「営業アウトソーシング」に関する裁判例(59)平成24年12月19日 東京地裁 平23(ワ)33747号 損害賠償請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(59)平成24年12月19日 東京地裁 平23(ワ)33747号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成24年12月19日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)33747号
事件名 損害賠償請求事件
文献番号 2012WLJPCA12198016
裁判年月日 平成24年12月19日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)33747号
事件名 損害賠償請求事件
文献番号 2012WLJPCA12198016
東京都豊島区〈以下省略〉
原告 株式会社X
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 淵邊善彦
同 戸田謙太郎
埼玉県川口市〈以下省略〉
被告 Y
主文
1 被告は,原告に対し,16万0702円及びこれに対する平成23年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを100分し,その6を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,256万8311円及びこれに対する平成23年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告は,システムコンサルティング,システム構築,運用・保守,ネットワークサービス,システム導入,アウトソーシングサービス,WEBサイト・MOBILEサイト制作等を主な事業内容とする株式会社である。
(2) 原告は,ウェブサイトを利用した仮想店舗事業(以下「本件事業」という。)を立ち上げるために被告を雇用することとし,被告に本件事業の立ち上げを要請したところ,被告は,平成22年8月3日,時給800円で平日8時間のフルタイム勤務をするという条件で原告の要請に応じた。そこで原告と被告は平成22年8月16日付けで雇用契約を締結した。被告は平成22年8月16日に原告に入社してから同年12月ころまで原告の従業員として本件事業の運営を担当した。
本件事業を立ち上げるにあたり仮想店舗として使用するウェブサイト(以下「本件サイト」という。)においてアカウントIDを取得するには中国国内の銀行に銀行口座を有していることが必要であった。そこで原告は,中国籍であり,中国国内の銀行の銀行口座を保持している被告を従業員として雇い,本件事業を運営するためのアカウントIDを被告名義で取得した。
被告は,原告との雇用関係を否認する。しかし原告は被告に対し,平成22年8月16日から同年12月までの給与を支払っている。給与支払期間中には被告が中国渡航期間中のものもあるが,これは被告が中国に帰国したついでに本件事業のために現地の調査や関係者との話し合いをしてくると話していたこと及び原告の好意によりその期間中も被告の給料を保障することを約束したからである。また,原告は平成22年8月19日に被告に対して,労務処理のために履歴書の提出を電子メールにて求めたところ,被告はこれに応じて同月23日にパソコンで作成した履歴書を原告に送付している。さらに被告は,本件事業の運営担当として,仕入れ業務や顧客への発送業務を行っていたほか,原告の本件事業の担当者としてヤマトグローバルロジスティクスジャパン株式会社東京支社のBに対して中国への国際運送にかかる料金の見積りを問い合わせたり,株式会社共同フレイタースに対して輸出にかかる諸経費の見積りを問い合わせたりしている。さらに被告は,原告が東京商工会議所宛に作成した貿易関係証明申請者登録台帳に原告のマネージャーである旨を記載している。また被告は,原告のメールアカウントを使用しており,被告の電子メールの署名欄には被告が原告の事業企画開発推進部の一員である旨の記載がある。これらの点からすれば,原被告間に雇用関係が存在したものといえる。なお,雇用契約に関する書面等は,被告の希望により作成されていない。
(3) 被告は,本件事業の運営に関し,その売上金を中国建設銀行のC名義の預金口座(番号〈省略〉。以下「本件管理口座」という。)にて管理するとともに,本件サイトのアカウントIDとパスワードを管理していた。本件サイトのアカウントID取得に際し,被告は原告に対し,原告が中国の銀行において口座を開設した後に本件サイトのアカウントIDを原告名義に変更することが可能であるとの説明を行った。そのため原告は,自身が当時中国の銀行に口座を有していなかったこともあり,とりあえず被告名義でアカウントIDを取得させた。
被告は,原告の本件事業の運営に関して本件サイトのアカウントID及びパスワードの管理をしていた。したがって,原告が管理者に対して直接アカウントIDとパスワードの開示請求又は変更請求ができるか否かにかかわらず,被告は原告からの本件サイトのアカウントIDやパスワードの開示請求を拒むことはできない。
(4) 被告は,本件事業にかかる仕入業務について,事前に一括して仕入れを行っており,仕入業務に関する費用は原告の費用を使っていた。
(5) 原告は中国に渡航し,中国の銀行において口座を開設した。そして原告が中国の銀行に口座を取得したことから,被告名義のアカウントIDを原告名義に変更し,原告口座を使用するよう被告に指示したが,被告は被告名義から原告名義に変更することはできないと突如言い出し,また,原告名義のアカウントIDに変更すると実績が重んじられる中国では売れない等と主張し,原告の指示に従わなかった。
(6) 原告は,平成22年12月ころ,被告が原告を退職することとなった際,被告に対し,本件管理口座の明細の開示,本件事業によって生じた売上金全額(以下「本件売上」という。)の原告への支払,本件サイトのアカウントIDとパスワードの開示及びアカウントの廃止(退会)手続を行うよう要求した。しかし被告は,原告の要求に一切応じようとはせず,原告からのメールや電話での催告に対して曖昧な返答を繰り返すのみであった。また被告は,原告退職後,本件サイトのアカウントID及びパスワードを原告の許可なく変更したうえ,アカウントID及びパスワードの開示要求に応じなかった。
原告は,平成23年4月22日付け「通知書」や平成23年7月12日付け「通知書」記載のとおり被告に対して再三に亘り本件管理口座の明細の原告への開示,本件売上の原告への支払,本件サイトのアカウントIDとパスワードの開示及び同アカウントの廃止(退会)手続を行うよう要求したが,被告は何らの対応をしない。
(7) 原告は,被告の不法行為により,以下の損害を被った。
ア 原告は本件売上を取得することができたはずであるにもかかわらず,被告による横領行為により本件売上を得ることができなかった。
平成22年(2010年)12月27日時点での本件売上は4万2076元であり,平成23年10月17日のレートで換算すると51万0381円となる。
イ 本件サイトのアカウントIDとパスワードが得られないことにより,原告は,本件サイトの訪問者の履歴情報及び本件サイトにおいて物品を購入した顧客の顧客情報(以下,これらを併せて「本件顧客情報等」という。)にアクセスすることができず,原告の本件事業の遂行は重大な支障をきたしており,その損害は甚大である。
本件顧客情報等は,少なくともそれを収集するのに要した費用と同額の価値を有していることからすれば,原告は被告が本件サイトのアカウントIDとパスワードを開示しないという不法行為により,少なくとも本件事業を行うにあたって支出した費用(専従者給与,事務用品代等)と同額の205万7930円の損害を被った。
この損害は,被告が原告の許可なく本件サイトのアカウントID及びパスワードを変更したうえ,原告からの開示要求に応じなかったことにより生じているものであるから,被告の不法行為との因果関係が認められる。
(8) よって,原告は被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として256万8311円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成23年11月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)の事実は知らない。
(2) 請求原因(2)の事実は否認する。
ア 被告が原告に雇用された事実はなく,原告に従業したこともない。貿易関係証明申請者登録名簿は,実務上は必要がないものの融資を受ける目的で金融機関に差し出すため必要であると原告から請われて名前を貸しただけである。また,被告が本件事業担当者として商品発送業務を行っていたとする書証も,事業実態を作るために原告から協力を求められて作成されたものである。また,被告は,原告からの要請に基づき,被告が支出した費用等に関する領収書等を原告に差し入れた。したがって,これらの書類を根拠に,被告が原告の本件事業に関して支出をしたものとはいえない。被告は,原告の事務所の一部を使用させてもらっていたという立場上,原告からのこれらの要求を断ることはできなかった。
被告は平成22年8月31日から同年9月17日まで中国に帰国していたところ,原告が主張する被告への給与支払の内容では被告が中国に帰国していた期間中にも被告に対して給与が支払われていることとされており,原告の主張及びその裏付けとして提出する証拠(甲2号証)は虚偽あるいは誤認を含んでいる。
イ 本件サイトは被告が登録,利用していたウェブサイトであり,被告が平成22年8月以前からごく小規模に商取引を行っていたものである。本件サイトが原告の所有又は利用契約を締結しているウェブサイトであれば,原告自らが管理者へ直接アカウントIDとパスワードの開示請求又は変更請求をすれば足りる。
中国国内の銀行口座を開設するのに中国籍である必要はなく,原告は中国へ渡航しているのであるから中国国内銀行の口座開設ができたはずである。
仮に被告が原告に従事していたとしても,いずれの日か退職してしまうおそれのある者の取得したアカウントID及び他人の個人銀行口座を用いて重大な事業を行うよりも,原告の名で管理,運営をするよう運用していくことが商人としての自明の理である。
さらに原告は,被告が従業していたとする同じ時期に,被告と同じ中国籍をもつDという者を雇用していた。
(3) 請求原因(3)の事実は否認する。
本件管理口座は被告の父名義の口座であり,なぜ原告が他人の個人口座を用いて商行為を行う必要があるのか理由がない。
(4) 請求原因(4)の事実は否認する。
(5) 請求原因(5)の事実は否認する。
(6) 請求原因(6)の事実は否認する。
(7) 請求原因(7)の事実は否認する。
被告は,原告に対し,自身が運営する事業の紹介として本件サイトを見せたことがあり,その運営方法を教えたことがある。その際,原告は興味を示し,原告も同様の事業を行いたいと話していた。しかし被告はその後の原告の動向を知らない。原告が実際に本件サイトを用いて本件事業を運営していた事実はなく,不法行為は存在しない。原告が主張する損害と被告の行為との因果関係はない。
理由
1 請求原因について
(1) 証拠(甲1,4,5,7,9ないし12,16ないし18,20,21,乙1,4,原告代表者,被告本人。ただし書証は枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,ネット通販を用いた海外事業展開を検討していたところ,被告から,原告が使用できる未使用のWEB店舗(本件サイト)があるとの話を聞いた。また,本件事業を営むために原告が新たに○○サイトを利用するためには原告名義の中国の銀行の口座が必要であったが,当時原告は中国の銀行の口座を保有していなかった。そこで原告は,平成22年8月16日,本件サイトを利用した本件事業を営むために,本件サイトの開設名義人である被告とIT知識を有するDを雇い入れるとともに,当面の間の決裁のために本件管理口座を利用する許諾を被告から得た。(甲20,原告代表者)
イ 原告は,本件サイトを利用して,別紙取引一覧表記載の取引を行った。この取引のうち,取引が完了したものの代金額の合計は別紙取引一覧表の入出金欄の確定入金額欄記載のとおり1万3670元であり,購入者の商品受領確認待ちとなっている取引にかかる代金額の合計は2万1674元である。(甲1)
ウ △△システムを利用した電子決済サービスでは,買い手側から電子決済により金銭を一旦預かり,商品の授受が適正に行われた旨の双方からの通知をもって,電子決済により売り手側が指定する銀行口座に代金が送金される仕組みが採用されている。(乙1)
エ 平成22年8月16日以降,被告が原告を退職した平成22年12月15日までの間,被告は原告の従業員として,以下の対応をした。(甲20,原告代表者)
(ア) 被告は,原告が東京商工会議所に提出する貿易関係証明に関する書類の貿易登録担当者欄に,原告のマネージャーとしての役職で名前を自署した。(甲7,被告本人)
(イ) 商品購入者に対して商品を発送する際,原告に雇用される以前は被告自身の住所を依頼者欄に記載して商品を発送していたが,原告に雇用された後は原告の住所を依頼者欄に記載して商品を発送した。また,発送費用にかかる領収書を原告名義で取得した。(甲9ないし12,乙4)
(ウ) 原告の担当者として,原告のメールアカウントを利用した電子メールにて,運送業者に対して中国への商品の発送に関する費用の問い合わせを行った。(甲16ないし18)
オ 原告は,平成23年4月26日,被告に対し,同年5月16日までに本件売上を原告に支払うとともに,本件管理口座の明細の開示,本件サイトのアカウントIDとパスワードの開示及びアカウントの廃止(退会)手続を行うよう要求した。(甲4)
また,原告は原告訴訟代理人である淵邊善彦弁護士及び戸田謙太郎弁護士を代理人として,平成23年7月19日,被告に対し,本件管理口座の平成22年10月から現在までの口座明細を同弁護士に送付すること,本件売上及び本件事業を行うにあたって要した費用の合計額である258万3213円を支払うこと,本件サイトの訪問者の履歴情報及び本件サイトにおいて物品を購入した顧客の顧客情報を原告に開示し,引き渡すか,それができない場合には同情報の価値相当額である205万7930円を支払うこと,原告立ち会いのもとで本件サイトのアカウントの廃止(退会)手続を行うことを要求した。(甲5)
カ 本件訴訟の口頭弁論終結時における中国元から日本円への交換レートは,1元に対して12.85円である。(甲21)
(2) 本件売上にかかる損害について
ア 上記認定事実によれば,原告は被告から本件サイト及び本件管理口座の使用を許諾されており,かつ,本件サイトで取り扱う商品の仕入れや販売した商品の配送を原告の費用と責任において行っているものと評価できるから,原告は本件サイトを利用して原告の事業として本件事業を行っていたものといえる。
被告は,原告に雇用されたことはなく,本件サイトは被告が運営していたものである旨主張する。しかしながら,被告は,上記エ記載のとおり原告に雇用されていることをうかがわせる各種行動をとっている。そして,被告がこのような行動をとった理由として説明する内容は客観的な裏付けがないか,合理性のないものであって採用できない。また,本件サイトのアカウントID等及び本件管理口座が被告管理にかかるものであることは,上記認定事実に照らして被告が本件サイトを運営していたことを裏付ける根拠とはならず,その他に被告が本件サイトを運営していたことを認定するに足りる証拠はない。その他に被告が主張する点は,不合理な内容であるか,証拠関係と整合しないものであって採用できない。
したがって,この点に関する被告の主張は採用できない。
イ そこで損害について検討すると,上記認定事実によって認められる△△の決裁システムを前提とすれば,本件サイトを利用した取引が完了し,その代金が本件管理口座に入金されているにもかかわらず原告に引き渡されていない金額が原告の損害と評価できる。
原告は,別紙取引一覧表のうち,取引状態欄に「相手の商品受取り確認待ち」と記載された取引についても本件事業による売上げであるから原告の損害に含まれる旨主張する。しかしながら,これらの取引については,買い手側に商品が配達されているか否かが不明な状態である以上,買い手側から契約関係を解除される等の可能性が否定できない。したがって,これらの取引について原告の売上げが確定しているとは評価できないから,これらを損害に算定することはできない。
したがって,原告の損害は,別紙取引一覧表の入出金欄のうち,確定入金額欄記載の合計1万3670元から,出金額欄記載の1164元を差し引いた1万2506元となる。これを口頭弁論終結時の為替レートで換算すると,16万0702円(1円未満切り捨て)となる。
(3) 本件顧客情報等にかかる損害について
ア 上記認定事実によれば,原告は,被告から本件サイト及び本件管理口座の使用を許諾されていたにすぎないものと評価できる。そして,本件サイトの名義や登録情報が原告に変更されたといった事情が証拠上認められないことからすれば,本件サイト及び本件管理口座の管理権限は,被告が原告を退職した時点では,なお被告に存在したものと評価できる。
そうすると,被告は,原告に対して本件サイトのアカウントIDやパスワードを開示する義務を負わないから,被告がこれらを開示しなかったとしても原告に対する不法行為は構成しない。
イ また,原告は,本件顧客情報等は,少なくともそれを収集するのに要した費用と同額の価値を有している旨主張し,その金額の裏付け資料として甲3号証を提出する。しかし,本件事業を前提とした場合に,本件顧客情報等が,これを収集するのに要した費用と同額の価値を有していると評価するに足りる証拠はなく,仮にこの点を措くとしても,甲3号証には本件事業との関連性が不明確な書類が多数存在しているから,この証拠をもって損害を算定することはできないというべきである。
したがって,いずれにしても,この点に関する原告の主張は採用できない。
2 結論
以上によれば,原告の請求は16万0702円及びこれに対する平成23年11月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求する限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条1項本文,61条を,仮執行宣言につき同法259条1項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤倉徹也)
〈以下省略〉
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