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「営業アウトソーシング」に関する裁判例(85)平成22年12月17日 東京地裁 平19(ワ)25851号 譲受債権請求事件

「営業アウトソーシング」に関する裁判例(85)平成22年12月17日 東京地裁 平19(ワ)25851号 譲受債権請求事件

裁判年月日  平成22年12月17日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平19(ワ)25851号
事件名  譲受債権請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2010WLJPCA12178021

要旨
◆原告が、被告に対し、主位的には、訴外会社の被告に対する売買代金債権を譲り受けたと主張して同債権額の支払を求め、予備的には、民法94条2項及び110条の類推適用による上記譲受債権の支払を求め、さらに、被告の被用者であるDが原告を騙して訴外会社に対する融資をさせて損害を与えたもので原告に対する取引的不法行為を構成するなどと主張して使用者責任に基づく損害賠償も求めるなどした事案において、債権譲渡承諾の事実が認められないとして主位的請求を棄却し、基本代理権の存在及び虚偽の外観についての被告の帰責性が認められず、Dによる本件債権譲渡承諾はその職務権限内の行為ではなく、原告はこれについて重大な過失があったとして、結局、予備的請求も棄却した事例

参照条文
民法94条2項
民法110条
民法466条
民法709条
民法715条

裁判年月日  平成22年12月17日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平19(ワ)25851号
事件名  譲受債権請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2010WLJPCA12178021

松山市〈以下省略〉
原告 NISグループ株式会社
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 由木竜太
同 深町周輔
同 亀井美智子
同 大村健
同 美和薫
同 佐々木好一
東京都品川区〈以下省略〉
被告 株式会社日立情報システムズ
代表者代表執行役 B
訴訟代理人弁護士 今村誠
同 江端重信
同 浅田登志雄

 

 

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。
2  訴訟費用は,原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判
1  請求の趣旨
(1)  被告は,原告に対し,3億円及びこれに対する平成19年6月1日から支払済みまで年15パーセントの割合による金員を支払え。
(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。
(3)  仮執行宣言
2  請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
第2  請求原因
1  原告は,平成18年12月20日,UNITEDROOMS SEARCH株式会社(以下「URS社」という。)に対し,以下の約定で,3億円を貸し付けた(以下「本件金銭消費貸借契約」という。)。
支払方法 平成18年12月から平成19年5月まで毎月末日限り,経過利息を支払い,平成19年5月末日限り,元金を一括して支払う。
利率 年7パーセント(実質年率11.741パーセント)
遅延損害金 年21.9パーセント
2(1)  被告は,平成18年12月18日,URS社との間で,以下の約定で,システム売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。
対象物 集合住宅CRMシステム(以下「本件システム」という。)
引渡日 本件売買契約締結日
売買代金 4億5000万円(税別)
支払日 平成19年5月末日
遅延損害金 年15パーセント
(2)  なお,URS社は,遅くとも平成18年12月18日までに,被告に対し,本件システムを引き渡し,被告は,その検収を終え,URS社に対し,本件システムが合格したことを表明した(以下「本件検収」という。)。
3  原告は,平成18年12月20日,URS社から,本件金銭消費貸借契約に基づくURS社の原告に対する一切の債務を担保するために,次の約定で,本件売買契約の4億5000万円の売掛金債権(以下「本件売掛金債権」という。)を,3億円を限度額として譲り受けた(以下「本件債権譲渡」といい,本件売掛金債権のうち譲り受けた債権を「本件譲受債権」という。)。
①  債権譲渡の効力は,URS社が本件売買契約により売掛金債権(本件譲受債権)を取得する都度,当然に生じる。
②  本件譲受債権の取立権は,原告に帰属する。
そして,被告は,同日,原告に対し,本件債権譲渡につき異議なき承諾をした(以下「本件債権譲渡承諾」という。)。
4  URS社は,支払日を経過しても,原告に対し,本件金銭消費貸借契約に基づく支払いをしなかった。
そこで,原告は,被告に対し,平成19年8月17日到達の通知書にて,本件譲受債権の支払を求めたが,被告は,これに一切応じない。
5  よって,原告は,被告に対し,本件債権譲渡に基づき,3億円及びこれに対する本件売買契約の代金支払日の翌日である平成19年6月1日から支払済みまで約定の年15パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。
第3  請求原因に対する認否及び被告の主張
1  請求原因1は知らない。
2  請求原因2は否認する。被告がURS社と本件売買契約を締結したことはなく,URS社が被告に対し本件システムを引き渡したことも,被告が本件検収をしたこともない。
本件売買契約に係るシステム売買契約書(以下「本件売買契約書」という。甲3),検収書(以下「本件検収書」という。甲4)に押された被告金融情報サービス事業部営業本部長の印章は,URS社の代表取締役であるC(以下「C」という。)が偽造したものである。
なお,被告は,平成20年3月11日付けで,警視庁に対し,Cを被告訴人として,有印私文書偽造,同行使で,刑事告訴を行い,受理された。
3  請求原因3は,争うないし否認する。被告がURS社との間で本件売買契約を締結したことはないから,本件譲受債権自体が存在しない。また,被告が原告に対し本件債権譲渡承諾をしたこともない。債権譲渡承諾依頼書(以下「本件債権譲渡承諾依頼書」という。甲6)に押された被告金融情報サービス事業部営業本部長の丸印及び社判並びに本件債権譲渡承諾依頼書の承諾文言は,Cが偽造したものである。
社判のような記名印については,その印影さえあれば,専門店において当該印影を示して注文することにより誰でも簡単に作成できるものであり,同一の印影を持つ社判を作成するのはきわめて容易である。Cは,平成18年12月当時,被告と取引関係のあったUNITEDROOMS株式会社(以下「UR社」という。)の代表取締役であって,かかる取引関係を通じて,被告の社判が押された書面等を入手する機会があったものであり,被告の社判と同様の社判を偽造することはきわめて容易であった。
4  請求原因4のうち1段落の事実は知らない。2段落の事実は認める。
第4  原告の反論及び予備的請求原因
1  本件売買契約書,本件検収書,本件債権譲渡承諾依頼書は,いずれも被告とURS社との間で真正に作成されたものであり,Cによる偽造ではない。特に,本件債権譲渡承諾依頼書の「丙(承諾人)」欄に,被告金融情報サービス事業部営業本部長の丸印及び社判を押したのは,被告金融情報サービス事業部営業本部長であるD(以下「D」という。)である。
2(1)  原告は,URS社との間で本件金銭消費貸借契約を締結するに当たり,URS社から申し出があった,本件売掛金債権について,その存在及び担保価値を検証する必要があった。そこで,原告担当者のE(以下「E」という。)は,平成18年12月19日,本件売買契約の被告担当者のDに対し,URS社から写しを入手していた本件売買契約書及び本件検収書の作成経緯を含めた本件売掛金債権について,電話による聴取をした。
Dから,原告に対し,本件売買契約書を前日に調印したこと,売買代金は対象である本件システムの独占使用権の対価として非常に安価であり,被告としては,サーバー利用料で十分に回収可能であること,契約日から支払日まで時間が空いているのは,買掛計上を来期に回したいとの被告の決算上の都合であることなど,本件売買契約書が真正に作成され,本件契約が有効に成立していることを前提にした説明があった。本件検収書についても,Dから,原告に対し,仮設サーバーを使用した仮検収を実施し,実際に使用するサーバーを使用しての本検収についてもまず問題がないこと,システムの一部は,被告が請け負って開発したものであり,その経緯からも本検収に上げないことはないことなど,本件検収書が真正に作成されたことを前提に,現に検収が実施されている旨説明があった。原告は,電話聴取の結果を社内稟議用として議事録(電話対応記録。以下「本件電話対応記録」という。甲9)に取りまとめた。
(2)  そして,原告において,社内稟議にかけられ,同日,融資実行の決裁が得られたが,融資金額が高額であったことから,決裁では,課長職以上の者が同席のうえ,債権譲渡担保について,被告担当者のDに説明し,Dから債権譲渡承諾依頼書に記名押印を得ることが融資実行の条件とされた。
そこで,原告担当者のE及びF(以下「F」という。)は,平成18年12月19日午後9時ころ,本件債権譲渡承諾依頼書に被告の承諾の記名押印をもらうため,Cらとともに被告本社を訪れた。その際,被告担当者として対応したのもDであった(以下,平成18年12月19日夜の被告本社におけるDとE及びFらとの面談を「本件面談」という。)。Dは,被告本社会議室において,原告担当者らやCから,本件債権譲渡について,説明を受けた後,これを了承して,原告担当者から記名押印前の本件債権譲渡承諾依頼書を受け取って会議室を出ていった。その後,5分ほど経ってから,Dが戻ってきたが,そのときには,すでに本件債権譲渡承諾依頼書には,被告金融情報サービス事業部営業本部長の社判及び丸印が押してある状態であった。
(3)ア  被告は,本件面談の際,本件売買契約に関する話に一切及んでおらず,Dが本件債権譲渡承諾依頼書に記名捺印したこともないと主張するが,本件の事実経過からして,あまりに不自然,不合理である。
すなわち,原告が本件面談の翌日の平成18年12月20日にURS社との間で本件消費貸借契約に係る借用証書(以下「本件借用書」という。甲1)と,本件譲受債権を対象とする集合債権譲渡契約書(以下「本件債権譲渡契約書」という。甲5)を作成したうえ,同日付けで,貸付けを実行したことは証拠上明らかである。その前日,3億円もの巨額貸付の締結及び実行の直前に,本件売掛金債権の債務者である被告のもとを訪れたのであれば,本件売掛金債権が本件金銭消費貸借契約の要であり,一般に貸主として重大な関心事である以上,Dからはともかく,少なくとも原告から本件売買契約に関して何らかの話が及ぶのが普通であり,それが一切及ばなかったというのはむしろ不合理であり,不自然極まりないと言わざるを得ない(原告と被告との面談がこのとき初めてであったことをふまえれば,なおさらである。)。
イ  被告主張のように,本件売買契約が存在せず,それが存在するかのように仮装した一連の欺罔行為がすべてCにより画策されたものであり,Dが一切関与していないとすれば,それを成功裏に終えるためには,本件面談の際に,本件売買契約に関する話に一切及ばず,一連の欺罔行為がDに発覚しないことが必須の条件である。
しかし,原告から本件売買契約に関する話が出ない可能性はなく,仮にその可能性があるとしても,上記事実経過からすれば,その可能性もきわめて低く,そのような犯行計画などおよそ非現実的であり,不合理であり,不自然極まりない。
ウ  Cがわずかな可能性にすべてをかけて犯行計画を画策したとは到底考えがたく,本件の事実経過としては,本件売買契約が現に存在していたか,あるいは,存在していなかったとしても,Dも一連の欺罔行為について,Cとあらかじめ気脈を通じ,本件面談の際に本件売買契約に話が及ぶことを想定し,そして,現に話が及んだとみるのが合理的かつ自然である。
3(1)  仮に,被告の職務分掌上,資材の調達及び検収等の資材業務については,原則として,被告の資材担当部署が契約担当部署となるとし,事業部門が契約担当部署になることはないとしても,本件売買契約の目的である本件システムに関する資材業務が,被告資材部長から被告金融情報サービス事業部に権限委譲されていたと言うべきである。
(2)  被告の職務分掌については,被告自身が,原則として,と留保を付けており,資材業務に関する権限を他の部門に委譲する場合があることが想定されている。そして,事業に直接携わらない資材担当部署が,売買契約はともかく,当該ソフトウエアに対する理解とそのための高度の専門知識が求められる検収についてまで十分行えるか甚だ疑問であり,被告においては,資材業務に関する権限の事業部門への委譲がしばしばされていると推認される。とりわけ本件システムについては,元々被告がその一部を受託開発していたという特異な経緯があり,当該受託開発業務を担っていた事業部は,当該業務を通じて本件システムをより理解していたであろうから,資材部長としては,業務の効率化のため,本件システムの資材業務について当該事業部に権限委譲していた可能性が高い。
4  仮に本件売買契約書及び本件検収書の内容がいずれも虚偽,または,本件債権譲渡承諾依頼書について,Dに押印権限がなかったとしても,民法94条2項,110条の類推適用が認められるべきである。
(1)  Dは,原告から融資金を詐取することを目的としてCと通謀して,本件売買契約書及び本件検収書を作成し,あたかも本件売掛金債権が存在するかのような外観を作出したものであり,原告は,その外観を信頼して本件譲受債権を担保として譲り受けた者として「善意の第三者」(民法94条2項)にあたる。
(2)  Dが作出した外観についてDが無権限であり被告の意思に対応するものでないとしても,Dには少なくとも被告金融情報サービス事業部の分掌範囲全般に及ぶ職務権限があり,被告との関係において広範な基本代理権が認められる。Dは,被告金融情報サービス事業部の副事業部長兼営業本部長として,同事業部においては事業部長に次ぐ職階にあり,同事業部営業部においては最上級職としてその分掌範囲全部に及ぶ職務権限を有しており,同事業部ないし同事業部営業部としての日常的業務の一切につき代理権を有していなかったとは考えがたい。また,Dは,被告金融情報サービス事業部事業部長之印及び同事業部之印の保管代理人を務めており,現に各印章を保管する者として,捺印権限(代理権)を有する同事業部長から,その捺印について,日常的に授権されていたことが推認される。
そもそも原告は,被告の職務分掌自体知らない。また,原告が面談対象としてDを選択したのは,Cから被告担当者がDとの説明があり,本件売買契約書の被告側記名欄にDの名前が現れていたからである。本件面談も被告本社会議室で行われた。
5  民法94条2項,110条の類推適用等が認められないにしても,以上から,Dの原告に対する所為は,原告を騙してURS社に対する融資をさせ,原告に3億円の損害を与えたものとして,原告に対する取引的不法行為を構成する。そして,Dは,被告の被用者であり,被告金融情報サービス事業部営業本部長として,被告とURS社との間の本件売買契約についての説明及び本件債権譲渡承諾という被告の事業の執行に関連してされたものであるから,使用者責任(民法715条1項)に基づき,被告は,原告に対し,その損害を賠償すべき義務を負う。
6  原告は,URS社が本件金銭消費貸借契約について債務不履行に陥った以降,返済方法について,URS社と協議を重ねてきたが,Cから,本件売買契約が本件システムの瑕疵を理由に解除となったとの説明があった。そこで,原告担当者のFは,平成19年7月下旬ころ,Dに電話をかけ,事実を確認した。Dは,Fに対し,被告からURS社に本件システムの改善を指摘したこと,URS社から本件売買契約の解除の申入れがされたこと,本件債権譲渡承諾依頼書に署名捺印したことが気になったが,URS社から迷惑をかけない旨説明受けたことなどを説明した。Dの説明は,本件売買契約の存在及び本件債権譲渡承諾依頼書への記名押印を前提にするものである。なお,上記契約解除の申入れに関する書面(甲14。以下「本件解除申入書」という。)も,CがDに作成を求められ,作成させられたものと考えられる。
これら事実をみても,この点に関する原告の主張(本件売買契約が確かに存在し,あるいは少なくとも本件面談の際に本件売買契約に関するやり取りがあり,本件債権譲渡承諾依頼書にもD自らが記名押印したこと)が真実であることは明白であり,それを否定することを前提にする被告の主張には理由がない。
第5  原告の反論及び予備的請求原因に対する被告の認否,被告の再反論
1  原告担当者のE及びFが,平成18年12月19日の夜,Cとともに,被告本社を訪れたこと,Dがこれに対応し,被告本社会議室において,E,F及びCと面談したことは認める。その余の事実は,すべて否認する。
本件面談において,Dは,被告とUR社またはURS社との取引状況について聞かれたため,①被告がベンチャー企業との協業モデルである「E-mind」を手掛けており,UR社はそのパートナー企業の1つであること,②被告がUR社との間でアウトソーシングサービス関連の契約を締結していることなどを回答したに過ぎない。
Dが,E,F及びCから本件売買契約に基づく売掛金債権の譲渡について説明を受けた事実,記名押印前の本件債権譲渡承諾依頼書を提示された事実,同書面を受領した事実,同書面に押印した事実,同書面に押印するために会議室を退出した事実はない。
2  被告は,被告内で印章を作成した場合には,当該印章の名称等を印章登録簿(乙3の1)に登録するとともに,登録した印章ごとに印章票(乙3の2)を作成している。
しかし,被告金融情報サービス事業部営業本部が設置された平成15年4月1日以降現在に至るまでの間に,本件売買契約書,本件検収書及び本件債権譲渡承諾依頼書において用いられている「株式会社日立情報システムズ金融情報サービス事業部営業本部長之印」の印章(以下「本件丸印」という。)が印章登録簿に登録されたことはない。
また,被告金融情報サービス事業部が設置された平成13年2月21日以降現在に至るまでの間に,本件売買契約書及び本件検収書に押印されている「株式会社日立情報システムズ金融情報サービス事業部」の印章(以下「本件角印」という。)が印章登録簿に登録されたことはない。
なお,被告は,被告金融情報サービス事業部が使用する印章(角印)として,「株式会社日立情報システムズ金融情報サービス事業部之印」の印章を作成しているが,この印章は,本件売買契約書及び本件検収書に押されている「株式会社日立情報システムズ金融情報サービス事業部」の印章(本件角印)とは,①前者が「株式会社日立情報システムズ金融情報サービス事業部之印」であるのに対し,後者が「株式会社日立情報システムズ金融情報サービス事業部」であること,②行数が,前者が縦書で4行であるのに対し,後者は縦書きで5行であること,③全体の大きさが,前者が約2.7センチメートル四方であるのに対し,後者は約2.3センチメートル四方であること,④文字の「ズ」の濁点の位置が前者と後者とで異なることなどの点で,明らかに異なる。
また,被告の職務分掌上,資材の調達(ソフトウエア製品等の物品の購買及び役務の外注)及び検収等の資材業務については,原則として,被告の資材担当部署(業務サポート本部資材部)がその契約担当部署となり,被告の事業部門が契約担当部署となることはない。被告金融情報サービス事業部が窓口となって販売,業務受託等の取引を行う場合において,契約担当部署となるときでも,被告は,被告金融情報サービス事業部営業本部長の名義で契約することは一切ない。
Cは,本件売買契約書,本件検収書及び本件債権譲渡承諾依頼書並びにこれらの書面に押印された被告金融情報サービス事業部営業本部長の印章を偽造したことを自ら認める書面を被告に提出している。
3  被告が本件システムの全部または一部の開発を請け負った事実等はまったくなく,被告金融情報サービス事業部が本件システムに通暁していたなどという事実もない。被告は,これまでの本件システムの購入を検討したことすらなく,本件システムに関する資材業務は,そもそも被告において存在し得ない。被告業務サポート本部から被告金融情報サービス事業部にその権限が委譲されることもあり得ない。
4  URS社は,平成19年9月21日,債権者に対し,債務整理(破産)を行う旨通知しており,平成18年12月時点においても,資金不足の状況にあったことが推測される。それゆえ,URS社には,原告から,資金を借り入れる必要性があり,かつ,当該借入れの担保に供する債権の存在を仮装するために,実際には締結されていない被告とURS社との間の本件売買契約書等の文書,被告金融情報サービス事業部営業本部長の印章を偽造する必要性があったものと思われる。
5  Dは,本件売買契約書及び本件検収書の作成に一切関与しておらず,Cと通謀したことなどなく,民法94条2項の通謀虚偽表示は認められない。
6  被告金融情報サービス事業部営業本部長及び同事業部副事業部長の印章が印章登録簿に登録されていないことからも明らかなように,被告金融情報サービス事業部営業本部長及び同事業部副事業部長には第三者と契約を締結する権限や本件売買契約書,本件検収書または本件債権譲渡承諾依頼書への押印権限はなく,また,登録印章の保管代理者は当該印章を押印する書面の内容を自らの裁量により決定する権限はないうえ,押印できる印章はあくまで同事業部長名及び同事業部名の印章であって保管代理者の印章ではなく,Dに何らかの代理権が授権されていたということはないから,①Dには,民法110条の適用要件である基本代理権を何ら有しておらず,次の事情から,②原告には,正当理由も認められないから,民法110条に基づく請求も認められない。
被告のような東証一部上場企業においては,販売取引の担当部署と購買取引の担当部署は別の部署とされるのが通常であり,後者は「資材部」,「購買部」,「調達部」,「総務部」等の名称の部署が担当するのが一般的であるから,Dの被告金融情報サービス事業部営業本部長という肩書からして,Dに本件システムの購入,検収,債権譲渡承諾の権限がないことは 外形上明白である。
また,4億5000万円もの高額な物品の購入に関する契約の締結が行われる場合であれば,当然ながら,被告のような東証一部上場企業においては,一定の社内手続が必要であり,かつ,そのような契約の締結権限を有する役職にある従業員もきわめて限定されるにも関わらず,原告は,契約名義人であるD1名のみと1度だけ面談したに過ぎないのであって,D以外の被告の役員,従業員から事情を聴取する機会を設け,本件売買契約の存否,本件検収の有無,本件債権譲渡承諾の有無,Dの職務権限や社内手続の履践状況につき,確認,照会する手続を一切行っていない。原告の主張によっても,原告は,D本人に対してすら,その職務権限について何ら尋ねていない。さらに,原告の稟議資料の中の被告に関する資料には,きわめて基本的なものもない。原告は,融資業務を取り扱う金融機関として当然すべき調査を怠っており,拙速にずさんな稟議,融資実行を行ったというほかない。
7  Dは,本件売買契約書,本件検収書及び本件債権譲渡承諾依頼書の作成に一切関与しておらず,Dの原告に対する不法行為自体が存在せず,現実的にも外形上も,Dの職務権限との関連性がまったくない。さらに,被告は,上場会社としてコンプライアンス担当部門を整備するなど十分なコンプライアンス体制を整え,従業員に対するコンプライアンス教育等を通じてコンプライアンスの重要性を周知徹底しており,Dもコンプライアンスの重要性について十分に認識していたことから,Dが被告金融情報サービス事業部副事業部長及び同事業部営業本部長を務め,また,同事業部の印章の保管代理者であったからといって,Dが取引的不法行為を行うことにつき客観的に容易な状態に置かれていたとも到底いえない。
したがって,被告には,民法715条1項に基づく使用者責任が認められない。
8(1)  また,原告は,金融業者であるにもかかわらず,URS社に対し3億円もの高額な貸付を行うに際し,その判断の大前提となる本件売買契約の存否,本件検収の有無,本件債権譲渡承諾の有無,あるいは,Dの職務権限や社内手続の履践状況等の重要事項について,融資業務を行う金融機関として当然すべき調査を怠ったものであり,原告には重大な過失がある。
原告は,本件債権譲渡承諾等がDの職務権限内の行為でないことにつき重大な過失によって知らなかった。
(2)  さらに,被告は,相当な注意を尽くして,被告金融情報サービス事業部長に,同事業部副部長及び同事業部営業本部長であるDを適切に監督させていた。
(3)  以上からも,被告には,民法715条1項に基づく使用者責任が認められない。
9  仮に被告に民法715条1項に基づく使用者責任が認められたとしても,これまで述べてきたとおり,原告には多大な過失がある以上,過失相殺により被告が負う責任のほとんどが減殺されるべきである。
10  そもそも被告がURS社との間で本件売買契約を締結した事実,被告が原告に対し本件債権譲渡承諾をした事実,Dが本件債権譲渡承諾依頼書に押印した事実がなく,平成19年7月下旬ころにDがFに対し,原告の「第4原告の反論及び予備的請求原因6」に記載の説明をした事実はない。それこそ,原告がD以外の被告の役員,従業員に対して本件売買契約や本件検収,本件債権譲渡承諾,本件売買契約の解除の有無等を確認することも十分にあり得るのであるから,これらの点について,原告に虚偽の説明をしても,すぐに不正が発覚することが容易に予想される状況下で,DがFに虚偽の説明を行うはずがない。
DがCに本件解除申入書の作成を求めた事実などまったくない。Cは,「お詫び」と題する書面(乙1,2。以下,順に「本件詫び状1」,「本件詫び状2」といい,併せて「本件詫び状」という。)を被告に提出するに先立ち,Dひいては被告に対し,本件売買契約書のほかにも,本件解除申入書等の書面を被告及びDに無断で偽造したことを説明して謝罪した。被告及びDは,Cからの説明を受けて,初めて本件解除申入書の偽造の事実を知ったのであり,本件解除申入書の作成に一切関与していない。
なお,本件詫び状も,被告が原告代理人から通知書の送付を受けて,Cに事実確認を求めたところ,Cが本件売買契約書等を偽造したことを認めて謝罪したうえで,自ら被告に提出したものである。本件詫び状2については,Cが本件詫び状1を提出した後,さらに,本件検収書を偽造したことを思い出した旨を被告に報告したうえで,追加で提出されたものである。以上の事実経過に照らしても,本件詫び状がCの自発的意思により作成されたことは明らかである。
さらに,Cは,平成19年8月29日付の「ご報告」と題する書面も被告に提出して,被告に対し,原告への借入金の返済を確約して真摯に謝罪している。このようなCの態度に照らしても,Cが被告の印章,本件売買契約書等の文書を偽造したうえで,原告に虚偽の説明をして,原告から金員を詐取したことは明らかであり,Dひいては被告は,いずれもCの上記各行為に何ら関与していない。
第6  当裁判所の判断
1  証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)  原告は,昭和35年5月に設立され,それ以来,事業者への融資事業等を営んできた金融会社である。原告は,平成11年9月には東京証券取引所等の第一部に上場し,平成14年8月にはニューヨーク証券取引所に上場した(乙10)。
被告は,情報システムの設計,開発,保守及び運営管理,情報通信ネットワークの設計,開発,販売及び賃貸等を業とする株式会社である(一件記録)。
(2)  原告のURS社に対する融資案件(以下「本件融資案件」という。)は,平成18年10月ころ,株式会社みずほ銀行四谷支店渉外1課課長代理のGから原告のH取締役に紹介されたものであった。原告は,URS社に対し,本件融資案件については,担保が必要であるとの意向を示し,URS社からは,本件融資案件の審査に必要な財務資料等の提出を受けた。
そして,同年12月ころ,URS社から,原告に対し,本件融資案件について,本件売掛金債権を担保として考えている旨の説明があった。
(以上,甲17,証人F)。
(3)  そこで,平成18年12月19日午前中,原告担当者であるE及びFが,Cに対し,マネジメントインタビューを実施した。原告の本件融資案件についての主な担当者は,原告事業開発部の課長代理(当時)のFであったが,マネジメントインタビューには課長職以上の者の同席が必要との原告内部の融資審査の決まりのため,原告事業開発部の課長(当時)であるEが同席した。E及びF以外にも,Fの部下であるI(以下「I」という。)も本件融資案件の担当者であった。
(以上,甲16,17,証人F,証人E)。
(4)  平成18年12月19日夜,E及びFは,Cとともに,被告本社を訪れ,Dがこれに対応し,被告本社会議室で面談した(本件面談)(当事者間に争いがない。)。E及びFとDが直接会うのはこのときが初めてであり,そもそも原告と被告との間には,これまで取引がなかった(甲16,17,乙14,証人F,証人E,証人D)。
このとき,EがFに同行したのも,債権譲渡承諾書を徴求するには,課長職以上の者を同行するという原告内部の融資審査の決まりのためであった(甲16,17,証人F,証人E)。
なお,本件面談のために被告本社を訪れる前,原告は,URS社との間で,本件借用書,本件債権譲渡契約書を取り交わし,本件売買契約等を締結し,URS社に本件債権譲渡承諾依頼書の債権譲渡人欄に記名押印をしてもらった(甲1,5,6,17)。
(5)ア  原告は,平成18年12月20日,URS社に対し,次の約定で,3億円を貸し付けた(本件金銭消費貸借契約)(甲1,2)。
支払方法 平成18年12月から平成19年5月まで毎月末日限り,経過利息を支払う。ただし,最終回は,残元金と利息を一括返済する。
利率 年7パーセント(実質年率11.741パーセント)
遅延損害金 年21.9パーセント
イ  Cは,平成18年12月20日,原告に対し,URS社の原告に対する上記借入債務を連帯保証する旨約した(甲1)。
(6)  原告は,平成18年12月20日付本件債権譲渡契約書により,URS社から,本件金銭消費貸借契約に基づくURS社の原告に対する一切の債務を担保するために,次の約定で,本件売買契約の4億5000万円の売掛債権(本件売掛金債権)を,3億円を限度額(本件譲受債権)として譲り受けた(本件債権譲渡)(甲5)。
ア 債権譲渡の効力は,URS社が本件売買契約により売掛債権(本件譲受債権)を取得する都度,当然に生じる。
イ 原告は,被告から書面による承諾を得たときは,原告が譲り受けた本件譲受債権を,被告から直接取り立てることができる。
(なお,ここでは,本件債権譲渡等の有効性は,とりあえずおいておく。)
(7)  URS社は,返済日を経過しても,原告に対し,本件金銭消費貸借契約に基づく返済をしなかった。
(8)  原告は,平成19年8月17日到達の通知書にて,被告に対し,本件譲受債権の支払いを求めたが,被告は,これに一切応じなかった(当事者間に争いがない。)。
(9)  Dは,平成17年1月ころ,Cと初めて知り合い,同年5月ころ,被告とUR社との間の取引が始まり,平成18年11月ころからは,継続的に取引をするようになっていた。ただし,被告とURS社との間では,一切取引はなかった。UR社は,被告のE-mind事業におけるテクニカルパートナー企業のうちの一社であり,Dは,同事業の責任者であった。(以上,乙14,21,証人D)。
2  また,以下のとおりの書面等が作成され,証拠として提出されている。
(1)ア  売主URS社,買主被告の以下の内容の本件売買契約書が平成18年12月18日付けで作成された。
売買対象物 集合住宅CRMシステム(本件システム)
引渡日 本件売買契約締結日
売買代金 4億5000万円(税別)
支払日 平成19年5月末日
遅延損害金 年15パーセント
検収 被告は,URS社に対し,本件システムについて,必要な検査を行った結果,本件システムが合格したことを表明する。
本件システムの再販売 被告は,本件システムをURS社以外の第三者に対し,独占的に再販売することができる。
イ  本件売買契約書には,「東京都品川区〈以下省略〉 株式会社日立情報システムズ 金融情報サービス事業部 営業本部 本部長 D」と記名され,本件丸印及び本件角印が押されている。
(以上,甲3)
(2)ア  以下の内容の平成18年12月18日付け本件検収書が作成された。
宛先 URS社
品名 集合住宅CRMシステム(本件システム)
金額 4億5000万円(税別)
イ  本件検収書には,「東京都品川区〈以下省略〉 株式会社日立情報システムズ 金融情報サービス事業部 営業本部 本部長 D」と記名され,本件丸印及び本件角印が押されている。
(以上,甲4)
(3)  原告において,以下の内容の本件電話対応記録が作成された(甲9)。
ア 作成者・担当者 E
日時 平成18年12月19日午後1時から午後1時半
相手先 被告
相手先担当者 金融情報サービス事業部営業本部長D
イ 本件電話対応記録には,EがDから聴取した内容として,以下の内容が記載されている。
(ア) UR社との関係や本件システムの評価について
UR社は,被告のデータセンターを利用してもらっている重要な顧客である。本件システムについてもブログの解析エンジンとして高い評価をしている。本件売買契約については,システムの独占使用権の対価であり,非常に安いと思っており,被告としては,サーバー利用料で十分に回収が可能と見ている。
(イ) 支払について
平成18年12月18日に本件売買契約書を調印した。現段階では仮検収であるが,本検収も問題がない。本件システムの一部を被告が請け負って開発した経緯もあり,検収をあげないことはない。契約日と支払日まで時間が空いているのは,被告側で今期の予算に計上していないため,来期の支払に回してもらったからである。したがって,代金の不払・遅延はないと思ってもらってよい。
(ウ) 本件システムの売買代金4億5000万円を原告の指定口座に振り込むことについて
例外的な措置であるが,しかるべき手続を取れば可能であり,過去に実例もある。ただし,債権をめぐる争いに巻き込まれたくないので,UR社側からの要請に基づき被告が納得できる理由を示してもらう必要がある。
(エ) その他
被告では,「e-マインド」事業と呼んでいる有望な技術系ベンチャー企業の支援を行っており,現在75社あるが,UR社もその1つ。
(4)  原告において,以下の内容の審査委員会議事録が作成された(以下「本件審査委員会議事録」という。乙17)。
開催日時 平成18年12月19日18時30分から18時50分
議題 URS社に対しての融資
出席者 J専務(委員長),K部長(委員),L部長(委員)
オブザーバーとして,M部長,N副部長,O副部長,P
議事内容 Fが資料に基づき説明。融資額・3億円,返済方法・システム販売先の被告の売買代金で,保全・被告の売掛債権担保(直接当社口座に入金),貸付予定日・平成18年12月20日。
質疑応答 被告からの直接入金は可能か,被告にヒアリング済みで可能と回答。
結果 承認可決
(5)  原告において,以下の内容の売掛債権担保稟議書が作成された(以下「本件稟議書」という。乙16)
稟議日 平成18年12月19日
申込日 平成18年12月18日
申込額 3億円
獲得担当者 I
支店決裁者 F
紹介者 みずほ銀行四谷支店 G
担保 売掛債権
決済区分 条件付可決
決済条件 債権譲渡承諾契約書徴求
決済コメント 平成18年12月19日審査委員会で承認済み。被告から,本件売買契約の代金4億5000万円について,債権譲渡承諾依頼書徴求のこと。
その他 URS社の資本金,連帯保証人であるCの年収,家族構成,住居が賃貸マンションであることなどが確認されている。
(6)ア  以下の内容の本件債権譲渡承諾依頼書が作成された。
債権譲渡人 URS社
債権譲受人 原告
承諾人 被告
内容 被告は,本件債権譲渡を異議なく承諾した。
イ  本件債権譲渡承諾依頼書には,「東京都品川区〈以下省略〉 株式会社日立情報システムズ 金融情報サービス事業部 営業本部長 D」の記名印(以下「本件社判」という。)及び本件丸印が押されている。
ウ  また,本件債権譲渡承諾依頼書には,平成18年12月20日付けで,公証人による確定日付が取られた。
(以上,甲6)
(7)  以下の内容のURS社名義の平成19年3月6日付本件解除申入書が作成された(甲14)。
宛先 被告
内容 すでに契約頂いている本件システムについては,度重なる納期猶予を頂いたにも関わらず,要求仕様を満たすことができず,迷惑を掛けたことを深くお詫びする。被告の要求と被告の基準をクリアするには,構造を見直す必要があり,これ以上の納期的猶予をもらうことは,被告の商機を逸することになりかねず,迷惑を掛けることになるので,一旦,契約を解除させてもらいたい。
(8)  原告では,交渉履歴が作成されており,同交渉履歴には,以下の内容の記載がある。いずれも原告担当者はFである。(以上,甲15,24。以下,平成19年7月5日から同年8月10日までの交渉履歴(甲15)のことを「本件交渉履歴」という。)。
ア 平成19年7月17日 C(相手。以下,同じ。)
被告と争いをすると,今後のビジネスに支障があるので避けたい。
イ 同月19日 C
(FがCに対し,Dと直接話をさせてもらいたいと話すと,)いいが,被告には延滞の件を話していないので,先にCから話をさせてほしい。
ウ 同月23日午前9時 Q
延滞を知った時点で被告と今後の取引ができなくなるので慎重に対応して欲しい。(Fが,もし被告に話していないことがあれば,事前にCから伝えた方がいいのでは,本日,ヒアリングをする旨をDは知っているのかと聞いたところ,)Cに確認しないと分からない。
エ 同日午前9時40分 C
Dに延滞の説明していない,突然連絡が入ったら今後の取引がどうなるか不安。Dと会って,説明した後,ヒアリングしてもらうのが筋だが,出張のため会う約束が取れなかった。原告から,延滞のことを話されると,すべての取引が終わってしまう。何とかCがDと話をしてからにしてもらえないか。
オ 同日午後3時30分 C
Dに話した。Dは何でいまさら原告の件でかかってくるのだと激怒していた。ヒアリングは後日にならないか。(Fが今日中にさせてもらうと伝えたら,)もう一度Dに電話してから電話する。
カ 同日午後5時2分 C
まだDと話ができていない,あと1時間待ってくれ。
キ 同日午後6時5分 C
Dと再度電話をしたが,収拾がつかなくなった。もう1度Dに電話させてくれ。
ク 同年7月26日 D
本件システムの性能の改善を待ったが,同年3月に改善できずにURS社から解除の申入れがあった。本件システムが改善されれば購入の意思がある。解除の申入れのとき,原告のことは署名押印もしており気になっていたが,Cから,原告との件は迷惑を掛けないようにすると言われていた。
ケ 同年7月30日 C
本当はURS社から解除を申し入れたわけではなく,Dの立場上書かされた。
コ 同月31日 C
解除はURS社の意思ではない。
(9)  以下の内容のURS社(代表取締役C)名義の平成19年8月24日付本件詫び状1が作成された(乙1)
宛先 被告
内容 URS社が原告から資金を借り入れるために原告との間で締結した平成18年12月20日付契約(本件金銭消費貸借契約)に関して,原告からの求めに応じて,Cは,被告に無断で下記書面及び下記書面に押印された被告金融情報サービス事業部営業本部長の印章を偽造し,原告に提出した。
①本件売買契約書,②本件債権譲渡承諾依頼書,③平成19年1月20日付「URSシステムに関しての改善の要請について」,④同月22日付「回答書」,⑤同年3月5日付本件解除申入書,⑥同月13日付覚書,⑦同年4月20日付「契約解除に伴う念書」
上記書面及び印章を偽造し,被告に迷惑をかけたことについて,心よりお詫び申し上げる。Cは,今回のことを深く反省し,今後,二度とこのようなことを行わないことを固く誓う。
原告への対応を含め,本件に関しては,Cの責任で処理し,被告に一切迷惑をかけないことを約束する。
(10)  さらに,URS社(代表取締役C)名義の平成19年9月6日付本件詫び状2が作成された。そこに記載された差出人・内容等は,本件詫び状と同じであるが,偽造した書面について,本件検収書が追加されている。(以上,乙2)
3  まず,原告の主位的請求,すなわち,本件債権譲渡及び本件債権譲渡承諾に基づく本件譲受債権の支払請求が認められるかどうか,前記認定事実等を前提に,判断していく(以下,同様)。
(1)  本件売買契約書及び本件検収書には,本件丸印及び本件角印が押されており,本件債権譲渡承諾依頼書には,本件社判及び本件丸印が押されている。そこで,Dが,被告情報システムズ金融情報サービス事業部営業本部長として,本件売買契約等の締結について権限を有していたかどうかが問題となる。
(2)  証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア Dは,平成18年12月当時,被告金融情報サービス事業部副事業部長及び同事業部営業本部長であった(乙3の2,乙8,14,証人D)
イ 被告では,印章が作成された場合,当該印章の名称等を印章登録簿に登録するとともに,登録した印章ごとに印章票を作成する(乙3の1・2,乙14,証人D)。
ウ 被告において,金融情報サービス事業部が設置されたのは,平成13年2月21日であり,金融情報サービス事業部営業本部が設置されたのは,平成15年4月1日であるが,本件売買契約書,本件検収書及び本件債権譲渡承諾依頼書に押されている本件丸印及び本件角印が印章登録簿に登録されたことはない(乙3の1,乙4,5,14,証人D)。
エ また,被告において,「株式会社日立情報システムズ金融情報サービス事業部之印」の印章(角印)(縦書4行)が作成されているが,本件売買契約書及び本件検収書に押されている本件角印は,「株式会社日立情報システムズ金融情報サービス事業部」(縦書5行。また,「之印」がない。)の印章である(甲3,4,乙3の1・2)。
オ 被告の職務分掌上,ソフトウエア製品等の物品の購買及び役務の外注等,資材の調達及び検収等の資材業務については,原則,被告の資材担当部署が担当する業務であり,被告本社における資材業務については,業務サポート本部資材部が資材担当部署である(乙6,8,14,証人D)。
カ 被告金融情報サービス事業部は,金融関連業務に対する事業を担当し,同事業部営業本部は,金融業に対する営業を担当しているのであって,被告金融情報サービス事業部副事業部長及び同事業部営業本部長であるDの職務権限には,売買契約を締結する権限や検収を行う権限,物品の買掛金の債権譲渡を承諾する権限は含まれていなかった(乙6,8,14,証人D)。
キ 被告が債務者となる売掛金等が債権譲渡され,これについて承諾を求められた場合の判断については,被告本社では,被告業務サポート本部資材部長が決定権限を有しており,本件債権譲渡のように3億円もの高額な売掛金債権(本件譲受債権)を対象とする債権譲渡についての承諾の許否を決定するにあたっては,被告業務サポート本部資材部長や,被告の法務部門や財務部門等の関係部門も関与し適否を検討し,関係役員に報告して判断を仰ぐのが通常であった(乙8,14,証人D)。
(3)  以上のとおり,本件丸印及び本件角印については,被告が作成し使用していた印章ではなかったこと,被告金融情報サービス事業部が原則として物品等の購入契約に関し担当部署となることはないこと,被告金融情報サービス事業部副事業部長及び同事業部営業本部長としてのDの権限等からして,Dには,被告において,本件売買契約を締結する権限も,本件検収を行う権限も,本件債権譲渡承諾をする権限もなく,結局において,本件売買契約書,本件検収書及び本件債権譲渡承諾依頼書に押印する権限もない。
したがって,被告金融情報サービス事業部営業本部長D名義で本件売買契約書,本件検収書及び本件債権譲渡承諾依頼書が作成されているが,本件売買契約書等を作成した者,特に本件債権譲渡承諾依頼書に本件社判及び本件丸印を押し作成した者が誰かということはさておき,直ちにはURS社と被告との間で有効に本件売買契約が締結されたと認めることはできず,同様に被告が本件売買契約を前提とする本件債権譲渡承諾をしたと認めることはできない。
(4)  確かに,本件債権譲渡承諾依頼書に押されている本件社判については,その印影が被告で使用されていた「東京都品川区〈以下省略〉 株式会社日立情報システムズ」との社判(乙12)のそれときわめて類似しており,同一のものと推認することもできる。しかし,本件社判のような記名印については,いわゆる二段の推定は適用されないと解され,本件社判とともに押されていた本件丸印や本件角印について,被告が作成し使用していたものではなく,Dの被告金融情報サービス事業部営業本部長としての権限等からも,被告の意思に基づいて押されたものとは認められないから,本件社判と被告で使用されていた上記記名印が仮に同一のものであったとしても,上記判断に影響を及ぼすものではない。
(5)  Dは,ソフトウエアの使用許諾契約等については,被告金融情報サービス事業部が契約することがあると供述した(証人D)が,被告が本件システムの開発を一部でも請け負っていたと認めるに足りる証拠はなく,本件売買契約について,被告金融情報サービス事業部,さらには,同事業部営業本部長であるDに対し,締結権限が委譲されていたとは認められない。
また,平成18年12月当時,Dが被告の「金融情報サービス事業部事業部長之印」及び「金融情報サービス事業部之印」の各印章の保管代理者であったことが認められる(乙2の2,乙14,証人Dによる。)。しかし,印章の保管代理者については,本来の保管責任者が不在等の場合に,その者の判断に基づき,その者に代わって当該印章を押すことができるだけであって,自らの裁量により決定する権限はないと解するのが通常である(証人Dも同旨の供述をした。)。むしろ本件丸印及び本件角印についての前記判断からして,本件売買契約等の締結権限等が被告金融情報サービス事業部ひいては同事業部営業本部長であるDに委譲されていたとは認められない。Dが上記印章の保管代理者であったことは,前記判断に影響を及ぼすものではない。
(6)  以上から,原告の被告に対する主位的請求(本件債権譲渡及び本件債権譲渡承諾に基づく本件譲受債権の支払請求)は理由がなく,認められない。
4  次に原告の予備的請求のうち,民法94条2項,民法110条の類推適用による本件譲受債権の支払請求について,検討する。
(1)  まず,前記のとおり,被告金融情報サービス事業部副事業部長及び同事業部営業本部長であるDには,売買契約を締結する権限も,検収を行う権限も,債権譲渡について承諾する権限も認められない。
そうなると,Dについては,本件売買契約の締結についても,本件債権譲渡承諾についても,基本代理権がないというべきであるから,民法110条を類推適用する前提を欠くと言わざるを得ない。Dは,被告「金融情報サービス事業部事業部長之印」及び「金融情報サービス事業部之印」の各印章の保管代理者であったが,前記保管代理者の権限についての判断からすれば,このことをもってDが被告から基本代理権を授与されていたとは認められない。
(2)  また,民法94条2項の類推適用については,本件売買契約は有効に成立していないが,本件売買契約書及び本件検収書の存在等により,本件売買契約が真正に成立したかのような虚偽の外観が作出されたと考えられる。
しかし,CひいてはURS社はともかくとして(また,被告の従業員であるDについてもさておく。),被告とURS社との間の本件売買契約が有効に成立していないこと,本件売買契約書等が被告により真正に作成されたものではないことなどは,前記のとおりであるから,被告自らが虚偽の外観を作出した,もしくは,被告が虚偽の外観の作出について帰責性があると認めることができないというべきである。
(3)  以上から,その余の点を判断するまでもなく,予備的請求のうち,原告の被告に対する民法94条2項,民法110条の類推適用による本件譲受債権の支払請求は理由がなく,認められない。
5  そして,原告の予備的請求のうち民法715条1項(使用者責任)に基づく損害賠償請求について,検討する。
Dが本件債権譲渡承諾依頼書の作成に関与したかどうかが問題となる。
(1)  原告が平成18年12月20日にURS社に対し本件金銭消費貸借契約に基づき3億円を貸し付けたことが認められ,平成18年12月19日に,E及びFが被告本社を訪れ,会議室でDと面談したこと(本件面談),本件面談にCが同席したことは,当事者間に争いがない。
そして,本件債権譲渡承諾依頼書には平成18年12月20日付けの公証人による確定日付があるので,同日までに原告が本件債権譲渡承諾依頼書を取得していたことは間違いない。また,本件面談が少なくとも原告のURS社に対する本件融資案件のことで実現されるに至ったことも認められる(甲16,17,乙14,証人E,証人F,証人Dによる。)。
(2)  ところで,本件融資案件のように3億円ものきわめて多額の融資について,原告が金融会社として返済の確保として担保の問題に重大な関心を持つのは当然のことである。本件で考えられる原告のURS社に対する3億円の貸付の担保となるべきものは,本件売買契約の売掛金債権のみであり,本件売掛金債権のうち本件譲受債権について譲渡を受けること,本件譲受債権の債務者である被告からの本件債権譲渡承諾を得て初めて原告からURS社への3億円もの貸付が行われたと考えるのが自然である(ここでは,本件債権譲渡承諾ないし本件債権譲渡承諾依頼書の作成が誰によってされたか,また,その有効性については問題にしない。)。
そうなると,原告は,URS社への貸付を行うまでに,本件債権譲渡について被告から承諾を受けることに関心を持ち,その承諾を得ることに向かって,原告内部でも,C,Dひいては被告に対しても,同様の行動を取っていたものと考えられる。
(3)  前記のとおり,本件融資案件について,①平成18年12月19日午前中にE及びFがCに対しマネジメントインタビューを実施し,②その後,EがDに対し電話による事情聴取をし,その聴取内容が記載された本件電話対応記録が作成されたことになっており,③さらにその後,原告審査委員会で稟議が行われ,本件審査委員会議事録が作成されたことになっており,④そして,原告審査部で稟議が行われ,本件稟議書が作成されたことになっている。
本件電話対応記録,本件審査委員会議事録,本件稟議書に記載された内容は,それぞれ前記「第6当裁判所の判断2(3),(4),(5)」のとおりである。
さらに,原告において,本件融資案件について,本件交渉履歴が作成されたことになっており,そこに記載された内容は,前記「第6当裁判所の判断2(8)」のとおりである。
(4)  Dが本件債権譲渡承諾依頼書の作成に関与したかどうかについて,原告は,平成19年12月19日夜の本件面談の際,本件債権譲渡承諾依頼書の承諾人欄にDが本件社判及び本件丸印が押したと主張し,被告は,これを否定する。
ア この点,E及びFは,以下のとおり,おおむね一致する供述をした(甲16,17,証人E,証人R)。
本件面談の際,Cは,Dに対し,本件融資案件について説明し,原告から融資を受けるためには,本件債権譲渡が必要である旨説明した。Fも,被告本社会議室のテーブルの上,Dの前に本件債権譲渡承諾依頼書を置きながら,本件融資案件や本件債権譲渡について説明した。本件債権譲渡承諾依頼書に本件社判等は押されていなかった。Dは,「何でいつもこんな急な話なんだ。お客さんと飲んでいたのにどうしても会って欲しいというからやむなく切り上げてきたのに,一体,この話は何なんだ。」などと言ってCを叱り付け,協力を求めるCとの間で,押し問答を1時間以上続けた。しかし,最終的には,Dは,テーブルの上に置いてあった本件債権譲渡承諾依頼書を持って,会議室を出て行き,約5分後に戻ってきたDから,E及びFは,本件社判及び本件丸印が押された本件債権譲渡承諾依頼書の交付を受けた。EやF,Cが被告本社を出たのは,深夜零時を回ってからであった。
イ この点,Dは,以下のとおり,供述した(乙14,証人D)。
平成18年12月19日夜に,Cから,URS社の融資元である原告に対し,被告と間の取引状況を説明して欲しいとの依頼があった。このような依頼は,ベンチャー企業の資金調達に際してはよくあることである。Dは,Cに対し,予定があるから無理だと伝えたが,どうしても今日中とせがまれ,しぶしぶ夜遅い時間であれば調整可能と伝え,原告との面談を応諾した。本件面談の際,Eから,被告とUR社またはURS社との取引状況を聞かれたので,UR社との取引概要,UR社がE-mind事業のパートナーであることを説明し,被告がUR社との間でアウトソーシングサービス関連の契約を締結していることなどを回答した。本件面談の際,本件債権譲渡承諾依頼書を示されておらず,本件売買契約や本件債権譲渡に関する話は出ていない,Dが,Cと本件債権譲渡の承諾をめぐって1時間ほど押し問答したことも,本件債権譲渡承諾依頼書を手にして被告本社会議室を出て行き,再び戻って来て,EやFに,本件社判及び本件丸印を押した本件債権譲渡承諾依頼書を交付したこともない。
ウ Dの供述,ひいては,被告の主張どおりだとすると,EやFは,夜に被告本社まで,被告とUR社またはURS社との間の取引状況等を聞きに行き,Dから,そのことを確認しただけとなる。しかし,本件融資案件の内容,本件面談の翌日の平成19年12月20日に原告がURS社に3億円を貸し付けたこと,この貸付が本件債権譲渡承諾があったことを前提に行われたというべきであることなどからすれば,E及びFの各供述どおり,EやFは,本件融資案件及び本件債権譲渡について説明し,本件債権譲渡承諾依頼書の承諾人欄に被告の印を押してもらい,本件債権譲渡承諾をしてもらうために,E及びFが夜に被告本社を訪問し,Dと本件面談を行うに至ったと解するのが自然であると考える。
本件面談の翌日には現実に原告がURS社に対し3億円を貸し付けたことからも,本件面談については,本件融資案件,すなわち,URS社に対する融資の可否を確認するために,あるいは,URS社に対する融資の条件を充たすために行われたと解すべきであり,Dの供述によると,E及びFに対し,一切の書類を示さずに,口頭で被告とUR社またはURS社との取引状況等を説明しただけで,E及びFがURS社に対する融資を行うことについて納得し,被告本社を後にしたことになるが,これは不自然といわざるを得ない。
以上のように解することが,平成18年12月19日の1日の経過からしても妥当である。すなわち,①午前中にE及びFがCに対し本件融資案件についてマネジメントインタビューを実施し,②①の結果を受けて,Eが,Dに対し,被告とURS社との関係や本件システムの評価,本件売買契約の代金の支払や原告への振込等について,電話による事情聴取をし,その聴取内容を記載した本件電話対応記録を作成し,③さらにその後,本件融資案件が議題となった原告審査委員会が開かれ,その委員会で,FやIが本件電話対応記録等を資料に説明を行い,URS社の被告に対する本件売掛金債権を担保に保全することなどが議論され,被告からの直接入金が可能かとの質問が出たが,被告(D)にヒアリング済みで可能との回答がされ,議題が承認可決されており,これらの結果を踏まえて,③で議論された本件売掛金債権のうち本件譲受債権を担保すること及び被告からの直接入金が可能であることについて,本件売買契約書に名前が出ていたDに直接確認しに,被告本社を訪れることになったと解するのが相当である。
Dの供述や被告の主張によると,E及びFがわざわざ夜に被告本社を訪れ,Dと面談をした理由や,Dが得意先との酒席を途中で抜けてまで,被告本社に戻り,E及びFと面談した(甲16,17,乙14,証人F,証人E,証人Dによる。)理由について,説明することが難しいというべきである。
(5)  さらに,平成18年12月19日の1日の経過や,原告が作成した書面についての被告の主張を踏まえ,付け加えて述べると,以下のとおりとなる。
ア E及びFは,Cに対するマネジメントインタビューについて,E及びFが平成18年12月19日午前中に行われ(Eは午前11時ころに終了した,Fは遅くとも午後零時ころまでには終了したと供述した。),本件売買契約書や本件検収書をもとに事情を聴いた,原告がこれら本件売買契約書等を入手したのは平成18年12月18日と供述した(以上,甲16,17,証人F,証人E)ところ,URS社から原告に対し本件売買契約書及び本件検収書がファックスで送信されたのは平成18年12月19日午後零時09分であること(乙19,20による。)から,Cに対するマネジメントインタビューに関するF及びEの各供述の信用性を問題にする。
確かに,E及びFの各供述によるCに対するマネジメントインタビューが行われたとする時刻と,本件売買契約書が原告にファックスで送信された時刻とが異なる。しかし,この点は,本件の経過をみると,必ずしも重要な点であるとは認められない。また,E及びFの各供述によると,Cに対するマネジメントインタビューの時間は30分間からせいぜい1時間くらいであったと認められ,その後のEのDに対する電話による事情聴取が,本件売買契約書等が原告にファックスで送信された後である平成18年12月19日午後1時から始まったとの本件電話対応記録との記載やEの供述と矛盾するものでもなく,むしろ原告が同日午後零時ころには,本件売買契約書及び本件検収書を取得しており,Cに対するマネジメントインタビュー終了後,本件融資案件についての手続が急速に進行していったことが窺える。
イ 被告は,EのDに対する電話による事情聴取についても,その存在を否定し,本件電話対応記録の信用性を否定する。Dも同旨の供述をしたが,他方で,Dは,Eから電話があったかという質問に対しては,「あまりよく覚えていません,あったかもしれません,よく覚えていないというの実情です。」と供述し(証人D),曖昧ではあるが,Eからの電話がなかったとの断定はしていない。そして,平成18年12月19日にDにEから電話があったというのであれば,それは,本件融資案件が契機になっているというしかない。
また,被告は,本件電話対応記録について,Eが行ったCに対するマネジメントインタビューの結果により十分記載可能な内容であると主張する。そして,本件電話対応記録の記載のうち,E-mind事業で支援している企業数については,EがDから聴取したのではなく(証人Eによる。),平成19年1月当時のE-mind事業で支援している企業数が96社であったことから(乙21による。),この点については,正確さに欠け,本件電話対応記録の信用性に問題が生じるといえる。
しかし,仮に被告の主張どおり,EによるDに対する事情聴取がなかった場合,本件電話対応記録に記載されていることは,Cに対するマネジメントインタビューの結果,得た情報になり,本件売買契約のこと,本件検収のこと,売買代金を原告に振り込むことなどについて,Eは,Cから,知らされていたことになる。原告が平成18年12月19日夜に本件債権譲渡承諾依頼書の交付を受けたのではなく,本件債権譲渡承諾依頼書をCが単独で作成したとした場合,本件融資案件のため本件面談が行われたにもかかわらず,EやFから,本件売買契約のこと,売買代金を原告に振り込むことなど,本件債権譲渡の話がDに対してされなかったということは考え難い。しかし,Dの供述によると,本件面談において,本件売買契約や本件債権譲渡の話は一切出なかったというのであるが,不自然である。
本件電話対応記録について,曜日の間違い(平成18年12月19日は火曜日であるのに,金曜日と記載されていること。)や,作成者であるEの署名や押印がないことなどは,本件の経過をみると,必ずしも重要な点であるとは認められない。
確かに,EとDは,これまで一切面識がなかったが,Dの供述によると,Cから電話があった後,Eから電話があったと思うとのことであり,Cを介することにより,これまで一切面識のなかったEとDとの間で,本件電話対応記録に記載されているような内容の会話をしたとしても,格別不自然ではない。
以上から,平成18年12月19日午後1時から午後1時半までEがDに対し電話により事情聴取をしたと認められ,本件電話対応記録に記載された内容は,EがDから聴取した事情が記載されているというべきであり,その作成,内容の信用性に問題が生じるところはないと解する。
ウ 本件融資案件については,原告審査委員会での承認可決を経て,原告審査部で稟議にかけられたことが認められるところ(甲16,甲17,乙16,17,証人E,証人Fによる。),原告審査部での稟議が開催された日について,Fは平成18年12月20日と供述し(甲17,証人R),Eは同月19日と供述し(証人E),判然としない。しかし,本件稟議書には,稟議日及び決済日が同月19日と記載され,同書面の印刷日時について同日午後9時8分と印字されていることから,平成18年12月19日に開催されたと解することができる。仮に同月20日に開催されたとしても,本件稟議書中の決済区分欄「条件付可決」,決済条件欄「債権譲渡承諾契約書徴求」,決済コメント欄「債権譲渡承諾依頼書徴求とのこと」の各記載から,同月19日には本件債権譲渡承諾を得ておらず,これから充たすべき条件であるとまでは読み取れず,原告が本件債権譲渡承諾依頼書を取得したのが平成18年12月19日ではないと認めることにはつながらない。なお,本件稟議書には,審査部長,審査副部長の印が押されている(乙16による。)。
また,平成18年12月19日午後6時30分から午後6時50分に開催されたとする本件審査委員会議事録にも,本件債権譲渡に関して直接的な言及はないが,「保全・被告の売掛債権担保(直接当社口座に入金)」との記載があり,それは実質的には本件債権譲渡承諾と同じ意味と読むことができる。なお,本件審査委員会議事録には,出席各委員等の印が押されている。
よって,本件審査委員会議事録,本件稟議書に記載された内容については,いずれもその作成,内容の信用性に問題が生じるところはないと解する。
(6)ア  確かに,本件融資案件に関する交渉履歴が平成19年7月5日以降の分しか証拠として提出されていないのは,不自然といえる。
しかし,本件交渉履歴には,前記「第6当裁判所の判断2(8)」以外にも,平成19年7月25日にDに電話(03-〈省略〉)にかけたが,電話に出た女性から,Dが外出中で当日は戻らないとの回答であったこと,同月26日にDに電話をかけたところ,電話に出た男性から,Dが被告統括本部長になっているとして新しい電話番号(03-〈省略〉)を教えてもらったこと,その後,再度掛けたが出張中で,同日午後6時22分,ようやくDと連絡が取れたことなどの記載があるところ,Dが,出張中であったこと,統括本部長に異動していたこと,このことを原告に伝えたことはなかったこと,新しい電話番号が上記のとおりであることなどが認められる(証人Dによる。)。DがCに対し異動や新しい電話番号を教えたとしても,Cがそれを原告に伝えると認めるに足りる証拠はなく(むしろ交渉履歴からは,Cは,できるだけ原告がDと連絡を取らないように懇請している様子が窺える。),原告がDのスケジュールを知っていたことはあり得ず,Dが外出中や出張中であることなどは,Fが,実際に経験したことを交渉履歴として入力し,記載したと解すべきである。
また,原告において,交渉履歴は,日ごろから,債権の回収等で顧客とのトラブル回避等を目的として作成・記録されていたものであり,全部が記載されているとは限らないが,顧客との交渉が発生する都度,システムに速やかに交渉履歴を作成するよう指導していたと認められる(甲17ないし25,証人Rによる。)。
本件融資案件について,平成19年7月5日以前の交渉履歴が証拠として提出されていない不自然さは解消されないが,少なくとも平成19年7月5日以降の本件交渉履歴については,その作成,内容の信用性に問題が生じるところはないと解すべきである。
イ  そして,本件交渉履歴によると,Cができるだけ原告とDとが連絡を取らないように懇請していること,Dが平成19年7月26日に本件売買契約等を前提にして,原告との関係で署名押印したことを認める発言をしたこと,Cが同年7月30日及び同月31日に本件解約申入書について,URS社の意思ではなく,Dの立場上書かされたとの発言をしたことが認められる。
(7)  以上の事情を総合すると,本件面談時の状況に関する供述については,Dの供述(乙14,証人D)ではなく,E及びFの各供述(甲16,17,証人E,証人R)を採用すべきであり,同各供述のとおり,本件債権譲渡承諾依頼書の原告への交付については,Dが,C,EやFから,本件融資案件や本件債権譲渡について説明を受けた後,これを了承して,机の上に置いてあった本件債権譲渡承諾依頼書を持って,被告本社会議室を出ていき,5分ほど経ってから,会議室に戻ってきたが,そのときには,本件債権譲渡承諾依頼書に本件社判及び本件丸印が押してあり,それがE及びFに交付されたと認めるべきである。
(8)ア  なお,本件債権譲渡承諾依頼書に押されている本件社判が被告で使用されていた社判(乙12)ときわめて類似しているのは前記のとおりであり,被告で使用していた社判については,本件面談が行われた被告本社会議室近くのキャビネットの中に無施錠で保管され,容易に持ち出し可能な状態であったことが認められ(乙14,証人Dによる。),このことは,被告本社会議室を出たDが約5分後に戻ってきたときには本件債権譲渡承諾依頼書に本件社判等が押されていたとの状況と矛盾しない。
イ  また,原告が本件譲受債権の本来の支払日である平成19年5月末日から2か月半以上が経過した同年8月16日になってようやく被告に対する支払請求をした(当事者間に争いがない。)が,本件取引履歴の記載をみると,原告がURS社からの回収を図ろうとしていたことや,CからDと連絡を取らないよう懇請されていたことなどが認められることから,原告の被告に対する支払請求の時期が,特に不自然とまではいえない。
(9)  ところで,本件詫び状については,Cが作成したものと認めることができる。書面及び印章の偽造をしていない者がそれらを偽造したと認めることは通常考えられない。少なくともCが本件詫び状に記載の各書面及び印章の作成について関与したことは間違いない。しかし,Cは,所在不明であり,証人として尋問することができなかったところ,本件交渉履歴に記載の前記本件解除申入書に関する発言等からも,本件詫び状に記載の各書面すべてについて,C1人のみが責任を負わされるべきかどうかは,不明であると言わざるを得ない。
Dの供述によると,Cは,平成19年8月22日に被告本社を訪れ,同年9月4日には被告本社に本件詫び状1を持参し,同月7日にも被告本社に本件詫び状2を持参したということである(証人D)。しかし,Cが数回被告本社を訪れ,2度にわたって本件詫び状を持参したにも関わらず,被告が,本件詫び状に記載の各書面や印章について,回収を試みたり,Cに持参するよう求めるなどした様子は窺えない。
本件詫び状の存在,その内容をもって,Dが本件債権譲渡承諾依頼書の作成に関与していないことに直ちにつながるとはいえず,上記判断に影響を及ぼすものではない。
(10)  そうすると,Dによる本件債権譲渡承諾依頼書の作成への関与は,前記のとおり,被告におけるDの職務権限外の行為であって,Dのこの行為の法的効果が被告に帰属することはないものの,原告からすれば,本件債権譲渡承諾依頼書の作成,すなわち,本件債権譲渡承諾があったからこそ,本件金銭消費貸借契約に基づき被告に対し3億円を貸し付けたのであるから,Dには,原告に対する不法行為が成立することが考えられる。
そして,民法715条1項の使用者責任の成否が問題となる場面では,Dによる本件債権譲渡承諾依頼書の作成への関与は,本件債権譲渡承諾が,本件システムの売買契約(本件売買契約)を前提に,その売掛金債権を譲渡し,それについて承諾するというものであるから,外形上,被告の事業の範囲内に属するものといえ,さらに,金融業者に対する営業という被告金融情報サービス事業部の職務の範囲等に照らすと,被告金融情報サービス事業部営業本部長であるDの職務権限の範囲内に属すると評価されるものと解すべきである。
(11)  しかしながら,原告担当者であるEやFは,本件金銭消費貸借契約に基づく原告のURS社に対する貸付が3億円ときわめて多額であるというのに,本件債権譲渡承諾依頼書の交付を受けた平成18年12月19日午後にこれまで一切面識のなかったDと初めて電話で連絡を取り,Dから事情聴取を行い,本件面談の場所は被告本社とはいえ,通常の営業時間外の時間帯である夜間に,酒席から戻ってきたDと初めて直接会い,その場で本件債権譲渡承諾依頼書の交付を受けているのである。また,E及びFは,被告による本件売買契約や本件検収,本件債権譲渡承諾等に関し,D以外の被告の役員や従業員等とは一切連絡を取らず,被告内部での決済等について調査や確認をしておらず,Dに対しても,被告内部の決済手続の履践状況やD自身の職務権限等について,一切確認をしていない(甲16,甲17,証人E,証人Fによる。)。さらに,E及びFは,本件売買契約書等にDの名前が出ていることや,CからDが被告担当者であることを聞いたことだけで,本件債権譲渡承諾がDの職務権限内であると判断したというのである(甲16,17,証人E,証人R)。そして,原告内部での審査委員会や審査部での稟議についても,本件電話対応記録以外のどのような資料に基づき,本件融資案件が承認されるに至ったか,不明といわざるを得ない。原告が事業者に対する融資等を業とする金融会社であるにもかかわらず,以上のような経過により,URS社に対し,本件金銭消費貸借契約に基づき3億円を貸し付けたのは,あまりに拙速であり,正当な審査を経たうえで貸付が行われたとは認められない。
本件債権譲渡承諾等が被告におけるDの職務権限内の行為ではなく適法に行われたものではないところ,以上の事情を総合すると,原告には,このことについて,重大な過失があったというべきである。
結局,本件においては,民法715条1項の適用はなく,被告には使用者責任が成立しないと解すべきである。
(12)  以上から,その余の点を判断するまでもなく,予備的請求のうち,原告の被告に対する民法715条1項に基づく損害賠償請求には理由がなく,認められない。
6  原告の主位的請求も予備的請求のいずれも認めることができない。
第7  結論
よって,原告の請求は,いずれも理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担について,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 山城司)

 

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