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判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(243)平成22年12月10日 東京地裁 平18(ワ)22962号 債務不存在確認請求事件、清算金反訴請求事件

判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(243)平成22年12月10日 東京地裁 平18(ワ)22962号 債務不存在確認請求事件、清算金反訴請求事件

裁判年月日  平成22年12月10日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平18(ワ)22962号・平19(ワ)25687号
事件名  債務不存在確認請求事件、清算金反訴請求事件
裁判結果  本訴請求棄却、反訴請求一部認容  文献番号  2010WLJPCA12108002

要旨
◆多重債務整理の業務を行う弁護士事務所について、弁護士である原告と同じく弁護士である被告との間の同事務所の設立に関する合意が解消されたことから、原告が、同合意は組合契約(パートナーシップ契約)であるとして、被告に対し、持分払戻請求権又は組合残余財産分配請求権に基づく金員の支払を求めた(本訴)のに対し、被告が、同合意は弁護士法に違反するなどとして、原告に対し、被告の事務所における多重債務者にかかる事件処理により得た利益等の不当利得返還を求めるなどした(反訴)事案において、被告が唯一の登録弁護士であった本件事務所は実質的に原告により運営されていたもので組合契約とは認められないとして、原告の本訴請求を棄却する一方、反訴請求については、原告と被告との合意が公序良俗に反するとはいえないなどとして被告の不当利得返還請求は理由がないとし、また、同人の清算金請求も理由がないとしたが、証拠上明らかな被告から原告に対する貸金請求等の範囲で、一部認容した事例

参照条文
民法646条
民法648条3項
民法681条1項
民法683条3項
弁護士法20条3項

裁判年月日  平成22年12月10日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平18(ワ)22962号・平19(ワ)25687号
事件名  債務不存在確認請求事件、清算金反訴請求事件
裁判結果  本訴請求棄却、反訴請求一部認容  文献番号  2010WLJPCA12108002

平成18年(ワ)第22962号 債務不存在確認請求事件
平成19年(ワ)第25687号 清算金反訴請求事件

東京都千代田区〈以下省略〉
本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。) X
同訴訟代理人弁護士 樋口直
東京都小平市〈以下省略〉
本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。) Y
同訴訟代理人弁護士 今村征司
同 金谷鞆弘
同 岡田康男
同 仁科豊
同 山田浩子
同 中村泰正

 

 

主文

1  原告の本訴請求を棄却する。
2  原告は,被告に対し,1100万円及びこれに対する平成19年11月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3  原告は,被告に対し,1040万6100円及びこれに対する平成19年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員を支払え。
4  被告のその余の反訴各請求をいずれも棄却する。
5  訴訟費用は,本訴及び反訴を通じ,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
6  この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。

 

事実及び理由

第1  請求
1  本訴
被告は,原告に対し,3105万1290円及びこれに対する平成15年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2  反訴
(1)  不当利得返還請求(主位的請求),清算金請求(予備的請求)
原告は,被告に対し,1億1643万9828円及びこれに対する平成15年12月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)  貸金請求
主文第2項と同旨
(3)  立替金請求
主文第3項と同旨
第2  事案の概要
本件は,平成14年1月ころから平成15年12月ころまで,多重債務者らからの委任を受けて,多数の自己破産事件,債務整理事件及び個人再生事件等を扱っていたa法律事務所(以下「a事務所」という。)について,弁護士である原告と同じく弁護士である被告との間の同事務所の設立に関する合意(以下「本件合意」という。)が解消されたことから,依頼者から受領した報酬等を巡って,原告が,本件合意は組合契約(パートナーシップ契約)の性質を有しているとして,脱退組合員の持分払戻請求権(民法681条1項)又は組合残余財産分配請求権(同法688条3項)に基づき,被告に対し,3105万1290円等の支払を求め(本訴),他方,被告が,主位的に,本件合意は弁護士法に違反し公序良俗に反するとして,不当利得返還請求権に基づき,予備的に,本件合意は委任契約又は準委任契約の性質を有しているとして,金銭引渡請求権(同法646条)に基づき,原告に対し,1億1643万9828円等の支払を求めるなど合計1億3784万5928万円等の支払を求める(反訴)事案である。
1  前提となる事実
(1)  原告は,昭和55年4月に弁護士登録した東京弁護士会に所属する弁護士である。
被告は,平成11年5月に弁護士登録した東京弁護士会に所属する弁護士である。
(2)  原告と被告は,平成12年3月,共同で「b法律事務所」(以下「b事務所」という。)を開設した。
(3)  原告と被告は,平成14年1月ころ,倒産事件,破産事件及び債務整理事件等の不況型事件の処理を主な目的とするa事務所を開設することとし,同月7日付け「a法律事務所についての合意書」(甲1)を取り交わすともに,同事務所の業務体制等の詳細についてこれを補足する趣旨の口頭での合意をし,同事務所の設立並びに管理,運営及び計算等に関する本件合意が成立した。
本件合意は,概ね次のとおりの内容であった。
ア 原告及び被告は,平成14年1月8日からa事務所をb事務所と別個に設立する。
イ a事務所の代表には被告が就任し,被告の登録事務所をa事務所とする。
原告と被告のパートナーとしての業務協力関係は従来どおりとし,b事務所もその名称を当面継続する。
a事務所における事件の受任は,原則として被告及び原告の共同受任の形態を採る。
被告の報酬は,当面月額50万円とする。
ウ a事務所において受任した事件の弁護士費用・報酬及び預り金の計算は,被告名義で行うものとし,その具体的な事件処理・経理処理・税務処理等の事務は,基本的に原告が被告の業務の委託を受けて遂行する。具体的には,入出金管理として,①預り金口,②経費口及び,③納税用の3つの銀行預金口座を新規開設し,それらの通帳及び銀行取引印の管理は原告の妻であるA(以下「A」という。)が行うものとし,通帳の入出金及び記帳はAが担当する。
エ a事務所においては,収入の中から原告の同意の下,被告の報酬,被告の名で雇用する従業員の人件費,その他の費用を適宜支出する。
a事務所の収入(売上)から上記の費用を除いた金額はすべて被告の原告に対する業務委託費としてa事務所の経費口から支払い,b事務所の売上として計上し,もし不足(赤字)を生じた場合は,原告の負担とする。
オ a事務所において必要な従業員は,原告の同意の下,被告を雇用主として雇い入れるものとし,その条件は原告が決する。
カ a事務所の事務を統括し,原告及び被告を補弼するものとして事務長一人を置く。事務長にはAの実兄であるB(以下「B」という。)が就任する。Bの報酬は,給与とはせず,歩合とした上,Bが取締役を務める有限会社○○実業(以下「○○実業」という。)に支払う。
(4)  a事務所においては,平成14年1月ころから平成15年12月ころまでの間,本件合意に従って,主として多重債務者らから委任を受けて,b事務所から引き継いだ事件310件,a事務所として受任した事件341件及び亡C弁護士が経営していた法律事務所c(以下「c事務所」という。)から引き継いだ事件211件の合計約860件の自己破産事件,個人再生事件及び任意整理事件等を取り扱った。
この間,原告は,本件合意に従い,被告名義の銀行預金口座をAに管理させるなどして,a事務所の経理業務を行い,被告は,原告に対し,報酬又は業務委託料を支払った。
(5)  被告は,平成15年12月8日,Aが管理していた被告名義の銀行預金口座の届出印を変更し,Aが同口座から金員を引き出せないようにした。
そして,そのころ,本件合意は解消され,原告は,被告に対し,上記銀行預金口座の通帳等を引き渡した。なお,被告が引渡を受けた時点における銀行預金口座の残金は,株式会社みずほ銀行(以下「みずほ銀行」という。)お茶の水支店の預金口座(口座番号〈省略〉)が3465万2690円,同支店の預金口座(口座番号〈省略〉)が60万8355円,株式会社富士銀行(当時)お茶の水支店の預金口座(口座番号〈省略〉)が632万3144円及び株式会社三井住友銀行(以下「三井住友銀行」という。)神田支店(口座番号〈省略〉)の預金口座が3226万3564円の合計7384万7753円であった。
(6)ア  被告は,原告に対し,次のとおり,いずれも弁済期を定めることなく,各金員を貸し付けた。
(ア) 平成14年9月30日 1000万円
(イ) 平成15年6月10日 300万円
(ウ) 同月13日 400万円
イ  原告は,被告に対し,次のとおり,上記アの貸付金のうち合計600万円を弁済した。
(ア) 平成15年3月31日 200万円
(イ) 同年7月9日 200万円
(ウ) 同年10月6日 100万円
(エ) 同年11月26日 100万円
ウ  被告は,原告に対し,平成19年10月26日,7日以内に貸付残金1100万円を支払うように催告した。
2  原告の主張
(1)  本訴請求
ア a事務所において原告と被告とが共同受任した事件について,被告は主として依頼者との初回面談業務等を行ったが,自己破産・個人民事再生の申立て,裁判所への出頭,和解交渉等その余の業務のほとんど全てを,原告及びその指揮に服する事務員が遂行した。ところが,被告が銀行預金口座を凍結し,原告による業務遂行を妨害し不能ならしめたため,本件合意の解消に同意して,本件合意を合意解除し,預り金等を被告に引き渡すとともに,被告が以後単独で受任事件に関する業務を遂行することを承諾した。これによって,被告は,原告が被告と共同受任した事件についての弁護士報酬請求権を独占して取得することとなった。
原告と被告が共同受任した事件の弁護士報酬は,そのほとんどが多重債務者の事件という性格上,長期の分割払の約定であったため,被告は,上記合意解除時点における未払報酬請求権及び得べかりし成功報酬を取得している。
イ 本件合意は,原告と被告が共同してa事務所を営むことを約する契約であり,組合契約(パートナーシップ契約)としての性質を有する。したがって,上記の未払報酬請求権及び得べかりし成功報酬の請求権は,実質的には原告と被告の共有に属するものである。
本件合意の合意解除は,組合員が2人の組合におけるものであり,組合員の脱退又は組合の解散のいずれとも構成し得るから,原告は,被告に対し,脱退組合員の持分払戻請求権(民法681条1項)又は組合残余財産分配請求権(同法688条3項)に基づき,上記の未払報酬請求権及び得べかりし成功報酬の請求権について,原告と被告の出資の割合に応じて原告に帰属すべき相当分を請求することができるというべきである。
ウ 上記の未払報酬請求権及び得べかりし成功報酬の請求権についての実質的持分の割合は,労務,信用及びリスクを総合した出資の割合に応じて決めるべきであり,下記の各割合を下らない。
(ア) 自己破産事件及び個人民事再生事件について,既に免責決定又は再生計画の認可を得ていた別紙1記載の80件は,その事務のほとんど全てを原告が遂行したから,未払着手金の9割,得べかりし成功報酬の10割を原告が取得するのが相当であり,その金額は1557万8490円である。
(イ) 自己破産手続申立済みの別紙2記載の14件については,未払着手金の9割,得べかりし成功報酬の8割を原告が取得するのが相当であり,その金額は295万6664円である。
(ウ) 自己破産手続準備中の別紙3記載の51件については,未払着手金の5割,得べかりし成功報酬の0割を原告が取得するのが相当であり,その金額は492万円である。
(エ) 未清算の任意整理の別紙4記載の118件については,未払着手金及び得べかりし成功報酬の各5割を原告が取得するのが相当であり,その金額は1251万1216円である。
(オ) 以上によれば,原告が取得すべき金員の合計額は,3105万1290円となる。
(2)  反訴請求について
ア 不当利得返還請求(主位的請求)について
平成13年12月ころから,b事務所に多くの多重債務者らが相談に押し掛けるようになり,従来のような静謐な職場環境を維持できない状態となったため,原告は,被告と相談の上,近くに別事務所を開設して多重債務事件を処理することとした。このような動機,経緯で,a事務所の設立に至ったものであり,原告が老齢な被告を利用して巨利を得るなどという不法な目的があったわけではない。
また,弁護士法20条3項は,1人の弁護士が物理的・場所的な意味において弁護士活動の主たる拠点である施設を複数設けることを禁止するものと解すべきであり,他の弁護士や法律事務所に対して,指揮や経営する等の親子事務所の運営や,複数の弁護士が複数の法律事務所を共同経営するという「経営」あるいは「運営」の問題は,その禁止の対象からは除外されているものというべきである。b事務所は原告が設置者であり,a事務所は被告が設置者であるから,同項に違反することはない。仮に,本件合意が同項に違反するとしても,同項は取締法規にすぎないから,公序良俗違反となるものではない。
原告のa事務所に対する金銭管理行為及び業務管理行為等の関与は,すべて被告との合意に基づいて行ったことであり,被告は,その自由,独立の意思に基づいて本件合意を締結したのであるから,本件合意は,何ら被告の事務所運営権を侵害するものではなく,弁護士の職務の自由ないし独立を侵害して司法秩序を阻害するものでもない。
本件合意の締結当時,a事務所における多重債務の処理が必ず収益を生むとは予測できず,場合によっては赤字を生じる可能性もあったが,被告が,赤字が発生した場合には原告がそれを負担するように求めたために,本件合意はそのような趣旨に改定された経緯がある。また,原告は,a事務所の収入の中から,家賃,従業員の人件費,被告の報酬等の必要経費を除いた残額を,業務委託費として取得することになっていたのであるから,被告が主張するようにa事務所の収益の100パーセント近い額を取得したということもない。そして,原告は,被告の申出に従って,被告の報酬を当面固定的に月額50万円とし,実績に応じ増額配分することとしたものである。したがって,本件合意が暴利行為であるなどとはいえない。
以上のとおり,本件合意は何ら公序良俗に反するものではない。
仮に,本件合意が無効であるとすると,それは被告が主張するように,a事務所の経営主体が原告であるということであるから,依頼者から受領した報酬は原告自身に帰属するものということになる。したがって,原告は「他人の」財産や労務により利益を受けたものではないから,不当利得返還請求権は発生しない。
イ 清算金請求(予備的請求)について
(ア) 本件合意の合意解除
原告は,被告によって,被告名義の銀行預金口座を凍結するという本件合意に対する妨害行為があったため,原告として依頼者に対する迷惑を回避するために,本件合意の合意解除に応じることとしたものである。本件合意の合意解除に原告の責めに帰すべき事由はない。
(イ) 共同受任事件について
被告が提示する清算基準は,被告が独自に考え出したものにすぎず,清算金の計算根拠たり得ない。
(ウ) c事務所からの引継事件について
c事務所からの引継事件は,依頼者との関係で被告が単独で受任した事件であるが,原告において,本件合意に基づき被告の委託を受けて事件を処理したものである。原告は,c事務所からの引継事件について,被告から,新規受任と同様の形で受任しており引継ぎに際して金員の移動はないと説明されており,依頼者から受領した金員については,他の事件と同様に処理してきたから,原告が委託処理に基づく費用を取得するのは当然である。
ウ 貸金請求について
被告の主張する事実はすべて認める。
エ 立替金請求について
本件合意には,原告が被告名で税務申告手続及び税金の支払を処理することとの内容は含まれていない。
なお,本件合意を解消した被告自身が,本件合意を根拠として納税した額に相当する金員の支払請求をすることは矛盾している。
3  被告の主張
(1)  本訴請求について
本件合意の法的性格は,業務委託契約であり,契約終了に関する処理は,委任に関する民法648条3項の適用を受ける。
仮に,本件合意の法的性格が組合契約であるとしても,本件合意は,後記のとおり,公序良俗に反し無効であるから,依頼者からの入金時期が本件合意の解消の前後いずれであるかにかかわらず,原告が本件合意に基づいて取得し得る金員は存在しない。原告が利益を保持することは,民法708条ただし書の類推適用により,又は信義誠実の原則により許されない。
また,本訴請求について,被告による認否の対象となる債務整理事件の数は650件余と大量であり,本件合意の解消後の依頼者からの入金額等について確認することには膨大な労力を費やさなければならないから,被告において具体的・個別的な認否はしない。仮にそれが可能であったとしても,原告が被告に対して個別的な認否を求めることは,著しく信義に反する。
(2)  反訴請求
ア 不当利得返還請求(主位的請求)
(ア) 本件合意においては,a事務所における受任事件の弁護士報酬等の計算は,被告の名義で行うものの,具体的な事件処理・経理処理・税務処理等の事務は,原告が被告の業務の委託を受けて遂行するものとされ,a事務所の収入から,家賃,従業員の人件費及び被告の報酬(月額50万円)等の必要経費を除いた残金は,被告から原告への業務委託費として,全て原告に支払うこととされていた。
被告は,原告に対し,本件合意に基づき,報酬又は業務委託料の名目で,次の金員を支払っており,原告はこれを利得している。
平成14年 3386万7750円(報酬)
1588万7078円(業務委託費)
平成15年 5230万0000円(報酬)
1438万5000円(業務委託費)
合計 1億1643万9828円
(イ) 本件合意は,原告が被告にa事務所を開設させた上,同事務所を事実上支配し,多重債務事件を大量に処理させ,被告の犠牲の下に巨利を得るという不法な目的により締結されたものであって,次のとおり,a目的の不法性,b司法秩序阻害(二重事務所禁止違反,弁護士の職務の独立の侵害),c暴利行為性の点において,公序良俗に反し,無効である。
a 目的の不法性
多重債務事件については,弁護士でない者が老齢弁護士等を利用して法律事務所を開設し,多数の事務員らを雇用して大量の事件を取り扱うことにより,巨額の利益を得るというような問題が起きている。
a事務所は,被告が主宰者であるにもかかわらず,原告がその運営を支配しており,また,原告の義兄であるBが事務長として,2年間に3300万円余の収益を得ており(被告の2年間の所得は約1200万円である。),これは,弁護士でないBが弁護士の収益を分配するという上記問題と同様の構造であり,弁護士法72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)違反の可能性が極めて高い。
このような構造からみれば,本件合意の目的が,原告が被告を利用して,Bとともに,不法に巨額な利益を得ようとするものであることは明らかである。
b 司法秩序阻害
本件合意は,a事務所の唯一の登録弁護士である被告が,原告に対し,同事務所の主要な業務を委託した業務委託契約であり,原告は,b事務所とa事務所の2個の法律事務所の主宰者ということになるから,弁護士法20条3項に違反する。
また,本件合意により,原告は,被告が本来持つべきa事務所の業務運営上の実権を,義兄のB及び妻のAを介して事実上支配して,その収益の100パーセント近くを獲得することとなったが,これは,被告の弁護士としての職務の独立の基礎となる法律事務所の独立・自由な運営を妨害したことを意味する。
したがって,本件合意は,弁護士制度に対する国民の信頼が大きく失墜する可能性を内包したものであり,我が国の司法秩序を大きく阻害するものというべきである。
c 暴利行為性
原告は,本件合意により,a事務所の収益の100パーセント近い額を得ることになるが,他方,被告は,月額50万円の収入しか得られないにもかかわらず,a事務所の登録弁護士として顧客に対する対外的責任を一手に負担することになる。被告は,生来の人の良さ,長年の学究生活で弁護士業務に通じていなかったこと,原告を無条件に信頼していたこと等から,原告の説明を信じ込んで本件合意を締結したものであり,原告は,被告の上記状況を熟知して,それを利用して本件合意を締結させた。
このような経緯及び合意内容の著しい偏頗性を総合して判断すると,本件合意は暴利行為に該当するというべきである。
(ウ) 被告は,本件合意の解消後,a事務所における継続事件の処理のために,合計5113万4499円の私費を出捐しており,老後の蓄えの全てを費消してしまい,経済的に極めて不安な生活を送っている。
上記のとおり公序良俗違反である本件合意において,当事者の不法性の強度は原告が圧倒的に大である。
(エ) 原告は,本件合意が公序良俗に反し無効であることを認識していたから,悪意の受益者として,利得に法定利息を付して返還する義務がある。
イ 清算金請求(予備的請求)
仮に本件合意が無効でないとしても,本件合意は,委任契約又は準委任契約の性質を有するから,被告は,原告に対し,委任者が受任者に対して有する委任事務を処理するに当たって受け取った金銭の引渡請求権(民法646条)に基づき,依頼者から受け取った弁護士報酬等全額を清算金として返還することを求めることができる。
原告と被告は,平成15年1月以降,東京弁護士会非弁提携弁護士対策本部(以下「非弁対策本部」という。)の調査を受けるようになったが,原告が,a事務所の経費の内容について,調査担当の委員らに適切に説明できなかった。また,同年7月ころ,債権者へ支払が滞っているとの指摘があるなどしたため,被告が原告に対し金銭管理について問い質したが,原告から具体的説明がされなかった。そこで,被告は,原告に対する信頼をなくし,同年12月8日,被告名義の銀行預金口座の届出印を変更するとともに,同月9日,原告に対し,本件合意を解除する旨の意思表示をした。原告は,同月12日,本件合意の解除を受諾した。
したがって,本件合意は,原告の責めに帰すべき事由により解除されたものであるが,仮にこれが合意解除であるとしても,原告の責めに帰すべき事由によって本件合意が終了したことに変わりがない。
そして,本件合意は原告の責めに帰すべき事由によって中途で終了したものであるから,原告は,報酬請求権を有しておらず(民法648条3項),受け取った弁護士報酬全額1億1643万9828円を被告に返還すべき義務を負う。
仮に,原告の責めに帰すべき事由による終了でないとしても,原告は,次のとおりの清算基準により,被告に清算金を支払う義務があるものというべきである。
(ア) 共同受任事件について
a 任意整理事件の清算基準
① 基本的に終了事件(全債権者の半数以上と和解終了している事件)
依頼者からの入金額から,a事務所における共同受任事件について受任の際の基準として用いていた「クレジット・サラ金事件弁護士報酬」(以下「クレサラ基準」という。その内容は,別紙5のとおりである。)による着手金全額,和解成立した債権者数に応じたクレサラ基準による報酬,振込済和解金及び事務手数料を差し引いた残金。
② 基本的に未了事件(和解未成立が債権者の半数を超える事件)
依頼者からの入金額から,和解成立した債権者数に応じたクレサラ基準による着手金と報酬,振込済和解金及び事務手数料を差し引いた残金。
③ 未着手事件(着手金は受領しているが,1件も和解が成立していない事件)
依頼者からの入金額全額。
④ 辞任事件
未払清算金額(依頼者への清算金の清算を被告も負わなければならない。)。
任意整理事件について,具体的な清算金額は,別紙6のとおり,6125万2650円となる。
b 破産事件の清算基準
① 本件合意の解消までに破産手続開始決定がされている事件
依頼者からの入金額から,クレサラ基準による着手金と報酬,及び破産申立経費を差し引いた残金。
② 破産申立済みであるが,本件合意の解消までに破産手続開始決定がされていない事件
依頼者からの入金額から,クレサラ基準による着手金及び破産申立費用を差し引いた残金。
③ 未着手事件(破産申立てに至っていない事件)
依頼者からの入金額全額。
④ その他(上記①の事件で特別な事情のある事件)
特別な事情(1回の免責審尋で免責決定がされない事情)のある事件があった場合は,その状況に応じて改めて協議し,決定する。
⑤ 辞任事件
未払清算金額(依頼者への清算金の清算を被告も負わなければならない。)。
破産事件について,具体的な清算金額は,別紙7のとおり,3931万0218円となる。
c 民事再生事件の清算基準
① 本件合意の解消までに,認可決定済みの事件
依頼者からの入金額から,クレサラ基準による着手金と報酬及び民事再生申立費用を差し引いた残金。
② 未着手事件(民事再生申立てに至っていない事件)
依頼者からの入金額全額。
③ 辞任事件
未払清算金額(依頼者への清算金の清算を被告も負わなければならない。)。
民事再生事件について,具体的な清算金額は,別紙8のとおり,1096万7438円となる。
d 原告は,被告に対し,平成15年12月8日,原告が管理していた被告名義の銀行預金口座の通帳等を引き渡し,被告は預金残高合計4158万4189円を取得した。
上記aないしc記載のとおり,原告が被告に対し支払うべき清算金額は合計1億1153万0306円(=6125万2650円+3931万0218円+1096万7438円)であり,上記記載のとおり,原告は被告に合計4158万4189円を引き渡したから,原告が被告に対して支払うべき清算金額は,残り6994万6117円となる。
(イ) c事務所からの引継事件について
a 原告と被告は,c事務所から処理が中途の事件を引き継いで共同して受任し,依頼者との間で,着手金及び報酬について,依頼者がc事務所と合意した着手金及び報酬額より既払の着手金及び報酬額を差し引いた残額をa事務所の報酬として支払うとの合意をした。
したがって,c事務所からの引継事件については,事件処理終了以前には報酬を受領することはもちろん請求もしないとの合意がされているのであるから,原告は,被告に対し,本件合意が解消された時点において事件処理を終了していない事件については,着手金及び報酬を計上し受領せずに清算金を支払う義務がある。
b c事務所から事件を引き継いだ平成14年12月5日から本件合意が解消された平成15年12月8日までの間の,依頼者からの入金額は1億1028万5626円である。
本件合意の解消時までに,依頼者の債権者である貸金業者等に和解金等として支払った金員は3420万4120円である。
本件合意の解消時に,被告が原告から引渡しを受けた預金口座の残高は,3226万3564円である。
したがって,原告が着手金及び報酬として受領してしまっているのは,4381万7942円(=1億1028万5626円-(3420万4120円+3226万3564円))である。
(ウ) 以上によれば,仮に,被告が原告に対して受領した弁護士報酬等全額の返還を求めることができないとしても,被告は,原告に対し,少なくとも合計1億1376万4059円(=6994万6117円+4381万7942円)の支払を求めることができる。
(エ) 仮に,原告がa事務所の業務に弁護士として関与した部分について,弁護士報酬相当額の金員を取得できるとしても,原告の関与の度合いは,業務に携わった時間,事務所不在状況等を考慮すると,50パーセントを超えることはあり得ない。したがって,原告は,1億1643万9828円に被告が報酬として受領した1150万円を加算した額の2分の1から1150万円を差し引いた5246万9914円を返還する義務があることは明らかである。
ウ 貸金請求(上記ア及びイと単純併合)
前記1(7)記載のとおり,被告は,原告に対し,1100万円の貸金返還請求権を有しており,催告で定めた弁済期の翌日である平成19年11月3日から遅延損害金が発生している。
エ 立替金請求(上記ア及びイと単純併合)
本件合意においては,原告は,被告名で税務申告手続を行い税金の支払を処理することとなっていたことから,原告は,平成15年3月6日,被告名の平成14年度の所得税の申告書を東村山税務署に提出した。ところが,平成17年2月ころ,被告は,同税務署から,上記申告について,売上が過少申告である旨の指摘を受けたため,平成17年3月11日,修正申告書を提出した。
その結果,被告には下記のとおりの納税義務が生じたために,被告は,原告に代わってこれを立替払した。したがって,原告は,事務管理の費用償還として立替金の支払義務を負う。

(ア) 所得税(本税) 522万3100円
(延滞税) 240万1000円
(合計) 762万4100円
(イ) 市民税・都民税(本税) 205万5400円
(ウ) 個人事業税(本税) 72万6600円
合計 1040万6100円
オ よって,被告は,原告に対し,①主位的に,不当利得返還請求権に基づき,利得金1億1643万9828円及びこれに対する本件合意の解消の日の翌日である平成15年12月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息,予備的に,民法646条に基づき,1億1643万9828円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,②金銭消費貸借契約に基づき,貸付金1100万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成19年11月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,③事務管理に基づき,立替金1040万6100円及びこれに対する本件弁論準備手続期日において被告の平成19年11月6日付け「訴えの追加的変更の申立書」を陳述した日の翌日である同月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
4  争点
(1)  本訴
本件合意が組合契約(パートナーシップ契約)の性質を有し,原告が,被告に対し,脱退組合員の持分払戻請求権(民法681条1項)又は組合残余財産分配請求権(同法688条3項)に基づく支払を請求できるかどうか。仮に本件合意が組合契約の性質を有するとして,本件合意が公序良俗に反し無効であるかどうか。
(2)  反訴
ア 本件合意が公序良俗に反し無効であるかどうか(不当利得返還請求(主位的請求))。
イ 本件合意が委任契約又は準委任契約の性質を有し,被告が,原告に対し,民法646条に基づき清算金の支払を請求できるかどうか(清算金請求(予備的請求))。
ウ 被告が,事務管理として立替払した税金について,立替金の支払を請求できるかどうか(立替金請求)。
第3  当裁判所の判断
1  前記前提となる事実,証拠(甲1から11,13から24,乙1から23,25,26,29から48(いずれも枝番号を含む。),原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)  原告は,昭和55年4月に弁護士登録した弁護士であり,弁護士業の傍ら,商法の研究に従事し,昭和61年2月ころから,d法律事務所のパートナー弁護士であった。
一方,被告は,商法の研究者であり,平成6年3月に専修大学教授を定年退職し,その後,帝京大学に勤務し,平成11年3月に同大学を定年退職後,同年5月,75歳の時に自宅を事務所として弁護士登録をした。
原告は,d法律事務所が解散し,同事務所が賃借していた東京都文京区〈以下省略〉所在の「eビル」5階の事務所の賃貸借契約,リース契約,数人の事務員及び備品等を引き継ぐこととなったため,商法の研究会で知り合った被告を誘い,平成12年3月,事務所の名称に原告と被告の名を付したb事務所を開設した。
b事務所には,原告と被告のほか,1名の勤務弁護士,数名の事務員がおり,原告の妻であるAは,事業専従者とされていた。被告は,事務所の1室を与えられていたが,弁護士業務の経験がほとんどなかったため,法律相談センター等を通じた約25件程度の債務整理事件等を原告あるいは同事務所の勤務弁護士と共同で受任して取り扱っただけで,b事務所の経営には全く関与しておらず,その実態は勤務弁護士とは変わりがなかった。
(2)  平成13年12月ころ,多数の債務整理事件等を取り扱っていた日比谷の森法律事務所が廃業したことが影響して,b事務所においても,多重債務者らによる自己破産事件,個人再生事件及び債務整理事件等が急増していたため,原告は,b事務所とは別にその種の事件を主に取り扱う法律事務所を新設することを考えたが,弁護士事務所の法人化がされる前の時期であり,弁護士法が複数事務所の設置を禁止していたことから,被告を新設する事務所の登録弁護士とし,原告がその実質的経営を行うこととして,「a法律事務所についての合意書」(甲7)を作成し,被告にそれを提示した。上記合意書には,a事務所における事件の受任は,「必要に応じて」原告と被告との共同受任とすること,a事務所の経理処理等の事務は,「必要に応じて」原告が被告の委託を受けて行う旨の記載があった。被告は,上記合意書を検討した上,平成14年1月7日,それに一度は署名・押印をしたものの,同事務所の経営を原告に任せ,経費に赤字が発生した場合には,原告がそれを負担することを求め,原告も,これを受け入れて,同事務所における事件の受任は,「原則として」原告と被告との共同受任とすること,同事務所の事件処理,経理処理,税務処理等の事務は,「基本的に」原告が被告の委託を受けて行うことなど,上記合意書の規定を若干修正して,「a法律事務所についての合意書」(甲1)を作成し,原告,被告及び立会人としてBが署名・押印した。上記合意書には,次のような規定があった。
1(a事務所の設立)
原告及び被告は,平成14年1月8日よりa事務所をb事務所とは別個に設立する。
2(a事務所の目的)
a事務所は,倒産事件・破産事件・債務整理事件等不況型事件の著しい増加傾向に伴い,また本年4月に導入される弁護士事務所の法人化等法律事務所の経営環境の変化に対応し,b事務所の機能分離に伴う経営の効率化・合理化に資するために設立される。
3(a事務所の代表及び原告・被告のパートナー関係)
(1) a事務所の代表として被告が就任するものとし,被告の登録事務所はa事務所とする。
(2) 原告・被告のパートナーとしての業務協力関係は従来どおりとし,b事務所もその名称を当面継続するものとし,被告は,従来どおり弁護士法20条3項ただし書によりb事務所の施設・資料・人員を使用し得るものとするが,同法同条同項本文によって禁止される複数事務所の兼営に該当することのないよう所属関係の表示等に留意する。
4(a事務所における事件の受任)
a事務所における事件の受任は,原則として被告及び原告の共同受任の形態を採る。なお,被告の個人的関係に係る事件その他原告及び被告において適当と認める事件は,従来どおりb事務所においての共同受任の形態を採る。
5(a事務所の収支)
(1) a事務所にて受任した事件の弁護士費用・報酬及び預り金の計算は,被告名義にて行うものとし,その具体的な事件処理・経理処理・税務処理等の事務は,基本的に原告が被告の業務の委託を受けて遂行する。
(2) a事務所においては,前項の収入の中から原告の同意の下,下記の費用を適宜支出する。
① 家賃・水道光熱費
② 交通・通信費
③ 被告名義で雇用する従業員の人件費
④ 什器備品その他の設備費用
⑤ 営業費用
⑥ 被告の報酬
⑦ その他a事務所において必要な一切の費用
(3) a事務所の収入(売上)から前項の費用を除いた金額はすべて被告の原告に対する業務委託費としてb事務所の売上として計上し,もし不足(赤字)を生じた場合は,原告の負担とする。
6(従業員の雇用及び監理)
(1) a事務所において必要な従業員は,原告の同意の下被告を雇用主として雇い入れるものとし,その条件は原告が決する。
(2) 略
(3) a事務所の事務の遂行に支障がなく,経営及び事務の合理化並びに従業員の福祉の向上に資するため,原告及び被告は,a事務所の事務及び業務の全部又は一部を第三者に委託する形態を採る。
7(a事務所事務長)
(1) a事務所に本合意書の趣旨に従って,a事務所の事務を統括し,原告及び被告を補弼するものとして事務長一人を置く。
(2) 略
8 本合意書に変更の必要が生じた場合,若しくは定めのない事項については,原告・被告適宜協議の上定める。
9 略
さらに,原告と被告は,同日,B,A及びD税理士(以下「D税理士」という。)らが同席して,上記合意書を踏まえ,a事務所の業務体制等の詳細について協議をし,概ね,次のとおりの合意をした。
1 被告は,初回の面談を担当する。被告の報酬は,当面月額50万円とし,実績に応じ増額分配する。
2 事務長には,Bが就任する。Bの報酬は給料とはせず,歩合とした上,○○実業に支払う。
3 a事務所の銀行預金口座として,預り金口,経費口及び納税用の3つの預金口座を新規開設する。それらの預金口座の通帳及び届出印は,Aが管理し,通帳の入出金及び記帳もAが行う。
4 経理については,D税理士を顧問税理士とし,月額10万5000円を自動振込みで支払う。
(3) 原告は,b事務所がある「eビル」から程近い東京都千代田区〈以下省略〉所在の「fビル」6階の事務所をa事務所の事務所とし,被告を賃借人,自己を連帯保証人として事務所の賃貸借契約を締結し,保証金約249万円を含む事務所開設費用約350万円を支払ったが(なお,後日,a事務所の経費から同額を回収している。),被告は,同事務所の設立に際し,特に出資はしなかった。被告は,平成14年1月8日,所属の東京弁護士会に事務所変更の届出をした。そして,同事務所における業務が開始された。同事務所においては,原告の同意のもと,5名の事務員が雇用されて,業務を行っていたが,被告は,主に依頼者との初回の面談を行うだけで,自ら同事務所の経営に関与することはほとんどなく,事務長であるBが,同事務所の業務全般を取り仕切っていた。原告は,時折,同事務所を訪れ,事件の処理に関与するとともに,Bらに経営面の指示をしていた。同事務所の経理は,Aが管理していたほか,同事務所の事務員らの給与明細書の作成,納税準備金の管理,受任事件の債権者一覧表の作成及び事件処理表の作成等は,b事務所の事務員が行っていた。
a事務所は,b事務所から引き継いだ事件310件を含めて651件の事件を扱った。
a事務所においては,本件合意に基づき,依頼者から受領した預り金,報酬等の金員等は,「預り金口」の銀行預金口座に入金された上,債務弁済協定や和解に基づいて債権者等に支払われるなどし,一定額を超えた時点で報酬に組み入れられて,「経費口」及び消費税の納税のための「消費税口」に振り替えられ,「経費口」から,①家賃・水道光熱費,②交通・通信費,③被告名義で雇用する従業員の人件費,④什器備品その他の設備費用,⑤営業費用,⑥被告の報酬,⑦その他a事務所において必要な一切の費用が支払われた後,残額は全て報酬及び業務委託費として原告に支払われ,b事務所の売上げとして計上されていた。そして,平成14年1月から平成15年12月までの間に,原告は,報酬及び業務委託料として,合計1億1643万9828円を取得した。また,上記期間中に,Bは,業務委託料,報酬及び給料として合計2566万8944円を,Bが経営する○○実業は,業務委託料として734万8676円をそれぞれ取得した。これらの金員の入出金の管理は,Aが行った。
一方,被告は,a事務所における執務の報酬として,原告から月額50万円(平成14年12月分は100万円)を受領していたが,そのうち5万円(同月分は10万円)は源泉税分として控除されており,被告が実際に受け取った金額は,月額45万円(同月分は90万円)であった。
(4) a事務所は,平成14年12月ころ,c事務所の関係者から,多重債務者らの自己破産,債務整理事件等を引き継ぐように依頼された。被告は,c事務所から事件を引き継ぐこととしたが,原告は,事務所経営上のリスクも予想されたため,当初それに反対していたものの,最終的には引継ぎを了解した。
c事務所からの引継事件については,被告が単独で受任し,他の事件とは別の銀行預金口座(三井住友銀行神田支店の口座番号〈省略〉)で管理することとし,依頼者との間では,依頼者がc事務所と合意した着手金及び報酬額から既払の着手金及び報酬額を差し引いた残額をa事務所の報酬として支払う旨の合意をした。もっとも,原告は,c事務所からの引継事件についても,共同受任した事件と同様に,その処理に関与し,報酬及び業務委託料を取得した。
a事務所においては,c事務所から事件を引き継いだことなどから,新しく7名の事務員を雇用した上,Bが主導して,従来からの債務整理事件を担当するAチーム,自己破産事件及び個人再生事件を担当するBチーム,c事務所からの引継事件を担当するCチームに分けて業務体制を拡充した。
a事務所が扱ったc事務所からの引継事件は211件であった。
(5) a事務所は,このようにして,多数の多重債務者らからの自己破産,債務整理,個人再生事件を取り扱っていたが,債権者らから苦情が申し立てられたため,非弁対策本部は,平成14年12月17日付けで,被告に対し,日本弁護士連合会「多重債務処理事件にかかる非弁提携行為の防止に関する規程」等に基づき調査を開始する旨を通知した。これ以降,原告及び被告は,非弁対策本部の事情聴取を受ける等の調査を受けることとなった。この調査においては,調査担当の委員らから,a事務所の経理を含め業務の在り方等について質問がされたが,原告や被告は,委員らが納得する説明や回答をすることができなかった。
(6) 被告は,非弁対策本部からの事情聴取を受け,弁護士法に違反する疑いを持たれ,懲戒処分を受けるおそれもある状況で,本件合意に基づいてa事務所の運営を継続することが困難となったため,早急に本件合意を解消して原告との関係を断つことが適当であると判断し,平成15年12月8日,原告が管理していた被告名義の銀行預金口座に関する届出印を変更する旨の届出をして,Aが預金の出金ができないようにするとともに,同月9日,代理人であるE弁護士を通して,原告に対し,本件合意を解消し,上記預金口座に係る通帳等を引き渡すように求めた。
原告は,同様に,直ちにこれを受け入れ,同月12日,本件合意を解消することを了承し,そのころ,被告に対し,上記銀行預金口座の通帳等を引き渡した。被告が引渡を受けた時点における預金残高は,合計7384万7753円であった。
そして,原告は,a事務所の経営から手を引き,被告自らが同事務所を運営し,受任事件を処理することを了解し,Bも同事務所を退所した。もっとも,取り扱う事件が多く,被告自身も弁護士としての執務経験が乏しく法律事務所経営の経験もなかったため,事件の処理を他の弁護士らに委任せざるを得なかったことなどから,原告から引渡しを受けた上記7384万7753円だけでは,事務所の運営は困難となり,自己の資金で補填することを余儀なくされた。
(7) 原告は,本件合意に従い,平成15年3月6日,D税理士に委任して,被告名で平成14年度の所得税の申告書を東村山税務署に提出した。ところが,平成17年2月ころ,被告は,同税務署から,平成14年度の所得税の申告について,売上が過少申告である旨の指摘を受けた。同税務署は,b事務所にも調査に訪れ,Aから,a事務所の経理に関する資料の提出を受けた。そのため,被告は,修正申告を余儀なくされ,平成17年3月11日,修正申告書を提出した。
その結果,被告には,次のとおり,納税義務が生じ,被告は,これを納付した。
ア 所得税(本税) 522万3100円
(延滞税) 240万1000円
(合計) 762万4100円
イ 市民税・都民税(本税) 205万5400円
ウ 個人事業税(本税) 72万6600円
合計 1040万6100円
(8) 東京弁護士会懲戒委員会は,平成19年10月26日,被告に対し,弁護士業務を4月停止し,原告に対し,弁護士業務を1年停止するとの議決をした。上記議決においては,被告の懲戒事由として,被告がa事務所で受任した多重債務整理事件の事件処理に伴う金銭処理について,自ら行うべき義務を放擲し,これを被告の指揮監督権の範囲外にあるAのなすままに委ねており,その管理すべき金額の全部について被告には著しい職務懈怠と依頼者からの信頼に違背する行為があったことが指摘され,また,原告の懲戒事由として,a事務所の業務に過度に介入し,これを原告のほぼ完全な従属下におき,Aを履行補助者として被告が管理処分権を有するa事務所の入出金管理を全面的,かつ,ほしいままに行っていること,a事務所に事件の周旋を行ったことによる対価の支払と推認されるような歩合給を被告に無断でBに対して支払い,被告が権利義務を負うa事務所の事件処理の独立性を全面的に剥奪したこと等が指摘されていた。
原告及び被告は,上記処分に対して,それぞれ審査請求を申し立てたが,日本弁護士連合会懲戒委員会は,平成20年11月10日,上記各審査請求を棄却するのを相当とする旨の議決をし,日本弁護士連合会会長は,同月11日,被告の審査請求を棄却する旨の,同月13日,原告の審査請求を棄却する旨の各裁決をした。
なお,原告は,平成21年5月11日ころ,東京高等裁判所に対し,上記裁決を取り消すことを求める懲戒処分取消請求事件を提起した。
2 本訴請求について
原告は,本件合意が組合契約(パートナーシップ契約)の性質を有すると主張し,被告に対し,脱退組合員の持分払戻請求権(民法681条1項)又は組合残余財産分配請求権(同法688条3項)に基づき,3105万1290円の支払を請求している。
確かに,平成14年1月7日付け「a法律事務所についての合意書」(甲1)には,b事務所のパートナー弁護士である原告と同事務所のパートナー弁護士である被告が,合意によって,a事務所を設立する旨の記載があり,原告・被告のパートナーとしての業務協力関係は従来どおりとする旨の規定も存在している。
しかしながら,前記認定によれば,被告は,大学において長年商法の研究に従事し,75歳になって弁護士登録をしたものの,弁護士業務の経験はほとんどなく,b事務所においても,事務所の名称として被告の名が付されていたとはいえ,法律相談センター等を通じた約25件程度の債務整理事件等を原告あるいは同事務所の勤務弁護士と共同で受任して取り扱っただけで,同事務所の経営には全く関与しておらず,その実態は,パートナー弁護士というには程遠く,勤務弁護士と変わりがなかったものである。そして,a事務所についても,原告が,その設立構想を発案し,その設立の具体的手続等も主導して行っている上,被告は,同事務所における唯一の登録弁護士であったにもかかわらず,その設立に際し,特に出資をせず,業務についても,主として依頼者との初回の面談を担当するのみであって,自ら同事務所の経営に関与することはほとんどなく,事務長で原告の義兄であるBが同事務所の業務全般を取り仕切り,原告の妻でありb事務所の事業専従者であったAが,a事務所の銀行預金口座を管理し,原告は,報酬及び業務委託費として合計1億1643万9828円を,B及び○○実業は,歩合の報酬として合計3301万7620円をそれぞれ取得したのに対し,被告は報酬として月額50万円(うち5万円は源泉税分として控除された。)を受け取ったにすぎなかったものである。
このようなb事務所及びa事務所における被告の執務状況,事務所経営への関与状況,報酬額等にかんがみれば,被告はa事務所の唯一の登録弁護士であったものの,同事務所の主宰者とは到底いえず,その実質は原告に雇用された勤務弁護士であったというほかはない。そうすると,a事務所の設立,管理・運営・計算等について定めた本件合意は,原告と被告とが,出資をし共同して事業を営むことを目的としたものとはいえず,組合契約(パートナーシップ契約)の性質を有するものではないことが明らかである。
したがって,原告が,本件合意が組合契約(パートナーシップ契約)の性質を有することを前提として,被告に対し,脱退組合員の持分の払戻し又は組合残余財産の分配を求める原告の本訴請求は理由がない。
3 反訴請求について
(1) 不当利得返還請求(主位的請求)について
被告は,本件合意が,①目的の不法性,②司法秩序阻害(二重事務所禁止違反,弁護士の職務の独立の侵害),③暴利行為性の点で,公序良俗に反して無効である旨縷々主張する。
確かに,前記認定のとおり,被告が取得した報酬に比べると,弁護士資格を持たないBが取得した業務委託料等は多額である上,原告は,法律事務所の法人化がされる前の時期で,弁護士法が複数事務所の設置を禁止していたため,弁護士経験の乏しい被告を利用して,a事務所の設立を計画したことが認められるが,本件合意においては,多重債務者らからの自己破産事件,債務整理事件及び個人再生事件等が増加していたとはいえ,事務所の経営には全くリスクがないわけではないにもかかわらず,被告からの求めを受け入れ,事務所の経費に赤字が発生してもすべて原告が負担することとしていたのであるから,原告が,Bとともに,被告を利用して不当に巨額の利益を得る目的を持っていたものということはできない。
次に,前記認定のとおり,原告は,一方でb事務所を設置してそれを経営しながら,他方でa事務所を設立し,義兄のBを事務長に就任させて業務全般を取り仕切らせ,妻でb事務所の事業専従者であるAに経理を管理させ,a事務所の収入の多くの部分を報酬及び業務委託料として取得し,同事務所の唯一の登録弁護士である被告をあたかも勤務弁護士のように使用し,同事務所を経営していたのであるから,a事務所をも設置していたものと理解でき,原告は,弁護士法20条3項本文に違反して,b事務所及びa事務所の2つの法律事務所を設置していたものというべきである。原告は,同項は,物理的な意味で複数の事務所を設置することを禁止するにすぎず,経営や運営を禁止するものではないなどと縷々主張するが,本件においては,原告は,b事務所を設置しながら,a事務所を実質的に設置していたと評価できるのであるから,複数の共同事務所を経営したり,複数の共同事務所の経営に参画したのとは異なり,前提が異なるから採用の限りではない。もっとも,同項の規制の趣旨は,非弁護士の温床となることを防止すること,弁護士会の指導・連絡・監督権を確保すること等にあると解されるから,本件合意が同項本文に違反するとしても,同法56条1項の懲戒事由となることは格別,そのことから直ちに公序良俗に反するものとして本件合意の私法上の効力が否定されるものと解することはできない。
また,同様に,前記認定のとおり,原告がa事務所を経営していたものと認められるが,他方で,本件合意の成立に当たっては,被告が,自らの判断で,同事務所の経費に赤字が発生した場合においても自らはそれを負担しないことを求め,同事務所の経営を原告に委ねて自らは経営に関与しないことを望んでいたという経緯があるから,本件合意によって被告の弁護士としての職務の独立が侵害されたものとはいえない。
さらに,被告は,上記のとおり,a事務所の経費が赤字の場合でも責任を負わない代わりに,報酬を一定の額(月額50万円)とすることを受け入れたのであるから,結果として原告が被告より多額の金員を取得したからといって,本件合意が暴利行為に当たるものとはいえない。
したがって,本件合意が公序良俗に反して無効になるものとはいえない。
以上によれば,被告の不当利得返還請求(主位的請求)は理由がない。
(2) 清算金請求(予備的請求)について
被告は,本件合意は,原告が非弁対策本部の調査に対してa事務所の経費の内容について適切に説明ができなかったとか,債権者への支払が滞っているとの指摘があったために原告に問い質したが具体的説明がなかったなどとして,原告の責めに帰すべき事由により解除されたと主張するが,被告は,そもそも,本件合意の解消を求めた通知文書を証拠として提出せず,催告をした事実を何ら主張,立証しない上,非弁対策本部の調査に納得が行く説明や回答をしなかったのは,被告も同様であるから,原告のみにその責任があるとはいえず,原告が依頼者の債権者に対する支払を遅滞して抗議を受けたことについてもこれを認めるに足りる証拠はない。
かえって,前記認定によれば,被告は,非弁対策本部から事情聴取を受け,弁護士法違反の疑いを持たれ,懲戒処分を受ける可能性もある状況で,本件合意に基づいて同事務所の運営を継続していくことが困難になったため,早急に本件合意を解消して原告との関係を断つことが適当であると判断し,原告に対し,本件合意を解消し,同事務所の銀行預金口座に係る通帳等の引渡しを求めたところ,原告も,同様に,直ちにこれを受け入れ,本件合意の解消を承諾し,被告に対し,上記通帳等を引き渡したことが認められるから,本件合意は,合意解除されたものというほかはない。
そして,本件合意は,継続的な法律関係を規律するものであるから,合意解除されたことによって,遡及することはなく,将来に向かって失効することになるが,その法律関係の清算の方法や程度等は,当事者双方の合意によって定まるものというべきである。本件においては,本件合意の合意解除に際し,被告は,原告に対し,同事務所の経理に使用していた銀行預金口座に係る通帳等の引渡しを求め,原告もこれに応じて,7384万7753円の預金残高とともに上記預金口座に係る通帳等を引き渡すとともに,同事務所の経営から手を引き,被告がそれを経営し,共同で受任した事件を被告が単独で受任業務を遂行することなどを了解したが,それ以外に清算については特に合意がされた形跡はない。
被告は,本件合意によって,原告に対し,a事務所の事件処理・経理処理・税務処理等の業務を委託しており,被告は,その事務処理のために依頼者から受領した金員を原告に交付しているから,原告に対し,受け取った金銭の引渡しを請求することができると主張する。しかしながら,前記のとおり,そもそも,被告は,その実態において,a事務所の勤務弁護士と変わりなく,委任者というには疑問が残るが,この点を措くとしても,本件合意によれば,同事務所の経理に使用されていた銀行預金口座に入金された金員は,債権者らに対する和解金等の支払に充てられた上,同事務所の経費等に充てられる分を控除し,その残額を報酬及び業務委託費として原告が取得するものとされていたところ,報酬及び業務委託費として原告が取得した金員は,委任事務の処理のため受領したものではないから,委任者がその引渡しを請求できるものではない。また,原告が報酬等として取得した分以外の金員は,本件合意に従い,債権者に対する和解金やa事務所の経費等として支払われており,預金口座に保管されていた金員はすべて被告に引渡済みであるから,それ以外に委任者に引き渡すべき金員があるものとは認められない。
被告は,本件合意の解消後に,共同受任した事件を被告が単独で受任業務を遂行するために必要であるとして,破産事件,再生事件,債務整理事件ごとにクレサラ基準による弁護士報酬相当額を控除した清算基準を提示して清算を求めるが,その清算基準は,原告との間で合意がされたものではないから,清算の根拠となし得ない。
また,前記認定によれば,c事務所からの引継事件については,被告が単独で受任したものと認められるが,他の共同受任事件と同様に,本件合意の対象として,原告もその処理に関与し,報酬や業務委託費を取得したのであるから,c事務所からの引継事件についても,同様に委任者に引き渡すべき金員があるものとは認められない。
被告は,原告やBが不正に利得している旨を主張しているが,a事務所の指示で報酬の組入れがされることになっていたところ,実際に誰がどのようにしてその指示していたのかは,本件証拠上も明らかではなく,被告がそのような疑念を抱くことも理解できなくはない。しかしながら,そのような疑念を超えて経理処理に不正があったことを認めるに足りる証拠はない。そもそも,被告は,a事務所の経営を原告に委ねており,その実態は勤務弁護士にすぎないから,同事務所を経営することになり,単独で受任事件に関する業務を遂行するようになったとしても,特に合意がない限り,依頼者から受領した金員も含め同事務所の資産である金員の引渡しを当然に請求できるものではない。
以上によれば,被告の清算金請求も理由がない。
(3) 貸金返還請求について
被告の貸金返還請求の請求原因について,原告はすべて認め,抗弁も主張しない。
したがって,被告の貸金返還請求は理由がある。
(4) 立替金請求について
本件合意書では,a事務所における被告名義の税務処理の事務は原告が被告の業務の委託を受けて遂行するものと定められており(5項(1)),前記認定によれば,同事務所の顧問であるD税理士が,被告名の平成14年度の所属税の申告書を東村山税務署に提出して,被告に代わって税務申告手続を行っているのであるから,本件合意には,原告が被告名で税務申告手続及び税金の支払を処理することとの内容が含まれているというべきである。
そして,前記認定によれば,平成17年2月ころになって,被告は,同税務署から,被告の平成14年度の所得税の申告について,売上が過少申告である旨の指摘を受け,修正申告を余儀なくされ,修正申告書を提出し,その結果発生した納税義務に基づき,合計1040万6100円の所得税等を支払ったものである。これは,本件合意に基づき原告が本来負担すべきであった税金額を,被告が原告に代わって支払ったものであるから,他人の事務を管理したものとして,被告は,原告に対し,事務管理による費用償還請求権(民法702条1項)に基づき,同額の支払を求めることができる。
したがって,被告の立替金請求は理由がある。
4 結論
以上の次第であって,原告の本訴請求,被告の不当利得返還請求(主位的請求)及び清算金請求(予備的請求)はいずれも理由がないからこれらを棄却するが,貸金返還請求及び立替金請求は理由があるからこれらを認容することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 阿部潤 裁判官 上原卓也 裁判官 吉田達二)

 

〈以下省略〉

 

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