判例リスト「営業代行会社 完全成功報酬|完全成果報酬」(423)平成 8年 2月26日 東京高裁 平6(う)1301号 所得税法違反、業務上横領被告事件 〔国際航業業務上横領事件・差戻前控訴審〕
判例リスト「営業代行会社 完全成功報酬|完全成果報酬」(423)平成 8年 2月26日 東京高裁 平6(う)1301号 所得税法違反、業務上横領被告事件 〔国際航業業務上横領事件・差戻前控訴審〕
裁判年月日 平成 8年 2月26日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平6(う)1301号
事件名 所得税法違反、業務上横領被告事件 〔国際航業業務上横領事件・差戻前控訴審〕
裁判結果 破棄自判、有罪 上訴等 上告 文献番号 1996WLJPCA02260002
要旨
◆株式会社の取締役経理部長らが自社の株の買い占めを図つていた者に対抗する目的で、第三者に対し、右株の買い占めの妨害を依頼し、その工作資金及び報酬に当てる目的で、業務上保管中の現金を交付した行為につき、業務上横領罪の成立を否定した第一審判決を破棄し、同罪の成立を認めた事例
◆被告人らによる本件金員の支出行為が不法領得の意思によるものであつたか、それとも専ら会社のためにしたものであつたかは、さらに、その支出行為が委託者である会社自体であれば行い得る性質のものであつたか否かという観点からも検討する必要がある。すなわち、その支出行為が違法であるなどの理由から金員の委託者である会社自体でも行い得ない性質のものである場合においては、金員の占有者である被告人らがこれを行うことは、専ら委託者である会社のためにする行為ということはできず、支出行為の相手方などのためにした行為というほかないからである。以上により、被告人らの不法領得の意思を否定した原判決の認定は事実を誤認したものというべきである。
新判例体系
刑事法編 > 刑法 > 刑法〔明治四〇年法律… > 第二編 罪 > 第三八章 横領の罪 > 第二五三条 > ○業務上横領罪 > (三)行為 > B 横領 > (3)横領の成否 > (イ)権限の有無との… > (ⅱ)権限外の行為の… > (a)該当する事例 > (δ)会社の経理部長が会社のための工作資金に充てるための支出
◆株式会社の取締役経理部長及び経理部次長が、自社の株式を買い占めた仕手集団に対抗する目的で、第三者に対し、その買占めを妨害するための裏工作を依頼した上、同社のために業務上保管していた現金をその工作資金及び報酬等に充てるために支出したとき、右支出行為は違法・不当で、金員の委託者である会社自体でも行い得ない性質のものであって、金員の占有者である被告人らには具体的支出権限がなく、専ら委託者である会社のためにする行為とはいえず、不法領得の意思が認められ、業務上横領罪が成立する。
裁判経過
差戻後控訴審 平成15年 8月21日 東京高裁 判決 平14(う)727号 業務上横領被告事件 〔国際航業業務上横領事件・差戻後控訴審〕
差戻後上告審 平成14年 3月15日 最高裁第二小法廷 判決 平8(あ)267号 業務上横領被告事件 〔国際航業業務上横領事件・差戻後上告審〕
差戻前上告審 平成13年11月 5日 最高裁第二小法廷 決定 平8(あ)267号 所得税法違反、業務上横領被告事件 〔国際航業業務上横領事件・差戻前上告審〕
第一審 平成 6年 6月 7日 東京地裁 判決 平2(刑わ)1422号・平2(刑わ)1696号・平2(特わ)1142号 所得税法違反、業務上横領被告事件 〔国際航業業務上横領事件・第一審〕
出典
東高刑時報 47巻1~12号29頁
判タ 904号216頁
判時 1575号131頁
高刑速 平成8年 41頁(3045号)
評釈
福田平・判タ 916号40頁
林幹人・ジュリ臨増 1113号151頁(平8重判解)
最新判例研究会・捜査研究 540号105頁
佐久間修・法教別冊 198号38頁(付録・判例セレクト1996)
参照条文
刑事訴訟法382条
刑法253条(平7法91改正前)
商法260条1項
商法260条2項
裁判年月日 平成 8年 2月26日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平6(う)1301号
事件名 所得税法違反、業務上横領被告事件 〔国際航業業務上横領事件・差戻前控訴審〕
裁判結果 破棄自判、有罪 上訴等 上告 文献番号 1996WLJPCA02260002
主文
被告人両名に対する原判決を破棄する。
被告人Aを懲役三年及び罰金七〇〇〇万円に、被告人Bを懲役一年六月に各処する。
被告人Aに対し、原審における未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入する。
被告人Aにおいて右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
被告人Bに対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用のうち、証人小林準に支給した分の二分の一は被告人Aの負担とし、証人Cに支給した分は被告人両名の連帯負担とする。
当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、検察官甲斐中辰夫名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、被告人Aの弁護人赤松幸夫の意見書及び被告人Bの弁護人椎名啓一、同喜田村洋一連名の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、所論に対し以下のとおり判断する。
第一 被告人両名に対する業務上横領被告事件についての事実誤認の主張について
論旨は、要するに、被告人両名の共謀による業務上横領の公訴事実につき、犯罪の証明がないとして被告人両名に無罪の言渡しをした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
一 公訴事実の要旨
本件公訴事実(被告人両名に対する平成二年七月二五日付及び同年九月一一日付起訴状記載の各公訴事実)の要旨は次のとおりである。
被告人Aは、昭和五九年六月から昭和六三年五月までの間、國際航業株式会社(以下「國際航業」という)の取締役経理部長として、被告人Bは、昭和六〇年四月から昭和六三年一二月までの間、同社経理部次長として、いずれも同社の資金の調達運用、金銭の出納保管等の業務に従事していたものであるが、
(一) 被告人Aが、先に同社の株式を買い占めていたKに協力して同社の経営権を同社代表取締役会長F1(以下「F1会長」という)の一族から奪取すべく画策しており、他方、被告人両名らにおいてF1会長らの方針により密かに右買占めに対抗していわゆる防戦買いの挙に出たことがKの知るところとなり、Kと被告人Aとの間に確執が生じ、Kが同社の経営権を取得したときは被告人両名の右役職を直ちに解任されることが必至であったことから、被告人両名は、共謀の上、右地位を保全するため、政財界研究所代表S及びM政治経済研究所代表Mの両名に対し、Kの取引先金融機関等に融資を行わないよう圧力をかけ、あるいは同人及びその協力者を誹謗する文書を頒布してKの信用を失墜させ、同人に対する金融機関等による資金支援を妨げ、同人による株買占めを妨害し、さらには買占めにかかる株式を放出させるなど、同人による同社の経営権の取得を阻止するための種々の工作方を依頼し、その工作資金及び報酬等に同社の資金を流用しようと企て、別紙1のとおり、昭和六三年二月二日ころから同年四月一一日ころまでの間、前後六回にわたり、業務上保管中の同社の現金合計八億九五〇〇万円を、ほしいままに、右工作資金及び報酬等に充てるためにSらに交付して横領した、
(二) 被告人両名は、被告人Aが昭和六三年五月一一日右職を解かれた後、さらに共謀の上、被告人Bの地位を保全し、被告人Aの同社取締役への復帰を図るべく、S及びMの両名に対し、前同様の工作方を依頼し、その工作資金及び報酬等に同社の資金を流用しようと企て、別紙2のとおり、同年七月一三日ころから同年一〇月一八日ころまでの間、前後三回にわたり、被告人Bが業務上保管中の同社の現金合計二億八〇〇〇万円を、ほしいままに、右工作資金及び報酬等に充てるためにSらに交付して横領した。
二 原判決の無罪理由の骨子
原判決は、「被告人両名が、買占めにより國際航業株約一七〇〇万株を保有しているKに対抗して、最終的には右約一七〇〇万株の株式を当時の國際航業の経営の体制側の支配下に置くために会社として買い取ることを企て、S及びMの両名に対し、Kの取引先金融機関等に融資を行わないよう圧力をかけ、あるいは同人及びその協力者を誹謗する文書を頒布してその信用を失墜させ、同人に対する金融機関等による資金支援を妨げ、同人による株買占めを妨害し、さらには買占めにかかる株式を放出させるなど、同人による同社の経営権の取得を阻止するための種々の工作を依頼し、このような裏工作の経費及び成功報酬を、一株当たり、前者を五〇円、後者を一〇〇円とし、これを含む株の買取り価格を一株当たり三五〇〇円と合意し、別紙1及び2のとおり、業務上保管中の國際航業の簿外資金を、右工作資金及び報酬等として、Sらに交付した」という争いのない事実を認めた上、被告人両名をはじめとする各関係者の、検察官の主張にほぼ沿う検察官調書と、これに反する被告人両名の公判廷における供述とを対比検討し、後者の信用性が高いと判断し、「國際航業においては、K問題に関する基本方針について検察官主張の長期持久戦の方針が確立されていたとは認められず、Kからの株買取り策が一貫した底流としてあったのであり、右の株買取り策へ向けた被告人両名の工作、さらに被告人両名の本件各金員の支出は、会社の方針に反するものであったとはいえないどころか、まさに委託者本人である國際航業の方針に沿ったものということができる。そして、別紙1の番号1及び2の各金員の支出については、そもそも被告人Aに支出の一般的権限があったと認められ、また、別紙1の番号3以降の各金員の支出については、F2社長の包括的承諾があり、被告人Aに具体的支出権限が与えられていたと認められるから、これらの支出に関し、同被告人に権限逸脱の領得行為はなかったということができる。被告人Aの指示に従った被告人Bについても同様のことがいえる。また、別紙1の各金員の支出は、被告人両名が専ら委託者本人である國際航業のために行ったものと認められるから、不法領得の意思を欠くという面からも、被告人両名に業務上横領罪の成立は認められない。別紙2の各金員の支出については、F2社長の明示の承諾はなく、被告人Bに支出権限があったとは認められないものの、同被告人が専ら委託者本人である國際航業のために行ったものと認められるから、同様に同被告人には不法領得の意思が欠けており、業務上横領罪の成立は認められない。占有者の身分を有する被告人Bに犯罪が成立しない以上、これに加功したとされる被告人Aに業務上横領罪の共同正犯が成立する余地はない(なお、被告人Aについても、専ら國際航業のためにする意思で各金員の支出に関与したものと認められる)」と結論付けて無罪の言渡しをした。
所論は、原判決の右判断について、関係者らの検察官調書の信用性とも関連付けて逐一反論している。
三 本件をめぐる事実の経過について
所論の検討に先立ち、便宜必要な限度で関係証拠上明らかな本件をめぐる事実の経過の概要を摘記しておく。これらの事実は、原判決が詳細に認定するところであって、検察官、弁護人及び被告人も概ね争わないところである。
① 國際航業は、航空測量等を主な営業目的とする株式会社であり、その株式を、昭和三六年一〇月、東京証券取引所第二部に上場し、昭和六二年九月一日、同取引所第一部に上場した。同社の同年三月末現在の資本金は八〇億円余、発行済み株式総数は二八〇〇万株余であり、昭和六三年三月末現在の資本金は一六七億円余、発行済み株式総数は四〇〇〇万株余であった。
② 國際航業は、昭和六二年当時、代表取締役会長F1の下、F1の長男であるF2が代表取締役社長を、F1の娘婿であるC(以下「C専務」という)が専務取締役を務める同族支配の会社であった。そして、同社の営業、技術部門においては、代表取締役副社長営業本部長のT(以下「T副社長」という)が実権を握り、その下で、取締役技術営業副本部長Hが営業部門を掌握していた。また、総務部と経理部を合わせた同社の管理部門は、F2社長らF一族が実権を握っていたが、被告人Aが取締役経理部長として、F一族の信頼を得て管理部門を掌握し、被告人Bが経理部次長として被告人Aを補佐していた。そして、会社の簿外資金は、自社資金のほか、関連子会社から仮払金等として支出し、被告人両名がその管理を担当していた。國際航業では、当時、Hや被告人Aら若手幹部を中心とする層から、F2社長やC専務の経営者としての資質に疑問が呈され、他方、T副社長の専横に対しても批判が高まっていた。また、F一族の間においても、F1会長とF2社長の確執が表面化していた。
③ Kは、コーリン産業株式会社(その後、株式会社光進と商号変更)のオーナーであり代表取締役を務め、株式の買占めを行なったり、いわゆる仕手戦を仕掛けたりする人物として知られていた。Kは、國際航業株の買占めを企図し、昭和六二年六月中旬ころ、國際航業の関連会社であるウィング株式会社(以下「ウィング」という)の代表取締役Dを通じて、当時國際航業内におけるF一族による支配体制に不満を抱いていたHや被告人Aに接近し、D、H及び被告人Aと会談し、自らは國際航業株を買い集め、F一族に代わってHら三名が同社の経営権を掌握できるよう協力すると言明して、被告人Aらの協力を取り付けた。その後、Kは、同年七月中旬ころまでに、当時の同社の発行済み株式総数の約42.5パーセントに当たる約一六〇〇万株を買い集め、Dの仲介により、同月下旬ころ、F2社長と会談し、同人を社長に留まらせることを条件に國際航業をKとF一族との共同経営とし、双方が折半して出資した新会社を設立してその会社に國際航業から借入れさせた資金で、K側が買い占めた國際航業株を買い取らせるという構想に合意させ、同年八月七日、KとF2社長との間で、その旨の共同経営に関する覚書が作成、調印された。
④ F2社長は、右覚書を実行に移すために、五〇〇億円の株買取り資金を銀行から調達するように被告人Aに指示し、同被告人において國際航業の取引銀行を回って協力を求めたが、いずれからもKとの共同経営構想に反対されて融資を断られた。このため、F2社長は、同年八月中旬ころ、Kとの覚書の実現を断念し、Kとの共同経営構想を反故にするとともに、自社株の防戦買いを行って、K側と対決することとなった。同社では被告人Aが中心となって防戦買いを行った結果、同年九月下旬ころまでに、当時の発行済み株式総数の約51.2パーセントの株式を確保するに至った。このようなKによる買占め及び國際航業側による防戦買いの過程に乗じ、被告人Aは、H、D、Yらと國際航業株の売買をして多額の売却益を得た。これを申告しなかったのが被告人Aに対する所得税法違反被告事件の主要部分である。
⑤ Kは、同年八月下旬ころ、被告人Aに対し、会社側に立って防戦買いを行っていることを責めて脅迫し、また、F2社長に対しては前記覚書の実行を迫った。また、Dは、Kの代理人として、國際航業の役員にF2社長の覚書締結の事実を暴露し、同人の信用失墜を図り、F1会長を訪ねて覚書の実行を迫るなどした。これに対し、会社は、覚書はF2社長の独断によるものであるから会社には効力が及ばないと主張して対抗し、F1会長をはじめとして社内では、そのような行動に出たF2社長に対する非難が強まり、同年一〇月二〇日の取締役会で、F2社長に覚書締結の責任を取らせる形で同人を会社運営から事実上外し、F1会長が中心となり、T副社長がこれを補佐することが決定された。同社では、防戦買いによって取得した株式の処理等をめぐって月曜会議が開かれていたが、これ以降、F2社長を除いて新たなプロジェクトチームが発足して右の問題の処理に当たることになった。
⑥ 被告人Aは、同年九月三日ころ、HとDとの共同による國際航業株の売却益の分け前としてDから現金二億三〇〇〇万円を受け取った。同年一〇月一一日ころ、Dが被告人Aに、同被告人が管理する國際航業株二〇〇万株の譲渡を要求したが同被告人はこれを拒否した。同年一〇月末から一一月初めにかけて、T副社長と被告人AがDに会い、K側からの株の買取りを打診したところ、DはK側が保有する全株の買取りをほのめかしたが具体的話合いに入るまでには至らなかった。同年一一月以降、Dは、被告人Aに対して、K側から一株当たり三〇〇〇円で買い受けたものの代金が未払いとなっている國際航業株二三〇万株の代金六九億円の融資を申し入れ、被告人Aは、これに応じて、Dとの間で國際航業の関連会社からDの経営するD電工株式会社に六九億円を融資し、右二三〇万株を担保に取るという契約を結んだ。そして、同年一二月一一日六九億円を振込んだが、Kが株の引渡しを拒否したため、株の引取りは実現しなかった。その後、DはK側の保有する約一七〇〇万株について一株当たり三〇〇〇円プラス同社所有ビル二つという条件での買取りをF1会長に持ちかけ、F1会長の指示を受けて被告人Aがその交渉を担当したところ、K側からこの買取り資金の融資元として地産グループのオーナーを紹介されたため、被告人Aは、同人とKとの仲を警戒して、結局、この買取り話を断念した。Dは、同年一月二一日ころ、被告人Aと会い、自分がKの信頼を失ったことを伝えるとともに、被告人Aが管理する國際航業株二〇〇万株を渡さないと妻子に危害を加える旨脅迫したが、同被告人はこれを拒否した。
⑦ 昭和六三年一月上旬から下旬にかけて、F1会長は、被告人A及びT副社長に、F2社長が両名を辞めさせようとしていると伝えるとともに、取締役会等の席上で、F2社長を辞任させた上自らが社長職を兼務する意向を明らかにした。しかし、取引銀行がいずれもF2社長の辞任に難色を示したため、結局、役員懇談会において、F2社長を当分の間休養させ、同年六月の株主総会において正式に辞任させることとした。なお、F2社長は、同年二月五日ころ、被告人Aと会って、同被告人を辞任させると言ったという噂は事実無根のことであると釈明した。
⑧ 同年一月二七日ころ、被告人Aは、元住友銀行行員で、行員当時國際航業の得意先係をしていたEから、政財界に人脈を持ち、株式をめぐる裏工作のベテランであるとして、M政治経済研究所代表のM及び政財界研究所代表のSを紹介された。そして、被告人両名は、同月二九日ころ、MとSから、怪文書を流してKの信用を失墜させたり、政治家からKの取引銀行に圧力をかけさせて、Kを資金的に窮地に追い込み、同人に國際航業株を投げ出させる工作をしてこれを買い取るという計画を聞かされ、当面の活動費として三〇〇〇万円を要求された。被告人両名は、SにK側からの株買取りの裏工作を依頼することにし、國際航業の簿外資金から、別紙1の番号1及び2のとおり、Sらに対して、同年二月二日ころに一〇〇〇万円、同月八日ころに二〇〇〇万円を交付した。
⑨ 被告人両名は、同年二月八日ころ、M及びSとの間で、Sらの裏工作の経費及び成功報酬を、一株当たりそれぞれ五〇円及び一〇〇円とし、これを含むK側からの國際航業株の買取り価格を一株当たり三五〇〇円とすることで合意した。Sは、同月一五日ころ、被告人両名に活動費の名目で三億円を要求し、被告人両名からの依頼に沿う行動であるとして、KやDらを中傷する怪文書を作成して政界や金融機関等の各方面に配布したり、被告人両名を代議士の事務所に連れて行くなどした。そして、被告人両名は、同月一九日ころ、國際航業の簿外資金から、別紙1の番号3のとおり、Sらに現金三億円を交付した。
⑩ Dは、Kの信頼を失い、同年二月末限りで國際航業の株式問題から手を引き、これに代わって、GがKの代理人となった。被告人Aは、同年三月上旬ころ、Gから、前記③のようにいったんKに協力したことや、⑥のように被告人A、H及びD共同取引による多額の國際航業株の売却代金を受け取ったことを材料に脅迫され、再びK側へ協力するよう求められたがこれを断った。他方、このころからF1会長がGと接触するようになり、これが社内で明らかになったことからF1会長に対する不信感が生じた。國際航業では、同月末日までに防戦買いによって取得した株式の他社へのはめ込み作業を完了したが、この間、F1会長が右作業に消極的姿勢を示したためF2社長がこれに代わって他社を積極的に回ることとなり、F2社長は社内での地位を回復した。しかし、F2社長は覚書問題について新聞記者の取材に応じた記事が同月一〇日付けの新聞に出たため、F2社長に対する信頼は再び低下した。このように、國際航業においては、昭和六二年九月ころから、会社内において、会社としての方針を決定するに当たっての核となる人物が誰なのか不明確な状況が続いた。
⑪ 昭和六三年三月七日ころ、被告人両名は、Sらから、Kに協力している暴力団への工作資金として二億円を要求され、同月一〇日ころ、國際航業の簿外資金から、別紙1の番号4のとおり、Sらに現金二億円を交付した。その際、Sから、同人らの買取り工作を表に立って仕上げる弁護士としてP弁護士を紹介され、また、SらからF2社長に会わせるよう要求されたため、同月一八日、F2社長及びC専務をSらに引き合わせた。また、F2社長は、同月二三日ころ、右弁護士と國際航業との顧問契約を結んだ。
⑫ 同年三月一一日、新聞に、被告人AがK側と内通してF一族の追い落としを図ったという暴露記事が掲載され、また、同月一八日には、同被告人がK側から二億八五〇〇万円を受け取っている旨の暴露記事が出た。しかし、F2社長やC専務らは、この記事をK側が意図的に流したデマであると認識していた。被告人Aは、被告人Bに対して、Dから二億を超える現金を受け取った事実はあるが、これはDから押し付けられたのでやむなく受け取ったものである旨話して引き続き協力を求め、被告人Bもこれを了解した。
⑬ 同年四月初めころ、被告人両名は、前記⑩のとおりDに代わってK側に立って行動しているGを取り込むための工作資金として三億六五〇〇万円を要求され、別紙1の番号5及び6のとおり、國際航業の簿外資金から、Sに対して、同月六日ころ二億円、同月一一日ころ一億六五〇〇万円をそれぞれ交付した。なお、F2社長は、同月二三日ころ、Sの素性を調査してもらっていた政財界の裏情報に詳しいLに被告人Aを引き合わせたところ、Lは、被告人Aに対して、Sに前科があるので気を付けるように忠告した。
⑭ F1会長はGからの情報により被告人Aに対する不信感をつのらせ、同年四月二二日ころ、被告人Aに取締役の辞任を迫り、同日付けの辞表を提出させた、そして、同年五月一一日付けで辞任の登記をした。F2社長やC専務はこれに反発し、被告人Aに対して、当分の間、関連子会社の東洋リースに出社して、従来どおり株問題の処理に当たるよう指示した。同月一二日ころ、Gが國際航業の○○顧問弁護士の事務所に押しかけたため、被告人両名は、Sに対して、Gの牽制を依頼したところ、Gの事務所にSの意を受けた暴力団が押しかけた。Gがこれに怒り、同月中旬ころ、暴力団員風の男を連れて被告人Aの自宅を訪れ、同被告人を脅迫した。
⑮ 同年五月一二日から同月一八日にかけて、國際航業の社内で、同社の裏金を捻出している興亜開発等の子会社からSらに合計五億円が出金となったまま回収されていないことが明るみに出て、被告人Bは、N総務部長や○○弁護士から追及された。また、被告人Aも、F2社長からこの支出について確認を求められ、株取引の際に清算される旨答えているが、特段に責任を追及されることはなかった。同月三〇日ころ、Eから被告人両名に、株式会社イトマンのルートによるK側からの買取り話が持ちかけられたが、C専務が消極的であったためこの話は流れた。同年六月二三日ころ、被告人Bは、C専務の指示により、Mにこれ以上動かないように頼んだが、同人からこれを拒否された。
⑯ 同年五月中旬ころ、F1会長は、Kとの間で、K側が役員一人を入れる予定で自己の支配する國際航業株の議決権をKに委任することに合意した。F1会長は、同月二七日の取締役会で、被告人Aの後任の経理部長として監査室長のRを推薦して了承を得たものの、Gを取締役に推薦したところ他の役員の反対にあって、この案を撤回した。F1会長は、同年六月一七日ころ、自己が支配する國際航業株をK側に譲渡し、委任状を同人に交付した。これによって、同月二九日開催予定の株主総会においてK側が同社の経営権を掌握することが必至となったが、F2社長は、K側の議決権行使停止の仮処分を申請し、同月二八日、この申請が認められた。この結果、翌二九日の株主総会はF2社長のペースで進行し、その直後の取締役会でF1会長の代表権が剥奪された。F2社長は、同年七月一日、被告人Aを東洋リースの代表取締役就任予定に発令した。
⑰ 同年七月五日ころ、Gが再び被告人Aの自宅を訪れ、同被告人を脅迫するとともに、Sと手を切りF2社長に協力しないよう要求した。そのころ、被告人両名は、株主総会後初めてSを訪ね、株主総会の模様を報告する一方、Gによる脅迫の件をSに相談した。そして、同月一一日ころ、被告人両名は、Sから、地産ルートでの工作資金と称して一億三〇〇〇万円を要求され、同月一三日ころ、國際航業の簿外資金から、別紙2の番号1のとおり、同人に現金一億三〇〇〇万円を交付した。
⑱ 被告人Aは、同年八月五日、本件の過程での國際航業株の売買益についての所得税法違反の嫌疑により、当局の査察を受けたことから、同月八日ころ、F2社長らにそれまでのインサイダー取引やDからの金員の受領の事実を打ち明け、國際航業の関連会社の役職もすべて辞任した。
⑲ Sは、同年四月ころから、いわゆるサラ金業者の株式会社武富士(以下「武富士」という)と接触し、武富士ルートによるK側からの國際航業株の買取り工作を積極的に進めようとした。それに対し、Mはその動きを被告人両名に伝え、武富士を下ろすための工作資金として一億五〇〇〇万円を要求した。被告人両名は、Sに対し、國際航業で株を買い取れるようにして欲しい旨依頼したが、Sは、被告人両名の希望に反して武富士に買い取らせる意向を示し、被告人両名に武富士の会長を紹介するなどした。被告人両名は、買取り工作から武富士を下ろしてもらいたいとの気持から、別紙2の番号2及び3のとおり、國際航業の簿外資金から、Sらに対して、同年一〇月五日ころ五〇〇〇万円、同月一八日ころ一億円をそれぞれ交付した。この間の同年九月二一日ころと一〇月六日ころ、被告人Aは、F2社長に簿外資金の交付を除く武富士ルートの工作について説明した。
⑳ F2社長やT副社長はそれぞれ独自のルートでK側からの國際航業株の買取りを試み、F2社長が会社の裏金八〇〇〇万円を、T副社長が同じく一億円を使ったが、同年一〇月下旬ころまでにすべて失敗に終わった。K側は、臨時株主総会招集を請求し、同年一一月二日に東京地方裁判所の許可を得て同年一二月一〇日開催された臨時株主総会において勝利を収め、同社の経営権を掌握した。なお、被告人Bは、同月二〇日付けで同社財務部次長となり、平成二年六月に本件で逮捕されるまでその地位にあった。
四 國際航業のK問題に関する基本方針についての事実誤認の主張について
1 この点に関する原判決の理由の骨子は、「國際航業のK問題に関する基本方針について、検察官主張の長期持久戦の方針が確立されていたとは認められない」というものである。すなわち、原判決は、「國際航業側が発行済み株式総数の過半数の株式を制したといっても、過半数をわずかに超えたに過ぎず、昭和六二年七月ころの時点で約42.5パーセントの株式を保有するK側との差は大きくなく、高値に釣られて株を売る者が出ればたちまち勢力が逆転しかねない状況にあったから、到底國際航業側が安定的に過半数の株式を支配しているという状況ではなかったこと、Kのような仕手筋の人物に過半数には達しないものの四割以上もの大量の株式を保有されているということは、同社の信用を著しく損なうものであったこと」などを指摘し、また、検察官の主張に沿う関係者の供述の信用性を検討し、さらには株買取り策が排斥されてはいなかったことを示す会社内における動きとして幾つかの事実を指摘した上、「國際航業においては、株買取り策による株問題の早期解決が、確固たる方針とはいえないにしても、一貫した底流としてあったということができる」「検察官が主張するような、株買取り策を排斥する形での長期持久戦の方針が確立されたとは到底認められないところである」と結論付けている。
これに対し、所論は、昭和六二年九月下旬ころから昭和六三年六月の株主総会のころまでの時期において、國際航業においては、自社の発行済み株式総数の過半数を制し、K対策として長期持久戦の方針が確立しており、K側からの株式の高値買取り要求には一切応じない姿勢を崩さず、長期持久戦に持ち込みながらKの資金逼迫を期待し、昭和六三年六月の株主総会を乗り切ることが決まっていたのであるから、被告人両名の行為は明らかに会社の右基本方針に反するものであり、これと異なる原判決の認定は誤りであるというのである。
しかしながら、原審で取調べた関係証拠を総合し、当審における事実取調べの結果を併せて検討してもこの点の原判決の認定に誤りがあるとは認められない。
2 所論は、まず、原判決が、防戦買いによって國際航業側が確保した株式は51.2パーセントであり、過半数をわずかに超えるに過ぎず、当時高騰していた株価に釣られて売却する者が出れば、勢力は一層拮抗し、あるいは、場合によっては逆転することもあり得る状況にあったこと、また、官公需が売上全体の九割以上を占めている國際航業としては、Kのような仕手筋の人物に大量の株式を保有されているということは、営業上きわめて大きなハンディキャップとなり、売上の減少をもたらし、社内の人材の流出をもたらすなどの懸念があり、現実にそのような影響が現われていたことなどを指摘して、「國際航業の経営陣としては、一刻も早くK側による多数の買占めという状態を解消する必要があり、K側からその保有する株式を早期に買い取ること(株買取り策)は、同社の実情を考慮した場合、事態の合理的解決策であったということができる」と説示した点について、市場等で株を購入し、多数派を形成し、経営権の掌握を目指す活動自体は、まったく合法的なのであるから、双方の個々の具体的行為に即して慎重に法的評価を加えなければならないのに、原判決にはこのような視点がまったく欠落しており、K側と國際航業側(当時の経営陣)の対立関係をK側をすべて「悪」、これに対抗する側をすべて「善」という単純な図式を描いている点で到底承服できないという。
たしかに、本件のように、株式を取得する方法により会社の支配権を取得しようとすることは、いわゆる企業買収の一方法であり、そのこと自体、法によって禁じられているわけではなく、善悪の評価を加えるべきでないことは所論が指摘するとおりである。しかしながら、ここで問題とされるのは、K側の株の買占めについて、國際航業の当時の役員や幹部社員が現実にどのような受け止め方をし、どのような方向に進展して行くことを願っていたのか、ということなのであって、原判決が、株買取り策は、「同社の実情を考慮した場合、事態の合理的な解決策であったということができる」と説示したのは、右の趣旨と理解すべきものである。ただ、このことが法的な意味においても「事態の合理的な解決策」と評価することができるか否かは、なお別個の検討を要するところである。
3 次に、所論は、検察官の原審における主張は、K側からの高値での買取り要求には一切応じないという、「高値」に意味があったのに、原判決はこれを曲解し、抽象的な「株買取り策」と検察官が主張する「長期持久戦」の方針とを並列させて検討する誤りを犯しているという。
しかしながら、検察官の原審における論告要旨(殊に原審記録二―二六五、二九六、二九八)を検討しても、「Kから同株の買取りを無理して行う必要はなく」という表現がある程度であり、原審検察官が「高値」というところに意味を持たせて主張を展開しているものとは到底理解できない。また、高値であるか否かは買取り工作が現実化した際の市場株価、会社財産などと対比して決せられるきわめて具体的な判断であるから、継続的な方針としての長期持久戦と対比してここで検討すべきなのは、そもそも株買取り策が排斥されていたか否かということで足りるというべきである。
4 所論は、前示三の④のように会社側において発行済み株式総数の51.2パーセントの株式を制したことを踏まえて、F2社長は、昭和六二年九月二五日ころの取締役会において、防戦買いが成功した旨報告し、今後の会社の方針として過半数の株式を維持してK側と対決するいわゆる「長期持久戦」の方針が打ち出されたと主張し、原判決が、右主張に沿うC専務の検察官に対する供述調書(甲75)の信用性について、「他の役員らの供述と対比すると突出した印象を免れず、これをそのとおりに信用することはできない」としている点について、九月二五日に取締役会が開催されるに至った経過や開催の目的に対する理解をまったく欠いた不当な判示であるという。
たしかに、C専務は、右供述調書において、明確に検察官の主張に沿う供述をしている。しかし、同日の取締役会に出席したT副社長や被告人Aの供述調書(検察官が指摘する甲79、乙6)は、防戦買いの結果、会社側が過半数を確保した旨の報告があったということに触れているだけで、その席で長期持久戦の方針が打ち出され、決定されたとは明確に述べていない。また、もし真実、F2社長がその時期に長期持久戦の方針を持ち、取締役会の席上でその趣旨の発言をして他の役員の了承を得て取締役会としての方針が打ち出されたというのであれば、F2社長自身がその旨をむしろ明確に供述するのが自然であるのに、F2社長は、捜査段階において本件一連の事実経過について詳細な供述をし、多数の供述調書の作成に応じていながら、席上での決定の状況に関してはほとんど供述していない。これらに照らすと、やはりC専務の検察官調書中の検察官の主張に沿う部分は、他の関係者の供述と対比して突出した印象を免れず、そのとおりに信用することはできないとした原判決の判断は是認することができる。所論は、F2社長は独断でKと覚書を締結した責任を追及される立場にあったから、会社側が発行済み株式総数の過半数の株式を確保したことに重きを置いた発言になったのは当然であるというけれども、覚書締結の責任を追及される立場であったからなおのこと、他の取締役らとの関係を修復するため、自分は買取り策を一切採らないということを取締役会の席上で明言するのが自然であり、また、捜査の段階でも、取締役会での経緯をむしろ明確に供述して自らの立場を守ることの方が自然である。ましてF2社長は、当時の國際航業の代表者でありながら、全体としてきわめて無責任な供述に終始しているところ、もし実際に株買取り策を一切採らないということがF2社長自身の意向を含む取締役会の決定であったのなら、その後の被告人Aらの行動につき自らに責任が及ばないように、そのような決定があったのに被告人らがこれに反した行動をとった旨明確に供述することの方が供述者の心理として自然であるといえる。それにもかかわらずF2社長の供述中に所論の決定がされた際についての具体的供述がほとんどないということは、そのような決定がされたという事実を積極的に認定する上で妨げとなる事情であるといわざるを得ない。
また、所論は、前記三の⑤の昭和六二年一〇月二〇日の取締役会において発足した新たなプロジェクトチームは、覚書締結の責任をF2社長に取らせて事実上解任することにより國際航業として覚書を反故にし、長期持久戦の方針の下で、覚書の実行を迫るK側に対し、徹底抗戦する姿勢を固めた表れであったという。
しかしながら、プロジェクトチームの編成は、原判決が説示するとおり、F2社長が事実上社長職から外されたことに伴い、それまで同社において防戦買いにより取得した株式の処理等をめぐって開催されていた「月曜会議」のメンバーからF2社長を外すことに主眼があったものである。たしかに、その後の活動は、防戦買いをした株式を安定株主へはめ込むことが中心となったが、これは株主名簿の閉鎖が翌年三月に迫っており、株買取り策が底流にある場合でも、これが成功しなければ株主総会においてK側と対決せざるを得ず、これに備えて、防戦買いをした株式が自己株式取得の禁止に触れるとの非難を回避し、また、その議決権の行使を可能とするために、受け皿会社の確保、受け皿会社の株主構成の変更、これらのための資金的な手当て及びそのための金融機関との交渉などが緊急に必要であったからである。したがって、防戦買いをした株式を安定株主へはめ込む作業が株買取り策を排し長期持久戦のみを前提とした徹底抗戦する態勢を固めた表れであるとみるのは適当ではない。
5 所論は、原判決が、前記三の⑥のように昭和六二年一一月ころから同年一二月ころにかけ、被告人AがF1会長の指示を受けてDを通じてK側から株買取りをするための交渉を担当した経過をもって株買取り策が國際航業の一貫した底流にあったとする有力な根拠としている点について、F1会長には真剣に対応する気持はなく、K側とずるずる交渉を続けて引き伸ばしを図っていたに過ぎず、むしろ、これが長期持久戦の方針に即した態度というべきであり、原判決は、単にK側と國際航業側が株引取りの交渉をしたとの一事をとらえて強引な結論を導きだしていると主張する。
しかしながら、DからF1会長に持ち込まれた買取り話に対しては、F1会長及びT副社長らも交えて一株につき三〇〇〇円に会社所有のどのビルを付け加えるかなどについて具体的な検討が進められ、社内では必ずしも高過ぎる取引ではないとの判断がされており、右買取り話が御破算になったのは、むしろ、地産の介在を警戒した被告人Aの判断であったと認められるばかりか(原審記録二一―三〇三一)、右の交渉がF1会長の関与のもとに行なわれ、またそれ以前の同年一〇月末から一一月初めにかけて、Dに対してK側からの株買取りを打診した際には、被告人AだけでなくT副社長もDと会っている(原審記録二一―二九四九)などの事実は、株買取りが被告人Aの独断専行ではなく、他の役員も株買取り策を排斥してはいなかったことの表れであると理解することができる。
6 所論は、原判決が、昭和六三年二月九日開催の対策会議に参加していたRが記載していた「電話連絡ノート」に、「コーリンから引取ったときの損失金の処理方法」という記載があることを指摘して、被告人A、C専務らの検察官調書の信用性を否定し、右対策会議の時点で、「國際航業が株買取り策について、買い取ったときの損失金の処理方法というところまで踏み込んで、真剣に検討しており、当時同社において株買取り策が依然として有力な選択肢であったことが認められる」と説示している点につき、Kは、昭和六三年一月、さらに國際航業株の買い増しを進めて同社の経営権を取得する方針を固め、F2社長ら経営陣と全面的に対決する姿勢に転換し、Kを裏切った被告人Aを攻撃し、大株主であるF1会長をK側に引き入れるなどという戦術を採用し、同月以降、國際航業側との株買取り交渉を止め、これに呼応して國際航業においても、昭和六三年に入ると株買取りに向けた具体的な動きは影をひそめていたのであるから、このような状況下での前記二月九日の対策会議は、株買取りについて真剣な討議を行なう前提を欠いており、焦眉の急は、同年六月におけるK側との対決に備えて、その議決権行使の基準日である同年三月末日までに、防戦買いで取得した株式の安定株主へのはめ込み作業であったのであり、原判決の右認定は目前に迫っている緊迫した状態をまったく等閑にした理不尽な認定であるという。
たしかに、関係証拠によると、二月九日の対策会議の話題の中心は、所論のとおり防戦買いによって取得した株式を三月末日までに安定株主にはめ込むことであったと認められるが、先にも指摘したとおり、株買取り策を採った場合でも、もしこれが一定時期までに成功しなければ、株主総会においてK側と対決せざるを得なくなるところ、三月末日が間近に迫った二月九日の時点で、買取りが実現していなかったのであるから、やはり防戦買いをした株式についての議決権の行使を可能にする工作が急務であったのであり、安定株主へのはめ込み工作が長期持久戦のみを前提とした作業であるとみるのは相当ではない。
そして、関係証拠によれば、二月九日の対策会議の出席者は、T副社長、O取締役、C専務、被告人A、N総務部長、R監査室長であり、右電話連絡ノートを記載したRは、いわば末席の立場で右対策会議に参加したものと認められるが、そのような立場にある者が、会議の席上で話題にもならなかった事項をメモして残すということは考えられないところである。たしかに、所論も指摘し、また、原判決も認定するように昭和六三年に入ると、國際航業においては、株買取り策に向けた具体的な動きは影をひそめているけれども、そのような状況のなかでもなお右のようなメモ書きが残されているということは原判決が指摘するようにその当時株買取り策が依然として有力な選択肢であったことの証左であるといわざるを得ない。
7 以上の諸点のほか、原判決は、「(1)昭和六二年九月下旬に、被告人両名がF2社長の指示により株式安定化工作についての経理部案を作成し、月曜会議で了承を得たことが認められるところ、この案において、既に防戦買いによって取得した株式のはめ込み工作を行なうとともに、安定株主の比率を六五パーセントまでもって行くことを目指して、金融機関に國際航業株の買増しを依頼した場合の資金繰りや、「株式買取(案)」として、K側から株式を買い取った場合の売却損や金利負担等の処理が検討されていること(しかし、具体的なものではない)、(2)C専務の手帳の昭和六二年一〇月一二日から同月一八日までの備考欄に、K側からその保有株を買い取ることを意味する記載があり、また、T副社長が同年一一月二七日ころに作成したメモにも、K側が國際航業株一七〇〇万株を取得するために投下した資金の額に関する記載、「話を付けるとすると六五〇億くらいか」という記載、さらに一七〇〇万株を買い取った場合の同株式の処理方法及び収支に関する記載があること、(3)原審公判廷に証人として出廷したT副社長、F2社長及びC専務が、國際航業の首脳陣としては、K側から株式を早期に買い取れればそれにこしたことはないという意向であった旨、一致して証言していること、(4)昭和六三年三月下旬ころ、K側からの株買取り工作と表裏一体をなすものとして、前記三の⑪のように新たな弁護士とも顧問契約を結んでいること」などを指摘して、國際航業には、F1会長がK側に与したことが明らかになった昭和六三年六月ころまでの間において、検察官が主張するような、株買取り策を排斥する意味での長期持久戦の方針があったとは認められないと結論付けているところ、その他所論が縷々主張するところにかんがみ検討しても、右認定を覆すには至らない。
8 以上のとおり、國際航業としても、また、当時の経営陣(以下において、当時の國際航業の取締役会を「現経営陣」ということがある)の大勢としても、原判決が認定するとおり株買取り策を排斥する意味での長期持久戦の方針が固まっていたとは認められない。
五 被告人らの本件各金員の支出権限についての事実誤認の主張について
1 この点に関する原判決の理由の骨子は、「別紙1の番号1及び2の各金員の支出については、そもそも被告人Aに支出の一般的権限があったと認められ、同番号3から6までの各支出は、いずれも金額が一億円以上で、代表取締役の決裁を要するものであるところ、被告人Aは、昭和六三年二月八日ころ、F2社長に対して、SらにK側からの株買取り工作を依頼した旨報告したこと、被告人両名は、同年三月一八日、F2社長とC専務をSとMに引き合わせたことなどが認められるから、一般的支出権限はなかったものの、F2社長の包括的承諾により、具体的支出権限が与えられていたとみるべきである。別紙2の各金員の支出については、F2社長の明示の承諾はなく、被告人Bには支出権限があったものとは認められない(もっとも、不法領得の意思を欠く)」というものである。
これに対して、所論は、①別紙1の番号1及び2の各金員の支出については、経理部長が所管する支出権限と、支出を必要とする原因行為を行う権限とを混同した議論であり不当である、②同番号3から6の各金員の支出については、F2社長の右のような包括的承諾はなく、被告人Aに具体的支出権限が与えられていなかった、また、③そもそも、本件のような株買占めによる会社支配の動きに対し、現経営陣がどのように対応するかということは会社経営の根幹に関わる事項として取締役会の専権事項に属するから、取締役の忠実義務に照らして当該対応策の是非を慎重に検討すべきところ、形式的な職務分掌規定等に基づいてF2社長の承諾の要否あるいは承諾の有無を検討し、これによって被告人らの支出権限の有無を決している原判決の判断方法には根本的な誤りがあると主張する。
そこで検討するに、関係証拠を総合すると、この点の所論は結論において正当であり、原判決には事実の誤認があるといわざるを得ない。
2 別紙1の番号1及び2の各金員の支出に関する所論①についてみると、被告人Aは、経理部長として、金銭の出納保管等の職務を担当し、三〇〇〇万円以下の支出をする権限を与えられていたが、それは正当な支出の原因行為がある場合のことであって、いかなる場合に支出をするかを決定する権限自体を与えられていたわけではない。したがって、原判決が、別紙1の番号1及び2の各金員の支出について、三〇〇〇万円以下の支出であることを根拠に同被告人に支出の権限があったとしたのは正当ではない。原判決は支出権限とその原因行為を行う権限とを混同しているという所論には、理由がある。
3 次に、別紙1の番号3から6の各金員の支出に関する所論②についてみると、原判決は、被告人らはF2社長からそれらの支出をする包括的権限を与えられていたと判示し、その最も重要な根拠として、Sらの裏工作の経費及び成功報酬を一株当たりそれぞれ五〇円及び一〇〇円とし、これを含むK側からの國際航業株の買取り価格を一株当たり三五〇〇円とするというSらとの合意内容についてF2社長の了承を得た事実を挙げている。
しかしながら、K側から株を買い取るためSらに工作を依頼することと、その工作のため國際航業が負担する金額や支払時期を決することとは、別個の事柄であり、後者は、工作に用いられる手段、成功の確実性、工作の達成度などと関連してSらと國際航業との間で別個に合意されるべき事柄である。そして、右の合意内容自体からして、株の買取りが成功する前に一株当たり五〇円の経費を支出することは予定されていなかったと認められるばかりか、工作の依頼や支出の状況からしても、本件のような支出が当然に予定されていたとは認められず、したがって、F2社長が右の合意の内容や工作依頼の事実を了承したからといって、本件の支出について被告人らに包括的権限を与えたということはできない。
(1) すなわち、右の合意内容は、明らかに、買い取った株に応じて経費や報酬を支払うというものであって、買取りの成否にかかわらず支払うというものではない。
この点について、原判決は、いわゆる事件屋と思われるSやMがK側から株を買い取るための裏工作を依頼された場合、報酬が成功報酬で、失敗に終われば費用すら支払わなくてもいいというような、國際航業にとってはまことに都合のよい条件で裏工作を引き受けるとは、およそ考えられないところであり、むしろ通常の経営者の感覚からすれば、そのような事件屋が経費と称して金員を要求してくることは目に見えており、そのような事件屋に裏工作を依頼するからには、結果如何にかかわらず、むしろ工作の過程である程度の出費があることを覚悟するのが自然であり、F2社長及びC専務は自己の責任を回避しようとして右のような供述をした疑いが濃厚であり、F2社長が前示のような合意内容の報告を受けて了承した以上、いわゆる工作資金の支出についても、被告人Aに承諾を与えたものと認めるのが相当である旨判示している。
なるほど、F2社長は、事件屋に株の買取り工作を依頼することを了承した以上、事前に経費と称して金員を要求してくることを覚悟するのは自然であろうが、それは要求された時点で、要求の相当性を判断してこれに応ずるか否かを決することになるにとどまり、その支出を予め了承したということに当然なるわけではない。現に、被告人らは、本件支出の都度Sらからいろいろな名目で工作資金を要求され、話合いの上で支出をしているのである。もっとも、F2社長が買取り工作の依頼を了承した以上、被告人Aがその職務上独自の判断で支出が許される範囲の工作資金を支出することを了承したといい得るであろうが、それは、原判決自体がいうように「ある程度の出費」を覚悟したにとどまり、二五億五〇〇〇万円の約定の経費及び報酬を被告人らのみの判断で支出することを了承したものとはいえないのはもとより、被告人らのみの判断で本件のような高額の支出をすることを了承したものとはいえない。
F2社長は、このことにつき、検察官調書及び原審公判廷において、「被告人Aからは成功報酬でよいと先方が言っていると聞いたので、成功するまで金を出さなくてもよいと理解した」「被告人Aの報告を聞いたとき、SやMは事件屋のプロであり、報酬が手に入るか入らないかは分からないが、その間にかかる費用は当然彼らの負担で、一種の危険負担をしているものと思った。当時被告人Aの、成功報酬という条件をそのとおり理解し、だめなら何も負担はないし、うまく行けばそれなりの報酬を支払えばいいと理解した」と供述し、C専務もこれとほぼ同旨の供述をしており、被告人Aは、F2社長に対して、Sらの報酬が成功報酬であると告げ、それまでに既に支払っている三〇〇〇万円については特に説明していないことが認められる。ここで被告人Aが、敢えて「成功報酬」であると説明し、また、その際の工作の状況がいまだ不明確、不確実なものであったことからすれば、F2社長らにおいて、支出については成功報酬であり、もし途中で支出することがある場合には別途相談があるものと認識したとしても決して不自然なことではなく、原判決のようにF2社長らの右供述を責任回避の疑いが濃厚であるとしてその信用性を排斥することはできない。
(2) また、本件支出の状況に照らしても、F2社長が被告人らに対して支出の包括的権限を与えてはいなかったと認めるのが相当である。
被告人らがF2社長に前示の合意内容を報告して了承を得た時点において、裏工作の具体的内容、成功の目処、支出の具体的目的などはまったく不明確であり、工作が失敗した場合の事後処理もまったく決まっていなかった。このような状況のもとで、F2社長がその後の支出について被告人Aに包括的権限を与えたとみるのは、いかにF2社長が被告人Aに任せ切りであったとしても、不合理である。
本件の支出金額は、別紙1の番号3ないし6だけでも合計八億六五〇〇万円であり、本件全体では一一億七五〇〇万円に達している。それなのに、被告人らは、そのことについてF2社長を含む幹部に報告をしていない。被告人らは、昭和六三年二月八日ころ、三月中旬ころ及び同月一八日ころに、F2社長にSらとの件を報告したり、SらにF2社長を引き合わせたりする機会があったのに、それぞれの時点までに既に支出していた金員について何ら触れておらず、また、同年五月中旬ころ、五億円の使途不明金が明るみに出てC専務らからその説明を求められた際にも、その時までに既に合計八億九五〇〇万円を支出していたにもかかわらず、五億円の出金を認めたのみで、その全容を話さず、また、右の五億円についても具体的な支出目的等については説明していない。このような経緯は、支出について承諾を得た者の対応としてはきわめて不自然である。
(3) 原判決は、個々の経費の支出は、いわば内払いとしての性質を有するものである以上、首脳陣に累が及ぶのを避けるという國際航業の機密費についての処理の慣行に照らしても、これについて一々上司の承諾を得る必要はなかったというべきであると判示する。しかしながら、まず、内払いというためには、工作が成功する高度の確実性があることが前提になるところ、それぞれの金員支出の段階において工作成功の確実性はきわめて薄かったことが明らかであるから、右説示には与することができない。また、たしかに、國際航業においては、受注等の裏金工作の際に、会社首脳陣に累が及ばないようにするため、首脳陣には裏工作等を知らせないまま、営業部長や経理部長限りで処理するという慣行があったこと自体は否定できないけれども、後に詳しく検討するように、本件のような会社経営の根幹に触れるような高度の経営判断を要求される事柄について、包括的承諾を得たとしつつなお工作の達成度や逐次支出している金員についての経過報告をしていないのはきわめて不自然である。
原判決は、また、支出についてF2社長の包括的承諾を得ていた根拠として、被告人らがSらに対して金員支出の事実について口止めしないでF2社長とC専務をSらに会わせていることを指摘している。しかし、この面談は、かねてからSに國際航業の委任状の交付と社長との面談を要求され、國際航業の仕事として本件裏工作を進めることの裏付けを求められていた状況下での出来事であるから、そのような口止めをすることは被告人らが社長に内緒で金員の支出をしていることを告白するものであって、むしろ考え難い行動とみるべきである。すくなくとも、口止めをしなかったからといって、これを支出についてF2社長の包括的承諾があった証左とすることはできない。
原判決は、さらに、昭和六三年五月中旬ころ、別紙1の番号3及び4の各金員の支出に回された合計五億円が表面化した際、被告人らがまったく責任を取らされていないことをその判断の支えとしている。しかし、事後に責任を取らされていないからといって、遡ってその支出自体に当初から承諾があったということにはならない。当時の國際航業を取り巻く内外の情勢を考慮すると、F2社長が、強く叱りたいとは思ったが、金が戻ってくるわけではないので、今後も被告人Aを自分の協力者にしておくため、柔らかい叱り方にとどめたと供述しているのは、不自然ではない。また、被告人らが何故五億円支出の趣旨や支出に至った経緯を詳細に説明しなかったのか、その余の支出について何故依然として説明や報告をしなかったのかということと対比して考察すれば、右の点を包括的権限を与えた証左とするのは相当ではない。
(4) 後に述べるとおり、自社株の取得は商法が禁止するところであり、緊急措置としてこれを取得した場合でも、直ちに他に引き取ってもらわなければならないことは、F2社長にとっても被告人らにとっても常識であった。また、一七〇〇万株を一株三五〇〇円で買い取るには、六〇〇億円近くの資金が必要であり、その確保には銀行や支援者の了解が不可欠であった。國際航業がK側に対抗して株の防戦買いをしたときにも、その資金繰りや取得した株のいわゆるはめ込みにはかなりの苦労があり、F2社長がKと前記の覚書を交わしたときにも銀行から五〇〇億円の資金を調達できずに実施を断念している。そうした事情の下では、F2社長が、被告人らの裏工作依頼を了承したからといって、一七〇〇万株を買い取ることを会社の方針とすることを了承したものと認定することはできず、買取りの可能性を探るための工作を進めることを了承したにとどまるものと認定するのが相当である。
(5) なお、所論は、昭和六三年二月八日ころ被告人AがF2社長に対しSらに裏工作を依頼したことを報告した際、経費及び報酬の額などの合意内容についても伝えたとした原判決の認定は誤りであるとし、その時期は別紙1の番号3及び4の各金員の支出後の三月中旬ころであったというが、この点の原判決の認定に誤りがあるとはいえない。
すなわち、直接の関係者であるF2社長及び被告人Aの捜査段階の供述は、大筋では検察官の主張に沿うものであるが、細部において微妙なくい違いを見せている。すなわち、F2社長は、検察官調書(甲72)において、「同年二月中旬か下旬ころ、被告人Aがどこかに独自にK対策を頼んでいるらしいことを言っていたが、どこに頼むか名前を言わなかったと思う。同年三月中旬ころ、被告人Aが、SとMの名刺を持って来て、Sらに裏工作を依頼しており、その経費及び成功報酬を一株当たりそれぞれ五〇円及び一〇〇円とし、これをK側から國際航業株を引き取る価格に上乗せすることにしたと聞いた」と供述し(原審記録一〇―一〇六四、一〇七一)、また、「そのころ、被告人Aから、M、Sが覚書を見たいと言っているので原本を貸してくれと言われ、原本はLに預けていたのでLからそのコピーをもらい、これを、見せるだけでコピーしないでくれと言って被告人Aに渡した」と供述し(原審記録一〇―一〇七四)、原審公判廷においてもほぼ同旨の供述をしている。これに対し、被告人Aは、検察官調書(乙42)において、「Sらとの間で、裏工作の経費及び成功報酬について合意に達した二月八日ころの後ほどなく、覚書のコピーをもらうためにF2社長に会い、Sらに活動を依頼したことを報告したが、その際、経費及び成功報酬の額やこれをK側からの買取り価格の中に含ませることは伝えなかった。右の内容を伝えたのは三月中旬ころである」と供述し、他方、原審及び当審公判廷では、「右報告をしたのは二月八日ころであり、その際、経費及び成功報酬の額、これらを含めた一株当たりの買取り価格についても説明し、F2社長から、『一七〇〇万株全部じゃなくて六〇〇万株とか四〇〇万株でいいんじゃないか』と言われたが、一七〇〇万株全部でないと銀行の協力が得られない旨答えたところ、F2社長は納得し、内容についての承諾を得た」と供述するのである(原審記録四〇―一四九一、四一―一七九四など)。このように、両名の捜査段階の供述を対比すると、覚書のコピーを渡す話が出たのが二月なのか三月なのか、合意内容の説明があったのが二月なのか三月なのかについてくい違いを見せている。両供述が覚書のコピーを渡す話と連動させて合意内容の説明時期を特定しているので、まず、覚書のコピーを渡す話が出た時期について他の証拠により検討すると、Sは、検察官調書(甲61)において、被告人らから、KとF2社長との覚書のコピーを入手したのは二月上旬ころから中旬ころにかけてのことであるとの趣旨の供述をしているところ、既に被告人A及びF2社長のいずれとも特に利害関係がなくなった本件の捜査段階において、被告人両名からそれまでの経過説明を受け、資料の収集を依頼した経緯を順序立てて供述している中での右供述にその信用性を疑わせるような事情を見出すことはできず、右供述を前提とすれば、被告人Aが、Sに渡すために覚書のコピーをもらうべくF2社長に面談してこれを受取ったのも当然そのころであったと認められる(なお、検察官も控訴趣意書においてこのような時期であることを前提に所論を展開している《控訴趣意書五一頁から五三頁》)。これに対し、F2社長は、前記のように、合意内容について報告を受けた時期と覚書のコピーを被告人Aに渡した時期を同じ時期としているが、被告人AがF2社長から覚書のコピーを受け取り、これをSに渡した時期が前記のように二月初旬から中旬ころのことであることからすると、合意内容の説明を受け、かつ、覚書のコピーを求められた時期を三月中旬ころであるとするF2社長の供述には、時期の点についての記憶違いがあるものといわざるを得ない。そして、覚書のコピーを渡す話が二月初旬から中旬にかけてのことであり、合意内容の説明のみが三月中旬ころのことであった可能性についてみると、もし、合意内容についての説明が三月中旬ころであったとすると、F2社長は二月の時点において、覚書のコピーを渡す相手が誰なのか、また、その相手方にどのようなことを依頼しているかを確かめもせずにコピーを渡すことを許したということになる。これは、F2社長が本件の一連の問題に如何に無責任な態度を取っていたにしても、また、F2社長が既に二月四日ころに覚書問題について新聞記者の取材に応じており、覚書問題が公表されることに特に痛痒を感じていなかったという所論指摘の事情があるにしても、右のような軽率な行動に出たとは考えられないところである。つまり、F2社長が被告人AからSらとの合意内容の報告を受けた時期は、覚書のコピーを被告人Aに渡したのと同時期である二月初旬ころから中旬にかけてであると認められる。そのほか、原判決が関係者の供述の信用性を詳細に検討して指摘しているところに照らすと、原判決が、被告人Aの原審公判廷における供述の信用性を肯定して、被告人Aは、二月八日ころ、社長に対しSらとの合意内容を報告して了承を得たと認定したことに事実の誤認があるとはいえない。しかし、このことは、F2社長が被告人らに包括的権限を与えていなかったという前記の認定には影響しない。
(6) 以上に検討したところからすると、別紙1の番号3から6の各金員の支出についてF2社長の包括的承諾があったとする原判決の認定は誤りであるというほかはない。
4 次に、所論の③について検討する。本件のK側による國際航業株の買占めは、支配株式の取得を通じての企業買収の動きであるところ、問題は、このような方法による企業買収の動きに対して現経営陣がいわゆる企業防衛を目的としてどのような対応策を採ることができるかであるが、すくなくとも本件の行為は、許される限界を超えているというべきである。
(1) 企業防衛策としていかなる行為が許されるかについては、種々の見解があるが、我が国の株式会社法全体の仕組み及び株式会社制度の本質からすると、現経営陣が防衛策として合法的に行い得ることはきわめて限定されており、また、その手段や方法も限られたものとなる。
まず、株式会社は、定款所定の目的を遂行するために必要な行為を行なうことができることはもとより、会社に社会通念上期待ないしは要請される社会的作用に属する活動を行なうことも、間接的ではあるが目的遂行上必要な行為として認められている。しかしながら、社会通念上許容されないような行為や法に抵触するような行為は、行うことができないのであるから、そのような行為については、取締役会に会社から正当な権限が与えられ、さらにはその権限に基づき取締役に具体的な業務執行権限が与えられるということはあり得ないことである。
また、株式会社は、出資者である株主をその構成員とする営利を目的とした法人である。たしかに、多数の、かつ、流動的な株主によって構成されているために所有と経営の分離が避けられないものの、そこでは、あくまでも所有者である株主の利益が優先され、取締役会は株主総会の意思を体現するものとして存在することになる。したがって、現経営陣が、いわゆる企業防衛のもとに、明らかに株主に損害を与え、あるいは、会社の支配権に関する株主の最終的な判断権を奪うような行動に出るべきではない。
さらに、取締役会は、株主総会によって選任された取締役によって構成され、業務執行の意思決定機関であるとともに代表取締役または業務執行取締役の業務執行を監督する機関としての機能を果たし(商法二六〇条一項)、重要な業務執行については、自ら決定しなければならず、これを代表取締役に委ねることは許されない(同法二六〇条二項など)。
(2) 右に指摘した諸点に照らし、本件に即して述べると、本件における株の買取りは、法に抵触し、國際航業においても行うことが許されない行為であった。すなわち、國際航業は、K側の株買占め工作に対抗するため、昭和六二年九月下旬ころまでに、支配株式が約51.2パーセントに達するまで多額の会社資金を注ぎ込んで五百数十万株の防戦買いを行い、翌六三年三月ころまでにこれを自己株式と評価されないように関連子会社や金融機関等にはめ込みをしていた。このような防戦買い自体、緊急避難的な行為としても許容されるかどうか論議があるところ、本件は、このようにして過半数を制した後に、さらにK側が支配する約一七〇〇万株という大量の株式を買い取ることを企図したものであって、商法の自己株式取得の禁止規定に明らかに違反しており、本来、委託者本人である会社自体でも行うことのできないことを行おうとしたものといわざるを得ない。
(3) また、本件における株の買取りは、そのために用いられた工作の手段においても、不当又は違法な点があった。すなわち、まず費用についてみると、経費及び成功報酬が、一株当たり前者が五〇円、後者が一〇〇円の合計一五〇円であり、一七〇〇万株分で二五億五〇〇〇万円という高額に上り(ちなみに、当時の國際航業のいわゆる経常利益は一事業年度二〇億円から三〇億円であった)、これを含む買取り価格は総額五九五億円という高額に上る。したがって、仮に買取りが成功し、かつ、一株当たり三五〇〇円で安定株主へのはめ込みが成功したとしても(そのようなはめ込みはほとんど実現不可能なことであるが)、その間の國際航業の金利負担額は高額になり、また、買取りは成功したものの低額でのはめ込みとなった場合及びはめ込みができなかった場合には、会社としての損失が一層増大することになる。他方、買取りが成功しなかった場合には、Sらに支出した金員がそのまま会社の損失として残ることになる。このように、被告人らが企図したことは、会社に多額の損失を与えることが明らかな行為であったというべきである。たしかに、官公需が売上全体の九割以上を占めている國際航業としては、Kのような仕手筋の人物に大量の株式を支配されるということは、営業上きわめて大きなハンディキャップとなり、売上の減少をもたらし、社内の人材の流出をもたらすなどの懸念があり、現実にそのような影響が現われていたことが関係証拠により認められ、被告人らの行為は、長期的にみれば結局会社の利益になるという反論があるけれども、右のような判断は軽々にできることではない。そればかりか、前記認定のように、被告人Aらが当初意図した動きやF1会長の動きのように、K側のほかにも会社の支配権の交替を期待している株主が存在することも考えられる。したがって、一方を善、一方を悪と割り切ることは到底できない。被告人Aら会社の現経営陣は、K側からその支配株式を買い取った場合の売却損や金利負担のことが念頭にあって、月曜会議などにおいてもそのことが議論されたことが窺えるが(乙39添付の資料①など)、右資料の内容や被告人Aその他の関係者の供述を検討しても、単に問題点を意識していたという段階を出るものではなく、はめ込み先、金額、資金調達の目処などは、裏工作が成功した場合に即座に対応できるような具体性を持ったものではなかったことが明らかである。
被告人らのSらに対する各金員の支出の具体的な目的をみても、当初はK側からその保有する國際航業株を買い取るため、怪文書を流して同人の信用を失墜させたり、政治家からKの取引銀行に圧力をかけさせて、同人を資金的に窮地に追い込み、國際航業株を投げ出させるという工作のためのものである。この点で既に問題があるばかりか、その後、Sらの要求の趣旨が、Kに協力している暴力団への工作資金、Gを取り込むための工作資金、地産ルートの工作資金、武富士を下ろすための工作資金などと変わってきたのであるから、國際航業側としては、当然それまでの工作の進捗状況や成果を確認し、既に支払った金員の主な使途を把握した上で、新たに支出することの合理性を個別的に検討しなければならなかった。ところが、被告人らは、個々の具体的な支出に当たっても、既に支出済みの金員の使途や工作経過の詳細を逐次確かめたりもしておらず、要求されるままに支出を続けたものであって、それを正当と認めることは困難である。
被告人両名がSらに依頼した工作の具体的な手段をみても、「怪文書を流してKの信用を失墜させたり、政治家からKの取引銀行に圧力をかけさせて、同人を資金的に窮地に追い込み、國際航業株を投げ出させること」であって、名誉毀損、侮辱、信用毀損、業務妨害、脅迫などの罪に触れかねないものであり、現に行われたことの多くもまさにこれに該当するものであった。本件裏工作は、このような面からみて委託者本人においても行うことが許されないことであった。
(4) 手続的な観点からみると、本件のような企業防衛を目的とした多額の金員の支出は、仮にもしそのような支出が許されるとしても、商法二六〇条二項により取締役会において決すべき事項である。前記三で認定したように、従来からF1会長とF2社長との間に確執があり、かなりの期間、F2社長の社内での信頼が失墜しており、また、F1会長が途中からK側と結び付き、さらには、Hらのように当初からK側と目される取締役も存在するという実態からしても、F2社長の承諾の要否及び有無のみによって業務執行機関である取締役会から支出権限を与えられていたか否かを決することは到底できないのである。
5 以上の検討から明らかなように、被告人らは、別紙1の番号3から6の各金員の支出についてF2社長の包括的承諾を得ていなかった上、これらの支出を含む本件の各金員の支出は、いずれも違法目的を有し、かつ、禁令の趣旨に明らかに反した行為であり、また、手続上も取締役会の決議を経ていない行為であって、被告人らは具体的支出権限を有してはいなかったものと認めるのが相当である。よって、被告人らの本件各金員の支出についての権限に関する原判決の事実認定は誤りであるというほかはない。
六 被告人らの不法領得の意思に関する事実誤認の主張について
1 この点に関する原判決の理由の骨子は、「被告人両名の本件各金員の支出は、自己保身のためではなく、専ら会社のためにする意思で行ったものである」というものである。
これに対し、所論は、被告人Aは、F一族側とK側に対する二重の裏切り行為をしていたため、K側が國際航業の経営権を握った場合には内通に反してF一族側に立って防戦買いをしたとして直ちに役職を解任されることが必至であり、他方、F一族に対しても当初のK側に対する内通の事実や防戦買いの最中にもインサイダー取引による利益を得ていた事実を隠蔽する必要があったところから、会社のためではなく、自らの地位を守るために、K側から早期に國際航業株を買取ろうとしてSらの裏工作のために本件各金員を支出したものであり、不法領得の意思があったことは明らかであるという。
検討するに、原判決が被告人らに不法領得の意思がなかったとしたのは、以下の理由により、事実を誤認したものというべきである。
2 横領罪は、他人の物の占有者がこれを不法に領得する罪であるから、その成立には、占有者が権限がないのに物を処分したことのほか、不法領得の意思すなわち所有者でなければできない処分をする意思で物を処分したことが必要である。したがって、占有者が権限がないのに物を処分した場合であっても、それが専ら委託者のために行ったときには、不法領得の意思を欠くため、横領罪は成立しないことになる。
原判決も、同旨の理解に立って被告人らが本件各金員を支出した意図について検討を進め、「被告人Aは、[前記三の]③のとおり、当初Kの話を信じ、DやHにも乗せられて、Kに協力して國際航業の経営権を握ろうという野望を抱いたこと、⑥のとおり、Dから約二億三〇〇〇万円の分配を受けたことが、K側に対する弱味となっており、これらのことが、K側の乗っ取りを防ぐとともに、自らが個人攻撃にさらされて失脚するのを防ぐため、早期に株問題を解決したいという動機となりうるものであったことは否定できない」と判示しつつも、K側から株を買い取り又はサラ金業者の武富士に株が渡るのを阻止するためにする行為は会社のためにする行為であるとの見解を採り、「Dから二億三〇〇〇万円余りの分配金を受け取ったことや当初K側に協力したことが弱味になっていたとしても、このことの故に、会社の方針に反して株式を早期に買い取ろうとしたことはなく、また、個人的動機のために会社の利益を犠牲にすることもなかったと認められる。それゆえ、被告人Aの本件各金員の支出も、専ら会社のためにする意思によるものであったことは動かしがたいというべきである」と判示している。しかしながら、この判断は、支持することができない。
すなわち、K側から株を買い取ることなどが会社のためにする行為であるとしても、そのことから直ちに被告人らがした本件支出行為が会社のためにする行為であったということはできず、株買取りについての会社の方針がどの程度に具体化していたのか、本件支出行為が株買取りとどの程度具体的に関連していたのか、被告人らの前記の個人的な動機と本件支出行為との関連はどうかなどの諸事情と対比しながら考察する必要がある。
この観点から、三ないし五で認定した事実に基づき、まず、株買取りについての会社の方針についてみると、國際航業において、株買取り策を排斥する意味での長期持久戦の方針が固まっていたとまでは認められないというにとどまり、K側から一七〇〇万株を買い取るという方針が固まっていたわけでないことはもちろん、その可能性を探るための工作を進めるという方針も立てられていたわけではなかった。なるほど、F2社長は、被告人Aから、Sらを通じて一七〇〇万株を買い取るべく工作を進めている旨の説明を受けて了承したことが認められる。しかし、その了承は、K側から一七〇〇万株を買い取ることを会社の方針とすることを了承したものではなく、あくまで買取りの可能性を探るための工作を進めることを了承したにとどまる。したがって、本件支出行為の内容などについて具体的に検討することなく、単にそれが株買取り工作のためであることから会社のためにするものであったと結論付けることはできない。
そこで、本件支出行為の内容などについてみると、支出された金員は、合計一一億七五〇〇万円であり、一七〇〇万株の買取りが成功した場合の約束の経費合計八億五〇〇〇万円をも超えている。しかも、各支出行為の時点において、それぞれの支出に見合った工作が成功するか否かはまったく不明確であった。さらに、被告人らは、F2社長らに本件支出行為を報告する機会がたびたびあったのに、五億円の使途不明金をC専務から質された際にその支出を認めたのみで、その他の支出行為や各支出行為の趣旨などをいっさい報告していない。
他方、被告人Aは、K側と通じて國際航業の経営権を握ろうと図り、その過程で買い占めた國際航業株の売却益から約二億三〇〇〇万円をK側から受け取っている。その後、昭和六三年一月K側と國際航業とが全面対決するに至り、K側から被告人Aを裏切り者として攻撃する動きが始まり、同月二一日ころKの意を受けたDは、被告人Aに対し、その管理する二〇〇万株の國際航業株を引き渡さないと妻子に危害を加えると脅迫した。被告人AがEからSらを紹介され、本件買取り工作を依頼し、要求された最初の三〇〇〇万円をSらに交付したのは、その直後のことである。
以上のような事情を総合すると、被告人らの意図を専ら國際航業のためであったとして本件支出行為を正当化した原判決の認定は妥当とはいえず、被告人Aの前記の弱味を隠し又は薄める意図と度重なる本件支出行為の問題化を避ける意図が加わっていたと認定するのが相当である。被告人Aが、犯行の自供を始めた捜査段階において(検察官調書乙42)、この間の事情につき、Dが國際航業の保有する二〇〇万株をよこせと迫ったことから、K側が、國際航業に株を買い取らせるというそれまでの方針を改め、強行手段に訴えて、なにがなんでも過半数を制して國際航業を乗っ取るという方針を固めたことが分かり、いよいよK側と國際航業側との全面戦争を覚悟しなければならなかったから、「仮にこの戦争に負けて、K側との内通にもかかわらず、防戦買いを行ったり、地産の話を潰したことからして、いわば戦犯として真っ先に首を切られることは明らかであり、國際航業との戦争の過程で、K側が私に対する個人攻撃をも含む強行手段に訴えてくることは間違いなく、以前から恐れていたこととはいえ、私としては、とうとう追い詰められてしまったことが実感され、私や私の家族が本当にK側の暴力団あたりに危害を加えられ、あるいはさらわれるのではないかという恐怖感をつのらせ」、このような状況を打開するためにはSらの力を借りるしかないと決意した、と供述するところは、当時の状況に即応していて信用するに足りる。
3 被告人らによる本件金員の支出行為が不法領得の意思によるものであったか、それとも専ら会社のためにしたものであったかは、さらに、その支出行為が委託者である会社自体であれば行い得る性質のものであったか否かという観点からも検討する必要がある。すなわち、その支出行為が違法であるなどの理由から金員の委託者である会社自体でも行い得ない性質のものである場合においては、金員の占有者である被告人らがこれを行うことは、専ら委託者である会社のためにする行為ということはできず、支出行為の相手方などのためにした行為というほかないからである。
この観点からの検討は、既に五で行ったとおりであり、これによると、被告人らの不法領得の意思を否定した原判決の判断は支持することができない。
4 以上により、被告人らの不法領得の意思を否定した原判決の認定は事実を誤認したものというべきである。
七 事実誤認の主張についての結論
以上からすれば、被告人両名に業務上横領の罪が成立しないとした原判決には事実の誤認があり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわざるを得ない。論旨は理由がある。
よって、被告人Aに対するその余の控訴趣意(所得税法違反についての量刑不当の主張)についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により被告人両名に対する原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、それぞれの被告事件についてさらに次のとおり判決する。
第二 自判の裁判
一 当裁判所において新たに認定する罪となるべき事実
被告人Aは、昭和五九年六月から昭和六三年五月までの間、國際航業株式会社(以下「國際航業」という)の取締役経理部長として、被告人Bは、昭和六〇年四月から昭和六三年一二月までの間、同社経理部次長として、いずれも同社の資金の調達運用、金銭の出納保管等の業務に従事していたものであるが、
(一) 先に國際航業の株式約一七〇〇万株を買い占めていたKが同社の経営権を同社代表取締役会長F1の一族から奪取すべく画策していることに対抗して、被告人両名は、共謀の上、政財界研究所代表S及びM政治経済研究所代表Mの両名に対し、Kの取引先金融機関等に融資を行わないよう圧力をかけ、あるいは同人及びその協力者を誹謗する文書を頒布してKの信用を失墜させ、同人に対する金融機関等による資金支援を妨げ、同人による株買占めを妨害し、さらには買占めにかかる株式を放出させるなど、同人による同社の経営権の取得を阻止するための種々の工作方を依頼し、その工作資金及び報酬等に同社の資金を流用しようと企て、支出権限なく、別紙1のとおり、昭和六三年二月二日ころから同年四月一一日ころまでの間、前後六回にわたり、業務上保管中の同社の現金合計八億九五〇〇万円を、ほしいままに、右工作資金及び報酬等に充てるためにSらに交付して横領した。
(二) 被告人両名は、被告人Aが昭和六三年五月一一日右職を解かれた後、さらに共謀の上、S及びMの両名に対し、前同様の工作方を依頼し、その工作資金及び報酬等に同社の資金を流用しようと企て、支出権限なく、別紙2のとおり、同年七月一三日ころから同年一〇月一八日ころまでの間、前後三回にわたり、被告人Bが業務上保管中の同社の現金合計二億八〇〇〇万円を、ほしいままに、右工作資金及び報酬等に充てるためにSらに交付して横領した、
ものである。
二 証拠の標目(被告人両名に共通)〈省略〉
三 法令の適用
(被告人A)
被告人Aの前記(一)の所為は、別紙1の各支出を包括して、平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下同じ)六〇条、二五三条に該当し、同(二)の所為は、別紙2の各支出を包括して、同法六〇条、六五条一項、二五三条に該当するが、被告人Aには業務上占有者の身分がないので同法六五条二項により同法二五二条一項の刑を科することとし、原判決が認定した所得税逋脱の事実は所得税法二三八条一項、二項(情状による)に該当するところ、所得税法違反の罪については懲役刑と罰金刑を併科し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により刑の最も重い前記(一)の罪の刑に法定の加重をし、同法四八条一項によりこれと所得税法違反の罪の罰金刑を併科し、右刑期及び金額の範囲内で被告人Aを懲役三年及び罰金七〇〇〇万円に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四〇万円を一日に換算した期間被告人Aを労役場に留置し、主文掲記の原審及び当審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用することとする。
(被告人B)
被告人Bの前記(一)の所為は、別紙1の各支出を包括して、同(二)の所為は、別紙2の各支出を包括して、それぞれ改正前の刑法(以下同じ)六〇条、二五三条に該当するところ、右は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い(一)の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人Bを懲役一年六月に処し、後記の情状を考慮して同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、主文掲記の原審及び当審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用することとする。
四 量刑の理由
本件業務上横領事件は、國際航業の取締役経理部長の地位にあった被告人Aと同社経理部次長の地位にあった被告人Bが共謀の上、Kが同社の株式を買い占めて同社の経営権を奪取すべく画策していることに対抗して、いわゆる事件屋ともいうべきS及びMに対し、Kの取引先金融機関等に融資を行なわないよう圧力をかけ、あるいは同人及びその協力者を誹謗する文書を頒布してKの信用を失墜させ、同人に対する金融機関等による資金支援を妨げ、同人による株買占めを妨害し、さらには買占めにかかる株式を放出させるなど、同人による同社の経営権の取得を阻止するための種々の工作方を依頼し、その工作資金及び報酬等に充てるため同社の資金の流用を企て、支出権限がないのに、前記罪となるべき事実(一)、(二)のとおり、業務上保管中の現金合計一一億七五〇〇万円を、ほしいままに、Sらに交付して横領したというものである。
また、被告人Aの所得税法違反事件は、自己の所得税を免れようと企て、有価証券売買を他人名義で行なうなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六二年分の実際所得金額が六億一一六一万五七九八円であったにもかかわらず、総所得金額が一一三五万六九九六円で、これに対する所得税額は、既に源泉徴収された税額を控除すると、五六万八六〇〇円の還付を受けることになるという虚偽過少の所得税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、正規の所得税額三億五六〇〇万一三〇〇円と右還付税額との合計額三億五六五六万九九〇〇円を免れたというものである。
このように、被告人両名の業務上横領は、会社として許されない自社株の取得のために、しかもその手段を選ばずに、まさに裏工作というべき汚れた手段、方法を用いて、得体の知れないいわゆる事件屋に対して総額一一億七五〇〇万円という多額の会社資金を交付して横領し、会社に対して多大の財産的損害を負わせたものである。
また、同社が地方自治体発注の道路台帳作成業務等を通じて堅実に業績を上げきた公共性の強い会社であるだけに、Kによる株の買占めの悪影響もさることながら、会社内部の中枢にあった被告人らによって右のような汚れた工作のために会社財産が浪費されたことが、会社の社会的信用を損ね、真面目に働く従業員らにも深刻な打撃と混乱を与えたことも見逃すことができない。
以下、被告人ごとの個別の情状について検討する。
(被告人Aについて)
被告人は、取締役経理部長解任の後も含めて右業務上横領に首謀者として関わったばかりか、そもそも、当時の首脳陣の厚い信頼を得ていたにもかかわらず、一時的にもせよその信頼を裏切り、自らの経営権の掌握を意図してK側の誘いに乗り、K側に与したことが本件のような混乱を招いた一因となっている点でも非難を免れない。
また、所得税法違反については、単年の逋脱ではあるが、逋脱額が三億五六〇〇万円余りと高額であり、逋脱率も99.4パーセントときわめて高率である。逋脱所得の中心は有価証券の売買益であるところ、被告人は株式の取引に当たり、他人名義を用い、特に國際航業株については、Kの買占めにより確実に値上りするという内部情報に基づき、会社内外の者らと共同して、自ら取引資金の確保に積極的に動いて大量の取引を繰り返しながら、また、自己名義や他人名義で自らが直接売買注文した取引だけでも非課税限度枠を超えていることを充分認識しながら、これらの取引による多額の売買益についてまったく申告しなかったものであって、強固な犯意に基づくものであったというほかはない。加えて、被告人が税理士資格を有するものであるだけに、その納税倫理の欠如には厳しい非難が妥当するものといわなければならない。
このような諸点からすると、被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
そうすると、業務上横領の関係では、被告人は、検察官が主張するような、専ら自己保身の動機、目的から本件犯行に及んだわけではないこと、被告人は、昭和三九年に國際航業に入社以来今回の事件に至るまで、同社の発展に多大の貢献をしてきたこと、このような心情や功績が理解されたためか、会社の支配権がK側に移った後の経営陣から被告人に対して本件横領金についての返還請求はされていないこと、被告人は所得税逋脱の事実について反省し、当局の指摘に従って修正申告をし、平成元年中に本税及び延滞税を完納し、一億二四八〇万円余りの重加算税についても原審段階で約二六〇〇万円を残すだけとなっていたこと、交通関係事犯以外に前科前歴がないことなど、記録上窺われる被告人のために酌むことができる諸事情を充分に考慮しても、先に指摘した被告人の責任の重大性に照らし、また、脱税事犯に対する近時の量刑の実情などにも照らすと、この際、被告人は主文の実刑を免れないところである。
(被告人Bについて)
本件業務上横領事件の重大性は先に指摘したとおりである上、被告人は冷静な状況判断を欠いたままこれに関与したものであり、その刑事責任はやはり重大であるといわなければならない。
しかしながら、被告人は、國際航業の経理部次長としての職責上、上司である被告人Aの指示のもとに本件に関わるようになったものであり、被告人Aの取締役経理部長解任後の犯行をも含めて、全体として従たる立場にあるものである。そして、被告人自身に固有の自己保身の動機、目的があったとはいえないこと、また、昭和四一年に入社以来本件に至るまで、経理関係の模範的な社員として社内の信頼を得てきたものであること、その他、被告人には前科前歴がないことなどの記録上窺われる被告人のために酌むことができる諸事情を考慮すると、被告人に対しては、主文の程度の刑にとどめて刑の執行を猶予し、社会内での再出発の機会を与えるのが相当であると認められる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官香城敏麿 裁判官森眞樹 裁判官林正彦)
別紙1、2〈省略〉
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