判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(244)平成22年11月26日 東京地裁 平22(ワ)13104号 損害賠償請求事件、預り金返還請求事件
判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(244)平成22年11月26日 東京地裁 平22(ワ)13104号 損害賠償請求事件、預り金返還請求事件
裁判年月日 平成22年11月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(ワ)13104号・平22(ワ)25336号
事件名 損害賠償請求事件、預り金返還請求事件
裁判結果 一部認容(甲事件)、請求棄却(乙事件) 文献番号 2010WLJPCA11268009
要旨
◆原告会社が、その賃借していた建物の立退きに関する紛争解決を委任した弁護士である被告らが解決金を原告会社に支払わないとして、不法行為及び債務不履行に基づき損害賠償を求め(甲事件)、原告X1が、原告会社は実体のない形式上の会社にすぎず、解決金を受け取るべきは原告X1であると主張して解決金の支払を求めた(乙事件)事案において、原告会社は実体があり、解決金を受け取るべきは原告会社であるとして乙事件に係る請求を棄却するとともに、弁護士の預り金の返還遅滞は債務不履行及び不法行為を構成しうるものであり、原告会社の実質的経営者が誰であるかが明確でないことは原告会社からの支払請求を拒む理由とはならないなどとして、甲事件の請求を一部認容した事例
参照条文
民法415条
民法709条
裁判年月日 平成22年11月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(ワ)13104号・平22(ワ)25336号
事件名 損害賠償請求事件、預り金返還請求事件
裁判結果 一部認容(甲事件)、請求棄却(乙事件) 文献番号 2010WLJPCA11268009
平成22年(ワ)第13104号損害賠償請求事件(以下「甲事件」という。)
平成22年(ワ)第25336号預り金返還請求事件(以下「乙事件」という。)
東京都渋谷区〈以下省略〉
甲事件原告 有限会社習美商事(以下「原告会社」という。)
同代表者取締役 A
同訴訟代理人弁護士 橋本利久
東京都中野区〈以下省略〉
乙事件原告 X1(以下「原告X1」という。)
同訴訟代理人弁護士 毛利ゆっか
東京都杉並区〈以下省略〉
甲事件被告及び乙事件被告 Y1(以下「被告Y1」という。)
東京都港区〈以下省略〉
甲事件被告 Y2(以下「被告Y2」という。)
同訴訟代理人弁護士 橋元祐之
主文
1 被告Y1は,原告会社に対し,1810万9406円及びこれに対する平成22年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告会社の被告Y1に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求をいずれも棄却する。
3 原告X1の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,原告会社と被告Y1との間においては,これを5分し,その1を原告会社の負担とし,その余を被告Y1の負担とし,原告会社と被告Y2との間においては,全部原告会社の負担とし,原告X1と被告Y1との間においては,全部原告X1の負担とする。
5 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
被告Y1及び被告Y2は,原告会社に対し,連帯して2200万円及びうち1364万円に対する平成20年8月1日から,うち836万円に対する平成21年8月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 乙事件
被告Y1は,原告X1に対し,1685万円及びこれに対する平成22年7月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
甲事件は,原告会社が賃借していた建物の立退きに関する紛争解決を委任した被告Y1及び被告Y2(以下「被告ら」という。)が,相手方から受け取った解決金を原告会社に支払わないとして,原告会社が被告らに対し,主位的に不法行為に基づき,予備的に債務不履行に基づき,連帯して解決金2000万円及び弁護士費用相当額200万円の合計額2200万円並びに遅延損害金(起算点については後記のとおり。)の支払を求めた事案である。
乙事件は,原告会社が実体のない形式上の会社にすぎず,真に解決金を受け取るべき者は原告X1であるとして,原告X1が被告Y1に対し,解決金から弁護士報酬相当額を差し引いた1685万円及び訴状送達の日の翌日である平成22年7月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 京王重機整備株式会社(以下「京王重機」という。)は,平成19年3月ころ,原告会社を相手方として,東京都渋谷区〈以下省略〉所在のaビル55区画においてお好み焼き店(以下「本件店舗」という。)が営まれる建物部分の立退きを求める建物明渡調停事件(以下「本件調停事件」という。)を申し立てた。
(2) 被告らは,原告会社の代理人として本件調停事件に関与した。
(3) 平成20年7月16日,調停が成立した(以下,成立した内容を「本件調停条項」という。)。本件調停条項の主な内容は,原告会社が本件店舗を明け渡す代わりに京王重機が原告会社に2000万円の解決金を支払うというものであった。
(4) 本件調停条項に基づき,京王重機から,平成20年7月31日までに解決金として1240万円が被告Y1名義の口座に振り込まれ,また,平成21年7月31日までに解決金として額面760万円の小切手が被告Y1に交付された(以下,これら解決金を「本件解決金」という。)。
2 争点
(1) 被告らの依頼者であり,本件解決金を受け取るべき者は原告会社か,原告X1か。
(原告会社の主張)
本件店舗の賃借人は原告会社であり,原告会社は,被告らに対し,着手金30万円を支払って,京王重機との間の紛争解決を被告らに依頼し,被告らはこれを受任した。本件解決金は,京王重機から原告会社に対して支払われたものである。原告X1は,本件調停事件前の過去の一時期,原告会社の従業員であったにすぎず,本件調停事件当時は原告の関係者ですらなく,旧知の仲であった被告Y1を原告会社に紹介したにすぎない。本件調停事件の依頼者であり本件解決金を受け取るべき者は原告会社以外にあり得ない。
(原告X1の主張)
本件調停事件は,便宜,原告会社の名で行われたが,原告会社が実体のない形式上の会社であることは関係者全員が了承しており,本件調停事件の真の当事者は原告X1であり,被告Y1への真の依頼者も原告X1である。
(被告Y1の主張)
被告Y1は,平成19年9月4日,本件調停事件を受任したが,本件調停事件の依頼者はBと原告X1の両名であった。委任状における委任者は原告会社であるが,これはBが記名押印したものであり,その際,原告会社は金融機関からの借入れのため設立した形式的なもので,会社としての実態はなく,本件店舗の実質的経営者はBと原告X1の両名であるとの説明であった。被告Y1は,原告会社代表者と本件調停成立の前後を通じて一度も面接していない。本件解決金は形式上原告会社に支払われたが,実質はBと原告X1に支払われたものである。
(2) 被告らの責任原因
(原告会社の主張)
本件調停事件の依頼者は原告会社以外にあり得ず,仮に,依頼者である会社の経営が混乱していたとしても,会社からの預り金の返還先が会社そのものであることに変わりはないのであるから,預り金返還の遅延,拒否を正当化する理由とはなり得ない。しかるに,被告らは,原告会社の担当者であるBに対し,「原告X1に解決金の半額を渡すことを約束しなければ解決金を渡さない。」などという全く理由のない不当な条件を持ち出し,また,被告Y1は,原告会社からの度重なる催促にもかかわらず,「実質的経営者が確定するまでは解決金を渡せない。」などと言い訳にもならない全く不合理な主張を繰り返し,2年以上もの間,任意に解決金を支払わない。
被告らは,原告会社に対し,預り金を返還すべき債務を負っているのに,これを履行しないから,債務不履行責任を負うものであるが,被告Y1の行為は,単なる預り金返還義務の不履行という債務不履行にとどまらず,違法な権利侵害であり,故意による不法行為といわざるを得ない。被告Y2は,勤務弁護士であるとしても,原告会社の代理人である以上,しかも,被告Y1がBに不当な条件を提示した際にも同席するなどしているから,原告会社に対する共同不法行為責任を免れない。
(被告Y1の主張)
被告Y1は,平成20年8月1日,1240万円の入金の中から,かねてから両名に提示し両名とも同意した成功報酬金315万円を受領し,また,原告X1から,配分は半々である旨の連絡を受けていたことから,残額925万円の半額462万5000円ずつの現金の入った銀行の紙袋を用意して両名に手渡そうとしたところ,突然,Bから,半々なんていう話は私は聞いていない,今日は受け取れない,原告X1にも渡さないでほしい,姉妹間のことなので必ず話をつけるから,原告X1との話合いができるまで預かってほしいと言われたため,現金の配付を中止した。したがって,この時点において,被告Y1とB,原告X1の両名との間で,本件解決金について,両名の間で話合いがつくまで被告Y1に預託する旨の契約が成立した。Bが原告会社の担当者として出席していたのであれば,この契約は原告会社にも効力を及ぼすものである。
平成21年7月31日,京王重機から被告Y1に対し,760万円の額面の小切手が交付されたが,同小切手は受取人名義を原告会社とするものであったため,これを換金するためには,同小切手に原告会社の裏判が必要であり,被告Y1からBに対して原告会社の裏判を求めたところ,Bはこれに同意し,同小切手を換金し,被告Y1において預託を受け保管中である。
したがって,被告Y1の本件解決金の保管行為は,不法行為にも債務不履行にも該当しない。
(被告Y2の主張)
被告Y1は,平成20年8月1日,B及び原告X1に対し,「解決金から弁護士報酬を引いた残額を原告X1とBとで折半してはどうか。」と提案したが,この提案について,被告Y2は事前に相談を受けていない。原告X1は異論がなかったが,Bは,「姉妹でよく話し合う。」旨を告げて,その日の打合せを終えた。その後,本件解決金の取扱いについて,被告Y1とB及び原告X1の三者間で協議がもたれた模様であるが,この協議に被告Y2は加わっていない。以上の経過に照らし,被告Y2が不法行為責任を負う理由は全くない。
受任者の受取物の引渡義務は,受領して初めて発生するものであり,本件解決金は,被告Y1が京王重機から受領し,被告Y1が預託を受けており,被告Y2は受領していないし,預かってもいないから,その引渡義務を負わない。よって,被告Y2は債務不履行責任も負わない。
(3) 原告会社の損害及びその額
(原告会社の主張)
被告らは,共同して,京王重機からの解決金2000万円を支払わず,原告会社は同額の損害を被った。加えて,被告らは,原告会社の度重なる催促にもかかわらず任意に履行せず,原告会社をして弁護士による訴訟追行を余儀なくさせたのであるから,弁護士費用相当額として上記損害額の1割である200万円を賠償する義務がある。
(4) 被告Y1の自働債権による相殺の可否
(被告Y1の主張)
ア(ア) 被告Y1は,本件店舗の平成20年10月から平成21年7月までの電気料39万0594円を京王重機に立替払いした。
(イ) 被告Y1は,原告会社に対し,本件事件の処理に関する合意に基づく315万円の報酬請求権がある。
イ 被告Y1は,平成22年10月25日の本件口頭弁論期日において,上記各債権をもって,原告会社の本訴請求債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
(原告会社の主張)
ア(ア)の事実は不知。
ア(イ)の事実は否認する。原告会社が被告らと成功報酬について合意したことはないし,解決金引渡義務の履行を拒否しておきながら,自己の報酬を受領することなど,信義則上も到底許されるものではない。
(5) 遅延損害金の起算点
(原告会社の主張)
原告会社は,被告らに対し,平成20年7月31日入金の解決金1240万円及び弁護士費用相当額124万円の合計額である1364万円については,不法行為日ないし京王重機からの入金日後である同年8月1日から,平成21年7月31日入金の解決金760万円及び弁護士費用相当額76万円の合計額である836万円については,不法行為日ないし京王重機からの入金日後である同年8月1日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告Y1の主張)
Bが「話合いで解決するまで預かってほしい。」旨を述べ,被告Y1が保管を継続した。この「話合いで解決するまで」には,「話合いが決裂した場合には,裁判により権利関係が確定するまで」という趣旨を含んでいると解するのが相当である。したがって,被告Y1が遅滞の責めを負うとしても,それは,この判決確定の日の翌日からである。
第3 判断
1 争点(1)(被告らの依頼者であり,本件解決金を受け取るべき者は原告会社か,原告X1か。)について
(1) 認定事実
争いのない事実に加え,関係各証拠(個別に掲記するほか,甲イ5,甲ロ26,乙イ9,乙ロ1,証人B,原告X1本人,被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 本件店舗を京王重機から賃借し,「お好み焼き△△」の名称で経営していたC氏は,平成9年ころ,Bに本件店舗の経営を任せるようになった(甲ロ16)。
イ 本件店舗に関する平成13年12月12日付け営業許可申請書(甲ロ9の4枚目)には,申請者として原告X1の娘であるDの名が記載され,食品衛生責任者として原告X1の名が記載されている。また,本件店舗に関して,京王重機から原告X1に対する平成14年2月1日付け敷金・礼金および家賃等請求書(甲ロ8)があり,同月20日付けaビル店舗賃貸借契約書(甲ロ1)の賃借人はDとなっている。京王重機における本件店舗の管理担当者Eは,原告会社の設立の前後を通じて,本件店舗の経営者が原告X1であると認識していた(甲ロ5)。
ウ 平成16年1月30日,原告会社が設立された(甲ロ2)。原告会社代表者は原告X1とBの甥である。平成21年8月27日の時点における原告会社の資本金額は300万円,発行済株式総数は60株で,役員は取締役である原告会社代表者一名であった。
平成16年3月20日,賃借人の地位がDから原告会社に変更された。
同年7月の営業許可書(甲ロ17)における営業者は原告会社であり,名称は「お好み焼き○○」と記載されている。
原告会社は,京王重機に対し,本件店舗の賃料を支払い(甲ロ4,5),また,決算報告書を作成の上,平成16年分及び平成17年分の確定申告を行ったが(甲ロ21,22),その後,確定申告をしていない。
エ 京王重機に対する平成17年8月5日付け「漏水事故による営業についての確約」と題する書面(甲ロ4,乙イ4)の宛名は,原告会社及びDとなっており,京王重機から,漏水事故について,責任をもって修繕することを確約する旨の記載の下に原告X1の署名がある。
また,「今般ごみの排出違反についてご指導いただきまして,当店のこのたびの不注意には十分反省して居ります。今後はご注意を留意し,シールを貼ってゴミ出しをします。」と記載された同月23日付け念書(乙イ5)には,原告会社の代表として原告X1とBの署名押印がある。
原告X1は,平成18年ころから,本件店舗に週1,2回くらいしか顔を出さなくなった。
オ 平成19年8月,京王重機は,原告会社を相手方とする本件調停事件を申し立てた(東京簡易裁判所平成19年(ユ)第50010号)。
原告X1は,かねて被告Y1と知り合いであったので,Bと原告X1は,被告Y1に紛争の解決を依頼することとした。被告Y1は,所属する法律事務所の勤務弁護士であった被告Y2に対し,補助者として関与するよう申し向けた。こうして,被告らは,本件調停事件の相手方代理人として受任することとなった。被告らに対する同年9月21日付け委任状(乙イ7)の委任者欄は,Bによって原告会社及び代表者の住所氏名の記載がされ,Bによって原告会社の代表者印が押印された。着手金は,本件店舗の金員からBにおいて支払った。
被告らは,B及び原告X1から,原告会社代表者が名目上の代表者で,本件店舗の経営には関与しておらず,実際に本件店舗を切り盛りしているのはBと原告X1である旨の説明を受けていた。本件調停事件の調停が成立するまでの間,被告らとの打合せには,原告X1とBとが出席し,両名との打合せの内容が原告会社の方針となり,両名から「代表者と相談する。」といった発言はなかった。
本件調停事件において,京王重機は,原告会社の債務不履行による解除を主張していたが,立退料等の条件を検討することとなり,原告会社も,当初は賃借継続を望んでいたが,条件次第で明渡しを検討することとなった。
カ 平成20年7月16日,本件調停事件において,調停が成立した。
同月31日までに,本件調停条項に基づき,京王重機から被告Y1の口座に1240万円が支払われた。
同年8月1日,被告らは,B及び原告X1と打合せをした。被告Y1は,B及び原告X1に対し,本件解決金から成功報酬金として消費税を含む315万円を差し引く旨を述べ,領収書(乙イ8の1,2)を示したところ,B及び原告X1に異論はなかった。次に,被告Y1は,Bと原告X1に対し,解決金から報酬金を差し引いた残額を原告X1とBとで半分ずつ分ける合意をしてはどうか,と提案し,「X1,Bは,平成19年(ユ)第50010号調停調書に基づく有限会社習美商事の笹塚店舗明渡にかかる,明渡解決金合計2240万円(一年間の明渡猶予期間中の賃料相当額240万円を含む)については,それぞれ折半して取得することに合意した。」と記載した合意書(甲イ4)を示した。原告X1は,この提案に異存を示さなかったが,Bは,「お金をどうするか,二人で話し合いますので,この話はちょっと待ってください。」と言い,話合いを終えた。その際,原告X1もBも,被告Y1に対し,解決金を直ちに引き渡すように求めなかった。
同月26日付けで,原告X1から被告Y1に対し,通告書(乙イ1,甲ロ23)が送付された。同書面には,本件店舗の実質的な経営者は原告X1であり,原告X1には本件店舗の立退きに伴う権利がある旨の記載がある。
キ 平成21年7月31日までに,京王重機から被告Y1に対し,760万円の額面の小切手が交付された。被告Y1は,これを換金するため,Bに対し,原告会社の印鑑の使用を求め,同年8月3日,Bが小切手に原告会社の代表者印を押印し,被告Y1は,押印済みの小切手を受け取って換金し,現金を保管した。
被告Y1は,本件解決金の中から,平成20年8月から平成21年7月までの本件店舗の電気料金として合計39万0594円(43万1880円から敷金による充当分4万1286円を差し引いた額)を支払った(乙イ6の1,2)。
ク 原告X1は,原告会社に対し,平成21年10月2日付け訴状(乙イ3)をもって,不当利得金2000万円の支払を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成21年(ワ)第35127号)。
原告X1代理人は,被告Y1に対し,上記事件を提起したことを伝え,保管している立退料を原告会社に支払わないよう求める同月14日付け書面(乙イ2)を送付した。
ケ 原告会社は,被告Y1に対し,平成22年1月22日付け内容証明郵便(甲イ2の1)により,本件解決金を同書面到達後5日以内に原告会社の口座に振り込むことを求め,同書面は同月25日に到達した。
被告Y1は,同年2月1日付け内容証明郵便(甲イ3)により,本件店舗の賃借人経営者及び原告会社の実質的オーナーについて原告X1とBの間で係争中であり,一方当事者であるBがオーナーであると主張している原告会社に対して支払をすることはできないと回答した。
(2) 検討
上記認定事実によれば,原告会社は,設立後本件調停事件に至るまでの間,本件店舗の賃借人として京王重機に対し賃料を支払う主体として扱われ,漏水事故等の責任の所在及び営業許可を受けた者として表示され,決算報告書を作成した上,平成16年分及び平成17年分の確定申告を行っている。原告会社において,業務や財産がB又は原告X1その他特定の個人と全般的かつ継続的に混同されたり,会計処理が一体として行われていることを認めるべき証拠はない。原告X1が,被告ら及び京王重機に対し,本件調停事件における当事者を原告会社ではなく原告X1とするよう求めた形跡もない。かえって,原告X1は,本件調停事件の終了後においても,原告会社を相手方として不当利得の返還を求める訴訟を提起しているが,これは,原告会社が会社としての実体を備えたものであることを前提とした行動というほかない。そうすると,原告会社が実体のない形式上の会社であるとの原告X1の主張は採用できない。
次に,被告Y1は,本件調停事件の依頼者がBと原告X1の両名であったと主張する。しかし,本件調停事件において,京王重機が相手方としたのは原告会社であって,Bでも原告X1でもない。被告Y1は,原告会社からの委任状に基づき,原告会社の代理人として本件調停事件に関与し,原告会社が本件店舗を明け渡す代わりに京王重機が原告会社に2000万円の解決金を支払うという内容の調停を成立させた。仮に,原告会社が実体のない形式上の会社であって,法人格が形骸にすぎないのであれば,当事者を原告会社としたままでは,真の占有者に調停の効力が及ばず,紛争の解決を図る上で無意味となりかねないが,被告Y1が当事者を原告会社とすることに疑義を述べた形跡はない。本件訴訟においても,被告Y1は,原告会社の法人格を争わず,原告会社が会社としての実体を備えたものであることを前提として行動している。原告会社が実体を備えていたことは上記のとおりであり,実際に被告らと打合せをしたのがB及び原告X1であったとしても,本件調停事件における当事者及び被告Y1の依頼者は原告会社であり,本件解決金の支払先も原告会社以外にあり得ない。
したがって,被告らの依頼者であり,本件解決金を受け取るべき者は原告会社であると認めるべきである。原告X1の請求は,その余の点を検討するまでもなく理由がない。
2 争点(2)(被告らの責任原因)について
(1) 弁護士は,委任の終了に当たり,委任契約に従い,金銭を清算した上,預り金及び預り品を遅滞なく返還しなければならない(弁護士職務基本規程45条)。返還時期の遅延は,その態様等によっては,債務不履行はもとより,不法行為に該当する。弁護士に求められる返還義務の履行における注意義務の程度が,債務不履行と不法行為とで特に異なるとは解されない。
金品の清算及び返還の相手方は依頼者であり,当然のことながら,依頼者が法人である場合の相手方は,法人そのものであって,弁護士のもとで打合せをした担当者等の個人ではない。また,依頼者である会社の経営が混乱しているなどの理由で預かった金品の返還を遅延させることは許されない。会社内部の関係者間の利害の対立が生じ,その一方当事者に肩入れして金品の返還を遅延させることについても同様である。
(2) 被告Y1は,本件解決金として,平成20年7月31日までに1240万円,平成21年7月31日までに解決金760万円の入金を受けたが,現在に至るもこれを返還していない。その間の経過について検討する。
ア まず,弁護士が依頼者に返還しなければならないのは,報酬や実費等を清算した残額であるから,本件において清算すべき額について検討する。
前記認定によれば,平成20年8月1日の打合せにおいて,B及び原告X1は,本件解決金から成功報酬金として消費税を含む315万円を差し引くことについて異論を示さなかった。本件調停事件の調停が成立するまでの間,Bと原告X1との打合せの内容が原告会社の方針となり,両名から「代表者と相談する。」といった発言はなかったこと,同日の打合せ後,平成22年1月22日付け内容証明郵便を送付するまでの間,報酬に関して原告会社から異議が述べられたことをうかがわせる事情はないことなどからすると,平成20年8月1日ころ,被告Y1と原告会社との間において,本件調停事件の成功報酬金を315万円とする合意が成立したと認めるべきである。これに反する証人Bの証言は,同席した原告X1及び被告らのおおむね一致する供述と符合せず,採用できない。
また,被告Y1は,平成20年10月から平成20年8月から平成21年7月までの本件店舗の電気料金として合計39万0594円を支払った。
したがって,被告Y1は,原告会社に対し,本件解決金から報酬金315万円及び電気料金の立替金39万0594円を清算した残額を遅滞なく返還する義務を負うと解すべきである。
イ 原告会社は,被告らが,平成20年8月1日,Bに対し,「原告X1に解決金の半額を渡すことを約束しなければ解決金を渡さない。」などという全く理由のない不当な条件を持ち出し,原告会社からの度重なる催促にもかかわらず,「実質的経営者が確定するまでは解決金を渡せない。」などと言い訳にもならない全く不合理な主張を繰り返し,2年以上もの間,本件解決金の返還に応じなかったと主張し,証人Bはこれに沿う証言をする。
しかし,前記認定のとおり,被告Y1は,平成20年8月1日の打合せにおいて,Bと原告X1に対し,報酬を差し引いた残金を半分ずつ折半してはどうかと提案したにすぎない。これに反する証人Bの証言は,同席した原告X1及び被告らの一致する供述と符合せず,採用できない。
また,証人Bは,平成20年8月1日の打合せにおいて,被告Y1に対し,原告会社に振り込んでおいてほしいと述べたと証言する。しかし,同席した原告X1及び被告らのいずれもが,そのような事実を認めていないし,Bの陳述書(甲イ5)においてさえ,そのような記載はないから,採用できない。
前記認定事実によれば,平成21年7月31日,京王重機から被告Y1に対して交付された760万円の小切手の換金のため,原告会社の印鑑の使用が許諾されているから,少なくともこの時点までは,原告会社は,被告Y1が本件解決金を保管することを容認していたと解される。
被告Y1は,原告X1から本件店舗の立退きに伴う権利を主張する通告書を受け取るなどしていた。Bと原告X1のいずれが本件解決金を受領する正当な権限を有するかについて,必ずしも明確でない状況の下において,B又は原告X1からの支払請求に応じなかったことをもって,直ちに原告会社に対する義務違反とはいえない。
ウ しかし,原告会社の実質的経営者が誰であるかが明確でないことは,原告会社それ自体からの支払請求を拒む理由とはならない。仮に,原告X1が本件店舗の経営に携わった時期があり,原告会社に経営の名義が移転するに際して現物出資や営業譲渡がされた形跡がなく,本件店舗の閉鎖に当たり,何らかの清算が行われてしかるべき側面があり得るとしても,それは原告会社と原告X1との間の問題であって,被告Y1が原告会社からの支払請求を拒むことを正当化する事情とはならない。被告Y1は,平成22年1月25日には,内容証明郵便をもって,原告会社自体から本件解決金の支払を求められ,振込先も示されていた(甲イ2の1)のであるから,これを拒むことは,依頼者である原告会社に対する義務違反であって,被告Y1において少なくとも過失があるから,不法行為が成立するといわざるを得ない。
(3) 他方,被告Y2は,本件解決金を受領しておらず,預かってもいないのであるから,原告会社に対する本件解決金の引渡義務を負わない。その他,被告Y2が不法行為責任又は債務不履行責任を負うべき事情は見当たらないから,原告会社の被告Y2に対する請求は,その余の点を検討するまでもなく理由がない。
3 争点(3)(原告会社の損害及びその額)について
前記のとおり,被告Y1は,本件解決金2000万円から精算すべき315万円及び39万0594円を差し引いた残額1645万9406円を遅滞なく返還する義務を怠り,原告会社は,同額の損害を被った。
本件事案の内容,審理の経過,認容額等にかんがみると,原告会社が被告Y1に賠償を求めることができる弁護士費用としての損害額は165万円が相当である。
4 争点(4)(被告Y1の自働債権による相殺の可否)について
受働債権が不法行為に基づく損害賠償請求権であるから,相殺の主張はそれ自体失当である(なお,被告Y1の主張する自働債権が清算済みであることは前記のとおりである。)。
5 争点(5)(遅延損害金の起算点)について
被告Y1は,Bが,原告X1との話合いで解決するまでの間,本件解決金を預かってほしい旨述べたことをもって,本件判決確定の日まで遅滞の責めを負わないと主張する。Bが,被告Y1に対し,原告X1との話合いが解決するまで預託する旨を明示的に述べたという事実は,証人Bにおいて否定され,原告X1本人は肯定するものの,被告Y2の陳述書(乙ロ1)において肯定されておらず,直ちに認定することはできない。また,前記のとおり,会社の経営が混乱していたり,会社内部の関係者間の利害の対立が生じたとしても,預かった金品の返還を遅延させることは許されないのであり,仮にそのような発言があったとしても,原告会社自体から支払請求を受けた段階においては,原告会社の関係者であるBと原告X1との間の紛争が決着していないからといって,原告会社からの支払請求を拒むことは許されない。
被告Y1は,原告会社から,平成22年1月22日付け内容証明郵便の到達後5日以内に所定の口座に振り込むことを求められ,同書面は同月25日に到達したのであるから,遅くとも同月29日までには支払うべきであった。したがって,翌30日以降これを支払わないことは不法行為に当たるから,遅延損害金の起算点は同日と解するのが相当である。
第4 結論
よって,原告会社の請求は,被告Y1に対し,1810万9406円及びこれに対する不法行為の日である平成22年1月30日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告会社の被告Y1に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求並びに原告X1の請求にはいずれも理由がないから棄却する。
(裁判官 本田晃)
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