が計上されていないことをもって本件事業計画が虚偽であるとは認められないというべきである。
したがって,この点についての原告TRIUMPHの主張には理由がない。
(2) ③MNBの資金ショートについて
ア 上記1で認定したとおり,MNBは,原告JHSより,平成18年4月28日に2500万円(甲41),同年6月23日に2500万円(甲42),同年6月28日に400万円(甲44),同年6月29日に3700万円(甲43),同年7月26日に300万円(甲45)を借り入れることにより,同月以降7月末日までの間に合計9400万円を借り入れており,同年4月から7月にかけて同金額程度の資金ショートが生じていたと認められる。
しかしながら,上記1で認定したとおり,テック情報は,MNBに対し,平成18年5月末日と7月末日に支払うべき合計4200万円の請負代金を支払わなかったのであるから,上記9400万円の資金ショートのうち4200万円程度については,テック情報の当該不払いに起因するものと推認することができる。そうすると,本件両契約締結時には,テック情報による不払いに起因する4200万円程度の資金ショートが発生するとは明らかではなかったものというべきである。
イ また,上記1で認定したとおり,Aは,被告Y2に対し,MNBの資料の開示を求めたメールにおいては,資金調達の予定,使途についてあえて不要である旨を記載し,MNBの財務諸表等を公認会計士も交えて検討した上で,被告Y2に対し,MNBにおいて平成18年度にどの程度の資金ショートが発生するのかを質問したところ,被告Y2は,3000万円ないし4000万円である旨を回答した(甲91,原告JHS代表者)。
ウ(ア) 以上のほか,将来の資金ショート額それ自体の不確実性にも鑑みると,被告Y2による上記の回答は,将来の資金ショート額の見込みについての説明としては不相当なものといえず,資金ショートの金額に関し,被告Y2がMNB株式の客観的価値に係る重要事実について欺罔行為を行ったものとは評価できない。
(イ) なお,原告TRIUMPHは,MNBがハルクより平成18年11月以降に借り入れた5000万円を含めて,MNBにおいては1億4400万円以上の資金ショートが発生した旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,原告JHSは,平成18年7月ころにMNBへの資金援助を停止して,同年8月ころにMNBの経営を事実上放棄するなどしており,MNBの経営環境に大幅な変動があったこと等に照らせば,同年11月以降の資金ショートについては,本件両契約締結後の事情に起因するものと考えられるところであって,本件両契約締結時点での予測は不可能であったと認められる。
したがって,この点についての原告TRIUMPHの主張には理由がない。
(3) ④日興アントファクトリーへの本件未払報酬について
MNBと日興アントファクトリーとの間で締結された本件アドバイザリー契約に係る報酬1365万円は,本件両契約締結時にはいまだ支払われておらず,かつ,本件両契約の交渉過程において被告Y2からAに対し,その説明がされなかったことは,当事者間に争いがない。
しかしながら,本件未払報酬は,平成18年2月1日に締結された本件アドバイザリー契約に基づき,同年4月28日を支払日とされていたもので,MNBの補助帳簿(乙イ10)にも未払い費用として計上されていること,これがMNBの同年3月31日現在の賃借対照表(乙ロ11の3)にも反映されていることや,本件未払報酬の金額等を併せ考えると,本件未払報酬について,被告Y2がAに対し自ら積極的に説明しなかったからといって,被告Y2がMNB株式の客観的価値に係る重要事実について欺罔行為を行ったものとは認められない。
(4) ②MNBとその顧客との間のトラブルについて
ア 前記「争いのない事実等」,後掲する証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実を認めることができ,同認定を左右する証拠はない。
(ア) 静岡赤十字病院について
テック情報と静岡赤十字病院は,平成15年7月14日に,テック情報を売主,静岡赤十字病院を買主として,電子カルテシステム一式の売買契約を締結し(甲81),その後,MNBは,平成17年1月17日付け業務委託契約(甲82)により,テック情報から,上記電子カルテシステムの導入に係る残作業の委託を受けた。
MNBがその作業を始めたところ,静岡赤十字病院が同システムの仕様・規格について要求を繰り返したことから,被告Y2と被告Y1は,テック情報に対し,追加費用を負担するよう要求し,協議が行われた。その結果,テック情報とMNBは,同年11月1日付けで業務請負契約(甲49)を締結し,テック情報とMNBとの間の同年1月17日付業務委託契約を変更して,MNBは,静岡赤十字病院向け電子カルテシステム導入残作業について,請負代金を1億8900万円,期間を同年11月1日から平成18年9月30日までとして,すべて完成させる旨を合意した(甲91)。なお,同契約においては,工数及びその単価の変動等理由のいかんを問わず請負代金額の変更を求めることはできないものとされ,静岡赤十字病院から仕様の追加・変更の求めがあった場合には,MNBが直接同病院との間で別途請負契約を締結するなどの方法で対応し,テック情報とMNBとの間での追加・変更はなされないものとする旨が規定されていた。
静岡赤十字病院は,平成17年11月以降,MNBに対し,電子カルテシステム細部の機能について追加開発要求をしていたが(甲91),MNBが,平成18年1月27日から同病院において同システムの先行リリースを行ったところ,同システムを使用する医師からも追加要求がされた(甲79,91)。
そこで,MNBは,静岡赤十字病院に対し,同年2月初旬に,電子カルテシステムの要件定義書へ押印するよう依頼したが,同病院は,機能追加の可能性があるという理由からその押印を拒否した(甲79,91)。
そして,平成18年3月ころから,テック情報より静岡赤十字病院の電子カルテシステム開発の作業のために派遣されていた技術者3名が退職する旨の話が出て,テック情報とMNBとの協議の末,技術者が4月及び5月にそれぞれ1人ずつ退職し,残る1人が非常勤となることとなったため,これによる作業効率の低下を補うため,MNBが人員を補充する必要が生じた(甲79,91)。
さらに,MNBは,同年4月に同病院における電子カルテシステムを稼働させたが(甲79,91),その後も同病院から新たな要望がされた(甲79,91)。
こうして,同年5月ころには,MNBにおける静岡赤十字病院に係る経費の問題が顕在化し,同病院に係る同年4月から7月までの損失額は合計2391万9241円となったが(甲50),テック情報とMNBは,同年9月28日,両者間の上記平成17年11月1日付け業務請負契約(甲49)について,「静岡赤十字病院の了解を得て引渡しが完了した後の保守に関して,テック情報が同病院との間で契約を締結することにつき,MNBは異議を唱えない。」旨等を合意して(乙ロ4の1),そのころ,テック情報からMNBに対し,テック情報が支払いを停止していた前記金員が支払われた。また,MNBは,同年10月1日,テック情報から,同病院の電子カルテシステムの保守業務を年額700万円の報酬で新たに請負た(乙ロ14)。また,MNBは,そのころまでに静岡赤十字病院への電子カルテシステム導入作業を完了し,テック情報は,MNBに対し,同月11日付けで,上記平成17年11月1日付け業務請負契約(甲49)が平成18年9月30日をもって完了した旨を通知した(乙ロ4の2)。
(イ) 日本赤十字社和歌山医療センターについて
テック情報と日本赤十字社和歌山医療センターとの間で,テック情報を売主,日本赤十字社和歌山医療センターを買主として,平成13年11月19日に病院情報システムTIMES-V6に関する契約,平成15年10月31日に電子カルテシステム・レセプト電算処理システム整備費一式に関する契約が締結された後(甲84),MNBは,平成17年1月17日付け業務委託契約(甲82)により,テック情報から同医療センターの上記システムの導入に係る残作業の委託を受けた。
被告BBHは,MNB株式を購入する際,システム納入の遅れにより日本赤十字社和歌山医療センターとテック情報との間でトラブルが生じている旨を知っていたことから,同医療センター,テック情報,MNB及び被告BBHは,平成17年1月14日,覚書を作成し,同医療センターとの間でシステム納入の遅れによりトラブルとなっている作業について,テック情報が責任を持って解決にあたる旨を合意した(甲69)。
テック情報とMNBは,同年3月31日,日本赤十字社和歌山医療センターに係る上記残作業が完了したことを確認し,MNBと同医療センターは,同年4月1日,ソフトウェア・ハードウェアに係る保守契約を締結し,MNBが保守業務を行っていた(乙ロ3の1ないし3,15,弁論の全趣旨)。
その後,MNBと日本赤十字社和歌山医療センターとの間では,MNBが納入すべきシステムについて認識の齟齬があり,同医療センターからMNBに対し,電子カルテシステムに対する要求がなされたことから,MNBは,これに対応することとなり,同医療センターに対し,同年11月25日,医療情報システムの稼働が遅れていることを陳謝し,同医療センターの協力を求めた(甲74)。
日本赤十字社和歌山医療センターは,平成18年3月31日の時点において,リハビリ実施オーダ,物品請求オーダ(手術室,薬剤部等)及び病名オーダについては,MNBから納入済みであったが,納入は受けたものの一部しか稼働していないシステムや,納入されていないシステムも存在しているものと考えていた(甲84,85)。
MNBにおける日本赤十字社和歌山医療センターに係る平成18年4月から7月までの損失額は,合計1048万0247円であった(甲50)。
(ウ) 済生会和歌山病院について
テック情報と済生会和歌山病院との間で,平成15年10月に,テック情報を売主,済生会和歌山病院を買主として,電子カルテシステム一式の売買契約が締結された後(甲85),MNBは,平成17年1月17日付け業務委託契約(甲82)により,テック情報から済生会和歌山病院の上記電子カルテシステムの導入に係る残作業の委託を受けた。
MNBと済生会和歌山病院は,同年3月31日,ソフトウェア及びハードウェアに係る保守契約を締結し,MNBが保守業務を行っており(乙ロ16の1・2),テック情報とMNBは,同年11月1日,同病院に係る上記残作業がすべて完了していることを相互に確認した(甲49,乙ロ3の1)。
済生会和歌山病院は,平成18年3月31日の時点において,MNBより,輸血オーダ及びリスクマネジメントシステムが未納であるものと考えていた(甲83)。
MNBにおける済生会和歌山病院に係る平成18年4月から7月までの損失額は,合計279万3638円であった(甲50)。
(エ) Aは,平成18年8月25日,被告Y2に対し,「被告Y2は,静岡赤十字病院とのトラブルに関し,開示すべき情報を伝えることを怠った。」旨等を記載した文書(甲53)を作成させたが,その文書に,日本赤十字社和歌山医療センター及び済生会和歌山病院に関する記載はなかった。
イ 以上の認定事実を併せると,MNBと静岡赤十字病院との間には,平成17年から同病院側からの追加変更等の要求に伴いMNBの経費の増大が懸念される問題はあったが,これが大きな問題としてMNBにおいて顕在化したのは,テック情報がMNBに対し支払いを停止した平成18年5月ころのことであり,一般に病院関係のソフトウェアの開発は病院側の過大な要求のためコストコントロールが難しいこと(被告Y2本人),現に同年9月末ころには上記の顕在化した問題も収束して解決していること等を併せると本件両契約締結当時,MNBにおける静岡赤十字病院の件は,原告TRIUMPHの主張するような重要事実といえず,被告Y2が同年3月ころAに対し同病院とのトラブルについて「大きな問題ではない。すぐに解決する。」旨を回答したからといって,これをもって欺罔行為と評価することはできない。また,日本赤十字社和歌山医療センター及び済生会和歌山病院の件については,本件両契約締結当時,MNBにおいて静岡赤十字病院よりもはるかに小さい問題であったのであるから,そのAに対する不告知も欺罔行為と評価することはできない。
(5)ア そうすると,被告Y2が原告の主張する重要事実についてAに対し欺罔行為を行ったとは認められないから,本件両契約が被告Y2の欺罔行為に基づいて締結されたことを前提とする原告TRIUMPHの主張には理由がない。
イ なお,原告TRIUMPHは,被告Y2作成の文書(甲53)をもって,被告Y2による欺罔行為の根拠とするが,同文書は,被告Y2が,Aに呼び出され,既に記載されていた文書に署名をして指印をしたものであり(被告Y2本人),その内容が上記認定の客観的事実にそぐわないことから,信用することができない。
(6) 原告TRIUMPHの錯誤について
売買対象物の価値についての錯誤は要素の錯誤になり得るところ,対象物の価値について,意思表示の当時存在した事実等に関する当時の認識と現実の食い違いが,通常人であっても,当該事実があると認識すれば,当該意思表示をしなかったであろうと考えられるだけの重要な事柄に関する錯誤といえる場合に要素の錯誤となると解するのが相当である。
しかるところ,上記1の認定事実及び上記(1)ないし(5)で検討したところによれば,本件両契約締結当時,MNBについて,原告TRIUMPHが主張するような重要事実は存在しなかったのであるから,原告TRIUMPHにおいて同原告の主張する要素の錯誤があったとは認められない。
したがって,この点についての原告TRIUMPHの主張は理由がない。
3 争点(3)(被告BBHは,原告TRIUMPHに対し,本件表明保証条項に基づく責任を負うか否か。)について
上記1の認定事実及び上記2で検討したところによれば,本件両契約締結当時,MNBにおいて,原告TRIUMPHが主張するような重要事実は存在せず,したがって,被告BBHは,被告BBH株式譲渡契約締結日(平成18年3月31日)からクロージング日(同年4月17日)に至るまで,被告BBHの知り得る限り,MNBに関する投資判断に影響を与えるような原告TRIUMPHに伝達していない情報を有していなかったのであるから,被告BBHにおいて本件表明保証条項違反の事実は認められない。
したがって,被告BBHが本件表明保証条項に違反したことを前提とする原告の主張には理由がない。
4 争点(4)(被告らは原告TRIUMPHに対し,説明義務違反による債務不履行責任若しくは不法行為責任又は欺罔行為による不法行為責任を負うか否か。)について
(1) 上記2における検討によれば,被告らに対する欺罔行為は認められないから,原告TRIUMPHの欺罔行為による不法行為についての主張は理由がない。
(2) また,上記2における検討によれば,本件両契約締結当時,MNBにおいて,原告TRIUMPHが主張するような重要事実が存在したとは認められないのであるから,原告TRIUMPHの説明義務違反についての主張も理由がないというべきである。
5 争点(6)(被告BBHは原告JHSに対し,本件表明保証条項に基づく責任を負うか否か。)及び争点(7)(被告らは原告JHSに対し,説明義務違反又は欺罔行為による不法行為責任を負うか否か。)について
上記のとおり,被告BBHは,原告TRIUMPHに対して,表明保証条項に基づく責任を負わず,また,被告らは,同原告に対し,説明義務違反による債務不履行責任若しくは不法行為責任又は欺罔行為による不法行為責任を負わないのであるから,被告BBHと直接の契約関係になく,原告TRIUMPHとの間で原告間株式譲渡契約を締結したにすぎない原告JHSに対しても,被告BBHが本件表明保証条項に基づく責任を負うことはなく,また,被告らが説明義務違反又は欺罔行為による不法行為責任を負うこともない。
6 以上によれば,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないから,これをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井浩 裁判官 有賀直樹 裁判官 園田稔)
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