判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(104)平成27年10月28日 東京地裁 平26(ワ)27014号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(104)平成27年10月28日 東京地裁 平26(ワ)27014号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成27年10月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平26(ワ)27014号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2015WLJPCA10288013
要旨
◆M&Aのアドバイザーである被告会社との間でアドバイザリー契約を締結した原告が、被告会社の代表取締役である被告Y1は本件医療法人がその開設する2つの病院及び1つの老人保健施設を売却する意向があるとの虚偽の事実を原告に告知し、原告がその旨誤信したため、被告会社に金員を交付したと主張して、主位的に、被告らに対し、詐欺の不法行為等に基づく連帯での損害賠償を求め、予備的に、被告会社に対し、本件契約の債務不履行に基づく損害賠償を求め、又は、同契約は弁護士法72条に違反し無効であると主張して、不当利得の返還を求めた事案において、本件契約の締結時、本件医療法人の理事長が同法人の事業のうち本件病院に係る事業のみを売却する意向であったとは認められないとして、被告らの一連の行為が詐欺の不法行為を構成するとはいえないとし、また、被告会社に本件契約の債務不履行があったとは認められないとしたほか、本件契約に関して原告主張に係る弁護士法違反も認められないなどとして、請求を棄却した事例
参照条文
民法415条
民法703条
民法709条
弁護士法72条
裁判年月日 平成27年10月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平26(ワ)27014号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2015WLJPCA10288013
東京都港区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 安達敏男
吉川樹士
東京都港区〈以下省略〉
被告 株式会社メディックス・キャピタル
同代表者代表取締役 Y1
千葉県浦安市〈以下省略〉
被告 Y1
上記両名訴訟代理人弁護士 沖信春彦
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
被告らは,原告に対し,連帯して,1034万9160円及びうち300万円に対する平成25年4月26日から,うち420万円に対する平成25年5月31日から,うち314万9160円に対する平成25年12月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
被告株式会社メディックス・キャピタルは,原告に対し,1034万9160円及びうち300万円に対する平成25年4月26日から,うち420万円に対する平成25年5月31日から,うち314万9160円に対する平成25年12月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,医療法人を買い取る意向を有していた原告が,M&Aのアドバイザーである被告株式会社メディックス・キャピタル(以下「被告会社」という。)との間でアドバイザリー契約を締結し,同被告の代表者である被告Y1(以下「被告Y1」という。)は,原告に対し,医療法人双葉会(以下「双葉会」という。)が開設する2つの病院及び1つの老人保健施設を売却する意向があるとの虚偽の事実を告知し,原告がその旨誤信したため,被告会社に合計1034万9160円を交付したと主張し,主位的に,被告らに対し,詐欺の不法行為による損害賠償請求権と会社法350条に基づき,上記交付金相当額及び交付の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め,予備的に,被告会社に対し,上記アドバイザリー契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づいて同額の支払を求め,又は,同契約は弁護士法72条に違反し無効であると主張して,不当利得返還請求権に基づいて同額の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,タクシー運転業のほか,介護保険法による訪問介護サービスの居宅サービス事業及び居宅介護支援事業等を目的とする株式会社aの取締役であり,同社を中心とする事業体であるaグループ(以下「aグループ」という。)の実質的なオーナーである(甲34)。
(2) 被告会社は,企業及び法人の合併,提携,買収及び営業権の譲渡に関するコンサルティング等を目的とする株式会社であり,被告Y1はその代表者である(甲1)。
(3) 双葉会は,旭川十条病院,釧央脳神経外科病院及び老人保健施設マイトリーおたる(以下「本件3施設」という。)並びにおたる北脳神経外科の4施設を開設する持分の定めのある社団医療法人であり,理事長のA(以下「A理事長」という。)は双葉会の出資持分3万口のうち2万7000口を有する社員である(甲3)。
(4) 医療法人社団啓神会(以下「啓神会」という。)は,診療所Aiクリニック等を開設する医療法人であり,B(以下「B理事長」という。)は啓神会の理事長である(甲4)。
(5) 原告は,平成25年春ころ,知人から紹介された被告Y1と面談し,被告Y1から双葉会が本件3施設を売却する意向があるとの説明を受けた(甲7,8,弁論の全趣旨)。
(6) 原告と被告会社は,平成25年4月18日,以下の内容のフィナンシャルアドバイザリー契約(以下「本件アドバイザリー契約」という。)を締結した(甲10)。
目的:双葉会をaグループ又はその指定する者が事業承継すること
役務:双葉会との折衝のアレンジ,必要な情報や資料の入手と提供,契約書案の作成,専門家の選任についての助言,費用見積の作成,その他随時の合意に基づくもの
報酬:①折衝に関わる手数料として600万円(契約締結後速やかに300万円,平成25年5月25日限り300万円。いずれも税別)
②契約書等の法務チェック,会計事前調査等の手数料として400万円(平成25年4月末日限り。税別)
③目的達成の場合は別途協議の上決定した成功報酬
終了:締結日から3か月間の経過により自動的に終了する。ただし,交渉の継続中は,原告と被告会社の合意した期間延長される。
(7) 原告は,被告会社に対し,平成25年4月25日,本件アドバイザリー契約の手数料として手数料300万円を支払った。
(8) 被告Y1は,原告に対し,平成25年5月ころ,啓神会が双葉会の本件3施設の名目上の買主となり,aグループに事業承継するという買収スキームを説明した上,原告に啓神会のB理事長を紹介した(甲12,13,弁論の全趣旨)。
(9) 原告は,被告会社に対し,平成25年5月31日,本件アドバイザリー契約の手数料として420万円を支払った。
(10) その後,被告Y1は,原告に対し,A理事長の意向により双葉会の本件3施設の売却に難色を示し,釧央脳神経外科のみの売却となることを伝えた。
(11) 原告は,被告会社に対し,平成25年12月6日,本件アドバイザリー契約の手数料として314万9160円を支払った。
(12) 原告,双葉会及び啓神会は,平成25年12月13日,双葉会の釧央脳神経外科病院に関する事業を平成26年2月末日までに総額12億円で原告(aグループ)又はその指定する者に譲渡することを内容とする基本合意書(以下「本件基本合意書」という。)を作成した(甲21,弁論の全趣旨)。
(13) 被告Y1は,原告に対し,平成26年2月14日,本件アドバイザリー契約に基づく成功報酬の額を6000万円とすることを提示し,同年同月27日,同報酬額に同意して調印しない限り事業承継を進められない旨伝えた(甲22,弁論の全趣旨)。
(14) 原告は,被告会社に対し,平成26年3月14日,釧央脳神経外科病院のみを対象とするのであれば対価を3億円として交渉を進めるよう伝え,被告会社は,双葉会に対して減額について同意できるかどうかの回答を求めた(甲25,26)。
2 争点と当事者の主張
(1) 本件アドバイザリー契約の締結時において,A理事長は双葉会の事業のうち釧央脳神経外科病院に係る事業のみを売却する意向であったかどうか。
(原告の主張)
原告代理人がA理事長に確認したところ,同理事長は当初から釧央脳神経外科病院のみを譲渡の対象として考えており,本件3施設の事業を譲渡することは考えていなかったとのことであり,被告Y1はこれを秘して,あたかも本件3施設について譲渡の意向があるかのように装って原告に説明し,その旨誤信した原告との間で本件アドバイザリー契約を締結し,原告に手数料名目で1034万9160円を支払わせた。
被告Y1のこの行為は詐欺の不法行為を構成し,原告はこれにより上記手数料相当額の損害を被った。
また,上記損害は,被告Y1が被告会社の代表者としての職務を行うについて生じたものであり,被告会社は会社法350条に基づいて損害を賠償する責任を負い,これに基づく損害賠償債務は被告Y1の不法行為による損害賠償債務と不真正連帯の関係となる。
(被告の主張)
被告会社は,平成18年ころから,双葉会の事業譲渡・承継についての専任アドバイザーであった株式会社リアライズコーポレーション(以下「リアライズ」という。)を通じて,双葉会がその全事業を譲渡する意向を有していることを知り,平成25年2月1日,同年7月31日までを期限として,被告会社が双葉会の全事業譲渡に関する独占交渉権を有する内容の覚書を締結するとともに,リアライズとの間においても被告会社の独占交渉権を確認する覚書を締結した。
原告の知人を通じて原告が上記事業譲渡に興味を持っていることを知った被告会社は,原告に対して双葉会の事業分析を提出し,本件3施設の事業を譲渡対象とする報告書を交付した上,原告との間で本件アドバイザリー契約を締結した。
以上のとおり,被告会社は双葉会が全事業を譲渡する意向があるとの認識に基づいて原告にその旨説明し,本件アドバイザリー契約を締結したのであり,被告Y1の説明は何ら虚偽ではないから,詐欺の不法行為は成立せず,被告会社も何らの責任を負わない。
(2) 被告会社に本件アドバイザリー契約の債務不履行があったかどうか。
(原告の主張)
被告会社は,原告と双葉会の理事長や社員との接触を禁じ,杜撰な資料提供しか行わず,専門家の専任の助言,見積りの作成を行わなかった。
また,被告会社は買主たる原告の代理人でありながら,売主の代理人であるリアライズからアドバイザリー業務の委任を受け,双葉会からも直接経営権譲渡業務の委任状を取り付けてその代理人に就任して双方代理をなし,双葉会の印鑑証明書の交付を拒絶した上,原告との連絡を途絶えさせたほか,売主たる双葉会の意向と異なる内容を告げて買主たる原告を欺いた。
これらの行為は,本件アドバイザリー契約が定める折衝の手配,必要な資料・情報の入手・提供,専門家の選任についての助言,費用見積の作成を行わず,債務の本旨に従った履行をしなかったものとして債務不履行に当たり,これにより原告は送金した手数料相当額である1034万9160円の損害を被った。
(被告の主張)
原告の主張を争う。
(3) 本件アドバイザリー契約が公序良俗違反により無効といえるかどうか。
(原告の主張)
本件アドバイザリー契約は,被告会社が報酬を得る目的で双葉会の事業承継に関して売主等との折衝,諸契約書案の作成など,高度な法律事務を取り扱うことを内容とするものであり,弁護士法72条が規定する「報酬を得る目的で,…一般の法律事件に関して鑑定,代理,仲裁若しくは和解その他の法律事務を取扱い,又はこれらの周旋をすること」に当たる。
したがって,本件アドバイザリー契約は弁護士法72条に違反する内容であるから,そもそもその本旨に従った履行が不能なものであり,このような契約は公序良俗に反して無効というべきである。
そうすると,原告が被告会社に手数料名目で支払った1034万9160円を被告会社が受領する法律上の原因は存在しない。
(被告の主張)
原告の主張を争う。
第3 当裁判所の判断
1 事実認定
(1) 双葉会のA理事長の意向
A理事長は既に高齢となり,後継者がいないため,双葉会の事業を売却したいとの意向を有していたが,その意向を知っていたリアライズの代表者であるC(以下「C」という。)は,平成24年11月ころ,医療法人のM&Aを手がける被告Y1と知り合い,同人にA理事長を紹介した(証人C,被告本人)。
被告Y1は,知人を介して,aグループの実質的なオーナーである原告が医療関係事業の譲渡を受ける意向があることを知り,A理事長と面談の上,平成25年2月1日,双葉会の事業を売却する意向を確認した上,双葉会と被告会社の間で双葉会の事業を第三者に承継させるための交渉を被告会社が独占的交渉権を有することを確認する覚書を作成した(甲34,乙3,11,12,証人C,被告Y1)。
続いて,被告会社は,平成25年3月20日,事業承継に関する双葉会の代理人であるリアライズとの間において,同年7月31日までの間は被告会社が独占的交渉権を有することを確認する覚書を作成した(乙4,11,12,証人C,被告Y1)。
(2) 本件アドバイザリー契約の締結
双葉会の事業を承継する予定のaグループはタクシー会社を中心とする企業グループであり,医療法人ではないため,被告Y1は,啓神会を事業譲受けの主体とし,aグループが実質的にこれを経営するというスキームを考案し,A理事長が具体的に事業譲渡を検討している本件3施設の概要及び双葉会の財務状況に関する第1回の事業分析報告書(以下「第1回報告書」という。)を作成した(甲7,12,13,乙12,被告Y1本人)。
原告と被告Y1は,平成25年4月9日に面談し,被告Y1は原告に対して第1回報告書のほか,被告会社とリアライズの間の覚書を交付した(甲9,34,乙12,原告本人,被告Y1本人)。
第1回報告書においては,双葉会全体の正味現在価値10年分を43億3168万6000円と見積り,現預金1億4353万3000円を加え,有利子負債22億2816万6000円を差し引いた22億4705万3000円を参考として企業価値基準価格は22億円とされていた(甲7,乙5)。
そして,原告と被告Y1は同年同月18日に再度面談し,原告と被告会社との間において本件アドバイザリー契約が締結された(甲10,34,乙6,12,原告本人,被告Y1本人)。
被告Y1は,双葉会の平成25年度の決算が明らかになった後に第1回報告書の改訂版(甲8。以下「第2回報告書」という。)を作成し,平成25年7月5日に原告と面談した際にこれを交付した(甲8,乙12,被告Y1本人)。
第2回報告書においては,第1回報告書と同様に本件3施設の譲渡を前提として,双葉会全体の正味現在価値10年分を前提とすると譲渡基準価格は12億3000万円,同12年分を前提とすると譲渡基準価格は18億5000万円と見積もられることが記載されていた(甲8)。
被告Y1は,双葉会及びリアライズとの間において,平成25年7月8日,被告会社が双葉会の事業承継に関する代理関係を整理・確認し,同年の年末までの期間において,リアライズは被告会社に対し,双葉会の経営分析資料の提供,同資料の監修及び収益改善計画等の助言,事業承継に関するフィナンシャル・アドバイザリー業務を委任し,双葉会は被告会社を事業承継の正式の代理人とすることが合意された(甲16,17,乙12)。
以上の経過と並行して,被告Y1はB理事長を原告に引き合わせ,原告は被告会社に対して本件アドバイザリー契約の手数料として合計720万円を支払った(前記第2の1(7)ないし(9))。
(3) 双葉会の事情と釧央脳神経外科病院の先行売却
双葉会においては,税金訴訟が継続していたところ,平成25年7月ころに双葉会に国税の支払を命ずる判決が確定し,その支払を速やかに行う必要が生じた(証人C)。
A理事長は,税金の支払を急ぐ必要があったことに加え,本件3施設のうち釧央脳神経外科病院は旭川からの移動が困難であったことから,釧央脳神経外科病院のみを先行して売却する希望を有するに至り,被告Y1にその旨を伝えた(乙12,証人C,被告Y1本人)。
被告Y1は,原告に対し,平成25年7月18日,A理事長の希望を伝え,釧央脳神経外科病院のみを対象とする事業譲渡を検討する方向を伝え,何度かの打合せを経て,原告は,同年10月ころにA理事長と面談して釧央脳神経外科病院の事業譲渡について話し合った(乙12,原告本人,被告Y1本人)。
被告Y1は,釧央脳神経外科病院のみの事業譲渡を前提とする事業分析報告書(以下「第3回報告書」という。)を作成し,同年11月19日,これを原告に交付した(甲18,乙12,被告Y1本人)。
第3回報告書においては,釧央脳神経外科病院の既存施設のみを対象とする10年分の正味現在価値を2億3000万円と見積もった上,療養病床を30床増設し,循環器内科外来を新設するという新事業計画を考慮すると10年分の正味現在価値が13億3000万円と見積もられる一方,有利子負債を解消する場合の既存施設のみの10年分の正味現在価値が約9億円を見積もられることが記載されていた(甲18)。
(4) 本件基本合意書の作成とその後の経過
事業譲渡計画の大幅な変更に驚いた原告は,一旦釧央脳神経外科病院のみを対象とする事業譲渡に難色を示したが,本件アドバイザリー契約に基づいて既に720万円の手数料を支払っていることもあり,交渉の中断を思いとどまり,平成25年12月6日,本件アドバイザリー契約の手数料の残額として314万9160円を被告会社名義の口座に振り込んで支払った(甲19,34,原告本人)。
原告(aグループ),双葉会のA理事長及び啓神会のB理事長は,平成25年12月13日,本件基本合意書を作成し,双葉会が釧央脳神経外科病院に関する事業を総額12億円で原告(aグループ)に譲渡する契約を平成26年2月末日限り締結し,同年3月25日までの間に事業譲渡を完了させることを合意した(甲21,乙7,原告本人,被告Y1本人)。
その後,釧央脳神経外科病院の事業譲渡の交渉は難航し,被告Y1は,原告に対し,平成25年12月中に別の医療法人の購入の話を持ちかけるなどしていたが,原告が釧央脳神経外科病院のみを12億円で買収するというのでは採算がとれないとの見解を伝え,被告Y1は,金額については更に交渉する意向を示していた(甲34,原告本人)。
そのころ,被告Y1は,原告に対し,釧央脳神経外科病院の事業譲渡に関するフィナンシャル・アドバイザリー契約(以下「本件第2アドバイザリー契約」という。)の締結を持ちかけたが,事業譲渡の対象が大きく変化したことや,B理事長を新理事長とする事業承継のスキームの実現に不安を感じた原告は,同契約の締結をしなかった(甲34,乙14,原告本人)。
本件基本合意書における契約締結期限が平成26年2月末日であったことから,被告Y1は同年同月20日までの間,本件第2アドバイザリー契約の締結を急いだが,上記のとおり不安を感じていた原告は言を左右にして契約を締結しないまま,契約締結期限は経過した(甲22,乙12,乙15の1,乙15の2の1ないし3,乙16の1,乙16の2の1ないし15,原告本人,被告Y1本人)。
契約締結期限経過後の平成26年3月11日,原告は,被告会社に対し,代理人のD弁護士(以下「D弁護士」という。)を通じて,本件基本合意書に基づく事業譲渡の交渉について,同弁護士を窓口として継続することを連絡した上,同年同月23日,釧央脳神経外科病院の事業を総額3億円で買い取るとの意向を示し,被告会社が原告の意向をA理事長に伝えた結果,上記事業承継の交渉は決裂した(甲23,25,26,34,乙12,原告本人,被告Y1本人)。
2 争点に対する判断
(1) 争点(1)(本件アドバイザリー契約の締結時において,A理事長は双葉会の事業のうち釧央脳神経外科病院に係る事業のみを売却する意向であったかどうか。)について
上記1(1)ないし(3)で認定した経過によると,A理事長は当初双葉会の事業の大部分である本件3施設の事業を譲渡する意向であったが,税金訴訟で敗訴したことなどから,釧央脳神経外科病院のみを先行して売却する意向を有するに至ったことが認められる。
原告は,A理事長が原告の代理人であったD弁護士からの電話において「法人全体で12っていう数字があって」と伝えられたのに対して「だから全然そんなこと言ってません。」と返答し,「Y1さんからそのように書面をいただいて」に対して「いえ僕からは全然そんなこと言ってませんので」「いやあくまでもあの1軒だけですね,釧路の」と返答し,「あっ最初からそういうお話しですか?」に対して「そうそうそういうことです。」,「先生あの…双葉会全部というお話しじゃなかったんですか」に対して「いえ一度も言ったことありません」,「最初から釧路だけっていうお話しだったんですか」に対して「そうです。そうです。そうです。」とそれぞれ返答していること(甲27,28,29の1,2)などから,A理事長は当初から本件3施設全部の事業を譲渡する意向はなかったにもかかわらず,被告Y1は,原告に対し,同理事長において本件3施設全部の事業を譲渡する意向があるとの虚偽の事実を告げて本件アドバイザリー契約を締結し,原告から手数料名目で金員を詐取したと主張する。
しかし,上記やり取りは,釧央脳神経外科病院の事業譲渡の話が決裂した後の平成26年8月22日になってから,A理事長が旭川脳神経外科病院において,診療の合間に電話で応対した際のやり取りであり,面談を求めるD弁護士に対し,A理事長は,交渉の余地がない以上時間を費やしたくないという意向を示している中で行われたものであって,交渉に関する事実経過を認定する資料となるほどの客観性を備えたとはいえないから,原告の主張は採用できない。
以上によると,本件アドバイザリー契約の締結時において,A理事長が双葉会の事業のうち釧央脳神経外科病院に係る事業のみを売却する意向であったとは認められず,これを前提として,被告会社及び被告Y1による本件アドバイザリー契約の締結を中心とする一連の行為が詐欺の不法行為を構成するとの原告の主張は採用できない。
なお,原告は,第1回報告書及び第2回報告書において,企業価値基準価格が10年分の正味現在価値を基準として,22億円又は12億3000万円などとされていることから,双葉会の本件3施設全体で12億円程度の譲渡価額となるはずであることを前提として,釧央脳神経外科病院のみの場合にはそれよりも大幅に減額されるべきであると考えた上,そもそも12億円という程度の価値は当初から釧央脳神経外科病院のみを対象とするものであったのではないかとの疑念を有しているとも推察される。しかし,第1回報告書及び第2回報告書には,それぞれ20億円以上の有利子負債が計上されており(甲7,8,乙5),現実に事業を引き継ぐに当たっては,その手当も必要となることからすると,本件3施設全部の事業譲渡を完結させるには30億円以上の資金が必要となると見積もられていたと考えられ(証人C,被告Y1本人),釧央脳神経外科病院のみを対象とする第3回報告書(甲18)においては,上記1(3)のとおり,新事業計画を加味した評価した上で13億3000万円との評価がされていることから,仮に原告が上記のような疑念を有していたとしても,これが正当なものとは認められない。
(2) 争点(2)(被告会社に本件アドバイザリー契約の債務不履行があったかどうか)について
前記1(2)及び(3)のとおり,被告会社は,本件アドバイザリー契約締結の前の段階から第1回報告書を作成し,同契約締結後に第2回報告書及び第3回報告書を作成したほか,B理事長を新理事長とする事業承継のスキームを考案して同理事長を原告に紹介し,売主である双葉会のA理事長と原告と引き合わせるなどしており,本件アドバイザリー契約が定めるサービスの一部を履行していることが認められる。
本件アドバイザリー契約の契約書(甲10)によると,同契約が定めるそれ以外のサービスは,原告がデューデリジェンスに取りかかり,契約締結手続に入った上,財務上や法務上の手当が必要となった後に発生するものがほとんどであり,前記1(4)のとおり,原告によるデューデリジェンスが行われる前に事業譲渡の話が決裂したと認められるから,被告会社がそれ以外のサービスを提供できなかったことについて被告会社に債務不履行があったということはできない。
また,原告は双方代理についても主張し,前記1(2)のとおり,被告会社は,当初双葉会の代理人の立場であったリアライズとの関係を整理して被告会社が双葉会に交渉を委任された形とした上,原告との間で本件アドバイザリー契約を締結し,一定のサービスを提供している点において,その枠組みには不明瞭な点があるものの,被告会社はあくまでもA理事長の代理人として原告との間の交渉に当たっていたものと認められる一方,原告が本件アドバイザリー契約の締結等において代理人を選任することは排除されていなかったのであり,実質的に被告会社が双葉会の代理人と原告の代理人を兼ねていたとは認められないから,本件アドバイザリー契約が双方代理により締結されたとの原告の主張は採用できない。
(3) 争点(3)(本件アドバイザリー契約が公序良俗違反により無効といえるかどうか)について
原告は,本件アドバイザリー契約は弁護士法72条に違反し,公序良俗に反して無効であると主張するが,交渉の媒介や契約書案の作成補助などが弁護士でなければできない法律事務であるとは認められず,本件アドバイザリー契約によって被告会社が法律事件の代理や仲裁等を行ったものとも認められないから,原告の主張は採用できない。
なお,原告は,このほかにも弁護士法違反が本件アドバイザリー契約の履行不能を来すであるとか,契約締結行為自体が不法行為であるなどと主張するが,いずれも採用できない。
3 まとめ
以上によると,原告の主張はいずれも採用できないから,原告の請求は,主位的請求及び予備的請求のいずれについても理由がない。
第4 結論
以上の次第であるから,原告の請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 杜下弘記)
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