【営業代行から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「営業ノルマ」に関する裁判例(16)平成23年 4月 8日 神戸地裁 平20(ワ)1698号 損害賠償請求事件 〔新明和工業事件〕

「営業ノルマ」に関する裁判例(16)平成23年 4月 8日 神戸地裁 平20(ワ)1698号 損害賠償請求事件 〔新明和工業事件〕

裁判年月日  平成23年 4月 8日  裁判所名  神戸地裁  裁判区分  判決
事件番号  平20(ワ)1698号
事件名  損害賠償請求事件 〔新明和工業事件〕
裁判結果  一部認容、一部棄却  上訴等  確定  文献番号  2011WLJPCA04086003

要旨
◆訴外会社の従業員であった原告が、過重労働により急性心筋梗塞を発症して障害等級7級相当の心臓機能障害を残し、また、心臓機能障害を抱える原告に対する訴外会社の差別的取扱い等によりパニック障害を発症し、障害等級7級相当の精神障害を残し、併合5級相当の後遺障害を負ったとして、訴外会社に対し、損害賠償を求めたところ、訴外会社を吸収合併した被告が訴訟承継した事案において、原告は、労災等級9級7号の3に該当する心臓機能障害、同14級9号に該当する精神疾患を残したと認められ、また、原告の業務は質的・量的ともに過重であったとして、業務と各後遺障害との間に相当因果関係を認めた上で、訴外会社は原告の各後遺障害発症に関し、原告に対して負うべき安全配慮義務に違反したといえるとして、被告の賠償責任を認めたものの、原告の身体的要因である高脂血症も本件発症に寄与していたとして、2割の素因減額をし、請求を一部認容した事例
◆相当因果関係の有無の判断においては、当該労働者と同種の業務に従事し、遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する労働者(平均的労働者)を基準とすることを原則とすべきであるが、平均的労働者と同程度に労働することが困難な障害者について業務と災害発生との間の相当因果関係を判断するに当たり、企業が障害者をその者が障害を有することを知りながら雇用し、又は、障害を負ったことを知りながら雇用を継続した場合には、当該障害を有する労働者を基準として相当因果関係を判断すべきであるとされた事例

出典
労判 1033号56頁

参照条文
民法415条
民法418条

裁判年月日  平成23年 4月 8日  裁判所名  神戸地裁  裁判区分  判決
事件番号  平20(ワ)1698号
事件名  損害賠償請求事件 〔新明和工業事件〕
裁判結果  一部認容、一部棄却  上訴等  確定  文献番号  2011WLJPCA04086003

原告 X
同訴訟代理人弁護士 丸野敏雅
被告 Y1株式会社訴訟承継人Y2株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 岡時壽
同 明賀英樹
同 黒田一弘
同 岸田陽子

 

 

主文

1  被告は,原告に対し,2358万7106円及びこれに対する平成20年6月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2  原告のその余の請求を棄却する。
3  訴訟費用は,これを10分し,その3を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

 

事実及び理由

第1  請求
被告は,原告に対し,8416万6319円及びこれに対する平成20年6月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2  事案の概要
本件は,Y1株式会社(以下Y1社」という。)の従業員であった原告が,Y1社における過重な労働によって平成11年9月に急性心筋梗塞を発症して後遺障害等級7級に相当する心臓機能障害を残し,心臓機能障害を抱える原告に対するY1社の差別的取扱いやパワーハラスメントによって平成17年7月に精神障害(パニック障害)を発症して後遺障害等級7級に相当する精神障害を残し,上記両後遺障害を併合した後遺障害等級5級に相当する後遺障害を残したとして,Y1社に対し,安全配慮義務違反(民法415条)に基づき,損害賠償金8416万6319円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年6月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
本件の係属中,被告がY1社を吸収合併して同社の地位を承継した。
以下,労働者災害補償保険法を「労災法」といい,同施行規則を「労災則」という。
1  前提となる事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1)  当事者等(Bの経歴につき〈証拠省略〉。被告の権利義務の承継は記録上明らかな事実。その余は争いがない。)
ア 原告(昭和30年○月○日生)は,平成元年2月にY1社に正社員として就職し,平成19年8月8日付けで労働契約の終了により同社を退職した者である。
イ(ア) Y1社は,昭和46年5月1日に設立され,立体駐車場,ポンプ及び水処理装置,航空機用搭乗橋等の製造,据付工事,販売等を主な目的とする株式会社である。
(イ) 被告は,昭和24年11月5日に設立され,航空機等の製造,販売及び修理,特装自動車その他の輸送車両の製造,販売及び修理等を目的とする株式会社である。
(ウ) 被告は,平成21年6月1日,Y1社を吸収合併し,同社の権利義務を承継した。
(エ) B(以下「B」という。)は,昭和48年からY1社の東京本社に勤務し,平成7年からは総務部長に配置された者であり,平成4年8月から平成9年3月までの間及び平成16年4月以降,原告の上司であった者である。
(2)  原告の所属部署及び業務内容等の概要(〈証拠省略〉,弁論の全趣旨)
ア 平成元年2月21日から同年3月
総務部への配属を前提とし,試用期間中の研修の一環として,大阪市所在の大阪営業所にて,立体駐車場の機械式駐車場保守業務に従事した。
イ 平成元年4月から平成4年10月
兵庫県西宮市に所在する総務部総務二課に転勤となり,新入社員の採用,教育等の総務全般業務に従事した。
ウ 平成4年11月から平成9年3月
東京都台東区所在の東京本社の総務部勤労課(平成8年4月以降は組織再編により総務課に統合された。)にて,総務全般の業務に従事した。原告は,平成8年4月,勤労課主任から総務部課長に昇進した。原告は,当時,単身赴任していた。
エ 平成9年4月から平成11年3月
平成9年4月から平成10年4月まで,兵庫県西宮市所在の総務部大阪総務課課長として,総務全般の業務に従事した。原告は,同年5月から10月31日まで自律神経失調症により休業し,同年11月1日に職場に復帰した後は,課長職を解かれ,総務部員として銀行の入出金業務に従事した。
オ 平成11年4月から平成13年3月
原告は,東京本社総務部付で,大阪市所在の○○事業部に出向扱いとなり,印刷物営業の業務に従事していた。
カ 平成13年4月から平成15年3月
原告は,東京本社総務部付で,大阪市所在の△△事業部に出向扱いとなり,コインパーク用地の確保の営業業務に従事した。
キ 平成15年4月から平成16年3月
原告は,兵庫県宝塚市所在の総務部部長代理として社内教育等の総務全般の業務に従事した。
ク 平成16年4月から平成19年8月
原告は,東京本社の総務部部長代理として,新入社員の採用,教育等の業務に従事した。
(3)  急性心筋梗塞の発症,身体障害者等級認定,労災認定等
ア 原告は,平成11年9月24日ころ,急性心筋梗塞を発症し,西宮労働基準監督署長は,これを業務上疾病と認定した。(争いがない)
イ(ア) 神戸市長は,原告の心臓機能障害について,平成13年12月28日付けで心筋梗塞による社会での日常生活活動が著しく制限されるものとして身体障害者等級4級と認定し,平成17年6月20日付けで心筋梗塞による家庭内での日常生活活動が著しく制限されるものとして同3級及び重度障害者医療費受給者と認定した。(争いがない)
(イ) 中央福祉事務所長は,平成19年9月18日付けで原告を障害福祉サービス受給者と認定した。(〈証拠省略〉)
(ウ) 社会保険庁長官は,原告に対し,平成17年12月1日付けで,厚生年金3級12号の認定をし,同年8月以降,国民年金法による年金給付及び厚生年金保険による保険給付を行うことを決定した。(争いがない)
ウ 西宮労働基準監督署長は,原告の心臓機能障害について,平成20年3月24日付けで胸腹部臓器の機能に障害を残し,原告に残る障害の程度は,労災則別表第1の9級7号の3「通常の労務に服することができるが,就労可能な職種が相当程度に制約されるもの」と認定した。原告は,同年4月1日,上記処分を不服として,兵庫労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求をしたが,同審査官は,平成21年2月26日,これを棄却した。原告は,同年4月22日,同審査官の上記決定も不服として,労働保険審査会に対し,再審査請求をしたが,同審査会は,同年11月25日,これを棄却する裁決をした。原告は,平成22年1月8日,大阪地方裁判所に対し,上記処分の取消しの訴えを提起した(大阪地方裁判所平成22年(行ウ)第6号の2)。(労災認定は争いがない。その余は〈証拠省略〉)
(4)  所定労働時間,所定休日等
Y1社の従業員の所定労働時間,所定休日等は,次のとおりである。(〈証拠省略〉)
ア 所定労働時間 8時45分から17時15分(実働7時間45分)
イ 所定休憩時間 12時15分から13時00分(45分)
ウ 所定休日 土曜日,日曜日,国民の祝日,労働祭(5月1日),国民の祝日が土曜日の場合は前日の金曜日
(5)  転倒事故の発生(争いがない)
原告が,平成17年5月27日午前7時30分ころの出勤途上,□□駅で転倒し,救急車にてa1大学医学部附属病院(以下「a1病院」という。)に搬送される事故(以下「本件転倒事故」という。)が発生し,原告は,それ以降,入院治療,通院治療を受けるなどして,Y1社を休業した。
(6)  解雇通知(争いがない)
Y1社は,原告に対し,平成19年8月9日付けで同月8日をもって,業務外休職期間満了を理由として原告を解雇する旨を通知した。
(7)  精神障害の発症,障害等級認定,労災申立不支給決定等
ア a2クリニックのC医師(以下「C医師」という。)は,原告を,平成17年8月4日付けでパニック障害と診断し,平成18年3月16日付けで抑うつ状態と診断した。(〈証拠省略〉)
イ(ア) 神戸市長は,原告の精神障害について,原告が精神障害の状態にあると認め,平成19年8月21日付けで障害等級3級と認定し,原告に精神障害者保健福祉手帳を交付した。(争いがない)
(イ) 社会保険庁長官は,原告の精神障害について,平成20年2月7日付けで障害等級3級13号と認定し,平成19年9月以降,国民年金法による年金給付及び厚生年金保険による保険給付を行うことを決定した。(争いがない)
ウ 原告は,精神障害について,上野労働基準監督署長に対し,平成19年3月28日付けで労災認定を申請したが,上野労働基準監督署長は,原告に対し,同年10月17日付けで労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付等を支給しない旨の処分をした。原告は,上記処分を不服として,東京労働者災害補償保険審査官に対し,再審査請求をしたが,同審査官は,平成20年11月11日付けでこれを棄却した。原告は,労働保険審査会に対し,再審査請求をしたが,同審査会は,平成21年8月26日付けでこれを棄却する裁決をした。原告は,平成22年1月8日,大阪地方裁判所に対し,上記処分の取消しの訴えを提起した(大阪地方裁判所平成22年(行ウ)第6号の1)。(〈証拠省略〉)
(8)  障害補償給付等の受給(〈証拠省略〉,弁論の全趣旨)
ア 西宮労働基準監督署長は,平成20年3月24日,原告に対し,障害補償一時金として554万9854円の支給決定をし,原告は,同額の給付を受けた。
イ 原告は,本件の口頭弁論終結日である平成22年12月8日までに,厚生年金法に基づく障害厚生年金として合計357万3841円の給付を受けた。
ウ 原告は,健康保険法に基づく傷病手当金として319万6918円の給付を受けた。
2  争点
(1)  原告の後遺障害の有無及びその程度
ア 心臓機能障害
イ 精神障害
(2)  原告の業務と心臓機能障害との間の因果関係の有無
(3)  原告の業務と精神障害との間の因果関係の有無
(4)  Y1社の安全配慮義務違反の有無
(5)  素因減額の有無及びその程度
(6)  損害
第3  争点に関する当事者の主張
1  争点(1)(原告の後遺障害の有無及びその程度)について
(1)  心臓機能障害(争点(1)ア)
【原告の主張】
西宮労働基準監督署長は,原告の心臓機能障害の後遺障害等級について,胸腹部臓器の機能に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるものとして労災則別表第1の9級7号の3に該当すると認定した。
しかしながら,原告の心臓機能障害について,a3病院(以下「a3病院」という。)は,「狭心症症状悪化を認め,日常生活に大きな支障がある」,「投薬治療にて改善しなければ再度の経皮的冠動脈形成術もしくはバイパス手術を検討」とし,将来再認定が必要との所見を述べていること,神戸市は,原告を身体障害者等級3級に認定していること,原告が,就労していない現在においても労作時の息切れなどの症状があり,冠攣縮性狭心症,心筋梗塞,狭心症再発予防のための投薬治療を継続しなければならないこと,a3病院の平成22年8月31日付け診断書(〈証拠省略〉)では「(平成17年6月10日)当時より心機能に障害を残し,軽易な労務以外に服することが出来ない状況であり,現在も同様」と診断されていること,Y1社が,原告を障害者として届け出て,平成18年2月には原告の復職申請を認めず,早期退職を促し,退職を受け入れないとみるや18か月に及び休職を命じたことなどからすれば,原告の心臓機能障害の症状は,日常生活活動が著しく制限されるほどの重度で,労務においても重大な支障を及ぼすものであり,軽易な労務以外に服することができないものとして,労災則別表第1の7級5号に該当するというべきである。
【被告の主張】
原告を診察した医師らの意見書等には,「原告の心機能は比較的良好に保たれているものと考えられ」(〈証拠省略〉),平成20年2月20日「現在,日常生活に問題となる心臓機能障害は認めない」(〈証拠省略〉),原告に心臓ヘマスタートリプル(負荷量は6METs程度)の負荷を与えても,原告「本人より胸部違和感の訴えあるも心電図上有意な変化はなく,不整脈も認めない」(〈証拠省略〉)などと原告の心臓機能障害の存在を否定する意見が述べられている。また,原告はペースメーカも除細動器も植え込んでいない。原告の心機能低下の自覚症状について,「再現性ありません。パニック障害と思います」(〈証拠省略〉)とあり,心因性のものであるといえる。これに加えて,原告が,心筋梗塞発症後である平成16年2月ころに,趣味の写真撮影のため鳥取県若桜町のスキー場に行ったり,平成12年4月から平成22年3月28日までの10年間に30回も,ハワイなどに渡航し,短期間滞在をしたり,自宅近隣で組織されている消防団に入って活動をしたり,神戸学院大学の大学院に通学したりしているなど,健康な人と同様の活動的な日常生活を送っていることからすれば,原告には,労災則別表第1の9級7号の3にさえ該当する心臓機能障害が残存していないことは明らかである。
(2)  精神障害(争点(1)イ)
【原告の主張】
次のとおり,原告は,神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外に服することができない実情にあり,原告の現在の精神障害の症状は,日常生活活動が著しく制限されるほどの重度で,労務においても重大な支障を及ぼすものであって,神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外に服することができないものとして,労災則別表7級3号に該当するというべきである。
ア 原告は,平成17年8月4日付けでパニック障害(〈証拠省略〉),翌18年3月16日付け診断書で抑うつ状態(〈証拠省略〉)と診断され,現在まで精神障害が残存している(〈証拠省略〉)。C医師は,初診当時,「ベックのうつ病評価尺度」「初診時48点(高度)」「簡易うつ病評価尺度(80満点)中72点(高度)」と診断し,「会社に対する恐怖感と攻撃性を併せ示す」と評価した(〈証拠省略〉)。
イ 原告の精神障害について,神戸市は,平成19年8月21日付けで精神障害等級3級に認定し,社会保険庁は,同年9月付けで厚生年金3級13号に認定した。
ウ C医師は,平成21年9月25日当時,パニック発作に対する予期不安が強い,反応性抑うつが激しく消長している,会社に対する被害念慮,感情過敏性が増悪している,うつ状態が強くみられるなどと診断している。
【被告の主張】
非器質性精神障害の後遺障害等級は,原則として9,12,14級の3段階となっており,第7級という認定はない。原告は,大学院に通学したり,消防団に参加したり,本件訴訟を追行するなど社会生活に十分適応できており,後遺障害等級に該当するほど重度の精神障害はない。
2  争点(2)(原告の業務と心臓機能障害との間の因果関係の有無)について
【原告の主張】
次のとおり,原告が,新規部署である○○事業部に配属され,仕事量,勤務時間が激増してほとんど休暇も取れなくなり,配属から約5か月後に急性心筋梗塞が発症した経緯からすれば,原告の業務と原告が発症した心臓機能障害との間には相当因果関係が認められる。
(1) 新規部署への配属
原告は,平成元年4月から平成11年3月までの10年間,総務課に所属して総務全般の業務に従事していたのであるが,Y1社は,同年4月,原告に対して総務課預りの地位で営業課に出向を命じ,原告は,課長という管理職の立場で○○事業部という名称の印刷物の営業を担当することになった。同事業部は,立体駐車場の製造・据付工事・保守・修理等のY1社の本来の事業とは全く異なる内容である上,中でも新たに立ち上げられたばかりの部署で,実績がなく,マニュアルもなく,指導者もいない状況であった。同事業部の実働人員は,D部長のほか,原告を含めた課長2名,女性1名と非常に少なく,ほとんどが管理職で構成されており,原告も,管理職とは名ばかりで部下もいない状況であった。さらに,同事業部での業務は,原告がこれまで従事してきた総務とは業務内容が大きく異なり,原告にとって初めて経験となる営業業務であり,原告以外の者もいずれも営業業務の経験のない者ばかりであった。新規部署である同事業部への配属は,実質的には原告を早期退職させるためのいわゆるリストラ準備というべきものであった。
(2) 新規部署での業務内容,仕事内容の質的変化
ア ○○事業部での印刷物の営業の業務内容は,主に,名刺・封筒・便せん・会社のパンフレット等の印刷物作成の受注を求めて営業活動し,見積りをとり,商品の打合せをし,完成商品を納品すること等であった。原告は,友人・知人等から名刺注文を取り付けたり,知人らから新たな顧客になり得る人物や企業を紹介してもらうなど,土日も使って顧客開拓の営業活動を行い,自ら納品して営業先との信頼を継続し,新たな仕事依頼を取り付ける努力をした。原告は,○○事業部の実働人員が少なかったため,営業活動,取引先や下請との打合せ,納品,集金等を実質的に自らこなさなければならず,仕事量は非常に多かった。
イ ○○事業部の営業対象となる地域が広いため,原告は,営業のための移動に相当な時間を要し,自動車を使用するため,運転にも神経を費やされた。原告は,昼休みも自動車の運転で,休憩や食事も満足にとれない状況であった。さらに,商品の名刺は大阪営業所で作成されていたため,原告は,1日に一度は大阪に立ち寄らなければならず,時間的にも厳しい状況が続いた。印刷を下請に発注する場合も多く,見本の受取りや打合せ等にも移動が多いこと等,残業は不可避的な状況だった。原告は,自動車運転で1日に100キロメートル以上の距離を走行する日も多くあった。
ウ ○○事業部の取引先・営業先は,ホテル等の土日や祝日に営業している所が多く,見積りや納品依頼等の日程が休日に希望されることも頻繁にあるため,原告は,土日や祝日と関係なく業務に携わらなければならず,休日も十分なかった。原告は,営業先の都合に合わせた時間に訪問することが多く,所定労働時間外の労働もしなければならなかった。
エ 原告は,名目上は管理職の立場のため,売上ノルマが非常に高く強要され,上司からプレッシャーをかけられ続けた。原告の勤務環境は,ノルマがなかった総務課時代の勤務状況とは一変し,業績をあげなければ退職勧告がなされる恐怖との戦いの毎日であった。
(3) 新規部署での労働時間の急増
原告が,○○事業部に配属されてから急性心筋梗塞を発症するまでの間の時間外労働時間は,概要以下のとおりである。原告は,名目上は管理職とされていたため,残業・休日出勤手当も支給されず,代休もなかった。
発症前6か月目(平成11年3月27日~4月26日) 56時間30分
発症前5か月目(平成11年4月27日~5月26日) 63時間30分
発症前4か月目(平成11年5月27日~6月26日) 66時間30分
発症前3か月目(平成11年6月27日~7月26日) 62時間00分
発症前2か月目(平成11年7月27日~8月26日) 63時間00分
発症前1か月目(平成11年8月27日~9月25日) 101時間30分
(4) 急性心筋梗塞発症時の状況
ア 原告は,日々の業務によって心身共に消耗し,胸痛等の疲労を感じるようになったが,病院に通院する時間がなく,休日出勤が続いて心身を休める時間もなく,疲労もピークに達していた。平成11年9月23日は祝日であったが,原告は,取引先のa4観光に封筒を納品しなければならないため,休日出勤をして同取引先に赴き,納品及び打合せをした。
イ 原告は,平成11年9月24日午前6時30分ころに自宅を出発し,午前10時ころに取引先である大阪市内所在のa5社に印刷物を納品し,午後1時ころに取引先である大阪府高槻市所在のa6社と打合せをし,午後2時30分ころに取引先である同市所在のa7社と打合せをし,午後4時30分ころから午後6時30分ころまで取引先である大阪府守口市所在のa8社と打合せをし,仕事をまとめ,午後8時ころから午後10時ころまで大阪市所在の業者と打合せをし,自動車にて午後11時ころに帰宅し,労働時間は16時間近くに及んでいた(〈証拠省略〉の平成11年9月24日欄参照)。原告が同日に自動車にて走行した距離は112キロメートルに及び,原告は,疲労しきっており,帰宅途中にも胸痛を感じていた。
ウ 原告は,平成11年9月24日の帰宅後,胸痛が更にひどくなり,背中にも痛みが走り,意識が朦朧とした状態になり,翌日の同月25日午前3時ころ,原告の妻が救急車を呼び,a9市立病院へ搬送された。原告は,同病院において,急性心筋梗塞と診断され,同日から同年10月17日までの間入院治療を余儀なくされた。
(5) 危険因子について
ア 原告は,飲酒,禁煙は一切しておらず,年齢,高血圧,糖尿病等のリスクファクターもない。また,原告は,身長に比して極度の肥満体というわけでもなく,肥満度も標準範囲内の数値であった。原告の総コレステロール値の217は,一般標準範囲が138から255とされ,理想値上限が220とされていることから見ても,標準数値の範囲内である。肥満や総コレステロール数値の高い者が常に虚血性心疾患等を発生するわけでもないし,数値が低い者でも同症状を発症する場合もある。原告は,平成11年9月24日に急性心筋梗塞を発症するまで,心臓疾患等はなく,心臓に関する治療を受けたこともなかった。また,原告は,医師から心筋梗塞発症の危険性を告げられたこともなかった。
イ 原告は,平成11年9月当時,妻子と同居し,その妻が救急車を呼んで緊急入院させ,入院中も原告の看護に通っていた。原告は,その後,妻と別居したが,これは,妻の実父が倒れ,看護のために実家である岡山県に帰る必要が生じたことが契機となったものであり,当時,原告の家庭内において,原告が心筋梗塞を発症するほどの心理的負荷はなかった。
【被告の主張】
次のとおり,原告の業務は過重なものではなく,原告の急性心筋梗塞は,従前より原告が有していた高脂血症及び肥満リスクファクターに,家族関係の不和などのストレスが加わった結果発症したものであり,原告の業務と急性心筋梗塞発症との間に相当因果関係はない。
(1) Y1社の業務緩和措置
Y1社は,原告が平成10年5月から11月まで自律神経失調症により長期欠勤した後は,課長職を解くなどして業務による負担を軽減させる対応をとった。
(2) ○○事業部での原告の業務
ア Y1社は,原告が大学時代陸上競技部に所属し,広い人脈を有していることや,営業の経験もあり営業に向いている資質があると見込んで,平成11年4月,原告を○○事業部に配属した。○○事業部は第一に新規取引先の開拓を目的とした部署であり,事務所内での事務作業等は少なく,業務目標を設定していたが,ノルマはなく,業務目標をクリアーできなくても,処遇上のペナルティはなかった。○○事業部での業務内容も,担当従業員に業務目標達成のために工夫しながら行うことが求められていたので,仕事の進め方など業務の相当部分において裁量が認められていた。○○事業部は,時間外労働の必要はほとんどない部署であり,実際,原告を含む同部従業員らが長時間の時間外労働をしていた事実はなかった。
イ 原告は,原告にリストラ準備をさせるために○○事業部に配属した旨主張するが,Y1社は,業務多角化という経営戦略的な判断に基づき○○事業部を新設したのであり,○○事業部が将来的に会社の事業の柱の1つになることを期待していた。実際に,○○事業部に所属していた従業員がリストラされた事実はない。
ウ 原告は,平日の就業時間中にハリ治療に行くなどしており,自動車の運転で食事も満足にとることができず,休みも十分にとれないなどという状況ではなかった。原告は,納品も含めて1日当たり3ないし5件程度しか顧客訪問をしておらず,自動車の走行距離も1日当たり50から120キロメートル程度であって,通勤のための走行距離(大阪営業所の場合は片道当たり約30キロメートル,a10ビル事務所の場合は片道当たり約5キロメートル)を差し引くと,さらに短い。
(3) 原告の時間外労働時間
原告がY1社に提出した近距離出張旅費請求書(〈証拠省略〉。以下「旅費請求書」という。),出張命令書(〈証拠省略〉)及び私有自動車使用届兼燃料代請求書(〈証拠省略〉)に基づき被告において計算した,急性心筋梗塞発症前6か月間の原告の総時間外労働時間数は,次のとおりである。原告は,急性心筋梗塞発症前6か月間に,1か月当たり45時間を超える時間外労働はしていなかったのであるから,原告の急性心筋梗塞発症と業務との関連性は弱いものである。
平成11年3月27日~同年4月26日=11時間10分
平成11年4月27日~同年5月26日=1時間40分
平成11年5月27日~同年6月26日=32時間05分
平成11年6月27日~同年7月26日=32時間45分
平成11年7月27日~同年8月26日=39時間00分
平成11年8月27日~同年9月25日=42時間55分
(4) △△事業部での業務
△△事業部は,コイン駐車場事業の新規事業化を目的に,平成10年に設置された事業部であり,○○事業部と同様,業務多角化という経営戦略的判断に基づいて設置されたものである。△△事業部は,設置後も順調に推移し,現在,パークネット営業部として事業を継続している。Y1社は,それまでの原告の営業経験・資質を見込んで,原告を△△事業部に転属させたものである。
(5) 業務外の危険因子
ア 原告は,急性心筋梗塞発症後,妻及び子らと離婚を前提に別居しており,発症前から家庭内の不和があり,発症当時,原告に家庭内不和を原因とする大きなストレスがあったことは明らかである。
イ 脳血管疾患及び虚血性心疾患等の労災認定基準について検討するため医師など専門家により組織した脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会の平成13年11月16日付けの「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(以下「専門検討会報告書」という。)は,心筋梗塞など虚血性心疾患等の発症の危険因子として,高脂血症,肥満等を挙げている(ちなみに,高脂血症の診断基準は,日本動脈硬化学会でのガイドラインによると,LDLコレステロール値〔総コレステロール値-HDLコレステロール値-中性脂肪値/5〕が140mg/dl以上が高LDLコレステロール血症とされる。)。このうち,高脂血症は虚血性心疾患発症と特に強い関係があり,総コレステロール値が220mg/dlを超えると,虚血性心疾患発症率が増加してくるとされ,また,肥満や糖尿病も虚血性心疾患発症と関係があるとされ,肥満の人の発症率を標準体重の人に比べると,虚血性心疾患は約2倍高くなるとされている。Y1社が,毎年,従業員らに対して実施している健康診断の結果によると,原告は,急性心筋梗塞発症前から総コレステロール値が220mg/dl前後(平成9年11月5日:221mg/dl,平成10年4月5日:228mg/dl,平成11年6月14日:217mg/dl)を示しており,肥満についても指摘されていた。平成11年6月14日の健康診断における原告のLDLコレステロール値は,152mg/dlと,脂質異常症の診断基準である140/mg/dlを超えていて,原告は,当時,高脂血症であった。したがって,原告は,高脂血症及び肥満という虚血性心疾患等発症のリスクファクターを有していた。
(6) 冠攣縮性狭心症について
現在の原告の心臓疾患は,陳旧性心筋梗塞及び冠攣縮性狭心症であるが,冠攣縮性狭心症は,平成11年9月の急性心筋梗塞の発症後数年を経過してから発症しており,一般に心筋梗塞の後遺症で狭心症となるものではないことからすると,平成11年9月に発症した急性心筋梗塞と冠攣縮性狭心症は,一連の疾患ではなく,冠攣縮性狭心症は,原告のY1社における業務に起因するものではない。
3  争点(3)(原告の業務と精神障害との間の因果関係の有無)について
【原告の主張】
原告は,心臓機能障害により身体障害者等級4級に認定され,Y1社は,官公庁に原告を身体障害者として届け出た上で業務に従事させたのだから,障害者に対する合理的配慮,すなわち,障害に即した過重性判断がなされるべきであり,具体的には,障害とされる基礎疾患が悪化したり,これが要因となって災害による症状が発生した場合,その業務との間の因果関係の判断は,基礎疾患を有する当該労働者を基準とすべきである。これを前提とすると,次のとおり,原告が精神障害を発症したのは,心臓障害が残存する原告の労働が依然として苛烈なものであったことに加え,Y1社の原告に対する差別的扱いやパワーハラスメントが相次いで,原告に強い心理的負荷がかかったことが原因であり,原告の業務との間の相当因果関係が認められる。
(1) 退院後の労働環境
原告は,平成11年10月17日に退院した後,Y1社から早期復帰を促されたため,退院後すぐに職場復帰した。しかしながら,退院後も,原告の業務内容は全く変わることはなかった。Y1社は,原告に対して業務軽減や代替労働者の配置,内勤への異動など,原告の心筋梗塞発症による健康不良に配慮した措置を全く講じなかった。そのため,原告は,依然として外部への営業活動,受注,打合せ,納品等をすべて自分一人で行わなければならず,かつ,売上増加・経費削減等の厳しいノルマが課せられながら,営業活動を強いられ続けた。原告は,心臓機能障害による症状のため勤務中に救急車で病院へ搬送されることも2,3回あり,平成12年1月17日から同月21日までの間,再び入院を余儀なくされた。
(2) △△事業部時代
原告は,平成13年7月から平成16年3月までの間,△△事業部に配属された。原告の△△事業部での業務内容は,コインパーキング用地の確保にかかる営業であり,依然として,身体障害者の原告が外回りの営業活動をしなければならない状況だった。コインパーキング用地の確保はY1社の主たる業務に関わる業務内容であって,営業ノルマが厳しく,原告は,ノルマ達成のために,長時間をかけて各地域のニーズ等を調査したり,不動産業者等への折衝を頻繁に行うなど,必然的に過重な労働を強いられ,業務の過重性が何ら改善されなかった。原告は,平成13年7月10日から翌日の同月11日まで再入院を余儀なくされ,同年12月28日には神戸市で身体障害者4級の認定がなされるに至った。
(3) 東京本社への転勤
ア 転勤前の経緯
平成16年になると,原告は,Y1社から東京本社への異動を促された。原告は,当時,心臓機能障害により定期的に主治医の下に通院しなければならない状況であり,大きな環境変化は好ましくなかった。かつて,原告は,平成10年5月から11月,自律神経失調症を発症したが,それは,長期間にわたる東京での単身赴任生活,本社勤務での過労やストレスが原因であったにもかかわらず,Y1社は,心臓機能障害により身体障害者4級の認定を受けていた原告に対し,東京本社への異動を再び促した。原告は,主治医等と相談の上,業務と健康のバランスを重視すべく,上司であったBに,①治療の必要上,東京と阪神間での生活を半々程度の割合にしてもらうこと,②本社近辺に原告の居住場所を確保し,通勤時間が負担にならないよう配慮してもらうこと,③手当を支給し,経済的負担を軽くしてもらうこと,④主治医の診断について誠実に対処してもらうことを条件に,東京異動を承諾した。しかしながら,Y1社は,その後,これらの原告の申入れを一切履行しなかったため,東京本社異動後の原告の体調は悪化していった。
イ 通勤の状況
平成16年4月,原告は東京本社に転勤を命じられ,船橋市内所在のY1社社宅に入居した。原告は,○○事業部等に所属していたころは,自宅から自動車で約10分の通勤時間であったが,東京本社に異動となってからは,片道2時間以上を要するようになった。すなわち,身体障害者である原告は,座って通勤しなければならないため,午前6時ころに社宅を出て,京成西船橋駅まで行き,そこから□□駅まで各駅停車を利用し,□□駅から東京本社まで徒歩で通勤するルートを選択せざるを得ず,片道約2時間弱程度を要し,往復約4時間以上は重度身体障害者にとって大きな負担であり,毎日の通勤が苦痛であった。原告は,長時間の通勤が続いて体調が益々悪化したため,Y1社に対し,a11内科のE医師(以下「E医師」という。)の診断書(〈証拠省略〉)やa12クリニカのF医師(以下「F医師」という。)の診断書(〈証拠省略〉)を提出して,体調不良やY1社本社近くの徒歩で通える範囲に居所を用意する等の通勤改善をY1社に訴えたが,Y1社は何らの配慮をしなかった。
ウ 業務
(ア) 東京本社総務課での原告の肩書は部長代理であり,原告の業務内容は,総務全般,新入社員の社内教育,新入社員募集,採用のための出張(東北・関西地方等),階層教育等であった。
(イ) 新人教育は,研修準備,テキストの作成や資料準備,製本,新入社員作成のレポート評価,講師との打合せ,会場のセッティング等々仕事は多岐にわたり,新入社員を引率しての現場研修等も原告一人に命じられることもあったため,原告は,健常者と同程度又はそれ以上の稼働を強いられ,心身共に負担の多い日が続いた。原告は,自らの携帯電話番号を新入社員全員に明示し,休日でも相談や事故報告等の電話があればすぐ対応を求められるため,気が休まることがなかった。また,原告は,新入社員より早く出社しなければならず,2ないし3時間程度の残業が必要なことも頻繁にあった。
(ウ) 階層教育は,立案・講師の依頼等を行い,限られた予算内で全国から対象者を選ぶことは難しく,受講生も当時,Y1社の親会社であったY1社からの出向者やその子会社の者等多岐にわたり,レベルやニーズが大きく異なっていたため,教育メニューの選択や対象者の調整等に相当注意を要し,原告は,神経をすり減らしていた。
(エ) 採用は,予定人数の確保が絶対に必要であったが,Y1社の知名度が,必ずしも高くなかったため,有名大学や地方の高校での採用は難しい状況であった。原告は,各部署から優秀な人材を要望されたが,採用自体は原告一人に任されていてプレッシャーが重く,原告は,不安感を増大させていった。
(4) Bのパワーハラスメント
原告は本社近くに転居するなどして通勤状況を改善して欲しい等,Y1社に再三訴えたが,Bは,「お金がもったいない。引っ越したかったら神戸の家でも売って金を作れ。」,「約束をした覚えはない。」,「通勤がそんなに辛かったらタクシーで通勤したら。」「ホテル住まいをしたらどうか。」など,全く配慮を示さなかった。
Y1社は,原告が心臓機能障害を有する身体障害者であることを認識していたにもかかわらず,Bにおいて,「原告の評価は悪いが平均値で査定するようになったので,少しアップした。」「身障者は働かんからな。」,体調不良を相談しても「血糖値が高いくらい大丈夫や。運動しろ。」,「西船駅の前の駅から歩けばいいのや。」,「心の問題や。」と言い,主治医の説明を伝えると「ウソやろ。医師がそんな事言うわけないやろ。」と信じてもらえず,マスクをしただけで「明日休んだらあかんで。」,病欠後に出勤すると「早く仕事せんかい。」,「いつも身体のことを理由にするな。」,体調が悪く休憩していると「早く仕事をしろ。」,「お前は仮病やろ。ウソばかり言うな。」と皆の前で罵声をあびせられ,「顔は元気そうやのに,ほんとうに身障者か。」,「お前が足の一本でもなかったら身体障害者と認めてやる。身障者手帳も偽造と違うか」など,原告の人格否定や身体障害者に対する差別・侮辱発言ともとれる対応を行った。Bの言葉の内容は,過度に厳しく,言い方も直截であり,原告にとってこの上ないストレスとなり,その強度は,企業等において一般に生じ得る程度のものをはるかに超えている。
(5) 精神障害を発症する直前(平成17年3月から5月頃)の原告の稼働状況
原告は,a3病院に通院し,「労作性狭心症(後側範囲)」と診断された。平成17年3月ころから平成17年度の新入社員の研修が始り,原告は,研修日程表のとおり,同研修の講師を務め,これらの下準備(段取り,テキスト作り,採点など)にも相当の時間,労力をさいた。原告は,研修期間中,新入社員よりも早く出社しなければならず,通勤時間を含めると相当な労務拘束となり,更には,業務終了後も,原告の社宅とは異なる方向の独身寮に挨拶に行くことを何度か強要されるなど,疲労を蓄積した。さらに,Y1社は,同年4月18日午前8時45分から午後5時15分までの工事現場見学が研修日程表で原告以外の者が引率する予定で事前割当てされていたにもかかわらず,直前になって原告が引率するよう強要した。原告は,心臓機能障害を有する身体障害者で,このころは研修で疲労しきっていたこともあり,長時間立った状態を要する工事現場の見学引率はできないので他の人に代わってほしい旨述べたが,Y1社はこれを一切認めなかった。原告はやむなく現場見学を引率したが,当日,帰宅した時には部屋に倒れ込むほど疲れ切っていた。また,研修日程表を見ても,業務終了時まで原告が講師をしていることが多数記載され,レポート等の採点等の業務もあることから,原告の業務量が過重であったことは明らかである。
(6) 転倒事故
原告は,平成17年5月27日午前7時30分ころの出勤途上,本件転倒事故に遭い,救急車でa1病院に搬送されたが,心臓が悪くなっていたため,心臓に関する治療もなされ,同月30日,a13接骨院に転院し,同月31日から6月20日までa3病院で入院治療を受け,退院後も主治医から休職の上自宅療養が必要との診断がなされたため,Y1社を休職し,同年7月21日付けで精神障害(パニック障害)と診断され,引き続き自宅療養を続けた。
(7) 判断指針の改正
平成21年4月,厚生労働省は,心理的負荷による精神障害等に係る業務外の判断指針を改正し,ひどいいじめやいやがらせを受けた等の具体的な出来事について新たに12項目を追加し,従来の7項目の心理的負荷についても見直しを図るなど,精神障害に罹患した被災者の状況をより緻密に検討することとなった。原告の業務と精神障害の発症との間の因果関係の判断は,判断指針の改定に至る趣旨,背景事情を斟酌してされるべきである。
【被告の主張】
次のとおり,原告の業務と精神障害との間に相当因果関係は認められない。
(1) 心筋梗塞発症後の業務負担軽減措置
Y1社は,原告が平成10年5月1日に自律神経失調症を発症してからは,同年8月1日付けでライン管理職である総務部総務課長からスタッフ職に職位を変更し,平成11年4月1日付けで業務の負担が比較的小さい○○事業部に異動させるなど,原告の業務負担を軽減させるよう配慮してきた。Y1社,原告が同年9月25日に急性心筋梗塞を発症し,同年11月に職務復帰してからは,原告の体調に配慮の上,部署の異動や担当業務の配分などをしてきた。
(2) 原告の通勤状況
Y1社は,原告を東京に転勤させる際,原告に対し,当時空きのあった船橋市内の社宅に入居することを勧めたが,社宅入居を原告に強制した訳ではない。Y1社は,原告に,社宅入居を望まないのであれば,自分で希望に沿う住居を探して賃借するよう,話したこともあった。その後,原告から,短時間で通勤が可能な場所に居住したい,居住に要する費用を全額Y1社で負担して欲しいとの申し出があった。Y1社は,原告自身が希望に沿う住居を探して賃借することは自由であり,構わないと伝えた。Y1社では,社宅以外で賃借居住する場合の家賃補助はない。
(3) 東京本社総務課での原告の業務
ア 原告は,東京本社総務課で,新入社員採用等の業務に従事したが,Y1社の従業員数は600名程度,新規採用人数も毎年十数名程度と比較的少数であり,採用担当者であった原告の採用関係業務が著しく多忙であったわけではない。原告は,平成16年4月から平成17年5月までの間,宇都宮,名古屋,広島,高松などを5日間程度,そのほか山形,関西などを数日程度,各採用のために出張したが,出張の回数は,頻繁ではなかった。しかも,Y1社は,当時単身赴任であった原告に配慮して,関西への出張ができる限り金曜又は月曜になるようにし,原告が週末を関西の自宅で過ごせるようにした。
イ 原告は,Y1社から新入社員全員の面倒を24時間しっかり見るよう業務命令を受けたと主張する。しかし,新入社員教育の担当者が新入社員教育や入社後のフォローを行うのはその職務上当然のことである。そもそも4月採用の新入社員の研修期間は入社から5月のゴールデンウイークまでの約1か月間程度と短期である。現場研修等の引率をする場合,原告は新入社員を連れて現場に行くだけで,実際の研修は現場担当の従業員が実施するなどしていた。原告が主張するように,他の従業員以上の稼働が強いられるような業務内容ではなかった。また,新入社員教育期間中は,緊急時に対応する必要はあろうが,Y1社が原告に対し24時間しっかり見るようなどという業務命令を行ったことはない。
(4) 差別的な取扱いやパワーハラスメントについて
Y1社が,原告に対し差別的な取扱いやパワーハラスメントをした事実はない。
(5) 本件転倒事故前の原告の業務
原告が精神障害(パニック障害)のため意識を失い上野駅で倒れた平成17年5月27日から約6か月前までの間の業務において,業務に関し新たに重度の病気や怪我をした事実はない。原告は,平成16年4月から引き続き東京本社の総務部総務課の部長代理として,新入社員の採用や研修を担当しており,特に,上記期間内に仕事の量や質,役割や地位,その身分等についてほとんど変化はなかった。しかも原告の担当業務は社内の管理業務であり,ノルマや顧客及び取引先との対応などによる心理的負担もない。
(6) 業務以外の因子
原告は,従前から引き続き妻子と離婚を前提に別居しており,職場以外の心理的負荷が大きかったことは明白である。
(7) 原告のうつ病について
原告が,一般的な抗うつ剤・坑不安剤のほかに,通常のうつ病の治療にあまり使用されない抗精神病薬であるレボトミン(〈証拠省略〉)などの鎮静系,気分を安定させるための薬が処方されていることや,a14メンタルクリニックのカルテ(〈証拠省略〉)に,「本人は信じられ無いぐらい過敏になっています。…殺人が起こってもおかしくない状態;それくらいナイーブな方を扱っているんです。」などと,原告の他罰的な精神状態が看取できることなどからすると,原告のうつ病は,他罰的・責任回避的感情が強くなると言われているディスチミア親和型うつと呼ばれるうつ病であるといえる。ディスチミア親和型うつは,自己愛が強く,依存的な生活など人格的要素に起因する部分が大きいとされており,原告のY1社での業務に起因するものではない。
4  争点(4)(Y1社の安全配慮義務違反の有無)について
【原告の主張】
(1) Y1社の安全配慮義務
Y1社は,原告の使用者として,労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく,その職務内容,勤務時間,職場環境等を把握し,労働者である原告の心身両面における危険又は健康障害を防止することを目的とした措置を講ずべき安全配慮義務を負う。しかるに,Y1社は,次のとおり,これに違反し,原告に前記の後遺障害(心臓機能障害と精神障害)を発症させて,原告の稼働活動や日常生活活動が著しく制限されるほどの重大な支障を及ぼし,原告を精神的に追い込んで,原告に後記損害を生じさせるに至った。したがって,Y1社の地位を承継した被告は,安全配慮義務違反に基づき,これにより原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
(2) 急性心筋梗塞の発症に関する安全配慮義務違反
原告は,平成11年当時,休職後復帰して日も浅く,Y1社は復職した原告の健康状態が再び悪化しないよう,労働管理等に特に注意を払う義務があった。しかるに,Y1社は,新規開設された部署でマニュアル等も全くない○○事業部に敢えて原告を配属し,原告に全く経験のない印刷物営業に携わらせ,外回り等の肉体労働を要する負荷の強い環境に置き,さらに,原告において提出した旅費請求書(〈証拠省略〉)や私有自動車使用届(〈証拠省略〉)等により原告の稼働時間が増加傾向にあり,原告が過重労働に陥っていたことを認識していたにもかかわらず,人員増加や役割分担等による原告の稼働時間等の軽減措置を何ら講じず,原告に対する安全配慮義務に違反した。
(3) 精神障害の発症に関する安全配慮義務違反
ア 精神障害発症に関する安全配慮義務違反
Y1社は,原告が心臓機能障害を発症して平成13年12月28日に身体障害者4級に認定された後,原告を身体障害者として雇用継続した(〈証拠省略〉)以上,原告の症状再発の危険性等は十分予見可能であったのだから,健常人と比較しても,当該障害の特性に慎重に配慮した労務管理等をし,当該障害者への職場の理解を深めるなどの措置を講じる義務を負う。しかし,Y1社は,原告が心臓機能障害を発症した後も,原告の心臓障害の症状について主治医に確認したり,本人から綿密な聴取や,行政の障害者雇用に関する指針,注意点等を調べる等も一切せずに放置し,依然として原告を外回りの営業に配属させ,過重労働を強いて,急性心筋梗塞発症前と比べても,業務軽減措置を何も講じなかった。
イ Y1社は,心臓機能障害を有する原告に業務上の強い負荷がかからないよう特に配慮し,同人の健康が悪化しないよう配慮する義務がある。しかるに,Y1社は,主治医からの意見を求めることなく,心臓機能障害を有する原告を,西部事務所よりも業務が相当過重である東京本社に配属させ,エレベーターがなく,入居当時は階段に手摺りさえなかった船橋社宅(〈証拠省略〉)に居住させ,片道2時間弱を要する通勤時間の負担を原告に強いて,原告において,主治医が心筋梗塞再発のおそれがあることや精神的ストレスの軽減のため本社近隣に居を構える必要があることを指摘した診断書(〈証拠省略〉)をY1社に何度も提出するなどしたにもかかわらず,原告の業務負担を軽減する措置を全く講じず,さらに,原告の上司であったBにおいてひどいパワーハラスメントを行うなどし,原告に対する安全配慮義務に違反した。
【被告の主張】
次のとおり,Y1社は,原告の身体的・精神的安全について相当の配慮をしてきたのであり,原告の心臓機能障害及び精神障害発症に対し,Y1社が原告に対する安全配慮義務に違反したことはない。
(1) 原告が,Y1社総務部大阪総務課長であった平成10年5月に,自律神経失調症を発症して長期欠勤し,同年12月に復職した後,Y1社は,原告の身体的・精神的負担を軽減させるため,課長職を解き,銀行の出入金業務など簡易な業務を担当させるなどの配慮をした。Y1社が,平成11年4月,原告を○○事業部に異動させたのも,比較的業務量が少なく,ノルマ等もない新規部署で原告の持つ広い人脈を生かして心機一転してもらうためであった。
(2) 原告が,急性心筋梗塞を発症した後,Y1社は,原告を身体的・精神的負担をかけない部署に配属し,担当業務の量も少なめにするなど,さらに原告の体調に配慮をしていた。原告を東京本社総務部に異動させたのも,主に総務畑で勤務してきた原告にとって,慣れた総務業務を担当させた方が負担が少ないと判断したからであった。総務部において原告の上司であったBは,原告に目をかけ,東京で一人暮らしをしている関西の実家に帰れるように関西出張を多めにしたり,体を休める期間を作られるよう休日前後に出張させるようにするなどの配慮をした。
5  争点(5)(素因減額の有無及びその程度)について
【被告の主張】
原告の心臓疾患の発症については,高脂血症などの原告自身の体質的素因が大きな影響を及ぼしているから,民法722条の類推適用により,少なくとも5割の割合で損害賠償額を減額すべきである。
【原告の主張】
原告は,急性心筋梗塞を発症した当時,40代前半であり,被告が指摘するコレステロール,高脂血症等も標準値を若干上回っていた程度に過ぎず,急性心筋梗塞の僅か3か月前の健康診断(〈証拠省略〉)の総合判定でも差し迫った危険性等は記載されていない。他方,上記健康診断において心臓所見が「1(正常)」と評価されていることからしても,これらが心臓疾患の発症に寄与したとはいえない。
6  争点(6)(損害)について
【原告の主張】
(1) 原告は,Y1社の安全配慮義務違反により,次のとおり,合計8707万9937円の損害を被った。
ア 慰謝料 1700万円
後遺障害等級5級相当の慰謝料(平成14年度・大阪弁護士会基準)をもとに,心臓機能障害・精神障害について相当の入通院治療を要したこと,心臓機能障害が残存する原告にパワーハラスメントを加えた上で,一方的に解雇通知をし,新たに生命保険に加入できない身体障害者の生命保険等を失効させる等,原告の生命・身体を危険な状況に追い込んだ経緯等を総合すれば,相当な後遺障害慰謝料は,1700万円を下らない。
イ 逸失利益 7007万9937円
(ア) 基礎収入 786万8439円
平成17年度ないし平成19年度は休業等により減収しているから,原告の基礎収入としては休業減収のなかった平成16年度収入額(〈証拠省略〉)によるべきである。
(イ) 労働能力喪失率 79パーセント(5級)
(ウ) 起算年齢(主治医から就業困難と診断された当時の年齢) 50歳
(エ) 就労可能年数によるライプニッツ係数11.274
(オ) 計算式
786万8439円×0.79×11.274=7007万9937円
(2) 損益相殺
ア 心臓機能障害として支給された金額
(ア) 障害厚生年金 ▲181万6846円
平成20年4月15日分までの支給額合計。
(イ) 障害補償一時金 ▲554万9854円
イ 精神障害として支給された金額(健康保険法に基づく傷病手当金) ▲319万6918円
精神障害も業務起因性が認められることを前提として,損益相殺に計上するものである。仮に万一,精神障害に業務起因性が認められないとすれば,上記傷病手当金は損益相殺の対象にならないことに留意すべきである。
ウ 損益相殺後の損害額 7651万6319円となる。
(3) 弁護士費用 765万円
(4) 総計 8416万6319円円
【被告の主張】
(1) 後遺障害慰謝料について
原告が認定されている等級は,心臓疾患について9級であり,精神疾患については後遺障害等級は認定されていない。したがって,平成14年度の大阪弁護士会基準による後遺障害慰謝料は,670万円となる。Y1社が原告の生命・身体を危険な状況に追い込んだ事実はなく,慰謝料を増額すべき事情はない。
(2) 逸失利益について
原告は,精神疾患により休職となり,その後休職期間満了により,平成19年8月,退職となったものであり,原告の事情により,Y1社での復職ができないために雇用契約が終了したものである。原告が担当していた業務はオフィスワークであったので,原告が退職をしなければ,定年までY1社で勤務を続けることは可能であり,原告の定年退職までの間の逸失利益は発生しない。逸失利益は就労可能とされている67歳までの7年間である。
仮に,原告に逸失利益が発生しているとしても,原告が心臓疾患について認定されている後遺障害等級9級の労働喪失率は,35パーセントである。
(3) 弁護士費用について
争う。
第4  当裁判所の判断
1  事実経過
前記第2,1の前提となる事実(以下,単に「前提事実」という。),証拠(〈証拠省略〉,原告本人,〈人証省略〉)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)  原告の経歴,家族状況
ア 原告は,昭和48年3月にa15高等学校を卒業し,同年4月から翌年の昭和49年までa16社に一般事務として勤務し,同年4月からa17大学法学部に入学し,昭和54年3月に同大学を卒業後,同年4月から昭和59年2月までa18社に営業職として,同年7月から昭和63年8月までa19社に人事給与担当として,同年12月から平成元年2月までa20社に営業職として勤務した後,同年2月からY1社に転職した。
イ 原告は,妻と子供2人(男子。原告が急性心筋梗塞を発症した平成11年9月24日当時,12歳と10歳)がいたが,平成12年春ころ,妻の実父が病気で倒れたことをきっかけとして平成12年4月に別居し,その後,離婚について協議中であり,平成16年4月にY1社東京本社に転勤した時には,原告が単身で東京へ引っ越した。
ウ 原告は,Y1社に入社する前の本人申告や入社前健康診断において特に健康状態・身体条件で異常はみられなかった。原告は,酒を飲まず,たばこを吸っていなかった。
(2)  Y1社の労働時間管理
ア 従業員旅費規程
Y1社の従業員旅費規程は,Y1社の従業員の超過勤務について,次のとおり定めている。
「5条① 出張中においては,就業規則所定の時間を就業したものとみなす。但し,出張先において所定時間外就業したことの就業証明がある場合はこのかぎりでない。
② 下記時間は超過勤務時間には算入しない。
1. 出張先に到着するまで,または出張先より帰着するまでの乗車時間
2. 接待に費した時間
3. 出張先において移動するための乗車時間」
イ 旅費請求書
Y1社の従業員は,出張した場合,旅費請求書を提出して旅費を精算する。上記旅費規程により,旅費請求書には,自宅から出張先に直行したり,出張先から自宅に直帰した場合については,自宅と出張先との間の移動時間も含まれて記載することとされる。
ウ 私有自動車使用届兼燃料代請求書
Y1社では,通勤・移動のための私有自動車を使用した場合,私有自動車使用届兼燃料代請求書によりガソリン代を清算する。この場合,走行キロ数欄には,私有自動車で通勤・出張した場合の通勤のための走行距離を含む走行キロ数を記入する。
(3)  ○○事業部配属前の原告の休業期間
原告が○○事業部に配属される前に休業した原因疾患,休業期間は,次のとおりである。
ア 平成9年1月16日付けでa21病院医師に緊張性頭痛と診断され,Y1社を2週間休業した。
イ 平成9年2月10日付けでa22病院医師に偏頭痛と診断され,Y1社を3週間休業した。
ウ 平成10年5月1日付けでa23市民病院医師に自律神経失調症と診断され,その後もa24クリニック医師に同様の診断をされ,Y1社を同年10月31日まで休業した。
(4)  ○○事業部での原告の業務
ア Y1社は,平成10年5月1日付けで,事業開発推進を目的とした○○事業部を新設した。○○事業部の具体的業務は,パソコンによる名刺・封筒などの受注印刷であり,Y1社の東京本社とa10ビルにそれぞれ事務所を置いていた。
イ 原告は,自律神経失調症による休職から復職した後である平成11年4月1日から平成13年6月7日付けでオンンジパル事業部が廃止されるまで,○○事業部で勤務し,名刺封筒,パンフレット,看板,新聞の折り込み等の印刷物の営業業務,具体的には,名刺・封筒・便せん・会社のパンフレット等の印刷物作成の受注のために見積りをとり,商品の打合せをし,完成商品を納入する等の業務に従事した。名刺等の文字を中心とした簡単な印刷物のほかは,外部の印刷業者に外注し,その場合,原告は,顧客や印刷業者と顧客のニーズ等について打ち合わせをした。当時の原告の役職は,課長であり,タイムカード等による勤務時間管理は行われていなかった。○○事業部には,原告のほかに,D部長とG課長,女性1名がいたが,原告に直属の部下はいなかった。原告は,親族,知人等に連絡をとり,連絡をとった者からさらに顧客を紹介してもらうなどして営業活動を行った。当時,○○事業部は,大阪市中央区森ノ宮所在のY1社大阪営業所にあったが,会計関係の書類,伝票,見積書,旅費精算書等は兵庫県西宮市所在の西部事務所にあるため,同事務所で業務を行うこともあった。
ウ 原告は,○○事業部在籍時,自宅が兵庫県宝塚市※※にあり,自宅から私有自動車で通勤し,兵庫県西宮市所在の西部事務所までの通勤時間は,10分程度であった。原告は,取引先への移動のため,公共交通機関を使用することもあったが,主として私有自動車を使用していた。
(5)  急性心筋梗塞発症直前の状況,発症に至る経緯
原告は,祝日である平成11年9月23日,取引先に封筒を納品するために出勤し,納品・打合せを行った。
原告は,同年9月24日,午前6時30分ころ自宅を出発し,午前10時ころに大阪市所在の取引先のa5社に印刷物を納品し,午後1時ころに大阪府高槻市所在の取引先のa6社と打合せをし,午後2時30分ころに取引先である同市所在のa7社と打合せをし,午後4時30分ころから午後6時30分ころまで取引先である大阪府守口市所在のa8社と打合せをし,仕事をまとめ,午後8時ころから午後10時ころまで大阪市所在のa25社と打合せをし,自動車にて午後11時ころに帰宅した。原告が同日に自動車にて走行した距離は112キロメートル程度であった。原告は,同日の帰宅後,胸や背中に痛みがあり,意識が朦朧とした状態になり,翌日の同月25日午前3時ころ,原告の妻が救急車を呼び,a9市立病院へ搬送された。原告は,同病院において,急性心筋梗塞と診断され,同日から同年10月17日までの間入院した。
原告は,a9市民病院を退院した後も,○○事業部において稼働した。
(6)  心臓機能障害発症後の原告の入通院状況
原告は,心臓機能障害を発症して入院していたa9市民病院を退院した後も,平成12年1月17日から同月21日まで同病院に入院し,平成13年7月10日から同月11日まで同病院に入院した。
(7)  原告の時間外労働時間数
原告が急性心筋梗塞を発症した平成11年9月25日の前6か月間の原告の労働時間は,別紙「労働時間集計表」(以下,単に「労働時間集計表」という。)のとおりであるが,次のとおり,認定の理由の補足説明をする(灰色部分は,土日及び祝日である。原告作成の「被災者の勤務状況に関する事」と題する書面によると,原告は,7月12日,13日に有給休暇を取得し,8月13日から同月18日まで夏休みを取得していたことが認められるため,これらを休日とした。また,上記書面によると,原告は,祝日である4月29日に出勤した代わりとして翌日の同月30日を休日としているため,4月29日の労働時間は時間外労働時間として扱わず,4月30日を休日とした。)。
ア 原告の労働時間数の認定に当たっては,旅費請求書(〈証拠省略〉)に出張時間がある日については,原則として,出張時間を労働時間とした。(労働時間集計表の「備考」欄の①)
イ 前記のとおり,旅費請求書記載の出張時間には自宅からの通勤時間等がある場合は,これを含むため,原告が通勤に使用していた私有自動車を出張のために使用した場合,片道当たり1時間を通勤時間と推定することとし(但し,旅費請求書において,出張の出発地又は終着地が「宝塚」,「西宮」,「神戸」,「伊丹」,「川西」,「鳴尾」,「武庫川」などと兵庫県内の場合,出退勤に要する時間を30分とする。),旅費請求書記載の出張開始時間の1時間後を始業時間とし,出張終了時間の1時間前を終業時刻とする。(労働時間集計表の「備考」欄の②)
ウ 平日について,旅費請求書において,所定始業時刻である午前8時45分よりも後に出張を開始した場合は所定始業時刻に始業したものと推定し,所定終業時刻より前に出張を終了している場合には所定終業時刻に終業したものと推定し,旅費請求書に記載のない場合(出張時間の記載のない日を含む。)の始業・終業時刻については,所定始業時刻に始業し,所定終業時刻に終業したものと推定する(労働時間集計表の「備考」欄の③)。
エ 休日は,旅費請求書に出張時間の記載がある場合,出張時間を労働時間とし,出張時間が休憩時間にまたがる場合,午前12時から午前12時45分までの45分間の休憩時間を計上した(労働時間集計表の「備考」欄の④)。
オ 原告の手帳(〈証拠省略〉)のうち,特に平成11年6月21日(月)以降の記載部分の右下端付近に「88K」(6月21日),「85K」(6月22日),「59K」(8月21日〈土〉),「60K」(8月28日〈土〉),「31K」(8月29日〈日〉)などの記載が随所にみられるところ,私有自動車使用届兼燃料代請求書の同年6月21日の「走行キロ数」欄に「88」(〈証拠省略〉),同月22日の同欄に「85」(〈証拠省略〉),同年8月21日の同欄に「59」(〈証拠省略〉),同月28日の同欄に「60」(〈証拠省略〉),同月29日の同欄に「31」(〈証拠省略〉)との記載があることからすると,上記の原告の手帳の記載は,原告が業務として私有自動車を使用した場合の走行キロ数を記載したものと認められる。これを踏まえて原告の手帳の右下端付近を精査すると,同年7月31日(土)に「80K」,同年8月8日(日)に「41K」,同月22日(日)に「73K」,同年9月4日(土)に「72K」,同月18日(土)に「38K」,同月23日(木・秋分の日で祝日)に「73K」の各記載があることが認められる。上記日にちは,旅費請求書(〈証拠省略〉)からは労働したことが窺われないが,上記の原告の手帳の記載の趣旨のほか,原告の陳述書(〈証拠省略〉)に土日を使って顧客の営業活動を行うことがあった,顧客から見積りや納品等の依頼が土日休日になされることもあった旨の記載があることや,証人Bが,当時の原告の上司であったD部長が経費の関係でなるべく電車を使うよう指導をしていた旨を証言しており(〈証拠省略〉),経費削減の必要性を感じた原告が休日労働した日の燃料代を請求しなかった可能性も考えられること,原告が同年8月8日に出勤したことは原告が作成した納品先一覧表(〈証拠省略〉)により原告が同日に取引先に対して製品の代金を領収した旨の記載があることによっても裏付けられていることからすると,上記日にちに原告が休日労働し,私有自動車を使用したことが認められる。上記日にちの始業・終業日時は不明であるといわざるを得ないが,前記書面(〈証拠省略〉)記載の残業時間を拘束時間と認めることとし,いずれの日も休憩時間として45分を計上する。(労働時間集計表の備考欄の⑤)
カ 原告が作成した納品先一覧表(〈証拠省略〉)には,原告が納入した製品の代金を受け取った日にち,金額等が記載されており,これを精査すると原告が平成11年6月26日に取引先から製品の代金を領収したことが認められるので,同日については,前記書面(〈証拠省略〉)記載の残業時間を拘束時間として採用し,休憩時間として45分を計上する。(労働時間集計表の備考欄の⑤)
キ 出張命令書(〈証拠省略〉)のある平成11年8月20日の東京出張については,使用者から出張命令を受けて出張した場合,自宅から出張先へ向かう等の移動時間も含めてその全般が使用者の指揮監督下にある時間であるというべきであるから,出張のための移動時間も労働時間に含めることとし,自宅を出発した午前6時45分を始業時間,午後10時20分を終業時間とした。(労働時間集計表の備考欄の〈証拠省略〉)
(8)  △△事業部での原告の業務
ア 原告は,平成13年4月から,△△事業部に勤務し,コインパーク用地の確保の営業業務に従事した。
イ 原告は,平成13年12月28日付けで心筋梗塞による社会での日常生活活動が著しく制限されるものとして身体障害者等級4級に認定された後,これをY1社に知らせ,Y1社は,これを知った上で原告の雇用を継続した。
ウ a11内科のE医師の平成13年12月付け身体障害者診断書・意見書(身体障害者福祉法15条3項の意見として,原告の障害の程度が身体障害者福祉法別表4級に該当するとの意見が付されている。)には,「精神的・肉体的にストレスがかかる労作・仕事の際に狭心症発作が出現する。急ぎ足で歩行したり,階段昇り等に支障あり。」との記載がある。(〈証拠省略〉)
(9)  総務部西部事業本部における原告の業務内容
原告は,平成15年4月から,兵庫県宝塚市所在の総務部西部事業本部において,社員採用・教育担当の総務スタッフとして,社員採用・社員研修等の取りまとめ業務を行っていた。
(10)  東京本社への異動の打診
Bは,平成16年春ころ,原告に対し,東京本社総務部への異動を打診し,原告は,これを承諾した。原告は,治療の必要上,東京と阪神間での生活を半々程度にし,また,出張扱いにするなどして主治医への通勤の機会を確保すること,東京本社付近に原告の居宅を確保し,通勤時間が負担にならないようにすることなどを要望した。Bは,当時空いていた西船橋の社宅に入ってもらいたいが,そこが一杯になったら,借り上げの社宅を貸与することも検討する旨を言った。
(11)  東京本社総務部における原告の業務内容
ア 概括的内容
原告は,平成16年4月以降,東京本社総務部に転勤となり,部長代理の役職に就き,総務部西部事業本部と同様の業務に従事した。具体的には,総務スタッフとして,社員の採用,社員階層別教育の事務局としての取りまとめ業務を担当し,4月の入社式・新入社員基礎教育,9月から次年度高卒採用試験関連業務,本年度昇格者階層別教育等を主務として,1年間を通じて,これらの業務に関連する準備作業から実施までを担当していた。
イ 東京本社総務部の人員構成
原告が所属していたY1社東京総務部の人員構成は,総務部長がB,原告以外の部長代理として総務担当課長H(以下「H」という。),その下に総務課員7名,技術担当部長代理がI,その下に技術担当のJが所属していた。当時の原告の直属の上司は,Bであり,原告には,直属の部下はいなかった。
ウ 平成17年度の新入社員研修
平成17年度の新入社員研修(平成17年3月31日から同年4月28日まで)から,新入社員教育についてY1社のほかに2社と合同して行うこととなった。同年度の新入社員は,Y1社の9名を含めて全部で12名であった。原告の担当していた新入社員の講義・現場研修引率等の原告の担当業務について,ほかの総務部の者が担当するなど,総務部の者が原告の業務をサポートしていたが,講義については,原告が講師を担当することが最も多く,Y1社での終業時間の15分前である午後5時まで講義をすることがあり,4月28日は終業時間を過ぎた午後6時30分まで講義のため業務をしていた。また,他の者が担当することが予定されていた4月13,14日の保守営業所・保守現場見学や4月18日の午前8時45分から午後5時15分までの工場現場見学について,当日の間際にBから言われて,原告が代わりに引率するなど,原告が現場での見学を引率することもあった。原告は,新入社員に対して自分の携帯電話の番号を伝え,何かあった際には連絡するよう伝えていた。
原告は,新入社員研修中,各講義後に新入社員が作成したレポートに目を通して次回の講義において評価・総括するなどし,また,各新入社員の能力・適性等をみて配属先の素案を作成するなどの業務を行った。
原告は,平成17年4月26日午後から兵庫県西宮市所在の西部事務所に移動して同事務所付近の社員寮に行ったり,同事務所に配属された新入社員の研修を行うなどして新入社員研修が終了した。(〈証拠省略〉)
平成17年度の新人研修における新入社員作成の講義ノート(〈証拠省略〉)には,「Xさんには,すごい迷惑かけて,体も悪くなってすごい申しわけない気持ちもありましたし」など,色紙(〈証拠省略〉)には,「研修中に血圧をあがらせてすいませんでした。」,「体に気をつけて頑張って下さい。」,「どうぞお体だけは大事に。」などと原告の体調を気遣う内容の記載がある。
平成16年4月以降の原告の業務は,スタッフ管理職として相応の責任はあるものの,定例業務が中心であり,突発的な対応を求められる業務はそれほどなく,ノルマやペナルティがあったわけではなかった。
(12)  原告とBとのやり取り
原告とBとのやり取りで,原告とBのいずれかが,原告の身体について「心臓が悪いので身障者には見えにくく,腕の一本でもなかったら身障者に見えるのに。」などと話したことがあった。また,Bは,そのころ,原告に対し,原告の妻との関係について,「きちんと決着したほうがいいのではないか。」などと話したことがあった。
(13)  原告の居住,通勤状況
原告は,東京本社に転勤した後,千葉県船橋市内所在の西船橋社宅の3階に入居した。健常者であれば,西船橋社宅から東京本社への通勤時間は,70分程度であったが,原告は,ラッシュアワーの時間帯の立っての長時間の通勤が負担に感じていたため,早い時は,午前6時ころに社宅を出て,京成西船橋駅から□□駅まで各駅停車を利用し,同駅から東京本社まで徒歩で通勤するルートを選択し,徒歩20,30分を含めて片道1時間30分程度を要した。原告が,当時,通院していたa11内科の診療録(〈証拠省略〉)には,原告が,東京本社に転勤した後の通勤について強い負担になっていたことを窺わせる記載があり,原告は,西船橋からの通勤について,同僚に不満を言うこともあった。原告は,Y1社に対し,通勤による全身倦怠・ふらつきが強く,心筋梗塞再発の危険が大きいと考えられ,会社の近くの徒歩で通える範囲に住むのが望ましい旨の記載のあるE医師の平成16年7月24日付け診断書(〈証拠省略〉)や長時間の通勤における肉体的,精神的ストレスが,原告の労作性狭心症・陳急性心筋梗塞の発症に影響している可能性が高く,早急に会社近隣に住居を構え,負担の軽減を図ることが望ましい旨の記載のあるF医師の平成17年3月23日付け診断書(〈証拠省略〉)を提出して,Y1社に対し,東京本社近くの徒歩で通える範囲に居所を用意する等の通勤改善を求めた。Y1社は,原告が希望に沿う住居を探して賃借することは自由であると伝えたが,東京本社近くの社宅を原告に用意することはせず,Y1社に家賃補助制度がないとして,原告において賃貸した場合も家賃を負担する予定はなかった。
(14)  a26記念病院への通院
原告は,東京本社転勤後の平成16年5月27日,左脇腹付近に違和感を感じてa26記念病院に通院した。
(15)  平成16年11月から平成18年5月までの原告の時間外労働時間
上野労働基準監督署において集計した平成16年11月から平成18年5月までの各月の原告の時間外労働時間数は,次のとおりである。
平成16年11月(平成16年11月1日~同月30日) 00時間
平成16年12月(平成16年12月1日~同月31日) 00時間
平成17年1月(平成17年1月1日~同月31日) 14時間
平成17年2月(平成17年2月1日~同月28日) 19時間
平成17年3月(平成17年3月1日~同月31日) 29時間
平成17年4月(平成17年4月1日~同月30日) 42時間
平成17年5月(平成17年5月1日~同月31日) 34時間
(16)  産業医との面談
原告は,Y1社の産業医に対し,平成16年7月7日ころ,東京での仕事についてはおもしろいが,通勤についてのストレスのみ困っているなどと言っていた。原告は,それ以降も,産業医と面談する度に通勤時間が長時間であること,会社近くの社宅への転居を希望することなどを述べていたが,前記のとおり,実現しなかった。
原告と産業医との面談記録には,産業医が,原告が通勤の不安を述べたのに対して家賃の手当,フレックス通勤,勤務時間短縮,配置転換等を検討していることを窺わせる記載があり,これらは原告の上司であったBも閲覧していた(平成16年7月7日,同年10月5日,平成17年4月21日)が,いずれも実現していない。
(17)  本件転落事故,原告が退職するまでの経過
ア 原告は,東京本社に転勤した平成16年4月以降,パニック障害を原因として転倒することはなかったが,平成17年5月27日の通勤途中,パニック障害により意識を消失し京成電鉄上野駅で転倒し(本件転倒事故),a1病院に搬送された。原告は,本件転倒事故により左足首捻挫,左腰部・左肩打撲の傷害を負ったが,心臓が悪くなっていたため,心臓に関する治療もなされ,意識消失発作疑い,狭心症,陳旧性心筋梗塞等と診断された。原告は,同病院で3日間入院治療を受けた後,同月29日,同病院を退院し,同月30日,a13接骨病院に転院し,同月31日,a3病院に入院し,同年6月20日に退院した。
イ 原告は,平成17年6月20日,Y1社の東京本社を訪れ,退院後も継続して通院治療を要し,精神的な負担が改善するまで当分の間休養を要する,などと記載があるa3病院のK医師(以下「K医師」という。)作成に係る同日付け診断書(〈証拠省略〉)と療養給付たる療養の給付を受ける指定病院等(変更)届(〈証拠省略〉。以下「様式第16号の4」という。)を提出した。原告と応対したY1社総務部のHは,様式第16号の4に「意識消失発作にて(診断書による)」との記載を追加し,Y1社の承認印を押して事業者証明をした上で同月22日ころ,原告の自宅の郵便受けに投函した。Hは,原告に対し,休業期間中,当時の所属長であったGに対して安否確認や経過等の把握のために2週間に1回程度連絡することと1か月に1回,a3病院の診断書を提出することを求めた。原告は,後に,Hが労災様式第16号の4に上記のとおり追記したことについて,文書の偽造であるなどと言い,同年7月4日付けで,労基署宛に本件転倒事故は意識消失発作とは無関係であるなどと記載した理由書(〈証拠省略〉)を提出した。
ウ 原告は,平成17年4月に定期昇給したが,同年6月24日に支給された賞与について,前年と比較して低額なものとなった。これは,事業場全体の業績から全社員一律減額としたことによるものであった。
エ 原告は,平成17年8月4日,C医師の同日付け診断書(〈証拠省略〉)を持参して東京本社を訪れた。Bは,原告と面談し,原告に対し,2週間に1回の安否確認の電話連絡と1か月に1回の診断書の提出を行うことを再度確認し,心筋梗塞について通院しているa3病院の診断書も1か月に1回提出するよう求めた。
オ 原告は,平成17年8月17日,Y1社に対し,病名が冠攣縮性狭心症及び陳旧性心筋梗塞,同日から約3か月程度の休養加療を要する旨の記載のあるF医師作成の同年8月6日付け診断書(〈証拠省略〉)を提出した。
カ 原告は,平成18年2月6日,職場復帰の申入れのためY1社東京本社に来社し,B及びHと面談した。原告は,同月9日ころに職場復帰できるなどと話した。BとHは,原告に対し,診断書の提出と当時原告の心臓疾患の主治医であったF医師と精神疾患の主治医であったC医師との面談を求め,原告はこれを了解した。
キ 原告は,平成18年2月9日,職場復帰に問題がないが,通勤によるストレスにはご考慮いただきたい旨の記載のあるF医師の診断書(〈証拠省略〉)と同日より復職可能(但し,2週間に1回通院治療が必要である。)と認める旨の記載のあるC医師の診断書(〈証拠省略〉)をY1社東京本社に持参した。
ク Hらは,原告と共に,平成18年2月22日,F医師と面談し,同年3月6日,C医師と面談し,Y1社は,上記の両主治医との面談内容等を参考に検討した結果等を踏まえ,休職者取扱規程2条1項1号(〈証拠省略〉)により,同日,原告に対し,同年2月9日から18か月の休職を命じ,その際,早期退職の選択肢があることを説明した。その後,原告は,平成18年3月16日,Y1社東京本社に来社し,18か月の休職命令を受諾する旨の回答書を提出し,早期退職は受け入れないという返事もした。Hは,原告に,職場復帰に向けて,休職中,毎週月曜日に安否確認を兼ねたリハビリ出勤を提案したが,原告は,これを受けなかった。
ケ Y1社は,原告に対し,休職期間満了前の平成19年7月3日,同月11日,同月25日に,休職期間が満了する平成19年8月8日までに産業医と面談することを求める書面を送付したが(〈証拠省略〉),原告は,休職期間満了までに産業医との面談をしなかった。
コ Y1社は,原告を,Y1社就業規則43条4号(〈証拠省略〉)により,平成19年8月8日までの休職期間満了をもって退職とした。Y1社が,原告の休職期間満了前に意見を求めた産業医の平成19年8月8日付け意見書(〈証拠省略〉)には,パニック障害が復職に耐えられるだけ十分に回復・安定した状態とはいえず,今後も更なる状況の改善を望むことは困難であると思われる,原告の言動を最大限好意的に判断しても十分な復職の意欲があるとはいい難いと考えられる,以上の点からすると復職は不可であると判断せざるを得ない旨の意見が記載されている。
(18)  原告の海外渡航歴
原告は,平成12年4月から平成22年3月までの10年間に30回,ハワイに渡航し,5日から13日間滞在した。
2  争点(1)ア(原告の心臓機能障害の有無及びその程度)について
(1)  前記第2,1の前提事実,後記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 診療経過(〈証拠省略〉)
(ア) 原告は,平成11年9月21日に急性心筋梗塞を発症し,冠動脈前下行枝に完全閉塞を認め,冠動脈形成術を行い,症状を改善したが,陳旧性心筋梗塞の症状を残した。
(イ) 原告は,平成17年2月22日,F医師の紹介で,a3病院にて負荷シンチグラフィー検査を受けたところ,狭心症が疑われ,同年5月31日にa3病院に入院した。原告は,同年6月10日に実施された冠動脈造影検査にて,明らかな狭窄は認められず,アセチルコリン負荷造影検査にて冠動脈に広汎な攣縮が認められ,冠攣縮性狭心症と診断された。
イ 胸腹部臓器の障害に関する障害等級認定基準について(〈証拠省略〉)
障害補償給付の対象となる障害等級の認定に当たって用いられる障害等級認定基準(昭和50年9月30日付け労働省労働基準局長通達。以下,単に「認定基準」という。)の胸腹部臓器の障害についての認定基準(「胸腹部臓器の障害に関する障害等級認定基準について」〈平成18年1月25日付け厚生労働省労働基準局長通達・基発第0125002号〉により改正されている。)のうち,循環器の障害(心機能の低下)については,次のとおりである。
(ア) 心機能の低下による運動耐容能の低下が中等度であるものは,「胸腹部臓器の機能に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」として9級の7の3に該当する。概ね6METsを越える強度の身体活動が制限されるものがこれに該当する。例えば,平地を健康な人と同じ速度で歩くのは差し支えないものの,平地を急いで歩く,健康な人と同じ速度で階段を上るという身体活動が制限されるものをいう。
(イ) 心機能の低下による運動耐容能の低下が軽度であるものは,「胸腹部臓器の機能に障害を残し,労務の遂行に相当程度の支障があるもの」として11級の9に該当する。概ね8METsを越える強度の身体活動が制限されるものがこれに該当する。例えば,平地を急いで歩く,健康な人と同じ速度で階段を上るという身体活動に支障がないものの,それ以上激しいか,急激な身体活動が制限されるものをいう。
ウ 診断書等の記載
F医師の平成19年11月27日付け診断書(〈証拠省略〉)には,「傷病名 陳旧性心筋梗塞,冠攣縮性狭心症」,「障害の部位 心臓」,「治ゆ年月日 19年11月14日」との記載がある。
エ 医師の意見書等
(ア) F医師の平成20年2月20日付け意見書では,左室壁運動は前壁中隔遠位部から心突部にかけての運動低下は認めるが,駆出率は60.7パーセントと保たれている,マスタートリプルの負荷は可能であり,本人より胸部違和感の訴えあるも,心電図上有意な変化はなく,不整脈も認めない,現在,日常生活に問題となる心臓機能障害は認めないとの意見を述べている。(〈証拠省略〉)
(イ) a1病院のL医師(以下「L医師」という。)の意見書では,胸部X線上CTR46パーセント,EF60パーセントとの意見を述べている。(〈証拠省略〉)
(ウ) 兵庫労働局地方労災医員のM医師(以下「M医師」という。)の平成20年3月31日付け意見書では,胸部X線上CTR48.9パーセントと拡大なく,肺静脈のうっ血も認められない,左室前壁から中壁,心突部に軽度壁運低下を認める,EFは60.7パーセントと良好である。各検査を総合した所見として陳旧性前壁中隔梗塞の所見として矛盾なく,心機能は比較的良好に保たれているものと考えられる,平成17年5月27日に行われた冠動脈造影検査で冠動脈の攣縮が証明されており,本例の心筋梗塞は冠攣縮によるものであることが推測される,障害の程度としては,一般の労働能力は残存するものの,就労可能な職種の範囲が相当程度に制限されるものと考えられるとの意見を述べている。(〈証拠省略〉)
(エ) 兵庫労働局地方労災医員のN医師(以下「N医師」という。)の平成21年1月22日付け意見書では,平成20年2月20日に実施された検査において,心電図では陳旧性前壁中隔心筋梗塞の所見があり,胸部レントゲン写真では心拡大,肺うっ血像,心不全の所見を認めず,心臓超音波検査では左室前壁から中壁,心突部の軽度の壁運動の低下を認めるが,収縮力が良好であることやF医師の意見書では運動負荷で終了時に胸部症状を認めるがマスタートリプルの負荷(負荷量は6METs程度)が可能であった旨の記載がなされていることを理由として,原告が陳旧性前壁中隔心筋梗塞を有し,障害の程度としては中程度の運動耐容能の低下があるものと考えられる旨の意見を述べている。(〈証拠省略〉)
(2)  判断
ア まず,原告の検査数値をもとに原告の心機能の低下の程度を検討するに,一般に,CTR(心胸郭比)は成人では50パーセント以下が正常値とされており(〈証拠省略〉),前記認定のとおり,原告のCTRの数値は,L医師の意見書では46パーセント((1)エ(イ)),M医師の意見書では48.9パーセント((1)エ(ウ))といずれも正常値の範囲内であるいえる。心機能の程度を表す客観的指標としてEF(駆出率)があり,(もっとも,中・長期的な心機能の低下には,駆出率のほか,年齢等の様々な因子が関係するため,心機能の程度の判断に当たっては左室駆出率のみによって一律に区分することは適当でないとされる。〈証拠省略〉),健常人で概ね60パーセント台を示すとされるところ,前記認定のとおり,原告のEFの数値は,F医師の意見書では60.7パーセント((1)エ(ア)),L医師の意見書では60パーセント((1)エ(イ))とされており,いずれも正常な範囲内であるといえる。このように,原告に実施された検査数値からすると,原告に心機能の低下があったと直ちに認めることはできない。
イ 他方,前記認定のとおり,原告は,平成17年6月10日の検査で冠攣縮の所見が認められており(前記(1)ア(イ)),F医師の平成19年11月27日付け診断書(〈証拠省略〉)には,陳旧性心筋梗塞のほかに「冠攣縮性狭心症」との記載があることからすると,現在,冠攣縮性狭心症を残していると認められる。さらに,F医師の意見書(〈証拠省略〉)やM医師の意見書(〈証拠省略〉)では,左室・心突部の運動低下を認める旨の所見が示されており,M医師の意見書では,障害の程度としては,一般の労働能力は残存するものの,就労可能な職種の範囲が相当程度に制限されるものと考えられるとの意見を述べている。F医師の意見書(〈証拠省略〉)によると,負荷量が6METsに相当するとされるマスタートリプルの負荷は可能であるとされ,前記(1)イ(ア)のとおり,概ね6METsを越える強度の身体活動が制限されるものが心機能の中程度の低下に該当するされるところ,N医師の意見書(〈証拠省略〉)では,F医師の意見書等を踏まえて原告が陳旧性前壁中隔心筋梗塞を有し,障害の程度としては中程度の運動耐容能の低下があるものと考えられる旨の意見が述べている。以上の意見書の意見等を総合考慮すると,明確な検査数値として表れていないものの,原告には,現在,心機能の低下による中程度の運動耐容能の低下が認められるというべきである。
ウ 以上によれば,原告は,F医師の平成19年11月27日付け診断書の「治ゆ年月日」である平成19年11月14日に症状固定となった,「胸腹部臓器の機能に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」として労災則別表第1の9級7号の3に該当する心臓機能障害を残していると認めるのが相当である。
(3)  当事者の主張について
ア 原告は,神戸市長が原告の心臓機能障害について身体障害者等級3級に認定していることなどを理由として,原告の心臓機能障害が労災則別表第1の7級5号に該当すると主張する。
しかしながら,神戸市は,a3病院のO医師の平成17年6月3日付け身体障害者診断書・意見書(原告の障害の程度が身体障害者福祉法別表3級に相当するとの意見が付されている。以下,単に「身体障害者診断書」という。)を基礎資料として原告の心臓機能障害について身体障害者3級に認定したことが推測される(〈証拠省略〉の「身体障害者診断書・意見書」。身体障害者福祉法15条3項参照)。そして,身体障害者診断書に「当院の負荷心筋シンチグラフィーにて後側壁領域の狭心症が疑われ,投薬治療にて改善しなければ再度の経皮的冠動脈形成術もしくはバイパス術を検討する。」との記載があり,記載された治療内容や,前記認定のとおり,上記身体障害者診断書が作成されたのが,原告の狭心症について有意な冠動脈狭窄を認めず,冠攣縮性狭心症との診断がなされた同年6月10日(前記(1)ア(イ))の前であることからすると,当時の原告の症状について冠動脈狭窄による労作性狭心症を念頭に置いていた可能性が高い。一般に,冠攣縮性狭心症は,多くの場合,先行する血圧や心拍数の上昇,すなわち心筋酸素消費量の増大を伴わず,この点で労作性狭心症と明確に区別される病態とされており(〈証拠省略〉),労作性狭窄症と比較すると運動量の増加と症状の発症との結びつきの程度が低いと考えられることからすると,冠動脈狭窄による労作性狭心症を念頭に置いたことが身体障害者福祉法別表3級に相当する障害があるとの意見に影響を及ぼした可能性が否定できない。そうすると,身体障害診断書を基礎資料として神戸市が原告の心臓機能障害について身体障害者等級3級に認定していることをもって,原告の心臓機能障害が前記(2)イの判断を超えるものと認めることはできないというべきである(M医師の平成22年6月10日付け意見書〈証拠省略〉には,上記判示に沿う記載がある。)。
また,原告の主張に沿う証拠としてK医師の平成22年8月31日付け診断書(〈証拠省略〉)があり,同診断書には「心機能に障害を残し,軽易な労務以外に服することができない状況であり,現在も同様である。」との記載がある。しかしながら,同診断書は,原告が本訴を提起した平成20年6月18日(記録上明らかな事実)から2年以上が経過してから作成されたものである上,本訴提起時以降に原告の心臓機能障害の程度が悪化したことを内容とするものではないことがその記載内容から明らかであることからすると,同診断書の上記の記載をもって,直ちに原告の心臓機能障害の程度が,そのようなものであったと認めることはできない。
以上によれば,この点に関する原告の主張は,採用することができない。
イ 被告は,平成12年4月から平成22年3月28日までの10年間に30回も,ハワイなどに渡航し,短期間滞在をしていること等を挙げて,原告について労災則別表第1の9級7号の3に該当する心臓機能障害が残存していないと主張する。
前記1(18)認定のとおり,原告は,心臓機能障害を発症した後である平成12年4月から平成22年3月までの10年間に30回,ハワイに渡航し,5日から13日間滞在したのであるが,原告は,医師から心臓疾患は湿気が少なく,気候が温暖な地だと楽になる旨を言われてリハビリ等の療養目的で渡航した旨を述べており(〈証拠省略〉),原告がハワイに最初に渡航したのが平成12年4月であって心臓機能障害を発症した後であることや,証拠(〈証拠省略〉)及び弁論の全趣旨によれば,原告が,F医師作成の英文の診断書を所持し,現地の内科医の紹介を受けた上でハワイへ渡航したことが認められ,同医師の了解を得た上でハワイに渡航したことが窺われることなどに照らすと,療養目的でハワイに渡航した旨の原告の供述は信用するに値するものであり,原告が平成12年4月以降30回ハワイに渡航したことは,原告に前記判示の心臓機能障害が残っていることと相容れない事実であるとはいえない。Y1社は,そのほかにも,原告が平成16年2月ころに,趣味の写真撮影のため鳥取県若桜町のスキー場に行ったこと,自宅近隣で組織される消防団に入って活動したり,a27学院大学の大学院に通学していることなどを挙げるが,かかる事実があったとしても,いずれも前記判示を左右するものではない。
3  争点(1)イ(原告の精神障害の有無及びその程度)について
(1)  前提事実,後記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 医師の意見書
(ア) 上野労働基準監督署長の意見書の提出依頼に対し,C医師は,原告について,平成19年4月24日付け意見書において,初診日が平成17年7月21日,初診時の状況・病訴が「パニック障害の悪化」として「過去1ケ月間のパニック発作は20回以上,高度の予期不安と広場恐怖」,「うつ状態の悪化」として「高度抑うつ,不安状態」,傷病名が「広場恐怖症を伴うパニック障害・うつ病」,発症の時期が「平成7年10月」,治療経過について「治療開始後軽快に向かっていたが,復職の問題で会社との関係が悪化し,抑うつ気分が強くなり,現在は最悪の状態が続いている。」,検査成績・検査結果について,ベックのうつ病評価尺度(BDI)で初診時48点と高度のうつ病の所見があり,簡易うつ病評価尺度(80点満点)では,初診時72点と高度のうつ病の所見があり,その後,17年9月1日時点では70点,同年11月10日時点では73点,平成18年2月6日時点では64点,同年3月6日時点では41点,同月16日時点では78点である,原告の心理負荷・既往歴について「心筋梗塞はパニック障害を発症してからのものであり,ストレスによる冠動脈れん縮によるものと推定される。会社に対する恐怖感と攻撃性を併せ示す。」旨の意見を述べている。(〈証拠省略〉)
(イ) a24クリニックのP医師(以下,「P医師」という。)は,原告について,平成19年7月3日付け意見書において,初診日が平成10年6月23日,初診時の状況・病訴が「2年来しめつける様な頭痛が続いたが入院しても改善しなかったことで,不安・焦燥がつよかった。職場復帰への不安・恐怖が認められた。夫婦間もうまくいっておらず,安定感の欠く日常生活だった。」,傷病名が抑うつ状態,不安神経症,発症の時期が平成8年10月ころ,治療経過について,月1,2回程度通院し,投薬治療を受けていたが,平成11年9月に心筋梗塞を発症した後は,徐々に投薬数を減少させてお守り的な使用となった,初診時に,原告は,発症の原因として仕事のストレスと妻との関係の悪化等の夫婦間の問題の2点を上げていた旨の意見を述べている。(〈証拠省略〉)
イ 精神障害の分類(〈証拠省略〉)
国際疾病分類第10回改訂版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神および行動の障害」の分類は,精神障害をF4「神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」を含めてF0ないしF9の10に分類し,精神障害等の労災認定に係る専門検討会による平成11年7月29日付け「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」(〈証拠省略〉)や「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(平成11年9月14日付け労働省労働基準局長通達・基発第544号)においても,同指針で対象とする疾病をICD-10第Ⅴ章に示される「精神および行動」の障害としている。ちなみに,「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針の一部改正について」(平成21年4月6日付け厚生労働省労働基準局長通達・基発第0406001号)において,ICD-10の日本語版が平成17年11月に改訂されたことを受けて,上記分類を改めたが,F4については改められていない。
ウ 専門部会の診断(〈証拠省略〉)
東京労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会(以下「専門部会」という。)は,C医師の平成19年4月24日付け意見書(〈証拠省略〉)や原告の供述,Y1社の者の供述などを資料として,原告の精神症状について,ICD-10の診断基準に照らして分類し,平成17年6月ころにF40の「恐怖症性不安障害」を発症したものと判断している。
エ 原告の性格に関する原告及び関係者の供述
原告及びY1社の関係者は,原告の性格に関し,次のとおり述べている。
(ア) 原告(〈証拠省略〉)
「前向きで真面目だと思います。また,協調性(チームワーク)もあるほうだと思います。」
(イ) B(〈証拠省略〉)
「粘着質であったようです。上の者に対しては,強いことは言わず,下の者に対しては,親しい人にしか話しかけないというところがありました。」
(ウ) H(〈証拠省略〉)
「ものすごく粘っこく,自己中心的であったようです。自分の都合の悪いことは知らない,その反対に都合の良いことは強く主張する方です。」
オ 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律について
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行令6条1項は,同法45条2項に規定する政令で定める精神障害の状態は,同施行令6条3項に規定する障害等級に該当する程度のものと定め,同条2項は,精神障害者保健福祉手帳には,同条3項に規定する障害等級を記載するものと定め,同項は,障害等級は,障害の程度に応じて重度のものから1級,2級及び3級とし,1級を「日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」とし,2級を「日常生活が著しい制限を受けるか,又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」とし,3級を「日常生活若しくは社会生活が制限を受けるか,又は日常生活若しくは社会生活に制限を加えることを必要とする程度のもの」とする。原告が平成19年8月21日に交付を受けた精神障害者保健福祉手帳(〈証拠省略〉)には,障害等級3級との記載がある(前提事実(7)イ(ア))。
カ 原告の照会によるC医師の意見書
平成21年9月25日の消印で原告に送付された(〈証拠省略〉),原告の照会に対する回答書(〈証拠省略〉)では,原告の現在の症状について,パニック発作はないが,相変わらず予期不安が強く,感情過敏は激しく,抑うつ状態が強くみられる旨の意見が述べられている。
(2)  判断
前記(1)ア(ア)のとおり,C医師は,上野労働基準監督署の意見書の提出依頼に対する平成19年4月24日付け意見書において,原告に高度の抑うつ気分が認められる旨の意見を述べており,原告の照会に対する同医師の回答書によっても,抑うつ状態が強くみられる旨の意見が述べられているところであり,これらを踏まえた上で専門部会において判断した結果((1)ウ)を総合すれば,原告は,平成17年6月ころに,ICD-10の診断基準に照らすとF40の「恐怖症性不安障害」に該当する精神疾患を発症したと認めるのが相当である。
そして,原告の精神疾患の程度は,上野労働基準監督署に対するC医師の意見書において現在の原告の抑うつ状態が強度とされていること,原告が平成19年8月21日に交付を受けた精神障害者保健福祉手帳では,原告の精神障害の程度について,3等級のうち最も程度が軽い,「日常生活若しくは社会生活が制限を受けるか,又は日常生活若しくは社会生活に制限を加えることを必要とする程度のもの」とされる障害等級3級に該当するとされていること,Y1社が,精神疾患に関する原告の主治医であるC医師と面談した結果を踏まえて原告に18か月間の休職を命じ,休職期間満了後も原告の精神疾患の程度にも言及している産業医の意見を踏まえた上で原告の休職を不可と判断したこと,原告の照会に対する回答書(〈証拠省略〉)において,平成21年9月25日ころの原告の現在の症状について,相変わらず予期不安が強く,感情過敏は激しく,抑うつ状態が強くみられる旨の意見が述べられており,原告がY1社を退職した平成19年8月8日から2年を経過した時点でも抑うつ等の症状がみられる一方,現在,原告に就労意欲の低下が窺われず,通常の作業を持続することや,他人との意思伝達,対人関係・協調性などの就労に当たって必要な能力の低下があることが窺われる具体的な事情を認めるに足りる証拠がないことなどを踏まえると,前記の原告が発症した精神疾患の程度は,「局部に神経症状を残すもの」として労災則別表第1の14級9号に該当するとみるのが相当である。
4  争点(2)(原告の業務と心臓機能障害との間の因果関係)について
(1)  一般に,心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等の基礎疾患が,主に加齢,食生活,生活環境等による諸要因や遺伝等の個人に内在する要因により長い年月の生活の営みの中で徐々に形成,進行及び増悪するといった経過をたどり発症するものであり,労働者に限らず,一般の人々の間にも普遍的に数多く発症する疾患である。しかしながら,業務による過重な負荷が加わることにより,血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させ,心臓疾患を発症させる場合があることは医学的に広く認知されている(専門検討会報告書・〈証拠省略〉)。
そこで,労働者が血管病変等の基礎疾患を有している場合に,業務に起因する過重な負荷によって労働者の当該基礎疾患がその自然的経過を超えて増悪し,心臓疾患を発症するに至った場合には,上記の業務による過重な負荷が脳疾患発症の原因となったものとして,労働者が従事していた業務と心臓疾患の発症との間に相当因果関係を認めるのが相当である。
(2)  そして,業務の過重性について,専門検討会報告書は,要旨,次のとおり指摘している。
ア 業務の過重性の評価は,発症前6か月間における就労状態を考察して,疲労の蓄積が,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,脳・心臓疾患の発症に至らしめる程度であったかどうか,すなわち,発症時における疲労の蓄積度合をもって判断することが妥当である。
イ 業務の過重性は,労働時間のみによって評価されるものではなく,就労態様の諸要因も含めて総合的に評価されるべきものである。具体的には,労働時間,勤務の不規則性,拘束性,交替制勤務,作業環境などの諸要因の関わりや業務に由来する精神的緊張の要因を考慮して,当該労働者と同程度の年齢,経験を有する同僚労働者又は同種労働者であって日常業務を支障なく遂行できる労働者にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか否かという観点から,総合的に評価することが妥当である。
ウ 業務の過重性の評価に当たっては,第一に疲労の蓄積の最も重要な要因である労働時間にまず着目し,発症時において長時間労働による疲労の蓄積がどのような状態にあったかどうかについて検討することが合理的である。労働時間による過重性の評価のおおまかな目安については,次のとおり整理できる。
(ア) 業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと判断される場合
発症前1か月間に特に著しいと認められる長時間労働に継続的に従事した場合は,業務と発症との関連性は強いと判断される。具体的には,1日5時間程度の時間外労働が継続し,発症前1か月間に概ね100時間を超える時間外労働が認められる状態が想定される。
(イ) 発症前2か月間ないし6か月間にわたって,著しいと認められる長時間労働に継続的に従事した場合は,業務と発症との関連性は強いと判断される。具体的には,1日4時間程度の時間外労働が継続し,発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる状態が想定される。この場合の発症前2か月間ないし6か月間とは,発症前2か月間,発症前3か月間,発症前4か月間,発症前5か月間,発症前6か月間のいずれかの期間をいう。
(ウ) 業務と脳・心臓疾患発症との関連性が弱いと判断される場合
その日の疲労がその日の睡眠等で回復し,疲労の蓄積が生じないような労働に従事した場合は,業務と発症との関連性が弱いと判断される。具体的には,1日の時間外労働が2時間程度であって,発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない状態が想定される。
(3)  他方,専門検討会報告書は,脳・心臓疾患の発症には,リスクファクターの関与が指摘されており,特に多重のリスクファクターを有する者は,発症のリスクが極めて高いとされていることから,業務の起因性の判断に当たっては,基礎疾患等の内容,程度や業務の過重性を十分に検討する必要があると指摘している。そして,一般に,冠動脈粥状硬化が原因となって発症するとされる虚血性心疾患のリスクファクターの具体的内容として,肥満や高脂血症等を挙げ,肥満の人の発症率を標準体重の人に比べると,約2倍高くなるとされており,高脂血症については,血清総コレステロール値又はLDLコレステロール値と虚血性心疾患発症率には正の相関がみられ,血清総コレステロール値が220mg/dlを超えると,虚血性心疾患の発症率が増加してくると述べている。
(4)  以上の専門検討会報告書の内容を踏まえて,原告の業務と急性心筋梗塞の発症,ひいては,前記判示の原告の心臓機能障害の発症との間の相当因果関係の有無について判断する。
ア 原告の急性心筋梗塞の発症に関する基礎疾患の有無及びその程度は証拠上明らかでないが(前記認定のとおり,M医師の意見書(〈証拠省略〉)には,「平成17年5月27日付けに行われた冠動脈造影検査で冠動脈の攣縮が証明されており,本例の心筋梗塞は冠攣縮によるものであることが推測される」と原告が冠攣縮性狭心症を基礎疾患として急性心筋梗塞を発症したことを窺わせる記載があるが,冠攣縮性狭心症の診断がなされたのがそのころであり,原告が急性心筋梗塞を発症した平成11年9月24日当時に原告が冠攣縮性狭心症に罹患していたかどうかを決するに足りる証拠がなく,原告が冠攣縮性狭心症を基礎疾患として急性心筋梗塞を発症したとまでは断定できない。),前記認定のとおり,原告が現実に急性心筋梗塞を発症した以上,何らかの血管的病変等の基礎的疾患が増悪して急性心筋梗塞を発症するに至ったものと推認できる。
イ 原告の業務の過重性について検討するに,前記認定のとおり,原告が急性心筋梗塞を発症する前6か月間の労働時間数等は,労働時間集計表のとおりであり,これによると,①原告が急性心筋梗塞を発症する前6か月間における各時間外労働時間数は40分から85時間30分,特に,発症前1か月間の時間外労働時間数は85時間30分であり,②発症前2か月間ないし6か月間の1か月当たりの時間外労働時間数は42時間24分から78時間35分である。発症前1か月前の時間外労働時間数は,専門検討会報告書によると業務と発症との関連性が強いとされる1か月当たり100時間を超えるものではなく,発症前2か月間ないし6か月間の時間外労働時間数も,業務と発症との関連性が強いとされる1月当たり80時間を超えるものではない。しかしながら,特筆すべき点として,労働時間集計表によると,原告は,夏休みの後の平成11年8月19日から同年9月4日まで,5日の休日労働を含めて17日間連続して勤務し,同月5日(日)の休日を挟んで同月6日から同月14日まで,2日の休日労働を含めて9日間連続して労働し,同月6日から同月13日までの期間については概ね1日当たり2時間から4時間の時間外労働に従事していたことを指摘することができる。一般に,労働による疲労を回復するために少なくとも1週間に1日程度の休日をとることは必須であるとされるところであり(労働基準法35条1項参照),原告の認識としては,同年8月,9月ころが特に忙しく,原告は,早朝の午前6時台に出勤したり,夜10時以降に帰宅することもあったこと(〈証拠省略〉)や私有自動車使用届兼燃料代請求書(〈証拠省略〉)によると原告が同年9月に1日当たり私有自動車を100キロメートル超えて走行させた日が散見される(9月10日,17日,20日,24日)ことなどを併せ考慮すると,原告が,夏休みを終えた同年8月19日以降,17日間と9日間連続して勤務し,同年9月6日から同月13日まで2時間から4時間程度の時間外労働に従事したことなどにより,疲労の回復が困難となり,短期間のうちに通常の労働よりも多大な疲労を蓄積していったことを推認することができる。これに加えて,発症前2か月間ないし6か月間の時間外労働時間数のうち最大の発症前2か月間の時間外労働時間数が78時間35分であって,業務と発症との関連性が強いとされる80時間に近い時間数であることも考慮すると,原告が急性心筋梗塞を発症する前に従事していた業務は,量的に過重なものであったと評価することができる。
また,前記1(4)イ・ウのとおり,原告の業務は,大阪府及び兵庫県に所在する各取引先への見積り作成,商品の打合せ,完成商品の納入等の業務のために相当程度広範囲の移動を必要とする業務であり,原告は移動のために自ら運転する私有自動車を主として使用していたのであって,自動車の運転等の移動による負担も無視できないところである。当時,原告には,直属の部下がなく,自ら担当する上記のような業務について自ら行わなければならなかったことも考慮すると,原告の業務は,質的にも相当程度過重なものであったと評価することができる。
ウ 次に,原告の有していた心臓疾患のリスクファクターについて検討する。
(ア) Y1社が,平成11年6月14日,従業員に対して実施した健康診断の結果(〈証拠省略〉)によると,原告は,当時,心臓について特段の異常を指摘されておらず,血清総コレステロール値が217mg/dl,LDLコレステロール値が152.2mg/dl〔217mg/dl〈総コレステロール値〉-48mg/dl〈HDLコレステロール値〉-84mg/dl〈中性脂肪値〉/5=152.2mg/dl〕,肥満度が20パーセントであったが,肥満については正常又は僅かな異常で心配ないとの診断であったことが認められる。専門検討会報告書(〈証拠省略〉)によると,高脂血症については,血清総コレステロール値又はLDLコレステロール値と虚血性心疾患発症率には正の相関がみられ,血清総コレステロール値が220/mgを超えると,虚血性心疾患の発症率が増加してくるとされるところ,原告の総コレステロール値は,217/mgであって,220/mgを超えるものではない。もっとも,動脈硬化性疾患予防ガイドライン(〈証拠省略〉)による脂質異常症の診断基準であり,冠動脈疾患による死亡率の相対危険度が1.5倍とされるLDLコレステロール値140mg/dlを超えていて,原告は,当時,虚血性心疾患等の発症に関するリスクファクターとなる高脂血症を有していたということができる。
(イ) 前記3(1)ア(イ)認定のとおり,原告は,平成10年6月23日以降,a24クリニックに通院し,抑うつ状態,不安神経症,発症時期が平成8年10月ころと診断されており,また,P医師に対し,夫婦間の生活がうまくいっておらず,安定感を欠く生活であった旨を述べて,上記精神疾患発症の原因の1つとして妻との関係の悪化を挙げるなど,平成11年9月当時も,妻との関係が良好でなく,家庭生活においてストレス要因があったと認められる。もっとも,前記1(1)イ認定のとおり,原告が妻と別居したのは平成12年4月以降であり,原告は,急性心筋梗塞を発症した平成11年9月25日当時は妻と同居しており,そのストレスの程度が重いとまでは評価できない。
エ 以上にみたとおり,原告の業務が量的に過重なものであり,質的にも相当程度過重なものであったこと,一方で,健康診断の結果によっても,原告の心臓に異常は認められておらず,原告の虚血性心疾患のリスクファクターとして高脂血症が挙げられるものの,専門検討会報告書によると高脂血症のリスクファクターにより虚血性心疾患の発症率が増加してくるとされる血清総コレステロール値の基準値を超えていないこと,家庭生活におけるストレス要因は見受けられるものの,その程度が重いとまでは評価できないこと,原告についてそのほかにみるべき虚血性心疾患のリスクファクターを認められないことなどを総合的に考慮すると,原告が有していた血管病変等の基礎疾患が,原告が従事していた業務に起因する過重な負荷によってその自然的経過を超えて増悪し,急性心筋梗塞を発症するに至ったというべきであり,上記の業務による過重な負荷が急性心筋梗塞の発症の原因となったものとして,原告が従事していた業務と急性心筋梗塞の発症,原告が後遺障害として残した陳旧性心筋梗塞との間に相当因果関係を認めるのが相当である。
オ また,M医師の意見書(〈証拠省略〉)には,原告が冠攣縮性狭心症を基礎疾患として急性心筋梗塞を発症したことを窺わせる記載があること,原告は,急性心筋梗塞を発症した平成11年9月25日以降も,2度にわたりa9市民病院に再入院し,平成13年12月20日以降a11内科に通院し(〈証拠省略〉),a11内科の平成14年2月18日付け診断書(〈証拠省略〉)に労作時前胸痛があり,階段昇降時,急いで歩行した際に狭心症症状が出現する旨の記載があり,東京本社に転勤した後も,平成17年1月19日からa12クリニカを,同年2月2日からa3病院を受診し,(〈証拠省略〉),F医師の平成17年3月23日付け診断書(〈証拠省略〉)には,「労作性狭心症,陳旧性心筋梗塞」との記載があることなどからすると,原告が一環して狭心症症状を訴えており,狭心症の診断がなされていたことなどに照らせば,原告の後遺障害の1つである冠攣縮性狭心症についても,確定診断がなされたのが平成17年5月27日に実施された検査の結果であることを考慮しても,原告が発症した急性心筋梗塞及び陳旧性心筋梗塞と一連の疾患とみるべきであり,原告の業務との間に相当因果関係を認めるのが相当である。
カ これに対し,被告は,一般に心筋梗塞の後遺症で狭心症となるものではないことなどからすると,原告が発症した冠攣縮性狭心症は,急性心筋梗塞と一連の疾患ではなく,原告が従事した業務に起因するものではないと主張し,Q医師の平成21年11月8日付け意見書(〈証拠省略〉)には,一部これに沿う部分がある。
上記意見書は,急性心筋梗塞の後遺症として冠攣縮性狭心症を発症することが考えにくいとの医学的知見に基づき,原告が急性心筋梗塞を発症した平成11年の6年後である平成17年に冠攣縮性狭心症の診断がなされたものであることや,数年間は胸痛発作による通院歴が全くないことを前提に,原告が発症した冠攣縮性狭心症は,急性心筋梗塞と一連の疾患であると考えるのは無理があるとするものであって,原告が急性心筋梗塞を発症した後に冠攣縮性狭心症を発症したとの事実関係を前提とするものである。しかしながら,このこと自体を確実に認めるに足りる証拠はなく,前記のとおり,原告が冠攣縮性狭心症を基礎疾患として急性心筋梗塞を発症したことを窺わせるM医師の意見書(〈証拠省略〉)があることに照らしても,直ちに採用し難い。さらに,原告が急性心筋梗塞を発症した後に数年間は胸痛発作による通院歴が全くないとする点も,前記エにおいて認定したとおり,原告が急性心筋梗塞を発症した後も狭心症症状を訴えていたのであるから,前提事実を誤認しているものとみざるを得ない。以上によれば,上記意見書により,直ちに原告に発症した急性心筋梗塞が冠攣縮性狭心症と一連の疾患ではないと認めることはできない。
5  争点(3)(原告の業務と精神障害発症との間の因果関係)について
(1)  一般に,精神障害は,環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じることにより発症するものであって,ストレスが非常に強ければ個体側の脆弱性が小さくても精神障害を発症するし,逆に,個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生じるとされる(ストレス-脆弱性理論・〈証拠省略〉)。このような考え方によれば,労働者に発症する精神障害は,業務による心理的負荷のほか,業務外の心理的負荷や労働者の心理的反応性,脆弱性の個体側の要因といった様々な要因が考えられるから,業務と精神障害の発症との間に相当因果関係があるというためには,これらの要因を総合考慮した上で,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,当該精神障害の発症が業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものであるということが必要であるというべきである。具体的には,勤務時間,職務内容等が過重であるために当該精神障害を発症したと認められるかどうかをまず判断し,これが認められる場合に,業務外の心理的負荷や精神障害の既往症や性格的要因等の個体側の要因を判断し,これらが存在し,業務よりもこれらが発症の原因であると認められる場合でない限り,相当因果関係を認めるのが相当である。
そして,前記のとおり,相当因果関係の有無の判断が社会通念によるものであることからすると,その判断は,当該労働者と同種の業務に従事し,遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する労働者(以下「平均的労働者」という。)を基準とすることを原則とすべきである。
しかしながら,あらゆる場合に,相当因果関係の有無を判断するに当たって,平均的労働者を基準とすることは妥当でない。すなわち,企業が,身体障害者等の障害を有する者を雇用して業務に従事させた場合,施行設備や職場環境を改善したり,特別の雇用管理や能力開発等を行うなど当該障害者の障害の程度に即して当該労働者の安全に配慮することが求められるところ,平均的労働者と同程度に労働することが困難な障害者が精神疾患等の発症等の災害が発生したことについて企業の安全配慮義務違反の有無を判断する場合の前提要件である業務と災害の発生との間の相当因果関係の有無について,平均的労働者を基準とすると,業務と災害の発生との間の相当因果関係を認めるのが実質的に困難になり,障害者が企業の安全配慮義務違反を理由として責任を追及する道を閉ざすことになりかねない。また,企業が障害者を障害者と知りながら雇用し,業務に従事させた場合には,当該障害を有する労働者を基準として業務と災害の発生との間の相当因果関係の有無を判断したとしても,企業にとっても,酷な結果をもたらさないと考えられる。そこで,企業が,身体障害者等の障害者をその者が障害を有することを知りながら雇用し,又は,障害を負ったことを知りながら雇用を継続した場合には,当該障害を有する労働者を基準として,業務と災害の発生との間の相当因果関係を判断するのが相当である。
そして,前記認定のとおり,Y1社は,原告が心臓機能障害について平成13年12月28日付けで身体障害者等級4級に認定された後も,原告の雇用を継続し,業務に従事させた以上,身体障害者等級4級に相当する心臓機能障害を有する労働者を基準として,原告の業務と原告が発症した精神障害との間の相当因果関係の有無を判断するのが相当である。
(2)  以上を踏まえ,原告の業務の過重性について検討する。
ア 前記2(2)ウ判示のとおり,原告の心臓機能障害は,労災則9級の7号の3に該当するものであって,これは,概ね6METsを越える強度の身体活動が制限され,例えば,平地を健康な人と同じ速度で歩くのは差し支えないものの,平地を急いで歩く,健康な人と同じ速度で階段を上るという身体活動が制限されるものをいうとされる。また,原告は,東京本社総務部において勤務していた平成16年4月当時,身体障害者等級4級に認定されていたところ,身体障害者等級4級の心臓機能障害者は,家庭内の通常の活動や極めて温和な社会生活には支障がないが,それ以上では著しい制限があるため,座業程度が限界であるとされる(〈証拠省略〉)。かかる知見をもとにして,原告の業務の過重性について検討する。
前記認定のとおり,原告は,平成16年4月以降,東京本社総務部にて,部長代理として社員の採用,社員階層別教育等の取りまとめ業務に従事し,平成16年7月ころは,産業医との面談においても,仕事がおもしろいなどと述べるなど,順調に業務に従事していたことが窺える。平成17年3月31日に始まった平成17年度の新入社員研修においては,Y1社のほか,2社と合同して新入社員研修を実施することとなり,新入社員数は12名とそれほど多いとまではいえないものの,前年度と比較すれば,新入社員研修の業務量は増加したものとみられる上,ほかの総務部のスタッフによるサポートはあったものの,原告が講義等の新入社員研修のカリキュラムを最も多く担当しており,Y1社による終業時間である午後5時15分に近い午後5時まで講義を行い,研修の最終日である同年4月28日には終業時間を過ぎた午後6時まで講義を行うこともあり,講義後のレポートの評価・総括などの業務もあることからすると,相当程度の時間外労働を要する状況であったとみられ,実際にも,上野労働基準監督署において集計した原告の時間外労働時間数をみても,原告は,新入社員研修の開始準備が必要となったとみられる同年3月の時間外労働時間が29時間とその前月と比較して10時間増加し,同年4月の時間外労働時間が42時間と,原告が平成17年6月ころに精神疾患を発症する前6か月間の中で最も長時間となっている。もっとも,脳・心臓疾患の発症に関する前記の専門部会検討報告書に照らすと,健常人については1月当たり45時間を超える時間外労働時間が認められない場合は,その日の疲労が睡眠等で回復し,疲労の蓄積が生じないとされ,業務と発症との関連が弱いとされるが,常識に照らして考えてみても,心臓機能障害を残すために身体活動が制限される者は,健常人と同様の労働をした場合であっても,健常人よりもより疲労が蓄積されるものと考えられることに照らし,労働時間そのほかの量的な面からみて,原告の業務は相当程度過重なものであったということができる。
イ 次に,原告の業務の質的な面についてみるに,前記1(11)ウのとおり,原告は,当初,原告以外の総務部の者が担当する予定であった現地研修をBに頼まれて急遽代わって引率することがあったのであるが,身体障害者等級4級の心臓機能障害者は,家庭内の通常の活動や極めて温和な社会生活には支障がないが,それ以上では著しい制限があるため,座業程度が限界であるとされることに照らすと,時間中ずっと立ち仕事となる現場研修の引率は,心臓に過度の負担をかけることとなるおそれがあり,質的に過重に過ぎる業務であったといわざるを得ない(原告本人は,現場見学の引率が身体的・精神的に最もつらかったと供述し,これは医師からも危険な行為であるとして止められていたと供述する。〈証拠省略〉)。
また,前記1(13)認定のとおり,原告は,東京本社に転勤後,西船橋社宅の3階に居住し,ラッシュアワーの時間に立っての長時間の通勤を避けるため,各駅停車の電車を利用するなどして片道当たり1時間30分もの時間をかけて通勤していたのであり,前記1(16)認定の産業医との面談結果などをみても,長時間の通勤時間が原告に精神的ストレスを与えていたことが認められる。さらに,原告が主張するような,「早く仕事せんかい。」「いつも身体のことを理由にするな。」,「早く仕事をしろ。」,「お前は仮病やろ。ウソばかり言うな。」との苛烈なパワーハラスメントとなるような発言や,「顔は元気そうやのに,ほんとうに身障者か。」などと原告に対する差別的な発言があったことを認めるに足りる的確な証拠はないが,前記1(12)認定のとおり,原告とBとのやり取りにおいて,原告又はBが「心臓が悪いので身障者には見えにくく,腕の一本でもなかったら身障者に見えるのに。」などと話したことがあったのであり,上記発言から,原告が残していた心臓機能障害が目に見えないものであるために,上司であったBをはじめとするY1社の者に十分な理解が得られておらず,原告が職場において精神的ストレスを感じていたことが窺われる。
(3)  次に,業務外の心理的負荷,個体側の要因について検討する。
ア 原告が,業務外で精神的ストレスを感じる要因となり得るものとして,妻と別居し,離婚協議中であることが挙げられるが,かかる出来事の一般的な心理的負荷の程度は大きいものと考えられるが,原告が妻と別居を開始したのは,平成12年4月からであって,原告は,東京本社に転勤した際も,単身で社宅に入居したのであり,人は,ある状態が一定期間継続すれば,その状態に適応,順応していくのが一般的であり,そのような一定の秩序によってある状態に本人が適応,順応したことで当該出来事による心理的負荷は納得,整理されて理解され,その期間は長くても数か月という単位で,この場合も時間の経過と共に心理的負荷は徐々に弱まっていくというのである(〈証拠省略〉)から,平成12年4月から別居し続けていた妻との関係が,原告が平成17年6月に発症した精神的障害の発症の要因となり得るほどの精神的負荷であったとは考え難い。
イ 前記1(3)認定のとおり,原告は,平成10年5月1日付けでa23市民病院医師に自律神経失調症と診断され,その後もP医師に同様の診断をされるなどして,Y1社を同日から同年10月31日まで休業したことがあった上,C医師の平成19年4月24日付け意見書では,原告のパニック障害,うつ病の発症時期が平成7年10月との記載があり,P医師の平成19年7月3日付け意見書(〈証拠省略〉)では,抑うつ状態の発症時期が,平成8年10月とあるなど,原告には精神疾患の既往症があったことと認められる。しかしながら,上記のP医師の意見書によれば,原告が平成11年9月に急性心筋梗塞を発症した後は,徐々に投薬数を減少させてお守り的な使用となった旨の記載があり,原告が急性心筋梗塞のため入院していたa9市民病院を退院した同年10月17日から本件転倒事故のあった平成17年5月27日までの間,原告が精神疾患を発症又は増悪させたことを認めるに足りる証拠はなく,B等のY1社の関係者も原告の言動等に異常を感じていなかった旨を述べていることにも照らすと,前記の原告の精神障害の既往症が,原告が平成17年6月ころに発症した精神疾患に関係しているとはみられない。
ウ 原告の性格的傾向について,前記の原告本人及び関係者の供述をみても,原告が若干執着心が強い性格であることが窺われるものの,うつ病の発症に寄与する性格を有していたとまでは認められない。
(4)  以上にみた,原告は,身体障害者等級4級の心臓機能障害を有するにもかかわらず,原告が東京本社において従事していた業務が,平成17年3月から4月にかけての時期が繁忙であり,特に同年4月の時間外労働時間数は42時間に及び現場見学等の一日中立ち仕事となる業務にも複数日従事していたことなどからすると,原告の業務は,後遺障害等級4級に相当する後遺障害を有する原告を基準にすれば,量的・質的に相当程度過重であって,船橋市所在から東京本社までの1日1時間30分を要する出勤を続けたことにより負担がかかる状況であったこと,B等の職場の上司から心臓機能障害について十分な理解が得られておらず,日頃の業務において原告が精神的ストレスを感じていたことが窺われることなども考慮すると,社会通念上,原告が平成17年6月に発症した精神障害の原因となり得る程度の疲労の蓄積や精神的ストレスをもたらす過重なものであったと認められ,他方,妻との関係の悪化など業務外の要因について有力なものは認められず,原告の精神疾患の既往症も平成17年6月に原告が発症した精神疾患に関連しているとはみられないことなどを考慮すると,原告が,業務よりも有力な発症要因となるような精神疾患に対する脆弱性を有していたと認められないから,原告の従事していた業務と平成17年6月に原告が発症した精神疾患との間に相当因果関係を認めるのが相当である。
6  争点(4)(Y1社の安全配慮義務違反)について
(1)  一般論
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険があることは,周知のところであり,このことからすれば,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。
(2)  心臓機能障害に関する安全配慮義務違反
Y1社は,原告から旅費請求書(〈証拠省略〉)や私有自動車使用届兼燃料代請求書(〈証拠省略〉)の提出を受けることにより(これらには,当時の原告の上司であったD部長の旅費が発生した日に近接した日付の押印がある。),原告が夏休みを終えた平成11年8月19日以降,数時間の時間外労働や休日労働を行い,疲労を過度に蓄積して心身の健康を損なう危険があることを認識することができたのであるから,原告の心身の健康を損なうことがないよう,人員増加や役割分担を実施するなど,原告の業務負担を軽減する措置を講じる義務を負う。しかるに,Y1社は,これを怠り,漫然と原告に過重な労働に従事させたものであり,原告に対して負う上記の安全配慮義務を怠ったものといわざるを得ない。
ちなみに,原告は,旅費請求書(〈証拠省略〉)や私有自動車使用届兼燃料代請求書(〈証拠省略〉)に記載のない日(平成11年9月4日,18日,23日等)にも出勤していたのであるが,仮に,Y1社において,上記日にちに原告が出勤したことを知らなかったとしても,平成11年8月28日,29日や同年9月11日,12日などの土日に連続して出勤していたことはこれらを見れば知ることができることなどからすると,原告が疲労を過度に蓄積して心身の健康を損なう危険があることを認識することができたというべきであるから,Y1社において,原告が旅費請求書(〈証拠省略〉)や私有自動車使用届兼燃料代請求書(〈証拠省略〉)に記載のない日に出勤していたことを知らなかったことは,前記判示を左右しない。
(3)  精神障害に関する安全配慮義務違反
Y1社は,原告が身体障害者等級4級に該当する心臓機能障害を残した後も,原告の雇用を継続し,平成16年4月以降,原告を東京本社総務部に異動させて業務に従事させるに当たり,身体障害者等級4級の心臓機能障害者は,家庭内の通常の活動や極めて温和な社会生活には支障がないが,それ以上では著しい制限があるため,座業程度が限界であるとされる(〈証拠省略〉)との報告があることなどに鑑み,ラッシュアワーの時間の長時間の通勤,長時間の立ち仕事や時間外労働をできる限り避けるなどして,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して原告の心身の健康を損なうことがないようできる限り配慮する義務を負う。しかるに,Y1社は,原告を東京本社に転勤させるに当たり,健常者であっても通勤に70分を要し(〈証拠省略〉),朝のラッシュアワーの時間では満員電車での通勤を余儀なくされる西船橋社宅への入居を勧め,原告が産業医等に対して通勤の負担の軽減を求めていたのに対して,フレックス通勤,勤務時間短縮,配置転換等を検討していたものの,結局これらを実現せず,平成17年度の新入社員研修の際,原告に対して長時間の立ち仕事となる現場見学の引率をさせるなど,健常人と変わらない程度の労働をさせていたものであって,原告に対して負う上記の安全配慮義務を怠ったものといわざるを得ない。
(4)  小括
以上によれば,Y1社は,原告の心臓機能障害発症及び精神障害発症に関し,原告に対して負う安全配慮義務違反に違反したのであるから,Y1社の地位を承継した被告は,民法415条に基づき,心臓機能障害及び精神障害の発症により原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
7  争点(5)(素因減額の有無及びその程度)について
(1)  高脂血症
前記4(4)ウ(ア)判示のとおり,原告は,急性心筋梗塞を発症する前である平成11年6月14日当時,冠動脈疾患による死亡率の相対危険度が1.5倍とされるLDLコレステロール値140mg/dlを超えていて,原告は,当時,虚血性心疾患等の発症に関するリスクファクターとなる高脂血症を有していたのであり,これが,原告の急性心筋梗塞,原告が残した心臓機能障害の発症に寄与していたものとみられる。もっとも,同判示のとおり,原告の総コレステロール値は,217/mgであって,専門検討会報告書によると虚血性心疾患の発症率が増加してくるとされる220/mgを超えるものではないことからすると,その程度を重くみることはできない。
(2)  妻との関係の悪化
前記1(1)イ認定のとおり,原告は,平成12年4月から,妻と別居を開始し,離婚協議中であって,原告が精神障害を発症したのが平成17年6月であって,別居を開始してから5年以上経過していたことからすると,その心理的負荷がうつ病の発症に寄与したものとはみられない。
(3)  原告のうつ病の既往症
前記1(3)認定のとおり,原告は,自律神経失調症でY1社を休職したことがあり,また,前記5(3)イ判示のとおり,C医師の平成19年4月24日付け意見書では,原告のパニック障害,うつ病の発症時期が平成7年10月との記載があり,P医師の平成19年7月3日付け意見書では,抑うつ状態の発症時期が,平成8年10月とあるなど,原告には精神疾患の既往症があったことと認められ,必ずしも原告が平成17年6月に発症した精神障害と強く開係しているとまではいえず,それ自体が素因減額の事由となるものではない。前記5(3)ウのとおり,原告の性格的傾向は,若干執着心が強い性格であることが窺われるものの,ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因として斟酌することはできないというべきである(最高裁平成10年(オ)第217号,同年(オ)第218号平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)ところ,上記の原告の性格的傾向は,いまだ原告の従事していた業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではない。したがって,原告の性格的傾向を心因的要因として斟酌することは相当でない。
(4)  判断
以上によれば,原告の心臓機能障害の発症には,原告が当時有していた高脂血症のリスクファクターが身体的要因として寄与していたものと認められるから,原告の損害額を決定するに当たり,公平の観点から,民法418条を類推適用して,これを斟酌するのが相当である。その割合は,原告の急性心筋梗塞の発症に関する基礎疾患の有無及びその程度が証拠上明らかでなく,原告が急性心筋梗塞を発症する前に血管病変,心臓疾患等の重い基礎疾患を有していたとまで断定できないこと(前記4(4)ア),原告の総コレステロール値が217/mgであって,専門検討会報告書によると虚血性心疾患の発症率が増加してくるとされる220/mgを超えるものではないこと,高脂血症が原告の心臓機能障害の発症にのみ寄与していることなどを考慮し,原告に生じた全損害額から2割を控除するのが相当である。
8  争点(6)(損害)について
(1)  損害額
原告は,次のとおり,Y1社の債務不履行により,合計4056万6959円の損害を被ったことが認められる。
ア 逸失利益 3246万6959円
(ア) 基礎収入
原告の平成16年の収入が786万8439円であり,平成17年の収入が740万5000円であることは当事者間に争いがなく,証拠(〈証拠省略〉,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,平成20年以降,原告に収入がなく,現在も原告が就労していないことが認められる。弁論の全趣旨によれば,Y1社の定年が60歳であることが認められ,原告が障害を残すことがなければY1社において稼動することができる蓋然性を認めることができるのは,60歳までと認められるから,原告が60歳になるまでの基礎収入は,前記の原告の平成16年度の収入額である786万8439円と認め(原告は,平成17年5月27日までしかY1社において就労しておらず,同年の収入を基礎収入とするのは相当でない。),60歳より後から67歳までは,平成19年度賃金センサス産業計・企業規模計・男性労働者男子労働者大卒60歳以上の平均賃金額である667万6700円と認めるのが相当である。
(イ) 労働能力喪失率
原告の心臓機能障害が労災則別表第1の9級7号の3に該当するものであること,原告の精神障害が同別表第1の14級9号に該当するものであることなど,その内容及びその程度に照らし,40パーセントと認めるのが相当である。
(ウ) 就労可能年数
前記2(1)ウのとおり,原告の心臓機能障害の症状固定日は,平成19年11月14日である。原告の精神障害についての症状固定日については,これを明らかにする証拠がないが,原告が平成17年5月27日に症状固定し,平成19年8月8日をもって休職期間満了によりY1社を退職することとなったことに照らし,遅くとも平成19年には,原告の精神障害が症状固定するに至ったものと認めるのが相当である。原告(昭和30年○月○日生)は,平成19年当時,52歳であるから,就労可能年数は,67歳までの15年となる。
(計算式)
{7,868,439円×6.5886〈8年のライプニッツ係数〉+6,676,700円×(10.9808〈15年のライプニッツ係数〉-6.5886)}×0.40=32,466,959円(1円未満切捨て)
イ 慰謝料 810万円
前記認定のとおり,原告が,①平成11年9月25日から同年10月17日まで(3日),平成12年1月17日から同月21日まで(5日),平成13年7月10日から同月11日まで(2日)a9市民病院に,②平成17年5月27日から同月29日まで(3日)a1病院に,③同月30日(1日)にa13接骨院に,④同月31日から同年6月20日まで(21日)a3病院にそれぞれ入院したことが認められること,原告が残した心臓機能障害及び精神障害の程度などを考慮すると,慰謝料額は,810万円であると認めるのが相当である。
(2)  厚生障害年金・傷病手当金の損益相殺
前提事実(8)のとおり,原告は,本件の口頭弁論終結日である平成22年12月8日までに厚生年金法に基づく厚生障害年金として357万3841円,健康保険法に基づく傷病手当金として319万6918円の各給付を受けたところ,厚生年金法及び健康保険法に基づく給付が,労災保険等に基づく給付と比較して社会保険的性格が強いことに鑑み,後記の素因減額をする前の原告の消極損害額(後遺症逸失利益額)から控除するのが相当である。そうすると,損益相殺後の原告の後遺症逸失利益額は,2569万6200円であり,慰謝料810万円と合計した金額は,3379万6200円となる。
(3)  素因減額
前記7において判示したとおり,原告の素因を考慮して,原告に生じた全損害額から2割を減額するのが相当であるから,素因減額後の原告の損害額は,2703万6960円となる。
(4)  労災保険給付金の損益相殺
前提事実(8)のとおり,原告は,障害補償一時金として554万9854円の給付を受けており,これは,素因減額後の原告の損害から控除するのが相当であるから,損益相殺後の原告の損害額は,2148万7106円となる。
(5)  弁護士費用
Y1社の安全配慮義務違反と相当因果関係のある弁護士費用は,210万円であると認めるのが相当である。
(6)  総計 2358万7106円
9  結論
以上によれば,原告の請求は,2358万7106円及びこれに対する平成20年6月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長井浩一 裁判官 岡田慎吾 裁判官 倉知泰久)

 

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