判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(160)平成25年 9月26日 東京地裁 平23(ワ)42013号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(160)平成25年 9月26日 東京地裁 平23(ワ)42013号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成25年 9月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)42013号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2013WLJPCA09268023
要旨
◆被告会社との間で、訴外会社の発行済み普通株式の取得を目的とする株式公開買付け(TOB)に関して業務委託契約を締結し、同契約に基づく業務を遂行していた原告が、被告会社から一方的に同契約を破棄されたため成功報酬額の損害を被ったとして、被告会社に対しては債務不履行又は不法行為に基づき、被告会社の代表取締役である被告Y1及び被告Y2に対しては被告会社との共同不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案において、本件では、被告会社によるMBOの実現を困難ならしめるような事由が発生したときには、契約存続期間内でも各当事者による一方的解除が許されると解されるところ、本件業務委託契約は原告と被告会社間で黙示に合意解除されたとして、請求を棄却した事例
参照条文
民法91条
民法415条
民法643条
民法651条1項
民法709条
民法719条1項
裁判年月日 平成25年 9月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)42013号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2013WLJPCA09268023
東京都中央区〈以下省略〉
原告 エアーズシーサポート&アドバイザリー株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 小長井良浩
同 田村公一
同訴訟復代理人弁護士 川端啓之
東京都千代田区〈以下省略〉
被告 ヴァリアント・パートナーズ株式会社
同代表者代表取締役 Y1
同 Y2
東京都世田谷区〈以下省略〉
被告 Y1
東京都世田谷区〈以下省略〉
被告 Y2
上記3名訴訟代理人弁護士 村上泰
同 髙山梢
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して1億5189万円及びこれに対する平成23年6月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告ヴァリアント・パートナーズ株式会社(以下「被告会社」という。)との間で,株式会社コージツの発行済み普通株式の取得を目的とする株式公開買付け(TOB)に関し,業務委託契約を締結し,同契約に基づく業務を遂行していたところ,被告会社から一方的に同契約を破棄されたため,本来受け取るべき成功報酬等総額1億5189万円の損害を被ったと主張して,被告会社に対しては債務不履行又は不法行為に基づき,被告会社の代表取締役である被告Y1(以下「被告Y1」という。)及び被告Y2(以下「被告Y2」という。)に対しては被告会社との共同不法行為に基づき,損害賠償を請求する事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに括弧内に掲げた証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,株式及びファンドへの投融資,有価証券の売買並びに保有及び投資等を目的とする,持株会社のエアーズシーホールディングス株式会社の子会社である。
イ 被告会社は,被告Y1及び被告Y2が共同代表パートナーとしてそれぞれ代表取締役となって設立された,投資事業組合の財産運用・管理に関する業務等を目的とする投資事業ファンドの株式会社である。
ウ 株式会社コージツ(以下「コージツ」という。)は,東京証券取引所(ジャスダック)に上場する持株会社である。同社の代表取締役は,平成23年9月21日,B(以下「B」という。)からC(以下「C」という。)へ交替した。
子会社の株式会社好日山荘(以下「好日山荘」という。)は,日本最古の登山用具専門店である。
エ DRCキャピタル株式会社(以下,関連会社を含めて「DRC」といい,同社の代表取締役Dを「D」という。)は,有価証券の取得,保有及び売買を目的とし,企業投資ファンドの運営及び投資助言を行う株式会社である。
(2) 業務委託契約の締結に至る経緯
ア 被告会社は,原告とは別のM&A仲介会社から,コージツをMBO(マネジメント・バイアウト。経営者による企業買収)の対象候補として紹介され,平成23年1月24日,上記仲介会社を介して,コージツ経営企画部次長であるE(以下「E」という。)と面談し,コージツ代表者との面談を希望したが,その後の進展はなかった。
イ 被告会社は,同年4月,原告のF次長(以下「F」という。)を介して,原告のGアドバイザー(以下「G」という。)と面談し,原告との間で,コージツのMBOに係る協議を開始した。そして,同月19日付けで,原告に対し,「機密保持に関する誓約書」(乙1)を提出した。
なお,この時点において,既にDRCがコージツの発行済み株式総数のうち17.3%の株式を取得し,Dがコージツの取締役に就任しており,上記面談においては,DRCが先行していることやコージツの役員が一枚岩でないことなども話題に上った。
ウ 被告会社は,同年5月20日,原告を介して,コージツに対し,「当社ご案内並びにディスカッションプロセスのお願いについて」と題する書面(甲59)を提出した。
エ 被告会社の代表取締役である被告Y2は,同月30日,原告の代表取締役であるA(以下「原告代表者」という。)と面談し,その後,コージツの代表取締役であるBとも面談した。
オ 原告と被告会社は,同年6月3日,業務委託契約の締結につき合意した。
被告会社は,同日,「投資検討に係るデュー・ディリジェンス及びディスカッションプロセスのお願いについて」と題する書面(甲23)を原告に提出し,原告は,「貴社企業価値向上の提案意向を有するバイアウトファンドのご紹介並びにご提案受入のお願いについて」と題する書面(甲22)と共に,これをコージツに提出した。
(3) 業務委託契約の締結
原告と被告会社は,平成23年6月7日,被告会社が業務執行を行う投資事業有限責任組合による,コージツの発行済み普通株式の取得を目的とした株式公開買付け(TOB)を通じた同株式の取得及びこれに付帯する取引の検討及び実行に関し,業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結した。
同契約に係る契約書(甲1)には,次の条項がある。
「第1条(委託業務)
甲(注・被告会社を指す。)は,本件に関し,乙(注・原告を指す。)をアドバイザリーに指名し,以下に掲げる業務(以下,「本件委託業務」という)を乙に委託し,乙はこれを受託する。
(1) 対象会社(注・コージツを指す。)の営業及び財務その他の内容の調査に関するアドバイス
(2) 対象会社,対象会社の株主若しくは関係会社又はその他の者(以下,「対象会社等」という)との間の交渉の仲介,調整及び支援
(3) 基本スキームの立案及びその手続き・交渉の日程の作成並びにこれらの支援
(4) 基本合意書,最終契約書等の本件に関連する諸契約書,並びに定款,金融商品取引法,会社法その他の適用法令により作成が必要とされる書類の内容確定及び作成支援
(5) 最終契約書等に基づく資本取引等(クロージング)に関する支援
(6) 弁護士,公認会計士,不動産鑑定士等の専門家の選任に関する助言,並びに甲のために行う専門家への情報提供,指示及び連絡事務
(7) 随時合意する上記に付随するサービスその他のサービス
第3条(手数料)
甲から乙に対して支払われる本件委託業務の対価(以下,「手数料」という)は,TOBの成立を条件として発生するものとする。但し,本条第2項に定義される本件株主の全てがTOBに応募しかつ撤回していないことを条件とする。
2 前項の規定にかかわらず,甲は,甲と乙との間で別途合意する対象会社の主要株主である法人もしくは同法人と人的または物的な関係を有する会社または個人等を含む対象会社の株主(以下,「本件株主」という)と甲との間で対象会社普通株式の譲渡に関する覚書の合意に至った場合に,金500万円(消費税別)を乙の請求に基づき遅滞なく乙の指定する銀行口座に振込送金の方法により支払うものとする。なお,当該支払金は,本件目的不達成の場合であっても返還されないが,本件目的達成の場合は,手数料の額に当該支払金を充当するものとする。
3 本件目的の達成により発生する手数料の額は8,000万円(消費税別)とする。
第4条(契約期間,解除)
本契約は,本契約締結日から1年間存続する。
2 前項の規定にかかわらず,甲または乙は相手方に以下の事由が生じた場合には,何らの催告なく本契約を解除することができる。
(1) 本契約上の義務に違反したとき。
(2) 破産,会社更生手続等,倒産手続開始の申立を受けたとき,又は清算手続が開始したとき。
(3) 資産に対して,仮差押,差押,仮処分又は競売の申立があったとき。
(4) 支払を停止し又は手形交換所の取引停止処分を受けたとき。
(5) 公租公課を滞納して督促を受けたとき又は保全処分を受けたとき。
(6) その他本契約の継続を困難と認める事情が発生したとき。
第8条(免責条項)
甲及び乙は,本件委託業務契約に基づく業務の遂行に当たり,故意又は重大な過失により相手方に損害又は費用(合理的範囲における弁護士費用を含む。)を生じせしめた場合には,協議のうえ相手方に対して補償するものとする。
2 前項の規定は,本契約終了後もなお存続するものとする。」
(4) 業務委託契約締結後の状況
ア 被告会社は,平成23年6月20日,被告会社作成に係る「投資検討に係るデュー・ディリジェンス及びディスカッションプロセスのお願いについて」と題する書面(乙3)を,コージツ宛てに提出した。
なお,DRCは,それ以前にコージツの取締役会に対し,TOBを提案しており,同年7月7日を公開買付公表日,同月8日~同年8月22日を公開買付期間とする予定で準備を進めていた(甲36)。
イ 被告会社は,同年6月22日,コージツから,「貴社ご提案書に関するご質問について」と題する書面(甲16)を受領し,同月23日,これに対する回答書(甲17)をコージツ宛てに提出した。
ウ コージツのBが被告会社に対し,MBOに係る資金の調達先として,りそな銀行神戸支店を紹介することとなり,同月24日,コージツのEが,被告会社のY2及びHを伴い,同支店を訪問した。
エ コージツは,同月26日,臨時取締役会を開催し,被告会社の提案について検討を開始する旨の決議をした。
オ 被告会社のY2及びHは,同月27日,コージツの取締役及び監査役と面談した。
(5) 被告会社によるMBO提案撤回の申入れ
ア 被告会社のY2及びHは,平成23年6月28日,原告代表者並びに原告のG及びFと面談し,コージツに対するMBOの検討を断念する旨を伝えた。
イ 被告会社は,コージツに対し,同月30日付けの書面により,コージツに対するMBOの提案を辞退する旨を申し入れた。
(6) DRCによるTOBの実施
ア DRCは,平成23年7月21日,コージツの普通株式を対象とするTOBを実施する旨を公表した。
イ コージツ取締役会は,同年8月16日,DRCによるTOBに反対する旨決議した。
ウ 同年9月15日,DRCによるTOBは終了し,多数の株主の応募により,TOBが成立した(甲21,乙5)。
エ Bは,同月21日,コージツの代表取締役を辞任し,さらに,同年12月14日,取締役を辞任した(甲20,21,34)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件業務委託契約に不解除特約が付されていたか。
(原告の主張)
本件業務委託契約は,期間1年の継続的契約であり,その存続する期間内の契約目的到達への営為を相互に誓い,「本契約は,本契約締結日から1年間存続する。」と明定し,不解除特約が合意された。無催告の解除は厳禁され,事由を厳格に制限した(本件業務委託契約4条)。
(被告らの主張)
本件業務委託契約4条が不解除特約を定めたものであること,無催告解除を厳禁したものであること,解除事由を厳格に制限したものであることは,否認ないし争う。本件業務委託契約は,民法上の委任契約ないし準委任契約であり,法定解除権が存する(民法651条1項)。本件業務委託契約4条の条項には,法定解除権を制限する趣旨の規定は含まれていない。
(2) 本件業務委託契約は合意解約されたか,それとも被告会社が一方的に解除したか。
(被告らの主張)
ア 被告会社は,原告に対し,コージツに対するMBOは,DRCとの間で株式譲渡を含む合意が成立することが前提であり,いわゆる「対抗的TOB」を行う意思がないことを繰り返し説明していた。
被告会社は,MBO実施のためには,コージツの取締役及び監査役が一致して賛成することが不可欠であると考えていたが,平成23年6月27日にコージツ取締役及び監査役と面談したところ,複数の取締役らから,被告会社によるMBOについて強く反対する発言があったため,短期間に取締役ら全員との間で信頼関係を確立して一致した賛成を得ることばかりでなく,その前提となる取締役らに対するインタビュー,事業計画の詳細なヒアリング等を行うことすら,著しく困難であることが判明した。
イ 被告会社は,上記の理由から,コージツに対するMBOを断念することを決定し,同月28日に原告代表者らに伝達した。これに対し,原告代表者は,被告会社の判断を尊重するが,今後ともお付き合いさせていただきたいと発言し,被告会社によるMBO断念との判断を承認した。
また,被告会社からコージツに対して送付したMBO断念の通知に係る同月30日付け書面については,あらかじめ被告会社から原告のFに対し文案を送付したところ(乙6の1,2),Fから文章の一部を修正した返信がされた(乙7の1,2)。すなわち,上記書面自体,原告と被告会社の共同作業により作成されたものであり,原告が被告会社のMBO断念,すなわち本件業務委託契約の解約を前提とした行動をとっていたことが明らかである。
ウ 以上の事実によれば,本件業務委託契約は,同月28日に合意解約されたものと認められる。
(原告の主張)
ア 被告会社は,平成23年6月28日,突如一方的に本件業務委託契約の破棄を通告した。
イ 被告会社のコージツ宛て書面(乙7の2)は,被告会社が突如一方的にTOBから離脱する挙に出たことから,被告会社がコージツに対して発出する書面であって,原告と被告会社との間の本件業務委託契約の消長存廃に関する文書ではない。
ウ 本件業務委託契約は,委任者である被告会社の利益であると同時に,受任者である原告の利益である関係にあるから,被告会社の身勝手のまま,一方的に解除できないのは明白である。
エ 原告と被告会社との間の契約を解消するというのであれば,解約に必然的に伴う処理すべき関連事項について,原告と被告会社が折衝し,解約によって生ずる原告と被告会社との間の利害に関わる諸般の重要な課題を全部ないし大要,まず処理解決しなければならない。しかし,原告と被告会社との間において,解約で一致しての協議は何もなく,平成23年6月30日段階で両者が解約について一致した事項は何もない。あるのは,被告会社が一方的に突如契約を「辞退」するという通告だけである。
(3) 損害の発生及びその額
(原告の主張)
ア 本来受け取るべき成功報酬 8000万円
原告は,コージツ経営陣に対し,被告会社のTOB提案を強く推奨説得し,りそな銀行等の投資資金融資の件を導き,コージツ取締役会で先行提案者DRCに対する反対表明,被告会社の提案の受入れを決議させた。被告会社が身勝手な撤退さえしなければ,TOBを経て経営権を獲得できたのであり,本件業務委託契約に定める報酬を支払って当然である。
イ 被告会社の身勝手な撤退により発生した事後処理費用 500万円
被告会社の一方的な本件業務委託契約の破棄通告からBがコージツ取締役を辞任するまでの間,被告会社の身勝手な撤退により,原告は事後処理に時間と労力を費やし,対応に迫られた。その間に原告代表者,G,Fの事後処理に費やした人件費相当額は,500万円であり,その内訳は,次のとおりである。
原告代表者 300万円
G 150万円
F 50万円
ウ 幹部候補として育成してきたFの退職による損害 1215万円
Fは,自身の推し進めた案件で原告が損害を被り消沈し,Bがコージツ代表者の地位を失う事態に耐えきれなくなり,金融関係から離れるべく,原告を退社した。幹部候補生として育成してきたFの退職による損害は,Fの3年分の年間給与支給額に相当する1215万円を下らない。
エ コージツ投資家が預かり株式の移管に応じないことによるシステム対応費用 534万円
原告のグループ会社であるエアーズシー証券株式会社(以下「エアーズシー証券」という。)は,株式売買業務からの撤退を決め,原告のグループ会社に預かり資産を持つ投資家に資産の移管を依頼していた。しかし,今回の関係悪化から,コージツ投資家が原告のグループ会社での預かり株式を他証券会社への移管に応じてくれなくなり,本来必要のないシステム費用が発生した。
オ コージツから本来受け得る顧問契約料 1440万円
原告は,平成23年3月まで,月額40万円の報酬でコージツと業務委託契約を結んでいた。原告は,被告会社の一連の行為がなければ,コージツと良好な関係を維持し,多年度にわたり業務委託を受け得た。そこで,従来の月額顧問料40万にならい,3年分を算定した。
カ 原告の法人人格権の侵害 500万円
被告らは,身勝手な所為により故意に原告に打撃を与えながら,原告の被害の回復に対して全く取り合わず,原告が請求に及べば,仕事をできなくして業界内に生き残れなくするなどと,あからさまに不利益制裁を加える勢威を示すほど,原告の名誉及び信用に害を与え,法人人格権を侵害し,損害を与えた。これを金銭に評価すれば,少なくとも500万円を下回ることはない。
キ 弁護士費用 3000万円
原告固有の損害額の2割程度を目安とし,本件訴訟の過程で弁護士が活動する必要時間(タイムチャージ)を考慮して,謙抑的に算定した。
合計 1億5189万円
(被告らの主張)
ア 原告の主張アについては,事実は否認し,主張は争う。
原告が行ったことは,書面をコージツに提出したことだけであり,りそな銀行に対しては単に1度面談しただけであって,融資の確約を得たものではない。また,コージツ取締役会の意見表明の内容は,DRCの買付価格が低廉であるというものにすぎず,被告会社の提案を受け入れるとの決議がされたことはない。現にDRCがTOBを成功させたことに照らしても,被告会社がTOBを成功させることができたとの主張は,仮想の主張であることが明らかである。
イ 原告の主張イ~キについては,否認ないし争う。
原告は,原告代表者,G及びFの人件費を損害として主張するが,本来原告が負担すべき給料等であって,被告らに請求する根拠となる具体的事実は全く主張立証されていない。加えて,甲9,11は,原告とは別会社(エアーズシーホールディングス株式会社)が支払った報酬に関する証拠であって,原告自らが負担した人件費でもない。
また,原告が主張するシステム対応費用は,エアーズシー証券において上場株式を取り扱うために不可欠な口座開設費用であって,本件とは何ら関係がない。その費用を原告が負担すべき理由は全く明らかではなく,本件とは関係なく発生する費用であるから,損害と認める余地はない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件業務委託契約に不解除特約が付されていたか)について
前提事実によれば,本件業務委託契約4条は,その1項において,「本契約は,本契約締結日から1年間存続する。」旨を定めた上,その2項において,原告又は被告会社は,同項各号に列挙した事由が生じた場合には,何ら催告なく本件業務委託契約を解除することができる旨を定めている。
ところで,民法651条は,委任契約は各当事者がいつでも解除することができる旨を定めているが,同条は任意規定であるから,特約により解除権を放棄することも可能である。しかるところ,本件業務委託契約4条は,その文言に照らせば,2項各号に列挙した事由が生じた場合を除くほか,各当事者による一方的解除を制限したものと解されるが,他方で,同項6号は「その他本契約の継続を困難と認める事情が発生したとき」という抽象的・包括的な文言を用いているのであるから,被告会社によるMBOの実現を困難ならしめるような事由が発生したときには,契約の存続期間内においても,各当事者による一方的解除が許されるものと解するのが相当である。
2 争点(2)(本件業務委託契約は合意解約されたか,それとも被告会社が一方的に解除したか)について
(1) 前提事実,証拠(甲14~19,24~32,36~38,乙3,6,7の各1,2,乙12,証人G,原告代表者,被告Y2)及び弁論の全趣旨によれば,本件業務委託契約締結後の状況として,次の各事実が認められる。
ア 被告会社のY2は,平成23年6月14日,コージツの代表者であったBと面談する予定であったが,これを知ったDRCのDが面談に反対し,急きょ面談は中止となった。
イ DRCは,同年3月30日のコージツ取締役会において,コージツ株式に対する公開買い付けの意向を表明していたが,同年6月15日のコージツ取締役会において,今後のスケジュールについて,同年7月7日を公開買付公表日,同月8日~同年8月22日を公開買付期間とする旨の報告がされた。
ウ 原告のA及びFは,同年6月19日,被告会社に赴き,被告会社のY2及びHとの間で,DRCによるTOB手続を止めるための方策等について協議が行われた。
エ 被告会社のY2は,同月20日,原告のG及びFと共に,コージツ会議室において,コージツのB及びEと面談し,被告会社作成に係る「投資検討に係るデュー・ディリジェンス及びディスカッションプロセスのお願いについて」と題する書面(乙3)を,コージツ宛てに提出した。
オ 被告会社は,同月22日,コージツから,「貴社ご提案書に関するご質問について」と題する書面(甲16)を受領した。そして,被告会社のY2及びHは,同月23日,原告のA及びFと共に,コージツ会議室において,コージツのBと面談し,上記書面に対する回答書(甲17)をコージツ宛てに提出した上,口頭でこれを補足した。
上記回答書において,被告会社は,コージツによる下記①の質問に対し,下記②のとおり回答した。
記
①「本件取引の実行条件について
本件取引の実現可能性の観点から,貴社が想定されている本件取引の実行条件を具体的にご提示いただきたく存じます。特に,本件においては,先行提案の主体が当社大株主であることに鑑みると,本件提案においては,当該大株主との間のTOBへの応募合意や当該大株主からのTOBへの応募の見込みが得られない可能性が相当程度あることが予想されるところ,かかる応募合意や応募見込みが本件取引の実行条件となるかどうかについて,特にご確認させていただきたく存じます。」
②「〈ご質問についての回答〉
TOBによる非上場化において,主要株主様や経営陣の皆様の賛同は重要なものであり,今回の弊社提案についても,主要株主様のご理解の下,応募合意や応募見込みをいただくことを想定しております。
提案当初は,ご案内間もない弊社をご理解いただくことが適わない主要株主様もいらっしゃることかと存じ上げますが,弊社提案を真摯にお伝えさせていただくことにより,本件取引においても過去の弊社事業と同様に主要株主様の応募見込みを頂戴できるものと考えております。
株主様並びに経営陣のみなさまと,本件提案について必要かつ十分なご説明を重ねさせていただき,また,仮に弊社の志向する貴社の企業価値向上にご協力いただける株主様がいらっしゃる場合には共に手を携えながら本件取引の実現に向かってまいりたいと考えております。」
カ コージツのBが被告会社に対し,MBOに係る資金の調達先として,りそな銀行神戸支店を紹介することとなり,同月24日,コージツのEが,被告会社のY2及びHを伴い,同支店を訪問した。
なお,その前日の夜,Y2及びHは,Eから,既にDRCはTOBに入る具体的な準備を完了しており,同年7月7日にはTOBの公表をする可能性があることを聞いた。
キ コージツは,同年6月26日,臨時取締役会を開催し,被告会社の提案について検討を開始する旨の決議をした。
ク 被告会社のY2及びHは,同月27日,コージツの取締役及び監査役と面談した。
その際,下記のとおりの質疑応答があった。
記
C取締役 「先行でお話しをしているところは,まさにこのとおり,まさに数ヶ月,数年経過した相手であって,お見合いとしては,ほぼ終了したと私は認識をしておるんです。で,正直申し上げて,結婚とは言いませんが,おそらく結納までいっているという認識はおありなんですかね。」Y2 「我々としては,遅れてきたんだなと言う認識を新たにしています。」C取締役 「どうしてこのタイミングでというのがですね,ものすごく,この数日間不可解というか,先ほどの複雑になっているということ。(中略)こちらが,ほんとに永きに渡っていろんなコミニケーションをとっていろんな今後のことについても経営についても話しをしている相手がいて,具体的に進んでいる案件なんかもあるわけで,そこがあるってことを認識された上で来てるんであれば,どうしてそんなことするのかな,というのが私の正直な気持ちです。」
Y2 「我々も,皆さんと理解を得た上でやらないと,基本的には取締役のかた,監査役の方全員賛同するようなかたちでやっていくべきだと思っていますので。正直,先行提案があるとは存じ上げていますが,そこまで我々がやることが問題を複雑化する,または,どうして今なんだというところのタイミングに関していうと,我々はそこまで知るべきでないので,わからないとしか。」
I監査役 「今の話しですが。どこまで進んでいるかについては当然,言えないんですが,昨日も取締役会でいろいろお話しして,M&A専門の弁護士さんによると,状況を説明して,印象的にはこの段階でこのファンドが出てくるというのは業界としてはお行儀が悪いと言われたんです。そういうような段階と理解すればだいたいイメージがつくかな。」
Y2 「我々としては業界の中では比較的行儀がいいと言われているので,結果的に行儀が悪いようにみえてしまったなと,ほんとにこれはいけないなと思うところはございます。」
C取締役 「もしかしたら,バリアントさんは,進行状況をご存じないんじゃないかというのがあったんですよ。おそらく仁義というか,言い方がわるいかもしれませんが,業界で,おそらく,こういうことをすると,信を害するということを,もしかしたら,することになってしまうんじゃないかなという心配もあったんですよね。(中略)逆にご存じないということを聞いて多少安心したこともあるんですけどね。」
Y2 「我々は,知るべきこと以上に知ってはいけない状況の中で正々堂々と提案をできるのかノックをしておりますので,けして信義則違反をしたいわけではないですし,わかった上でやっているわけでもまったくありません。」
ケ 被告会社のY2及びHは,同月28日,原告代表者及び原告のG,Fと面談し,コージツに対するMBOの検討を断念する旨伝えた。その際,原告代表者から,MBOから撒退しては駄目だという趣旨の発言はなかった。
コ 被告会社のHは,原告のFに対し,同月29日,コージツ宛てに発出する予定のMBO提案からの辞退の申入れ書の案(乙6の2)をメールで送信し,コメント等を求めた。
これに対し,Fは,上記の案に「経営陣の皆様との十分な相互理解を深めることが求められるなか」との語句を挿入した修正案(乙7の2)を作成し,翌30日,上記修正案を検討の上,了承いただけるのであれば発送の手配をお願いしたい旨メールで返信した。
サ 被告会社は,Fの上記修正案を了承し,コージツに対し,同月30日付けの書面(乙7の2と同一文言)により,コージツに対するMBOの提案を辞退する旨を申し入れた。
(2) 上記認定の各事実を総合すれば,被告会社は,先行提案者であるDRCを含めた主要株主の応募合意を実行条件としてMBOの提案をしていたところ,DRCによるTOB手続が進展しており,かつ,被告会社がDRCの保有するコージツ株式を取得することが困難であることや,コージツの取締役会において被告会社に対する厳しい見方が示されたことをも踏まえて,被告会社によるMBOの実現が困難な状況にあると判断し,原告に対して,コージツに対するMBOの提案を辞退する旨を伝え,原告もこれを了承したものというべきである。
そして,被告会社がコージツに対するMBOの提案を辞退する以上,本件業務委託契約もその目的を失うこととなり,これを存続させておく意味はなくなるから,本件業務委託契約は,原告と被告会社の間において,黙示に合意解除されたものと解するのが相当である(なお,仮に,上記の事情をもってしても合意解除があったものと評価することができず,被告会社による一方的解除であると解するとしても,上記認定の各事実によれば,被告会社によるMBOの実現を困難ならしめるような事由が生じていたというべきであるから,被告会社は一方的解除をすることができ,これが原告に対する関係で不法行為を構成するものということはできない。)。
3 結論
以上によれば,原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく,いずれも理由がない。
(裁判官 鎌野真敬)
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