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「営業ノルマ」に関する裁判例(8)平成27年 2月 4日 大阪地裁 平24(行ウ)188号 遺族補償一時金不支給決定処分取消等請求事件

「営業ノルマ」に関する裁判例(8)平成27年 2月 4日 大阪地裁 平24(行ウ)188号 遺族補償一時金不支給決定処分取消等請求事件

裁判年月日  平成27年 2月 4日  裁判所名  大阪地裁  裁判区分  判決
事件番号  平24(行ウ)188号
事件名  遺族補償一時金不支給決定処分取消等請求事件
裁判結果  認容  上訴等  控訴  文献番号  2015WLJPCA02046001

要旨
◆営業職として勤務していた労働者が虚血性心不全により33歳で死亡したことについて、発症前6か月より前からの長期間にわたる恒常的な長時間労働等により、上記疾病を発症して死亡したものであるとして、労働者災害補償保険法による遺族補償給付等を支給しない旨の労働基準監督署長の処分を取り消した事例

裁判経過
控訴審 平成27年 9月25日 大阪高裁 判決 平27(行コ)42号 遺族補償一時金不支給決定処分取消等請求控訴事件

裁判年月日  平成27年 2月 4日  裁判所名  大阪地裁  裁判区分  判決
事件番号  平24(行ウ)188号
事件名  遺族補償一時金不支給決定処分取消等請求事件
裁判結果  認容  上訴等  控訴  文献番号  2015WLJPCA02046001

神戸市〈以下省略〉
原告 X1
同所
原告 X2
上記両名訴訟代理人弁護士 藤原精吾
同 大槻倫子
同 濱本由
東京都千代田区〈以下省略〉
被告 国
同代表者法務大臣 A
処分行政庁 池袋労働基準監督署長 B
同指定代理人 丹原敏明
同 髙山広海
同 中野雅康
同 大塚大志
同 寺田忍
同 高垣善亘
同 山口昌彦

 

 

主文

1  池袋労働基準監督署長が平成23年3月1日付けで原告らに対してした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の各処分をいずれも取り消す。
2  訴訟費用は被告の負担とする。

 

事実及び理由

第1  請求
主文同旨
第2  事案の概要
亡C(以下「亡C」という。)は,株式会社a(以下「a社」という。)との間で雇用契約を締結し,同社の子会社である株式会社b(以下「b社」という。)に出向して,営業職として勤務していたところ,平成22年2月5日,虚血性心不全(以下「本件疾病」という。)により死亡した(死亡時33歳)。そこで,亡Cの両親である原告らが,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償給付及び葬祭料(以下「遺族補償給付等」という。)の支給を請求したところ,池袋労働基準監督署長(以下「池袋労基署長」という。)は,平成23年3月1日付けで,原告らに対し,本件疾病は業務上の疾病には該当しないとして,遺族補償給付等を支給しない旨の各処分(以下「本件各処分」という。)をした。
本件は,原告らが,亡Cは,長年にわたる長時間労働及び精神的負荷を伴う労働によって疲労を蓄積させ,冠動脈硬化が自然経過を超えて著しく増悪した結果,本件疾病を発症して死亡したものであるから,本件疾病の発症(以下「本件発症」という。)及びこれによる亡Cの死亡は業務に起因するものであるにもかかわらず,これを否定した本件各処分は違法であると主張して,本件各処分の取消しを求める事案である。
1  前提事実(証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1)  当事者等
ア 亡Cは,昭和51年○月○日生まれの男性であり,原告らは,亡Cの両親であって,労災保険法16条の7第1項に規定する「遺族」及び同法12条の8第2項に規定する「葬祭を行う者」に該当する。
(甲2,弁論の全趣旨)
亡Cは,平成20年7月頃から,以前部下であった●●●(以下「●●●」という。)と交際するようになった。(乙5,証人●●●)
イ a社は,OA機器,電話機等の販売及びリースを目的として設立された株式会社であり,a社及びその子会社(以下,併せて「a社グループ」という。)において,①携帯電話販売を行うSHOP事業,②保険代理店として保険商品の販売を行う保険事業,③中小企業を主な顧客層としてOA機器や携帯電話の販売等を行う法人事業,④モバイル上の広告枠の販売等を行うメディア広告事業の4つの事業を展開している。(乙13)
a社グループでは,複数存在する子会社間での人事異動を円滑に行うため,子会社で勤務する社員について,a社が採用して子会社に出向させる形式を取っている。(乙34)
ウ b社は,主に法人向けに,携帯電話,OA機器及び通信回線の販売等を行っており,a社の子会社である。(乙14,34)
また,株式会社c(以下「c社」という。)は,法人向けの携帯電話販売等を行い,株式会社d(以下「d社」という。)は,携帯電話の卸販売等を行っており,いずれもa社の子会社である。
(甲53,乙5,33,34)
(2)  亡Cの所属部署等
ア 亡Cは,平成11年3月1日にa社との間で雇用契約を締結した。
亡Cは,a社の大阪営業所で勤務していたが,平成12年6月,東京地区に異動となり,平成22年2月5日に死亡するまで東京地区で勤務していた。(乙7,34,原告X1本人)
イ その後,亡Cは,b社に出向し,平成18年11月に,法人事業本部大手法人事業部大手営業本部(以下「大手営業本部」という。)のサブマネージャーからマネージャー(課長相当職。以下同じ。)に昇進し,法人を顧客とするOA機器のリース販売及び携帯電話販売の両方について,顧客データベース管理,営業担当者のサポート,営業成績の管理,及び契約の受注管理等を担当するようになった。亡Cは,平成19年4月に,法人事業本部業種特化事業部業種特化本部(以下「業種特化本部」という。)のマネージャーとなり,法人を顧客とするOA機器のリース販売の責任者として,顧客データベース管理,営業担当者のサポート,営業成績の管理,及び契約の受注管理等を担当するようになった。
(乙7,18)
なお,a社グループにおいては,職名として,統轄,副統轄,マネージャー,プレイングマネージャー及びサブマネージャー等が存在し,統轄,副統轄及びマネージャーは,管理監督者として扱われ,労働時間の管理はされないが,一般社員と同様の方法で,出退勤時刻の入力及び記録をするよう指示されていた。(乙34)
ウ 亡Cは,平成20年11月にc社に出向し,法人事業本部業種特化事業部第2営業部大手法人携帯営業部(以下「大手法人携帯営業部」という。)のマネージャーとして,約30名の部下(営業担当者等)を持ち,法人向けの携帯電話販売について,顧客データベース管理,営業担当者のサポート,営業成績の管理,及び契約書類のチェック等を担当するようになった。(甲9,53,乙7,33)
エ c社は,a社グループによる携帯電話の不正契約問題が週刊誌で報道されるなどしたため,平成21年5月頃に事実上閉鎖され,亡Cは,同月からb社に出向し,業種特化本部(同年7月からは大手法人事業部大手法人営業部(以下「大手法人営業部」という。))のマネージャーとして業務に従事するようになった。
(甲7,53,乙7,33,34)
オ 亡Cは,平成21年9月にd社に出向し,大手法人営業部の大手法人SRM営業部(以下「SRM営業部」という。)のマネージャーとして勤務するようになり,同年11月にSRM営業部がb社に移管されたことに伴い,b社に出向した。
(乙7,34)
(3)  SRM営業部における亡Cの業務内容等
ア SRM営業部の組織
亡Cは,平成21年9月以降,SRM営業部において,マネージャーを務めていた。
SRM営業部は,社員数30名以上の法人を顧客としていたが,同年11月,社員数30名未満の法人を顧客としていた直販事業部と統合された。上記統合後,SRM営業部には,亡C,●●●(以下「●●●」という。)及び●●●(以下「●●●」という。)の3名がマネージャーとして配置され,職制上,●●●が統括責任者とされていた。
(乙6,15,18,31,証人●●●)
SRM営業部の3名のマネージャーのうち,統括責任者である●●●は,4名の部下を持ち,関東方面の社員数30名未満の法人顧客を担当しており,亡C及び●●●は,●●●(以下「●●●」という。)を含む合計4名の部下を持ち,社員数30名以上の法人顧客を担当していた。
(乙15,31,証人●●●)
イ SRM営業部の業務内容
SRM営業部の主な業務は,a社グループが法人に販売した携帯電話の契約更新等を案内することであり,これに付随して,契約更新時の金額調整,顧客からの様々なクレームへの対応,顧客データベースの管理,及び代理店への営業サポート等も行っていた。
a社グループでは,携帯電話を販売する際に定価より安い価格で契約をすることがあったが,このような契約では,契約期間を更新するときに定価に戻ることになっているのが通常であった。そのため,契約更新時に,顧客から,当初の金額での契約更新の希望が出されたり,契約時の説明と食い違っているなどというクレームが出されたりすることがあり,SRM営業部の担当者は,顧客との間で,契約更新時の金額調整やクレームに対する返金等を行っていた。
ウ 亡Cの業務内容
亡Cは,中間管理職として部下の管理を行っており,顧客との間の金額調整や顧客からのクレームへの対応(以下,併せて「クレーム対応等」という。)について,部下に対して対応方針等を指示するほか,部下に代わって電話応対をしたり,部下と同行して顧客を訪問したりしていた。亡Cは,クレーム対応等のために出張することもあった。
また,亡Cは,クレームに対する返金額を精査し,これに関する社内稟議の決裁や審査担当部署に対する案件の説明等をしていたほか,顧客データベースの管理等をしていた。
(4)  亡Cの労働時間及びその管理状況等
ア 所定労働時間及び休日
(ア) a社グループの所定労働時間は,始業時刻が午前9時,終業時刻が午後5時30分であり,休憩時間は,午後零時から午後1時までの1時間(以下,この休憩時間を「昼休憩」という。)と定められている。
(イ) a社グループの所定休日は,年間105日であり,毎年12月中旬までに翌年のカレンダーが全社員に開示される。
イ 労働時間の管理状況等
(ア) 社員TCファイル
a a社グループにおける労働時間の管理は,社員が,出勤時と退勤時にフロア入口に設置されているタッチパネル(以下,単に「タッチパネル」という。)に社員番号を入力することで,自動的に出退勤時刻が記録されるシステムにより行われており,月ごとに社員TCファイルという名称の勤怠実績表が作成されている。
社員は,顧客先等に直行又は直帰する場合,事前に上司の許可を得て,直行の場合は業務開始時刻を,直帰の場合は業務終了時刻を,それぞれ上司に電話連絡し,上司がその時刻を社員TCファイルに入力することとなっていた。また,社員TCファイルに入力した時刻に誤りがあった場合は,入力後3日以内であれば,各自のパーソナル・コンピュータ(以下「パソコン」という。)から修正することが可能であった。
b 亡Cの社員TCファイル(以下「本件TCファイル」という。)に記録された出勤時刻及び退勤時刻に基づき,1か月間を30日とし,亡Cの本件発症前1か月ないし本件発症前36か月について,全日出勤した日には1時間の休憩時間を取得した前提で,1週間40時間を超える労働時間(端数となる2日間については,1日8時間を超える労働時間又は休日労働時間)を算定すると(以下,この算定方法を「本件算定方法」という。),別紙1「時間外労働時間表」の「前提事実」欄の「時間外労働時間数」記載の時間数となり,本件発症までの平均時間外労働時間数は,同表の「前提事実」欄の「平均時間外労働時間数」記載の時間数となる。
なお,以下,例えば「発症前6か月」とは,発症6か月前の日から発症5か月前の日の前日までの1か月間を指すものとし,本件疾病については,別紙1「時間外労働時間表」の「始期」欄及び「終期」欄記載のとおりである。また,例えば「発症前6か月間」とは,発症6か月前の日から発症日の前日までの期間を指すものとし,「発症前6か月間の平均時間外労働時間数」とは,発症前6か月ないし1か月の各月の時間外労働時間数を6か月で平均した時間数を指すものとする。
(イ) 入室リーダ記録
亡Cが勤務していた事務所においては,社員が各事務室に入室する際,個人配付されているセキュリティカードを入口に設置されている入室リーダ機にかざして,事務室ドアのロックを解除する必要があった。そして,各社員がセキュリティカードをかざして事務室に入室する都度,その入室時間が入室リーダ記録として保存されていた。なお,事務室から退室する際には,セキュリティカードをかざす必要はなかったため,退室時間の記録は存在しない。(甲30,乙22)
(5)  亡Cの死亡及び行政解剖の結果
ア 亡Cは,平成22年2月5日早朝,自宅で頭痛等を訴えて病院に救急搬送され,同日午前7時56分頃,虚血性心不全(本件疾病)により,33歳で死亡した。(甲23,24,証人●●●)
イ 亡Cは,同日,東京都監察医務院において行政解剖されたところ,解剖を実施した監察医は,冠動脈について,左室間枝(左前下行枝),左回旋枝及び右冠動脈にいずれも約75%の狭窄があり,組織に高度器質化を伴う粥状硬化があり,粥腫内出血はないとの所見(以下「本件剖検所見」という。)を示すとともに,亡Cの直接死亡原因は,虚血性心不全(本件疾病)であり,その原因は,冠動脈狭窄症であると判断した。
(甲23)
(6)  厚生労働省の認定基準等
ア 厚生労働省は,脳血管疾患及び虚血性心疾患等(以下「脳・心臓疾患」という。)を業務上の疾病として認定するための要件に関し,医師等の専門家から成る専門検討会を設置し,疲労の蓄積等と脳・心臓疾患の発症との関係を中心に,業務の過重性の評価要因の具体化等について,最新の医学的知見に基づく検討を依頼した。そして,同検討会は,平成13年11月,検討結果を「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(以下「専門検討会報告書」という。)に取りまとめた。(乙1)
イ 厚生労働省は,専門検討会報告書を踏まえて,別紙2の内容の「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(以下「認定基準」という。)を策定して,これを通達(平成13年12月12日付け基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達)として発出した。これを受けて,労働基準監督署長は,認定基準に基づき,脳・心臓疾患が業務上の疾病に該当するか否かの判断を行っている。
(乙2,4)
(7)  本件各処分及び本件訴訟に至る経緯等
ア 原告らは,平成22年8月25日,池袋労基署長に対し,亡Cの死亡の原因となった本件疾病は業務に起因したものであるとして,労災保険法に基づく遺族補償給付(具体的には,遺族補償一時金)及び葬祭料の支給を請求した。
イ これに対し,池袋労基署長は,認定基準に基づき,平成23年3月1日付けで,原告らに対し,本件疾病は「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血,くも膜下出血,脳梗塞,高血圧性脳症,心筋梗塞,狭心症,心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病」(労働基準法施行規則(以下「労基法施行規則」という。)別表第1の2第8号)に該当しないとして,本件各処分をした。(甲1の1及び2)
ウ 原告らは,本件各処分を不服として,平成23年4月7日,審査請求をしたが,東京労働者災害補償保険審査官は,同年9月27日,これを棄却する旨の決定をした。(甲1の3,乙9)
また,原告らは,上記決定を不服として,平成23年10月18日,再審査請求をしたが,労働保険審査会は,平成24年5月23日,これを棄却する旨の裁決をした。(甲1の4,乙10)。
そして,原告らは,平成24年9月12日,本件訴訟を提起した。
(顕著な事実)
2  争点
本件疾病が業務上の疾病に該当するか否か。具体的には,本件疾病が,「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務」(労基法施行規則別表第1の2第8号。以下「長期間の過重業務」という。)により発症したものといえるか否か。
3  争点に関する当事者の主張
(原告らの主張)
(1) 認定基準について
池袋労基署長は,認定基準に基づき,亡Cの死亡が業務上の事由によるものか否かを判断しているところ,本件疾病は,認定基準の対象疾病に該当し,亡Cが,長期間の過重業務に従事したことにより,血管病変又は動脈瘤,心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)が自然経過を超えて著しく増悪して発症したものである。
認定基準は,定型的な事案について簡易迅速に労災認定を行うために定められたものであるが,労災認定は,飽くまで業務と死傷病の結果との間の相当因果関係の有無についての判断であるから,定型的な認定事例として認定基準が例示したものに該当しないとしても,そのことのみで不支給処分をすべきではない。
すなわち,労災保険法に基づく保険給付が労働基準法(以下「労基法」という。)上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,業務起因性が肯定されるには,当該業務に内在する危険が現実化することによって発症したと評価することができることで足りるというべきである。
(2) 亡Cの時間外労働時間について
ア 時間外労働時間数の算定方法
労基法において,1週間40時間のみならず,1日8時間を超える労働が時間外労働とされている理由は,1日の労働時間が8時間を超えると睡眠時間が不足し,疲労が蓄積するなどの悪影響を人体に及ぼすことにある。
そして,仮に1週間当たりの労働時間数が40時間に満たなくとも,1日当たり8時間を超える労働に従事した日があった場合には,その疲労の回復は容易でない。
したがって,時間外労働時間数を算定するに当たっては,1日8時間を超える労働時間及び1週間40時間を超える労働時間の双方を考慮する必要がある。
イ 亡Cの時間外労働時間数の算定
亡Cの時間外労働時間数を算定するに当たり,本件TCファイルには一定の信用性があるといえるが,上記時間数は,同ファイルで全てが明らかになるものではなく,以下のとおり,同ファイルには現れていない時間外労働時間も存在した。
(ア) 入室リーダ記録について
a 亡Cの入室リーダ記録(以下「本件入室リーダ記録」という。)によれば,①本件TCファイル上の退勤時刻後,又は退勤時刻と同時刻に入室した記録がある日,②同ファイル上は出勤記録がないにもかかわらず,入室した記録がある日,③同ファイル上の出勤時刻よりもかなり早い時刻に入室した記録がある日が存在する。
b 亡Cは,休日や深夜・早朝であっても,部下や他部署の営業担当者等から,契約書,在庫確認,データ及びシステム等に関してしばしば電話やメールを受けたり,退勤直後等にも呼出しを受けたりするなどして,対応を余儀なくされていた。
また,本件発症直前の時期には,a社から,時間外労働時間数が1か月100時間を超えないようにとの通達・警告が出されていたが,●●●が,平成21年11月10日,亡Cを含む社員に対し,「打刻後の稼働はやめてください」と記載した電子メール(以下,電子メールについては単に「メール」という。)を送信していることが示すように,実際の現場では,タッチパネルでの退勤入力後も業務に従事することが普通であった。
c 本件入室リーダ記録は,その時刻に亡Cが事務室に入室したことを示すものであるところ,本件TCファイル上の退勤時刻後の入室については,亡Cが,退勤入力後に再び入室して,少なくとも30分間は業務に従事したものと推測することができる。
そこで,上記①の場合は,本件TCファイル上の退勤時刻から最終入室時刻までの時間に加えて少なくとも30分,上記②の場合は,当初入室時刻から最終入室時刻までの時間に加えて少なくとも30分,上記③の場合は,当初入室時刻から同ファイル上の出勤時刻までの時間を,それぞれ亡Cの時間外労働時間として加算すべきである。
d そうすると,本件TCファイルに基づく時間外労働時間数に加算すべき各月の時間外労働時間数は,別紙3「本件入室リーダ記録に基づく時間外労働時間表」の「月別超過時間」欄記載のとおりとなる。
(イ) 送信メール記録について
a 亡Cの送信メール記録(以下「本件送信メール記録」という。)によれば,①本件TCファイル上は出勤記録がないにもかかわらず,メールの送信を行っている日,②同ファイル上の退勤時刻より遅い時刻にメールの送信を行っている日が存在する。
b これらについては,上記①の場合は,最初のメール送信時刻から最終のメール送信時刻までの時間に加えて少なくとも30分,上記②の場合は,最終のメール送信時刻から少なくとも30分を,それぞれ亡Cの時間外労働時間として加算すべきである。
なお,平成21年2月7日については,上記(ア)で19時42分(以下,午前又は午後と記載していない時刻については,24時間制での時刻である。)までの労働時間を評価済みであるため,同時刻から最終のメール送信時刻までの時間に加えて30分を加算する。同年9月19日については,上記(ア)で14時48分までの労働時間を評価済みであり,最終のメール送信時刻が14時48分であるため,同時刻から30分を加算する。
また,平成22年1月29日については,メール送信時刻は9時23分から11時29分までの間であるが,同月28日8時46分の亡Cのメールに,九州の祖父が亡くなったとして「明日:通夜,明後日:葬儀。1月29日(土)は全休頂きます。1月28日(金)は通夜の時間帯によって午後半休頂きます」とあり,同メール上の「29日(土)」は同月30日,「28日(金)」は同月29日の誤記であって,亡Cは,同月29日は,午前中出勤して午後に半休を取っているから,同日の労働時間は,少なくとも3時間とすべきである。
c そうすると,本件TCファイルに基づく時間外労働時間数に加算すべき各月の時間外労働時間数は,別紙4「本件送信メール記録に基づく時間外労働時間表」の「月別超過時間」欄記載のとおりとなる。
(ウ) 決起会への参加について
a a社グループにおいては,少なくとも毎月1回,社員TCファイル上の退勤時刻後に,業務の一環として,決起会と称する夕食会が開かれ,社員は,これに参加することが義務付けられていた。
決起会は,戦略や目標値を共有し,成績優秀者をたたえ,部内での親睦を図ることに目的があり,部署内の戦略を議論する場として毎月設定されているものであるから,決起会に参加した時間についても,業務に従事した時間として時間外労働時間に加算すべきである。
b 決起会に参加した時間は,本件発症前2か月及び3か月は各2回の参加による4時間,それ以外の月は少なくとも1回の決起会参加による2時間であり,この時間外労働時間数を本件TCファイルに基づく時間外労働時間数に加算すべきである。
(エ) 昼休憩について
a 亡Cは,業務に追われる中で,昼休憩も満足に取ることができない状況で働いていた。亡Cは,本件発症前6か月間において,それ以前の時期と比較すると昼休憩を取ることができる日もあったが,弁当を買ってきてもらい,業務に従事しながら弁当を食べる日も多かった。
そして,本件送信メール記録によれば,亡Cが昼休憩中にメールを送信している日も多いところ,少なくともこれらの日については,亡Cが昼休憩を取らずに業務に従事していたことが明らかである。
b 亡Cが昼休憩中にメールを送信した日は,別紙5「昼休憩中のメール送信日一覧表」記載のとおりであり,本件TCファイルに基づく時間外労働時間数に加算すべき各月の時間外労働時間数は,「月別超過時間」欄記載のとおりとなる。
(オ) 小括
a 以上によれば,本件TCファイルに基づく時間外労働時間数に,本件入室リーダ記録及び本件送信メール記録に基づく時間外労働時間数,決起会への参加時間数,並びに本件送信メール記録から昼休憩を取っていないことが明らかな時間数を加算すると,別紙1「時間外労働時間表」の「原告主張時間①」欄記載の時間外労働時間数となる。
b また,上記aの加算をした上で,いずれの日にも昼休憩を取っていないとすると,同別紙の「原告主張時間②」欄記載の時間外労働時間数となる。
c さらに,上記aの加算をした上で,1日8時間を超える労働時間及び1週間40時間を超える労働時間を合算すると,同別紙の「原告主張時間③」欄記載の時間外労働時間数となる。
ウ 本件発症前6か月間の時間外労働時間に関する評価
(ア) 本件TCファイルに基づき,本件算定方法によって時間外労働時間数を算定しても(別紙1「時間外労働時間表」の「前提事実」欄),本件発症前6か月間の平均時間外労働時間数は62時間19分にも上る。
また,上記イのとおり,本件TCファイルには現れていない時間外労働時間数を加算すると(別紙1「時間外労働時間表」の「原告主張時間①」欄),本件発症前6か月間の平均時間外労働時間数は70時間23分にも上る。
さらに,1日8時間を超える労働時間及び1週間40時間を超える労働時間を合算すると(同別紙の「原告主張時間③」欄記載の時間外労働時間数),本件発症前6か月間の平均時間外労働時間数は78時間11分にも上る。
(イ) 認定基準は,発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症の関連性が徐々に強まると評価することができるとしている。
そして,亡Cの時間外労働時間数は,認定基準おける45時間を大きく超えていた。
(ウ) また,専門検討会報告書は,1か月おおむね45時間を超える時間外労働に従事していない場合には,疲労の蓄積は生じないものと考えられ,また,それ以前の長時間労働によって生じた疲労の蓄積は徐々に解消していくものと考えられるとしている。これは逆にいえば,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働に従事していれば,疲労の蓄積が生じ,それ以前の長時間労働によって生じた疲労の蓄積も解消しないということである。
そうすると,亡Cは,SRM営業部に異動後も,それ以前の長時間労働によって生じた疲労の蓄積を解消し得る状況になく,むしろ,更に疲労を蓄積させていったものである。
エ 本件発症前6か月より前の時間外労働時間に関する評価
(ア) 恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって続けば疲労が蓄積することは明らかであるから,疲労の蓄積の評価に当たっては,発症前6か月間に限らず,より長期間にわたって長時間労働等の負荷が存在した場合には,その事情も十分に考慮すべきである。
専門検討会報告書も,発症前おおむね6か月より以前の業務について,就労実態を示す明確で評価することができる資料がある場合には,付加的評価の対象として考慮すべきとしている。
そして,亡Cについては,労働時間について明確で評価することができる資料である本件TCファイルが存在する。
したがって,亡Cの業務の過重性の判断に当たっては,本件発症前6か月間のみならず,それ以前からの長期間にわたっての長時間労働の負荷についても評価すべきである。
(イ) 本件TCファイルに基づき,本件算定方法によって時間外労働時間数を算定したとしても(別紙1「時間外労働時間表」の「前提事実」欄),亡Cは,本件発症前36か月間にわたり,毎月ほぼ70時間を超え,しばしば1か月当たり100時間を優に超える時間外労働に従事し続けていたのであるから,この長時間労働による疲労の蓄積があったことは明らかである。
また,上記イのとおり,本件TCファイルには現れていない時間外労働時間数を加算したり(別紙1「時間外労働時間表」の「原告主張時間①」欄),1日8時間を超える労働時間及び1週間40時間を超える労働時間を合算したり(同別紙の「原告主張時間③」欄記載の時間外労働時間数)すると,亡Cが従事していた時間外労働は,更に長時間のものとなる。
そうすると,亡Cは,長期間にわたる長時間労働により疲労が蓄積し,その結果,血管病変等(冠動脈硬化)が自然経過を超えて増悪する危険性が極めて高い状況に置かれていたというべきである。
(3) 亡Cの業務内容について
ア 不正契約問題への対応等を行っていた時期
(ア) a社グループでは,平成20年の夏頃,厳しいノルマに追われる営業担当者による携帯電話の不正契約問題が明るみに出た。その後,社内のリスク管理部が,徹底的な内部調査に乗り出し,不正が疑われる営業担当者を呼び出して執拗な聴き取り調査を行うとともに,不正契約が認定された営業担当者に対して歩合給の返還を要求した。
亡Cも,不正に関わっていたのではないかと疑われ,何度もリスク管理部に呼び出されて調査を受けた。また,亡Cは,古くから営業の管理を担っている者として,何度も調査を受けざるを得なかったところ,その聴き取りは,数人で威圧的に取り囲まれ,長時間拘束されて執拗に質問されるというものであった。そのため,亡Cは,「犯人扱いされてしんどい」,「もう辞めたい」,「疲れた」としばしば口にしていた。
さらに,亡Cは,歩合給の返還を求められた部下と会社との板挟みとなっており,営業担当者に歩合給を返還させるのは,その人の生活もあるので心苦しいとも語っていた。
(イ) 亡Cが所属していたc社では,平成21年1月から同年3月にかけて,販売ノルマが同年1月に1万台,同年2月に2万台,同年3月に3万台の合計6万台と,3か月間でほぼ前年実績の年間予算に相当する過大なノルマが課されていた。
そのため,部下の管理業務や顧客データベース管理業務を一手に担い,営業担当者の尻ぬぐいや顧客からのクレーム処理,不正契約問題を受けての営業改善プログラムの作成までも担っていた亡Cの業務の負荷は,極めて苛酷なものとなっていた。亡Cの顧客データベース管理業務は,ノルマに追われる多忙な営業担当者による不正確なデータの修正,何万台にも及ぶ携帯電話の台数確保や納期計画等の管理等のように,極めて膨大かつ注意力を要する業務であり,その精神的負荷も大きかった。
また,亡Cは,平成21年3月頃には,携帯電話の端末が数千台も保管されている倉庫に出向き,箱から新しい携帯電話を一つ一つ取り出して発信するという作業にも従事させられた。
(ウ) 以上のとおり,亡Cは,リスク管理部の執拗な調査に時間を費やさざるを得なかったことに加え,業務の負荷が更に苛酷なものとなっていたことも相まって,平成20年末頃から平成21年4月頃にかけて,時間外労働時間数が1か月100時間を超える状況となっていた。
その結果,亡Cは,平成21年初め頃には,「疲れた」,「しんどい」としばしば口にするようになり,胸が痛い,右手がしびれると訴えたり,寝言をしばしば言ったり,ひどい寝汗をかいたりするようにもなっていた。亡Cは,職場でも,顔色がずっと悪く,椅子に座るとすぐ背もたれにもたれかかり,ぐったりした様子で「疲れたなぁ」と頻繁に口にするような状態であった。
また,亡Cは,平成21年3月4日から同月5日にかけて,「辞める気,満載。もう,ヤダ」,「色々あって。やってらんない。ここで働く意味がないと思ってきた」などと精神的に追い込まれていることを示すメールを送信している。
(エ) そうすると,亡Cが,長時間の時間外労働のみならず,業務における多大な精神的負荷を抱えており,平成21年初め頃にはかなりの疲労を蓄積させていたことは明らかである。
イ クレーム対応等を行っていた時期
(ア) 亡Cの異動について
a社グループにおいては,その企業風土として,常に厳しいノルマが課され,上司によるパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)が横行しており,社員は常に強いプレッシャーにさらされていた。
その中で,亡Cは,平成21年5月頃,c社が事実上閉鎖されたことに伴い,c社を含むa社グループが不正販売していた携帯電話に関するクレーム対応を行う部署へと異動になったが,亡Cが従事していたクレーム対応等の業務(以下「クレーム対応業務等」という。)の精神的負荷は重いものであった。
(イ) クレーム対応等について
a 亡Cが従事していたクレーム対応業務等は,どのような企業及び部門であっても,精神的負荷が掛かるものであることは明らかである。
しかも,クレームの大半は,営業担当者の無理な営業や不正契約などに原因があった。そのため,亡Cは,電話で怒鳴られては謝罪し,顧客先に出向いては顧客から激怒されて頭を下げることの繰り返しだった。
また,亡Cは,定型的に処理をすることができない重いクレーム案件への対応を余儀なくされていた。
なお,亡Cは,平成21年12月だけで,14回にわたり,9社を訪問しており,亡Cが部下から相談を受けていたクレームの件数が1か月2件から3件にすぎないことなどあり得ない。
b 亡Cは,クレーム対応等の矢面に立たされ,顧客から速やかな返金等を強く求められていた一方で,審査担当部署や上司は,困難な条件を要求したり,迅速に決裁をしなかったりすることがしばしばであり,顧客と会社との板挟みとなって,日々,精神的ストレスに追われながら業務に従事していた。
c 担当者がずさんな営業や事後処理を行い,クレーム対応等が速やかに実施されなかった結果,亡Cが担当する時点では既にクレームが大きくなっていることも多かった。
例えば,●●●株式会社(以下「●●●」という。)のクレーム案件については,従前の担当者がクレームを受けて平成21年5月分を返金していたにもかかわらず,その後の処理が放置されており,同社から同年11月20日までの支払を求められた。そこで,亡Cは,クレーム処理申請をするとともに至急での審査を依頼したものの,審査部が合意書締結という条件を出したことから,クレームが拡大し,上記支払自体も最終的に否決されたため,クレーム対応は長期化を余儀なくされ,精神的負荷は大きかった。
d 顧客からのクレームの中には,電波クレームと呼ばれるものもあった。これは,営業担当者が,そもそも電波が入らないにもかかわらず,1年後には良くなるなどと虚偽の事実を告げて無理な営業を行った結果,重いクレームになるものであり,精神的負荷は大きかった。
e 亡Cは,契約台数が100台を超える大手法人との契約を担当していたため,処理すべき金額も多額に及んでいた。
例えば,●●●の案件(同●●●に,5000万円から6000万円分の携帯電話を販売し,間もなく,同協会が携帯電話を転売し,転売先が倒産したため解約を余儀なくされた案件)では,同●●●に対して1億円を超える返金を依頼する交渉の責任を一身に背負い,何度も同●●●を訪問するなどしていた。
f 亡Cは,クレーム対応等のためにしばしば出張しており,長時間の移動による肉体的・精神的負荷も非常に大きかった。
(ウ) 顧客データベース管理について
a 亡Cは,膨大な顧客データベースの管理を一手に引き受けており,その規模は顧客数が数万社,携帯電話数が20万台にも及ぶものであったところ,他部署の社員から,しばしばデータに関する相談や依頼を受けており,顧客データベース管理に関する業務量も非常に多かった。
b a社グループの顧客データベースは統一されておらず,つぎはぎのような形で複雑になっていたことから,亡Cにしか取り扱うことができず,亡Cには,数万社にも及ぶ膨大な顧客データベースの管理業務が集中していた。そして,営業担当者が新規契約の際に値引き等の記載漏れをした場合にこれをチェックする作業,営業担当者や部下が打ち込んだ膨大なデータをチェックする作業等は,極めて繊細で精神的負荷を伴うものであった。
(エ) 亡Cの疲労の蓄積について
a 亡Cは,平成21年6月以降,クレーム対応等についての精神的負荷と体調不良をしばしば訴えるとともに,同年9月頃,当時の上司に対し,一緒に辞めたいと訴え,役員に打診したこともあったが,その役員から「ふざけるな,お前はここにいろ」と言われて異動することができず,その後も苛酷なクレーム対応等に従事し続けていた。
亡Cは,平成21年末頃になると,「地に足が着いた感じがしない」,「ふくらはぎが痛い」,「肺が痛い」,「顎が痛くてかめない」など,様々な身体の不調を訴え,「疲れた」,「辞めたい」等の訴えも続いていた。このような様々な身体症状は,過労死事案によく見られる不定愁訴であると考えられ,疲労の蓄積とともに,長時間労働やストレスによる交感神経の過緊張によって,様々な身体症状が現れてきたものと評価することができる。
b 亡Cのクレーム対応業務等の精神的負荷は重く,亡Cの疲労の蓄積は,クレーム対応部署に異動して時間外労働時間数がわずかに減少した後も解消することなく,逆に,業務の精神的負担も相まって,疲労が蓄積され続けたというべきである。
ウ 亡Cの業務内容に関する評価
(ア) 亡Cが従事していた業務の特徴は,①職場異動が頻回,②厳しいノルマ,③長時間労働,④少ない休日,⑤中間管理職(課長),⑥クレーム対応に従事というものであった。
(イ) 職場異動が頻回であったことは,新しい職場での人間関係の構築のストレスや仕事の慣れなどの点で,精神的負荷が大きかったし,ノルマが厳しく,休日も少なく,かつ長時間労働であったことは,亡Cに相当の精神的負荷を与えていたと考えられる。亡Cの場合,平成18年以降は中間管理職としての特殊な精神的負荷が加わっており,平成20年の不正契約問題では,部下と会社の板挟みとなる精神的負荷に加え,自らも不正への関与を疑われ執拗な調査を受けた。
また,平成21年5月以降に亡Cが従事していた業務は,主にクレーム対応であり,会社と顧客の板挟みとなっていた。この時期,クレーム対応の事実上の責任者は亡Cであり,顧客先に出向いて陳謝を余儀なくされ,本件発症直前には,会社に多大な損失を与える●●●の案件に関する責任も抱えていた。
さらに,一般に,仕事の要求による心理的圧迫が強く,周囲のサポート体制が低く,決定の自由度が低い場合には精神的負荷が生じやすく,脳・心臓疾患の危険性が高くなるといわれている。そして,クレーム対応という心理的な圧迫の強さ,現場の責任者ではあるが最終的な裁量権はないことによる会社との板挟み状態など,亡Cの精神的負荷は極めて大きかった。
(ウ) 以上のとおり,亡Cが従事していた業務による精神的負荷は極めて大きく,これによる疲労の蓄積により,同人の血管病変等は自然経過を超えて著しく増悪したというべきである。
(4) 私的リスクファクター(危険因子)について
ア 亡Cには,高血圧,高脂血症及び肥満等の私的リスクファクターは存在せず,唯一の私的リスクファクターは喫煙であるが,喫煙による心筋梗塞発症のリスクは疫学的知見に照らして非常に低いものである。
イ 一般に,心筋梗塞の発症は,40歳代から始まり,60歳代が一番頻度が高くなり,40歳代後半から急激に発症率が高くなると報告されており,30歳代前半での心筋梗塞の発症は非常にまれである。
すなわち,私的リスクファクターからすると,亡Cが心筋梗塞を始めとする虚血性心疾患を発症するリスクは極めて低かった。
(5) まとめ
以上によれば,亡Cが私的リスクファクターにより本件疾病を発症した可能性は極めて低く,むしろ,亡Cは,長期間にわたる過重業務に従事したことにより,血管病変等(冠動脈硬化)が自然経過を超えて著しく増悪し,本件疾病を発症して死亡したことは明らかであるというべきである。
(被告の主張)
(1) 認定基準について
専門検討会報告書は,最新の医学的知見に基づき,どのような場合に,脳・心臓疾患の発症が業務に内在する危険の現実化と認められるかについての評価要因を検討したものであり,医学的に極めて信頼性の高い資料であるから,業務起因性の有無は,同報告書に示された最新の医学的知見に基づいて判断されるべきである。
そして,認定基準は,業務起因性の法的判断枠組み及び専門検討会報告書が最新の医学的知見に基づいて具体化した評価要因を踏まえて,脳・心臓疾患の発症が業務上と認定されるための具体的条件を定めたものであるから,脳・心臓疾患の業務起因性は認定基準に基づいて判断すべきである。
(2) 亡Cの時間外労働時間について
ア 時間外労働時間数の算定方法
専門検討会報告書は,脳・心臓疾患の発症と睡眠時間に関し,長時間労働に着目した場合,現在までの研究によって示されている1日4時間ないし6時間程度の睡眠が確保できない状態が継続していたかどうかという視点で検討することが妥当と考えられるとしている。
そして,仮に,1週間当たり40時間未満の労働時間数であるが,1日当たり8時間以上の労働を行った週があったとしても,疲労の蓄積という観点からいえば,休日が十分確保されている場合は,疲労は回復又は回復傾向を示すものであるから,1週間当たり40時間未満の労働時間数である場合には,疲労が蓄積するとは認められない。
そうすると,業務の過重性については,1週間当たり40時間を超えて労働したか否かを考慮すべきであって,1日8時間を超える労働時間及び1週間40時間を超える労働時間の双方を考慮すべきものとはいえない。
イ 亡Cの時間外労働時間の算定
a社グループにおいては,フロア入口のタッチパネルに出勤時と退勤時に社員番号を入力するシステムで労働時間を管理しており,これに誤入力があった場合は,社員自らが修正を加えることもできることから,このようなデータに基づき作成された社員TCファイルの信用性は高い。
したがって,亡Cの時間外労働時間数は,本件TCファイルに基づいて算定するのが相当である。
(ア) 入室リーダ記録について
a 本件TCファイル上の退勤時刻と本件入室リーダ記録上の最終入室時刻に食い違いが存在する理由として,例えば,亡Cが退勤時刻を入力した後,トイレに行って再度事務室に入室した場合や,事務室を出た後に忘れ物を取りに再度事務室に入室した場合が考えられるから,同ファイルの退勤時刻の記録を終業時刻とすることには合理性がある。
また,本件TCファイル上の退勤時刻と本件入室リーダ記録上の入室時刻の食い違いからは,亡Cが同記録上の入室時刻に事務室に入室したことが認められるのみであって,亡Cが入室後,業務に従事したか否かは明らかでない。
b 認定基準における長期間の過重業務の評価期間は発症前おおむね6か月間であるところ,仮に本件発症前7か月間を見るとしても,本件TCファイル上の出勤記録がないにもかかわらず,本件送信メール記録ではメール送信がある日,及び同ファイル上の退勤時刻後にメール送信がある日は,平成21年9月19日と平成22年1月26日である。
このうち,平成21年9月19日は,本件TCファイル上の出勤記録がないが,13時35分から14時48分までの間に9通のメール送信記録があり,メールの内容には私的なものは含まれておらず,連休前に必要な業務連絡をしたとも考えられることから,上記各時刻の間の1時間13分については,同日の労働時間として算定することとする。
また,平成22年1月26日は,本件TCファイル上,退勤時刻は19時53分で,本件入室リーダ記録上の最終入室時刻は19時57分であり,その21分後である20時18分に亡Cのパソコンからメールが送信されている。これは,亡Cが,同日の18時29分に同僚にメールを送信し,その後,同僚が亡Cにメールを返信したものの,同僚が何らかの理由で取消し処理を行い,その処理が成功したことを示すメールの時刻が20時18分となっているだけであり,その時刻に亡Cが送信したものではない。
その他の日については,亡Cが本件TCファイル上の退勤時刻後にメールを送信した記録がなく,同人が業務に従事した証拠もないから,本件入室リーダ記録上の最終入室記録は,トイレに行ってから再度事務室に入室した際,又は忘れ物を取りに事務室に戻った際の記録と考えられ,業務に従事した可能性は低いというべきである。
c また,亡Cが退勤直後にも呼出しを受けるなどして対応を余儀なくされていたことを裏付ける証拠はない。
さらに,●●●が平成21年11月10日に送信したメールは,SRM営業部における行動指針を示したものであって,このメールだけを根拠に,退勤入力後も業務に従事することが普通であったとはいえない。
(イ) 送信メール記録について
a 認定基準における長期間の過重業務の評価期間は発症前おおむね6か月間であるところ,仮に本件発症前7か月間を見るとしても,原告らが時間外労働時間として加算すべきと主張する日は,上記(ア)で検討した平成21年9月19日を除くと,3日間(同年10月8日,平成22年1月21日,同月29日)にとどまる。
b 亡Cは平成21年10月8日21時にメールを送信しているが,同メールの内容は,件名が「RE:新チーム(注:フットサルチームのこと)」となっており,業務に関するものではなく,私的なものであった。また,a社グループでは,社員TCファイルの退勤時刻を入力した後,急な仕事の依頼があったような場合,再度,社員TCファイル上の退勤時刻を入力することになっていた。そして,亡Cが退勤時刻を入力した後にメールを送信したことを確認することができる日が極めて少ないことも考慮すれば,上記メールから,本件TCファイル上の退勤時刻である20時30分以降に,亡Cが業務に従事していたとはいえない。
平成22年1月21日については,本件TCファイル上,亡Cの有給休暇となっている。同日に亡Cのパソコンから送信されたメールについては,件名及び本文がなく,添付ファイルも複合機のスキャナー機能を利用して顧客の携帯申込書を画像ファイル化したものである。これは,複合機からのデータが亡Cのパソコンに取り込まれるシステムになっていたことから,●●●が,亡Cの許可を得て,同人のパソコンから●●●宛てにメール送信したものと考えられる。そして,本件メール送信記録では,同日に亡Cのパソコンから送信されているメールはこの1通のみであることからすれば,上記メールの送信履歴から,亡Cが同日に出社していたとはいえない。
なお,平成22年1月29日について,午前9時から午前12時までの3時間を労働時間に算入することは認める。
c したがって,平成22年1月29日の3時間は労働時間に算入するが,そのほかについては労働時間に算入することはできない。
(ウ) 決起会への参加について
a a社グループにおける決起会の位置付けは各部署によって異なり,SRM営業部における決起会の実態は,単なる私的な飲み会にすぎず,同決起会には,欠席者もいて,必ずしもその参加が強制されたものではなかった。
b したがって,決起会は部署内の私的な懇親会であり,亡Cが決起会に参加していたのは,単に部署内で集まっての飲酒が好きだったからであると考えられる。
(エ) 昼休憩について
a SRM営業部においては,顧客への対応のために休憩時間をずらして取得することもあったから,亡Cが午後零時から午後1時の間にメールを送信していたとしても,そのことのみで,亡Cが1時間の昼休憩を取ることができなかったとはいえない
また,亡Cが午後零時から午後1時までに送信したメールの内容が,昼休憩を割いてでも対応しなければならない業務に関するものであったかどうかも明らかでない。
b 亡Cは,1日に1箱程度の煙草を吸っており,顧客データベースの更新の際などに,度々喫煙所で煙草休憩を取っていたが,被告は,時間外労働時間数の算定に当たっては,この休憩時間を考慮に入れることなく,原告らに最大限有利に時間外労働時間数を算定した。
(オ) 小括
以上によれば,本件発症前6か月間の亡Cの時間外労働時間数について,本件算定方法によって算定すると,本件発症前1か月間が36時間49分,同2か月間の平均時間外労働時間数が47時間23分,同3か月間の同時間数が54時間38分,同4か月間の同時間数が56時間01分,同5か月間の同時間数が59時間21分,同6か月間の同時間数が62時間49分であり,最大となる同時間数は62時間49分となる。
ウ 本件発症前6か月間の時間外労働時間に関する評価
(ア) 専門検討会報告書は,研究報告を吟味し総合的に判断すると,発症1か月前ないし6か月前の就労状況を調査すれば,発症と関連する疲労の蓄積が判断され得ることから,疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価する期間を発症前6か月間とすることは,現在の医学的知見に照らし,無理なく,妥当であるとしている。
このように,業務の過重性を評価する期間を発症前おおむね6か月間とすることは,医学的知見に基づくものであって妥当である。
また,仮に発症前6か月より前の長時間労働による疲労があったとしても,発症前おおむね6か月間に疲労の蓄積の解消等がされれば,血管病変等も改善し得るのであって,この観点からも,業務の過重性を評価する期間は,発症前おおむね6か月間とすべきである。
(イ) そして,本件発症前6か月間の亡Cの時間外労働時間数は,業務と発症との関連性が強いと評価することができる発症前1か月間におおむね100時間を超えるものとも,発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超えるものともいえない。
(ウ) したがって,亡Cが長期間の過重業務に従事したとはいえない。
エ 本件発症前6か月より前の時間外労働時間に関する評価
(ア) 専門検討会報告書は,長期間の業務による負荷の過重性を検討するに当たって,その労働時間の評価対象とすべき期間は,発症前6か月間とし,発症前6か月より前については,就労実態を示す明確に評価することができる資料がある場合には,付加的な評価の対象となり得るとしている。
しかし,付加的な評価の対象となり得るのは,飽くまでも発症前6か月より前から継続している負荷であるところ,亡Cは,平成21年9月以降,SRM営業部に異動となり,その後の労働時間は減少し,週1日の法定休日は確保されている上,これを上回る休日を取得していることなどからすれば,仮に長時間労働があったとしても,休養することにより,疲労の蓄積が十分に解消し,血管病変等も改善し得るものといえる。
(イ) したがって,亡Cの本件発症については,発症前6か月より前の労働時間を付加的評価の対象とすべきでない。
(3) 亡Cの業務内容について
ア 本件発症前6か月より前の業務内容等
長期間の過重業務の評価期間は,発症前おおむね6か月間とするのが妥当であり,かつ,発症前おおむね6か月より前の亡Cの業務による負荷が継続しているとはいえないことから,業務の過重性を評価するに当たっての付加的要因としても考慮すべきでない。
したがって,本件発症前6か月より前の亡Cの業務内容等については考慮すべきではない。
イ 本件発症前6か月間の業務内容等
(ア) 亡Cの主たる業務内容等について
SRM営業部において亡Cが従事していた業務は,顧客データベースの管理が多くを占め,1日の業務の半分はデータ入力や更新であり,残りの時間は,顧客との電話対応や調整業務であった。
そして,亡Cが,クレーム対応等について上司から叱責されたり,責任を追及されたりするなどして,上司からの強いプレッシャーにさらされていたという事情はない。
(イ) 顧客データベース管理について
亡Cが従事していた顧客データベース管理業務は,解約に係るデータの取り込み,調整後の請求金額の入力,及び金額調整を要する案件を請求課と共有する一覧の作成等であった。
このうち,解約に係るデータの取り込みや請求課と共有する一覧の作成は,パソコンにデータ取り込みの指示を与えるだけであり,亡Cは,パソコンが作業をしている間,他の業務に従事したり,煙草を吸うなどして休憩を取ったりしていた。また,調整後の請求金額の入力は,パソコン画面から誰でも簡単に行うことができるものであり,業務処理に当たり精神的負荷を伴っていたとはいえない。
また,b社では,主に亡Cが顧客データベースの管理を行っていたが,データベースを把握して取り扱うことは他の者にもでき,亡Cのみが担当していたわけではなかった。
(ウ) クレーム対応等について
a クレーム対応等は,基本的に一次対応を一般社員が行い,責任者である亡Cは,二次対応として,部下からの相談に対して,対応方針の指示やサポートを行っていた。亡Cは,クレーム対応等について,1か月に2,3件程度,部下からの相談を受けていた。
金額調整においては,一般社員の裁量で調整できなかった案件でも,亡Cの裁量で調整することができるものもあり,調整することができなかったものは,統括責任者である●●●に相談すればよかったから,亡Cが必ずしも調整して解決しなければならないものではなかった。そもそも,金額調整は,調整のルールが設けられており,一般社員はもちろん,亡Cもそのルールに従えばよかったから,その業務が精神的負荷を伴うものであったとはいえない。
b クレームの30%は顧客に対して返金を行うことで解決されていたが,顧客の要求が10万円を超えるものは,SRM営業部が社内稟議起案をして他の部署が対応することとなっており,亡Cが必ずしも解決しなければならないものではなかった。
c クレームの多くを占めていたのは,自動契約更新によって価格が定価に戻ってしまうといった内容の定型的なクレーム案件であり,事務処理がルーティン化していた。
一方,契約時に営業部が提案した内容と相違しているといった非定型的なクレーム案件は,月に10件程度にとどまる上,亡Cは,部下からの相談に対し二次的に対応を行うにすぎなかった。また,責任者は亡C以外に●●●もいたし,統括責任者である●●●が亡Cや●●●からの報告を受けていたから,亡Cにおいて,重いクレーム案件についての対応責任を一身に背負わされていたとはいえない。
d 平成21年度にSRM営業部が扱ったクレーム案件のうち,稟議対象件数は16件であり,そのうち亡Cが担当したのは6件であって,件数としては少なかった。そして,稟議書の決裁所要日数を見ても,亡Cが担当した案件のうち,受付日から決裁日までの所要日数は,最長17日間要したものが1件あるが,おおむね1週間以内で決裁が終了しており,迅速な決裁がされないことがしばしばあったとはいえない。
また,亡Cが審査担当部署に送信したメールの内容からしても,同人が審査担当者よりも弱い立場に置かれていたとは考えられないから,亡Cが顧客と会社との板挟みとなっていたとはいえない。
●●●の案件については,顧客の要求は,1台5250円の料金を1台5000円への減額を求めるとともに,支払済みの料金の返金を求めるものであって,処理が長期化した理由は,顧客の担当者が多忙で1週間に1回,1時間程度しか時間を取ることができなかったためであり,必ずしも精神的負荷を伴うものであったとはいえない。そして,亡Cが●●●に出向いたのは,平成21年12月までの間に4回にとどまる。また,亡Cによる稟議は,同年11月20日付けの支払が否決されたにすぎず,その1週間後の同月27日には支払がされており,クレーム処理費用の支払の決裁がされなかったわけではないから,亡Cの精神的負荷が大きかったとはいえない。
e 電波状態に関する電波クレームは,定型的なクレームであり,基本的に担当者が対応して,金額調整で解決を図っていたから,亡Cの精神的負荷が大きかったとはいえない。
f 亡Cは,社員数30名以上の法人を担当していたが,クレーム案件の金額の大きさと精神的負荷の程度は必ずしも比例するものではない。
●●●の案件については,携帯電話会社(●●●株式会社。以下同じ。)が主体的に処理する立場にあっただけでなく,亡Cは,審査担当部署と協議したり●●●と相談したりしながら,対応方針を検討しており,交渉の責任を一身に背負っていたものではない。また,亡Cが●●●を訪問したのは2回だけであって,同人が死亡した時点では未解決であり,他の者が引き継いで処理をしている。
そうすると,●●●の案件は,精神的負荷を伴う業務であったとはいえない。
g 亡Cは,クレーム対応等のために顧客先に出張することもあったが,このような顧客先訪問は1か月に2,3件程度であった。
そして,クレーム対応等に伴う出張又は訪問は,亡Cの本来の業務範囲内であり,その出張先のほとんどは都内又は近隣であって,遠方への出張は1か月平均で1,2日程度であった。
そうすると,クレーム対応等に伴う出張による精神的負荷が大きかったとはいえない。
(エ) 亡Cの業務内容に関する評価
以上によれば,本件発症前6か月間に亡Cが従事していた業務が大きな精神的負荷を伴うものであったとはいえない。
(4) 私的リスクファクターについて
ア 脳・心臓疾患の私的リスクファクター(性・喫煙・飲酒・高脂血症等)の相対リスク(危険因子に暴露した群と暴露していない群の疾病の頻度を比で示したもの)又はオッズ比(ある事象が生じる確率を2つの群で比較して示したもの)は,概して業務のそれよりも高く,リスクファクターが重複するとその作用は更に強化される。
そして,亡Cには,1日当たり20本前後の10年以上にわたる喫煙の習慣に加え,高脂血症及びこれを裏付ける不健康な食生活並びに飲酒の習慣という複数の私的リスクファクターが存在するところ,本件疾病は,業務上の疾病というよりも,私的リスクファクターにより発症した可能性が高いというべきである。
イ 専門検討会報告書では,飲酒,喫煙及びコーヒー等の嗜好品や,睡眠不足及び変則勤務等による生体リズムの乱れは,不整脈発生の誘発又は増悪因子となるとされている。
そして,亡Cには,1週間に2,3日の割合で,1回当たり2時間以上,少なくともビールやサワーなど4杯程度を飲酒する生活習慣があった。
このような亡Cの飲酒習慣等からすれば,同人が疲労回復のための休息時間を飲酒時間に費やすことで,睡眠時間が減少し,ひいては疲労回復を妨げる結果となってしまった可能性を指摘することができる。
(5) まとめ
亡Cについて,認定基準に照らして判断すると,長期間の過重業務が存在しない一方,業務以外の要因である私的リスクファクターが相当期間かつ複数存在するから,亡Cは,内在する私的リスクファクターの影響により血管病変等が自然経過の中で増悪し,本件発症に至ったものと考えるのが相当であり,本件発症及び死亡が業務に起因するものということはできない。
第3  当裁判所の判断
1  認定事実
前提事実に加え,証拠(末尾に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)  亡Cの業務内容及び業務量等
ア 平成18年11月頃以降について
(ア) 亡Cの業務内容及び業務量
a 亡Cは,b社に出向した後,平成18年11月に,大手営業本部のサブマネージャーからマネージャーに昇進し,法人を顧客とするOA機器のリース販売及び携帯電話販売の両方について,顧客データベース管理,営業担当者のサポート,営業成績の管理,及び契約の受注管理等を担当するようになった。(前提事実(2))
b 亡Cは,平成19年4月に,業種特化本部のマネージャーとなり,法人を顧客とするOA機器のリース販売の責任者になった。
(前提事実(2))
業種特化本部の下には,顧客の各業種に特化した営業部が設置され,亡Cは,それらの営業部全般の顧客データベース管理,営業担当者のサポート,営業成績の管理,及び契約の受注管理等を担当するようになったため,全体的な業務量が増えるとともに,部下も増えた。
(乙18)
(イ) 亡Cの時間外労働時間等
a 亡Cは,平成19年3月頃から,退勤時刻が午後9時又は午後10時を過ぎることがしばしばあり,平均して1か月に2,3日程度,所定休日に出勤していた。(甲16,乙5,18)
b 本件TCファイルに基づき,本件算定方法によって算定すると,本件発症前36か月(平成19年2月21日からの1か月間)ないし本件発症前16か月(平成20年10月13日からの1か月間)の21か月間の亡Cの時間外労働時間数は,100時間を超えた月が11か月,80時間を超えた月が4か月,45時間を超えた月が6か月となっていた。(前提事実(4))
イ 平成20年11月頃以降について
(ア) 亡Cの業務内容及び業務量
a 亡Cは,平成20年11月にc社に出向し,大手法人携帯営業部のマネージャーとして,約30名の部下(営業担当者)を持ち,法人向けの携帯電話販売について,顧客データベース管理,営業担当者のサポート,営業成績の管理,及び契約書類のチェック等を担当するようになった。(前提事実(2))
b 大手法人携帯営業部においては,営業担当者に対し,厳しい営業ノルマが与えられ,営業成績に応じた歩合給が支給されていたことから,営業担当者は,携帯電話を販売することを優先し,契約書類の作成や納品等の業務を十分に行わなかった。また,大手法人携帯営業部においては,平成21年1月頃から同年3月頃にかけて,携帯電話の販売目標数が高く設定されたため,営業担当者による販売数も増加した。
(甲9,53,乙33)
そのため,亡Cによる営業担当者のサポートや契約書類のチェックに関する業務量は多かった。(甲9,53,乙33)
c また,営業担当者において,営業ノルマを達成する目的等で,法人の顧客に対して,顧客の費用負担がないとの売り込み文句で,使用予定がない大量の携帯電話を販売することがあり,その結果,全く回線が使用されない大量の「寝かせ携帯」が生じていた。a社グループでは,平成20年頃に上記「寝かせ携帯」の問題が発覚し,リスク管理部が調査を行い,不正契約をして「寝かせ携帯」を販売したことが確認された営業担当者に対し,営業成績に応じて支給された歩合給の返還を求めていた。(甲7から9まで,53,証人●●●)
そして,亡Cは,リスク管理部から,不正契約に関与していないかどうかについて,複数回にわたり1回2,3時間程度の事情聴取を受けたほか,営業担当者による不正契約の調査に当たり,リスク管理部から上記と同様の事情聴取を受けることもあった。
(甲8,9,53,証人●●●)
(イ) 亡Cの時間外労働時間等
a 亡Cは,c社に出向した後も,引き続き退勤時刻が午後9時又は午後10時を過ぎることがしばしばあり,所定休日に出勤することもあった。
(甲16,53,乙5,33,証人●●●)
b 本件TCファイルに基づき,本件算定方法によって算定すると,本件発症前15か月(平成20年11月12日からの1か月間)ないし本件発症前11か月(平成21年3月12日からの1か月間)の56か月間の亡Cの時間外労働時間数は,100時間を超えた月が4か月,80時間を超えた月が1か月であった。(前提事実(4))
(ウ) 亡Cの健康状態等
a 亡Cは,平成21年初め頃から,交際相手であった●●●に対し,「疲れた」,「しんどい」としばしば述べるようになり,同年2月15日早朝には,それまでなかったようないびきと寝汗をかいて起き上がり,「胸が苦しい」,「右手がしびれる」などと訴えた。
(甲8,乙5,証人●●●)
b また,亡Cは,●●●に対し,不正契約に関与していないにもかかわらず事情聴取を受けたことについて,「犯人扱いされてしんどい」,「疲れた」などと述べていたほか,「寝かせ携帯」の販売が事実上黙認されていたにもかかわらず,部下である営業担当者が歩合給の返還を求められたことが心苦しいなどと述べていた。
(甲8,乙5,証人●●●)
亡Cは,平成21年3月4日から同月5日にかけて,●●●に対し,「崩壊が始まった」(不正契約の調査に不満を持った営業担当者による内部告発の動きが出てきたことなどを意味している。),「マジで辞め様(注:原文のまま)か考えている」,「色々あって。やってらんない。ここで働く意味がないと思ってきた」とのメールを送信した。
(甲8,63の1から8まで,乙5,証人●●●)
c さらに,亡Cは,平成21年2月から同年3月頃,職場において,顔色が悪く,朝に出勤すると,「疲れた」といって椅子にもたれかかったりしていた。(乙33)
ウ 平成21年5月頃以降について
(ア) 亡Cの業務内容及び業務量
a c社は,a社グループによる携帯電話の不正契約問題が週刊誌で報道されるなどしたため,平成21年5月頃に事実上閉鎖され,亡Cは,同月からb社に出向し,業種特化本部(同年7月からは大手法人営業部)のマネージャーとして業務に従事するようになった。(前提事実(2))
a社グループにおいては,上記週刊誌の報道等があった頃以降,顧客からの問合せや契約の解除等が殺到したため,通常の営業活動を中断して,同グループを挙げて対応するようになった。(乙34)
亡Cは,平成21年9月にd社に出向し,SRM営業部のマネージャーとして勤務するようになり,同年11月に同営業部がb社に移管されたことに伴い,同グループに出向した。(乙7,34)
b 亡Cは,平成21年5月以降,業種特化本部,大手法人営業部及びSRM営業部のマネージャーとして,部下の管理業務を行っていたほか,社員数30名以上の法人顧客について,クレーム対応業務等及び顧客データベース管理業務を含む業務を行っていたところ,これらの業務が占める割合は,クレーム対応業務等と顧客データベースの管理業務がおおむね半分ずつであった。これらの業務の具体的内容は,以下のとおりである。
(末尾に掲記する証拠のほか,前提事実(3),甲10,15,49,乙6,15,17,18,20,22,31,証人●●●,弁論の全趣旨)
① クレーム対応業務等
(a) a社グループでは,携帯電話を販売する際に定価より安い価格で契約をすることがあったが,このような契約では,2年の契約期間が満了して更新するときに定価に戻ることになっているのが通常であった。
亡Cの部下である担当者(一般社員又は契約社員。以下同じ。)が契約満期を迎える顧客に対して契約更新の案内を行った際,顧客から,当初の金額での契約更新の希望が出されることがあった。
なお,担当者は,1名当たり100社から200社を受け持って,契約更新の案内の電話をしていた。
(b) SRM営業部では,金額調整のルールが設けられており,その範囲内であれば,担当者は,上司の承認を受けずに契約更新することができた。
担当者は,ルールの範囲内で金額調整をすることができない場合,上司である亡Cや●●●に相談することになっており,亡Cは,調整すべき案件であるか,決められたルールの範囲であるかなどを精査し,自らが権限を有する金額調整の範囲内であれば,金額調整及び契約更新の承認を行った。
亡Cの権限の範囲を超える場合には,●●●に相談が上がり,同人が持っている金額調整の範囲であれば,●●●が,金額調整及び契約更新の承認を行った。
このように,金額調整業務は,一次対応を担当者が行い,二次対応として,亡Cと●●●が部下からの相談を受けて決裁をしていた。
(c) 担当者が顧客に対して契約更新の案内を行った際,顧客から,契約時の説明と食い違っている,契約時の価格で更新できると聞いていた,機種交換を無料ですると聞いていたなどといったクレームが出されるほか,中途解約時の解約金,携帯電話機の故障及び電波状態の改善等についてクレームが出されることがあった。
顧客からのクレームのうち,自動契約更新によって価格が定価に戻ってしまうという定型的なものについては,担当者が上記(a)の金額調整を行っていた。
(d) 顧客からのクレームのうち,営業担当者から初回契約と同価格で更新できると聞いていた,新しい機種に無料で交換してもらえると聞いていたなどの非定型的なクレーム案件については,一次対応を担当者が行い,担当者では対応しきれない場合,二次対応として,亡Cや●●●が対応方針等を検討して指示をするほか,部下に代わって電話応対をしたり,部下と同行して顧客を訪問したりしていた。
上記の非定型的なクレーム案件の中でも,返金額が大きかったり,顧客が強硬であったりするなど処理が困難な重いクレーム案件については,部下とともに,亡Cが対応していた。
また,亡Cが対応していたクレームの中には,電波クレームと呼ばれるものもあり,これは,営業担当者が,顧客に対し,1年後には電波状態が良くなるなどと告げて携帯電話を販売したが,電波状態が改善しないためクレームが出されるものであった。電波クレームについては,亡C及びその部下が,顧客を訪問して謝罪の上で,携帯電話会社による電波対策作業の実施や,契約の解約等により対応することもあった。(甲38)
(e) 亡Cが対応するクレームの多くは,営業担当者によるオーバートークや説明不足に原因があったため,亡Cは,1週間に2,3回程度,部下とともに,顧客の下に出向いて謝罪及び説明をしていたが,顧客から,怒鳴られたり暴言を吐かれたりすることもあった。(乙19)
ただし,SRM営業部においては,クレーム対応に失敗したとしても,その担当者や上司の人事評価が下げられたり,ペナルティーを課されたりすることはなかった。
(f) SRM営業部におけるクレーム対応は,30%が顧客に返金して解決し,70%が顧客に返金することなく解決していた。
亡Cは,顧客への返金に当たり,返金案件として妥当であるか,返金額が相当であるかなどを精査し,審査担当部署に対する支払依頼書の起案をするほか,審査担当部署に対して案件の説明等をしていた。
顧客に対する返金が必要となる場合,100万円以下の案件については,審査担当部署の審査を受ければ返金をすることができたが,100万円を超える案件については,マネージャーの責任で稟議書を作成して,審査担当部署の審査及び事業部長の決裁を受ける必要があった。
SRM営業部では,平成21年9月から同年12月までの間に16件の稟議書を上げているが,そのうち,亡C自身が作成した稟議書が6件で,同人の部下が作成した稟議書が6件(ただし,うち1件は,●●●が●●●の前任者とともにクレーム対応等をしていた時期のもの。)であった。(乙35)
上記のとおり,顧客に対する返金をするには,審査担当部署の審査を受ける必要があったところ,亡Cの要望どおりの審査結果にならなかったり,審査担当部署との意見対立が生じたりしたため,円滑な返金等をすることができず,顧客から更なるクレームが出されるなどして,対応に苦慮することもあった。
(甲28の1から4まで,29の1から5まで,46)
(g) 亡Cが担当していたクレームのうち,●●●の案件は,同社との間で,1台当たり毎月5000円(消費税込み)の料金で無料通話上限なしの条件で642台の携帯電話を契約していたところ,契約更新に伴って,1台当たり毎月250円(消費税分)の値上げ及び無料通話の制限が生じたため,同社から当初契約と同一条件での契約更新及び既払の消費税分の返金を求められたものであった。
亡C及びその部下の●●●は,平成21年11月頃から,同社の案件を担当するようになったが,それまでに担当者間の引継ぎが十分にされず,同社への返金が約半年間放置されるなどしたため,同社の対応が硬化し,訪問時に同社の担当者から強い調子で返金等を要求されるとともに,契約内容の交渉に長期間を要することとなった。同社の案件については,亡Cの死亡後,●●●が引き継いだ。(甲29の1から5まで,乙19,35)
(h) 亡Cは,クレーム対応等や携帯電話会社による電波対策作業の立会い等のために,1か月に1,2日程度,遠方まで出張することがあった。(甲35,乙19)
② 顧客データベース管理業務
SRM営業部では,a社グループが法人に販売した携帯電話について,携帯電話の電話番号,顧客の名称・所在地,契約事項及びサービス内容等を記録した顧客データベースを管理しており,その管理は主に亡Cが行っていた。
新規契約や契約更新時の顧客データベースへの入力は担当者が行っていたが,携帯電話会社から毎月送付される携帯電話の解約履歴を顧客データベースに取り込んでデータ更新をする作業,顧客と調整した請求金額の入力作業,金額調整が必要な案件を請求課と共有するための一覧の作成作業等は,亡Cが行っていた。
亡Cが行っていた顧客データベースの管理業務については,SRM営業部が担当している顧客数だけでも800社から1000社に上ったため,業務量が相当多かったものの,パソコンの高度な知識を要するようなものではなく,パソコンにデータ取り込み作業をさせている間には,他の業務に従事したり,煙草を吸ったりすることも可能であった。
③ その他の業務
亡Cが担当していた●●●の案件は,a社グループが同●●●に多数の携帯電話を販売したが,同●●●が携帯電話を転売し,転売先が倒産したために解約を余儀なくされ,同●●●に対して販売代金の返金等を要求する案件であった。
●●●の案件の処理については,携帯電話会社が主導的な立場にあり,亡Cは,平成21年12月頃から,携帯電話会社の担当者とともに,同●●●を訪問するなどして,返金等の交渉を行っていた。同●●●の案件については,亡Cの死亡後に●●●が引き継ぎ,最終的にa社グループが約1500万円の損失を被ったが,●●●を初めとするSRM営業部の担当者の人事評価が下げられるなどしたことはなかった。(乙19)
(イ) 亡Cの時間外労働時間等
a 亡Cは,平成21年5月頃以降は,それ以前よりも退勤時刻がやや早くなり,1週間に1日の法定休日に加えて,平均して1週間に1日の所定休日も取得することができるようになったものの,出勤日には,おおむね午後9時前後まで業務に従事していた。
(甲16,乙18,証人●●●,同●●●)
b 本件TCファイルに基づき,本件算定方法によって算定すると,本件発症前10か月(平成21年4月11日からの1か月間)ないし本件発症前1か月(平成21年1月6日からの1か月間)の10か月間の亡Cの時間外労働時間数は,80時間を超えた月が2か月,45時間を超えた月が6か月,45時間未満の月が2か月であった。
(前提事実(4))
(ウ) 亡Cの健康状態等
a 亡Cは,平成21年5月頃以降,顔色が悪く疲れた様子で,●●●に対し,しばしば,クレーム対応等について,「何でおれが謝らなきゃいけないんだ」と愚痴をこぼしたり,「しんどい」,「疲れた」,「具合が悪い」,「眠い」などと述べたりしていた。
(甲8,乙5,証人●●●)
b 亡Cは,平成21年9月頃には,上司に対し,SRM営業部からの異動を希望するなどしたが,異動は認められなかった。
(甲15,46,証人●●●,同●●●)
c 亡Cは,平成21年11月頃から,●●●とともにクレーム対応等をすることが多くなり,●●●と1週間に1回程度飲酒していた。その際などに,亡Cは,●●●に対し,日常的に,「体がだるい」,「疲れた」などと述べたり,仕事の愚痴をこぼしたりしていたが,SRM営業部での人間関係や仕事以外の私的な事柄に関する愚痴をこぼすことはなかった。(証人●●●)
d さらに,亡Cは,平成21年12月頃には,●●●に対し,肺の痛みを訴えたり,顎の痛みを訴えたりしたことがあったほか,●●●に対し,頭痛による早退を申し出るなどしていた。
(甲62,63の9及び10,証人●●●)
亡Cは,平成22年1月末頃,●●●と飲酒している際,疲れ切っている様子で,頭痛を訴えていた。(甲10,乙17,証人●●●)
(2)  亡Cの健康状態及び生活習慣等
ア 健康診断等の結果
亡Cが受けた健康診断及び血液検査(以下「本件健康診断等」という。)の結果の主なものは,以下のとおりである。
(ア) 平成17年10月27日実施の健康診断(甲20の2)
BMI 21.0
収縮期/拡張期血圧 130/72(単位はmm/Hg。以下同じ。)
総コレステロール 203(単位はmg/dl。以下同じ。)
中性脂肪 66(単位はmg/dl。以下同じ。)
HDLコレステロール 66(単位はmg/dl。以下同じ。)
(以下「HDL」という。)
LDLコレステロール 検査なし
(以下「LDL」という。)
(イ) 平成18年9月29日実施の健康診断(甲20の2)
BMI 22.1
収縮期/拡張期血圧 118/68
総コレステロール 182
中性脂肪 142
HDL 54
LDL 検査なし
(ウ) 平成19年10月26日実施の健康診断(甲20の1)
BMI 22.6
収縮期/拡張期血圧 136/72
総コレステロール 201
中性脂肪 203
HDL 53
LDL 検査なし
(エ) 平成20年10月23日実施の健康診断(甲20の1)
BMI 22.1
収縮期/拡張期血圧 124/82
総コレステロール 173
中性脂肪 87
HDL 60
LDL 106(単位はmg/dl。以下同じ。)
(オ) 平成21年10月22日実施の健康診断(甲18,19)
BMI 22.1
収縮期/拡張期血圧 110/72
総コレステロール 203
中性脂肪 77
HDL 61
LDL 137
(カ) 平成22年2月5日実施の血液検査(甲24)
総コレステロール 176
中性脂肪 検査なし
HDL 検査なし
LDL 103.9
イ 健康診断の基準値等
(ア) 一般に,普通体重は,BMIが18.5から25まで,高血圧は,収縮期血圧140以上・拡張期血圧90以上とされている。
(甲39,乙3)
総コレステロール値等に関しては,平成21年10月22日実施の健康診断を実施した財団法人日本予防医学協会が設定した参考値(以下「予防医学協会参考値」という。)は,総コレステロールを130から219まで,中性脂肪を35から149まで,HDL(いわゆる善玉コレステロール)を40から86まで,LDL(いわゆる悪玉コレステロール)を70から119までとしている。(甲18)
また,日本人間ドック学会・健康保険組合連合会の検査基準値及び有用性に関する調査研究小委員会は,平成26年4月,約150万人の人間ドック検診受診者の検診データに基づき,「新たな検診の基本検査の基準範囲」(以下「人間ドック学会基準値」という。)を公表したところ,人間ドック学会基準値は,男性について,総コレステロールを150から254まで,中性脂肪を39から198まで,LDLを72から178までとしている。(甲51,52)
(イ) 亡Cが受けた本件健康診断等の結果のうち,平成19年10月26日実施の健康診断における中性脂肪値203は,予防医学協会参考値及び人間ドック学会基準値の上限(149及び198)を上回り,平成21年10月26日実施のLDL値137は,人間ドック学会基準値の上限(178)以下であるが,予防医学協会参考値の上限(119)を上回っている。(甲18から20の2まで,24,51,52)
ウ 亡Cの生活習慣
亡Cは,20歳頃から喫煙しており,1日当たり20本(1箱)程度の喫煙習慣があった。
(甲18,20の1及び2,乙18,証人●●●)
また,亡Cは,20歳頃から飲酒しており,1週間に2,3回,各2時間くらいビールやサワーを4杯程度飲酒する習慣があった。
(乙5,17,18,証人●●●)
エ 亡Cの家族歴
平成26年5月の時点で,亡Cの父方の祖父母は94歳及び86歳の健康体であり,母方の祖父母は89歳及び87歳で死亡していた。
(甲58)
(3)  本件発症及び亡Cの死亡等
ア 亡Cは,平成22年2月5日午前5時半頃,自宅で就寝していたところ突然起き出し,「具合が悪い」と言ってトイレに行き,その後頭痛及び胸部痛を訴え,病院に救急搬送された。(甲8,乙5,証人●●●)。
イ 亡Cは,病院到着時には心肺停止状態であったため,心肺蘇生措置が行われたが,同日午前7時56分,死亡が確認された。(甲24,26)
(4)  虚血性心疾患等に関する医学的知見(甲26,39,50,乙1,30)
ア 虚血性心疾患等
虚血性心疾患とは,血液を供給する導管としての冠動脈の異常によって,心筋の需要に応じた酸素の供給不足が生じ,その結果,心筋が酸素不足(虚血)に陥り,心筋機能が障害される疾患である。
冠動脈疾患は,冠動脈に病変を持つ疾患の総称であり,成人では,動脈硬化による冠動脈疾患が存在しても,虚血性心疾患を発症していない例も多数存在する。
イ 心停止
心停止とは,心拍出が無となり循環が停止した状態を指し,その中には,心臓に原因がある心臓性突然死が含まれる。突然発症する心停止の多くは,心室頻拍・心室細動が直接の原因であり,その基礎心疾患は虚血性心疾患が多い。
ウ 動脈硬化
動脈硬化とは,動脈壁の病的な硬化・肥厚の病態を総称し,それに基づく導管としての機能不全をいう。
動脈硬化には,内膜の細胞増殖による肥厚や脂肪沈着,果ては繊維化と石灰化を特徴とする粥状硬化が含まれており,冠動脈疾患のほとんどは粥状硬化に起因するものと考えられている。粥状硬化は,脂肪斑,繊維斑,粥腫(アテローマ)及び複雑病変に大別される。
ヒトの動脈硬化は,胎児期から発生し得るもので,長い経過で進展し,20歳から30歳代になると,平滑筋細胞の増殖が進み,内膜肥厚が急激に進行し,さらに,脂質を含んだ泡沫細胞(主にマクロファージ)が種々の程度で肥厚巣に集まり,30歳代後半では,完成された動脈硬化巣が観察されるようになる。
エ 虚血性心疾患発症の引き金因子
冠動脈硬化は,慢性的な経過で進行し,虚血症状出現は疾患の終末期に起こると考えるのが一般的である。虚血性心疾患の発症の引き金因子の代表的なものが,過度の身体的・精神的負担であるが,多くの例は,同定できるような引き金因子なくして,自然経過で虚血性心疾患を発症している。
オ 虚血性心疾患及びその原因となる粥状硬化のリスクファクター
(ア) リスクファクターのうち,是正不可能なものとしては,性別,年齢及び家族歴等が存在する。虚血性心疾患は,男性に多く,加齢とともに発症頻度が上昇するが,40歳代後半から急激に頻度が上昇し,30歳から34歳までに発症することは,10万人当たり2.5人との報告があるように,非常にまれである。
(イ) リスクファクターのうち,是正可能なものとして重要なものは,高脂血症,高血圧及び喫煙であり,これらのリスクファクターが重なった場合には,その影響は極めて大きくなる。
a 高脂血症については,総コレステロール及びLDLの高値並びにHDLの低値は,確立したリスクファクターであるが,中性脂肪の高値については,虚血性心疾患との関連があるが,上記ほど確立したリスクファクターであるとはされていない。
また,国内の研究では,総コレステロールについて,160から179までの群に対して200から219までの群では,冠動脈疾患死亡の相対リスクが1.4倍になることや,LDLについて,80未満の群に対し,120から139の群では,冠動脈疾患の発症が2.2倍に増加することが示されており,表面上は著しく逸脱していない脂質異常でも動脈硬化に関与することが指摘されている。
なお,中性脂肪値は,食事によって大きな変動を来すため,空腹時に検査することが重要であるとされている。
b 高血圧については,軽症高血圧では関連が低いが,重症高血圧では重要な因子となるとされている。
c 喫煙については,1日の喫煙本数が多くなるほど発症率が高まり,国内外の研究によれば,1日20本以上の喫煙は,虚血性心疾患の発症率を3倍とする報告,1日21本以上の喫煙は冠動脈疾患の相対リスクを4.25倍とするという報告,喫煙は若年性心筋梗塞の最も強い単一のリスクファクターであるとの報告がされている。
カ 冠動脈攣縮
冠動脈攣縮(冠動脈の痙攣性の収縮)は,特に夜間から早朝にかけての安静時に出現し,血管内皮の機能障害が存在する部位において,様々な要因によって限局的な平滑筋の異常収縮が発生するものであり,虚血性心疾患全般の発生においても重要な役割を果たしている。
冠動脈攣縮については,喫煙が引き金となると考えられている。
(5)  専門検討会報告書における医学的知見(乙1)
専門検討会報告書は,長期間の過重業務と虚血性心疾患の関係等について,以下の医学的知見を示している。
ア 虚血性心疾患は,動脈硬化等による血管病変等の形成,進行及び増悪によって発症するが,業務による過重な負荷が加わることにより,発症の基礎となる血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し,虚血性心疾患が発症する場合があることは,医学的に広く認知されている。
イ 業務には,どのような業務であれ,それを遂行することによって生体機能に一定の変化を生じさせる負荷要因が存在し,これにより引き起こされる反応をストレス反応という。ストレス反応は,血圧上昇,心拍数の増加,不眠,疲労感等の生理的な反応や,生活習慣,疾病休業,事故等行動面での反応など多様である。
一般的な日常の業務により生じるストレス反応は,一時的なもので,休憩・休息,睡眠その他の適切な対処により,生体は元に復し得るが,恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたり作用した場合には,ストレス反応が持続し,かつ,過大となり,ついには回復し難いものとなり(疲労の蓄積),これにより生体機能が低下し,血管病変等が増悪することがあると考えられている。
したがって,発症との関連において,業務の過重性の評価に当たっては,発症時における疲労の蓄積がどの程度であったのか,すなわち,業務により生じた疲労の蓄積が血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,虚血性心疾患の発症に至らしめる程度のものであったか否かという観点から判断するのが相当である。
また,疲労は,恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用することにより蓄積するが,逆にこの負荷要因が消退した場合には,疲労も回復するものであることから,発症時における疲労の蓄積度合いの評価に当たっては,発症前の一定期間の就労状態等を考察し,判断することが相当である。
ウ 就労状況の評価期間については,長期間の疲労の蓄積に関する諸家の報告がその評価期間をおおむね1か月から6か月としており,この期間の就労状況を調査すれば,発症と関連する疲労の蓄積が判断され得ることから,発症前6か月間とすることが,現在の医学的知見に照らして無理がなく妥当である。
なお,虚血性心疾患の発症は,日常生活に密接に関連しているものであり,発症から遡るほど業務以外の諸々の要因が発症に関わり合うことから,疲労の蓄積を評価するに当たって,発症前6か月より前の就労実態を示す明確で評価することができる資料がある場合には,付加的な評価の対象となり得るものと考えられる。
エ 国内外の医学的研究によれば,長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇等を生じさせ,その結果,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させる可能性があるとされている。
そして,労働時間に着目した場合の業務の過重性の評価は,1日4時間ないし6時間程度の睡眠を確保することができない状態が継続していたかどうかという視点で検討することが相当である。
1日6時間程度の睡眠を確保することができない状態が1か月継続した状態とは,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働を行った場合に相当し,同じく5時間程度の睡眠が確保できない状態が1か月継続した状態とは,1か月当たりおおむね100時間を超える時間外労働を行った場合に相当する。
一方,1日7時間ないし8時間程度の睡眠・休息により,その日の疲労を回復することができるとされているところ,1日7.5時間程度の睡眠時間を確保することができる状態が1か月継続した状態とは,1か月当たりおおむね45時間の時間外労働を行った場合に相当する。そして,これを超える時間外労働に従事していない場合には疲労の蓄積は生じず,それ以前の長時間労働により生じていた疲労の蓄積は徐々に解消していくものと考えられ,疲労の蓄積の解消によって,血管病変等は改善するとの報告が存在する。
オ 業務の過重性は,労働時間のみによって評価されるものではなく,勤務の不規則性,拘束性,交替制勤務,作業環境等の諸要因の関わりや業務に由来する精神的緊張の要因を考慮して,当該労働者と同程度の年齢,経験を有する同僚労働者又は同種労働者であって,日常業務を支障なく遂行することができる労働者(以下「平均的労働者」という。)にとっても,特に過重な身体的・精神的負荷と認められるか否かという観点から,総合的に評価するのが妥当である。そして,業務の過重性の判断に当たっては,疲労の蓄積の最も重要な要因である労働時間にまず注目し,発症時において長時間労働による疲労の蓄積がどのような状態にあったかどうかについて検討することが合理的である。
以上を踏まえて,労働時間による過重性の評価のおおまかな目安を整理すると,①発症前1か月間に特に著しいと認められる長時間労働(おおむね100時間を超える時間外労働)に継続して従事した場合,又は,発症前2か月間ないし6か月間にわたって,著しいと認められる長時間労働(1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働)に継続して従事した場合には,業務と虚血性心疾患の発症との関連性は強いと判断されるが,②1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には,上記関連性は弱いと判断される。上記①と②の間の場合には,発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,上記関連性が徐々に強まるものと判断される。
上記の時間外労働時間数は,1日8時間(1週間40時間)を超える労働時間であり,休日労働時間は,時間外労働時間として評価することが妥当である。
また,休日労働は,その頻度が高ければ高いほど業務と発症との関連をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保されている場合は,疲労は回復又は回復傾向を示すと考えられる。
カ 精神的緊張を伴う業務については,精神的緊張と虚血性心疾患の発症との関連を示唆する報告ととそうでない報告があるが,各種報告及びこれまでの医学経験則に照らして,疲労の蓄積という観点から配慮をする必要があるとの認識の下,虚血性心疾患の発症に関与する可能性のある日常的に精神的緊張を伴う業務に関連する出来事について,表形式で整理した(以下,この表を「精神的緊張業務表」という。なお,同表の内容は,別紙2の認定基準の別紙「精神的緊張を伴う業務」の「日常的に精神的緊張を伴う業務」の表と同一である。)。ただし,ストレスの内容と疾患の発症との関係は医学的に十分に解明されていないこと,ストレスは業務以外にも多く存在し,その受け止め方は個人により大きく異なることから,過重性の評価は慎重に行うべきである。
(6)  本件疾病に関する医学的意見
ア 過労死・自死相談センター代表であるD医師(以下「D医師」という。)は,平成22年11月28日付けの意見書において,亡Cの本件疾病は,冠動脈の高度狭窄による心臓性突然死と考えるのが妥当であるが,冠動脈攣縮の影響を否定することができず,①亡Cが,平成21年5月に異動するまでしばしば1か月100時間以上の時間外労働を行っており,本件発症前6か月間も若干の減少傾向はあるものの,1か月45時間をはるかに超える1か月60時間前後の時間外労働を行っていることから,恒常的な長時間残業に従事することで,慢性疲労を蓄積させていたこと,②亡Cが,30歳代前半で若く,格別の健康上の問題もなく,家族性疾患もないにもかかわらず,本件剖検所見で高度な冠動脈硬化を指摘されている事実は,極めて短期間に被災者の冠動脈硬化が進展したことを示しており,長時間労働や精神的緊張を伴う業務が強く関与した可能性を否定することができないこと,③亡Cは,平成21年初め頃から,時々身体不調を訴えるようになり,同年半ば以降からはその頻度が増加したことは,亡Cが著しい精神的ストレスを受けた時期に相当しており,疲労蓄積及びこれによる冠動脈硬化を一層進展させたと考えられることから,亡Cの死亡は過重労働によるものであるとの意見を述べている。
(甲26)
イ 東京労働局地方労災医員である●●●医師(以下「●●●医師」という。)は,平成23年2月18日付けの意見書において,亡Cの死亡は,冠動脈硬化症を基礎とした虚血性心不全に致命的不整脈が発症したことによる急死(心停止)と考えるのが妥当であり,亡Cの就労状況に相当過重が存在したとは考え難く,上記心停止と就労との因果関係はないと考えるのが妥当である旨の意見を述べている。(乙12)
ウ 東神戸病院副院長である●●●医師(以下「●●●医師」という。)は,平成25年10月21日付け及び平成26年4月7日付けの意見書において,冠動脈粥腫の破綻及び冠動脈攣縮のいずれもが動脈硬化を背景にするものであり,亡Cの死亡原因は,高度の冠動脈硬化を背景にする虚血性心疾患であるところ,亡Cには,高血圧,高脂血症及び肥満という私的リスクファクターは存在せず,当時33歳で喫煙以外の私的リスクファクターを有しない亡Cが虚血性心疾患を発症するリスクは極めて低かった一方,亡Cの業務上のストレスは,慢性的な労働時間の長さに加え,精神的ストレスも多大なものであったと考えられることからすれば,本件発症及びこれによる死亡には業務上のストレスが大きく関連したと考える旨の意見を述べている。(甲39,50)
エ 東邦大学医療センター大橋病院循環器内科教授であるE医師(以下「E医師」という。)は,平成26年1月15日付けの意見書において,亡Cの死亡原因について,亡Cは,粥状硬化により冠動脈の狭窄度が高度になっていたが,本件剖検所見にあるように,高度器質化した粥状硬化であったことから,粥腫の突然の破綻による血小板血栓形成によって急激に冠動脈が閉塞したのではなく,高度狭窄をしていた冠動脈(特に左前下行枝)が,早朝に生じやすい一時的な冠動脈攣縮によって完全閉塞し,胸痛とともに,致死的不整脈である心室細動を起こして心肺停止となり,死亡したと考えられる旨の意見を述べている。(乙30)
また,E医師は,上記意見書において,亡Cについて,本人の体質に喫煙リスクと生活習慣の要因が加わり,徐々に冠動脈各部位に動脈硬化を発症したもので,●●●医師の意見書に,亡Cが平成20年初め頃から胸の痛みを訴えており,平成21年以降は胸痛が増加したと記載されていることからすれば,冠動脈狭窄は平成20年以前から既に存在していたものと考えられるとし,亡Cには長期間の過重業務が認められないから,同人の死亡は,動脈硬化による冠動脈狭窄によって生じた心停止(心臓性突然死を含む。)と考えるのが妥当であるとの意見を述べている。
(乙30)
(なお,E医師は,●●●医師の意見書(甲26)の記載に基づき,亡Cが平成20年初め頃から胸の痛みを訴えていたとしているが,同人の胸の痛みに関する上記意見書の記載は,●●●からの聴取に基づくものである(甲26)ところ,●●●が亡Cと交際を開始したのは同年7月頃であり(前提事実(1)ア),●●●の認識では,亡Cが胸の痛みを訴えたのは平成21年2月15日である(乙5,証人●●●)から,上記意見書の記載は,●●●医師の誤解又は誤記によるものと解される。)
2  判断枠組み
(1)  労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料は,「労働者が業務上死亡した場合」に支給されるところ(同法7条1項1号,12条の8第1項及び2項,労基法79条及び80条),「労働者が業務上死亡した場合」とは,労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,上記負傷又は疾病と業務との間には相当因果関係のあることが必要であり,その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならないと解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。
(2)  ここで,労基法75条2項を受けた同法施行規則35条及び別表第1の2第2号から第9号まで(これらの規定は,労災保険法12条の8第2項に基づき,同法に基づく保険給付にも適用される。)は,当該業務に従事した労働者に発症し得ることが医学的経験則上一般に認められている疾病を類型的に列挙して,業務上の疾病の範囲を定めているところ,上記各号に規定された業務に従事した労働者が当該号に規定された疾病を発症した場合には,特段の反証のない限り,当該業務と当該疾病の間の相当因果関係が肯定され,当該疾病の業務起因性を認めることができるものと解される。
(3)  本件においては,労基法施行規則別表第1の2第8号は,業務上の疾病として,「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血,くも膜下出血,脳梗塞,高血圧性脳症,心筋梗塞,狭心症,心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病」を規定している。
そして,前提事実(5)イ並びに認定事実(4)及び(6)によれば,亡Cは,冠動脈の高度狭窄を有していたところ,一時的な冠動脈攣縮により,高度狭窄していた冠動脈が完全閉塞したため,致死的不整脈である心室細動を起こし,虚血性心不全(本件疾病)を発症して心停止に至り死亡した蓋然性が高いものと認められるから,亡Cは,本件発症が原因となって死亡したものということができる。
また,上記で述べたところによれば,本件疾病は,労基法施行規則別表第1の2第8号に規定する「心停止(心臓性突然死を含む。)」に含まれるものということができる。
そうすると,亡Cが従事していた業務が「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務」(長期間の過重業務)に該当するということができれば,特段の反証のない限り,上記業務と本件発症との間の相当因果関係の存在を肯定することができ,本件疾病及びこれを原因とする死亡は業務に起因するものであるということができる。
(4)  そこで,本件においては,亡Cが従事していた業務が長期間の過重業務に該当するか否かについて検討することとする。
この点,池袋労基署長は,認定基準に基づき本件各処分をしたものである(前提事実(7)イ)ところ,認定基準は,行政機関の判断の統一を図るための内部指針として設定されたものであり,裁判所を拘束するものではないが,医師等の専門的知見に基づく専門検討会報告書を踏まえて作成されたものであること(前提事実(6)ア)からすれば,一定の合理性が認められるものである。
なお,原告らも,認定基準そのものに合理性がないとは主張しておらず,池袋労基署長が認定基準に基づき形式的・機械的に判断した結果,違法な本件各処分を行ったものであると主張しているところである。
そうすると,本件においては,認定基準を参考にしつつ,客観的な事実を総合して,平均的労働者を基準として,亡Cの業務が長期間の過重業務に該当するか否かを判断すべきものということができる。
3  業務の過重性の評価方法及び評価期間
(1)  専門検討会報告書は,①恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたり作用した場合,疲労が蓄積することにより,生体機能が低下して血管病変等が増悪することがあること,②労働時間に着目した場合,長期間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足により疲労が蓄積すると,血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪する可能性があること,③業務の過重性は,労働時間のみではなく,勤務の不規則性等や業務に由来する精神的緊張の要因を考慮して,総合的に評価するのが妥当であるが,業務の過重性の判断に当たっては,疲労の蓄積の最も重要な要因である労働時間にまず注目して検討することが合理的であること,④精神的緊張を伴う業務による疲労の蓄積については,精神的緊張業務表に整理した業務が虚血性心疾患の発症に関与する可能性があるが,ストレスの内容と疾患の発症との関係は医学的に十分に解明されておらず,ストレスは業務以外にも多く存在し,その受け止め方は個人により大きく異なることから,過重性の評価は慎重に行うべきであることという医学的知見を示している(認定事実(5))ところ,専門検討会報告書は,厚生労働省の依頼を受けた医師等の専門家から成る専門検討会により作成されたものであること(前提事実(6)ア)からすれば,上記医学的知見の信用性は高いものということができる。
そうすると,亡Cの業務が長期間の過重業務に該当するか否かを判断するに当たっては,まず,疲労の蓄積の最も重要な要因である長時間労働の有無及びその程度について検討し,その上で,精神的緊張業務表を参考にしつつ,業務による精神的負荷の程度についても検討するのが相当であるというべきである。
(2)  また,専門検討会報告書は,①業務の過重性を評価する期間について,発症前6か月間とすることが,現在の医学的知見に照らして無理がなく妥当であること,②発症前6か月より前の就労実態を示す明確で評価することができる資料がある場合には,付加的な評価の対象となり得ることという医学的知見も示している(認定事実(5))ところ,上記(1)で述べたところと同様,上記医学的知見の信用性は高いものということができる。
そうすると,亡Cの業務が長期間の過重業務に該当するか否かを判断するに当たっては,まず,本件発症前6か月間の業務の過重性を判断し,その上で,本件発症前6か月より前の業務の過重性を付加的に検討するのが相当であるというべきである。
(3)  なお,前提事実(6)イ及び別紙2によれば,認定基準も上記(1)及び(2)と同様の判断枠組みを採用していることが認められる。
4  本件発症前6か月間の業務の過重性
(1)  亡Cの時間外労働時間
ア 時間外労働時間数の算定資料について
(ア) 前提事実(2)イ及び(4)イによれば,亡Cは,顧客先等に直行又は直帰をする場合を除き,出勤時及び退勤時に,タッチパネルに社員番号を自ら入力しており,本件TCファイルは上記方法で自動的に記録された出退勤時刻が記載されたものであることが認められる。そして,上記のような本件TCファイルの作成過程に照らし,同ファイルは,亡Cの労働時間数を算定する上で信用性の高い資料であるということができる。
そうすると,亡Cの時間外労働時間数については,基本的に,本件TCファイルに基づき算定するのが相当である。
(イ) なお,本件TCファイルには記録されていない亡Cの労働時間数については,平成21年9月19日の13時35分から14時48分までの1時間13分及び平成22年1月29日の9時から12時までの3時間の限度では,当事者間に争いがない。
イ 時間外労働時間数の算定方法について
(ア) 原告らは,時間外労働時間数を算定するに当たり,1日8時間を超える労働時間及び1週間40時間を超える労働時間の双方を考慮すべきであると主張する。
(イ) しかしながら,専門検討会報告書によれば,休日が十分確保されている場合,疲労は回復又は回復傾向を示すものである(乙1)から,仮に,1日当たり8時間以上の労働を行った日があったとしても,当該日が含まれる1週間に40時間未満の労働しかしていなければ,当該1週間において休日を十分確保するなどして,疲労の回復を図ることができ,疲労の蓄積は生じないものと考えられる。
そうすると,業務の過重性については,1週間当たり40時間を超えて労働したか否かを考慮すべきであって,1日8時間を超える労働時間及び1週間40時間を超える労働時間の双方を考慮すべきものとはいえない。
(ウ) したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
ウ 本件入室リーダ記録について
(ア) 原告らは,本件入室リーダ記録に基づき,別紙3「本件入室リーダ記録に基づく時間外労働時間表」の「月別超過時間」欄記載の時間外労働時間数を加算すべきであると主張する。
そして,証拠(甲16,30)及び弁論の全趣旨によれば,別紙3「本件入室リーダ記録に基づく時間外労働時間表」の本件発症前6か月間のとおり,本件TCファイル上の退勤時刻後に本件入室リーダ上の最終入室時刻が記録されている日が6日と,同ファイル上の出退勤記録が存在しない日が1日存在することが認められる。
(イ) 本件TCファイル上の退勤時刻後に入室記録がある日について
a 本件TCファイル上の退勤時刻後に本件入室リーダ上の最終入室時刻が記録されている上記6日について,亡Cが,上記最終入室時刻後,業務に従事したことを示すメールの発信記録等の客観的な証拠は存在しないし,そのほか,同人が,タッチパネルでの退勤入力をした後,業務上の呼出しや連絡を受けるなどして,再び業務に従事していたことをうかがわせる証拠も存在しない。
なお,証拠(乙22,23)によれば,平成22年1月26日には,本件TCファイル上の退勤時刻後に,亡Cのパソコンからメールが送信されているが,これは,亡Cの同僚が,亡Cに宛てて送信したメールの取消し処理をしたことに伴い,自動的に亡Cのパソコンからメールが送信されたものにすぎないことが認められるから,亡Cが上記退勤時刻後も業務に従事していたことを示すものとはいえない。
b これに対し,原告らは,●●●が,平成21年11月10日,亡Cを含む社員に対し,「打刻後の稼働はやめてください」と記載したメール(甲42)を送信していることを根拠に,SRM営業部の現場では,タッチパネルでの退勤入力後も業務に従事することが普通であったと主張する。
しかしながら,そもそも,上記(ア)のとおり,亡Cが退勤入力をした後に事務室に入室した記録が残っているのは,本件発症前6か月間でわずか6日にすぎないから,退勤入力後も業務に従事することが常態化していたとは認め難い。
また,証拠(甲42,乙31,証人●●●)によれば,●●●は,SRM営業部に着任した当初,部下に対し,不必要な残業や出張によるコスト発生を避けるという方針を伝えるために上記メールを送信したものであって,亡Cを含む社員が退勤入力後も業務に従事していることについて注意するためにこれを送信したものではないことが認められ,上記メールの文面を見ても,当時,SRM営業部の社員が退勤入力後も業務を行っている状況が現実に存在したことをうかがわせる記載は存在しない。
そうすると,上記メールを根拠として,亡Cがタッチパネルでの退勤入力後も業務に従事していたものと認めることはできない。
c 一方,別紙3「本件入室リーダ記録に基づく時間外労働時間表」によれば,上記6日のいずれの日についても,本件TCファイル上の退勤時刻と本件入室リーダ記録上の最終入室時刻の間の時間は10分に満たないことが認められる。
そして,前提事実(4)イ及び証拠(乙22,31,証人●●●)によれば,亡Cが勤務していた事務所においては,社員が事務室に入室する際,セキュリティカードを入室リーダ機にかざして,事務室のロックを解除する必要があり,そのたびごとに入室リーダ記録が残されるところ,事務室の外にトイレが設置されていたことから,社員がトイレに行って戻ってくる場合も,セキュリティカードでロックを解除した他の社員に引き続いて入室するなどしない限り,入室リーダ記録が残されることが認められる。
そうすると,原告らが主張する本件入室リーダ記録上の最終入室記録については,上記bで述べたとおり,その回数がわずかであることも考慮すれば,亡Cが,タッチパネルでの退勤入力後,帰宅前にトイレに行ってから再度事務室に入室したり,忘れ物を取りに事務室に戻ったりした際に残された記録と考えることも十分に可能である。
d 以上によれば,本件TCファイル上の退勤時刻後に本件入室リーダ上の最終入室時刻が記録されている日について,亡Cが上記退勤時刻後も業務に従事していたと認めることはできない。
(ウ) 本件TCファイル上の出退勤記録が存在しない日について
a 証拠(甲16,30)によれば,平成21年9月19日については,本件TCファイル上の出退勤記録が存在しないものの,本件入室リーダ記録上,亡Cが12時57分及び14時18分に入室した記録が存在することが認められる。
また,被告は,平成21年9月19日については,本件送信メール記録から,亡Cが業務上のメールを送信したことが認められる13時35分から14時48分までの1時間13分については,亡Cが業務に従事したものと認めている。
b そして,証拠(甲16,30,65,乙24,31)及び弁論の全趣旨によれば,亡Cは,平成21年9月20日から同月23日までが連休であったことから,所定休日であった同月19日に短時間出勤して,受信したメールの確認や必要なメール返信等を行った可能性が高いものと認められる。また,亡Cが事務室に入室してから最初にメールを送信するまでの時間は,40分程度とそれほど長くなく,その間,同人が業務外のことをしていたことをうかがわせる証拠は存在しない。
そうすると,平成21年9月19日については,亡Cにおいて,事務室に入室した12時57分から最初のメール送信をした13時35分までの間も,業務に従事していたものと認めるのが相当である。
ただし,証拠(甲16,乙29)によれば,平成21年9月19日が属する1週間には4日間の休日が存在し,総労働時間数は20時間程度であるから,同日について,上記労働時間を加算したとしても,いずれにせよ当該1週間については,1週間当たり40時間を超える労働時間が存在しないことに変わりはない。
エ 本件送信メール記録について
(ア) 原告らは,本件送信メール記録に基づき,別紙4「本件送信メール記録に基づく時間外労働時間表」の「月別超過時間」欄記載の時間外労働時間数を加算すべきであると主張する。
(イ) そこで検討するに,別紙4「本件送信メール記録に基づく時間外労働時間表」の本件発症前6か月間を見ると,1時間13分及び3時間をそれぞれ加算する範囲では当事者間に争いのない平成21年9月19日及び平成22年1月29日を除けば,原告らが時間外労働時間を加算すべきと主張するのは平成21年10月8日及び平成22年1月21日の両日のみである。
そして,証拠(甲31の2及び3,乙22,27,28,31)によれば,①平成21年10月8日については,亡Cにおいて,20時30分にタッチパネルでの退勤入力を行った後,21時00分にメールを送信しているが,このメールは,同人の趣味であるフットサルに関するものであったこと,②平成22年1月21日については,亡Cの許可を得て,●●●が亡Cのパソコンから送信したメールが1通存在するだけであって,そのほかに亡C自身が送信したメールは存在しないことが認められる。
そうすると,前提事実(2)イ及び(4)イのとおり,亡Cは,出退勤時にタッチパネルで出退勤入力をするよう指示されており,上記ウ(イ)のとおり,同人が退勤入力後に業務を行っていたとは認め難いことをも考慮すれば,亡Cが平成21年10月8日の20時30分以降業務に従事したことや平成22年1月21日に出勤して業務に従事したことを認めることはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(ウ) また,原告らは,平成21年9月19日について,亡Cにおいて,最終のメールを送信した14時48分から少なくとも30分間は業務に従事していたものと推測することができるから,労働時間として30分間を加算すべきであると主張する。
しかしながら,原告らの主張を裏付ける証拠は存在しないし,上記ウ(ウ)で述べたとおり,亡Cは,平成21年9月19日にメール確認等のために短時間出勤した可能性が高いことも考慮すれば,同人が上記最終のメールを送信した後も業務に従事していたとは認め難い。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
オ 決起会への参加について
(ア) 原告らは,亡Cが決起会に参加した時間についても労働時間に加算すべきであると主張する。
しかしながら,認定事実(2)ウ及び証拠(甲32,33,乙20から22まで,31,証人●●●)によれば,①a社グループでは,部署ごとに,毎月1回程度,決起会と呼ばれる飲酒を伴う会合が開催されており,a社グループの福利厚生会である○○クラブ(○○club)の特定のプランに加入している社員については,決起会の参加費用の一部が○○クラブから補助されることになっていたこと,②決起会については,○○クラブからの補助がされるため,建前として,戦略や目標値を共有し,成績優秀者をたたえ,部内での親睦を図ることが目的とされていたこと,③決起会の規模や内容は部署ごとに異なっており,小規模な部署であるSRM営業部においては,決起会は居酒屋等で開催され,その内容も,部署内の懇親会(飲み会)と実質的に変わりがなかったこと,④SRM営業部の社員は,決起会に参加することを義務付けられてはおらず,決起会に欠席する社員がいたり,亡Cと●●●の2名で開催された決起会もあったりしたこと,⑤亡Cは,1週間に2,3回程度の飲酒習慣があり,職場内での人付き合いが良かったことが認められ,●●●及び●●●の各証言のうち上記認定に反する部分は採用することができない。
上記各事実によれば,SRM営業部における決起会は,建前としては,戦略や目標値の共有等の業務に関連する目的が掲げられていたものの,実質的には,部署内で開催される任意参加の懇親会(飲み会)であって,亡Cは,決起会に自主的に参加していたものと認めるのが相当であるから,同人が決起会に参加した時間が労働時間に該当するとはいえない。
(イ) なお,原告らは,決起会への参加が業務に該当することを示すものとして,常務取締役や統轄等のa社グループの幹部が出席し,業務進捗状況の報告や目標・戦略の共有等が行われることが予定されている決起会の案内メール(甲47)を提出している。
しかしながら,上記(ア)で認定したとおり,決起会の規模や内容は部署ごとに異なっており,上記案内メールは,SRM営業部とは異なる事業部に属する部署における決起会を案内するものであって(証人●●●),当該決起会が現実にどのような内容で実施されたかも明らかではないから,上記案内メールの存在をもって,SRM営業部における決起会への参加が業務に該当するものとはいえない。
(ウ) したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
カ 昼休憩について
(ア) 原告らは,亡Cは昼休憩を取らずに業務に従事しており,少なくとも,本件送信メール記録において,昼休憩中にメールを送信している日については,昼休憩を取らずに業務に従事していたことは明らかであると主張する。
(イ) しかしながら,SRM営業部において亡Cとともに勤務していた●●●,●●●及び●●●は,労働基準監督署の聴取に対し,いずれも亡Cを含むSRM営業部の社員が1時間の昼休憩を取っていたと供述する(乙6,17,18)とともに,●●●は,上記と同旨の証言をしている(証人●●●)ことが認められる。なお,●●●は,亡Cが昼休憩を取ることができない日が多く,自席で弁当を食べながらパソコンを操作していたことが多かったとの証言をしているところ,労働基準監督署における供述内容から合理的な理由なく変遷しているものであるし,仮に昼休憩中に亡Cがパソコンを操作していたとしても,これが業務に関連する作業であったのか否かも明らかでないから,●●●の上記証言を採用することはできない。
また,証拠(証人●●●)によれば,亡Cは,顧客への対応上,午後零時から午後1時までの所定休憩時間に業務に従事せざるを得ない日もあったが,その場合には,時間帯をずらして1時間の休憩を取っていたことが認められる。
さらに,本件送信メール記録において,亡Cのパソコンから昼休憩中に送信されているメール(甲43の2)については,その送信先及び件名しか判明せず,送信したメールが業務に関するものであるか否かや,休憩時間中に対応することが必要なものであったのか否かは明らかでない。
加えて,認定事実(2)ウ及び証拠(乙17,18,証人●●●)によれば,亡Cには1日当たり1箱程度の喫煙習慣があり,勤務時間中に何回か喫煙所で喫煙していたことが認められる。
そうすると,上記の喫煙に伴う休憩の存在も考慮すれば,亡Cは,少なくとも1日1時間の休憩時間を取得することができたものと認めるのが相当である。
(ウ) したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
キ 亡Cの時間外労働時間数について
以上で述べたところを踏まえ,亡Cの本件発症前1か月ないし6か月の各日の労働時間について,本件TCファイルに基づき,上記当事者間に争いのない労働時間を加算して整理すると,別紙6「時間外労働時間表(発症前6か月間)」記載のとおりとなる(前提事実(4)イ,乙29)。
そして,本件算定方法によって算定すると,上記期間の時間外労働時間数及び平均時間外労働時間数は,下表のとおりとなる(別紙1「時間外労働時間表」の「認定時間」欄の「時間外労働時間数」及び「平均時間外労働時間数」記載の時間数)。

時間外労働時間数 平均時間外労働時間数
発症前1か月 36時間49分 -
発症前2か月 57時間57分 47時間23分
発症前3か月 69時間08分 54時間38分
発症前4か月 60時間13分 56時間01分
発症前5か月 72時間38分 59時間21分
発症前6か月 80時間12分 62時間49分

ク 小括
以上によれば,本件発症前6か月間の亡Cの時間外労働時間数は,専門検討会報告書が,業務と虚血性心疾患の発症との関連性が強いと判断されるとしている(認定事実(5))ところの「発症前1か月間に特に著しいと認められる長時間労働(おおむね100時間を超える時間外労働)に継続して従事した場合」,又は,「発症前2か月間ないし6か月間にわたって,著しいと認められる長時間労働(1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働)に継続して従事した場合」には該当しないものということができる。
一方,専門検討会報告書は,発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と虚血性心疾患の発症との関連性が徐々に強まるものと判断されるとしているところ,本件発症前6か月間の亡Cの平均時間外労働時間数は,上記45時間を超える62時間49分となっているから,その間の同人の業務と本件発症との関連性は相当程度存在するものと評価することができる。また,上記報告書は,時間外労働が1か月当たりおおむね45時間以下の場合,疲労の蓄積は生じず,それ以前の長時間労働により生じていた疲労の蓄積は徐々に解消していくものと考えられ,疲労の蓄積の解消によって,血管病変等は改善するとの報告が存在するとしているところ,亡Cの本件発症前6か月間の平均時間外労働時間数はこれに該当せず,他に同期間において,同人のそれ以前の業務による疲労の蓄積が解消したといえる特段の事情は認めるに足りないのであるから,同人のそれ以前の業務による疲労の蓄積は,本件発症前6か月間において解消しなかったものと推認することができる。
(2)  亡Cの業務による精神的負荷
ア 亡Cの業務内容について
認定事実(1)ウによれば,亡Cは,本件発症6か月前(平成21年8月9日)以降,大手法人営業部及びSRM営業部のマネージャーとして,部下の管理業務を行っていたほか,クレーム対応業務等及び顧客データベース管理業務等を行っていたことが認められる。
そこで,亡Cが従事していた上記各業務について,精神的緊張業務表を参考にしつつ,同人に対してどの程度の精神的負荷を与えていたかについて検討する。
イ クレーム対応業務等
(ア) 認定事実(1)ウ(ア)によれば,クレーム対応等は,一次対応を担当者が行い,亡Cが二次対応を行っていたところ,あらかじめ定められたルールの範囲内で処理可能な金額調整の案件や,軽いクレーム案件については,専ら担当者が処理することができ,亡Cは,上司としての業務管理を行うとともに,必要に応じて,担当者に対して対応方針等を指示したり,電話応対をしたりすれば足りたものと認められるから,これらの案件については,亡Cに対して日常業務の範囲を超える精神的負荷を与えるようなものであったとはいえない。
(イ) また,認定事実(1)ウ(ア)によれば,①亡Cは,非定型的なクレーム案件のうち,返金額が大きかったり,顧客が強硬であったりするなど処理が困難で重いクレームについて,週に2,3回程度,部下とともに顧客を訪問するなどして対応していたこと,②亡Cは,100万円以上の返金をするための社内稟議が必要なクレーム案件も複数担当していたほか,●●●の案件のように,クレーム対応等が長期化する案件も担当していたことが認められる。
(ウ) 一般に,クレーム対応業務は,その性質上,顧客への対応に神経を使わざるを得ず,対応に失敗すればトラブルが拡大しかねないものであるから,一定程度の精神的負荷を伴うものであるといえる。しかも,上記(イ)のとおり,亡Cは重いクレーム案件を複数担当するとともに,認定事実(1)ウ(ア)によれば,処理が困難で重いクレームに関してはa社グループに非があることが多かったため,亡Cは,自分自身には非がないにもかかわらず,顧客に対して一方的に謝罪をすることを余儀なくされたり,場合によっては,顧客から怒鳴られたり暴言を吐かれたりすることもあったことが認められる。また,認定事実(1)ウ(ア)によれば,亡Cが顧客に対する返金をするには,審査担当部署による審査や稟議書に基づく決裁が必要であったため,このような社内手続において,亡Cの要望どおりの審査結果にならなかったり,審査担当部署との意見対立が生じたりしたため,円滑な返金等をすることができず,顧客から更なるクレームが出されるなどして,対応に苦慮することもあったことが認められる。
そうすると,亡Cが従事していた重いクレーム案件への対応業務は,精神的緊張業務表でいうところの「顧客との大きなトラブル…(略)…を担当する業務」におおむね該当し,上記のとおり,顧客から怒鳴られたり暴言を吐かれたりすることもあったことや,社内手続と顧客との間で板挟みになることもあったことなどからすれば,平均的労働者を基準にすると,上記対応業務による精神的負荷の程度は相当大きかったものということができる。
なお,●●●は,クレーム対応業務等について,同業務等はしんどいものではあったが,最終的には返金で解決するものであり,自らに非があるものでもないから,気を楽にしていた旨の証言をしているが,●●●がクレーム対応業務等についてそのように捉えていたとしても,亡Cが従事していたクレーム対応業務等の内容が上記のようなものであったことからして,平均的労働者を基準とすれば,クレーム対応業務等の精神的負荷は相当大きかったものというべきである。
(エ) そして,認定事実(1)ウ(ウ)によれば,亡Cは,●●●及び●●●に対し,しばしば,クレーム対応業務等に関する不満やこれに伴う身体的・精神的疲労について述べたり,体調不良を訴えたりしていたほか,上司に対してSRM営業部からの異動を訴えるなどもしていたことが認められるから,亡Cは,クレーム対応業務等により,相当大きな精神的負荷を受けていたものということができる。
また,認定事実(1)ウ(ウ)によれば,当時,亡Cについて,業務以外の私的な悩みや不満による精神的負荷を受けていたといった事情が存在したとは認められない。
(オ) 一方,認定事実(1)ウ(ア)によれば,亡Cの業務のうち,クレーム対応業務等が占めていた割合は,おおむね半分であったことが認められるから,亡Cが専らクレーム対応業務等に従事していたということはできない。
また,認定事実(1)ウ(ア)によれば,SRM営業部においては,クレーム対応に失敗したとしても,その担当者や上司の人事評価が下げられたり,ペナルティーを課されたりすることはなかったことが認められるところ,亡Cが,クレーム対応業務等に関して,上司から叱責されたり,ペナルティーを課されたりしたことを認めるに足りる証拠はない。
さらに,亡Cが,顧客から怒鳴られたり暴言を吐かれたりしたことについても,その頻度や具体的な暴言の内容等については必ずしも明らかではない。
そして,認定事実(1)ウ(ア)によれば,亡Cは,クレーム対応等のために遠方まで出張することがあったが,その頻度は,1か月に1,2日程度であり,クレーム対応等に必要な出張に伴う精神的負荷が大きかったともいえない。
(カ) 以上によれば,亡Cが従事していたクレーム対応業務については,相当大きな精神的負荷を伴うものであったということができるが,その精神的負荷の程度が特に著しかったとまでいうことは困難である。
ウ 顧客データベース管理業務について
(ア) 認定事実(1)ウ(ア)によれば,顧客データベース管理業務については,業務量が相当多かったものの,業務内容としては,一般的なデータベース管理業務と大きく異ならず,亡Cしか担当することができないといった複雑困難なものではなかったものと認められる。
(イ) そうすると,精神的緊張業務表に照らせば,亡Cが従事していた顧客データベース管理業務について,大きな精神的負荷を伴うものであったということはできない。
エ その他の業務について
(ア) 認定事実(1)ウ(ア)によれば,亡Cが担当していた●●●の案件については,a社グループに相当額の損失を生じさせるおそれのある業務であり,一定の精神的負荷を伴うものであったものの,携帯電話会社が主導的に対応しており,亡Cが周囲の支援なく一人で当該案件を処理しなければならない状況にはなく,また,上記損失が生じたとしても,亡Cの責任が問われることはなかったものと認められる。
(イ) そうすると,精神的緊張業務表に照らせば,亡Cが従事していた●●●の案件に関する業務について,大きな精神的負荷を伴うものであったということはできない。
オ 原告らの主張について
(ア) 原告らは,a社グループにおいては,その企業風土として,常に厳しいノルマが課され,上司によるパワハラが横行しており,社員は常に強いプレッシャーにさらされていたと主張する。
(イ) しかしながら,亡Cにおいて,クレーム対応業務等に従事するようになった平成21年5月頃以降,営業ノルマや業務達成目標を課されていたことや,上司からパワハラに該当するような叱責や責任追及を受けたことを認めるに足りる証拠はない。
また,証拠(甲46)によれば,返金が必要となるクレーム案件に関する顧客との間の合意書作成の要否をめぐって,亡Cと審査担当部署の担当者との間で意見が対立し,感情的な内容のメールのやり取りがされていることが認められるものの,同メールの内容からすれば,亡Cは審査担当部署と対等にやり取りしており,亡Cが同部署の担当者から一方的に非難や叱責をされるなどして,精神的負荷を受けていたとは認め難い。
そうすると,a社グループの企業風土がいかなるものであるかは別として,少なくとも亡Cについて,上司によるパワハラ等により,常に強いプレッシャーにさらされていたとは認められない。
(ウ) したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
カ 小括
以上によれば,亡Cの業務のおおむね半分を占めていたクレーム対応業務等による精神的負荷の程度は相当大きかったものということができるが,残り半分程度を占めていた顧客データベース管理業務による精神的負荷の程度は大きくなかったことをも考慮すれば,亡Cの業務全体として,業務に伴う精神的負荷の程度が特に著しかったとまでは評価することができないというべきである。
(3)  本件発症前6か月間の業務の過重性に関するまとめ
以上で述べたところによれば,亡Cの本件発症前6か月間の業務については,労働時間の観点からは,本件発症との関連性が相当程度存在するものということができるが,関連性が強いとまでは評価することができず,業務による精神的負荷の観点からは,その程度は相当大きかったとはいえるが,特に著しかったとまでは評価することができないということができる。
そうすると,亡Cの本件発症前6か月間の業務の過重性のみからは,直ちに,同人の業務が血管病変等を著しく増悪させるものであったとまでは認められないが,同期間において,それ以前の業務による疲労の蓄積は解消しなかったものと推認することができるのであるから,本件発症前6か月より前の業務の過重性についても検討することとする。
5  本件発症前6か月より前の業務の過重性
(1)  亡Cの時間外労働時間
ア 時間外労働時間数の算定資料について
上記4(1)アで述べたところによれば,本件発症6か月より前の亡Cの時間外労働時間数についても,本件TCファイルに基づき,本件算定方法により算定するのが相当である。
イ 本件入室リーダ記録について
(ア) 原告らは,本件入室リーダ記録に基づき,別紙3「本件入室リーダ記録に基づく時間外労働時間表」の「月別超過時間」欄記載の時間外労働時間数を加算すべきであると主張する。
(イ) しかしながら,別紙3「本件入室リーダ記録に基づく時間外労働時間表」の本件発症前6か月間より前を見ると,本件TCファイル上の退勤時刻と本件入室リーダ記録上の最終入室時刻の間の時間が10分に満たないものがほとんどであるから,これらについては,上記4(1)ウ(イ)で述べたところと同様,亡Cが上記退勤時刻後も業務に従事していたと認めることはできない。
(ウ) また,別紙3「本件入室リーダ記録に基づく時間外労働時間表」のその余の日については,本件入室リーダ上の入室時刻と本件TCファイル上の出退勤時刻との間に食い違いがあるというだけでは,直ちに両時刻の間の時間に亡Cが業務に従事していたとまで認めることはできず,そのほか上記時間に同人が業務に従事していたことを認めるに足りる証拠はない。
(エ) したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
ウ 本件送信メール記録について
(ア) 原告らは,本件送信メール記録に基づき,別紙4「本件送信メール記録に基づく時間外労働時間表」の「月別超過時間」欄記載の時間外労働時間数を加算すべきであると主張する。
(イ) しかしながら,本件送信メール記録(甲31の4から7まで)からは,別紙4「本件送信メール記録に基づく時間外労働時間表」の本件発症前7か月より前に亡Cのパソコンから送信されたメールの具体的内容及び業務との関連性の有無等は必ずしも明らかでなく,同人が,最終メールを送信した時点において,業務に従事していたとは直ちに認められないから,本件送信メール記録に基づき,時間外労働時間を加算すべきであるとはいえない。
(ウ) したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
エ 決起会への参加について
亡Cが決起会に参加した時間が労働時間に該当するとはいえないことは,上記(1)オで述べたとおりである。
オ 昼休憩について
原告らは,亡Cが昼休憩を取らずに業務に従事していたと主張し,認定事実(1)ア及びイによれば,本件発症前36か月ないし6か月における亡Cの業務量は多く,時間外労働時間も相当長時間にわたっていたことが認められるものの,昼休憩中に同人が業務に従事していたことを認めるに足りる的確な証拠は存在しないから,原告らの上記主張は採用することができない。
カ 亡Cの時間外労働時間について
以上で述べたところを踏まえ,本件TCファイルに基づき,本件発症前36か月ないし7か月の亡Cの時間外労働時間数を本件算定方法によって算定すると,別紙1「時間外労働時間表」の「認定時間」欄の「時間外労働時間数」のとおりとなる(認定事実(1)ア(イ)及びイ(イ))。
キ 小括
(ア) 上記時間外労働時間数を見ると,本件発症前36か月ないし7か月の30か月間において,①1か月当たり100時間を超える月が15か月,同80時間を超える月が6か月であり,専門検討会報告書において,「特に著しいと認められる長時間労働」とされる1か月当たり100時間を超える時間外労働があった月,及び「著しいと認められる長時間労働」とされる1か月当たり80時間を超える時間外労働があった月が大半を占めていること,②本件発症までの平均時間外労働時間数は,本件発症前36か月間ないし24か月間が1か月当たり80時間を超え,本件発症前23か月間ないし12か月間が1か月当たり70時間を超え,本件発症前11か月間ないし6か月間が1か月当たり60時間を超えていることが認められるから,亡Cは,本件発症前6か月より前において,少なくとも本件発症前36か月頃から,恒常的な長時間労働に従事してきたものというべきである。
そして,認定事実(1)によれば,本件発症前6か月より前の亡Cの業務については,上記の長時間労働を余儀なくさせられるような業務量が存在したものであって,その身体的・精神的負荷が特に軽いものであったとは認められない。
(イ) また,特に,亡Cがc社に出向していた平成20年11月頃から平成21年4月頃までにおおむね相当する本件発症前15か月ないし11か月を見ると,亡Cの時間外労働時間数は,100時間を超えるか又はほぼ100時間の長時間になっていたことが認められる。
そして,認定事実(1)イによれば,亡Cは,平成21年初め頃から,しばしば肉体的・精神的疲労感を訴えるようになり,同年2月15日早朝には,それまでなかったようないびきと寝汗をかいて起き上がり,胸の痛みなどを訴えるなどしたほか,同年2月から同年3月頃には,顔色が悪く疲れた様子であったことが認められる。
また,認定事実(1)イによれば,亡Cは,平成21年3月初めには,不正契約に関する事情聴取を受けるなどしたことに関する不満やこれに伴う疲労について述べるとともに,a社を退職したいと述べたりしていたことが認められるから,業務に伴う精神的負荷も相当程度大きかったものということができる。
そうすると,亡Cについては,平成21年2月から同年3月頃には,それまでの恒常的な長時間労働及びc社に出向後の更なる長時間労働に加え,業務に伴う精神的負荷によって疲労を蓄積させ,これにより,血管病変等(冠動脈の粥状硬化)が自然経過を超えて著しく増悪し,冠動脈狭窄が生じて胸痛が発生したものと認めるのが相当である。
(ウ) そして,認定事実(1)ウによれば,亡Cは,c社が事実上閉鎖された本件発症前10か月頃(平成21年5月頃)から,クレーム対応業務等に従事するようになり,労働時間は短くなったことが認められるものの,別紙1「時間外労働時間表」の「認定時間」欄の「平均時間外労働時間数」のとおり,本件発症前10か月間の平均時間外労働時間数は63時間44分であり,専門検討会報告書において,それ以前の長時間労働により生じていた疲労の蓄積が徐々に解消していくものとされる1か月当たり45時間を上回っていたものである。
また,上記4(2)で述べたとおり,亡Cが従事していたクレーム対応業務等による精神的負荷の程度は相当大きかったものということができ,他に,同人のそれ以前の業務による疲労の蓄積が解消したといえる特段の事情は認めるに足りない。
そうすると,亡Cにおいて,クレーム対応業務等に従事するようになった本件発症前10か月頃(平成21年5月頃)からは,1週間に1日の法定休日に加えて,平均して1週間に1日の所定休日も取得することができるようになったこと(認定事実(1)ウ(イ))を考慮しても,同人のそれ以前の業務による疲労の蓄積は解消しなかったものと推認することができる。
(エ) なお,c社が事実上閉鎖された時期である本件発症前10か月(平成21年4月11日からの1か月間)の亡Cの時間外労働は,1か月当たり45時間を下回るものとなっている。
しかしながら,上記直後の本件発症前9か月には91時間00分の時間外労働が存在することからすれば,亡Cは,一時的に長時間労働が解消されたことによって,一旦は疲労の蓄積が回復傾向を示したとしても,十分に回復する前に長時間労働に再び従事するようになったため,疲労の蓄積が解消されることはなかったものと認めるのが相当である。
(2)  本件発症前6か月より前の業務の過重性に関するまとめ
以上で述べたところによれば,亡Cは,少なくとも本件発症前36か月頃から,恒常的な長時間労働に従事し,特に本件発症前15か月ないし11か月には,更なる長時間労働に従事していたものであって,このような業務に従事したことにより,疲労を蓄積させ,血管病変等(冠動脈の粥状硬化)が自然経過を超えて著しく増悪していたものということができる。
そして,亡Cは,上記のように血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪していたものの,年齢も若く,特段の基礎的疾患も有しなかったため,直ちに虚血性心疾患を発症することはなかったが,本件発症前10か月より後も,引き続き1か月当たり45時間を相当程度上回る長時間労働及び精神的負荷が相当大きな業務に従事したことにより,疲労の蓄積を解消することができず,それまでの疲労の蓄積が維持され,あるいは更に増悪し,ついには本件発症に至ったものと認めるのが相当である。
6  私的リスクファクター等
(1)  認定事実(4)及び(6)によれば,高脂血症,高血圧及び喫煙が虚血性心疾患の重要なリスクファクターであることが認められるところ,認定事実(2)ウによれば,亡Cは,20歳頃から喫煙しており,1日当たり20本(1箱)程度の喫煙習慣があったことが認められるから,亡Cは,喫煙という私的リスクファクターを有していたといえる。
また,認定事実(2)ア及びイによれば,亡Cは,予防医学協会参考値及び人間ドック学会基準値に照らし,明らかな高脂血症であるとはいえないものの,確立したリスクファクターであるLDL(いわゆる悪玉コレステロール)の数値が高めであり,平成19年10月26日実施の健康診断では,中性脂肪値が上記参考値及び基準値を上回っていたことが認められる。そして,認定事実(4)オによれば,表面上は著しく逸脱していない脂質異常でも動脈硬化に関与するとの研究報告が存在することが認められる。
このように,亡Cには,喫煙及び軽度の脂質異常という私的リスクファクターが存在したことが認められる。
(2)  しかしながら,認定事実(4)オによれば,喫煙については,1日の喫煙本数が多くなるほど虚血性心疾患の発症率を高めることが認められるところ,1日当たり20本という亡Cの喫煙本数は,一般の喫煙者と比較して,喫煙本数が特に多いものとはいえない。
また,軽度の脂質異常については,亡CのLDL値は高めではあるものの,直ちに高脂血症に該当するものではないから,冠動脈硬化に大きな寄与をしたものとはいえない。そして,亡Cの中性脂肪値は,平成19年10月26日実施の健康診断では異常値を示しているものの,そもそもこの異常値は食事による影響を受けていた可能性もあり得る(甲50)し,その翌年及び翌々年に実施された健康診断では,いずれも予防医学協会参考値及び人間ドック学会基準値のほぼ中位値にまで改善している(認定事実(2)ア及びイ)から,いずれにせよ一時的な異常であり,本件発症時までに改善されていたものといえる。さらに,認定事実(4)オによれば,中性脂肪の高値は,LDLの高値等ほど確立したリスクファクターではないとされている。
そうすると,亡Cが有していた喫煙及び軽度の脂質異常という私的リスクファクターは,血管病変等(冠動脈の粥状硬化)の増悪に大きく寄与したものとはいえない。
(3)  また,前提事実(5)ア,イ及び認定事実(4)オによれば,亡Cは,本件発症当時33歳と若く,その年齢で虚血性心疾患を発症することは非常にまれであるにもかかわらず,粥状硬化が相当進行し,本件発症時において,冠動脈に約75%という高度の狭窄が生じていたことが認められる。
さらに,認定事実(2)ア,イ及びエによれば,亡Cには高血圧のリスクファクターは存在せず,同人の祖父母はいずれも長命であって,亡Cに虚血性心疾患の発症に至る遺伝的要因(家族歴)が存在したとも認められない。
そうすると,喫煙及び軽度の脂質異常という私的リスクファクターしか有しておらず,33歳の若年であった亡Cにおいて,自然経過により血管病変等(冠動脈の粥状硬化)が高度に進行し,本件発症に至った可能性は低いものといわざるを得ない。
(4)  これに対し,被告は,亡Cに1週間に2,3日の割合で1回当たり2時間以上,少なくともビールやサワーなど4杯程度の飲酒習慣があり,これが同人の睡眠時間を減少させ,疲労回復を妨げる結果となった可能性があると主張する。
しかしながら,上記程度の飲酒頻度,飲酒時間及び飲酒量は,平均的労働者と比較して,特に頻回,長時間及び大量であるとまではいえないし,専門検討会報告書においては,飲酒は虚血性心疾患のリスクを低下させる報告が多いとされていること(乙1)をも考慮すれば,亡Cの上記程度の飲酒習慣が,業務により蓄積した疲労の回復を妨げるものであったとはいえないから,被告の上記主張は採用することができない。
(5)  なお,上記2(3)で述べたとおり,亡Cの本件発症は,直接的には冠動脈攣縮の発生を原因とするものであり,認定事実(4)カによれば,喫煙は冠動脈攣縮の引き金になり得るものであることが認められる。
しかしながら,認定事実(4)カ及び(6)によれば,冠動脈攣縮は動脈硬化が存在する部位に発生するものであり,また,亡Cは,冠動脈の高度狭窄が存在したため,冠動脈攣縮により冠動脈が完全閉鎖し,心室細動及び本件発症に至ったものであることが認められる。
そうすると,仮に,喫煙が本件発症の直接的な引き金となったものであったとしても,長期間の過重業務による血管病変等(高度の粥状硬化)が存在しなければ,本件発症及びこれによる死亡が生じることはなかったというべきであるから,亡Cの業務と本件発症との間に相当因果関係が認められることには変わりがないというべきである。
7  総合評価
(1)  以上を総合するとともに,D医師及び●●●医師の医学的意見(認定事実(6)ア及びウ)も踏まえれば,亡Cは,少なくとも本件発症前36か月頃(平成19年3月頃)からの恒常的な長時間労働により疲労を蓄積していたところ,本件発症前15か月頃(平成20年11月頃)から業務が量的にも質的にも更に過重なものとなったことにより,血管病変等(冠動脈の粥状硬化)が自然経過を超えて著しく増悪し,本件発症前10か月頃(平成21年5月頃)からはそれまでに比べれば労働時間は短くなったものの,引き続き1か月当たり45時間を超える時間外労働に従事し,その業務に伴う精神的負荷も相当大きかったことから,それまでに蓄積した疲労を解消することができず,そのため,自然経過を超えて著しく増悪した血管病変等が引き続き維持され,あるいは更に増悪し,最終的には,冠動脈攣縮の発生をきっかけとして,本件疾病を発症するに至ったものというべきである。
そうすると,亡Cが従事していた業務は長時間の過重業務に該当し,同人には,喫煙及び軽度の脂質異常という私的リスクファクターが存在したことを考慮したとしても,上記業務と本件発症との間には相当因果関係があるものというべきである。
(2)  これに対し,●●●医師及び●●●医師は,本件疾病が亡Cが従事していた業務に起因することを否定する旨の意見を述べている(認定事実(6)イ及びエ)が,いずれの意見についても,本件発症前6か月より前の業務の過重性について考慮した形跡がないだけでなく,●●●医師の意見は,亡Cの私的リスクファクターを過大に評価したものといわざるを得ないから,これらの意見を採用することはできない。
(3)  したがって,亡Cが従事していた業務は長期間の過重業務に該当し,同人は,当該業務に従事したことにより本件疾病を発症したものといえるから,本件疾病を原因とする亡Cの死亡は「業務上の死亡」に該当するものというべきであって,原告らに対しては遺族補償給付等が支給されるべきであり,これを否定した本件各処分は違法なものとして取消しを免れない。
8  結論
よって,原告らの請求はいずれも理由があるから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中垣内健治 裁判官 馬場俊宏 裁判官 笹井三佳)

 

〈以下省略〉

 

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