判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(49)平成29年 3月28日 東京地裁 平27(ワ)28087号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(49)平成29年 3月28日 東京地裁 平27(ワ)28087号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成29年 3月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)28087号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2017WLJPCA03288013
要旨
◆弁護士である被告に訴訟事件の処理を委任していた原告会社が、被告に対し、本件委任契約が継続しているにもかかわらず被告は裁判所に辞任届を提出してその後の委任事務を遂行しなかったため、他の弁護士に依頼した費用に係る損害を被ったなどと主張して、債務不履行に基づく損害賠償を求め、仮に、被告からの解除の意思表示により本件委任契約が終了していたとしても、原告会社に不利な時期における委任の解除に当たると主張して、民法651条2項に基づき、同額の支払を求めた事案において、被告による本件委任契約の解除の意思表示は、原告会社が他の弁護士に委任した時期より前に同社に到達し、同契約は終了したと認めた上で、被告による本件委任契約の解除は原告会社に不利な時期になされたというべきであり、解除することにつきやむを得ない事由があったとは認められないが、原告会社が主張する損害は、解除の時期の不当なことによる損害であるとはいえないと判断して、請求を棄却した事例
参照条文
民法415条
民法651条2項
裁判年月日 平成29年 3月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)28087号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2017WLJPCA03288013
東京都練馬区〈以下省略〉
原告 株式会社TMBC
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 木下正一郎
東京都豊島区〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 久保田祐佳
同 上田裕
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,383万8366円及びこれに対する平成27年7月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,弁護士である被告に訴訟事件の処理を依頼していた原告が,①委任契約が継続しているにもかかわらず,被告は,裁判所に辞任届を提出し,その後の委任事務を遂行しなかった(なお,被告は,原告に対し委任契約を解除する旨の意思表示をしたと主張するが,同事実はない。)ため,原告は,他の弁護士に訴訟手続の遂行を依頼し,その費用を支出し,この費用に係る損害を被ったなどと主張して,債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき,損害金383万8366円及びこれに対する平成27年7月13日(支払を請求した日から10日後の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,②仮に,被告から原告に対する委任契約解除の意思表示がなされ,委任契約が終了していたとしても,原告に不利な時期における委任の解除に当たると主張し,民法651条2項所定の損害賠償請求権に基づき,前記①と同額の損害金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,末尾記載の証拠等により容易に認められる。
(1)原告は,企業の合併,業務提携,営業譲渡,資産売買,資本参加,合併会社設立・解消,有価証券の譲渡及び譲受に関する指導・仲介並びに斡旋,アダルトグッズの製造販売等を業務内容とする株式会社である。被告は弁護士である。(争いのない事実,原告代表者本人,被告本人)
(2)B(以下「B」という。)は,平成27年3月6日まで,株式会社大三元(以下「大三元」という。)の代表取締役を務めていた。被告は,大三元との間で顧問契約を締結していた。(甲24,乙29)
Bは,平成23年3月15日,原告(平成23年9月15日までの商号は「株式会社ディーオービー」)の代表取締役に就任した。同年9月15日,原告の商号が現在のもの(株式会社TMBC)に変更されるとともに,Bは代表取締役を辞任し,現在の原告代表者(A・以下,特記のない限り「原告代表者」とはAを指す。)が代表取締役に就任した。(甲12,乙46,93の1)
(3)ア C(以下「C」という。)は,平成23年,株式会社サンライズ工業(以下「サンライズ工業」という。なお,同社の平成27年9月28日以降の商号は「サンライズインベストメント」であるが,商号如何にかかわらず「サンライズ工業」という。)を被告として,東京地方裁判所に訴訟を提起し,サンライズ工業は,平成24年,Cに対し,反訴を提起した(以下「C訴訟」という。)。被告は,C訴訟において,サンライズ工業の訴訟代理人として訴訟手続を行った。
C訴訟につき,東京地方裁判所は,平成26年5月28日,Cの本訴請求を棄却し,サンライズ工業の反訴請求を概ね認容する内容の判決を言い渡し,同判決は,同年6月11日の経過によって,確定した。
(以上,乙12,13,16,弁論の全趣旨)
イ MPC1号投資事業組合は,平成25年,サンライズ工業らを被告として,東京地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した(以下「下原訴訟」という。)。被告は,下原訴訟において,サンライズ工業の訴訟代理人として訴訟手続を行った。下原訴訟につき,東京地方裁判所は,平成26年4月24日,MPC1号投資事業組合の請求を棄却する内容の判決を言い渡し,同判決は,同年5月9日の経過によって,確定した。(乙17,18,弁論の全趣旨)
(4)ア 原告は,D(以下「D」という。)を被告として,平成24年7月5日,訴訟を提起した(以下「D訴訟」という。)。D訴訟において,原告は,マカオ・インベストメント・ホールディングス株式会社(以下「MIH」という。)の株式を所有していたが,Dの欺罔行為によって,同株式を不当な廉価で第三者に売却させられたとして,不法行為に基づき損害賠償を請求するなどした。当初,被告以外の弁護士が,D訴訟の原告訴訟代理人を務めていた。(乙4,5)
イ 原告と被告は,平成25年5月15日,以下の内容の委任契約(以下「本件委任契約」という。)を締結した。
(ア)原告は,被告に対し,下記のとおりの事件等(D訴訟)の処理を委任する。
記
事件等の表示 持分引渡等請求事件
相手方 D
管轄裁判所等の表示 東京地方裁判所第41部B係
委任の範囲 訴訟(第一審)
(イ)被告は,弁護士法に則り,誠実に委任事務の処理に当たるものとする。
(ウ)原告は,被告に対し,下記の金員を下記の時期に支払う。
記
a 着手金として105万円(消費税5万円を含む。)
本件委任契約締結後,遅滞なく支払う。
b 日当・訴訟費用等委任事務処理による実費等
被告が請求したときに支払う。
c 報酬金
事件において獲得できた成果に応じて,以下の算式による金額を,事件等の処理が終了したときに支払う。
(算式)
300万円以下の部分 16パーセント
300万円を超え,3000万円以下の部分 10パーセント
3000万円を超え,3億円以下の部分 6パーセント
3億円を超える部分 4パーセント
(エ)原告において委任契約を維持することが困難な事情が生じたと被告が判断した場合には,何時にかかわらず,被告は本件委任契約を解除することができる。この場合,被告は,受領済みの着手金の精算義務を負わない(本件委任契約に係る契約書の6条②)。
(以上,争いのない事実,甲2)
ウ 被告は,平成26年11月14日,D訴訟の辞任届を前記イ(ア)の裁判所に提出し,訴訟代理人を辞任し,D訴訟の処理を中止した。(争いのない事実)
(5)ア 被告は,Bに対し,平成26年10月7日,C訴訟及び下原訴訟に係る被告への報酬の問題を指して,「例の報酬の件ですが,解決困難という感じでしょうか,やはり。」などと記載したメールを送信した。これに対し,Bは,「困難です。その件があるから他の件も色々とやりづらくなっていると伝えましたが,一向に解決させようという気が見えません。直接お話いただくしかないかもしれません。」などと返答した。
イ 被告は,同年11月7日,Bに対し,「例の件ですが,いろいろ意見交換をしたのですが,やはり紛議調停をやらないことには収拾がつかない状態です。なので,方向性としては次のようにならざるを得ません。」,「顧問契約は終了となります」,「D訴訟も辞任することになります。この辞任は本件委任契約6条②による辞任です。」などと記載したメールを送信した。これに対し,Bは,「やはりというべきか,残念ですが仕方ないですね。」,「Dの件だけが心配です。」,「次回11月27日の弁論準備だけでもお願いできればありがたく存じますが,やはり難しいでしょうか。その間に僕から先生が顧問をお辞めになりたいとおっしゃっていることを伝えて最後の説得を試みてみますので。」,「現時点ではE弁護士(E弁護士・以下「E弁護士」という。)もD事件に入っておりませんので,何とか検討をお願い申し上げます。」などと返信した。
ウ 被告は,平成26年11月14日,原告に対し,「本日,D訴訟の辞任届を提出しました。」などと記載したメールを送信した。これに対し,Bは,「承知いたしました。先生には感謝の言葉しかありません。こんな形になってしまい,大変申し訳なく思います。長い間ありがとうございました。」と返信した。
(以上,乙28の1ないし3,弁論の全趣旨)
(6)原告は,平成27年6月15日付けの質問状により,被告に対し,「被告は,平成26年11月14日付けで,裁判所に辞任届を提出した。本件委任契約においては,原告において委任契約を維持することが困難な事情が生じたと被告が判断した場合は,何時にかかわらず,被告は,本件委任契約を解除することができ,この場合,被告は受領済みの着手金の精算義務を負わないと定められているところ,被告が生じたと判断した困難な事情とはどのような事情だったのか。」などと尋ねた。(甲2,3)
これに対し,被告は,同年6月23日付けの書面により,原告に対し,「辞任の事情については,Bに説明を済ませているので,Bから事情をお確かめ下さい。なお,辞任についてこれまで何ら異論はうかがっておらず,また了解を要する性質のものでもありません。」などと返答した。(甲4)
(7)原告は,平成27年7月1日付けの請求書により,被告に対し,本件委任契約において支払った100万円の返還,及び,被告の辞任により支払を余儀なくされた費用(359万6854円)の賠償を求め,同請求書の到着から10日後までに支払うことを求めた。同請求書は同月2日に被告に配達された。(甲5,6)
3 争点
(1)被告による本件委任契約の解除の意思表示は原告に到達したか(争点1)
(2)被告が,平成26年11月14日以降,D訴訟の処理を行わなかったことにつき,帰責性がないか(争点2)
(3)本件委任契約の債務不履行に基づく請求に係る損害及び相当因果関係(争点3)
(4)被告による本件委任契約の解除につき,やむを得ない事由(民法651条2項)があるか(争点4)
(5)被告による本件委任契約の解除は,原告に不利な時期になされたか(争点5)
(6)民法651条2項に基づく請求に係る損害及び相当因果関係(争点6)
4 争点についての当事者の主張
(1)被告による本件委任契約の解除の意思表示は原告に到達したか(争点1)
(被告の主張)
ア 前記前提事実(5)のとおり,被告は,Bに対し,メールにより,平成26年11月7日,D訴訟を辞任する旨を伝え,同月14日,辞任届を提出した旨を伝えたところ,本件委任契約を解除する旨の意思表示が原告に到達した。
イ 辞任のメールは委任契約解除の意思表示を含むこと
(ア)辞任に関する一連のやり取りから明らかなとおり,Bは,「辞任」が裁判所との関係における訴訟代理人としての辞任であるほか,原告との関係における本件委任契約の終了となることも当然理解していた。
(イ)訴訟委任契約の目的からすれば,辞任の意思表示には解除の意思表示が含まれる。すなわち,D訴訟に係る委任契約書には,委任の範囲について,「訴訟(第一審)」と記載されており,同契約書の取り交わしによって締結された本件委任契約は,「被告に訴訟代理権を与えて訴訟活動をさせること」を目的としている。その上で,本件委任契約では,民法の規定のとおり当事者双方に任意解除権が付与されているのであるから,本件委任契約の目的そのものである訴訟代理人を辞任するとの意思表示には,当然に委任契約自体を解除する意思が含まれている。このことは原告代表者自身も理解していた。
ウ 委任契約解除の意思表示は原告に到達していること
(ア)Bは,辞任の意思表示を受領する権限を有していた。
Bは,D訴訟において,原告の担当者という立場で,本件委任契約締結から訴訟進行に至るまで,一貫して大きな役割を果たしていた。すなわち,Bは,本件委任契約締結の窓口になり,その内容について被告とやり取りをし,D訴訟のための打ち合わせへの参加にとどまらず,裁判所での期日に出頭し,弁論準備の場で裁判官に直接事情を説明することもあった。Bは,「原告の代表取締役からは退いたが,投資事業の整理については,継続して務めることになった。」と陳述するが(乙93の1),D訴訟は,原告の投資事業の整理業務であり,同業務に関する意思表示の受領窓口となっていた。これに対し,原告代表者のD訴訟への関与は極めて微小であった。
以上によれば,D訴訟の主軸であり,意思表示の受領権限を有していたBへの解除の意思表示をもって,原告への意思表示として十分である。
(イ)隔地者間における到達とは,一般取引上の通念により,相手方の了知し得るようにその勢力範囲に入ることであって,相手方が了知することを必要としない。
本件では,D訴訟において,契約締結から訴訟進行まで,弁護士とのやり取りを一貫して担当していたBに対して辞任の連絡をすれば,その連絡が原告代表者にも情報共有されることが予定されているため,「相手方の了知しうるようその勢力範囲内に入ること」を意味する。
被告が辞任の意思表示をBに対して行った当時,大三元の本店所在地と,原告の本店所在地は同じであり,Bと原告代表者は同じビルの同じ階の同じテーブルで業務を行っていたとの空間的な事情によって,Bによるメール受信によって意思表示が到達したといえる。
(ウ)実際,被告がBに解除のメールを送った平成26年11月14日のわずか5日後である同月19日には,裁判所にE弁護士の訴訟委任状が出されており,それより前に,原告代表者がBに後任の弁護士を探すことを依頼していることからすれば,Bへの意思表示は,被告の辞任後,速やかに原告代表者に伝達されたことが裏付けられる。
(エ)Bが平成26年12月5日に原告の代表取締役に就任していることから,遅くともこの時点までに解除の意思表示は到達したといえる。
(オ)原告の態度は,被告がBに対し送った辞任のメールによって,本件委任契約が解除されていることを前提とするものである。
原告は,辞任の連絡を受けた際,被告に事情を問い合わせようとせず,訴訟事務を継続するように督促したこともない。原告は,被告が委任契約を解除したことを前提に後任を探し,辞任後わずか5日後にはE弁護士が代理人に就任した。また,原告代表者は,辞任の連絡の後,平成27年6月15日付けの質問状を送付するまでの間,約7か月間,被告に対し,何らの接触もしなかった。さらに,同質問状や同年7月1日付けの書面(前記前提事実(7))の記載も,解除の意思表示がなされたことを踏まえたものであった。
(原告の主張)
ア 被告が,Bに対し,メールで辞任の事実を伝えたことは,被告の原告に対する意思表示とは認められない。
イ(ア)Bは,原告の代理人にも使者にも当たらない。
Bは,D訴訟が発覚した当時の代表者であったため,その事情をよく知り,それゆえ被告が辞任するまでの間,D訴訟に関与していたが,委任契約自体の締結については原告自身が行っており,着手金や報酬を含めた委任契約の内容に関するやり取りにつきBを使者又は代理人として介在させた事実は存在しない。被告自身,「原告が委任契約の終了にかかわる権限をBに与えたと言っていたか。」との問いに対し,それはなかったと供述した。
(イ)後記(2)(原告の主張)のとおり,原告は,被告が主張するようにF(以下「F」という。)が支配する会社でない。よって,被告が主張するように,Fの意思を体現して会社の業務執行を行うというBが,原告において業務執行を行い,業務執行権限を有するとはいえない。
(ウ)Bを介したBとサンライズ工業との委任契約に関して紛争が生じていた以上,Bはかかる紛争の当事者であったといえる。被告がその紛争を原因として辞任する以上,その辞任に関する通知を当事者であるBが原告に適切に伝えることは期待することはできない。
ウ 被告が主張する平成26年11月7日のメール(乙28の2)は,Bから原告に伝えられることを予定した意思表示ではない。同メールは,Bに対し,D訴訟を辞任するという事実の告知を行っているにすぎず,そこで完結しているのであり,被告の原告に対する意思表示と見ることはできない。また,被告がBに対し辞任届を提出した事実を伝えた同月14日のメール(乙28の3)も,事実の告知にすぎず,やはり被告の原告に対する意思表示とみることはできない。
なお,被告は,当事者の合理的意思解釈として,「B」に対する「辞任の事実の告知」を,「原告」に対する「委任契約の解除の意思表示」に転化しようとしているが,当事者の合理的意思解釈は,到達した意思表示の解釈に関する問題であって,到達していない意思表示を到達したことにし得る方法論ではない。
エ 原告は,被告が辞任したことを前提とした訴訟対応は行ってきたが,被告の辞任を受け入れたわけではなく,委任契約が解除されたことを当然の前提とした行動などもしていない。原告としては,目前に証拠調べを控えたD訴訟につき,新たに裁判を担当してくれる代理人弁護士を探さなければならず,平成27年6月15日付けの質問状(前記前提事実(6))を発する頃まで,被告との間で,辞任の是非やその効果についてやり取りをしている暇などなかった。
オ 被告は,Bが平成26年11月7日のメール(乙28の2)を受信したことをもって,Bが代表者であった大三元と本店所在地を同じくする原告に,当該メールによる意思表示は到達したと主張する。しかし,メールは,基本的に,個人のアカウントを使って,個人が使用するパソコン等でメールソフトによって,その個人のみが受け取ることができるものであり,ある個人がメールを受信したからといって,そのアカウントやパソコンを使っていない他者は,どんなに近い場所にいようとも,そのメールを了知することは不可能である。
カ 被告のBに対するメールは,その内容を見れば明らかなとおり,Bから原告に伝えられることを予定しておらず,「B」に対する「辞任の事実の告知」でしかなく,「原告」に対する「委任契約の解除の意思表示」ではない。そして,Bが原告の代表取締役に就任したのは,被告がD訴訟の訴訟代理人を辞任したことから,後任のE弁護士による尋問をサポートするために急きょ決定したことであり,被告が,自己の辞任後,Bが原告の代表取締役に就任することを予見し,「B」に対する「辞任の事実の告知」が,「原告」に対する「委任契約の解除の意思表示」に転化することを企図していたものでもない。
(2)被告が平成26年11月14日以降,本件の処理を行わなかったことにつき,帰責性がないか(争点2)
(被告の主張)
ア 被告が平成26年11月14日以降,D訴訟の処理を行わなかったことにつき,帰責性はない。
Fは,複数の会社(別紙の「会社名/証拠標目」欄記載の各会社))の実質的経営権限を有しており,原告もその1社である(原告代表者は原告の実質的経営権限を有しない。)ところ,Fの背信行為があったものであり,被告がD訴訟の処理を行わなかったことにつき,帰責性はない。
イ Fが原告の実質的経営者であったことについて
(ア)原告代表者は,実質的な原告の経営権限を有しておらず,形式的にのみ代表者の地位にあり,実質的な意思決定権者はFである。Fは,原告をはじめとする複数の会社に対して,影響力を行使しうる立場にある。ここで,影響力とは,株式の所有,役員就任,他の株主からの経営の掌握を可能とする同意,その他態様の如何を問わず,当該会社の経営に少なからぬ影響を与えることができるとの趣旨である(以下,Fが影響力を有する会社を「F関連会社」という。)。Fの立場は,資本関係に還元される支配被支配の有無という趣旨に限定されず,態様の如何を問わず当該経営に少なからぬ影響を与えるとの趣旨であり,いわば経営の「ご意見番」である。
(イ)被告がF関連会社のうちの1社の顧問を引き受けた約20年前当時,F関連会社の基幹的な業務は,自動販売機により商品を販売することにあり,各地に販社が置かれていた。F関連会社については,地主や警察・行政との関係でのトラブルについて全国統一的な方針による対応を可能とするために,被告を含めた複数の顧問弁護士が必要とされただけでなく,グループ会社の側でも全国的に統一的な方針による対応を可能とするだけの体制が設けられた。その体制につき,被告が顧問契約を締結した当初の頃は,G(以下「G」という。)が担当していた。その後,ある時期から,DSS(デジタルセキュリティーシステム)による通信制御販売システムが採用され,実際の販売業務は株式会社DSS&Tの販売センターにより行われるようになった。同社が必要とした弁護士対応につき,G退社後は,Bがその役割の中心を担っていた。弁護士との委任契約は,Bが担当し,委任状や委任契約書をBに渡せば,グループ会社のいずれを問わず,事件を処理することのできる体制となっていた。
東京都練馬区〈以下省略〉には,複数の会社が存在し,Bも複数の会社の役員となっている。複数の会社は,別個の法人格であり,経理も分別されていたが,いずれもFの意思を体現したBが共通して実務上のトップとなり運営されていた。顧問弁護士側についていえば,顧問契約書上は,特定の会社との間で顧問契約を締結するが,実際に行うのは事実上一体として運営されているグループ会社全てに関する法律問題への対処である。
Bの陳述書(乙93の1)にも,D訴訟はBの担当業務として継続していたことが記載されている。
(ウ)平成27年7月14日のFの発言(乙7)からも,原告がF関連会社であり,実態としては,原告代表者は,Fの意思に従って経営実務を処理する担当者にすぎなかったことは明らかである。
例えば,Fは,D訴訟の最終準備書面作成に係る経緯について,「おたくの会社,ガバナンスどうなってんの?」と言われたなどと発言し,また,原告を指して「うちの会社」と発言している。また,Fは,成功報酬の支払について「僕も被害者」などと,原告があたかも自分自身であるような発言をしている。
さらに,Fは,原告との関係では,被告が事件を受任するについて,Bから「顧問料の範囲」と伝えられていたらしい発言が見られる。ところが,事実はそうではなく,原告と被告は委任契約書を取り交わしていたところ,決定権者であるFが怒るのはもっともなことである。また,原告代表者については,「原告代表者は,Bの持ってきたものはFが全部オーケーしていると思ってめくら判を押して中をよく見なかった」,「原告代表者を叱責した。」などのFの発言があるが,原告代表者が,Fの関知していない契約書に漫然と押印した以上,叱責されるのは当然である。
ウ Fによる背信行為について
(ア)被告は,F関連会社の2件の訴訟事件(C訴訟,下原訴訟)を受任していたところ,Fが従前の言辞を翻し,事件終了後,受任時に締結された訴訟委任契約に定められた報酬の支払を拒んだ。
(イ)F関連会社との訴訟事件受任について,もともと,Fが口頭で約束していた弁護士費用とは,大要「事件の大小にかかわらず,着手金は格安,そのかわり報酬は旧弁護士会の報酬規定のとおり」というものであり,着手金を低額に抑え,報酬は前記報酬規定に準拠した報酬算式にて契約書が作成された。それにもかわらず,Fは,その約定を無視し,かつ,相当程度にまで減額した被告からの提示を拒絶した。
Fのこのような背信行為は,顧問という継続的契約関係を維持することを不可能とする所為であり,かつ,F関連会社として受任した原告の事件処理の継続も困難と判断せざるを得ない事情でもある。すなわち,サンライズ工業と同様,原告においても,訴額に比して着手金は低額に抑える反面,報酬は前記報酬規程の標準額に準拠するものと定めたところ,この着手金の定めの合理性も失われるほか,契約上の報酬の定めも履行されないおそれが強いことが優に予想された。
(ウ)このように,実質的な意思決定権者であるFによる契約無視という背信行為があったため,F関連会社との事件処理の継続は,以後,不可能と判断せざるを得ない状況に至り,報酬問題が,弁護士会の紛議調停,ひいては訴訟事件にまで発展せざるを得ないことが明瞭になったことから,被告は,F関連会社である大三元の顧問を辞任したほか,原告との受任関係も辞任した。
(原告の主張)
ア 原告は,被告の主張するところのF関連会社ではない。被告は,原告の実質的な経営者はFであると主張するが,Fは,形式的であろうと実質的であろうと原告の経営者ではなく,原告との間で資本関係もない。よって,たとえFに背信行為があったとしても,被告の帰責性は否定されない。なお,被告の主張・供述からは,被告の内心において,F関連会社というものが存在し,原告をもF関連会社と考えていたということが理解できる(ただし,そのように理解したことは明らかに被告の落ち度である。)が,被告の内心は,被告の帰責性が否定されないという結論を何ら左右しない。
イ 被告の主張するところのF関連会社は,現在は存在しないこと
(ア)被告の主張するF関連会社なるものは,原告の経営実態とかい離するものであり,被告が持ち出す20年も前の事情は原告において不知であり,当時と今とでは,被告がF関連会社とする会社の体制も変わっていることが優に推測される。
被告の主張は,何ら客観的な事実や証拠に基づくものではない。被告の主張は「F関連会社」が存在することを所与の前提とした上での,Fの言のつぎはぎ・こじつけであり,被告の主張自体に見られるように「推論」,「想像」を交えたものにすぎない。
被告の主張は,サンライズ工業と被告との報酬を巡る問題が,サンライズ工業と別人格である原告との関係で,委任契約の不履行が正当化される(争点2),あるいは,委任契約を解除するやむを得ない理由となる(争点4)というものである以上,Fが,原告を実質的に支配していることが立証されなければならず,ここで実質的支配は,実質的経営権限といえるものでなければならず,「少なからぬ影響」,「いわゆる『ご意見番』」ということが言えれば足りるものではない。
(イ)被告の主張するF関連会社は,資本的支配関係なくしては認められない。会社を実質的に支配する方策として,株式の所有,役員就任,他の株主からの経営を掌握することとする同意は有効であるが,これらは会社を実質的に支配する必要条件にすぎず,これらがあれば実質的支配が及んでいるとは決して言えない。さらに,役員就任によって会社に影響を及ぼすと言っても,役員は株主総会で選任されるものであり,Fが自分の意に沿う人物を会社の役員に就任させたくても,株式の所有や他の株主からの経営を掌握することを可とする同意による「資本的」支配関係が確立していなければならない。
被告は,F関連会社として挙げる多数の会社について,Fの資本的支配関係を明らかにしておらず,むしろ,F関連会社一つ一つの資本関係を知らないこと,原告自体について何も知らないことを自認している。また,被告は,役員人事,本店所在地その他の決定に当たり,Fがどのような影響を及ぼしたのか全く明らかにしていない。
(ウ)被告は,F関連会社であるという原告,大三元,原告の全株式を保有する有限会社JSホールディングス(以下「JSホールディングス」という。)の株主・社員構成を何も知らなかった。なお,Fは,原告の株主ではなく,JSホールディングスについてもFは出資者ではない。
(エ)被告が述べるF関連会社に関する事実(各販社の代表者が東京都練馬区の建物に集められていたこと,Bと原告代表者が同じビルのフロアで業務を行っていたことなど)は,現在の原告代表者が原告の代表者に就任するよりも前の事実である。
(オ)原告やJSホールディングスからFへの資金の流れは認められず,また,F関連会社の支配について,Fにメリットは認められない。
ウ 原告がF関連会社でないこと
(ア)原告の全株式を保有するJSホールディングスでは,Fは,出資者(社員)でもなく,平成23年8月には,Bが取締役を辞任し,H(以下「H」という。)が取締役に就任している。また,同時期にJSホールディングスは,福岡県に本店を移している。JSホールディングスに原告の全株式が譲渡されたのは平成23年12月15日であり,本件委任契約が締結された当時,原告が,資本関係からみて,F関連会社に当たらないことは明らかである。
(イ)Fが原告の会社経営を実質的に支配することを示す証拠は存在しない。Fと原告やJSホールディングスとの間に資本的支配関係はなく,Fが,原告やJSホールディングスの役員になったこともない。また,Fが実質的に経営を行っているとか,原告代表者に指示を出して事業を行っている,あるいは,Fの意を体現して経営に当たっているBが原告代表者に指示を出しているなど,Fが原告を支配している実態は認められない。また,原告及びJSホールディングスからFへの資金の流れも認められず,支配をすることによってFにとってメリットになる事情も存在しない。
(ウ)平成27年7月14日のFの発言は,Fが原告の実質的経営権限を有することの根拠とはならない。かえって,同発言からは,Fの原告に対する無関心・無理解が明らかであるが,Fが原告とは関係のない人物であるから,当然である。
エ Fによる背信行為の不存在
弁護士職務基本倫理規程第26条は,弁護士が依頼者との信頼関係を保持し紛議が生じないよう努める義務を負うことを定める。
あくまで,被告の主張するF関連会社なるものの存在,Fの実質的権限というものを前提とするならば,被告とFは,20年来の付き合いであり,被告はF関連会社の一つと主張する原告の裁判の代理人を受任していたのであるから,被告としては,Fとの信頼関係を保持し紛議が生じないよう努めなければならない。被告の主張を前提とすると,被告が,Fと直接報酬金に関して解決に向けて話し合うのが最も自然であり,かつ,合理的である。
しかしながら,被告は,Fと直接話し合っておらず,話合いの場を持とうとした形跡すらなく,前記規程に定める基本的義務を完全に放棄しているのであるから,Fの何らかの行為を挙げて背信性があるなどと主張できる立場にない。
(3)委任契約の債務不履行に基づく請求に係る損害及び相当因果関係(争点3)
(原告の主張)
ア 原告は,D訴訟につき,平成26年11月以降,証人尋問及び最終準備書面の提出を控えていたが,被告の辞任により急きょこれらに対応してもらえる弁護士に依頼しなければならなくなり,以下のとおり,合計383万8366円の委任費用の支払を余儀なくされ,同額の損害を被った。被告の債務不履行と損害との間には相当因果関係が認められる。
(ア)E弁護士に対する支払 59万6854円
原告は,目前に迫った証拠調べへの対応をE弁護士に依頼し,平成26年12月10日,同弁護士に対し,上記同額を支払った。
(イ)I弁護士(以下「I弁護士」という。)に対する支払 324万円
原告は,E弁護士に,証拠調べ後の対応,特に,最終準備書面の作成をお願いしたいと考えていたが,同弁護士はこれを引き受けなかった。そのため,原告は,D訴訟の第一審訴訟に関する助言,最終準備書面の作成等を,E弁護士とは別にI弁護士に依頼した。原告は,平成27年4月13日,同弁護士に324万円を支払った。
(ウ)振込手数料 合計1512円
前記(ア)及び(イ)の振込みに要した手数料は,それぞれ756円である。
イ I弁護士に対する支払について
(ア)本件では,後任のE弁護士が最終準備書面の作成をはじめから引き受けないと言っており,それゆえ,同弁護士の弁護士費用はD訴訟における請求金額に対して低額に設定された。すなわち,E弁護士に訴訟代理人を委任した時点で,E弁護士に支払うことになった弁護士費用とは別に,最終準備書面作成のために弁護士費用を支払う必要があることは決まっていたことであり,そうである以上,最終準備書面作成のために後に支払うこととなったI弁護士に対する弁護士費用も,被告の債務不履行と相当因果関係があることは明らかである。
(イ)以下のとおり,324万円という金額は相当である。
D訴訟においては,訴訟提起時から平成26年11月14日まで,2年半を超える審理を通じて主張・立証が繰り返され,争点が多岐にわたり,証拠の評価が分かれ,認定が微妙であり,最終準備書面の作成・提出は必須であった。このような事件に係る最終準備書面をI弁護士らは作成したのであり,被告が主張するような「『セカンドオピニオン』ないし依頼された事項に回答を与える書面作成」とは全く性格が異なり,書面による鑑定と評価すべきとの被告の主張は当たらない。
仮に鑑定であると評価しても,その費用が20万円から30万円の範囲にすぎないという被告の主張は誤りである。書面による鑑定は,意見書作成と同義であるところ,意見書作成の弁護士費用は,「意見書の目的・内容・意見書を書くことで弁護士が負う責任の重さなどを考慮して,各ケースごとに個別的に対応しているのが現状のようで,100万円を超える場合もある。」とされている(甲23)。
最終準備書面作成である以上,本来であれば,訴訟委任の着手金を支払わなければならず,D訴訟においてその金額は1588万円が通常と判断されるが,I弁護士には,原告の代理人として期日に出頭し活動することまでは委任しなかったがゆえに,同額までの着手金を支払わずに済んだ。
I弁護士が事務所の複数の弁護士で最終準備書面作成にあたることを約束したことから,324万円という弁護士費用が決まったのであり,金額が高額にすぎるということはできない。
(被告の主張)
ア 原告の主張は争う。
イ 原告が主張する費用は,被告の事務処理停止との関係において,条件関係こそあれ,相当因果関係はおよそ認められない。
ウ I弁護士に対する支払は,相当因果関係がない。
(ア)実際に提出された最終準備書面にはE弁護士の名前のみが記載され,I弁護士について何ら記名がなく,D訴訟に係る判決についても同様である。となると,I弁護士は,書面作成のみを行い,それをE弁護士名義で提出したものと想像されるところ,このような事件処理は異例であり,通常はこのような処理は予見しようもない。
(イ)最終準備書面は,当該審級における従前の主張を整理・総括するためのものであり,新たな法的主張を構築・主張するようなものではなく,法的に提出義務があるものでもない。仮に訴訟戦略上,作成すべきと判断した場合でも,作成につき,委任契約上の責任が存するのは,E弁護士であるし,実際に作成名義人はE弁護士である。
(ウ)I弁護士に最終準備書面の作成を依頼する必要性は乏しかった。E弁護士は,Dを被告訴人として詐欺罪により刑事告訴する旨の相談を原告から受けており,告訴状は完成していた。このように,E弁護士は,D訴訟の論点は理解しており,委任事務処理への対応に問題が生じなかった。
(エ)I弁護士は,独立した訴訟事件を1件受任したものではなく,「セカンドオピニオン」ないし依頼された事項に回答を与える書面作成の委任を受けたことになる。I弁護士に依頼した業務を旧報酬規定(乙73)によって評価するならば,「書面による鑑定」,すなわち,「依頼者に対して行う書面による法律上の判断又は意見の表明」である。費用として評価するとすれば,その相当な費用は20万円から30万円である。鑑定は,与えられた事実関係から,問題となる法律関係を想定・調査してまとめる性質のものであり,費用が高額に及ぶことがあるのは,当該調査が質的にも量的にも広範囲に及ぶことがあるからである。他方で,最終準備書面は,従前までの主張・証拠関係を整理してまとめる文書であり,新しい主張を展開する書面ではない。そして,実際に提出された最終準備書面(乙3)は,被告が従前の訴訟手続において主張し,証拠を提出したものに依拠しており,尋問の結果を加えた程度である。とすれば,通常の鑑定の費用を超える内容の事務は行っていないことは明らかである。
(4)被告による本件委任契約の解除につき,やむを得ない事由(民法651条2項)があるか(争点4)
(被告の主張)
ア 原告の実質的経営者であるF側の委任契約無視という背信的行為があったものであり,被告による本件委任契約の解除につき,やむを得ない事由(民法651条2項)があった。
イ 前記(2)(被告の主張)イ,ウと同じ。
(原告の主張)
ア 原告は被告が主張するところのF関連会社ではない以上,たとえFに背信行為があったとしても,このことが民法651条2項ただし書の「やむを得ない事由」とはならない。なお,被告の主張・供述からは,被告の内心において,F関連会社というものが存在し,原告をもF関連会社と考えていたということが理解できる(ただし,そのように理解したことは明らかに被告の落ち度である。)が,原告が客観的にF関連会社といえない以上,被告の内心は,「やむを得ない事由」がないという結論を何ら左右しない。
また,仮に,BがFに相談し,Fが報酬金の支払を了解しない事実があったとしても,これをもって背信行為と評し得るものではない。
イ 前記(2)(原告の主張)イないしエと同じ。
(5)被告による本件委任契約の解除は,原告に不利な時期になされたか(争点5)
(原告の主張)
ア 被告による本件委任契約の解除は,原告に不利な時期になされた。
イ 被告による委任契約の解除は,期日を重ね,証拠調べを前にした時期のものであった。被告以外に,D訴訟の訴訟上の主張・立証の内容及び従前の活動内容を把握できている者がいない状況で,他の弁護士の引き受け手を見つけるのが極めて困難な状況であり,他人に事務処理を委任するのが困難な時期であった。
E弁護士が平成25年5月にDに対する告訴の代理人を担当していたことから,原告は,被告の後任をE弁護士に依頼したのであるが,民事訴訟が進行しており,証拠調べ期日の直前であったことから,E弁護士は当初は固辞した。それでも引き続いてお願いをして,尋問は引き受けてもらえることになったが,最終準備書面の作成は固辞された。また,E弁護士は,尋問に当たって,原告によるバックアップを求め,Bがバックアップするようにしたが,従前の主張・立証の経緯を十分に理解し咀嚼して,証拠調べに臨むことはできず,尋問は失敗に終わった。よって,被告の辞任は,原告に「不利な時期に委任の解除をしたとき」に当たることは明らかである。
ウ 被告の主張に対する反論等
(ア)辞任まで約5か月もの時間的余裕があったとの被告の主張に対し
a 被告は,被告の辞任の可能性が浮上してから辞任に至るまで約5か月もの時間的余裕があったと主張する。
b まず,原告におけるBの業務執行権限など認められず,Bは原告の代理人や使者に当たらないものであり,仮に,被告が辞任の可能性につきBと話し合っていたとしても,Bから原告に対し被告の辞任の可能性は伝わっていなかったのであるから,被告の辞任は原告にとって不利な時期になされたものであることに変わりはない。
c 被告が,Bに対し,5か月も前から,「サンライズ工業の報酬問題が解決できないのであれば,D訴訟も辞任する。」旨を伝えていたことを示す客観的証拠は何もない。平成26年6月頃から同年11月14日までの間,被告とBあるいはJ(以下「J」という。)との間で,D訴訟の進行その他に関するメールのやり取りがなされているが(乙72の1ないし21),一度でも辞任の可能性が話題に上ったことはなく,それどころか,同年10月,11月頃にJもみならずBからも尋問準備や訴訟手続きを進めてもらう内容のメールを発信している(乙72の1ないし3)。
これらのメールを見ると,被告がBに辞任の可能性を伝えていた様子はみじんも見られない。さらに,辞任の5か月も前から辞任の話を述べていたとの主張は,平成28年12月28日付け被告準備書面8に至って初めてなされ,陳述書(同年11月30日)においても記載はなかった。以上からすれば,辞任の5か月も前からD訴訟を辞任する旨述べていたとする被告の主張・供述は全く信用できない。
(イ)告訴状に係る主張に対し
a 原告は,2013年5月8日付け告訴状(乙2の1・以下「本件告訴状1」という。)は,E弁護士に作成してもらい,告訴を行ったものの,告訴は受理されなかった。「2015年7月●日」付けの告訴状(乙2の2・以下「本件告訴状2」という。)は,E弁護士が作成したものではなく,原告自身において,本件告訴状1をベースにして,民事判決を参考にして作成した。よって,本件告訴状2の存在は,E弁護士が,D訴訟の内容を把握していたものを示すものではない。
b 被告は,本件告訴状2はE弁護士が作成したものであり,2014年中にBから参考として受け取ったと主張していたが,虚偽の事実主張である。本件告訴状2において,本件事件の民事判決からの引用がされていることは,すぐ分かることであるにもかかわらず,被告が前記のような主張をしたことは,勘違いなどではなく,故意に行ったものとしか考えられない。
(ウ)尋問期日の延期申請をしなかったことや書証提出に係る主張に対し
被告は,予定されていた尋問期日に予定通り尋問が行われたことを主張するが,そもそも,原告において尋問期日を延期する方法を知らなかったためである。
仮に知っていたとしても,延期することは論外であった。すなわち,関係者の都合を調整して一期日に行う集中証拠調べが本件でも予定されており,軽々に尋問期日を延期することなどできず,また,延期を申し出ることは,裁判所の心証に悪影響を与えることが懸念される。
実際に行われた尋問は失敗に終わったものであり,尋問期日が予定通り行われたというだけで,訴訟手続に支障は見られないと主張すること自体が間違いである。
被告の辞任後,尋問期日前に約20点の書証が提出されたが,その提出は,被告の辞任前から予定されていたものであり,訳文の完成までに時間を要したにすぎない。
(被告の主張)
ア 本件解除は,「不利な時期」(民法651条2項)になされたものではない。同「不利な時期」とは,委任者側についていえば,委任事務処理自体との関連において委任者に不利な時期をいい,例えば,受任者から解約されたとき委任者が遅滞なく他人にその事務処理を委任するのが困難な時期という意味であるが,本件はこれに当たらない。
イ 突然の解除ではないこと
被告は,下原訴訟・C訴訟の勝訴判決が確定した平成26年6月中旬頃から,Bと報酬問題の解決に向けた話合いをしており,Bは,同問題がうまく収束しない場合には,D訴訟につき被告が辞任する可能性を認識していた。すなわち,Bは,被告による本件委任契約解除の可能性を予見・認識し,実際に辞任届が提出された同年11月14日までの約5か月もの期間,解除がなされた場合への準備・対策を講じる時間があった。
ウ 辞任後速やかに後任弁護士へ引き継がれていること
原告は被告の後任者として被告辞任のわずか5日後にE弁護士を選任し,あらかじめ指定されていた尋問期日の変更すら必要とされないまま,訴訟の進行が図られている。
同弁護士は,早い段階(平成25年3月12日)にD訴訟の民事訴訟の記録を含む大量の資料を受け取っており,同記録を基に告訴状を起案し,検察に提出している。同弁護士は,受任後速やかに訴訟活動に着手している。
平成26年12月17日に予定された尋問は,延期はなされず,また,そもそも延期の申請すらもなされずに実施されたことからは,専門家であるE弁護士の目から見ても,延期の申請は不要であったことがうかがわれる。
(6)民法651条2項に基づく請求に係る損害及び相当因果関係(争点6)
(原告の主張)
前記(5)(原告の主張)のとおり,被告が辞任届を提出した時期は,まさに他人に事務処理を委任するのが困難な時期にあったところ,原告は,E弁護士が平成25年5月にDに対する告訴の代理人を担当していたことから,被告の後任をE弁護士に依頼したが,最終準備書面の作成は固辞された。また,E弁護士は,尋問に当たって,原告によるバックアップを求め,Bがバックアップするようにしたが,従前の主張・立証の経緯を十分に理解し咀嚼して,証拠調べに臨むことはできず,尋問は失敗に終わった。原告は,最終準備書面作成に対応してもらうことができる弁護士を別途探さなければならなかったが,何とかI弁護士に引き受けてもらうことができたが,多額の弁護士費用の支払を余儀なくされた。
かかる一連の経緯に照らせば,本件で後任の代理人の選任に要した費用,とりわけI弁護士による最終準備書面作成費用が「不利な時期であったことから生ずる損害」に該当することは当然である。
(被告の主張)
ア 民法651条2項に係る損害賠償請求についての「損害」はなく,また,相当因果関係もない。
イ 同項により賠償すべき「損害」の範囲とは,委任が解除されたこと自体から生ずる損害ではなく,解除が不利益な時期であったことから生ずる損害に限定される。したがって,具体的に賠償の対象となる損害となるのは,後任の代理人の選任ができないことから生じた損害,あるいは,委任事務処理が遅延したために生じた損害であり,本件については,新しい代理人を探すためにかけた特別な費用等である。なお,不利益な時期における解除であるか否かにかかわらず,後任の代理人に対する費用は当然にかかるものであるから,後任の代理人に対して支払う費用は,同項でいう賠償の範囲に入らない。
ウ 後任のE弁護士は,原告が,D訴訟のために新規に探し出した弁護士ではなく,かつ,同弁護士は,D訴訟について刑事告訴の側面からすでに受任していた。同弁護士へ支払った着手金の額は大変に安価である。つまり,被告による委任契約の解除から事務処理との関連において何らの問題も生じておらず,新たな代理人を探すために特段の費用もかかっていない。よって,同弁護士に対して支払った着手金は,前記条項の「損害」に該当しない。
エ I弁護士らに要した費用についても,被告が賠償すべき損害に当たらない。
(ア)I弁護士らに要した費用については,そもそも相当因果関係が存在しない。
最終準備書面の作成は,法的な義務ではない。仮に,訴訟戦略上,作成すべきと判断した場合でも,その作成につき,委任契約上の責任が存するのは,本件ではE弁護士であり,現実に,最終準備書面の作成名義人はE弁護士である。しかも,判決が出るまでE弁護士が訴訟代理人の地位にいることが前提となっており,最終準備書面をE弁護士が作成するか否か,仮に作成する場合に,どのような方法で作成するかは,同弁護士と原告との間の委任契約の範疇であり,本件委任契約とは別問題である。また,E弁護士は,告訴状作成において従前から事件に関与し,予定通り尋問を行っており,事案の分析・理解への差しさわりはなく,かつ,尋問後,最終準備書面提出まで約3か月もの時間的余裕が存在したことから,I弁護士に最終準備書面の作成を依頼する必要性に乏しかった。
原告が,最終準備書面の作成につき,E弁護士の費用に比べると高額な費用をI弁護士に支払うことになったのは,解除が不利益な時期にあったからではなく,E弁護士以外にも最終準備書面の打診を並行して行うことを原告が怠った,すなわち放置したからであり,被告の辞任とは,相当因果関係の範囲から外れる。
(イ)I弁護士が行った最終準備書面作成の契約上の性質は,鑑定に近いものであるが,最終準備書面は,従来の主張を整理するものであり,鑑定として求められるような問題となる法律関係を想定・調査してまとめるというものではない。費用として評価するとすれば,その相当な費用は20万円から30万円である。しかも,当該支出は,解除の可能性が浮上してから実際に解除に至るまで約5か月間があった上で,その4か月後に向けて支出されたものであり,解除が不利益な時期であったことから生ずる損害には当たらない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
末尾記載の証拠(ただし,以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨等によれば,以下の事実が認められる。
(1)大三元は,平成23年12月15日まで,原告の全部の株式を保有していたが,同日,JSホールディングスに原告の全ての株式を譲渡した。Bは,JSホールディングスの代表者取締役であったが,平成23年8月1日に辞任し,同日,HがJSホールディングスの代表者取締役に就任した。(甲14,15の1,2,甲24,乙25,弁論の全趣旨)
(2)ア D訴訟については,当初,被告以外の弁護士が受任していた。Bは,原告代表者に対し,大三元の顧問弁護士であった被告を紹介した。(前記前提事実(4),甲24)
イ 原告と被告は,平成25年5月15日,本件委任契約を締結した。原告代表者は,本件委任契約に係る着手金の額や報酬算定の根拠について,直接,被告と交渉はしておらず,Bを通じて交渉した。また,原告代表者は,本件委任契約に係る契約書の署名・押印を被告の面前で行ったものではなく,Bを通じて契約書の受渡しを行った。原告代表者は,被告とBがどのようなやり取りを行った結果,同着手金が100万円と定められたかにつき,把握していない。(前記前提事実(4),原告代表者本人)
ウ Bは,原告代表者の了解の下,D訴訟の弁論準備手続期日に出頭していた。原告代表者は,同期日に出頭しておらず,Bや,原告が業務を委託していたJから,D訴訟について報告を受けていた。Jは,書面の作成等に長けており,被告は,D訴訟に係る書面の作成については,主にJとやり取りをしていた。(乙72(枝番を含む。),原告代表者本人,被告本人)
(3)E弁護士は,平成25年5月8日付けの本件告訴状1を作成した。本件告訴状1は,株式会社Triple Reach(以下「TR」という。),サンライズ工業及び原告を各告訴人とし(以下,この3社を併せて「告訴人ら」という。),E弁護士を告訴人ら代理人,Dを被告訴人とするものであり,「告訴人らは,MIHの株式を所有していたが,Dの欺罔行為によって,MIHの株式を不当な廉価で第三者に売却させられた。Dの所為は刑法246条2項に該当すると思料されるので,厳重な処罰を求めるため,告訴する。」ことなどが記載されていた。(乙2の1,弁論の全趣旨)
(4)東京地方裁判所は,平成26年4月24日に下原訴訟に係る判決を言い渡し,同年5月28日にC訴訟に係る判決を言い渡し,これらの判決はいずれも確定した。(前記前提事実(3))
C訴訟についての判決が言い渡される前の頃,Bは,被告から,下原訴訟に係る報酬額の提示を受けたが,その額について抗議した。その後,被告とBは,下原訴訟及びC訴訟に係る被告への報酬額についてやり取りをした。Bと被告は,平成26年7月17日,被告の事務所で,報酬額について話をした。その後,被告は,Bに対し,このまま報酬額がまとまらないようであれば,紛議調停にかけることになるかもしれないなどと述べた。(甲16,乙88)
(5)平成26年10月から同年11月14日にかけて,Bと被告との間で,前記前提事実(5)のとおりのメールのやり取りがなされた。被告は,同年11月14日,東京地方裁判所にD訴訟の訴訟代理人の辞任届を提出した。(前記前提事実(4),(5))
(6)ア 原告代表者は,平成26年11月,Bから,被告がD訴訟の辞任届を提出して,同訴訟の訴訟代理人を辞任したことを伝えられた。(原告代表者本人)
イ 原告は,Bを通じて,E弁護士と連絡を取り,同弁護士に対し,D訴訟の原告訴訟代理人に就任することを要請し,E弁護士は受任した。E弁護士は,受任に際し,D訴訟に係る最終準備書面の作成はしない旨を原告に述べていた。
原告は,E弁護士を訴訟代理人と定め,D訴訟に関する一切の訴訟行為等を委任することなどを内容とする平成26年11月19日付けの訴訟委任状を作成し,同委任状は,同月26日,東京地方裁判所民事第41部に提出された。
E弁護士は,平成26年12月3日付けで,原告に対し,着手金59万6854円(源泉税・復興税を除くと54万円)の請求を行い,原告は,同月11日,E弁護士に対し,着手金として54万円を支払った。
(以上,甲8,9,乙94,原告代表者本人)
ウ Bは,平成26年12月5日から平成27年3月24日までの間,D訴訟に対応するため,原告の代表取締役に就任した。
D訴訟においては,平成26年12月17日に尋問を実施することが予定されていたが,原告は,尋問期日について,延期の申請はせず,同日に尋問が実施された。原告は,尋問終了後,E弁護士に対し,改めて,最終準備書面の作成を依頼したが,断られた。
(以上,乙30,原告代表者本人,被告本人,弁論の全趣旨)
エ 原告代表者は,平成27年の年始頃,I弁護士に対し,最終準備書面の作成を依頼した。同書面は,E弁護士名で作成され,D訴訟の平成27年3月11日の期日において,陳述された。(乙3,原告代表者本人)
原告は,平成27年4月13日,I弁護士に対し,324万円(ただし,源泉徴収後の振込金額は272万9500円)を支払った。原告が,D訴訟に係る最終準備書面の作成につき,前記支払以外に,費用を支払ったことはない。(甲10,11,原告代表者本人)
2 争点1(被告による本件委任契約の解除の意思表示は原告に到達したか)について
(1)原告は,被告による本件委任契約の解除の意思表示が原告に到達していないことを前提として,委任事務に係る債務不履行に基づく損害賠償を求めるので,以下,同解除の意思表示が原告に到達したかについて,検討する。
(2)解除の意思表示は,明示・黙示を問わないものであり,例えば,委任者からの解除において,同一事務について,委任者が新たに別の者に委任したことが相手方に知れた場合は,黙示の解除の意思表示となり得るものである。
そして,本件においては,①原告代表者は,Bから被告を紹介され,本件委任契約の内容について,Bを通じてやり取りをし,同契約に係る契約書の受渡しもBを通じて行っていたこと(前記認定事実(2)),②本件委任契約における委任事務は,D訴訟(第一審)の処理であったこと(前記前提事実(4)),③原告代表者はD訴訟の弁論準備手続期日に出席せず,他方,Bは同期日に出席しており,原告代表者はJだけでなくBからもD訴訟に係る報告を受けていたこと(前記認定事実(2)),④被告は,平成26年11月7日,「D訴訟も辞任することになるが,この辞任は本件委任契約6条②による辞任である」ことなどをBに伝え,同月14日,D訴訟の辞任届を受訴裁判所に提出し,かつ,その旨をBに伝えたこと(前記前提事実(4),(5)),及び,⑤原告代表者は,平成26年11月中に,Bから被告が辞任した旨を知らされたこと(なお,前記認定事実(6)のとおり,原告は,同月19日付けで,E弁護士をD訴訟の訴訟代理人とすることなどを内容とする訴訟委任状を作成しているところ,原告代表者は,同日頃には,辞任の事実を知らされていたことが推認される。)によれば,前記④及び⑤の事実経緯をもって,解除の意思表示が原告代表者に到達したものと認められる。
(3)ア この点につき,原告は,Bは原告の代理人にも使者にも当たらず,かつ,平成26年11月7日及び同月14日のメールは,「B」に対する,D訴訟を辞任する,あるいは,辞任したという「事実の告知」を行っているにすぎず,「原告」に対する「本件委任契約の解除の意思表示」には当たらない旨主張する。
イ しかしながら,①本件委任契約における委任事務は,D訴訟(第一審)の処理であったところ,D訴訟の訴訟代理人を辞任するということは,本件委任契約に基づく事務を行わないことと同義であり,また,②被告は,メールにおいて,本件委任契約に係る契約書の6条②についても触れているところ,同6条②は,委任契約の解除に係る条項であったことからすれば,メールにおける記載が,被告がD訴訟の原告訴訟代理人を辞任する,あるいは,辞任したとの事実の告知に留まるということはできず,本件委任契約を解除することを意味するというべきである。
ウ(ア)次に,前記(2)①ないし③のとおりの経緯や,Bが,平成26年11月14日に被告から連絡を受けた後,速やかに原告代表者に伝え(前記認定事実(5),(6)参照),その後,原告は平成27年6月15日付けの質問状を送付する(前記前提事実(6))までの間,被告に対して,委任契約が解除されていないことを前提とした接触を行わず(なお,同質問状における記載も,解除の意思表示が到達していないことを前提としているものとも解し難い。),後任の弁護士の選任等の手続をとっていることからすると,Bは,原告代表者と被告との間の本件委任契約の解除について,決定された意思を相手方に伝達する立場にあり,かつ,実際に伝達したことが認められる。
(イ)なお,原告は,平成26年11月のメールにつき,Bから原告に伝えられることを予定されていなかった旨主張するが,前記(ア)で指摘した各事実に照らし,同主張を採用することはできない。
また,原告は,同メールは「B」に対するものにすぎないと主張する。しかるに,同メールにおいて,明示的に原告に対する意思表示であることが記載されているものではないが,本件委任契約における委任者は原告であること,及び,被告は,メールにおいて,委任契約の解除に係る条項についても触れていることからすれば,委任契約解除の意思表示の相手方が原告であることは当然の前提とされていたものと認められる。
エ 原告は,①被告が辞任したことを前提とした訴訟対応は行ってきたが,委任契約が解除されたことを当然の前提とした行動等はしていない旨,②平成27年6月15日付けの質問状を発する頃まで,被告との間で辞任の是非やその効果についてやり取りをしている暇などなかった旨を主張する。
しかしながら,D訴訟に対応する必要があったとしても,被告に連絡をする時間すらなかったとは認め難い。また,原告が,本件委任契約は解除されておらず,被告が訴訟対応を行うべきであるとの認識であったとすれば,なおさら,早急に被告への連絡を試みるなどして然るべきである。しかるに,原告は,そのような行動をとっていないものであり,本件委任契約が解除されたことを前提とした行動等はしていない旨の原告の主張を採用することはできない。
オ 原告は,Bは,紛争の当事者であったといえ,被告がその紛争を原因として辞任する以上,その辞任に関する通知を原告に適切に伝えることは期待することができない旨主張する。しかしながら,本件の経緯に照らし,代理人としてはともかく(なお,本件各証拠を総合検討しても,Bが本件委任契約の解除に係る代理権を授与されていた事実は認められない。),意思表示を伝達することすら期待できなかったものとは認められず,実際に,Bは,被告が辞任したこと(本件委任契約が解除されたこと)を速やかに原告代表者に伝えたことが認められる。
(4)以上によれば,被告による本件委任契約の解除の意思表示は,原告がE弁護士に委任した時期より前に,原告に到達し,本件委任契約は終了したことが認められる。よって,本件委任契約が継続していたことを前提とする原告の請求は理由がない。
3 争点4(被告による本件委任契約の解除につき,やむを得ない事由(民法651条2項)があるか)について
(1)被告は,原告の実質的経営者であるFによる背信行為があったため,本件委任契約の解除につき,やむを得ない事由があった旨主張する。なお,被告は,Fは,別紙の「会社名/証拠標目」欄記載のとおりの各会社(F関連会社)につき,実質的経営権限あるいは意思決定権限を有し,これらの会社に対して,影響力を行使し得る立場,すなわち,態様の如何を問わず,各会社の経営に少なからぬ影響を与えることができる立場にあり,原告もそのようなF関連会社の1つであったなどと主張する。また,被告は,①F関連会社とは,Fが会社の経営権を掌握している一連の会社群,Fが実質的に支配している会社であり,主たる判断がFによってなされている会社である旨,②F関連会社のすべてについてFが同じような支配をしているのではなく,独自性が強い会社もあると思うが,最終的にはFの判断になると思う旨等を供述する(被告本人)。
他方で,原告は,このような被告の主張を否認し,又は,争っている。
(2)この点,①原告代表者は,十数年前にFと知り合って以来,Fに相談を持ちかけることがあり,また,D訴訟に係る最終準備書面作成に際し,Fも加わって議論や検討が行われたこと(原告代表者本人)や,②JSホールディングスの代表者であるHと,Fは,平成20年頃,有限会社aの刑事事件の公判が行われた際に,公判が行われた裁判所にともに赴いており(乙79,被告本人),一定の近しい関係にあったことが認められる。
(3)ア 他方で,被告の主張・供述するところのFによる影響力,実質的支配,経営権の掌握等は,一義的ではなく,その内容は必ずしも明らかでないが,それをさておくとしても,①被告は,F関連会社の一つ一つの会社の資本構成を知っているものではなく,被告がD訴訟の訴訟代理人を辞任した当時における原告,大三元,サンライズ工業等の株主構成,資金の流れ,JSホールディングスの資金の流れなども知らないものであり,②被告は,原告における意思決定のプロセスを知らず,かつ,③被告は,本件訴訟が提起されるまでは,原告が,JSホールディングスの100パーセント子会社であることを知らず,大三元の100パーセント子会社であると思っており,本件訴訟において陳述書を作成した時期頃まで,原告がアダルトグッズの製造販売等をしていることを思い出さず,原告の実際の業務や状況について把握していないものである(以上,被告本人,弁論の全趣旨)。すなわち,原告代表者が原告に係る実質的代表権限や意思決定権限を有しておらず,Fがこれらの権限を有していたとする被告の主張,供述及び陳述は,原告やJSホールディングスの資本関係・資金状況や,原告において実際にとられている意思決定方法や経営状況等に基づくものではない。
なお,被告は,F関連会社の間で代表者や本店所在地が共通することも挙げるが,これらをもって直ちに,Fが各会社を実質的に支配しているということはできない。
イ また,被告は,Bによる「平成23年9月15日付けで原告の代表取締役を辞任したが,投資事業の整理については引き続きBが務めることになった」との陳述書(乙93の1)の記載を指摘する。しかるに,同記載により,原告代表者が原告に係る実質的代表権限を有しておらず,他の者が同権限を有していたことまでを認めることは困難である。
ウ(ア)被告は,平成27年7月14日のF,B及び被告の会談におけるFの発言を指摘する。
(イ)しかしながら,同発言の内容は曖昧であり,必ずしも,Fが原告に係る実質的代表権限あるいは意思決定権限を有し,原告を支配していることなどを前提とする発言であると理解することはできない。
なお,被告は,Fの立場は,資本関係に還元される支配被支配の有無という趣旨に限定されず,態様の如何を問わず当該経営に少なからぬ影響を与えるとの趣旨であり,いわば経営の「ご意見番」であると主張する。しかしながら,仮に,Fが「ご意見番」との立場にあったとしても,原告に係る実質的な経営権限あるいは意思決定権限を有するといえない場合には,Fの行為をもって,原告の被告に対する背信行為と評価することは困難である。
(ウ)また,前記会談が行われた平成27年7月14日に先立って,原告は,被告に対し,本件委任契約に関し,損害賠償を請求することなどを内容とする通知を行ったものである(前記前提事実(7))。そして,本件委任契約もBが間に入って締結され,また,解除されたことに照らすと,Fが原告を実質的に支配し,あるいは,実質的代表権限あるいは意思決定権限に基づき,原告を経営していたのであれば,仮に被告が主張するとおり,同日の会談の趣旨がサンライズ工業に係る紛争についてBから直接事情を聴くというものであったとしても,前記請求について全く言及がないというのは不自然である。それにもかかわらず,同会談では,主として,サンライズ工業と被告との間の報酬の問題,Bの責任如何等が話し合われており,前記請求について触れられていない。
(エ)以上からすると,平成27年7月14日の会談におけるFの発言を根拠として,Fが原告に係る実質的な代表権限あるいは意思決定権限を有し,原告を支配・経営しており,他方で,原告代表者はこのような権限を有していなかったものと認めることは困難である。
(4)以上を総合し,かつ,被告のその余の主張を考慮しても,平成26年11月14日当時やこれに近い時期において,Fが原告に係る実質的な代表権限あるいは意思決定権限を有し,原告を支配・経営しており,他方で,原告代表者はこのような権限を有していなかったものと認めるに足りない。
そうすると,仮に,Fについて,被告に対する背信行為と評価すべき行為があったとしても,原告との間で締結された本件委任契約を不利な時期に解除することにつき,やむを得ない事由があったとは認められない(なお,解除が不利な時期になされたかについては,後記4において検討する。)。
4 争点5(被告による本件委任契約の解除は,原告に不利な時期になされたか)について
(1)原告は,被告による本件委任契約の解除は,期日を重ね,証拠調べを前にした時期であり,被告以外にD訴訟の訴訟上の主張・立証の内容及び従前の活動内容を把握できている者がいない状況であり,他人に事務処理を委任するのが困難な時期であり,原告に不利な時期になされた旨主張する。これに対し,被告は,原告に不利な時期には当たらない旨主張する。
(2)D訴訟は,平成24年7月に提起され,複数回の期日を経て,平成26年12月17日に尋問が実施される予定であったものである(前記前提事実(4),前記認定事実(6),弁論の全趣旨)。なお,証人及び当事者本人の尋問は,できる限り争点及び証拠の整理が終了した後に集中して行わなければならない(民事訴訟法182条)ところ,弁論の全趣旨によれば,D訴訟においても,このような審理方法がとられていたものと認められる。そして,D訴訟は,訴訟物の価額が6億円超と高額であるばかりでなく,多数の書証が提出され,内容もそれなりに複雑であったこと(以上,甲25,乙4,5,弁論の全趣旨)を考慮すると,尋問を担当する訴訟代理人弁護士は,相当程度の準備を行うことを要する状況にあったというべきである。以上に加え,弁論の全趣旨に照らし,被告が辞任した当時,D訴訟について,被告以外の原告訴訟代理人弁護士が実質的に関与していた経緯は認められない(なお,E弁護士の関与状況等については,後記(3)ウのとおり)ところ,本件委任契約が解除された平成26年11月14日ないしこれに近い時期(尋問の実施予定期日の約1か月前)は,その他に考慮すべき特別の事情がない限り,原告において他人に事務処理を委任するのが困難な時期に当たり,原告に不利な時期に該当するというべきである。
(3)ア 被告は,①被告とBは,平成26年6月中旬頃から,Bと下原訴訟・C訴訟の報酬問題の解決に向けた話合いをしており,Bは,同問題が収束しない場合には,D訴訟につき被告が辞任する可能性を認識していたこと,②被告の辞任後に就任したE弁護士は,平成25年3月12日にD訴訟に係る資料を受け取り,これを基に告訴状を起案し,検察に提出していること,③実際に,原告は,被告辞任のわずか5日後にE弁護士を選任し,尋問期日の変更すら必要としないまま,訴訟の進行が図られていることなどを主張する。
イ しかしながら,前記ア①(辞任可能性についての認識)については,仮に,Bにおいて,被告が辞任する可能性を認識していたとしても,原告代表者が,被告が主張する時期に同可能性を認識していたものとは認められない。
なお,原告代表者は,被告が辞任した後に,辞任したことをBから聞いた旨,その前に被告がD訴訟の担当を辞めるかもしれないなどということを聞いたことはなかった旨供述する(原告代表者本人)。また,被告と,JやBとの間では,メールにより,平成26年10月2日に陳述書や人証申請についてのやり取りがなされ,同月10日に同年12月に実施予定の尋問期日についてのやり取りがなされたが,被告が辞任する可能性については触れられなかったものである(乙72・枝番を含む。)。
ウ 次に,前記ア②(E弁護士の従前の関与等)については,刑事告訴に際し告訴人の代理人として活動することと,民事訴訟において訴訟代理人として対応すること(特に尋問を担当すること)とでは,その職務内容において相当程度の相違が見られるものである。また,訴訟に係る書類の受領についても,民事訴訟の代理人として活動することを前提として受領した場合と,そのような前提なく受領した場合とでは,状況が相当程度異なるものである。
そうすると,E弁護士が本件告訴状1の作成を担当したことや,D訴訟に係る書類の送信を受けていたことなどを根拠として,不利な時期における解除に当たらないということはできない。
なお,被告は,被告辞任後に約20点の書証が提出されたことを指摘するが,原告は,被告辞任前に提出を予定していたが,訳文作成の必要性から辞任後に提出された旨主張するところ,同提出の事実を重要視することはできない。
エ また,前記ア③(E弁護士が速やかに選任されたこと,尋問期日の変更や変更申請がなされなかったことなど)については,関係者の都合を調整して一期日に尋問を実施する集中証拠調べが予定されている場合においては,軽々に尋問期日を延期することは困難であることに照らし,原告が尋問期日の延期申請をしなかったことや,予定通りの期日に尋問が実施されたことをもって,不利な時期における解除に当たらないということはできない。
(4)以上により,かつ,本件の経緯に照らし,被告による本件委任契約の解除は,原告に不利な時期になされたというべきである。
5 争点6(民法651条2項に基づく請求に係る損害及び相当因果関係)について
(1)委任は,当事者双方の特別な対人的信頼関係を基礎とする契約であるから,原則として,委任者・受任者のいずれからでも自由に解除することができるものである(民法651条1項参照)。
そして,このような委任の性質に照らし,民法651条2項所定の「損害」とは,解除自体から生じる損害ではなく,解除の時期の不当なことによる損害であると解すべきである。
(2)原告は,E弁護士に着手金として支払った59万6854円につき,同条項所定の「損害」であると主張する。しかしながら,訴訟事件を受任した弁護士が辞任した際には,委任契約の解除の時期如何にかかわらず,後任の弁護士に対して着手金を支払うべきものである。そして,前記着手金の金額やD訴訟における訴訟物の価額が6億円超であったこと(乙5)に照らし,前記59万6854円の支払が,解除の時期の不当なことによる損害であるということはできない。
(3)ア 次に,原告は,I弁護士に対して,最終準備書面の起案のみを依頼し,これにつき324万円を支払ったところ,これも民法651条2項所定の損害に当たると主張する。
イ 委任契約の解除の時期如何にかかわらず,前任の弁護士が辞任し,後任の弁護士が最終準備書面を作成する場合に,名目はともかくとしてこれに係る報酬を後任の弁護士に支払う必要が生じ得るものであり,同作成に係る支払自体が前記条項所定の「損害」に当たるということはできない。他方で,最終準備書面を作成する必要性が高い事件において,同書面の提出期限が間近に迫っている時期に前任の弁護士が辞任し,早急に対応することが可能である弁護士が限られ,あるいは,他の事件に先んじて対応してもらう必要があるなどの理由により,後任の弁護士に対して高額な報酬を支払わざるを得なくなったような場合については,支払った額の一部が前記「損害」に当たることもあり得ると解される。
ウ しかるに,本件においては,①原告は,平成26年11月19日付けでE弁護士にD訴訟の一切の訴訟行為を委任する旨の訴訟委任状を作成したが,E弁護士から,受任の際に最終準備書面の作成を行わない旨を告げられていたにもかかわらず,直ちに他の弁護士を探すなどせず(前記認定事実(6),原告代表者本人),かつ,②最終準備書面が陳述されたのが,平成27年3月11日であった(前記認定事実(6))ものである。なお,原告代表者は,並行して最終準備書面の作成をしてくれそうな弁護士を探すなどの方法をとらなかった理由について,「自分自身が忙しかったというのもあるし,E弁護士に最終的にお願いすれば何とかしてくれるかなとも思っていた。」などと供述する(原告代表者本人)。
以上によれば,原告は,被告が辞任した後,E弁護士に最終準備書面の作成を依頼することができないと認識してから,この問題に対処するための十分の期間があったにもかかわらず,一定の期間,必要な行動をとらなかったものである。
そうすると,仮に,I弁護士に支払った最終準備書面作成に係る費用が,同程度の事件に係る最終準備書面の作成に係る費用と比して高額であると評価する余地があるとしても,被告による不利な時期における解除との間で相当因果関係のある損害であるということはできない。
(4)以上によれば,原告が主張する各支出につき,被告が民法651条2項に基づき賠償すべき損害に当たるということはできない。
第4 結論
以上によれば,本件請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第18部
(裁判官 園部直子)
〈以下省略〉
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