判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(257)平成22年 2月26日 東京地裁 平20(ワ)30974号 損害賠償等請求本訴事件、不当利得返還等請求反訴事件
判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(257)平成22年 2月26日 東京地裁 平20(ワ)30974号 損害賠償等請求本訴事件、不当利得返還等請求反訴事件
裁判年月日 平成22年 2月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)30974号・平21(ワ)1638号
事件名 損害賠償等請求本訴事件、不当利得返還等請求反訴事件
裁判結果 本訴請求棄却、反訴請求棄却 文献番号 2010WLJPCA02268040
要旨
◆原告と被告との間で、原告を貸主、被告を借主とする中途解約が認められない賃貸借契約が成立したのに、被告が同契約を解約したために、原告が、被告に対し、損害賠償を求め、仮に同契約が成立していないとしても、契約締結準備段階に入っていた原告と被告との間で、被告が正当な理由なく同契約の締結を拒絶したとして、損害賠償を求めた事案(本訴請求)において、原告と被告との間に賃貸借契約が成立したとは認められないとし、原告と被告との間に信頼関係が築かれ、契約締結交渉の成熟度が高くなっており、信義則上の注意義務が発生したと認めるまでには至っていなかったというべきとして本訴請求を棄却した事例
◆原告と被告との間に賃貸借契約が成立していないことが明らかであり、被告が原告に対し送金した申込証拠金の返還を拒んだだけでなく、原告が損害賠償を求める本訴を提起したのはきわめて悪質であるとして、被告が、原告に対し、不当利得の返還及び不法行為に基づく損害賠償を求めた事案(反訴請求)において、賃貸借契約が成立しない場合でも、原告が被告に対して本件保証金を返還せずに保持していることがきわめて不相当で公序良俗に反するとは認められず、原告の利得が法律上の原因がないと評価することはできないなどとして、不当利得の成立を否定し、本訴提起は違法ではなく不法行為が成立するともいえないとして反訴請求を棄却した事例
参照条文
民法415条
民法601条
民法703条
民法709条
裁判年月日 平成22年 2月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)30974号・平21(ワ)1638号
事件名 損害賠償等請求本訴事件、不当利得返還等請求反訴事件
裁判結果 本訴請求棄却、反訴請求棄却 文献番号 2010WLJPCA02268040
平成20年(ワ)第30974号 損害賠償等請求本訴事件
平成21年(ワ)第1638号 不当利得返還等請求反訴事件
東京都新宿区〈以下省略〉
原告(反訴被告) サーブコープ東京株式会社
原告(反訴被告)代表者代表取締役 A
原告(反訴被告)訴訟代理人弁護士 牛嶋龍之介
同訴訟復代理人弁護士 今村憲
原告(反訴被告)訴訟代理人弁護士 新井由紀
同 中山達樹
東京都千代田区〈以下省略〉
被告(反訴原告) 弁護士法人E-ジャスティス法律事務所
被告(反訴原告)代表者社員 B
被告(反訴原告)訴訟代理人弁護士 増田崇
同訴訟復代理人弁護士 光岡健介
被告(反訴原告)訴訟代理人弁護士 林浩靖
同 西村國彦
同 簑原建次
主文
1 原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。
2 反訴原告(被告)の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用中,本訴に生じた費用は原告(反訴被告)の負担とし,反訴に生じた費用は被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 本訴原告の請求(本訴請求の趣旨)
被告(反訴原告。以下「被告」という。)は,原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し,5893万6662円及びうち5161万2000円に対する平成20年11月11日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで,うち732万4662円に対する平成21年4月17日(平成21年4月14日付訴えの変更申立書送達の日の翌日)から支払済みまで,各年6分の割合による金員を支払え。
2 被告の請求(反訴請求の趣旨)
原告は,被告に対し,1115万1380円及びうち407万円に対する平成20年10月11日から支払済みまで,うち708万1380円に対する平成21年1月23日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで,各年5分の割合による金員を支払え。
第2 前提事実(当事者間に争いのない事実)
原告は,オフィス家具,備品や通信設備,電話秘書サービス等を兼ね備えたオフィスのサブリースを提供する株式会社であり,被告は,弁護士法人である。
第3 事案の概要
本訴請求は,原告が,原告と被告との間で,原告を貸主,被告を借主とする中途解約が認められない賃貸借契約が成立したのに,被告が同契約を解約したために,被告に対し,原告に生じた損害の賠償を求め(債務不履行に基づく主位的請求),仮に同契約が成立していないとしても,契約締結準備段階に入っていた原告と被告との間で,被告が正当な理由なく同契約の締結を拒絶したために,被告に対し,原告に生じた損害の賠償を求めた(契約締結上の過失による予備的請求)事案である。
反訴請求は,被告が,原告と被告との間に賃貸借契約が成立していないことが明らかであり,被告が原告に対し送金した申込証拠金407万円の返還を拒んだだけでなく,原告が損害賠償を求める本訴を提起したのはきわめて悪質であるとして,原告に対し,不当利得返還請求権及び不法行為による損害賠償請求権に基づき,同申込証拠金の返還及び弁護士費用の支払いを求めた事案である。
第4 争点
1 原告と被告との間で,賃貸借契約が成立したか。
2 被告に,契約締結上の過失が認められるか。
3 被告の407万円の返還請求の可否。
4 原告の本訴提起が不当提訴であるとして不法行為が成立するか。
5 原告,被告の各請求額
第5 争点に対する当事者の主張
(争点1・原告と被告との間で,賃貸借契約が成立したか。)
1 原告の主張
(1) 原告と被告とは,平成20年10月8日,原告を貸主とし,被告を借主とする,以下の内容,条件の賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。
賃貸物件 東京都千代田区〈以下省略〉所在aビル(以下「本件ビル」という。)27階のエグゼクティブオフィス10室(以下「本件物件」という。)
契約期間 平成20年10月24日から12か月間の固定契約
賃料 月額244万2000円の割引賃料
管理費 月額23万1000円
固定費(月額)
① IP電話22万円,② 電話取次サービス6万9800円,③ ブロードバンドインターネットコネクション20万円,④ インターネット使用料10万円,⑤ 社名掲示板1万3500円
保証金 407万円
特約 契約期間は12か月の固定契約であり,期間中の中途解約は認められない。
契約期間中に中途解約する場合,賃借人は,賃貸人に対し,12か月分の割引前の賃料月額407万円と既払割引賃料との差額を支払う。
(2) 本件賃貸借契約締結に至る経緯
ア 被告は,平成20年10月24日,入居していた建物を退去しなければならなくなった。
イ 被告代表者,被告従業員のC(以下「C」という。)が,同年9月30日,本件物件を内覧し,賃料等の見積もり依頼をした。原告と被告は,同日以降,休日以外,連日,本件物件の賃貸借についてやりとりをした。
ウ 原告従業員のD(以下「D」という。)は,同年10月2日,Cに対し,見積書を電子メールに添付し,送信した。
エ Dは,被告に対し,本件賃貸借契約の保証金が407万円であることを伝えており,被告が値引きの申入れをしたところ,Dは,同月6日,値引きできない旨回答した。
オ Dは,同月7日,Cに対し,他の客から本件物件の見学についての問い合わせがあったこと,本件物件を確保するには保証金407万円の支払いが必要であることを伝えたところ,Cは,振込先口座を教えて欲しい旨回答したので,Dは,メールで,原告の振込先口座を教えた。
カ 被告は,同月8日,原告に対し,保証金407万円を送金した。
キ Dは,保証金407万円の送金があったので,同日,賃貸借契約書(以下「本件賃貸借契約書」という。)を直ちに作成し,被告に対し,契約締結に必要な登記簿謄本,印鑑登録証明書,保証人の身分保証書・住民票等の準備を依頼したところ,Cは,同月9日,これを承諾し,同日午後3時に来所すると約束した。これにより契約書調印日が決定したが,Cが来所せず,同調印日は,同月10日夕方に変更された。
ク Cは,同日午後5時,来所し,Dが本件賃貸借契約書に押印を求めたところ,Cは,突然,Dに対し,本件物件ではスペースが足りないので,契約を取りやめる(解約する)旨告げた。
このときまで,被告が本件賃貸借契約の締結を否定するような言動は,一切なかった。
(3) 原告と被告は,平成20年9月30日から同年10月8日までの間に交渉を重ね,本件物件の賃貸借条件を認識,認容しており,本件賃貸借契約の内容(本件賃貸借契約書の記載内容と同じである。)について,原告と被告との間で,確定していたことは明らかである。
そして,被告は,原告から,本件物件を確保するためには,本件賃貸借契約で定める保証金の支払いが必要であるとの説明を受けており,被告は,原告が提示した契約の条件に合意したからこそ,407万円という多額の保証金を振り込んだ。これは,本件賃貸借契約締結の意思表示にほかならない。契約の条件が確定していないのに,407万円という多額の保証金を振り込むことなど,経験則に反する。また,407万円は,本件賃貸借契約における当初の契約金合計774万0590円の半額以上である。
よって,被告が原告に対し保証金として407万円を送金した平成20年10月8日,本件賃貸借契約が成立したというべきである。
(4) 契約書が作成されていないのは,DがCに対し本件物件に他の客からの見学の予約が入ったことを伝えたところ,被告が保証金を送金する旨言ったため,時間のかかる契約書の作成を後日にし,保証金の支払いを先行させたに過ぎないからである。契約書が作成されていないことは,諾成契約である賃貸借契約の成立を何ら妨げるものではない。
(5) 被告代表者は,平成20年9月30日,本件物件を見学に来ており,その後,Cが被告の交渉窓口になっていたに過ぎず(407万円という多額な金員が被告代表者の意思に反して送金されることは考えられない。),保証金407万円の送金後に他に好ましい賃借物件が見つかった被告が,本件賃貸借契約をなかったようにしようと企図したからこそ,被告代表者が本件賃貸借契約書の調印日に同席しなかったのである。本件賃貸借契約書の調印日に被告代表者が同席しなかったことも,本件賃貸借契約の成立を何ら妨げるものではない。
2 被告の主張
(1) Cは,平成20年10月10日,Dに対し,検討した結果,被告が原告と賃貸借契約を締結しないことにした旨述べ,本件賃貸借契約の不成立が確定した。
また,被告代表者は,同日の打合せに同席しておらず,事前に高額な契約となる本件賃貸借契約書を確認もしていなかったのであるから,同日に本件賃貸借契約書の締結が予定されていなかったのは明らかである。
(2) 本件賃貸借契約は高額な取引であり,通常,契約書が作成される種類の取引である不動産取引の契約であるにもかかわらず,契約書の締結がされていない。また,原告と被告との間に,従前から継続的取引関係にあったとの事情はない。本件賃貸借契約は成立していない。
なお,被告は,本訴提起まで,本件賃貸借契約書を見たことがなく,Cが本件賃貸借契約書の締結に応じる旨の発言をしたことはない。
(3) Cは,Dから,本件物件の確保について,賃貸借契約書の締結が必要である旨の説明を受けたことはなく,Cは,Dに対し,一定期間検討のために部屋を押さえて,優先交渉権を確保する方法がないかと質問していたところ,Dは,Cに対し,申込金として1か月分の賃料を支払う必要があると回答した。そこで,被告は原告に対し,契約成立前に交渉権を確保するために授受される金員である申込証拠金として,407万円を送金した。
(争点2・被告に,契約締結上の過失が認められるか。)
1 原告の主張
仮に,本件賃貸借契約の成立が認められないとしても,前記本件賃貸借契約に至る経緯の事情から,原告と被告の間では,本件賃貸借契約書作成の直前に至るまでに交渉が成熟していたことは明白である。
被告は,終始,積極的主導的に契約交渉を進め,本件賃貸借契約が成立直前であったにもかかわらず,何ら正当な理由もなく,本件賃貸借契約の締結を一方的に拒絶した。被告の信義則違反の程度はきわめて重大である。原告には本件賃貸借契約不成立についての落ち度は一切認められない。
被告には,契約準備段階の信義則上の注意義務違反ないし不法行為が成立することは明白である。
そして,事実上,本件賃貸借契約が成立していると評価できる程度に,契約が成熟していたという特段の事情があることに鑑み,本件賃貸借契約が成立していたときに得られるであろう利益についてまで賠償がされるべきである。
2 被告の主張
原告と被告の交渉期間は10日ほど(1週間足らず)であった。また,契約締結の日時が決められていたわけではなく,被告が本件賃貸借契約書を受け取ったこともなく,407万円の送金も交渉権を確保する趣旨であった。さらに,Cは,Dに対し,本件物件では,スペースが不足している点に問題があり,別の物件も検討中であることを伝えていた。
以上から,被告が不当に交渉を長引かせたなどの事情はなく,被告が本件賃貸借契約の成立に向けて信頼を惹起する先行行為や信頼を裏切る行為もしておらず,契約の成熟の程度が高いとはいえない。
被告には契約締結上の過失責任も成立しない。
(争点3・被告の407万円の返還請求の可否。)
1 被告の主張
(1) 前記のとおり,本件賃貸借契約が成立していないことは明らかである。また,被告が原告に対し送金した407万円は,契約成立前に交渉権を確保するために授受される申込証拠金であるから,本件賃貸借契約が成立しない場合には,不返還の合意等特段の事情がない限り,被告に返還されるべきものである。本件においては,原告は,407万円を返還しない旨説明しておらず,到底,不返還の合意を認めることはできない。そして,申込証拠金については,建設省の通達や各都道府県の指導等により,契約が成立しない場合には,全額返還するとの取扱いが定着し,商慣習として確立している。
なお,被告が原告に対し407万円を送金してから,本件賃貸借契約の不成立が確定的になるまで,わずか2日ほどに過ぎず,2日という期間は賃貸借契約の交渉において通常生じうるもので,受忍限度内であり,原告には損害は生じない。
(2) 原告は,申込証拠金407万円の返還を拒むばかりか,かえって被告の債務不履行等を根拠として多額の損害賠償請求(本訴請求)を行っており,原告の行為は,不動産取引実務に照らして,きわめて悪質な行為である。本件賃貸借契約が成立していないことは明白であり,原告は,申込証拠金受領の原則的禁止及び不動産取引契約不成立の場合における受領済み金員の速やかな返還の必要性を十分に熟知していたが,それをまったく無視している。
(3) 被告は,悪意の受益者である原告に対し,不当利得返還請求として407万円の支払いを求めるのに加え,民法704条に基づき弁護士費用の支払いを求める。
2 原告の主張
(1) 原告においては,賃貸借契約締結前に申込証拠金を受領して商談の対象となっている物件を仮押さえするという取扱いを一切行っていない。Dも,申込金や申込証拠金といった言葉を用いて説明したことは一度もない。一般にも契約交渉権を確保するに過ぎない申込証拠金の額は,5万円ないし10万円程度とされている。本件における407万円は,申込証拠金ではない。
Dは,本件賃貸借契約の保証金が407万円である旨を被告に伝え,被告の保証金値引きの申入れを断り,そして,被告は,Dから,原告の振込先口座を教えてもらい,407万円を送金した。
この407万は,本件賃貸借契約に基づく保証金にほかならない。
(2) 本件においては,保証金は,オフィス確保の対価としての性質を有するものと評価でき,その額も賃料の1か月分に過ぎず,不相当に高額とまではいえない。原告は,保証金を他の客の申込みを断った場合に発生する損害にも充当できるので,本件賃貸借契約が成立しなくても,被告にこの程度の金員を支払わせ,原告がこれを返還しなくても,公序良俗違反といえず,不当利得にもならない。被告は,保証金の送金をもって,オフィスを確保できたのであるから,その後に,被告が賃貸借契約を撤回しても,原告は,被告に対し,その返還義務を負う理由はない。
(3) 原告においては,一度振り込まれた保証金を返還したことなどなく,また,本件において,被告が保証金が返還されないことを認識していたのは明らかであり,少なくとも被告は,本件賃貸借契約を締結しなかった場合に,保証金が全額確実に返還されるとの確認をまったくせずに,任意に保証金407万円を支払ったことは明らかであるから,原告が,保証金407万円を保持することは不当でも不公平でもなく,法律上の原因がある。
(争点4・原告の本訴提起が不当提訴であるとして不法行為が成立するか。)
1 被告の主張
本訴提起は不法行為が成立する。すなわち,原告は,交渉期間がわずか10日ほどに過ぎず,かつ,原告と被告との間で契約締結の日時を約したことすらないにもかかわらず,本訴を提起したのであり,原告が自らの主張について,事実的,法律的根拠を欠くものであることを容易に知り得たといえ,本訴提起自体が違法であることは明らかである。
2 原告の主張
被告は,本件賃貸借契約を一方的に解除し,それに伴う責任を回避する態度に終始し,さらに,被告のために誠意を尽くして懸命に対応していたDに対し,威圧的な態度を取るなどした。原告が本訴において被告の債務不履行等に基づき損害賠償請求することは当然のことであり,本訴は,不当提訴されたものなどではない。
(争点5・原告,被告の各請求額)
1 原告の主張
(1) 主位的請求
被告は,平成20年10月10日,本件賃貸借契約を解約する旨申し入れたが,本件賃貸借契約においては,12か月の契約期間中の中途解約が認められないため,被告の同解約申入れは,本件賃貸借契約に違反する。
この被告の債務不履行により,原告には,本件賃貸借契約が継続したならば得られたであろう利益として,以下の損害が生じた。
ア 本件賃貸借契約の特約に基づく割引前の賃料月額407万円に管理費月額23万1000円を加えた額の12か月分に相当する5161万2000円(賃料分4884万円,管理費分277万2000円)。
少なくとも割引後の賃料月額244万2000円の12か月分2930万4000円が損害として賠償されるべきである。
イ 固定費が少なくとも1か月分60万3300円。
(2) 予備的請求
原告は,本件賃貸借契約の開始日である平成20年10月24日以降,本件物件の賃料を得られないという損害を受けた。また,原告は,被告と同時期に本件物件の賃貸借を希望していた複数の見込客について被告から保証金の送金を受けると同時にすべて断ってしまったため,本件物件全室について新たな賃借人を確保することは困難な状態にあり,今後1年間賃借人を確保できない場合もあり得る。
被告の契約準備段階の過失と相当因果関係の範囲内にある原告の損害は,前記(1)の主位的請求と同じ,5221万5300円と解するのが相当である。
(3) 弁護士費用
原告は,本訴提起を余儀なくされたのであり,被告に対し,損害賠償として,旧日本弁護士連合会報酬等基準に基づく弁護士費用672万1362円(経済的利益5221万5300円に対して,着手金・224万0454円,報酬・448万0908円)の支払いを求める。
2 被告の主張
(1) 申込証拠金407万円
(2) (1)についての損害賠償請求(民法704条)としての弁護士費用51万7604円
708万1380円÷(5161万2000円+407万円)×407万円=51万7604円
反訴請求のうち不当利得返還請求額407万円(上記(1))と訴え変更前の本訴請求額5161万2000円の合計額5568万2000円を経済的利益として旧日本弁護士連合会報酬等基準(経済的利益3000万円以上の事件については,着手金・経済的利益の3パーセント+69万円,成功報酬・6パーセント+138万円)で算定したのが上記708万1380円である。
(3) 不法行為による損害賠償請求としての弁護士費用656万3776円
708万1380円÷(5161万2000円+407万円)×5161万2000円=656万3776円
この弁護士費用は,原告の違法な本訴提起により被告に通常生じた損害である。
第6 当裁判所の判断
1 証拠(証人D,証人E,甲1,2,4,8ないし11)及び弁論の全趣旨によれば,原告の事業や営業方法について,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,オーストラリアの上場企業であり,世界16か国,76拠点(日本国内には17拠点)でサービス付レンタルオフィスの賃貸借事業を展開している。
(2) 原告が取り扱うオフィスの賃貸借では,一般のオフィスビルの賃貸借とは異なり,1か月単位の契約期間,賃料1か月分の保証金で,早く契約した者が契約日の翌日から入居できるという運用のため,原告においては,賃貸物件の仮押さえということが行われていない。
(3) 原告においては,客が初期契約金のうち保証金を支払えば,契約書の作成が未了であっても,賃貸借契約を前提に賃貸物件が確保される運用であり,それ以外に賃貸物件が確保される運用はされていない。
そして,原告においては,保証金が支払われると,その旨が社内に一切に通知され,当該賃貸物件について契約済みの扱いとなり,当該賃貸物件の営業活動が一切停止される運用である。一度支払われた保証金については,契約書の作成がされなかった場合でも返還しないものとしており,そもそも原告においては,保証金を入金した客の方から契約を断ってきたことはない。
また,原告においては,賃貸借契約が成立した場合,初期契約金の一部として支払われる保証金については,中途解約されずに契約が終了したら,退去60日後,精算のうえ,借主に対し,返還される運用である。
2 証拠(証人D,証人E,証人C,被告代表者,甲1ないし4,甲5の1・2,甲6の1・2,甲7ないし11,乙2ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告との間の本件物件をめぐる交渉の経過について,以下の事実が認められる(当事者間に争いのない事実も含む。)。
(1) Dは,原告において,マネージャーとの肩書きで営業を担当していた。
Cは,被告の事務局長であり,本件当時,被告の新事務所の選定や引っ越しの事務に関する連絡窓口を担当していた。
(2) 原告は,平成20年9月30日,Cから,原告が扱っている賃貸物件である本件物件について,問い合わせを受けた。
Dは,見学に訪れたCを案内し,本件物件について説明を行った。被告は,当時入居していた本件ビル17階の事務所を同年10月24日には退去しなければならなくなっており,早急に新事務所を探していた。Cは,Dに対し,賃料その他の固定費を月額300万円以内に収めたいこと,他の物件も検討していることなどを述べ,スペースの大きな部屋に入居できないか,他に空き室はないか,他の部屋が空く予定はあるか,その場合の賃料はどうなるのか,賃貸予定のオフィスの外にロッカーを置けないかなど,質問した。
Dは,Cから,前記本件ビル17階の被告の事務所と荷物を見てもらいたい旨依頼され,同事務所を訪ね,書庫,弁護士執務室,会議室,事務局等を案内された。その際,Cは,Dに対し,本件物件を現在と同じような形で使うことができるか,見学した本件物件10室の割り振りやレイアウトを考えて欲しい旨相談した。その後,Dは,Cから,被告代表者を紹介され,C及び被告代表者とともに,本件物件に戻り,案内した。また,Dは,Cの依頼を受け,本件物件10室の寸法をメジャーで実測し,Cに対し,寸法を書き込んだ図面を提出した。
(3) Cは,同年10月1日,被告の事務職員のIT担当者であるF(以下「F」という。)らとともに,本件物件を見学しに訪れ,Fは,Dとの間で,本件物件内のインターネット回線や電話回線等の通信環境について,現物を確認しながら,質疑応答した。
(4) 本件物件について,他の客から見学の申入れがあったため,Dは,すぐにCに対し,その旨を伝えたところ,Cは,本件物件10室でも不足しているので,他の客が1室でも入居しては検討も無駄になると考え,Dに対し,本件物件を確保する方法を質問した。Dは,賃料1か月分相当の保証金を入金すれば,オフィスを確保することができる旨回答した。
(5) Cは,Dに対し,本件物件の見積もりを電子メールで送信するよう依頼した。
そこで,Dは,本件物件の賃料及び管理費のほか,Cから指示されていた各種サービスの料金を含めた見積書(以下「本件見積書」)という。)を作成し,Cに対し,同月2日,電子メールで送信した。
また,本件見積書が添付された前記電子メールにおいて,Dは,Cに対し,Cから質問があった駐車場について,「立体で1台89,250円/月となります。また,保証金が510,000円になります。(こちらはご退去時に全額返金となります。)」との記載をもって回答し,壁の取り壊し費用や原状回復についてのだいたいの額を知らせた。
(6) 本件見積書は,発行日が平成20年10月2日,有効期限が同月16日とされた。
本件見積書のカバーレター(送付書)には,「ご検討中のオフィス確保には賃貸契約書にご署名の上ご返送頂き,初期ご契約金お支払いが必要となります。それまでは,サーブコープの海外拠点を含め全社にてこちらのオフィスのテナント募集を継続させて頂きますことをあらかじめご了承下さい。」との記載がされていた。
本件見積書では,12か月固定契約の場合,定価賃料407万円の40パーセント割引で,割引月額賃料が244万2000円とされ,それに固定費を含めた月額固定費用が327万6300円とされた。
(7) 同月3日,Fが本件物件を訪れ,本件物件のうち主要オフィス4室を自ら採寸したほか,原告のIT担当者から,インターネットサービスその他の通信機能について,詳細な説明を受けた。
(8) Dは,Cに対し,口頭でも,本件見積書の内容を説明し,最大の割引額での提案であることを強調した。Cが,Dに対し,会議室レンタル料金の割引の可否,11室以上レンタルする場合の11室目以降の賃料の割引条件,駐車場料金の割引の可否,保証金の割引の可否について,質問した。
特に,Cは,Dに対し,保証金について,100万円くらいにならないかとお願いしたが,断られ,200万円ではと食い下がったが,再度断られた。Cは,Dに対し,1か月分の家賃とは見積もりの327万6300円でいいのかと質問したところ,Dは,保証金に関しては,割引前の定価賃料1か月分であると回答した。
そして,Dは,同月6日,Cに対し,電子メールをもって,上記質問について回答し,保証金の割引の可否についても,「お値引きをすることはできかねます。4,070,000円となります。」と記載し,回答した。
また,Dは,Cに対し,同月1日に予定されていた他の客の見学が日程変更のため取り消されたことを伝えた。
(9) Dは,同月7日,Cに対し,本件物件について,別の他の客から見学の問い合わせがあったことを伝え,他の客から保証金が先に支払われた場合,本件物件のうち対象物件について,他の客によって確保されてしまうことを説明し,本件物件を確保するには,保証金の支払いが必要であることを伝えた。これに対し,Cは,Dに対し,10室でも足りないため1室でも減るのは避けたい,すぐに振り込めるので,原告の銀行振込先を教えてもらいたいなどと述べた。そこで,Dは,Cに対し,電子メールをもって,保証金の振込先となる原告の銀行口座に関する情報を伝えた。
また,同日,Fが本件物件を訪れ,本件物件を再度確認しに来ていた。
(10) 被告は,同月8日,原告に対し,上記銀行口座に,407万円を送金した。
そこで,Dは,本件物件の賃貸借を検討していた他の客に対し,その申込みを断る旨連絡した。
そして,Dは,本件賃貸借契約書を作成し,被告の事務職員を通じて,Cに対し,契約締結に必要となる,被告の登記簿謄本・印鑑登録証明書,保証人の身分証明書・住民票・印鑑登録証明書の準備を依頼した。その後,Dは,何度もCの携帯電話に電話をかけたが,留守番電話となっていたため,同日中にCと話をすることができなかった。
(11) 本件賃貸借契約書には,以下の内容が記載されていた。
ア 契約時請求額が,保証金407万円,初回月額賃貸料243万6000円,共益費23万1000円等で,合計774万0590円。
イ 契約条件として,正規賃貸料407万円,書面解約通知期間2か月,契約期間12か月(平成20年10月24日から平成21年10月23日まで),同期間の月額賃料243万6000円。
ウ 注釈として,12か月間の固定契約とし,中途解約は認められない。
(12) Dは,平成20年10月9日,Cと連絡が取れ,Cは,午後3時くらいに行けると回答したが,約束の時間を過ぎても現れず,DがCに連絡すると,ミーティングで忙しく行けない,明日の夕方なら行けそうなどと答えたため,翌10日の夕方にCが原告に来社することになった。
(13) Cと被告代表者は,同月10日,被告が現在入居しているbビルを見学し,被告代表者は,賃料,スペース等の点から,本件物件より好条件であったため,bビルに入居することを決め,Cに対し,原告へ断りの連絡をするように指示した。
同日午後5時ころ,Cが原告に来社したので,Dは,本件賃貸借契約を持参し,Cがいた会議室に入ったところ,Cは,Dに対し,新しく雇う弁護士2,3名が本件物件では入りきらないなどと言い出し,本件賃貸借契約書に署名捺印をしなかった。さらに,Cは,Dに対し,「個人的に大手不動産会社の上の人とコネクションがある。まだ,本契約はしていないが,そちらで僕とB(被告代表者)以外のオフィススペースは考えている。御社にすごく迷惑をかけたことは分かっているので,払込済みの保証金を使って,僕とB(被告代表者)のオフィスとして1部屋か2部屋か借りるという内容に変更するように,僕から上に話をあげようと思っている。」などと提案した。
Dが原告社内で検討する旨回答すると,Cは,Dに対し,「御社がペナルティーなどと言っても,僕たちは,法律の専門家なので,そういうことはできないと思う,そういうことにならないように,この保証金を有効に活用したいと思っている。」などと述べた。
(14) 原告は,同月14日,被告に対し,損害賠償請求に関する原告と弁護士の協議が調うまで保証金407万円を保持すること,原告の損害軽減を目的として本件物件について賃借人の募集を開始することを通知した。
Cは,同日,Dに対し,「保証金を全部返してくれとは言っていない。保証金を何らかの形で使って,1つか2つの部屋を借りることはできないかというこちらの意向は伝わっているか。」などと問い合わせをした。
そして,原告は,同月21日,被告に対し,本件賃貸借契約に従った債務の履行を求めるとともに,履行がされない場合には,損害賠償請求する旨通知し,同通知は,同月22日,被告に到達した。
3 争点1(原告と被告との間で,賃貸借契約が成立したか。)について
以下,前記認定事実を前提にし,判断していく。
(1) 確かに,本件物件の賃貸借(本件賃貸借契約)のような原告におけるサービス付レンタルオフィスの賃貸借事業においては,初期契約金のうち保証金の支払いを受ければ,オフィス(物件)が確保され,ひいては,賃貸借契約が締結されたとする運用であったことは認められ,本件においても,Dひいては原告の認識は,平成20年10月8日の原告からの407万円の送金によって,本件賃貸借契約が成立したというものであったと考えられる。
(2) しかし,賃貸借契約については,いったん契約が締結されるとその関係が一定期間継続していくものであり,特に,本件賃貸借契約については,正規賃料が月額407万円であること(割引賃料でも月額244万2000円,もしくは243万6000円であること),12か月間の固定契約で中途解約が認められないことや,契約期間中に中途解約する場合,借主が貸主に対し12か月分の割引前の月額賃料407万円と既払割引賃料との差額を支払うことなど,借主にとって重要かつ責任重大な内容が規定されている。このような契約については,借主とすれば,成立に関して,慎重に期すものと考えられ,貸主側の運用や認識だけではなく,貸主と借主との間の強固な合意があったと認められる場合にして初めて成立するものと解すべきである。
ところで,原告から被告に対しては,本件見積書が交付されたが,事前に本件賃貸借契約書やその案がCひいては被告へ示されたことはなく,結局,被告は,本件賃貸借契約書に署名捺印をしなかった。
また,Dは,証人尋問において,Cに対し,保証金の送金によって,オフィスの確保が可能となるとは説明したが,賃貸借契約が成立するとは説明していないと述べ,DからCへの電子メールにも,保証金の送金により賃貸借契約が成立する旨が記載されたことはなかった。そして,本件見積書のカバーレター(送付書)には,オフィス確保(原告の認識では賃貸借契約の成立と同一である。)には,契約書に署名のうえ返送し,初期契約金の支払いが必要であると記載されており,保証金は初期契約金の一部に過ぎない。被告による保証金407万円の送金が本件賃貸借契約締結の意思表示であったとは認めがたい。
(3) 以上から,賃貸借契約が諾成契約であって,契約書の作成等は不要であり,また,本件見積書と本件賃貸借契約書の内容がほぼ同一であって,DがCに対し中途解約ができないことなどについても説明をしていたことなどの事情をもってしても,結局,本件賃貸借契約書の署名捺印をしなかった被告については,本件賃貸借契約を締結する旨の意思も行為もなかったと言わざるを得ず,原告と被告との間で本件賃貸借契約を成立させるとの強固な合意があったとは認められない。
よって,原告と被告との間では,本件賃貸借契約が成立したとは認められない。
この判断は,後述する407万円(保証金)の送金に関する原告(D)と被告(C)との間のやり取りや,407万円についての法的な意味により,影響を受けるものではない。
(4) 本訴請求のうち,主位的請求には理由がない。
4 争点2(被告に,契約締結上の過失が認められるか。)について
以下,前記認定事実を前提にし,判断していく。
(1) 確かに,原告と被告との間の平成20年9月30日から同月10日までの本件物件の賃貸借についての交渉の経過や,原告と被告(特にC)の具体的言動をみると,本件賃貸借契約の成立へ向けて,原告と被告との間では,信頼関係が築かれつつあったといえなくもない。
(2) しかし,原告の事業や営業方法のあり方,本件見積書の有効期限が平成20年10月16日までの2週間という短い期間で設定されていたこと,CがDに対して他の物件についても検討していることを明らかにしていたこと,本件物件の賃貸借について,被告から原告に対し,更なる値引き等その内容や条件に関してお願いをしたことはあっても,積極的主導的にその交渉を進めていたとまではいえないこと,原告と被告との交渉期間がわずか10日程度であったことなどからすると,本件においては,原告と被告との間に信頼関係が築かれ,契約締結交渉の成熟度が高くなっており,信義則上の注意義務が発生したと認めるまでには至っていなかったというべきである。
いかに被告が本件賃貸借契約の締結を一方的に拒絶したとしても,被告には,いわゆる契約締結上の過失が認められない。
この判断も,後述する407万円についての法的な意味や,本件物件に関する営業活動の停止等の事情により,影響を受けるものではない。
(3) よって,本訴請求のうち,予備的請求にも理由がない。
5 争点3(被告の407万円の返還請求の可否)について
(1) 証拠(証人D,証人C,甲8,乙2)及び弁論の全趣旨によれば,被告から原告への407万円の送金について,以下の事実が認められる。
ア Dは,Cに対し,被告が原告に送金した407万円について,保証金という言葉で説明し,それ以外の申込金や申込証拠金といった言葉で説明したことはなく,契約を前提に保証金を支払えば,オフィスを押さえられる旨説明した。
他方,Cも,Dに対し,申込証拠金といった言葉を使ったことはなかった。
イ Dは,Cに対し,被告が本件物件を借りなかった場合に保証金を返すことができないなどと説明したこともなかった。しかし,Dは,Cに対し,保証金が返還されるという話もしなかった。
他方,Cも,Dに対し,賃貸借契約を締結しなかったら,407万円全部が返ってくるかといった質問をしなかった。
前記認定事実に加え,以上の認定事実を前提にし,以下,争点について,判断していく。
(2) Cは,証人尋問において,Dに対し,407万円について,一定期間検討するためにいったん押さえる,あるいは,一時押さえしたい,仮押さえであるなどと言い,Dからは,あくまでも申込金だから,あるいは,一時金だから,返還されると聞いた覚えがあると述べた。また,Cは,証人尋問において,407万円について,Dの口頭での説明には,保証金という言葉がまったく出てこなかったと述べた。
しかし,原告においては,賃貸物件の仮押さえや,保証金が支払われた場合以外の賃貸物件の確保ということがされておらず,保証金という言葉は使っても,それ以外の申込金や申込証拠金といった言葉は使用されていない。これらのことは,本件見積書や本件賃貸借契約書の記載内容からも裏付けられ,DとCとの電子メールのやり取りにも,本件物件の一時押さえもしくは仮押さえといったことは,話題に出ていない。
以上から,この点に関するCの供述は信用することができず,上記(1)のとおりの事実が認定でき,被告が原告に対し407万円を送金したとき,原告と被告との間では,本件物件を一時押さえ,あるいは,仮押さえするためであるとの合意がされていたとは認められず,本件賃貸借契約が成立しなかった場合の407万円の取扱いについては,必ずしも明確にはなっておらず,返還されるとの合意は少なくともなかったというべきである。
なお,Dは,証人尋問が実施されたその約6か月前に原告を退職しており(証人Dによる。なお,Dは,原告被告双方の申し出により採用された,いわゆる呼出証人であった。),証人尋問において,記憶の有無に従い証言していたと認められ,ことさらに原告にばかり有利な証言をしていたとも認められない。証人尋問での態度や証言内容からして,Dの供述については,信用性が高いものというべきである。
(4) ところで,Cは,証人尋問において,被告代表者に対し,申込証拠金という言葉を使った記憶があると述べ,陳述書(乙2)においても,被告代表者から,契約に至らなくても金は戻ってくるのかと確認されたので,申込証拠金だから戻ってくると答えたと述べている。被告代表者も,陳述書(乙4)において,被告が407万円を送金する前に,Cに対し,仮押さえのための入金なのだから,契約に至らなかったときは当然全額返金されるのか確認したところ,Cが,確認したが申込証拠金なので契約に至らないときは全額返金されると回答したと述べる。
しかし,Cは,証人尋問において,当時,申込証拠金の意味を知らなかったと述べ,被告の原告に対する平成20年10月22日付書面でも407万円について「預り金」と表現し(甲7による。),407万円が送金されるまでのDとCとの具体的なやり取りなどからすると,被告代表者とCとの間で,明確に申込証拠金という言葉が使われたとは考えられず,この点に関する上記C及び被告代表者の各供述は信用することができない。
そうなると,被告が送金する際に407万円について申込証拠金であるとの明確な認識を有していたとは認められない。
(5) 問題となるのは,名称のいかんを問わず,407万円について,原告が被告に返還せずに保持していることが法律上の原因がないと評価されるべきものかどうかである。
被告は,407万円について,申込証拠金であることを前提に,性質上,契約が成立しなかった場合には,返還されるべきものであると主張する。
ところで,申込証拠金とは,一般には,売買契約に先立って授受される売主への交付金のことであり,5万円から10万円程度の金額の場合が多いとされ,申込金,予約申込金,予約金,売止料等の名称で,売買契約成立後は,代金の一部等に充当される。賃貸借契約の場合にも,申込証拠金の授受が行われる場合があるとされる。申込証拠金は,買主等の優先順位の確保や申込意思が真摯であることの証拠として,授受されるものである。
本件において,被告から原告に送金されたのは,本件物件の正規賃料1か月分にあたる407万円であり,一般の申込証拠金のように5万円から10万円程度というものではない。また,被告から原告への407万円の送金については,錯誤や詐欺といった意思表示の欠缺や瑕疵といった問題は存在せず,割引交渉の結果,原告が求めたとおりの金額を被告が了解したうえ,異議なく任意に行われた。原告と被告との間には消費者契約法上の問題は発生し得ない。
そして,407万円が送金されるに至った経過,すなわち,DがCに対して本件物件について他の客から見学の申入れがある旨伝え,Cが他の客が1室でも入居しては検討が無駄になると考え,Dに対し本件物件を確保する方法を質問したところ,Dが賃料1か月分の保証金を入金すればできる旨回答したこと,Cが保証金の割引をお願いしたが,Dがそれを拒否したこと,DがCに対し本件物件について別の他の客から見学の問い合わせがあった旨,他の客が保証金を支払った場合,対象物件が確保されてしまう旨,本件物件の確保には保証金の支払いが必要である旨伝え,Cが1室でも減るのを避けるため,Dから原告の振込先銀行口座を教えてもらい,被告が原告に対し407万円を送金したことなどからすると,原告と被告との間では,保証金407万円が送金されることで,本件物件が確保されるという合意があったものと認めるべきである(ただし,一時的に確保するという合意は認められない。)。そして,実際にも,原告においては,原告の事業や営業方法のあり方に即して,被告から407万円が送金された後,本件物件の賃貸借を検討していた他の客に対し,その申込みを断る旨連絡し,営業活動を一切停止したのであるから,原告は,被告のために,本件物件を確保したということができる。
以上から,被告から原告へ送金された407万円については,賃貸借契約の対象である本件物件の確保の対価ということができるが,直ちに申込証拠金,あるいはそれに類するものとしての性質をもつものではないと解される。そして,原告は,保証金が支払われれば,当該物件についての営業活動を一切停止するという運用をしており,Cひいては被告は,本件物件についても同様の運用であることを認識していたと解すべきである。
また,DからCへの平成20年10月2日の本件見積書添付の電子メールでは,Cから質問があった本件ビルの駐車場の保証金に関し,金額のほかに,退去時に全額返金されるとわざわざ回答されていることから,保証金407万円については返還されないものとCが認識していたのではないかと窺わせる事情も認められる。
保証金407万円は低額とはいえないが,本件においては,原告と被告との間で,それを返還しないとの合意がなかったとまではいい切れず(返還するとの合意がなかったのは前記のとおりである。),これまで繰り返し述べてきた原告の事業や営業方法のあり方,それを被告も認識していたなどの事情からして,賃貸借契約が成立しない場合でも,原告が被告に対して保証金407万円を返還せずに保持していることがきわめて不相当で公序良俗に反するとは認められず,原告の利得が法律上の原因がないと評価することはできないというべきである。
(6) 仮にCが被告代表者に対し407万円が返還されると説明していたとしても,被告代表者は,このことを原告に確認したことがなく,さらには本件見積書の内容を細かく精査したこともなく,保証金の値引きが拒否されたDからCへの平成20年10月6日の電子メールも,Cから見せてもらっていない(被告代表者による。ただし,Cは,証人尋問において,被告代表者に対して同メールを見せたと供述した。)というのであるから,被告代表者ひいては被告は,原告に407万円を送金した際には,その返還の有無に関し,Cの言葉を鵜呑みにしたに過ぎず,そのような被告内部のやり取りが上記判断に何ら影響を及ぼすものではない。
(7) 以上から,被告は,原告に対し,不当利得返還請求権に基づき,407万円の返還を請求することはできず,弁護士費用についても請求することはできない。
(8) よって,反訴請求のうち,不当利得返還請求権に基づく請求には理由がない。
6 争点4(原告の本訴提起が不当提訴であるとして不法行為が成立するか。)について
原告は,本件賃貸借契約が成立したことを前提に,あるいは,本件賃貸借契約が成立していなくても被告に契約締結上の過失が認められるものとして,損害賠償を請求するため,本訴を提起したところ,前記認定事実や前記争点に対する判断からすると,本訴における原告が主張した本件賃貸借契約の成立や契約締結上の過失が事実的,法律的根拠を欠くものであったとは認められず,本訴提起について,著しく相当性を欠くものとはいえない。
よって,本訴提起は,違法ではなく,不法行為が成立することはない。
反訴請求のうち,不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。
7 以上から,争点5(原告,被告の各請求額)については,判断する必要がない。
第7 結論
よって,原告の被告に対する本訴請求も,被告の原告に対する反訴請求も,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 山城司)
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