判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(249)平成22年 7月 7日 東京地裁 平20(ワ)16382号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(249)平成22年 7月 7日 東京地裁 平20(ワ)16382号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成22年 7月 7日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)16382号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 上訴等 控訴 文献番号 2010WLJPCA07078002
要旨
◆原告会社の元取締役であった被告自らが移籍するだけでなく、同被告が在職中統括していた事業部の従業員に対して被告会社への移籍の勧誘をした行為は、取締役としての善管注意義務や忠実義務に違反し、社会的相当性を欠くから不法行為を構成すること、被告会社の代表者には移籍の勧誘にかかる意図において、原告の顧客を奪うなどの意図は認められず、その勧誘方法においても社会的相当性を欠くとまではいえないことをそれぞれ認定した上で、元取締役である被告に対する損害賠償請求を一部認容し、被告会社に対する損害賠償請求は棄却した事例
◆原告会社に生じた損害につき、上記移籍後に原告会社が事業部を他者に事業譲渡している実態はあるものの、それに伴う損害は当該事業譲渡が原告会社の資金繰りに窮していた状態によるものであるとして、元取締役である被告の不法行為と相当因果関係を有する損害であるとはいえないと判断した事例
評釈
久保大作・ジュリ 1441号119頁
岩田合同法律事務所・新商事判例便覧 2991号(旬刊商事法務1953号)
小菅成一・金商 1404号2頁
清水円香・リマークス 45号74頁
田中庸介・法と政治(関西学院大学) 63巻4号205頁
嘉納英樹=大橋さやか・ジュリ増刊(実務に効くコーポレート・ガバナンス判例精選) 175頁
参照条文
民法644条
民法709条
会社法330条
会社法350条
会社法355条
裁判年月日 平成22年 7月 7日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)16382号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 上訴等 控訴 文献番号 2010WLJPCA07078002
東京都渋谷区〈以下省略〉
原告 ブロードアース株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 萬幸男
東京都千代田区〈以下省略〉
被告 株式会社ネクストジェン
同代表者代表取締役 B
神奈川県鎌倉市〈以下省略〉
被告 Y1
被告両名訴訟代理人弁護士 山田敏章
主文
1 被告Y1は,原告に対し,5486万8288円及びこれに対する平成20年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Y1に対するその余の請求及び被告株式会社ネクストジェンに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の8分の1と被告Y1に生じた費用の4分の1を被告Y1の負担とし,原告及び被告Y1に生じたその余の費用と被告株式会社ネクストジェンに生じた費用を原告の負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して,2億2592万3573円及びこれに対する被告株式会社ネクストジェンについては平成20年6月24日から,被告Y1については平成20年6月22日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,原告の取締役であった被告Y1(以下「被告Y1」という。)及び被告株式会社ネクストジェン(以下「被告ネクストジェン」という。)に対し,被告らにおいて,遅くとも平成19年9月ころ,相互に意思を通じて原告の事業部の従業員を引き抜く計画を立て,共同して秘密裏かつ組織的に引き抜き工作を実施し,被告Y1が被告ネクストジェンに移籍するとともに,同事業部の中枢となる技術者及び営業担当者を引き抜いて被告ネクストジェンに移籍させ,これにより原告に損害を被らせたとして,不法行為に基づき(予備的に,被告Y1に対しては会社法423条1項,被告ネクストジェンに対しては会社法350条に基づき),損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実
以下の各事実については,証拠等を掲記する事実は当該証拠等によりこれを認め,その余の事実は当事者間に争いがない。
(1) 当事者等
ア 原告並びに原告の役員及び従業員
(ア) 原告は,日本電気株式会社(以下「NEC」という。)等を株主とし,平成13年の設立以来,通信事業及び映像配信事業を中心として営む情報処理事業者である。
原告の事業は,映像事業部(DTV事業部及びインターネット事業部)とIP電話付加価値サービスの開発及び販売を行うテレコミュニケーション事業部(以下「本件事業部」という。)の二つを基礎としており,本件事業部は,平成19年度において,原告の総売上の約52.8%を占める10億3700万円の売上げを上げていた(甲2の1・1頁,甲3の1・1頁)。
(イ) C(以下「C」という。)は,原告が設立された平成13年から平成20年3月28日まで,原告の代表取締役を務めていた者である(甲2の1)。
(ウ) D(以下「D」という。)は,平成14年に原告に入社し,平成17年3月末日の株主総会で原告の取締役に選任され,平成19年3月に原告の副社長に就任した者である(甲3の1)。
(エ) E(以下「E」という。)は,平成14年に原告に入社し,平成17年秋から,本件事業部の営業を担当していた原告の従業員である。
イ 被告ら
(ア) 被告Y1は,平成17年3月30日から平成19年12月31日まで原告の取締役を務め,その間,本件事業部を事業部長として統括していた者である。
(イ) 被告ネクストジェンは,IP電話システムに関するソフトウェア製品・サービス及びネットワーク構築等のシステム・エンジニアリング・サービスを業務の中心とする情報処理事業者であり,その株式を大阪証券取引所ヘラクレスに上場している。
(ウ) B(以下「B」という。)は,平成17年6月27日から被告ネクストジェンの代表取締役を務める者である。
(2) 被告Y1らの被告ネクストジェンへの移籍
被告Y1は,平成19年12月31日,原告取締役を辞任し,同日に原告を退社した本件事業部の従業員7名とともに,平成20年1月,被告ネクストジェンに入社した。
また,平成20年1月31日,原告の従業員がさらに1名,原告を退社し,同年2月,被告ネクストジェンに入社した。
(3) 本件事業部の事業譲渡
原告は,平成19年12月14日,本件事業部を自ら維持することを断念して本件事業部を譲渡することとし,同月21日,本件事業部の譲渡についての入札を実施した。
上記入札には,被告ネクストジェンも参加したが,原告は,最高価格で入札したフリービット株式会社(以下「フリービット」という。)との間で,平成20年1月30日,本件事業部を4億9000万円で譲渡する旨の事業譲渡契約を締結した。
2 争点
(1) 被告らの不法行為に基づく損害賠償責任の有無
(2) 損害額
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)(被告らの不法行為に基づく損害賠償責任の有無)について
[原告の主張]
(1) 被告Y1の不法行為について
ア 被告Y1らの移籍により原告の経営に多大な悪影響が生じたこと
原告の事業は,映像事業部と本件事業部の2つから構成されていたところ,本件事業部は,平成19年実績で,原告の売上全体のうち約52.8%を占める売上を上げる主要な事業部であった。
被告Y1は,本件事業部の従業員22名のうち,3分の1を超える8名(平成19年12月31日までに7名,平成20年1月31日までにさらに1名)を引き抜き,その中には,マネージャー職にあった従業員の過半数(全11名中6名)が含まれていた。
原告は,平成19年12月ころまでに,複数の会社から出資を得て資金調達を図る予定であったにもかかわらず,上記引き抜きにより,出資を拒絶され,本件事業部を自ら維持することを断念し,フリービットに本件事業部を事業譲渡するに至った。
このように,被告Y1による引き抜きは,原告の経営に多大な悪影響を生じさせたものであり,しかも,被告Y1は,引き抜きを行った当時,原告の取締役として本件事業部を統括する立場にあり,引き抜きが原告に与える悪影響を熟知する立場にあった。
イ 移籍の勧誘に用いた方法が悪質であること
被告Y1は,原告のその他の取締役に何も知らせないまま,秘密裏に被告ネクストジェンとの間で引き抜きの交渉を進め,綿密な計画の下,引き抜きの対象となる従業員を決め,一人ずつ取締役室に呼んで被告ネクストジェンへの移籍を求め,内定通知書を交付し,また,被告ネクストジェンの代表取締役であるBとの面接を設定するなどして,引き抜きを実行した。
また,被告Y1は,原告が,NECからの支援や複数の会社からの出資の内諾を取り付けたことにより,資金調達が可能となっていたにもかかわらず,従業員に対し,原告の経営状況が悪く,本件事業部を被告ネクストジェンに移すことが既に決まっているかのように述べるなど,虚偽の事実を告げて勧誘を行った。
さらに,原告においては,各従業員の年俸その他の雇用情報は,第三者に対し提供してはならないプライバシー情報として取り扱われており,被告Y1は,原告の個人情報保護責任者として,上記取扱いを熟知していたにもかかわらず,本件事業部の従業員らを引き抜く際,各従業員の同意を得ることなく,その雇用情報を被告ネクストジェンに対し開示した。
その他にも,被告Y1は,移籍に先立って,引き抜きの対象であった部下に対して原告における営業活動をしなくてよい旨指示したり,被告Y1とともに移籍することを決断していた原告の営業部長において,Cに対し,原告の顧客に対して被告Y1らが被告ネクストジェンに移籍する旨を通知することや,契約を被告ネクストジェンへ切り替える方法を説明することを提案するなど,原告の顧客を被告ネクストジェンに移すことによる原告の営業妨害を図っていた。
これらの事実を考慮すれば,被告Y1による移籍の勧誘方法が悪質であったことが明らかである。
ウ まとめ
以上からすれば,被告Y1の勧誘行為は,適法な転職の勧誘にとどまるものではなく,社会的相当性を欠く違法な引き抜き行為であり,不法行為を構成することが明らかである。
また,仮に,被告Y1の勧誘行為が不法行為を構成しないとしても,被告Y1は,原告の取締役としての善管注意義務,忠実義務に違反し,会社法423条1項に基づく損害賠償責任を負う。
(2) 被告ネクストジェンの不法行為について
ア 被告ネクストジェンに本件事業部の開発製品及び原告の顧客を奪う目的があったこと
被告ネクストジェンは,その事業が,原告の本件事業部と競合する立場にあったところ,原告の持つ製品の開発技術や当該技術を有するシステムエンジニアを有していなかったことから,原告が資金繰りが困難な状況にあることに乗じて,被告Y1と共謀し,原告製品の改変権,本件事業部の顧客及び本件事業部のシステムエンジニアを取得することを目的として,本件事業部の従業員に対し,移籍の勧誘を行った。
イ 勧誘の方法が悪質であったこと
被告ネクストジェンは,平成19年9月11日のBと被告Y1の面談をきっかけとして,秘密裏に被告Y1との間で本件事業部の従業員の引き抜きについての交渉を重ね,同年11月13日に内定通知書を交付し,同月15日ころ,本件事業部の従業員と面接をするなどして,計画的に引き抜きを実行している。
引き抜きの対象とした従業員の人選を競合他社の取締役である被告Y1に一任し,自らは一回も面接をしないまま内定通知書を交付することは,通常の企業の人員採用実務においては到底考えられないことであり,このことは,被告ネクストジェンが,被告Y1が被告ネクストジェンのために行動することを確信し,原告の従業員を引き抜くことで,本件事業部の継続が困難となり,原告が計画していた増資による資金調達を阻止し,原告を窮地に陥れて本件事業部の顧客を奪取することが可能であるとの綿密な計算があったことを示している。
そして,Bは,引き抜きの対象であった本件事業部の従業員と面接した際,あたかも本件事業部が被告ネクストジェンに移転されることが所与の前提であるかのように話すなど,原告の信用を不当に損なう虚偽の説明をし,また,内定通知書の交付に当たって,違法に取得した従業員の雇用情報を利用して,本件事業部の従業員に対する年俸を提示した。
その他,被告ネクストジェンが,同被告への移籍を断った従業員に対し,その後も執拗に勧誘を続けていることも,勧誘方法の悪質さを示すものである。
ウ 被告ネクストジェンが原告に対し不当な交渉を行ったこと
被告ネクストジェンは,本件事業部の従業員の引き抜きに成功し,原告の増資による資金調達が頓挫したことに乗じて,原告の顧客を被告ネクストジェン移し替えようとし,また,平成19年12月6日,原告のソフトウェア製品の改変権について,支援の名目で,不当に廉価な対価を提示するなどした。こうした被告ネクストジェンの行動からも,同被告が,原告の資産,顧客を根こそぎ奪おうとしたことがうかがわれる。
エ まとめ
以上からすれば,被告ネクストジェンの勧誘行為は,適法な転職の勧誘にとどまるものではなく,社会的相当性を欠く違法な引抜行為であって,不法行為を構成することが明らかである。
また,被告ネクストジェンの勧誘行為は,その大半が代表取締役であるBにより実行されており,被告ネクストジェンは,会社法350条に基づく損害賠償責任を免れないというべきである。
[被告らの主張]
(1) 被告Y1の不法行為についての反論
ア 被告Y1らの移籍により原告に生じた影響が多大なものとはいえないこと
原告は,被告Y1及び本件事業部の従業員が被告ネクストジェンに移籍した後である平成20年1月30日,本件事業部をフリービットに事業譲渡しており,その代金額も,原告の希望に沿った額であって,被告Y1らが在籍していなくても,事業譲渡を成功させた。このことは,被告Y1らの移籍が,原告に多大な影響を与えるものではなかったことを示す事実である。
イ 悪質な方法による移籍の勧誘がないこと
被告Y1は,本件事業部の従業員を取締役室に呼んだ際,当時の状況で考えられる選択肢として,被告ネクストジェンへ移籍するか,原告で本件事業部以外の仕事をするか,原告を辞め,被告ネクストジェンへの移籍もしないかという三つを示しただけであり,これらからの選択を数日以内にするよう従業員に迫ったことはない。
また,本件事業部の従業員に対し,内定通知書を交付したことは,原告の信用不安という緊急の状況下において,原告の本件事業部の従業員の離散を防ぐため,やむを得ず行った措置であり,このことから,計画的な引き抜きがなされたと推測することは誤りである。
本件事業部の従業員は,自由意思により,被告ネクストジェンに移籍したのであり,被告Y1は,それを抑圧するような不当な勧誘を行っていない。
ウ 原告が被告Y1らの移籍に反対していなかったこと
被告Y1は,原告が資金繰りの困難な状態から脱するための一つの方法として被告ネクストジェンへの移籍及び同被告との協業を検討しており,平成19年9月12日,原告の経営会議において,被告ネクストジェンに従業員を移籍させ協業を行う計画について報告し,これを受けて,同月26日,Dが被告ネクストジェンを訪問しBと面談した。そして,同年11月21日から,被告ネクストジェンと原告との間で,協業についての交渉が行われたが,原告の代表取締役であったCは,交渉の当初から,従業員が移籍することを前提にしており,これに反対したり,従業員の慰留に努めたりしたことはなかった。このように,被告ネクストジェンと原告の間における従業員の移籍についての交渉は,原告の了承の下に行われたものであり,被告Y1が,秘密裏に引き抜きを図ったという事実はない。
エ 原告が実行しようとしていた増資による資金調達が詐欺的なものであったこと
原告は,複数の会社から増資の引受の内諾を受けていたと主張するが,原告が推し進めていた増資は,引受先に対して原告の事業計画の変更点を正確に伝えていない点で詐欺的な要素を含むものであった。すなわち,原告は,向後3年間に見込まれる主力製品についてのライセンスを,NECに対して一括して売却してしまっており,これによって,平成19年11月時点では,将来,ライセンスの販売により利益を得る具体的な見込みは存在していなかったばかりか,ライセンスの一括売却に伴って,NECとの間で,NECの従業員に対して保守技術の無償トレーニングを行う契約を締結しており,これによって保守業務等による売上が減少する危険性があった。また,その他の製品についても,販売に必要なカードの発注が遅れていたことなどから,具体的な販売の見込みが立っていない状況であった。それにもかかわらず,原告は,これらの状況を投資家に正確に伝えないまま,増資による資金調達を図ろうとしていたのであり,被告Y1の行動は,これを防止し,被告ネクストジェンとの協業という適正な方法により,資金繰り困難な状況を打開しようとしたものであって,取締役としての善管注意義務,忠実義務に違反するものではないことは明らかである。
オ まとめ
以上からすれば,被告Y1が,違法に本件事業部の従業員を引き抜いたとはいえず,また,被告Y1に,取締役としての善管注意義務違反,忠実義務違反が認められないことが明らかである。
(2) 被告ネクストジェンの不法行為についての反論
ア 被告ネクストジェンが原告の顧客を引き継ぐのは当然であること
被告ネクストジェンは,平成19年11月21日,原告に対し,原告の製品の改変権の譲渡及びそれに伴う原告の顧客の引継ぎを申し入れており,その意図を隠したことはない。被告ネクストジェンが,原告の製品の改変権の譲渡を受ける場合に,原告の顧客を引き継ぐのは当然であって,被告ネクストジェンの上記提案から,被告ネクストジェンに原告の顧客を奪う意図があったなどということはできない。
原告も,被告ネクストジェンが原告の顧客を引き継ぐことを前提として改変権譲渡に関する交渉を継続しており,顧客奪取などと言われる事実が存在しないことは明らかである。
イ 悪質な方法による移籍の勧誘がないこと
Bは,原告の従業員と面接した際,本件事業部を原告から被告ネクストジェンに移すことが決まったといった虚偽の説明はしていない。また,平成19年当時,原告の財務状況が悪化していたことは周知の事実だったのであって,Bが,それを超えて,殊更に原告の財務状況の悪さを原告の従業員に強調した事実はない。
また,被告ネクストジェンは,Cと協業についての交渉を開始するより前に,本件事業部の従業員に対して内定通知書を交付したが,これは,原告の本件事業部の従業員の離散を防ぐため,やむを得ず行った措置であって,計画的な引き抜きを推測させる根拠とはならない。
ウ まとめ
以上に加え,上記(1)ウのとおり,被告ネクストジェンが,原告との間で,従業員の移籍に先立って協業についての交渉を開始しており,原告が移籍について反対の意思を示していなかったことなどを考慮すれば,被告ネクストジェンの行動が違法な引き抜きとはいえないことが明らかである。
また,同様に,Bが本件事業部の従業員を違法に引き抜いたともいえず,被告ネクストジェンは,会社法350条に基づく損害賠償責任も負わない。
2 争点(2)(損害額)について
[原告の主張]
(1) 東京事務所及び大阪事務所の閉鎖に伴う費用
原告は,被告らによる従業員引き抜きのため,本件事業部を存続することができなくなり,その結果,東京事務所の8階フロアの閉鎖及び2階フロアのレイアウトの変更並びに大阪事務所の閉鎖を余儀なくされ,それに伴って,以下の費用を支出した。
ア 東京事務所に関する費用
(ア) 原状回復工事費用等 1155万円
(イ) 8階フロアの解約違約金 531万3545円
イ 大阪事務所に関する費用
(ア) 解約違約金 37万8745円
(イ) 撤去費用等 67万8236円
被告らによる従業員引き抜きがなければ,原告は本件事業部を維持することができており,上記費用を支出する必要がなかったのであるから,上記費用は,いずれも,被告らの不法行為により生じた損害に当たる。
(2) 有限会社ネットクーパースに対する業務委託成功報酬
原告は,被告らによる従業員引き抜きのため,本件事業部を存続することができなくなったことから,本件事業部の事業譲渡先の候補を調査するため,有限会社ネットクーパースとの間で業務委託契約を締結し,その成功報酬として5145万円を支払った。
被告らによる従業員引き抜きにより,原告は,短期間のうちに本件事業部の事業譲渡契約を締結し,代金を得なければならない状況に追い込まれたのであって,そのために上記業務委託契約を締結することは必要かつ合理的であったといえるから,上記業務委託成功報酬は,被告らの不法行為により生じた損害に当たる。
(3) 本件事業部の間接部門の縮小のための費用
原告は,被告らによる従業員引き抜きのため,本件事業部を存続することができなくなり,その結果,間接部門を縮小せざるを得なくなって,平成20年1月,間接部門の従業員5名を早期退職させることとなり,早期退職金として616万6600円を支払った。
被告らによる従業員引き抜きがなければ上記早期退職の必要もなかったのであるから,上記早期退職金の支払は,被告らの不法行為により生じた損害に当たる。
(4) 被告ネクストジェンに対する業務委託費用
原告は,フリービットへの事業譲渡が終了するまでの間,顧客に対する保守業務等を履行せざるを得なかったところ,保守業務の履行能力を有する従業員を被告らに引き抜かれたことから,上記保守業務等を被告ネクストジェンに業務委託せざるをえなくなった。
被告ネクストジェンに対し支払った業務委託費用2520万円(保守業務3か月分)は,被告らの不法行為により生じた損害に当たるところ,他方で,原告は,引き抜かれた従業員の3か月分の給与相当額につき負担を免れているので,上記業務委託費用からこれを控除した1282万7640円が,原告の被った損害となる。
(5) 被告ネクストジェンに対する業務委託に必要な通信カード等に関する経費
上記(4)の被告ネクストジェンへの業務委託に伴い,原告は,同被告へ移籍した従業員らに対して,通信カード,PHS,携帯電話及びレンタルPCを貸与し,その諸経費として61万8648円を支出したが,上記経費は,被告らの不法行為により生じた損害に当たる。
(6) 本件事業部の事業譲渡の際に譲渡の対象外とされ価値を喪失した資産
原告は,被告らによる従業員引き抜きにより,自ら本件事業部を維持することを断念し,本件事業部をフリービットに事業譲渡したが,その際,フリービットから,本件事業部用のソフトウェアについて,未完成であることを理由に譲り受けを拒否されたほか,ハードウェア(Media Firewall)2台について,故障があることを理由に事業譲渡の対象外とされた。
本件事業部用ソフトウェアには,開発費相当額の価値があったにもかかわらず,被告らの行った従業員引き抜きにより,開発途上で事業譲渡することを余儀なくされ,その結果,事業譲渡先から譲り受けを拒否され,無価値となったのであるから,上記ソフトウェアの開発費相当額である5398万3434円は,被告らの不法行為により生じた損害に当たる。
また,ハードウェア2台については,被告らが行った従業員引き抜きにより想定外の時期に事業譲渡を実施することが必要となった結果,修理の猶予を与えられず,事業譲渡の対象外とされ,無価値となったのであるから,その価値相当額である105万8400円は,被告らの不法行為により生じた損害に当たる。
(7) 逸失利益
ア 保守料金の減額
原告は,平成16年にソフトバンクテレコム株式会社(以下「ソフトバンクテレコム」という。)及びソフトバンクBB株式会社(以下「ソフトバンクBB」という。)との間で,原告製ソフトウェアについて保守契約を締結し,それを毎年更新してきており,ソフトバンクテレコムとの間では,契約更新日である平成19年12月1日以降の期間について,ソフトバンクBBとの間では,契約更新日である同年11月12日以降の期間について,それぞれ保守契約を更新する予定であった。しかしながら,被告らの従業員引き抜きにより,原告は,両社との間で,各契約更新日に契約を更新することができず,平成20年2月以降に契約締結に至ったものの,両社との交渉の結果,契約が中断した期間の保守料金を減額することとなった。減額された金額は,ソフトバンクテレコムとの関係で1092万5000円,ソフトバンクBBとの関係で48万9325円であり,これらは,被告らの不法行為により生じた損害に当たる。
イ 受注が内定していたシステム構築代金の喪失
原告は,平成19年12月11日において,エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社から,「ビジネス向け転送ゲートウェイシステム」のシステム構築を受注することが内定していた。しかし,原告は,被告らによる従業員引き抜きにより,上記システム構築の履行が困難となったことから,やむなく受注を辞退した。
上記システム構築の代金は4893万3000円であり,原告は,そのための費用を1249万9000円と予定していたから,代金から費用を除いた3643万4000円が原告の逸失利益となる。
ウ まとめ
以上のとおり,原告の逸失利益は,合計4784万8325円である。
(8) 社会的・経済的信用失墜による無形損害
原告は,被告らによる従業員引き抜きにより,株主,投資家及び取引先からの信用を著しく失っており,信用失墜による無形の損害を被った
同損害の額は,信用失墜による資金調達の困難性として具体化しており,被告らによる従業員引き抜きがなければ,原告は,増資により4億円の資金を調達することができており,それにより年間で利息3%相当の負担を免れることが可能であったことから,少なくとも1200万円を下回らない損害が生じたこととなる。
(9) 弁護士費用
原告は,2205万円の弁護士費用相当の損害を被った。
(10) まとめ
以上を合計すると,原告の損害額は,少なくとも2億2592万3573万円である。
[被告の主張]
(1) 東京事務所及び大阪事務所の閉鎖に伴う費用,本件事業部の間接部門の人員削減費用について
原告は,平成20年1月末にも資金繰りが破綻する状態であったことから,自ら本件事業部の事業譲渡を選択し,フリービットから事業譲渡の対価として4億9000万円を得ている。そして,事業譲渡を選択する以上,余剰となる人員削減や施設の閉鎖は当然に予想されるところであり,当該事業譲渡に伴い閉鎖した東京事務所や大阪事務所において発生した費用,本件事業部の間接部門の縮小のための費用は,事業譲渡に伴う費用として原告が負担すべきものである。
また,個別に見ても,東京事務所8階フロアの原状回復費用などは,原告が同部分を賃借した時点で,契約上いずれ支払わなければならなかった費用であるから,被告Y1らの移籍により生じた損害とはいえない。
大阪事務所については,被告ネクストジェンが,原告の要望を受けて,平成20年2月から賃貸借契約を承継しており,原告は,原状回復費用の負担を免れたことでかえって利益を得ている。
さらに,原告は,大阪事務所の閉鎖に関連して,固定資産除却費なども損害としているが,この金額は,減価償却資産として計上されていた過去の工事費等の帳簿価格相当額の金額にすぎず,新たに同額を支出したわけではないから,損害となり得ない。
(2) 有限会社ネットクーパースに対する業務委託成功報酬について
有限会社ネットクーパースに対する業務委託成功報酬は,原告が自ら事業譲渡を選択したことにより生じた費用であり,事業譲渡を選択した原告自身が負担すべきものである。
また,有限会社ネットクーパースは,現在の原告の大株主であって,原告の代表取締役であるAが代表者を務める会社であり,同報酬は,実質的には内部者への支払といえるから,同報酬の額の客観的妥当性に疑問がある。
(3) 被告ネクストジェンに対する業務委託費用及び業務委託に必要な通信カード等に関する経費について
原告は,被告Y1らが被告ネクストジェンに移籍することを容認し,友好的に上記業務委託を行ったのであるから,上記業務委託費用が損害に当たるとの主張は的外れである。
また,通信カード等に関する経費は,原告自身が当該業務を行う場合であっても必要な費用であり,そもそも損害に当たるものではない。
(4) 本件事業部を事業譲渡する際に,譲渡の対象外とされ価値を喪失した資産について
原告は,①未完成であった本件事業部用のソフトウェアの開発費相当額と,②故障があったことにより事業譲渡の対象外とされたハードウェアの相当額が損害であると主張するが,①については,原告が結果として収益を生まない投資を行い,事業を譲り受けたフリービットから資産として評価されなかっただけのことであるし,②についても,修理の要否にかかわらず,資産価値があれば事業譲渡の対象とされるべきものが,資産価値が認められなかっただけにすぎないのであり,そもそも損害といえるものではなく,被告らの行為とは関係がない。フリービットへの本件事業部の事業譲渡は,複数の業者を候補者とする入札を行い,その時点における適正な評価に基づいて,応札したフリービットとの協議を経て行われたのであるから,資産価値がないとして事業譲渡の対象外とされた資産について被告らに賠償を求めるのは筋違いである。
なお,原告は,本件事業部を維持していれば,ソフトウェア,ハードウェアともに価値を維持できていたと主張するが,ソフトウェアについてはそもそも開発が成功する保証はなく,また,開発が成功してもどれだけ収益を生む資産となったかは不明であって,仮定に基づく主張にすぎない。
(5) 逸失利益について
ア 保守料金の減額について
原告がソフトバンクテレコム,ソフトバンクBBとの間で保守契約を更新することができなかった原因は,原告自身の信用不安にあったのであり,被告Y1らの移籍とは無関係である。
イ 受注が内定していたシステム構築代金について
原告は,自らの判断で受注を辞退したのであるから,それによる損害は原告が甘受すべきであり,被告Y1らの移籍により生じた損害とはいえない。
また,同システム構築は,その後,フリービットが受注しており,被告Y1らがいなければ受注できない案件ではなかったことが明らかであるし,フリービットへの本件事業部の事業譲渡の対価には,同案件の受注が含まれていたことが推測されるから,原告に損害は生じていない。
(6) 社会的・経済的信用失墜による無形の損害について
原告は,被告Y1らの移籍に関わりなく,資金繰りが困難な状況にあり,その信用不安は,業界の公然の噂となっていた。被告らの行為によって,さらに原告の経済的信用が失墜し,法的な保護が必要となるような状況になったことは全くうかがわれないから,信用失墜による損害は生じていない。
また,原告は,増資により4億円の資金調達が図れていれば,同額に対する3%の利息の負担を免れていたことを無形の損害を算出する根拠としているが,原告は,本件事業部の事業譲渡により4億9000万円を得ており,これにより借入金の利息負担を免れることができているのであるから,原告の上記主張には合理性がない。
(7) 弁護士費用について
否認し,又は争う。
第4 争点に対する判断
1 事実関係
前記第2の1の前提となる事実に証拠(甲2の1,甲3の1,甲4の1,2,甲5の1,2,甲6の1ないし6,甲7,甲8,甲12,甲21,甲22,甲56の1,甲58ないし甲60,甲71,甲74,甲81,甲82,乙5ないし乙7,乙9ないし乙11,証人C,証人D,証人E,証人F,被告ネクストジェン代表者,被告Y1)及び弁論の全趣旨を併せれば,原告の従業員が被告ネクストジェンに移籍した経緯等について,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 本件事業部は,平成19年度において,原告の総売上の約52.8%に当たる10億3700万円の売上げを上げていた事業部であり,その主力製品としては,Emergency Call System(IP電話用緊急通報システムであり,IP通信事業者が提供するIP電話サービスにおいて,110番や119番への緊急通報を可能とするソフトウェアである。以下「ECS」という。),Session Boarder Controller(IP通信事業者間のIP電話交換機の相違点を吸収し互換性を維持するシステムである。以下「SBC」という。)があった。
本件事業部は,被告Y1が事業部長を務め,その下に,営業職4名(部長1名を含む。),エンジニア18名(部長1名を含む。)が配置されており,合計23名により構成されていた(証人E1頁,弁論の全趣旨)。
(2) 原告は,平成18年度の業績不振のため,平成19年度当初から財務状況が悪化しており,メインバンクであるみずほ銀行に対し,平成19年5月6日以降,2億6000万円の借入金の返済猶予を申し入れるなどしていた(甲2の1・2頁,甲3の1・2頁,弁論の全趣旨)。
原告は,主要株主であるNECやベンチャーキャピタル等に対し,増資の引受を中心とする支援を求めており,原告の取引先であるソフトバンクBBもこれを知るところとなった(甲3の1・1頁,乙10・2頁,証人C1頁,被告ネクストジェン代表者1頁)。
(3) 被告ネクストジェンの代表取締役を務めるBは,平成19年9月ころ,ソフトバンクBBの執行役員であるコミュニケーション・ネットワーク本部長G(以下「G本部長」という。)から,原告の破綻を回避するため,経営支援や業務提携等を行うことができないかとの打診を受けた(甲3の1・2頁,乙10・1頁,被告ネクストジェン代表者1頁)。
(4) Bは,平成19年9月11日,G本部長の仲介により,当時原告の取締役を務めていた被告Y1と面談し,被告Y1に対し,原告を支援する方法として,原告の従業員を被告ネクストジェンに移籍させ,被告ネクストジェンが原告のソフトウェア等の保守管理業務を実施し,ソフトウェアの著作権を有する原告に使用料を支払う形で業務提携を行うことを提案した(乙10・2,3頁,乙11・1,2頁,被告ネクストジェン代表者1,31頁,被告Y1・2頁)。
Bは,同月12日,被告Y1に対し,上記業務提携を行う際には,同被告の年俸は現在の額を保証し,移籍する従業員の人選と移籍のタイミングは基本的に同被告に一任すること,移籍する従業員の年俸も基本的に現在の額を保証することなどを考えていることを,電子メールにより知らせた(甲8)。
(5) 平成19年9月12日,原告の取締役による経営会議が開催され,同会議において,資金繰りの困難を打開するため,増資により4億円を調達するなどの方策が打ち出されたが,その時点では,4億円を調達できる見通しはまだ立っていなかった(証人D21頁)。
被告Y1は,同経営会議において,本件事業部の従業員を被告ネクストジェンに移籍させて人件費を削減し,同被告と業務提携を図るという選択肢もあり得る旨の発言をした(乙11・3頁,証人C2頁,証人D1,2,19頁)。
また,被告Y1は,同経営会議後,Bに対し,Bとの面談での提案の概略を原告の役員に話したが,概ねよい反応であった旨を電子メールにより連絡した(甲8)。
(6) 原告の取締役であるDは,平成19年9月26日,被告Y1とともに被告ネクストジェンを訪問し,Bと面談した。
面談においては,様々な事柄が話題に上るうち,Bから,本件事業部の従業員を移籍させる方法による業務提携の話が切り出されたが,Dは,それに応ずることはなく,増資により資金繰りの困難な状況を切り抜けることを検討していることを伝え,被告ネクストジェンにも増資を引き受けてもらえないかなどと話した(甲3の1・2頁,乙10・4頁,乙11・3,4頁,被告ネクストジェン代表者4頁)。
Dは,同月27日,Cに対し,Bとの上記面談の内容を報告した(証人D26頁)。
(7) 原告は,平成19年12月に増資による資金調達を図るべく,ベンチャーキャピタル等数社と交渉を継続する一方,NECとの間でも,財務資料の開示を行うなどして交渉していたが,NECは,同年10月中に,原告に対し,増資の引受ではなく,原告の有するECS製品のライセンスを一括して購入する方法により,3億円から4億円程度の支援を行う方針を表明した。
NECの上記方針表明を機に,平成19年10月中に,数社が原告からの増資の引受の依頼に応じる意向を示し,同年12月初めまでに,7社が合計約4億円の増資の引受を内示するに至った(以上につき,甲59,60,71,74,82・1頁,弁論の全趣旨)。
(8) 被告Y1は,平成19年10月中,NECとの間で,ECS製品のライセンスの売却の交渉に当たる一方で,Bと連絡を取りながら,被告ネクストジェンが顧客からソフトウェア開発案件等を受注し,原告が下請けする形での提携を試みるなどしたが,受注には至らなかった。また,被告Y1は,Bとの間で,原告の従業員を被告ネクストジェンに移籍させる方法による業務提携について,継続して協議していた(甲8・7,8丁,乙5,乙6,乙7・2丁,乙10・5頁,被告ネクストジェン代表者5頁,被告Y1・5,23,24頁)。
(9) 平成19年10月26日,原告の従業員全員が出席する全体会議が開催され,同会議において,Cから,NECからの支援が得られ,増資の引受の意思を表明する会社も増えてきたとの報告がなされた(甲59,証人C11頁)。
また,同月30日に開催された原告の取締役会において,NECが,ECS製品のライセンスを買い取ることにより3億円程度の支援を行うべく稟議中であり,4億円の増資と併せて7億円の資金を得る予定であるとの報告がなされた(甲58)。
(10) 被告Y1は,平成19年11月7日,Bと面談し,Bに対し,Cらが増資により資金を調達しようとしているものの,NECに対するECS製品のライセンスの一括売却により原告の将来の業績に生じる悪影響(将来のECS製品のライセンスの売上を前倒しで取得することになるため,今後ECS製品のライセンスの売上が従来の規模では見込めないこと)を適切に説明しておらず問題があることなどを説明した上,被告Y1としては,本件事業部の従業員を被告ネクストジェンに移籍させ,協業する方法を考えていることなどを述べた。
また,被告Y1は,Bに対し,原告の従業員が原告の経営状態に不安を感じて退職するなどして離散することを防ぐために,被告ネクストジェンが原告の従業員を雇用する意思を有していることを表明して欲しい旨述べ,内定通知書を発行することを提案し,これを受けて,被告ネクストジェンが,原告の従業員あての内定通知書を発行することとなった(以上,乙10・6ないし8頁,乙11・12頁,被告ネクストジェン代表者8,9頁,被告Y1・10,12,13頁)。
被告Y1は,同月13日までに,被告ネクストジェンに対し,移籍させることを予定している本件事業部従業員の原告における雇用条件(給与等)を開示した(乙11・4頁,被告ネクストジェン代表者23頁)。
(11) 被告ネクストジェンは,平成19年11月13日,被告Y1から開示された本件事業部の従業員の雇用条件を勘案して,同従業員のうちの11名あての給与等の雇用条件を記載した内定通知書を作成し,被告Y1に交付した(一部については,同月16日に作成,交付した。)(乙10,乙11・14頁,被告ネクストジェン代表者11頁,被告Y1・13頁)。
(12) 被告Y1は,平成19年11月14日,15日ころ,移籍の対象として予定した本件事業部の従業員を一人ずつ取締役室に呼び,被告Y1自身が被告ネクストジェンに移籍する予定であり,本件事業部も被告ネクストジェンに移転させること,一緒に移籍して本件事業部の仕事を続けるか,原告に残って現在とは違う仕事をするか,あるいは辞めるかであるので意思を決めて欲しいことなどを伝えた上で,被告ネクストジェンからの内定通知書を交付した(営業部門の従業員については,営業部長を経由して交付した。)(甲4の1・1頁,甲4の2,甲5の1・1頁,甲5の2,甲6の1ないし6,証人E2頁,証人F4頁,弁論の全趣旨)。
(13) 被告Y1は,従業員に内定通知書を交付した翌日ころ,内定通知書を受け取った従業員のうち4名を伴って被告ネクストジェンを訪問し,Bと面接させた。Bからは,原告の経営状態が悪く,買収も検討したが断念したこと,被告ネクストジェンは,本件事業部の事業を中心に原告を支援したいと考えていること,本件事業部について現在の業務のスタイルを変更する必要はないこと,移籍するなら早めに決めて欲しいことなどが伝えられた(甲5の1・2頁,乙10・9頁,乙11・14頁,被告ネクストジェン代表者12頁)。
(14) 原告は,平成19年11月16日,NECとの間で,顧客7社に係るECS製品のライセンスを一括して2億8500万円で売却する売買契約を締結した(甲7)。
(15) 被告Y1は,平成19年11月19日,Cに対し,被告Y1が10名近くの本件事業部の従業員を連れて被告ネクストジェンに移籍する予定であることを伝えた。これに対し,Cは,被告Y1らが移籍すると,原告の存続が困難となるとして再考を促した。
なお,被告Y1は,同日までの間,Cら原告の他の取締役に対し,自らが被告ネクストジェンへの移籍を考えていることや,本件事業部の従業員を被告ネクストジェンに移籍させることについてBと協議を継続していること,本件事業部の従業員を勧誘することなどを話したことはなかった。
Cは,同日,被告Y1の上記申出を受けて,Dらと協議し,被告ネクストジェンに対し,平成20年3月末の株主総会で増資を決定し実行した後に,徐々に従業員を被告ネクストジェンへ移籍させる方法を提案することとした(以上,甲2の1・2頁,甲3の1・2頁,乙11・15,16頁,弁論の全趣旨)。
(16) Cは,平成19年11月21日,被告Y1とともに被告ネクストジェンを訪問し,Bと面談した。Cは,増資による資金調達の目途が立っているため,増資を実行した後に徐々に移籍させる形にして欲しい旨伝えたが,Bは,これを応諾せず,原告のECS製品の改変権を被告ネクストジェンに譲渡して業務提携し,原告の資金調達を図ることを提案した(甲2の1・3頁,乙10・10頁,証人C7ないし9頁,被告ネクストジェン代表者12頁,被告Y1・17頁)。
(17) 原告は,前記(16)のBの提案を受けて,被告ネクストジェンにECS製品の改変権を譲渡して業務提携することについての交渉を開始することとし,平成19年12月3日,被告ネクストジェンとの間で,その交渉のための機密保持契約を締結した(甲12)。
(18) 前記(16)の交渉において,原告は,被告ネクストジェンに対し,改変権譲渡による業務提携は4億円の増資の代替策であるので,改変権の譲渡対価は,それを考慮した価格にして欲しいとの希望を述べていた(甲2の1・3頁,甲3の1・3頁)が,被告ネクストジェンは,原告の財務資料の開示を受けるなどした上,平成19年12月6日,BからCに対し,改変権譲渡の対価を1億5000万円とすること,ECS製品の保守業務等は顧客から被告ネクストジェンが直接受注することなどの条件を提示した。しかし,Cは,1億5000万円では低額すぎるとして,上記の提示には応じなかった(甲2の1・3頁,甲3の1・4頁,甲81・3頁,乙10・12頁,証人C12,13頁,被告ネクストジェン代表者15,16頁)。
(19) 原告は,原告の増資を引き受ける意思を表明していた会社7社に対し,被告Y1らが移籍する予定であることを説明したところ,同7社は,原告の事業計画に大幅な変更が生じるとして次々に増資の引受を辞退し,結局全社が辞退するに至った(甲3の1・5頁,甲56の1,弁論の全趣旨)。
(20) 原告は,平成19年12月6日のBからの提案(前記(18))の後,対応に苦慮していたが,同月8日には,BからCあてに,原告の大阪事務所の賃貸借契約を被告ネクストジェンが引き継ぐこともあり得ること,顧客の引き継ぎのための説明の開始を求めることなどを内容とする電子メールが送付されるなどした。原告は,同月14日までに,本件事業部を維持することを諦め,事業譲渡することを決断し,譲渡先を,NEC,被告ネクストジェン,フリービットの3社から,入札により決定することとした。そして,原告は,同日,その旨を被告ネクストジェンに伝え,同月21日までに入札価格を提示するよう告げた(甲2の1・5,6頁,甲3の1・6頁,乙10・14頁)。
(21) フリービットは,平成19年12月20日,原告に対し,入札価格を6億円から8億円とする旨連絡した(甲21)。
被告ネクストジェンは,同月21日,原告に対し,入札価格を1億5000万円から4億5000万円とする旨連絡したところ,原告からは,フリービットから6億円の提示があったので,6億円を超える提示ができないか尋ねられたが,再提示はしなかった。また,原告は,被告ネクストジェンに対し,事業全体について6億円との評価が無理であれば,3億円で原告のソフトウェア資産を購入する方法はどうかといった提案も行い,交渉を継続した(甲22,乙9,乙10・15,16頁,被告ネクストジェン代表者18頁)。
(22) 被告Y1は,平成19年12月31日,原告取締役を辞任し,同日に原告を退職した本件事業部の従業員7名とともに,平成20年1月,被告ネクストジェンに入社した。
また,平成20年1月31日,原告の従業員がさらに1名,原告を退職し,同年2月,被告ネクストジェンに入社した(以上,前記第2の1前提となる事実(2))。
被告ネクストジェンに移籍した上記8名の従業員のうち,1名が営業を統轄する営業部長であり,その他の7名はエンジニアであった。7名のエンジニアの中には,エンジニアのグループを統轄する部長1名と,マネージャー4名が含まれていた(弁論の全趣旨)。
(23) 原告は,最終的に,本件事業部をフリービットに事業譲渡することを決定し,平成20年1月30日,本件事業部を,フリービットに対し,4億9000万円で事業譲渡した(甲11,弁論の全趣旨)。
2 争点(1)(被告らの不法行為に基づく損害賠償責任の有無)について
(1) 被告Y1の不法行為責任について
ア 原告は,被告Y1が行った原告の本件事業部の従業員に対する移籍の勧誘は,社会的相当性を欠く違法な引き抜き行為であり,不法行為を構成する旨主張するので,この主張について検討する。
イ 被告Y1らの移籍が原告に与えた影響
前記のとおり,本件事業部は,平成19年度実績で,原告の売上の約52.8%を占める売上を計上する原告の主要部門であり,被告Y1を事業部長として,その下に,営業職4名(部長1名を含む。),エンジニア18名(部長1名を含む。)が配置されており,合計23名により構成されていたところ,被告Y1の勧誘により,営業部長1名及びエンジニア7名(うち部長1名,マネージャー4名)が被告ネクストジェンに移籍したのである。
被告Y1は,本件事業部を統轄し,全体を牽引してきた者であるから,その移籍が本件事業部の存続に大きな影響を与えたことは明らかである。また,本件事業部の主力業務は,自社開発のソフトウェアの販売や保守業務であった(弁論の全趣旨)が,事業の継続には,自社開発したソフトウェアに関する知識や技術を備えた人的資源が不可欠であると考えられるところ,移籍した7名のエンジニアは,まさにその中核を担っていたのであって,その移籍は,原告における本件事業部の存続を困難にしかねないものであったということができる。また,営業部長の移籍も,営業業務の遂行の上で大きな支障となるものであったということができる。
さらに,本件事業部は,前記のとおり原告の主要部門であったのであるから,本件事業部の存続が困難になれば,原告の事業規模の縮小につながることは必至であり,原告の事業全体に多大な影響を与えることも明らかである。
このように,被告Y1らの移籍が原告の事業に与えた影響が重大なものであったことは明らかである。
ウ 被告Y1の行動と原告の資金調達の方針との乖離
前記のとおり,被告Y1は,平成19年9月12日,CやDら原告の取締役に対し,原告の資金繰りの困難を解消するための一つの方法として,本件事業部の従業員の被告ネクストジェンへの移籍を提案し,Dが,同月26日,被告ネクストジェンを訪問し,Bから示された上記提案についても協議をしたことが認められるものの,Dはそれに応じておらず,原告と被告ネクストジェンとの間において,上記提案の実現に向けて具体的な交渉が進められたことはなかった。むしろ,原告は,株主であるNECからの支援や,ベンチャーキャピタル等による増資の引受によって資金調達を実現すべく交渉を継続しており,その成果として,同年10月中には,NECが原告からECS製品のライセンスを一括して購入する方法により,3億円から4億円の支援を行う方針を表明し,これを機に,原告が増資の引受を依頼していた数社が増資の引受の依頼に応じる方針を示し,同年12月初めまでに,7社が合計4億円の増資の引受を内示するに至り(前記1(7)),また,同年11月16日には,NECとの間で,ECS製品のライセンスを代金2億8500万円で一括売却する契約の締結に至っている。
このように,原告は,増資あるいはNECに対するECS製品の一括売却といった方法により資金調達を図る方針で努力していたのに対し,被告Y1は,このような原告の方針と動きを十分認識していた(取締役という立場にあったことから,被告Y1がこれを認識していたことは明らかである。)にもかかわらず,Cら他の取締役に相談することなく,被告ネクストジェンとの間で,自らの移籍とともに,本件事業部の従業員全員を移籍させることを考えて(被告Y1・20頁)協議を継続し,同年11月19日,Cらに対し,本件事業部の従業員10名近くを連れて被告ネクストジェンへ移籍する予定であることを伝えたのであって,これにより,原告が得ていた増資の引受の内示は,すべて撤回されることとなった。
以上のとおり,上記の被告Y1の行動は,原告が実現に向けて努力を重ね,実現が近づきつつあった増資による資金調達計画を根底から覆すものであったことが明らかである。
エ 移籍の勧誘方法
従業員に対する移籍の勧誘方法をみるに,証拠(甲4の1・1頁,甲4の2,甲5の1・1頁,甲5の2,甲6の1ないし6,証人E2頁)及び弁論の全趣旨によれば,被告Y1は,あらかじめ被告ネクストジェンから内定通知書の発行を得た上で,平成19年11月14日,15日ころ,本件事業部の従業員を一人ずつ取締役室に呼び,同被告自身が,本件事業部とともに被告ネクストジェンに移ることや,本件事業部における仕事を継続したければ被告ネクストジェンに移籍することが必要であることなどを告げた上,上記内定通知書を交付したことが認められる(前記1(12))。
被告Y1が,上記のとおり従業員に対して移籍の勧誘をした時点では,原告において,本件事業部を被告ネクストジェンに対して譲渡する方針が決定していたわけではないことは,前記1の経過に照らし明らかであり,原告と被告ネクストジェンの間で,従業員の移籍や本件事業部の事業譲渡について具体的な交渉が行われていたことを認めるに足りる証拠はなく,本件事業部が被告ネクストジェンに移転することが確実であるとはいえない状況にあったと認められる。そうすると,被告Y1の上記の勧誘行為は,本件事業部の従業員に対し,本件事業部の被告ネクストジェンへの移転が確実であり,被告ネクストジェンへ移籍しなければ現在の仕事を継続できないかのような印象を与えるものであって,虚偽を含む事実を告げて不安を助長する面があったものと評することができ,不適切な方法によるものであったといわざるを得ない。
また,原告においては,従業員の雇用条件等の個人情報について,対象となる従業員の同意なき限り,原則として外部の者へ提供することができない旨の内規が定められていた(甲69,甲70)のであるが,被告Y1は,被告ネクストジェンから本件事業部の従業員あての内定通知書の交付を受けるに先立って,当該従業員の雇用条件を,その同意を得ることなく被告ネクストジェンに開示したのである(前記1(11))から,被告Y1は,上記内規違反を犯して勧誘をしたということができる。
オ 被告Y1は,原告がベンチャーキャピタル等に増資の引受を依頼するに当たり,NECに対するECS製品のライセンスの一括販売等により事業計画が重大な変更を来すことを正確に伝えておらず,詐欺的な要素を含むものであり,被告Y1が従業員の移籍の方策を推進したことは,適正な方法により資金繰りの困難な状況を打開するためであって,取締役としての善管注意義務や忠実義務に違反するものではない旨主張する。
しかしながら,被告Y1自身,原告が,増資の引受を依頼した際に,依頼先に対して,どのように事業計画を説明していたかを把握していたわけではなく(被告Y1・27頁),原告が,事業計画を偽って増資の引受を依頼していたことを認めるに足りる証拠はない。むしろ,原告は,増資の引受の依頼先に対し,NECに対する上記一括売却により,ECS製品の売上が,2割から3割程度減少する可能性があると説明していたことがうかがわれる(証人C6頁)のであって,他に原告の業績が悪化する見通しであるのに,原告が殊更にこれを秘して増資の引受の依頼を行っていたことを認めるに足りる証拠はない。
カ また,被告Y1は,平成19年9月12日開催の原告の経営会議において,従業員を被告ネクストジェンに移籍させて協業を行う計画について報告し,これを受けてDがBと面談したこと,同年11月21日から被告ネクストジェンと原告の間で,従業員の移籍に関する交渉が本格的に開始されたが,Cは,交渉の当初から,移籍を前提としており,これに反対したり,従業員の慰留に努めたりしたことはないことを指摘して,原告が被告Y1らの移籍に反対していなかった旨主張する。
しかし,前記1の経過に照らせば,平成19年9月12日の経営会議においては,同会議では増資の方策が打ち出され,以後,原告は,増資に向けて交渉を進めたのであって,同会議において,被告Y1の提案が了承されたことを認めるに足りる証拠はない。
また,Cは,同年11月21日にBと面談した際には,従業員の移籍自体については異議を唱えたことはなかった(前記1(16))のであるが,Cは,被告Y1が移籍する以上,他の従業員も同被告に従うものと考えた旨証言しており,Cが,Bとの上記面談の直前である同月19日に被告Y1から移籍について伝えられ,原告の存続が困難になるとして再考を促したが同被告はこれに応じなかったとの経緯を考慮すると,Cとしては,移籍をやむをない事態として受け入れざるを得ないと考えたにすぎないものであって,前記1のような形での移籍についてあらかじめ了承していたわけではないことが明らかである。
キ 以上を総合すると,被告Y1の行為は,原告の取締役の地位にありながら,原告に重大な影響を与える移籍について,Cら原告の他の取締役に対して隠密理に計画を進行させ,その最終段階で不意打ちのような形でこれを明かしたものであって,原告に対して著しく誠実さを欠く背信的なものであるといわざるを得ない。
なお,原告の資金繰りの困難な状況を打開する方策として,増資を選択するか,従業員の移籍を選択するかは,経営判断の問題であると考えられるが,被告Y1を含む本件事業部の従業員が被告ネクストジェンに移籍することは,人件費の削減という点で当面の資金繰りに貢献する面はあるものの,その反面,本件事業部の存続が困難となり,原告の事業規模の縮小につながることが必至であるという点で原告の事業に重大な影響及ぼすものであるから,本来,原告の取締役会における十分な議論を経る必要があったというべきである。しかるに,被告Y1は,取締役会での議論を経ず,Cら他の取締役に説明すらすることなく,従業員の移籍に向けて準備を進めたのであって,その行為は不相当というほかない。
さらに,従業員に対する勧誘の方法をみても,虚偽を含む事実を告げて不安を助長する面を含む不適切な方法によっており,また,原告の内規に違反して被告ネクストジェンに対して本件事業部の従業員の雇用条件を開示し,同被告からこれを勘案して作成した内定通知書の発行を得てこれを交付している点でも不当である。
したがって,被告Y1による本件事業部の従業員に対する移籍の勧誘は,取締役としての善管注意義務(会社法330条,民法644条)や忠実義務(会社法355条)に違反し,社会的相当性を欠くものであって,不法行為を構成するというべきである。
(2) 被告ネクストジェンの不法行為責任について
ア 原告は,被告ネクストジェンが,本件事業部の従業員に対して行った移籍の勧誘は,単なる勧誘を超えて,社会的相当性を欠く方法により行われた違法な引き抜きであり,被告ネクストジェンの行為は不法行為を構成する旨主張するので,この主張について検討する。
イ 移籍の勧誘に係る被告ネクストジェンの意図について
まず,被告ネクストジェンが,被告Y1らの移籍が原告に重大な影響を与えることを認識していたことは明らかである(弁論の全趣旨)。
そして,前記のとおり,被告ネクストジェンの代表取締役であるBは,平成19年9月11日に被告Y1と面談し,以後,同被告との間で,原告の従業員を被告ネクストジェンに移籍させるための協議を継続したのであるが,その契機は,平成19年9月ころ,原告の取引先であるソフトバンクBBのG本部長から,原告の破綻を回避するため,経営支援や業務提携を行うことができないかとの打診を受けたことにあって,G本部長の仲介でした上記の被告Y1との面談においても,原告の従業員を被告ネクストジェンに移籍させ,被告ネクストジェンが現行のソフトウェア等の保守管理業務を実施し,ソフトウェアの著作権を有する原告に使用料を支払う形での業務提携を提案した(前記1(4))のであるから,被告ネクストジェンが,原告の従業員を移籍させることによって,原告から事業の譲渡を受けたり,原告の顧客を奪ったりすることを意図して被告Y1との協議を開始したとまでは認められない。
なお,上記のような形の業務提携は,原告の資金繰りの困難を一時的に回避するのには資すると考えられるものの,中長期的にみれば,本件事業部の存続を困難にするものであり,本件事業部の従業員が被告ネクストジェンに移籍すれば,早晩,本件事業部の事業を被告ネクストジェンが引き継ぐこともあり得ることは容易に推測されるところ,Bは,原告と類似の事業を営み,ある面では競争関係にもある被告ネクストジェンの代表取締役として,当然にこのような推測をしていたと考えられる。しかし,Bがこのような推測をしていたことは,直ちにBが上記の意図を有していたことを推認させるものではなく,後記ウのBの認識をも考慮すれば,被告ネクストジェンの意図についての上記判断を左右するものではない。
また,Bは,同年11月21日,Cに対し,ECS製品の改変権を被告ネクストジェンに譲渡して業務提携する方法を提案し,原告と被告ネクストジェンとの間でその交渉が行われ,同年12月6日,Cに対し,譲渡の対価を1億5000万円とし,被告ネクストジェンが顧客から保守業務等を直接受注することを条件として提示したが,Cは,対価が低額すぎるとして応じなかった(前記1(16)から(19))。そして,この改変権の譲渡に伴って,改変権に係るソフトウェアの使用者すなわち顧客も引き継がれることが予定されている(被告ネクストジェン代表者13頁)のであるが,上記の提案に係る譲渡の対価が客観的にみて不当に低いと認めるに足りる的確な証拠はなく,被告ネクストジェンが,改変権の譲渡に関する交渉を有利に運ぶ目的で,あらかじめ原告の従業員の移籍を図ったとまで認めるに足りる証拠はない。
ウ 原告の資金調達計画の進捗状況及び原告従業員の移籍についての被告ネクストジェンの認識
前記のとおり,原告は,増資あるいはNECに対するECS製品の一括売却といった方法により資金調達を図る方針で努力を続けており,それが実現しつつあったにもかかわらず,Cらに告げられないままに進められた被告Y1らの移籍により,増資の引受の内示が全て撤回され,原告の増資による資金調達計画は根底から覆されたものである。他方,Bは,平成19年9月12日には,被告Y1に対し,同被告の年俸は現在の額を保証し,移籍する従業員の人選と移籍のタイミングは基本的に同被告に一任することなどを伝えている(前記1(4))。
しかしながら,Bは,原告の外部者であり,専ら原告の取締役であった被告Y1と協議していたのであるから,ほぼ被告Y1を通じてのみ原告内部の状況を知り得る立場にあったということができるところ,移籍に関する協議が開始された直後に,被告Y1から,Bからの移籍に関する提案が原告の他の役員に概ねよい反応で受け止められた旨の連絡を受けており,その後,被告Y1が,Cらに知らせないままにBと移籍についての協議を継続していたことをBに打ち明けたことを認めるに足りる証拠はないから,Bが,原告の従業員の移籍が原告内部で,ある程度肯定的に受け止められていると考えていたことは否定できないところである。
また,Bは,平成19年9月26日のDとの面談や,同年11月7日の被告Y1との面談を通じて,原告内部では,増資による資金調達を図る方法が検討されていたことを認識していたことが認められるものの,NECによりECS製品のライセンスの一括購入による支援の決定がされたことや,それを機に増資の引受の内示が得られつつあったことなどの原告の資金調達の具体的な進捗状況を認識していたと認めるに足りる証拠はない。そうすると,Bが,被告ネクストジェン代表者本人尋問において,増資,NECの支援,被告ネクストジェンとの協業の3つの選択肢について原告内部で検討されていると理解していた旨を供述している(被告ネクストジェン代表者29頁)ところには,首肯できる面があるということができる。
以上の事情に鑑みると,Bが,被告Y1らの移籍によって,原告の増資による資金調達に向けた努力を覆すことを意図していたことはもとより,これを認識していたことも認めることはできない。
エ 移籍の勧誘方法
移籍の勧誘方法についてみると,被告ネクストジェンは,被告Y1が,Cに対し,被告ネクストジェンへの移籍を表明した平成19年11月19日より前に,被告Y1の依頼に応じ,本件事業部の従業員に対する内定通知書を発行して被告Y1に交付している(前記1(10),(11))。また,同月14日には,Bが,被告Y1が同行した原告の従業員と面接して,従業員に対する移籍の勧誘を行っている(前記1(13))。そして,被告ネクストジェンから本件事業部の従業員に対し内定通知書が交付されたことや,Bが本件事業部の従業員と面接したことは,Cを始め,被告Y1以外の原告の取締役に伝えられていなかったことが認められる(被告Y1・30頁)。
しかし,Bは,被告ネクストジェン代表者本人尋問において,内定通知書を発行することや原告の従業員と面接することは,被告Y1からCに伝わっていると思っていた旨供述している(被告ネクストジェン代表者・28頁)ところ,Bは,被告Y1から,Bとの従業員の移籍に関する面談の概略を原告の役員に話したが,概ねよい反応であった旨を告げられている(前記1(5))ことに照らすと,Bの上記供述を排斥することはできず,むしろ,Bがそのような認識を持っていた可能性は十分にあるということができる。
また,Bは,被告Y1との間で,同被告が具体的にどのような方法で勧誘を行うかについてまで打ち合わせていたなどの証拠はなく,Bが,具体的勧誘方法を認識し,あるいは指示したことを認めるに足りる証拠もない。
なお,被告ネクストジェンは,被告Y1が原告の内規に反して開示した本件事業部の従業員の雇用条件(給与等)を勘案して内定通知書を作成したのであるが,被告ネクストジェンが,被告Y1が内規違反を犯していることを認識していたと認めるに足りる証拠はない。
オ 被告ネクストジェンは,被告Y1らの移籍が原告に重大な影響を与えることを認識しながら,被告Y1との協議の下に勧誘行為を行ったものではあるが,以上の各点に照らせば,被告ネクストジェンによる移籍の勧誘は,被告Y1による勧誘行為とは大きく異なるものであって,社会的相当性を欠く違法なものであったということはできない。
したがって,被告ネクストジェンは,不法行為による責任を負わない。
また,同様に,被告ネクストジェンの代表取締役を務めるBの勧誘行為が社会的相当性を欠くものであったとも認められず,Bが職務を行うについて原告に損害を加えたということはできないから,被告ネクストジェンは,会社法350条に基づく責任を負わない。
2 争点(2)(損害額)について
(1) 被告ネクストジェンに対する業務委託費用等
証拠(甲2の1・6頁,甲13,甲14,甲36)によれば,原告は,被告ネクストジェンに対し,原告製ソフトウェアに関する保守業務(平成19年12月20日から平成20年3月31日までの期間についてのもの)を被告ネクストジェンに委託し,同被告に対し,その業務委託費用として2520万円を支払い,また,業務委託に必要な通信カード等に関する経費61万8648円を支出したことが認められるところ,これらの支出は,被告Y1らの移籍により,原告において保守業務を履行することが困難になったことによるものであると認められる。
他方,原告は,上記移籍により,上記保守業務に関し,移籍した被告Y1及び本件事業部の従業員7名についての3か月分の給与合計1237万2360円の支払を免れる利益を受けた(甲35)。
したがって,上記2520万円及び61万8648円の合計である2581万8648円から1237万2360円を控除した1344万6288円が,被告Y1の不法行為により生じた損害と認められる。
(2) 受注が内定していたシステム構築代金に関する逸失利益
証拠(甲4の1・4頁,甲4の3,甲4の4,甲38,甲44,甲45の1,2,証人E6頁,証人D13頁)によれば,原告は,平成19年12月11日時点で,エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社から,「ビジネス向け転送ゲートウェイシステム」の開発の受注の内定を得ていたこと,原告が,同システム開発案件について,代金を4893万3000円,費用を1249万9000円(東芝ソリューション株式会社の下請費用479万9000円(甲44)と日本コントロールシステム株式会社の下請費用770万円(甲45の2・3丁)の合計額)を予定していたこと,原告が,被告Y1らの移籍により,履行能力を欠くこととなったために,上記受注を辞退したこと,原告が,本件事業部をフリービットに事業譲渡した際の事業譲渡代金には,上記システム開発案件の対価は含まれていなかったこと,がそれぞれ認められる。
上記の事実に照らせば,上記システム開発案件により,原告は,3643万4000円の利益を得ることができたと認められるところ,被告Y1らの移籍によりこれを得ることができなくなったと認められるから,被告Y1の不法行為により同額の損害が生じたと認められる。
(3) 弁護士費用
本件において被告Y1の不法行為と相当因果関係の認められる弁護士費用相当の損害は,上記(1),(2)の損害の合計額である4988万0288円の約1割に当たる498万8000円である。
(4) その他の損害に関する原告の主張について
ア 前記のとおり,原告は,被告Y1及び本件事業部の従業員8名が被告ネクストジェンに移籍した後,本件事業部をフリービットに事業譲渡しているところ,原告は,同事業譲渡により不要となった東京事務所の閉鎖に伴う原状回復費用1155万円(甲24・1頁,甲25の1,2),解約違約金531万3545円(甲24・1頁,甲26の1ないし4),大阪事務所の閉鎖に伴う解約違約金37万8745円(甲24・2頁,甲27の1ないし3),撤去費用等67万8236円(甲24・2頁,甲28ないし甲31),事業譲渡に関するコンサルタント費用5145万円(甲24・2頁,甲32),事業譲渡に伴って実施した本件事業部の間接部門の人員削減費用616万6600円(甲24・2頁,甲33,甲34)を支出したが,原告は,同費用が被告Y1らの不法行為により生じた損害である旨主張する。
しかしながら,上記費用は,いずれも,原告が平成19年12月に本件事業部を事業譲渡する旨決定したことを直接の原因として支出されたものであるところ,原告は,平成19年当初から資金繰りに窮する状態にあり,本件のような被告Y1らの移籍という事態が生ずるか否かにかかわらず,いずれ本件事業部を譲渡せざるを得なくなる可能性がある状況にあったと認められ,上記決定は,そのような状況の下において,原告の経営上どのような対応が最も望ましいかという観点からの経営判断によるものであって,被告Y1らの移籍がその契機であったことは否定できないが,Y1らの移籍が事業譲渡の原因であるとまで認めることはできない。したがって,本件事業部の事業譲渡の結果生じた上記費用が,被告Y1の不法行為と相当因果関係を有する損害であるとはいえない。
イ 原告は,本件事業部をフリービットに事業譲渡した際,フリービットから,事業譲渡の対象外とされた本件事業部用ソフトウェア(MediaFirewall)の開発費用5398万3434円及びハードウェア(MediaFirewall Platform)2台の相当額105万8400円が,被告Y1の不法行為により生じた損害である旨主張する。
しかしながら,証拠(甲38)によれば,上記ソフトウェア及びハードウェアは,フリービットとの間での事業譲渡契約の交渉の中で,ソフトウェアについては開発途上であることを,ハードウェアについては故障が存在することを,それぞれ理由として,事業譲渡の対象から除外するよう求められ,原告がこれに応じたものであって,被告Y1らが被告ネクストジェンに移籍したことと,フリービットが上記ソフトウェア及びハードウェアを事業譲渡の対象として評価しなかったこととの間に原因・結果の関係は認められないというべきである。したがって,上記各費用が,被告Y1の不法行為と相当因果関係を有する損害であるとはいえない。
ウ 原告は,ソフトバンクBB及びソフトバンクテレコムとの間で,原告製品に関する保守契約を締結しており,平成19年11月12日にソフトバンクBBと,同年12月1日にソフトバンクテレコムとの間で,それぞれ保守契約を更新し,保守料金を得ることが予定されていたところ,被告Y1らの移籍の影響により,上記更新日に契約更新をすることができず,その結果,得られる予定の保守料金の一部に当たる1141万4325円(ソフトバンクBBについて48万9325円,ソフトバンクテレコムについて1092万5000円)の支払を受けることができなかったのであるから,同額が,被告Y1の不法行為により生じた損害である旨主張する。
しかしながら,ソフトバンクテレコムの法務部が作成した回答書(甲13の2)には,同社が,原告の資金繰りの困難による信用不安を理由に保守契約の契約更新に応じなかったこと,原告と保守契約の更新をせず,被告ネクストジェンと新たに保守契約を締結するよう働きかけを受けた事実はないこと,の記載があり,ソフトバンクテレコムやソフトバンクBBが,原告との保守契約の契約更新をしなかったのは,専ら原告の資金繰りの困難による信用不安を理由とするものであったことがうかがわれる。また,証拠(甲4の1・3頁,甲40,証人E5頁)によれば,原告がソフトバンクBB及びソフトバンクテレコムから保守料金の一部の支払を受けられなかったのは,原告と両社の間での交渉の結果,原告が,両社からの減額要請を受け入れたことに起因するものであることが認められる。
以上の事情を考慮すれば,上記保守料金の一部の支払を受けられなかったことが,被告Y1の不法行為と相当因果関係を有する損害であるとはいえない。
エ 原告は,被告Y1らの移籍により,株主,投資家及び取引先からの信用を著しく損なっており,その無形の損害は,今後の資金調達の困難性として具現化しているところ,被告Y1らの移籍がなければ,4億円の増資が実現する予定であり,それにより年間で利息3%相当額の負担を免れることが可能であったことから,これにより金銭に換算すれば,少なくとも1200万円となり,同額の無形の損害が生じている旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,原告は平成19年当初からそもそも資金繰りに窮する状態にあり,被告Y1らの移籍以前から経済的信用が低下していたこと,原告が,被告Y1らの移籍後,フリービットに対する本件事業部の事業譲渡の代金として4億9000万円を得ており,現に借入れによる資金調達が予定されているわけではないことなどを考慮すれば,原告の主張する信用失墜による無形の損害が生じたとは認め難い。
(5) まとめ
以上をまとめると,上記(1)ないし(3)の合計額である5486万8288円が被告Y1の不法行為により原告に生じた損害と認められる。
3 結論
以上によれば,原告は,被告Y1に対し,不法行為に基づく損害賠償として,5486万8288円及びこれに対する不法行為の日の後である平成20年6月22日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
他方,原告の被告ネクストジェンに対する請求は,主位的請求(不法行為に基づく損害賠償請求),予備的請求(会社法350条に基づく損害賠償請求)ともに理由がない。
よって,原告の被告Y1に対する請求は,上記の限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,被告Y1に対するその余の請求及び被告ネクストジェンに対する請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法64条本文,同法61条を,仮執行の宣言について同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白井幸夫 裁判官 齋藤大 裁判官 中澤亮)
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