判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(287)平成20年 5月23日 東京地裁 平19(ワ)8575号 報酬金請求事件
判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(287)平成20年 5月23日 東京地裁 平19(ワ)8575号 報酬金請求事件
裁判年月日 平成20年 5月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平19(ワ)8575号
事件名 報酬金請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2008WLJPCA05238004
要旨
◆被告から委任を受けた弁護士である原告が何ら正当な事由なく委任契約を解除されたとして報酬金を請求した事案において、算定すべき出来高は存在せず、被告による解約は正当なものと認めるのが相当であるとして、原告の請求を棄却した事例
参照条文
民法643条
民法648条3項
商法512条
裁判年月日 平成20年 5月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平19(ワ)8575号
事件名 報酬金請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2008WLJPCA05238004
大阪市〈以下省略〉
原告 X
訴訟代理人弁護士 森理俊
同 松尾園子
東京都練馬区〈以下省略〉
被告 Y
訴訟代理人弁護士 玉越久義
同 柴崎崇
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成16年10月1日から支払済みまで年5分の割合の金員を支払え。
第2 事案の概要等
本件は,弁護士である原告が,被告から委任を受け,訴外株式会社テツコーポレーション(以下「テツコーポレーション」という。)の経営を巡る紛争につき,委任内容に沿った業務を遂行していたにもかかわらず,被告は何ら正当な理由なく委任契約を解除し,故意に報酬金の停止条件の成就を妨げたと主張し,条件は成就したものとみなされるとして,委任契約に基づく報酬金を請求する事案である。
1 当事者間に争いない事実及び証拠により容易に認定できる事実
(1) 原告は,大阪弁護士会に所属している弁護士である。
(2) 被告は,昭和60年6月頃,日用品雑貨,服飾雑貨,装身具,玩具,陶器,美術工芸品の販売並びに輸出業などを目的とする,テツコーポレーションを設立した(事業自体は,昭和57年頃から個人事業として始めていた。)。同社は,平成14年7月期決算における売上は約22億円,営業利益は約1億3800万円であり,平成15年7月期決算における売上は約19億円,営業利益は約1億2800万円であった(甲28)。
(3) 後に,JTS(後記のとおり)の代表取締役となる訴外Aがテツコーポレーションに入社し,同人は,同社の経理,管理いっさいを掌握するようになった。その後,同人は,日用品雑貨,服飾雑貨,装身具,玩具,陶器,美術工芸品の販売並びに輸出業などを目的とする,訴外株式会社ジェイ・ティー・エス(以下「JTS」という。)を設立し,テツコーポレーションの顧客を移したり,従業員の引き抜きを行い,被告とAとの間ではテツコーポレーションの経営権を巡る紛争があった。
(4) 被告は,原告に対し,平成16年5月18日,テツコーポレーションの経営権を巡る紛争の解決にかかる交渉等を委任した。
(5) 同年8月23日,原告と被告は,原告が所有する,豊中市〈以下省略〉所在の居宅・車庫及びその敷地につき,権利者を原告の知人の経営する会社とし,売買予約を原因とする架空の所有移転請求権仮登記を設定した。
(6) 被告は,同年9月30日,原告に対し,委任契約を解除する旨の通知をした(甲8)。
(7) 平成17年7月11日頃,被告は,原告の知人から仮登記の抹消に必要な書類の交付を受け,同登記は抹消されたものの,原告は,同月12日,弁護士報酬1000万円を被保全権利として,前記居宅・車庫を仮差押えした。
2 争点及び原被告の主張
(1) 争点
原告が主張する1000万円の報酬請求権の発生の有無
(2) 原告の主張(請求の原因)
ア 被告は,原告に対し,平成16年5月18日,テツコーポレーション及びJTSにおける経営権を巡る紛争の解決にかかる交渉及び被告がテツコーポレーションが抱えている債務についての連帯保証債務(同社の池田銀行ら金融機関12社及びリース会社など5社に対して負担している合計約5億円以上の債務の連帯保証債務)の債権者との減額交渉などの事件処理を委任し,原告はこれを受任した。
イ 原告は,被告に対し,上記事件処理を受任するにあたって,弁護士報酬について,平成14年4月1日施行の大阪弁護士会報酬規程(以下「旧報酬規程」という。)に基づき,業務処理により獲得した利益あるいは負担を免れることとなった負債金額などの経済的利益をもとに算出することを説明した。
(ア) 16条
着手金及び成功報酬として,経済的利益の額を基準として,次のとおり算定する。
a 経済的利益の額が300万円以下の部分(以下同じ。)
着手金8パーセント,報酬金16パーセント
b 300万円を超え3000万円以下の部分
着手金5パーセント,報酬金10パーセント
c 3000万円を超え3億円以下の部分
着手金3パーセント,報酬金6パーセント
d 3億円を超える部分
着手金2パーセント,報酬金4パーセント
(イ) 44条3項
委任契約の終了につき,会員に責任がないにもかかわらず,依頼者が会員の同意なく委任事務を終了させたとき,依頼者が故意又は重大な過失により委任事務処理を不能にしたとき,その他依頼者に重大な責任があるときは,会員は,その委任事務が成功したものとみなして弁護士報酬の全部を請求することができる。
ウ 原告は,平成16年8月30日,被告に対し,旧報酬規程に準拠し,本件事件処理の対価たる報酬額は1250万円であり,既に支払済み(請求済みの金員を含む。)の着手金250万円を除く1000万円を,本件事件処理完了による事件解決を条件として支払う合意をした。
エ 被告は,原告に対し,平成16年9月30日,本件委任契約を解除する意思表示をした。
オ 原告と被告は,本件事件処理の完了に向けて,平成16年8月31日頃,同日付けの基本合意書を締結し,同年9月27日頃,基本合意書の細目を規定するための同日付けの確認書を締結しており,被告の委任契約の解除行為がなければ,原告による本件事件処理が完了した蓋然性が高かった。また,上記基本合意契約によって,被告の本件連帯保証債務に目途をつけ,被告とテツコーポレーション及びJTSとの関係も整理することができた。これによる具体的な経済的利益は,免除された,被告のテツコーポレーションに対する不当利得返還債務の2000万円,同じく本件連帯保証債務合計の5億円及び被告が所有する不動産につきなされていた根抵当権を抹消することによって可能となった不動産の売却価額約8100万円の合計6億100万円を下らない。
カ 原告は,被告に対し,平成19年4月14日,本件訴訟における訴状送達をもって,被告の解除は,何ら正当な理由のない解除通知であり,旧報酬規程44条3項または民法130条に基づき,本件解除通知を条件成就とみなす旨の意思表示をした。
キ よって,原告は,被告に対し,本件事件処理委任契約における報酬特約に基づいて,報酬金1000万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成16年10月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告の主張
ア 請求原因に対する認否
請求原因事実のうち,原告に事件処理を委任した事実及び委任契約を解除した事実は認めるが,委任事務の内容について否認する。
イ 本件委任契約の内容について
本件委任契約の趣旨は,Aによる専横的な行動を阻止し,テツコーポレーションの経営を正常化させることにあり,委任事務の内容は,Aの上記行為を差し止め,被告を無視して対外的活動を行わしめないことである。具体的な方策として,A案として,被告が退職金として1億2000万円を受領し,すべての役職を退任し,かつ,Aがすべての債務を引き継ぐというもの,B案として,一定期間後にAがすべての役職を退任するという二通りの解決方法が挙げられた(甲20)。ただし,被告の主眼としては,あくまでも,自らが設立して経営していた同社に対する被告の実質的な経営権を取り戻すことにあった。
ウ 金融機関などに対するテツコーポレーションの債務について連帯保証人となっていた被告は,金融機関などから請求を受け,被告が所有する自宅などの不動産に対する仮差押えなどを免れるため,原告は,原告法律事務所の職員が経営している株式会社リアルシステムを権利者とする所有権移転請求権仮登記を設定させた。
エ 報酬合意の不存在
(ア) 旧報酬規程は,原告が原被告間で報酬合意が成立したと主張する,平成16年5月当時には既に廃止されている。これを基準に合意することは不自然であり,旧報酬規程に準拠した報酬契約がなされていないことからしても,合意は成立していないと言わねばならない。
(イ) 平成16年4月1日施行の弁護士の報酬に関する規定(平成16年2月26日会規第68号)5条2項によれば,弁護士は,法律事務を受任したときは,弁護士の報酬に関する事項を含む委任契約書を作成しなければならないとされ,委任契約書の作成が義務づけられているところ,本件においては,報酬契約書は作成されていない。仮に,原告が旧報酬規程に準拠して説明したとしても,具体的に,報酬基準によって,どのような場合にいくら報酬が発生するのかについては説明をしていないのであるから,本件委任契約は,民法上の原則どおり無償である。
オ 経済的利益について
(ア) 原告が主張する2000万円の免除であるが,被告は,テツコーポレーションの株式を100パーセント保有する株主であるから,同社の資産を役員報酬や経費として使用しても何ら非難されるべきものではなく,不当利得返還義務を負うものではない。まして,Aが原告に対して請求できるものではない。
(イ) 原告は,連帯保証債務の免除が合計約5億円以上であるなどと主張するが,基本合意書・確認書において債務免除はされておらず,これを経済的利益とすることはできない。
(ウ) 被告が所有する不動産には,先順位の担保権が存在し,池田銀行の根抵当権が抹消されたとしてもその価値はない。そもそも,基本合意書の作成時には,池田銀行に対する残債務は存在しなかったのであるから,原告が池田銀行と交渉した結果,上記担保権が抹消されたものではない。
カ テツコーポレーションの各得意先への販売利益は,年平均で1億6185万2000円であった。同社が5億円の負債を抱えていたとしても,経営を継続することは十分に可能であり,むしろ,同社は相当の利益が見込まれた企業である。しかるに,基本合意書では,被告の不当利得とはならないはずの同社の2000万円の預金について,被告が返還義務を負わないという条件で,同社をAに譲渡するという合意がされており,原告の本件委任事務処理の結果は,同社が,事実上,Aに乗っ取られた状態を追認したにすぎず,特段の成果は認められないと言うべきである。
キ 本件は旧報酬規程44条3項,または,民法130条の適用を受ける事案ではない。仮に,適用されるとしても,被告が委任契約を解除したことにつき,次のとおり正当な理由がある。
(ア) 本件において,被告の望む形での解決とはならなかったこと,委任契約書が作成されていないにもかかわらず,高額の報酬を請求されたことによって,被告は,原告に対して不信感を抱いて解除に及んだものである。かかる不信感が真摯なものであることは,わざわざ,解任に及ぶ前に,大阪弁護士会の市民相談窓口において担当弁護士に相談したことからも認められる。そして,市民相談の結果,やはり原告に対する不信感を払拭できないことによって解任するに至ったのであって,成功報酬を免れるという背信的な目的を有していなかったのであるから,旧報酬規程44条3項,または,民法130条の適用はないと言うべきである。
(イ) 原告に対しては,平成19年9月25日付けをもって,大阪弁護士会より戒告処分がなされている。処分の対象となったのは,①平成16年8月時点では委任契約書を作成することに困難な事由が止んだにもかかわらず,委任契約書を作成しなかったこと,②架空の仮登記に関与したこと。③原告は,被告が仮登記抹消を必要とする事情を了知しながら,被告の自宅不動産に対して仮差押えをしたことの3点である。①,②は,被告による解任前に存在した事由であり,弁護士会からの戒告処分を受けるような事由が存すること自体,解任の正当性を裏付けるものである。
3 抗弁(一部弁済)
被告は,原告に対し,本件委任契約の報酬として440万円を支払った。
4 抗弁に対する認否
弁済の抗弁のうち,被告が250万円を支払ったことは認めるが,その余は否認する。
第2 当裁判所の判断
1 請求原因について
(1) 争いない事実等,甲1ないし51,乙1ないし5,原告本人,被告本人及び調査嘱託の結果並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,他にこの認定を左右すべき証拠はない。
ア 被告は,テツコーポレーションの創業者であり,同社の株式をすべて支配している。Aは,同社に勤務する従業員であったところ,被告の承諾なく,同社の代表者として代表取締役の登記がされた。Aは,平成16年2月頃には,JTSの本店所在地及びテツコーポレーションの本店所在地を同一の場所に移転し,同社にあった被告の机や椅子などを排除した。なお,同社の本店所在地を移転することについて,Aは被告の承諾を得ていない。原告は,平成16年6月下旬頃,Aに対し,原告法律事務所事務員であるB及び被告の代理人としてCをJTSの常駐の管理者とし,テツコーポレーション宛ての電話をすべて管理する旨告知した。このことからは,原告が,テツコーポレーションとJTSとは,ほぼ一体の関係にあることを認識していたことがうかがわれ,原告は,テツコーポレーションの経営権の回復を図ろうとした。しかるに,最終的には,Aが同社の得意先などを,Aが支配するJTSに譲り渡すなどの基本契約を締結した。
イ テツコーポレーションの代表者であった被告は,同社の銀行等金融機関からの借入について連帯保証しており,債務保証金額は平成16年8月末日時点で4億9388万3847円であった。
ウ Bの調査によれば,テツコーポレーションの株式については,平成14年7月期に,D及びAがそれぞれ20株を取得しているとのことであるが(甲28),Aの資料によれば,被告が同社の株式を100パーセントを保有しているとされている。
(2) 弁護士報酬権の発生について
原告は,Aが連帯保証債務を支払う旨の公正証書を作成すれば委任事務は完成し,弁護士報酬権が発生するなどと主張する。原告が被告に対して説明したという旧報酬規程における報酬請求権の発生要件として,その12条には,「委任事務処理により確保した経済的利益」と規定されているところ,この「経済的利益」とは,客観的,かつ,金銭的な評価をいい,依頼者が取得,維持,または,回復しようとする金額,または,目的物の時価相当額のことをいうと解するのが相当であり,本件においては,被告の連帯保証債務が法的に免除されたときの金額と判断するのが相当である。
(3) 本件委任契約の内容について
ア 平成16年5月下旬頃の,被告のAに対する要求事項は,①AがJTSを設立したこと自体が違法であり,同社とテツコーポレーションは,事実上,同一会社であり,Aは,JTSの現状を説明して関係書類を開示し,テツコーポレーションの財務等の開示をすみやかに実行すること,②全体が把握される間,被告の経費を一定額に定めてこれを支払い,決めた額を超えるときは事前に経理に報告すること,③JTS内にテツコーポレーションの電話を至急設置して適切な対応をすること,④被告,A及び弁護士または代理人で各銀行に挨拶に行って現状を確認すること,⑤池田銀行の被告の自宅の根抵当権をはずすことといったものであり,解決案として,被告はすべての役職を退任し,1億2000万円の退職金が支給され,Aがすべての責務(債務)を引き継ぐ(A案),一定期間後,Aがすべての役職を退任する(B案)などが示されていたことは争いがない
イ 以上によれば,本件委任契約の内容は,被告が主張するとおり,Aの行為を差し止め,テツコーポレーションの経営を正常化させることであり,同社の株式譲渡を含む基本合意書を締結していることなどからすれば,Aが退任するか,被告がすべての役職を退任し,Aがすべての債務を引き継ぐなどして,被告がすべての連帯保証債務を免れることが委任事項であったと判断するのが相当である。これについては,原告自身,テツコーポレーション及びJTSの経営権にかかる紛争の解決及び被告の連帯保証債務につき,債権者との間で減額交渉をすることであったことを認めており,現実に作成した基本合意書によって,被告は債務を免れ,これによる経済的利益は約5億円は下らないなどと主張するのであるから,退職金の額はともかく,上記二つの事項のうちのいずれかが実現することが委任契約の内容であったことは明らかである。
ウ 甲22は,平成16年5月下旬頃,被告が作成して原告に交付したメモであるところ,メモによれば,被告は,テツコーポレーションを退く代わりに1億2000万円の退職金を求めていたことが認められる。若干の日時の食い違いがあるものの,原告も,この時期にメモに記載されている被告の要求事項を認識しており(原告本人調書27頁末尾から同28頁17行目),被告の要求事項を原告が認めていることからすれば,同社を退く代わりに1億2000万円の退職金が支給されることが委任契約の内容になっていたことは論を待たない。原告は,本件事件の処理の方向付けが明確になったのは平成16年8月30日であり,そのとき,委任内容について合意がなされたと主張するが,基本合意書の作成によっては,被告の連帯保証債務が法的に免除されるものとはされていないことから,これをもって,委任の内容が定まったものとは認めることができないし,上記日時頃に,被告に1億2000万円の退職金が支給されないことになった上,Aに債務保証をしてもらうことを主とした委任内容に変更されたということでもない。被告の原告に対する委任の内容は,テツコーポレーションから被告が撤退するのであれば,1億2000万円の退職金が支給されること及び同社が抱える負債についてのすべての連帯保証債務から解放されることを柱とするものである(これについては,原告自身,被告からすれば当然の要求であることを認めている。原告本人調書28頁18行目から21行目)。
(4) 報酬の合意について
ア 被告は,原告に対し,平成16年4月13日に費用として10万円を,同年5月18日に150万円を,同年9月1日に200万円を,同月16日に合計66万円をそれぞれ支払ったことが認められる(順に甲24,25の1,26の1,27)。
イ 原告は,旧報酬規程を基準として被告に本件事件の報酬概要を説明したなどと主張し,その時期は平成16年5月18日ではなく,同年4月13日であったという(原告本人尋問)。しかし,原告が上記日時頃に本件事件を具体的に受任しているとは認められず,報酬の仕組み自体は旧報酬規程に準拠するとしても,本件事件について具体的に根拠を示したことにはならないから,被告に報酬規程を示して報酬についての説明をしたとは到底認めることはできず,他にこの認定を左右すべき証拠はない。原告は,平成16年5月18日,大阪弁護士会の報酬規程を適用し,経済的利益の額を基準に弁護士報酬金が決まることを説明したなどとも主張するものであるが,原告の主張は,報酬の算定根拠も不明で,履行すべき内容において明確でないと言わざるを得ない。具体的説明は,その後の平成16年8月30日に甲23のメモに基づいてはじめて説明し,1000万円の報酬を請求したなどと,その主張を変遷させ,それに沿う供述をするが,報酬を説明したという日時が一貫しておらず,原告が作成した上記メモによれば,経済的利益は任意整理事件の5億円とされているが,これは従前主張していた6億1000万円金額とも異なる。また,5億円は連帯保証債務額とされているから,原告が報酬請求の根拠とするところの旧報酬規程(甲7)28条3項によって,債務の減免により任意整理事件が終了したときの報酬金については26条3項が準用され,更に同規定によって16条の標準表が準用されることになるが,28条3項では,経済的利益の額は,免除債権額を考慮して算定するとされているので,被告が法的に請求権が消滅したことによって債務の負担を免除されなければならないのに,それには至っていない。この他,上記メモには,履行の完成をしたときの1000万円の成功報酬について何ら記載がされておらず,単に,報酬金額標準額2738万円と記載があるにすぎないこと,この標準額を被告に説明したとの具体的な主張,立証がなされていないことなどに照らすと,成功報酬を1000万円とする説明をしたことを認めるのは困難と言うべきであり,弁護士報酬規程に違反するにもかかわらず,委任契約書が作成されていないことからしても,事前に成功報酬を1000万円とする説明をした上,原被告間で合意をしていたと認めることもできない。
ウ 原告は,Aが債務を負担する旨の公正証書を作成すれば,報酬請求権が発生するなどと主張する。基本合意書によれば,債務をAが負担するとされているだだけで,口頭弁論終結時点においても,金融機関などの債権者に対する連帯保証債務が法的に免除等されて消滅したとする証拠はなく,被告の債務は法的に免除されておらず,被告が連帯保証債務を負っていることは明らかであり,被告が経済的利益を取得したとして成功報酬が直ちに発生したとは認めることができないのは後記のとおりである。よって,原告の,原被告間において成功報酬の合意が成立したとして,これに基づく1000万円の請求は理由がない。
(5) 被告の経済的利益について
ア 被告は,被告の委任内容の柱とも言うべき1億2000万円の退職金が支給されないばかりか,そもそも,原告が被告の退職金についてAと交渉したことをうかがわせる証拠は何ら存在しない。
イ 乙2の弁護士の報酬に関する規程2条によれば,弁護士の報酬は,経済的利益,事案の難易,時間及び労力その他の事情に照らして適正かつ妥当なものでなければならないとされ,得られた経済的利益を中心として,弁護士の労力や事案の難易などを加味して,当事者の自治に委ねられているということができる。しかし,専門家である弁護士は,その内容について説明する義務を負い,内容は,可視的なものである必要があり,そのために契約書の作成が義務づけられている。これは,弁護士が,高度な専門的法律事務を行うにあたって,法律専門家としての弁護士に課せられた説明義務を前提とした報酬請求の発生要件義務と言うべきものである。しかるに,本件においては,具体的に説明を行ったことを示す証拠は提出されておらず,他にこれを認めるに足りる証拠もなく,かえって,報酬契約書の作成がされていないことは争いがない。
ウ 加えて,本件においては,経済的利益は確定的に債務を免れたことであり,その発生時期は,各債権者から債務の免除を得たときであり,そのときはじめて原告の報酬請求権が発生すると解するのが相当である。これについては,甲14の基本合意書によれば,すべてが被告と対立する関係にあるAの意思にかからしめられ,債権者である各金融機関との間における保証契約の解除などはいっさいされておらず,法的な債務免除とはほど遠いものである。原告は,各債権者と交渉して債務免除を得る必要があるところ,そのための職務執行は認められず,到底,債務免除の成果があったとは言えない。原告は,被告は2000万円の不当利得返還義務を免れたというが,テツコーポレーションの売上げ規模,被告が同社のすべての株式を支配していること,平成16年度は給与が支給されていないこと,原告に対して資金使途を明確に示していることなどから,2000万円の資金の帰属については,Aとの交渉の条件とはならないと言うべきである。被告の自宅不動産に設定した架空の仮登記の権利者は,原告の事務所に非常勤で勤務している知人(B)が経営する会社であり,甲23のメモにも,上記仮登記にかかる登録免許税が費用として記載され,原告が被告に説明していること,上記仮登記を抹消するのに必要な書類を原告が取得していること,原告とBとは15年来の付き合いであって,本件においても原告の職務執行の履行補助者であるというのであるから(原告本人調書21頁4行目以下),架空登記についての責任から原告は免れるものではない。差押えが不可欠というのであれば,これを被告の経済的利益と算定すべきところ,そのような緊迫性を示す証拠はなく,担保権の極度額からもこれを認めるのは困難と言わざるを得ない。上記仮登記は不必要な仮装登記というほかなく,原告の主導においてなされたものとみるのが自然である。
エ 各債権者との間で債務免除の交渉をしていないこと,経営分析は会計士が行ったこと,委任後の方針を被告が示していること(甲22),原告は,テツコーポレーションの経営権奪回の法的手続などを行わず,かえって,被告の経営能力のなさを非難し,Aと数十回打ち合わせをしていることを自認していることなどに照らすと,被告の,基本合意書の内容はAの会社乗っ取りを追認したにすぎないとの主張を是認せざるを得ない。原告は,委任の内容を何ら実現していないだけでなく,各種の名目をつけ,本件事件の報酬を受け取った。この他,シティバンク事件の着手金として30万円を,田内事件では66万円をそれぞれ受け取ったが,シティバンク事件では,内容証明郵便を送付しただけであり,田内事件においては訴状を提出したにすぎない。これらに照らしても,原告の成功報酬権など発生しないと言うべきである。
(6) 原告の報酬は出来高としていくらが相当か
原告の具体的な委任内容の実現行為としては,基本合意書の作成行為以外に見あたらない。しかも,これによっては,自ら昭和60年に創業した,年商約20億円を稼ぎ出すテツコーポレーションを手放し,連帯保証債務については,単に,Aが責任を持つというにすぎず,法的に免除されたものではなく,自宅に設定された担保権の解除は,原告が交渉していないだけでなく,基本合意書作成時には,池田銀行に対する負債は存在せず,これについては,原告は何の仕事もしていないと言われてもやむを得ないと言わねばならない。被告は,原告による不当な報酬請求のために,新たな生活をする資金にするべく自宅を売却したくともできなかったことを考慮すると,成功報酬が発生したとは到底言い得ない。被告は,いま現在,連帯保証債務を免れておらず,今後,金融機関からの請求を受けることが予測されることに鑑みれば,算定すべき出来高は存在しないと言うべきである。
(7) 被告の委任契約の解約が報酬請求権の発生原因といえるか
ア 成功報酬権の発生根拠となるような成果は認めることができないから,報酬請求権それ自体を認めることができない。
イ 乙5によれば,被告は,平成16年2月23日に日立キャピタル株式会社の連帯保証契約を締結したとされているが,被告は上記日時頃には本社に行っていないことが認められ,保証契約を締結したこと自体,不自然と言わねばならない。
ウ 原告としては,被告がテツコーポレーションの創業者であり,かつ,100パーセントの株式を保有する株主であることからすれば,被告の経営権の回復を目途として,法律の専門家としてAの専横を押さえるべく法的手続をとるべきであり,それができなければ,適切な法的助言をして,各債権者と交渉して債務免除を取り付けるべきであるのに,各債権者との交渉はまったくしていないことを自認するばかりか,Aが債務負担をすれば,依頼を受けた仕事が完成し,被告には5億円の経済的利益が生じ,原告は1000万円もの多額の報酬請求権を有するとして,被告の自宅不動産に仮差押えをすることは理解し難いと言わざるを得ない。Aから経営権を剥奪するための職務を行った証拠はないことから,被告が,自らの依頼に対する弁護士としての原告の行動に対して不信の念を抱くこともやむを得ないところであり,被告は,弁護士会への相談を経て,断腸の思いで原告に対する委任を解消したとみるほかなく,被告の解約は正当なものと認めるのが相当である。
2 以上によれば,原告の主張は認めることはできない。
3 よって,原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 江守英雄)
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