判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(84)平成28年 4月13日 東京地裁 平26(ワ)31692号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(84)平成28年 4月13日 東京地裁 平26(ワ)31692号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成28年 4月13日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平26(ワ)31692号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2016WLJPCA04138001
要旨
◆原告会社が、その代表取締役であった被告に対し、原告会社の保有する本件株式の売却に関して、その取得先となる会社の情報収集、適切な売却値段の査定、デューデリジェンス等を訴外会社に委託したことはなく、同社が係る業務を行っていないにもかかわらず、1億0605万円が原告会社から訴外会社に支払われたことについて、被告には善管注意義務違反があるとして、会社法423条1項に基づく損害賠償を求めた事案において、本件株式の売却に当たって訴外会社に対する情報収集、適切な売却値段の査定、デューデリジェンス等の委託や同社の業務の実態がないとまでは認められないから、その不存在を前提に、被告に特別背任に相当するような任務違背行為があるとは認められず、また、業務と対価の不均衡も認められないとして、請求を棄却した事例
裁判経過
上告審 平成29年 3月 2日 最高裁第一小法廷 決定 平29(オ)129号・平29(受)154号
控訴審 平成28年10月12日 東京高裁 判決 平28(ネ)2683号 損害賠償請求控訴事件
参照条文
会社法423条1項
民事訴訟法157条1項
裁判年月日 平成28年 4月13日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平26(ワ)31692号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2016WLJPCA04138001
埼玉県さいたま市〈以下省略〉
原告 株式会社X
(旧商号 株式会社a1)
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 和久田修
同 小林徹
東京都江戸川区〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 上原公太
同 横山雅
同 町田伸一
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、1億0605万円及びこれに対する平成26年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告が、原告の代表取締役であった被告に対し、原告が株式会社b(以下「b社」という。)との間で原告が保有する株式会社c(以下「c社」という。)の株式の売却に関し、その取得先となる会社の情報収集、適切な売却値段の査定、c社のデューデリジェンス等を委託したことがなく、b社が係る業務を行っていないにもかかわらず、1億0605万円が原告からb社に支払われたことについて善管注意義務違反があるとして会社法423条1項に基づき損害賠償(訴状送達の日の翌日である平成26年10月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求を含む。)を求める事案である。
1 前提事実(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実のほかは、当事者間に争いがない。)
(1) 原告は、昭和23年8月2日に設立された株式会社である。原告は、電気製品等の販売、企業の経営に関するコンサルタント業務等を目的とする株式会社であり、従前は家電量販店を中心に事業を営んでおり、大阪証券取引所市場第二部に上場していたが、経営が悪化し、平成17年当時は株式会社d(以下「d社」という。)の支援を受け、業態の変換を図るなどして業績の立て直しを図っていた。
被告は、公認会計士の資格を持ち、従前公認会計士事務所を開設して経営コンサルティングを中心とした業務を行っており、公認会計士として原告の事業再生を企画担当していたが、その後、直接原告の経営に参加することになり、平成17年6月15日、d社に所属していたB(以下「B」という。)とともに、原告の取締役に就任した。それとともに、原告は業態を投資事業及び経営コンサルティングに変更した。
Bは、同月29日、原告の代表取締役に就任したが、平成18年8月11日、代表取締役を辞任し、同年11月13日、取締役も辞任した。被告は、同年8月11日、Bに代わって原告の代表取締役に就任し、その後、平成21年1月26日、原告の代表取締役を辞任し、同年6月4日、取締役も辞任した。
原告は、現在は上場廃止となっており、平成18年当時に設けられていた、取締役会、監査役、監査役会、会計監査人は、平成22年から平成23年にかけていずれも廃止された。(甲1ないし3、乙3、18、証人B、被告本人、弁論の全趣旨)
(2) 原告においては三つの事業本部(経営戦略事業本部、不動産事業本部、投資事業本部)が設けられており、その他に管理本部が存在した。被告は、当初経営戦略事業本部の部長であったが、その後、Cが同事業本部の部長となった。(証人B、被告本人)
(3) b社は、平成13年2月15日に設立された、電気通信、コンピュータ、インターネット等情報通信産業に関する調査・研究の受託、コンピュータ、インターネットを利用した情報の収集、分析、処理、提供等を行うことを目的とする株式会社であり、平成18年当時の代表取締役はD(以下「D」という。)であったが、Dは、平成21年6月8日、代表取締役を辞任した。被告は、同日、b社の取締役及び代表取締役に就任した。b社は、平成23年7月15日に解散し、被告は代表清算人に就任していたが、平成24年1月31日に清算結了した。(甲4ないし6)
(4) Bは、原告の取締役会に平成17年12月19日付けの書面をもって、投資目的でc社の株式の6億円での購入を提案した。同書面には、将来的には投資ファンドへの売却かc社としての単体でのIPOを想定している旨が記載され、また、担当部門は未定とされている。
Bの提案を契機として、c社の株式の購入が検討されるようになった。
平成18年1月5日付けでc社株式1万2000株を6億円で取得することについて、管理本部の起案に係る稟議書が作成され、管理本部長、E取締役、F取締役、経営戦略事業本部長として被告、専務、社長の決裁が経られている。その後、原告は、c社の株式1万2000株を6億円で取得した。(甲19、20、被告本人)
(5) c社の株式を取得した後、原告は、資金繰りのために平成18年11月末の決算期までにc社の株式を売却することを検討し始め、被告は、同年の夏頃、b社に対し、c社の株式の取得先となる会社の情報収集、適切な売却値段の査定、c社のデューデリジェンス等の業務を委託した。(乙3、被告本人)
(6) 原告(当時の商号はa2株式会社)とb社との間には、b社が原告に対し、c社の株式の取得先の情報を提供し、その売買が円滑に実施されるために締結されたとする平成18年7月1日付けの「M&Aに関する情報提供に関する契約書」(甲7。以下「本件契約書」という。)が存在する。本件契約書には、b社は、原告に対し、c社の株式の取得候補者の情報、その譲渡に関して原告に有利になる情報、その取得に障害となる事項の検出とその解決策の助言について情報を提供し、b社が提供した情報等に基づいてc社株式の売買が成立した場合は、その対価として1億5000万円を上限として売買価格に応じて一定割合の金額を支払う旨が記載されている。また、本件契約書には、原告の代表取締役としてBの記名と押印、b社の代表取締役としてDの記名と押印がある。
もっとも、本件契約書は、平成18年7月1日当時に作成されたものではなく、同年11月末にc社の株式をd社に売却した後にDと被告が前記(5)の業務について報酬を1億円とする合意をしたことに基づいて、その支払をするために対価を1億円とする契約書を作成するようにとの被告の指示に基づいて作成されたものであった。その際、契約書への記載内容の詳細についての指示はなかった。(甲1、7、被告本人)
(7) c社の株式の売却に関し、平成18年11月始めころには、Bが原告からc社の株式を15億5000万円ほどで買い受けるという提案がされたことがあったが、Bは資金繰りがつかなかったため、株式の買取りを断念した。(乙5、6、証人B、被告本人)
(8) Bが作成した「取締役会(H18.11.13)付議事項」と題する書面(甲24)には「c社株式売却の件」として、「当社としては、今11月決算期において同株式を売却し、当期の業績を向上させることが必要であると判断しており、そのためにはd社による売却を待つのではなく、11月中に他者に売却したいと考えております。」、「今回の売却先はウェル・フィールド証券会社の100%子会社であるウェル・フィールドキャピタル株式会社が組成する有限責任事業組合(LLP)を予定しておりおりますが、スキームについては未確定であります。」、「売却価格は15.5億円を予定しております。(株)cの簿価純資産は15%相当で25億円程度でありますが、現在行われているデューデリの中で減額される可能性があり、また、売却可能性そのものについてもリスクがあります。したがって、当社としては最終的な売却を待つリスクを勘案し、十分な利益の確保をできる15.5億円で11月末に利益確定するのがベターな経営判断と考えます。」、「売却価格の15.5億円については、レコルテ社に株価算定を依頼中であります。」などと記載されている。
原告の平成18年11月13日付けの取締役会議事録には、報告事項としてc社株式への投下資本回収に関する報告が掲げられており、また、Bが同取締役会終了をもって辞任する旨が記載されている。Bは、同取締役会を欠席した。(甲21、24)
(9) Bは、c社株式の売却先を模索していたが、最終的には、d社が17億5000万円で原告からc社の株式を取得することとなった。
d社の内部では、原告保有のc社株式の取得について平成18年11月22日付けで稟議書(甲23)が作成された。
同書面には、原告保有のc社株式1万2000株の取得について譲渡の打診を受けていること、提示された譲渡単価はc社の1株当たりの連結純資産及び売却候補先による入札実績のいずれに比しても低廉であり、妥当なものと思料されること、資金決済に当たっては原告に対する貸出金と相殺することが記載されている。また、取得の概要として、c社株式1万2000株、譲渡総額17億5000万円、譲渡単価14万5833円34銭、取得予定日として平成18年11月30日、と記載され、参考事項としてc社の平成19年2月期中間決算における1株当たりの連結純資産は21万7229円と記載されている。(甲23、証人B)
(10) 原告の、平成18年11月27日付けの取締役会議事録には、議長である被告からc社株式の売却を行いたい旨の提案があり、経営戦略事業本部長であるCから詳細な説明があり、これが可決された旨の記載がある。(甲22)
(11) 原告が保有していたc社の株式は、平成18年11月29日、d社に対し、17億5000万円で売却された。(甲8、17)
(12) b社から原告に対し、平成18年11月29日付けの請求書(甲8)が発行されており、請求金額として1億0605万円と記載されている。なお、同請求書には原告の代表取締役としてBが記載されている。(甲8)
(13) 平成18年11月30日、原告の預金口座からb社の指定する預金口座に経営コンサルティング報酬として1億0605万円の振込送金がされた。その支払に関する原告内部の処理に当たって作成された支払依頼書には、b社への1億0605万円の経営コンサルティング報酬の支払であることが記載され、経理担当者、経理部長、管理本部長G、社長である被告の決裁が経られている。(甲9ないし11)
(14) Bは、c社の株式の売却案件の成功報酬について利益額の20%の支払を希望していたが、被告との間で2億円程度の支払を受けることで合意した。しかし、実際にBに対して金銭の支払がされたことはなかった。(証人B、被告本人)
(15) 被告については、会社法違反被疑事件として、本件において損害賠償の原因とされているb社への1億0605万円の送金について特別背任罪を念頭に捜査が進められていたが、平成26年2月28日、不起訴処分となった。(乙1、被告本人)
2 争点及び当事者の主張の要旨
(1) c社の株式の売却に関する原告とb社との情報収集等に関する契約締結の有無等
(原告の主張)
ア 被告がb社に対してc社の株式の取得先となる会社の情報収集等を委託したことはないし、b社が行ったという業務には実態がない。
イ 被告が主張する成果報酬に関する「3:3:4ルール」については同趣旨の内容を規定した原告の内部規定は存在せず、過去に存在したこともない。
(被告の主張)
ア 1億0605万円は、b社による情報収集等の業務の対価として支払われたものである。
原告は、c社の株式の売却に関してb社に情報収集等を委託した事実があり、契約成立時にBはこれを認識していた。c社株式についてはその取得から売却まで経営戦略事業本部の所管事項であり、その責任者は被告だったのであり、被告は、c社株式の売却に係る責任者としてb社にc社株式の売却に関する情報収集等の業務を委託し、b社はこれを受けて、売却先を探索し、成果物を納品等して業務を行った。
イ 原告は、当時、社内に投資事業本部、不動産事業本部及び経営戦略事業本部の3本部を有し、事業本部制を採用しており、成果報酬については、利益のうち4割を本社維持費、3割を各事業本部の再投資資金、3割を各事業本部の営業経費とする制度(「3:3:4ルール」)が存在した。営業経費の使用配分権限は各事業本部長にあり、本部長や部内の従業員の給与等、部内の交際費、営業案件成就のための各種支払等として使用されていたのであり、b社に対する支払は営業経費の中からされたものである。
(2) 被告の善管注意義務違反の有無
(原告の主張)
ア 被告は、原告の代表取締役としての権限と責任に基づいて、b社に対する送金を行ったものであるが、c社株式売却の実現はBの情報提供によるものであり、この点について全くといってよいほど寄与をしていないb社に対して1億0605万円もの巨額の報酬を支払ったことは特別背任にも該当し得るものであって、著しい善管注意義務違反が認められる。
イ 「3:3:4ルール」が存在しないことは前記(1)(原告の主張)イのとおりであるが、仮に「3:3:4ルール」が存在するとしても、b社の行ったという業務に実態がない以上、b社への支払は原告との信任関係に違反し、原告に財産上の損害を生じさせるものである。
また、被告は、「3:3:4ルール」の範囲内で営業経費の支出が行われた場合には、会社法362条4項に定める「重要な業務執行」に該当するか否か等会社法上の規制の有無にかかわらず無条件に適法な職務執行行為であると認められ、取締役が善管注意義務違反の責任を負うことはない旨主張するものと認められる。しかし、上記規制は強行法規であって、内規に従う限りは取締役会決議を経なくてもよいものと考えることはできない。
ウ なお、仮にb社が業務を実際に行ったとしても、総額1000万円を超過する費用を支出するとすれば、委託業務と報酬の対価の均衡を著しく失するのであり、善管注意義務に明らかに違反するものであって、会社との信任関係に違反すること甚だしく、経営判断原則というレベルの議論ではない。このような著しく対価との均衡を失する送金を行った被告には明かな図利加害目的も認められる。
エ 被告は、原告の上記ウの主張が時機に後れた攻撃方法であり却下されるべきであると主張するが、原告は被告の業務執行が特別背任罪に該当し得るものであることを主張することにより被告の善管注意義務違反行為を明らかにしようとするものであり、原告は、従前の主張、立証及び証拠調べの結果を踏まえて明らかになった被告の善管注意義務違反を基礎付ける具体的事実を前提に被告に善管注意義務違反が存在する旨主張したものであって、新たな攻撃方法を提出したものではない。
(被告の主張)
ア 1億0605万円は、b社による情報収集等の業務の対価として支払われたものであり、善管注意義務違反はない。
イ この点を措くとしても、b社への支払は、原告のいわゆる「3:3:4ルール」に基づき、被告が取得すべき成果報酬の中から支出されたものであり、被告の裁量の範囲内の行為である。
本件では、c社の株式の売却価格は17億5000万円であり、そのうち約11億円が売上総利益であったから、その30%相当額の約3億3000万円は経営戦略事業本部のc社の株式の売却案件に関する営業経費として被告の判断と責任の下で社内規定に沿って支出することができたのであって、その枠内である1億0605万円の支出は原告の損害には当たらないし、原告への加害目的も認められない。加えて、b社は、原告の業務に貢献しており、被告は、将来も協力関係を保つことが原告の有利に働くと判断して送金手続を確認、承認したものであり、図利目的もない。
ウ b社が行った業務とこれに対する報酬とは対価的均衡を著しく失している、このような被告の経営判断は取締役に課された善管注意義務に違反する旨の、報酬額の相当性評価、経営判断に関わる原告の主張は弁論終結が予定されていた平成28年1月13日の口頭弁論期日において初めて提出されたものであり、故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃の方法であって、これにより訴訟の完結を遅延させることが明らかであるから、民訴法157条1項により却下を求める。
(3) 損害
(原告の主張)
b社に対して1億0605万円が支払われていることから、同額が損害となる。
(被告の主張)
争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 被告が、平成18年の夏頃、b社に対し、c社の株式の売却に係る情報収集、適切な売却値段の査定やデューデリジェンス等の業務を委託したと認められることは前記のとおりである(第2の1(5))。その具体的な日付けは不明であるが、被告は平成18年8月11日には包括的代表権を有する代表取締役に就任しでいることからすれば、仮にb社への委託が同日より前であったとしても、その先後にかかわらず、いずれにしても原告とb社との契約として効力を生じたものと見るのが相当である。そして、b社が行った業務の対価として被告とDの報酬の合意に基づいて1億0605万円の報酬の支払がされたものと認められる(第2の1(6)、(12)、(13))。
(2) これに対して、原告は、b社の業務を裏付ける客観的資料は全く存在せず、残存しているのは本件契約書(甲7)及び請求書(甲8)のみであるが、c社の株式の売却はBの情報提供によってd社との間で行われたのであり、b社の情報提供に基づいて売却が実現したという事実は存在しないし、本件契約書記載の対価の計算方法により算出される金額と実際の支払額に齟齬が認められること、請求書についても代表取締役として既に退任したBが記載されていることなどその内容が極めていい加減であり、このことはb社に業務を委託した事実や委託を受けた業務を行った事実がないことを強く推認させるものである旨主張し、証人Bも、c社の株式の売却に関して被告がb社にデューデリジェンスを依頼したことも資料を見たこともない旨を述べる。
しかしながら、本件契約書は、被告がb社に業務を委託した後で、事後的に報酬の合意をし、その支払のために形式的に書類を整えるために作成させたもので、その指示もb社への業務の委託について合意した報酬額を記載するといった概括的なものであったと認められること(第2の1(6))、b社の請求書(甲8)は本件契約書の記載を前提として作成されたものであると考えられることからすれば、そのことの当否は別として、本件契約書(甲7)や請求書(甲8)の記載内容の不正確さが必ずしもb社に対する業務の委託がなかった、あるいはその業務が行われたことがなかったことを強く推認させるものとはいえない。また、b社への報酬支払に当たっては、担当者、経理部長、管理本部長という複数の担当者の決裁を経た上で被告の決裁を経てb社への経営コンサルティング報酬の支払として処理がされており(第2の1(13))、このような支払に至る経緯からしても、b社への委託の事実がなかったとは考え難い。
また、d社への売却に関してはd社出身のBの関与するところが大きかったものと認められるが(第2の1(7)、(9))、Bは当初、15億5000万円で自己が取得することを想定し、取締役を辞任した平成18年11月13日の時点においては、15億5000万円での第三者への売却を計画している旨の書面を作成していること、その後、最終的にはd社との間で17億5000万円で売買契約が締結されており、最終的な判断は被告によってされているところ、売却相手をd社とすることについてはb社は関与していないものの、被告がその売却価格の相当性の判断に当たってb社による価値評価が寄与していた旨述べていることを踏まえれば、c社の株式の売却に当たってBの寄与が大きかったからといってそのことがb社による業務がなかったことを意味するとまではいえない。
原告はb社の業務を裏付ける客観的資料が不存在であることも指摘する。
この点、被告はb社の作成資料はリアルオプションの算定書や評価書、店舗別損益等の資料でキングサイズのファイルで4、5冊ほどになっていた旨述べているところ、被告が原告の取締役を辞任してから既に5年以上が経過していることなども踏まえれば、b社の行った業務の具体的内容は不明であるとはいえ、本件において客観的資料が証拠として提出されていないことがb社による業務の不存在を示すものとも言い難い。
さらに、原告は、当時大阪証券取引所市場第二部上場企業であり、会社法上の大会社でもあって、数億円単位の報酬が発生し得る業務を外部に委託する場合に契約書が作成されていなかったことはあり得ず、作成されていないことは業務委託も業務も存在しなかったと考えるべきである旨主張する。
しかし、そのようなあり方の当否は別として、本件において、契約書がないからといって直ちに業務の委託そのものが存在しなかったことを意味するとまではいえないことは前記判示のとおりである。
その他原告がるる主張するところを踏まえても、本件証拠上、b社に対する情報収集等の委託やその業務がなかったとまでは認められないから、これらがないことを前提とする原告の主張はその余の点について検討するまでもなく理由がない。
(3) なお、原告は、弁論終結が予定されていた平成28年1月13日の本件の第5回口頭弁論期日において、仮にb社が業務を実際に行ったとしても、総額1000万円を超過する費用の支出をするとすれば、委託業務と報酬の対価の均衡を著しく失するものであり、善管注意義務に明らかに違反するものである旨も主張するに至った。
しかしながら、1000万円を超過する費用の支出をすれば委託業務と報酬の対価の均衡を著しく失することについて、具体的に認定できる証拠はなく、原告の主張は理由がない。
なお、被告は、委託業務と報酬の対価の均衡を失する旨の原告の主張は時機に後れた攻撃方法であり却下されるべきである旨主張する。
民訴法157条1項にいう「攻撃又は防御の方法」とは、当事者がその判決事項に係る申立てが正当であることを支持し、基礎付けるために提出する一切の訴訟資料であって、主張に関しては間接事実も含めた事実に関する新たな主張も含むものと解される。
そうすると、当該主張が、被告の行為は特別背任罪に該当し得るものであることを主張することにより善管注意義務違反を明らかにするという原告の従前の主張を前提にこれを基礎付ける事実として主張されたものであったとしても新たな攻撃方法に当たるものというべきである。
そして、民事訴訟においては弁論主義が妥当するところ、平成27年4月22日の本件の第3回口頭弁論期日において、原告は、被告から、原告の主張は、原告によるd社へのc社の株式の売却についてb社は情報提供やコンサルティング業務を全く行っていないという趣旨か、それとも業務の貢献度に比して対価の額が高いとの趣旨かとの釈明を明確に求められ(被告第1準備書面)、本件の証拠状況からすれば業務とその対価の不均衡を主張することが可能であったにもかかわらず原告はb社への業務の委託もb社による業務も行われていなかったという前提で請求原因を特定してきたこと(当裁判所に顕著な事実)からすれば、予備的にせよ本件訴訟の最終段階で追加された前記の主張は、少なくとも重大な過失により時機に後れて提出した攻撃方法に当たるというべきである。
もっとも、これにより訴訟の完結を遅延させることとなるとは認められないから、却下すべき理由はない。
その他原告がるる主張するところはいずれも上記判断を左右するものではない。
2 まとめ
以上のとおりであり、c社の株式の売却に当たってb社に対する情報収集、適切な売却値段の査定、デューデリジェンス等の委託やb社の業務の実態がないとまでは認められないから、その不存在を前提に特別背任に相当するような任務違背行為があるとする原告の主張は理由がない。また、業務と対価の不均衡についても、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 目代真理)
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